Coolier - 新生・東方創想話

薬を飲ませた話 椛二片

2008/01/29 05:52:46
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ダーク?ぬるいと思いますが、不快な表現があるやもしれません。
キャラ壊れもあります。
上記にアレルギーな方はブラウザ戻るで速やかに非難しましょう。
暗いところでの鑑賞は目に悪いので、部屋を明るくしましょう。
PC、携帯から70cm以上離れてご覧ください。

前回のおちょくった雰囲気は何処へやら。
薬を飲ませた話 椛一片の続編です。




あらすじ

椛が自分のことを嫌いになったと勘違いした文は永琳の秘薬で信頼を回復させようと目論む。
苦労あって薬を盛るのは成功。
しかし椛の気持ちには気づかずにかなりの量(ヤンデレ化する程度に)を盛ってしまった。
これはちょっと失敗。
かくして、信頼計画の一日目が始まる。







冬の布団は至福の塊。
ぽかぽかと暖かくていい気持ち、このまま永眠してもかまわない位の勢いがある。
とは言っても、やはり死にたくはない。新聞の表紙に『射命丸文、老衰』なんて書かれたら困る。
ゆっくりと目を開くと冷たい空気が肌に伝わってきた。
このまま布団に潜り込みたい衝動を押さえつつ、寒さに身震いしながらその身を起こす。吐く息が白く曇って目の前に広がり、消える。
いつもはこのまま二度寝するのだが、今日は大事な部下との約束がある。約束を破るというのは自分の信条に反するし、部下を悲しませるのも頂けない。
カチッ、カチッと秒針の跳ねる音が耳に届き、緩慢な動きで立掛けてあった時計を見た。
昨日は早めに寝た、まだ少し余裕があるはず。
時計は香霖堂から買ってきたアンティークな一品で文自信も結構お気に入りである。
四角い板に貼られた円盤の時針が6時を、分針が12時を捉えていた。

「・・・あれ?」

目を擦ってもう一度時計を見た。

六時ジャスト。

コンマ数秒後、射命丸邸から絶叫が響いた。
体内時計の正確さには驚嘆を覚えざる負えない、良い意味でも悪い意味でも。






文が着替えをしようとして寝巻きが足に引っかかり、こけた拍子に頭突きで時計を粉砕していた頃、犬走椛は一足先に目的場所に着いていた。

「射命丸様遅いなあ」

もう着いていてもおかしくないのに、と腕時計を確認する。
基本的に時計を持っているのは社会的思想が深い天狗だけだ。
天狗社会は新聞作りを行っている者も居るので時間にはかなり厳しい。
記者なのに、時間にルーズと言う異端児は椛の上司ただ一人と言って良いだろう。
今日はすこぶる天気がよくまだ薄暗い空に雲は無い、カラッと晴れるであろうことが予測される。
しかしその分朝の気温は低い。椛は冷える手を擦りながら空を仰いだ。
時刻はすでに六時を越えて数秒。
もうじき収集がかけられるだろう。

「やっぱり私の事なんてどうでもいいのかな・・・」

射命丸文はとても人気がある。
組織に身を置きながらも、天真爛漫で自己中心的。
実力も周りと頭一つ跳びぬけており、速さだけなら幻想郷で一番。
それなのに自慢もせず量の多い仕事をこなし、上司の機嫌を取り、下っ端の面倒をみつつ新聞を書く。
下っ端天狗にとっては憧れの存在だ。
だから椛は、文の下に就いて働けと命じられた時には小躍りして喜んだし、友達からは羨しがられたものだ。

『集まれ!!点呼とるぞ!』

ついに収集がかけられた。
何百年も前はウォームアップの時間があったと聞きくが、せっかちな人が上になった今では廃止になったようだ。
確か最初は弓での射的。
弾幕が中心戦力になった今でも、弾幕を張れない者もいるし精神統一に、という意味らしい。

「射命丸様・・・・・」
「ちょっ!!どいっ!どいてえええええええええ!!!」

少し向こうでドガアア!と激しい激突音。続いて土煙があがった。





「いたたた・・・・・。まさか近くの裏山だとは」

飛び出したはいいが、場所わかんないじゃん、と一人乗り突っ込みをして周りを見渡してみると裏山がそうだったらしく顔なじみの姿が見えた。
神は我を見捨てて無かった。胡散臭い神様しか知らないけど。

「な・・・何やってるんですか?射命丸様」
「あ、椛!もしかして始まっちゃってますか!?いや!これは決して寝坊したわけではなく布団という名の新兵器が私を誘惑して夢の国が
ホカホカのフワフワでぶっちゃけ・・・お気に入りの時計がバラバラズタズタピシピシさっくり・・・」
「寝坊したのはわかりましたから、落ち着いてください」
「ご・・・ごめんなさい」

木に激突して、奇妙な格好で静止している文を見つめる椛。
しかしふ、と笑顔になると手を差し伸べた。

「いいですよ。来てくれないかと不安になりました。どうぞ」
「ありがとうございます。よっこいしょういち」
「空気を読んでください、射命丸様」
「今のはKY(空気読めない)ではなくてAK(あえて空気読まない)なのです」
「・・・KY?まあとりあえず、何でも略せばいいってモンじゃありませんよ」
「それで種目は何ですか?」
「まずは射的です。私の前ですから、もう少しですね」

しかし周りから注目されてるのも関わらず、平然と会話している二人は酷く滑稽に見えたことだろう。

ちなみに、何故文がKYを知っているか、それは永遠亭に行った時に輝夜が口癖のように使っているのを覚えたからである。
知っている者は極一部。一般的なネタとはとても言えない。






それから数時
弾幕訓練時、ついに薬の効果が出始めた。
ちなみに弾幕訓練とは主に十人一組で弾幕を張り合い、一人のターゲットを倒すことである。
ターゲットは通常弾しか使用できないのがルール。



椛は観戦席のような場所で文を見ていた。
文といえば、人事のようにのん気に欠伸をしながら上空で待機。
もちろんターゲットとなる者は相当な実力者じゃないとまず、話しにならずに被弾してしまう。
少し経って、三組三十人の天狗たちが出てきた。
天狗たちも皆相当な実力者だ。
元々、この訓練は難易度の低いモノだったが、周りのレベルが上がるに連れて難しい訓練になってしまった。
普通は十対一で避けきればいいのだが、これは生意気な文に対しての当て付けでもあった。文より格が上の者も、決して文より強いとは限らない。
椛を含めて多数が一人で三十人なんて無理も甚だしいと考えていた。
だがそれはあくまでも、普通の者の話。

文が気だるそうに首を動かして人数を確認、は~、とため息をつき、上司の方を向いた。

「訓練って何時に終わりますか?」
「うむ、夕方には・・・」

言葉を聴き終え、ふーんと言ってから信じられないことを言いはなった。

「じゃあ、時間短縮しましょう、十組百人出してください。どうせ私以外は一組ずつでしょ?」
「・・・自分が何を言っているのかわかって・・・」
「無様な負け方をしなければ降格はありませんし、どうぞ」
「むう・・・」

苦い表情をした文の上司(通称編集長)、普段は厳しいが、実は文を娘のように大事にしていた所もある。
今の訓練も反対したい位なのに、こんな条件飲めるわけがない。

「・・・!射命丸様!」

しかし、他の天狗たちが馬鹿にされた事に気づき、怒り顔で一斉に弾幕を放った。
椛が叫ぶが、間に合わない。ゴウ、という音と共に視界が色とりどりの弾に埋め尽くされ、光球の波が文を飲みこんだ。
開始の合図はされてない。完全な不意打ちだ。

「射命丸様!!」

訓練とはいえ、大怪我をする事だってある。
椛は顔を真っ青にして叫んだ。
近くに流れ弾がいくつか着弾し、炸裂する。

「ぐ・・・」

目に土埃が入らないように手で覆う。
パラパラと土煙が弾け、跡に小さなクレーターが残った。
これは明らかに訓練用の威力じゃない。
椛の額に冷たい汗が流れる。
手足がガタガタと震えて言うことを聞いてくれない。
弾幕が通り過ぎた後の空中には・・・何も残っていなかった。

「そんな・・・嘘ですよね・・・」

編集長を見る。彼もまた、顔を青くしていた。
椛は目に涙を溜め、再び叫んだ。

「射命丸様ーーー!!」
「はい?」
「うわあああ!?」

必死で名を呼ぶ椛の背後に、文がいた。
う~んと背伸びをしてから手首、足首を回す。
余裕綽々と言った様子だ。
先ほどの位置から、気配を絶ったまま神速のスピードで移動したようだ。
椛は自分の上司ながら、恐怖すら覚える。

「準備運動完了!よーし、行って来ます。かっくいい私の姿を見ててくださいね」

ガッツポーズをとって、再び空に舞い上った。
文の姿を見た途端に世界が開けたような心地よさが心の中に溢れる。
心臓がトクン、トクンとうるさいくらいに高鳴った。

「射命丸、お前書類三冊追加」
「何で!?見事に避けきったじゃないですか!!」

椛の少し上でホッとした顔の編集長と口論を繰り広げる文。
それを言いに、ここまで戻ってきたんですか?と突っ込み忘れた椛だった。




飛翔中、結局仕事が増えて、テンションガタ下がりの文に弾がいくつか飛んできた。
くるくると回ってそれを避けつつ上空まで来ると弾幕の訓練なのも忘れて、突撃してくる輩が大分いる。が、それらを軽くいなして距離をとった。

「あややや、こりゃ、全力の10%も出せば余裕ですね」

またもや爆弾発言。怒りを露にした天狗たちが文に本格的な攻撃を仕掛けた。

凄い密度で隙間が殆どない弾幕が文に迫る。
その真ん中で、文の口の端が静かに歪んだ。




それは戦闘が職の中心であり、常に、何百年も訓練をさせられてきた天狗たちにとっては信じたくない光景だろう。
どんな弾幕も・・・詰んだと思わせる弾幕ですら見事に避けて移動する、まるで舞っているかのように淀みない動きだ。
烏天狗だとしても異常な速さ、次の動きが予測できない。瞬きする間にも次々に仲間達が撃破されていく。
弾幕で狙うどころか、目で追うことすら困難な相手にバラバラに弾を放つしかない。
その隙間を舐めるように疾風が吹き荒れ、一人、また一人と風に飲まれては墜落していった。

これは相手の体にぶつかる直前で動きを一瞬だけ止め、ゼロ距離で通常弾を打ち込み次に移動、これを繰り返す高度な技だ。
これを神速で行うと風に捲かれ、吹き飛んでいく様に見える。

その異質な戦い方に、参加していない全員は息を呑んだ。
新人でも熟練の実力者でも目を見張らずにはいられない。
椛も自分とは次元が違う戦いにただただ、見惚れていた。

「射命丸様・・・」

椛は自分の横で、同じように見とれている子に気づいて、嫌な気分がした。

あの人は私の上司だ。誰があんたなんかにやるか。

心の中に黒い感情が湧き上るのがわかった。

あの人を私以外の誰かが見ているなんて、吐き気がする。
そうだ、誰かに盗られる前に自分から行動を起こさないと・・・

噛み締めた唇から血が出て、口内を鉄臭く侵食した。




文の働きがあり、訓練は昼ころに終了。
本人は木陰でグッタリしていた。



弓、クナイでの射的。槍・刀術や弾幕その他諸々の訓練を終えた後はもうクタクタ。
数百年も演習に出ていなかった上に部下が見てるというプレッシャーの所為で付いて行くだけでやっと。
良いところを見せる余裕なんてない。
敵を倒すより、弾幕を避けて逃げ切るのがよっぽど楽なように思えた。

それでも成績はトップクラス。もちろん本気はだしてない。これが文クオリティー。

「はぁ、はぁっ・・」
「射命丸様、あの・・・・」
「・・・何ですか?」

毎年生真面目に出席してる上に時々の修行を欠かさない椛の方が体力はある様だ。
ピコピコと耳を動かしながら俯き加減に話しかける。
正直息をするのも面倒なのだが、椛の信頼回復の為、返事を返した。

「あの・・・その・・・」
「何でも・・・はぁ・・言ってください」
「文様・・・と呼んでもよろしいでしょうか」
「そんなことですか・・・どーぞ。この際タメ口でも構いませんよ?」
「いいえ!いいんです!これで・・・」


頬を僅かに染め、満足気に微笑む椛。
いつもの彼女とは明らかに様子が違うが、グッタリと木の幹にもたれかかってる文は気付かなかった。

「私は・・・帰って寝ます、では」
「はい、お疲れ様でした、文様」

文は昨日椛に盛った薬のことなど忘れて家に帰って寝てしまった。
疲労にドサリと床に倒れこむとそのまま深い眠りへと落ちていった・・・。






「・・・ん・・・」

目が覚めるともう夜になっていた。体中がべたべたして気持ち悪い。
冬場といっても汗をかいたまま寝ればこうなるだろう。
ならば風呂を沸かそうかと立ち上がるが、体がだるい。
このまま二度寝しようか、という考えが頭に浮かんだ、その時。

カタン、という物音。

「・・・!」

意識が一瞬で覚醒した。飛び起きると居間にある火鉢には火がともっていた。
狭い家の中で弾幕を張るわけには行かないので持ち歩いているクナイを取り出して音がした方へ向かう。

どうやら台所からのようだ。中からはトン、トン、トン、と一定のリズムで何かを叩く音が聞こえてくる。

「だれ?そこで何をしているの?」

ドアを開け放って、殺気を迸らせたドスの効いた声で問う。
そこにいたのは・・・

「あ!起きたんですね。文様」
「も・・・椛?」

椛だった。文は、一気に張詰めていた物が抜けてヘニャへニャと床に膝を付けた。

「何を・・・やってるんですか?」
「文様がお疲れのようだったので・・・心配になって」

椛の手元を見れば、美味しそうな料理が出来ていた。
まな板で切ってるのはリンゴのようだ。デザートだろうか。
そういえば昼から何も食べていなかったことを思い出す。

「ありがとうございます。椛」
「いいですよ。文様が喜んでくれるなら」

生真面目で隙がないような印象を受ける椛だが、元は犬(狼)なだけに意外と甘えんぼだったりする。

部下と言う所もあって、椛のみに限っては自宅の出入りを許可していた。

「居間の暖房をつけてくれたのも・・・」
「私です。お休みのようでしたから・・・」
「いろいろとすいません」
「えへへへへ」

椛の従順さには心底感謝する。
頭を撫でてやると、尻尾をパタパタと振ってそれに応えた。

食事をもって居間に行くと、さっきよりも暖かさがましていた。

「いただきます」
「文様、あーんって食べさせてあげますよ」
「いや、自分で食べれますから」

流石に文にもプライドがあり、部下に食べさせて貰うのは抵抗がある。
椛だって冗談で言ってるのだと思った。しかし・・・

「作ったのは私なんですから、言うこと聞いてください・・・!」

ぞくっと悪寒が背中を駆け抜ける。

「椛・・・?」

なんでもない会話だったはずだ。特に相手を不快にする要素なんてなかったはずなのに。
そこには光のない眼差しでこちらを睨む椛が居た。
得体の知れない恐怖に戦慄する。

しかし、すぐに笑顔へと戻った。

「いいじゃないですか、文様も私に甘えてください。ほら、あーん」
「あ・・・あーん・・・ぱく、もぐもぐ」
「美味しいですか?」
「は・・・はい。美味しいです」
「よかった」

それから十数分で食べ終わった。椛は料理が上手いのでとても美味しかったが、釈然としない物が喉につっかえたままだ。

「お風呂沸いてますよ。汗がベトベトで気持ち悪いでしょ?」
「お風呂まで・・・椛には迷惑ばっかりかけてしまいますね」
「いいえ、私が好きでやっていることですから・・・」
「じゃあお言葉に甘えて」




狭い脱衣所で服を脱ぐ。ベタベタと肌にまとわりついて気持ち悪い。
・・・さっきの椛は何だったんだろう?気のせいだろうか。
いや、そうではない。その確信がある。

「人が変わったような・・・」

独り言を呟きつつ湯につかる。寒い冬に入る風呂はまた格別だ。
しかしそれを堪能するという考えは浮かばなかった。

「原因・・・昨日は・・・!薬!?」

今まですっかり忘れていた自分に呆れてしまう。

「でも友達程度なはずなのに・・・どうして?」
「文様、湯加減どうですか?」

椛がきたようだ。曇りガラスに薄っすらと姿が映っている。

「・・・とても気持ちいいですよ」
「そうですか、お背中流しますよ」
「いや、そこまでお世話になるわけには・・・」

風呂場に椛が入ってきた。当然の話だが、椛も文も裸だ。
明るいとは言えない電灯に移った椛は普段厳つい鎧を身に着けているとは思えないほど華奢だった。

「遠慮しないで、どうぞ」
「じゃあ、お願いします」

少々の不安はあったが信頼されたいのなら、信頼しなければならない。
それに椛が自分に危害を加えるとは考えられなかった。

ザパァ、と風呂から出て、小さな腰掛に座る。
そして風呂場にゴシゴシと背中を摩擦する音が響いた。

「・・・聞きたいことがあるんですが」
「何ですか?」
「私を見て何か感じませんか?なんかこう、友達的な感情とか」
「・・・その質問の前に、私の質問に答えてください」
「?・・・っひゃう!」

あまり大きくない椛の膨らみが背中にあたり、細い両腕が文を抱きしめた。
いきなり抱きつかれた所為で文らしくない声を上げてしまう。

「文様って思っていたよりも細いんですね。くんくん・・・いい匂い」

犬耳が頬に擦れてくすぐったい。
そのままペロペロと首筋を舐め始めた。

「あっ・・・ん・・く・・・。」
「ぺろ・・・・・しょっぱい・・・けどすごく甘いです、文様」
「あっ・・・やめっ・・くすぐったいですよ」

その言葉に舌を止めると、ようやく話を始めた。

「・・・文様は私のこと・・・どう思っていますか?」
「え?どうって・・・大事な部下だと・・・痛っ!」
「部下・・・ですか・・・」

急に椛の両腕に力がこもり、ギリギリと文を締め上げ始めた。

「文様にとって・・・私は・・・・・ただの部下なんですか?私じゃなくても・・・誰でもいいんですか?」

うわ言の様に呟きながらさらに力を込めていく。
ミシ、と細い肋骨が軋んだ。

「痛いっ!痛いよ!離して!」

突然の痛みに混乱した文が椛の腕を無理矢理に引き剥がす。
腰掛がガターンと派手な音を立てて倒れ、しりもちを着いた。

引き剥がされた椛の暗い瞳に、光が戻った。

「・・・あ・・・私こんなつもりじゃ・・・!」

我に返り、声を震わせながら数歩下がる。

「椛・・・」
「ごめんなさい!ごめんなさい!私を嫌いにならないで・・・文様・・・」

目に涙を浮かばせて、しりもちを着いている文にすがりつく。
基本的にお人好しな文はそれだけのことで椛を嫌いになるはずはない。

「・・・大丈夫ですよ。少し吃驚しただけです。それより落ち着いて」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

文は、ぽろぽろと涙を流す椛をやさしく抱きしめた。




「落ち着きましたか?」
「・・・はい」

風呂から上がり、お茶を出して数分、ようやく椛が落ち着いてきた。
何であんな事したんです?と聞きたいところだが、原因は自分にある。
この豹変の仕方を見れば一目瞭然。あの薬の所為だ。
自分が使用法を間違えたのか薬に問題があったのかわからないが何にせよ、永遠亭に行く必要がある。

「明日は取材の日なんですが椛もどうです?」

もちろん取材の予定なんてない。椛を永遠亭に連れて行くための口実だ。
文単身で相談しに行ってもよかったが、椛一人を家に残していくと、何をするかわかったものじゃない。

「は・・・はい!お供します!」

元気に返事をする椛。
尻尾をパタパタさせているのが可愛らしい。

「夜も更けてきたので今日はこの辺にしましょうか」
「そうですね。お布団敷きますよ」
「・・・泊まっていくんですか?」
「はい、ご一緒させてください」
「か・・・帰って休んだほうがいいですよ・・・」

流石に一緒に寝るとなったら不安だ。
しかしいつもならしょぼくれて出て行くはずの椛が

「いいえ、お邪魔します」

かなりの強気。よっこらせ、と押し入れから布団を出し始めた。
文も取材のこと以外では押しは弱いほうなので

「そうですか・・・。あはは・・・」

了承せざるを得なかった。







電灯を消してからもう随分経つが、文は一向に眠れる気配がなかった。
昼から寝たのは失敗だった、と考えても後の祭り。
横からは椛の寝息が聞こえてくる。
・・・寝ている間に一悶着ありそうだったが杞憂だったようだ。
椛の寝顔を見ると昔のことが思い出される。
部下になりたての頃は、失敗だらけでそのたびに瞳に涙をためていた物だ。
髪を指で梳いてやるとピクン、と犬耳が跳ねた。
いつか椛にも気になる人が出来るだろう。その時椛は自分の部下でいてくれるだろうか。

「・・・おやすみ、椛」

少しでも体を休ませないといけない。眠れはしないだろうが目を閉じた。









・・・それから数刻。文が寝付いたのを確認して椛がその身を起こした。
椛は寝てはいなかった。文が寝入るまで寝た振りをしていたのだ。ずっと、何時間も。
そのままふらりと立ち上がり文の枕元に移動した。

「文様・・・」

そして身を屈めると、文の短めの髪をゆっくりと撫でた。

「可愛い・・・私の・・・・・文様・・・」

幸せそうな椛の顔が、月に照らされて輝いた。
これで十分。これで満足。
しかし、その満足感は、文に触れた瞬間に崩れていった。
欲には限りがない、とはよく言ったものだ。

この人を自分だけの物にしたい。自分だけの所有物にしたい。

さらさらと、指の間を抜けていく髪を梳く。
空が白むまでの数時間、椛はそれだけを何度も何度も繰り返した。








「文様、おはようございます。朝食が出来ましたよ」

目を開けると味噌汁のいい匂いが漂ってきた。
あまり眠れなかったせいか体がだるく、頭に軽い痛みが走る。

「おはようございます、ふああ・・・」

欠伸をして体を伸ばすとパキパキと背中が鳴った。
着替えをして席に着く。テーブルには美味しそうな朝食が並んでいた。

「いただきます」
「今日の取材はどこに行くんですか?」
「永遠亭です。食べ終わったらすぐに出かけますよ」
「わかりました、準備しておきますね」

笑顔で振り向いた椛の目の下はひどく黒ずんでいた。

「・・!すごいクマが出来てますよ!大丈夫ですか!?」
「大丈夫。少し眠れなかっただけです」
「そうです・・・か・・・」


襲ってくる強烈な違和感。

確か椛は自分より先に寝たはずだ。
・・・まさか寝た振りだったのか?
何が目的でそんな・・・


「どうしたんですか?」
「・・・いいえ、なんでもないです」

気にしすぎだろう。
頭をぶんぶんと振って、そう答えた。











永遠亭に到着。地図のおかげで迷うことなく、最短の道で来ることが出来た。
文はふう、と一息ついて後ろを振り返る。昨日とは打って変わって今度は
椛が「ぜーはーぜーはー」と息をきらして追いついてきた。
これでも椛に合わせたようなものだが。

「文様、速いですよ~、はー、はー・・・」

こうしているといつもの椛だ。別段変わったことなど無い。・・・無い様に見える。

永遠亭に入るとやはり、目眩がするくらい長い廊下が続いていた。

「初めて来たんですが、永遠亭って不思議な所ですね」
「でしょう。あれが永琳さんの部屋ですよ」

指差した先には少し大きめの襖があり、表札に『えーりんのへや』と可愛らしい文字で綴られていた。

「想像してた人と大分違いそうな予感が・・・」
「大分違うと思いますよ」

苦笑しながらコン、コンと部屋をノック、

「どうぞー」

すぐに返事が返ってきた。ドアを開けると人影が三人見えた。

「おはようございます、鈴仙さん、永琳さん、妹紅さ・・・ってええ!?妹紅さん!?」

一人は意外な人物だった。藤原妹紅、蓬莱人。輝夜とは殺しあうほどに仲が悪い、はずなのだが。

「おー、文じゃないか、久しいな。」

妹紅とは何度も合ったことがあり、輝夜との弾幕戦後、取材もした。
血走った真っ赤な目で、全身を血みどろにしながら弾幕に突っ込んでいく彼女。
全身に弾幕を受け、体をズタズタに引き裂かれながら怒鳴るあれはまさに化け物だった。
下あごを欠落させ、下半身を失っても這いずって近づく姿には生まれて初めてといっていいほどの恐怖を覚えたものだ。
しかし、

「どーした?ボーっとして」

目の前にいる彼女は知ってる彼女とは似ても似つかない。
記者としての嗅覚が働き、ネタの匂いを嗅ぎ取った。
椛のことは置いておいて、文花帖とペンを取り出して質問を投げかける。

「・・・妹紅さん、ですよね?なんで永遠亭に・・・?」
「説明めんどくさいなあ、端折れば、輝夜の従者になった」
「端折り過ぎですよ!最低限の補語すら加わってないじゃないですか!!」

にこやかな笑顔の妹紅に鈴仙が長い耳を揺らしてビシィ!と激しいツッコミを入れた。
日頃から訓練のようにツッコんでいるんだろう、タイミングが完璧だった。

「従者って・・・あんなに嫌ってたのに?」

腑に落ちないところが多すぎ、気持ち悪いので、思い切ってたずねてみる。
私の問いに怪訝な顔になった彼女は

「別に嫌いってわけじゃないよ、殺し合いは趣味のような物で・・・まあ、誤解されるかもしれないけど」

と答えた。

「じゃあ、お父さんのことは・・・?」

古い記憶を頼りに、キーワードと思われるものを投げかける。
途端に、妹紅の表情が変わった。軽く唇を噛み、悲しい顔をして

「・・・父のことはもう忘れた」

と言った。

「忘れるわけないでしょう、だって・・・」
「それくらいにしなさい、あやや。それで何の用?」


いつもより厳しい顔つきをした永琳が文を睨む。

どうやら禁句だったようだ。
この場ではここまでにしておこう。

「実は、例の薬なんですが・・・」

椛の前でだが、言っても解るはずがないので、堂々と切り出す。
この時下手にコソコソすると逆に不信がられることになる。

永琳はちらり、と椛を一瞥するとはあ、とため息をついた。

「・・・分量間違えたの?何滴いれた?」
「四滴ですが」
「・・・いるわよね、観察力とか洞察力は優れているのに自分への好意に鈍感な人って。ねえ、妹紅」
「・・・うん?」

キョトンとしてる妹紅を鈴仙がジト目で睨む。
心中「あんたがそんなんだから姫が暴走して私達が後片付けを~」とか思っていた鈴仙だった。

「文様、どこか悪いんですか!?なんで言ってくれないんですか!」
「・・・いえ、ただの風邪ですよ。薬が合わなかっただけです」

その場しのぎだが付け加えておく。
永琳が薬棚にいき、青い小瓶を取り出して机に座り、何かを書き始めた。
少しして、カツカツという音が終わるとその紙を付けて小瓶を文に渡した。

「はい、使うかどうかはあなたしだいよ」
「・・・と、言いますと?」
「まあ説明書を見なさい、それと代金は後で頂くわ」
「わかりました」
「文様、用が済んだなら早く取材をしましょう?」
「ああそうでした。永琳さん、少しお話いいですか?」
「いいわよ、どうぞ」





文が取材を始めた。
催促してなんだが、椛は面白くなかった。

何でこいつは私の文様と話しているんだ・・・?
文様も、何で私以外のやつに笑顔を見せているんだ・・・?

催促したのも、早くここを出たかったからだ。
ここに居る者達は皆、自分よりも強い。戦闘では勝ち目はないだろう。
もし文様に好きな人が出来てしまったら・・・

椛の瞳が、ずるりと闇に溶け込んでいくかのように漆黒に染まった。




大体三十分ほどで取材は終わった。内容は収入源やらこれからの目標やらまちまち。
もともと取材目的ではないため仕方ない話だが。

「今日はありがとうございました。では」
「ええ、じゃあまたね」

深々と礼をした文は椛を連れて部屋を出た。長い廊下を移動して玄関の扉をパタンと閉めると冷たい空気が肌に刺さる。

「どうでした?あんまり楽しい物じゃなかったでしょう」

苦笑しながら椛に視線を向けた。が、俯いていて表情が読めない。

「・・・そうですね、面白くありませんでした」

まさかここまでハッキリ言われるとは思わなかった文はムゥと唇を尖らせた。

「でも時々は楽しいことだって・・・」

言いかけた文の胸に椛が飛び込んできた。
ぎゅう、と痛いくらいに抱きしめる。
昨日のことがトラウマになったのか、反射的に椛を突き飛ばしてしまった。
ドサリ、と冷たい雪の上に椛が腰を着いた。

「・・・ごめんなさい、痛かったですか・・・?」
「・・・」

椛は何もいわない。どうしよう、まいったな、どこが悪かっただろう、と思考を巡らせる。
すると、椛が口を開いた。

「・・・駄目です・・・・」
「はい?」
「文様が私以外の人と話してるなんて・・・駄目です」

一瞬、言葉の意味が分らなかった。

「は・・・?だ・・・駄目もなにも、取材なんだから仕方ないでしょう?」
「・・・そうでしたね。取材でしたね、取材だから仕方ないですよね。・・・仕方ない仕方ない仕方ない仕方ない仕方ない仕方ない」

椛が的外れどころか、正気なのかすら危ういことを言い出した。
恐怖はあったが、薬を渡された時点でどうにかなるだろうと思ってた文はそれほど重要視しなかった。

「・・・寒いから早く家に戻りましょう、温かいお茶でも淹れますよ」

椛を抱き起こして空へと飛び立つ。
椛も、文に遅れて飛び立った。










「少し待っててくださいね」

自宅に着いた文は椛を居間に待たせて台所に向かった。
永琳にもらった説明書をポケットから出して両面にびっしり書かれたメモを見る。

『あやや、やってしまったわね。ヤンデレは一度進行するともう治らないのよ。
この薬はヤンデレ症状を解消する物だけど、そう便利に綺麗さっぱりとはいかないわ。
自分の中で悶々とした物を溜め込んで自我が崩壊するのを防ぐために、性格を少々オープンにしてしまう薬なのよ』

「・・・は?」

『それに加えて、発症中の記憶を薄れさせる効果もある。真面目な椛ちゃんが大好きなあややにした事を覚えていたら、どうなると思う?』

「・・・」

自分はなんて馬鹿なんだ。
そうなったら傷つくのは私じゃなくて椛のほうなのに、自分勝手に振り回して、本当に最低だ。

『普通ヤンデレは色々な条件で進行していく物なんだけど、好感度が半端じゃないみたいね、いきなり最悪の状態からよ。
だから絶対に油断しちゃ駄目、何されるかわかったもんじゃないわ。早くこれを飲ませなさい。
性格がオープンになるといっても、大きく変わるわけじゃない。お酒が入って大胆になった、位よ』

ここで一つ疑問が発生した。永遠亭で言われた選べ、というのは何だろう・・・?
次の文章に進む。


『ああ、それのことなんだけど、この薬は姫の能力対象になっちゃってるから永遠にオープンのまま、もとに戻ることはないわ』

「ええ!?そんな・・・」

『仕方ないじゃない、姫もストレス溜まってたのよ。「ムシャクシャしてやった、今は反省している」って言ってたし、
だから三日間我慢できてかつ椛ちゃんがどうでもいいなら使わなくていいかもね』

椛がどうでもいい?そんなわけない。椛は我侭な自分に尽くしてくれている何物にも代えれない存在だ、
が、先に突っ込んでおくことにする。

「・・・その台詞どこかで聞いた気が・・・」

『姫は覚えたネタはすぐ使いたくなる人なのよ、どこかで聞いたことがあっても不思議じゃないわ』

ふんふん、とメモを見ていると、急に恐怖にも似たような違和感が盛り上がってきた。
メモというのは、未来に記録を残す物であって、その場で会話形式で交信できるものではない。
すなわち・・・

「・・・っていうか・・・」

『・・・どうしたの?』

「恐っ!!先読みされて書かれてる!恐ー!!」

持っていたメモを空中にブン投げた。少し空中を漂った後にヒラヒラと割と近くの床の上に落ちる。

「・・・」

少しの間それを見ていたが、諦めて拾いに行くことにした。
永琳ならこんな超常現象も不可能とはいえない。
続きへと目を移す。
私と同じ世界の生き物であって欲しいが、もしこれも予測しているなら・・・。

『いきなり投げるなんて、酷いじゃない』

ああ、やはりあの人は別次元の生き物なのだろう。
もう何が起こっても気にしないようにしよう。
永琳の辞書には不可能と言う文字はない。

「・・・すいません、気が動転してました」

『天才なめないほうがいいわよ。ああ、忘れてたけど使用法は・・・」

「使用法は・・・?」

『口移しで』





思考が停止した。
数秒後はた、と我に返る。

「・・・はい?え~と・・・何?」

『だから口移しだって』

「そんなの出来るわけないでしょ!?女同士ですよ!」

『性別なんて関係ないわよ、ま、がんばりなさい、代金請求は一ヵ月後、またきてね』

そこで文章は終わっていた。
呆然と佇む文。
てっきり、何かに盛ればいいだろうと思っていたのでショックも大きい。

不意に人の気配を感じた。慌てて説明書と薬をポケットに放り込む。
この家には文と椛しか居ない、だれが後ろに立っているかなんて見るまでもない。

「あはは、もうちょっとまっててください」

焦りつつ後ろを振り向く文。
後ろに立っていた椛はさっきまでとは違う、無邪気な笑みを浮かべていた。

「文様♪」
「・・・はい」

急な変わりように不信感を抱きながらもそれを態度では示さないように勤める。

「お願いがあるんです」
「なんですか?」
「私の物になってください」
「・・・はあ!?」

突拍子もない話に思わず声が上ずった。

「欲しいんです、文様が」
「・・・何を・・・」
「それと記者は辞めて下さい、もともと副職のような物でしたよね」
「何を言ってるんですか!?それは絶対に駄目ですよ!」

新聞記者は、文の生きがいであり、誇りである。
それをやめられるはずがない。

「『何でも言ってください』って言ったじゃないですか、私だけの文様になってください」
「話が全然ちがいますよ!お断りです」
「・・・なんで・・・私のどこが悪いんですか・・・?」

泣きそうになる椛に心が痛むが、こればかりは言っておかなくてはならない。

「私も椛も女でしょ!?社会常識ですよ」
「・・・まあ、わかってました。文様に私がつり合いませんよね・・・」

つり合う、つり合わないの問題ではない。なにもかも根本的に間違っている。
それに文から言えば、私よりずっと椛の方が可愛いと思う。
性格良し、容姿良し、実力もかなりのもの。
逆に私は性格は最悪だし、自分の容姿にも自信は持てない。実力はそこそこだと思っているが最強ってわけでもない。かなり中途半端な存在だろう。
そういうところでは椛に私がつり合わないんじゃないか?

はあ、とため息を漏らして俯く椛。
しかしすぐに顔を上げた。

「だから良い事考えたんです。文様が高みの存在だから悪いんですよ・・・なら」

いつも持って歩いている大刀を振り上げる。その動作は、すごくゆっくりに感じられた。

「・・・え?」
「私の所まで堕ちて下さい♪」

理解が追いつかない頭。
いつもの文なら確実に回避できた。しかしあまりにも現実離れした光景の所為で思考が完全にストップしていた。
ユラリと刀が動く。白刃が鈍く光を反射させて一瞬ギラリと光を放った。
永琳のメモにあった言葉が頭を駆けた。
絶対に油断しちゃ駄目・・・絶対に油断しちゃ駄目・・・絶対に油断しちゃ駄目・・・。
頭部に物凄い衝撃を感じ、目の前がまるで電気を消したかの様に真っ暗になった。











「・・・ぐ・・・う・・・」

あまりにも酷い頭痛が文を襲い、意識が覚醒した。
目を開けるとぼんやりとした視界に薄暗い石積みの天井が広がっている。
どこかで見たことのある天井。
ズキリとまた頭痛がして頭を抑えようと手を動かすが、うまく動かない。
後頭部に硬い床の感触。どこかの地下室だろうか。

「お目覚めですか。文様。」

聞き覚えのある声がした。
首だけを動かして声がした方を見る。

そこには残忍な笑みを浮かべた椛が立っていた。
少しの間その様子を見ていたが、すぐに気絶する前の全ての記憶がフラッシュバックした。

・・・刀で頭を殴られたんだ。

「椛・・・!・・・」

身を起こして叫ぶが、カチャリ、という音が響いてそれ以上体が動かなかった。
カチャリ、カチャリ・・・。
冷汗が頬を伝う。
ガタガタと震えながら、後ろで組ませられた手を、ゆっくりと見る。
冷たい鉄の感触。手首に、手錠が嵌められていた。

「・・・これは何の・・・真似ですか?」

声が震えるのがわかったがどうしようもなかった。

「文様が言うこと聞いてくれないからいけないんですよ」
「外して下さい!今すぐ!」
「駄目です。逃げられたら悲しいので」
「こんなことしてただで済むと・・・」

言いかけて気づいた、これは自分の責任なのだと。
信頼されたいからと言って薬になんか、他者の力になんか頼ってしまったこと。

「取材って人と多く触れ合いますよね。文様が私以外の人を好きになってしまったらどうするんですか」

淡々と言い続ける椛。

「ここでならずっと二人で居られますよ。手が動かせなくても私が全部面倒みます。お風呂もご飯もトイレも・・・。どうです?とっても素敵でしょう?」

話しながら文の前に歩いてくる。
前まで来ると、見下すような視線でニコリと笑った。

俯いていた文が、申し訳なさそうに顔を上げた。

「・・・椛に言わなきゃならないことがあるんです」
「どうぞ」
「椛は私のどこがいいんですか?」
「全部です。頭の天辺から爪先まで、文様の全てを愛してます」
「・・・違うんですよ」
「・・・?」
「薬の所為なんです、私が盛った薬の所為でそんな風に思うだけなんです。椛が最近冷たかったから嫌われていると思って・・・信頼される上司になりたくてそれで・・・」
「文様」
「・・・うあ!」

椛が文の髪を無理矢理掴んで引き上げた。

「痛いですか?苦しいですか?」

どす黒いオーラを撒き散らしながら文の首に手をかけて、締め上げる。

「ぐっ・・・かっは・・・」
「痛いですよね、苦しいですよね、でも私はもっと痛かったんですよ?もっと苦しかったんですよ?ずっと好きだったのに・・・好きで好きで堪らなかったのに
何時まで経っても気づいてもらえない・・・ここまでやっても薬の所為ですか、結局私じゃ駄目なんですね」
「ちがっ・・・信じて・・・ぐ・・・」
「それでも離しませんよ?文様は私の物なんですから、何をしたって私の自由です」
「ぐ・・・が・・・ヒュ・・・」

空気が漏れたような音が喉から発せられる。
文の喉骨が軋んで嫌な音を立てた。

このままじゃ本当に殺される。
本気は出さない、が文の信条の一つだったが、仕方がない。そう思い手に力を込めた。
天狗は基本的に、力をセーブしているが本気を出せば鬼に匹敵するほどの物があるのだ。文も例外ではない。
手に力を入れ、逆方向に引っ張る。
ギリリ、と手錠が軋み、バキン、と鎖が真っ二つに千切れた。
まだ両手の輪っかは取れていないが気にしてる余裕なんてない。
ジャラリと鎖を引きずって椛を突き飛ばした。

「うぐっ・・・!」

ドッ、と反対側の壁に叩きつけられた椛は、床にドサリと落下した。
そのまま一瞬呆けたような表情をして、すぐに泣き出しそうな顔になった。
腕さえ自由になれば、椛が文に勝てるわけがない。
まるで小さな子供のように涙を溜めて嗚咽を漏らし始める。

「・・・壊れ・・・ちゃっ・・・た。・・・ぐす・・・折角・・・用意したのに・・・・・。」
「ぐ・・・ゲホゲホ・・・もみ・・・じ・・・。」

咳き込みながら、ポケットにある薬を取り出した。

「文様を・・・ひっく・・・私だけの物に・・・できたのに・・・」
「・・・ゲホ・・・私があなたを・・・そこまで苦しめていたなんて、知りませんでした」

椛の下に歩み寄りながら、薬を口に含んだ。
泣きじゃくる椛の顎をクイと引き上げる。
そして

「ひっく・・・え・・・?」
「・・・ん」

口付けた。
含んでいた薬を舌を使って椛に流し込む。コクコクと椛の喉が鳴った。
吐き出されたらどうしようかと思ったが、大人しく飲み込んでくれているようだ。
全てを流し終え唇を離す。椛はまだ呆けたままの表情だった。

「ごめんなさい、椛。あなたの気持ちには答えられません」
「・・・」
「・・・今の初めてだったんですよ、私」

頬を紅く染めながら視線を外す文。

「私も・・・初めてでした・・・」

椛がうれしそうに笑った。

「でも、諦め・・・ませんよ・・・絶対・・・次こそは・・・」

薬の作用か、椛は眠るようにして意識を失った。
なにやら不穏な事を言いかけたように聞こえたが、気にしないようにしようと思い直した文。
アブノーマルワールドに踏み込んでしまった~、と頭を抱えて悶絶したのはそれから十秒後のことだった。










「けほけほ・・・」

あれから一週間後

仕事をせずに放っておいた文は、残業に次ぐ残業での疲労で、風邪をひいていた。
不眠不休で三日かかって書類を出かしたが、無理がたたったのか提出時にその場でバタッと崩れ落ちるように倒れ伏した。

あの部屋は、自宅の地下室であり、見たことあるのは当たり前だ。
ずいぶん長い間使うことがなく、忘れていたが。

「ごめんくださーい、文様、大丈夫ですかー?」

玄関から椛の声が聞こえてくる。
びく、と文の体が跳ねた。
自分でも過剰な反応と思うが、仕方ない。怖い物は怖い。

「大丈夫です!大丈夫ですからお引取りを・・・」
「おはようございます、あ!寝巻きはそっちを使ってくださいって言ったのに」

言い切る前に椛が部屋に入ってきた。あの時とは違う晴やかな笑顔で。

「これ、薄くて着れませんよ!風邪が酷くなってしまいます!」
「そんなあ、着てくださいよ」

むー、と唇を尖らせる。前は見せなかった表情でとても可愛い。と、五日前までは思っていた気がする。

「何でですか!?理由を教えてください!」
「それを着て欲しい理由は三つあります。まず一つ目、薄着の文様がとても眼福だからです」

それが然も当然のように話し出す。
なぜここまで堂々と切り出せるのか問い詰めたい。

「それはあなたの・・・」
「二つ目、風邪が長引けば、弱々しい文様の看病ができます」

クラクラする頭を抑え、諭そうとする文を遮り、ビシッと人差し指を突きつけながら説明を続けた。

「人の話を聞いてください!だからそれは・・・」
「三つ目、私の寝巻きなので、もって帰った後、文様の香りを堪能できるじゃないですか」

最後にウットリとした表情、これも五日くらい前は新鮮で嬉しかったんだけどなあ。
これは何を言おうが無駄だと逆に諭された。

「もう帰ってください!うう・・・げほげほ・・・」
「大丈夫ですか?もう、無理するから。じゃあ朝ごはん作ってきますね」
「誰の所為で・・・ッて何やってるんですか!?」

椛がススッとスライドするように文の横まで来たと思うと、目にも止まらない早業で手錠を付けた。

「逃げられないように保険です。それにしても、縛られている文様を見るといけない妄想が・・・」

ふふふ、と笑いながら台所に移動していく椛。
風邪のせいで力が出ないので手錠を破壊できない。
確かにあの日のように情緒不安定になることはないが、すごく積極的にヤバい行動や発言をするようになった。
真面目な人は心に何かを溜め込んでいると聞いたことがある。
なるほど、これが椛の心の闇か。

「選択を間違えたかなぁ・・・こほこほ」

もちろん間違っていないと思っている。
椛を傷つけなくてよかった、と思ってはいるのだ。
記憶は無くならず、薄まるだけなので違和感も無いだろう。
やはり永琳はできた人だ。

「出来ましたよー」
「ずいぶん早いですね・・・っておでん!?」
「冬といえばおでんでしょう、ほら、あ~ん・・・」

湯気が立つこんにゃくを箸で摘んで差し出してきた。

「駄目駄目!!火傷しちゃいますよ!」

必死に訴えかけるが椛の手は止まらない。
出来立ておでんをあーんで食べさせられたら確実に火傷する。
せめてもの抵抗にと、文は口をつぐんで真横を向いた。

「いいんですか?ふふ・・・」

椛は不適に笑ってから、何の躊躇なく文の口の横にべチャリと熱いこんにゃくを押し当てた。

「・・・!熱い!熱いってばぁ!」
「嫌なら、ちゃんと食べないと・・・」
「うう・・・もぐ・・・っ!!・・・っ!!・・・・・!・・・」

舌を火傷しながらも懸命にそれを飲み込む。
口内に痛みが走った。

「ふわぁぁぁん・・・熱いよぅ・・・痛いよぅ・・・」

風邪で弱ってる所為か、赤くなった舌を出して、泣き出してしまった。ポロポロと大粒の涙が布団に落ちて消えていく。
あの射命丸文がこんな姿を晒すのは、それこそスクープだろう。

「はあはあ、文様のこんな一面を拝めるなんて・・・すっごく可愛い顔をしてますよ、文様」

背中にゾクゾクした快感が走る椛。
幼い男の子にも思われる童顔を艶やかに紅潮させ、文の、涙が流れている頬をぺロリと舐めた。
そして人差し指を自身の口に含んでから、文の舌に押し当てる。

「ほら、間接キスですよ♪」
「あぅっ・・・お願いだから触らないで・・・」

より強烈なヒリヒリが舌を蹂躙する。
文は泣きながら首を振って嫌々した。

「わかりました。では写真のほうを」

カメラを取り出すと、文に向けて数回シャッターを切った。
カシャカシャとシャッター音が部屋に鳴り響く。

「うう・・・撮らないでぇ・・・」
「今度はこれを・・・ほら、ちゃんと舐めてください」

おでんのスープが滴る箸を文の口もとに差し出す。

「ん・・ぐす・・・ちゅ・・・」

抵抗する気も起こらない文は舌がヒリヒリするのを我慢して箸を吸った。

椛はそれをまた写真に収める。

「もっとありますから、いっぱい食べさせてあげますね」
「やだぁっ・・・もうやだぁっ・・・」

風邪気味の、掠れたか細い声が部屋に響いた。

「覚悟してください、あはは・・・ははははは!あはははははははは!!」

椛ががんもに箸を刺すのを見ながらこれからの生活に恐怖と不安を覚える文だった。

脳内で椛がSで肯定されてしまった・・・どうしよう。
というか、おでんって・・・何だこれ。
新ジャンル『おでん攻め』?
馬鹿殿で見た気もするけど。
まあ、いいか。
続きそうな続かなそうな・・・。

どうもこんにちは、ぼるSです。
今までコメしてくれた人たちのおかげでリアルの世界でやっていけてます・・・。
僕は表現が下手で、パロディに頼って逃げていたんですが、これでは成長しません。
今回は真っ向勝負!・・・どうでした?
ここまで読んでくれた方、マジありがとう!
もうちょっとの間だけ応援しててください。まだまだ成長期なのですよ。
そして暇な方はコメください。
それがにゃもの原動力になるにゃも。

PS.前作品で『「」の中に。はいらないよ』と指摘してくださった方、ありがとうございました。






ぼるS
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コメント



0.980簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
こwwれwwはwww

なんというヤンデレ椛、これは間違いなくヤンデレスキーのツボにクリティカルヒット。あとえーりんの手紙凄いww


今後の作品にも期待してます
3.無評価名前が無い程度の能力削除
看病時にも手錠を使っているので、薬仕様前と使用後の変化があまり分らない
というか、スイッチが入っちゃった後は違いが無くね?
もうちょっと違いが欲しかった
4.90名前が無い程度の能力削除
誠くんと違うとこはライバルがいないところだな
よかったな!文ちゃん!別の誰かがいたら殺されてたぞ!

しかし、そのうち文ちゃんは椛なしじゃ生きられなくなるだろーな
毎日こんな生活をしていたら・・・
というか椛、文に手は出さないのね・・・
7.60名前が無い程度の能力削除
椛っ!恐ろしい子。
密かに続き楽しみにしてました。
12.20名前が無い程度の能力削除
続きを楽しみにしていたし、これはよかったのでが・・・
二度目の薬、使う前にあれだけふくらませといて、使ってみれば効果が何だかな~という感じ
一応風邪を治す気はあって、治ったら元に戻るとか?
そうも見ないけど、とにかく薬に関して気になってしょうがない
ヤンからただのSになった?
16.90名前が無い程度の能力削除
待ってました!
19.80三文字削除
オープンになった椛をどっかで見たなぁ・・・・・・とか思ったら、どこぞのメイド長と同じだと気付いた。たぶん、俺だけだと思う。
そして、おでん攻め・・・・・・厄いねぇ