Coolier - 新生・東方創想話

十六夜の月夜

2008/01/17 00:58:21
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「人が恐れるべきは怪物であり妖怪。その、妖怪たる私が恐れる貴様はなんなんだ!?」
 獲物の問いに、彼女は答えられなかった。


 この来訪者が、今までの来訪者と何が違うと聞かれたら、ありきたりな答えだがオーラが違うとしか言えなかった。
 弱者が放つ慢心のオーラ。武錬の達人が放つ自信のオーラ。そして妖怪が放つ妖気。全てが当てはまらなかった。
 強いて当てはまるものを持ち出すならば、大海。一目では見えないほどに巨大な底知れぬオーラ。
 このような天井越えは、後ろの屋敷の主とその友人くらいしかいないと思っていたが。世の中は広い。
 それはともかく、こんなわけのわからないモノを、通すわけにはいかない。
「お待ちを。招待状をお持ちですか? そうでなければ、ここを通すわけにはいきません」
 屋敷の門番、即ち守護の担い手として、紅美鈴は高らかに宣言した。
 宣言を受けた来訪者は、懐に手をやり、招待状のようなまっとうな物を取り出すような仕草で、ナイフを取り出した。


「……」
 紅茶に唇を付けるのと同時に、レミリアは顔をしかめた。
 紅茶を煎れた小悪魔が、謝ろうかどうしようか、いっその事逃げるか?等と思った瞬間にフォローは入った。
「心配ないわよ。私は美味しいから。あと一つ付け加えておくなら、いくらレミィでもお茶が不味かったからって暴れないわよ」
「どさくさまぎれに、人を破壊神扱いして……」
 あくまで殺意もなく、馴染みに向ける親しみを込めた悪意の目線。ようはジト目で、レミリアはパチュリーを睨んだ。
「神扱いされて怒るだなんて、不遜ね。ところで、紅茶は口に合わなかったの? 私は嘘偽り無しで美味しかったけど」
 パチュリーに褒められ、小悪魔が悪魔らしからぬ、向日葵のような笑顔を見せる。
「別に不味いだなんて一言も言ってないわよ。むしろ、美味しかった。でも、このお茶は私が求めていたものと違う」
「美味しいのに違うとは、これまたワガママね」
「このお茶はパチュリーのお茶よ。パチュリーの従者の小悪魔が、主の嗜好と体調に気を使い煎れた物。元々の腕がいいから、私も美味しく飲めたけど、やはり違うわ」
 図書館の一角に席を設けての、たおやかなお茶会。
 ランプや蝋燭など使わず、天窓から差しこむ月光だけを明かりとしての夜の茶会は、まさに幻想的だった。
「やはり、私も専属の従者が欲しいわね。貴女にとっての、小悪魔のようにしっくりとくるような従者が」
「ああ、なるほど」
 最近毎晩使用人の誰かが決まった時間に呼ばれ、茶を煎れさせられる。
 そしてお嬢様はいつも、しかめっ面で使用人を返す。
 閉鎖的なこの屋敷の話題を独占しているニュースの真相がようやく解ったと、パチュリーは納得した。誰一人主の嗜好に完全に添えなかった事も。
 あんまりにお茶が合わないもので、ひょっとして求めている自分が間違っているのではと思い、レミリアはわざわざ、美味な紅茶を煎れるという小悪魔の紅茶を飲むために、図書館まで来たのだろう。
 だが、小悪魔のお茶を飲むことにより、レミリアは自分が間違っていなかった事を確認し、逆により一層に自分に合った従者を欲する結果となってしまった。
「そうね、では門番なんかどうかしら? 一度彼女の煎れたお茶を飲んだことがあったけど、美味しかったわよ」
「確かに美味しいわよ。門番の煎れる、工夫茶はね。でも、私が欲しいのは紅茶なのよ」
 正式な作法にのっとって煎れられた、美鈴の中国茶は美味であった。まったくもって外見からのイメージを裏切らない妖怪だ。
「紅茶を煎れさせてみたら? お茶を煎れると言う行為は一緒なんだから、良い結果をだせるんじゃないかしら」
「やめとくわ。下手にいじくって、彼女の中国茶が不味くなったら嫌だもの。門番には門番としての別のお茶があり、役割があるのよ」
 パチュリーが飲み終わるのと同時に、レミリアもカップを空にする。
 茶を飲むのが遅いパチュリーにレミリアが合わせていたのだ。
「あら、別に私に合わせなくてもいいのに」
「この館の主は私だけど、図書館の主はパチェだからよ。
食事やお茶のペースは主に合わせたほうがお客様はトクだって、誰かが言ってなかったかしら」
 言ってないわよと言うパチュリーの言葉を裏切るかのように、ちょうど良い温度で温められたティーポッドを小悪魔が持ってきた。
「誰も言っていないなら、私が言わせて貰うわ。そのお茶を飲み終わった頃かしらね、ちょうどいいのは」
 新たに注がれた紅茶を口にしながら、レミリアは待ちわびていたかのように、天を覗いた。
「なにが?」
「今日この晩に、求め人が来る。それが私の運命であり、来訪者の運命よ」
 運命を操ると言う神が嫉妬しそうな能力を持つレミリアの言葉は、予言や予測などと言うあやふやな物ではなく、もはや確定。~~がありそうと言うような、占い師のごまかしではなく、~~があると言う絶対必然的な金言なのだ。
「それだけわかっているのならば」
 パチュリーが呆れた様子でつぶやく。
「何を?」
「求人広告を、きちんと出しておかなければダメじゃない」
 門の方から聞こえる喧騒は、その失態のせいだと、パチュリーは責めた。
「門番にも偶には、それらしき仕事をさせて上げなきゃと、思ってね」
 喧騒などBGMよと聞き流し、レミリアは紅茶を飲み干した。
 先程に比べだいぶ飲むのが早いのは、美鈴を心配しての事か、ただ茶会に飽きたのか、それとも、新たな従者が待ちきれないのか。
 レミリアは席を立ち、図書館の開いていた窓から夜空に飛び立つ。彼女を出迎えたのは満月だった。
 いや。あれは満月ではない。満月の十五夜は昨日の話、ならば今宵は十六夜だ。満月に一見見えるが、真円ではない。
 他人が気にしないほどの欠けを恥じ、ためらうように出てくるこの月がレミリアには好ましかった。
 完全な物は味わい深くないが、不恰好すぎては絵にならない。これぐらいが良いのだ。
「十六夜の月夜ね。そうだ、これも縁だし、名前は十六夜がいいわ」
 実に良い名前だと、レミリアは一人感心した。 


 強烈な違和感を感じるたびに、美鈴の体の傷は増えていった。太ももに刺さっていたナイフを引き抜く。
 弾幕勝負ならばともかく、武術ならば人どころか妖怪の中でも五本ならともかく、手足の指全部を合わせた20本ぐらいならと思っていた。
 そんな自分が、この殴り合いの間合いで相手に触れることもできないなんて。
 来訪者は見たところ、人間だ。一発当てれば、一発だけで……でも、その一発が当たらない。
「はぁ!」
 気を込めての裏拳での一撃を、件の侵入者は身をそらして避ける。
 だが、この裏拳はフェイク。本命は空いた手から放たれる正拳での腹への一撃。
 上半身を反らしたため、バランスは崩れている。この状態で下半身を動かすのは不可能だ。
 無理に身体を動かせば転倒してしまう。正に必中必倒のコンビネーション。
 しかし、流れるようなこのコンビネーションを来訪者は易々と身体ごと回避した。当然転倒などしていない。
 そして、美鈴の身体に新たな傷が刻み込まれる。掠めたナイフの刃が、美鈴の頬にサッと切り傷を作った。
 続いての攻撃を美鈴は後転で回避し、同時に間合いを取る。
 後転から立ち上がる際の隙でもつこうと、来訪者も足を動かしかけたが、踏みとどまった。
 美鈴は一跳びで、体勢を戻す。当然立ち上がりの隙などなかった。
 もし不用意に追跡していたら、強烈な返しの一撃を喰らっていただろう。
 頬に流れる血を、傷口ごと指で拭き、その拭いたままの指を舌で舐める。血は、それぐらいでは止まらず、頬を流れ続けた。
 何かがおかしい。血の味を感じ、冷静に思考するだけの余裕を取り戻す。
 先程のコンビネーションは本当にコンビネーションだったのか?
 連撃とは川の流れのごとく、止まってはならぬもの。それ止まれば、連撃にあらず。
 あの繋ぎの最中に、最も良いところで感じた違和感はなんだったのか。まるで、川に突如ダムでも作られたかのような違和感は。
 この違和感が来訪者の能力なのだろうか? 来訪者の力の正体を探るヒマは無い、正体を知っても、殺されてしまったのでは意味が無い。
 ならば。ダムを粉々に打ち砕くほどの、流れを作ってみせる。
 ニヤリとした嘲笑の笑いを真似、唇の端をゆがめてみる美鈴。ついでにチョイチョイと、軽いステップを踏みながら手招きする。全くもって彼女に似合わぬ笑いだが、十分に挑発にはなった筈。
 事実、来訪者から仕掛けてきた。先程までは自分から仕掛ける事は無かったのに。流れは、これで変わった。
 来訪者は刃を立て、美鈴の顔面を突き刺さんとする。美鈴は、首を捻り刃を避ける。
 避けると同時に、刹那の違和感が襲う。
 違和感が晴れた時、来訪者は顔を押さえていた。美鈴の両脇のおさげの一本が、侵入者の顔面を痛打していた。
 首を振り回したときの偶然か、否、これは美鈴が狙ってやった攻撃。突如変化した流れが、ダムを崩壊させた。
 予測できなかった痛みに、来訪者は違和感を上手く使えず、無駄に消費してしまったのだ。
 美鈴の手刀が、ナイフの刃を真正面から寸断する。鍛えぬいた手刀は、鋼鉄の刃をものともせず。
 肘、膝、爪先、拳、踵、凶器と化した五体が、来訪者の身体に絶え間なく襲い掛かる。
 まさに川の流れのごとく、淀みない連打だ。来訪者は反撃どころか、既に連打に立たされているような状況で、連打が止まった瞬間に倒れてしまうだろう。そんな来訪者に哀れみを感じ、美鈴は最後の一手を繰り出した。
「破山砲!!」
 哀れみにしては、あまりに苛烈な一撃。
 体のバネを最大限に利用した、伸びのある拳は来訪者の身体を的確に捕らえた。
 真正面からくらった哀れな来訪者は、ゴムまりの用にバウンドしながら転がっていき、門の支柱に派手にぶつかった事でようやく止まった。
「お、終わった……」
 ピクリとも動かぬ来訪者から、自身の勝利を確認し、美鈴はその場にヘタリこむ。
 安堵する勝者の周囲全方向を、突如無数のナイフが囲んだ。
「え? えー!!」
 終わったと、終わったと思ったのに。改めて確認するが、来訪者の彼は、やはり動いていない。すると?
 まだ戦いは終わっていなかった。敵は、囮の彼と、真打の何者かだったのだ。
 あの強大なオーラの違和感は、この隠れていた猛者のものか。通りで違和感があった筈だ。
 美鈴が何をする間もなく、無数のナイフが彼女の身体を貫いた。
 彼女が気絶前最後に見たものは、己を冷徹に見下ろす銀髪の美女の姿だった。


「てな話が、あったと思うんですよ」
 取材の報酬としてもらった、ケロちゃん饅頭をパクつく美鈴。
 新たな山の名物らしいが、名物足りえる美味さだ。なんでカエルなんて食物らしくない形をしているのかは知らないが。
「思うんですよって、当事者がそう言っていては、記事にし難いんですが」
 文は苦笑して、残りの饅頭を回収した。デマなら取材の対価も当然払えない。
「ああっ!? 久々の糖分がー!? だって、しょうがないじゃないですか。私はナイフが刺さった辺りで気絶しちゃったんですから。頭に刺さったおかげで、なんか記憶もあやふやですし」
「あやふやって、それぐらいで記憶違いおこしてどうするんですか」
 頭に刺さって生きているだけでもまだマシだと思うのだが、妖怪的にはたいしたこと無いレベルらしい。
「目が覚めた時には、もうお茶会が始まっていて、お嬢様が『十六夜だけじゃあ、これだけの紅茶を煎れられる人間には足り無すぎる。これは苗字にして名前も決めましょう』ってなんか全て事態が収まっていたんです」
「なるほど、それではこれ以上の事は聞けそうに無いですね。仕方ない、残りは他の人に聞いて記事を埋めましょう」
 やれやれと立ち上がった文の持つ取材メモが、突如飛んできたナイフにズタズタにされた。
「ああっ!? メモが!?」
「紅魔館の取材をするなら、私を通してからと、言いましたよね」
 瀟洒たる完璧な従者の異名を持つ、使用人の鏡こと十六夜咲夜が、いつの間にかそこに居た。
「では、取材するので許可をください」
「ダメよ」
「そう言うのがわかってたから、突撃取材を敢行したんですよ」
 文も必死に交渉するが、咲夜は頑として受け付けない。やいのやいのと女二人なのに姦しい。
 ちなみに三人目は、ナイフの流れ弾が頭に刺さってエライことになっているので不参加。血ぃドクドク出てる。
 やがて諦めた文は、羽を広げ超高速で飛行する準備をしてから、
「なるほど、ではこの記事はあきらめます。明日の文々新聞の一面は『メイド長ムネの秘め事!?』に変更します!」
捨て台詞を吐いて逃げだした。
 通常、幻想郷最速の名を持つ彼女に追いつくのは、飛行できても不可能なのだが、咲夜なら可能だ。
 時間を操る程度の能力を持つ、彼女ならば。
「取材させてくれないなら、推測しかないですね。最も取材の有無に関わらず、結論はパッd」
「憶測はもっとダメよ」
 いつのまにやら、文の眼前に咲夜は居た。
 文の鼻先をチクチクとするナイフ、急停止があと数ミリ効かなかったらヤバかった。
「なるほど、時間の壁を壊さない限り、貴女から逃げるのは不可能と言う事ですか。やはりすごい能力ですね」
「褒めてくれたお礼に、一つぐらいなら質問に答えてあげるわ。ただし、胸云々を持ち出したら……」
 多分死ぬ、きっと死ぬ。血も止まって動かなくなっていよいよな、美鈴みたいになる。
「わかりました。えーと、それでは十六夜咲夜さんに質問です。妖怪は人間を超越したモノ。その妖怪たる私が、スゴイと思う咲夜さんは何者なんですか?」
 咲夜は、逡巡もせず、あっさりと問いに答えた。
「紅魔館のメイド長。それ以上でも、それ以下でもないわ」
どうもお初です。ふじいと申します。
えー普段はネタ作家なんですが、ここでは初めてと言う事で真面目に二次創作モノを書かせていただきました。
久々に真面目に書こうと思ったのに、なぜか美鈴さんがオチっぽくなってしまったのに反省。未熟だ。
たぶんこのネタって皆さん使ってるよなーと思いつつやっちまいました。

それでは失礼いたします。ご一読ありがとうございます。
ふじい
[email protected]
http://risotto.sakura.ne.jp/index.html
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コメント



0.570簡易評価
5.60名前が無い程度の能力削除
小悪魔と美鈴と咲夜さんが入れた茶を飲み比べてみたいなあ

好みは緑茶だけど
6.80名前が無い程度の能力削除
おお、これはいい話。
しっかり読ませておきながら、ちゃっかりオチつきなところが、いい雰囲気でした。
まさに、完全で瀟洒。