紅魔館の一室。
一人の女性が、算盤を弾きながら数字がびっしりかかれた紙とにらめっこをしている。
時折、眉間に皺を寄せて厳しい表情をし、その度に何事かを帳面に書き付けていく。その表情は、書付が増えるごとに厳しいものとなっていた。
やがて、ふと。何事かに気づいたかのように彼女が正門の方を向いた。それと同時。
「きゃっ!」
名状しがたい轟音が響き渡り、館が揺れる。件の人物は衝撃でずり落ちた眼鏡を直しながら、頭痛を堪えるような表情をした。
「まったく、あの黒白は毎度毎度……」
黒白――自称「普通の魔法使い」である霧雨魔理沙――が正門を毎度のごとく強行突破したであろうことと、それによってもたらされたであろう「被害」を考えるに、ますます頭が痛くなってくる。
「あっちはまあ、どうにもならないとして……お嬢様にも少しは節制してもらわないと」
愚痴とため息を吐きながら、一先ずお嬢様の所へ行こうと部屋をでた途端、
「の゛っ!?」
「ん?」
蛙が潰されたような悲鳴(という表現があるが、実際のところ聞いたことのある人はいるのだろうか?)と共に扉に妙な衝撃が伝わったので慌てて裏を覗いてみる。すると、そこには額を赤くして件の白黒がひっくり返っていた。
※ ※ ※
「……ん、ここは?」
「紅魔館の医務室よ」
寝とぼけて出した声に答えがあったのをいぶかしみながら、魔理沙は身を起こして声の方向を向いた。すると、そこには一人の妙齢の女性がいた。実年齢はこの幻想郷では知れたものではないが。
カッターシャツに黒地のベスト、赤いタイと言った辺りはどことなく図書館の司書をしている小悪魔を彷彿とさせた。それに加えて黒縁の眼鏡がより一層知的なイメージを強調する。さらには小悪魔とは色味が違うとは言え、赤い髪であることから、
「ああ、新しい図書館の司書か。悪いな、ついでに案内してくれ」
と魔理沙が結論付けたのもまあ無理はないところだが、言われた本人はそうは思わなかった。
「……来るたんびにマスタースパークでふっ飛ばしてるから、私の顔は記憶にも残らないと言いたいんでしょうかねぇこの口は」
むにー、と魔理沙の口に指を突っ込んで左右に引っ張る女性。面白いぐらいよく伸びる。
「いふぁいいふぁい、ふぁめてふゅれぇ!」
「……ったく」
抗議を受けてすぐに指は離したが、それでもじと目で魔理沙のことを睨む女性。
「あー、てーことはお前、門番なのか?」
「ええそーです、門番の紅美鈴ですよ」
まあ、あれだけ吹っ飛ばしておきながらまるで初対面のような対応をされては、彼女が気分を害するのも分からなくはない。だが、分からなくても無理はなかろう、と魔理沙はまだひりひりする頬を押さえながら抗議した。
「いやだって、服装が全然違うし。小悪魔の親戚かと思っても無理はないだろ?」
「服装で人を判断してるんですか貴女は」
あきれたように言ってくる美鈴に、流石に分が悪いと思ったのか魔理沙は話をそらせようとする。
「それにしても、門の所にいないから妙だとは思ってたが、何してるんだ? とうとう門番をクビになったか?」
「その場合は誰のせいでしょおねぇぇ?」
すっとぼけたことを言う魔理沙のほっぺたをつかんで、ぐにーっと引っ張る。やっぱりよく伸びた。
「いふぁいいふぁい、ふぁめろ、ふぁるふぁった!」
「まったく……昨日今日と事務仕事をしてるだけですよ。ちょっと私でないとできない仕事でしたので」
「ふーん。でもなぁ、門番と事務仕事って結びつかないぜ」
「長く生きてれば、色々覚えるものですよ。後門番じゃなくて、紅美鈴。いい加減覚えてくださいね」
「おう、わかったぜ門番」
魔理沙としては軽いジョークのつもりだったのだが、あいにく相手はそう受け止めてくれなかった。がしっ、と握りこぶしを魔理沙の両のこめかみに当てると、そのまま抉るようにねじ込む。
「あなたのっ、そのっ、首からっ、上はっ、飾りっ、ですかっ!?」
「うっぎゃあああぁぁぁぁっ!?」
※ ※ ※
「まあ、なんだ。よく分からんが納得したぜ」
「うんうん、素直な子はお姉さん好きですよ?」
年いくつだよ、という疑問が出てきたが、それはぐっと堪えた。というか、これ以上余計なことを言うと真剣に命に関わってきそうだった。
「えーっと……それで、事務仕事?」
「ええまあ、会計業務ですね」
「しかし、なんだっても……美鈴がやってるんだ?」
それが疑問だった。できるできないはさておくとしても、こういうのは普通そういうのを専門にしてる人妖に任されそうなものだ。
「ええまあ……他に適任者もいませんので」
「いないって……メイド長は?」
あの、完璧で瀟洒を自認するパーフェクトメイドなら、会計だってできそうである。それとも、実は数字に弱いのだろうか。
「咲夜さんもできないことはないんですが……あの人、お嬢様が絡むと急に大雑把になるんですよ」
「あー」
納得が言った。確かにあの「お嬢様命」のメイド長なら、お嬢様の我侭の為なら幾らでも出すだろう。そして、取り立てて忠告するようなこともないに違いない。
「というか、現状でコレですからね……この上更に私が手綱を離した日には、どうなることやら」
そういいながら、美鈴は一枚の紙を魔理沙に差し出し、その一点を指差す。そこを見て、上下の数字も見て、魔理沙は天井を仰いだ。
「……なあ、美鈴」
「なんですか?」
「間違ってるぞ、これ」
「間違ってませんよ。3回ほど検算しましたから」
「いやだって! どう考えても桁がおかしいだろこれ!?」
遊興費、即ちお嬢様ことレミリア=スカーレットの我侭に費やされた額は、魔理沙をして自分の目を疑わせるに十分な額だった。
「……ええ、私がお嬢様にブレーキをかけて、ソレです」
「……ああその、なんだ。苦労してるんだな」
「……最近は正門を力尽くで突破してくださる方がいるんで、そっちの対応に追われて手綱が緩んでったってのもあるんですけどね」
「…………その、すまん」
「ついでに言うと、毎回出る被害の修繕費もうなぎ上りなんですよ」
「………………すまん」
「門番隊の治療費も馬鹿になりませんし。お嬢様やパチュリー様の意向でその人からお金を徴収するようなことはしていないんですが、これ以上積み重なると流石にこちらとしても考えざるをえないんですよね」
「……………………マジですまん」
すっかり小さくなった魔理沙に、美鈴は苦笑すると帽子を取り上げ、髪をくしゃくしゃと撫でる。
「ま、お嬢様やパチュリー様が貴女の来訪を楽しみにしてるのは事実ですから。できれば、もう少し穏便な方法で入ってきてくださいね?」
「あー……努力する。あと頭撫でんな」
魔理沙は美鈴の手から帽子を取り返すと、ふてくされたようにプイ、とそっぽを向いた。顔の赤さは隠しようもなかったが。
※ ※ ※
「失礼します、パチュリーさ……ま?」
「あら、美鈴。それに魔理沙も」
美鈴が魔理沙を先導して向かった図書館には、レミリアと咲夜もいた。それはいい。別にそれ自体は不思議でもなんでもない。が、しかし。
「あの……お嬢様、その、お召し物、は?」
そう、問題はそのレミリアの格好だった。真紅のベルベットに金糸で飾りがつけられたそのドレスは、豪奢でありながら決して下品なところはなく、レミリアによく似合っていた。のだが。
「いいでしょう。香霖堂の店主も、たまにはいい物を仕入れるわね」
「よくお似合いです、お嬢様」
上機嫌のレミリアに、追従する咲夜。だが、魔理沙ははっきりその場の気温が下がっているのを感じ取っていた。気がつけば、さっきまで紅茶を飲みながら本を読んでいたはずのパチュリーの姿が見えない。やつめ、逃げたな。
「……お嬢様、つかぬ事をお伺いしますが、そのドレスの代金は……」
「ああ……咲夜、幾らだっけ」
「これよ」
そう言って、咲夜が美鈴に手渡した領収書には、中々の金額が記されていた。
(最悪だ)
魔理沙は心の中で愚痴る。いくらなんでもタイミングが悪すぎる。うつむき加減でさっきから一言も発さない美鈴が、逆に怖い。
「それにしても、これだけだとちょっと寂しいわね」
「そうですね、胸元にワンポイント……」
「色を合わせてルビーがいいかしら? この前いい物が……」
「反対の色をつけて、ドレスを引き立てるのも……」
一方、ドレス談義を続ける主従。空気読め、魔理沙はそう言ってやりたかった。
「レミリア」
「美鈴? 私を呼び捨てに……え?」
「咲夜」
「……は、はい?」
「二人とも、ちょっとそこに座りなさい」
ああ、人間こんなに怖い笑顔が作れるんだ。魔理沙はそんな場違いなことを考えた。現実逃避していた、とも言う。
「えーっと……その、美鈴? 何を怒ってるのか知らないけど、落ち着いて? ね?」
「そ、そうですよ姉さん。落ち着いて話し合いましょう?」
へー、咲夜にとって美鈴って姉代わりだったのかー。
そーなのかー、とルーミアっぽい感想を持ちながら、魔理沙はひたすら傍観者に徹する。ぶっちゃけ、迂闊に動くととばっちりが来そうで怖い。
一方、宥めようとした二人に対する美鈴の対応は、
「いいから、座りなさい」
『……はい』
にべもなかった。
「レミリア、ウチの財政状況、知ってる?」
「そんなのは私が気にすることじゃ……知りません、ごめんなさい」
「ここ六ヶ月、連続赤字よ」
「えーっと……もう厳しい、とか?」
おずおず、といった感じで聞いてくるレミリアに、美鈴は首を振る。
「まあ、蓄えはまだ十分あるわ」
「じゃあ、気にすることも」
「お黙んなさい」
「はい」
抗弁しようとした咲夜も、一瞬で黙らせられる。そこにいるのは、親に叱られて小さくなっている子供だった。カリスマも瀟洒もどこにもない。
「そうやって『まだ大丈夫』と油断するのが一番駄目なのよ。身代なんて潰すのは一瞬なんだから。そもそもだんだん趣味や遊興に掛ける費用が膨らんでるのに気がついてる? 確かに私も中のことが疎かになってたけれど。咲夜、本来は貴女がレミリアを止めなきゃいけないのよ? それなのに一緒になってはしゃぐばっかりで。お嬢様大事なのは知ってるけど、それは決して我侭を全て聞く、という意味じゃないわ。上の者が間違っていれば諌めるのも、下につく者の勤めでしょう?」
「……はい。ごめんなさい、姉さん」
「それからレミリア、貴女もよ。咲夜が甘いのをいいことに我侭言い放題。たまに忠告すれば露骨に嫌そうな顔をする。上に立つものがそんなことで、紅魔館を纏めていけると思ってるの? 『良薬口に苦く、諌言耳に逆らう』と言うでしょう。聞きづらいことこそ、貴女の為と言われてることなのよ?」
「……はい」
「いい、二人とも。そもそも……」
※ ※ ※
「……と、言うこと。分かったわね?」
『……はい……』
それからおよそ三十分。
ようやく説教が終わった時には、二人の目は大分虚ろになっていた。ちなみに魔理沙はというと、その間ひたすら気配を消し、背景に徹していた。その甲斐もあってとばっちりは免れたが。
「おー、よーやく終わったか……」
「ん? あ、ああ。すみません魔理沙さん、ほったらかしちゃって」
「いやまあ、別にいいぜ。珍しいモンも見れたしな」
美鈴に怒られて憔悴しきっているレミリアと咲夜。なるほど、中々見れるものではない。
「ふむ。それでは、お詫びに今日は私がお茶を淹れて来ましょう。お嬢様と咲夜さんもゆっくりなさっててください」
そう言うと美鈴はティーセットを持ち、図書館からゆっくりとした足取りで立ち去った。
※ ※ ※
『……ぷはぁ!』
美鈴が立ち去ると、その場に居合わせた全員が一斉に大きく息をつく。
「いやはや、閻魔もかくやという迫力だったぜ」
「うう、不覚だわ……」
「……はぁ。まだまだ姉さんには敵わないわね」
三者三様に先ほどの一件を振り返る。と、ふと思いついたように魔理沙が、
「しかし、何者なんだあいつは?」
と口にした。
「あら、魔理沙。貴女は知らないの?」
「いや、門番だってことぐらいは知ってる……つもりだったんだが、今日の一件でワケが分からなくなってな」
「そう、ならこの紅魔館に纏わる話を思い出して御覧なさい。そうすれば、ヒントがあるはずよ」
「と言われてもな」
ともあれ、思い出してみる。と言っても、要するに悪魔の住まう館で、そこには永遠に幼い姿を留めた吸血鬼と彼女に仕える瀟洒な従者がずっと住み……。
「……あれ?」
いやまて、と魔理沙は思う。吸血鬼がずっと住んでる、それはいい。レミリアは見た目はこれでも実年齢は知れたものじゃないからだ。だが、従者である咲夜は人間である。ならば、見た目と実年齢はそう離れていないはずだ。なのに、瀟洒な従者の噂が「ずっと前から」あるなんてのはあり得ない。と、いうことは……?
「あー……まさかと思うんだが、噂の『瀟洒な従者』ってのは……」
「まあ、姉さんの仕事ぶりはずっと私の目標だしね」
「その上を行こうと、『完璧』もつけたんだっけ?」
「まだまだ先達には及びませんが」
「……マジかよ」
その時、図書館にノックの音が響いた。
持ってこられた紅茶はきっと、「瀟洒な従者」の呼称に恥じない味なのだろう。全く見えもしないのに、魔理沙はそう確信した。
一人の女性が、算盤を弾きながら数字がびっしりかかれた紙とにらめっこをしている。
時折、眉間に皺を寄せて厳しい表情をし、その度に何事かを帳面に書き付けていく。その表情は、書付が増えるごとに厳しいものとなっていた。
やがて、ふと。何事かに気づいたかのように彼女が正門の方を向いた。それと同時。
「きゃっ!」
名状しがたい轟音が響き渡り、館が揺れる。件の人物は衝撃でずり落ちた眼鏡を直しながら、頭痛を堪えるような表情をした。
「まったく、あの黒白は毎度毎度……」
黒白――自称「普通の魔法使い」である霧雨魔理沙――が正門を毎度のごとく強行突破したであろうことと、それによってもたらされたであろう「被害」を考えるに、ますます頭が痛くなってくる。
「あっちはまあ、どうにもならないとして……お嬢様にも少しは節制してもらわないと」
愚痴とため息を吐きながら、一先ずお嬢様の所へ行こうと部屋をでた途端、
「の゛っ!?」
「ん?」
蛙が潰されたような悲鳴(という表現があるが、実際のところ聞いたことのある人はいるのだろうか?)と共に扉に妙な衝撃が伝わったので慌てて裏を覗いてみる。すると、そこには額を赤くして件の白黒がひっくり返っていた。
※ ※ ※
「……ん、ここは?」
「紅魔館の医務室よ」
寝とぼけて出した声に答えがあったのをいぶかしみながら、魔理沙は身を起こして声の方向を向いた。すると、そこには一人の妙齢の女性がいた。実年齢はこの幻想郷では知れたものではないが。
カッターシャツに黒地のベスト、赤いタイと言った辺りはどことなく図書館の司書をしている小悪魔を彷彿とさせた。それに加えて黒縁の眼鏡がより一層知的なイメージを強調する。さらには小悪魔とは色味が違うとは言え、赤い髪であることから、
「ああ、新しい図書館の司書か。悪いな、ついでに案内してくれ」
と魔理沙が結論付けたのもまあ無理はないところだが、言われた本人はそうは思わなかった。
「……来るたんびにマスタースパークでふっ飛ばしてるから、私の顔は記憶にも残らないと言いたいんでしょうかねぇこの口は」
むにー、と魔理沙の口に指を突っ込んで左右に引っ張る女性。面白いぐらいよく伸びる。
「いふぁいいふぁい、ふぁめてふゅれぇ!」
「……ったく」
抗議を受けてすぐに指は離したが、それでもじと目で魔理沙のことを睨む女性。
「あー、てーことはお前、門番なのか?」
「ええそーです、門番の紅美鈴ですよ」
まあ、あれだけ吹っ飛ばしておきながらまるで初対面のような対応をされては、彼女が気分を害するのも分からなくはない。だが、分からなくても無理はなかろう、と魔理沙はまだひりひりする頬を押さえながら抗議した。
「いやだって、服装が全然違うし。小悪魔の親戚かと思っても無理はないだろ?」
「服装で人を判断してるんですか貴女は」
あきれたように言ってくる美鈴に、流石に分が悪いと思ったのか魔理沙は話をそらせようとする。
「それにしても、門の所にいないから妙だとは思ってたが、何してるんだ? とうとう門番をクビになったか?」
「その場合は誰のせいでしょおねぇぇ?」
すっとぼけたことを言う魔理沙のほっぺたをつかんで、ぐにーっと引っ張る。やっぱりよく伸びた。
「いふぁいいふぁい、ふぁめろ、ふぁるふぁった!」
「まったく……昨日今日と事務仕事をしてるだけですよ。ちょっと私でないとできない仕事でしたので」
「ふーん。でもなぁ、門番と事務仕事って結びつかないぜ」
「長く生きてれば、色々覚えるものですよ。後門番じゃなくて、紅美鈴。いい加減覚えてくださいね」
「おう、わかったぜ門番」
魔理沙としては軽いジョークのつもりだったのだが、あいにく相手はそう受け止めてくれなかった。がしっ、と握りこぶしを魔理沙の両のこめかみに当てると、そのまま抉るようにねじ込む。
「あなたのっ、そのっ、首からっ、上はっ、飾りっ、ですかっ!?」
「うっぎゃあああぁぁぁぁっ!?」
※ ※ ※
「まあ、なんだ。よく分からんが納得したぜ」
「うんうん、素直な子はお姉さん好きですよ?」
年いくつだよ、という疑問が出てきたが、それはぐっと堪えた。というか、これ以上余計なことを言うと真剣に命に関わってきそうだった。
「えーっと……それで、事務仕事?」
「ええまあ、会計業務ですね」
「しかし、なんだっても……美鈴がやってるんだ?」
それが疑問だった。できるできないはさておくとしても、こういうのは普通そういうのを専門にしてる人妖に任されそうなものだ。
「ええまあ……他に適任者もいませんので」
「いないって……メイド長は?」
あの、完璧で瀟洒を自認するパーフェクトメイドなら、会計だってできそうである。それとも、実は数字に弱いのだろうか。
「咲夜さんもできないことはないんですが……あの人、お嬢様が絡むと急に大雑把になるんですよ」
「あー」
納得が言った。確かにあの「お嬢様命」のメイド長なら、お嬢様の我侭の為なら幾らでも出すだろう。そして、取り立てて忠告するようなこともないに違いない。
「というか、現状でコレですからね……この上更に私が手綱を離した日には、どうなることやら」
そういいながら、美鈴は一枚の紙を魔理沙に差し出し、その一点を指差す。そこを見て、上下の数字も見て、魔理沙は天井を仰いだ。
「……なあ、美鈴」
「なんですか?」
「間違ってるぞ、これ」
「間違ってませんよ。3回ほど検算しましたから」
「いやだって! どう考えても桁がおかしいだろこれ!?」
遊興費、即ちお嬢様ことレミリア=スカーレットの我侭に費やされた額は、魔理沙をして自分の目を疑わせるに十分な額だった。
「……ええ、私がお嬢様にブレーキをかけて、ソレです」
「……ああその、なんだ。苦労してるんだな」
「……最近は正門を力尽くで突破してくださる方がいるんで、そっちの対応に追われて手綱が緩んでったってのもあるんですけどね」
「…………その、すまん」
「ついでに言うと、毎回出る被害の修繕費もうなぎ上りなんですよ」
「………………すまん」
「門番隊の治療費も馬鹿になりませんし。お嬢様やパチュリー様の意向でその人からお金を徴収するようなことはしていないんですが、これ以上積み重なると流石にこちらとしても考えざるをえないんですよね」
「……………………マジですまん」
すっかり小さくなった魔理沙に、美鈴は苦笑すると帽子を取り上げ、髪をくしゃくしゃと撫でる。
「ま、お嬢様やパチュリー様が貴女の来訪を楽しみにしてるのは事実ですから。できれば、もう少し穏便な方法で入ってきてくださいね?」
「あー……努力する。あと頭撫でんな」
魔理沙は美鈴の手から帽子を取り返すと、ふてくされたようにプイ、とそっぽを向いた。顔の赤さは隠しようもなかったが。
※ ※ ※
「失礼します、パチュリーさ……ま?」
「あら、美鈴。それに魔理沙も」
美鈴が魔理沙を先導して向かった図書館には、レミリアと咲夜もいた。それはいい。別にそれ自体は不思議でもなんでもない。が、しかし。
「あの……お嬢様、その、お召し物、は?」
そう、問題はそのレミリアの格好だった。真紅のベルベットに金糸で飾りがつけられたそのドレスは、豪奢でありながら決して下品なところはなく、レミリアによく似合っていた。のだが。
「いいでしょう。香霖堂の店主も、たまにはいい物を仕入れるわね」
「よくお似合いです、お嬢様」
上機嫌のレミリアに、追従する咲夜。だが、魔理沙ははっきりその場の気温が下がっているのを感じ取っていた。気がつけば、さっきまで紅茶を飲みながら本を読んでいたはずのパチュリーの姿が見えない。やつめ、逃げたな。
「……お嬢様、つかぬ事をお伺いしますが、そのドレスの代金は……」
「ああ……咲夜、幾らだっけ」
「これよ」
そう言って、咲夜が美鈴に手渡した領収書には、中々の金額が記されていた。
(最悪だ)
魔理沙は心の中で愚痴る。いくらなんでもタイミングが悪すぎる。うつむき加減でさっきから一言も発さない美鈴が、逆に怖い。
「それにしても、これだけだとちょっと寂しいわね」
「そうですね、胸元にワンポイント……」
「色を合わせてルビーがいいかしら? この前いい物が……」
「反対の色をつけて、ドレスを引き立てるのも……」
一方、ドレス談義を続ける主従。空気読め、魔理沙はそう言ってやりたかった。
「レミリア」
「美鈴? 私を呼び捨てに……え?」
「咲夜」
「……は、はい?」
「二人とも、ちょっとそこに座りなさい」
ああ、人間こんなに怖い笑顔が作れるんだ。魔理沙はそんな場違いなことを考えた。現実逃避していた、とも言う。
「えーっと……その、美鈴? 何を怒ってるのか知らないけど、落ち着いて? ね?」
「そ、そうですよ姉さん。落ち着いて話し合いましょう?」
へー、咲夜にとって美鈴って姉代わりだったのかー。
そーなのかー、とルーミアっぽい感想を持ちながら、魔理沙はひたすら傍観者に徹する。ぶっちゃけ、迂闊に動くととばっちりが来そうで怖い。
一方、宥めようとした二人に対する美鈴の対応は、
「いいから、座りなさい」
『……はい』
にべもなかった。
「レミリア、ウチの財政状況、知ってる?」
「そんなのは私が気にすることじゃ……知りません、ごめんなさい」
「ここ六ヶ月、連続赤字よ」
「えーっと……もう厳しい、とか?」
おずおず、といった感じで聞いてくるレミリアに、美鈴は首を振る。
「まあ、蓄えはまだ十分あるわ」
「じゃあ、気にすることも」
「お黙んなさい」
「はい」
抗弁しようとした咲夜も、一瞬で黙らせられる。そこにいるのは、親に叱られて小さくなっている子供だった。カリスマも瀟洒もどこにもない。
「そうやって『まだ大丈夫』と油断するのが一番駄目なのよ。身代なんて潰すのは一瞬なんだから。そもそもだんだん趣味や遊興に掛ける費用が膨らんでるのに気がついてる? 確かに私も中のことが疎かになってたけれど。咲夜、本来は貴女がレミリアを止めなきゃいけないのよ? それなのに一緒になってはしゃぐばっかりで。お嬢様大事なのは知ってるけど、それは決して我侭を全て聞く、という意味じゃないわ。上の者が間違っていれば諌めるのも、下につく者の勤めでしょう?」
「……はい。ごめんなさい、姉さん」
「それからレミリア、貴女もよ。咲夜が甘いのをいいことに我侭言い放題。たまに忠告すれば露骨に嫌そうな顔をする。上に立つものがそんなことで、紅魔館を纏めていけると思ってるの? 『良薬口に苦く、諌言耳に逆らう』と言うでしょう。聞きづらいことこそ、貴女の為と言われてることなのよ?」
「……はい」
「いい、二人とも。そもそも……」
※ ※ ※
「……と、言うこと。分かったわね?」
『……はい……』
それからおよそ三十分。
ようやく説教が終わった時には、二人の目は大分虚ろになっていた。ちなみに魔理沙はというと、その間ひたすら気配を消し、背景に徹していた。その甲斐もあってとばっちりは免れたが。
「おー、よーやく終わったか……」
「ん? あ、ああ。すみません魔理沙さん、ほったらかしちゃって」
「いやまあ、別にいいぜ。珍しいモンも見れたしな」
美鈴に怒られて憔悴しきっているレミリアと咲夜。なるほど、中々見れるものではない。
「ふむ。それでは、お詫びに今日は私がお茶を淹れて来ましょう。お嬢様と咲夜さんもゆっくりなさっててください」
そう言うと美鈴はティーセットを持ち、図書館からゆっくりとした足取りで立ち去った。
※ ※ ※
『……ぷはぁ!』
美鈴が立ち去ると、その場に居合わせた全員が一斉に大きく息をつく。
「いやはや、閻魔もかくやという迫力だったぜ」
「うう、不覚だわ……」
「……はぁ。まだまだ姉さんには敵わないわね」
三者三様に先ほどの一件を振り返る。と、ふと思いついたように魔理沙が、
「しかし、何者なんだあいつは?」
と口にした。
「あら、魔理沙。貴女は知らないの?」
「いや、門番だってことぐらいは知ってる……つもりだったんだが、今日の一件でワケが分からなくなってな」
「そう、ならこの紅魔館に纏わる話を思い出して御覧なさい。そうすれば、ヒントがあるはずよ」
「と言われてもな」
ともあれ、思い出してみる。と言っても、要するに悪魔の住まう館で、そこには永遠に幼い姿を留めた吸血鬼と彼女に仕える瀟洒な従者がずっと住み……。
「……あれ?」
いやまて、と魔理沙は思う。吸血鬼がずっと住んでる、それはいい。レミリアは見た目はこれでも実年齢は知れたものじゃないからだ。だが、従者である咲夜は人間である。ならば、見た目と実年齢はそう離れていないはずだ。なのに、瀟洒な従者の噂が「ずっと前から」あるなんてのはあり得ない。と、いうことは……?
「あー……まさかと思うんだが、噂の『瀟洒な従者』ってのは……」
「まあ、姉さんの仕事ぶりはずっと私の目標だしね」
「その上を行こうと、『完璧』もつけたんだっけ?」
「まだまだ先達には及びませんが」
「……マジかよ」
その時、図書館にノックの音が響いた。
持ってこられた紅茶はきっと、「瀟洒な従者」の呼称に恥じない味なのだろう。全く見えもしないのに、魔理沙はそう確信した。
斬新だな
いいね、すばらしくいい
是非ともこの紅魔館の姿をもっと見たいです
新しい中国を味あわせていただいた、この素敵なお話に敬意をこめて。
しかしめーりんに眼鏡とは似合いすぎるなあ。
納得した私がいます。
この後からは、魔理沙も少しは穏便に門の前に現れるようになるでしょうね。
タイトル見たときは咲夜さんかなと思ったが見事に騙されたw
意外性があって面白かったです。
いつもは蔑にされてる美鈴の新たな一面にニヤニヤしました。
いやあ、私の大好物の美鈴分を補給させていただきました。
瀟洒なのは実は…っていうのは面白かった!
レミリアを叱り付けられるなんて美鈴カッコいい!
それと誤字…でしょうか?
>……知りません、ごめんなさない」
ごめんなさい、かと。
姉的美鈴は久しぶり。
欲を言えば、ちょっとだけでもいいので、小悪魔本人も出して欲しかったかな。
皆様、暖かいご感想ありがとうございました。
これを励みに、今後も精進していきたいと思います。
全てにレスを返していては長くなりますので、これにて返礼と代えさせていただきたいと思いますが、一点だけ。
>欲を言えば、ちょっとだけでもいいので、小悪魔本人も出して欲しかったかな。
……うん、これだけは本当に痛恨でしたね。
なんでこんな美味しいネタをやらなかったの、私の馬鹿 orz
何分遅筆の質故、何時になるかはわかりませんが。
次回作も宜しくお付き合い下されば幸いに存じます。
なんで美鈴が門番になっているのかの説明が欲しいなぁって思ったり。
にしても、美鈴があの服以外を着ている姿がまったく想像できない
・・・・・・俺の妄想力もまだまだか・・・
ありがとうございました
すばらしかったです。
次回作も期待しています。
とても楽しめました
でも戦闘は苦手なんですね
たまりません。
面白かったです。
しかし、時間を止められないのに瀟洒とは・・・
紅魔館のお姉さんな彼女が眩しいです(笑)
というか呼び捨てがものすごくツボに入った。
勘定がしっかりしてたり昔は瀟洒な従者だったとか美鈴の意外な一面を見たなあ
作者のキャラクター設定は面白いな