Coolier - 新生・東方創想話

幻想超特急~幻の汽車~前編

2008/01/24 03:12:26
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 この、風光明美な地が墓場だと気付いたのは苔むす頃だった。
 燃料も無い、道も無い、やる事もない。動けない。現世で立ち居地を失ったものが来る幻想の或る土地で、このまま最後の時を迎える筈だった。
 だが、運命は消えかけた彼に最後の灯火を与えてくれた。消えぬ、永劫の炎を。炎を飲み干し、再び己の役割を取り戻す。
 燃料はこれで十分。道など、自分で作ればいいだけのこと。やる事は、思い出した。まだ十分に動ける――
 

 彗音は不安だった。なにせ、寺子屋に今日誰も来ないのだ。今日は休みではないのに、誰も来ない。
 一人二人の遅刻ならばありえるが、全員が全員遅刻とは。家をたつ所は確認されているが、誰も寺子屋に来ない。教師として、子供達を親御さんから預かっている立場として、人の護り手として、彗音は落ち着いていられなかった。
 幻想郷は決して安全な土地ではない。一時に比べればだいぶマシにはなったが、今でも物事の善悪がわからず人間を食料としてしかみない妖怪も居るし、幻想郷に来たてでしきたりがわかっていない連中も居る。まさか、もしかして……不安が増大して、思わず教卓を突き壊したくなってくる。
 こんな時に、妹紅が居てくれればと臍を噛む。彼女ならば、子供達も見知っているしある程度の災いにも対処できる。
 だが、妹紅は居ない。
『今日こそ、輝夜をギタギタのメタメタにしてくる』
『ギタギタのメタメタ。古き良きガキ大将の文句も遂に幻想入りか』
『そんな事はどうでもいい。今日の晩飯はニートの丸焼きをおすそわけだ!』
『怠け癖がうつされそうだから、いらんなあ』
 今頃、永遠亭の竹林で死闘の真っ最中だろうか。最初は心配していたが、殺し合いも死なない蓬莱人にとってはじゃれあいなのだと悟ってからは、無用な心配は止めた。相手側の月の医者も、こんな境地に達してそうだ。
 いい加減、巫女にでも相談すべきかと思った時、ようやく生徒の一人が駆け込んできた。
「せんぜい……せんぜい……かみじらざわぜんぜい……」
「とりあえず落ち着いてからでいいぞ」
 息も絶え絶えの少女を見て、ただ事ではないと彗音は察知した。だが、彼女の顔を見て安心もした。笑顔なのだ。
「あんね、あんね、みんなすごいのみつけたの」
「すごいの?」
「うん、おおきくて、くろくて、かたいのー」
「大きくて黒くて硬いの……か?」
 コクコクと可愛げに少女は首を縦に振る。大きくて云々に微妙に卑猥な感じがするのは気のせいか。
 とにかく、子供達はその何かを発見して遅刻しているらしい。まったくと、わざとらしく嘆息してから、ひとまず安堵した。
「そうか。とりあえず先生も見てみたいから、連れて行ってくれるか?」
「あい!」
 少女は大好きな先生に面白いものを見せられるんだと言わんばかりに、元気に頷いた。


 目的の物は、意外に近くの森の中にあった。寺子屋への通学路から一歩茂みに入ったところ、たぶん誰かが子供特有の好奇心でちょっと森の方を通ってみたら発見したのだろう。
「これが、先生に見せたかったものか?」
「あい!」
 ニコニコと返事した少女を尻目に、彗音は森にあったそれに驚いていた。
 大蛇のように長い身体に、黒く染め上げられた車体、鋼鉄で作られた機関部。これは確かに凄い。ここまで文明色を感じさせる代物は、幻想郷ではお目にかかれない。里の子供達から見れば、未知のオモチャに見えても仕方ない。
「せんせーこれなに?」
「これは機関車と呼ばれる機械だ。最も、私も見るのは久しいな」
 本体である蒸気機関車一両と、牽引する客車二両で構成される汽車が森の中にデンとあった。黒い機関部は異常なまでの重圧感を持っている。人が馬を超える為に叡智により作り出した、鋼鉄の乗り物。これほどのものさえ幻想入りなのかと、彗音は外の技術の日進月歩を感じた。
「あ! けいね先生だ!」
「せんせいーこんにちわー」
 子供達は客室の屋根や周りを所狭しと駆け回っている。巨大な玩具に心奪われている感じだ。遅刻している現状なぞ、微塵も覚えていなそうだ。
「全く人の心配も知らないで」
 最悪の事態は避けられた事を確認し、ようやく彗音の中に余裕が生まれた。結局遅刻だからして、怒鳴りつけた方がいいのだろうが、今の胸躍らせる子供達では効きが薄いだろう。しばらくしてからの方がいい。これもいい勉強だと納得してから、彗音も汽車を観察し始めた。
 機関部は鉄で、客車は木で出来ているせいか、前者は錆が後者は苔がいたるところについていた。これまた随分と放置されていたらしい。もったいなかったなと下世話な事を思ってから、彗音はある事に行き当たった。
「こんな機関車があって、誰も気付かなかったのか……?」
 この苔むし方から言って、だいぶ年季の入った代物だ。ここまでボロくては動く事は出来ない。まだ動ける状態の時に、幻想郷に迷い込んだというのが筋の通る話だが。幻想郷入りからここまで古くなるまで、ここにずっと居たと言うのか?
「あんねーいつもここみんなでとおってたけど、はじめてみたー」
 彗音のつぶやきに返答してくれた子供の言を受け、彗音は急いで手近な車輪を確認する。最後尾の車輪の全周に土が付き、地面に少し航路が残っている。この汽車はここにあったのではない。今日ここに、線路も使わずに移動してきたのだ。
「みんな、急いで汽車から離れろ!」
 ポッポー!
 彗音にいの一に返答したのは、機関車の汽笛であった。死んでいたと思われた機関車に火が入り、煙突から煙が吹き出る。運転席で遊んでいた子供が、驚いて転げ落ちた。
「せんせー! 恐いよー!」
 客席の天井で遊んでいた子供が、突如動き始めた汽車に驚き泣き始めた。
「飛び降りろ! 先生が受け止めるから」
 彗音にせかされた子供は泣きじゃくってから、手を広げ待ち受ける彗音に向け飛び降りた。無事に子供を抱きとめるが、このタイムラグのうちに汽車は加速し、なんと空に向かって飛び立った。これではまるで、銀河鉄道だ。幻想の故郷にはお似合いであるが。
「全員いるか!?」
「せんせい。いちちゃんと、はなちゃんがいないよう!」
「たろうちゃんと、ななちゃんもいない」
「しくじったか……」
 転げて傷を作った子供をあやしながら、油断したと彗音は唇を噛む。外で遊んでいた子供や入り口近くにいた子供は間に合ったが、客席で遊んでいた子供達は間に合わなかった。数を数えてみれば、四人居なくなっている。
 彗音は残った子供達の中で、いちばんしっかりし年長の子供に指示を与える。
「いいか、みんなを寺子屋で待機させて、お前は博麗神社に行って巫女に事情を説明しろ。巫女がいなければ、魔法使いでも鬼でも、こうなったら吸血鬼のお嬢様やスキマのオバさんでもいい。助けを求めるんだ」
「はい! 先生は……?」
「私はあの汽車を追う。みんな早く行け!」
 彗音の叱咤を受けた生徒達は、泣きながらも先生の指示に従い走っていく。全員が無事に立ち去った事を確認してから、彗音は帽子を押さえなて、急速度で空に飛んだ。


 弾幕ごっこならともかく、こういったスピード競技は慣れていないが、なんとか彗音は少し飛んだところで汽車に追いつくことが出来た。
 並走し中を覗いて見ると、最後尾の客車には誰もおらず、先頭の客車で子供達が身を寄せ合い泣きじゃくっていた。大丈夫だと声をあげてみるが、子供達は反応しない。もっと接近しようと試みるが、車体の勢いに負け、彗音の身体は弾き飛ばされた。
「くっ……」
 これだけの巨体が飛んでいるのだ。力は強烈。せめて満月の夜ならばまだどうにかなるのだが、今はまだ昼間から夕方に移動する時刻。しかも今日は新月と、期待は全く出来ない。不幸な事に、増援も未だに来なかった。よりによって神社が不在だったか。
 人も時刻も待つ間は無いと、彗音は機関部めがけて飛ぶ。機関部には誰も居なかったが、かまわずに彗音は話しかける。
「おい、汽車を止めろ! 子供達が乗っているんだぞ、恐がっているんだぞ、止めろ!」
 止めろ止めろというが、当然返答は無い。しかし、数度目の問いかけでいよいよ、返答があった。
「それぐらいで、ダイヤは乱せない」
 運転席には誰も居ない。話しているのは機関車だ。重厚さに似合う、重い声で。
「やはり九十九神か」
 物が年月を重ねる事で意思を持ち妖怪となったものの総称である。例を出すならば、毒花の人形ことメディスン=メランコリーがこのカテゴリーに入るか。年月を重ねる事で妖怪となるが、九十九神の精神回路は未熟の一言。意思を持ち始めたのがつい最近なのだから仕方がない。彼らは、物であったころの薄い記憶から、単純かつ他人には信じられないことを平気で行なう。
「邪魔をするな。ワタシは、たのしい機関車。子供のアコガレの機関車」
「子供の憧れが子を泣かすか!」
「泣くのはヨロコビでもある」
 完全に常軌を逸している。もはや、人を乗せ走る事のみに喜びを見出している。他の事など、殆ど考えていないのだろう。
 汽車は軌道をずらして彗音へと身を寄せてくる。彗音は危険を察知し、上空に逃れるが、煙突から噴出した炎に身を包まれてしまった。
 あわてて彗音は消火にかかる。その隙に列車は、先へと行ってしまった。なんとか見失わないように彗音は追跡するが、どんどんと機関車はスピードを増している。もう彗音ではやっと、速度を自慢する弾幕使いの最高速度のレベルだ。いったい何を動力源とすれば、ここまでの速度を出せるのか。
「彗音……彗音……」
 慣れ親しんだ声が、耳元で聞こえた。
「妹紅か!? 助かった」
 輝夜との決着をつけ、駆けつけてくれたかと辺りを見回すが、誰の姿もなかった。
「彗音……彗音……」
 しかし声はまだ聞こえてくる、どこからと少し注意深くさぐると。
「ま、まさか」
 声は、彗音にまだ憑いていた汽車の炎の一欠けらから発せられていた。まさか、あの汽車が動力源として取り込んだものは。
「妹紅ー!!」
 彗音が絶叫する。汽車の煙突から、不死の薬を焼いた伝承を思い起こさせる細い煙が立ち上がっていた。


 汽車は本能のままに暴走しているのか? 目的地もなく。
 否。汽車には確固たる目的地が有る。自分の走りを手伝ってくれた人が、かつて憧れていた所へと、一心に向かっているのだ。
 彼女が一人きりになった時に、行こうと思って行けなかった地へと。
「だいたい~あの世は~無責任~コツコツやる奴ぁご苦労さ~ん」
「小町ー!!」
「うひゃぁ!? さ、さぼってませんよ。きちんと仕事してましたって」
「キチンとぐらいでは足りない。十倍で働きなさい、ここに居る霊達を全て向こう岸に送るのです」
「どぅぇ。そりゃ無茶ってもんでさあ」
「無茶でも何でも、できるだけ被害を抑えなければなりません。汽車が、地獄の超特急がこちらに急速度で向かってきているのですよ!」
「な、なんだってー!?」
 汽車は一路、生物と不死者を乗せ、あの世へと突き進んでいた。


 外からの干渉は難しい、しかし中の子供達に汽車をどうにかする手段は無い。この暴走列車を止めてくれるような、セガールな人物が偶然乗り合わせていたりはしないのか。物事、そう上手くいく筈は無い。しかし、一抹の希望は乗り合わせていた。
「痛たたたー……あれ? ここ何処? なんでこんなところにリザレクションしたのかしら。えーりん、どういうこと? あれ? 居ないの、えーりん、えーりーん」
 最後部の座席の影から這い出てきた希望は、従者の名を呼びながらふらふらとさ迷い始めた。
最後に出たの希望じゃないよねとかのツッコミ禁止(ツッコミ待ちの芸人の顔で)

前回なんとか東方で書けたので、今回は前編&後編に分けて書いてみました。後編も不測の事態が無ければ明日には投稿します。熱く仕上げたいなあ、無駄なまでに。

それでは、失礼いたします。
ふじい
[email protected]
http://risotto.sakura.ne.jp/index.html
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コメント



0.120簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
彗音→慧音 ですよ
3.無評価名前が無い程度の能力削除
>今でも物事の善悪がわからず人間を食料としてしかみない妖怪も居るし、幻想郷に来たてでしきたりがわかっていない連中も~
しきたりについてはいいとして、この善悪は『人間にとっての善悪』であって妖怪にとっての善悪ではないのでは?
4.70SAM削除
なんか、頼りない希望ですね。
後編を楽しみにしています。
5.無評価名前が無い程度の能力削除
年長とはいえ子供を神社に向かわせるのは
最初の描写(人間を食料として~の部分)と非常に矛盾しています
短すぎるので現在評価は難しいです。後編待ち
7.無評価名前が無い程度の能力削除
幻想郷に、『妖怪は人間を襲ってはいけない』などというしきたりはない!

襲ったら退治されちゃうかもしれんけど