※所々に微かなグロあり。一応注意。それとオリキャラも含まれてますんで重ねてご注意を。
ここは地球から遠く離れた月。徒歩ではとても近づけない不可侵の領域。
私を含む月の兎達が、営んでいるところ。
いつからだったか。地球に住む人間達が空飛ぶ船を作って、月へ攻め入ってきた。
それは侵略戦争。相手の領土を奪うことを目的とした作戦。
軍人である父から、地球の人間がどんな者であるかよく聞かされた。
平和を壊した者達。下劣な地球の民。地を這うべき下等な生物。
父がこの話をするときは決まって、酷く興奮していた。
しきりに私を抱きしめてくれたりもした。
私と母と、この月を守ってやると意気込んでいた。
それから何ヶ月か。私が成人した頃、父は戦線で亡くなってしまった。地球の軍隊の銃に撃たれたと、母が涙を流しながら言った。
月の軍隊もとい自衛隊のお陰で、私達市民が住んでいるところへ地球の軍隊が現れることは少なかった。
学校では生徒達が避難訓練を習いながらも、授業はいつも通り続いていた。
ただ、兵器を製造する仕事や戦争に関係するものを生業にする者が急増した。
母も前線の病院を任されているために忙しいのか、家へ帰ってくることは殆ど無かった。
この頃に私は学校を退学し、軍隊へ入ることを決意した。
殺された父の仇を討つため。母が戦争で苦しんでいるのを、別の形で手伝えないかと思って。
そして月を守るため。月の友達や自分の家を守るために。
訓練が始まると、まず地球軍がどんな者であるかを上官から教えられた。
劣悪な地球の人間。同志を痛めつける敵軍に仕返しを。残酷な奴らを追い出すんだと。
これらは上官から教わった言葉。
我ら月の軍は地球の兵器と比べて高性能。されど、人口の違いか向こうは大軍であった。
戦況は向こう側が有利らしく、日に日に月の軍隊、同志達は倒れていく。
しかし私達月の者こそが正義。彼らに鉄槌を下す者達であると。
そしてこれは、上官の叱咤激励。
上官の言葉は絶対。真実。真理。上官が黒と言えばそれが白でも黒である。
新入りの私は同じく新入りの兎達と集団で寮に住み込み、過酷な訓練を受けるのだ。
私を含む一師団の皆は上官の言葉を信じ、頭で反芻して地球軍に対する憎悪を燃やしていた。
同じ師団の中で、一人仲良くなった月の兎ができた。
彼女の名前はカチカ。亜麻色のポニーテールが可愛らしげな少女。年は私と変わらないほど。
「あなた、レイセンって言うの? 中々可愛い名前じゃない」
「ありがとう。よろしくね、カチカ」
なんでも彼女の父は金属を鋳造する会社で働いているらしく、毎日装甲車の材料を作ることに追われているらしい。
彼女の母は前線の兵士だったそうだ。彼女の母は地球軍と戦い、そして戦死したそうな。
私と境遇の似たカチカとは、すぐに意気投合した。
毎日のニュースはとても物騒なものばかりであった。
防衛軍が押されて地球軍が侵略し、街が爆撃された。
撃墜王ばかりを集めた航空部隊が半壊状態に。
行方不明者の案内。
反戦を掲げて、国家に反逆する運動の報道。それにより、何十人の市民が怪我をした。
などなど、平和的なニュースは無いに等しかった。
大衆向けの音楽番組では、有名歌手が戦争反対の意を込めた歌を歌うほど。
何から何まで、戦争一色だった。
訓練が始まって二ヶ月。
私とカチカを含む十数人が一個部隊として集められ、ある任務をするための特別な訓練を受けることになった。
今までいた寮を離れ、新しい寮へ。
この部隊に与えられた任務とは、街の警備的なものだった。
戦線に立って、生きるか死ぬかの地獄を見るわけではない。
非力な市民を隣り合わせの危険から守るという任務である。
ある時は市民の盾となり、またある時は軍の剣となるのである。
自ら死地に赴くのとは、また違う使命感があるともいえる。
任務の内容だけを見れば軍隊というよりも、自衛隊的なものに思えた。
カチカは射撃の能力が高かった。勿論、私も負けていなかったが。
しかしカチカがよく上官に褒められているのに対して、私はあまり注目されなかった。
そのうちカチカは部隊隊長に任命され、私は副隊長となった。
彼女は大層喜び、より訓練に励むようになった。
ただ、この頃からカチカは変なことを呟くようになった。
「地球の人間は本当に極悪非道なのか?」と。
上官の言葉を思い出させてやると、彼女はそれを撤回させていた。
私は母に手紙を書いた。どんな仕事に着くのかを報告するために。
ついに私達が戦地で動く日がやってきた。
現地に着いて周りを見回すと、私達が担当する区画はあまり騒がしいものではなかった。
敵の空襲を受けた様子もない。まだ地球軍の侵略を受けていないのだろう。
ただ、通りを行き交う者達は皆ヘルメットをかぶっていた。
街の者が挨拶をしてくると、笑顔になれた。カチカが冗談を言って、笑わされるときもある。
戦場で笑うことなど私は想像していなかった。もっと殺伐としているものだと思っていたから。
同じ部隊の皆に笑顔があると、その間自分達が地球軍と戦っていることを忘れさせた。
ただ、上官は冷たかった。何かにつけて地球軍は殺せと、唾を飛ばして叫ぶものだから。
地球軍と交戦することなく、任務に着いてから二週間が経ったときのこと。
反戦を掲げる月の兎達が、デモを起こして大通りを行進していた。
戦争をすると軍が言えば、反発する市民も出てくるものである。
侵略されるのが嫌で地球軍を攻撃する者がいれば、話し合いで平和的に戦争を終わらせたいと望む者もいる。
軍の上層部からすれば、こういう運動は邪魔なだけである。
私達の部隊を含む八十人程の軍隊兎が集められ、デモの進行を防ぐよう上官から命令された。
盾で守りを固め、列を成して並ぶ。私もその一人。そして後ろには警棒を握った軍隊兎達。
暴動を抑えるといっても自分と同じ兎の彼らに銃口は向けられないので、銃はいざというときの拳銃のみである。
「ただちに行進を止めたまえ!」
後ろから拡声器による、低い男の声がした。しかしデモをしている彼らは聞く耳を持たない。
「なら戦争を止めてよ!」
「今すぐに停戦を申し出るべきだ!」
「戦争で亡くした夫を返して!」
彼らは非常に興奮していた。口々に声を荒げている。
中には旗を握り締めているものもいた。足を止めることなく、私達に向かってくることも考えられる。
反戦を主張しているのに、それが通らなければ武力行使をする。
争いが嫌なのに、何故彼ら自身で起こすのか。
こう考えると、彼らはどこか矛盾しているようにも思えた。
彼らはすぐ近くにまで迫ってきている。
老若男女様々な兎達が、興奮と緊張に肩をこわばらせてた。
目の前には私と同い年ぐらいの女の子が目に涙をためて、棒切れを握っていた。
できない。もし彼らが私達に迫ってきても、彼らを止めるためにこちらも暴力を振るうなんてできない。
そう思ったとき、耳のアンテナに上官の声が届いた。なんとしてでも彼らを止めろと。
停戦を主張する彼らは月の民にあらずと。彼らは反逆の暴徒であると。
上官の言うことは絶対である。上官の言葉は真理である。上官に逆らうことなど不可能。
戦友達の目を窺うと、殆どの者が頷いた。何としてでも彼らを止めると。
しかし隊員の何人かは市民を実力行使で抑えることを拒否しているのか、首を振る者もいた。
カチカもその一人だった。彼女は後ろで警棒を構えているが、腰を引かせていた。
一番最初に手を出したのは、目の前の少女。私に向かって、棒を振りかぶった。
彼女の行動を見た市民達が一斉に人の波となって、私達に迫りってきた。
私は少女を地面に倒して殴りつけ、気絶させた。こうする他ないのだ。そう納得して、任務を続けた。
争い始めて一時間程経過。運動を起こした者達が暴れることをやめ、降参しだした。
警察の者達が集まり、運動を起こしたリーダーらと数人を連行していった。運動に参加した者達の殆どは逃げて行ったが。
私は大した怪我を負うことなく、仕事をこなすことができた。カチカは何も言わずに、呆然としていた。
寮に戻ると、上官からねぎらいの言葉をいただいた。
ただ、カチカを含む数人の隊員は随分叱られていた。運動を起こした彼らから逃げたから。
上官はカチカ達の気持ちがわからないこともないと仰っているが、納得のいかない様子であった。
カチカは隊長から降ろされ、一般兵になった。なので、私が隊長となった。
上官が部屋から出て行った後、カチカは私に迫ってきた。
「レイセン、どうしてデモの兎達を殴ったの? 彼らは私達と同じ月の兎じゃない!」
「だからと言って、彼らを暴走させっぱなしになんてできない。それに、上官の命令は絶対よ」
「……そう。そうね」
納得したのか、反論することを諦めたのか。カチカはそれ以上喋らなくなった。
デモが起きてから数日が経った朝。母から手紙が届いていた。病気で倒れ、入院してしまったということ。
私は上官に許可を頂き、すぐに病院へ向かった。
母は病室で点滴を打ってもらって、横になっていたところだった。
看護婦さんがいて、今は目を覚ましているところだそうだ。
「来てくれたのね、レイセン」
「お母さん……」
看護婦さんの話によると、母は胃腸を悪くしての入院だそうだ。
大事に至るような重たいものではなく、三日ほど様子を見れば退院できるとのこと。
仕事が一段落ついたのか、看護婦さんは出て行った。
母のために買ってきた飴玉をベッドの横に置いて、母の隣に腰掛ける。
「レイセン、仕事の方はどうなの? 辛いでしょう?」
母の笑顔は無理をしているようなものだった。
よっぽど、仕事が辛いのだろう。
近頃争いが激化しているせいで、前線に近い病院は毎日重傷者が耐えないに違いない。
「うん。でも私、がんばれてる。お父さんのようになってみせる。お母さんや、皆を守るから」
母は黙って、私を抱きしめた。
「聞いてレイセン。あなたには幸せな生を送って欲しいの。辛くなったら、逃げてもいいから」
「でも、上官の命令は絶対よ。逃げるなんてできない」
私の言葉を聞いた母は奇妙なものをみる目つきになった。
「……レイセン、正直に言うわ。軍隊なんてやめなさい」
「そんな、できない」
「聞きなさい。そのうち洗脳されて人間と戦うことに抵抗がなくなり、あの人のように終わってしまう」
「……」
母が変だ。あんなにも憎き地球軍から逃げろだなんて。
いや、普通かもしれない。デモを起こした彼らと同じようなことだ。
結局争いなんて誰も望んじゃいない。
「あなたが思っているより、月の偉い人は平和的な解決を望んでいる。ただ、地球側が話を合わそうとしないからこんなにも血が流れている」
「お母さん……」
しかし今の私に逃げるなんて選択肢はない。上官に目をつけられているから。
そして母は知らない。この前街にやってきた地球の兵士達を、私が何人殺したか。
私がどれだけの勲章を持っているのか知らない。近くにいる戦友達が倒れていくのをどれだけ目にしたかも、知らない。
もう私に以前のような、銃の扱い方を知らない頃に、戻る方法はないのだ。
「レイセン、私は今の仕事を辞めたわ。荒んでいく街を支えていくために」
「そう。じゃあ仕事の最中、会えるかもしれないね」
「そうね……」
母の表情は暗い。ただ飴玉を口に含むと、少しは柔らかいものになった。
「もし月が地球の人間に占領されてしまったら、この飴は二度と食べられないでしょうね……」
母がもう一度、私を強く抱きしめた。私も、抱きしめ返した。
「レイセン、あなたはまだ若いの。あなたはもっと幸せになってもいいのよ。だから生きなさい。全てから逃げてでも、生き延びなさい……」
母の声が震えている。母の言葉はまるでもう会えないような言い方だった。
母の気持ちはわかるが、不安にさせるような言い方はして欲しくないと思った。
長居することはできない。もうそろそろ戻らなくては。
帰ることを伝えて、病室を後にした。
母は戦争を望んでいない。子の私が戦場に立つことも。
でも、地球軍が攻めてくるなら誰かが止めなければならない。
そうしなければ、母が殺されてしまうから。
耳のアンテナに上官の言葉が入る。至急帰るようにとまくし立てられた。
私は急いで病院を後にした。
寮に戻ると、皆慌しくしていた。
「レイセン、レイセンはいないのか!」
上官が私を呼ぶ。敬礼して、上官の前に立った。
「はっ、ただ今母のお見舞いから戻りました」
「そうか。単刀直入に言おう、カチカが脱走した」
上官の話はまさに寝耳に水だった。
彼女が軍隊から逃げ出した? 地球の人間をやっつけててやると気負っていた彼女が?
「カチカが逃げるなんて何かの間違いです。彼女はそんなことをする兎じゃあありません」
「いいや、彼女は脱走した。寮のどこかに抜け穴を作って逃げたわけじゃなく、正門から堂々とな。それも小銃と拳銃を、一丁ずつ持ち出してだ」
カチカは門の番をしている兵士二人に「上官から使いを頼まれた」と嘘をついて出て行き、そのまま帰ってこなくなったそうな。
彼女が出て行ったのは私が出た後。時間は朝。そして今は昼頃。
「レイセン、お前は彼女がどこへ逃げたか心当たりはあるか?」
「いえ、ありません」
嘘は言っていない。そもそも私は、カチカが軍から逃げるなんて理解できなかった。
いや、前兆はあったのかもしれない。
訓練のときから上官の言葉に疑問を持ち続けていたこと。
地球軍に対する悪口をあまり口にしたがらないこと。
そしてデモが起きたとき、民衆から逃げたこと。
「レイセン……疑いたくはないが、彼女の逃亡を手伝っているということはあるまいな? お前とカチカは仲が良さそうだったからな」
「ありません。そもそも、私はカチカが逃亡したことが信じられないのです」
「……引き続き隊長を務めてもらう。足りない人員は新米で補う。以上だ」
「了解」
上官の言うとおり、無理にでも現実を受け入れるしかない。
彼女はどうしてしまったのだろう。
戦争が嫌で逃げたとすれば、どうして武器を持ち出したままなのか。
彼女は単身敵地に突撃するつもりなのだろうか。
そうだとしても、彼女は犬死だ。
カチカは優秀な兵士である。が、ただ一人の兵士である。
人間もとい兎一つにできることなど限定される。
まして彼女は馬鹿ではない。そんな愚かなことするはずがなかった。
彼女が心配であるが、彼女を追って自分も軍を抜けるなんて到底できないことである。
私はただ黙って、任務をこなすしかなかった。
カチカが逃げ出して一ヶ月が過ぎた。
戦況は膠着状態となり、兵士達の争いに平穏が訪れる。
お偉いさん方の話し合いが本格的に始まったのだ。
しかし私の仕事に休みはない。いつ人家や街を奇襲されるかわからないから。
上官からカチカに関する情報を聞かされた。
彼女は反戦デモを行う団体のリーダーとなったそうだ。
上官の機嫌は大層悪そうであった。自分が育てた兵士に、裏切られたみたいであったから。
私は彼女が無事であることを確認して、安心していた。
ただ、彼女と次に会ったときは厄介かもしれない。
戦争を続ける私に、敵対していることなのだから。
この日は兵士三人を一班、計七班の小隊を組んでの警備だった。
私の班には私と、新米が二人。
都心部の南を担当しての警護だった。街を歩く人はもう殆どいない。
皆、どこかに引き篭もっているのだ。
軍から配給される物資で街の皆は日々を凌いでいる。
そして私達は味のない蒟蒻のようなものや、フレーク状の挽肉で食欲を誤魔化し続けていた。
廃れた商店街の一角で昼食を取っていると、遠くから見知った人物がやってきた。
カチカだ。久しかった。ただ、彼女の険しい顔を見ると、とても再会を喜べる空気ではなかった。
彼女の姿を見た一人の新米隊員が向かっていくと、カチカは彼の足元に拳銃を発砲した。
その隊員に弾が当たったわけではないが、彼は小さな悲鳴を上げて腰を抜かし、地面に座り込んでしまった。
「そこまでよ。戦争なんてもうやめなさい」
周りから、街の兎達が出てきた。私達に反戦を訴えるつもりなのだろうか。
兎達の中に母の姿があった。軍人を続けている私に、非難を浴びせているかのような視線を飛ばす。
カチカが私を見つめて、こっちへ近づいてきた。
「久しぶりね、レイセン」
「カチカ……。どうして軍から逃げたの?」
「もう察しがついてるんでしょう? 戦争なんてこりごりなのよ」
彼女の表情は真剣であった。本気で戦争をしなくて済む方法を考えているに違いない。
「今軍は動いていない。そうでしょう、レイセン」
「ええ、そうよ……」
「あれは地球軍が我々の運動を見て、戦意がないことを理解したからだと思うの。軍の幹部達はきっと地球に領土を明け渡し、支配権を譲ると思うわ」
「……カチカは本気でそうなると思っているの?」
「そうさせてみせる。私が掴んだ軍の情報を地球軍に売って、街の皆には手を出さない約束を結ばせる。人間がここに住み着くようになるけど、賑やかになるだけだし、いいでしょう?」
「……」
戦争が嫌な兎達は人間達に支配されてもいいから、戦争が終わって欲しいといっているのだろうか。
しかし話し合いではなく一方的な攻撃をされた後に、仲良くしようなんて言われても頷けるわけがない。
父を失ったのに。殺されたのに。奪われたのに。そんな者達が土足で上がりこんできたとしても、仲良なんてできない。
「あなたもそうなのね。洗脳されているのね。二言目には上官、上官って言うのね」
「……ええ」
「いい加減目を覚ましなさいよ。あんな奴らの駒みたいに動かされて満足なの? あなたはそんな器じゃないはずよ」
洗脳とは上手くいったものだと関心した。だからといって、彼女の言うことは聞けないが。
戦争が嫌な同志を集めて、皆で運動しましょうと声をかける。それも洗脳みたいだと思ったから。
「カチカの言うことは納得できない。私は反戦なんて飲み込めない。私は軍人であることを続ける」
「……そう。あなたとはわかりあえそうにないのね」
近くにいる母の表情はとても暗く、冷たい。目を合わせようともしてくれない。
確かに私も戦争は嫌だ。今すぐにでも終わって欲しい。
だが、大勢の狂った者達に攻め入られれば、こちらも狂ってしまうものだ。
爆撃されれば、砲撃の押収を。要人が誘拐されれば、向こうの基地を襲撃する。
やられたらやり返す。繰り返すうちに、どちらが先に仕掛けたのかわからなくなる。
戦争なんてそんなものだ。きっかけは些細なものなのだ。
だが何かが引き金となってたくさんの命が失われてしまったら、どちらかが降伏するまで大軍の暴力で蹂躙しあう。
それが大きな国同士の争いごと。個人個人の揉め事なんて、生易しいものではない。
感情論だけで戦争は終わらせることが出来ない。トップの者ならともかく、私達下っ端共々の感情で戦争は終わらない。
カチカはそこまで頭が回っていないんだ。
でも彼女にそれを言ってもきっと受け入れないだろう。彼女にはきっと、周りが見えていないのだから。
腰を抜かせていた隊員が、突然悲鳴を上げた。次にカチカが地面に崩れ、街の皆が叫び声を上げて逃げ出した。
遠くに地球軍が見えた。奇襲である。民間人だろうと軍人だろうと関係なしに、地球軍が発砲してきたのだ。
近くの障害物ですぐに身を隠したので私と新米は無事だが、もう一人の新米隊員とカチカは無事ではない。
即死なのか、隊員は動こうとしない。カチカはまだ意識があるのか、腹を押さえて口をぱくぱくさせている。
「レイ、セン……」
涙を流して助けを求めている。周りを見回すと、母までもが倒れていた。
新米兵が救援を呼んだが、すぐに来るのかどうかわからない。
地球軍が近くにいるから、障害物から飛び出すなんてできない状態。
血の海の真ん中にいる母に寄り添うなんて、とてもできない。
守りたい母が近くにいるのに。助けたい友人が目の前にいるのに。
それなのに今自分ができることは、威嚇射撃で敵を寄せ付けないようにすることだけだった。悔しい。
あいつらは私の平和をぶち壊した。私のすぐ傍でどうどうと。
悲しみよりも、憎しみが大きく膨れ上がる。
上官の言葉が聞こえたような気がした。地球の兵士達へ発砲しろと。
たとえ何があっても。傍で戦友が倒れていたとしても。
新米に援護射撃を任せて障害物から飛び出し、私は地球軍へ向かった。
そう。上官が私に命令する。彼らにやり返せと。
上官が私の狂気を膨らませていく。憎悪が大きくなっていく。
絶対に許せない。こいつらを生かして帰すなんてさせない。
私を狙うならそうするがいい。だが狙うなら、一撃で殺せ。
もし外せば、渾身の銃弾を打ち込んでやる。二発目を撃たせる隙なんて与えない。
私の中の狂気がどんどん増幅されていくような気がした。人間を殺害することに抵抗を感じない程に。
銃弾の雨霰、金属の弾幕を掻い潜って地球軍を次々に射殺していく。
弾が切れたなら銃を捨てて平手を銃のような形にし、幻惑の銃弾で敵を倒していった。
動く敵がいなくなった頃、晴らしきれない憎しみが悲しみに変わって、私の胸を押しつぶした。
止め処なく流れ出る涙をぬぐいながら母を抱き起こしてみるが、反応はない。もう死んでしまった様だ。
カチカの体を揺すってみるが、彼女も私の名前を呼んでくれることはなかった。
泣いても、叫んでも、絶望しても、何にもならない。
母もカチカも、ただの肉塊になってしまった。
私が愛する者は、皆死んでしまったんだ。
救援がきたときには、何もかもが手遅れだった。
救助が来たのはいつだろうか。衛生兵と共に、上官も一緒であった。
その場で何があったか詳しく覚えていない。ただ泣き叫んで、地面に座り込んでいただけだから。
次に気がついたときは寮の一室だった。四角い天井に、暗い壁、冷たく硬いベッド。
体の節々が痛い。地球の兵士と交戦して出来た傷が痛む。
「目が覚めたか、レイセン」
上官の言葉が耳に突き刺さった。驚いて、わが身を抱きしめた。
「あの場で何があった。お前の口から報告しろ」
「……街の兎達に混じっていた母と、カチカが地球軍の襲撃を受けて銃撃されました。私と同じ班の隊員も撃たれました。撃たれて、殺されました」
「憎たらしかったか?」
地球の兵士達を睨んでいた自分を思い出した。あのとき悔しい思いをしていたことが蘇る。
思いつく限りの罵詈雑言を彼らに吐き散らして、突撃したことを。
そのきっかけとなったのが、上官から電波を送られてきたと、勘違いしたということ。
胃が締め付けられて、お腹のものを吐き戻しそうになる。
「……はい」
声を絞り出しての返事。暗くて上官の表情は窺えないが、どこか笑っていそうな感じ。
「生き残った新米が言っていた。お前は一人で銃弾の嵐にもぐりこんで、地球軍兵士を十二名殺害したとな」
十二人。私は今日一日でそんなに人間を殺したのか。
皆それぞれ家庭を持ち、家で待っている者がいるというのに。私は彼らの夢や未来を奪ったのだ。
どうしてだろう。あんなにも彼らが憎かったのに、今頃謝罪したい気持ちが溢れてきた。
敵討ちをしたというのに、取り返しのつかないことをしたと後悔している。
「良くやったぞ、レイセン。お前には勲章をやろう」
やめて欲しい。こんなことで褒められても嬉しくない。
勲章なんていらない。誰かを殺して評価されるなんて、勘弁だ。
「引き続きお前には隊長を務めてもらうぞ。これからも期待しているからな」
上官は残酷な命令を残して立ち去った。
もういやだ。自分には月の民を守る力なんて無かった。
だから母を亡くし、カチカも見殺しにしてしまったんだ。
お父さんごめんなさい。私には結局誰も守れませんでした。
もう軍にいても、自分にできることなどない。
いざ他の月の兎が襲われたとき、きっと私に守れる者はいない。そうに違いない。
母の言うとおり軍隊を抜けていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
悔やんでも、今となってはどうすることもできない。
こんな世界こりごりだ。唯一の家族であった母もいない。友も失った。
その夜、私は寮から逃げ出した。月から逃げ出した。
母の言いつけどおり、幸せを求めて。
ある噂を耳にしたことがある。
罪を犯したことで地球に堕とされたという、月のお姫様の話である。
その姫様は今、地球の幻想郷という隔離された日本国の奥深くで隠れるように暮らしていると。
月の住民も一緒にいるらしいので、事情を話せば置いてくれるかもしれない。
そう期待した私は月を離れ、幻想郷を目指した。
結界を越え、野を越え川を越え家を越えて、ついには竹林の中へ。
辿りついた先は、地球の兎達が住まう隠れ家のようなもの。
間違いない。姫様と月の住民が住まうところだ。
尋ねてみると、地球の妖怪兎が出てきた。名前は因幡てゐというそうだ。
「私は月の兎、レイセンです。ここに月のお姫様と、住民がいると聞いてやってきたの。都合が良ければ、会わせて欲しい」
地球の兎てゐは私の頼みを聞いて、取り次いでくれた。
お姫様と月の住民が会ってくださるそうで、誘われるがまま客間へ。
地球の兎に淹れてもらったお茶で一服しながら待っていると、奥からお姫様と月の住民がお見えになった。
「はじめまして、レイセンと申します。突然の訪問に応じてくださって、ありがとうございます」
「ようこそ永遠亭へ、月の兎よ。私は姫の付き人、八意永琳。そしてこちらに見えるのが姫の、蓬莱山輝夜」
「初めまして、レイセン。随分慌しい様子でここまで来たのね」
「はい……」
私は姫様と永琳様に、今の月がどうなっているかを話した。
地球の人間が攻め入っていること。月が占領され始めていること。
月と地球が話し合いで平和的な終戦を試みている話があったにも関わらず、地球軍兵士の襲撃を受けたこと。
そして自分はそこから逃げ出してきたということ。
話を聞いてくださった二人は真剣な表情で、考え事をし始める。
そのうち、姫様が重たい口を開いた。
「レイセン、正直なところ地球の者が月に攻め入ったという話が信じられないの。でも、現にあなたはこうして逃げ出し、私に状況を伝えてくれた」
「はい……」
「辛かったでしょう? 私はここに引き篭もっているから詳しいことはわからない。でも、あなたが悲惨な目に会ったということはわかる」
「はい、その通りです……」
「レイセン、あなたは今更月に戻れないでしょう。こんなところで良ければ、ここに居て頂戴よ」
「ほ、本当ですかっ」
姫様の笑顔はとても優しく見えた。月が平和だった頃に母が見せた、柔らかい笑顔にそっくり。
「この子をここに置いても構わないわよね、永琳?」
「ええ。姫がそう仰るなら」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
私は土下座をして、感謝の意を表した。私の無茶を受け入れてくださるなんて。
嬉しそうな永琳様が私の頭を撫でながら、私を呼んだ。
「じゃあ、あなたのことを優曇華院と呼ばせてもらうわ。レイセン・優曇華院よ」
姫様が私を抱きしめて、微笑みかけてくださる。
「ここではあなたも地球の兎と同じようなもの。私はあなたをイナバと呼ばせてもらうわよ。あなたの名前は、レイセン。レイセン・優曇華院・イナバ」
「わかりました。ありがとうございます。どうぞ、これからよろしくお願いします」
姫様と永琳様のご好意により、私は新しい名前と居所を頂いた。
折角なのでと思って、レイセンのところも漢字に弄ってやった。
私の名前はこれから鈴仙・優曇華院・イナバだ。
月の兎ではあるが、今はもう月兎の軍人ではない。
姫様のお暇にお付き合いさせて頂ける者。永琳様、いや師匠のお手伝いをさせてもらう者。
私はこれからそうやって生きていくんだ。ここ永遠亭で、幸せをみつけるんだ。
月の思い出はもう過去のもの。これから逃げたという罪を償いながら、生きていくんだ。
新しい寝床に満足して、目を瞑る。明日が待ち遠しい。
ある日、姫様が人間が営む里で花火の打ち上げ大会があるというお話をなさった。
是非とも皆で観ようよと仰ったので、姫様師匠てゐ、それに地球の兎達と私とで観ることになった。
私はとても嬉しく思った。お祭みたいだと思ったから。
事実、人里の方では賑やかなお祭が行われていた。
てゐの案内で永遠亭を出て、人里まで行くことに。
花火のためか、出発したときは空が暗かった。星さえ見える。月も。
里には人間だけでなく、妖怪や八百万の神々と呼ばれる神様も混じっていた。
お祭とは楽しむこと。そこに人種や種族の差別はなく、どんな者でも参加できるもの。
私の姿を見る人間は皆特に驚いたりせず、ごく普通に挨拶をしてくる者もいた。
人間がいるということで変な目で見られるのではと、内心怖かった私は安心できた。
向こうからすれば、私は宇宙の妖怪兎だそうだ。師匠がそう仰った。
妖怪兎と思われているみたいだが、私はそもそも人を襲ったりなんてしないのだから妖怪ではないと言いたい。
そもそも、私が人を避けているのだが。
とにかく、私はここ幻想郷において、あまり特別な扱いはされていないのだ。
私より奇妙な者はたくさんいるし、お祭だということでそこら辺をそういう者が歩いているほど。
安心した。自分は、この世界で少なくとものけ者扱いされていないということに。
姫様が可愛がってくださる。師匠が面倒を見てくださる。てゐが遊んでくれる。兎達も相手をしてくれる。
私が愛し、愛してくれる者達とこれからお祭で遊ぶんだ。
花火が楽しみで仕方がなかった。
お祭騒ぎが静まりだし、祝砲のように花火の一発目が夜空に放たれる。
赤色の大きな花火が、星空を飾った。
思わず、拍手。周りの皆も見とれて、喜んでいた。
私が月にいたころ、花火なんて殆ど見られなかったから。
次々と打ち上げられ、つんざくような砲撃の音が鼓膜に響く。色取り取りの光の花に感動する。
「イナバ、どう? 楽しんでいるかしら?」
「はい、姫様」
姫様に求められるがまま身を預けて、愛でてもらう。
「それは良かったわ。あなたはもううちの一員なのよ、これからも一緒に暮らしましょうね」
「はいっ」
師匠の顔を窺うと、顔を傾けて微笑まれた。
「姫はウドンゲが可哀想で、元気付けたいからって仰ったの。それもあって、今回皆でお出かけしようって言い出したのよ」
「師匠……。そうだったのですか……」
姫様と師匠にはもう話した。家族を失ったこと。戦友を目の前で見殺しにしたこと。上官に逆らえなかったこと。
辛かった過去を背負っている私に、姫様はわざわざ気を使ってくださったのだ。
そこまでしなくていいと遠慮する気持ちが生まれるほどに、嬉しい。
隣にいる地球兎のてゐもどこか意地悪なところがあるが、よく遊び相手になってくれる。
私は今幸せなんだ。明日何して過ごそう。そう考えるが、何でも良いやと投げやりになれる。
今は月の軍人をやっていた頃と全然違う。あの時は明日生きるために、必死に訓練を重ねるものだったから。
明日のことを考えなくていい。一週間後の自分の身を案じる必要はない。一ヶ月先に自分がどこへ駆り出されるか考えなくていい。
だから今私は幸せの中にいるんだ。母の言うとおり、逃げたのは正解だったのだ。
逃げたことによる、罪悪感はある。今でも耳に月からの電波が届いてくるのだから。
しかし、もう私は月と関係ないんだ。我侭でその電波を無視し続けた。これからは地球の永遠亭の皆と過ごすんから。
だから今も、こうして花火を楽しんでいられるんだ。
ただ、楽しい感情と別のものも湧き上がってきて胸の奥が苦しかった。
際限なく打ち上げられていく花火の音に、どこか懐かしい感じがしてくる。
いや、懐かしいと言っても思い出したくない類の、嫌な思い出だ。
そう。火薬が爆発する音だ。
それはつまり砲撃の音であって、大砲が金属の弾丸を打ち出す音であって、母を打ち抜いた物の発射音であって。
耳を塞いだ。高く伸びた耳を握りつぶして、必死に音が入ってこないようにする。それでも、煩い音が鼓膜に突き刺さってきた。
怖くなって、地面に座り込んだ。気がつくと体が震えていた。
音が煩い。人や兎の悲鳴を連想させる。やめて欲しい。
「鈴仙? どうしたの鈴仙!」
傍にいる誰かが呼んでいる。でも反応する余裕なんて全然ない。
「ウドンゲ、何があったのよ!」
私を揺すって呼びかける者がいる。でも相手をする暇なんてない。
「イナバ! 返事をしなさい、イナバ! 落ち着いて!」
声を張り上げて私の気を惹こうとしている。でも構うことなんてできない。
私は少しでも音から遠ざかろうと、その場から逃げ出した。
思い出す。拒否しても、勝手にイメージが浮かび上がってくる。
遠くから鳴り響く銃撃の交響曲。拳銃に始まり、小銃が繋ぎ、大砲と重火器が戦場を盛り上げる、あの火薬の旋律を。
また火薬が爆発する音がした。遠くで月の兎がやられたんだ。そんな戦場の光景が目に浮かぶ。
カチカの父が作った装甲車に、炸裂弾が打ち込まれたりするのだろう。
パイロットの兎が車内で反射するリベットに腹を貫かれ、血肉を撒き散らしたりするんだ。
装甲車が爆散し、中のパイロットを焦がすほどの熱で焼き尽くす。近くを通る歩兵は装甲車の破片を身に浴びて、血を流すのだ。
その戦場の中には父も混ざっていて、地球軍の自走砲の鉛玉を身に受けて体を四散されたり。
またあるときは地球軍の爆撃機が自己鋳造型の、大量に分裂する爆弾を街へ落とし、業火で焼き尽くしたりするのだろう。
逃げ惑う人々は皆やけどで皮膚が焼け爛れて、そのうち皮膚の下の筋肉が丸見えな死体が出来上がるに違いない。
その中には母がいて、街の警護の任務に当たっていた私の目の前で焼け焦げていくんだ。
すぐ近くにいるカチカもそのうち砲撃の破片を浴びて、倒れてしまうんだ。そして彼女は私に命乞いをする。
ああ、地球軍が自動小銃を腰だめで構えて辺りに乱射している。これでは近づけない。
そう。私は自分の身の危険を考えるばかり、彼女達に寄り添うことすらできないんだ。
ついには上官が出てくるんだ。低く、気迫の篭った声で私に向かって銃を持てと命令するのだ。
次に弾を装填しろと言い、それが終われば地球の兵士達に銃口を向ける。
地球軍の者達が戦友と母を殺したんだぞと復讐心を煽られ、上官の合図で引き金を引く。
よくもやってくれたなと囁く自分と、それでも仕返しするのはいけないことだと落ち着こうとする自分が葛藤する。
その葛藤もいずれ上官の言葉に支配され、引き金を引く。たった一寸人差し指を動かすだけのこと。
それだけで、目の前にいる地球兵士達の命と未来を奪うことが出来てしまう。
出来ないと泣き言は言えない。上官が見張っているから。そしてやらなければ自分が地球軍に殺されるから。
遠くから聞こえてくるはずの砲撃音は次第に大きくなり、戦線が街の方へ近づいて来るんだ。
今幻想郷の夜空に響く花火の打ち上げ音は本当に花火の音なのだろうか?
実は裏切った私を狙って、月の兎達が銃撃してきてる音ではないのかと疑い始めた。
考えるだけでも、恐怖に身の毛がよだつ。
遠くにいる里の皆や妖怪は呑気に祭りを楽しんでいるようだ。
あれは花火などではない。彼らの攻撃であるというのに。
近くに障害物が見当たらない。これでは攻撃され放題、好き放題され放題ではないか。
遠くから誰かが飛んでくる。その者はとても長い髪を持っていた。
姫様なのだろうか。突然いなくなった私を案じて、来てくれたのかもしれない。
しかし姫様ではなく、月の兎であったらどうだろう? 銃を背中に背負って、私を探しに来たというのはどうだろう?
私は怖くて握り締めていた拳の人差し指と親指を開き、銃の形を作る。
文字通りの人差し指で飛来してくる者を狙った。向こうは何の行動も取らず、こちらへ向かってくる。
やはり姫様なのだろうか。いや、ぎりぎりまで何もせずに十分私を引きつけてから、発砲してくるかもしれない。
近づいてくる姫様らしき人物へ、私の方から発砲した。その者は叫び声を上げて、墜落した。
殺してしまったのだろうか。姫とおぼしき者は立ち上がり、肩を押さえながらこちらへ歩いてきた。
怪我をしてもなお、私のところへ向かってくるとは。
よっぽど私を殺したい月の兵士なのか。それともやはり、蓬莱の薬を飲んだ姫様なのだろうか。
もし前者であるならば少しだけ申し訳ない。月と縁を切ったと言っても、同胞だから。でもそうならお帰り願いたい。
後者であるならば非常に申し訳ない。自分の面倒を見てくださっている方だから。
私は自分の手が怖くなった。もし姫様を傷つけたとしたらなら、どうしようかと。
謝罪するだけでは済まない。申し訳ない気持ちで、自分のこめかみに銃口を押し付けて自殺してしまいそうだ。
向こうが近づいてきて、月の明かりに僅かながら顔が見えてきた。姫様であった。
「痛かったじゃない、イナバ。一体どうしたの?」
「あ……ご、ごめんなさいぃっ! ごめんなさいっ……」
姫様は私を叱ったりせず、私に寄り添って抱きしめてくださった。
「私のことが、あなたを追いかけに来た月の者だと思ったの?」
「え、あ……そ、そうなんです……」
「そうだったのね……。でもどうして花火をあんなに怖がったの?」
「あ、あの……花火の音が、戦争をしていた頃に聞いた大砲の音と重なるんです。そのせいで、嫌な事を思い出したり幻覚が見えてしまったんです」
「そう……。で、もう落ち着いた?」
「姫様のお陰で……」
姫様の表情はとても優しい。それは母が時折見せるものに似ていた。
「あの、本当にごめんなさい! あろうことか姫様を撃ってしまって、私……私……」
「いいの。もういいの。イナバが無事なら、いいのよ」
遠くから師匠やてゐ、因幡兎達がやってくる。皆、私を追ってきたのだそうだ。
私は皆にどうして取り乱したのか説明した。気を使ってくれているのか、私を責める者はいなかった。
でも私は姫様を狙撃したんだ。混乱していたとはいえ、殺意があった。私がしたことは許されざる犯罪であった。
「イナバ」
「はい、姫様……」
「これからも私のペットとして永遠亭に居なさい。それがあなたに下す、おしおきよ」
「姫様……! あ、ありがとうございます!」
姫様の寛大な心遣いに、涙を流して感謝した。
こんなこと、いや大変な罪滅ぼしを私は課せられた。姫様を幸せにしてあげるという善行を。
改めて師匠やてゐ、因幡兎達に感謝しなければいけない。私を受け入れてくれたことに。
これからも月から私を呼ぶ電波が送られてくるのだろう。でも私は戻らない。
母は優しかった。カチカはいい戦友であった。今では思い出。夢想の産物。
自分の寝床は永遠亭にあるのだから。私が愛すべき者達は、竹林の中にいるのだから。
私がいるべき世界は、ここ幻想郷である。
もう月には私が居る場所も、拘る理由もないのだから。
されど、月で見てきた惨劇を忘れることは出来ないだろう。
大きな爆発音を聞くたびに、あの幻覚を見るかもしれないから。
花火大会が終わってから数日。師匠から暇を頂いた午後。
てゐが私を誘ってきた。また遊んで欲しいのだろうか。
彼女が用意した遊び道具は花火の一種である、癇癪玉だった。
それは大きな音を立てて遊ぶもので、私を狂わせる道具とも言えるものであって。
つまりは、とても悪質な悪戯だった。
「い、嫌よ。火薬が爆発する音嫌いなの、知ってるでしょう?」
「えー、遊ぼうよ鈴仙。あなたのことは知ってるけど、きっと大丈夫よ」
「……やめてって言ってるでしょう。今でも夢に見るぐらいなの。花火なんてしたらてゐのこと、とっちめるわよ?」
「でもねえ、前にやった大きな打ち上げ花火程大きな音もないのよ。流石に大丈夫しょう?」
「だめ、安心できない。それで遊ぶっていうなら、金輪際てゐとは遊ばない」
「そこまで言うなら……もうしない。だから機嫌直してよ、鈴仙」
「……いいわ、許してあげる。とりあえず、それをどこかへやってよ」
てゐがニヤリと、いやらしい笑顔を見せた。
「いやーよ」
取り上げようと手を伸ばしたところで、てゐが地面に癇癪玉を投げつけた。
乾いた爆発音。咄嗟に耳を握りつぶし、目を瞑った。それでも、鼓膜に音が届いた。
「鈴仙、鈴仙。私を見て。ほら、何ともないでしょう?」
隣でてゐが私を揺すっている。でも返事できない。
また、幻聴が聞こえ出したから。一度の爆発音が引き金となって、始まる戦争の凄惨な様子を。
小さな爆発音は、地球軍が月の兎へ拳銃を発砲したという情景を想像させた。
その発砲が原因で撃ちあいになり、やがて紛争となって、大規模な戦争へ発展する。
そしてその戦争はたくさんの月の民と地球の民の命をたくさん奪うのだ。
恐る恐る目を開けた頃には、そこは永遠亭の静かな一室ではなく、銃弾が飛び交う戦場であった。
正確には、永遠亭にいるはずである。今見ている景色はトラウマが引き起こす、重度の幻覚である。師匠がそう仰っていた。
ただ、そうわかっていても幻覚が止まらない。繰り広げられる地獄絵図は進行していくばかり。
妄想が酷いのか、隣にいたはずのてゐがカチカに見えてきた。
亜麻色のポニーテールが可愛らしげなカチカ。年は私と変わらないほどで。私より射撃が上手い彼女が。必死に話しかけてくる。
「ねえねえ、レイセン。どうしてあの時すぐに助けてくれなかったの? 私凄く痛かったんだよ? 戦争をするかしないかの喧嘩をしたからって、見殺しは止めて欲しかったな」
隣にいるてゐだったカチカに目をやると、お腹から血を流している。地球軍の自動小銃にやられた傷跡なのだろうか。
「ねえ何か言ってよレイセン。脱兎のレイセン。月から逃げ出し、私や自分の母、上官、月の皆から逃げ出したレイセン」
てゐの声だと思う呼びかけが、全てカチカから悪口を言われているように聞こえてしまう。
頭の中にフィルターがあり、そこを通る言葉が全部呪いの囁きに変換されているみたいだ。
カチカが私に寄りかかってくる。生き延びた私を祟っているのか、強く揺すってくる。
怖かった。カチカが純粋に怖かった。もう死んでしまったと思っていたのに、私を苦しめるためだけに蘇ったみたいで。
もう私を責めないで欲しい。ようやく手に入れた幸せが逃げていくから。
だから私は、傍にいるカチカの眉間に発砲した。悲鳴を上げる間もなく、即死したカチカ。
安心して、もう一度周りを見回した。永遠亭の一室に自分は戻っていた。幻覚はない。
隣にいたカチカは消えたが、てゐが倒れている。眉間から血を流して、動かない。脈は無かった。胸も上下していない。
妄想から生まれたカチカを殺したと思ったら、てゐだったなんて。
発砲音を聞いて誰かがやって来た。師匠だ。何か叫んでおられる。
「どうしてこんなことをしたのよ、ウドンゲ!」
私は師匠に頬を引っぱたかれ、畳の上に倒れた。その痛みから、罪悪感が増す。
顔を上げれば、姫様もいた。てゐを抱きかかえ、介抱している。しかしてゐが息を吹き返すことはなかった。
てゐの体を見つめた師匠が、私に視線を移した。幻惑の弾丸が放てる私の利き手を睨んでいる。
「てゐが花火を使って悪戯したということは、わかった。音がしたから。きっとウドンゲは花火のせいで、この前の混乱した状態になったのでしょう?」
師匠は言葉を区切り、姫様に抱かれたてゐを見つめた。
「だけど、てゐを殺めたことは許されない事実よ。説明しなさい」
師匠に促されて何か喋ろうと思った。が、言葉が泣き声混じりの嗚咽になって何も言えなくなった。罪悪感とてゐに対する申し訳ない気持ち、それと叱られたことによる受けた衝撃で。
「泣いてばかりいないの。きちんと話なさい。泣けばどうとでもなることじゃないでしょう?」
師匠は私の犯した過ちについて、言及している。そうわかって答えたくても、言葉が詰まって答えられない。そしてそんな私に師匠は腹を立てられる。悪循環だった。
「永琳、落ち着いて! イナバだって、悪いことをしたって理解してるはずよ!」
てゐを抱いた姫様が私と師匠の間に割って入った。こんな状況でも私を庇ってくださる姫様は、何と優しいのだろう。姫様の後姿が、ある日母が見せた温かい背中と重なった。
「だからこそです。悪戯で済まないようなことをやってしまったのだから、甘やかせていい様な事ではありません」
「……」
「この子も子供ではないのです。謝って許されることをしたわけじゃないのです。だから、ウドンゲにはきちんとしてもらわないと」
師匠の仰っていることはわかっているのに、行動に移せない。厳しい師匠の姿が、上官と重なった。
私を庇う姫様が母で、師匠が上官で、てゐがカチカで。月にいた頃を彷彿とさせるこの状態が苦しかった。
私は自分の手を銃の形に握り、人差し指をこめかみに押し当てた。
こうなったら、私に出来ることはただ一つ。自決すること。
こうすることで、てゐに対する申し訳ない気持ちも片を付けられる。こんな狂った兎が死んでしまえば、永遠亭の皆にも迷惑をかけずに済む。
なんて素晴らしい解決策なんだろう。どうしてすぐに思いつかなかったのだろう。
過ちに気付いてからすぐに自殺してしまえば、師匠と姫様にかける面倒なことは減らせたかもしれないのに。
「止めなさい、ウドンゲ! 早まらないの!」
私の行動を見た師匠が飛び掛ってくるが、後ろに飛んで逃げた。姫様も相当驚いていらっしゃるのか、身を動かす余裕さえ無さそうだ。
「イナバ……何を考えているの。そんなことをしても何にもならない。それでは面倒なことを作りたくないと理由を作って、責任から逃げようとしてるだけじゃない……」
姫様の仰ることはごもっともだった。でも今更引き返すなんてできない。私に残された選択肢はこれだけなんだ。
「レイセン! お願い、止めて!」
二人の制止を無視して、私は自分で引き金を引いた。
妖かしの弾丸が私の頭を貫通するまでの僅かな時間。私が幸せだった瞬間を思い出していた。
初めて友達ができた幼稚園の頃。家族揃ってお出かけした小学生の頃。部活動に勤しんだ中高部のころ。
そして成人してからのこと。
永遠亭を訪れたこと。初めててゐの笑顔を見たときのこと。師匠に薬の調合を褒めていただいたこと。姫様と笑いながらおやつを食べたこと。
待っててね、お母さん。お父さん。カチカ。てゐ。今、謝りにいくから。
ここは地球から遠く離れた月。徒歩ではとても近づけない不可侵の領域。
私を含む月の兎達が、営んでいるところ。
いつからだったか。地球に住む人間達が空飛ぶ船を作って、月へ攻め入ってきた。
それは侵略戦争。相手の領土を奪うことを目的とした作戦。
軍人である父から、地球の人間がどんな者であるかよく聞かされた。
平和を壊した者達。下劣な地球の民。地を這うべき下等な生物。
父がこの話をするときは決まって、酷く興奮していた。
しきりに私を抱きしめてくれたりもした。
私と母と、この月を守ってやると意気込んでいた。
それから何ヶ月か。私が成人した頃、父は戦線で亡くなってしまった。地球の軍隊の銃に撃たれたと、母が涙を流しながら言った。
月の軍隊もとい自衛隊のお陰で、私達市民が住んでいるところへ地球の軍隊が現れることは少なかった。
学校では生徒達が避難訓練を習いながらも、授業はいつも通り続いていた。
ただ、兵器を製造する仕事や戦争に関係するものを生業にする者が急増した。
母も前線の病院を任されているために忙しいのか、家へ帰ってくることは殆ど無かった。
この頃に私は学校を退学し、軍隊へ入ることを決意した。
殺された父の仇を討つため。母が戦争で苦しんでいるのを、別の形で手伝えないかと思って。
そして月を守るため。月の友達や自分の家を守るために。
訓練が始まると、まず地球軍がどんな者であるかを上官から教えられた。
劣悪な地球の人間。同志を痛めつける敵軍に仕返しを。残酷な奴らを追い出すんだと。
これらは上官から教わった言葉。
我ら月の軍は地球の兵器と比べて高性能。されど、人口の違いか向こうは大軍であった。
戦況は向こう側が有利らしく、日に日に月の軍隊、同志達は倒れていく。
しかし私達月の者こそが正義。彼らに鉄槌を下す者達であると。
そしてこれは、上官の叱咤激励。
上官の言葉は絶対。真実。真理。上官が黒と言えばそれが白でも黒である。
新入りの私は同じく新入りの兎達と集団で寮に住み込み、過酷な訓練を受けるのだ。
私を含む一師団の皆は上官の言葉を信じ、頭で反芻して地球軍に対する憎悪を燃やしていた。
同じ師団の中で、一人仲良くなった月の兎ができた。
彼女の名前はカチカ。亜麻色のポニーテールが可愛らしげな少女。年は私と変わらないほど。
「あなた、レイセンって言うの? 中々可愛い名前じゃない」
「ありがとう。よろしくね、カチカ」
なんでも彼女の父は金属を鋳造する会社で働いているらしく、毎日装甲車の材料を作ることに追われているらしい。
彼女の母は前線の兵士だったそうだ。彼女の母は地球軍と戦い、そして戦死したそうな。
私と境遇の似たカチカとは、すぐに意気投合した。
毎日のニュースはとても物騒なものばかりであった。
防衛軍が押されて地球軍が侵略し、街が爆撃された。
撃墜王ばかりを集めた航空部隊が半壊状態に。
行方不明者の案内。
反戦を掲げて、国家に反逆する運動の報道。それにより、何十人の市民が怪我をした。
などなど、平和的なニュースは無いに等しかった。
大衆向けの音楽番組では、有名歌手が戦争反対の意を込めた歌を歌うほど。
何から何まで、戦争一色だった。
訓練が始まって二ヶ月。
私とカチカを含む十数人が一個部隊として集められ、ある任務をするための特別な訓練を受けることになった。
今までいた寮を離れ、新しい寮へ。
この部隊に与えられた任務とは、街の警備的なものだった。
戦線に立って、生きるか死ぬかの地獄を見るわけではない。
非力な市民を隣り合わせの危険から守るという任務である。
ある時は市民の盾となり、またある時は軍の剣となるのである。
自ら死地に赴くのとは、また違う使命感があるともいえる。
任務の内容だけを見れば軍隊というよりも、自衛隊的なものに思えた。
カチカは射撃の能力が高かった。勿論、私も負けていなかったが。
しかしカチカがよく上官に褒められているのに対して、私はあまり注目されなかった。
そのうちカチカは部隊隊長に任命され、私は副隊長となった。
彼女は大層喜び、より訓練に励むようになった。
ただ、この頃からカチカは変なことを呟くようになった。
「地球の人間は本当に極悪非道なのか?」と。
上官の言葉を思い出させてやると、彼女はそれを撤回させていた。
私は母に手紙を書いた。どんな仕事に着くのかを報告するために。
ついに私達が戦地で動く日がやってきた。
現地に着いて周りを見回すと、私達が担当する区画はあまり騒がしいものではなかった。
敵の空襲を受けた様子もない。まだ地球軍の侵略を受けていないのだろう。
ただ、通りを行き交う者達は皆ヘルメットをかぶっていた。
街の者が挨拶をしてくると、笑顔になれた。カチカが冗談を言って、笑わされるときもある。
戦場で笑うことなど私は想像していなかった。もっと殺伐としているものだと思っていたから。
同じ部隊の皆に笑顔があると、その間自分達が地球軍と戦っていることを忘れさせた。
ただ、上官は冷たかった。何かにつけて地球軍は殺せと、唾を飛ばして叫ぶものだから。
地球軍と交戦することなく、任務に着いてから二週間が経ったときのこと。
反戦を掲げる月の兎達が、デモを起こして大通りを行進していた。
戦争をすると軍が言えば、反発する市民も出てくるものである。
侵略されるのが嫌で地球軍を攻撃する者がいれば、話し合いで平和的に戦争を終わらせたいと望む者もいる。
軍の上層部からすれば、こういう運動は邪魔なだけである。
私達の部隊を含む八十人程の軍隊兎が集められ、デモの進行を防ぐよう上官から命令された。
盾で守りを固め、列を成して並ぶ。私もその一人。そして後ろには警棒を握った軍隊兎達。
暴動を抑えるといっても自分と同じ兎の彼らに銃口は向けられないので、銃はいざというときの拳銃のみである。
「ただちに行進を止めたまえ!」
後ろから拡声器による、低い男の声がした。しかしデモをしている彼らは聞く耳を持たない。
「なら戦争を止めてよ!」
「今すぐに停戦を申し出るべきだ!」
「戦争で亡くした夫を返して!」
彼らは非常に興奮していた。口々に声を荒げている。
中には旗を握り締めているものもいた。足を止めることなく、私達に向かってくることも考えられる。
反戦を主張しているのに、それが通らなければ武力行使をする。
争いが嫌なのに、何故彼ら自身で起こすのか。
こう考えると、彼らはどこか矛盾しているようにも思えた。
彼らはすぐ近くにまで迫ってきている。
老若男女様々な兎達が、興奮と緊張に肩をこわばらせてた。
目の前には私と同い年ぐらいの女の子が目に涙をためて、棒切れを握っていた。
できない。もし彼らが私達に迫ってきても、彼らを止めるためにこちらも暴力を振るうなんてできない。
そう思ったとき、耳のアンテナに上官の声が届いた。なんとしてでも彼らを止めろと。
停戦を主張する彼らは月の民にあらずと。彼らは反逆の暴徒であると。
上官の言うことは絶対である。上官の言葉は真理である。上官に逆らうことなど不可能。
戦友達の目を窺うと、殆どの者が頷いた。何としてでも彼らを止めると。
しかし隊員の何人かは市民を実力行使で抑えることを拒否しているのか、首を振る者もいた。
カチカもその一人だった。彼女は後ろで警棒を構えているが、腰を引かせていた。
一番最初に手を出したのは、目の前の少女。私に向かって、棒を振りかぶった。
彼女の行動を見た市民達が一斉に人の波となって、私達に迫りってきた。
私は少女を地面に倒して殴りつけ、気絶させた。こうする他ないのだ。そう納得して、任務を続けた。
争い始めて一時間程経過。運動を起こした者達が暴れることをやめ、降参しだした。
警察の者達が集まり、運動を起こしたリーダーらと数人を連行していった。運動に参加した者達の殆どは逃げて行ったが。
私は大した怪我を負うことなく、仕事をこなすことができた。カチカは何も言わずに、呆然としていた。
寮に戻ると、上官からねぎらいの言葉をいただいた。
ただ、カチカを含む数人の隊員は随分叱られていた。運動を起こした彼らから逃げたから。
上官はカチカ達の気持ちがわからないこともないと仰っているが、納得のいかない様子であった。
カチカは隊長から降ろされ、一般兵になった。なので、私が隊長となった。
上官が部屋から出て行った後、カチカは私に迫ってきた。
「レイセン、どうしてデモの兎達を殴ったの? 彼らは私達と同じ月の兎じゃない!」
「だからと言って、彼らを暴走させっぱなしになんてできない。それに、上官の命令は絶対よ」
「……そう。そうね」
納得したのか、反論することを諦めたのか。カチカはそれ以上喋らなくなった。
デモが起きてから数日が経った朝。母から手紙が届いていた。病気で倒れ、入院してしまったということ。
私は上官に許可を頂き、すぐに病院へ向かった。
母は病室で点滴を打ってもらって、横になっていたところだった。
看護婦さんがいて、今は目を覚ましているところだそうだ。
「来てくれたのね、レイセン」
「お母さん……」
看護婦さんの話によると、母は胃腸を悪くしての入院だそうだ。
大事に至るような重たいものではなく、三日ほど様子を見れば退院できるとのこと。
仕事が一段落ついたのか、看護婦さんは出て行った。
母のために買ってきた飴玉をベッドの横に置いて、母の隣に腰掛ける。
「レイセン、仕事の方はどうなの? 辛いでしょう?」
母の笑顔は無理をしているようなものだった。
よっぽど、仕事が辛いのだろう。
近頃争いが激化しているせいで、前線に近い病院は毎日重傷者が耐えないに違いない。
「うん。でも私、がんばれてる。お父さんのようになってみせる。お母さんや、皆を守るから」
母は黙って、私を抱きしめた。
「聞いてレイセン。あなたには幸せな生を送って欲しいの。辛くなったら、逃げてもいいから」
「でも、上官の命令は絶対よ。逃げるなんてできない」
私の言葉を聞いた母は奇妙なものをみる目つきになった。
「……レイセン、正直に言うわ。軍隊なんてやめなさい」
「そんな、できない」
「聞きなさい。そのうち洗脳されて人間と戦うことに抵抗がなくなり、あの人のように終わってしまう」
「……」
母が変だ。あんなにも憎き地球軍から逃げろだなんて。
いや、普通かもしれない。デモを起こした彼らと同じようなことだ。
結局争いなんて誰も望んじゃいない。
「あなたが思っているより、月の偉い人は平和的な解決を望んでいる。ただ、地球側が話を合わそうとしないからこんなにも血が流れている」
「お母さん……」
しかし今の私に逃げるなんて選択肢はない。上官に目をつけられているから。
そして母は知らない。この前街にやってきた地球の兵士達を、私が何人殺したか。
私がどれだけの勲章を持っているのか知らない。近くにいる戦友達が倒れていくのをどれだけ目にしたかも、知らない。
もう私に以前のような、銃の扱い方を知らない頃に、戻る方法はないのだ。
「レイセン、私は今の仕事を辞めたわ。荒んでいく街を支えていくために」
「そう。じゃあ仕事の最中、会えるかもしれないね」
「そうね……」
母の表情は暗い。ただ飴玉を口に含むと、少しは柔らかいものになった。
「もし月が地球の人間に占領されてしまったら、この飴は二度と食べられないでしょうね……」
母がもう一度、私を強く抱きしめた。私も、抱きしめ返した。
「レイセン、あなたはまだ若いの。あなたはもっと幸せになってもいいのよ。だから生きなさい。全てから逃げてでも、生き延びなさい……」
母の声が震えている。母の言葉はまるでもう会えないような言い方だった。
母の気持ちはわかるが、不安にさせるような言い方はして欲しくないと思った。
長居することはできない。もうそろそろ戻らなくては。
帰ることを伝えて、病室を後にした。
母は戦争を望んでいない。子の私が戦場に立つことも。
でも、地球軍が攻めてくるなら誰かが止めなければならない。
そうしなければ、母が殺されてしまうから。
耳のアンテナに上官の言葉が入る。至急帰るようにとまくし立てられた。
私は急いで病院を後にした。
寮に戻ると、皆慌しくしていた。
「レイセン、レイセンはいないのか!」
上官が私を呼ぶ。敬礼して、上官の前に立った。
「はっ、ただ今母のお見舞いから戻りました」
「そうか。単刀直入に言おう、カチカが脱走した」
上官の話はまさに寝耳に水だった。
彼女が軍隊から逃げ出した? 地球の人間をやっつけててやると気負っていた彼女が?
「カチカが逃げるなんて何かの間違いです。彼女はそんなことをする兎じゃあありません」
「いいや、彼女は脱走した。寮のどこかに抜け穴を作って逃げたわけじゃなく、正門から堂々とな。それも小銃と拳銃を、一丁ずつ持ち出してだ」
カチカは門の番をしている兵士二人に「上官から使いを頼まれた」と嘘をついて出て行き、そのまま帰ってこなくなったそうな。
彼女が出て行ったのは私が出た後。時間は朝。そして今は昼頃。
「レイセン、お前は彼女がどこへ逃げたか心当たりはあるか?」
「いえ、ありません」
嘘は言っていない。そもそも私は、カチカが軍から逃げるなんて理解できなかった。
いや、前兆はあったのかもしれない。
訓練のときから上官の言葉に疑問を持ち続けていたこと。
地球軍に対する悪口をあまり口にしたがらないこと。
そしてデモが起きたとき、民衆から逃げたこと。
「レイセン……疑いたくはないが、彼女の逃亡を手伝っているということはあるまいな? お前とカチカは仲が良さそうだったからな」
「ありません。そもそも、私はカチカが逃亡したことが信じられないのです」
「……引き続き隊長を務めてもらう。足りない人員は新米で補う。以上だ」
「了解」
上官の言うとおり、無理にでも現実を受け入れるしかない。
彼女はどうしてしまったのだろう。
戦争が嫌で逃げたとすれば、どうして武器を持ち出したままなのか。
彼女は単身敵地に突撃するつもりなのだろうか。
そうだとしても、彼女は犬死だ。
カチカは優秀な兵士である。が、ただ一人の兵士である。
人間もとい兎一つにできることなど限定される。
まして彼女は馬鹿ではない。そんな愚かなことするはずがなかった。
彼女が心配であるが、彼女を追って自分も軍を抜けるなんて到底できないことである。
私はただ黙って、任務をこなすしかなかった。
カチカが逃げ出して一ヶ月が過ぎた。
戦況は膠着状態となり、兵士達の争いに平穏が訪れる。
お偉いさん方の話し合いが本格的に始まったのだ。
しかし私の仕事に休みはない。いつ人家や街を奇襲されるかわからないから。
上官からカチカに関する情報を聞かされた。
彼女は反戦デモを行う団体のリーダーとなったそうだ。
上官の機嫌は大層悪そうであった。自分が育てた兵士に、裏切られたみたいであったから。
私は彼女が無事であることを確認して、安心していた。
ただ、彼女と次に会ったときは厄介かもしれない。
戦争を続ける私に、敵対していることなのだから。
この日は兵士三人を一班、計七班の小隊を組んでの警備だった。
私の班には私と、新米が二人。
都心部の南を担当しての警護だった。街を歩く人はもう殆どいない。
皆、どこかに引き篭もっているのだ。
軍から配給される物資で街の皆は日々を凌いでいる。
そして私達は味のない蒟蒻のようなものや、フレーク状の挽肉で食欲を誤魔化し続けていた。
廃れた商店街の一角で昼食を取っていると、遠くから見知った人物がやってきた。
カチカだ。久しかった。ただ、彼女の険しい顔を見ると、とても再会を喜べる空気ではなかった。
彼女の姿を見た一人の新米隊員が向かっていくと、カチカは彼の足元に拳銃を発砲した。
その隊員に弾が当たったわけではないが、彼は小さな悲鳴を上げて腰を抜かし、地面に座り込んでしまった。
「そこまでよ。戦争なんてもうやめなさい」
周りから、街の兎達が出てきた。私達に反戦を訴えるつもりなのだろうか。
兎達の中に母の姿があった。軍人を続けている私に、非難を浴びせているかのような視線を飛ばす。
カチカが私を見つめて、こっちへ近づいてきた。
「久しぶりね、レイセン」
「カチカ……。どうして軍から逃げたの?」
「もう察しがついてるんでしょう? 戦争なんてこりごりなのよ」
彼女の表情は真剣であった。本気で戦争をしなくて済む方法を考えているに違いない。
「今軍は動いていない。そうでしょう、レイセン」
「ええ、そうよ……」
「あれは地球軍が我々の運動を見て、戦意がないことを理解したからだと思うの。軍の幹部達はきっと地球に領土を明け渡し、支配権を譲ると思うわ」
「……カチカは本気でそうなると思っているの?」
「そうさせてみせる。私が掴んだ軍の情報を地球軍に売って、街の皆には手を出さない約束を結ばせる。人間がここに住み着くようになるけど、賑やかになるだけだし、いいでしょう?」
「……」
戦争が嫌な兎達は人間達に支配されてもいいから、戦争が終わって欲しいといっているのだろうか。
しかし話し合いではなく一方的な攻撃をされた後に、仲良くしようなんて言われても頷けるわけがない。
父を失ったのに。殺されたのに。奪われたのに。そんな者達が土足で上がりこんできたとしても、仲良なんてできない。
「あなたもそうなのね。洗脳されているのね。二言目には上官、上官って言うのね」
「……ええ」
「いい加減目を覚ましなさいよ。あんな奴らの駒みたいに動かされて満足なの? あなたはそんな器じゃないはずよ」
洗脳とは上手くいったものだと関心した。だからといって、彼女の言うことは聞けないが。
戦争が嫌な同志を集めて、皆で運動しましょうと声をかける。それも洗脳みたいだと思ったから。
「カチカの言うことは納得できない。私は反戦なんて飲み込めない。私は軍人であることを続ける」
「……そう。あなたとはわかりあえそうにないのね」
近くにいる母の表情はとても暗く、冷たい。目を合わせようともしてくれない。
確かに私も戦争は嫌だ。今すぐにでも終わって欲しい。
だが、大勢の狂った者達に攻め入られれば、こちらも狂ってしまうものだ。
爆撃されれば、砲撃の押収を。要人が誘拐されれば、向こうの基地を襲撃する。
やられたらやり返す。繰り返すうちに、どちらが先に仕掛けたのかわからなくなる。
戦争なんてそんなものだ。きっかけは些細なものなのだ。
だが何かが引き金となってたくさんの命が失われてしまったら、どちらかが降伏するまで大軍の暴力で蹂躙しあう。
それが大きな国同士の争いごと。個人個人の揉め事なんて、生易しいものではない。
感情論だけで戦争は終わらせることが出来ない。トップの者ならともかく、私達下っ端共々の感情で戦争は終わらない。
カチカはそこまで頭が回っていないんだ。
でも彼女にそれを言ってもきっと受け入れないだろう。彼女にはきっと、周りが見えていないのだから。
腰を抜かせていた隊員が、突然悲鳴を上げた。次にカチカが地面に崩れ、街の皆が叫び声を上げて逃げ出した。
遠くに地球軍が見えた。奇襲である。民間人だろうと軍人だろうと関係なしに、地球軍が発砲してきたのだ。
近くの障害物ですぐに身を隠したので私と新米は無事だが、もう一人の新米隊員とカチカは無事ではない。
即死なのか、隊員は動こうとしない。カチカはまだ意識があるのか、腹を押さえて口をぱくぱくさせている。
「レイ、セン……」
涙を流して助けを求めている。周りを見回すと、母までもが倒れていた。
新米兵が救援を呼んだが、すぐに来るのかどうかわからない。
地球軍が近くにいるから、障害物から飛び出すなんてできない状態。
血の海の真ん中にいる母に寄り添うなんて、とてもできない。
守りたい母が近くにいるのに。助けたい友人が目の前にいるのに。
それなのに今自分ができることは、威嚇射撃で敵を寄せ付けないようにすることだけだった。悔しい。
あいつらは私の平和をぶち壊した。私のすぐ傍でどうどうと。
悲しみよりも、憎しみが大きく膨れ上がる。
上官の言葉が聞こえたような気がした。地球の兵士達へ発砲しろと。
たとえ何があっても。傍で戦友が倒れていたとしても。
新米に援護射撃を任せて障害物から飛び出し、私は地球軍へ向かった。
そう。上官が私に命令する。彼らにやり返せと。
上官が私の狂気を膨らませていく。憎悪が大きくなっていく。
絶対に許せない。こいつらを生かして帰すなんてさせない。
私を狙うならそうするがいい。だが狙うなら、一撃で殺せ。
もし外せば、渾身の銃弾を打ち込んでやる。二発目を撃たせる隙なんて与えない。
私の中の狂気がどんどん増幅されていくような気がした。人間を殺害することに抵抗を感じない程に。
銃弾の雨霰、金属の弾幕を掻い潜って地球軍を次々に射殺していく。
弾が切れたなら銃を捨てて平手を銃のような形にし、幻惑の銃弾で敵を倒していった。
動く敵がいなくなった頃、晴らしきれない憎しみが悲しみに変わって、私の胸を押しつぶした。
止め処なく流れ出る涙をぬぐいながら母を抱き起こしてみるが、反応はない。もう死んでしまった様だ。
カチカの体を揺すってみるが、彼女も私の名前を呼んでくれることはなかった。
泣いても、叫んでも、絶望しても、何にもならない。
母もカチカも、ただの肉塊になってしまった。
私が愛する者は、皆死んでしまったんだ。
救援がきたときには、何もかもが手遅れだった。
救助が来たのはいつだろうか。衛生兵と共に、上官も一緒であった。
その場で何があったか詳しく覚えていない。ただ泣き叫んで、地面に座り込んでいただけだから。
次に気がついたときは寮の一室だった。四角い天井に、暗い壁、冷たく硬いベッド。
体の節々が痛い。地球の兵士と交戦して出来た傷が痛む。
「目が覚めたか、レイセン」
上官の言葉が耳に突き刺さった。驚いて、わが身を抱きしめた。
「あの場で何があった。お前の口から報告しろ」
「……街の兎達に混じっていた母と、カチカが地球軍の襲撃を受けて銃撃されました。私と同じ班の隊員も撃たれました。撃たれて、殺されました」
「憎たらしかったか?」
地球の兵士達を睨んでいた自分を思い出した。あのとき悔しい思いをしていたことが蘇る。
思いつく限りの罵詈雑言を彼らに吐き散らして、突撃したことを。
そのきっかけとなったのが、上官から電波を送られてきたと、勘違いしたということ。
胃が締め付けられて、お腹のものを吐き戻しそうになる。
「……はい」
声を絞り出しての返事。暗くて上官の表情は窺えないが、どこか笑っていそうな感じ。
「生き残った新米が言っていた。お前は一人で銃弾の嵐にもぐりこんで、地球軍兵士を十二名殺害したとな」
十二人。私は今日一日でそんなに人間を殺したのか。
皆それぞれ家庭を持ち、家で待っている者がいるというのに。私は彼らの夢や未来を奪ったのだ。
どうしてだろう。あんなにも彼らが憎かったのに、今頃謝罪したい気持ちが溢れてきた。
敵討ちをしたというのに、取り返しのつかないことをしたと後悔している。
「良くやったぞ、レイセン。お前には勲章をやろう」
やめて欲しい。こんなことで褒められても嬉しくない。
勲章なんていらない。誰かを殺して評価されるなんて、勘弁だ。
「引き続きお前には隊長を務めてもらうぞ。これからも期待しているからな」
上官は残酷な命令を残して立ち去った。
もういやだ。自分には月の民を守る力なんて無かった。
だから母を亡くし、カチカも見殺しにしてしまったんだ。
お父さんごめんなさい。私には結局誰も守れませんでした。
もう軍にいても、自分にできることなどない。
いざ他の月の兎が襲われたとき、きっと私に守れる者はいない。そうに違いない。
母の言うとおり軍隊を抜けていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
悔やんでも、今となってはどうすることもできない。
こんな世界こりごりだ。唯一の家族であった母もいない。友も失った。
その夜、私は寮から逃げ出した。月から逃げ出した。
母の言いつけどおり、幸せを求めて。
ある噂を耳にしたことがある。
罪を犯したことで地球に堕とされたという、月のお姫様の話である。
その姫様は今、地球の幻想郷という隔離された日本国の奥深くで隠れるように暮らしていると。
月の住民も一緒にいるらしいので、事情を話せば置いてくれるかもしれない。
そう期待した私は月を離れ、幻想郷を目指した。
結界を越え、野を越え川を越え家を越えて、ついには竹林の中へ。
辿りついた先は、地球の兎達が住まう隠れ家のようなもの。
間違いない。姫様と月の住民が住まうところだ。
尋ねてみると、地球の妖怪兎が出てきた。名前は因幡てゐというそうだ。
「私は月の兎、レイセンです。ここに月のお姫様と、住民がいると聞いてやってきたの。都合が良ければ、会わせて欲しい」
地球の兎てゐは私の頼みを聞いて、取り次いでくれた。
お姫様と月の住民が会ってくださるそうで、誘われるがまま客間へ。
地球の兎に淹れてもらったお茶で一服しながら待っていると、奥からお姫様と月の住民がお見えになった。
「はじめまして、レイセンと申します。突然の訪問に応じてくださって、ありがとうございます」
「ようこそ永遠亭へ、月の兎よ。私は姫の付き人、八意永琳。そしてこちらに見えるのが姫の、蓬莱山輝夜」
「初めまして、レイセン。随分慌しい様子でここまで来たのね」
「はい……」
私は姫様と永琳様に、今の月がどうなっているかを話した。
地球の人間が攻め入っていること。月が占領され始めていること。
月と地球が話し合いで平和的な終戦を試みている話があったにも関わらず、地球軍兵士の襲撃を受けたこと。
そして自分はそこから逃げ出してきたということ。
話を聞いてくださった二人は真剣な表情で、考え事をし始める。
そのうち、姫様が重たい口を開いた。
「レイセン、正直なところ地球の者が月に攻め入ったという話が信じられないの。でも、現にあなたはこうして逃げ出し、私に状況を伝えてくれた」
「はい……」
「辛かったでしょう? 私はここに引き篭もっているから詳しいことはわからない。でも、あなたが悲惨な目に会ったということはわかる」
「はい、その通りです……」
「レイセン、あなたは今更月に戻れないでしょう。こんなところで良ければ、ここに居て頂戴よ」
「ほ、本当ですかっ」
姫様の笑顔はとても優しく見えた。月が平和だった頃に母が見せた、柔らかい笑顔にそっくり。
「この子をここに置いても構わないわよね、永琳?」
「ええ。姫がそう仰るなら」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
私は土下座をして、感謝の意を表した。私の無茶を受け入れてくださるなんて。
嬉しそうな永琳様が私の頭を撫でながら、私を呼んだ。
「じゃあ、あなたのことを優曇華院と呼ばせてもらうわ。レイセン・優曇華院よ」
姫様が私を抱きしめて、微笑みかけてくださる。
「ここではあなたも地球の兎と同じようなもの。私はあなたをイナバと呼ばせてもらうわよ。あなたの名前は、レイセン。レイセン・優曇華院・イナバ」
「わかりました。ありがとうございます。どうぞ、これからよろしくお願いします」
姫様と永琳様のご好意により、私は新しい名前と居所を頂いた。
折角なのでと思って、レイセンのところも漢字に弄ってやった。
私の名前はこれから鈴仙・優曇華院・イナバだ。
月の兎ではあるが、今はもう月兎の軍人ではない。
姫様のお暇にお付き合いさせて頂ける者。永琳様、いや師匠のお手伝いをさせてもらう者。
私はこれからそうやって生きていくんだ。ここ永遠亭で、幸せをみつけるんだ。
月の思い出はもう過去のもの。これから逃げたという罪を償いながら、生きていくんだ。
新しい寝床に満足して、目を瞑る。明日が待ち遠しい。
ある日、姫様が人間が営む里で花火の打ち上げ大会があるというお話をなさった。
是非とも皆で観ようよと仰ったので、姫様師匠てゐ、それに地球の兎達と私とで観ることになった。
私はとても嬉しく思った。お祭みたいだと思ったから。
事実、人里の方では賑やかなお祭が行われていた。
てゐの案内で永遠亭を出て、人里まで行くことに。
花火のためか、出発したときは空が暗かった。星さえ見える。月も。
里には人間だけでなく、妖怪や八百万の神々と呼ばれる神様も混じっていた。
お祭とは楽しむこと。そこに人種や種族の差別はなく、どんな者でも参加できるもの。
私の姿を見る人間は皆特に驚いたりせず、ごく普通に挨拶をしてくる者もいた。
人間がいるということで変な目で見られるのではと、内心怖かった私は安心できた。
向こうからすれば、私は宇宙の妖怪兎だそうだ。師匠がそう仰った。
妖怪兎と思われているみたいだが、私はそもそも人を襲ったりなんてしないのだから妖怪ではないと言いたい。
そもそも、私が人を避けているのだが。
とにかく、私はここ幻想郷において、あまり特別な扱いはされていないのだ。
私より奇妙な者はたくさんいるし、お祭だということでそこら辺をそういう者が歩いているほど。
安心した。自分は、この世界で少なくとものけ者扱いされていないということに。
姫様が可愛がってくださる。師匠が面倒を見てくださる。てゐが遊んでくれる。兎達も相手をしてくれる。
私が愛し、愛してくれる者達とこれからお祭で遊ぶんだ。
花火が楽しみで仕方がなかった。
お祭騒ぎが静まりだし、祝砲のように花火の一発目が夜空に放たれる。
赤色の大きな花火が、星空を飾った。
思わず、拍手。周りの皆も見とれて、喜んでいた。
私が月にいたころ、花火なんて殆ど見られなかったから。
次々と打ち上げられ、つんざくような砲撃の音が鼓膜に響く。色取り取りの光の花に感動する。
「イナバ、どう? 楽しんでいるかしら?」
「はい、姫様」
姫様に求められるがまま身を預けて、愛でてもらう。
「それは良かったわ。あなたはもううちの一員なのよ、これからも一緒に暮らしましょうね」
「はいっ」
師匠の顔を窺うと、顔を傾けて微笑まれた。
「姫はウドンゲが可哀想で、元気付けたいからって仰ったの。それもあって、今回皆でお出かけしようって言い出したのよ」
「師匠……。そうだったのですか……」
姫様と師匠にはもう話した。家族を失ったこと。戦友を目の前で見殺しにしたこと。上官に逆らえなかったこと。
辛かった過去を背負っている私に、姫様はわざわざ気を使ってくださったのだ。
そこまでしなくていいと遠慮する気持ちが生まれるほどに、嬉しい。
隣にいる地球兎のてゐもどこか意地悪なところがあるが、よく遊び相手になってくれる。
私は今幸せなんだ。明日何して過ごそう。そう考えるが、何でも良いやと投げやりになれる。
今は月の軍人をやっていた頃と全然違う。あの時は明日生きるために、必死に訓練を重ねるものだったから。
明日のことを考えなくていい。一週間後の自分の身を案じる必要はない。一ヶ月先に自分がどこへ駆り出されるか考えなくていい。
だから今私は幸せの中にいるんだ。母の言うとおり、逃げたのは正解だったのだ。
逃げたことによる、罪悪感はある。今でも耳に月からの電波が届いてくるのだから。
しかし、もう私は月と関係ないんだ。我侭でその電波を無視し続けた。これからは地球の永遠亭の皆と過ごすんから。
だから今も、こうして花火を楽しんでいられるんだ。
ただ、楽しい感情と別のものも湧き上がってきて胸の奥が苦しかった。
際限なく打ち上げられていく花火の音に、どこか懐かしい感じがしてくる。
いや、懐かしいと言っても思い出したくない類の、嫌な思い出だ。
そう。火薬が爆発する音だ。
それはつまり砲撃の音であって、大砲が金属の弾丸を打ち出す音であって、母を打ち抜いた物の発射音であって。
耳を塞いだ。高く伸びた耳を握りつぶして、必死に音が入ってこないようにする。それでも、煩い音が鼓膜に突き刺さってきた。
怖くなって、地面に座り込んだ。気がつくと体が震えていた。
音が煩い。人や兎の悲鳴を連想させる。やめて欲しい。
「鈴仙? どうしたの鈴仙!」
傍にいる誰かが呼んでいる。でも反応する余裕なんて全然ない。
「ウドンゲ、何があったのよ!」
私を揺すって呼びかける者がいる。でも相手をする暇なんてない。
「イナバ! 返事をしなさい、イナバ! 落ち着いて!」
声を張り上げて私の気を惹こうとしている。でも構うことなんてできない。
私は少しでも音から遠ざかろうと、その場から逃げ出した。
思い出す。拒否しても、勝手にイメージが浮かび上がってくる。
遠くから鳴り響く銃撃の交響曲。拳銃に始まり、小銃が繋ぎ、大砲と重火器が戦場を盛り上げる、あの火薬の旋律を。
また火薬が爆発する音がした。遠くで月の兎がやられたんだ。そんな戦場の光景が目に浮かぶ。
カチカの父が作った装甲車に、炸裂弾が打ち込まれたりするのだろう。
パイロットの兎が車内で反射するリベットに腹を貫かれ、血肉を撒き散らしたりするんだ。
装甲車が爆散し、中のパイロットを焦がすほどの熱で焼き尽くす。近くを通る歩兵は装甲車の破片を身に浴びて、血を流すのだ。
その戦場の中には父も混ざっていて、地球軍の自走砲の鉛玉を身に受けて体を四散されたり。
またあるときは地球軍の爆撃機が自己鋳造型の、大量に分裂する爆弾を街へ落とし、業火で焼き尽くしたりするのだろう。
逃げ惑う人々は皆やけどで皮膚が焼け爛れて、そのうち皮膚の下の筋肉が丸見えな死体が出来上がるに違いない。
その中には母がいて、街の警護の任務に当たっていた私の目の前で焼け焦げていくんだ。
すぐ近くにいるカチカもそのうち砲撃の破片を浴びて、倒れてしまうんだ。そして彼女は私に命乞いをする。
ああ、地球軍が自動小銃を腰だめで構えて辺りに乱射している。これでは近づけない。
そう。私は自分の身の危険を考えるばかり、彼女達に寄り添うことすらできないんだ。
ついには上官が出てくるんだ。低く、気迫の篭った声で私に向かって銃を持てと命令するのだ。
次に弾を装填しろと言い、それが終われば地球の兵士達に銃口を向ける。
地球軍の者達が戦友と母を殺したんだぞと復讐心を煽られ、上官の合図で引き金を引く。
よくもやってくれたなと囁く自分と、それでも仕返しするのはいけないことだと落ち着こうとする自分が葛藤する。
その葛藤もいずれ上官の言葉に支配され、引き金を引く。たった一寸人差し指を動かすだけのこと。
それだけで、目の前にいる地球兵士達の命と未来を奪うことが出来てしまう。
出来ないと泣き言は言えない。上官が見張っているから。そしてやらなければ自分が地球軍に殺されるから。
遠くから聞こえてくるはずの砲撃音は次第に大きくなり、戦線が街の方へ近づいて来るんだ。
今幻想郷の夜空に響く花火の打ち上げ音は本当に花火の音なのだろうか?
実は裏切った私を狙って、月の兎達が銃撃してきてる音ではないのかと疑い始めた。
考えるだけでも、恐怖に身の毛がよだつ。
遠くにいる里の皆や妖怪は呑気に祭りを楽しんでいるようだ。
あれは花火などではない。彼らの攻撃であるというのに。
近くに障害物が見当たらない。これでは攻撃され放題、好き放題され放題ではないか。
遠くから誰かが飛んでくる。その者はとても長い髪を持っていた。
姫様なのだろうか。突然いなくなった私を案じて、来てくれたのかもしれない。
しかし姫様ではなく、月の兎であったらどうだろう? 銃を背中に背負って、私を探しに来たというのはどうだろう?
私は怖くて握り締めていた拳の人差し指と親指を開き、銃の形を作る。
文字通りの人差し指で飛来してくる者を狙った。向こうは何の行動も取らず、こちらへ向かってくる。
やはり姫様なのだろうか。いや、ぎりぎりまで何もせずに十分私を引きつけてから、発砲してくるかもしれない。
近づいてくる姫様らしき人物へ、私の方から発砲した。その者は叫び声を上げて、墜落した。
殺してしまったのだろうか。姫とおぼしき者は立ち上がり、肩を押さえながらこちらへ歩いてきた。
怪我をしてもなお、私のところへ向かってくるとは。
よっぽど私を殺したい月の兵士なのか。それともやはり、蓬莱の薬を飲んだ姫様なのだろうか。
もし前者であるならば少しだけ申し訳ない。月と縁を切ったと言っても、同胞だから。でもそうならお帰り願いたい。
後者であるならば非常に申し訳ない。自分の面倒を見てくださっている方だから。
私は自分の手が怖くなった。もし姫様を傷つけたとしたらなら、どうしようかと。
謝罪するだけでは済まない。申し訳ない気持ちで、自分のこめかみに銃口を押し付けて自殺してしまいそうだ。
向こうが近づいてきて、月の明かりに僅かながら顔が見えてきた。姫様であった。
「痛かったじゃない、イナバ。一体どうしたの?」
「あ……ご、ごめんなさいぃっ! ごめんなさいっ……」
姫様は私を叱ったりせず、私に寄り添って抱きしめてくださった。
「私のことが、あなたを追いかけに来た月の者だと思ったの?」
「え、あ……そ、そうなんです……」
「そうだったのね……。でもどうして花火をあんなに怖がったの?」
「あ、あの……花火の音が、戦争をしていた頃に聞いた大砲の音と重なるんです。そのせいで、嫌な事を思い出したり幻覚が見えてしまったんです」
「そう……。で、もう落ち着いた?」
「姫様のお陰で……」
姫様の表情はとても優しい。それは母が時折見せるものに似ていた。
「あの、本当にごめんなさい! あろうことか姫様を撃ってしまって、私……私……」
「いいの。もういいの。イナバが無事なら、いいのよ」
遠くから師匠やてゐ、因幡兎達がやってくる。皆、私を追ってきたのだそうだ。
私は皆にどうして取り乱したのか説明した。気を使ってくれているのか、私を責める者はいなかった。
でも私は姫様を狙撃したんだ。混乱していたとはいえ、殺意があった。私がしたことは許されざる犯罪であった。
「イナバ」
「はい、姫様……」
「これからも私のペットとして永遠亭に居なさい。それがあなたに下す、おしおきよ」
「姫様……! あ、ありがとうございます!」
姫様の寛大な心遣いに、涙を流して感謝した。
こんなこと、いや大変な罪滅ぼしを私は課せられた。姫様を幸せにしてあげるという善行を。
改めて師匠やてゐ、因幡兎達に感謝しなければいけない。私を受け入れてくれたことに。
これからも月から私を呼ぶ電波が送られてくるのだろう。でも私は戻らない。
母は優しかった。カチカはいい戦友であった。今では思い出。夢想の産物。
自分の寝床は永遠亭にあるのだから。私が愛すべき者達は、竹林の中にいるのだから。
私がいるべき世界は、ここ幻想郷である。
もう月には私が居る場所も、拘る理由もないのだから。
されど、月で見てきた惨劇を忘れることは出来ないだろう。
大きな爆発音を聞くたびに、あの幻覚を見るかもしれないから。
花火大会が終わってから数日。師匠から暇を頂いた午後。
てゐが私を誘ってきた。また遊んで欲しいのだろうか。
彼女が用意した遊び道具は花火の一種である、癇癪玉だった。
それは大きな音を立てて遊ぶもので、私を狂わせる道具とも言えるものであって。
つまりは、とても悪質な悪戯だった。
「い、嫌よ。火薬が爆発する音嫌いなの、知ってるでしょう?」
「えー、遊ぼうよ鈴仙。あなたのことは知ってるけど、きっと大丈夫よ」
「……やめてって言ってるでしょう。今でも夢に見るぐらいなの。花火なんてしたらてゐのこと、とっちめるわよ?」
「でもねえ、前にやった大きな打ち上げ花火程大きな音もないのよ。流石に大丈夫しょう?」
「だめ、安心できない。それで遊ぶっていうなら、金輪際てゐとは遊ばない」
「そこまで言うなら……もうしない。だから機嫌直してよ、鈴仙」
「……いいわ、許してあげる。とりあえず、それをどこかへやってよ」
てゐがニヤリと、いやらしい笑顔を見せた。
「いやーよ」
取り上げようと手を伸ばしたところで、てゐが地面に癇癪玉を投げつけた。
乾いた爆発音。咄嗟に耳を握りつぶし、目を瞑った。それでも、鼓膜に音が届いた。
「鈴仙、鈴仙。私を見て。ほら、何ともないでしょう?」
隣でてゐが私を揺すっている。でも返事できない。
また、幻聴が聞こえ出したから。一度の爆発音が引き金となって、始まる戦争の凄惨な様子を。
小さな爆発音は、地球軍が月の兎へ拳銃を発砲したという情景を想像させた。
その発砲が原因で撃ちあいになり、やがて紛争となって、大規模な戦争へ発展する。
そしてその戦争はたくさんの月の民と地球の民の命をたくさん奪うのだ。
恐る恐る目を開けた頃には、そこは永遠亭の静かな一室ではなく、銃弾が飛び交う戦場であった。
正確には、永遠亭にいるはずである。今見ている景色はトラウマが引き起こす、重度の幻覚である。師匠がそう仰っていた。
ただ、そうわかっていても幻覚が止まらない。繰り広げられる地獄絵図は進行していくばかり。
妄想が酷いのか、隣にいたはずのてゐがカチカに見えてきた。
亜麻色のポニーテールが可愛らしげなカチカ。年は私と変わらないほどで。私より射撃が上手い彼女が。必死に話しかけてくる。
「ねえねえ、レイセン。どうしてあの時すぐに助けてくれなかったの? 私凄く痛かったんだよ? 戦争をするかしないかの喧嘩をしたからって、見殺しは止めて欲しかったな」
隣にいるてゐだったカチカに目をやると、お腹から血を流している。地球軍の自動小銃にやられた傷跡なのだろうか。
「ねえ何か言ってよレイセン。脱兎のレイセン。月から逃げ出し、私や自分の母、上官、月の皆から逃げ出したレイセン」
てゐの声だと思う呼びかけが、全てカチカから悪口を言われているように聞こえてしまう。
頭の中にフィルターがあり、そこを通る言葉が全部呪いの囁きに変換されているみたいだ。
カチカが私に寄りかかってくる。生き延びた私を祟っているのか、強く揺すってくる。
怖かった。カチカが純粋に怖かった。もう死んでしまったと思っていたのに、私を苦しめるためだけに蘇ったみたいで。
もう私を責めないで欲しい。ようやく手に入れた幸せが逃げていくから。
だから私は、傍にいるカチカの眉間に発砲した。悲鳴を上げる間もなく、即死したカチカ。
安心して、もう一度周りを見回した。永遠亭の一室に自分は戻っていた。幻覚はない。
隣にいたカチカは消えたが、てゐが倒れている。眉間から血を流して、動かない。脈は無かった。胸も上下していない。
妄想から生まれたカチカを殺したと思ったら、てゐだったなんて。
発砲音を聞いて誰かがやって来た。師匠だ。何か叫んでおられる。
「どうしてこんなことをしたのよ、ウドンゲ!」
私は師匠に頬を引っぱたかれ、畳の上に倒れた。その痛みから、罪悪感が増す。
顔を上げれば、姫様もいた。てゐを抱きかかえ、介抱している。しかしてゐが息を吹き返すことはなかった。
てゐの体を見つめた師匠が、私に視線を移した。幻惑の弾丸が放てる私の利き手を睨んでいる。
「てゐが花火を使って悪戯したということは、わかった。音がしたから。きっとウドンゲは花火のせいで、この前の混乱した状態になったのでしょう?」
師匠は言葉を区切り、姫様に抱かれたてゐを見つめた。
「だけど、てゐを殺めたことは許されない事実よ。説明しなさい」
師匠に促されて何か喋ろうと思った。が、言葉が泣き声混じりの嗚咽になって何も言えなくなった。罪悪感とてゐに対する申し訳ない気持ち、それと叱られたことによる受けた衝撃で。
「泣いてばかりいないの。きちんと話なさい。泣けばどうとでもなることじゃないでしょう?」
師匠は私の犯した過ちについて、言及している。そうわかって答えたくても、言葉が詰まって答えられない。そしてそんな私に師匠は腹を立てられる。悪循環だった。
「永琳、落ち着いて! イナバだって、悪いことをしたって理解してるはずよ!」
てゐを抱いた姫様が私と師匠の間に割って入った。こんな状況でも私を庇ってくださる姫様は、何と優しいのだろう。姫様の後姿が、ある日母が見せた温かい背中と重なった。
「だからこそです。悪戯で済まないようなことをやってしまったのだから、甘やかせていい様な事ではありません」
「……」
「この子も子供ではないのです。謝って許されることをしたわけじゃないのです。だから、ウドンゲにはきちんとしてもらわないと」
師匠の仰っていることはわかっているのに、行動に移せない。厳しい師匠の姿が、上官と重なった。
私を庇う姫様が母で、師匠が上官で、てゐがカチカで。月にいた頃を彷彿とさせるこの状態が苦しかった。
私は自分の手を銃の形に握り、人差し指をこめかみに押し当てた。
こうなったら、私に出来ることはただ一つ。自決すること。
こうすることで、てゐに対する申し訳ない気持ちも片を付けられる。こんな狂った兎が死んでしまえば、永遠亭の皆にも迷惑をかけずに済む。
なんて素晴らしい解決策なんだろう。どうしてすぐに思いつかなかったのだろう。
過ちに気付いてからすぐに自殺してしまえば、師匠と姫様にかける面倒なことは減らせたかもしれないのに。
「止めなさい、ウドンゲ! 早まらないの!」
私の行動を見た師匠が飛び掛ってくるが、後ろに飛んで逃げた。姫様も相当驚いていらっしゃるのか、身を動かす余裕さえ無さそうだ。
「イナバ……何を考えているの。そんなことをしても何にもならない。それでは面倒なことを作りたくないと理由を作って、責任から逃げようとしてるだけじゃない……」
姫様の仰ることはごもっともだった。でも今更引き返すなんてできない。私に残された選択肢はこれだけなんだ。
「レイセン! お願い、止めて!」
二人の制止を無視して、私は自分で引き金を引いた。
妖かしの弾丸が私の頭を貫通するまでの僅かな時間。私が幸せだった瞬間を思い出していた。
初めて友達ができた幼稚園の頃。家族揃ってお出かけした小学生の頃。部活動に勤しんだ中高部のころ。
そして成人してからのこと。
永遠亭を訪れたこと。初めててゐの笑顔を見たときのこと。師匠に薬の調合を褒めていただいたこと。姫様と笑いながらおやつを食べたこと。
待っててね、お母さん。お父さん。カチカ。てゐ。今、謝りにいくから。
過去からも罪からも、トラウマからも。
この後味の悪さが非常に好みです。
来世ではいま少し、シアワセになれますように。
人格を破綻させずに狂気を表現する、実に見事でした
悲しい話でしたが「素晴らしかった」と評させて下さい
使いどころによってはかなりこわい
そういうのが最近の流行なのですね。いい評価、もらえますしね。
でもそんなので安易な感動はどうかと思いますよ。
違反になると思いますが、ひとつ下の人に一言言わせて戴きます。
流行とか安価な感動とか、評価が貰えるですって?
作者に対する嫌味にしか聞こえませんよ?
自○隊の総合火力演習に行ったときにつくづくそう思いました…。
ハッピーエンド好きな私にはちょっときつかったですがとても楽しめました。
寝て起きてから点数ミスに気づいた
ほんますまんorz
>そういうのが最近の流行なのですね
逆なんだよ!今は死はもちろん、怪我などの表現もソフトなものばっかりなの!!ソフトどころかないものばっか。
まあ、それも嫌いじゃないけど、そういうのばかりってのもね~
うどんげのキーワードを見事に織り込んだ良いシナリオです。
公式からはあんまり暗い雰囲気って伝わらないけど、永夜抄や花映塚のEND
見る限りものすごくヘビーな過去を背負ってるはずなんですよねこの兎は。
とても上手に話が作れていると、素直に感動しました。
あと、規約違反とは思いますが-10の人へ言わせて下さい。
あなたにとっての「最近」がどの程度か知りませんが、
流行と呼ぶ程に多いですか?それに、ただ大量に殺しただけの作品が評価されていますか?
それと、筆者が精魂込めて執筆したでしょうこれを安易とはいかがなものでしょうか。
あと違反になるのがわかってて同じことしてる人が何人もいるのもどうかと
ただ、自分は基本的にバッドエンドが苦手なので申し訳ないけどこの点数で・・・
リアリティあって面白かったぜ。
さすがに癇癪球と銃声は厳しいなぁ...(笑
しかし、狂気を操る奴が狂気に悩まされるってのはありそうだ
狂気は静かにそして確実に心を侵していくものです。
というか-10の人は最初にグロ注意って書いてるんだから嫌なら読まなきゃいいのに…
ちょっと気になったのは皆がそれなりに鈴仙を気にしている割に具体的に何もせずに放置しておくことに少し違和感を感じた
永琳も輝夜も賢明なのだから何か手は打てなかったのだろうか?
厳しい言い方だがどうも作品の中のテーマが表に出過ぎていて、東方作品を書きたいのか、東方で反戦運動をしたいのか読み手として戸惑ってしまった
後者ならばこのままで問題がないが、前者であるなら鈴仙に対する永遠亭のシーンを作った方がいいのではないだろうか?このままでは作中での鈴仙に対する他の者の思いがいささか伝わりにくいと思う
点数は後者であるなら+20点で
批評ありがとうございます。これは東方作品ですので、点数はそのままで。
鈴仙ちゃんに対する永遠亭メンバーのシーンを入れた方が良かった、永琳と姫様をもうちょっと賢く、というアドバイス、痛み入ります。この辺の心配りが全くできていませんでした。
次回何か書くとき、参考にさせて頂きます。
それでは。