「月兎は幸せな夢をミたのか」
※前作とつながっているようでつながっていません(でも書きたいテーマは同じだったり)
とはいえ前作を読んで無くても全く無問題なのでお気になさらず。
本作品は『シリアス“っぽい”(←はいここ重要)』作品です。
薄暗い一室。敷かれた布団にくるまる少女。
「はぁ・・・ふっ、むぅ・・・・・・」
頭から兎の耳が生えたその少女は、苦しげな吐息を漏らす。その額には暑さから零れ落ちたものとは違う汗が。
「・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――」
意識は眠りに堕ちているようだが、少女は贖罪の言葉を繰り返す。まるで許されざる罪を背負っているかのように。
そして、彼女は目を覚ました。
そこは深い竹林。入った人間の感覚を狂わせ、二度と帰れない深淵へと誘う魔の巣窟。貴方がそこで迷ったのなら、一匹の兎を探すと良い。
とはいえ滅多に人間が迷い込むこともなく、今日も平和に時間が流れていく。
かぐや姫は何をするでもなく暇を持て余し、薬師は怪しげな薬を大量生産し、詐欺兎はいつものように罠を量産する。
そんな彼女達に弄られるのが、へにょり耳の毎日。
「あ~、暇だわ~」
「はぁ・・・そうですか」
「ねぇイナバ、たまには弾幕勝負 や ら な い か ?」
「っ?! て、丁重におとこわりさせてイダタキマス!」
「まぁまぁそう言わずに―――」
「ひ、姫さm、アーッ!」
「あらウドンゲ、どうしたの?」
「い、いえ、なんでもありまぜん・・・」
「何か疲れてそうね、そんな時ははい、○○○が生える薬」
「あ、どうも師匠―――って誰がそんなもん飲むかーっ!」
「たまには○ョタも味わってみたいかなぁ、なんて」
「し、し、ししししし、師匠のバカァァ!」
「・・・うぅ、あやうく飲みかけるとグヘァ!」
「よっしゃぁれーせん、獲ったどぉぉぉ!」
「な、なんなのこれぇ・・・ヌルヌルして気持ち悪い、口にまで入ってる・・・」
「・・・・・・い、いいわ(ボソッ)」
「へ?」
「お、お、お持ち帰WRYYYYYYYYY!!」
とまぁ、こんな感じの日常が送られていたりする。
「うぇぇ、なんで朝からこんな目に遭うんだろ」
いろいろあって焦げたり汚れたりした服を着替えながら、私は愚痴をこぼした。
朝から弾幕・薬・罠とあっては、せっかくの服も台無しになる。洗濯も大変なのだ。そこら辺りを姫様にはわかって欲しい。
「姫様は暇そうだし、師匠は変な薬を作るし、てゐは訳の分からないトラップを仕掛けるし、朝は朝で嫌な夢を―――」
脳裏によぎるのは、はるか過去に忘れてきた悪夢(キオク)
「―――はぁ・・・」
「あらウドンゲ、どうしたの? 溜め息を一回つくと一つ歳を取るのよ」
私がついた溜め息が速いか遅いか、師匠がノック無しに部屋に入ってきた。とはいえいつものことなので私も何も言わないが。
師匠の手には、小さな鍵が握られている。
「師匠、どうしたんですか?」
「いえね、これから蔵の整理をしようと思って。手伝ってくれない?」
「はい、分かりました」
現在の状況、服を着る途中。師匠を待たせるわけにもいかないので、私は手早く着替えることにした。
・・・近くから荒い鼻息らしきものが聞こえるのだが、この屋敷に犬なんて居ただろうか?
「師匠、行きま―――師匠?」
着替え終わって振り返った私が見たのは、何故か鼻柱を押さえる師匠の姿。
「あ・・・あらウドンゲ、もう着替えは終わったの?」
「は、はい・・・」
何故、師匠は残念そうにしているのだろう。なんとなくだがパンドラの箱をあけてしまいそうなので、私はそれに突っ込まないことにした。
「うわぁ・・・・・・これはまた凄いですね」
「まぁねぇ、いろいろと集めたものね我ながら」
暗い階段を降りた先、蝋燭をつけてみれば棚、棚、棚棚棚。どこぞの図書館かと見まがうほどに棚が建ち並んでいる。
その棚一つ一つに緑や黄や赤い草や、この世のものかどうかすら分からない言語で書かれた本が積まれているのだ。
かかる労力を計算すると、これから私がつく溜め息は二桁を越しそうだ。
「じゃぁウドンゲはあっち、私はこっちね。そこら辺にある草は合成しないでね、形が変わるから。本も開いては駄目よ。知らない人が居たらついていっては駄目、アレでソレな絵は直視しちゃ駄目、帰るまでが遠足です。
良いわね?」
「は、はぁ・・・」
何故か師匠の言葉には妙な気合が入っていた。理由は分からないが、それだけここが危険なのかもしれない。
とりあえず、師匠に隠れて一つだけ私は溜め息をついた。
「とはいえ・・・これは大変ね」
私の前に立ちはだかるのは棚、棚、棚、棚。ちょっと体重をかけてやれば、ドミノ倒しのごとく倒れて師匠を葬りさってくれそうだ。
「って、師匠は殺しても死なないか」
正確に言えば殺しても蘇るのだが、私にはそんなことをする勇気なんてない。
よく分からない草があれば手近のガラスケースに保管しなおし、名前の分からない本があれば邪魔にならないようにまとめる。
「えぇとこれは・・・こっちで、こっちは・・・・・・そっちでいいか」
珍しく何事もなく作業は進んでいく。今日はてゐが近くに居ないし、師匠も離れた場所で作業をしている。姫様は・・・言わずもがな、だろう。おかげで今日は無事に終わりそうだ。
そう思っていたのに、運命は非情だったりする。
ゴトッ
「へ?」
一つの棚の整理が終わり、さぁ次に取り掛かろうという矢先にまだ触れてもいない棚の上から妙な音がした。
ゴトゴトッ、バサバサバサ~
「はわわわぁぁっぁぁ!」
「いっつぅ・・・」
痛む額を片手で押さえる。鏡を見ないと分からないが、恐らく赤く腫れているだろう。尻餅をついた状態で周りを見回すと、本や雑誌、新聞が散らばっている。
どうやら棚の上からそれらが落ちてきたようだ。
「うぇぇ、痛い」
立ち上がった私の目に飛び込んできたのは、パジャマのような服装の少女が映る一枚の新聞。どうやら写真、らしい。
「なんだろ、これ」
興味本位からその内容を読んでみる。どうやら、何かの薬についての特集らしい。その薬の考案者が、このパチュリーという魔女だとか。
その薬の内容は―――
「・・・・・・・・・」
どれほど私はそうしていただろうか。
新聞を片手に、私は蔵の出口へと向かった。
「ししょぉ~! 用事を思い出したので失礼させていただきます~!!」
師匠が居ると思しき方角にそう叫んでから、私は蔵を出た。返事は、返ってきたかさえ分からない。
「あれ、れーせんどうしたの?」
「あ、てゐごめん、ちょっと用事を思い出したから、出かけてくる」
「え? う、うん、分かった」
脳裏によぎるのは、はるか過去に忘れてきた幸せな記憶(ユメ)
目の前にあるのは、重厚な扉。
その扉を開けた先で、少女は待っていた。
「あら、お早いお着きね兎さん」
小さなテーブルに向かって本を読む少女―――パチュリー・ノーレッジの前には、二つのティーカップが置かれていた。
どうやら私より先に客人が居たようだ。
「あ、あのぉ・・・この新聞のことで―――」
「そういえば、門番はどうしたの?」
尋ねようとした私の言葉を遮って、パチュリーはそう問いかけてきた。
門番―――とは、門の前に居た中華風な人のことなのだろうか?
「いえ、『私の目を見てください』って言ったらあっさりと引っかかってくれまして・・・」
「それじゃぁ、咲夜は?」
「え? 知りませんが?」
咲夜・・・とは、確かここのメイド長だっただろうか。だが、私がここに来るまでそんな人とは出会っていないのだが。
「おかしいわね、出会ってないはずが無いと思うんだけど・・・」
そう本を読みながら不思議そうに呟く彼女。私も同調して疑問に感じ始めた。
と、遠くの方から声が聞こえてくる。
「咲夜さんの胸ってやっぱり美乳でいいですよね!!」
「くっ?! 美鈴、いい加減にしなさい! 何をトチ狂っているの?!」
「やだなぁ私は狂ってなんかいませんよ~だからその胸揉ましてください!」
「訳が分からないわよ! まったく侵入者も居るというのに、しょうがないわね、時よ止まれ! ・・・・・・嘘、なんで止まらないの!」
「ふっふっふ、ちょっと気を操ればこの程度お茶の子さいさい!」
「そんなぁ!」
「・・・『月の兎の眼を見たものは狂う』とは聞いたことがあるけど、こんな狂い方とは」
「あぅ・・・すみません、まさか私もあんな風になるなんて」
と謝ってはみたが、目の前の魔女の雰囲気はどことなく楽しげだ。刺激が欲しかったのだろうか。
「で、貴方が知りたいのは私の薬、『ユメミールζ』のことね」
「はい、そうです・・・あれ、私用件について話しましたっけ?」
「そこはまぁほらあれよ・・・私魔女だから」
「は、はぁ・・・・・・」
何となく腑に落ちなかったが、とりあえず用件については聞いてくれるようなので突っ込まないことにした。腑に落ちないなんて、師匠と共に行動していればいつものことだし。
そう、私が今日ここにきたのは、『ユメミールζ』が欲しいから。
――パチュリーさん、このユメミールζはどのような効果をもたらすのですか?
「簡単に言えば、服用した人物の記憶の中から、本人が幸せだと思っている記憶を見せるものよ」
――つまり、正確には『ユメミール』ではなく『キオクミール』なんですね
「語呂の問題ね、語呂の」
――あ、あともう一つ聞かせてもらっていいですか?
「何かしら」
――何故『ζ』なんですか?
「企業秘密」
・・・・・・・・・・・・文々。新聞増刊号より抜粋
「結局は失敗作だったのよ、『ユメミールζ』は。本当なら幸せな幻想を見られ
る薬だったはずなのに、出来てみれば本人の記憶頼りなものになった」
「そうなんですか・・・」
やはり本から顔をあげようともせず、目の前の魔女は話し続ける。とりあえず私は彼女の真向かいの椅子に座っている。遠くからは絹を裂いたような悲鳴が聞こえてくるような気がしてならない。
うん、気のせいだ気のせい。
「それに、この薬には副作用もあった」
「副作用、ですか?」
思わずそう鸚鵡返しに聞き返していた。私も薬師見習いではある、副作用の怖さはよく分かっている。たまに実験体にさせられているのだから。
「そう、この薬は飲んだら最後、一定の条件を満たすまで眠り続けるのよ」
「一定の条件、ですか?」
「ええ、『本人がユメをユメだと認識し、なおかつ現実の世界に戻りたいと願う』、それがそのユメから覚める条件」
「なるほど・・・・・・」
どことなくご都合主義的な条件のような気もするが、その程度の条件なら問題無いだろう。
問題は、これから聞く質問の答え。
「その薬・・・創れますか?」
「あるわよ」
そう言って魔女は懐から小瓶を取り出し机に置いた、ってえぇぇぇぇっぇえ?!
「あ、あるんですか?!」
「ちょっと大声出さないでよ・・・頭に響くわ」
「あ、すみません・・・」
謝りながらも、私の心はすでに机に置かれた小瓶に奪われていた。透き通るような紫色の、綺麗な液体が詰まった小瓶。蓋はコルクのようだ。
「これが、その『ユメミールζ』ですか?」
「ええ、そうよ」
どことなく儚げで、それでいて強い存在感をその薬は示していた。
この薬を飲めば、幸せな記憶(ユメ)の中で過ごせる、ということだろうか。
「それ、欲しいの?」
その言葉にハッとなって顔を上げてみれば、まるで心の中まで見通しているかのような笑みが目の前にあった。
やはり、彼女は魔女なのだろう。
「・・・欲しいです」
ここまできて嘘をついてもしょうがない、私は正直にそう言った。
「あっそ、ならあげるわ」
もし薬を奪わなければならないというのなら弾幕で勝負をしてでも、ってえええええ?
「あの・・・いいんですか?」
「ええ、どうせ失敗作、私には必要ないわ」
・・・あまりにもあっさりと、薬を手に入れることが出来た。拍子抜けした気分だ。
私は目の前の魔女に一礼してから、扉へと歩みを進めた。
「ああ、そうそう、二つだけ注意しておくわ」
「注意、ですか?」
その声に歩みを止めて、私は向き直った。そこにあった笑みは、どことなく優しげなもの。
「まず一つ目。その薬は外気に触れると数十秒で無力化するわ」
「は、はぁ・・・」
どうやらそのためのコルク栓らしい。注意した方が良さそうだ。
「それともう一つ、」
そこで彼女は宙を見やって、言った。
「本当に良いの?」
何が、と問い返すまでも無いだろう。さすが魔女、私がこの薬を欲しがる理由もよく分かっているのだろう。
だから私は答えた。
「・・・分かりません」
「そう、それなら良いわ」
そういうと魔女は私への興味を失ったのか、本へと目を落した。
私はもう一度だけ一礼してから、扉を開けた。
「これで良かったのかしら?」
「ええ、万事順調よ。私の計画通り」
「・・・今のは独り言のつもりだったんだけど、また来たの? いえ、まだ居たの?」
「あら、それは申し訳なく」
「あらウドンゲ、お帰りなさい」
竹林へと帰ってみれば、出迎えてくれたのは師匠だった。
「師匠・・・すみません、手伝いを抜け出して」
「ああいいのよ・・・・・・顔色が悪いわよ、貴方?」
「え?」
気づかなかった。どうやら私の顔色は悪いらしい。自分の体調も分からないようでは薬師見習いとしては失格だ。
「疲れているみたいね、今日はゆっくり休んだら?」
「は、はぁ・・・ありがとうございます」
とりあえずは、その言葉に甘えてゆっくりと休ませてもらおう。
・・・この薬を飲むかどうかは、後で考えればいいことだ。
結局のところ、私は臆病なのだ。
部屋に戻って布団を敷き、寝転がってみる。布団に入ったところで服を着替えていないことを思い出したが、いろいろと面倒くさいので放置。件の増刊号は枕元に放置しておく。
仰向けのまま、懐から取り出した小瓶を見つめる。
それは薄暗い部屋の中でも異質なほど存在感を放っていた。まるで自ら光っているかのように煌く液体。それは私を誘うかのように。
幸せな記憶の中で過ごす
それは私にとって、至高の甘言だった。
最近は治まってきているとはいえ、今日の朝のような悪夢を見る日はある。
たまに月から送られてくる、というよりは垂れ流される電波では悲観的・絶望的なことばかり。
だが・・・・・・
だからといって、この日常をあっさりと捨て去る気にもなれなかった。
姫が居て師匠が居ててゐが居る。
(いろんな意味で)弄られて(いろんな薬を)打たれて(いろんな罠に)はめられる。
平和とはいえないかもしれないが、もはや私にとってかけがえのないものとなったこの退屈で刺激あふれる日常。
だが・・・・・・
思考を嘲笑うかのように、液体がちゃぷんと揺れた気がした。
結局、私はどこまでも臆病。
いつもいつも、大事なことから逃げてきた。
今だってそうだ、わざわざ普段訪れたことのないような場所にまで足を伸ばしてこの薬を手に入れておきながら、まだ躊躇っている。
ここまできて、何を躊躇うというのだろうか。
だが、だが・・・、だが・・・・・・。
私は、小瓶の蓋を開けた。
甘い香水のような香りが、鼻をつく。
(「外気に触れると数十秒で無力化するわ」)
脳裏に蘇ったのは、その言葉、それに
(「本当に良いの?」)
「ごめんなさい」
そう呟いて、私は小瓶の中身を煽った。
予想に反して、無味な液体を喉の奥へと押しやる。
空になった小瓶は、枕元に置いておいた。
だんだんと、意識が、闇に・・・導、かれて・・・・・・
最後に思ったことは、「私は誰に謝ったのだろう」という感慨だった。
最初に彼女の異変に相対したのは、詐欺兎だった。
「れーせんおはよ~」
部屋の扉を開けざま勢いを殺さないジャンピングからの振り下ろし型肘鉄を布団に寝る鈴仙に叩き込もうとしたてゐは、その寝顔を見て空中で技キャンセル、咄嗟にラビット空中二回転で枕元に着地した。
「・・・・・・」
見つめる寝顔は、とても幸せそうで。
それは普段てゐが見たことのないような寝顔で。
だからてゐは鈴仙を起こすことを諦めた。
「あとで、起こせばいいか」
そんなことを呟きながら、てゐは扉へと向かった。が、途中で足を止める。
「・・・このままだと、薬師やら暇人の良い餌よね」
思いたったが吉日
数分後、彼女はようやく部屋を出た。
部屋の主を起こさないよう、極力静かに、ふすまがきしまないように気をつけて。
少しして。
「ウドンゲ? そろそろ起きなさい」
今日もまたノック無しで入った非常識薬師は部屋に一歩足を踏み入れて立ち止ま
った。
目の前で眠る自らの弟子の寝顔に、いろいろと興奮しながら。
(な、なんて幸せそうな寝顔~?!)
すでに顔面は紅潮し、鼻息どころか口息さえ犬のようになってしまっている永琳は、思わず飛びつきたい衝動を必至に抑えた。
(堪えるのよ、堪えるのよ八意永琳! 今ここでウドンゲを起こしてしまったらあ
の寝顔が拝めなくなる!)
師匠である自らですら滅多に、いや全くお目にかからなかったその寝顔に、彼女の思考はオーバーヒートどころかオーバードーズ状態。
意を決して、抜き足差し足兎の足と枕元へと近づいてく。
5ヤード、4ヤード、3ヤード、2ヤード、1ヤード!
(獲ったどおぉぉぉぉ!!)
思わず心中で快哉を叫びながら八意永琳は鈴仙との距離を零にしようとして、
まずは左から放たれた長大な矢に身体を貫かれた。
(なに!?)
鈴仙へと向かっていたベクトルを無視して横っ面からのベクトルが永琳をふす
まへと押しやる。と、そのふすまが音も立てずに開いた。
「え?」
その奥に位置するのは回転する巨大な丸鋸で(以下自主規制
さらに少しして
「イナバ~そろそろ起きなさい~」
本来ならペットである鈴仙を起こしにくるはずのない輝夜が部屋を訪れた。
実をいうと、永琳の姿が見えず鈴仙も見当たらないことから彼女の部屋に居るのかと算段してきた次第というわけだ。
で、ふすまを開いてみれば布団に寝転がる鈴仙一人。と、たたみに点々と赤い痕が。
(・・・・・・まぁ、どうせ永琳辺りが零したんでしょうね)
具体的にどの辺りから零したかはいろいろと頭を抱えたくなりそうなので思考の片隅に追いやって、彼女もまた一歩部屋へと足を踏み入れた。
パカッ
「へっ?」
何の予兆もなく、彼女の足元の畳が左右に開いた。その1インチ下には無数の
トゲトゲが。
ピチューン リザレクショーン
「まったくなんなの―――」
復活して、その足元には無数のトゲトゲが。
ピチューン リザレクショーン
「ちょ、これ洒落になっ!」
復活して、その足元には(ry
ピチューン リザレクショーン
「も、もうヤメてぇ・・・」
復(ry
ピチューン リザレクショーン
そして かぐやは かんがえることを やめ(ry
そんな騒動の中、鈴仙は一度も目を覚まさなかった。
安らかで、幸せそうな寝顔のままその表情は崩れることなく。
それを不審に思った永遠亭主要メンバー3人が緊急会合を開くまで、そうそう時間はかからなかった。
「あ、レイセンだ」
「おっはよ~レイセン」
目を開けてみれば、そこには私と同じ耳をした仲間達。
その光景に疑問を抱くはずもなく、私は返事を返した。
「みんな、おはよ!」
今日は忙しい訓練の合間の、ちょっとした休憩日。みんなで仲良く遊んだり、どこかのお店に出かけたり、そんな楽しい休憩日。
だから、私は優しい仲間達の元へと駆けてゆく。
「じゃぁ行こっか、“レイセン”」
ほんのわずかな、ノイズを感じながら。
「さすがに、これはおかしいわね」
一つふすまを挟んだ隣の部屋で、八意永琳は唸っていた。目の前の布団に横たわるは自らの弟子。その寝顔は、やはり幸せそのもの。
そう、てゐが起こしに入り永琳が吹き飛ばされ輝夜が何回となくリザレクションを間近で繰り返したというのに、その寝顔は変わらなかった。
「れーせん・・・どうしたんだろ」
「確かに、これは妙ね・・・・・・」
永琳の隣では同じような表情でてゐと輝夜が唸っている。
そんな主要メンバーの苦悩を知ってか知らずか、鈴仙はやはり眠り続ける。時々聞こえてくる寝息がなければ死んでいるのかといったほどの眠りだ。
だからこそ、これは非常事態。
「永琳、貴方変な薬を飲ませたりした?」
「滅相もございません!」
輝夜の言葉に、顔を赤くして永琳がそう否定して言葉を続ける。
「ちょっと身体が動かなくなる薬は盛ろうと眠り続ける薬なんて盛りません! 反応を楽しむことが大事ですし」
「・・・・・・そう」
自らの従者の言葉に、ほんの少し頭を抱えたくなって輝夜は先ほどとは違う唸りを発しかけた。
と、鈴仙の脇を何やらちょこまかと動き回っていたてゐが何かを両手に持って帰還してきた。心労から思わずその耳を弄くりまわしたい衝動に輝夜はかられた。
「こんなものみつけた」
そう言っててゐが二人に差し出したのは、新聞と小瓶。
「あら、ご苦労様・・・ってなに、この新聞? 増刊号?」
「うぅんと、昨日れーせんが蔵から持ち出してきてた」
「・・・・・・それはおかしいわね」
てゐの言葉を聞いた永琳の眉がひそめられる。その真剣な表情に輝夜が思わず訊いた。
「なに、どこぞの出歯亀天狗の新聞におかしい点でもあるの?」
「内容は全部おかしいですね、ってそうじゃありません、この新聞が蔵にあるはずがないんです」
「それは、どういうこと?」
「例の新聞は全部風呂の炊き出しに使ってますから」
どこかで最速天狗が堕ちた。
「・・・・・・でも、貴方が蔵にしまいこんだかもしれないじゃない」
「いえ、それもありえません。私は蔵に保管されているものを全て記憶しています。それにもう一つ、絶対的におかしいことがあるんです」
「何かしら?」
「姫、あの天狗の新聞が増刊号を出すほど儲かっていると思いますか?」
しばし間、そして答え。
「思わないわ。まぁどちらにしろ、中身を見てみないことには分からないわよ」
「ええ、そうですね。見てみましょう」
「でね、ここのパフェが美味しいのよ~」
「ホント? ちょっと寄ってみない?」
「良いよ良いよ、今日は私達のおごりだかんね」
「そうそう、良かったね~“レイセン”」
「・・・・・・なんてものを創ってるのよ、あの魔女は」
「あら永琳、貴方がそれを言う?」
増刊号を読み終わった永琳の額に、一つの汗が流れ落ちる。そんな従者の性格から人となりまでよく知っている主は少々呆れたような声を出した。
ちなみにてゐは暇なのか寝ている鈴仙で遊んでいる。
「とりあえず、状況を整理。本来なら風呂用に消えているはずでいろいろな意味で存在しないはずの増刊号が何故か私の記憶に無い場所から出てきた、これが意味するところは? ちなみに補足説明、蔵には普段鍵がかかっているわ」
「は~い」
「てゐ選手どうぞ!」
「えーりんがボケたばらっ!?」
真面目に手を挙げて不真面目に答えたてゐの頭に光が一閃する。そのままてゐは鈴仙の傍らに倒れ伏す。
「姫、答えは分かりますか?」
「って次は私?!」
奇妙な輝きを発する永琳の右拳に注意を向けながら、輝夜は思考を開始する。
(KOOLになれ、KOOLになれ蓬莱山輝夜、少なくとも間違った答えでも良い、永琳の機嫌を損ねなければそれで良いんだ!)
一世一代一所懸命、おそらくこれほど気を使ったことは今まで無いだろうというほどに考え抜いて、輝夜は答えを出した。
「つまり、外部の人間が忍び込んだ、ってこと?」
「・・・60点ですね」
少し表情を歪めて永琳がそう答える。その言葉に一瞬慄き、だがその口調に非難のそれがあまり混じっていないことに気づいて輝夜は呆けた。
「姫、先ほど補足したでしょう? 蔵には普段鍵がかかっていると。つまり、これがどういうことか分かりますか?」
「誰かが鍵を開けて忍び込んだ、とか?」
最もな輝夜の考えに、だが永琳は首を振る。
「この鍵は普段、私が肌身離さず持っています」
「あの黒白があけた、とか?」
何時の間にか復活していたてゐが自らの考えを口に出すが、やはり永琳は首を振る。
「あの直情型思考の持ち主なら鍵を開けるより壊すわ。確実にね」
その言葉に輝夜とてゐは宙を見上げ、そしてあぁ、と声を漏らした。
「でも、それならいったい誰が・・・」
「あら、私のことをお忘れかしら」
「ああそうそう貴方のことをすっかり忘れて―――えっ」
突如割り込む第四者の声。だがそれが鈴仙の声でないことは、今も寝ている彼女の顔から察することが出来る。
つまり、この声は―――
「こんにちは永遠を生きる者」
「こちらこそ、境界を歩む者」
突如と虚空より現われた女性―――八雲紫の挨拶に、だが自然と永琳は答えていた。
しかしその受け答えはやわらかいものではない、どこか敵意を感じさせるものだ、双方ともに。
「なんで私がここに来たと思う?」
「あら聞いてほしいの?」
そんな二人のやり取りを、ただただ輝夜は聞き続ける。こういった場合の交渉役は永琳に一任している彼女は、どっしりと構えていればいい。
「出来れば聞いてほしいわね、それとも貴方には分かっているの?」
「捜査の鉄則、犯人は必ず現場に戻ってくる」
「なによ、分かってるじゃない」
だがこの会話に、ほんの少しの動揺が輝夜の心に訪れた。表情こそ変っていないが、握り締められた手に力がこもっている。
そんな輝夜に気づかないのか、二人は会話を続ける。てゐもまた、輝夜と同じような表情だ。
「さて、そうと分かれば話は早いわね」
一人納得したように、永琳が頷く。
「いったいどういうことか、説明してもらうわ」
「とはいえ、そんなに説明することでもないのよね」
八雲紫が行ったことはたいしたことではない。
まずはパチュリーに薬の製作を依頼。
そしてその薬の特集記事と題して文々。新聞の増刊号の偽物を製作。
(ちなみに製作は藍が一晩でやりました)
仕上げに、鈴仙の元へとその増刊号をスキマ経由で送った。
これが、ことの真相。
「・・・とまぁ、こういったわけよ」
「それぐらいは、予想していたわ」
あまり長くない説明だったがそれでも事も無げに永琳はそう言い放ち、さらに辛辣に言葉を続けた。
「私が聞きたいのは、何故貴方がそんなことをしたのか、よ」
「“私”、じゃなくて“私達”よ永琳、間違えないで」
「れーせんになんでそんなことした~」
三者三様、それぞれの思惑で紫に問いただす。単純計算三対一、その上強者揃い。状況的には“一”の側が不利である。
それでも紫は笑みを絶やさない。
「ちょっとした対策、ね。この幻想郷を預かる者として」
「“対策”?」
大事なことをたった二文字で説明されかけて、三者三様それぞれに眉をしかめた。
「ええそうよ。貴方達は分かっているのかしら? 『波長』を操るとはどういうことか」
波長とは、この世に存在する総ての物に存在するといっても過言ではない。
「誇張かもしれない、でもそんな力を持つ者が、過去に囚われ苦悩している」
苦悩とは、つまり枷。
「それが幻想郷内での“過去”なら、解決しようもある。でもそうではない」
はるか遠く、はるか過去に置かれた枷。
「だから“試した”、彼女が過去にどれほど囚われているかを」
選んだのは、彼女自身。
もっともな、もっともな説明。
だが、
「それが、どうしたというの?」
彼女達は、納得しない。
「そんなくだらない理由で、ウドンゲを苦しませるというの?」
くだらない、賢者の言い分をただその一言で打ち砕く。
「ならば貴方達に、責任が取れるというの?」
“なんの”とは言わない、言えない。
そんな言葉を、だがやはり永琳は打ち沈める。
「取るわ、いえ、その責任が発生しないようにする。何故なら―――」
「私達は、家族なんだから」
達観したような口調で永琳は言う。
静かな余裕を、輝夜は漂わせる。
確かな敵意を、てゐは紫に向ける。
紫は―――嘲笑(わら)う
「その一言が聞けて良かったわ~、じゃあ私はこれで」
「ってちょっと待てやおい」
そのままスキマに潜り込もうとする紫に向かって、姫とは思えない口調で輝夜
が言い放つ。
「まさか、このまま帰るとでもいうの?」
「私は帰るわ・・・あ、誤解しないでちゃんと後始末はするからだからそのなんで貴方の右手は光っているのいや貴方そんな大事なものこんなところで使っちゃまずいでしょちょっと待ってよその体躯より大きな杵って貴方どこから出したのよってアッー」
~少女残虐中~
「だ、大丈夫よ、現在と過去、夢と現、意思と遺志、その他諸々出血大サービスで境界弄くってあげたから、『その娘が帰りたいと願えば』、いずれ目を覚ますわ、じゃぁね」
文字通りの姿でスキマに潜り込み、紫は消えた。
あとに残されたのは、四人。
「・・・・・・・・・」
三人はそれぞれに顔を見合わせ、そして残る一人の寝顔を覗き込み、
「とりあえず、待ちますか」
「そうですね、それがよろしいかと」
「う~、早くさまさないかなぁ」
刻は夕方
それぞれの想いを胸に、三人は散っていった
ふと・・・何故かふと感じてしまった。
今の今まで全く感じなかったはずなのに、まるで穏やかな水面に小石を投げ込んだように、波紋が広がるように私は感じてしまった。
ここは、私の居場所ではない。
「どうしたのレイセン?」
「気分悪そう・・・大丈夫?」
仲間達が、私の体調を気遣ってくれている。その声音に変化を感じたのは気のせいだったろうか。
「ねぇレイセン?」
「大丈夫? “レイセン”」
ああ、またノイズを感じる。
そうだ、私は“レイセン”じゃない。
・・・・・・でも、それを認めてしまうのは―――
「う、うん、大丈夫だよ―――っ?」
気遣いをかけてくれる仲間に返事を返そうとして、私は子供のように口を開けたまま呆けた。
あれ?
もう一度、名前を紡ごうとして―――紡げない。
私の右で肩に手をかけてくれているのは、甘い物が大好きな―――誰?
目の前で私の顔を覗きこんでいるのはクマのぬいぐるみを蒐集している―――誰?
他にも、他にも他にも他にも私の周りにいる仲間達の名前が―――
出て、こない。
「ちょ、大丈夫?」
そう言われて私は気がついた。
頬を、涙が流れている。
罪に苛まれた歳月は、少女の心を過去から遠ざけた。
私は、なんて馬鹿だったんだろう。
過去から遠ざかるということは、つまり過去を忘れるということ。
罪悪感から逃げて逃げて逃げて、結局何もかもを忘れようとした。
それは、弔いの情すら忘れるということ。
そんなことで、“許される”はずなど、なかったのだ。
なんという、茶番
「ごめん・・・みんな、ごめん・・・・・・」
「ど、どうしたの“レイセン”?」
ううん、違う、私はもう“レイセン”じゃない。
私の名前は、
「鈴仙・優曇華院・イナバ」
「・・・え?」
「今の、私の名前」
愛しい人が、つけてくれた名前。
今の、私の、名前。
愛しい愛しい、名前。
「・・・そっか、そうなんだ」
「良い人に出会えて良かったね~」
「ねぇねぇそれって男? 男なの男なの?!」
「いや少し空気よもうよ」
仲間の、空気が変わった。
今では、名前すら忘れてしまった仲間。
かけがえのない、仲間。
「ごめん、本当にごめんなさい・・・」
あとからあとから、涙があふれてくる。
ああそうだ、これは“夢”。
今の彼女達に謝ったところで、それは謝罪とはならない。
だけど、だけど目の前の彼女達は、暖かかった。
「・・・良いのよ、レイセンが―――ううん、鈴仙が幸せなら」
「私達もいろいろ頑張った甲斐があったしね~」
「むしろ、幸せになってくれないなら張っ倒すわよ」
周りの景色が、白くなっていく。
仲間達もまた、同様に。
「いい? これからは幸せになるのよ」
「それが、私達の意思であり、遺志でもある」
「そういうことだからね~」
景色が、人が、記憶が、夢が、
白く、塗りつぶされていく。
だから、私は言う。
「ありがとう―――さよなら」
「「「さよなら」」」
総ては、一炊の夢
もう日も暮れてしまった刻に、四人は集まっていた。
一人は布団から上体を起こし、残りの三人は周りに座っている。
姿格好はそれぞれ違っていたが、みな一様に泣き笑いといった表情を浮かべている。
そして、布団の少女が笑顔で言った一言が、この物語の終末である。
「お、おはようございます」
だが、夢は時に現となる
この永琳は輝夜よりもだめな気がします。
ζが読めませんでした……