この作品には、作者のある程度の主観が入っております。
以上をご了承の上、お楽しみを。
私は彼女自身である。
常に彼女と共にあり、常に彼女の傍らに付き、常に彼女の意思通りに動く。
ただ、私は人の形をしていない。
幽霊の形をしている。
表情も何も表に示さないまま、彼女の周囲を漂っている。
そのためか、他者からは、私のことを存在としては捉えられるが、あまり気にも留められないことが多い。
それが普通の反応である、と私も認識している。
……しかし、ほんの十数秒だけ、私は彼女の姿をすることがある。
それは、彼女が必要としたとき。
そう、今、この瞬間――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「魂符・幽明の苦輪!」
紅魔館時計台の広場にて、魂魄妖夢はスペルを発動させた。
自身の霊力を半人半霊の証たる半霊に行き渡らせ、出現するのは一人の少女。
おかっぱの白髪に黒いリボン、幼さが抜けきらない顔立ち、色白かつ小柄な体躯、身にまとっているのは白のブラウスに緑のベストとフリルタイプのスカート姿。腰には大小の刀が一本ずつ。
つまるところ、妖夢と同じ姿形の少女であり、我がスペルである魂符・幽明の苦輪によって現出される『自分自身』だ。
「参る!」
妖夢が愛刀の楼観剣を手に突進を始めると、その動きをトレースするかのように、半霊も同じく楼観剣を手に付いてくる。
突進する先には、ナイフを両の手に一本ずつ持った、長身の少女が一人。
顔立ちの線は細い。髪の毛は外ハネのセミロング、ヘッドトレスにメイド服姿は一分の隙もなく、だからといって雰囲気に硬質な印象もない、完璧で瀟洒な紅魔館の従者――十六夜咲夜が、そこに居る。
「質量を持った分身ね。でも、手数の多さなら負けなくてよ」
笑みながら咲夜はそのように呟き、数瞬の間に五十を超える数のナイフを周囲の空間に現出させ、
「幻符・殺人ドール」
こちらへと投擲――否、発射してきた。
銀色に閃く刃の数々が一斉に襲い掛かってくるのに、しかし妖夢はまったく怯まず、突進のスピードも緩めない。
「はああああっ!」
ただただ、気迫と共に、手に握る楼観剣を小枝のように操って襲い掛かってくるナイフを弾く、弾く、弾き飛ばす。後ろから付いてくる半霊も、同様の剣技でナイフの群に対処する。
三秒も経たずして、ナイフの弾幕を突破。幾つか刃が身体を掠めたが、軽傷だ。痛覚はありながらも全然動けるし、スピードも衰えない。
「…………っ」
突進の勢いを殺せなかったことに、咲夜がわずかに唸りを漏らすのが見える。少なくとも動揺がある証拠だ。
その好機を逃さず、妖夢は距離を詰めて楼観剣の一撃を咲夜へと叩き込む。
「鋭っ!」
「つ……っ!」
上段の構えから全力で振り下ろす唐竹割りを、咲夜は両手のナイフを交差させて受け止めた。
攻撃と防御の力が均衡する。これでは、押し切れない。
だが妖夢には、まだ手が残っている。
「――――!」
幽明の苦輪によって現出しているもう一人の自分が、タンッと妖夢の後ろで跳躍したのが見なくてもわかった。姿を現出させられる残りの時間はもう数秒もないのだが、数秒もあれば、咲夜に一撃を与えるには充分だ。迷わず、咲夜への攻撃意志を霊力に込めて分身へと送り込む。
半霊は自分と同じように楼観剣を上段に構え、手の塞がっている咲夜へと振り下ろそうとするが、直後、
「時符・プライベートスクウェア」
咲夜を中心として異質の空気が立方体状に拡がって行き、一帯をスッポリと包んだような気がした。
この感覚を、妖夢は知っている。
時間を操る程度の能力を持つ十六夜咲夜の、時間の一時停止のスペル。
何もかも静止、限定された時間の中で、咲夜のみが自由に動き回ることが出来るのだが、こちらは、
「くっ……!」
異界が終わった直後の世界しか、知ることが出来ない。
そして終わった頃には、楼観剣を受け止めていた状態だった咲夜は既に後退しており、更には体勢をも立て直していた。
彼女と手合わせをする時、この能力を使われる度に妖夢は『なんだかずるいなー』と感じるのだが……こういう空間の時間の流をも見極めることで、自分はまた一歩上の自分になれるのだろう。
「まだまだっ」
今一度、目の前の瀟洒なメイドに相対せんと、妖夢は楼観剣を構え直す。同じ頃に、半霊も妖夢の隣でスッと自身の刃を両手に握って攻撃の態勢に入っているのを確認する。こちらも自分と同じく戦意は充実されているようだ。
なればこそ、先程と同じように、共に駆け出さんとしたところで、
「……あれ?」
妖夢は、やっと気付いた。
半霊が、未だに自分の姿を維持させていることに。
……おかしい。
幽明の苦輪の効果は、どれだけ保っても十五秒程度だ。
十五秒経てば、半霊はいつも妖夢の傍らを漂っている元の幽霊の姿に戻るだけなのだが……発動から既に約三十秒ほど経っているというのに、半霊は人の姿を保ち続けている。
何故……?
「?」
と、自分の視線に気づいたのか、半霊はこちらに視線を向け、無表情でわずかに小首を傾げている。『どうかした?』とでも言っているかのようだった。
自分はそのように動くように、意思を送った憶えがないのだが――
トス
「あ……」
と、自分の思考を打ち切る音が、ヤケに近くで響いた。
と言うか、自分の側頭部から発せられた音だった。
同時、何かが刺さったような感触を妖夢は得る。ひんやりとしていて、先の尖った金属のような心地が何とも……。
「――あいたたたたたたたたーっ!」
とまで考えて、やってきた痛覚が全身を存分に刺激し、なおかつ頭からそれはもうギャグマンガの如くぷしゅーっと鮮血が散るのを感じながら、妖夢は地面をもんどりもんどり転がりまわった。
既に、何が起こったのかは理解している。自分の頭に、咲夜の投擲したナイフが一本刺さっているのだ。
コレは痛い。絶対に痛い。痛いってレベルでは済まされない。
「ああっ、ちょっと、それくらい避けなさいよっ」
「……むぅ」
どんどん紅く朦朧としていく視界の中、慌ててこちらへと駆け寄ってくる咲夜と……あと、無表情ながらも頬に一筋汗を垂らしながら自分のことを見下ろしている、自分と同じ姿形の少女が映っている。
意識を失う失わない瀬戸際のこんな時でも、未だに『何故?』と感じてしまう自分に、こんなに痛くても案外まだ余裕なのかもしれないなどと思ってしまう妖夢であった。
頭にやんわりとした痛みを感じつつ、妖夢が息を吹き返したのは、約二時間後。
目を覚ました直後は、一瞬、自分がどこに居るのかがわからなかったのだが……数秒もしないうちに、『ああ』と、さっきまでの出来事から現在位置と時刻、自分の状態を理解する。
簡素ながらも小奇麗に揃っているベッドや調度品、まとまった掃除が行き届く子の一室は、幻想郷の湖畔に建つ紅魔館の客室内だ。そして、今までベッドに横たわっていたのは、先程に負傷したからである。頭にはぐるぐると包帯が巻かれていたりもする。
――何故、自分がこんなところに居るのかと言うと。
我が主である西行寺幽々子から、紅魔館に軽いおつかいを頼まれたのが朝方のこと。
紅魔館のメイド長こと十六夜咲夜に『久しぶりに軽く手合わせしていく?』と誘われたのが、おつかいを済ませた帰り際のこと。
一人で剣の鍛錬をするのも良いが、他者との弾幕ごっこによる実戦形式の手合わせも自分の剣の腕を磨くにはプラスになるし、時間もそれなりにあることから、誘いを受けて紅魔館の時計台にて咲夜と相対したのが意識を失う前のことで……。
「? あ……」
寝かされていたベッドの傍らでじっとこちらのことを見つめている、自分と同じ容貌である少女に気付いたのが、今のことである。
これもよく憶えている。言ってみればこの少女は、我がスペルの一つである魂符・幽明の苦輪で自分の同じ姿形に現出させた、妖夢の半霊そのものなのだが……どうやら、今も元の幽霊の姿に戻っていないらしい。
先程も思ったことなのだが、なんだってこんなことが起こっているのか……。
そんな感じで、『うーん』と妖夢が唸っていると。
「…………」
目の前にいる半霊もまた、なにやら顎に親指を当てて思考する仕草を見せていた。ほとんど無表情であるのだが、そこはかとなく『私にもわからない』と言っているような感じがする。
「あら、お目覚め?」
と、そこで、部屋に十六夜咲夜が入ってきた。
傷薬と飲み薬、水入りのグラスが乗っているトレイを両手に、トコトコと歩み寄ってくる。
「まったく、びっくりしたわよ。牽制で投げたつもりのナイフが直撃なんて」
「うう、返す言葉もない……」
トレイを備え付けのテーブルに置き、咲夜は妖夢の頭に巻かれている包帯をテキパキと外していく。それから傷の具合を診始めたのだが、終始、咲夜の表情に深刻そうな様子はないことから、他者の目から見てもダメージは浅いようだ。
刺さったときはものすごく痛かったのだが、 永遠亭の薬屋さんを呼ぶほどのものまでもなかったらしい。包帯も、これ以上は必要ないようであった。
「と言っても、まあ……これだけのことがあれば、気を取られるのも仕方がないかもしれないわね」
全ての診察を終えてから、咲夜は一息。
それから、傍らに居た半霊の髪の毛をさわさわと撫でたりする。どうやら、咲夜もこの現象に付いては不思議に思っているようだ。
ちなみに、半霊は表情を変えることなく、咲夜にされるがままになっている。どうも落ち着くらしい。半霊であるというのに明らかに自分の意思から離れているこの現象に、妖夢は首を傾げるしかなかった。
「一体、なんでこんなことが……」
「半人半霊のことはあまり知らないから、私に訊かれてもわからないわよ。あなた自身のほうが詳しいのではなくて?」
「そうだけど。今までこんなことってなかったから」
幽明の苦輪によって半霊に姿を現出させる時間の維持は、自分が半霊に霊力を送り込んだときの力量に比例する。
同じ半人半霊であり、妖夢の剣の師匠でもある魂魄妖忌もやはりこの能力を扱えるのだが、その力を持ってしても半霊の維持には約一時間が最高だったのを憶えている。
今はもう既に発動から何時間も経っているし、半人前の自分がお師匠様のように強大な力を持っているとは思えない。何より、意識を失っている間まで自分の霊力を供給するなんて高度な技は到底不可能だ。
「……もしかしたら、時間が止まってそのままになってるかも知れないわね」
「え?」
咲夜が思案顔で仮説を立てるのに、妖夢は目をぱちくりさせた。
「さっきの手合わせのとき、あなたがその分身を出してる最中で、私は一度、時間を止めたでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「あなたは何秒もしないで元の時間に戻ることが出来たけど、この子については、あなたの姿をしている『残り時間』だけ――つまり、あなたが半霊に注いだ力の『減少』だけが、停止したままになっているかも知れない、ということ」
「そんなピンポイントな時の止め方なんてあるの?」
「あくまで仮説よ。私も意図的じゃなかったことだしね。あと、あなたが寝ている間に、この子にいろいろ試してみたんだけど……結局、何も起こらなかったわ。時間を操っている最中のものに対して、更に時間を操るとかそういう干渉はできないから、今この子が私の操る時間の干渉を受け続けている状態なのは確かね」
「…………」
どうも、この現象が咲夜の能力の範疇でありながらも、咲夜自身がどうにもならなくなってきている問題らしい。
本人の言うとおり意図的ではないことだし、咲夜ばかりを頼りにはできないのだが……これは、妖夢にとっても初めてのケースなので対処のしようがない。
結論で言えば、しばらくはこのままで居ないといけないと言うことか。
……大丈夫なのだろうか。
くいくい
と、何かが自分の衣服の袖を引っ張ってきたのに、妖夢はフッとそちらへと視線を向ける。
先には、自分の姿をしている半霊が、じーっとこちらのことを見つめていた。
さっきからあるように、殆ど愛想がないと言っても良いほど無表情は相変わらずで、しかし、何を言っているかに付いてはわかるような気がする。
そう焦らず、ゆっくり考えよう。
自分の分身であるからなのか、それともストレートに顔でそう表しているからなのかはわからなかったが、どちらにしろ、この半霊が協力的であるのはわかった。
「……そうだね」
妖夢は半霊に向かってコクリと頷くと、半霊もこくこくと頷き返してくれる。律儀な反応がなかなかに気持ちいい。
「結構懐かれてるみたいね」
その様子を、咲夜はどこか微笑ましそうに見ていた。
「懐かれてる、て言うのも微妙だけどね。結局は自分自身なわけだし」
「その辺はよくわからないけど。とりあえず、今のところ害はなさそうだし、悪いけどしばらくはそのままね。ただ、私も時間を止められると言っても限りがあるから、一週間とか二週間とか、そんな長続きはしないはずよ」
「うん……でも万が一、この状態が長く続くようなら、また相談に行くけど、それでいい?」
「勿論。こちらでも対処法を考えておきましょう」
結局、そのように話がまとまり。
妖夢は一旦、半霊を引き連れて冥界の白玉楼へと戻ることにした。
で。
予想通りというべきなのか。
白玉楼に到着した後、『二人』になって戻らなくなってしまった妖夢を見て、我が主である天衣無縫の亡霊・西行寺幽々子は『あらあらまあまあ』とにこやかに驚嘆していた。
妖夢よりも頭一つ分、背の高い少女である。フリル付きの渦巻き模様の帽子をかぶったふわふわの髪の毛、朗らかで美しいかんばせ、浴衣を思わせる水色と桜色を基調とした着物に帯と、冥界の姫に相応しい誠に優雅な出で立ちをしている。亡霊であるため特有の儚さもあることから、優雅というより幽雅と表現した方が正しいか。
「可愛いじゃない、妖夢。こんなそっくりな子、どこで拾ってきたの?」
そんな誠に幽雅な少女は、呑気な微笑と共にどこかズレた問いを妖夢に送った。
「いえ、拾ってませんからね。って、幽々子さま、さっきの私の話聞いてました?」
「難しすぎてよくわからなかったけど、妖夢が二人だと何かと便利そうというのだけはわかったわ~」
ごく近しい者の身に起こっている怪奇現象を目の当たりにしても、全く動じないのが我が主の特性と言うべきか。
ちなみに、件の半霊は現在、幽々子に抱きかかえられて、ちたばたちたばたと身を小さくクネらせている。先術の通り、幽々子の方が背が高いので、本格的に抱きかかえられるとなると足が地から浮いてしまう態だ。
その様は正に、飼い主にいきなりギュッと抱き締められてパニック状態になり、前足をバタつかせているわんこの如し。
「それで、しばらく様子を見てみるの?」
「はい。何日か待ってみて、何も変わる気配がなければ、もう一度紅魔館に行って咲夜さんに相談しようと思います。あちらの方でも、これから対策を練ってくれるそうですし」
「私はそのままでも構わないけどね~。一人より二人の方が、便利だと思うわ」
「そういうわけにも行きませんよ。何が起こるかわかったものじゃないし、普通どおりが一番です」
確かに、庭や屋敷内の掃除、はたまた幽々子さまのお世話をするとなれば一人よりも二人の方が大いに効率が上がるだろうが。やはり、今起こっている事態が、自分でもどうなるかわからない未知の現象であるので、幽々子の言うことに軽々しく同意出来なかった。
お師匠様なら何とか出来たのかもしれないが……今、ここに居ない人を頼ろうと思っても、それは仕方のないことだ。
「まあ妖夢がそう言うならそれで良いけど。二人でいる間は、やっぱり二人で働いてくれるのよね?」
「それはまあ、この子が希望するならですけど……」
言って、妖夢は幽々子に抱えられている半霊へと視線を移すと。
きちんと話を聞いていたらしい半霊は、グッと親指を立てて見せた。もしかしなくとも『頑張るよ』という意思を示していた。
「あら、素直でいい子ね。妖夢にも見習って欲しいくらいだわ」
「……それはつまり、私は素直じゃないと言うことでしょうか」
「誰もそんなこと言ってないわよ。ただちょっと最近食事の度に口うるさくなってるのが気になるけど」
「それは幽々子さまが最近『よーむー、ご飯マダー』と茶碗を箸でチンチンする癖を覚えたからだと思いますが。もっと行儀よくしないと駄目です」
「いいじゃない。お腹が空いたら早く食事を作るように催促するのは、むしろ当然でしょう。ねぇ?」
と、幽々子が腕の中にいる半霊の同意を求めたりするのだが。
半霊は『んー』となにやら考え込む仕草を見せた後、
ぶんぶん
無表情で首を横に振ってくれた。
もしかしなくとも否定意思だったので、その点に付いては、妖夢は何故か救われた気分になった。
その一方で、幽々子は『ズガーン!』とショックを受けたかのように目を丸くし、
「まあっ、妙夢まで私を否定するの? ああっ、こんな私に付いてきてくれる人は、もうどの世界に行っても存在しないのね……」
大袈裟によろめき『よよよ』と泣き崩れる。
仕草がものすごい様になってはいるが、明らかに嘘泣きだった。
「幽々子さま、その嘘泣きは二度ネタどころか十五度ネタくらいになってますから……って、『妙夢(みょうむ)』って誰のことですか『妙夢』って」
「え? この子の名前よ?」
ケロリと立ち直り、幽々子は半霊の小さな頭をポンポンと柔らかく叩いて見せる。
「『妙な過程で出来上がった妖夢』略して妙夢。ほら、妖夢と同じ発音で語呂もいいことだし」
「……いやいやいやいや」
勝手に名前を付けられたりしても困る。そりゃあ区別を付けるにはいいのだろうが、それにしてもそんな安直な。
しかも、『妙な過程』とか言われても、こっちも好きでその過程を辿ったわけでも無し。
結論。
我が主のやることはツッコミどころ満載である。
「…………」
半霊も、いつもは感情の乏しい顔をわりと険しくさせていることから、やはり自分と同意見なのだろう。さすがは自分自身、と褒めてやりたい気分だ。自分で自分を褒める、と言うのも妙な話であるけども。
「それがイヤならみょんむでもいいわよ。呼ぶときは『みょんむー』なんて愛嬌を込めてみたら……なんだか、そっちの方が可愛い感じで良いかもしれないわね」
「いや、そっちの方がもっと妙ですからっ。この子もなんかものすごい勢いで首振って嫌がってますからっ」
「ゑー、しょうがないわねぇ。……じゃあ、やっぱり妙夢ね。もう考えるの面倒くさいからコレで決定よ。良いわね?」
面倒くさいで片付けられてしまった。
もはや、取り付く島もない。
「じゃあ早速、これから二人で食事の支度にかかってくれるかしら? 私、もうお腹空いちゃって」
「……わかりました。その……妙夢も、良い? ご飯とか作れる?」
軽快な足取りで、白玉楼の居間に戻っていく幽々子を見送りつつ。
とりあえず、気が進まないながらも、妖夢は正面に居る半霊のことを、幽々子が命名した名前で呼んでみる。
すると、半霊――妙夢は、まだ少し険しい顔をしていたのだが、
「…………」
こくこく
腹を括ったのか、やがて元の無表情に戻って頷き返す。
もしかしなくとも『やる』というイメージが伝わってきた。
かくして、魂魄妖夢の半霊改め妙夢は、白玉楼の臨時庭師補佐の任に就いたのであった。
― 続く ―
以上をご了承の上、お楽しみを。
私は彼女自身である。
常に彼女と共にあり、常に彼女の傍らに付き、常に彼女の意思通りに動く。
ただ、私は人の形をしていない。
幽霊の形をしている。
表情も何も表に示さないまま、彼女の周囲を漂っている。
そのためか、他者からは、私のことを存在としては捉えられるが、あまり気にも留められないことが多い。
それが普通の反応である、と私も認識している。
……しかし、ほんの十数秒だけ、私は彼女の姿をすることがある。
それは、彼女が必要としたとき。
そう、今、この瞬間――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「魂符・幽明の苦輪!」
紅魔館時計台の広場にて、魂魄妖夢はスペルを発動させた。
自身の霊力を半人半霊の証たる半霊に行き渡らせ、出現するのは一人の少女。
おかっぱの白髪に黒いリボン、幼さが抜けきらない顔立ち、色白かつ小柄な体躯、身にまとっているのは白のブラウスに緑のベストとフリルタイプのスカート姿。腰には大小の刀が一本ずつ。
つまるところ、妖夢と同じ姿形の少女であり、我がスペルである魂符・幽明の苦輪によって現出される『自分自身』だ。
「参る!」
妖夢が愛刀の楼観剣を手に突進を始めると、その動きをトレースするかのように、半霊も同じく楼観剣を手に付いてくる。
突進する先には、ナイフを両の手に一本ずつ持った、長身の少女が一人。
顔立ちの線は細い。髪の毛は外ハネのセミロング、ヘッドトレスにメイド服姿は一分の隙もなく、だからといって雰囲気に硬質な印象もない、完璧で瀟洒な紅魔館の従者――十六夜咲夜が、そこに居る。
「質量を持った分身ね。でも、手数の多さなら負けなくてよ」
笑みながら咲夜はそのように呟き、数瞬の間に五十を超える数のナイフを周囲の空間に現出させ、
「幻符・殺人ドール」
こちらへと投擲――否、発射してきた。
銀色に閃く刃の数々が一斉に襲い掛かってくるのに、しかし妖夢はまったく怯まず、突進のスピードも緩めない。
「はああああっ!」
ただただ、気迫と共に、手に握る楼観剣を小枝のように操って襲い掛かってくるナイフを弾く、弾く、弾き飛ばす。後ろから付いてくる半霊も、同様の剣技でナイフの群に対処する。
三秒も経たずして、ナイフの弾幕を突破。幾つか刃が身体を掠めたが、軽傷だ。痛覚はありながらも全然動けるし、スピードも衰えない。
「…………っ」
突進の勢いを殺せなかったことに、咲夜がわずかに唸りを漏らすのが見える。少なくとも動揺がある証拠だ。
その好機を逃さず、妖夢は距離を詰めて楼観剣の一撃を咲夜へと叩き込む。
「鋭っ!」
「つ……っ!」
上段の構えから全力で振り下ろす唐竹割りを、咲夜は両手のナイフを交差させて受け止めた。
攻撃と防御の力が均衡する。これでは、押し切れない。
だが妖夢には、まだ手が残っている。
「――――!」
幽明の苦輪によって現出しているもう一人の自分が、タンッと妖夢の後ろで跳躍したのが見なくてもわかった。姿を現出させられる残りの時間はもう数秒もないのだが、数秒もあれば、咲夜に一撃を与えるには充分だ。迷わず、咲夜への攻撃意志を霊力に込めて分身へと送り込む。
半霊は自分と同じように楼観剣を上段に構え、手の塞がっている咲夜へと振り下ろそうとするが、直後、
「時符・プライベートスクウェア」
咲夜を中心として異質の空気が立方体状に拡がって行き、一帯をスッポリと包んだような気がした。
この感覚を、妖夢は知っている。
時間を操る程度の能力を持つ十六夜咲夜の、時間の一時停止のスペル。
何もかも静止、限定された時間の中で、咲夜のみが自由に動き回ることが出来るのだが、こちらは、
「くっ……!」
異界が終わった直後の世界しか、知ることが出来ない。
そして終わった頃には、楼観剣を受け止めていた状態だった咲夜は既に後退しており、更には体勢をも立て直していた。
彼女と手合わせをする時、この能力を使われる度に妖夢は『なんだかずるいなー』と感じるのだが……こういう空間の時間の流をも見極めることで、自分はまた一歩上の自分になれるのだろう。
「まだまだっ」
今一度、目の前の瀟洒なメイドに相対せんと、妖夢は楼観剣を構え直す。同じ頃に、半霊も妖夢の隣でスッと自身の刃を両手に握って攻撃の態勢に入っているのを確認する。こちらも自分と同じく戦意は充実されているようだ。
なればこそ、先程と同じように、共に駆け出さんとしたところで、
「……あれ?」
妖夢は、やっと気付いた。
半霊が、未だに自分の姿を維持させていることに。
……おかしい。
幽明の苦輪の効果は、どれだけ保っても十五秒程度だ。
十五秒経てば、半霊はいつも妖夢の傍らを漂っている元の幽霊の姿に戻るだけなのだが……発動から既に約三十秒ほど経っているというのに、半霊は人の姿を保ち続けている。
何故……?
「?」
と、自分の視線に気づいたのか、半霊はこちらに視線を向け、無表情でわずかに小首を傾げている。『どうかした?』とでも言っているかのようだった。
自分はそのように動くように、意思を送った憶えがないのだが――
トス
「あ……」
と、自分の思考を打ち切る音が、ヤケに近くで響いた。
と言うか、自分の側頭部から発せられた音だった。
同時、何かが刺さったような感触を妖夢は得る。ひんやりとしていて、先の尖った金属のような心地が何とも……。
「――あいたたたたたたたたーっ!」
とまで考えて、やってきた痛覚が全身を存分に刺激し、なおかつ頭からそれはもうギャグマンガの如くぷしゅーっと鮮血が散るのを感じながら、妖夢は地面をもんどりもんどり転がりまわった。
既に、何が起こったのかは理解している。自分の頭に、咲夜の投擲したナイフが一本刺さっているのだ。
コレは痛い。絶対に痛い。痛いってレベルでは済まされない。
「ああっ、ちょっと、それくらい避けなさいよっ」
「……むぅ」
どんどん紅く朦朧としていく視界の中、慌ててこちらへと駆け寄ってくる咲夜と……あと、無表情ながらも頬に一筋汗を垂らしながら自分のことを見下ろしている、自分と同じ姿形の少女が映っている。
意識を失う失わない瀬戸際のこんな時でも、未だに『何故?』と感じてしまう自分に、こんなに痛くても案外まだ余裕なのかもしれないなどと思ってしまう妖夢であった。
頭にやんわりとした痛みを感じつつ、妖夢が息を吹き返したのは、約二時間後。
目を覚ました直後は、一瞬、自分がどこに居るのかがわからなかったのだが……数秒もしないうちに、『ああ』と、さっきまでの出来事から現在位置と時刻、自分の状態を理解する。
簡素ながらも小奇麗に揃っているベッドや調度品、まとまった掃除が行き届く子の一室は、幻想郷の湖畔に建つ紅魔館の客室内だ。そして、今までベッドに横たわっていたのは、先程に負傷したからである。頭にはぐるぐると包帯が巻かれていたりもする。
――何故、自分がこんなところに居るのかと言うと。
我が主である西行寺幽々子から、紅魔館に軽いおつかいを頼まれたのが朝方のこと。
紅魔館のメイド長こと十六夜咲夜に『久しぶりに軽く手合わせしていく?』と誘われたのが、おつかいを済ませた帰り際のこと。
一人で剣の鍛錬をするのも良いが、他者との弾幕ごっこによる実戦形式の手合わせも自分の剣の腕を磨くにはプラスになるし、時間もそれなりにあることから、誘いを受けて紅魔館の時計台にて咲夜と相対したのが意識を失う前のことで……。
「? あ……」
寝かされていたベッドの傍らでじっとこちらのことを見つめている、自分と同じ容貌である少女に気付いたのが、今のことである。
これもよく憶えている。言ってみればこの少女は、我がスペルの一つである魂符・幽明の苦輪で自分の同じ姿形に現出させた、妖夢の半霊そのものなのだが……どうやら、今も元の幽霊の姿に戻っていないらしい。
先程も思ったことなのだが、なんだってこんなことが起こっているのか……。
そんな感じで、『うーん』と妖夢が唸っていると。
「…………」
目の前にいる半霊もまた、なにやら顎に親指を当てて思考する仕草を見せていた。ほとんど無表情であるのだが、そこはかとなく『私にもわからない』と言っているような感じがする。
「あら、お目覚め?」
と、そこで、部屋に十六夜咲夜が入ってきた。
傷薬と飲み薬、水入りのグラスが乗っているトレイを両手に、トコトコと歩み寄ってくる。
「まったく、びっくりしたわよ。牽制で投げたつもりのナイフが直撃なんて」
「うう、返す言葉もない……」
トレイを備え付けのテーブルに置き、咲夜は妖夢の頭に巻かれている包帯をテキパキと外していく。それから傷の具合を診始めたのだが、終始、咲夜の表情に深刻そうな様子はないことから、他者の目から見てもダメージは浅いようだ。
刺さったときはものすごく痛かったのだが、 永遠亭の薬屋さんを呼ぶほどのものまでもなかったらしい。包帯も、これ以上は必要ないようであった。
「と言っても、まあ……これだけのことがあれば、気を取られるのも仕方がないかもしれないわね」
全ての診察を終えてから、咲夜は一息。
それから、傍らに居た半霊の髪の毛をさわさわと撫でたりする。どうやら、咲夜もこの現象に付いては不思議に思っているようだ。
ちなみに、半霊は表情を変えることなく、咲夜にされるがままになっている。どうも落ち着くらしい。半霊であるというのに明らかに自分の意思から離れているこの現象に、妖夢は首を傾げるしかなかった。
「一体、なんでこんなことが……」
「半人半霊のことはあまり知らないから、私に訊かれてもわからないわよ。あなた自身のほうが詳しいのではなくて?」
「そうだけど。今までこんなことってなかったから」
幽明の苦輪によって半霊に姿を現出させる時間の維持は、自分が半霊に霊力を送り込んだときの力量に比例する。
同じ半人半霊であり、妖夢の剣の師匠でもある魂魄妖忌もやはりこの能力を扱えるのだが、その力を持ってしても半霊の維持には約一時間が最高だったのを憶えている。
今はもう既に発動から何時間も経っているし、半人前の自分がお師匠様のように強大な力を持っているとは思えない。何より、意識を失っている間まで自分の霊力を供給するなんて高度な技は到底不可能だ。
「……もしかしたら、時間が止まってそのままになってるかも知れないわね」
「え?」
咲夜が思案顔で仮説を立てるのに、妖夢は目をぱちくりさせた。
「さっきの手合わせのとき、あなたがその分身を出してる最中で、私は一度、時間を止めたでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「あなたは何秒もしないで元の時間に戻ることが出来たけど、この子については、あなたの姿をしている『残り時間』だけ――つまり、あなたが半霊に注いだ力の『減少』だけが、停止したままになっているかも知れない、ということ」
「そんなピンポイントな時の止め方なんてあるの?」
「あくまで仮説よ。私も意図的じゃなかったことだしね。あと、あなたが寝ている間に、この子にいろいろ試してみたんだけど……結局、何も起こらなかったわ。時間を操っている最中のものに対して、更に時間を操るとかそういう干渉はできないから、今この子が私の操る時間の干渉を受け続けている状態なのは確かね」
「…………」
どうも、この現象が咲夜の能力の範疇でありながらも、咲夜自身がどうにもならなくなってきている問題らしい。
本人の言うとおり意図的ではないことだし、咲夜ばかりを頼りにはできないのだが……これは、妖夢にとっても初めてのケースなので対処のしようがない。
結論で言えば、しばらくはこのままで居ないといけないと言うことか。
……大丈夫なのだろうか。
くいくい
と、何かが自分の衣服の袖を引っ張ってきたのに、妖夢はフッとそちらへと視線を向ける。
先には、自分の姿をしている半霊が、じーっとこちらのことを見つめていた。
さっきからあるように、殆ど愛想がないと言っても良いほど無表情は相変わらずで、しかし、何を言っているかに付いてはわかるような気がする。
そう焦らず、ゆっくり考えよう。
自分の分身であるからなのか、それともストレートに顔でそう表しているからなのかはわからなかったが、どちらにしろ、この半霊が協力的であるのはわかった。
「……そうだね」
妖夢は半霊に向かってコクリと頷くと、半霊もこくこくと頷き返してくれる。律儀な反応がなかなかに気持ちいい。
「結構懐かれてるみたいね」
その様子を、咲夜はどこか微笑ましそうに見ていた。
「懐かれてる、て言うのも微妙だけどね。結局は自分自身なわけだし」
「その辺はよくわからないけど。とりあえず、今のところ害はなさそうだし、悪いけどしばらくはそのままね。ただ、私も時間を止められると言っても限りがあるから、一週間とか二週間とか、そんな長続きはしないはずよ」
「うん……でも万が一、この状態が長く続くようなら、また相談に行くけど、それでいい?」
「勿論。こちらでも対処法を考えておきましょう」
結局、そのように話がまとまり。
妖夢は一旦、半霊を引き連れて冥界の白玉楼へと戻ることにした。
で。
予想通りというべきなのか。
白玉楼に到着した後、『二人』になって戻らなくなってしまった妖夢を見て、我が主である天衣無縫の亡霊・西行寺幽々子は『あらあらまあまあ』とにこやかに驚嘆していた。
妖夢よりも頭一つ分、背の高い少女である。フリル付きの渦巻き模様の帽子をかぶったふわふわの髪の毛、朗らかで美しいかんばせ、浴衣を思わせる水色と桜色を基調とした着物に帯と、冥界の姫に相応しい誠に優雅な出で立ちをしている。亡霊であるため特有の儚さもあることから、優雅というより幽雅と表現した方が正しいか。
「可愛いじゃない、妖夢。こんなそっくりな子、どこで拾ってきたの?」
そんな誠に幽雅な少女は、呑気な微笑と共にどこかズレた問いを妖夢に送った。
「いえ、拾ってませんからね。って、幽々子さま、さっきの私の話聞いてました?」
「難しすぎてよくわからなかったけど、妖夢が二人だと何かと便利そうというのだけはわかったわ~」
ごく近しい者の身に起こっている怪奇現象を目の当たりにしても、全く動じないのが我が主の特性と言うべきか。
ちなみに、件の半霊は現在、幽々子に抱きかかえられて、ちたばたちたばたと身を小さくクネらせている。先術の通り、幽々子の方が背が高いので、本格的に抱きかかえられるとなると足が地から浮いてしまう態だ。
その様は正に、飼い主にいきなりギュッと抱き締められてパニック状態になり、前足をバタつかせているわんこの如し。
「それで、しばらく様子を見てみるの?」
「はい。何日か待ってみて、何も変わる気配がなければ、もう一度紅魔館に行って咲夜さんに相談しようと思います。あちらの方でも、これから対策を練ってくれるそうですし」
「私はそのままでも構わないけどね~。一人より二人の方が、便利だと思うわ」
「そういうわけにも行きませんよ。何が起こるかわかったものじゃないし、普通どおりが一番です」
確かに、庭や屋敷内の掃除、はたまた幽々子さまのお世話をするとなれば一人よりも二人の方が大いに効率が上がるだろうが。やはり、今起こっている事態が、自分でもどうなるかわからない未知の現象であるので、幽々子の言うことに軽々しく同意出来なかった。
お師匠様なら何とか出来たのかもしれないが……今、ここに居ない人を頼ろうと思っても、それは仕方のないことだ。
「まあ妖夢がそう言うならそれで良いけど。二人でいる間は、やっぱり二人で働いてくれるのよね?」
「それはまあ、この子が希望するならですけど……」
言って、妖夢は幽々子に抱えられている半霊へと視線を移すと。
きちんと話を聞いていたらしい半霊は、グッと親指を立てて見せた。もしかしなくとも『頑張るよ』という意思を示していた。
「あら、素直でいい子ね。妖夢にも見習って欲しいくらいだわ」
「……それはつまり、私は素直じゃないと言うことでしょうか」
「誰もそんなこと言ってないわよ。ただちょっと最近食事の度に口うるさくなってるのが気になるけど」
「それは幽々子さまが最近『よーむー、ご飯マダー』と茶碗を箸でチンチンする癖を覚えたからだと思いますが。もっと行儀よくしないと駄目です」
「いいじゃない。お腹が空いたら早く食事を作るように催促するのは、むしろ当然でしょう。ねぇ?」
と、幽々子が腕の中にいる半霊の同意を求めたりするのだが。
半霊は『んー』となにやら考え込む仕草を見せた後、
ぶんぶん
無表情で首を横に振ってくれた。
もしかしなくとも否定意思だったので、その点に付いては、妖夢は何故か救われた気分になった。
その一方で、幽々子は『ズガーン!』とショックを受けたかのように目を丸くし、
「まあっ、妙夢まで私を否定するの? ああっ、こんな私に付いてきてくれる人は、もうどの世界に行っても存在しないのね……」
大袈裟によろめき『よよよ』と泣き崩れる。
仕草がものすごい様になってはいるが、明らかに嘘泣きだった。
「幽々子さま、その嘘泣きは二度ネタどころか十五度ネタくらいになってますから……って、『妙夢(みょうむ)』って誰のことですか『妙夢』って」
「え? この子の名前よ?」
ケロリと立ち直り、幽々子は半霊の小さな頭をポンポンと柔らかく叩いて見せる。
「『妙な過程で出来上がった妖夢』略して妙夢。ほら、妖夢と同じ発音で語呂もいいことだし」
「……いやいやいやいや」
勝手に名前を付けられたりしても困る。そりゃあ区別を付けるにはいいのだろうが、それにしてもそんな安直な。
しかも、『妙な過程』とか言われても、こっちも好きでその過程を辿ったわけでも無し。
結論。
我が主のやることはツッコミどころ満載である。
「…………」
半霊も、いつもは感情の乏しい顔をわりと険しくさせていることから、やはり自分と同意見なのだろう。さすがは自分自身、と褒めてやりたい気分だ。自分で自分を褒める、と言うのも妙な話であるけども。
「それがイヤならみょんむでもいいわよ。呼ぶときは『みょんむー』なんて愛嬌を込めてみたら……なんだか、そっちの方が可愛い感じで良いかもしれないわね」
「いや、そっちの方がもっと妙ですからっ。この子もなんかものすごい勢いで首振って嫌がってますからっ」
「ゑー、しょうがないわねぇ。……じゃあ、やっぱり妙夢ね。もう考えるの面倒くさいからコレで決定よ。良いわね?」
面倒くさいで片付けられてしまった。
もはや、取り付く島もない。
「じゃあ早速、これから二人で食事の支度にかかってくれるかしら? 私、もうお腹空いちゃって」
「……わかりました。その……妙夢も、良い? ご飯とか作れる?」
軽快な足取りで、白玉楼の居間に戻っていく幽々子を見送りつつ。
とりあえず、気が進まないながらも、妖夢は正面に居る半霊のことを、幽々子が命名した名前で呼んでみる。
すると、半霊――妙夢は、まだ少し険しい顔をしていたのだが、
「…………」
こくこく
腹を括ったのか、やがて元の無表情に戻って頷き返す。
もしかしなくとも『やる』というイメージが伝わってきた。
かくして、魂魄妖夢の半霊改め妙夢は、白玉楼の臨時庭師補佐の任に就いたのであった。
― 続く ―
続きに期待してます。