(作品集47・48に投下させていただいたシリーズの続きです。
三代に渡り投稿をなす遅筆、まこと申し訳ない限り……)
このゲンソウキョウという空間の中で、いちばん弱っちくてみじめな種族はなんだろう?
その答えは、もちろん「人間」……って言いたいところだけど。
人間は力が弱い代わりに、頭がいい。
知恵を絞り、策略とかワナとかを張り巡らせて、まともにやりあってもかなわないような妖怪でも、見事に退治してしまう。
ついでに言えば、オトナになると背も高くなる。
生まれた時からずっとコドモと同じくらいの背丈で、それ以上伸びることがない種族にとっては、うらやましい限りだ。
あまつさえ、時々紅白や白黒みたいにやたらパワフルな例外も現れやがるんだもんなあ……
だから、本当にゲンソウキョウ最弱と呼ばれるのにふさわしいのは、全体的にまんべんなく迫力に欠けている種族……つまり「妖精」ということになってしまう。
ちくしょーめ。
だいたい妖精と来たら、どいつもこいつも気合ってものが足りないんだ。
毎日、毎日、狭い行動範囲の中だけで群れて、下らないおしゃべりして、みみっちぃイタズラして、眠くなったら家に帰って寝る。
そしてお日様が昇ったら起きて、また群れて、おしゃべりして以下略。
みーんな、そのダラけた繰り返しに満足しちまっている。
……そのせいで、他のやつらにナメられてばっかり!
自力じゃ空も飛べない人間にすら、恐れてはもらえない!
とにかく行動も正確も単純すぎるんだ、妖精は。
腹黒い妖怪からストレス解消の道具としていじめられたり、人間からイタズラの仕返しをされたりしても、その痛みと悔しさは、次の日になればすっかり忘れてしまう。
それは妖精が持つ生まれながらのサガってやつで、残念ながら自分としても例外ではない。
けれど自分は……あたいは、「しょせん妖精は妖精だな」という目で見られる屈辱だけは、なるべく忘れないように努力している。
もっと強くなろうとか、もっと面白い遊びを探そうとか、もっとスケールのデカいイタズラをしてみようとか、もっと見たこともないような場所に行ってみようとか……
そういう他の妖精どもが考えもしないようなことを、あたいは大昔からボンヤリと望んできた。
で。
スペルカードルールができた頃、その望みはハッキリとした形になって、あたいの胸に宿った。
妖精には妖精の生き方がある?
妖精なら妖精らしく、身の程を知れ?
ふん、みんな何をほざいてんだ。
いつだか会ったエンマに至っては、「そう……あなたは少し迷惑をかけすぎる」だの「力を持ちすぎたことを自覚せよ」だの……
ははん!
聞こえないね、そんな言葉は!
だって、あたいには夢があるんだもの。
何度バカにされたって、何度見下されたって、何度いじわる紅白ミコに退治されたって、あたいは最強(を目指しているん)だから絶対に諦めない。
そして、いつか……ひ弱な妖精だって、がんばり次第では種族の限界を超えられることを、世界中に魅せつけてやるんだ!
最強にキレイなダンマクという形で、ね!
東の彼方からのっそりと顔を覗かせた太陽が、諏訪子と神奈子の顔を強く照らす。
「あー……うー……」
「んん……」
温泉にぷかぷか浮いたまま眠りこけていた二柱だったが、こう眩しくては流石に瞼を開かざるを得ない。
「おはよ、神奈子」
「おはようさん、諏訪子」
片や、敗北の苦い記憶に顔をしかめながら。
片や、ささやかながらも贅沢な宴会の余韻をかみ締めながら。
目覚めの挨拶を交わしあう。
「意識を失うまで呑むなんて……久しぶりだよ」
「ああ、本当に……よく呑んだ」
片や、いくら挑んでも勝てなかった悔しさによるヤケ酒。
片や、己が他の有力者たちから無視できぬ存在にまで成り上がったことを確認しての、勝利の美酒。
口にする言葉は似ていても、その意味合いは正反対だ。
咲夜が手品のように次々と差し出すワイン瓶を、彼女たちはことごとく空にした。
吸血鬼やら不死人やら亡霊やらと肩を寄せ合い、そりゃもう怪我をすれば血の代わりにワインが噴き出すのではないかという勢いで呑みまくった。
おかげで諏訪子は二日酔い、神奈子に至っては三日酔いの憂き目を見ている。
「今日は……なんか予定あったっけ」
「例によって、夕方から天狗相手の宴会があるわよ」
「そう」
「ま、天狗以外にもいろいろ来るだろうけど」
「呼んでもいない妖怪どもが、わんさ!とね」
諏訪子は傍に浮かんでいた帽子を掴むと、ぐっしょり濡れた服をひきずりながら陸に上がった。
魔力で沸かした湯も、今や大分ぬるくなっている。
一帯をあれだけ騒がした連中は、もう誰ひとりとして残っていない。
そこら辺に転がっていた空き瓶も、きれいさっぱり消え失せている。
きっと、頼もしいメイドが手品を使って片付けてくれたのだろう。
涼しく寂しい朝風を身に浴びて、諏訪子は震える。
「さ、さーむーいー……」
「服を着たまま入浴するなんて、あんたの横着も相当のものね」
「人目をはばからず素っ裸になる痴女に言われたくはないなぁ」
「ふん、肌には自信がある、から……は、は、はっくしょん!」
「はっくしょん!」
くしゃみのタイミングが重なり、互いに苦笑する。
「ドライヤー、いる?」
「お願い」
「ちょい待ち。私も今、上がるから」
熱風の渦が、諏訪子と神奈子の足元から湧き上がる。
二柱の身を覆っていた水気は、ものの五分も経たないうちに全て吹き飛ばされ、蒸散した。
「ふー……ありがと、さっぱりしたわぁ」
「どういたしまして。で、今日はどうするの?」
「出かける。今すぐ」
「武者修行?」
心の内を見透かした笑顔を浮かべる神奈子。
諏訪子は口を「へ」の字に曲げた。
「その辺りの強そうな妖怪に弾幕勝負をふっかけて周るわけ? ご苦労さんねぇ」
「私は、私より強いやつに会いに行く! そして、どんな弾幕をも見切る動体視力を手に入れるのよ!」
「単細胞」
「悪いか!」
「べっつにー」
「ニヤニヤしやがって。何がそんなに面白いんだよー!」
「だって。諏訪子があんなに悔しがる顔を見るのって、久しぶりだったんだもの」
「む……どこまでもいけ好かない女だよ、あんたは」
諏訪子は舌打ちする。
「そんなに悔しかった?」
「悔しいに決まってるじゃない。だいたい……」
口から「人間ごときに負けたままじゃ」という言葉が飛び出しそうになって、諏訪子は慌てて別の言い方を模索する。
人間は……いや、この世に生きるどんな種族であれ、「ごとき」呼ばわりされて顔をしかめぬ者はいない。
大和というクニおよび大和の神々が衰退していったのは、それを忘れたせいだ。
「……得意種目で遅れをとったままじゃ、神の名が廃るってもんよ」
「朝っぱらからアグレッシヴねぇ。かつての引きこもり時代が嘘みたいだわ」
「昔は昔、今は今! つーか、誰のせいで引きこもってたんだっけな?」
「ま、まあ理由はどうあれ、本気で打ち込める趣味ができたのはいいことだわ」
「そういうこと! もしかしたら、宴会の時間にはちょっと遅れるかもしれないから!」
それだけ言い残して、諏訪子は一目散、神社とは反対の方向に飛んでいった。
「……朝ごはんぐらい食べていけばいいのに。せっかちねぇ」
神奈子は嬉しそうに、ひとりごちた。
諏訪子が活発さを取り戻してくれたことに、深い安堵を覚えていた。
一方で。
とても大事なヒトの存在を忘れていることには、まだ気づいていない。
今日はすごくいい天気だから、ケロちゃんとカナコのお家に遊びに行くことにした。
いや、例え悪い天気だったとしても、せっかく固めた「行こう!」という決意が変わることはなかったと思うけど。
雨や風に負けるほどヤワじゃないのだ、あたいは。
それに昨日の夜、厳しい特訓が実って新しいスペカが完成したのであれば、なおさらだ。
この『マイナスK』の威力を見たら、あいつら、どんだけ驚くかしらね……ふふふふ。
『いいよ、あんたの気の済むまで、とことん付き合ってあげようじゃないの!』
ケロちゃんに挑む興奮が、蘇る。
『あっはっは! 面白い奴だね、あんた! よーし、その意気で生意気蛙をカチコチに凍らせちまいな! 私が許す!』
楽しそうに応援していたカナコの顔を、思い出す。
あたいが妖精だからってバカにせず、真正面からあたいのダンマクと向き合ってくれたのは、あのふたりが初めてだった。
あたいの生き方は間違ってないと、励ましてもらったような気がした。
早く会って新ダンマクを見せたい。
そうそう、あたいが住む湖の他にも、色んなところにホラコを作ってあげたことも報告しなくちゃ。
人通りのある場所には大抵、すでに他の誰かが作った古臭いやつが置いてあったので、あたいはあえて、ヘンピなところを周ることにした。
カナコには『友だち総動員で作る!』なんて言っちゃったけど、実際はみんな面倒くさがって協力してくれず、結局ほとんど全ての作業をあたいオンリーでやらざるを得なかったんだけど……
まあ、あたいの芸術的センスを心おきなく爆発させることができたんで、結果オーライね!
このことを教えてあげたら、ふたりともきっと喜ぶぞぉ!
期待に心臓をドキドキさせながら、妖怪の山に向かう。
でも、今日はひとりぼっちで出かけるわけじゃない。
前にケロちゃんがくれた、このブサイクなカエルがお供だ。
ケロちゃんいわく、このカエルは「トモダチのシルシ」なんだって。
これを持っていないと、ケロちゃんとカナコのお家にたどり着く前に天狗が襲ってきて……ピチューン!するらしい。
あたいは最強だから、ててて天狗なんて全然、こ、こ、怖くはないんだけど、まあせっかくのプレゼントだし、貰ってやることにした。
「こっちでいいの?」
「ゲコー」
ひたすら、カエルの舌が指し示す方向へ向かう。
林を越え、谷を越え、滝を越え、ぐんぐん山を登っていく。
にっくき大ガマの生息地よりも高いところまで飛ぶなんて、はじめてだ。
「寒くない?」
「ゲコ……」
あたいの体から染み出る冷気に耐えながら道案内してくれる健気さに、うっかり目頭が熱くなった。
カエルって、けっこー気の良い生き物なのね。
これからはあまり凍らせないようにしよう。
やるにしても、せいぜい3日に1匹ぐらいにしておこう。
あたいってば寛大ね!
「そろそろ飛ぶのにも疲れてきたなぁ。まだ着かないの?」
「ゲコゲコゲー」
「え、あそこなの?」
山の頂上近くになってから、見えてきたものがある。
ええと……トリイ、って言うんだっけか?
ほら、あのムカつく紅白ミコのジンジャに建っているやつ。
「ここをくぐって行けばいいわけ?」
カエルはうなづいた。
迷わずトリイの下を通る。
それからしばらく進むと、レイムの住み処にそっくりな建物が見えてきた。
しかも、ひとつだけじゃない。
おっきいのやら、ちっちゃいのやら、いっぱいある。
「むむむ、どこに行けば会えるんだろ……あ」
特にミニサイズな家の中から、なんだか顔色の不健康な人間が出てきた。
(ミコ?)
着ている服も、雰囲気も、そこはかとなく紅白に似ているから、そう思った。
つーか確信した。
あいつはミコで、ここはジンジャだ!
……うーん、マジでこんなところにカミサマが住んでるんだろうか。
ジンジャのミコといったら幻想郷でいちばん凶暴かつ邪悪な人間じゃないか。
ハレハレでユカイなカミサマが、そんなヤツと一緒に生活している姿なんて、あたいには想像もつかない。
でもまあ、見かけたからには無視するわけにもいかないだろう。
「おいっ! そこの人間!」
『虎穴に入らZUNは酔っ払い』というコトワザに従い、とりあえず近づいてみる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
いかにも「なに、このフシンシャは?」と言わんばかりの、ダークでブルーな感じの視線が返ってきた。
そのまま、何も言わずにこっちをじっと見つめている。
つーか、睨んでいる。
うわー……めっちゃ感じ悪いわぁ。
「な、なんだよ! 黙ってないで言うべきことを言いなよ!」
「言うべきこと、とは?」
「例えば、おはよーございまーす!とか、ご用はなんでしょうか?とか、普通はそういうことを……」
「どうせ、お酒目当てなんでしょ? でも、宴会は夕方にならないと始まりませんよ」
うわ、すっげーブッキラな口調!
しかも言葉の意味が丸っきり訳わかんないし、なんか敵意むき出しだし!
山の下だろうと上だろうと、やっぱミコってのは最低最悪の人種ね!
「あのさ、ケロちゃんとカナコってここに居るんだよね?」
連れてきたカエルを掲げる。
カエルはあたいの手を離れてミコの肩に飛び乗り、その耳元で「ゲコゲコ」と小さく鳴いた。
相手は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに元のブッチョー面に戻った。
「前者の名に聞き覚えはありません。また、後者と同じ名を持つ神なら確かにおわしますが、その方はあなたが呼び捨てにできるような存在ではありません。つまり、あなたの探し求める者と我が神社は全く繋がりがないと思われます」
やっぱり意味不明なことを吐きやがる。
あーあ、あたいまでダークでブルーな気分になってきたよー……
くそー、なんなんだこの青白は!
問答無用でダンマクを撃ってくる紅白の方が、まだ相手にしていて気持ちいいってもんだ……ん?
ダンマク?
あー、そうだ!
「ねぇ人間」
「お帰りなら、あちらですよ」
「違うっ! あたいが聞きたいのは、あんたはスペルカードルールを知っているかどうかってことよ」
「一応は」
「空、飛べる?」
「まあ」
「ダンマク、撃てる?」
「やろうと思えば」
「じゃあ話は簡単ね! あたいが勝ったら、そのムカつく態度を改めて、知ってることを洗いざらい話してもらうよ!」
「嫌です」
「は?」
「どうして、そんな面倒な遊びに付き合わなくてはならないのですか?」
「面倒……?」
「そちらの言ってることは、さっきから支離滅裂で全く意味が通りません」
「なっ、何をー!」
自分のことを棚にあげて、よくもまあ!
「それに今は、とてもじゃないけど妖精ごときの相手をする気分になれないの。放っておいてくれます?」
お。
言ったね。
妖精「ごとき」って……って、言ってくれたね!
このあたいに対してそういうナメきった態度をとったってだけでもうケンカを売っているのも同然だよアタマきた面白い買ってやろうじゃないの!
あたいは黙って自分の身長の五倍ぐらいの高さまで飛び、心に積もったイライラを一本の太いツララに変えて、降らせた。
「きゃっ!」
やった、怖がってる怖がってる!
それ、もう一本!
「や、やめなさい!」
石を敷き詰めて作った道が砕け、大きな穴が開く。
もちろん人間の体には直撃しないように、わざと狙いは外してやったんだけど、それでも相手の慌てぶりを見るだけで気が晴れる。
ざまーみろ、最強のあたいを怒らせるからこういう目に遭うんだよ!
「ほらほら、早くカミサマの居場所を言わないと、あんたの可愛い顔にもぶっつけちゃうよ?」
「本当に……八坂様の知り合いだって言うの?」
「そんなやつは知らない! カナコとケロちゃんを出せ!」
「だから、そのケロちゃんってのは誰よ!」
「カエルの親分だよ!」
「……まさか、洩矢様のこと?」
「モリヤ? んー、モリヤモリヤ……どっかで聞いたような……」
「恐れ多くも、洩矢諏訪子様にそのようなふざけた仇名をつけた、と?」
「モリヤ……スワコ! おー、そうだ、ケロちゃんの本当の名前は、確かそんな感じ……」
星の形をしたダンマクが、唐突にこちらへ飛んできた。
あたいが最強にすばしっこくなかったら、きっと当たっていただろう。
「のわっ!」
「くっ。チビだけあって、狙いがつけにくい……」
「ちょっとあんた! いきなり危ないじゃないの!」
「先に撃ったのは、そっちでしょ!」
「あんたが素直なら、撃たなかった!」
「正当防衛よ!」
私と同じ目線まで、ふわりとミコは浮き上がってきた。
「へへ、ようやくやる気になってくれたみたいね」
「境内での狼藉、さらに神の御名の冒涜……あなたの罪は、万死に値します」
「相変わらず言ってる意味は分からないけど、とにかく勝てばカングン! カクゴしてもらうよ!」
「覚悟? ふふ……」
ずっと不機嫌だった人間は、その時はじめて笑った。
「それは私が問うべきこと。覚悟はできているのか、小さき魂よ」
「あん?」
「この世から消えて無くなることを承知の上で、私に挑むのかと聞いている」
「も……もちろんよ! ゲンソウキョウ最強のパワーを、じっくり味わいな!」
タンカを切ったら、
「ふっ」
相手の目がすごく汚い色で輝き出した。
……なんか、すっげぇヤな予感……
霧の湖の大妖精ちゃん(本名不明)いわく、チル公はついさっき出かけてしまったらしい。
残念!
こんなことなら、二日酔い覚ましの散歩がてらにゆっくり山を降りたりせず、湖のほとりにある分社まで一気にワープしてしまえばよかった。
ちなみに、ここの分社はもともと山の天狗が建てた古式ゆかしいものだったんだけど、神奈子に増築を頼まれたチル公が張り切ってくれたせいか、今や見るも無惨に……もとい、より前衛的な姿に進化していた。
たぶん、25世紀の犬小屋ってのはこんな感じなんじゃなかろうか。
しかしまあ、私は派手好きの神奈子と違って機能主義者だから、見た目がどうあろうとワープさえできれば結構なんだけどね。
要はハートよハート。
そこに、私たちへの親愛の情さえ篭められていれば……って、今はそんなことを言っている場合ではない。
「どこに行ったかは分からないの?」
「んー……チルノちゃんは気まぐれな子だから」
ごめんね、と言って大妖精ちゃんは頭を下げた。
私はブンブンと首を振る。
「いやいや、アポなしで突撃訪問した私が悪いんだ」
そうは言ったものの、やっぱり残念なものは残念である。
適度に手を抜く接待天狗や、力の差を直感で悟って逃げ出す三下妖怪なんかとは違い、あいつは常に全力でかかってきてくれる。
しかも、この辺の妖精の中じゃいちばん凄い弾幕の持ち主だ。
最初の修行相手としては格好だと思ったんだけどなぁ。
……ま、嘆いても始まらないか。
「ケロちゃんが来るってあらかじめ知ってれば、行儀良く待ってたと思うんだけどね」
「ははは、どうだかねぇ。私、あいつと知り合ってまだ日も浅いし……」
「チルノちゃんはね、あなたのことが大好きなの」
「は?」
「もちろん神奈子ちゃんのことも、よ。最近なんて、ここの祠を改造するだけじゃ飽き足らず、色んなところにオリジナル祠を建てまくっているんだから」
「へぇ……」
「ケロちゃんたちが幻想郷の隅から隅まで遊びに行けるように、だって」
意外。
ちょくちょく弾幕ごっこで遊ぶだけで、ここまで厚い信仰を寄せてもらえるなんて。
……いや、私が生まれて間もない頃は、それが当たり前だったんだよね。
神も妖精も人も、みんな分け隔てなく敬いあい、仲良くしていた社会。
それはもう、幻想の中にしか存在しないのね……
※おおっと※
それこそ、今さら愚痴ったって詮無き事。
「ありがたいねぇ、神様冥利に尽きるってもんだわ」
「初めてふたりに会った日なんか、すごくはしゃいでたんだから。強くて面白い神様と友達になったー!って言って」
うわ!
満面ニコニコしながらそういうことを言われると……嬉しいことは嬉しいんだけど……それ以上に照れちゃうな!
「えへ、えへへへ、またまたぁ。まったく大袈裟だねーあいつは!」
「ううん、本当に嬉しかったんだと思う。 あの子が他のひとを褒めるなんて、めったにないことだから」
ほんのちょっとだけ、大妖精ちゃんの笑顔が翳った。
「チルノちゃんって、本当はとっても優しい子なの」
「知ってるよ」
「でも、ちょっと……」
「意地っ張りなところがあるよね、あいつは」
「……うん。他の子とケンカになっちゃうことも、多くて」
友だち、少なそうだよね。
最初の弾幕勝負の時も、なんだか余裕のない目つきをしてたし。
ちょっと撃ち合うだけで、こいつは気持ちが真っ直ぐすぎて逆に危なっかしいタイプなんだと、直感した。
だから……あいつを放っておけなかったんだよなあ、私も神奈子も。
なんか、どこかしら早苗に似ているような気がして……
あ。
早苗?
「あれ、私……?」
「どうしたの」
「いや、なんか、すごーく重要なことを忘れたまま、遊びに出かけちゃってるような気がしたりなんかしちゃったりして」
記憶の中、八意永琳に喰らわせられた厚い弾幕の向こうに、「何か」が見え隠れしている。
腕を組み、頭を捻り、その正体を見極める努力を開始した、まさにその瞬間に。
「おおおっ! そこにいるのはっ!」
どすん。
地面が揺れる。
何の前触れもなく、角の生えた幼女が目の前に落ちてきたのだ。
「あんた、守矢の神様でしょ! 噂通り、かわいい帽子かぶってるねぇ!」
なんだ、こいつ。
「あ、萃香ちゃん」
「おっす大ちゃん! あんたも、相変わらず可憐でキュートだな!」
「まぁ……鬼は正直者ね!」
どうやら、この馴れ馴れしい鬼娘は大妖精ちゃんと知り合いで、名前をスイカと言うらしい。
……ははぁ、なるほど。
これが、伊吹の。
「月をも砕く恐るべき鬼が、私に何の用だい?」
「ん? そっちも私のことを知っていてくれたのか? じゃ、後は言わなくても分かるよね」
彼女が掌を開くと、そこをめがけて、どこからか大量のスペルカードが萃まってきた。
「私、今すっげぇヒマでさぁ。フラフラしていたところに、あんたみたいな強そうな神様を見つけちゃって、さ」
「ほう! よくぞ見つけてくれたもんだ」
だめだ、ニヤニヤ笑いがこみ上げてくるのを禁じえない。
それは相手も同様みたいだけど。
「で、何本勝負?」
「百本! もし体力気力が続くようなら、その後さらに追加で百本!」
「承知!」
今日もいい日だー!
……などと二日連続で浮かれてしまったことを、私は後で死ぬほど後悔することになる。
初めのうちこそ威勢の良かった氷精も、今や虫の息で私の足下に倒れ伏し、埃と涙と傷にまみれた醜い姿を晒している。
「どうしたの? 幻想郷で最強の力をもって、私を倒すはずじゃなかったんですか?」
自分でも驚くほど冷酷な声が、喉から飛び出た。
しかし、別に悪いことだとは思わない。
だって……こいつは『神』を侮り、汚したんだもの。
「あなたは己の頭上に『神』の存在があることを知りながら、不遜にも最強の称号を騙った。最早、救いようがありませんね」
つまり、こいつは明確な敵だ。
敵は討ち滅ぼすまでだ。
私は、今、『神』に代わって破邪顕正の道を示しているのだ。
「あた……い……が……なにを、したって……」
震える腕で必死に上半身を支え、悔しそうな眼で私を見上げる妖精。
……ったく、しつこい。
あれだけ痛めつけたのに、まだ動けるんだ。
知能の低い生き物ほど生命力が強いって言うけど、それは本当みたいね。
「くそ……あたいはカミサマのともだちだぞっ!」
「ふう」
思わず溜め息が出る。
『友達』とは、真に対等な関係性をのみ意味する言葉だろうに。
たかが冷気の歪みごときが、はるか上位の存在を指してそう呼ぶなど、おこがましいにも程がある。
だいたい、誰よりも『神』のことを考え、いつ如何なる時でも『神』の御傍に侍る私だって、そこまで近しい存在になりたいとは思わない。
少しでも理性ある人間なら、そんなこと絶対に思わない。
……思うはずがない。
そうなれる機会なんて、永遠に巡ってはこない。
神聖にして不可触、近くに在りて遠きに想うべし……『神』の本質とは、そういうものだ。
なのに、この度し難い愚か者と来たら。
「ともだち……なのに……どうしてイジワルするんだよう……」
「……いい加減、戯言は慎んでもらいたいものですね」
「ほんとだもん! あたい、ケロちゃんとは何度も遊んで……」
「お黙りなさい」
「カ、カナコだって……あたいのこと、『面白いヤツ』だって言ってくれたもん!」
「黙れと言うのが聞こえないのか!」
「だから、遊びに来たんだ! 一緒に遊びたいだけだ! それのどこがいけないっ!」
妖精は、肉体の痛みに歪む顔をさらにくしゃくしゃにして、吼えた。
体が燃える。
怒りで。
憎悪で。
その炎に煽られた気流が灼熱のとぐろを巻き、目の前の敵の体を宙高く舞い上げる。
「井を涸らし草木枯らして荒ぶ風!」
「っきゃああああああっ!」
溶けろ。
消えうせろ。
「その熱きもて……咎に報いよ!」
全身の肌を灼かれつつ、高度30メートルの高さから、一気に、真っ逆さまに。
妖精は落ち、石畳に激突し、微動だにしなくなった。
穴の開いた風船から空気が漏れるように、小さな体から生命力が抜け落ちて行くのを感じる。
このまま数分も放置すれば、こいつの存在は完全に消滅するだろう。
そうなる前に、死のケガレが周囲に拡散しないよう結界を張り、清浄の儀式を執り行わなければならない。
まったく、面倒をかける……
「チルノッ!」
玉串を振り上げたその時、どこからか甲高い声が響いた。
「な、なんてことをっ!」
まさに突風のごとく、凄まじい勢いで八坂様が私たちのもとへ近づいて来る。
……寝所ではなく、神湖のある方角から。
そうか……結局あそこで、無礼者どもに囲まれたまま一夜を明かしたのですね。
でも、私は何も申しませんよ。
神の成すことに人間が口を挟むなど、恐れ多い。
だから受け入れますとも、全てを。
私はもう、迷いません。
風祝なれば、風祝としての務めにのみ忠実でありましょう。
「これは……あなたがやったのね?」
しばらく私と妖精とを交互に見やった後、八坂様は問われた。
やけに御顔が青白い。
例によって二日酔いだろうか。
おいたわしや。
「はい。私が殺りました」
にっこり笑ってそう答えると、八坂様は大きく目を見開いた。
「どうして?」
「この者は、八坂様と洩矢様の御名を汚しました」
「呼び捨てにしたとか、変な渾名で呼んだとか、そういうこと?」
「ご賢察」
如何ですか、我が『神』よ。
私は、これほどまでに貴女様を想っているのです。
『神』の誇りに付く傷は、どんなに小さなものであろうと取り除かずにはいられないのです。
私はそうやって一生、貴女様に尽くし続けるつもりなのです。
さあ、さあ、我が『神』よ如何に。
その決意を、私はこうして立派に証明してご覧に入れましたよ?
だから、どうか。
私のことを、褒め……
「大莫迦者」
あれ?
八坂様が腕を振り上げる。
次の瞬間、私の頬がひりひりと熱くなった。
「痴愚なりや、東風谷早苗!」
平手で……打った?
八坂様が?
この私を?
どうして?
「見なさい」
八坂様は、胸元に下げたアクセサリーのチェーンを外し、私の鼻先に突きつけた。
「我が霊鏡が照らすは形にあらず、真なり……これは、あなたの魂そのものよ」
製造されてから二千年あまり、その間に一度として曇ったことがないという鏡面には……何も映っていなかった。
いや、違う。
正確に言うなら、一面が真っ黒な闇に閉ざされていて、そこに何かを映じさせるだけの余地が残っていないのだ。
まず慄然に襲われて、それから呆然となった。
ズタボロの体を急いで湖まで運び、とりあえずの応急処置として温泉に浸けてみたところ(もちろん、『湯』を烈しい北風で冷まして『水』に変えた後で)、みるみるうちに傷が塞がっていった。
流石は月の医術!と感心したが、肝心の意識が戻らないのでは、九仞の功も一簣に虧けると言うものだ。
「早苗」
返事が無い。
完全に固まってしまっている。
まったく、本当にショックを受けたのはこっちだって言うのに。
ここまで融通が利かなくて幼い子だとは、思わなかったよ。
「おい早苗! 聞こえないの!」
「は……はいっ!」
チルノを抱きかかえる。
もともと体温の低すぎる体には、もうほとんど精気が残っていない。
助けるためには……大量の冷気を、間断なく充て続けるしかないだろう。
しかも、それは誰にも見られない場所で、ひっそりと行わなければならない。
「今すぐ河童の工場に行き、冷蔵庫を買ってきて頂戴。妖精の体を丸ごと収納ぐらい大きくて、出力にも優れるやつを」
「何故に?」
「文句ある?」
「……いえ」
「ならば早く行け! ただし、人目はなるべく避けるように!」
今にも泣き出しそうな面持ちで、早苗は中腹を目指し駆けて行った。
「ゲコ」
律儀にもここまで付いてきた諏訪子の子分が、所在なさげに鳴く。
どうやら、これから自分はどうすればいいか指示を仰いでいるらしい。
「諏訪子には私から話をしておく。お前は大蝦蟇のところに帰れ」
「ゲッコー」
「このことは内密に頼むよ。いいね?」
何時の世の何処の蛙でも、蛇に睨まれれば震え上がるものと相場は決まっている。
「さて」
私もまた、チルノを抱いて奥の本殿へと急ぐ。
あそこなら、誰の目にも触れさせずに匿えるだろう。
この子に死なれては、色んな意味で困る。
もし、「あの山の神は、ひとの命を何とも思っていない冷酷無惨な奴だ」なんて噂が流れてみろ。
今までこつこつと積み上げてきた友好ムードなんざ、一気に雲散霧消する。
そうなったら、『外の世界』を捨てた私たちの覚悟も無駄に終わってしまう。
こんなつまらないトラブルで、今までの苦労を無駄にしてなるものか。
「早苗の……裏切り者」
噛んだ唇から滲み出す血の味が、不快だ。
途中、何度も何度もキョロキョロ辺りを見渡して、その度に自分とチルノ以外の気配を感じないことに安心する。
ただ、一度だけ、そよ風が運ぶ不吉な音――まるでカメラのシャッターのような――を聞いたような気がしたけど……
壮絶かつ痛快な弾幕合戦で天地を揺るがし、時間を忘れて幻想郷のあちこちを転戦しまくっているうち、だんだん視界が悪くなっていって、ついには完全な夕闇が私たちを包んでしまった。
「あ、もう月が出てるじゃないの」
「や、本当だ。十日月、ってところかな」
「そうだねぇ。なんか、今日の月はいつもよりやけに綺麗に見えるよ」
八十三勝七十九敗。
うむ、なんとか勝ち越せた。
でも、これだけ遊……いやいや修行に励んでも、まだ月人の呪いに勝てる気がしないのは、なんでだろうね。
「そろそろ、帰るの?」
「ごめんね、神には神の仕事ってのがあるのよ」
「うう……残念だなあ」
「いやはや、実に楽しい一日だったよ。ありがとね」
「こらこら、このまま勝ち逃げしっぱなしなんて……許さないよ?」
「分かってるって。また、近いうちに」
再戦を固く約し、それから月明かりだけを頼りに、人間の里の方向へ飛ぶ。
最初に目についた分社に飛び込んで、真っ白な空間を数秒も泳げば、そこはもう山の本殿の中だ。
けれど、電気の通っていないそこは当然のごとく真っ暗なので、まずは手探りで燭台を探す。
何も見えないとは言え、およそ千八百年も住み続けているマイホームだ。
どこに何があるかは、カンだけで分かる……
「あだっ!」
はずだったのに、何かに激突してしまった。
あれ、おかしいな?
こんなところに大きくて角張った家具なんて、置いてあるはずがない。
「おわっ?」
やっと灯りを見つけ、その正体を照らしてみて、私は首をかしげた。
買った覚えの無い巨大冷蔵庫が、部屋の真ん中に鎮座ましましている。
不気味に思いながらも、「河童特許7705号・新開発コキュートスシステムで、八熱の業火もパワフル冷凍!」と書かれたステッカーが貼ってあるドアに、手をかける。
「うおっ!」
息を呑む。
中には、なんと!
裸のチル公が丸めて押し込められていたのだ!
……いやあ、驚きのあまり目玉が火星まで飛んでいくかと思った。
「こりゃいったい……どういうことよ? ねぇチル公! どうしてこんな所で寝てるの? どうしちゃったんだよ、ねぇ! ねえってばぁ!」
いくら体を揺さぶっても、チル公はいつもみたいに元気に応えてはくれない。
精気がほぼ抜け落ちた仮死状態のまま、静かに眠り続けるだけだ。
なんだなんだなんだ?
いったい何が起こったというんだ、この平和な神社に……
不安に突き動かされるまま、表の拝殿を目指す。
そこに、神奈子の気配を感じたからだ。
宴が始まる時間はとっくの昔に過ぎているというのに、境内はやけに静まり返っていて、それがまた私の肝に霜を生やす。
何やら不穏な空気を感じるよなぁ、まったく。
(あ……)
林に紛れてそっと拝殿前の様子を窺ってみれば、焚かれた篝火が照らしている今日の参拝者は十体足らず。
ただし、数は少なくとも顔ぶれはやたらと豪華だ。
まず天魔、次に大天狗、後は天狗組織と河童組織の幹部クラスが数名ずつという強力な布陣。
その威圧感あふれる輪に取り囲まれるようにして、せわしなく口を動かす神奈子と、対照的にだらしなく口を半開きにしたまま立ち呆けている早苗の姿も見えた。
「だから、あれは不可抗力だったわけよ。いきなり襲いかかってきたんだもの、か弱い人間の身としては、そりゃもう、死に物狂いの抵抗をせざるを得なかったりなんかしちゃったわけで……」
身振り手振りを加えながらの、口八丁。
何があったのかは知らないが、あの陰険な神奈子が弁明にあくせく焦っている姿は新鮮かつ滑稽で、私はつい噴き出してしまった。
「あっ! 諏訪子」
風の神は耳ざとい。
私の微かな笑い声は、すぐに気づかれてしまった。
「こんな時に、どこに行ってたのよ!」
「修行だって、言っておいたでしょ」
しかたなく、
「そんなことはどうでもいいから、ほら、あんたもこっちに来て!」
天狗と河童たちの怖い視線が、一斉に私の顔面に突き刺さる。
「ちょ、何? 私、誰かに恨まれるようなことをした覚えはないんだけど……」
「いいから! これ見て!」
神奈子が私に手渡したものは……新聞?
ああ、鴉天狗どもが周りの迷惑をかえりみず幻想郷中にバラ撒いているやつか。
「これがどうかしたの」
「……号外、よ」
「だから、その号外とやらがなんだって……あ?」
第一面を大きく飾る写真を見て、私は絶句した。
「早苗っ!?」
「申し訳ありません洩矢様」
「うそ、でしょ?」
申し訳ありません洩矢様、もうしわけありません、もうしわけ……
疲れ切った声で謝罪を繰り返す早苗は、私の姿を見ていない。
もしかしたら、妖怪も、神奈子も、すでに早苗の視界からは消えかかっているのかもしれない。
感情を失った虚ろな瞳は、ただひたすら夜空を……完全な円形を目指して膨らみつつある月だけを、捉えていた。
(続く)
三代に渡り投稿をなす遅筆、まこと申し訳ない限り……)
このゲンソウキョウという空間の中で、いちばん弱っちくてみじめな種族はなんだろう?
その答えは、もちろん「人間」……って言いたいところだけど。
人間は力が弱い代わりに、頭がいい。
知恵を絞り、策略とかワナとかを張り巡らせて、まともにやりあってもかなわないような妖怪でも、見事に退治してしまう。
ついでに言えば、オトナになると背も高くなる。
生まれた時からずっとコドモと同じくらいの背丈で、それ以上伸びることがない種族にとっては、うらやましい限りだ。
あまつさえ、時々紅白や白黒みたいにやたらパワフルな例外も現れやがるんだもんなあ……
だから、本当にゲンソウキョウ最弱と呼ばれるのにふさわしいのは、全体的にまんべんなく迫力に欠けている種族……つまり「妖精」ということになってしまう。
ちくしょーめ。
だいたい妖精と来たら、どいつもこいつも気合ってものが足りないんだ。
毎日、毎日、狭い行動範囲の中だけで群れて、下らないおしゃべりして、みみっちぃイタズラして、眠くなったら家に帰って寝る。
そしてお日様が昇ったら起きて、また群れて、おしゃべりして以下略。
みーんな、そのダラけた繰り返しに満足しちまっている。
……そのせいで、他のやつらにナメられてばっかり!
自力じゃ空も飛べない人間にすら、恐れてはもらえない!
とにかく行動も正確も単純すぎるんだ、妖精は。
腹黒い妖怪からストレス解消の道具としていじめられたり、人間からイタズラの仕返しをされたりしても、その痛みと悔しさは、次の日になればすっかり忘れてしまう。
それは妖精が持つ生まれながらのサガってやつで、残念ながら自分としても例外ではない。
けれど自分は……あたいは、「しょせん妖精は妖精だな」という目で見られる屈辱だけは、なるべく忘れないように努力している。
もっと強くなろうとか、もっと面白い遊びを探そうとか、もっとスケールのデカいイタズラをしてみようとか、もっと見たこともないような場所に行ってみようとか……
そういう他の妖精どもが考えもしないようなことを、あたいは大昔からボンヤリと望んできた。
で。
スペルカードルールができた頃、その望みはハッキリとした形になって、あたいの胸に宿った。
妖精には妖精の生き方がある?
妖精なら妖精らしく、身の程を知れ?
ふん、みんな何をほざいてんだ。
いつだか会ったエンマに至っては、「そう……あなたは少し迷惑をかけすぎる」だの「力を持ちすぎたことを自覚せよ」だの……
ははん!
聞こえないね、そんな言葉は!
だって、あたいには夢があるんだもの。
何度バカにされたって、何度見下されたって、何度いじわる紅白ミコに退治されたって、あたいは最強(を目指しているん)だから絶対に諦めない。
そして、いつか……ひ弱な妖精だって、がんばり次第では種族の限界を超えられることを、世界中に魅せつけてやるんだ!
最強にキレイなダンマクという形で、ね!
東の彼方からのっそりと顔を覗かせた太陽が、諏訪子と神奈子の顔を強く照らす。
「あー……うー……」
「んん……」
温泉にぷかぷか浮いたまま眠りこけていた二柱だったが、こう眩しくては流石に瞼を開かざるを得ない。
「おはよ、神奈子」
「おはようさん、諏訪子」
片や、敗北の苦い記憶に顔をしかめながら。
片や、ささやかながらも贅沢な宴会の余韻をかみ締めながら。
目覚めの挨拶を交わしあう。
「意識を失うまで呑むなんて……久しぶりだよ」
「ああ、本当に……よく呑んだ」
片や、いくら挑んでも勝てなかった悔しさによるヤケ酒。
片や、己が他の有力者たちから無視できぬ存在にまで成り上がったことを確認しての、勝利の美酒。
口にする言葉は似ていても、その意味合いは正反対だ。
咲夜が手品のように次々と差し出すワイン瓶を、彼女たちはことごとく空にした。
吸血鬼やら不死人やら亡霊やらと肩を寄せ合い、そりゃもう怪我をすれば血の代わりにワインが噴き出すのではないかという勢いで呑みまくった。
おかげで諏訪子は二日酔い、神奈子に至っては三日酔いの憂き目を見ている。
「今日は……なんか予定あったっけ」
「例によって、夕方から天狗相手の宴会があるわよ」
「そう」
「ま、天狗以外にもいろいろ来るだろうけど」
「呼んでもいない妖怪どもが、わんさ!とね」
諏訪子は傍に浮かんでいた帽子を掴むと、ぐっしょり濡れた服をひきずりながら陸に上がった。
魔力で沸かした湯も、今や大分ぬるくなっている。
一帯をあれだけ騒がした連中は、もう誰ひとりとして残っていない。
そこら辺に転がっていた空き瓶も、きれいさっぱり消え失せている。
きっと、頼もしいメイドが手品を使って片付けてくれたのだろう。
涼しく寂しい朝風を身に浴びて、諏訪子は震える。
「さ、さーむーいー……」
「服を着たまま入浴するなんて、あんたの横着も相当のものね」
「人目をはばからず素っ裸になる痴女に言われたくはないなぁ」
「ふん、肌には自信がある、から……は、は、はっくしょん!」
「はっくしょん!」
くしゃみのタイミングが重なり、互いに苦笑する。
「ドライヤー、いる?」
「お願い」
「ちょい待ち。私も今、上がるから」
熱風の渦が、諏訪子と神奈子の足元から湧き上がる。
二柱の身を覆っていた水気は、ものの五分も経たないうちに全て吹き飛ばされ、蒸散した。
「ふー……ありがと、さっぱりしたわぁ」
「どういたしまして。で、今日はどうするの?」
「出かける。今すぐ」
「武者修行?」
心の内を見透かした笑顔を浮かべる神奈子。
諏訪子は口を「へ」の字に曲げた。
「その辺りの強そうな妖怪に弾幕勝負をふっかけて周るわけ? ご苦労さんねぇ」
「私は、私より強いやつに会いに行く! そして、どんな弾幕をも見切る動体視力を手に入れるのよ!」
「単細胞」
「悪いか!」
「べっつにー」
「ニヤニヤしやがって。何がそんなに面白いんだよー!」
「だって。諏訪子があんなに悔しがる顔を見るのって、久しぶりだったんだもの」
「む……どこまでもいけ好かない女だよ、あんたは」
諏訪子は舌打ちする。
「そんなに悔しかった?」
「悔しいに決まってるじゃない。だいたい……」
口から「人間ごときに負けたままじゃ」という言葉が飛び出しそうになって、諏訪子は慌てて別の言い方を模索する。
人間は……いや、この世に生きるどんな種族であれ、「ごとき」呼ばわりされて顔をしかめぬ者はいない。
大和というクニおよび大和の神々が衰退していったのは、それを忘れたせいだ。
「……得意種目で遅れをとったままじゃ、神の名が廃るってもんよ」
「朝っぱらからアグレッシヴねぇ。かつての引きこもり時代が嘘みたいだわ」
「昔は昔、今は今! つーか、誰のせいで引きこもってたんだっけな?」
「ま、まあ理由はどうあれ、本気で打ち込める趣味ができたのはいいことだわ」
「そういうこと! もしかしたら、宴会の時間にはちょっと遅れるかもしれないから!」
それだけ言い残して、諏訪子は一目散、神社とは反対の方向に飛んでいった。
「……朝ごはんぐらい食べていけばいいのに。せっかちねぇ」
神奈子は嬉しそうに、ひとりごちた。
諏訪子が活発さを取り戻してくれたことに、深い安堵を覚えていた。
一方で。
とても大事なヒトの存在を忘れていることには、まだ気づいていない。
今日はすごくいい天気だから、ケロちゃんとカナコのお家に遊びに行くことにした。
いや、例え悪い天気だったとしても、せっかく固めた「行こう!」という決意が変わることはなかったと思うけど。
雨や風に負けるほどヤワじゃないのだ、あたいは。
それに昨日の夜、厳しい特訓が実って新しいスペカが完成したのであれば、なおさらだ。
この『マイナスK』の威力を見たら、あいつら、どんだけ驚くかしらね……ふふふふ。
『いいよ、あんたの気の済むまで、とことん付き合ってあげようじゃないの!』
ケロちゃんに挑む興奮が、蘇る。
『あっはっは! 面白い奴だね、あんた! よーし、その意気で生意気蛙をカチコチに凍らせちまいな! 私が許す!』
楽しそうに応援していたカナコの顔を、思い出す。
あたいが妖精だからってバカにせず、真正面からあたいのダンマクと向き合ってくれたのは、あのふたりが初めてだった。
あたいの生き方は間違ってないと、励ましてもらったような気がした。
早く会って新ダンマクを見せたい。
そうそう、あたいが住む湖の他にも、色んなところにホラコを作ってあげたことも報告しなくちゃ。
人通りのある場所には大抵、すでに他の誰かが作った古臭いやつが置いてあったので、あたいはあえて、ヘンピなところを周ることにした。
カナコには『友だち総動員で作る!』なんて言っちゃったけど、実際はみんな面倒くさがって協力してくれず、結局ほとんど全ての作業をあたいオンリーでやらざるを得なかったんだけど……
まあ、あたいの芸術的センスを心おきなく爆発させることができたんで、結果オーライね!
このことを教えてあげたら、ふたりともきっと喜ぶぞぉ!
期待に心臓をドキドキさせながら、妖怪の山に向かう。
でも、今日はひとりぼっちで出かけるわけじゃない。
前にケロちゃんがくれた、このブサイクなカエルがお供だ。
ケロちゃんいわく、このカエルは「トモダチのシルシ」なんだって。
これを持っていないと、ケロちゃんとカナコのお家にたどり着く前に天狗が襲ってきて……ピチューン!するらしい。
あたいは最強だから、ててて天狗なんて全然、こ、こ、怖くはないんだけど、まあせっかくのプレゼントだし、貰ってやることにした。
「こっちでいいの?」
「ゲコー」
ひたすら、カエルの舌が指し示す方向へ向かう。
林を越え、谷を越え、滝を越え、ぐんぐん山を登っていく。
にっくき大ガマの生息地よりも高いところまで飛ぶなんて、はじめてだ。
「寒くない?」
「ゲコ……」
あたいの体から染み出る冷気に耐えながら道案内してくれる健気さに、うっかり目頭が熱くなった。
カエルって、けっこー気の良い生き物なのね。
これからはあまり凍らせないようにしよう。
やるにしても、せいぜい3日に1匹ぐらいにしておこう。
あたいってば寛大ね!
「そろそろ飛ぶのにも疲れてきたなぁ。まだ着かないの?」
「ゲコゲコゲー」
「え、あそこなの?」
山の頂上近くになってから、見えてきたものがある。
ええと……トリイ、って言うんだっけか?
ほら、あのムカつく紅白ミコのジンジャに建っているやつ。
「ここをくぐって行けばいいわけ?」
カエルはうなづいた。
迷わずトリイの下を通る。
それからしばらく進むと、レイムの住み処にそっくりな建物が見えてきた。
しかも、ひとつだけじゃない。
おっきいのやら、ちっちゃいのやら、いっぱいある。
「むむむ、どこに行けば会えるんだろ……あ」
特にミニサイズな家の中から、なんだか顔色の不健康な人間が出てきた。
(ミコ?)
着ている服も、雰囲気も、そこはかとなく紅白に似ているから、そう思った。
つーか確信した。
あいつはミコで、ここはジンジャだ!
……うーん、マジでこんなところにカミサマが住んでるんだろうか。
ジンジャのミコといったら幻想郷でいちばん凶暴かつ邪悪な人間じゃないか。
ハレハレでユカイなカミサマが、そんなヤツと一緒に生活している姿なんて、あたいには想像もつかない。
でもまあ、見かけたからには無視するわけにもいかないだろう。
「おいっ! そこの人間!」
『虎穴に入らZUNは酔っ払い』というコトワザに従い、とりあえず近づいてみる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
いかにも「なに、このフシンシャは?」と言わんばかりの、ダークでブルーな感じの視線が返ってきた。
そのまま、何も言わずにこっちをじっと見つめている。
つーか、睨んでいる。
うわー……めっちゃ感じ悪いわぁ。
「な、なんだよ! 黙ってないで言うべきことを言いなよ!」
「言うべきこと、とは?」
「例えば、おはよーございまーす!とか、ご用はなんでしょうか?とか、普通はそういうことを……」
「どうせ、お酒目当てなんでしょ? でも、宴会は夕方にならないと始まりませんよ」
うわ、すっげーブッキラな口調!
しかも言葉の意味が丸っきり訳わかんないし、なんか敵意むき出しだし!
山の下だろうと上だろうと、やっぱミコってのは最低最悪の人種ね!
「あのさ、ケロちゃんとカナコってここに居るんだよね?」
連れてきたカエルを掲げる。
カエルはあたいの手を離れてミコの肩に飛び乗り、その耳元で「ゲコゲコ」と小さく鳴いた。
相手は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに元のブッチョー面に戻った。
「前者の名に聞き覚えはありません。また、後者と同じ名を持つ神なら確かにおわしますが、その方はあなたが呼び捨てにできるような存在ではありません。つまり、あなたの探し求める者と我が神社は全く繋がりがないと思われます」
やっぱり意味不明なことを吐きやがる。
あーあ、あたいまでダークでブルーな気分になってきたよー……
くそー、なんなんだこの青白は!
問答無用でダンマクを撃ってくる紅白の方が、まだ相手にしていて気持ちいいってもんだ……ん?
ダンマク?
あー、そうだ!
「ねぇ人間」
「お帰りなら、あちらですよ」
「違うっ! あたいが聞きたいのは、あんたはスペルカードルールを知っているかどうかってことよ」
「一応は」
「空、飛べる?」
「まあ」
「ダンマク、撃てる?」
「やろうと思えば」
「じゃあ話は簡単ね! あたいが勝ったら、そのムカつく態度を改めて、知ってることを洗いざらい話してもらうよ!」
「嫌です」
「は?」
「どうして、そんな面倒な遊びに付き合わなくてはならないのですか?」
「面倒……?」
「そちらの言ってることは、さっきから支離滅裂で全く意味が通りません」
「なっ、何をー!」
自分のことを棚にあげて、よくもまあ!
「それに今は、とてもじゃないけど妖精ごときの相手をする気分になれないの。放っておいてくれます?」
お。
言ったね。
妖精「ごとき」って……って、言ってくれたね!
このあたいに対してそういうナメきった態度をとったってだけでもうケンカを売っているのも同然だよアタマきた面白い買ってやろうじゃないの!
あたいは黙って自分の身長の五倍ぐらいの高さまで飛び、心に積もったイライラを一本の太いツララに変えて、降らせた。
「きゃっ!」
やった、怖がってる怖がってる!
それ、もう一本!
「や、やめなさい!」
石を敷き詰めて作った道が砕け、大きな穴が開く。
もちろん人間の体には直撃しないように、わざと狙いは外してやったんだけど、それでも相手の慌てぶりを見るだけで気が晴れる。
ざまーみろ、最強のあたいを怒らせるからこういう目に遭うんだよ!
「ほらほら、早くカミサマの居場所を言わないと、あんたの可愛い顔にもぶっつけちゃうよ?」
「本当に……八坂様の知り合いだって言うの?」
「そんなやつは知らない! カナコとケロちゃんを出せ!」
「だから、そのケロちゃんってのは誰よ!」
「カエルの親分だよ!」
「……まさか、洩矢様のこと?」
「モリヤ? んー、モリヤモリヤ……どっかで聞いたような……」
「恐れ多くも、洩矢諏訪子様にそのようなふざけた仇名をつけた、と?」
「モリヤ……スワコ! おー、そうだ、ケロちゃんの本当の名前は、確かそんな感じ……」
星の形をしたダンマクが、唐突にこちらへ飛んできた。
あたいが最強にすばしっこくなかったら、きっと当たっていただろう。
「のわっ!」
「くっ。チビだけあって、狙いがつけにくい……」
「ちょっとあんた! いきなり危ないじゃないの!」
「先に撃ったのは、そっちでしょ!」
「あんたが素直なら、撃たなかった!」
「正当防衛よ!」
私と同じ目線まで、ふわりとミコは浮き上がってきた。
「へへ、ようやくやる気になってくれたみたいね」
「境内での狼藉、さらに神の御名の冒涜……あなたの罪は、万死に値します」
「相変わらず言ってる意味は分からないけど、とにかく勝てばカングン! カクゴしてもらうよ!」
「覚悟? ふふ……」
ずっと不機嫌だった人間は、その時はじめて笑った。
「それは私が問うべきこと。覚悟はできているのか、小さき魂よ」
「あん?」
「この世から消えて無くなることを承知の上で、私に挑むのかと聞いている」
「も……もちろんよ! ゲンソウキョウ最強のパワーを、じっくり味わいな!」
タンカを切ったら、
「ふっ」
相手の目がすごく汚い色で輝き出した。
……なんか、すっげぇヤな予感……
霧の湖の大妖精ちゃん(本名不明)いわく、チル公はついさっき出かけてしまったらしい。
残念!
こんなことなら、二日酔い覚ましの散歩がてらにゆっくり山を降りたりせず、湖のほとりにある分社まで一気にワープしてしまえばよかった。
ちなみに、ここの分社はもともと山の天狗が建てた古式ゆかしいものだったんだけど、神奈子に増築を頼まれたチル公が張り切ってくれたせいか、今や見るも無惨に……もとい、より前衛的な姿に進化していた。
たぶん、25世紀の犬小屋ってのはこんな感じなんじゃなかろうか。
しかしまあ、私は派手好きの神奈子と違って機能主義者だから、見た目がどうあろうとワープさえできれば結構なんだけどね。
要はハートよハート。
そこに、私たちへの親愛の情さえ篭められていれば……って、今はそんなことを言っている場合ではない。
「どこに行ったかは分からないの?」
「んー……チルノちゃんは気まぐれな子だから」
ごめんね、と言って大妖精ちゃんは頭を下げた。
私はブンブンと首を振る。
「いやいや、アポなしで突撃訪問した私が悪いんだ」
そうは言ったものの、やっぱり残念なものは残念である。
適度に手を抜く接待天狗や、力の差を直感で悟って逃げ出す三下妖怪なんかとは違い、あいつは常に全力でかかってきてくれる。
しかも、この辺の妖精の中じゃいちばん凄い弾幕の持ち主だ。
最初の修行相手としては格好だと思ったんだけどなぁ。
……ま、嘆いても始まらないか。
「ケロちゃんが来るってあらかじめ知ってれば、行儀良く待ってたと思うんだけどね」
「ははは、どうだかねぇ。私、あいつと知り合ってまだ日も浅いし……」
「チルノちゃんはね、あなたのことが大好きなの」
「は?」
「もちろん神奈子ちゃんのことも、よ。最近なんて、ここの祠を改造するだけじゃ飽き足らず、色んなところにオリジナル祠を建てまくっているんだから」
「へぇ……」
「ケロちゃんたちが幻想郷の隅から隅まで遊びに行けるように、だって」
意外。
ちょくちょく弾幕ごっこで遊ぶだけで、ここまで厚い信仰を寄せてもらえるなんて。
……いや、私が生まれて間もない頃は、それが当たり前だったんだよね。
神も妖精も人も、みんな分け隔てなく敬いあい、仲良くしていた社会。
それはもう、幻想の中にしか存在しないのね……
※おおっと※
それこそ、今さら愚痴ったって詮無き事。
「ありがたいねぇ、神様冥利に尽きるってもんだわ」
「初めてふたりに会った日なんか、すごくはしゃいでたんだから。強くて面白い神様と友達になったー!って言って」
うわ!
満面ニコニコしながらそういうことを言われると……嬉しいことは嬉しいんだけど……それ以上に照れちゃうな!
「えへ、えへへへ、またまたぁ。まったく大袈裟だねーあいつは!」
「ううん、本当に嬉しかったんだと思う。 あの子が他のひとを褒めるなんて、めったにないことだから」
ほんのちょっとだけ、大妖精ちゃんの笑顔が翳った。
「チルノちゃんって、本当はとっても優しい子なの」
「知ってるよ」
「でも、ちょっと……」
「意地っ張りなところがあるよね、あいつは」
「……うん。他の子とケンカになっちゃうことも、多くて」
友だち、少なそうだよね。
最初の弾幕勝負の時も、なんだか余裕のない目つきをしてたし。
ちょっと撃ち合うだけで、こいつは気持ちが真っ直ぐすぎて逆に危なっかしいタイプなんだと、直感した。
だから……あいつを放っておけなかったんだよなあ、私も神奈子も。
なんか、どこかしら早苗に似ているような気がして……
あ。
早苗?
「あれ、私……?」
「どうしたの」
「いや、なんか、すごーく重要なことを忘れたまま、遊びに出かけちゃってるような気がしたりなんかしちゃったりして」
記憶の中、八意永琳に喰らわせられた厚い弾幕の向こうに、「何か」が見え隠れしている。
腕を組み、頭を捻り、その正体を見極める努力を開始した、まさにその瞬間に。
「おおおっ! そこにいるのはっ!」
どすん。
地面が揺れる。
何の前触れもなく、角の生えた幼女が目の前に落ちてきたのだ。
「あんた、守矢の神様でしょ! 噂通り、かわいい帽子かぶってるねぇ!」
なんだ、こいつ。
「あ、萃香ちゃん」
「おっす大ちゃん! あんたも、相変わらず可憐でキュートだな!」
「まぁ……鬼は正直者ね!」
どうやら、この馴れ馴れしい鬼娘は大妖精ちゃんと知り合いで、名前をスイカと言うらしい。
……ははぁ、なるほど。
これが、伊吹の。
「月をも砕く恐るべき鬼が、私に何の用だい?」
「ん? そっちも私のことを知っていてくれたのか? じゃ、後は言わなくても分かるよね」
彼女が掌を開くと、そこをめがけて、どこからか大量のスペルカードが萃まってきた。
「私、今すっげぇヒマでさぁ。フラフラしていたところに、あんたみたいな強そうな神様を見つけちゃって、さ」
「ほう! よくぞ見つけてくれたもんだ」
だめだ、ニヤニヤ笑いがこみ上げてくるのを禁じえない。
それは相手も同様みたいだけど。
「で、何本勝負?」
「百本! もし体力気力が続くようなら、その後さらに追加で百本!」
「承知!」
今日もいい日だー!
……などと二日連続で浮かれてしまったことを、私は後で死ぬほど後悔することになる。
初めのうちこそ威勢の良かった氷精も、今や虫の息で私の足下に倒れ伏し、埃と涙と傷にまみれた醜い姿を晒している。
「どうしたの? 幻想郷で最強の力をもって、私を倒すはずじゃなかったんですか?」
自分でも驚くほど冷酷な声が、喉から飛び出た。
しかし、別に悪いことだとは思わない。
だって……こいつは『神』を侮り、汚したんだもの。
「あなたは己の頭上に『神』の存在があることを知りながら、不遜にも最強の称号を騙った。最早、救いようがありませんね」
つまり、こいつは明確な敵だ。
敵は討ち滅ぼすまでだ。
私は、今、『神』に代わって破邪顕正の道を示しているのだ。
「あた……い……が……なにを、したって……」
震える腕で必死に上半身を支え、悔しそうな眼で私を見上げる妖精。
……ったく、しつこい。
あれだけ痛めつけたのに、まだ動けるんだ。
知能の低い生き物ほど生命力が強いって言うけど、それは本当みたいね。
「くそ……あたいはカミサマのともだちだぞっ!」
「ふう」
思わず溜め息が出る。
『友達』とは、真に対等な関係性をのみ意味する言葉だろうに。
たかが冷気の歪みごときが、はるか上位の存在を指してそう呼ぶなど、おこがましいにも程がある。
だいたい、誰よりも『神』のことを考え、いつ如何なる時でも『神』の御傍に侍る私だって、そこまで近しい存在になりたいとは思わない。
少しでも理性ある人間なら、そんなこと絶対に思わない。
……思うはずがない。
そうなれる機会なんて、永遠に巡ってはこない。
神聖にして不可触、近くに在りて遠きに想うべし……『神』の本質とは、そういうものだ。
なのに、この度し難い愚か者と来たら。
「ともだち……なのに……どうしてイジワルするんだよう……」
「……いい加減、戯言は慎んでもらいたいものですね」
「ほんとだもん! あたい、ケロちゃんとは何度も遊んで……」
「お黙りなさい」
「カ、カナコだって……あたいのこと、『面白いヤツ』だって言ってくれたもん!」
「黙れと言うのが聞こえないのか!」
「だから、遊びに来たんだ! 一緒に遊びたいだけだ! それのどこがいけないっ!」
妖精は、肉体の痛みに歪む顔をさらにくしゃくしゃにして、吼えた。
体が燃える。
怒りで。
憎悪で。
その炎に煽られた気流が灼熱のとぐろを巻き、目の前の敵の体を宙高く舞い上げる。
「井を涸らし草木枯らして荒ぶ風!」
「っきゃああああああっ!」
溶けろ。
消えうせろ。
「その熱きもて……咎に報いよ!」
全身の肌を灼かれつつ、高度30メートルの高さから、一気に、真っ逆さまに。
妖精は落ち、石畳に激突し、微動だにしなくなった。
穴の開いた風船から空気が漏れるように、小さな体から生命力が抜け落ちて行くのを感じる。
このまま数分も放置すれば、こいつの存在は完全に消滅するだろう。
そうなる前に、死のケガレが周囲に拡散しないよう結界を張り、清浄の儀式を執り行わなければならない。
まったく、面倒をかける……
「チルノッ!」
玉串を振り上げたその時、どこからか甲高い声が響いた。
「な、なんてことをっ!」
まさに突風のごとく、凄まじい勢いで八坂様が私たちのもとへ近づいて来る。
……寝所ではなく、神湖のある方角から。
そうか……結局あそこで、無礼者どもに囲まれたまま一夜を明かしたのですね。
でも、私は何も申しませんよ。
神の成すことに人間が口を挟むなど、恐れ多い。
だから受け入れますとも、全てを。
私はもう、迷いません。
風祝なれば、風祝としての務めにのみ忠実でありましょう。
「これは……あなたがやったのね?」
しばらく私と妖精とを交互に見やった後、八坂様は問われた。
やけに御顔が青白い。
例によって二日酔いだろうか。
おいたわしや。
「はい。私が殺りました」
にっこり笑ってそう答えると、八坂様は大きく目を見開いた。
「どうして?」
「この者は、八坂様と洩矢様の御名を汚しました」
「呼び捨てにしたとか、変な渾名で呼んだとか、そういうこと?」
「ご賢察」
如何ですか、我が『神』よ。
私は、これほどまでに貴女様を想っているのです。
『神』の誇りに付く傷は、どんなに小さなものであろうと取り除かずにはいられないのです。
私はそうやって一生、貴女様に尽くし続けるつもりなのです。
さあ、さあ、我が『神』よ如何に。
その決意を、私はこうして立派に証明してご覧に入れましたよ?
だから、どうか。
私のことを、褒め……
「大莫迦者」
あれ?
八坂様が腕を振り上げる。
次の瞬間、私の頬がひりひりと熱くなった。
「痴愚なりや、東風谷早苗!」
平手で……打った?
八坂様が?
この私を?
どうして?
「見なさい」
八坂様は、胸元に下げたアクセサリーのチェーンを外し、私の鼻先に突きつけた。
「我が霊鏡が照らすは形にあらず、真なり……これは、あなたの魂そのものよ」
製造されてから二千年あまり、その間に一度として曇ったことがないという鏡面には……何も映っていなかった。
いや、違う。
正確に言うなら、一面が真っ黒な闇に閉ざされていて、そこに何かを映じさせるだけの余地が残っていないのだ。
まず慄然に襲われて、それから呆然となった。
ズタボロの体を急いで湖まで運び、とりあえずの応急処置として温泉に浸けてみたところ(もちろん、『湯』を烈しい北風で冷まして『水』に変えた後で)、みるみるうちに傷が塞がっていった。
流石は月の医術!と感心したが、肝心の意識が戻らないのでは、九仞の功も一簣に虧けると言うものだ。
「早苗」
返事が無い。
完全に固まってしまっている。
まったく、本当にショックを受けたのはこっちだって言うのに。
ここまで融通が利かなくて幼い子だとは、思わなかったよ。
「おい早苗! 聞こえないの!」
「は……はいっ!」
チルノを抱きかかえる。
もともと体温の低すぎる体には、もうほとんど精気が残っていない。
助けるためには……大量の冷気を、間断なく充て続けるしかないだろう。
しかも、それは誰にも見られない場所で、ひっそりと行わなければならない。
「今すぐ河童の工場に行き、冷蔵庫を買ってきて頂戴。妖精の体を丸ごと収納ぐらい大きくて、出力にも優れるやつを」
「何故に?」
「文句ある?」
「……いえ」
「ならば早く行け! ただし、人目はなるべく避けるように!」
今にも泣き出しそうな面持ちで、早苗は中腹を目指し駆けて行った。
「ゲコ」
律儀にもここまで付いてきた諏訪子の子分が、所在なさげに鳴く。
どうやら、これから自分はどうすればいいか指示を仰いでいるらしい。
「諏訪子には私から話をしておく。お前は大蝦蟇のところに帰れ」
「ゲッコー」
「このことは内密に頼むよ。いいね?」
何時の世の何処の蛙でも、蛇に睨まれれば震え上がるものと相場は決まっている。
「さて」
私もまた、チルノを抱いて奥の本殿へと急ぐ。
あそこなら、誰の目にも触れさせずに匿えるだろう。
この子に死なれては、色んな意味で困る。
もし、「あの山の神は、ひとの命を何とも思っていない冷酷無惨な奴だ」なんて噂が流れてみろ。
今までこつこつと積み上げてきた友好ムードなんざ、一気に雲散霧消する。
そうなったら、『外の世界』を捨てた私たちの覚悟も無駄に終わってしまう。
こんなつまらないトラブルで、今までの苦労を無駄にしてなるものか。
「早苗の……裏切り者」
噛んだ唇から滲み出す血の味が、不快だ。
途中、何度も何度もキョロキョロ辺りを見渡して、その度に自分とチルノ以外の気配を感じないことに安心する。
ただ、一度だけ、そよ風が運ぶ不吉な音――まるでカメラのシャッターのような――を聞いたような気がしたけど……
壮絶かつ痛快な弾幕合戦で天地を揺るがし、時間を忘れて幻想郷のあちこちを転戦しまくっているうち、だんだん視界が悪くなっていって、ついには完全な夕闇が私たちを包んでしまった。
「あ、もう月が出てるじゃないの」
「や、本当だ。十日月、ってところかな」
「そうだねぇ。なんか、今日の月はいつもよりやけに綺麗に見えるよ」
八十三勝七十九敗。
うむ、なんとか勝ち越せた。
でも、これだけ遊……いやいや修行に励んでも、まだ月人の呪いに勝てる気がしないのは、なんでだろうね。
「そろそろ、帰るの?」
「ごめんね、神には神の仕事ってのがあるのよ」
「うう……残念だなあ」
「いやはや、実に楽しい一日だったよ。ありがとね」
「こらこら、このまま勝ち逃げしっぱなしなんて……許さないよ?」
「分かってるって。また、近いうちに」
再戦を固く約し、それから月明かりだけを頼りに、人間の里の方向へ飛ぶ。
最初に目についた分社に飛び込んで、真っ白な空間を数秒も泳げば、そこはもう山の本殿の中だ。
けれど、電気の通っていないそこは当然のごとく真っ暗なので、まずは手探りで燭台を探す。
何も見えないとは言え、およそ千八百年も住み続けているマイホームだ。
どこに何があるかは、カンだけで分かる……
「あだっ!」
はずだったのに、何かに激突してしまった。
あれ、おかしいな?
こんなところに大きくて角張った家具なんて、置いてあるはずがない。
「おわっ?」
やっと灯りを見つけ、その正体を照らしてみて、私は首をかしげた。
買った覚えの無い巨大冷蔵庫が、部屋の真ん中に鎮座ましましている。
不気味に思いながらも、「河童特許7705号・新開発コキュートスシステムで、八熱の業火もパワフル冷凍!」と書かれたステッカーが貼ってあるドアに、手をかける。
「うおっ!」
息を呑む。
中には、なんと!
裸のチル公が丸めて押し込められていたのだ!
……いやあ、驚きのあまり目玉が火星まで飛んでいくかと思った。
「こりゃいったい……どういうことよ? ねぇチル公! どうしてこんな所で寝てるの? どうしちゃったんだよ、ねぇ! ねえってばぁ!」
いくら体を揺さぶっても、チル公はいつもみたいに元気に応えてはくれない。
精気がほぼ抜け落ちた仮死状態のまま、静かに眠り続けるだけだ。
なんだなんだなんだ?
いったい何が起こったというんだ、この平和な神社に……
不安に突き動かされるまま、表の拝殿を目指す。
そこに、神奈子の気配を感じたからだ。
宴が始まる時間はとっくの昔に過ぎているというのに、境内はやけに静まり返っていて、それがまた私の肝に霜を生やす。
何やら不穏な空気を感じるよなぁ、まったく。
(あ……)
林に紛れてそっと拝殿前の様子を窺ってみれば、焚かれた篝火が照らしている今日の参拝者は十体足らず。
ただし、数は少なくとも顔ぶれはやたらと豪華だ。
まず天魔、次に大天狗、後は天狗組織と河童組織の幹部クラスが数名ずつという強力な布陣。
その威圧感あふれる輪に取り囲まれるようにして、せわしなく口を動かす神奈子と、対照的にだらしなく口を半開きにしたまま立ち呆けている早苗の姿も見えた。
「だから、あれは不可抗力だったわけよ。いきなり襲いかかってきたんだもの、か弱い人間の身としては、そりゃもう、死に物狂いの抵抗をせざるを得なかったりなんかしちゃったわけで……」
身振り手振りを加えながらの、口八丁。
何があったのかは知らないが、あの陰険な神奈子が弁明にあくせく焦っている姿は新鮮かつ滑稽で、私はつい噴き出してしまった。
「あっ! 諏訪子」
風の神は耳ざとい。
私の微かな笑い声は、すぐに気づかれてしまった。
「こんな時に、どこに行ってたのよ!」
「修行だって、言っておいたでしょ」
しかたなく、
「そんなことはどうでもいいから、ほら、あんたもこっちに来て!」
天狗と河童たちの怖い視線が、一斉に私の顔面に突き刺さる。
「ちょ、何? 私、誰かに恨まれるようなことをした覚えはないんだけど……」
「いいから! これ見て!」
神奈子が私に手渡したものは……新聞?
ああ、鴉天狗どもが周りの迷惑をかえりみず幻想郷中にバラ撒いているやつか。
「これがどうかしたの」
「……号外、よ」
「だから、その号外とやらがなんだって……あ?」
第一面を大きく飾る写真を見て、私は絶句した。
「早苗っ!?」
「申し訳ありません洩矢様」
「うそ、でしょ?」
申し訳ありません洩矢様、もうしわけありません、もうしわけ……
疲れ切った声で謝罪を繰り返す早苗は、私の姿を見ていない。
もしかしたら、妖怪も、神奈子も、すでに早苗の視界からは消えかかっているのかもしれない。
感情を失った虚ろな瞳は、ただひたすら夜空を……完全な円形を目指して膨らみつつある月だけを、捉えていた。
(続く)
貴方は本当に素晴らしい話が思い付くんですね。
凄いです。今後も頑張って下さい。
本当に大団円を
あやー、毎回楽しませていただいてありがとうごぜーますだ。
ここまでモヤモヤする流れでしたからね、最後はそれを吹き飛ばすような結末を迎えたいなあ。
諏訪子様に期待だぁ!!
纏めてから投稿してほしかった。
もうちょっと長引いても個人的にはオッケー
長く続いているけれど飽きないです。
終わるのが残念なくらいに。
これはケロちゃんのかわいさの裏で早苗の精神が崩壊していく様を
描いたものですか?