※この小説には二次設定が含まれています。書かなくてもすぐに分かるので書きませんが、あらかじめご了承ください。
※メモ帳計算で凡そ1700行(空白も含む)ありますので、時間にはある程度余裕を持って読んでください。
※主に2人の視点で進めますので、途中で視点が変わることがあります。目印は、
・* * * ○○○ * * *
・* * * * * *
です、一箇所だけこれを挟んでも視点が変わらない場所がありますが。
※流血シーンもありますので、そこもご了承願えます。
以上の事を了解していただけましたら、どうぞご閲覧ください。
* * * 紅魔の夢 ~咲夜Side~ * * *
―― 何で!?何でなのお母さん!!教えてよ!!悪い事したなら直すから!!一人にしないで!! ――
「はっ!!」
目が覚めた私の視界には、何時も目が覚めた時に見る紅い天井。
此処は…紅魔館。此処は…私の自室。私は…十六夜咲夜。
…一々確認しなければならないほど、戸惑ってしまったようだ。
「…ふふっ、またあの夢…。」
今見ていた夢を思い出し、普段ならしない独り言が口から漏れる。本当に最近、よく見るようになった。
…もう、振り切ったものだと思っていたけれど…。…あの人が、目の前に現れてしまったから…。
幼い頃のあの記憶だけは、やっぱり易々と消えるものではないか…。
…ああ、酷い寝汗だ。これじゃ明日…正確には今日だが、お嬢様の前に出れないじゃないか。
仕方が無い、シャワーを浴びてこよう…。音が漏れないように、時間を止めて…。
* * * 永遠の記憶 ~永琳Side~ * * *
―― …ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…。 ――
「……ょう、師匠。」
私を呼ぶ声に、はっと我に返る。
「あ、ああ、ごめんなさいウドンゲ。何かしら?」
「ボーっとしないでくださいよ。最近多いですよ、そうしてる事。」
そうかもしれない、私は自嘲気味に笑う。どうやら、昔の事を思い出してしまったらしい。
昔の事…と言っても、もう1000年以上前、私がまだ月にいた頃の話だ。
しかし、私がこうして存在している以上、あの時の事だけは忘れられない…。
地上に降りてから、姫に仕えている間に、あの事は忘れたつもりだった。それでも、やはり心のどこかに残っていたのだろう。
それが爆発したのは、私が地上の密室を作り出したとき…。
…また、あの子に逢ってしまった時…。
「…神なんてものがいるなら、本当に残酷なものよね…。」
思わず口にしてしまった独り言は、幸い私の目の前にいるウドンゲには聞こえなかったようだ。
* * * 開戦の狼煙 ~咲夜Side~ * * *
「戦争よ!!」
…切欠は別になんと言う事は無かった。
宴会の席で、お嬢様が必要以上に酔ってしまって、永遠亭の姫にちょっかいを出した事だった。
止められなかった私の責任でもあるのだが、まあ、お嬢様が100%悪いという事だけは、今回は認めざるを得ない。
「あの宇宙人を叩き潰すのよ!!大体初めて逢った時から調子に乗ってると思ってたけど…」
…正直、私も含め3人…パチュリー様と美鈴も、呆れて全く言葉が出ない。お嬢様の話を半分も聞いてはいないだろう。
何時もならば私が一番に耳を傾ければならないが、その私ですら今回はお嬢様の全てに賛成できない。
「ちょっと咲夜!!聞いてるの!?」
「…はい、聞いてますから、どうぞ続けてください。」
お嬢様に嘘をつくのは心苦しいが、聞いてませんとキッパリ言うのも憚られる。
どうせ今のお嬢様なら、多少嘘をつくくらいならばれる事は無いだろう。完全に自分の世界に入っている。
…ただ、最後の言葉はいらなかったかもしれない…。
「…咲夜さん、続けてなんて言わないでくださいよ…。」
「…ごめんなさい、美鈴。今のは私のミスだわ…。」
どうやら結構限界が近いようだ。今なら小声で喋る程度では聞かれる事はないとは言え、美鈴がこんな事を言うのも珍しい。
その分、パチュリー様は凄いと思う。横目で見てみれば、表情を変えずにずっと立っている。
まあ、頭の中では全く違う事を考えているのだろうが。
「…と言う訳で!!この期に永遠亭をぶっ潰すのよ!!誰が幻想郷の王なのかをきっちり教えてあげるわ!!」
一人で盛り上がるお嬢様を無視して、私達はようやく話が終わったという安心と、これから怒る事への不安の、二つを含めたため息を吐いた。
* * * 開戦宣言 ~永琳Side~ * * *
「あんのひよっ子蝙蝠!!今度という今度こそは許さないわ!!」
…確かにあれはあっちに責任がありそうだったけれど、だからって此処まで逆上する姫に、底知れぬ虚しさがこみ上げてくる。
…何処で育て方を間違えたのだろうか、何となくそう言いたくなった。
…最近の引き篭り具合を見れば、最初から教育法が間違っていた気もしなくもないが。
「私に比べればまだまだガキのくせに!!大体最初にうちに攻めてきた時から嫌な奴だとは思ってたけど…」
私はため息を吐いた。何故か二回ため息が聞こえた。
何の事はない、隣で同じく話を聞いていたウドンゲも、同時にため息を吐いていた。
…今回は、この子達に同情しよう…。
「ちょっと永琳!!聞いてるの!?」
「…はい、聞いてますから、どうぞ続けてください。」
はっきり言って最初から殆ど聞いていなかったが、聞いていないというのも姫の怒りを加速させるだけだ。
まあ、話なんて聞いていなくても、大体は姫の愚痴だ。聞く必要はない。
…ただ、最後の言葉はちょっと迂闊だっただろうか…。
「…師匠、何てこと言うんですか…。」
「…ごめんなさい、ウドンゲ。今のは私のミスだわ…。」
どうやらこの子も限界らしい。私にこんな事を言ってくるのも結構珍しい。
他の妖怪兎達は後ろで姫の話を無視して喋っている。本来ならば叱らなければならないが、今回は許す事にしよう。
…てゐは最初からこの席にいないし。うまく逃げたものだ…。
「とにかく!!あの生意気な吸血鬼どもをこの期に叩きのめすのよ!!ガキが大人にたてつくんじゃないってことを教えてやるわ!!」
一人で盛り上がる姫を無視して、私とウドンゲは姫の蛮行とこれからの不安、二つを含めたため息を吐いた。
* * * 月の記憶 ~咲夜Side~ * * *
次の日、私はお嬢様に「色々と買出しに言ってきます」と言って、ある場所へと向かった。お嬢様の事は美鈴に任せて。
買出しには行ったのだから嘘ではない。しかし、それ以外にも用事はある。
…本当はあんな奴に頼りたくはなかったけれど、この際仕方がない。博麗神社は今日に限って留守だったし…。
私が向かったのは魔法の森、ツートンカラーの魔法使いの家だ。
宴会が三日おきに行われていた異変以来だったが、場所を忘れるほど私は馬鹿ではない。
…ただ、久しぶりに来てみたものの、やっぱり少女が一人で住むところなのか、と言う気にはなる。
…まあ、ネズミの住処には丁度いいか…。
「魔理沙、いるかしら?」
扉をノックすると共に、中にいるであろう人物に呼びかける。
ややあって、中でちょっと物音がしたかと思うと、扉が勢いよく開いた。
「おお、珍しい顔が来たな。借り物ならまだ死んでないから返さないぜ?」
相変わらず自分勝手なことを…。今すぐに殺して本を返してもらおうかしら…。
…深呼吸して怒りを飲み込んだ。今日はそんな事で来た訳ではない。まだ殺すわけにはいかない。
「…ちょっと相談に乗ってくれたら、今日は見逃してあげるわ。急用なのよ。」
私の言葉に、魔理沙は首を捻る。まあ、仕方がないかもしれない。こんな要件でこいつを訪ねたのは初めての事だ。
「…ああ、この間の宴会の事か。お前も大変だな。まあ入れよ、ちょっとくらいは力になるぜ。」
思ったよりも頼り甲斐のある返事に、少しだけ安心する。
他に頼れる人間もいない事だし、此処は魔理沙の好意に甘えるとしよう。
…魔理沙の家の中に入ったのは初めてだったが、なんと言うか、今すぐ掃除したかった。
散らかりようが半端ない…。…まさにネズミが住むには相応しいのだが…。
「まあそこ座れよ。お茶は出ないからな。」
「最初から期待してないわ。それより、今から話す事を誰かに話したら、問答無用で殺しにかかるから、注意しなさい。」
まずは牽制しておく。相手はあの霧雨魔理沙だ。
これから話す事を知られては…特にお嬢様には…たまったものではない。皆の私を見る眼が変わってしまうかもしれない。
周りの評価を気にする訳ではないが、そういう眼で見られるのはやっぱり辛いものがある。
「あー、大丈夫だ。安心しろ。…それに、何となくだが、お前が言いたい事が分かる気がするんだ。」
…その言葉には、流石に驚かされた。
いや、私が言いたいのは…まあ、確かに先日の宴会での事なのだが…、それだけではない。
私が言いたいのは、どうやったら永遠亭との戦いを避けられるかと言う事。
…そして、何故戦いたくないのかと言う事…。
「…お前、永琳と戦いたくないんだろ?お前の母さんかなんかだから。」
…思いがけない魔理沙の言葉に、私は言葉が出なくなった…。
「…図星だな。何となくだけど、お前ら2人はよく似てるなって思ってたんだ。
銀髪だし、目つきなんかも似てるし、主人にはきっちり従うし、永琳は薬、お前は毒を集めるのが好きだったり…。」
矢次に私と“永琳”の酷似点を上げていく魔理沙。
…あの人の事はあまり見ていなかったから知らなかったが、そこまで共通するものがあるとは知らなかった。
…血は争えない、と言ったところなのだろうか…。
「幼女趣味の変態だとか。」
「…あ゛あ゛っ!?」
時間停止。ナイフ展開。『幻在「クロックコープス」』
「おわっ、ちょ!!待て待て待て待て!!口が滑っただけだ!!落ち着け!!」
…すー、はー、すー、はー…。…よし。今は魔理沙を殺すわけには行かない。
序に後が面倒だから家を傷つけるのもいけない。ひょっとしたらパチュリー様の魔導書が傷付いてしまうかもしれない。
再び時間を止めてナイフを回収し、私は席に座った。時間作動。
「…お前はレミリアだし、永琳はあの人形に興味を持ってるみたいだし、本当の事じゃないか…。」
…落ち着け、私。落ち着くんだ…瀟洒でいるんだ…。
…本気で、殺そうかしら…。
…それにしても、あの人もそんな趣味があったとは…。…いや、自分がそういう趣味だと肯定したわけではないから。
…否定もできないのが悔しいが…。
「顔が恐いぜ咲夜。」
「誰のせいだ誰の。」
全く、本当に空気と言うものを理解しない奴だ。
「…とにかく、気づいていたとは驚きだわ。分からないように、あの人には出来るだけ話しかけないようにしてたんだけどね…。」
無理矢理話を戻す。こうでもしないと本題に入れない。
「まあ、気付いたのは霊夢なんだがな。ただ、お前さんらにも事情ってものがあるだろうし、それに憶測の域を出なかったしな。」
…成る程、霊夢が気付いたのなら何となく分からない事はない。
妙なところで勘がいい奴だ、私とあの人が口に出さずとも、魔理沙が言ったとおり、似ているところと言うだけでもその答えを出せるかもしれない。
「…そうよ、八意永琳は私の母親。12年前…あの人の主観だと1000年以上前だけど、私は捨てられたのよ。」
当時の事を思い出しながら、私は魔理沙に打ち明けた。私の過去の事を。
「…穏やかじゃないな、捨てられたとは。それにお前の主観で12年、永琳の主観で1000年、ってトコも気になるぜ。」
流石の魔理沙も神妙な顔つきになる。珍しい事ではあるが、こうでなくては話も出来ない。
自分で言うのも難ではあるが、真剣な話には真剣になってもらわなくては困るので、魔理沙にもそれだけの常識はあった事に感謝する。
「そうね、私もはっきりと覚えてる訳じゃないわ。まだ幼い頃だったからね。」
私は当時の朧な記憶を思い出し、少しだけ苦笑した。
何だかんだで、結構覚えていたからだ。月で生活していた時の、楽しかった生活の事を。
「それまでは良かったのよ。私もあの人の事が好きだったし、生活だって豊かで不自由なく、楽しかった。
あの人も…まあ、ちょっと行き過ぎって所もあったけれど、私をとても可愛がってくれた。」
「その頃から幼女趣味だったのか永琳は。」
「…次言ったら本気で刺すから覚悟しなさい。とにかく、あの頃は本当に、この人の子に生まれてよかった、そうとさえ思っていたわ。
毒の扱いなんかを覚えたのもその時。毒と薬は同じ物ってよく言うでしょう?…って、分かってるからさっきそう言ったのね。」
私の言葉に、魔理沙は無言で頷いた。
昔のままちゃんと薬の事を学んでいれば、今でもちょっとした薬ぐらいは作れたかもしれない。
まあ、そうでなくとも今はパチュリー様が殆ど作れるから、無理して作る必要は何処にもないわけだが。
…さて、話すとしようか、私の記憶の片隅に残っていた、あの時の事を…。
「…それが一変したのは、さっきも言ったとおり12年前の事。何の変わりもない、普通の夜のはずだった…。
あの日、私はあの人の呼ぶ声に眼を覚ましたの。だけど、眼に入った場所は、少なくとも私の知っている場所ではなかった。
暗くてよく見えなかったけど、多分あそこが、月と地球を移転する装置がある部屋だったんでしょうね。地球に着いたのはその後だから。
…本当に、何が起きたのかさっぱり分からなかった。何で此処にいるのか、どうしてあの人が、私をこんな眼に逢わせているのか。
…何より、私が地球に飛ばされる寸前に見た、あの人の顔ね。
それをはっきり覚えていたからこそ、私は幻想郷で始めてあの人を見たときも、彼女が八意永琳だって、すぐに分かった。」
…あの時のあの人の顔を思い出し、言葉が続かなくなってしまう。
私の前では常に笑顔を浮かべていた、優しかったはず人…。
私もいつかこんな人になってみたい、そう目指したはずの人…。
「…一度も、あんな顔を見せた事はなかったわ。あんな、私に呼吸する事さえ拒否させるような、鋭い眼はね…。
私がなんて叫ぼうが、あの人は何も言う事は無かった。表情を変える事すらしなかった。
ただ黙って、私を地球に飛ばしたのよ。当時から考えて凡そ1000年後、つまり今の地球にね。
その後はお嬢様に拾われて、まあ、そこは関係ないから省くけど、今に至るわけよ。」
一通り話し終えて、私は長い息を吐いた。
魔理沙もそれを終了の合図と取ったのか、これまた珍しく真剣な顔で俯いた。
とりあえず、私は黙って魔理沙の反応を待つ事にする。今の私には、これ以上言える事は何も無い。
…ややあって、魔理沙の顔が上がる。そしてその口が開いた。
「…とりあえず、お前の昔話は分かった。永琳がお前を地球に送ったってのも分かった。
あと、二つ質問していいか?まずは、当時月に人を未来に送る技術なんてあったのか、って事。」
なるほど、気にはなるかもしれない。私だって、最初は気になっていた。
ただ、成長していくにつれて、それは何となく分かってきた。私が自分の能力を、制御出来るようになってから。
「恐らくだけど、それは私の時間を操る力ね。あの人が何かしたのか、それとも力が暴走しただけなのか、それは分からないわ。
月から地球に移転する途中に、1000年時が止まったか、1000年時間が進んだのか…。
本当の理由とか理屈なんかは分からないわ。本当に未来に移転する技術があったのかもしれないしね。」
こればかりはあの人でないと分からない。当時の私には決して分かりえない事だったから。
時間を操れるようになった今だって、理屈の分からない憶測しか出来ないのだ。とりあえずはこれで許してほしい。
「…そうか、じゃあもう一つ質問していいか?」
それで納得してくれたようなのは助かったのだが、私はその言葉に、少し違和感を覚える。
…やたらと、神妙だった。普段の彼女なら、何の気兼ねがあろうと普通に質問してきそうに思うが…。
私は無言で首肯した。
「…お前、永琳の事を「あの人」としか言わないんだな。」
…面食らった、とはこの事か…。
なるほど神妙だったのは、私に対して気を使ったが故のことか。
普段の魔理沙とのギャップが、少し可笑しくなってしまった。まさか、魔理沙にこんな事が出来るとはね…。
「…私は、まだあの人を母と呼ぶ事は出来ない。
別に、恨んでる訳ではないわ。勿論微塵も恨んでないと言えば嘘になるけれど…。
あの人を信じるなら、私を捨てたのには理由があるんだと思いたい。…ただ、あの時は私にそれを話してくれなかった。それが嫌だった。
あの人がその理由を話してくれるまでは、私はあの人を母と呼ぶ気はないし、今までどおり他人としている心算。」
そう言って、私は何時もの癖で紅茶を手に取ろうとして、そしてない事に気付く。
今の私は十六夜咲夜。あの人の娘ではない。
…あの頃に戻りたいのか戻りたくないのか、正直自分でも良く分からない。
ただ私は、あの人から直接聞きたい。私を地球に送った理由を、あの眼の理由を。
その後あの人をまたあの呼び名で呼べるかどうかは、私自身の問題だ。
「だからこそ、私は永遠亭との戦闘は避けたいの。
お嬢様とあっちの姫は元々そんなに仲良くないけど、敵対関係にまでなったら、それこそ永遠に聞く機会がなくなるわ。
そう言うわけで、どっちにも接触があるあなたに相談しに来たのよ、不本意ではあるけどね。」
ようやく本題に入れた。随分長い前置きとなってしまったが、私の過去を話さなくては、この事も相談できない。
素直にこの本題だけ話せればよかったのだが、まさか魔理沙がああ言ってくるとは思わなかった故の結果だ。
魔理沙はまた何か考える仕草を見せる。それを私は黙って見守っていた。
「…悪い、正直な話、どうやったら戦闘を回避できるかって言うのは思いつかないな。」
…魔理沙の口から、かなり残念な発言が漏れた。
…まあ、これも仕方がない事か。元々無関係の魔理沙に相談を持ち込んだ時点で、かなり無理があったのだ。
「…だけど逆に言えば、これがお前と永琳がしっかり話し合えるチャンスなんじゃないか?」
…故に、その発言には驚いた。
「どういう事?」
「まあ人数的な問題だ。レミリアの事だ、輝夜とはサシで勝負するんじゃないかって思う。
お前さん達が総出で相手をするなら、お前の相手は鈴仙か永琳のどっちかになると思う。
後はパチェ辺りに鈴仙を任せれば、後はお前さんと永琳が対峙するしかないだろ?中国はてゐとぶつければいいし。」
…成る程、ちょっと強引な意見ではあるが、出来ない事でもない。
魔理沙の言うとおり、お嬢様の性格ならば真っ先に相手の頭へと飛び込むだろう。
妖精メイドたちは妖怪兎たちと、美鈴はてゐと、パチュリー様は鈴仙と…。
…そうなると、美鈴とパチュリー様にはそうお願いしなくてはならないか。美鈴はともかく、パチュリー様は受けてくれるか分からないが。
私としても、戦闘を回避できる手段が思いつかなかったから此処に来たわけで、この意見は正直かなり助かった。
「…そうね、物は考えようと言ったところね。戦闘になってしまったら採用させてもらうわ。」
こうなると、魔理沙に相談してよかったと思う。
事情に感づいていたと言うのは意外だったが、お陰で事はかなり順調に進んだ。
そして予想外にもまともな答えをもらえたので、当初の予定以上の収穫だった。
「悪かったわね魔理沙、変な事を相談して。それといい意見を貰ったわ、ありがとう。」
…何故か、魔理沙が眼を見開いた。礼なんか言わないと思われていたのなら心外だ。
メイド達の規範とならなくてはいけない以上、こういう礼儀はしっかりしている心算だ。相手が盗人だろうと、感謝する時は感謝する。
序に最初に言ったとおり、今日のところは盗品の取り立ては見逃す事にする。約束は約束だ。ごめんなさいパチュリー様。
呆然とする魔理沙を放置して、私は紅魔館へ戻った。時間が掛かってしまったので、時間を止めて。
「…さて、霊夢の奴は永遠亭かな…?」
* * * 月の告白 ~永琳Side~ * * *
翌朝、私は博麗神社へと足を運んだ。
意外と言うか当たり前と言うか、その時まだ目的の人物は寝ていた。仕方がないので叩き起こし、陰陽玉を数発喰らった。
「…あんたが一人で来るなんて珍しいわね。明日は嵐かしら。」
物凄く不機嫌そうな顔をして、博麗霊夢は皮肉を言う。どうやら眠気はまだ落ちていないらしい。
覚醒剤でも持って来るべきだっただろうか。いや、危ない薬ではなくちゃんとしたやつ。
「ちょっと用事があって…。悪いんだけど、相談に乗ってくれないかしら?」
「…何?宴会での事?余計な事を此処に持ち込まないでよ。」
勘が良いというかなんと言うか、既に私が言いたい事を理解している様子だ。
ある意味では好都合なのだが、それ故に乗り気ではないようだ。当たり前だが。
「直接巻き込む気は無いから安心して。相談に乗ってくれるだけで…、…!!」
そこで、私はここに誰かが向かってくる気配を感じる。
その気配は、間違いなくあの子…。…今最も逢ってはならない人物の気配だ。
「…ごめんなさい、霊夢。此処じゃ場所が悪いから、永遠亭まで付いて来て、今すぐに。」
「はぁ?何でよ、話すだけならここだって…。」
「いいから、すぐに!!」
多少脅すような形になってしまったが、やむを得ないので許してほしい。
今あの子に逢うわけにはいかない。私はまだ、あの子の前に出る資格なんてないのだから。
霊夢を半ば無理矢理引っ張るようにして、私は永遠亭へと急いだ。
幸い気付かれる事はなかったようで、あの子の気配は博麗神社を一周した後、私たちとは別の方へと向かっていった。
「まったく、人が寝ている時に叩き起こして、挙句誘拐とはね。」
かなり機嫌を損ねてしまったようだ。部屋に案内するなり、机に肘を突いて座りこむ。
全く巫女らしい雰囲気ではないが、もうこの事は今更なので放っておくとしよう。
私はウドンゲに御茶を出すよう依頼し、霊夢の正面に腰を下ろす。
因みに姫はいつもどおり引き篭っている。ただまあ、今はどうやってレミリアを倒すのかを熱心に考えているだろうが。
「ごめんなさいね、相談できる相手があなた位しか思いつかなかったから。」
ひとまず謝っておく。これで彼女の機嫌が直るとは毛頭思わないが、とりあえず礼儀は忘れてはいけない。
ウドンゲが御茶を入れて持ってくるまでに、とりあえず概略だけでも話しておこう。重要な方は、ウドンゲに聞かれるわけにはいかない。
「で、その相談事なんだけど、あなたの言ったとおり、この間の宴会での事よ。どうすればいいと思う?」
「どうすればいいと聞かれたって、まずあんたがどうしたいのか、それを聞かなきゃ分からないわ。」
よし、ひとまず聞く気はあるようだ。今のはそれを計るために、わざと省いて言っただけの事。
ただ、こうなるとやっぱりあの事も話さなくてはいけないのだろうか。私とあの子の関係、私の過去の事を…。
「そうだったわね。私は紅魔館との争いは避けるべきだと思ってるのよ。
私達は人前に出るようになったとは言え、まだまだ新参者である事に違いはないわ。
永遠亭のこれからの事を考えても、無駄な争いは避けて、大人しくしてるのが賢明だと思うの。」
…まあ、そう思っているのも嘘ではない。ここに住んでいるのは私と姫だけではないのだから。
紅魔館との争いで、周りの評判を落とすわけにもいかない。ようやく人里にも出て行けるようになったのだから。
「嘘ばっかり。」
…その霊夢の発言に、私は二の句が継げなくなる。
…今の言葉が本心ではないと、こうもあっさり見抜かれるとは思わなかった。
いや、本心でない訳ではないが、本当の理由は確かにそれではない。ただ、何故分かったのか…。
「あんたが紅魔館と戦いたくないのは、咲夜がいるからでしょう?咲夜と、娘と、戦いたくないから。」
…驚いた、なんて言葉では言い表せない。
まさか、そこまでピッタリ理由を当てられるとは思わなかった。思うはずもない、誰にも教えていないのだから。
唯一その事を知っているのは、永夜事変以降、私が少し落ち着かなかった故に気づいてしまった姫だけ。
その姫にも、決して話さないようきつく言っておいた。
…ばれるはずは、ないと思っていたのだが…。
「師匠、お茶が入りましたよ。…って、…あれ?師匠?どうしたんですか?」
…どうやら、少しの間何も考えられなくなっていたようだ。ウドンゲが近付いてくる気配も感じなかった。
彼女の言葉から察するに、どうやら霊夢の言葉は聞かれなかったようだ。ホッとする。
「あ、ああ、ごめんなさいウドンゲ。そこに置いて、あとちょっと姫の様子を見てきて。」
「ええっ?嫌ですよ、今姫様のところに行ったら、確実に2時間は愚痴聞かされますよ。」
露骨に嫌そうな顔をされた。まあ、確かに負けると分かっている試合には出たくはないだろう。
…ただ、この場に居座られても困る。仕方がない。
「あら、だったら後で新薬の実験体になる方がいいかしら?今度の紅魔館との戦闘で使おうと思ってるのよ。」
嘘である。そんな薬は作っていない。そもそも戦う気がないのだから。
しかし、ウドンゲにとってこの言葉が恐怖の対象である事は充分に理解している。
「い、行ってきます!!」
まさに脱兎の如く逃げ出した。ウドンゲには悪いが、暫くは姫の愚痴を聞いていてもらおう。
「あんたも人が悪いわね。あの脅しは一生物のトラウマよ?」
ウドンゲが逃げてから十数秒後、霊夢がにやつきながらそう言った。
「かもしれないわね。だけど、今回はそのお陰で助かったわ。聞かれるわけにはいかないからね。」
「…やっぱり、さっきの反応は図星だったみたいね。」
急に、彼女の顔が真剣になった。
真剣な話と砕けた話との違いを理解しているのは、とても助かる。
「…何時から気づいてたのかしら、私とあの子の関係を。」
とりあえず、それから聞いてみる事にした。
あの子には出来る限り近付かないようにしていたし、さっきも言ったとおり、姫には誰にも口外するなと釘を刺してある。
霊夢は一度御茶を啜ってから、その口を開いた。
「そうね、あんた達が最初に宴会に来た日かしら。あんたは意識してなかったかもしれないけど、何度も咲夜を見てたからね。
だから何となく、初めて逢った同士ではないんだろうなって気はしてたわ。
それからあんたと色々付き合ってて、何となく似てるな、ってところが多いのに気付いたの。
あとレミリアから聞いた話だけど、咲夜には満月の光の効果が薄かったみたいだからね。
それも月人の血が流れてるなら、不思議な事ではないわ。そこから、あんたと咲夜は親子なんじゃないかって思ったわけ。」
…なるほどね、そう言えば姫がそんな事を言っていた気がする。
半人半霊の妖夢とか言った子には月の毒は効いていた。この霊夢と魔理沙には元から効きそうもない。
つまりあの場では、あの子だけが異質だったわけか。
そうなると、あの子が月の民であった事を見抜かれても、そこまで不思議ではないかもしれない。
…ただ、私の娘であると言う事まで見抜かれていたとは、流石に驚いたが…。
「…そこまで分かってるなら、誤魔化す必要も無いわね。あなたの言うとおり、十六夜咲夜は私の血の繋がった娘よ。
まあ、あの子はそう思ってないかもしれないけどね。その事に気づいてるかどうかも分からないし。」
幻想郷で、再びあの子に逢った時の事を思い出してみる。
あの子の様子は、特に驚いた様子も見せなかった。内心気づいていたのか、それとも本当に忘れているのかは分からない。
あの子がそれで良いならば、私からも母と名乗る必要はないと思っている。
…私は、あの子に恨まれていても仕方がないのだから。
「訳有りな言い方ね。何があったのか、聞いてもいいかしら?別に言いたくないなら構わないけど。」
彼女の言葉に、少しだけ考え込む。
…この事は、話さなくても本題には関係ない。
ただ、霊夢は既に私の事に気付いていたし、話を聞いてもらった方が後が楽ではある。
「…いえ、大丈夫よ。その代わり誰にも…特に、絶対にあの子には話さないでね…。」
言う事は言ってから、私は話す事にした。
1000年以上前、私が月にいた時の事、あの子を地球に送った時の事を…。
「前にも話したかと思うけど、私の家は月の民の中でもかなり裕福な家だった。別に自慢じゃないから流して構わないわ。
あの子の父親は、私があの子を身篭ってすぐぐらいに、事故で他界してしまったの。
そういう意味では、家が裕福で助かったと言えばそうかしらね。女手一つでも、充分に養ってあげる事は出来た。
あまりあの子に構ってあげられなかったけれど、それでもあの子が笑っていてくれている時は、本当に幸せだったわ。
…だけど、それも長くは続かなかったわ。知ってるでしょ?私と姫が蓬莱の薬を作り、姫が月から追放された事。」
私の言葉を、霊夢は黙って聞き続ける。あまり面白い話ではないだろうに、こうして聞いてくれるのは非常にありがたい。
「確か、あんたは無罪になったんだったわね。それが許せなかったから、輝夜のわがままを聞いて、地上に残ったって…。」
「そう。だけど、最初は私だけ無罪になるなんて、微塵も思っていなかったわ。
私も蓬莱の薬を作り、服用した罪人。同じように追放処分か、同等の刑を受ける事とばかり思っていたわ。
私にはどんな刑罰が与えられるか、それを考えているうちに、ある事を思いついてしまったのよ。
…それが、死ななくなった私ではなく、あの子に被害が及ぶという事。
私が罪を犯してしまった以上、その可能性は充分にあった。そうでなくても、あの子は罪人の娘として生きていかなくてはならなかった。
…それこそ、すぐにでも首を吊りたくなったわ。私のせいで、あの子がこれから先どうなるのか…、そう考えるだけで、胸が苦しくなった。
だから、私は賭けに出る事にしたの。当時の地球はまだ未熟だった。だけど、未来の地球なら、ってね…。
あの子の力は時間を操る力。その力を利用して、私はあの子を1000年後の…つまり、あなた達から見れば十数年前の地球に送ったのよ。
…そうすれば、ひょっとしたら私が地球に追放されても、1000年経てばまた逢える、そんな期待も少しだけしてね…。」
一通り話を終えて、御茶を手に取った。少しぬるくなっていたが、これはこれで飲みやすい。
霊夢はもう飲み終えてしまったようだったが、それを手に取ろうとする仕草も見せない、ちゃんと聞いてくれた証拠だ。
「…だったら、どうして幻想郷で咲夜に逢えた時、親だと名乗らなかったの?
今聞いた話じゃ、あんたは咲夜を守るために地球に送ったわけでしょう?」
そう、問題はそれなのだ。
まさか幻想郷にあの子がいたとは思わなかったので、動揺したと言うのもあるのだが…。
「…あなたの言ったとおり、私は無罪になった。周りの人の反応も、変わる事はなかった。
つまり、私はあの子を助けるどころか、余計なお世話で危険に晒してしまったのよ。自分は無罪で普通に暮らしているのにね。
レミリアがあの子を拾ってくれたのは、こういうのもあの子に失礼だけど、本当に幸いだったと思うわ。
…私なんかより、あの子の親はレミリア、あの子の家は紅魔館なの。私が今更、親だって名乗れるはずもない…。」
…少しだけ、顔が熱くなった。霊夢がこの場にいなければ、わき目も振らずに泣いていたかもしれない。
これを言うわけにはいかないが、やっぱり悲しい。今すぐにでも、あの子に謝りたい。もう一度抱きしめたい。
だけど、今の私にはその資格があるはずもない。あの子の全てを潰してしまったのは、この私なのだから…。
「…なるほどね、だから紅魔館と戦いたくない。また、自分の娘と戦う事になるかもしれないから。」
…黙って肯定する事にした。口を開けば、言葉と一緒に涙も出てしまう気がしたから。
一度はあの子とも戦った。だけどあの時は、親である事を放棄したと思っていたが故に、戦う事は出来た。
しかし、また逢ってしまった以上、私にはあの子と戦う事は出来ない。あの子に矢先を向ける事など、もう出来ない。
「…それで、どうやったら紅魔館と戦わないで済むか、それを私に相談したい、と。」
一人で話を進めてくれるのは本当に助かる。落ち着くまで、口を開かなくていいから。
私は立ち上がり、窓の外を見た。そこには何時もと変わらない、竹林があるだけだった。
…あの竹のように、あの子の傍にずっといられたなら、どれだけ幸せだった事だろうか。
ひょっとしたら、あの子は今この家にいたのかもしれない。私が地上に降りるとき、一緒に付いて来てくれたかもしれない。
…ある意味では、そうならなくて良かった。それは即ち、あの子も蓬莱人となっていたかもしれないからだ。
無限の命を得る生き地獄を、あの子に味あわせたくは無い。たとえあの子が先に死んでしまうとしても、だ。
…そう思ったところで、私は頭を振った。やめよう、叶わない妄想をしていても仕方がない。
それに、あの子は紅魔館にいるべきなんだ。それが、あの子が今一番幸せな場所なのだろうから。
「永琳、悪いけど、どうやったら戦いを回避できるかと言う問いには答えられないわ。
それはあんたと咲夜の問題じゃなくて、レミリアと輝夜の問題だから。」
…その答えに、私は仕方のない事だと思う。
分かっていた。これは私がどうこうと言う問題ではなく、姫とレミリアの問題なのだ。
姫に争いは避けるように、と言って聞いてくれれば別なのだが、必要以上にむきになってしまって、全く聞いてくれはしなかった。
「…いっそ咲夜と向き合ってみなさいよ。親子としてじゃなくてもいい、一人の人間として。」
…だからこそ、霊夢のその発言には驚かされた。
「どうせレミリアも輝夜もそうそう死なないんだし、鈴仙やてゐに頼んで、咲夜と一対一になるように仕組んでみたら?
そこで、ちゃんと話してみなさい。あんたの意思を、あんたの気持ちを。
大丈夫、咲夜は真面目なやつだし、物分りだっていいから、分かってくれるわよ。」
…何となくだが、彼女のその言葉が可笑しかった。
姫やウドンゲが云々はともかく、しっかり話し合えなんて、そんなのは当たり前…。
…そんな当たり前の事に、霊夢の100倍近い年を生きている私が気付かなかったのだから。
やはり、霊夢に相談したのは正解だった。お陰で、私はどうするかを決める事が出来た。
「…そうね、ちゃんと向き合わないとね…。ありがとう霊夢、お陰でどうするべきか分かったわ。」
頭の中の霧が晴れた。とても感謝している。私は素直に頭を下げた。
「いいわよ別に。…今度神社に来た時、お賽銭よろしくね。」
流石にそれには少し吹いてしまった。
「ふふっ、そうね、そうさせてもらうわ。」
その言葉を聞くなり、霊夢は黙って立ち上がり、玄関へ向かわずに庭から飛び立った。
なんとも彼女らしい。私は彼女が飛び立った後も、暫くその場に佇んでいた。
そうだ、今度博麗神社に行く事があったら、賽銭は弾む事にしよう。小銭ではなく、ぶつかっても音がしないお金で。
次が、あったらね…。
* * * 開戦 ~咲夜Side~ * * *
あれから三日後の夜、結局永遠亭との戦闘は避けられなかった。元々期待はしていなかったけれど。
昨日辺りから無駄だと悟っていたので、美鈴とパチュリー様には例の事を伝えておいた。無論永琳との関係は話していないが。
美鈴は二つ返事で「はいっ!!」と敬礼までしてくれたが、予想外だったのが、パチュリー様もあっさり首を縦に振った事だ。
普段ならば絶対に外に出ようとなんて思わない方だから、しかも今回は事情が事情だから、それには驚かされた。
ただ、その後呟いていた言葉が「兎の足が欲しいところだったし…。」だった気がしたので、そうすると私欲もあるのかもしれない。
…何はともあれ、こう上手くいってくれた事は嬉しい。ようやく、あの人と向き合うチャンスが出来たわけなんだから。
「じゃあ咲夜は私と来なさい、一気にあの宇宙人を叩きに行くわ!他のメイドたちや中国、パチェはザコ兎達の方を!」
お嬢様の言葉に、何故か全員異様に元気よく「オーッ!!」と叫ぶ。普段の仕事もこれぐらい元気よくやってくれたらなぁ。
美鈴は美鈴で「こういう時くらい名前で呼んでくださいよ…」と俯いていた。うん、何時も通りだ。
「よし、行け!!兎達を一匹残らず叩き潰してきなさい!!」
お嬢様の掛け声と共に、妖精メイドたちは一斉に、パチュリー様と美鈴の後に続いた。
私達は違うルートで永遠亭に向かう事になっている。遠回りにはなるのだが、戦って進むよりは断然早い。
「さ、行くわよ咲夜。」
「はい、お嬢様。」
私も覚悟を決めて、お嬢様の後ろにつく。
因みにお嬢様、兎の数え方は匹ではなく羽です。
* * * 開戦 ~永琳Side~ * * *
あれから三日経った夜、結局私は姫を止める事はできずに今日を迎えた。
仕方がないのでウドンゲとてゐには、霊夢から言われた事を伝えておいた。本心は隠して。
ウドンゲは快く受けてくれたのだが、てゐまであっさりと受けてくれたのが少し意外だった。
普段だったら絶対に面倒な事は避ける子だし、しかも今回は事情が事情だ。流石に驚いた。
ただ、てゐはその後でとても邪悪な笑みを浮かべていたので、何かよからぬ事を企んでいそうだな、と言うのは理解できた。
何はともあれ、万事上手く進んでくれた事は嬉しい。これが、私の人生の最大の賭けになるのだろうから。
「永琳、護衛はよろしく、あの吸血鬼を一気に潰すわよ!イナバ達は相手の妖精達を足止めしなさい!」
姫の言葉に、何故か全員異様に盛り上がっていた。まあ永夜事変の時の仕返しが出来るチャンスではあるが。
てゐまで異様に乗り気なのは気になるところではあるが、それ以外は何時も通りと言えば何時も通りではあった。
「さあ、行きなさい!!妖精どもを一匹残らず叩き落しなさい!!」
姫の掛け声と共に、妖怪兎達は一斉に、ウドンゲとてゐの後に続いた。
私達は違うルートで紅魔館に向かう事になっている。遠回りではあるが、戦いながら進むよりは全然早い。
「さ、行くわよ永琳。」
「はい、姫。」
私も覚悟を決めて、姫の後に続く。
妖精の数え方って匹でいいのだろうか。…あれっ?何で今こんな事を考えたんだ私。
* * * 娘として、母として ~咲夜と永琳~ * * *
迷いの竹林と言われる場所の上を、私とお嬢様は飛んでいた。
永遠亭もそろそろ視界で確認できる位置のはずだ。
「咲夜、あの薬屋がいたら、そっちの相手は任せるわ。頭を潰せばこっちの勝ち。」
…はい、言われなくとも…。
そう口に出そうとして、言葉を飲み込んだ。お嬢様も勘がいい。些細な事でも気付かれてしまうかもしれない。
私は黙って頷き、そしてその瞬間にある気配を感じた。
永遠亭の方から向かってくる、二つの気配…。…間違い、なかった。蓬莱山輝夜と、あの人だ…。
「…お出ましのようですよ、お嬢様。」
お嬢様は私の言葉で急停止し、そして近付いてくる二つの影を待った。
…そして、数分と経たないうちに、月の光に照らされた2人の姿が確認できる。
5メートルほどの距離の場所で彼女等も停止し、数秒ほどにらみ合いが続く。
「…わざわざやられに来てくれるとは、助かったな。そっちまで行く手間が省けた。」
最初に言葉を発したのは、お嬢様の方だった。元はといえばお嬢様のせいだと言うのに、まあよくも、とは思う。
しかし、だからと言ってどうこう思う輝夜ではないだろう。現にかなりの余裕を含んだ笑みを浮かべている。
「あらあら、それはそれは。ただ子供なせいなのかしら、言葉はちょっと下手なようね。やりに来た、ではないかしら?」
…普通の人ならば、この程度の挑発には耳を貸そうともしないだろう。
ただ、お嬢様は違った。露骨に怒りを露にした。それだから子供だとか言われるんですよ。
「ほぉ、宇宙人には地球の言葉は難しすぎたか。じゃあ何もいう必要はないわね。」
それでもまあ、飛び掛らなかっただけましとは言えよう。
私としては、此処で戦われても困るわけだが…。
「あら、そうね。子供には口で言っても分からない事もあるしね。来なさい、ちゃんと躾をしてあげないといけないからね。」
そう言って、輝夜は踵を返す。振り向きざまにあの人に何かを言った様にも見えたが、聞き取れなかった。
…ただ、丁度良かった。正直な話、こお嬢様と輝夜には今すぐにこの場を離れてほしい。
私のその願いが通じたのか、お嬢様は輝夜に続くように、一歩前へと踏み出す。空中だが。
「…咲夜、負けるんじゃないわよ。」
お嬢様は一度だけ、背中越しにそう語りかけてくれた。
「はい、言われずとも。」
今度は口に出した。負ける心算は毛頭ない、あの人にも、そして自分にも。
私の言葉を聞いていたのかは分からないが、お嬢様はそのあとは何も言わず、輝夜の後を追って、永遠亭の方角へと消えていった。
…その後も、私とあの人は黙ったまま、ずっと向かい合っていた。
何も聞こえぬ静かな夜。ただ半分以上満ちている明るい月が、私とあの人を照らす。
…なんて言えばいいのかが、分からない。目の前にいるあの人にどう言えばいいのか、ここまで来て分からなくなる。
私はあの人から話してほしい、私を捨てた理由を。自分から言ってほしい、私の母であると。
…そうしてくれれば、私はあの人をまたあの名で呼べる気がしていた。無論、確証のない憶測だが。
あの人の今の目つきは、幻想郷で最初に見たあの人の目だ。笑顔でも、あの時の鋭い眼でもない。
…それが、私の不安を誘う。…あれが、戦う者の目であるから…。
…ひょっとしたら、私が娘である事に気づいていないのではないかという、そんな不安が…。
「…あの時みたいに、今日も満月ではないわね。」
…と、急にそんな事を言い始めた。
あの時…いや、今言ったのは永夜事変の時の事か。月にいた頃は、月見なんてしているはずはないのだから。
「…それは、あなたが満月を隠していたからではなくて?」
…私の口からは、そんな言葉が。
…違う、こんな会話ではない、私がしたいのは…。
…どうして、どうして言ってくれないの?それとも、本当に気づいていない…?
「そうだったわね。だけど、今日は満月ではない。それはつまり“人間”のあなたには、何の気兼ねをする夜ではないと言う事…。」
…えっ?…何を、言って…。
「…この月の下なら、本気で戦っても問題ないわよね!!」
手にした弓を、私に向けて…。
…首筋を、冷たい風が通りぬけていった。…切れた首筋から、血が滴るのを感じた…。
…何で?どうして?本当に気づいてない?私はあなたの娘だよ?本当に分かってないの?
ずっと待ってるんだよ?あなたの口から、全部話してくれるのを。もう一度“あの名前”で読んでくれるのを。
…本当に、本当に…。…もう、戻れないの…?
…私の中で、全てが崩れていくような気がした…。
* * * * * *
…また私は、あの子に矢を放ってしまった。
だけど、これでいいんだ。私はこの子の親でいるわけにはいかない。
霊夢にはああ言われたけど、やっぱり私にはその資格は無い。けれど、せめてしてあげられる事はある。
この子には、もう帰る場所がある。その帰る場所を、二度も潰してはいけない。
この子は十六夜咲夜。私が産み、姫が名づけた私の娘は、もういない。
出来ればもう一度だけでも、あの名前を呼びたかった。
なんて名前を付けようか、産まれたあの子を抱えながら悩んでいて、姫がいたずらに、自分と私の名前を併せた、あの名前を。
…呼べば何時だって私に微笑んでくれた、あの子の本当の名を…。
…だけど、これでいいんだ。これなら私が苦しむだけ。あの子はレミリアと一緒に、不自由なく幸せでいられる。
許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…。
…私はもう一度、弓を絞る。
…あなただけは、幸せになって…。
* * * * * *
「…次は外さないわ。本気でかかってきなさい、十六夜咲夜。」
あの人は、私に弓を向けて言う。
…本当に、もう戻れない…。…私は、ずっと待っていたと言うのに…。
…神様なんてものがいるなら、今この場で針の山にしてやりたかった。
…そっか、忘れちゃったんだね。捨てた私のことなんか、もうとっくに。
信じてたのに。きっと私を捨てた事には、何か理由があったんだって。
生きていれば、きっと何時か逢える。幼い頃そう誓って、お嬢様と生きてきたと言うのに。
…どうでも、良かったんだ…。…私の事なんて…。
…あの笑顔も、全部私の幻想だったんだ…。…ふふっ、これはいいお笑い種だなぁ…。
…最初から、叶いもしない幻想を掴もうと思ってたなんて…。
…いいよ、そっちがその気なら、私ももう放棄する。あなたの娘である事を。あの名前は、今この場で捨てる。
…私は、十六夜咲夜だ!!
「幻幽『ジャック・ザ・ルドビレ』!!」
覚悟を決めてしまえば、驚くほどあっさりと私はナイフを放てた。
時を止め、全方位に放てる限りのナイフを放つ。
勿論、相手は蓬莱人だ。ナイフが幾ら刺さろうと死ぬ事はない。
ただ、お嬢様がそうであるように、肉体を使い物にならないほどに損傷させれば、暫くは動きを封じられる。
その間にお嬢様に加勢して、輝夜を片付けてしまえばいい。2対1なら、既に勝った経験はあるのだ。
私の名を付けたのは輝夜だと聞いていたが、もう関係ない。あの名前は捨てた。
…だから今は、私のありったけの憎しみを、此処にぶつけるとしよう。
「薬符『壺中の大銀河』。」
と、永琳は自分の周り全てを使い魔で包み込み、私のナイフから身を守る。
幾らかの使い魔は削れたが、中の永琳までナイフは届かなかった。
そして、残りの使い魔が急激に回り始めたかと思うと、夥しい量の弾幕を、全方位に放ってきた。
なるほど、あのスペルにはそういう使い方もあったか。時を止め、弾幕をかわしながらも感心する。
相手の動きを封じるだけかと思っていたが、自分の身を守るためにも使えたとは。
もう一度私はありったけのナイフを放ち、永琳の真上に移動する。
思ったとおり、球体状になっている使い魔の弾幕は、周囲に向けて放っているだけなので、真上は比較的安全だった。
時を動かす。全てのナイフが永琳を、正確には周りの使い魔達を襲う。
このスペルは使い魔を全て破壊する必要は無い。ある程度破壊して、その隙間から攻撃を叩き込めばいい。
私の放ったナイフはまた使い魔を削り、攻撃を叩き込むには充分な隙間を作った。
「よし、幻世『ザ・ワー…」
「甘いわ、神脳『オモイカネブレイン』。」
私がスペルを唱えるより早く、永琳はまたもや全方位に弾幕を放つ。
しまった、そう思った時にはもう遅かった。このスペルは、確か最初は使い魔の正面にいなくてはならない。
頭上に逃げる事を、計算されていたのか…!!
急いで時を止めようとしたが、咄嗟だったために少し遅れてしまい、そしてその遅れが、私の右腕に弾幕を命中させてしまった。
「くっ…!!」
苦痛に耐えつつ時間を停止させて、それ以上の被弾は免れた。
ただ、私の右腕は思った以上のダメージを追っていた。直撃を受けたせいで、かなり血が溢れている。
傷自体は深くはないだろうが、これではナイフを上手くコントロールできない。
私はスカートの裾を破り、それを腕に巻いて止血する。ああ、後で修繕しないとな…。
そう思いながら、弾幕の間をぬって移動。使い魔の正面…つまり、弾幕のない場所へと移動する。
…それとほぼ同時に、時間が動き出した。しまった、咄嗟だったが故に、あまり長い時間止められなかったか…。
何とかオモイカネブレインの弾幕に対応し、とりあえず私は使い魔の周囲を周回する。そうさせられているのだが。
「時間を止めて逃げているだけじゃ、私には勝てないわよ。」
くっ…、表情は変えないよう堪えたが、内心ではそうだと認めざるを得なかった。
体力の差でも、永琳の方がはるかに上なのだ。しかも私は今の被弾のせいで、恐らくそう長くは戦えないだろう。
私の体力…と言うより、集中力に比例して、止められる時間も短くなってくる。
現に霊夢や魔理沙と紅魔館で戦った時は、最後の最後には時間を操る事ができなかった。
…となると、本当に早めに勝負をつけなければいけなくなる。
…ならば、動きを制限させられるオモイカネブレインを、早く破らなければ…。
「…よしっ!!」
私は使い魔の攻撃が途切れた瞬間に、もう一度上空へと上がる。
このままだと、永琳の集中力が途切れる前にまた被弾する。今の私の体力では、あの弾幕の間をぬうのは難しい。
そう何度も時を止められない。…となると、狙うは唯一つ。
時を動かし、また使い魔が弾幕を放つ前に、私はスペルを放った。
「奇術『エターナルミーク』!!」
私のスペルの中で、最も弾幕を高速かつ大量に出す事の出来るスペル。
ただ、今回はこの弾幕を拡散させない。収束させ、ある一点目掛けて叩き落す。
矛先は永琳…ではない。使い魔だ!!
「砕け散れ!!」
確かに嘗て戦った時は、使い魔を破壊するという方法は取れなかった。
そうしている間に被弾してしまうのと、そもそもそんな無理をする必要はなかったからだ。
ただ、今回はその無理をしなくてはいけない。負けないと言ったのだから、お嬢様に。
「なっ…!!」
永琳の僅かな声と共に、使い魔は砕け散った。
こうすれば、もう動きを制限される事は無い。充分に他の弾幕はかわしきれる。
「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!!」
ナイフではない、巨大なナイフ状の弾幕を放つ。
永琳はスペルをとぎり、恐らく私の弾幕を移動だけで回避しようとしたのだろう。
…だが、タイミングは過ったようだ。
「この刃からは逃れられない!!」
相手を自動で狙うこの弾幕は、幾ら逃げても無駄である。
「くぁっ…!!!」
ただ、移動していたがために直撃はしなかった。
私の弾幕は永琳の左腕を掠めただけで、私と同等程度の傷を与えただけだった。
「…っつ!!…蓬莱人にこの程度の傷は無意味よ…。」
そうだろうと思う。だからこそ、一発で永琳を倒さなくてはいけないんだ…。
となると、決めるスペルは“あれ”…。
「…っ!!」
そう思ったところで、私は一瞬眩暈を覚える。
右腕を見てみれば、さっきの傷から出る血の量が増えていた。
恐らく、時を止めた上にエターナルミークの弾幕収束、そこから夜霧の幻影殺人鬼の連続スペルで、身体に負担がかかりすぎたのだろう。
…一刻の、猶予もなくなってきた…。
「その様子では、そう長くは持たないようね。…次で終わらせてあげるわ。」
永琳がスペルカードを構えたのが見えた。
* * * * * *
…あの子の腕の血が、かなりの量になってきた。
今すぐにでも止血をしてあげたい。薬を出したい。私にはそれが出来る。
…でも、出来ない。私はあの子の敵で終わらなくてはいけない。
…こんな愚かな人間は、あなたの母親である必要はない。
…大丈夫、殺しはしない。だけど、次の一撃で…暫く眠っていて…。
…天呪『アポロ13』…。
* * * * * *
あのスペルカードは、確かアポロ13…。
弾幕自体はそれほど早くはないが、とにかく量が多い。初めて見た時も、それは苦労したものだった。
…ただ、私は知っている。あのスペルには、一つだけ大きな弱点がある事を。
…成功する確率は低い。しかし、この期を逃すわけにはいかない。
一瞬の集中の途切れも許されない。私は一度だけ息を吸って…。
「天呪『アポロ13』。」
…永琳に、突っ込んだ。
弾幕が展開されるより一瞬早く、私は永琳の真正面に立つ。このスペルは自分の周囲に展開されるから、最初は当たる心配は無い。
…ただ、今は攻撃する機会ではない。問題は、このすぐ後…。
「…あら、そんな所にいても無駄よ、すぐに弾は収束するわ。」
余裕とも取れる言葉の後に、彼女の言うとおり、周囲の弾が中心…即ち、私目掛けて収束し始める。
そんな様を見ながら、永琳は弾幕の外へと移動する。自分の弾には当たらない。
…私はスペルカードを手に取り、その一瞬を弾幕の収束する“完全な中心部”で待つ。
眼を閉じ、精神を集中する…。…一瞬たりとも、気を抜いてはいけない。
弾が収束する。私の服や皮膚を、無数の弾幕が切り裂いていく。
…ただ、分かっている…。所詮これは…かするだけであると…。
「なっ…!そ、そんな…!!」
そう、アポロ13は完全な中心部にいれば、かすりはするが致命傷となる被弾はしない。
最も、ほんの少しでもずれる事で被弾するので、おすすめできるようなかわし方ではない。
…ただ、今の私にはこれが必要だった。最後のスペルを放つために、集中する時間が。
弾幕が私の身体を傷つける中で、私は永琳へと目を向ける。
そして、私が最後に、と決めたスペルカードを構え…。
――傷魂『ソウルスカルプチュア』!!!!――
全てのナイフを、腕が千切れそうになりながらも、全ての思いを乗せて放った。
* * * * * *
…まさかアポロ13が、あんなかわされ方をするなんて思わなかった。
あんな事、並外れた度胸と、僅かの狂いも起こさない集中力がないと出来ない。
…そんな事まで、出来るようになっていたなんて…。
…あの子の放つナイフが、私の身体を切り裂いていく。
身体に突き刺さるような軌道では飛んでこなかったが、何となく分かる。この傷では、私の手足は暫く使い物にならないだろう。
…どうやら、最期の時が来たようだ。
…ただ、娘が最期の相手なら、それも悪くはない。むしろ、私には幸せすぎる最期だ…。
* * * * * *
全てのナイフを投げ終えた後、永琳が竹林に落ちていくのが見えた。
…どうやら、私の勝ちのようだ。長いため息をついて、私は永琳が落ちた場所へと向かった。
竹林の地を染める、夥しい量の血。普通の人間ならば、間違いなく出血多量で死んでいるだろう。
竹林の一本に寄りかかりながらも、荒々しい呼吸を続けている永琳は、流石は蓬莱人だと思った。
「私の勝ちのようね、その身体じゃもう動けないでしょう?」
そうは言っておくが、私も正直そろそろ限界だ。お嬢様の元へと迎えるかどうかは分からない。
「…ふふっ、そうね…。…私の負けよ、殺しなさい。」
…はっ?何を言ってるんだこいつは、と言いたくなった。頭に攻撃した心算はないが、傷付きすぎておかしくなったのだろうか。
「…死なない蓬莱人を、どうやって殺せって言うのかしら?」
蓬莱人は決して死ぬ事はない身体。だからこそ、今それだけの出血をしながらも生きていられるのだろう。
出来るならばとっくに殺している。私の恨みを、全て叩き込んで。
「…いえ、殺す方法は厳密には2つ存在するわ。
一つは、塵一つさえ残さずに消滅させる事。戻る身体がなければ流石に生きていられないわ。
ただ、この場では現実的ではないわね。そして、もう一つは…。」
そこで言葉を区切って、永琳は私を指差した。
…私が、一体どうしたと言うのか?私は蓬莱人を殺す方法なんて知らないが…。
「…一度“死んだ”瞬間に、あなたの力で私の時間を元に戻す事。
蓬莱の薬は、言うなれば時間を停止させる薬。未来を切り取る薬。
あなたの時間を操る力で、その壊れた時間を元通りに修復する。そうすれば、私の身体は今までの時間を取り戻し、消滅するわ。
あなたの能力は、唯一蓬莱人を滅する事が出来る力なのよ。」
* * * * * *
…これで、この子に遺さなければならない事は全て遺した。
なんとも皮肉な事だろうか。蓬莱人となってしまった私を、唯一殺せる方法を持つのが、自分の娘なんてね…。
戦う前に、私が敵である事は充分に分かったはずだ。多分、この子は私を殺す。いや、殺してくれる。
長すぎた永遠の時間に、ようやく終止符が打たれる…。…良かった、娘より先に死ぬ事が出来て…。
…さようなら、私の娘。私を殺せる力を持ってくれてありがとう。
…さようなら、姫。永遠に仕える心算でしたが、先に逝く事をお許しください…。
* * * * * *
私は、唯一蓬莱人を殺す事が出来るというのか。
理屈の上では分かる。蓬莱の薬が時間を止める薬ならば、時間を戻せば蓬莱人ではなくなる、と言う事にはなる。
恐らく、嘘で言っているわけではないだろう。そんな事は、永琳の眼を見れば分かる。
…だが、本当にいいのだろうか…?
これが仮に無関係の蓬莱人だったならば、私は問答無用で殺しにかかったか、戯言と無視してこの場を去っただろう。
…ただ、何故か永琳は「殺せ」と言っているように聞こえない。どちらかと言うと「殺してくれ」と言っているように聞こえる。
…勿論、私の思い違いかもしれない。なんの根拠もないのだから。
…だったら、どうしてこんなに胸が痛むのだろう…。…今すぐ泣き叫びたい衝動に襲われるのだろう…。
…頬を、一粒の雫が流れていった…。
「…大概にしなさいよ、あんた達。」
ふと、竹林の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
私と永琳が同時に声の方へと眼を向けると、見覚えのある紅白の巫女と、白黒の魔法使いが立っていた…。
「霊夢、魔理沙…?何でこんな所に…?」
こんな夜中、迷いの竹林に彼女等がいる理由は微塵も無い。
私が頭を捻っていると、魔理沙が一歩前に出て、そして顔をゆがめた。
「あー、悪い、咲夜。お前と永琳の事、霊夢に話したんだ。」
なっ…!!あれほど話すなと釘を刺したのに…!!
やはりこの白黒魔法使いを信用した私が馬鹿だった!!今すぐこの場で葬って…!!
「…そしたらな、霊夢が永琳からも同じ相談された、って言ったんだよ。」
……。
何も言えなかった。どうして?何で永琳が霊夢に相談を?
私の事に、気付いていないんじゃなかったの…?
「…永琳、あんたが話せないなら私が代わりに言うわ。」
「れ、霊夢!やめて!!」
永琳の叫びを、霊夢は無重力に無視した。
「咲夜、永琳があんたを地球に送ったのは、あんたを捨てたわけじゃない。
蓬莱の薬を作ってしまった罪が、あんたに降りかかる事を避けたかったから。
あんたを守るために、永琳はあんたを未来の地球に飛ばしたのよ。」
……!!
永琳の方を、私は振り向いた。
…何処か諦めたような笑みを浮かべている。…それは、肯定の証とも取れるが…。
「…嘘、嘘よ…!だったら、なんでそう言ってくれなかったの!?
私は、あなたが私に気付いていなかったから、私の事なんかどうでも良かったんだと思って…!!」
「それは、あんたが紅魔館って場所を、レミリアって言う主人を手に入れてたからよ。」
霊夢の言葉に、それ以上言葉が続かなくなった。
もうどういう事なのかさっぱり分からない。何も考える事が出来ない。
「あんたは永琳が想像してた以上に幸せな生活を手に入れていた。その幸せを、今更自分が母と名乗る事で、壊したくなかったのよ。
成長したあんたを、遠くから見ているだけ。それだけで充分だった。母と名乗る事が、あんたの幸せにならないと思ったからよ。」
…ほん、とうに…?
…私の事を、忘れてなかった…?
…私の幸せを、考えて…?
…私と戦ったのは、全部私のためを思って…?
…私は…それなのに…。…それなのに、勝手にどうでも良くなったんだと思い込んで…?
「…私は…私は…。」
涙が止まらなかった。頭を抱えてその場にへたり込んだ。
私は、何も分かっていなかった。あの人がどんな気持ちで私と戦ったのか、どんな思いで私を見ていたのか…。
情けない、惨めだ、そんな感情では収まりきらない。
もう何を考えていいのか分からない。ただただ泣いた。涙をこぼし続け…。
…とても暖かい何かに包まれた…。
「…ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…幸せになって欲しかった…。…ごめんね…」
…私は、その後に続くであろう言葉を待った。言ってほしかった。
私を抱きしめるあの人。私はこの暖かさを知っている。
幼い頃、泣いていた私を抱きしめてくれた時の。
幼い頃、珍しい薬草を見つけて持っていって、褒めてくれた時の。
幼い頃、仕事で疲れた母に料理を作って、ありがとうと言ってくれた時の。
…そして、私が地球に来る寸前、鋭くて、“そしてとても悲しい眼をしていた”母の、最後の言葉を聞いた時…。
―― …ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…あなただけは、幸せになって…。 ――
* * * * * *
もう1000年以上前、私は1人の女の子を産んだ。
子供が好きな私としてはとても嬉しくて、ついつい生まれたばかりの赤ん坊を、月の姫の所まで見せにいった。
― 姫!輝夜姫!見てください!―
― …あら、永琳、その子はどこから誘拐してきたの? ―
― そんなわけないでしょう。これはれっきとした私の娘です。 ―
― ふーん、結婚してたとは知らなかったわ。何で言わなかったのよ。 ―
― 言ったら姫の事ですから、私にいちゃもん付けに来たでしょう?
それに結婚してすぐにあの人が他界してしまったから、色々忙しくて忘れていたんです。 ―
― あら、忘れられてたとは残念ね。…で、その私なんかよりずっと大事なその子の名前は? ―
― それが、決まらないんですよ。それを姫に相談しに来たんです。 ―
― 自慢しに来たのかと思ったわ。 ―
― まあ、それもあります。 ―
― …まあいいわ。で、私のところに来たのには理由があるんでしょう? ―
― ええ、実はこの子も、姫の永遠と須臾の能力と同じ、時間を操る能力なんですよ。
後はまあ、姫は私の友人でもありますしね。 ―
― …へぇ、私と同じ…。…それなら、その子には私の名前をあげるわ。 ―
― …えっ?この子も輝夜にしろと? ―
― そうじゃないわよ。まあ、私とあなたの友情の証って事でね。
私の「輝(カ)」、あなたの「琳(リン)」、それを併せて…。 ―
「…ごめんね、輝琳(カリン)…。」
* * * * * *
…その名前を聞いた瞬間、私の全ての涙が溢れ出した。
八意輝琳、それは私の本当の名前…。…そして、一番呼んでほしかった名前…。
やっぱり、全部私が勝手に思い込んでいただけだった。ちゃんと、私の事を覚えてくれていた。
…だったら、私は返さないといけない。きっと、私に呼んで欲しかったであろう、その呼び名を…。
私も抱き返し、そして、震えている唇を必死に落ち着かせて、ずっと言いたかった言葉を…。
「…さん…。…お母さん…!!」
その言葉を最後に、私はもう我慢するのを止めた。
大声で泣いた。普段なら絶対にしないほどに。一生分の涙を、全て使い果たすかのように…。
情けなさもある。お母さんの何も分かって上げられなかった、娘としての。
だけど、何より嬉しかった。また輝琳と呼んでくれた事。またお母さんと呼べた事。何もかもが、嬉しくてたまらなかった。
「…ありがとう、輝琳…。…また、母と呼んでくれて…。…ごめんね、辛い思いをさせて…。」
「うぅん…、全…然…ッ…!ひっく…!私は…幸せだった…から…。
ありがとう…お母さん…。お母さんの…お陰で…ひくっ…!…私は…お嬢様や…いろんな人に…逢えたから…!」
言葉も満足に喋れなかったけれど、私は、お母さんに逢う事が出来たら、一番伝えたかった気持ちを乗せた。
もう、恨みなど微塵もない。あるのは、ただ感謝だけ。
幻想郷での生活は、私が幸せだと思う事が出来た生活は、お母さんが私を守るために、未来の地球へと送ってくれたから。
お嬢様、妹様、パチュリー様、美鈴、小悪魔、妖精メイド達、霊夢、魔理沙、他にも色々な人たちと、私を出会わせてくれたのは、お母さんの優しさ…。
「…っ…!!…ありがとう…輝琳…!!」
「お母さん…!!」
その後は、私とお母さんは抱き合ったまま、ずっと泣き続けた。
霊夢と魔理沙が一部始終見ていたわけだが、そんなのもう関係ない。
やっと出会えた、やっと呼べた、やっと分かり合えた、もうその思いだけで、涙が止まらない。泣き声が止まらない。
…ああ、そう言えば、こうして泣いていたら、お母さんが抱きしめてくれた事があったなぁ…。
…あの時と同じぬくもりを、私は感じ続けた。…ようやく、私はお母さんの娘に戻れたんだ…。
…それから、どれだけ泣き続けていたんだろう。
2~3分だった気もするし、ひょっとしたら1時間ぐらいかもしれない。それは大袈裟だろうか。
ただ、ようやく涙も落ち着いてきた。私達の声が響いていた竹林も、ようやく静まり返ってくる。
…静まり返って、本当に静かな夜だった。
…あれ?確かに時間感覚が少しあやふやだが、いくらなんでも静かすぎる。
今までの事で忘れかけていたが、今は永遠亭と紅魔館の戦争中。
時間的には、もう妖精メイド達が竹林入りしている時間はとっくに過ぎている。
今は夜だし、この竹林では音を遮断する物など何もない。竹に吸音作用はないし。
…確かに別ルートを通ってきたとは言え、弾幕合戦やらなにやらの音が聞こえても…。
「……ぐすっ……。……さぐやざぁん……。」
…あれ?今何か聞こえたような…。
「…ちょっと馬鹿中国…、…聞こえたらどうするのよ…。」
「なんですかぁ…パチュリー様だってぇ…眼に涙が…。」
…あれ?中国?パチュリー様?何でそんな単語が聞こえてくるんだ?
「…お母さん。」
「…ええ。」
…時間停止。それと同時に放たれたお母さんの弾幕が、周囲の竹林一本一本に命中する。
周囲10メートルほどの竹には命中しただろうか。これで時間を動かせば、竹林には直径20メートルの穴が開く。
…よし、時間作動。親子初の共同弾幕だ。
「…えっ、ちょ、何で竹が急に折れ…!!」
「しまった…!気付かれ…ぎゃふぅッ!!」
…呆然としながら周囲に眼を配らせる。
…最初に眼に入ったのは、なんとも言いがたい表情でこっちを見ている美鈴。本で顔を隠すパチュリー様。すみません無意味です。
それと、折れた竹の下敷きになった、見覚えのあるメイド服姿の妖精たち。
「…あっ…。…えっと、咲夜さん、その…。」
美鈴が何かを言いたそうにしていたが、とりあえず無視して反対を向いてみる。
逆側には、美鈴と同じような表情で固まっているウサミミブレザー娘。竹に足を取られて転んでいる黒髪ウサミミ娘。
そして妖精メイド達と同じように、竹の下敷きになる何処かで見たような妖怪兎達。
「…これって、ひょっとして拙い…。」
…鈴仙の全てにおいて手遅れな発言を、もう一度無視して今度は正面を見てみる。確かこっちは永遠亭のほう…。
…竹が頭にクリーンヒットしながらも、何の事かと言いたそうな表情で、腕を組んだまま立っているお嬢様。
折れた竹の枝が髪に絡まったのか、長い黒髪と竹が一部融合している蓬莱山輝夜。
「…ご、ごきげんよう…。」
輝夜の全てを間違えた発言を再度無視。最後に首を捻って後ろを見てみる。
…「やっちゃった」と言いたそうな表情で俯き、黒髪をいじくる博麗霊夢。
「私は無関係だぜ」と言っているかのようにそ知らぬ顔をする霧雨魔理沙。
何時からいたのか知らないが、私の目線を無視してシャッターをきる射名丸文。
そして…。
「ったく、誰だ誰だ、人の家の近くでこんな夜中に弾幕合戦なん、か…、…あれっ…?」
間の悪い事に、来なくてもいいのに登場して、眼が合うなり固まった藤原妹紅。
…あれ?何でこんな、今回の関係者が一同勢揃いしているんだ?しかも無関係のブン屋と蓬莱人まで?いや蓬莱人は今来たけど。
…あれ?あれあれあれあれあれあれ?
「…姫、まさかとは思いますが、最初から全て仕組んでいたなんて事、ありませんよねぇ…?」
…お母さんのその言葉を聞いて、反射的に顔を見てしまったのだが…。
…これは、放送禁止だ。見ていい顔じゃない。怖いとか恐ろしいとか、そんな次元ではない。
鬼のような、なんて生ぬるい。まああの鬼は顔は全く怖くないが。
とにかく、これなら顔を見るだけで、妖怪10匹失神してもいいんじゃないだろうか。
現に、横からその表情を見たであろう妖怪兎と妖精メイドが数匹失神した。
「えー…、あの…、…説明すると長くなるんだけどね…お、怒ってる…?」
私の正面にいるから顔は見えていないはずだが、輝夜は明らかに怯えていた。
「いえいえ、そんな事はちっともございませんよ。姫様の事ですからね、きっと素晴らしい理由があるんだと思っていますわ。
…さあ、全て話してくれませんか…?…そうですね、前回の宴会の話…、…いえ、それよりももう少し前の方から…。」
…すみません、今すぐにでも離してほしいんですけどお母さん。気づいてないかもしれないけど物凄く苦しいです。力入れすぎです。
序に後ろに般若の面みたいなものが見えるのは気のせい?
「わ、分かった!話す!話すから!!とにかくその殺気を抑えて!!死人が出るから!!」
~~輝夜(あと鈴仙や美鈴やそのたもろもろ)説明中…~~
「…つまり、あの宴会での騒ぎも、今回の戦闘も、最初から全部、紅魔館と永遠亭で仕組んだ事だったわけですね?」
…輝夜の話はこうだった。
永夜事変の後、お母さんの様子がおかしかったのを見た輝夜が、私とお母さんとの関係を知る。
最初はどうと言う事でもなかったが、それがあまりに度重なったので、輝夜がお嬢様にその事を話す。
そしてお嬢様は、だったら2人を親子として逢わせてやればいいと提案する。
紅魔館では私に、永遠亭ではお母さんに秘密で連携を取り、どうやって2人を合わせるか相談する。
全部決まったところで、霊夢と魔理沙(話によれば白玉楼やマヨヒガや天狗辺りにも)に、相談を受けた場合には2人で一騎打ちの提案するよう依頼する。
そして、宴会の場で適当な騒ぎを起こして、適当に戦争をふっかけ…。
…なんてこったい。
「えっと、ほら、ね、永琳、咲夜、みんなあなた達のためにやったんだから、ね?」
霊夢が弁解する。どんな表情かは見る気にもならないが、多分苦笑いを浮かべているんだろう。
…でも、今の私達には、もう誰が何を何のためにやったかなんかどうだっていい。
「…お嬢様、何か言い残すことはございますか…?」
…私も、お母さんに倣う事にした。
「…えっと、その…、…ま、まあ、いいじゃないの、隠してた事は謝るけど、ね?
メイド達も積極的に動いてくれたし、中国なんか徹夜で、どうすれば効率よくあんたと薬屋が衝突できるか考えてたのよ?」
…ええ、そうでしょうね、ようやく全て納得いきましたよ。いくらお嬢様とは言え、戦争をふっかける理由が幼稚すぎた事も。
どうして普段働かない妖精メイド達が気合が入っていたのか、どうしてパチュリー様が二つ返事で戦闘に参加したのかも。
…ホントに、馬鹿馬鹿しい…。
「…咲夜、怒ってる…?」
…ええ、怒ってますよ。いえ、もうそんな次元じゃないです。
「…馬鹿馬鹿しすぎて、何もする気になれませんよ。」
本当に、馬鹿馬鹿しくて、可笑しくて、あははははっ、もう笑うしかないじゃないか。
「…くすっ、うふふふっ…あはははははっ。」
…どうやら、お母さんもそうだったようだ。やっぱり親子、考えも似ている。
「あはははははっ。」
私も、つられて笑ってしまった。
そして、さらにそれにつられたのか、お嬢様や美鈴、鈴仙、パチュリー様までも笑い出してしまった。
この場で笑っていなかったのは、絶賛撮影中の射名丸文(とは言っても別の意味で笑っていたが)と、全く展開が読めない藤原妹紅だけ。
さっきまで私達の鳴き声が響いていた竹林は、一転笑い声が響くにぎやかな場所へと変わっていった。
「うふふふっ、本当に、本当に馬鹿らしいわね。でも、これがこの子達の本当の姿なのかもね…。」
まだ少しだけ笑みを残しながらも、お母さんは先に落ち着きを取り戻した様子。
私も笑うのをやめ、もう一度その顔を見る。
…その顔は、紛れもなく私が大好きだった顔。何時でも私に向けてくれた、あの笑顔だった。
「…そうね、私も、こうやって笑っていられればいいんだけど…。」
「…大丈夫よ、輝琳。あなたも馬鹿馬鹿しくて笑っていたでしょう?
女の子は、笑っているほうが可愛いわよ。それに、あなたは私の娘なんだからね。」
…そう言ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。また泣きそうになった。
「…うん。」
私は力いっぱい頷き、そんな私を、お母さんはまた優しく抱いてくれた。
「…その顔、忘れちゃ駄目よ?…そうね、これで、これでやっと…。」
― 思い残す事も、なくなったわ…。 ―
「…えっ…?」
…その場の空気が、笑い声が、一瞬にして凍りついた…。
何が起きたのか、全く分からなかった。
一瞬だけ、お母さんの苦しそうな声が聞こえたかと思ったら、その口から血が漏れてくる。
お母さんの傷付いた手に、何かが握られている。それは、お母さんの矢。それを、何処に…?
…自分の左胸に、突き刺していた…。
「…お…かあ…さん…?」
何をやっているの?蓬莱人だからって、死なないからって、そんな事して…。
…頭が一瞬の空白に包まれた。そしてその一瞬に、私の腕を、お母さんの余った右手が掴み、矢を握らせ…。
…使っていないはずなのに、時間操作の能力が発動した…。
しかも私が知らない、見た事もない、感じた事もない、青白い電撃のようなものと一緒に、それが、お母さんの身体を包んで…。
…お母さんの身体が、まるで砂の城が風に飛ばされるように崩れ始めた…。
「な、何してるの…お母さん…。…やだ…なに、これ…。」
私の力のはずなのに、能力が全く制御できない。まるで、暴走しているかのよう…。
しかし暴走するにも、私には今の今まで、今この瞬間も、能力の発動なんか考えていない。
それに、この力を私は知らない。時間操作の能力である事は間違いないのに、今まで使ったどんな時間操作にも合致しない。
「…輝琳、この力…、…忘れちゃ、駄目よ…。…これが、蓬莱人の、時間を…修復する力…。」
お母さんの口から出たその言葉で、私は全てを理解した。
― あなたの能力は、唯一蓬莱人を滅する事が出来る力なのよ… ―
…その言葉が脳裏をよぎる。つまり、お母さんは今、自分を…。
「お母さん!!何考えてるの!?止めてよこんな事!!お母さんでしょ!?私の能力を勝手に発動させたの!!」
頭が真っ白になった。お母さんはつまり、死のうとしているのだ。
さっき私に伝えた、私だけが出来る、蓬莱人を滅する方法で…。
「…ええ、あなたを地球に送る時に、ちょっとした薬を、ね…。…私にも、あなたの力を、少しだけ操れるように…。」
「そんな事聞いてない!!今すぐ止めて!!こんな冗談いらない!!」
…そう言いつつも、冗談でない事は既に分かっている。勿論、お母さんが能力を止める気がない事も。
くそっ!止まれ私の力!!お前は私の能力だろう!!お母さんの力じゃない!!私の言う事を聞け!!
…そう言い聞かせても、能力が落ち着く気配は微塵も感じられなかった…。
* * * * * *
…ああ、私はなんて母親だろう。最期の最期に、娘に自分を殺させるなんて…。
…でも、この力を知ってもらうためには、蓬莱人の誰かが犠牲にならなくてはならない。
姫に頼むか?そんな事できるはずもない。
では妹紅に?私が作った薬で不死になり、私の都合で殺す?そんな理不尽な話はない。
…消去法で、これは私にしかできない事だった。
ただ、相手は私の娘。それもずっと私に逢いたがっていて、一緒に泣いた最愛の娘。
…本当は、輝琳の敵である間にこの方法を授けたかった。
なのに、姫やレミリアが余計な事をしてしまったせいで、その計画は失敗した。
…じゃあ、どうすればいいか…。…私の人生において、これほどまでに苦渋の選択はあっただろうか。
永遠の命を持続させ、輝琳が死んだ後も行き続けるか…。
それとも、輝琳に蓬莱人を救う方法を授け、そして死んでいくか…。
前者を選べば、私はこれからも輝琳の母として、一緒に生きていけるかもしれない。
…ただ、それは私や姫、そして妹紅の希望を潰す事にもなる。この子は、蓬莱人を救える唯一の人間なのだから。
そして後者を選べば、ひょっとしたら時間を修復するだけで、普通の人間に戻す方法を見つけてくれるかもしれない。
…そのためには、輝琳に私を殺させなくてはならない…。
…どっちを選べばいいか…。…迷ったのは、ほんの数秒だった。
此処で死のう。輝琳の手に掛かって。それが、蓬莱の薬を作った私に出来る、姫と、そして妹紅への唯一の償いなのだから。
…この子の親としては、とても心苦しいが…。
…もし輝琳がこれで何か心に傷を負ってしまっても、私にはもうその治療は出来ない。
…それは、この子のもう1人の親であるレミリアを信じるしかない。
…勿論、ずっと傍にいたかった気持ちは、今でも変わらないが…。
「止めて…!止めてよお母さん…!…お願いだから…死なないで…!!」
…ああ、少しだけ決心が揺らいでしまう。
泣いている。娘が泣いている。それなのに私は、何もしてあげる事がない。
…出来る事は、この子が少しでも悲しまないように、何かを言ってあげる事…。
「…大丈夫よ、私は死のうとしてる…わけじゃない…。…あなたに、私の希望を…託しているの…。
…信じてるわ、輝琳…。…あなたなら…姫と…妹紅を…元の人間に、戻してくれるって…。」
言葉も上手く出なくなってきた。でも、思ったより身体が崩壊するまでが長くてよかった。
…これなら、姫やウドンゲにも、言葉を残す事が出来そうだ…。
「姫…永遠に仕えると…約束しましたが…、…すみません、守れなくて…。…先に逝って、姫が普通に死に、こっちに来るまで、待ってますから…。」
「…そんな事、許さないわ…!…永琳、馬鹿なことは今すぐ止めなさい…!…これは命令よ…聞けないの…!?」
…すみません、姫。最期だから聞きたいのは山々なんですが、その命令だけは聞く事は出来ません…。
…さっきから、謝ってばかりである。…私は、親としてではなく、従者としても、人としても、失格だ…。
「ウドンゲ…あなたに教える事は…もう全部教えたから…。…これからは…あなたが薬師として…命を、救うのよ…?」
「…嫌です、師匠!!私なんか、まだまだ師匠がいないと駄目なんです!!だから、だから…!!」
…ウドンゲも、泣いていた。この子が永遠亭に来てから、丁度100年くらいだっただろうか…。
…この子も、私の娘みたいなものだ…。…だから、その言葉がとても悲しく、そして嬉しかった…。
「てゐ…あなたには…これからも…兎達を、引っ張っていってほしい…。…だから…悪戯も…ほどほどにね…?」
「永琳様…!!…永琳様がいなくなるなら、ずっと悪戯は止めませんからね…!!…だから、いなくならないで…!!」
…てゐのこんな姿は、初めて見た…。まさかてゐが、こんな普通に泣き顔を見せるなんて…。
…最期の最期に、いい物を見せてもらった気がする。てゐも、そうやって普通に笑って、普通に泣いてくれればいいな…。
「霊夢…ごめんなさい…ね…こんな事に…巻き込んじゃって…。…姫や…ウドンゲ達の事…これからも…よろしくね…。」
「…そんな事聞くために、引き受けたんじゃないわよ…。…いいから、そのつまらない冗談を…さっさと止めなさい…。」
…霊夢まで、こんな事言うとはね…。…どうして誰も、死に逝く人間を、安心させるような事を言ってくれないのだろう…。
…仕方がないか。逆の立場ならあっさり認められるとも思わない。…本当に、霊夢には悪い事をした…。
「魔理沙…ありがとう…頼まれてたとは…言っても…、…輝琳に、道を示してくれて…。…これからも…この子の…友達でいてあげてね…。」
「……。」
…魔理沙は深く帽子を被り、黙してその表情を見せなかった。だけど、一瞬だけ彼女の頬で、月明かりが反射したような気がした。
…彼女と霊夢には、これからも同じ人間として、輝琳を見ていてくれるだろう…。…そう、信じている。
「妹紅…この子が…能力を使えるように…なったら…元の人間に…戻れるから…。…あと…姫とはもう少し…仲良くしてね…?」
「…はは、何言ってるんだ…?…あんた、蓬莱の薬を作って、私を何度も殺して、挙句、一人で死ぬ…?…そんな事、許さないよ…!!」
…妹紅なら「さっさと死んでしまえ」、とでも言ってくれると思ったんだけどなぁ…。…場の空気を思ったのか、それとも本心なのか…。
…思えば、妹紅にも悪いと思うことを散々してきた…。…それなのに、この子がこんな事を言うとはね…。
「レミリア…この子…見ての通り…本当は、泣き虫だから…。…この子の事、よろしくね…。」
「…任されたわ。」
…ああ、最期の最期にいい言葉を聞けた。これで、本当に思い残す事もなくなった。
…レミリアが今までどおりこの子を見てくれるなら、それは即ちこの子が幸せなままでいられる事…。
…最期の時を、感じた…。
…あと数分と持たずに、私の身体は崩れ去るだろう…。…でも、本当によく持ってくれた、私の身体…。
…最期に、この子にも言葉を遺せる…。
「…輝琳…お母さんは…もう傍に…いてあげられないけど…ずっと…隣に…いるからね…?」
崩れる腕で、もう一度しっかりと、輝琳の身体を包み込む。
…もう感じるはずはないのに、その時感じた暖かさは…生まれたばかりのこの子を抱いた時の、あの暖かさだった…。
「…嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!何で!?せっかく逢えたのに!!ずっと待ってたのに!!」
…この子も、最期まで私を安心させてはくれなかった。
本当に、決心が揺らいでしまうじゃない…。…私の娘ながら…どうしてこうなっちゃったんだろう…。
…でも、悪くはない。輝琳が、ウドンゲが、てゐが…。…みんなが、泣いてくれた…。
…それだけで、私も少しくらいは、みんなに好かれていたのではないか、そう思えるから…。
「何で!?何でなのお母さん!!教えてよ!!悪い事したなら直すから!!一人にしないで!!」
…それは、あの時の言葉…。…ふふっ、使いどころ、全然違うじゃない…。
ああ、でも、あの時は答えてあげられなかったっけ…。
…そうね、私の最期の言葉には、丁度いいかもしれない…。
…輝琳、幸せになってね…。
「…大丈夫、輝琳は何も悪くない。悪いのは、全部お母さんだから…。…あなたは、私の最高の娘よ…。」
…私の世界は、全て消え去った…。
* * * * * *
今の今まで抱きしめていたはずのお母さんの身体が、塵となって消えた。
お母さんを抱きしめていたはずなのに、私が今抱いているのは、お母さんが着ていた赤と青の服だけ…。
…何で?何で止まってくれなかったの?お母さん、何で?答えてよ…。
「永琳…。…馬鹿な事を…!!」
「師匠…ししょぉ…。…ううっ…うわああぁぁぁぁぁぁ…!!!!」
「永琳様ぁ…!!」
「永琳…。」
「…最悪だぜ…。」
「…畜生…勝手に一人で…。」
「……。」
…みんなが、泣いている。…さっきまで、違う涙だったよね…?
…お母さん、みんな泣いてるよ?お母さんがいなくなっちゃったから、みんな悲しんでるよ?
…帰ってきてよ…。…早く…あの笑顔を見せてよ…。…隠れてないで…。
…早く…はや、く…。…お母さん…!!何でよ…!!…どうして…どうして…!!
「どうして!!どうしてよぉ!!答えてよ!!答えてよお母さああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
* * * 永遠の命、その終わり Epilogue1 ~咲夜Side~ * * *
あれから一ヶ月が経った。お嬢様が「休暇をとりなさい」と仰ってくれたので、それ以来一ヶ月も、自室から出ずに引き篭っていた。
私がこれほど仕事を休んだのは、紅魔館でメイドを始めてから、初めての事だった。
…ただ、誰もその事に触れてこない。この館の全員が、あの現場を見ていたから…。
…私がお母さんを、殺してしまった現場を…。
幸い私が休んでいる間、妖精メイド達は比較的よく働いてくれているらしい。
お嬢様のお世話は美鈴に任せている。門番と兼用では大変だろうから、本当は頼みたくなかったが…。
…とりあえずは私がいない間も、紅魔館は特に変わった様子を見せていない。
…変わった事といえば、最近魔理沙の強盗回数が眼に見えて減ったらしい。
…あの魔法使いも、あの事件以来何かが変わったのだろうか…。
あの場にいたはずのブン屋も、記事にはしていないらしい。それくらいの空気が読める奴で助かった。
「…はぁ…。…何やってるのかしら、私…。」
…本当に、何をやってるんだろうと思う…。もう涙なんか、枯れ果ててしまったくらいに泣いたというのに…。
…私は、お母さんが最期に残してくれたあの力を、使いこなせるようにしなくてはならない…。
…しっかりしなくてはならない。それがお母さんの望みだという事も、分かってはいる…。
…分かってはいるけれど…。…私はあれ以来、時間を操る力を一回も使っていない…。
…使えないのだ。お母さんを消滅させてしまった、あの力を使うのが怖い…。
…覚えてはいる。あの感覚は忘れられない。でも、使ったら思い出してしまう…。
…嫌だ。…もう、何もかもが嫌だ…。…お母さん、何でこんな辛い思いを…。
「咲夜さん、咲夜さん、いますかー?」
…と、扉の向こうから私を呼ぶ声がする。
誰かなんて、考えなくても分かる。私を咲夜さんと呼ぶのは、何だかんだで美鈴か小悪魔しかいない。序に小悪魔は基本、私の自室に来ない。
妖精メイド達は「メイド長」と呼ぶし、他の人は大抵「咲夜」と呼ぶ。
…一応言っておくが、あれ以降私を「輝琳」と呼ぶ人はいない。
…まあ、今はその名前で呼ばれたくはないが…。
「…いるわよ、そこじゃ話しづらいから入りなさい。」
…別に、人と話せないほどではない。寧ろ、少しでも気分を誤魔化すために、誰でもいいから話していたい。
美鈴は比較的…、…いや、あれ以来で考えれば、今のところ一番話し相手になってくれている。
失礼します、と言う声と共に、部屋のドアが開いた。
「…で、何かしら?」
「いえ、話があるのは私じゃなくて…、…あの、お客様が…。」
…またか、と少しだけ思う。これもあの事件以来の変化で、私に訪問客が増えたと言う事だ。
とは言っても、殆どが霊夢か魔理沙、時々鈴仙といった感じで、主に私が塞ぎこんでいるのを知っている者達。
…なので、殆どはあまり話もせずに帰してしまう。何故って、慰められても困るからだ。
…ただ、今回はちょっと様子が違う。美鈴は彼女等が来た時は大抵、その者の名前で呼ぶ。
しかし、今は「お客様」と言った。つまり、紅魔館の者ではなく、それでおいて美鈴が敬意を払う人間という事になる。
…それでも、別にそういう人がいないわけではないので、それ以上の事は分からなかった。素直に聞こう。
「…誰が来たの?」
その問いに、美鈴は何故か困ったような顔をした。
「えっと…、…白玉楼の姫とその従者と、死神と、閻魔様です。」
なるほど、戸惑うのも無理はない。紅魔館の門で待っているという4人は、遠目で見てもどうも取り合わせがよくない。
死神小野塚小町と閻魔四季映姫・ヤマザナドゥは殆ど一緒にいる。西行寺幽々子と魂魄妖夢も、これまた常に一緒にいる。
ただ、この二つのペアが一緒にいるというのは、ちょっと想像できない。
もっとも、閻魔の裁きを終えた魂は一時冥界で転生を待つらしいので、関係がないと言うわけではないのだが…。
…序に、閻魔に訪ねられる理由は無くもないのだが、亡霊嬢に訪ねてきてもらういわれはない。
とにかく、これだけ異質な組み合わせを突き帰すわけにもいかないので、私は紅魔館の門へと足を運んだ。
「お久しぶりですね、十六夜咲夜。あの節はどうもお世話になりました。」
今のは皮肉を言われたのだろうか。だとするならこの閻魔も随分人が悪くなったな。
門の真下で待っていた四季映姫・ヤマザナドゥは、私を見るなりそう挨拶をしてきた。
「お礼はいりませんよ。それより、本日は私にどのような要件が?」
一応相手は閻魔であるし、今回は私の客である。敬意は払わなくてはいけない。
「あらあら、そんなに邪険にならなくてもいいわよ。はい、お土産のお饅頭よ。」
…この亡霊は…。…わけも分からず饅頭の箱を突き出してくるから分からない。酔っ払って帰ってきた中年オヤジか。
しかも、とりあえず箱を受け取れば、饅頭の箱にしては異様に軽かった。…中身、入ってないな…。
…ゴミを増やして、嫌がらせのために来たのか…?
「…幽々子さん、余計な事はご遠慮願います。さて、十六夜咲夜。今日はあなたにちょっとお話ししたいことがありましてね。
…何の事だか、語るまでもありませんかね…?」
…私よりも外見の上では幼いが、流石は閻魔だ。その瞳は鋭く、そして深い。
言われなくても、用件の想像はついていた。閻魔が生きている人間を訪ねる用事は、基本的には一つしかない。
「…母親殺しは地獄行き、という事ですか?そういう事ならば、最初から諦めています。」
…そう、生前に大罪を犯し、地獄行きがほぼ確定している場合…。
私の場合、母親を殺してしまうという、とんでもない罪を犯してしまったわけだ。
閻魔が尋ねてくる理由も、それならば納得が…。
「いえ、確かにそれは“本来”地獄に落とすべき大罪です。…ですが、今回はちょっと特殊なケースでしてね…。」
…えっ?何を言っているのだ、この閻魔は…。
「実はですね、小町が彼岸におかしな魂が現れた、という報告がありましてね…。小町、その説明はお願いします。」
はい、と元気よく答えた死神が、鎌を担いで一歩前に出る。
…おかしな、魂…?
「“一ヶ月ぐらい前”の話なんだがねぇ…。あたいが何時も通り寝て…じゃ、じゃなくて、仕事してた時の事さ。
新しい魂が川岸に来たと思ったらさ、そいつがどうも変なんだよねぇ。
何時まで経っても舟に乗ろうとはしないし、ずっと川岸で川眺めてるだけなんだよ。あんな魂、初めてだったね。
魂ってのはな、本来だったら意志なんて持ってないから、何も言わずとも舟には乗るもんなんだよ。
ずっと居座ってるもんだから、気味悪くなってな。それで四季様に相談したんだよ。…あ~、後は四季様、お願いします。」
そして、もう一度映姫が前に出る。
…この時、私はある予感がしていた。そんな都合のいい事が、あるとは思えないが…。
「それでは、私が…。その魂なのですが、例えて言うならば生きている魂。死んでいるはずなのに生きている、言うなれば半人半霊です。
先に言っておきますが、これはそこの魂魄妖夢とは別のものです。非常に稀な、意志を持った魂だというわけです。
ただ、意志を持っているだけで話す事が出来なかったので、仕方なく、浄玻璃の鏡を使う事にしました。
浄玻璃の鏡は、魂の生前の姿を映すものですが…。…ええ、驚きましたよ。見覚えのある姿でしたからね。
もう想像はついてると思います。その魂は、あなたの母、八意永琳です。」
…驚いた。想像はしていたのだが、まさか本当にお母さんの魂だとは…。
まあ、当たり前と言えば当たり前なのだ。あの日、お母さんは死んだ。私がこの力で、消滅させたのだから。
…でも、どうしてそんな事が…。その理由を、映姫は続けて語った。
…しかも、予想だにしなかった理由を…。
「そして、どうして意志を持つ魂が生まれたのか…。…それは、生きる事への執着心が強すぎたが故の事です。」
…信じられなかった。生きる事への執着心?あの時、お母さんはそれを捨て去ったはずじゃ…。
だからこそ、あの時私の手に、死ぬ事を選んだのではないのか…?
「…それは、有り得ません…。…お母さんは、自分から死を選びました…。」
私は思ったとおりに、その事を映姫へと告げる。
しかし、彼女のその鋭い目つきは変わらず、私を睨み続けていた。
「ええ、私も最初はおかしいと思いました。当時の事はそれとなく聞いていましたが、あなたの母は自ら死を選んだと、そう聞いていました。
ですが、現にその魂は意志を持っていた。それこそが、八意永琳が生きる事に執着していた証拠です。
…そして、悩んでいても仕方がなかったので、私は直接理由を聞く事にしました。
浄玻璃の鏡に照らされた魂は、現世のを姿得ると共に、話す事も可能になりますからね。
…話を聞いて、何となくですが理由は理解できました。…それでは先に、今の現状を話しておきます。」
…そう言って、映姫は一歩、門の左に引いた。それと同時に小町、幽々子、妖夢も同じ方へと移動する。
紅魔館の門の右側に、大きく開けた空間が生まれる。
私の視界は、中央が城門から外が見えるだけで、それ以外は壁しか見えない。
…つまり、壁の向こうにいる人間は、最初から視界に入っていなかった事になる。
そもそも、そんな事はまるで想像できなかった。“客は4人”だと聞いていたし、そもそもそんな事が有り得るが無かった。
…有り得るはず、無かった…。…それなのに、右側の壁のむこうから姿を現した“5人目の客”は…。
「…う…、…そ…でしょ…。」
…見覚えのある銀髪、見覚えのある赤と青の服、見覚えのある、あの微笑み…。
「…これが、今の現状です。何を生に執着したのか…、と言うより、どうして“死にきる事”が出来なかったのか…。
…当時、あなたの能力をコントロールしていたのは“彼女”だったらしいですね。
ですが、“彼女”が最期まで死ぬ気であったなら、こんな事にはならなかったでしょう。
…消滅するほんの一瞬前に、“彼女”の心に戸惑いが生じた。そしてその戸惑いが、あなたの能力を一瞬早くとぎらせてしまった。
結局肉体は一度消滅しましたが、魂だけが死にきれなかった状態のまま、彼岸へと辿り着いたわけです。
…そして、その一瞬の戸惑いを生んだのは、他でもない、あなたです。
あなたが“彼女”の死を最後まで拒絶し続けたが故に、最後の最後まで揺らがなかった彼女の心も、無意識のうちに揺らいだのでしょう。
…私は子持ちではありませんから、理解する事は出来ません。ですが、親を思う子、子を思う親、その確かな“絆”が、この事態を招いたのでしょう。」
…なんてありふれた、なんて作り話っぽい、なんて安っぽい理由だろうか…。
こんな事、それこそ漫画の世界じゃないか。思いが、絆が、人を死にきらせなかった…?
…そんな馬鹿な話は信じられない。そう思う一方で…目の前の現実に、ただ私は黙っている事しか出来なかった…。
「…さて、結論を言います…。…こんな困った魂を裁判にかけるわけにはいきません。何せ、生きているのですから。
とは言っても、冥界に置いておくわけにも行きません。…実は、そこの西行寺の姫に断られましてね…。」
そう言って、映姫は幽々子を睨み付ける。しかし、彼女はそれを全く気にせずに受け流した。
「…なので、恐らく私が閻魔を勤めるようになってからは、初めてのケースなわけですが…。」
― 八意永琳の身体を蘇生させ、もう一度現世に送り返す事にしました。 ―
…最初、何を言っているのか分からなかった。
いや、映姫の言ってる事は分かった。だが理解していない。頭が全然回らない。
身体を蘇生させ、現世に送り返す…。…それって、つまり…。
「簡単に言えば、生き返ったって事さ。」
…小町のその台詞が、頭に染み渡るまでもまた、時間を要した…。
…だって、有り得ないじゃないか。あの時、お母さんは死んだのだ。
だというのに、それが一ヶ月経った今、生き返った?そんな話、信じられるはずがない。
信じられるはずがない。…だけど、今目の前の現実はどうだろう。
…だって、そこに立っているじゃないか。あの微笑みを浮かべる、私のお母さんが…。
「…さて、積もる話もありましょう。私達はこれで失礼します。後はお2人で、自由に過ごしてください。
…それと、幽々子さんにはお話がありますので、これからちょっとお願いしますね…?」
「あらあら、冷たいわぁ。だって冥界に魂を置くより、生き返らせてあげた方があの子達も幸せでしょう?それに…。」
「幽々子様、そういう問題ではありませんよ。…閻魔様も、その事は承知のはずですから。」
そうして、4人は呆然とする私と、そしてお母さんを残し、去っていった。
…ただ、その後暫く、私もお母さんも、何も話す事が出来なかった。
…だって、何を話せばいいのか分からない。…こう言う時は、なんて言えばいいの…?
「…えっと、あのね…。私もよく分からないのだけど…。…もう一度、生きてもいいみたい…。」
…戸惑った表情を見せながらも、お母さんはそう告げた。
…顔が、眼の下が、熱くなって来た…。
「…あんな別れ方しておいて、こんな事を言うのも変だけど…。」
― …ただいま、輝琳。 ―
「…お母さん…。…お母さん…!!」
枯れきった私の涙が、再び流れ出した…。
お母さんの胸に飛び込み、もう二度と手に取れないと思っていた身体を、力いっぱい抱きしめた。
…ありがとう、幽々子、映姫、小町…。
また、私は感じる事が出来た。聞くことが出来た。見る事が出来た。
あのぬくもりを、あの優しさを、あの声を、あの笑顔を、あの再会の喜びを…。
もう絶対に離さない。もう絶対に、死ぬ事なんて許さない。もう絶対に、傍を離れてほしくない…。
暖かなお母さんの腕に包まれて、私はまた泣き続けた。だけど、この涙は暖かい涙だ。
…できる事ならばこの先一生、こんな涙を流し続けたい。流しても悲しくない、とても大事な涙…・
…私はもう回りの事を気にせずに、ずっと、ずっと、その涙が枯れるまで、ずっと泣き続けた…。
…私は十六夜咲夜。そして八意輝琳。
その名前はどちらも私で、そしてどちらももう、二度と手放す事は無い、大切な“絆”の証だ…。
* * * Last And First Episode ~???Side~ * * *
奇跡なんて、そう簡単に起こりうるものではない。
しかし、人間という物は一度「有り得ない」と思うと、その奇跡が何故起きたか、という事を考えられなくなってしまう。
…例えば、死んだはずの人が目の前に現れたら、生き返ったなら、人はもう、どうして生き返ったなんてこと、考えられなくなる。
…だから、最初から眼に見えないところで勝手に起こした奇跡は、当事者の私の存在を知られる事もなく、奇跡のまま終わってしまうのだ。
私は最初から、あの2人の事を知っていた。だから、ずっと操り続けた。
あの2人が引き寄せられるよう、2人の“境界”を、ずっと…。
12年前、私は幻想郷に突然現れた、一つの命の事を知った。
それは1000年以上前に私が戦い、そして敗れ去った月の民、その子供であった。
別に、幻想郷に月の民は…まあ、珍しい事ではあるが、いないわけではない。私はそれを3人知っている。
永遠と須臾の罪人、蓬莱山輝夜。月の頭脳、八意永琳。狂気の月兎、鈴仙・優曇華院・イナバ。
あっちは私を知らないようだが、私は幻想郷の全てを知っている。竹林に隠れていようが、その事は知っていた。興味はあまりなかったが。
つまり、これで月の民は4人目となる。ならば永遠亭に送ってあげようか、私はそう思い、その子の元へと赴き…。
…そして、その姿に驚かされた。何せ、私が知っている月の民の3人のうち、八意永琳の面影があったのだから。
…しかも、私が辿り着く少し前に、吸血鬼レミリア・スカーレットが先にその少女の元に辿り着き、挙句紅魔館で育てると言い始めるのだ。
彼女の時間を操る力、それに惹かれたのかもしれないし、ただ単に気まぐれか、それは流石に私にも分からない。
ただ、これはこれで面白そうだ。当時全く接点がなかった紅魔館と永遠亭、それがどのようにして結びつくのか。
無関係の2つの…勢力、というべきか?その2つを、長い年月をかけて、少しずつ近づけていく。面白いゲームだ。
幽々子に話したところ、この遊びに付き合ってくれるようだった。それ以来、私はあの2人の心の境界を、少しずつ狭めていった。
…しかし、予想外の事が起きた。それがあの永夜異変。思ったよりも早く、あの2人が出会ってしまった事だ。
まだ何の接点を持っていなかったというのに、急に接点を持ってしまい、あまつさえお互いに親子だと気付いてしまった。
…これは、面白い事になってきた、と…。
もう遥かな時を生きてきた私さえ、想像できなかったこと。2人の月の民は、それをあっさりと起こしてしまった。
だから私は趣向を変え、母親の方の心の境界を、少し崩しておいた。
母親の罪の意識を大きくし、そしてその状態で親子が対面したら、どのような結果になるのか…。
…1人1種の、肉親を知らない妖怪である私としては、それがとても気になった…。
…結果、幽々子に殴られた。
初めてだった。私と幽々子は彼女が亡霊になる前からの友人。あの柔らかな性格の幽々子に、私は一度も殴られた事なんかなかった。
長い間ずっと友人として過ごしてきた幽々子に、初めて本気で怒鳴られた。「なんて事してしまったの!!」と…。
私と幽々子はあの夜、事の結果をこの眼で見るべく、ずっと迷いの竹林で待機していた。
…そして、八意永琳と十六夜咲夜は再会し、親子としての絆を回復させ、そして、永琳は死を選んだ。
なるほど、こういう結果に終わるのか…。思わず笑みが零れた私を、幽々子が怪訝そうな顔で睨みつけた。
そこで初めて私は、永琳の心に施した細工の事を幽々子に話した。…そして、殴られた。
…生前の記憶が無い幽々子には、おかしな話でもあった。幽々子もまた、親を知らない存在のはずなのに…。
…ひょっとしたら、心の何処かに親から受けた愛が残っていたのかもしれない。
…ひょっとしたら、父親のような存在だった魂魄妖忌の事を、思い出していたのかもしれない。
…ひょっとしたら、幽々子は妖夢と暮らすうちに、親としての心が芽生えていたのかもしれない。
…勿論、どういう理由で幽々子があんなに逆上したのかは分からない。
…だが、私がやった事が間違いだった事は、充分に理解できた。
だから、私は最後の最後に、もう一度永琳の心の境界を操った。親としての心を、取り戻させた。
それと同時に、生と死の境界も少しだけ操った。永琳の身体はもう崩壊する。だったら、魂だけは死なないように…。
…それ以降がどうなるかは、意志を持つ魂となるであろう永琳、その魂を見つけるであろう死神と閻魔、そして冥界の統治者幽々子に委ねる事にした。
私は境界の妖怪。死後の世界の事に介入する心算はないし、そんな事は出来ない。
…そして、永琳は無事に、もう一度この世に生を受けた。
幽々子も、これで結果オーライだと許してくれた。正直、ほっとしている。私はまだ、幽々子と友人でいたい。
…これも、私と幽々子との間に、長い年月をかけて出来た“絆”が、そう思わせているのかもしれない。
…人間も、まだまだ私の知らない“何か”を持っている。
人間は、決して妖怪よりも劣った存在ではない。私達が持たない何かを、彼女たちは持っているのだから…。
「紫様、もう夕方ですよ、そろそろ起きて…って、起きてる…。」
襖を開けて部屋を覗くなり、呆然として立ちつくす式を見て、私は苦笑した。
…そうか、私にも家族がいるのだ。忘れるところであった、この八雲藍もまた、私の娘のような存在なのだから。
…ただ、なんとも失礼な娘だこと、私が夕方に起きているだけで、固まってしまうのだから。
「あら、私だって気持ちよく目が覚めることはあるわよ。それより藍、夕飯は何かしら?」
…藍の鮮やかな九尾が逆立つのが見えた。本当に、何処までも失礼な娘だ。
「え、あ、あの、ま、まだ準備はしていませんが…。…な、何かご所望ですか?」
藍が慌てているのを見るのも、また面白い。此処はもう一つからかってあげようかしら。
…ああ、それもいいかもしれない。今日の私は、藍の母親でいてあげよう。
「そう、じゃあ夕飯は久しぶりに私が作ろうかしらね。」
私は腰を上げて、魂が抜けた藍の横を通り過ぎ、台所へと向かう。
料理なんてするのは久しぶりだ。藍が私の式になって以降、殆ど任せっきりだったから。
…ただ、たまにはこういうのも、いいかもしれないと思う。折角だから、少し豪華にしてみようかしら。
「…ちぇ、ちぇーーん!!大変だーー!!紫様が壊れたーー!!とめてくれーー!!」
…全く、本当に何処までも失礼な娘だ…。
…でも、それもある種の“絆”なんだろう…。
…私が消えるまでの間、この大切な“絆”を、大事にして生きていこう…。
…あの親子が最後まで、そしてこれからも、お互いを思い、共に抱き合っていた、あの“絆”のように…。
* * * 始まる命、永遠の絆 Epilogue2 ~永琳Side~ * * *
久々に帰ってきた永遠亭。静かなのは元々だったので、結局何も変わったようには見えない。
ただ、今此処で私が現れたら、永遠亭の中はどうなるだろうか…。…それは、後のお楽しみだ。
私は永遠亭の扉を久々に潜ろうと思い、戸に手を掛け…そして、一度止めた。
私が手を掛けた瞬間、扉の向こうからドタドタと、騒がしい足音が聞こえたからだ。
…全くあの子は、結局私の言いつけを守らなかったようだ…。
「えへへへっ!!こっちこっち!!…って、ぎゃっ!!」
内側から勢いよく扉を開け飛び出してきて、挙句私と正面衝突したのは、誰であろう黒髪の兎妖怪、因幡てゐ。
玄関の向こうに誰かが立っているなんて思わなかったのだろう、私にぶつかって、派手にひっくり返った。
「痛たたたた…。だ、誰よそんな所につった…、…って…。」
…彼女は私を見るなり、ぽかんと口を開けたまま動かなくなった。
…まあ、信じられないだろう。永遠亭のみんなの前で、私は一度消滅しているのだから。
「…あら、てゐ、いたずらはほどほどにするように、って言ったと思うけどねぇ…。」
私は苦笑しながらそう言った。別に普通に「ただいま」という事は出来たのだが、それでは面白みに欠ける。
あの場にいた人しか知らない言葉を話す事で、とりあえず私の存在を確かな物にしておこう。
「…え、永琳…様…?…ど、どう、して…?」
てゐは根っからの詐欺師である。故に、こうして驚き戸惑う事は少ない。
…どうやら、最初に与えたインパクトとしては大きい効果を得られたようだ。
「こらー!!てゐーー!!待ちなさーい!!」
…と、彼女等の状況から考えると結構時間が掛かったが、また1人、聞き覚えのある声と足音が響いてくる。
…さて、ウドンゲはどんな反応を見せてくれるのだろうか…。
「見つけた!!さあ覚悟…、………えっ……えっ…?」
ウドンゲもまた、私を見るなり固まってしまった。なるほど、生きた死人を見る反応は、大概はこういうものなのだろう。
ただ、少しやつれて見えたのは気のせいだろうか…。
「ウドンゲ、てゐが止まってから20秒、時間が掛かりすぎよ。」
呆然とするウドンゲに、私はそう言ってみた。
…私が声を掛けた瞬間、ウドンゲの肩が少し震えるのが見えた。
「…し…師匠…。…本当に…師匠…なんです…か…?」
…どうやら、まだ信じていないようだ。眼で人を狂わす月兎のくせに、眼力は全然鋭くないのだなぁ。
「あら、私以外の何に見えるのかしら?」
なので、ちょっと意地の悪い事を言ってみた。
…すると、ウドンゲの眼から涙が零れるのが見えた。そして…。
「師匠…!!ししょーーーーーっ!!!!」
広い永遠亭でも余裕で全体に響き渡るような声と共に、物凄い勢いで私に抱きついてきた。
「師匠…!本当に…帰って来たんですね…!師匠…!師匠…!!」
何度も何度も、私の存在を確かめるかのように、私の事を呼び続ける。
私は黙って、ウドンゲの頭をなで続けた。ああ、この子もやっぱり、私の娘みたいなものなんだなぁ…。
ウドンゲの声を聞きつけて、続々と妖怪兎達も姿を現す。
反応は様々で、呆然と立ち尽くすも者、急に泣き出す者、ウドンゲと同じように抱きついて来る者、色とりどりだった。
…そして程無くして、私が一番どう反応するか気になっていた人物が、ゆっくりと姿を現した。
私の姿を見るなり、その人物は俯いてしまい、その長い髪が目元を隠した。
「…姫、ただいま戻りました。…すこし、痩せましたね…。」
確かに、少しだけ姫の頬がやつれていた。ああ、これは三食ちゃんと取ってないなぁ…。
…そう考えて、原因が私がいなくなった事なのかと思うと、少しだけ嬉しくなった。
「…遅かったわね、永琳。…一ヶ月も家を空けるなんて、どういう心算かしら…?」
その声はか細く、そして少し震えていた。
1000年以上私は姫と付き合っているが、姫が此処まで生気を失っているのは、初めてだったかもしれない。死なないくせに。
「…永琳、これからは無断で外出は禁止よ。外に出る時は、必ず私と一緒にする事。
…それと、もう永遠亭を離れる事は許さないわ。…これは命令よ。…聞けるわね…?」
…それは参ったなぁ。それじゃ、紅魔館の輝琳に逢いにいけないじゃないか…。
…ああ、その時は姫も連れて行けばいいのか。…本当に、困った主人だ…。
「…はい、承知しました。私の心は、永遠に姫と共に…。」
…私はもう、姫の命令を断るにはいかない。…私は姫の従者であり、そして永遠の友でいたいから…。
「…さて、ウドンゲ、帰ってきて早々で悪いんだけど…。」
「ぐすっ、なんですかぁ…。」
ウドンゲは涙で濡れた顔を上げ…。
「新しい薬が思いついたから、調合したら実験台になってくれないかしら?」
…そして、その顔は一変、涙は止まり、みるみる青ざめていった。
「…え、えーっと…。…師匠に後を頼まれて、それで今薬を作ってて…。」
「ああ、帰ってきたからもういいわ。私が続きをやってあげるから。」
「…えーっ…。…因みに、何の薬ですか…?」
「ああ、身体が粉々に砕けても再生するような薬。今回みたいな事、私としてももう起きてほしくないからね。」
「それはそうですけど…、…それって、薬飲んだら私の身体を粉々にするって事ですか…?」
「あら、よく分かってるじゃない。」
「嫌です!!絶対嫌です!!失敗したら今度は私が冥界行きじゃないですか!!」
「大丈夫よ、最初は復元可能なくらいにしておくから。」
「そういう問題じゃありません!!」
「さ、納得してくれたなら早速始めましょう。てゐ、ウドンゲを縛り付けておいて。」
「了解。(てゐ)」
「いいいぃぃぃぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」
※メモ帳計算で凡そ1700行(空白も含む)ありますので、時間にはある程度余裕を持って読んでください。
※主に2人の視点で進めますので、途中で視点が変わることがあります。目印は、
・* * * ○○○ * * *
・* * * * * *
です、一箇所だけこれを挟んでも視点が変わらない場所がありますが。
※流血シーンもありますので、そこもご了承願えます。
以上の事を了解していただけましたら、どうぞご閲覧ください。
* * * 紅魔の夢 ~咲夜Side~ * * *
―― 何で!?何でなのお母さん!!教えてよ!!悪い事したなら直すから!!一人にしないで!! ――
「はっ!!」
目が覚めた私の視界には、何時も目が覚めた時に見る紅い天井。
此処は…紅魔館。此処は…私の自室。私は…十六夜咲夜。
…一々確認しなければならないほど、戸惑ってしまったようだ。
「…ふふっ、またあの夢…。」
今見ていた夢を思い出し、普段ならしない独り言が口から漏れる。本当に最近、よく見るようになった。
…もう、振り切ったものだと思っていたけれど…。…あの人が、目の前に現れてしまったから…。
幼い頃のあの記憶だけは、やっぱり易々と消えるものではないか…。
…ああ、酷い寝汗だ。これじゃ明日…正確には今日だが、お嬢様の前に出れないじゃないか。
仕方が無い、シャワーを浴びてこよう…。音が漏れないように、時間を止めて…。
* * * 永遠の記憶 ~永琳Side~ * * *
―― …ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…。 ――
「……ょう、師匠。」
私を呼ぶ声に、はっと我に返る。
「あ、ああ、ごめんなさいウドンゲ。何かしら?」
「ボーっとしないでくださいよ。最近多いですよ、そうしてる事。」
そうかもしれない、私は自嘲気味に笑う。どうやら、昔の事を思い出してしまったらしい。
昔の事…と言っても、もう1000年以上前、私がまだ月にいた頃の話だ。
しかし、私がこうして存在している以上、あの時の事だけは忘れられない…。
地上に降りてから、姫に仕えている間に、あの事は忘れたつもりだった。それでも、やはり心のどこかに残っていたのだろう。
それが爆発したのは、私が地上の密室を作り出したとき…。
…また、あの子に逢ってしまった時…。
「…神なんてものがいるなら、本当に残酷なものよね…。」
思わず口にしてしまった独り言は、幸い私の目の前にいるウドンゲには聞こえなかったようだ。
* * * 開戦の狼煙 ~咲夜Side~ * * *
「戦争よ!!」
…切欠は別になんと言う事は無かった。
宴会の席で、お嬢様が必要以上に酔ってしまって、永遠亭の姫にちょっかいを出した事だった。
止められなかった私の責任でもあるのだが、まあ、お嬢様が100%悪いという事だけは、今回は認めざるを得ない。
「あの宇宙人を叩き潰すのよ!!大体初めて逢った時から調子に乗ってると思ってたけど…」
…正直、私も含め3人…パチュリー様と美鈴も、呆れて全く言葉が出ない。お嬢様の話を半分も聞いてはいないだろう。
何時もならば私が一番に耳を傾ければならないが、その私ですら今回はお嬢様の全てに賛成できない。
「ちょっと咲夜!!聞いてるの!?」
「…はい、聞いてますから、どうぞ続けてください。」
お嬢様に嘘をつくのは心苦しいが、聞いてませんとキッパリ言うのも憚られる。
どうせ今のお嬢様なら、多少嘘をつくくらいならばれる事は無いだろう。完全に自分の世界に入っている。
…ただ、最後の言葉はいらなかったかもしれない…。
「…咲夜さん、続けてなんて言わないでくださいよ…。」
「…ごめんなさい、美鈴。今のは私のミスだわ…。」
どうやら結構限界が近いようだ。今なら小声で喋る程度では聞かれる事はないとは言え、美鈴がこんな事を言うのも珍しい。
その分、パチュリー様は凄いと思う。横目で見てみれば、表情を変えずにずっと立っている。
まあ、頭の中では全く違う事を考えているのだろうが。
「…と言う訳で!!この期に永遠亭をぶっ潰すのよ!!誰が幻想郷の王なのかをきっちり教えてあげるわ!!」
一人で盛り上がるお嬢様を無視して、私達はようやく話が終わったという安心と、これから怒る事への不安の、二つを含めたため息を吐いた。
* * * 開戦宣言 ~永琳Side~ * * *
「あんのひよっ子蝙蝠!!今度という今度こそは許さないわ!!」
…確かにあれはあっちに責任がありそうだったけれど、だからって此処まで逆上する姫に、底知れぬ虚しさがこみ上げてくる。
…何処で育て方を間違えたのだろうか、何となくそう言いたくなった。
…最近の引き篭り具合を見れば、最初から教育法が間違っていた気もしなくもないが。
「私に比べればまだまだガキのくせに!!大体最初にうちに攻めてきた時から嫌な奴だとは思ってたけど…」
私はため息を吐いた。何故か二回ため息が聞こえた。
何の事はない、隣で同じく話を聞いていたウドンゲも、同時にため息を吐いていた。
…今回は、この子達に同情しよう…。
「ちょっと永琳!!聞いてるの!?」
「…はい、聞いてますから、どうぞ続けてください。」
はっきり言って最初から殆ど聞いていなかったが、聞いていないというのも姫の怒りを加速させるだけだ。
まあ、話なんて聞いていなくても、大体は姫の愚痴だ。聞く必要はない。
…ただ、最後の言葉はちょっと迂闊だっただろうか…。
「…師匠、何てこと言うんですか…。」
「…ごめんなさい、ウドンゲ。今のは私のミスだわ…。」
どうやらこの子も限界らしい。私にこんな事を言ってくるのも結構珍しい。
他の妖怪兎達は後ろで姫の話を無視して喋っている。本来ならば叱らなければならないが、今回は許す事にしよう。
…てゐは最初からこの席にいないし。うまく逃げたものだ…。
「とにかく!!あの生意気な吸血鬼どもをこの期に叩きのめすのよ!!ガキが大人にたてつくんじゃないってことを教えてやるわ!!」
一人で盛り上がる姫を無視して、私とウドンゲは姫の蛮行とこれからの不安、二つを含めたため息を吐いた。
* * * 月の記憶 ~咲夜Side~ * * *
次の日、私はお嬢様に「色々と買出しに言ってきます」と言って、ある場所へと向かった。お嬢様の事は美鈴に任せて。
買出しには行ったのだから嘘ではない。しかし、それ以外にも用事はある。
…本当はあんな奴に頼りたくはなかったけれど、この際仕方がない。博麗神社は今日に限って留守だったし…。
私が向かったのは魔法の森、ツートンカラーの魔法使いの家だ。
宴会が三日おきに行われていた異変以来だったが、場所を忘れるほど私は馬鹿ではない。
…ただ、久しぶりに来てみたものの、やっぱり少女が一人で住むところなのか、と言う気にはなる。
…まあ、ネズミの住処には丁度いいか…。
「魔理沙、いるかしら?」
扉をノックすると共に、中にいるであろう人物に呼びかける。
ややあって、中でちょっと物音がしたかと思うと、扉が勢いよく開いた。
「おお、珍しい顔が来たな。借り物ならまだ死んでないから返さないぜ?」
相変わらず自分勝手なことを…。今すぐに殺して本を返してもらおうかしら…。
…深呼吸して怒りを飲み込んだ。今日はそんな事で来た訳ではない。まだ殺すわけにはいかない。
「…ちょっと相談に乗ってくれたら、今日は見逃してあげるわ。急用なのよ。」
私の言葉に、魔理沙は首を捻る。まあ、仕方がないかもしれない。こんな要件でこいつを訪ねたのは初めての事だ。
「…ああ、この間の宴会の事か。お前も大変だな。まあ入れよ、ちょっとくらいは力になるぜ。」
思ったよりも頼り甲斐のある返事に、少しだけ安心する。
他に頼れる人間もいない事だし、此処は魔理沙の好意に甘えるとしよう。
…魔理沙の家の中に入ったのは初めてだったが、なんと言うか、今すぐ掃除したかった。
散らかりようが半端ない…。…まさにネズミが住むには相応しいのだが…。
「まあそこ座れよ。お茶は出ないからな。」
「最初から期待してないわ。それより、今から話す事を誰かに話したら、問答無用で殺しにかかるから、注意しなさい。」
まずは牽制しておく。相手はあの霧雨魔理沙だ。
これから話す事を知られては…特にお嬢様には…たまったものではない。皆の私を見る眼が変わってしまうかもしれない。
周りの評価を気にする訳ではないが、そういう眼で見られるのはやっぱり辛いものがある。
「あー、大丈夫だ。安心しろ。…それに、何となくだが、お前が言いたい事が分かる気がするんだ。」
…その言葉には、流石に驚かされた。
いや、私が言いたいのは…まあ、確かに先日の宴会での事なのだが…、それだけではない。
私が言いたいのは、どうやったら永遠亭との戦いを避けられるかと言う事。
…そして、何故戦いたくないのかと言う事…。
「…お前、永琳と戦いたくないんだろ?お前の母さんかなんかだから。」
…思いがけない魔理沙の言葉に、私は言葉が出なくなった…。
「…図星だな。何となくだけど、お前ら2人はよく似てるなって思ってたんだ。
銀髪だし、目つきなんかも似てるし、主人にはきっちり従うし、永琳は薬、お前は毒を集めるのが好きだったり…。」
矢次に私と“永琳”の酷似点を上げていく魔理沙。
…あの人の事はあまり見ていなかったから知らなかったが、そこまで共通するものがあるとは知らなかった。
…血は争えない、と言ったところなのだろうか…。
「幼女趣味の変態だとか。」
「…あ゛あ゛っ!?」
時間停止。ナイフ展開。『幻在「クロックコープス」』
「おわっ、ちょ!!待て待て待て待て!!口が滑っただけだ!!落ち着け!!」
…すー、はー、すー、はー…。…よし。今は魔理沙を殺すわけには行かない。
序に後が面倒だから家を傷つけるのもいけない。ひょっとしたらパチュリー様の魔導書が傷付いてしまうかもしれない。
再び時間を止めてナイフを回収し、私は席に座った。時間作動。
「…お前はレミリアだし、永琳はあの人形に興味を持ってるみたいだし、本当の事じゃないか…。」
…落ち着け、私。落ち着くんだ…瀟洒でいるんだ…。
…本気で、殺そうかしら…。
…それにしても、あの人もそんな趣味があったとは…。…いや、自分がそういう趣味だと肯定したわけではないから。
…否定もできないのが悔しいが…。
「顔が恐いぜ咲夜。」
「誰のせいだ誰の。」
全く、本当に空気と言うものを理解しない奴だ。
「…とにかく、気づいていたとは驚きだわ。分からないように、あの人には出来るだけ話しかけないようにしてたんだけどね…。」
無理矢理話を戻す。こうでもしないと本題に入れない。
「まあ、気付いたのは霊夢なんだがな。ただ、お前さんらにも事情ってものがあるだろうし、それに憶測の域を出なかったしな。」
…成る程、霊夢が気付いたのなら何となく分からない事はない。
妙なところで勘がいい奴だ、私とあの人が口に出さずとも、魔理沙が言ったとおり、似ているところと言うだけでもその答えを出せるかもしれない。
「…そうよ、八意永琳は私の母親。12年前…あの人の主観だと1000年以上前だけど、私は捨てられたのよ。」
当時の事を思い出しながら、私は魔理沙に打ち明けた。私の過去の事を。
「…穏やかじゃないな、捨てられたとは。それにお前の主観で12年、永琳の主観で1000年、ってトコも気になるぜ。」
流石の魔理沙も神妙な顔つきになる。珍しい事ではあるが、こうでなくては話も出来ない。
自分で言うのも難ではあるが、真剣な話には真剣になってもらわなくては困るので、魔理沙にもそれだけの常識はあった事に感謝する。
「そうね、私もはっきりと覚えてる訳じゃないわ。まだ幼い頃だったからね。」
私は当時の朧な記憶を思い出し、少しだけ苦笑した。
何だかんだで、結構覚えていたからだ。月で生活していた時の、楽しかった生活の事を。
「それまでは良かったのよ。私もあの人の事が好きだったし、生活だって豊かで不自由なく、楽しかった。
あの人も…まあ、ちょっと行き過ぎって所もあったけれど、私をとても可愛がってくれた。」
「その頃から幼女趣味だったのか永琳は。」
「…次言ったら本気で刺すから覚悟しなさい。とにかく、あの頃は本当に、この人の子に生まれてよかった、そうとさえ思っていたわ。
毒の扱いなんかを覚えたのもその時。毒と薬は同じ物ってよく言うでしょう?…って、分かってるからさっきそう言ったのね。」
私の言葉に、魔理沙は無言で頷いた。
昔のままちゃんと薬の事を学んでいれば、今でもちょっとした薬ぐらいは作れたかもしれない。
まあ、そうでなくとも今はパチュリー様が殆ど作れるから、無理して作る必要は何処にもないわけだが。
…さて、話すとしようか、私の記憶の片隅に残っていた、あの時の事を…。
「…それが一変したのは、さっきも言ったとおり12年前の事。何の変わりもない、普通の夜のはずだった…。
あの日、私はあの人の呼ぶ声に眼を覚ましたの。だけど、眼に入った場所は、少なくとも私の知っている場所ではなかった。
暗くてよく見えなかったけど、多分あそこが、月と地球を移転する装置がある部屋だったんでしょうね。地球に着いたのはその後だから。
…本当に、何が起きたのかさっぱり分からなかった。何で此処にいるのか、どうしてあの人が、私をこんな眼に逢わせているのか。
…何より、私が地球に飛ばされる寸前に見た、あの人の顔ね。
それをはっきり覚えていたからこそ、私は幻想郷で始めてあの人を見たときも、彼女が八意永琳だって、すぐに分かった。」
…あの時のあの人の顔を思い出し、言葉が続かなくなってしまう。
私の前では常に笑顔を浮かべていた、優しかったはず人…。
私もいつかこんな人になってみたい、そう目指したはずの人…。
「…一度も、あんな顔を見せた事はなかったわ。あんな、私に呼吸する事さえ拒否させるような、鋭い眼はね…。
私がなんて叫ぼうが、あの人は何も言う事は無かった。表情を変える事すらしなかった。
ただ黙って、私を地球に飛ばしたのよ。当時から考えて凡そ1000年後、つまり今の地球にね。
その後はお嬢様に拾われて、まあ、そこは関係ないから省くけど、今に至るわけよ。」
一通り話し終えて、私は長い息を吐いた。
魔理沙もそれを終了の合図と取ったのか、これまた珍しく真剣な顔で俯いた。
とりあえず、私は黙って魔理沙の反応を待つ事にする。今の私には、これ以上言える事は何も無い。
…ややあって、魔理沙の顔が上がる。そしてその口が開いた。
「…とりあえず、お前の昔話は分かった。永琳がお前を地球に送ったってのも分かった。
あと、二つ質問していいか?まずは、当時月に人を未来に送る技術なんてあったのか、って事。」
なるほど、気にはなるかもしれない。私だって、最初は気になっていた。
ただ、成長していくにつれて、それは何となく分かってきた。私が自分の能力を、制御出来るようになってから。
「恐らくだけど、それは私の時間を操る力ね。あの人が何かしたのか、それとも力が暴走しただけなのか、それは分からないわ。
月から地球に移転する途中に、1000年時が止まったか、1000年時間が進んだのか…。
本当の理由とか理屈なんかは分からないわ。本当に未来に移転する技術があったのかもしれないしね。」
こればかりはあの人でないと分からない。当時の私には決して分かりえない事だったから。
時間を操れるようになった今だって、理屈の分からない憶測しか出来ないのだ。とりあえずはこれで許してほしい。
「…そうか、じゃあもう一つ質問していいか?」
それで納得してくれたようなのは助かったのだが、私はその言葉に、少し違和感を覚える。
…やたらと、神妙だった。普段の彼女なら、何の気兼ねがあろうと普通に質問してきそうに思うが…。
私は無言で首肯した。
「…お前、永琳の事を「あの人」としか言わないんだな。」
…面食らった、とはこの事か…。
なるほど神妙だったのは、私に対して気を使ったが故のことか。
普段の魔理沙とのギャップが、少し可笑しくなってしまった。まさか、魔理沙にこんな事が出来るとはね…。
「…私は、まだあの人を母と呼ぶ事は出来ない。
別に、恨んでる訳ではないわ。勿論微塵も恨んでないと言えば嘘になるけれど…。
あの人を信じるなら、私を捨てたのには理由があるんだと思いたい。…ただ、あの時は私にそれを話してくれなかった。それが嫌だった。
あの人がその理由を話してくれるまでは、私はあの人を母と呼ぶ気はないし、今までどおり他人としている心算。」
そう言って、私は何時もの癖で紅茶を手に取ろうとして、そしてない事に気付く。
今の私は十六夜咲夜。あの人の娘ではない。
…あの頃に戻りたいのか戻りたくないのか、正直自分でも良く分からない。
ただ私は、あの人から直接聞きたい。私を地球に送った理由を、あの眼の理由を。
その後あの人をまたあの呼び名で呼べるかどうかは、私自身の問題だ。
「だからこそ、私は永遠亭との戦闘は避けたいの。
お嬢様とあっちの姫は元々そんなに仲良くないけど、敵対関係にまでなったら、それこそ永遠に聞く機会がなくなるわ。
そう言うわけで、どっちにも接触があるあなたに相談しに来たのよ、不本意ではあるけどね。」
ようやく本題に入れた。随分長い前置きとなってしまったが、私の過去を話さなくては、この事も相談できない。
素直にこの本題だけ話せればよかったのだが、まさか魔理沙がああ言ってくるとは思わなかった故の結果だ。
魔理沙はまた何か考える仕草を見せる。それを私は黙って見守っていた。
「…悪い、正直な話、どうやったら戦闘を回避できるかって言うのは思いつかないな。」
…魔理沙の口から、かなり残念な発言が漏れた。
…まあ、これも仕方がない事か。元々無関係の魔理沙に相談を持ち込んだ時点で、かなり無理があったのだ。
「…だけど逆に言えば、これがお前と永琳がしっかり話し合えるチャンスなんじゃないか?」
…故に、その発言には驚いた。
「どういう事?」
「まあ人数的な問題だ。レミリアの事だ、輝夜とはサシで勝負するんじゃないかって思う。
お前さん達が総出で相手をするなら、お前の相手は鈴仙か永琳のどっちかになると思う。
後はパチェ辺りに鈴仙を任せれば、後はお前さんと永琳が対峙するしかないだろ?中国はてゐとぶつければいいし。」
…成る程、ちょっと強引な意見ではあるが、出来ない事でもない。
魔理沙の言うとおり、お嬢様の性格ならば真っ先に相手の頭へと飛び込むだろう。
妖精メイドたちは妖怪兎たちと、美鈴はてゐと、パチュリー様は鈴仙と…。
…そうなると、美鈴とパチュリー様にはそうお願いしなくてはならないか。美鈴はともかく、パチュリー様は受けてくれるか分からないが。
私としても、戦闘を回避できる手段が思いつかなかったから此処に来たわけで、この意見は正直かなり助かった。
「…そうね、物は考えようと言ったところね。戦闘になってしまったら採用させてもらうわ。」
こうなると、魔理沙に相談してよかったと思う。
事情に感づいていたと言うのは意外だったが、お陰で事はかなり順調に進んだ。
そして予想外にもまともな答えをもらえたので、当初の予定以上の収穫だった。
「悪かったわね魔理沙、変な事を相談して。それといい意見を貰ったわ、ありがとう。」
…何故か、魔理沙が眼を見開いた。礼なんか言わないと思われていたのなら心外だ。
メイド達の規範とならなくてはいけない以上、こういう礼儀はしっかりしている心算だ。相手が盗人だろうと、感謝する時は感謝する。
序に最初に言ったとおり、今日のところは盗品の取り立ては見逃す事にする。約束は約束だ。ごめんなさいパチュリー様。
呆然とする魔理沙を放置して、私は紅魔館へ戻った。時間が掛かってしまったので、時間を止めて。
「…さて、霊夢の奴は永遠亭かな…?」
* * * 月の告白 ~永琳Side~ * * *
翌朝、私は博麗神社へと足を運んだ。
意外と言うか当たり前と言うか、その時まだ目的の人物は寝ていた。仕方がないので叩き起こし、陰陽玉を数発喰らった。
「…あんたが一人で来るなんて珍しいわね。明日は嵐かしら。」
物凄く不機嫌そうな顔をして、博麗霊夢は皮肉を言う。どうやら眠気はまだ落ちていないらしい。
覚醒剤でも持って来るべきだっただろうか。いや、危ない薬ではなくちゃんとしたやつ。
「ちょっと用事があって…。悪いんだけど、相談に乗ってくれないかしら?」
「…何?宴会での事?余計な事を此処に持ち込まないでよ。」
勘が良いというかなんと言うか、既に私が言いたい事を理解している様子だ。
ある意味では好都合なのだが、それ故に乗り気ではないようだ。当たり前だが。
「直接巻き込む気は無いから安心して。相談に乗ってくれるだけで…、…!!」
そこで、私はここに誰かが向かってくる気配を感じる。
その気配は、間違いなくあの子…。…今最も逢ってはならない人物の気配だ。
「…ごめんなさい、霊夢。此処じゃ場所が悪いから、永遠亭まで付いて来て、今すぐに。」
「はぁ?何でよ、話すだけならここだって…。」
「いいから、すぐに!!」
多少脅すような形になってしまったが、やむを得ないので許してほしい。
今あの子に逢うわけにはいかない。私はまだ、あの子の前に出る資格なんてないのだから。
霊夢を半ば無理矢理引っ張るようにして、私は永遠亭へと急いだ。
幸い気付かれる事はなかったようで、あの子の気配は博麗神社を一周した後、私たちとは別の方へと向かっていった。
「まったく、人が寝ている時に叩き起こして、挙句誘拐とはね。」
かなり機嫌を損ねてしまったようだ。部屋に案内するなり、机に肘を突いて座りこむ。
全く巫女らしい雰囲気ではないが、もうこの事は今更なので放っておくとしよう。
私はウドンゲに御茶を出すよう依頼し、霊夢の正面に腰を下ろす。
因みに姫はいつもどおり引き篭っている。ただまあ、今はどうやってレミリアを倒すのかを熱心に考えているだろうが。
「ごめんなさいね、相談できる相手があなた位しか思いつかなかったから。」
ひとまず謝っておく。これで彼女の機嫌が直るとは毛頭思わないが、とりあえず礼儀は忘れてはいけない。
ウドンゲが御茶を入れて持ってくるまでに、とりあえず概略だけでも話しておこう。重要な方は、ウドンゲに聞かれるわけにはいかない。
「で、その相談事なんだけど、あなたの言ったとおり、この間の宴会での事よ。どうすればいいと思う?」
「どうすればいいと聞かれたって、まずあんたがどうしたいのか、それを聞かなきゃ分からないわ。」
よし、ひとまず聞く気はあるようだ。今のはそれを計るために、わざと省いて言っただけの事。
ただ、こうなるとやっぱりあの事も話さなくてはいけないのだろうか。私とあの子の関係、私の過去の事を…。
「そうだったわね。私は紅魔館との争いは避けるべきだと思ってるのよ。
私達は人前に出るようになったとは言え、まだまだ新参者である事に違いはないわ。
永遠亭のこれからの事を考えても、無駄な争いは避けて、大人しくしてるのが賢明だと思うの。」
…まあ、そう思っているのも嘘ではない。ここに住んでいるのは私と姫だけではないのだから。
紅魔館との争いで、周りの評判を落とすわけにもいかない。ようやく人里にも出て行けるようになったのだから。
「嘘ばっかり。」
…その霊夢の発言に、私は二の句が継げなくなる。
…今の言葉が本心ではないと、こうもあっさり見抜かれるとは思わなかった。
いや、本心でない訳ではないが、本当の理由は確かにそれではない。ただ、何故分かったのか…。
「あんたが紅魔館と戦いたくないのは、咲夜がいるからでしょう?咲夜と、娘と、戦いたくないから。」
…驚いた、なんて言葉では言い表せない。
まさか、そこまでピッタリ理由を当てられるとは思わなかった。思うはずもない、誰にも教えていないのだから。
唯一その事を知っているのは、永夜事変以降、私が少し落ち着かなかった故に気づいてしまった姫だけ。
その姫にも、決して話さないようきつく言っておいた。
…ばれるはずは、ないと思っていたのだが…。
「師匠、お茶が入りましたよ。…って、…あれ?師匠?どうしたんですか?」
…どうやら、少しの間何も考えられなくなっていたようだ。ウドンゲが近付いてくる気配も感じなかった。
彼女の言葉から察するに、どうやら霊夢の言葉は聞かれなかったようだ。ホッとする。
「あ、ああ、ごめんなさいウドンゲ。そこに置いて、あとちょっと姫の様子を見てきて。」
「ええっ?嫌ですよ、今姫様のところに行ったら、確実に2時間は愚痴聞かされますよ。」
露骨に嫌そうな顔をされた。まあ、確かに負けると分かっている試合には出たくはないだろう。
…ただ、この場に居座られても困る。仕方がない。
「あら、だったら後で新薬の実験体になる方がいいかしら?今度の紅魔館との戦闘で使おうと思ってるのよ。」
嘘である。そんな薬は作っていない。そもそも戦う気がないのだから。
しかし、ウドンゲにとってこの言葉が恐怖の対象である事は充分に理解している。
「い、行ってきます!!」
まさに脱兎の如く逃げ出した。ウドンゲには悪いが、暫くは姫の愚痴を聞いていてもらおう。
「あんたも人が悪いわね。あの脅しは一生物のトラウマよ?」
ウドンゲが逃げてから十数秒後、霊夢がにやつきながらそう言った。
「かもしれないわね。だけど、今回はそのお陰で助かったわ。聞かれるわけにはいかないからね。」
「…やっぱり、さっきの反応は図星だったみたいね。」
急に、彼女の顔が真剣になった。
真剣な話と砕けた話との違いを理解しているのは、とても助かる。
「…何時から気づいてたのかしら、私とあの子の関係を。」
とりあえず、それから聞いてみる事にした。
あの子には出来る限り近付かないようにしていたし、さっきも言ったとおり、姫には誰にも口外するなと釘を刺してある。
霊夢は一度御茶を啜ってから、その口を開いた。
「そうね、あんた達が最初に宴会に来た日かしら。あんたは意識してなかったかもしれないけど、何度も咲夜を見てたからね。
だから何となく、初めて逢った同士ではないんだろうなって気はしてたわ。
それからあんたと色々付き合ってて、何となく似てるな、ってところが多いのに気付いたの。
あとレミリアから聞いた話だけど、咲夜には満月の光の効果が薄かったみたいだからね。
それも月人の血が流れてるなら、不思議な事ではないわ。そこから、あんたと咲夜は親子なんじゃないかって思ったわけ。」
…なるほどね、そう言えば姫がそんな事を言っていた気がする。
半人半霊の妖夢とか言った子には月の毒は効いていた。この霊夢と魔理沙には元から効きそうもない。
つまりあの場では、あの子だけが異質だったわけか。
そうなると、あの子が月の民であった事を見抜かれても、そこまで不思議ではないかもしれない。
…ただ、私の娘であると言う事まで見抜かれていたとは、流石に驚いたが…。
「…そこまで分かってるなら、誤魔化す必要も無いわね。あなたの言うとおり、十六夜咲夜は私の血の繋がった娘よ。
まあ、あの子はそう思ってないかもしれないけどね。その事に気づいてるかどうかも分からないし。」
幻想郷で、再びあの子に逢った時の事を思い出してみる。
あの子の様子は、特に驚いた様子も見せなかった。内心気づいていたのか、それとも本当に忘れているのかは分からない。
あの子がそれで良いならば、私からも母と名乗る必要はないと思っている。
…私は、あの子に恨まれていても仕方がないのだから。
「訳有りな言い方ね。何があったのか、聞いてもいいかしら?別に言いたくないなら構わないけど。」
彼女の言葉に、少しだけ考え込む。
…この事は、話さなくても本題には関係ない。
ただ、霊夢は既に私の事に気付いていたし、話を聞いてもらった方が後が楽ではある。
「…いえ、大丈夫よ。その代わり誰にも…特に、絶対にあの子には話さないでね…。」
言う事は言ってから、私は話す事にした。
1000年以上前、私が月にいた時の事、あの子を地球に送った時の事を…。
「前にも話したかと思うけど、私の家は月の民の中でもかなり裕福な家だった。別に自慢じゃないから流して構わないわ。
あの子の父親は、私があの子を身篭ってすぐぐらいに、事故で他界してしまったの。
そういう意味では、家が裕福で助かったと言えばそうかしらね。女手一つでも、充分に養ってあげる事は出来た。
あまりあの子に構ってあげられなかったけれど、それでもあの子が笑っていてくれている時は、本当に幸せだったわ。
…だけど、それも長くは続かなかったわ。知ってるでしょ?私と姫が蓬莱の薬を作り、姫が月から追放された事。」
私の言葉を、霊夢は黙って聞き続ける。あまり面白い話ではないだろうに、こうして聞いてくれるのは非常にありがたい。
「確か、あんたは無罪になったんだったわね。それが許せなかったから、輝夜のわがままを聞いて、地上に残ったって…。」
「そう。だけど、最初は私だけ無罪になるなんて、微塵も思っていなかったわ。
私も蓬莱の薬を作り、服用した罪人。同じように追放処分か、同等の刑を受ける事とばかり思っていたわ。
私にはどんな刑罰が与えられるか、それを考えているうちに、ある事を思いついてしまったのよ。
…それが、死ななくなった私ではなく、あの子に被害が及ぶという事。
私が罪を犯してしまった以上、その可能性は充分にあった。そうでなくても、あの子は罪人の娘として生きていかなくてはならなかった。
…それこそ、すぐにでも首を吊りたくなったわ。私のせいで、あの子がこれから先どうなるのか…、そう考えるだけで、胸が苦しくなった。
だから、私は賭けに出る事にしたの。当時の地球はまだ未熟だった。だけど、未来の地球なら、ってね…。
あの子の力は時間を操る力。その力を利用して、私はあの子を1000年後の…つまり、あなた達から見れば十数年前の地球に送ったのよ。
…そうすれば、ひょっとしたら私が地球に追放されても、1000年経てばまた逢える、そんな期待も少しだけしてね…。」
一通り話を終えて、御茶を手に取った。少しぬるくなっていたが、これはこれで飲みやすい。
霊夢はもう飲み終えてしまったようだったが、それを手に取ろうとする仕草も見せない、ちゃんと聞いてくれた証拠だ。
「…だったら、どうして幻想郷で咲夜に逢えた時、親だと名乗らなかったの?
今聞いた話じゃ、あんたは咲夜を守るために地球に送ったわけでしょう?」
そう、問題はそれなのだ。
まさか幻想郷にあの子がいたとは思わなかったので、動揺したと言うのもあるのだが…。
「…あなたの言ったとおり、私は無罪になった。周りの人の反応も、変わる事はなかった。
つまり、私はあの子を助けるどころか、余計なお世話で危険に晒してしまったのよ。自分は無罪で普通に暮らしているのにね。
レミリアがあの子を拾ってくれたのは、こういうのもあの子に失礼だけど、本当に幸いだったと思うわ。
…私なんかより、あの子の親はレミリア、あの子の家は紅魔館なの。私が今更、親だって名乗れるはずもない…。」
…少しだけ、顔が熱くなった。霊夢がこの場にいなければ、わき目も振らずに泣いていたかもしれない。
これを言うわけにはいかないが、やっぱり悲しい。今すぐにでも、あの子に謝りたい。もう一度抱きしめたい。
だけど、今の私にはその資格があるはずもない。あの子の全てを潰してしまったのは、この私なのだから…。
「…なるほどね、だから紅魔館と戦いたくない。また、自分の娘と戦う事になるかもしれないから。」
…黙って肯定する事にした。口を開けば、言葉と一緒に涙も出てしまう気がしたから。
一度はあの子とも戦った。だけどあの時は、親である事を放棄したと思っていたが故に、戦う事は出来た。
しかし、また逢ってしまった以上、私にはあの子と戦う事は出来ない。あの子に矢先を向ける事など、もう出来ない。
「…それで、どうやったら紅魔館と戦わないで済むか、それを私に相談したい、と。」
一人で話を進めてくれるのは本当に助かる。落ち着くまで、口を開かなくていいから。
私は立ち上がり、窓の外を見た。そこには何時もと変わらない、竹林があるだけだった。
…あの竹のように、あの子の傍にずっといられたなら、どれだけ幸せだった事だろうか。
ひょっとしたら、あの子は今この家にいたのかもしれない。私が地上に降りるとき、一緒に付いて来てくれたかもしれない。
…ある意味では、そうならなくて良かった。それは即ち、あの子も蓬莱人となっていたかもしれないからだ。
無限の命を得る生き地獄を、あの子に味あわせたくは無い。たとえあの子が先に死んでしまうとしても、だ。
…そう思ったところで、私は頭を振った。やめよう、叶わない妄想をしていても仕方がない。
それに、あの子は紅魔館にいるべきなんだ。それが、あの子が今一番幸せな場所なのだろうから。
「永琳、悪いけど、どうやったら戦いを回避できるかと言う問いには答えられないわ。
それはあんたと咲夜の問題じゃなくて、レミリアと輝夜の問題だから。」
…その答えに、私は仕方のない事だと思う。
分かっていた。これは私がどうこうと言う問題ではなく、姫とレミリアの問題なのだ。
姫に争いは避けるように、と言って聞いてくれれば別なのだが、必要以上にむきになってしまって、全く聞いてくれはしなかった。
「…いっそ咲夜と向き合ってみなさいよ。親子としてじゃなくてもいい、一人の人間として。」
…だからこそ、霊夢のその発言には驚かされた。
「どうせレミリアも輝夜もそうそう死なないんだし、鈴仙やてゐに頼んで、咲夜と一対一になるように仕組んでみたら?
そこで、ちゃんと話してみなさい。あんたの意思を、あんたの気持ちを。
大丈夫、咲夜は真面目なやつだし、物分りだっていいから、分かってくれるわよ。」
…何となくだが、彼女のその言葉が可笑しかった。
姫やウドンゲが云々はともかく、しっかり話し合えなんて、そんなのは当たり前…。
…そんな当たり前の事に、霊夢の100倍近い年を生きている私が気付かなかったのだから。
やはり、霊夢に相談したのは正解だった。お陰で、私はどうするかを決める事が出来た。
「…そうね、ちゃんと向き合わないとね…。ありがとう霊夢、お陰でどうするべきか分かったわ。」
頭の中の霧が晴れた。とても感謝している。私は素直に頭を下げた。
「いいわよ別に。…今度神社に来た時、お賽銭よろしくね。」
流石にそれには少し吹いてしまった。
「ふふっ、そうね、そうさせてもらうわ。」
その言葉を聞くなり、霊夢は黙って立ち上がり、玄関へ向かわずに庭から飛び立った。
なんとも彼女らしい。私は彼女が飛び立った後も、暫くその場に佇んでいた。
そうだ、今度博麗神社に行く事があったら、賽銭は弾む事にしよう。小銭ではなく、ぶつかっても音がしないお金で。
次が、あったらね…。
* * * 開戦 ~咲夜Side~ * * *
あれから三日後の夜、結局永遠亭との戦闘は避けられなかった。元々期待はしていなかったけれど。
昨日辺りから無駄だと悟っていたので、美鈴とパチュリー様には例の事を伝えておいた。無論永琳との関係は話していないが。
美鈴は二つ返事で「はいっ!!」と敬礼までしてくれたが、予想外だったのが、パチュリー様もあっさり首を縦に振った事だ。
普段ならば絶対に外に出ようとなんて思わない方だから、しかも今回は事情が事情だから、それには驚かされた。
ただ、その後呟いていた言葉が「兎の足が欲しいところだったし…。」だった気がしたので、そうすると私欲もあるのかもしれない。
…何はともあれ、こう上手くいってくれた事は嬉しい。ようやく、あの人と向き合うチャンスが出来たわけなんだから。
「じゃあ咲夜は私と来なさい、一気にあの宇宙人を叩きに行くわ!他のメイドたちや中国、パチェはザコ兎達の方を!」
お嬢様の言葉に、何故か全員異様に元気よく「オーッ!!」と叫ぶ。普段の仕事もこれぐらい元気よくやってくれたらなぁ。
美鈴は美鈴で「こういう時くらい名前で呼んでくださいよ…」と俯いていた。うん、何時も通りだ。
「よし、行け!!兎達を一匹残らず叩き潰してきなさい!!」
お嬢様の掛け声と共に、妖精メイドたちは一斉に、パチュリー様と美鈴の後に続いた。
私達は違うルートで永遠亭に向かう事になっている。遠回りにはなるのだが、戦って進むよりは断然早い。
「さ、行くわよ咲夜。」
「はい、お嬢様。」
私も覚悟を決めて、お嬢様の後ろにつく。
因みにお嬢様、兎の数え方は匹ではなく羽です。
* * * 開戦 ~永琳Side~ * * *
あれから三日経った夜、結局私は姫を止める事はできずに今日を迎えた。
仕方がないのでウドンゲとてゐには、霊夢から言われた事を伝えておいた。本心は隠して。
ウドンゲは快く受けてくれたのだが、てゐまであっさりと受けてくれたのが少し意外だった。
普段だったら絶対に面倒な事は避ける子だし、しかも今回は事情が事情だ。流石に驚いた。
ただ、てゐはその後でとても邪悪な笑みを浮かべていたので、何かよからぬ事を企んでいそうだな、と言うのは理解できた。
何はともあれ、万事上手く進んでくれた事は嬉しい。これが、私の人生の最大の賭けになるのだろうから。
「永琳、護衛はよろしく、あの吸血鬼を一気に潰すわよ!イナバ達は相手の妖精達を足止めしなさい!」
姫の言葉に、何故か全員異様に盛り上がっていた。まあ永夜事変の時の仕返しが出来るチャンスではあるが。
てゐまで異様に乗り気なのは気になるところではあるが、それ以外は何時も通りと言えば何時も通りではあった。
「さあ、行きなさい!!妖精どもを一匹残らず叩き落しなさい!!」
姫の掛け声と共に、妖怪兎達は一斉に、ウドンゲとてゐの後に続いた。
私達は違うルートで紅魔館に向かう事になっている。遠回りではあるが、戦いながら進むよりは全然早い。
「さ、行くわよ永琳。」
「はい、姫。」
私も覚悟を決めて、姫の後に続く。
妖精の数え方って匹でいいのだろうか。…あれっ?何で今こんな事を考えたんだ私。
* * * 娘として、母として ~咲夜と永琳~ * * *
迷いの竹林と言われる場所の上を、私とお嬢様は飛んでいた。
永遠亭もそろそろ視界で確認できる位置のはずだ。
「咲夜、あの薬屋がいたら、そっちの相手は任せるわ。頭を潰せばこっちの勝ち。」
…はい、言われなくとも…。
そう口に出そうとして、言葉を飲み込んだ。お嬢様も勘がいい。些細な事でも気付かれてしまうかもしれない。
私は黙って頷き、そしてその瞬間にある気配を感じた。
永遠亭の方から向かってくる、二つの気配…。…間違い、なかった。蓬莱山輝夜と、あの人だ…。
「…お出ましのようですよ、お嬢様。」
お嬢様は私の言葉で急停止し、そして近付いてくる二つの影を待った。
…そして、数分と経たないうちに、月の光に照らされた2人の姿が確認できる。
5メートルほどの距離の場所で彼女等も停止し、数秒ほどにらみ合いが続く。
「…わざわざやられに来てくれるとは、助かったな。そっちまで行く手間が省けた。」
最初に言葉を発したのは、お嬢様の方だった。元はといえばお嬢様のせいだと言うのに、まあよくも、とは思う。
しかし、だからと言ってどうこう思う輝夜ではないだろう。現にかなりの余裕を含んだ笑みを浮かべている。
「あらあら、それはそれは。ただ子供なせいなのかしら、言葉はちょっと下手なようね。やりに来た、ではないかしら?」
…普通の人ならば、この程度の挑発には耳を貸そうともしないだろう。
ただ、お嬢様は違った。露骨に怒りを露にした。それだから子供だとか言われるんですよ。
「ほぉ、宇宙人には地球の言葉は難しすぎたか。じゃあ何もいう必要はないわね。」
それでもまあ、飛び掛らなかっただけましとは言えよう。
私としては、此処で戦われても困るわけだが…。
「あら、そうね。子供には口で言っても分からない事もあるしね。来なさい、ちゃんと躾をしてあげないといけないからね。」
そう言って、輝夜は踵を返す。振り向きざまにあの人に何かを言った様にも見えたが、聞き取れなかった。
…ただ、丁度良かった。正直な話、こお嬢様と輝夜には今すぐにこの場を離れてほしい。
私のその願いが通じたのか、お嬢様は輝夜に続くように、一歩前へと踏み出す。空中だが。
「…咲夜、負けるんじゃないわよ。」
お嬢様は一度だけ、背中越しにそう語りかけてくれた。
「はい、言われずとも。」
今度は口に出した。負ける心算は毛頭ない、あの人にも、そして自分にも。
私の言葉を聞いていたのかは分からないが、お嬢様はそのあとは何も言わず、輝夜の後を追って、永遠亭の方角へと消えていった。
…その後も、私とあの人は黙ったまま、ずっと向かい合っていた。
何も聞こえぬ静かな夜。ただ半分以上満ちている明るい月が、私とあの人を照らす。
…なんて言えばいいのかが、分からない。目の前にいるあの人にどう言えばいいのか、ここまで来て分からなくなる。
私はあの人から話してほしい、私を捨てた理由を。自分から言ってほしい、私の母であると。
…そうしてくれれば、私はあの人をまたあの名で呼べる気がしていた。無論、確証のない憶測だが。
あの人の今の目つきは、幻想郷で最初に見たあの人の目だ。笑顔でも、あの時の鋭い眼でもない。
…それが、私の不安を誘う。…あれが、戦う者の目であるから…。
…ひょっとしたら、私が娘である事に気づいていないのではないかという、そんな不安が…。
「…あの時みたいに、今日も満月ではないわね。」
…と、急にそんな事を言い始めた。
あの時…いや、今言ったのは永夜事変の時の事か。月にいた頃は、月見なんてしているはずはないのだから。
「…それは、あなたが満月を隠していたからではなくて?」
…私の口からは、そんな言葉が。
…違う、こんな会話ではない、私がしたいのは…。
…どうして、どうして言ってくれないの?それとも、本当に気づいていない…?
「そうだったわね。だけど、今日は満月ではない。それはつまり“人間”のあなたには、何の気兼ねをする夜ではないと言う事…。」
…えっ?…何を、言って…。
「…この月の下なら、本気で戦っても問題ないわよね!!」
手にした弓を、私に向けて…。
…首筋を、冷たい風が通りぬけていった。…切れた首筋から、血が滴るのを感じた…。
…何で?どうして?本当に気づいてない?私はあなたの娘だよ?本当に分かってないの?
ずっと待ってるんだよ?あなたの口から、全部話してくれるのを。もう一度“あの名前”で読んでくれるのを。
…本当に、本当に…。…もう、戻れないの…?
…私の中で、全てが崩れていくような気がした…。
* * * * * *
…また私は、あの子に矢を放ってしまった。
だけど、これでいいんだ。私はこの子の親でいるわけにはいかない。
霊夢にはああ言われたけど、やっぱり私にはその資格は無い。けれど、せめてしてあげられる事はある。
この子には、もう帰る場所がある。その帰る場所を、二度も潰してはいけない。
この子は十六夜咲夜。私が産み、姫が名づけた私の娘は、もういない。
出来ればもう一度だけでも、あの名前を呼びたかった。
なんて名前を付けようか、産まれたあの子を抱えながら悩んでいて、姫がいたずらに、自分と私の名前を併せた、あの名前を。
…呼べば何時だって私に微笑んでくれた、あの子の本当の名を…。
…だけど、これでいいんだ。これなら私が苦しむだけ。あの子はレミリアと一緒に、不自由なく幸せでいられる。
許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…。
…私はもう一度、弓を絞る。
…あなただけは、幸せになって…。
* * * * * *
「…次は外さないわ。本気でかかってきなさい、十六夜咲夜。」
あの人は、私に弓を向けて言う。
…本当に、もう戻れない…。…私は、ずっと待っていたと言うのに…。
…神様なんてものがいるなら、今この場で針の山にしてやりたかった。
…そっか、忘れちゃったんだね。捨てた私のことなんか、もうとっくに。
信じてたのに。きっと私を捨てた事には、何か理由があったんだって。
生きていれば、きっと何時か逢える。幼い頃そう誓って、お嬢様と生きてきたと言うのに。
…どうでも、良かったんだ…。…私の事なんて…。
…あの笑顔も、全部私の幻想だったんだ…。…ふふっ、これはいいお笑い種だなぁ…。
…最初から、叶いもしない幻想を掴もうと思ってたなんて…。
…いいよ、そっちがその気なら、私ももう放棄する。あなたの娘である事を。あの名前は、今この場で捨てる。
…私は、十六夜咲夜だ!!
「幻幽『ジャック・ザ・ルドビレ』!!」
覚悟を決めてしまえば、驚くほどあっさりと私はナイフを放てた。
時を止め、全方位に放てる限りのナイフを放つ。
勿論、相手は蓬莱人だ。ナイフが幾ら刺さろうと死ぬ事はない。
ただ、お嬢様がそうであるように、肉体を使い物にならないほどに損傷させれば、暫くは動きを封じられる。
その間にお嬢様に加勢して、輝夜を片付けてしまえばいい。2対1なら、既に勝った経験はあるのだ。
私の名を付けたのは輝夜だと聞いていたが、もう関係ない。あの名前は捨てた。
…だから今は、私のありったけの憎しみを、此処にぶつけるとしよう。
「薬符『壺中の大銀河』。」
と、永琳は自分の周り全てを使い魔で包み込み、私のナイフから身を守る。
幾らかの使い魔は削れたが、中の永琳までナイフは届かなかった。
そして、残りの使い魔が急激に回り始めたかと思うと、夥しい量の弾幕を、全方位に放ってきた。
なるほど、あのスペルにはそういう使い方もあったか。時を止め、弾幕をかわしながらも感心する。
相手の動きを封じるだけかと思っていたが、自分の身を守るためにも使えたとは。
もう一度私はありったけのナイフを放ち、永琳の真上に移動する。
思ったとおり、球体状になっている使い魔の弾幕は、周囲に向けて放っているだけなので、真上は比較的安全だった。
時を動かす。全てのナイフが永琳を、正確には周りの使い魔達を襲う。
このスペルは使い魔を全て破壊する必要は無い。ある程度破壊して、その隙間から攻撃を叩き込めばいい。
私の放ったナイフはまた使い魔を削り、攻撃を叩き込むには充分な隙間を作った。
「よし、幻世『ザ・ワー…」
「甘いわ、神脳『オモイカネブレイン』。」
私がスペルを唱えるより早く、永琳はまたもや全方位に弾幕を放つ。
しまった、そう思った時にはもう遅かった。このスペルは、確か最初は使い魔の正面にいなくてはならない。
頭上に逃げる事を、計算されていたのか…!!
急いで時を止めようとしたが、咄嗟だったために少し遅れてしまい、そしてその遅れが、私の右腕に弾幕を命中させてしまった。
「くっ…!!」
苦痛に耐えつつ時間を停止させて、それ以上の被弾は免れた。
ただ、私の右腕は思った以上のダメージを追っていた。直撃を受けたせいで、かなり血が溢れている。
傷自体は深くはないだろうが、これではナイフを上手くコントロールできない。
私はスカートの裾を破り、それを腕に巻いて止血する。ああ、後で修繕しないとな…。
そう思いながら、弾幕の間をぬって移動。使い魔の正面…つまり、弾幕のない場所へと移動する。
…それとほぼ同時に、時間が動き出した。しまった、咄嗟だったが故に、あまり長い時間止められなかったか…。
何とかオモイカネブレインの弾幕に対応し、とりあえず私は使い魔の周囲を周回する。そうさせられているのだが。
「時間を止めて逃げているだけじゃ、私には勝てないわよ。」
くっ…、表情は変えないよう堪えたが、内心ではそうだと認めざるを得なかった。
体力の差でも、永琳の方がはるかに上なのだ。しかも私は今の被弾のせいで、恐らくそう長くは戦えないだろう。
私の体力…と言うより、集中力に比例して、止められる時間も短くなってくる。
現に霊夢や魔理沙と紅魔館で戦った時は、最後の最後には時間を操る事ができなかった。
…となると、本当に早めに勝負をつけなければいけなくなる。
…ならば、動きを制限させられるオモイカネブレインを、早く破らなければ…。
「…よしっ!!」
私は使い魔の攻撃が途切れた瞬間に、もう一度上空へと上がる。
このままだと、永琳の集中力が途切れる前にまた被弾する。今の私の体力では、あの弾幕の間をぬうのは難しい。
そう何度も時を止められない。…となると、狙うは唯一つ。
時を動かし、また使い魔が弾幕を放つ前に、私はスペルを放った。
「奇術『エターナルミーク』!!」
私のスペルの中で、最も弾幕を高速かつ大量に出す事の出来るスペル。
ただ、今回はこの弾幕を拡散させない。収束させ、ある一点目掛けて叩き落す。
矛先は永琳…ではない。使い魔だ!!
「砕け散れ!!」
確かに嘗て戦った時は、使い魔を破壊するという方法は取れなかった。
そうしている間に被弾してしまうのと、そもそもそんな無理をする必要はなかったからだ。
ただ、今回はその無理をしなくてはいけない。負けないと言ったのだから、お嬢様に。
「なっ…!!」
永琳の僅かな声と共に、使い魔は砕け散った。
こうすれば、もう動きを制限される事は無い。充分に他の弾幕はかわしきれる。
「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!!」
ナイフではない、巨大なナイフ状の弾幕を放つ。
永琳はスペルをとぎり、恐らく私の弾幕を移動だけで回避しようとしたのだろう。
…だが、タイミングは過ったようだ。
「この刃からは逃れられない!!」
相手を自動で狙うこの弾幕は、幾ら逃げても無駄である。
「くぁっ…!!!」
ただ、移動していたがために直撃はしなかった。
私の弾幕は永琳の左腕を掠めただけで、私と同等程度の傷を与えただけだった。
「…っつ!!…蓬莱人にこの程度の傷は無意味よ…。」
そうだろうと思う。だからこそ、一発で永琳を倒さなくてはいけないんだ…。
となると、決めるスペルは“あれ”…。
「…っ!!」
そう思ったところで、私は一瞬眩暈を覚える。
右腕を見てみれば、さっきの傷から出る血の量が増えていた。
恐らく、時を止めた上にエターナルミークの弾幕収束、そこから夜霧の幻影殺人鬼の連続スペルで、身体に負担がかかりすぎたのだろう。
…一刻の、猶予もなくなってきた…。
「その様子では、そう長くは持たないようね。…次で終わらせてあげるわ。」
永琳がスペルカードを構えたのが見えた。
* * * * * *
…あの子の腕の血が、かなりの量になってきた。
今すぐにでも止血をしてあげたい。薬を出したい。私にはそれが出来る。
…でも、出来ない。私はあの子の敵で終わらなくてはいけない。
…こんな愚かな人間は、あなたの母親である必要はない。
…大丈夫、殺しはしない。だけど、次の一撃で…暫く眠っていて…。
…天呪『アポロ13』…。
* * * * * *
あのスペルカードは、確かアポロ13…。
弾幕自体はそれほど早くはないが、とにかく量が多い。初めて見た時も、それは苦労したものだった。
…ただ、私は知っている。あのスペルには、一つだけ大きな弱点がある事を。
…成功する確率は低い。しかし、この期を逃すわけにはいかない。
一瞬の集中の途切れも許されない。私は一度だけ息を吸って…。
「天呪『アポロ13』。」
…永琳に、突っ込んだ。
弾幕が展開されるより一瞬早く、私は永琳の真正面に立つ。このスペルは自分の周囲に展開されるから、最初は当たる心配は無い。
…ただ、今は攻撃する機会ではない。問題は、このすぐ後…。
「…あら、そんな所にいても無駄よ、すぐに弾は収束するわ。」
余裕とも取れる言葉の後に、彼女の言うとおり、周囲の弾が中心…即ち、私目掛けて収束し始める。
そんな様を見ながら、永琳は弾幕の外へと移動する。自分の弾には当たらない。
…私はスペルカードを手に取り、その一瞬を弾幕の収束する“完全な中心部”で待つ。
眼を閉じ、精神を集中する…。…一瞬たりとも、気を抜いてはいけない。
弾が収束する。私の服や皮膚を、無数の弾幕が切り裂いていく。
…ただ、分かっている…。所詮これは…かするだけであると…。
「なっ…!そ、そんな…!!」
そう、アポロ13は完全な中心部にいれば、かすりはするが致命傷となる被弾はしない。
最も、ほんの少しでもずれる事で被弾するので、おすすめできるようなかわし方ではない。
…ただ、今の私にはこれが必要だった。最後のスペルを放つために、集中する時間が。
弾幕が私の身体を傷つける中で、私は永琳へと目を向ける。
そして、私が最後に、と決めたスペルカードを構え…。
――傷魂『ソウルスカルプチュア』!!!!――
全てのナイフを、腕が千切れそうになりながらも、全ての思いを乗せて放った。
* * * * * *
…まさかアポロ13が、あんなかわされ方をするなんて思わなかった。
あんな事、並外れた度胸と、僅かの狂いも起こさない集中力がないと出来ない。
…そんな事まで、出来るようになっていたなんて…。
…あの子の放つナイフが、私の身体を切り裂いていく。
身体に突き刺さるような軌道では飛んでこなかったが、何となく分かる。この傷では、私の手足は暫く使い物にならないだろう。
…どうやら、最期の時が来たようだ。
…ただ、娘が最期の相手なら、それも悪くはない。むしろ、私には幸せすぎる最期だ…。
* * * * * *
全てのナイフを投げ終えた後、永琳が竹林に落ちていくのが見えた。
…どうやら、私の勝ちのようだ。長いため息をついて、私は永琳が落ちた場所へと向かった。
竹林の地を染める、夥しい量の血。普通の人間ならば、間違いなく出血多量で死んでいるだろう。
竹林の一本に寄りかかりながらも、荒々しい呼吸を続けている永琳は、流石は蓬莱人だと思った。
「私の勝ちのようね、その身体じゃもう動けないでしょう?」
そうは言っておくが、私も正直そろそろ限界だ。お嬢様の元へと迎えるかどうかは分からない。
「…ふふっ、そうね…。…私の負けよ、殺しなさい。」
…はっ?何を言ってるんだこいつは、と言いたくなった。頭に攻撃した心算はないが、傷付きすぎておかしくなったのだろうか。
「…死なない蓬莱人を、どうやって殺せって言うのかしら?」
蓬莱人は決して死ぬ事はない身体。だからこそ、今それだけの出血をしながらも生きていられるのだろう。
出来るならばとっくに殺している。私の恨みを、全て叩き込んで。
「…いえ、殺す方法は厳密には2つ存在するわ。
一つは、塵一つさえ残さずに消滅させる事。戻る身体がなければ流石に生きていられないわ。
ただ、この場では現実的ではないわね。そして、もう一つは…。」
そこで言葉を区切って、永琳は私を指差した。
…私が、一体どうしたと言うのか?私は蓬莱人を殺す方法なんて知らないが…。
「…一度“死んだ”瞬間に、あなたの力で私の時間を元に戻す事。
蓬莱の薬は、言うなれば時間を停止させる薬。未来を切り取る薬。
あなたの時間を操る力で、その壊れた時間を元通りに修復する。そうすれば、私の身体は今までの時間を取り戻し、消滅するわ。
あなたの能力は、唯一蓬莱人を滅する事が出来る力なのよ。」
* * * * * *
…これで、この子に遺さなければならない事は全て遺した。
なんとも皮肉な事だろうか。蓬莱人となってしまった私を、唯一殺せる方法を持つのが、自分の娘なんてね…。
戦う前に、私が敵である事は充分に分かったはずだ。多分、この子は私を殺す。いや、殺してくれる。
長すぎた永遠の時間に、ようやく終止符が打たれる…。…良かった、娘より先に死ぬ事が出来て…。
…さようなら、私の娘。私を殺せる力を持ってくれてありがとう。
…さようなら、姫。永遠に仕える心算でしたが、先に逝く事をお許しください…。
* * * * * *
私は、唯一蓬莱人を殺す事が出来るというのか。
理屈の上では分かる。蓬莱の薬が時間を止める薬ならば、時間を戻せば蓬莱人ではなくなる、と言う事にはなる。
恐らく、嘘で言っているわけではないだろう。そんな事は、永琳の眼を見れば分かる。
…だが、本当にいいのだろうか…?
これが仮に無関係の蓬莱人だったならば、私は問答無用で殺しにかかったか、戯言と無視してこの場を去っただろう。
…ただ、何故か永琳は「殺せ」と言っているように聞こえない。どちらかと言うと「殺してくれ」と言っているように聞こえる。
…勿論、私の思い違いかもしれない。なんの根拠もないのだから。
…だったら、どうしてこんなに胸が痛むのだろう…。…今すぐ泣き叫びたい衝動に襲われるのだろう…。
…頬を、一粒の雫が流れていった…。
「…大概にしなさいよ、あんた達。」
ふと、竹林の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
私と永琳が同時に声の方へと眼を向けると、見覚えのある紅白の巫女と、白黒の魔法使いが立っていた…。
「霊夢、魔理沙…?何でこんな所に…?」
こんな夜中、迷いの竹林に彼女等がいる理由は微塵も無い。
私が頭を捻っていると、魔理沙が一歩前に出て、そして顔をゆがめた。
「あー、悪い、咲夜。お前と永琳の事、霊夢に話したんだ。」
なっ…!!あれほど話すなと釘を刺したのに…!!
やはりこの白黒魔法使いを信用した私が馬鹿だった!!今すぐこの場で葬って…!!
「…そしたらな、霊夢が永琳からも同じ相談された、って言ったんだよ。」
……。
何も言えなかった。どうして?何で永琳が霊夢に相談を?
私の事に、気付いていないんじゃなかったの…?
「…永琳、あんたが話せないなら私が代わりに言うわ。」
「れ、霊夢!やめて!!」
永琳の叫びを、霊夢は無重力に無視した。
「咲夜、永琳があんたを地球に送ったのは、あんたを捨てたわけじゃない。
蓬莱の薬を作ってしまった罪が、あんたに降りかかる事を避けたかったから。
あんたを守るために、永琳はあんたを未来の地球に飛ばしたのよ。」
……!!
永琳の方を、私は振り向いた。
…何処か諦めたような笑みを浮かべている。…それは、肯定の証とも取れるが…。
「…嘘、嘘よ…!だったら、なんでそう言ってくれなかったの!?
私は、あなたが私に気付いていなかったから、私の事なんかどうでも良かったんだと思って…!!」
「それは、あんたが紅魔館って場所を、レミリアって言う主人を手に入れてたからよ。」
霊夢の言葉に、それ以上言葉が続かなくなった。
もうどういう事なのかさっぱり分からない。何も考える事が出来ない。
「あんたは永琳が想像してた以上に幸せな生活を手に入れていた。その幸せを、今更自分が母と名乗る事で、壊したくなかったのよ。
成長したあんたを、遠くから見ているだけ。それだけで充分だった。母と名乗る事が、あんたの幸せにならないと思ったからよ。」
…ほん、とうに…?
…私の事を、忘れてなかった…?
…私の幸せを、考えて…?
…私と戦ったのは、全部私のためを思って…?
…私は…それなのに…。…それなのに、勝手にどうでも良くなったんだと思い込んで…?
「…私は…私は…。」
涙が止まらなかった。頭を抱えてその場にへたり込んだ。
私は、何も分かっていなかった。あの人がどんな気持ちで私と戦ったのか、どんな思いで私を見ていたのか…。
情けない、惨めだ、そんな感情では収まりきらない。
もう何を考えていいのか分からない。ただただ泣いた。涙をこぼし続け…。
…とても暖かい何かに包まれた…。
「…ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…幸せになって欲しかった…。…ごめんね…」
…私は、その後に続くであろう言葉を待った。言ってほしかった。
私を抱きしめるあの人。私はこの暖かさを知っている。
幼い頃、泣いていた私を抱きしめてくれた時の。
幼い頃、珍しい薬草を見つけて持っていって、褒めてくれた時の。
幼い頃、仕事で疲れた母に料理を作って、ありがとうと言ってくれた時の。
…そして、私が地球に来る寸前、鋭くて、“そしてとても悲しい眼をしていた”母の、最後の言葉を聞いた時…。
―― …ごめんね、ごめんね…。許してなんて言わない…。…でも、あなただけは…あなただけは、幸せになって…。 ――
* * * * * *
もう1000年以上前、私は1人の女の子を産んだ。
子供が好きな私としてはとても嬉しくて、ついつい生まれたばかりの赤ん坊を、月の姫の所まで見せにいった。
― 姫!輝夜姫!見てください!―
― …あら、永琳、その子はどこから誘拐してきたの? ―
― そんなわけないでしょう。これはれっきとした私の娘です。 ―
― ふーん、結婚してたとは知らなかったわ。何で言わなかったのよ。 ―
― 言ったら姫の事ですから、私にいちゃもん付けに来たでしょう?
それに結婚してすぐにあの人が他界してしまったから、色々忙しくて忘れていたんです。 ―
― あら、忘れられてたとは残念ね。…で、その私なんかよりずっと大事なその子の名前は? ―
― それが、決まらないんですよ。それを姫に相談しに来たんです。 ―
― 自慢しに来たのかと思ったわ。 ―
― まあ、それもあります。 ―
― …まあいいわ。で、私のところに来たのには理由があるんでしょう? ―
― ええ、実はこの子も、姫の永遠と須臾の能力と同じ、時間を操る能力なんですよ。
後はまあ、姫は私の友人でもありますしね。 ―
― …へぇ、私と同じ…。…それなら、その子には私の名前をあげるわ。 ―
― …えっ?この子も輝夜にしろと? ―
― そうじゃないわよ。まあ、私とあなたの友情の証って事でね。
私の「輝(カ)」、あなたの「琳(リン)」、それを併せて…。 ―
「…ごめんね、輝琳(カリン)…。」
* * * * * *
…その名前を聞いた瞬間、私の全ての涙が溢れ出した。
八意輝琳、それは私の本当の名前…。…そして、一番呼んでほしかった名前…。
やっぱり、全部私が勝手に思い込んでいただけだった。ちゃんと、私の事を覚えてくれていた。
…だったら、私は返さないといけない。きっと、私に呼んで欲しかったであろう、その呼び名を…。
私も抱き返し、そして、震えている唇を必死に落ち着かせて、ずっと言いたかった言葉を…。
「…さん…。…お母さん…!!」
その言葉を最後に、私はもう我慢するのを止めた。
大声で泣いた。普段なら絶対にしないほどに。一生分の涙を、全て使い果たすかのように…。
情けなさもある。お母さんの何も分かって上げられなかった、娘としての。
だけど、何より嬉しかった。また輝琳と呼んでくれた事。またお母さんと呼べた事。何もかもが、嬉しくてたまらなかった。
「…ありがとう、輝琳…。…また、母と呼んでくれて…。…ごめんね、辛い思いをさせて…。」
「うぅん…、全…然…ッ…!ひっく…!私は…幸せだった…から…。
ありがとう…お母さん…。お母さんの…お陰で…ひくっ…!…私は…お嬢様や…いろんな人に…逢えたから…!」
言葉も満足に喋れなかったけれど、私は、お母さんに逢う事が出来たら、一番伝えたかった気持ちを乗せた。
もう、恨みなど微塵もない。あるのは、ただ感謝だけ。
幻想郷での生活は、私が幸せだと思う事が出来た生活は、お母さんが私を守るために、未来の地球へと送ってくれたから。
お嬢様、妹様、パチュリー様、美鈴、小悪魔、妖精メイド達、霊夢、魔理沙、他にも色々な人たちと、私を出会わせてくれたのは、お母さんの優しさ…。
「…っ…!!…ありがとう…輝琳…!!」
「お母さん…!!」
その後は、私とお母さんは抱き合ったまま、ずっと泣き続けた。
霊夢と魔理沙が一部始終見ていたわけだが、そんなのもう関係ない。
やっと出会えた、やっと呼べた、やっと分かり合えた、もうその思いだけで、涙が止まらない。泣き声が止まらない。
…ああ、そう言えば、こうして泣いていたら、お母さんが抱きしめてくれた事があったなぁ…。
…あの時と同じぬくもりを、私は感じ続けた。…ようやく、私はお母さんの娘に戻れたんだ…。
…それから、どれだけ泣き続けていたんだろう。
2~3分だった気もするし、ひょっとしたら1時間ぐらいかもしれない。それは大袈裟だろうか。
ただ、ようやく涙も落ち着いてきた。私達の声が響いていた竹林も、ようやく静まり返ってくる。
…静まり返って、本当に静かな夜だった。
…あれ?確かに時間感覚が少しあやふやだが、いくらなんでも静かすぎる。
今までの事で忘れかけていたが、今は永遠亭と紅魔館の戦争中。
時間的には、もう妖精メイド達が竹林入りしている時間はとっくに過ぎている。
今は夜だし、この竹林では音を遮断する物など何もない。竹に吸音作用はないし。
…確かに別ルートを通ってきたとは言え、弾幕合戦やらなにやらの音が聞こえても…。
「……ぐすっ……。……さぐやざぁん……。」
…あれ?今何か聞こえたような…。
「…ちょっと馬鹿中国…、…聞こえたらどうするのよ…。」
「なんですかぁ…パチュリー様だってぇ…眼に涙が…。」
…あれ?中国?パチュリー様?何でそんな単語が聞こえてくるんだ?
「…お母さん。」
「…ええ。」
…時間停止。それと同時に放たれたお母さんの弾幕が、周囲の竹林一本一本に命中する。
周囲10メートルほどの竹には命中しただろうか。これで時間を動かせば、竹林には直径20メートルの穴が開く。
…よし、時間作動。親子初の共同弾幕だ。
「…えっ、ちょ、何で竹が急に折れ…!!」
「しまった…!気付かれ…ぎゃふぅッ!!」
…呆然としながら周囲に眼を配らせる。
…最初に眼に入ったのは、なんとも言いがたい表情でこっちを見ている美鈴。本で顔を隠すパチュリー様。すみません無意味です。
それと、折れた竹の下敷きになった、見覚えのあるメイド服姿の妖精たち。
「…あっ…。…えっと、咲夜さん、その…。」
美鈴が何かを言いたそうにしていたが、とりあえず無視して反対を向いてみる。
逆側には、美鈴と同じような表情で固まっているウサミミブレザー娘。竹に足を取られて転んでいる黒髪ウサミミ娘。
そして妖精メイド達と同じように、竹の下敷きになる何処かで見たような妖怪兎達。
「…これって、ひょっとして拙い…。」
…鈴仙の全てにおいて手遅れな発言を、もう一度無視して今度は正面を見てみる。確かこっちは永遠亭のほう…。
…竹が頭にクリーンヒットしながらも、何の事かと言いたそうな表情で、腕を組んだまま立っているお嬢様。
折れた竹の枝が髪に絡まったのか、長い黒髪と竹が一部融合している蓬莱山輝夜。
「…ご、ごきげんよう…。」
輝夜の全てを間違えた発言を再度無視。最後に首を捻って後ろを見てみる。
…「やっちゃった」と言いたそうな表情で俯き、黒髪をいじくる博麗霊夢。
「私は無関係だぜ」と言っているかのようにそ知らぬ顔をする霧雨魔理沙。
何時からいたのか知らないが、私の目線を無視してシャッターをきる射名丸文。
そして…。
「ったく、誰だ誰だ、人の家の近くでこんな夜中に弾幕合戦なん、か…、…あれっ…?」
間の悪い事に、来なくてもいいのに登場して、眼が合うなり固まった藤原妹紅。
…あれ?何でこんな、今回の関係者が一同勢揃いしているんだ?しかも無関係のブン屋と蓬莱人まで?いや蓬莱人は今来たけど。
…あれ?あれあれあれあれあれあれ?
「…姫、まさかとは思いますが、最初から全て仕組んでいたなんて事、ありませんよねぇ…?」
…お母さんのその言葉を聞いて、反射的に顔を見てしまったのだが…。
…これは、放送禁止だ。見ていい顔じゃない。怖いとか恐ろしいとか、そんな次元ではない。
鬼のような、なんて生ぬるい。まああの鬼は顔は全く怖くないが。
とにかく、これなら顔を見るだけで、妖怪10匹失神してもいいんじゃないだろうか。
現に、横からその表情を見たであろう妖怪兎と妖精メイドが数匹失神した。
「えー…、あの…、…説明すると長くなるんだけどね…お、怒ってる…?」
私の正面にいるから顔は見えていないはずだが、輝夜は明らかに怯えていた。
「いえいえ、そんな事はちっともございませんよ。姫様の事ですからね、きっと素晴らしい理由があるんだと思っていますわ。
…さあ、全て話してくれませんか…?…そうですね、前回の宴会の話…、…いえ、それよりももう少し前の方から…。」
…すみません、今すぐにでも離してほしいんですけどお母さん。気づいてないかもしれないけど物凄く苦しいです。力入れすぎです。
序に後ろに般若の面みたいなものが見えるのは気のせい?
「わ、分かった!話す!話すから!!とにかくその殺気を抑えて!!死人が出るから!!」
~~輝夜(あと鈴仙や美鈴やそのたもろもろ)説明中…~~
「…つまり、あの宴会での騒ぎも、今回の戦闘も、最初から全部、紅魔館と永遠亭で仕組んだ事だったわけですね?」
…輝夜の話はこうだった。
永夜事変の後、お母さんの様子がおかしかったのを見た輝夜が、私とお母さんとの関係を知る。
最初はどうと言う事でもなかったが、それがあまりに度重なったので、輝夜がお嬢様にその事を話す。
そしてお嬢様は、だったら2人を親子として逢わせてやればいいと提案する。
紅魔館では私に、永遠亭ではお母さんに秘密で連携を取り、どうやって2人を合わせるか相談する。
全部決まったところで、霊夢と魔理沙(話によれば白玉楼やマヨヒガや天狗辺りにも)に、相談を受けた場合には2人で一騎打ちの提案するよう依頼する。
そして、宴会の場で適当な騒ぎを起こして、適当に戦争をふっかけ…。
…なんてこったい。
「えっと、ほら、ね、永琳、咲夜、みんなあなた達のためにやったんだから、ね?」
霊夢が弁解する。どんな表情かは見る気にもならないが、多分苦笑いを浮かべているんだろう。
…でも、今の私達には、もう誰が何を何のためにやったかなんかどうだっていい。
「…お嬢様、何か言い残すことはございますか…?」
…私も、お母さんに倣う事にした。
「…えっと、その…、…ま、まあ、いいじゃないの、隠してた事は謝るけど、ね?
メイド達も積極的に動いてくれたし、中国なんか徹夜で、どうすれば効率よくあんたと薬屋が衝突できるか考えてたのよ?」
…ええ、そうでしょうね、ようやく全て納得いきましたよ。いくらお嬢様とは言え、戦争をふっかける理由が幼稚すぎた事も。
どうして普段働かない妖精メイド達が気合が入っていたのか、どうしてパチュリー様が二つ返事で戦闘に参加したのかも。
…ホントに、馬鹿馬鹿しい…。
「…咲夜、怒ってる…?」
…ええ、怒ってますよ。いえ、もうそんな次元じゃないです。
「…馬鹿馬鹿しすぎて、何もする気になれませんよ。」
本当に、馬鹿馬鹿しくて、可笑しくて、あははははっ、もう笑うしかないじゃないか。
「…くすっ、うふふふっ…あはははははっ。」
…どうやら、お母さんもそうだったようだ。やっぱり親子、考えも似ている。
「あはははははっ。」
私も、つられて笑ってしまった。
そして、さらにそれにつられたのか、お嬢様や美鈴、鈴仙、パチュリー様までも笑い出してしまった。
この場で笑っていなかったのは、絶賛撮影中の射名丸文(とは言っても別の意味で笑っていたが)と、全く展開が読めない藤原妹紅だけ。
さっきまで私達の鳴き声が響いていた竹林は、一転笑い声が響くにぎやかな場所へと変わっていった。
「うふふふっ、本当に、本当に馬鹿らしいわね。でも、これがこの子達の本当の姿なのかもね…。」
まだ少しだけ笑みを残しながらも、お母さんは先に落ち着きを取り戻した様子。
私も笑うのをやめ、もう一度その顔を見る。
…その顔は、紛れもなく私が大好きだった顔。何時でも私に向けてくれた、あの笑顔だった。
「…そうね、私も、こうやって笑っていられればいいんだけど…。」
「…大丈夫よ、輝琳。あなたも馬鹿馬鹿しくて笑っていたでしょう?
女の子は、笑っているほうが可愛いわよ。それに、あなたは私の娘なんだからね。」
…そう言ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。また泣きそうになった。
「…うん。」
私は力いっぱい頷き、そんな私を、お母さんはまた優しく抱いてくれた。
「…その顔、忘れちゃ駄目よ?…そうね、これで、これでやっと…。」
― 思い残す事も、なくなったわ…。 ―
「…えっ…?」
…その場の空気が、笑い声が、一瞬にして凍りついた…。
何が起きたのか、全く分からなかった。
一瞬だけ、お母さんの苦しそうな声が聞こえたかと思ったら、その口から血が漏れてくる。
お母さんの傷付いた手に、何かが握られている。それは、お母さんの矢。それを、何処に…?
…自分の左胸に、突き刺していた…。
「…お…かあ…さん…?」
何をやっているの?蓬莱人だからって、死なないからって、そんな事して…。
…頭が一瞬の空白に包まれた。そしてその一瞬に、私の腕を、お母さんの余った右手が掴み、矢を握らせ…。
…使っていないはずなのに、時間操作の能力が発動した…。
しかも私が知らない、見た事もない、感じた事もない、青白い電撃のようなものと一緒に、それが、お母さんの身体を包んで…。
…お母さんの身体が、まるで砂の城が風に飛ばされるように崩れ始めた…。
「な、何してるの…お母さん…。…やだ…なに、これ…。」
私の力のはずなのに、能力が全く制御できない。まるで、暴走しているかのよう…。
しかし暴走するにも、私には今の今まで、今この瞬間も、能力の発動なんか考えていない。
それに、この力を私は知らない。時間操作の能力である事は間違いないのに、今まで使ったどんな時間操作にも合致しない。
「…輝琳、この力…、…忘れちゃ、駄目よ…。…これが、蓬莱人の、時間を…修復する力…。」
お母さんの口から出たその言葉で、私は全てを理解した。
― あなたの能力は、唯一蓬莱人を滅する事が出来る力なのよ… ―
…その言葉が脳裏をよぎる。つまり、お母さんは今、自分を…。
「お母さん!!何考えてるの!?止めてよこんな事!!お母さんでしょ!?私の能力を勝手に発動させたの!!」
頭が真っ白になった。お母さんはつまり、死のうとしているのだ。
さっき私に伝えた、私だけが出来る、蓬莱人を滅する方法で…。
「…ええ、あなたを地球に送る時に、ちょっとした薬を、ね…。…私にも、あなたの力を、少しだけ操れるように…。」
「そんな事聞いてない!!今すぐ止めて!!こんな冗談いらない!!」
…そう言いつつも、冗談でない事は既に分かっている。勿論、お母さんが能力を止める気がない事も。
くそっ!止まれ私の力!!お前は私の能力だろう!!お母さんの力じゃない!!私の言う事を聞け!!
…そう言い聞かせても、能力が落ち着く気配は微塵も感じられなかった…。
* * * * * *
…ああ、私はなんて母親だろう。最期の最期に、娘に自分を殺させるなんて…。
…でも、この力を知ってもらうためには、蓬莱人の誰かが犠牲にならなくてはならない。
姫に頼むか?そんな事できるはずもない。
では妹紅に?私が作った薬で不死になり、私の都合で殺す?そんな理不尽な話はない。
…消去法で、これは私にしかできない事だった。
ただ、相手は私の娘。それもずっと私に逢いたがっていて、一緒に泣いた最愛の娘。
…本当は、輝琳の敵である間にこの方法を授けたかった。
なのに、姫やレミリアが余計な事をしてしまったせいで、その計画は失敗した。
…じゃあ、どうすればいいか…。…私の人生において、これほどまでに苦渋の選択はあっただろうか。
永遠の命を持続させ、輝琳が死んだ後も行き続けるか…。
それとも、輝琳に蓬莱人を救う方法を授け、そして死んでいくか…。
前者を選べば、私はこれからも輝琳の母として、一緒に生きていけるかもしれない。
…ただ、それは私や姫、そして妹紅の希望を潰す事にもなる。この子は、蓬莱人を救える唯一の人間なのだから。
そして後者を選べば、ひょっとしたら時間を修復するだけで、普通の人間に戻す方法を見つけてくれるかもしれない。
…そのためには、輝琳に私を殺させなくてはならない…。
…どっちを選べばいいか…。…迷ったのは、ほんの数秒だった。
此処で死のう。輝琳の手に掛かって。それが、蓬莱の薬を作った私に出来る、姫と、そして妹紅への唯一の償いなのだから。
…この子の親としては、とても心苦しいが…。
…もし輝琳がこれで何か心に傷を負ってしまっても、私にはもうその治療は出来ない。
…それは、この子のもう1人の親であるレミリアを信じるしかない。
…勿論、ずっと傍にいたかった気持ちは、今でも変わらないが…。
「止めて…!止めてよお母さん…!…お願いだから…死なないで…!!」
…ああ、少しだけ決心が揺らいでしまう。
泣いている。娘が泣いている。それなのに私は、何もしてあげる事がない。
…出来る事は、この子が少しでも悲しまないように、何かを言ってあげる事…。
「…大丈夫よ、私は死のうとしてる…わけじゃない…。…あなたに、私の希望を…託しているの…。
…信じてるわ、輝琳…。…あなたなら…姫と…妹紅を…元の人間に、戻してくれるって…。」
言葉も上手く出なくなってきた。でも、思ったより身体が崩壊するまでが長くてよかった。
…これなら、姫やウドンゲにも、言葉を残す事が出来そうだ…。
「姫…永遠に仕えると…約束しましたが…、…すみません、守れなくて…。…先に逝って、姫が普通に死に、こっちに来るまで、待ってますから…。」
「…そんな事、許さないわ…!…永琳、馬鹿なことは今すぐ止めなさい…!…これは命令よ…聞けないの…!?」
…すみません、姫。最期だから聞きたいのは山々なんですが、その命令だけは聞く事は出来ません…。
…さっきから、謝ってばかりである。…私は、親としてではなく、従者としても、人としても、失格だ…。
「ウドンゲ…あなたに教える事は…もう全部教えたから…。…これからは…あなたが薬師として…命を、救うのよ…?」
「…嫌です、師匠!!私なんか、まだまだ師匠がいないと駄目なんです!!だから、だから…!!」
…ウドンゲも、泣いていた。この子が永遠亭に来てから、丁度100年くらいだっただろうか…。
…この子も、私の娘みたいなものだ…。…だから、その言葉がとても悲しく、そして嬉しかった…。
「てゐ…あなたには…これからも…兎達を、引っ張っていってほしい…。…だから…悪戯も…ほどほどにね…?」
「永琳様…!!…永琳様がいなくなるなら、ずっと悪戯は止めませんからね…!!…だから、いなくならないで…!!」
…てゐのこんな姿は、初めて見た…。まさかてゐが、こんな普通に泣き顔を見せるなんて…。
…最期の最期に、いい物を見せてもらった気がする。てゐも、そうやって普通に笑って、普通に泣いてくれればいいな…。
「霊夢…ごめんなさい…ね…こんな事に…巻き込んじゃって…。…姫や…ウドンゲ達の事…これからも…よろしくね…。」
「…そんな事聞くために、引き受けたんじゃないわよ…。…いいから、そのつまらない冗談を…さっさと止めなさい…。」
…霊夢まで、こんな事言うとはね…。…どうして誰も、死に逝く人間を、安心させるような事を言ってくれないのだろう…。
…仕方がないか。逆の立場ならあっさり認められるとも思わない。…本当に、霊夢には悪い事をした…。
「魔理沙…ありがとう…頼まれてたとは…言っても…、…輝琳に、道を示してくれて…。…これからも…この子の…友達でいてあげてね…。」
「……。」
…魔理沙は深く帽子を被り、黙してその表情を見せなかった。だけど、一瞬だけ彼女の頬で、月明かりが反射したような気がした。
…彼女と霊夢には、これからも同じ人間として、輝琳を見ていてくれるだろう…。…そう、信じている。
「妹紅…この子が…能力を使えるように…なったら…元の人間に…戻れるから…。…あと…姫とはもう少し…仲良くしてね…?」
「…はは、何言ってるんだ…?…あんた、蓬莱の薬を作って、私を何度も殺して、挙句、一人で死ぬ…?…そんな事、許さないよ…!!」
…妹紅なら「さっさと死んでしまえ」、とでも言ってくれると思ったんだけどなぁ…。…場の空気を思ったのか、それとも本心なのか…。
…思えば、妹紅にも悪いと思うことを散々してきた…。…それなのに、この子がこんな事を言うとはね…。
「レミリア…この子…見ての通り…本当は、泣き虫だから…。…この子の事、よろしくね…。」
「…任されたわ。」
…ああ、最期の最期にいい言葉を聞けた。これで、本当に思い残す事もなくなった。
…レミリアが今までどおりこの子を見てくれるなら、それは即ちこの子が幸せなままでいられる事…。
…最期の時を、感じた…。
…あと数分と持たずに、私の身体は崩れ去るだろう…。…でも、本当によく持ってくれた、私の身体…。
…最期に、この子にも言葉を遺せる…。
「…輝琳…お母さんは…もう傍に…いてあげられないけど…ずっと…隣に…いるからね…?」
崩れる腕で、もう一度しっかりと、輝琳の身体を包み込む。
…もう感じるはずはないのに、その時感じた暖かさは…生まれたばかりのこの子を抱いた時の、あの暖かさだった…。
「…嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!何で!?せっかく逢えたのに!!ずっと待ってたのに!!」
…この子も、最期まで私を安心させてはくれなかった。
本当に、決心が揺らいでしまうじゃない…。…私の娘ながら…どうしてこうなっちゃったんだろう…。
…でも、悪くはない。輝琳が、ウドンゲが、てゐが…。…みんなが、泣いてくれた…。
…それだけで、私も少しくらいは、みんなに好かれていたのではないか、そう思えるから…。
「何で!?何でなのお母さん!!教えてよ!!悪い事したなら直すから!!一人にしないで!!」
…それは、あの時の言葉…。…ふふっ、使いどころ、全然違うじゃない…。
ああ、でも、あの時は答えてあげられなかったっけ…。
…そうね、私の最期の言葉には、丁度いいかもしれない…。
…輝琳、幸せになってね…。
「…大丈夫、輝琳は何も悪くない。悪いのは、全部お母さんだから…。…あなたは、私の最高の娘よ…。」
…私の世界は、全て消え去った…。
* * * * * *
今の今まで抱きしめていたはずのお母さんの身体が、塵となって消えた。
お母さんを抱きしめていたはずなのに、私が今抱いているのは、お母さんが着ていた赤と青の服だけ…。
…何で?何で止まってくれなかったの?お母さん、何で?答えてよ…。
「永琳…。…馬鹿な事を…!!」
「師匠…ししょぉ…。…ううっ…うわああぁぁぁぁぁぁ…!!!!」
「永琳様ぁ…!!」
「永琳…。」
「…最悪だぜ…。」
「…畜生…勝手に一人で…。」
「……。」
…みんなが、泣いている。…さっきまで、違う涙だったよね…?
…お母さん、みんな泣いてるよ?お母さんがいなくなっちゃったから、みんな悲しんでるよ?
…帰ってきてよ…。…早く…あの笑顔を見せてよ…。…隠れてないで…。
…早く…はや、く…。…お母さん…!!何でよ…!!…どうして…どうして…!!
「どうして!!どうしてよぉ!!答えてよ!!答えてよお母さああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
* * * 永遠の命、その終わり Epilogue1 ~咲夜Side~ * * *
あれから一ヶ月が経った。お嬢様が「休暇をとりなさい」と仰ってくれたので、それ以来一ヶ月も、自室から出ずに引き篭っていた。
私がこれほど仕事を休んだのは、紅魔館でメイドを始めてから、初めての事だった。
…ただ、誰もその事に触れてこない。この館の全員が、あの現場を見ていたから…。
…私がお母さんを、殺してしまった現場を…。
幸い私が休んでいる間、妖精メイド達は比較的よく働いてくれているらしい。
お嬢様のお世話は美鈴に任せている。門番と兼用では大変だろうから、本当は頼みたくなかったが…。
…とりあえずは私がいない間も、紅魔館は特に変わった様子を見せていない。
…変わった事といえば、最近魔理沙の強盗回数が眼に見えて減ったらしい。
…あの魔法使いも、あの事件以来何かが変わったのだろうか…。
あの場にいたはずのブン屋も、記事にはしていないらしい。それくらいの空気が読める奴で助かった。
「…はぁ…。…何やってるのかしら、私…。」
…本当に、何をやってるんだろうと思う…。もう涙なんか、枯れ果ててしまったくらいに泣いたというのに…。
…私は、お母さんが最期に残してくれたあの力を、使いこなせるようにしなくてはならない…。
…しっかりしなくてはならない。それがお母さんの望みだという事も、分かってはいる…。
…分かってはいるけれど…。…私はあれ以来、時間を操る力を一回も使っていない…。
…使えないのだ。お母さんを消滅させてしまった、あの力を使うのが怖い…。
…覚えてはいる。あの感覚は忘れられない。でも、使ったら思い出してしまう…。
…嫌だ。…もう、何もかもが嫌だ…。…お母さん、何でこんな辛い思いを…。
「咲夜さん、咲夜さん、いますかー?」
…と、扉の向こうから私を呼ぶ声がする。
誰かなんて、考えなくても分かる。私を咲夜さんと呼ぶのは、何だかんだで美鈴か小悪魔しかいない。序に小悪魔は基本、私の自室に来ない。
妖精メイド達は「メイド長」と呼ぶし、他の人は大抵「咲夜」と呼ぶ。
…一応言っておくが、あれ以降私を「輝琳」と呼ぶ人はいない。
…まあ、今はその名前で呼ばれたくはないが…。
「…いるわよ、そこじゃ話しづらいから入りなさい。」
…別に、人と話せないほどではない。寧ろ、少しでも気分を誤魔化すために、誰でもいいから話していたい。
美鈴は比較的…、…いや、あれ以来で考えれば、今のところ一番話し相手になってくれている。
失礼します、と言う声と共に、部屋のドアが開いた。
「…で、何かしら?」
「いえ、話があるのは私じゃなくて…、…あの、お客様が…。」
…またか、と少しだけ思う。これもあの事件以来の変化で、私に訪問客が増えたと言う事だ。
とは言っても、殆どが霊夢か魔理沙、時々鈴仙といった感じで、主に私が塞ぎこんでいるのを知っている者達。
…なので、殆どはあまり話もせずに帰してしまう。何故って、慰められても困るからだ。
…ただ、今回はちょっと様子が違う。美鈴は彼女等が来た時は大抵、その者の名前で呼ぶ。
しかし、今は「お客様」と言った。つまり、紅魔館の者ではなく、それでおいて美鈴が敬意を払う人間という事になる。
…それでも、別にそういう人がいないわけではないので、それ以上の事は分からなかった。素直に聞こう。
「…誰が来たの?」
その問いに、美鈴は何故か困ったような顔をした。
「えっと…、…白玉楼の姫とその従者と、死神と、閻魔様です。」
なるほど、戸惑うのも無理はない。紅魔館の門で待っているという4人は、遠目で見てもどうも取り合わせがよくない。
死神小野塚小町と閻魔四季映姫・ヤマザナドゥは殆ど一緒にいる。西行寺幽々子と魂魄妖夢も、これまた常に一緒にいる。
ただ、この二つのペアが一緒にいるというのは、ちょっと想像できない。
もっとも、閻魔の裁きを終えた魂は一時冥界で転生を待つらしいので、関係がないと言うわけではないのだが…。
…序に、閻魔に訪ねられる理由は無くもないのだが、亡霊嬢に訪ねてきてもらういわれはない。
とにかく、これだけ異質な組み合わせを突き帰すわけにもいかないので、私は紅魔館の門へと足を運んだ。
「お久しぶりですね、十六夜咲夜。あの節はどうもお世話になりました。」
今のは皮肉を言われたのだろうか。だとするならこの閻魔も随分人が悪くなったな。
門の真下で待っていた四季映姫・ヤマザナドゥは、私を見るなりそう挨拶をしてきた。
「お礼はいりませんよ。それより、本日は私にどのような要件が?」
一応相手は閻魔であるし、今回は私の客である。敬意は払わなくてはいけない。
「あらあら、そんなに邪険にならなくてもいいわよ。はい、お土産のお饅頭よ。」
…この亡霊は…。…わけも分からず饅頭の箱を突き出してくるから分からない。酔っ払って帰ってきた中年オヤジか。
しかも、とりあえず箱を受け取れば、饅頭の箱にしては異様に軽かった。…中身、入ってないな…。
…ゴミを増やして、嫌がらせのために来たのか…?
「…幽々子さん、余計な事はご遠慮願います。さて、十六夜咲夜。今日はあなたにちょっとお話ししたいことがありましてね。
…何の事だか、語るまでもありませんかね…?」
…私よりも外見の上では幼いが、流石は閻魔だ。その瞳は鋭く、そして深い。
言われなくても、用件の想像はついていた。閻魔が生きている人間を訪ねる用事は、基本的には一つしかない。
「…母親殺しは地獄行き、という事ですか?そういう事ならば、最初から諦めています。」
…そう、生前に大罪を犯し、地獄行きがほぼ確定している場合…。
私の場合、母親を殺してしまうという、とんでもない罪を犯してしまったわけだ。
閻魔が尋ねてくる理由も、それならば納得が…。
「いえ、確かにそれは“本来”地獄に落とすべき大罪です。…ですが、今回はちょっと特殊なケースでしてね…。」
…えっ?何を言っているのだ、この閻魔は…。
「実はですね、小町が彼岸におかしな魂が現れた、という報告がありましてね…。小町、その説明はお願いします。」
はい、と元気よく答えた死神が、鎌を担いで一歩前に出る。
…おかしな、魂…?
「“一ヶ月ぐらい前”の話なんだがねぇ…。あたいが何時も通り寝て…じゃ、じゃなくて、仕事してた時の事さ。
新しい魂が川岸に来たと思ったらさ、そいつがどうも変なんだよねぇ。
何時まで経っても舟に乗ろうとはしないし、ずっと川岸で川眺めてるだけなんだよ。あんな魂、初めてだったね。
魂ってのはな、本来だったら意志なんて持ってないから、何も言わずとも舟には乗るもんなんだよ。
ずっと居座ってるもんだから、気味悪くなってな。それで四季様に相談したんだよ。…あ~、後は四季様、お願いします。」
そして、もう一度映姫が前に出る。
…この時、私はある予感がしていた。そんな都合のいい事が、あるとは思えないが…。
「それでは、私が…。その魂なのですが、例えて言うならば生きている魂。死んでいるはずなのに生きている、言うなれば半人半霊です。
先に言っておきますが、これはそこの魂魄妖夢とは別のものです。非常に稀な、意志を持った魂だというわけです。
ただ、意志を持っているだけで話す事が出来なかったので、仕方なく、浄玻璃の鏡を使う事にしました。
浄玻璃の鏡は、魂の生前の姿を映すものですが…。…ええ、驚きましたよ。見覚えのある姿でしたからね。
もう想像はついてると思います。その魂は、あなたの母、八意永琳です。」
…驚いた。想像はしていたのだが、まさか本当にお母さんの魂だとは…。
まあ、当たり前と言えば当たり前なのだ。あの日、お母さんは死んだ。私がこの力で、消滅させたのだから。
…でも、どうしてそんな事が…。その理由を、映姫は続けて語った。
…しかも、予想だにしなかった理由を…。
「そして、どうして意志を持つ魂が生まれたのか…。…それは、生きる事への執着心が強すぎたが故の事です。」
…信じられなかった。生きる事への執着心?あの時、お母さんはそれを捨て去ったはずじゃ…。
だからこそ、あの時私の手に、死ぬ事を選んだのではないのか…?
「…それは、有り得ません…。…お母さんは、自分から死を選びました…。」
私は思ったとおりに、その事を映姫へと告げる。
しかし、彼女のその鋭い目つきは変わらず、私を睨み続けていた。
「ええ、私も最初はおかしいと思いました。当時の事はそれとなく聞いていましたが、あなたの母は自ら死を選んだと、そう聞いていました。
ですが、現にその魂は意志を持っていた。それこそが、八意永琳が生きる事に執着していた証拠です。
…そして、悩んでいても仕方がなかったので、私は直接理由を聞く事にしました。
浄玻璃の鏡に照らされた魂は、現世のを姿得ると共に、話す事も可能になりますからね。
…話を聞いて、何となくですが理由は理解できました。…それでは先に、今の現状を話しておきます。」
…そう言って、映姫は一歩、門の左に引いた。それと同時に小町、幽々子、妖夢も同じ方へと移動する。
紅魔館の門の右側に、大きく開けた空間が生まれる。
私の視界は、中央が城門から外が見えるだけで、それ以外は壁しか見えない。
…つまり、壁の向こうにいる人間は、最初から視界に入っていなかった事になる。
そもそも、そんな事はまるで想像できなかった。“客は4人”だと聞いていたし、そもそもそんな事が有り得るが無かった。
…有り得るはず、無かった…。…それなのに、右側の壁のむこうから姿を現した“5人目の客”は…。
「…う…、…そ…でしょ…。」
…見覚えのある銀髪、見覚えのある赤と青の服、見覚えのある、あの微笑み…。
「…これが、今の現状です。何を生に執着したのか…、と言うより、どうして“死にきる事”が出来なかったのか…。
…当時、あなたの能力をコントロールしていたのは“彼女”だったらしいですね。
ですが、“彼女”が最期まで死ぬ気であったなら、こんな事にはならなかったでしょう。
…消滅するほんの一瞬前に、“彼女”の心に戸惑いが生じた。そしてその戸惑いが、あなたの能力を一瞬早くとぎらせてしまった。
結局肉体は一度消滅しましたが、魂だけが死にきれなかった状態のまま、彼岸へと辿り着いたわけです。
…そして、その一瞬の戸惑いを生んだのは、他でもない、あなたです。
あなたが“彼女”の死を最後まで拒絶し続けたが故に、最後の最後まで揺らがなかった彼女の心も、無意識のうちに揺らいだのでしょう。
…私は子持ちではありませんから、理解する事は出来ません。ですが、親を思う子、子を思う親、その確かな“絆”が、この事態を招いたのでしょう。」
…なんてありふれた、なんて作り話っぽい、なんて安っぽい理由だろうか…。
こんな事、それこそ漫画の世界じゃないか。思いが、絆が、人を死にきらせなかった…?
…そんな馬鹿な話は信じられない。そう思う一方で…目の前の現実に、ただ私は黙っている事しか出来なかった…。
「…さて、結論を言います…。…こんな困った魂を裁判にかけるわけにはいきません。何せ、生きているのですから。
とは言っても、冥界に置いておくわけにも行きません。…実は、そこの西行寺の姫に断られましてね…。」
そう言って、映姫は幽々子を睨み付ける。しかし、彼女はそれを全く気にせずに受け流した。
「…なので、恐らく私が閻魔を勤めるようになってからは、初めてのケースなわけですが…。」
― 八意永琳の身体を蘇生させ、もう一度現世に送り返す事にしました。 ―
…最初、何を言っているのか分からなかった。
いや、映姫の言ってる事は分かった。だが理解していない。頭が全然回らない。
身体を蘇生させ、現世に送り返す…。…それって、つまり…。
「簡単に言えば、生き返ったって事さ。」
…小町のその台詞が、頭に染み渡るまでもまた、時間を要した…。
…だって、有り得ないじゃないか。あの時、お母さんは死んだのだ。
だというのに、それが一ヶ月経った今、生き返った?そんな話、信じられるはずがない。
信じられるはずがない。…だけど、今目の前の現実はどうだろう。
…だって、そこに立っているじゃないか。あの微笑みを浮かべる、私のお母さんが…。
「…さて、積もる話もありましょう。私達はこれで失礼します。後はお2人で、自由に過ごしてください。
…それと、幽々子さんにはお話がありますので、これからちょっとお願いしますね…?」
「あらあら、冷たいわぁ。だって冥界に魂を置くより、生き返らせてあげた方があの子達も幸せでしょう?それに…。」
「幽々子様、そういう問題ではありませんよ。…閻魔様も、その事は承知のはずですから。」
そうして、4人は呆然とする私と、そしてお母さんを残し、去っていった。
…ただ、その後暫く、私もお母さんも、何も話す事が出来なかった。
…だって、何を話せばいいのか分からない。…こう言う時は、なんて言えばいいの…?
「…えっと、あのね…。私もよく分からないのだけど…。…もう一度、生きてもいいみたい…。」
…戸惑った表情を見せながらも、お母さんはそう告げた。
…顔が、眼の下が、熱くなって来た…。
「…あんな別れ方しておいて、こんな事を言うのも変だけど…。」
― …ただいま、輝琳。 ―
「…お母さん…。…お母さん…!!」
枯れきった私の涙が、再び流れ出した…。
お母さんの胸に飛び込み、もう二度と手に取れないと思っていた身体を、力いっぱい抱きしめた。
…ありがとう、幽々子、映姫、小町…。
また、私は感じる事が出来た。聞くことが出来た。見る事が出来た。
あのぬくもりを、あの優しさを、あの声を、あの笑顔を、あの再会の喜びを…。
もう絶対に離さない。もう絶対に、死ぬ事なんて許さない。もう絶対に、傍を離れてほしくない…。
暖かなお母さんの腕に包まれて、私はまた泣き続けた。だけど、この涙は暖かい涙だ。
…できる事ならばこの先一生、こんな涙を流し続けたい。流しても悲しくない、とても大事な涙…・
…私はもう回りの事を気にせずに、ずっと、ずっと、その涙が枯れるまで、ずっと泣き続けた…。
…私は十六夜咲夜。そして八意輝琳。
その名前はどちらも私で、そしてどちらももう、二度と手放す事は無い、大切な“絆”の証だ…。
* * * Last And First Episode ~???Side~ * * *
奇跡なんて、そう簡単に起こりうるものではない。
しかし、人間という物は一度「有り得ない」と思うと、その奇跡が何故起きたか、という事を考えられなくなってしまう。
…例えば、死んだはずの人が目の前に現れたら、生き返ったなら、人はもう、どうして生き返ったなんてこと、考えられなくなる。
…だから、最初から眼に見えないところで勝手に起こした奇跡は、当事者の私の存在を知られる事もなく、奇跡のまま終わってしまうのだ。
私は最初から、あの2人の事を知っていた。だから、ずっと操り続けた。
あの2人が引き寄せられるよう、2人の“境界”を、ずっと…。
12年前、私は幻想郷に突然現れた、一つの命の事を知った。
それは1000年以上前に私が戦い、そして敗れ去った月の民、その子供であった。
別に、幻想郷に月の民は…まあ、珍しい事ではあるが、いないわけではない。私はそれを3人知っている。
永遠と須臾の罪人、蓬莱山輝夜。月の頭脳、八意永琳。狂気の月兎、鈴仙・優曇華院・イナバ。
あっちは私を知らないようだが、私は幻想郷の全てを知っている。竹林に隠れていようが、その事は知っていた。興味はあまりなかったが。
つまり、これで月の民は4人目となる。ならば永遠亭に送ってあげようか、私はそう思い、その子の元へと赴き…。
…そして、その姿に驚かされた。何せ、私が知っている月の民の3人のうち、八意永琳の面影があったのだから。
…しかも、私が辿り着く少し前に、吸血鬼レミリア・スカーレットが先にその少女の元に辿り着き、挙句紅魔館で育てると言い始めるのだ。
彼女の時間を操る力、それに惹かれたのかもしれないし、ただ単に気まぐれか、それは流石に私にも分からない。
ただ、これはこれで面白そうだ。当時全く接点がなかった紅魔館と永遠亭、それがどのようにして結びつくのか。
無関係の2つの…勢力、というべきか?その2つを、長い年月をかけて、少しずつ近づけていく。面白いゲームだ。
幽々子に話したところ、この遊びに付き合ってくれるようだった。それ以来、私はあの2人の心の境界を、少しずつ狭めていった。
…しかし、予想外の事が起きた。それがあの永夜異変。思ったよりも早く、あの2人が出会ってしまった事だ。
まだ何の接点を持っていなかったというのに、急に接点を持ってしまい、あまつさえお互いに親子だと気付いてしまった。
…これは、面白い事になってきた、と…。
もう遥かな時を生きてきた私さえ、想像できなかったこと。2人の月の民は、それをあっさりと起こしてしまった。
だから私は趣向を変え、母親の方の心の境界を、少し崩しておいた。
母親の罪の意識を大きくし、そしてその状態で親子が対面したら、どのような結果になるのか…。
…1人1種の、肉親を知らない妖怪である私としては、それがとても気になった…。
…結果、幽々子に殴られた。
初めてだった。私と幽々子は彼女が亡霊になる前からの友人。あの柔らかな性格の幽々子に、私は一度も殴られた事なんかなかった。
長い間ずっと友人として過ごしてきた幽々子に、初めて本気で怒鳴られた。「なんて事してしまったの!!」と…。
私と幽々子はあの夜、事の結果をこの眼で見るべく、ずっと迷いの竹林で待機していた。
…そして、八意永琳と十六夜咲夜は再会し、親子としての絆を回復させ、そして、永琳は死を選んだ。
なるほど、こういう結果に終わるのか…。思わず笑みが零れた私を、幽々子が怪訝そうな顔で睨みつけた。
そこで初めて私は、永琳の心に施した細工の事を幽々子に話した。…そして、殴られた。
…生前の記憶が無い幽々子には、おかしな話でもあった。幽々子もまた、親を知らない存在のはずなのに…。
…ひょっとしたら、心の何処かに親から受けた愛が残っていたのかもしれない。
…ひょっとしたら、父親のような存在だった魂魄妖忌の事を、思い出していたのかもしれない。
…ひょっとしたら、幽々子は妖夢と暮らすうちに、親としての心が芽生えていたのかもしれない。
…勿論、どういう理由で幽々子があんなに逆上したのかは分からない。
…だが、私がやった事が間違いだった事は、充分に理解できた。
だから、私は最後の最後に、もう一度永琳の心の境界を操った。親としての心を、取り戻させた。
それと同時に、生と死の境界も少しだけ操った。永琳の身体はもう崩壊する。だったら、魂だけは死なないように…。
…それ以降がどうなるかは、意志を持つ魂となるであろう永琳、その魂を見つけるであろう死神と閻魔、そして冥界の統治者幽々子に委ねる事にした。
私は境界の妖怪。死後の世界の事に介入する心算はないし、そんな事は出来ない。
…そして、永琳は無事に、もう一度この世に生を受けた。
幽々子も、これで結果オーライだと許してくれた。正直、ほっとしている。私はまだ、幽々子と友人でいたい。
…これも、私と幽々子との間に、長い年月をかけて出来た“絆”が、そう思わせているのかもしれない。
…人間も、まだまだ私の知らない“何か”を持っている。
人間は、決して妖怪よりも劣った存在ではない。私達が持たない何かを、彼女たちは持っているのだから…。
「紫様、もう夕方ですよ、そろそろ起きて…って、起きてる…。」
襖を開けて部屋を覗くなり、呆然として立ちつくす式を見て、私は苦笑した。
…そうか、私にも家族がいるのだ。忘れるところであった、この八雲藍もまた、私の娘のような存在なのだから。
…ただ、なんとも失礼な娘だこと、私が夕方に起きているだけで、固まってしまうのだから。
「あら、私だって気持ちよく目が覚めることはあるわよ。それより藍、夕飯は何かしら?」
…藍の鮮やかな九尾が逆立つのが見えた。本当に、何処までも失礼な娘だ。
「え、あ、あの、ま、まだ準備はしていませんが…。…な、何かご所望ですか?」
藍が慌てているのを見るのも、また面白い。此処はもう一つからかってあげようかしら。
…ああ、それもいいかもしれない。今日の私は、藍の母親でいてあげよう。
「そう、じゃあ夕飯は久しぶりに私が作ろうかしらね。」
私は腰を上げて、魂が抜けた藍の横を通り過ぎ、台所へと向かう。
料理なんてするのは久しぶりだ。藍が私の式になって以降、殆ど任せっきりだったから。
…ただ、たまにはこういうのも、いいかもしれないと思う。折角だから、少し豪華にしてみようかしら。
「…ちぇ、ちぇーーん!!大変だーー!!紫様が壊れたーー!!とめてくれーー!!」
…全く、本当に何処までも失礼な娘だ…。
…でも、それもある種の“絆”なんだろう…。
…私が消えるまでの間、この大切な“絆”を、大事にして生きていこう…。
…あの親子が最後まで、そしてこれからも、お互いを思い、共に抱き合っていた、あの“絆”のように…。
* * * 始まる命、永遠の絆 Epilogue2 ~永琳Side~ * * *
久々に帰ってきた永遠亭。静かなのは元々だったので、結局何も変わったようには見えない。
ただ、今此処で私が現れたら、永遠亭の中はどうなるだろうか…。…それは、後のお楽しみだ。
私は永遠亭の扉を久々に潜ろうと思い、戸に手を掛け…そして、一度止めた。
私が手を掛けた瞬間、扉の向こうからドタドタと、騒がしい足音が聞こえたからだ。
…全くあの子は、結局私の言いつけを守らなかったようだ…。
「えへへへっ!!こっちこっち!!…って、ぎゃっ!!」
内側から勢いよく扉を開け飛び出してきて、挙句私と正面衝突したのは、誰であろう黒髪の兎妖怪、因幡てゐ。
玄関の向こうに誰かが立っているなんて思わなかったのだろう、私にぶつかって、派手にひっくり返った。
「痛たたたた…。だ、誰よそんな所につった…、…って…。」
…彼女は私を見るなり、ぽかんと口を開けたまま動かなくなった。
…まあ、信じられないだろう。永遠亭のみんなの前で、私は一度消滅しているのだから。
「…あら、てゐ、いたずらはほどほどにするように、って言ったと思うけどねぇ…。」
私は苦笑しながらそう言った。別に普通に「ただいま」という事は出来たのだが、それでは面白みに欠ける。
あの場にいた人しか知らない言葉を話す事で、とりあえず私の存在を確かな物にしておこう。
「…え、永琳…様…?…ど、どう、して…?」
てゐは根っからの詐欺師である。故に、こうして驚き戸惑う事は少ない。
…どうやら、最初に与えたインパクトとしては大きい効果を得られたようだ。
「こらー!!てゐーー!!待ちなさーい!!」
…と、彼女等の状況から考えると結構時間が掛かったが、また1人、聞き覚えのある声と足音が響いてくる。
…さて、ウドンゲはどんな反応を見せてくれるのだろうか…。
「見つけた!!さあ覚悟…、………えっ……えっ…?」
ウドンゲもまた、私を見るなり固まってしまった。なるほど、生きた死人を見る反応は、大概はこういうものなのだろう。
ただ、少しやつれて見えたのは気のせいだろうか…。
「ウドンゲ、てゐが止まってから20秒、時間が掛かりすぎよ。」
呆然とするウドンゲに、私はそう言ってみた。
…私が声を掛けた瞬間、ウドンゲの肩が少し震えるのが見えた。
「…し…師匠…。…本当に…師匠…なんです…か…?」
…どうやら、まだ信じていないようだ。眼で人を狂わす月兎のくせに、眼力は全然鋭くないのだなぁ。
「あら、私以外の何に見えるのかしら?」
なので、ちょっと意地の悪い事を言ってみた。
…すると、ウドンゲの眼から涙が零れるのが見えた。そして…。
「師匠…!!ししょーーーーーっ!!!!」
広い永遠亭でも余裕で全体に響き渡るような声と共に、物凄い勢いで私に抱きついてきた。
「師匠…!本当に…帰って来たんですね…!師匠…!師匠…!!」
何度も何度も、私の存在を確かめるかのように、私の事を呼び続ける。
私は黙って、ウドンゲの頭をなで続けた。ああ、この子もやっぱり、私の娘みたいなものなんだなぁ…。
ウドンゲの声を聞きつけて、続々と妖怪兎達も姿を現す。
反応は様々で、呆然と立ち尽くすも者、急に泣き出す者、ウドンゲと同じように抱きついて来る者、色とりどりだった。
…そして程無くして、私が一番どう反応するか気になっていた人物が、ゆっくりと姿を現した。
私の姿を見るなり、その人物は俯いてしまい、その長い髪が目元を隠した。
「…姫、ただいま戻りました。…すこし、痩せましたね…。」
確かに、少しだけ姫の頬がやつれていた。ああ、これは三食ちゃんと取ってないなぁ…。
…そう考えて、原因が私がいなくなった事なのかと思うと、少しだけ嬉しくなった。
「…遅かったわね、永琳。…一ヶ月も家を空けるなんて、どういう心算かしら…?」
その声はか細く、そして少し震えていた。
1000年以上私は姫と付き合っているが、姫が此処まで生気を失っているのは、初めてだったかもしれない。死なないくせに。
「…永琳、これからは無断で外出は禁止よ。外に出る時は、必ず私と一緒にする事。
…それと、もう永遠亭を離れる事は許さないわ。…これは命令よ。…聞けるわね…?」
…それは参ったなぁ。それじゃ、紅魔館の輝琳に逢いにいけないじゃないか…。
…ああ、その時は姫も連れて行けばいいのか。…本当に、困った主人だ…。
「…はい、承知しました。私の心は、永遠に姫と共に…。」
…私はもう、姫の命令を断るにはいかない。…私は姫の従者であり、そして永遠の友でいたいから…。
「…さて、ウドンゲ、帰ってきて早々で悪いんだけど…。」
「ぐすっ、なんですかぁ…。」
ウドンゲは涙で濡れた顔を上げ…。
「新しい薬が思いついたから、調合したら実験台になってくれないかしら?」
…そして、その顔は一変、涙は止まり、みるみる青ざめていった。
「…え、えーっと…。…師匠に後を頼まれて、それで今薬を作ってて…。」
「ああ、帰ってきたからもういいわ。私が続きをやってあげるから。」
「…えーっ…。…因みに、何の薬ですか…?」
「ああ、身体が粉々に砕けても再生するような薬。今回みたいな事、私としてももう起きてほしくないからね。」
「それはそうですけど…、…それって、薬飲んだら私の身体を粉々にするって事ですか…?」
「あら、よく分かってるじゃない。」
「嫌です!!絶対嫌です!!失敗したら今度は私が冥界行きじゃないですか!!」
「大丈夫よ、最初は復元可能なくらいにしておくから。」
「そういう問題じゃありません!!」
「さ、納得してくれたなら早速始めましょう。てゐ、ウドンゲを縛り付けておいて。」
「了解。(てゐ)」
「いいいぃぃぃぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」
>21:53:09の名無しさん
>全米が泣いた
実際は全米の殆どがこの話の9割9分9厘を理解できないのではないかとマジレスしてみます。
>三文字さん
>ある意味、王道ともいえる話ですな。
かもしれませんね。咲夜と永琳の親子話はいつかやりたかったネタでもあるので、余計な事はしないで書きましたから。
ただその分視点の切り替えや、転換部を多くした心算です。
>SETHさん
>細かいことはおいといて こういう話は大好きです
その細かい部分と言うのも少し聞いてみたい気もするのですが、気に入ってもらえたならば何よりです。
えーりん復活についてなんですが、映姫の説明で納得してたのでゆかりんは無理に出さなくても良かったかなと。
おもしろかったですありがとうございました。
>bobuさん
>映姫の説明で納得してたのでゆかりんは無理に出さなくても良かったかなと。
私もそう思います。寧ろ投稿寸前まで紫の話はありませんでした。
ただ奇跡を奇跡として終わらせるのがなんか癪だったので、人為的奇跡にしようとして紫の話を追加した訳です。
…要するに個人的な感情から生まれた挿話だという事です…。…だめじゃん。
みんな優しいな
読む度に泣きそうになるw