「咲夜ー」
「あ、はい。ここですよお嬢様ー」
ヴワル魔法図書館の影…正式には本棚の影から姿を現す咲夜。
そのままぱたぱたと主―――レミリア・スカーレットへ駆け寄る。
後…その隣で本から目を離さない、この大図書館の主パチュリー・ノーレッジに会釈をする事も忘れない。
そのまま主の差し出す紅茶のカップを黙って受け取る。彼女は完全で瀟洒な従者なのだ、失敗は…許されない。
ガチャン。
「あ。っ」
「あ」
「…」
一番最初に気付いたのはレミリアだった。直に立ち上がり、割れたカップに手を伸ばす。
相変わらず本を読み続けるパチュリーはカップが割れ、耳障りな音が響いても気にしていないのかぴくりとも動かない。
「待って下さいお嬢様っ…私がやります」
やっとショックから立ち直った咲夜がレミリアの手を煩わせまいとしゃがみこむ。切らない様に手で大きな破片を集め、箒を取りにと駆けて行く。
そして戻ってきた咲夜はそのまま塵取りでカップの破片を綺麗に取り除いた。
「申し訳御座いません…代わりのものを用意致します」
そして一礼。慌てて駆けて行く咲夜の後姿を見ながらレミリアは呟いた。
「何か違和感を感じる。何時もの咲夜じゃないみたいね」
「…レミィにしては物分りが早いじゃない」
そして何時の間にか本を閉じていたパチュリーも呟いた。
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「………」
お嬢様に迷惑を、お嬢様に迷惑を、お嬢様に迷惑を…
走りすぎて火照った咲夜の体の中はその文字で一杯だった。そもそも、咲夜は何時もならこんな失態はしない。
レミリアの感は当っている。…最初から変だったのだ。
何故咲夜は走ったのか。
何故咲夜はカップを割ったのか。
何故咲夜は箒を取りに行ったのか。
何故咲夜は時を止めないのか。
「はぁ…はぁ…っ」
額を押えてしゃがむ咲夜。その荒い息はとてもではないが走った所為とは言えそうにない。
懐中時計を握り締め、思い出すのは過去の記憶。
薄れていく意識に必死で縋るも、やがて力が抜けていき…
「あれ?咲夜さん…?」
訝しげな声に我に返る咲夜。自分は何をしている?今何処にいる?そう思い辺りをぼんやりと見回せばちらちらと紅髪が過ぎる。
その少女(?)は咲夜を見て数秒後に事態を理解したらしく素っ頓狂な声を上げて屈みこむ。
「咲夜さん!咲夜さん、返事をしてください!」
「うるさい…聞こえてるわ、もんば…ん…」
その耳に障る声で咲夜はなかなか眠る事が出来ない。挙句の果てに少女は大声で人を呼び始めた。
流石にそれは拙いと少女へ手を伸ばした瞬間、思考が急にブラックアウトして…
「さ、咲夜!?」
「起きて下さい!咲夜さん!咲夜さーん…!!」
主の声に一瞬だけ後悔の感情が過ぎるも、咲夜はそのまま暗い意識の海に落下していった。
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「…これは…」
「……どうだ?月の薬師。咲夜は大丈夫なのか?」
場所も時も移り、此処は紅魔館の客間のベット。時は最早夕刻、日も沈んだ時間帯だ。
人数は先程までとは違いかなり増え、咲夜、レミリア、兎…てゐ、月の兎…鈴仙・優曇華院・イナバ、さらには月の薬師、八意 永琳までもがそこにいる。
因みにオロオロしていた門番は本来いるべき門へと帰し、パチュリーは図書館から出てこない。
何故この永遠亭メンバーが紅魔館に居るかというと…咲夜の「熱」を診断して貰うため。
そう、咲夜は病気だった。
「原因不明ね」
「……っ」
それも原因の掴めない謎の熱病。
重い表情の永琳はそのまま無慈悲に言葉を紡いでいく。
「多分、外の世界から菌ごと貰ってきたものね。薬は作るには作れるけれど…時間を必要とするの。
この病気は風邪の延長のようなもの…だと思うから、寝かせて安静にしておけば…1-2週間で治るわ。
後、熱が引いても二日は動いちゃ駄目よ。菌がまだ体に残っているから、ね。」
「いちにしゅうかん…なんて…」
氷枕やら何やらと共に布団の中に包まっている咲夜が絶望の声を上げる。
レミリアは溜息を付いて目を伏せる。
「決まったわ。咲夜、暫く寝ていなさいね」
その言葉が合図だったか、永遠亭のメンバーは帰り支度を始める。出口へと道先案内するメイドは…誰も、居ない。
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3日後。
「暇ね…あれからずっと時は動かせないし」
ベットの中で咲夜は擦れた声で呟いた。そう、病気の影響なのか…時間を止めることが出来ない。
因みに熱もまだ引いておらず、今もじくじくとした頭痛に悩まされている。
「お嬢様は永遠亭に入り浸ってるし」
レミリアは薬の完成を待ち、待ち、3時間待った所で永遠亭へ飛んでいった。
あれからレミリアは帰って来ない。…今日は雨、昨日も雨。厄介な雨、五月蝿い。
「門番は餃子持って来るし」
その餃子は何故か穴が開いていて、未発見の毒が入っていた。
咲夜が問い詰めればあっさり白状した。…何時ぞやの毒人形と製作したらしい。殺す気なのだろうか。
「さーくーや。」
「そして妹様…え?妹様?」
「咲夜、あそぼ?あそぼー!!」
地下で眠る狂気の吸血鬼、フランドール・スカーレット。
レミリアの妹で…乱暴に言えば「頭がおかしい」さらに「破壊の能力」を持っている…正に生ける核爆弾。
しかしその狂った破壊衝動を見せるのはごく稀で、何時もなら笑って誤魔化せる程度のものだ。
そして今日も、病気の咲夜の元で血みどろの縫い包み片手に遊びをせがんでいる。…笑って誤魔化せるだろうか。
「ねえ咲夜、今日は良いことしてあげる」
「あら、如何なさるのですか?妹様。」
「咲夜のびょうきをなおしてあげる!」
咲夜は純粋に驚いた。この幼き少女(若干495歳)でさえも咲夜の体調を心配しているのかと。
「吸血で」
逆らえない咲夜は泣きたかった。只でさえ何時ぞやの献血やら何やらで微妙に貧血気味なのに。
「はい咲夜、力を抜いてー」
「は…はい」
悪魔の妹は慣れた手つきで咲夜の寝巻きの肩の部分を外す。
そしてそのまま…肩に牙を差し入れた。
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「ほら、血を吸ったから…あれ?頭が痛い…」
「妹様、もしかして…うつったのでは…」
「えー?眠い…眠い…」
フランドールは眠い眠いと愚図りながら咲夜の布団にもぐりこむ。
今更ながらその温かさに溜息を吐く咲夜。そして自分もつられて睡魔に襲われるのを感じた。
「ではお休みなさいませ、妹様…」
「うん、おやすみさくやー…」
お互いが丸くなって眠る。その姿は見ているものを和ませるものがあった。
そして二人はだんだんと深い眠りに落ちていく…
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「おお…体がぴんぴんしてるな…健康って良い事だぜ…
変な病気にかかったからさり気無くパチュリーにうつしてみたんだが…一気に元気になったな。
今度かかったら霊夢にでもうつすぜ」
ある黒白の魔法使いはそう呟いた。
翌日文々。新聞でのその一言の記事を見た姉妹のグングニルとレヴァーテインでの殴打を受けるとも知らずに。
まあ時期ネタだろうけど。
後編期待してます。
続きに期待してます。
フラン可愛いよ