Coolier - 新生・東方創想話

明日の日記

2008/02/09 04:18:48
最終更新
サイズ
11.06KB
ページ数
1
閲覧数
751
評価数
7/27
POINT
1440
Rate
10.46
 コンコンコン。
 レミリアの私室にノックの音が響き渡った。

「入りなさい」

 多少古くなったドアは、ギィギィと嘲るような音を出しながら開いた。

「こんばんは。そしておはよう、お姉さま」

 最初に室内に映ったのは、歪な創りと華美な虹色を持つ羽だった。
 この様な羽を持つ者も、レミリアを姉と呼ぶ者も幻想郷において一名しか確認されていない。フランドール・スカーレットである。

「何の用かしら、フランドール。私は今日時間外れの宴会をして疲れてるの。その上日記を書き記してしまったから今日を何事も無く終えたいのだけれど」
 
 レミリアの声に、フランドールは侮蔑の念を含むように一瞥し、床に目を向けて笑い声を漏らしながら言った。

「いえなに、お姉さま。日記に書き記すほどのことではありませんわ。ただ、外に出して頂きたくここに参ったの」
「ああ、あんたが外に出る程の出来事なんて、紙とインクのどっちが先に無くなるのかしら」
「あら、皆の普通の日常をそこまで冗長に書けるなんて。お姉さまは文才豊かなのね」

 魘魅でも行うのではないかと思う程のレミリアの表情にも、フランドールは恬然としていた。

「……まあ、良いわ。でも貴方を出すわけにはいかない。解ってるでしょう?」
「解ってたよ。お姉さまならそう言うだろうってね」
「そうじゃないでしょ……」
 
 レミリアは頭を抱えた。
 それに対しフランドールは、腹を抱えるようにして笑い出した。 

「まあ、別にお前の許可を必要とはしてないんだよ。ただ先に出るって言ってから出ないと、メイド達に迷惑がかかるでしょ。当主が何でも他人のせいにする体質だからねえ」
「私と外の奴らの迷惑も考えて欲しいのだけれどね」
「あら? いつでもどこでも、自分の為に周りが居ると公言しているお姉さまのお言葉とは思えませんわ」

 その言葉にレミリアの顔が歪む。
 一瞬言葉に窮した様に見えたが、直ぐに口を開いた。

「……ふん、出たいのなら出ようとすればいい。貴方は紅魔館から『出られない』そういう運命よ」
「量子力学ね」
「……誰よ、そんなデタラメ言ったのは」
「本よ。正確には本が言った情報を私が理解したのだけれど」
「本は喋らないわ。どうせパチェか魔理沙でしょう」
「お姉さまが観測してないだけよ。それにパチェと魔理沙は私の考えを褒めてくれたわ」
「あの二人は貴方に甘いのよ。貴方が主張すること自体を褒めてるのよ」
「ああ、またそうやって言う」

 ぷくーっと頬を膨らませるフランドール。
 何も知らない者が見れば、それはそれは可愛らしく、微笑ましい少女の画である。
 しかし、彼女を知るものが見れば、どのような腹蔵があるのかを真っ先に疑ってかかるだろう。
 そして、レミリアは彼女の事を最もよく知る者である。

「で、何を企んでいるの? まさか本当に外に出すよう、わざわざ言いに来ただけって訳ではないでしょう?」
「本当にそれだけだって」
「私がそれを信じるとでも?」
「ううん。思うわけ無いじゃない」
「……もういいわ。貴方と話してたら疲れる。とっとと戻りなさい」
「お姉さま、運命は私が外に出ることは無いと告げているのね?」
「その通りよ。疑うのかしら?」
「いいえ、そんな事はありませんわ。あのお姉さまが言うんですもの。それこそ、一人で、森羅万象を束ね、天地開闢を造化する事ができる唯一絶対のお姉さまが言うんですもの。疑うなんて、以ての外ですわ」

 過度な誉れは侮辱である。それを証明するようなフランドールの言葉だった。
 だがフランドールの意図はそのようなことでは無い。
 それはレミリアにも伝わった。

「……そうね。私一人の指先に、全ては委ねられているもの」
「うん、でもそれは私も同じ。ただ違うのは掌に委ねられていることね」
 
 そう言って、フランドールはレミリアに背を向けた。

「じゃ、言いたい事は言ったし、部屋に戻るわ」
「出来れば、戻って直ぐに眠りについて欲しいわ」
「私は起きたばかりだもの。お姉さまはこれから寝るんでしょ? 明日になった瞬間……十二時くらいに部屋を出るから、安眠したかったら、メイドとかに私の邪魔させない方が良いよ」
「言われなくてもしないわよ。危なっかしい」
「嬉しいわ。ありがとうお姉さま。そしておやすみなさい」 
「……おやすみ」

 フランドールはドアを閉めて、部屋から出て行った。
 レミリアの口からは、呆れと一抹の安堵を含むため息がつかれた。

――――

 約束の十二時。フランドールの部屋のドアが音を立てた。
 フランドールは螺旋階段を飛ぶ事無く、一段づつ上っていく。
 上りきった時に目に付く、ドアに付随する魔方陣を憎憎しいといった面持ちで破壊して一歩踏み出した。
 そこには構造を大きく変えた館の姿が映っていた。

「迷路みたい……咲夜ね」
「ご名答ですわ。フランドール様」

 フランドールの真正面に、咲夜が文字通り現れていた。

「ひどいわ、咲夜。何の恨みがあって私にこんなことをするの」
「お嬢様に頼まれまして」
「でしょうねぇ」

 目を鋭く光らせるフランドールとは対照的に、咲夜の目は悠然としていた。

「ま、いいわ。時間がかかるかもしれないけど、私は行くね」
「あら、フランドール様。もしかしたら出口なんて無いかもしれませんよ」
「あるわ」

 消失の可能性を告げる咲夜に、至極当然といった感じに返した。

「……何故そう思われます?」
「遠まわしな挑発したの。だからお姉さまの性格上、出られる可能性が他人の手によってゼロに成る事はありえない。パチェに頼って雨を降らせるとか、あるいは咲夜に脱出不可能の迷宮を作らせるとか」
「成る程。ご名答です」
「もし本当に運命なんてものがあってそれをあいつが操っているなら、その存在を私に強く知らしめるでしょうしねぇ」

 レミリアは高いプライドを持つゆえ、自己顕示欲も強い。それを見越したフランドールの読みだった。
 もちろんこの予想が「絶対」である保障など、何処にも無い。寧ろ予想と言うよりも只の都合の良い願望に近い。だがそれを理解した上での、フランドールの、絶対的な確信を思わせる予想だった。
 彼女がいくら理知的で、リアリズムな考えをしていようとも、その根本は吸血鬼。
 最後に信を置くのは、体内の細胞全てが告げる、何よりも演算能力の高い己の勘なのだろう。

「ま、本当の所は別に外には出れても出られなくても良いんだけどね」
「と、言いますと?」
「確認するまでも無いけど、咲夜はなんで私が軟禁状態にあるのか知ってるよね」

 軟禁、という言葉に咲夜の顔が心苦しさと憐憫を含んだものになった。咲夜は自分の何十倍も長く生きている主に対してその様な顔を向けることなど初めてだった。あの「牢」での一生を軟禁というのなら、監禁はというのは地獄だろう。
 フランドールは何も気にした様子は無く、咲夜の返事を待たずに続けた。

「元々はさぁ、周りに迷惑をかけない為……って言ったら少し違うけどまあ良いか。つまりその為に私を閉じ込めてたのよ。能力が能力だしね。でも最近、私の情緒が落ち着いてくるのに反比例して、あいつは自分のプライド優先で私を閉じ込めるようになった」
「そうでしょうか。今でも変わりは無いと思いますが」
「気付いてるでしょ。本当に迷惑かけないつもりならさっきも言ったように、雨を降らせるなり、脱出不可能にするなり万難を排する筈。私の挑発なんて気にせずにね」

 咲夜は何も応えなかった。
 先程とはうってかわり、その何一つ変わらない表情、仕草からは感情を読み取ることは出来ない。 
 
「迷惑かけない為にやってた筈がいつの間にか自分の為になる。本末転倒も甚だしい」
「それで……ですか?」
「そう。それでよ。本来の目的も忘れて、自分の示威行為に必死になってる馬鹿を見てるとイライラしてきてねぇ。いつ思い出すのやらってね」

 言葉とは裏腹に、フランドールは腹を立てている様子など微塵も無かった。
 ただただ妖気と押し殺したような笑い声が漏れ出すばかりだった。

「ま、そういうわけだからそろそろ行くわ。私の言いたい事は言ったし」
「そうですか。お気をつけて」
「咲夜が言うのも可笑しな話ね……って咲夜は何をしに来たのよ」
「私はちょうどいい機会だからフランドール様のお部屋とお洋服を掃除しろとお嬢様に命じられましたので、フランドール様の許可を頂こうと思いました次第です。
「あら、あいつにしては気が利くわね。じゃ、念入りにやっといて。咲夜についたあいつの臭いが残らないくらいに、ね」
「かしこまりました。失礼します」

 咲夜はフランドールに一礼した後、螺旋階段を下り始めた。
 フランドールは薄ら笑いを浮かべたまま、咲夜の歩いた方を見て、言った。

「飼い犬の癖に似ていない。あいつにはもったいないわ」
 
 フン、と鼻で再び笑った後に前を見据えた。
 壁は3人程度が何とか通る事の出来る程度の広さとなっており、何時もの紅魔館は完全に鳴りを潜めていた。
 最も、フランドールは余り出歩く機会が無いので何時もの紅魔館の構造すら頭に入っているかは怪しいが。

「じゃ、そろそろ行きましょうか」

 気合を入れるように、フランドールは手をぐっと握った。
 しかしその行為とは裏腹に、表情にはどこか陰りが出来た。
 それはどこか迷いを内包しているようにも見えたが、フランドールが歩む毎に、表情は夜の館に溶けていって、何も見えなくなった。

――――

 レミリアが目を覚ます。
 時計は長針と短針が天を指して重なっていた。 
 寝過ごしたわ、と呟くと、顔を洗ってから直ぐに何時もの服に着替えた。
 そしてハッと思い出したように先程まで来ていたパジャマから鍵を取り出すと、机に差し込んで『Scarlet Destiny』と書かれた本を取り出す。
 直後にドアが叩かれその音に、レミリアは体を一瞬強張らせた。

「レミィ、起きてる? 起きてなくても入るわよ」

 ドアの仰々しい音が響き渡る。声を聞いて安堵の表情を浮かべたレミリアは、直ぐに平素の余裕を取り戻して言った。

「お早う、パチェ。珍しいわね。私の妹が本でも引き裂いたのかしら?」
「違うわ。そんな適当なことばっかり言ってるから妹に嘗められるのよ……って、何? その本」
「昨日書いた今日の日記よ。今日起こる……というかもう既に起こった事を書いたの」
「……斬新な日本語ね。え~と、つまりは運命操作日記でしょう?」
「その通りよ。まあ読んだ方が理解は早いと思うわ。百文は一見にしかず」
「あの鴉の新聞じゃその程度でしょうね。というか未来日記なんか読んでいいの?」
「起こった事しか書かれてないから大丈夫よ」

 そう言うとレミリアは、日記をぽいとパチュリーに投げた。
 パチュリーは何か言いたげにレミリアをジトッと睨んだが、直ぐに日記に興味が移った。
 
「……あれ? レミィ、フランが外に出るって書いてあるけど……間違い?」
「間違いじゃないわ。昨日ね、フランに運命操ったから館からは出られないって言ったの」

 レミリアがパチュリーから視線を外す。
 パチュリーは口を開きかけたが、直ぐに閉じて清聴し始めた。

「何でか解る? ……そうしないとね、そうあの子には、私に運命を操る能力なんて無いと思わせておかないと、いつの日か、運命を破壊される恐れがあるのよ」
「概念の破壊……? そんなこと……」
「出来るようになるわ。概念を操る者が居るのだから、壊すこともまず可能。自分の意思で軽々とそれを行えるようになる頃には、概念どころか物体すら破壊することを避けるようになるでしょうけどね。ただ……要する時間が長すぎる。それこそ、生きているかどうかも怪しいくらいに」
「貴方の能力でフランに『破壊させない事』は出来ないのね?」
「そんなことが出来たら何も悩むことは無いわ。運命を操る……聞こえは良いけど、実際にはあの子ほど強大な能力じゃない。操るのは結果だけ。それもごく短い期間のね。何かの拍子に……偶然やイレギュラーで運命そのものが壊れてしまうかもしれない。偶然や不確定要素を恐れる程度の運命……私の能力は、所詮その程度なのよ」

 レミリアは自嘲気味に笑う。
 自らを卑下するレミリアなど、精々咲夜とパチュリーくらいしか目にしたことは無いだろう。

「周りの為に自らピエロを演じる……全く以ってやりきれないわ」

 レミリアは憂いの表情に満ちていたが、何処と無く、だんだん肩の荷が下りたような表情になっていった。

「レミィ、もしも運命が破壊されるようなことがあったらどうなるの?」
「……只一つ絶対と言えることは、私が存在しなくなること。運命を操る者、それ以上にあの子の姉としての責任を取り、自らがその歯車となる。ゆっくりと、私の存在は飲まれる様に消えていって、最後には私がこの世界に存在しなかった事として再び世界は廻る。……ただ、これは予想だけど、私が飲み込まれるまでは運命が無いわけだから、何が起こるか解らない、狂乱の渦巻く世界になるでしょうね」
「……レミィ」
 
 パチュリーの表情は少しづつ青ざめていく。
 元々青白い表情をしているが、今はそれこそ、冷たい湖の様に青かった。

「どうしたの? パチェ」
「昨日……というか今日の深夜ね……」
 
 何のことは無い、まともな会話。
 狂乱など、渦巻いてはいない。それは誰にだって解る単純明快な事実。














「フランは、ずっと図書館にいたわ」

 だが、残酷にも運命は気付かれない内に体を蝕む遅効性の毒なのだ――
 
  








……う~ん。

さて、そろそろ人気投票の季節ですね。毎回恒例というか、中々決まるものでは有りません。
キャラに関しては霊夢が一押しで、早苗、レミリアと決まっているんですが、今回から五人投票なんですよね。
妖夢と輝夜辺りでしょうか……といった感じでキャラに関しては割りとすんなり決まるのですが、音楽は東方萃夢想くらいしか決まってません。
永遠の巫女、蓮花蝶、セプテット、紅楼、遠野幻想物語、ブクレシュティ、人形裁判、幽霊楽団、妖々跋扈、少女幻葬、夜が降りてくる、妖恋談、永夜の報い、少女綺想曲、竹取、不死の煙、春色小径、ダークフライト、稲田姫様、少女が見た、信仰、ネイティブフェイスとまあ絞りに絞ってやっとこれだけですからね……。つい三年位前までは「全部良い」なんて言葉は綺麗事だろとか思ってたのに……本当に全部いいから困る……。しかし全くと言っていいほど関連性が無いですね……。悩みすぎて投票期日が過ぎていたなんて事のないようにしたいですね。
イセンケユジ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.790簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
いいですねぇ
ラストが好きです
6.100三文字削除
ピエロを演じているお嬢様が悲しく思えるような、ラストの結果に背筋が凍るようなそんな話でした。
というか、最後の行は本当に背筋が・・・・・・
ふと、思ったことなのですが、ひょっとして妹様が部屋を出た時に咲夜さんに出会ったことは必然?それとも・・・・・・
12.100名前が無い程度の能力削除
非常に私好みのストーリーということでこの点数です。
14.90SAM削除
ラストにぞくっときました。
紅魔館にはこういう話がよく似合うと思います。
15.90ani削除
ああ気づいているのかフランドール…
これは先が読めませんねえ
その不透明感GJ。
16.無評価イセンケユジ削除
作品に目を通していただき、ありがとうございます。
それでは下の方から順に返信をしたいと思います。

>名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。
最後まで読んでいただいた方が何人いるやらw

>三文字さん
おおう、予想以上です。背筋まで凍らせるとは。
咲夜さんに会ったのは……どうでしょうねぇ?
必然とも言えますし、偶然とも言えます。だってほら、運命ですから。

>名前が無い程度の能力さん
かく言う私も大好物でね……って、誰の言葉だったでしょうか……?
しかしこういった系統のお話は何処であろうと少ないですね。
自分でもハッピーでないエンドな話は読んでみたいのですが、たまに出る程度がちょうどいいのかもしれません。

>SAMさん
言われて見ると確かに。
まだ新鋭で精神の多少幼いレミリアが当主で、そのレミリアが全幅の信頼をおく咲夜は短い生に終わって、親友のパチュリーは喘息持ちで、妹のフランドールは言わずともかな。今になって思い返してみると、何故か紅魔館が主役になっていたんですよね。

>aniさん
さて、どうでしょう? 
不透明で先が読めないというのはどこか暗闇に似ていて怖いですね。
完全に落ちまで語ってしまったら、逆に明るくなって何も感じないかもしれません。

今一度、ありがとうございます。
もし、もしもこれを読んでいる方がおりましたら、一つだけ問題があります。
『フランドールはいつ運命を破壊したでしょう?』
これだけです。ではまた。
18.100名前が無い程度の能力削除
最初はよくわからなかったが、そういうことですか。怖いなこれは
妙にフランが落ち着いているなとは思っていましたが、いったい何処までいってるんだ・・・

運命を壊されたのは、レミリアとの会話直後だろうか
このフランならそこまで読めていてもおかしくない気がする
といっても、4箇所ぐらい考えられるなあ。ううん、分からん
28.80ミスターX削除
>「昨日……というか今日の深夜ね……」
>「フランは、ずっと図書館にいたわ」
それだけならフォーオブアカインドだろうと一蹴されるのが関の山では?