――体に、針が刺さっていた。
力が抜け、痛みにもだえ、落下していく体。空はぐにゃぐにゃ歪んでいる。
(嘘……)
負けた、のだ。信じられないことに。
空は時間と共に余計にゆがみ、気色の悪い虹色に変えられていった。
体は石段に叩きつけられ、胃から酸っぱいものが流れてくる。
(嘘……嘘……うそ!)
頭では理解していた。それでも、信じられなかった。頑なに、信じようとしなかった。己を負かした者の存在を。
もしかしたら、相手も直撃を食らって地に這いつくばっているのではないかと希望を抱いたが、コツコツとなる歩行音がそれを打ち砕いた。
体を起こそうとするが、それに命令を出す脳以外、言うことを聞こうとしない。
精一杯相手を睨むと、気だる気な三白眼と共に声が返ってきた。
「あんた、この異変の元凶?」
声を出そうと腹と喉に力を入れるが、それは腹から血となって抜け出し、口はおろか喉にまで届かなかった。
そのため首を振り否定の意を表した。
「ま、そうよねえ。それにしては弱すぎるし」
誰が――! そう言おうと思っても、出るのは体中の血だけ。もう呼吸一つでも血が噴出すのだ。
服は、赤黒く凝固した血で染まっている。不快な、鉄の様なの臭いのみが辺りを覆っている。
「……ああ、あっちね。私ったらこんな大きな気配にも気づかないなんて」
彼女の目と共に私への興味は明後日の方向を向いた。……いや、元から興味なんて無かったのかもしれない。そう思わせる目つきだった。
「じゃあね。ま、すぐ終わるから死ぬことはまず無いでしょう」
待て! という声が、何故か考えるより先に出ていた。
もう声を出せる体でもないのに。
「もう、鬱陶しいわね。臆病者の雑魚は這い蹲ってなさい」
言い終わると同時に彼女は手に持った針を私の
喉に 胸に 腹に 足に 突き刺し――
「っ!!」
背中がびっしょりと濡れていた。血がまとわりついた時には及ばないが、相当な不快感だった。
こういうときは飛び上がるように目が覚めるものだが、早苗の体は微動だにせず目だけが見開かれた。まだ、夢の世界にとらわれている。
数秒、早苗は夢で起こったとてつもない恐怖に瞳孔を開いていたが、心臓の静まりと共にそれも薄れていった。
(また……か……)
そう、またなのだ。早苗はまた、博麗霊夢に――夢の中であるが――負けてしまった。それも段々と、遅効性の毒の様に負け方が酷く、醜くなってきている。
それを思い返す度に惨めになる。考えないようにと記憶の奥底に封じ込めると、それは夢となって現れた。そしてその夢がこれまで以上に自分を苦しめるのだから、どうしようもない。
彼女に負ける夢を見た後、早苗は毛穴の一本一本に針が刺さっているような、根本からの生理的不快感を感じていた。
唇を噛む。その不快感の排し方を、早苗は知らないから。
いっそのこと、本当に針が刺さっていたら手の施しようがあるのにと思うばかりだった。
「三時一六分……」
小さな声で呟き、また頭から布団にもぐった。
一時間ほど震えている布団が、嫌に痛々しかった。
――――
「おはようございます……」
結局、早苗が再び目を覚ましたのは十時頃であった。
食卓の上には三人分の、うち二人分は空になった食器が置かれていた。
味噌汁も、ご飯も、今は湯気が立っていなかった。
しかも夢見が悪かったので、今の早苗に食欲など沸くはずがない。
「いただきます……」
手を合わせて、一礼。それでも食べる。
自らの神に食事を作らせ、それを食べないなど冒涜極まりない行為であるからだ。
早苗は箸を口に運ぶ度に小さく震えて、食べ物を吐き出さないように堪えていた。
目は少し潤んできており、体が受け付けていないのは明らかだった。
そこへ神奈子が文字通り、どこからともなく現れ、早苗に言った。
「無理して食べる必要はないわよ」
「神奈子様……しかし、このまま残しては冒涜にあたってしまいます」
「私は神として料理を作った訳ではないわ。それを言うなら神の作った料理で体調が崩れるほうがよっぽど冒涜よ。どうしても、と言うなら昼にでも食べれば良いじゃないの」
「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。ご馳走様でした」
これを見て神奈子は、重症だと思った。
昔から早苗は、大嫌いなものであろうと残すことはなかったのだ。
病気の時に作ったパサパサで味の無い病人食だって、喜んでおいしい、おいしいと言いながら食べていたのだ。
だから、この光景は少し衝撃が強かった。
勿論、神奈子としては食事が残されたことに不満があるわけではないのだが。
「早苗、貴方何か不満でもあるのではないの?」
「そんなことは……」
「あるでしょう。最近の貴方は調子がおかしいわ。今日は人里に行く予定だったけど……やめたわ。貴方がそんな調子じゃあ、成果は出ないでしょうしね」
「申し訳ありません……」
「だから早苗、一週間程度時間をあげるから、その不満を晴らしてきなさい。相当参ってそうな表情よ、貴方」
「……解りました」
食卓から転がり落ちる箸を見て、神奈子は再び、重症だと思った。
――――
寝巻きから伝統ある巫女服に着替えた後、早苗はこれからどうするかを中々回らない頭で思案し、とりあえずは博麗神社へ向かって飛んで行くことにした。
元凶に勝てば元に悩みも無くなるだろうという結論の元にだが、その結論は早苗の頭が回っていないことを見事に示していた。
いざ飛ぼう、とした時に上空から境内へ天狗、射命丸文が日光を受けて降り立ち、言った。
「おはようございます」
「おはようございます。今日もネタ探しですか?大変ですね」
まだ短い付き合いであるが、早苗は文がどういった人物かは大体検討がついていた。
「いえいえ、今日はネタ探しではなくインタビューです。まあネタと言えばネタになりますけどね」
「インタビュー、ですか?」
早苗は多少うろたえた。
外界では街角インタビュー等はテレビで何の気無しに見ていたが、自分がされるとなるといささか気恥ずかしいものがある。
文はその心情を見抜くかのように、
「インタビューとは言っても、想像しているほどのものではありません。気軽に答えて頂ければ良いですよ。ほら、この方たちの様に」
と言って、どこからか携帯できそうに無い手帖……というよりノートを取り出し、早苗に差し出した。
早苗はどうもとだけ言って受け取ると、適当に写真とインタビューの内容を流し読みしていった。
「ね、気軽そうでしょう?今なら答えてくれるだけでお酒がついて来ますよ?神様大喜びの一品です」
どこぞの新聞勧誘の様に――間違ってはいない表現だが――言う文だったが、早苗の目は数秒ほど前から同じ箇所を往復していた。
文はそれに気付いて声をかけようとしたが、それよりも早苗のが早かった。
「これ……本当ですか?」
「これ、とは」
文が早苗の肩越しに覗き込む。
開かれた頁は霊夢の項。
続いて頁は捲られていき、紅霧異変、春雪異変、永夜異変と続いていった。
「本当に霊夢が全て解決したんですか?」
「う~ん、記者としては何とも言えませんね。そこに書いてあるように裏は取れていませんから」
「……では、記者でなく個人としては……信憑性のある内容ですか?」
早苗は文の目を真っ直ぐ見据え、文は少し口を開けて多少驚いた様な表情をした。
その表情を少し崩した後、手でつばを作り、空を見上げて言った。
「この前、巫女が貴方がたの所に来ましたよね?」
「はい」
「その時……初めてまともに戦いました」
「それで……」
「問いにだけ答えるなら……事実でもおかしくは無い実力でした。冷静さを失わず、確実に避け、必殺の一撃を見舞う……紛れも無く実力者のそれです」
難しい顔をして悩む早苗に、次は文が疑問を投げかける。
「巫女に、勝ちたいんですか?」
早苗は、そのまま言うのは癪なのか、少し間接的に答えた。
「……一応そう言っても良いと思います」
「何故です?」
「――っ」
何故――?
何故だろう?
悔しいから? 違う。
プライドが傷ついたから? ……違う。
八坂様の名前を汚さない為? …………違う。
形容し難い感情が、早苗の頭をぐるぐる廻った。
今までは漠然と――そう、先程頭の中を廻った感情のせいだと思っていたが、違う。
十余年の人生では言い表せない、酷く気持ちの悪く、惨めな感情だった。
何故かは解らない、だが――
「解りません。解りませんが……霊夢には、勝たなければならない気がするんです」
「なるほど」
納得したのかしないのか、文は短く言葉を切った。
そして次第に何かを思いついた様な笑顔になっていき、だが冷静に、言った。
「では、弾幕及び人生の大先輩である私が教えて差し上げましょう」
「教えるって、何を教えるんですか?」
「まあまあ、とりあえず私の問いに答えてください。直ぐに解りますよ」
「ん~……なんか急ですけど解りました。問いなりインタビューなり答えましょう」
「では早速ですが、弾幕において貴方と霊夢の誰が見ても明らかな、絶対的な差というのは解りますか?」
答えに窮した。
心当たりは幾つかあるが、外してしまうのは恥ずかしいし、自分の弱点を話すのも躊躇われたからだ。
結局、答えること無く急かす様に文が言葉を放った。
「経験、ですよ」
「経験、ですか」
「そう。あの巫女は先程の手帖に書いてある様に異変解決と妖怪退治を仕事にしていますので、実戦の経験量、及び質は誰にも負けないでしょう。努力不足ですが」
「でも、経験の差というのはそう簡単に埋められるんですか?」
「確かに、経験の差というのはそう簡単に埋められません。ですが先程言ったようにあの巫女は努力不足です。ですから、実戦経験を積みつつ努力を重ねていけば……」
「いずれは追いつける、と言う訳ですか」
「その通り。早速何処かに喧嘩を売りに行けば良いでしょう。永遠亭か紅魔館が人数も個々の力も大きいのでお勧めです」
「永遠亭か紅魔館ですね……あ、私そういえば場所を知りません……」
「では地図をどうぞ。もっとも、永遠亭は迷いやすいので地図が有っても無くても同じ様なものですから、まずは紅魔館に乗り込むのは如何でしょう?」
「解りました。色々ありがとうございます。近い内に恩を返します」
「いえいえ、そう気を遣って頂かなくとも……」
別れの挨拶をした後、そのまま、地図を片手に早苗は飛び立った。
一人残された文はにやり、という形容がこの上なく相応しい表情になり、
「ネタに、なりますから」
と言って、約五百メートル後方から、早苗を追いかけた。
射命丸文。彼女の行動原理は、結局この一言に集約するのだ。
――――
その頃、紅美鈴は門前にて眠っていた。
しかもただ眠っているだけでは無く、立ったまま鼻ちょうちんを出すという、その道の者が見れば百年に一人の逸材だと大手を振るって喜びそうな眠り方だ。
それが功を奏してか、紅魔館の威厳は大絶賛駄々漏れ中だ。
これを見た何も知らない者は美鈴を笑うだろう『何故あんな者が紅魔館の門番なのか』と。
だがそれは所詮何も知らない者の見方だ。
美鈴は、例え眠っていようとも能力が能力故、侵入者の気配くらいは分かる。
美鈴は門番、そう、彼女の第一目的は館への進入を防ぐこと。
いつでも万全の状態を維持する為、門前で休みを取るのは愚かだろうか?
いや、答えはノーだ。
常に気を張り、緊張で心身を張り巡らせていれば、誠意は伝わるだろう。
だが門番の仕事は誠意を伝えることではない。
そのような精神論で館の住民に迷惑をかけるほうが余程愚かであろう。
有るのは常に結果のみ。
過程は良かったが館の者は全てやられた、等という事態になったら特上の笑い話だ。
紅美鈴、彼女は昼行灯を演じ、仕事を確実に遂行する……まさに、門番の鏡である。
ただ一つ残念なことは、上記全てが美鈴の脳内での話であるところか。
「んふふ~……」
「え~っと、私侵入者なんですが起きてくれます?」
「ふ、ふおぉ!?」
そんな美鈴の二重の意味での夢は、ご丁寧に侵入者を名乗る者によって打ち砕かれた。
美鈴はとても門番とは思えない反応の遅さで、拳の構えをとった。
「な、な、な、な、何ですか貴方! 侵入者?」
「だからそう言ってるじゃないですか。止めなくても良いんですか? 明らかに職務怠慢で叱られると思うんですが」
「ああ……私の立場に立って考えてくれるなんて……良い人ね、貴方……ここに来る人間って言ったら私を倒してからじゃないと落ち着かないって感じの奴らばっかで……客人として招待されてる時も私を最大火力で伸してから入るんだから! 信じられる!? 寝てる時くらいコソ泥らしくコソコソ入って行けばいいのにね。それに……」
なんというか、表情豊かな人だと思った。
驚いたと思ったらすぐに感動され、そのまま愚痴に移った。
これではまるで百面相だ。
そういう妖怪なのかもしれない、と早苗は結論付けて、聞いてみた。
「まあお仕事の大変さは良く解りました。それは置いといて、私は館に侵入しようとしている悪い子です。貴方は実力行使で止めなくてはならない門番さんでしょう?」
「ふふ、貴方が良い子か悪い子かは私が決めるわ。この紅魔館に何の用?」
「そうですねぇ……悪い子ですから……この館のお嬢様を起こして喧嘩を売ろうと思ってます」
「それだけは駄目よ! そんなことしたらお嬢様に殺されるわよ。少なくとも……」
美鈴は好戦的な目つきに変わり、石製の門を砕いて、言った。
「私に楽に勝てるくらいで無いと」
美鈴が言うと同時、全速力で後方へ飛んで距離を離した。
「何か門番らしからぬ台詞ですね。そんなにご主人の情報を喋っても良いんですか?」
「いいのよ。お嬢様暇人だけど面倒くさがりだから、私を通して暇を潰せる相手を見つけるのよ。だから私は門番にあって門番にあらず! って所ね」
「門番らしくないと思ってましたがとうとう肯定しちゃいましたね。じゃ、行きますよ」
早苗の言葉が合図となり、双方共に弾幕を展開する。
美鈴はその名に相応しい虹色の弾幕を、早苗は自らの美的価値観を表す星の弾幕を。
「ッ……!」
声にならない声を出したのは、早苗だった。
その美しさに息を呑んだ訳では無い。
弾を避けたと思ったら、すぐ目の前に、狙い済ましたように弾が接近している。
弾が自分の身を掠めて血が噴出したかと思って一瞬気を取られると、直ぐ目の前に弾が迫っていた。
(対処……しきれない!)
さて、虹色の弾幕の赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のどの弾に当たるだろうか?
答えは赤だ。
当たったら弾は血に染まるのだから。
対照的に美鈴は涼しい顔で避けていた。
星が現れたと思うと、それが割れて美鈴に襲い掛かる。
だが何のことは無い、弾は一個一個こそ大きいが、それがまとまっている為実質的な密度はそう大きくない。
冷静に、全体を見渡せば避けることが難しい訳ではない。
(……経験不足、ね)
美鈴は必死に避ける早苗を見てそれを悟った。
もっとも、そこにつけ込んで勝負を終わらせるようなことはしない。
自分が楽しみたいと言うのも有るが、自らの主の暇を……いや、いずれ対等にすらなるであろう才能をここで終わらせるのは惜しいと思ったからだ。
寧ろ、開花を促すのも面白いかもしれない――そんなことを考えながら、美鈴は一旦、華の弾幕を止ませた。
もちろん、そんな美鈴の思惑を早苗は解らない。
右に避ければ目の前に弾が、左に避けても目の前に弾がある。
早苗はすでにパニック状態に陥っており、いつの間にか回避方向は右一辺倒になり、とうとう逃げ場が無くなった時、突如弾幕が止んだ。
被弾した?――違う、美鈴は未だ早苗の弾を避けている。
「嘗めてるの……!」
小さく、呟く様に言った言葉と同時に攻撃も瞬間的な怒りに任せて強くした。
だが美鈴の耳はその呟きも拾い、少し苦笑しながら、大声で返した。
「力入り過ぎよー! もっと気楽に全体を見渡した方が良いわー! 私の動きを見てなさーい!」
早苗の感情とは裏腹に、気軽過ぎる声だった。
どことなく変な魅力を感じる美鈴の声に、笑みを堪えられなくて、言われた通り美鈴の動きに目を向けた。
「よっ!」
星が描かれ、展開する。
弾速は遅いが、ゆったりと、少しづつ距離を詰めて行き、罠の様に獲物は逃げ場を無くす。
美鈴は弾の列と列の間を縫って回避、だがここまでは早苗にとっても想定内だ。
問題は次、避けたらまた目の前に弾が迫っている。目を向ける余裕も無いほどだろう。
これをどう避ける――と思ったが、美鈴はその弾も難無く避けた。
(どうして? 弾を見る余裕は無いはず……)
早苗は美鈴の視線に目を向ける。
またも美鈴に向かってゆったりと、重圧を与えながら弾が迫る。
美鈴が回避行動に移る直前、早苗は気付いた。
「そっか、避ける弾を見るんじゃなくて全体を見るんだ……」
美鈴は正解、とばかりに笑い、新たな弾幕を生成してきた。
それはまるで虹の雨。
風に揺られてふらふらとしている弾はまるで軌道が読めそうに無い。
(落ち着け)
凛と澄んだ目が、迫り来る弾を一瞥する。
左から迫る弾は右に、右から迫る弾は左に、正面の弾は生まれたての鹿の様におぼつかない軌道で迫る。
(右、約三十。左は……二十五!)
その判断を元に、左へ身を寄せる。
ここならば、死角から弾が来ることは無い。
一つ、二つ、三つ、四つ……自分に当たる弾は? 移動した位置で当たる弾は?
ルートをインプットする。
左へ体を半回転、一瞬、前方の弾が通り過ぎるまでそこで停止した後、横殴りに迫る弾を避ける為前方へ、左から弾が迫っているが、当たらない。
何故か? 風が強くなっているから。
「出来た……」
言葉にした瞬間、脳内が何かに満たされた。
それが合図になったかの様に、早苗の体に電流が走った。
今は心臓の音のみが聞こえる。脳も極上に興奮しているが、思考はクリアだ。
(ただ単に避けることがこんなに面白いなんて……)
だが早苗は感動に打ち震える体をそのままに、美鈴に目を向けた。
恐らく、第二波が来るだろう。
「うえぇ~、流石にアドバイス一つで避けられちゃったらショック大きいわね……。次はもっと強くするわよー!」
「どうぞ――」
――無駄ですから。
そんな声が出そうになるのを、早苗は必死に堪えた。
目も、口も、にやけるのを押さえられそうに無い。
きっと今の自分は物凄くだらしない、それでいて興奮した良く解らない表情だろうな、と思った。
またも、美鈴の弾幕が迫る。
それは、先程の二倍? 三倍? どうでもいい。無駄なのだから。
「風よ!」
「!?」
手を上げ、早苗が叫んだ瞬間、美鈴の弾は早苗をつつむかの様に、不自然な軌道を描いて後ろへ逸れて行った。
美鈴の弾幕は、風の軌道に乗っているおかげで先を読みづらいものになっているのだ。
その弾幕は無風の様な空でも、微かな風を感じ、それに身を任せている。
早苗の創った風の防護壁に抗えないのは、自明の理だった。
「まだ、そのスペルで来ますか? お互い疲れるだけだと思いますが」
「いえいえ、もう結構よ。貴方の力量は十分解ったわ。ようこそ、紅魔館へ」
「う~ん、何か貴方を見てたら自分の中の門番像が音を立てて崩れて行くんですが……」
「他の侵入者に備える為に常に余裕を持つのは門番にとってとても大切なことよ。さ、あんま話してたらサボってると思われるからとっとと行った行った」
私が侵入したら本末転倒じゃないか、そもそもそっちの方がサボってると思われるんじゃないか等の様々な思考が頭の中を廻ったが、折角中に入れるんだからということで早苗は黙っていることにした。
「では、心遣いに甘えさせていただきます。お邪魔します」
「頑張ってね~、食卓に並んだりしない様にね~!」
内容とは裏腹に軽い口調で言ったのが、逆に早苗には恐怖だった。
早苗が見えなくなってから美鈴はふぅ、と息をつき、遥か彼方の空に目を向けて参った様に言った。
「今度は天狗かぁ……もー、皆今の子みたいな性格だったら良いのに……」
あの天狗は苦手なのよねぇ……と呟き、美鈴は休む間も無く再び構えを取った。
今度は主の暇潰しに付き合いそうな相手ではない。だから早々にお帰り頂いた方が良いのだろう。
――――
初めて紅魔館に入った早苗のそれに対する印象は、『不気味』の一言に集約された。
まず紅い。終わりの見えない廊下の壁も、時折目に入るドアも、そして下に敷かれている絨毯までもが真っ紅だった。例外を挙げれば蝋の火が微かに蒼い事か。
次に、明らかに広すぎるのだ。いや、確かに外から見た時も城を髣髴させる外観と大きさだったが、内部はそれ以上に広い。まるで館の全てが廊下ではないかと邪推してしまう程に。
理由は解らないが人っ子一人いない、どこまで進んでも変わらない光景を見て、早苗はとうとう口を滑らせてしまった。
「悪趣味だなぁ……」
突如、ナイフが早苗の目の前に、それも大量に現れた。
心臓が高まる時間さえなく、それは迫ってくる。
一瞬の出来事に早苗は動揺して動けなかった。
それが幸いしたのか、ナイフは早苗に当たる事無くそのまま過ぎ去り消えた。
「な、な、な、な、な……」
「あら、よく当たらないって解ったわね」
「いきなり何するんですかぁ!」
「他人の館に勝手に侵入しといて挙句の果てに悪趣味とか言ってる輩には当然の対処だと思うわ。というか美鈴……門番は何をやってたのよ」
「か、勝手じゃありませんよぅ。ちゃんと門番の人に通して貰いました。お嬢様の暇潰しになるとかで……あ、本人は門番じゃないみたいな事言ってましたけど」
「私の仕事が増える事はお構い無しなのね、あの子は。後でお仕置きね」
淡々と言ってのける咲夜が先の事と相まってまたも恐怖だった。
目は多少潤んできており、一秒毎に恐怖が増している様にも見られた。
「という訳で、今回は警告で済ませといてあげるわ。私も仕事が忙しいの。とっとと帰ってね」
その言葉一つだけ放って、咲夜は早苗に背を向けて歩き出した。
だが早苗は未だ茫然自失としていた。
突如向けられたのが弾幕ならまだ恐怖は少ない。
それこそ喧嘩を売る啖呵の一つくらいは切る余裕があるだろう。
だが向けられたのはナイフだった。
ナイフが便利な道具だというのは知識の内にはあるが、それ以上に根本には殺人の道具という意識が根付いていた。
幻想郷ではただの弾幕の一種だとしても、外界では毎日の様にそれによる殺人が繰り広げられているのだ。
自分もその犠牲者の中に入るのか、と意識した瞬間。体が凍った様に動かないのに、足だけはがくがくと震え始めた。
(そ、そうよ……別に無理に紅魔館にこだわる必要なんて無いじゃない……文さんに教えて貰って永遠亭に行ってからでも……)
そう思い、早苗も咲夜に背を向けようと思った瞬間、霊夢の言葉が頭をよぎった。
――ま、そうよねえ。それにしては弱すぎるし――
……惑わされるな。
目の前の女性は一歩ずつ早苗から遠ざかって行く。
少しずつ恐怖は和らいでいくが、彼女との距離はまるで――
――もう、鬱陶しいわね。臆病者の雑魚は這い蹲ってなさい――
苛立たしい。
解らない。解らないが、ここで帰ったら駄目だ。解らないけど、駄目だ。
まだ足は震えていた。
歩く事はおろか、もしかしたら立っている事も出来ないかもしれない。
それでも、歩いた。
手を前に差し出す。それも震えていた。
震えている右手を震えている左手で抑えて、弾を発射し、叫んだ。
「待てっ!」
弾は咲夜の顔の横をすり抜け、そのまま消えていった。
少し驚いた顔をした咲夜だったが、直ぐに何時も通りの瀟洒の名を冠する表情に戻ると、嘲笑うかのように言った。
「そんなへっぴり腰で……私に喧嘩を売ろうと言うの?」
「そのつもりです。貴方は通過点に過ぎません。実力で負けていようとも勝ちます。何が何でも勝ちます」
震えは消えていた。相手を挑発する余裕さえ生まれている。
「まぁ……そこまで言うなら受けて立つわ。貴方がお嬢様に会う資格があるかどうか、試してあげる」
が、やはりナイフを見ると怯んでしまった。
指と指の間一つ一つに、螺旋を描く様にナイフが挟まれていた。
光の入らない世界で、それらが互いに共鳴しているかの様に爛々としていた。
「じゃ、早速行くわよ。死なないでね。後味悪いし」
それが合図となって、ナイフが放たれた。
前後左右、三百六十度に展開し、互いにぶつかり合いながら、肉を抉り館を紅に染めんとして少しづつ、だが高速で距離を詰めてくる。
顔の前を通り抜けたナイフから生々しい鉄の臭いがした。一体、何人の血を吸ってきたのだろうか……。
(怖い……!)
また、体が震えてきた。
弾幕の弾も、ナイフと同等に恐ろしい威力があることは頭では解っている。だが、猿が火を恐れる様に、本能的な感情が縛りついて離れなかった。
青いナイフが整然と咲夜の手から放たれ、その間を血を吸った様に紅いクナイが間を縫っていた。
攻撃に転じられなかった。五感、六感までも総動員でやっと避けられるのだ。
「あんまり、時間はかけたく無いのよね」
誰に言うまでも無く呟いた言葉。
その音が届くよりも速く、咲夜はスペルカードを切っていた。
突如、ナイフが消えて世界は静まり返る。だがそれは一瞬の事。先程よりも増幅された殺気が、体をビリビリと引き裂くようだった。
だが一瞬でも落ち着く時間が出来たのは早苗にとっては大分、助かった。
(来い……)
覚悟を決める様に、心の中で呟く。
それに反応するかの様に、咲夜は手から大量のクナイ弾が放ちながら移動し、空気までもが紅に満たされた。
紅いクナイ弾は舞台から退場しない。壁に当たろうと、床に当たろうと、止まる所か減速すらしない。血を吸うまでは納得しないと言う意思の表れの様に、反射しているのだ。
何故かは解らないが、クナイならまだ怖くは無い。馬鹿らしい仮定だが、もしかしたらナイフでの殺人はよく耳にしてもクナイでの殺人は耳にしないからかも知れない。
ナイフが来ない内に反撃に転じようと思い咲夜に目をやると、カードをそこに残しフッと咲夜の姿が消えた。同時に右目の端で場違いな青を捉えた。
本能的に全速力で体を左へ傾けていた。先程まで早苗が居た場所にはナイフが殺到しており、運良く避けた先でクナイに当たることは無かったが、所詮はその場限りの回避法だった。
早苗が大きく動いている間に咲夜はクナイをばら撒き始めた。これぞ咲夜のスペル、幻惑ミスディレクションの真骨頂だ。
避ければ避ける程傷口は広がってゆく。クナイは先程の一列に纏まった姿が夢であるかの様に、夥しい数で大きく散らばっていた。
隙間は――見つける方が難しい。正に蜘蛛の糸の様に細い。
「か、風よっ!」
一か八か――とばかりに、自分の周りに風を発生させた。
いや、風と言うにはいささか語弊がある。これは最早暴風だ。誰が見ても、長く続かない事は明らかだった。
早苗は焦っていた――が、この場での判断は幸運にも最善のものだった。
早苗に近づくクナイは軽々と、葉の様に天へ舞っていく。天井に当たる音すら無く、それらは両者の視界から消えた。
(相性が悪い……効きそうに無いわね)
意図した事では無かったが、これは咲夜に精神的なダメージを与えた。
クナイが無駄弾となるなら、このスペルの完全敗北を認めざるを得なかった。
それでも咲夜は動じない。一瞬だけ微かに動じた自分は既に排除した。
焦っているのは自分ではなく相手だと言う事は強く咲夜の頭の中にあったので、何時も通りの余裕を保てた。
(確実に勝つなら持久戦ね。あんな暴風がいつまでも続くはずが無い。でも……)
咲夜は、あくまで冷静だった。だがそれは戦術に関しての話だ。
(生憎あんな堂々とスペル破られちゃ……こっちも黙ってられないのよね)
そして静かに言い放つ。相手を泥沼に嵌める言の葉を。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
聞こえているかどうかは怪しい。未だ轟々と風が吹き荒れているのだから。
それでも咲夜はカードを取り出し、続ける。
「私は咲夜。十六夜咲夜」
早苗の目が咲夜へ向いた。
対照的に咲夜は目を閉じた。
「職業は、メイド長兼――」
咲夜が、消えた。手に挟んでいたカード一枚のみを残して。
早苗の目は一瞬、カードを捉えた後に何処を捉えて良いのか解らずに、右往左往としていた。
「――奇術師よ」
――背後から、声がした。
全身から汗が吹き出て、自分の首にナイフが刺さっている光景が浮かんだ。
考えるよりも早く、前へ全力で飛んだ。一瞬だけ、肩越しに後ろを見ると、ナイフを持った咲夜が追いかけてきている。
「へぇ、良く反応できたわね! さっきのスペルで瞬間移動して見せたからかしら! それでもあんな反応が出来るのは相当な事だけど!」
「そういう能力を持った人は大体背後に行きたがるんですよ!」
「参考にさせてもらうわ!」
体力的にあまり長い時間逃げられそうに無い。それに相手からすれば直線的に逃げる獲物の方が狙いを定め易いだろう。
その考えの下に振り向くと――カードが一枚だけ、舞っていた。
「もう……引っかかりませんよ!」
体を回転。勢いそのままに特別製の御幣を思いっきり相手の体に叩き付けた……筈だった。
鈍い打撃音は無かった。その変わり、ペチッというえらく拍子抜けする緊張感の無い音が響いた。御幣が当たったのは……カードだった。
「言ったわよ。参考にさせてもらう……って!」
背後――今の一枚はフェイントだったのだ。
逃げる時間も無い。御幣でナイフを弾く時間も無い。まるで時間は全て相手に持っていかれたかの様に、動くことが出来なかった。
ナイフが、肩に刺さった。血が噴水の様に吹き出て、ナイフの臭いと混じった、血の、鉄の、いのちの、においがした。耳はナイフの哄笑を聞いた。殺人者の、歓喜の笑い。
「い、いやあああぁぁあぁぁ!」
肩に手をやった。
そこには無機質な鉄の塊は無く、ただドロッと血が出ているだけだ。
想像している程大きな傷では無い。ただ斬られただけの様だが、一度着いたイメージを払拭する事は出来なかった。
刺さった……刺さった刺さった! 痛い……痛い!
体は本能的に、二度目の斬撃を受ける事を避け、弾幕を目暗ましに、相手と距離をとった。
そして振り向いた時……相手の背後にあるものを見た。
「痛そうね。お嬢様に会う事を諦めるのなら、別に手当てくらいはしたげるわよ? 運良く傷は深くないみたいだしね」
それは嘘偽りの無い本当の事だろう。
この状況を見て油断したのか、顔つきは先程より大分優しくなっていた。
普通ならありがたくそれを受けるが……生憎今の私は勝機を見出した喜びで痛みをあまり感じていなかった。
「……遠慮しておきます。私を手当てしたいのなら、気絶させるか殺すかでもして勝負がついてからにして下さい」
まだだ……まだその時じゃない……。
「そう、残念ね。じゃ、勝負をつけさせてもらうわ。なるべく死なないで欲しいけど」
相手の手にナイフが握られる。
いつ回収したのか、私の血がついたであろうナイフが爛々としていた。
だが……もうちょっとだ……。
「……所で、この館は天井から壁からえらく広いですけどどういう仕組みなんですか? 明らかに外から見た時より広いですよ」
「それは私の能力よ。空間を操る能力。ついでに教えといてあげればさっきのテレポートもそれを応用したものよ。……あんまり長いこと話してて、出血多量で死なれるのも間抜けだろうから、そろそろ終わらせてあげるわ」
ナイフが放たれた。
……しまった、これは予想してなかった。
しかし、時は来た。気絶するくらい頑張らないと防げないかもしれない。
左手は肩を抑え、右手を挙げて風を起こそうとするが……情けない事に意識が朦朧としてきた。
「無理も無いわ。あんな暴風起こした上に慣れない出血なんかするから……」
「自分の能力が自分を殺す……笑いものですね……」
「全くね。自分と相手の能力をちゃんと把握してないからそんなことになるのよ」
「貴方の……事ですよっ!」
風を起こした。
だがそれは自分を守る防護風ではなく、咲夜から自分にかけての、突風。
当然、咲夜から放たれたナイフは加速する……だがそれ以上に大量のクナイが咲夜に向けて加速する!
「クナイ!? まさか、これを……」
「天井、高くしすぎましたね!」
クナイはナイフ以上に加速している。
クナイと咲夜の距離はナイフと私の距離以上に長かったが、どちらも相手を捕らえるのは同じくらいの時間になりそうだ。
……さあ、そろそろ目の前の魚群の様なナイフをかわさなければならない。
右に目をやるが、逃げ場は無い。左にも目をやるがやはり逃げられそうに無い。その上風ももう起こせない。だが……正面。正面は、この位置に居てもナイフは一本しか来ない。
ならば選択肢はただ一つ……叩き落すしかない。
視界を狭める。当たらない有象無象のナイフは全て消えた。
目に映るのは正面のナイフ一本。右手に力を込め御幣を握る。肩から出る血が少し多くなったが気にしない。
だが力を込めれば込める程、恐怖で手が震え、汗と、肩から垂れ下がった血で今にも御幣がずり落ちそうだった。
それでもお構い無しにナイフが迫る。
間合いにナイフが入った時、御幣を握った右手を思いっきり振り下ろそうとしたが、まるで別の生き物の様に右腕は言うことを聞いてくれなかった。
(まだ……怖いの!?)
右腕は全く言う事を聞こうとせず、ただ震えるだけだった。
それが伝染病の様に頭、左腕、右足、左足と移っていって今にも腰が抜けてしまいそうだった。
(霊夢……!)
何故か突如として霊夢の顔が頭に浮かんだ。
(そうだ、私は霊夢に勝たなければならないんだ)
それを最終目標として思い出した今、右腕の震えが止まった。
だが他の部位は依然、全く言う事を聞かないので、右手の御幣で出血した部分を思いっきり――
「ぅあッ……!」
叩いた。
何をする、という右肩の抗議のつもりか、出血量が更に増えた。
だが、震えは止まり、もう、何が怖かったのかも解らなくなっていた。
「はぁっ!」
そして手首を返して、そのままナイフを叩き落した。
計算通り、左右のナイフは流れて行き、前に目をやると咲夜が倒れていた。
勝ったと思う前に、自然と咲夜の方へ駆け出していた。
「大丈夫ですか!?」
「う~ん、まあ大丈夫だけど……こぶが出来たわ……」
「は? こぶ?」
「ええ、クナイが頭に一発、ゴチーンと当たってね。それでちょっとクラクラしたのよ」
「は、はは……」
心配しすぎた。
よく考えれば、そもそもクナイの全部が全部咲夜に刃を向ける筈が無い。寧ろそっちの可能性の方が低いだろう。
「と言うか貴方は大丈夫なの? まあ一応手当てはしといたけど」
「あー! そうだ、ば、ばばば、絆創膏を!」
「いやだから手当てしたって。それにその傷は絆創膏じゃ無理でしょう」
「そ、そうでした」
恥ずかしい。少し反省。
「まあ傷は手当したから大丈夫とは言え、貴方体調おかしくない? 来た時から思ってたけどいつもより声が変よ」
「いつもよりって……初対面なんですが」
「あら、そうだったかしら?」
そう言いながら、咲夜は軽く首を傾けた。
もしかして割と天然なのではないかと思った。
「ま、とりあえず勝負は貴方の勝ちよ。お嬢様に喧嘩売るなり従者に志願するなりすれば良いわ」
「いや、これ以上仕える相手を増やしたくありません」
「冗談よ。う~んでも何で負けちゃったかなあ。ジャックからエースまで使ったのに」
ほら、と言いながらいつの間にか四枚のカード……ジャック、クイーン、キング、エースを咲夜が私に見せた。
「もしかして瞬間移動の時のカードですか?」
「そうよ。強ければ強い程、精度と速さが上がるの。今日は神懸りな引きだったのに、負けたのよねえ」
なんだ、そんな事なら簡単だ。
「まあ私は一応神ですしね。それと」
「それと、何かしら?」
「私が勝ちたいのは、ジョーカーですから」
咲夜は一瞬ポカンとしていたが、直ぐに笑みを浮かべて「頑張りなさい」と言った。
私は「ええ」と返事をして、その場を後にした。
――――
咲夜と別れてから暫く、一人で飛んでいて、途中でお嬢様――レミリアの部屋を聞くのを忘れていたのを後悔したが、数分もしたらその考えは吹き飛んだ。
目の前に無駄に紅い装飾が施された巨大で豪奢な扉があったからだ。
礼儀として一応ノックはしておいた。今まで聞いた評判からして恐らくまだ寝「どうぞ」……扉を開けた。
中に入るとやはり予想通り、紅一色に彩られた部屋が目に入り、アクセントか目立つ為か解らないが、銀製の机とその付属品であろう背丈に見合わない大きな椅子に座った少女が口を開いた。
「ようこそ、東風谷……早苗というのね」
実はレミリアだけは、文さんから手渡された手帖でその容姿と能力は把握していた。
運命操作の力。恐らく名前もそれを使って知ったのだろう。名の割りに少々せせこましい使い方だと思うが。そして、唯一私がレミリアの詳細に目を通したのももしかしたらその能力の為かもしれない。
その仮説を裏付けるかの様に、レミリアは続ける。
「貴方の目的はどうであれ、私の暇を潰してくれるのはありがたいけど、ね」
言葉を途中で切って、レミリアはカップを手に持ちそのままそのまま口へ運んだ。
机に置くと同時にカップはものの見事に消え去っていた。
レミリアは机を飛び越え、少し高い目線から威圧するように言い放つ。
「今日のところは帰りなさい。今の貴方じゃ毎日のティータイム程度にも暇を潰せないわ」
「何故です?」
思わず聞き返す。
多少語気が荒くなってしまったが、実際には何故かそれほど怒りが湧いて来なかった。
そんな心情を知ってか知らずか、レミリアは淡々と言った。
「貴方の特性に体が追いついて来て無いのよ。今は自覚無いでしょうけど、このままドンパチやってたら貴方直ぐにぶっ倒れるわよ。そんな奴相手にしても虚しいだけだし」
「特性……ですか?」
「そう、貴方と霊夢の特性。信仰を力とし、力を信仰とする。それが循環し、器の許す限り無限に成長する」
「……よく、解りません。ちょっと抽象的過ぎます」
「あー、もう! 面倒ね。解んない事は天狗にでも聞きなさい。ドアの向こう側で出歯亀してるあの鴉天狗にでも、ね」
後ろに目をやると、「うっ……」っという声が漏れた。……文さん。
「……それは解りました。でも、帰るわけにはいきません」
「何故かしら?」
「今日は連戦してきて調子が良いからです。倒れるとは思えませんし、寧ろ今日ほど暇を潰せると時は無いと思いますよ」
レミリアはわざとらしい大きなため息をついて、言った。
「それが自覚無いっつってんのよ。貴方の調子が良いと感じるのも倒れない様に体が無理矢理にテンション上げてるからよ。私に従う事が、最善の運命である事を知りなさい」
「私にとっての最善の運命は、貴方に勝って帰る事です。そうなるように……運命を変えてみせます」
場の雰囲気が変わった。
地は揺れ、ドアからはピシッと言うひびの入るような音がした。
「運命を変えてみせる……ですって? 適当な事をほざくな小娘。運命を変えられる等と本気で信じているのは愚かな人間だけだ。運命を変える等……それこそ奇跡を起こす外に無い」
「奇跡を起こすのは私の専門です。貴方が運命を信じている様に、私も奇跡を信じています」
「風が吹けども運命は変わらない。雨が降れども運命は変わらない。お前の奇跡の基準は所詮外での話。幻想郷ではお前程度の事は誰だって出来る」
「……取り消してください。それに風が吹けば、と言うことわざがあるでしょう。貴方の運命とやらも、所詮私の風一つでコロッと変わってしまう程度の矮小なものなのではないですか?」
「……どうやら、やられないと解らないみたいね」
レミリアの目がキュッと細まる。
更に口角が下がり、人間のそれと同一とはとても思い難い吸血鬼特有の犬歯が現れた。
スペルカードを取り出し、辺りに紅い、だが不可視のオーラが溢れる。それが全て右手と左手に集約された。
「紅符」
言葉と共に、右手が振るわれる。
それは余りに暴力的な支配者の一振り。
銀製の机も、椅子も、無残に淘汰され、後に残るは紅ばかり。
私も例外では無い。
足が、動かないから。
空を、飛べないから。
怖い訳でもないのに。
道が解らない訳でもないのに。
動けなかった。
動かなかった。
妙に冴えた頭に反して、体は全く動かなかった。
きもちわるい。
声を大にして叫びたいが声が出ない。
一瞬で枯らす位の涙を流したいがそれも出来ない。
『ここ』から『あそこ』までの変えられない一本道。解っていながら不正解を選ぶピエロを演じるもどかしさ。
変えられるのはこの永遠の如く永い須臾を過ごすと言う作業を終えてから。
なんてもどかしい。なんて待ち遠しい。なんて焦れったい。なんて歯痒い。なんて苛立たしい。
――こんな隔靴掻痒な運命だと言うのなら、誰かに私ごと壊して欲しい。
願いを聞き入れるかの様に、紅弾が私の意識を壊した。
――――
「……て……さ……い」
「ん……ん~……」
「起きてください!」
「んん……おひてましゅよぅ~。あと五分……」
「……目を覚ましたみたいですね。寝惚けてるけど」
「……あれ? 文さん」
目を覚ますと、木製の天井を背景に文さんの顔が見えた。
「目覚めの挨拶はおはようかこんにちはのどちらが好みですか?」
「今は昼の様ですのでこんにちは」
「よろしい」
「……文さんが紅魔館からここまで運んでくれたんですね。ありがとうございます」
「いえいえ、礼には及びませんよ。ネタが入手できましたし」
「あー! そういえば何で黙って着いてきたりしたんですか!」
「報道の目が向いているとなったら自然な振る舞いが出来ないじゃないですか。それに着いていったお陰で貴方は今ここに居るんですよ?」
「う……それはそうですけど……」
「それともあの館で血を吸われる方がお好みでしたか?」
「いえ、そんなことはないです」
「でしょう? 感謝されても、非難される謂れはありません。言うなれば私は命の恩人ですよ」
誇らしげに胸を張る文さんだったが、なんだか釈然としなかった。
「まあそんな事はどうでも良いんですが、体調はいかがですか?」
立ち上がって体を捻ってみるが、何処にも支障があるとは思えなかった。
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、ちょっと頼み事を聞いてくれませんか? 直ぐ終わりますんで」
珍しく、文さんが真剣な目をしていた。
それにつられたのか寝起きだからか、内容を聞く事無く直ぐに返事をしてしまった。
「私で良ければ」
「そうですか。じゃあちょっと外に出ましょう」
私は文さんに着いて行く途中に気が付いたが、ここは文さんの家ではなく唯の小屋のようだ。
生活用品等は無く、テーブルの上に日記の様な物と場違いな万年筆がその横にポツンと佇んでいるだけだった。
丁寧に並べられた自分の靴を履き、外に出て十メートル程度歩いた所で文さんは足を止めて言った。
「さて、ここで今から貴方を吹き飛ばしたいと思います」
はい?
「貴方の神社まで軽くすっ飛ぶ位の威力で行きますんで、飛ばされたくなかったら風起こして防いでくださいね~」
「いやいや! 笑顔でそんな怖い事言わないでくださいよ。いきなりなんですか!? 何か恨み買うようなことしました!?」
「いえいえ、ただの実験です。それじゃ頑張って下さいね。下手したら服だけすっ飛ぶなんて事態になるかも知れませんよ」
「それはもっと嫌ぁぁぁ!」
「さ~ん、に~、い~ち、豪!」
突風が吹いた。直前に発生させておいた風が私を優しく包み込んだ。
文さんにより発生したそれは、葉を、草を、木を、地を音を天を裂き、おまけとばかりに生じた摩擦で赤く燃え上がった。
とても吹き飛ぶ程度で済むとは思えないが、私の起こした風に触れた瞬間、燃え上がった炎は消え失せ、春一番の様にビュオッと私を通り抜けていった。
風が止むと同時に文さんが駆け寄ってきて、口に手をやりながら言った。
「やっぱり……」
「な~に~がやっぱりですか……吹き飛ぶどころか危うく死ぬところでしたよ」
「しかし余りにも早すぎる……全て演技……? いや、違うわね……そもそも潜在的な雰囲気は……」
文さんはブツブツと独り言を続けるままで、少し怖かった。
ずっとそれを見ている訳にもいかないのでとりあえず玄関に置いてあった御幣を手に取り文さんの頭を思いっきり
「へぃぁっ!?」
叩いた。
「な、何をするんですか! 人が考えている時に!」
「考える前にあの突風について説明してくれますか?」
「そ、そうですね。その前に確認したい事があります」
「……どうぞ」
「貴方……少し強くなりすぎてませんか?」
「えっ?」
突然の言葉に面を食らった。
まだ半日と経っていないのに強く、それも過剰にと言われたら、そうなっても可笑しくないと思う。
「そう……ですか? 私としてはあんまり変わってない気がするんですけど」
「いえ、変わっています。幻想郷に来たばかりの貴方が、あの門番の時のような風の使い方が出来るでしょうか? いや、出来ませんね」
反論、できなかった。
その頃は精々直線的な、しかも突風程度の威力しか起こせなかった。
「いえ、そこまでならまだ現実的なレベルで済むかもしれません。もしかしたら貴方が修行を積んでいた可能性もありますから。問題は次の十六夜咲夜との戦いの時です」
十六夜咲夜……彼女との戦いは思い出したくも無い。
脳の映像と右肩の傷が繋がっているかのようにじゅくじゅくと痛んだ。
「あの全てを巻き込むかのような暴風。たった一戦で、化け物染みた威力になっています」
「でも……あれ位なら天狗の人たちなら出来るんじゃないんですか?」
「馬鹿を言わないで下さい。殺意を込めて投げられた大量のクナイを、それも重力に逆らって巻き上げることなど、私の記憶の限りでは両の手で数える程度にしか存在しません」
「……言いたい事は解りました。今思い出しましたけど……レミリアが特性だとか何だとか言っていたのと何か関係が有るんですか?」
「大有りです。それに関連して一つお聞きしますが、神が力を持つには基本的にどうすれば良いと思いますか?」
「信仰、ですね?」
「ええ。神は信仰有ってのもの。信仰無き神は力どころかいつしか人々に忘れ去られて消えてしまう」
「それが、私となんの関係が?」
「失念してませんか? 貴方も一応神の内なのですよ」
「私……が?」
唐突の宣告に面を食らった。それから少し間を置いて言った。
「確かに私は現人神と言われていますが……あくまでそれは建前で、普通の人間とは変わりませんよ?」
「いえ、貴方は確実に神です。言葉を借りるならば、信仰を力とし、力を信仰とする天壌創造の者が一つ」
「つまり……私への信仰が私自身を強くしたと言うんですか?」
「その通りです。一応、それでも神社の二柱程ではありませんが、貴方も山の妖怪から信仰されてるんですよ」
「……私が信仰によって強くなったと言うのは解りました。しかしそれだと八坂様と洩矢様の方が私よりももっと強くなられる筈です」
「それに関しては簡単。二つ理由があります。一つ目は、幻想郷に来る前からあの御二方は高い信仰を得ていました。しかし貴方は、聞くところ能力を隠していたせいで碌に信仰を得られていません。元々の信仰が少ない者の方が伸び代が大きいのは当然の理です」
「もう一つは?」
「もう一つは……貴方が強くありたいと願ったからです。理由は存じませんが貴方は霊夢に対して並々ならぬ執着を持っています。恐らく強くありたいという意思に、溜まっていた信仰が呼応したのでしょう。もし別の事を願っていたら別の結果になったかもしれませんが」
「……私、いきなり過ぎて受け止められそうにありません。私には分不相応な力のようにも思えます」
「逆ですよ。寧ろ貴方本来の姿に近づいてきています。今までの貴方は弱すぎた。それこそ幻想郷のパワーバランスを担う者の従者である、十六夜咲夜や魂魄妖夢などとは勝負にならない位に、ね」
何も言えなかった。
私が弱いのは、周りを見るたびに感じていたから。
「ですがやっと貴方も彼女たちに肩を並べる強さになったと言って良いでしょう。恥じる事はありません。メイドが時間を操る様に、天狗が風を起こす様に、貴方のそれは、立派な能力なのですから」
一瞬、静寂に包まれた。
どこから来たのか解らない冷たい風が、ざあっと髪を揺らした。
だが私は心臓の鼓動により体はじわじわと熱くなりやがてぐつぐつと煮えたぎる様な興奮に変わった。
「文さん、私」
「ええ、行くなら今この時です。人生の先輩として言える事は、何事も冷めると面白さが消え失せていくものです。今この瞬間にやりたい事をしなければあっという間に老けかえってしまいます」
「はい」
今日は、冬だと言うのに暑い日だ。
冬の風も冷たい雨も、今の私を冷ますことは出来ないだろう。
この火に炙られた様な暑さを冷めさせる事が出来るのはただ一人だけだ。
「文さん、早速行って来ますけど……取材をしたいなら遅れないように着いて来て下さいね」
「……大きく出ましたね。私が貴方に速さで負けるとも?」
「いえ、速さでは勝てないでしょう。ですが今の私なら文さんより早く博麗神社に辿り着けます」
「なるほど、妨害しながら競争する訳ですか。それなら……まだ貴方にも勝ち目はありますね」
「それじゃ、私が石を上に投げますんで地面に落ちた瞬間スタートという事で」
「解りました」
ちょうど手のひらに収まる程度の少し大きな石を拾い、それを思いっきり上に放り投げた。
チラッと横を見ると文さんは真剣な目つきで上空を見ていた。
その視点が上がっていったと思っていると下がり始め、それに伴うように姿勢が低くなり始めた。
あわや地に顔が付くのではないかと思い始めた時に、ドスンと言う落下音が響いた。
それと同時、文さんはその音と共に音速のように過ぎ去っていった。
あっという間に文さんが見えなくなったのを確認して、私は言った。
「じゃ、私は先に神社に行ってますね」
残念ながら無駄な時間を過ごすつもり等毛頭無い。
そんな時間を過ごしていると、たとえ冷たい疾風が体を貫こうとも、間違いなく熱さで発狂してしまう。
出来るかどうかの「実証」は無い。だが……張りぼての過信ではない、確かな自信という「確証」がある。
目を瞑り頭に光景を思い浮かべる。今日初めて戦ったあのメイドを。いつも見ているあの方を。そして……こんなにも体を熱くする霊夢を!
ふわふわとした感覚が体を包み込み、次に目を開けた時、博麗神社に設置した分社が最初に目に入った――
――――
霊夢は神社の縁側で茶を啜っていた。
そろそろ日と夜が落ちる頃だろうと思い、晩飯の準備でもしようかと意気込んだが、分社に突然現れた気配を察知し、茶が冷めない事を祈りながら足を運んだ。
そこで目の前の人物を疑った。
「早苗?」
どう見ても、そうだろう。力のある妖怪が化けているようにも見えないし、そういう気配も無い。
だが明らかに纏う雰囲気は違っていた。それに霊夢の記憶の限りでは、早苗は分社へワープする技術を持っていなかった。
「何か用かしら?」
肩の出血が多少気になったが、急いでいるという雰囲気でもないし、ちゃんとした手当てもしてある様なので関係無いだろうという結論を下した。
先程から小刻みに震えながらも沈黙を貫いていた早苗が言葉を放った。
「貴方が暇だろうと思って。弾幕ごっこよ」
「いや、暇じゃないし。これから晩御飯の準備しないと……。そうだ、あんたも食べてく? 手伝ってもらうけど」
「そう言わずに、良いじゃないの。もし私に勝ったら晩御飯でも何でも作ってあげるわよ」
「私に勝ったらって……あんた物凄い弱いじゃないの。まあ良いけど、すきっぱらに位はしてよね」
「ええ、私の一戦で満腹にしてあげるわ」
霊夢は怪訝そうに早苗を見たが、どうせ戦えば解るだろうと思い、お払い棒を手に取って早苗と距離を広げた。
空を飛び、凍てつくほどの寒さに身を震わせながら早苗に目を向けた。その余裕の表情からは、寒さを感じているのかは怪しい。だが、その表情にはどこか悲哀と哀愁が混じっていた。
「さあ霊夢、神前試合を始めましょう」
それが、合図となる。
まずは霊夢が札と陰陽球そこらかしこに、駄々っ子の如く投げ散らかす。それと同時に自らもフッと姿を消した。
風を切って進む札は、しかし早苗を守る風までは切れなかった。
鈍重な陰陽球が威風堂々と早苗の元へ集うが、これを何の問題もなくさらっとかわした。
そして最後に姿を消した霊夢が後ろから――
「わかりやすいわね」
――蹴りを入れるがそれは造作も無くかわされた。
この一撃でさっさと決めると言う心算のあった霊夢は、早苗に背中を見せたまま、大きな隙を作っていた。
そこへ早苗が思いっきり星の弾幕を叩きつけた――筈だったが、霊夢に近づいた瞬間、吸い込まれるように消えてしまった。
早苗もまた、早くもこの一撃で決まると思い込んでいたので、霊夢の様に隙は作らずとも大きく驚愕した。
「もしかして今の結界? 弾幕を消すなんて何か卑怯に感じるわ」
「私もあんたの変わりっぷりが卑怯に感じるわ。ついこないだまで物凄いオロオロしてたのに」
「ほら、なんだっけ。何とか三日会わずば刮目して見よとか言うじゃない」
「あんた女でしょうに」
「ああ、男子だったっけ」
「何か締まらないなぁ……。気も乗らないし今日はやめない? わざわざ戦う理由なんて無いし」
霊夢のその声で、早苗の表情がずっと暗くなる。
霊夢は何かおかしな事を言ったかと思ったが、直ぐに早苗から返答が来た。
「戦う理由……どうだろ、解らないわ。でもやらないといけない気がするのよ。この良く解らないものが私にあの夢を見せるのかもね」
が、それは霊夢からすれば余りに理解に苦しむ返答だった。
少し苛立たしくなって来た霊夢は、語気を荒げて再返答を要求した。
「勝手に自己完結するんじゃないわよ。私にも解るように説明してよ」
「霊夢は……」
だがそれは無視されて、いよいよ霊夢はイラつきが増してきた。
「異変解決してる時、楽しかった?」
「ああ、もう! 解んないわよ、そんなこと! 私がもっと小さい頃から異変解決してたんだから!」
「小さい頃から……そう」
早苗は視線を下に落としたまま、微動だにしない。
延々と考え事をしている様で、やっと顔を上げたかと思うと、じっと霊夢を睨み、迷い無く言った。
「やっぱり、貴方とは分かり合えそうに無いわ。戦い、続けましょう」
その声と同時に、霊夢は距離を離し、早苗は弾幕を展開した。
展開した弾幕は、準備であり、神の召還。
視界が全て星で埋まる。赤と青の支配する、星の世界。
この大量の弾さえも、後の大奇跡のための、伏線。
――サモンタケミナカタ――
「くっ……」
霊夢は避けながらひたすらに早苗への反撃するが、大量の弾幕のお陰で目に入ることすらない。
その上先程早苗の弾幕を完全に防いだ筈の簡易結界が、弾一発でひびが入るのだ。これでは使い物にならない。
(何なのよコイツ……この前より……いや、さっきより明らかに……)
強く、なっている。
それは疑いようの無い事実だった。
事実確認の為の思考。しかしその思考が皮肉にも――
「ぅあ゛!」
――隙を生み、左腕に弾が直撃した。重く、速い一撃が、辺りに血の臭いを撒き散らした。
それを目にした早苗は、喜ぶ事無く、淡々と言い放った。
「霊夢、その程度じゃないでしょ。私と戦った時はもっと強かったじゃない」
その声に、霊夢は弾幕を回避しながら答える。
「うる、くっ……っさいなぁ。大体、こっち、は戦いたい訳でも、ないし、異変、でもないの、よ」
「貴方には無くても、私には理由があるの。本気で戦ってくれないと、意味が無いわ」
「理由!? はっ、どうせ私に、負けて、悔しく、って、眠れない、とか、そん、な、理由……でしょう!」
挑発のが早苗に飛ぶ。
霊夢は何の気無しに言ったことだが、早苗の反応は挑発のそれを遥かに上回った。
「そんな……そんな軽いものじゃないわよっ!!」
その声に天、地、人全てが威圧される。しかしその叫びを引き出した霊夢は――怒ってはいるものの――至って冷静だった。
早苗は、先程以上に大きく、雷の如く叫んだ。
「外の世界で……必死に自分を殺して生きてきた私の気持ちが! 貴方に解る筈無いでしょう!?」
霊夢は俯いている。
言葉を全く発する事無く、弾を避ける事にのみ集中している。
「小さい頃に、友達と遊ぶどころか……作る時間さえ貰えないまま! 秘術を! 身に着けたのに! それを使うなですって!?」
霊夢はまだ、俯いたまま、しかしぼそぼそと誰にも聞こえない声を出している。
「ずっとずっと……我慢してきた! 八坂様を冒涜するような行為を行う輩の前でも、私はいい子にも秘術を使わなかった! 自分の為でもない、他人のためでもない、ましてや神の為でもない!! 私の術は、私は! 何の為に外の世界に居たのよ!?」
霊夢は何も答えない。
しかし纏う雰囲気は、先程までとは一転していた。
「そして幻想郷に来て! なんの我慢をしなくていいと思った矢先に! 貴方に負けたのよ!」
霊夢がやっと顔を上げて早苗を睨みつける。
やっと見えた早苗は、目から涙を止めようとする事も無く流し続けている姿だった。
「あんまりじゃないの……外でも内でも中途半端な……私は、私はぁ! いつまでピエロを演じればいいの!? 答えてよ! 博麗霊夢!!」
早苗の声に、霊夢はやっと口を開く。
「……さっきから聞いてれば、完全に逆恨みじゃないの。あんたの不幸自慢聞かされた所で、私はどうしようも無いし、どうもするつもりは無い」
静かに言い放つが、先程から明らかな怒気が霊夢を包み込んでいる。
いつ爆発してもおかしくはないが、早苗は遠慮なく言い放つ。
「そんなこと……解ってるわよ! こんな戦いに意味は無いし、私も満足できるとは思えない! でも、貴方に勝たないと……」
そこで、言葉が途切れる。
今頃になって早苗は必死で押し寄せる涙を拭っており、今までとは比べ物にならないくらい、か細く言った。
「……自分が……惨めでしかたが無いのよ……」
早苗はずっと目を拭っている。
目は痛々しく真っ赤に染まっているが、霊夢は何の気遣いも必要ない、とばかりに言った。
「……行くわよ、泣き虫」
その言葉に同情など全く無い。
元よりイラついていた事も関係して、霊夢の感情は完全に怒りで満たされた。
目の前の奴を思いっきり殴ってやらないと気が済まない――弾幕ではなく、殴らないと気が済みそうにないのだ。
思考が、異変解決の時のように切り替わる。今ならば蜘蛛の糸の隙間を縫いながら相手に必勝の一撃を与える事が出来る。
誰が呼んだか紅白の蝶という二つ名は、霊夢の戦闘スタイルをこの上なく的確に表していた。
そして霊夢の言葉に反抗するように、早苗の目から自然と涙が止まった。
真っ赤に染まった目は果たして本当に涙によるものか。早苗は紅い月を見上げながら、言った。
「良いわよ……そうこなくっちゃ……こっちも、準備は終わったわ」
不思議と、爽快な気分だった。外聞を気にせず思いっきり泣いたことなど、早苗にとってはこの上なく久しいことだった。
互いにスペルカードを取り出し、この勝負にかける気迫を相手に伝えるため、声を大にして思いっきり叫んだ。
「「大」」
声のタイミングは、奇しくも同じ。
声の大きさも、奇しくも同じ。
果ては頭の文字さえ、奇しくも同じ。
だが、それだけだ。
霊夢は自らの名を冠した弾幕の結界を。
早苗は自らの神の名を冠した神風を。
「結界」
「奇跡」
結界が広がる。
結界を抜けて風が吹く。
霊夢の時空が支配する。
支配されまいと風が押す。
完全な、拮抗だった。
スペルが発動する事無く、相殺しあっている。
(焦れったい!)
それはどちらの気持ちか、二人同時に、相手目掛けて飛んだ。
瞬きする間も無く、二人は互いの顔がやっと視界に入るくらいの距離へ来ていた。
「はぁっ!」
霊夢の拳が飛ぶ。
左の手の平に吸い込まれ、軋む。
早苗は拳ごと霊夢の体を吸い寄せ、体を思いっきり左へ捻り、蹴りを入れる。
霊夢の簡易結界が作動、早苗の蹴りによってそれは砕け散り、そのまま二人はそれぞれ逆方向に吹き飛んだ。
その状態のまま、霊夢はアミュレットを飛ばした。
それに気付いた早苗は、風を巻き上げ、アミュレットを空へ吹き飛ばした。
「そんな紙切れが、私に届くわけが無いでしょう!」
「上を見てから言いなさい!」
乗せられるままに、空に目をやる。
上空では、渦巻く風の中を大量のアミュレットが静止していた。
いや、正確には少しづつ、早苗に近づいていた。
「嘘……!」
「博麗アミュレットは敵を捉えるまで決して止まったりはしない。例え台風のような風に巻き込まれようとも」
「こんな……ものぉ!」
「っ!?」
アミュレットは、風の流れに従ってグルグルと廻り始めた。
轟々と鳴る風が指し示す事実はそう、風の勢いが強くなっているのだ。
(そんなっ!? 今まで加減していた!?)
いや、そういう風には見えない。
何より東風谷早苗は、そんな事が出来るほど器用な戦い方が出来る経験は持ち合わせていない。それは霊夢の、絶対的な勘が告げたことだ。
ならばただ一つしかないじゃないか。
(成長……してる……)
信じられない。
だが確かに、今この瞬間に、こちらの力量に呼応して強くなっているのだ。
霊夢は、またも俯き、早苗を見る事無く呟く。
「そんな……こと……」
早苗、その隙に霊夢の眼前に迫る。
しっかりと後方に引かれた右腕は、体の回転と共に思いっきり霊夢の体に突き刺さる――
「認めて……たまるかぁーっ!!」
――筈だった。
しかし気合一閃。早苗は吹き飛ばされる。
それでも起こした風は弱っていない。弱っていないが――風の勢いに軽々と逆らって、今にも自分を食らわんと襲い掛かってくる。
だがそれも早苗の意思に応えて再び強くなった風に吹き飛ばされる。
そしてそれも霊夢の意思に呼応して強くなるアミュレットが風に逆らい、それに対して風が強くなり、逆らい、強くなり……。
いつまでも同じ事象の繰り返しに人は耐える事が出来ない。
それを証明する様に霊夢が、そして早苗が言った。
「弱い! 弱いのよ、博麗アミュレット! 風を裂いてあいつの肉を抉り取れ!!」
「遅い! 遅いわ、信仰の器! 思いの全てを力に変えろ!!」
霊夢も早苗も理解した。
これは己の信仰と器を試す試合だ。
どちらが神に仕える者として相応しいか。
違う事無く、神前試合だった。
「っはは! その程度かしら、霊夢! 紅白の蝶の名が泣くわよ!」
「まだまだ余裕よ! あんたこそ、その程度のそよ風しか起こせないんじゃ風雨の神の……八坂の名が泣くわよ!」
「片手落ちの癖に余裕があるわね!」
「蝶に手は必要無いのよ! それに肩落ちに言われたくはないわ!」
早苗も霊夢も、笑う。
それは十余年程度しか生きていない小娘の笑みなどではなく、戦神のそれだった。
そして笑みを更に鋭くし、威圧などではなく、天が、地が切り裂かれん程の叫び声を上げた。
「風ごとあんたを貫いてやるわ、八坂の代弁者!」
「風にまかれて息絶えろ、紅白の蝶!」
アミュレットが近づく。
それに伴って風も強くなる。
今の二人は、一秒、一瞬毎に強くなっていた。
今や、霊夢のアミュレットは掠るだけで大木をなぎ倒す。
今や、早苗の風は大木すらも宙に浮かす。
それでも二人は流されない。
大木を切り裂くアミュレットが自らに殺気を向けようとも、眉一つ動かす事も無い。
大木を宙に浮かす風にまかれても、髪型一つ荒れる事は無い。
早苗は霊夢の元に飛ぶ。
霊夢も早苗の元に飛ぶ。
拳が肉を欲し、また肉が拳を欲しているのだ。
殴る為。
殴られる為。
貫く為。
貫かれる為。
吹き飛ばす為。
吹き飛ばされる為。
殺す為。
殺される為。
それら全ての為に、ひたすら無心で、引き寄せられた。
「裂けろ!!」
「吹き飛べ!!」
霊夢の右手が、早苗の右手が、互いの心臓目掛けて放たれた――その瞬間。
互いに忘れ去っていたスペルが、拮抗を破り、爆音を渦巻かせた。
スペルが、自らの術者の力に耐えられなくなって力を開放したのだ。
これにより大爆発が起こり二人とも――
「う……」
「あ……」
――気を失って地に伏した。
――――
「これは酷い」
それは、神社の惨憺たる様子を端的に表した文の言葉だった。
石段石は抉り取られており、神社の支柱がごっそりと折られている上、嫌がらせの様に役目の無い賽銭箱が大木によって見事に大破している。
文は先程からシャッターを回しながら、考え事をそのままブツブツと独り言にして出していた。
「巫女二人、神祭中に大喧嘩? いや……罰当たり巫女、ついに神の怒りに触れる……巫女、酒に飲まれて神社を破壊……ううん、悩むわ……」
目に入る景色全てを写真に収め終わった頃、やっと気付いたかのように大げさに言った。
「おおっと、博麗神社の巫女に最近幻想郷に来た巫女らしき人じゃないですか。駄目じゃないですか、こんなところで寝ていては風邪を引きますよ。仕方が無い、私が縁側まで運んで差し上げましょう」
勿論、誰も答えない。
早苗と霊夢を縁側に運び、自分を含めた写真を取った後、それを目に付きやすい場所に置いた後、呟く様に、しかし恩着せがましく言った。
「お礼? いえいえ、結構です。その代わりインタビューには答えて下さいね」
霊夢がもぞもぞと唸りながら動き始めた。
それを見て文はポケットからペンとメモを探す、が。
「ああーっ! メモとペン忘れたあああああぁぁぁ!」
言うが否や、文は疾風となり空へ消えた。
「んん……もう、騒がしわね……」
霊夢は体を起こすと、目に映る惨状に対して何度も何度も目をこすったり、もう一度眠って見たり、早苗の頭をお払い棒でガンガン叩いたりしてみたが、目の前の光景は何も変わらなかった。
そこで記憶がよみがえり、とりあえず早苗の肩を掴んで叫んだ。
「早苗ぇー! アホー! 今すぐ起きろぉ!!」
「ぅぅ……まだ七時くらいでしょう……もう少し寝させて下さい……」
「んな言葉は朝に言え!」
思いっきり早苗の頭を叩いた霊夢は、がっくりとうな垂れて下を見ると、苦しそうに呻いている二人を尻目に満面の笑みでピースを作っている文の写真があった。
そうか、よし、殺す。
「痛ったぁ~……」
「オーケー、覚悟しろ大罪人。この神社一つの価値も無いお前が! 死んで償え!」
「っつ! いきなり何をほんとすいませんでした」
起き上がり、境内の景色を見た瞬間の土下座だった。
ため息をつき、「もういいわ」と霊夢が言った。
その言葉を受けて早苗は恐る恐る顔を上げた。
……少し後悔しつつ、恐る恐る言った。
「これ……どうしよう……修繕費、出そうか?」
「……半分出してくれれば良いわ。それよりお腹空いたでしょ? お餅でも食べましょ。焼いてくるわ」
「はい……」
少しだけ、緊迫した空気が漂った。
霊夢としてはもうそれほど気にしてはいないのだが、早苗は性格上バツが悪かった。
「焼けたわよ。六つあるから好きなだけ食べると良いわ」
「ん、ありがとう。いただきます」
何となく食べる気分では無いのだが、適当に取った餅を口に運んでおいた。
包まれた黒い餡はそれを覆う餅よりも熱く、口の中で転がす事で冷ましながら食べていた。
「辛気臭い顔ねえ。食べる時くらい気楽にすれば良いじゃないの」
「でも……」
「こっちまで不味くなるじゃないの。折角私がとっといた餡子入りのを用意したのに……あ」
「どうしたの?」
「私の餅……餡子が入ってない……」
驚きと失望が入り混じった様な声で、霊夢は言った。
早苗はその声の質と発言内容のギャップがもう面白くて面白くて。
「ふふっ……あっははははははは!」
思いっきり笑った。
それを聞いた霊夢はすねていじけた様に、
「何よ……自分だけ良い思いして」
と言った。
それでも全く止まない早苗の笑い声を前に、霊夢もどうでも良くなってきて、思いっきり笑った。
そしてふと、見えない時に神妙な面持ちになって、言った。
「それはそうと早苗、今日は泊まっていけば? もう暗いし、帰るのも一苦労でしょ」
「え、いや私もう瞬間移動出来るからすぐに帰れるわよ?」
「いいから。神社ぶっ壊した原因の大半はあんたなんだから、この提案くらいは聞き入れなさい」
「うう……そう言われると弱いなぁ……。じゃあ、八坂様たちに泊まるって言ってくるわ」
「あ、着替えとか布団とか持ってきてね。うちに布団が一つしかないのよ」
「えらく来訪者に厳しい神社ね。じゃあ直ぐ戻ってくるから」
外へ出て行く早苗を見送った後、霊夢はふと思い出していた。
――……さっきから聞いてれば、完全に逆恨みじゃないの。あんたの不幸自慢聞かされた所で、私はどうしようも無いし、どうもするつもりは無い――
思いっきり、後悔した。
我ながら考え無しの言葉だ。
怒りに身を任せていたので気付かなかったが、あれはずっとずっと溜め込んだ、誰にも話す事の出来なかった感情の発露だろう。
まだ付き合いの浅い私に、一種の信頼のような形で吐き出してくれたのだから少しくらい応えてやってもよかったのに。
早苗が外で誰かに自分にした話を言ったらどうなるだろうか? 簡単だ。
他人に話せば気狂いだ。「みんな」理解できないのだから。
神に話せば冒涜だ。もっとも、あの二人がそう感じるとは思えないが、早苗はそう感じるだろう。
しかし反面、ありがたくも思った。
早苗にとって自分は他人ではないのだから。
ならばそれに応えなければならない。
明日は、散々いろんな場所に連れ出した後、あいつの家に泊まってやろう。
今まであいつが他人に踏み込まなかったであろう分、私は土足で踏み荒らしてやる。
「持ってきたわよ。あとこれ、八坂様からおみやげの甘露ね」
「おお、神奈子よく分かってるわね」
「一応、様付けして欲しいんだけど……」
いや、私だけではないか。
ここの奴らはみんなみんな、土足で踏み込んで荒らしていく。
けれどもそれが楽しくて、誰にだろうと気が置けない。
楽しませてやる、なんて偉そうな事は言わない。
可哀想に、なんて心にも無い同情をするつもりも無い。
ならば唯一つ。
嫌味ったらしく、これまで私が経験してきた一生分の楽しみを押し付けてやる。
「早苗」
「何?」
でもその前に。
「今日は外の世界での話を聞かせてね。割と興味あるのよ」
「外界の話か~。なんか恥ずかしいなあ」
酒を飲ませて今までの鬱憤を晴らさせてしまおう。
「じゃ、余計なものを紛らわす為にお酒でも飲みましょっか」
「う~、私お酒あんまり飲めないんだけど」
「飲める範囲で良いわ。酔い潰れたりされたら話聞けないし」
あんたの愚痴の一つでも聞いてやらないと、フェアじゃないもの。ね。
「乾杯」
「乾杯」
今宵の愚痴は、肴になるほど心地良い。
力が抜け、痛みにもだえ、落下していく体。空はぐにゃぐにゃ歪んでいる。
(嘘……)
負けた、のだ。信じられないことに。
空は時間と共に余計にゆがみ、気色の悪い虹色に変えられていった。
体は石段に叩きつけられ、胃から酸っぱいものが流れてくる。
(嘘……嘘……うそ!)
頭では理解していた。それでも、信じられなかった。頑なに、信じようとしなかった。己を負かした者の存在を。
もしかしたら、相手も直撃を食らって地に這いつくばっているのではないかと希望を抱いたが、コツコツとなる歩行音がそれを打ち砕いた。
体を起こそうとするが、それに命令を出す脳以外、言うことを聞こうとしない。
精一杯相手を睨むと、気だる気な三白眼と共に声が返ってきた。
「あんた、この異変の元凶?」
声を出そうと腹と喉に力を入れるが、それは腹から血となって抜け出し、口はおろか喉にまで届かなかった。
そのため首を振り否定の意を表した。
「ま、そうよねえ。それにしては弱すぎるし」
誰が――! そう言おうと思っても、出るのは体中の血だけ。もう呼吸一つでも血が噴出すのだ。
服は、赤黒く凝固した血で染まっている。不快な、鉄の様なの臭いのみが辺りを覆っている。
「……ああ、あっちね。私ったらこんな大きな気配にも気づかないなんて」
彼女の目と共に私への興味は明後日の方向を向いた。……いや、元から興味なんて無かったのかもしれない。そう思わせる目つきだった。
「じゃあね。ま、すぐ終わるから死ぬことはまず無いでしょう」
待て! という声が、何故か考えるより先に出ていた。
もう声を出せる体でもないのに。
「もう、鬱陶しいわね。臆病者の雑魚は這い蹲ってなさい」
言い終わると同時に彼女は手に持った針を私の
喉に 胸に 腹に 足に 突き刺し――
「っ!!」
背中がびっしょりと濡れていた。血がまとわりついた時には及ばないが、相当な不快感だった。
こういうときは飛び上がるように目が覚めるものだが、早苗の体は微動だにせず目だけが見開かれた。まだ、夢の世界にとらわれている。
数秒、早苗は夢で起こったとてつもない恐怖に瞳孔を開いていたが、心臓の静まりと共にそれも薄れていった。
(また……か……)
そう、またなのだ。早苗はまた、博麗霊夢に――夢の中であるが――負けてしまった。それも段々と、遅効性の毒の様に負け方が酷く、醜くなってきている。
それを思い返す度に惨めになる。考えないようにと記憶の奥底に封じ込めると、それは夢となって現れた。そしてその夢がこれまで以上に自分を苦しめるのだから、どうしようもない。
彼女に負ける夢を見た後、早苗は毛穴の一本一本に針が刺さっているような、根本からの生理的不快感を感じていた。
唇を噛む。その不快感の排し方を、早苗は知らないから。
いっそのこと、本当に針が刺さっていたら手の施しようがあるのにと思うばかりだった。
「三時一六分……」
小さな声で呟き、また頭から布団にもぐった。
一時間ほど震えている布団が、嫌に痛々しかった。
――――
「おはようございます……」
結局、早苗が再び目を覚ましたのは十時頃であった。
食卓の上には三人分の、うち二人分は空になった食器が置かれていた。
味噌汁も、ご飯も、今は湯気が立っていなかった。
しかも夢見が悪かったので、今の早苗に食欲など沸くはずがない。
「いただきます……」
手を合わせて、一礼。それでも食べる。
自らの神に食事を作らせ、それを食べないなど冒涜極まりない行為であるからだ。
早苗は箸を口に運ぶ度に小さく震えて、食べ物を吐き出さないように堪えていた。
目は少し潤んできており、体が受け付けていないのは明らかだった。
そこへ神奈子が文字通り、どこからともなく現れ、早苗に言った。
「無理して食べる必要はないわよ」
「神奈子様……しかし、このまま残しては冒涜にあたってしまいます」
「私は神として料理を作った訳ではないわ。それを言うなら神の作った料理で体調が崩れるほうがよっぽど冒涜よ。どうしても、と言うなら昼にでも食べれば良いじゃないの」
「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。ご馳走様でした」
これを見て神奈子は、重症だと思った。
昔から早苗は、大嫌いなものであろうと残すことはなかったのだ。
病気の時に作ったパサパサで味の無い病人食だって、喜んでおいしい、おいしいと言いながら食べていたのだ。
だから、この光景は少し衝撃が強かった。
勿論、神奈子としては食事が残されたことに不満があるわけではないのだが。
「早苗、貴方何か不満でもあるのではないの?」
「そんなことは……」
「あるでしょう。最近の貴方は調子がおかしいわ。今日は人里に行く予定だったけど……やめたわ。貴方がそんな調子じゃあ、成果は出ないでしょうしね」
「申し訳ありません……」
「だから早苗、一週間程度時間をあげるから、その不満を晴らしてきなさい。相当参ってそうな表情よ、貴方」
「……解りました」
食卓から転がり落ちる箸を見て、神奈子は再び、重症だと思った。
――――
寝巻きから伝統ある巫女服に着替えた後、早苗はこれからどうするかを中々回らない頭で思案し、とりあえずは博麗神社へ向かって飛んで行くことにした。
元凶に勝てば元に悩みも無くなるだろうという結論の元にだが、その結論は早苗の頭が回っていないことを見事に示していた。
いざ飛ぼう、とした時に上空から境内へ天狗、射命丸文が日光を受けて降り立ち、言った。
「おはようございます」
「おはようございます。今日もネタ探しですか?大変ですね」
まだ短い付き合いであるが、早苗は文がどういった人物かは大体検討がついていた。
「いえいえ、今日はネタ探しではなくインタビューです。まあネタと言えばネタになりますけどね」
「インタビュー、ですか?」
早苗は多少うろたえた。
外界では街角インタビュー等はテレビで何の気無しに見ていたが、自分がされるとなるといささか気恥ずかしいものがある。
文はその心情を見抜くかのように、
「インタビューとは言っても、想像しているほどのものではありません。気軽に答えて頂ければ良いですよ。ほら、この方たちの様に」
と言って、どこからか携帯できそうに無い手帖……というよりノートを取り出し、早苗に差し出した。
早苗はどうもとだけ言って受け取ると、適当に写真とインタビューの内容を流し読みしていった。
「ね、気軽そうでしょう?今なら答えてくれるだけでお酒がついて来ますよ?神様大喜びの一品です」
どこぞの新聞勧誘の様に――間違ってはいない表現だが――言う文だったが、早苗の目は数秒ほど前から同じ箇所を往復していた。
文はそれに気付いて声をかけようとしたが、それよりも早苗のが早かった。
「これ……本当ですか?」
「これ、とは」
文が早苗の肩越しに覗き込む。
開かれた頁は霊夢の項。
続いて頁は捲られていき、紅霧異変、春雪異変、永夜異変と続いていった。
「本当に霊夢が全て解決したんですか?」
「う~ん、記者としては何とも言えませんね。そこに書いてあるように裏は取れていませんから」
「……では、記者でなく個人としては……信憑性のある内容ですか?」
早苗は文の目を真っ直ぐ見据え、文は少し口を開けて多少驚いた様な表情をした。
その表情を少し崩した後、手でつばを作り、空を見上げて言った。
「この前、巫女が貴方がたの所に来ましたよね?」
「はい」
「その時……初めてまともに戦いました」
「それで……」
「問いにだけ答えるなら……事実でもおかしくは無い実力でした。冷静さを失わず、確実に避け、必殺の一撃を見舞う……紛れも無く実力者のそれです」
難しい顔をして悩む早苗に、次は文が疑問を投げかける。
「巫女に、勝ちたいんですか?」
早苗は、そのまま言うのは癪なのか、少し間接的に答えた。
「……一応そう言っても良いと思います」
「何故です?」
「――っ」
何故――?
何故だろう?
悔しいから? 違う。
プライドが傷ついたから? ……違う。
八坂様の名前を汚さない為? …………違う。
形容し難い感情が、早苗の頭をぐるぐる廻った。
今までは漠然と――そう、先程頭の中を廻った感情のせいだと思っていたが、違う。
十余年の人生では言い表せない、酷く気持ちの悪く、惨めな感情だった。
何故かは解らない、だが――
「解りません。解りませんが……霊夢には、勝たなければならない気がするんです」
「なるほど」
納得したのかしないのか、文は短く言葉を切った。
そして次第に何かを思いついた様な笑顔になっていき、だが冷静に、言った。
「では、弾幕及び人生の大先輩である私が教えて差し上げましょう」
「教えるって、何を教えるんですか?」
「まあまあ、とりあえず私の問いに答えてください。直ぐに解りますよ」
「ん~……なんか急ですけど解りました。問いなりインタビューなり答えましょう」
「では早速ですが、弾幕において貴方と霊夢の誰が見ても明らかな、絶対的な差というのは解りますか?」
答えに窮した。
心当たりは幾つかあるが、外してしまうのは恥ずかしいし、自分の弱点を話すのも躊躇われたからだ。
結局、答えること無く急かす様に文が言葉を放った。
「経験、ですよ」
「経験、ですか」
「そう。あの巫女は先程の手帖に書いてある様に異変解決と妖怪退治を仕事にしていますので、実戦の経験量、及び質は誰にも負けないでしょう。努力不足ですが」
「でも、経験の差というのはそう簡単に埋められるんですか?」
「確かに、経験の差というのはそう簡単に埋められません。ですが先程言ったようにあの巫女は努力不足です。ですから、実戦経験を積みつつ努力を重ねていけば……」
「いずれは追いつける、と言う訳ですか」
「その通り。早速何処かに喧嘩を売りに行けば良いでしょう。永遠亭か紅魔館が人数も個々の力も大きいのでお勧めです」
「永遠亭か紅魔館ですね……あ、私そういえば場所を知りません……」
「では地図をどうぞ。もっとも、永遠亭は迷いやすいので地図が有っても無くても同じ様なものですから、まずは紅魔館に乗り込むのは如何でしょう?」
「解りました。色々ありがとうございます。近い内に恩を返します」
「いえいえ、そう気を遣って頂かなくとも……」
別れの挨拶をした後、そのまま、地図を片手に早苗は飛び立った。
一人残された文はにやり、という形容がこの上なく相応しい表情になり、
「ネタに、なりますから」
と言って、約五百メートル後方から、早苗を追いかけた。
射命丸文。彼女の行動原理は、結局この一言に集約するのだ。
――――
その頃、紅美鈴は門前にて眠っていた。
しかもただ眠っているだけでは無く、立ったまま鼻ちょうちんを出すという、その道の者が見れば百年に一人の逸材だと大手を振るって喜びそうな眠り方だ。
それが功を奏してか、紅魔館の威厳は大絶賛駄々漏れ中だ。
これを見た何も知らない者は美鈴を笑うだろう『何故あんな者が紅魔館の門番なのか』と。
だがそれは所詮何も知らない者の見方だ。
美鈴は、例え眠っていようとも能力が能力故、侵入者の気配くらいは分かる。
美鈴は門番、そう、彼女の第一目的は館への進入を防ぐこと。
いつでも万全の状態を維持する為、門前で休みを取るのは愚かだろうか?
いや、答えはノーだ。
常に気を張り、緊張で心身を張り巡らせていれば、誠意は伝わるだろう。
だが門番の仕事は誠意を伝えることではない。
そのような精神論で館の住民に迷惑をかけるほうが余程愚かであろう。
有るのは常に結果のみ。
過程は良かったが館の者は全てやられた、等という事態になったら特上の笑い話だ。
紅美鈴、彼女は昼行灯を演じ、仕事を確実に遂行する……まさに、門番の鏡である。
ただ一つ残念なことは、上記全てが美鈴の脳内での話であるところか。
「んふふ~……」
「え~っと、私侵入者なんですが起きてくれます?」
「ふ、ふおぉ!?」
そんな美鈴の二重の意味での夢は、ご丁寧に侵入者を名乗る者によって打ち砕かれた。
美鈴はとても門番とは思えない反応の遅さで、拳の構えをとった。
「な、な、な、な、何ですか貴方! 侵入者?」
「だからそう言ってるじゃないですか。止めなくても良いんですか? 明らかに職務怠慢で叱られると思うんですが」
「ああ……私の立場に立って考えてくれるなんて……良い人ね、貴方……ここに来る人間って言ったら私を倒してからじゃないと落ち着かないって感じの奴らばっかで……客人として招待されてる時も私を最大火力で伸してから入るんだから! 信じられる!? 寝てる時くらいコソ泥らしくコソコソ入って行けばいいのにね。それに……」
なんというか、表情豊かな人だと思った。
驚いたと思ったらすぐに感動され、そのまま愚痴に移った。
これではまるで百面相だ。
そういう妖怪なのかもしれない、と早苗は結論付けて、聞いてみた。
「まあお仕事の大変さは良く解りました。それは置いといて、私は館に侵入しようとしている悪い子です。貴方は実力行使で止めなくてはならない門番さんでしょう?」
「ふふ、貴方が良い子か悪い子かは私が決めるわ。この紅魔館に何の用?」
「そうですねぇ……悪い子ですから……この館のお嬢様を起こして喧嘩を売ろうと思ってます」
「それだけは駄目よ! そんなことしたらお嬢様に殺されるわよ。少なくとも……」
美鈴は好戦的な目つきに変わり、石製の門を砕いて、言った。
「私に楽に勝てるくらいで無いと」
美鈴が言うと同時、全速力で後方へ飛んで距離を離した。
「何か門番らしからぬ台詞ですね。そんなにご主人の情報を喋っても良いんですか?」
「いいのよ。お嬢様暇人だけど面倒くさがりだから、私を通して暇を潰せる相手を見つけるのよ。だから私は門番にあって門番にあらず! って所ね」
「門番らしくないと思ってましたがとうとう肯定しちゃいましたね。じゃ、行きますよ」
早苗の言葉が合図となり、双方共に弾幕を展開する。
美鈴はその名に相応しい虹色の弾幕を、早苗は自らの美的価値観を表す星の弾幕を。
「ッ……!」
声にならない声を出したのは、早苗だった。
その美しさに息を呑んだ訳では無い。
弾を避けたと思ったら、すぐ目の前に、狙い済ましたように弾が接近している。
弾が自分の身を掠めて血が噴出したかと思って一瞬気を取られると、直ぐ目の前に弾が迫っていた。
(対処……しきれない!)
さて、虹色の弾幕の赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のどの弾に当たるだろうか?
答えは赤だ。
当たったら弾は血に染まるのだから。
対照的に美鈴は涼しい顔で避けていた。
星が現れたと思うと、それが割れて美鈴に襲い掛かる。
だが何のことは無い、弾は一個一個こそ大きいが、それがまとまっている為実質的な密度はそう大きくない。
冷静に、全体を見渡せば避けることが難しい訳ではない。
(……経験不足、ね)
美鈴は必死に避ける早苗を見てそれを悟った。
もっとも、そこにつけ込んで勝負を終わらせるようなことはしない。
自分が楽しみたいと言うのも有るが、自らの主の暇を……いや、いずれ対等にすらなるであろう才能をここで終わらせるのは惜しいと思ったからだ。
寧ろ、開花を促すのも面白いかもしれない――そんなことを考えながら、美鈴は一旦、華の弾幕を止ませた。
もちろん、そんな美鈴の思惑を早苗は解らない。
右に避ければ目の前に弾が、左に避けても目の前に弾がある。
早苗はすでにパニック状態に陥っており、いつの間にか回避方向は右一辺倒になり、とうとう逃げ場が無くなった時、突如弾幕が止んだ。
被弾した?――違う、美鈴は未だ早苗の弾を避けている。
「嘗めてるの……!」
小さく、呟く様に言った言葉と同時に攻撃も瞬間的な怒りに任せて強くした。
だが美鈴の耳はその呟きも拾い、少し苦笑しながら、大声で返した。
「力入り過ぎよー! もっと気楽に全体を見渡した方が良いわー! 私の動きを見てなさーい!」
早苗の感情とは裏腹に、気軽過ぎる声だった。
どことなく変な魅力を感じる美鈴の声に、笑みを堪えられなくて、言われた通り美鈴の動きに目を向けた。
「よっ!」
星が描かれ、展開する。
弾速は遅いが、ゆったりと、少しづつ距離を詰めて行き、罠の様に獲物は逃げ場を無くす。
美鈴は弾の列と列の間を縫って回避、だがここまでは早苗にとっても想定内だ。
問題は次、避けたらまた目の前に弾が迫っている。目を向ける余裕も無いほどだろう。
これをどう避ける――と思ったが、美鈴はその弾も難無く避けた。
(どうして? 弾を見る余裕は無いはず……)
早苗は美鈴の視線に目を向ける。
またも美鈴に向かってゆったりと、重圧を与えながら弾が迫る。
美鈴が回避行動に移る直前、早苗は気付いた。
「そっか、避ける弾を見るんじゃなくて全体を見るんだ……」
美鈴は正解、とばかりに笑い、新たな弾幕を生成してきた。
それはまるで虹の雨。
風に揺られてふらふらとしている弾はまるで軌道が読めそうに無い。
(落ち着け)
凛と澄んだ目が、迫り来る弾を一瞥する。
左から迫る弾は右に、右から迫る弾は左に、正面の弾は生まれたての鹿の様におぼつかない軌道で迫る。
(右、約三十。左は……二十五!)
その判断を元に、左へ身を寄せる。
ここならば、死角から弾が来ることは無い。
一つ、二つ、三つ、四つ……自分に当たる弾は? 移動した位置で当たる弾は?
ルートをインプットする。
左へ体を半回転、一瞬、前方の弾が通り過ぎるまでそこで停止した後、横殴りに迫る弾を避ける為前方へ、左から弾が迫っているが、当たらない。
何故か? 風が強くなっているから。
「出来た……」
言葉にした瞬間、脳内が何かに満たされた。
それが合図になったかの様に、早苗の体に電流が走った。
今は心臓の音のみが聞こえる。脳も極上に興奮しているが、思考はクリアだ。
(ただ単に避けることがこんなに面白いなんて……)
だが早苗は感動に打ち震える体をそのままに、美鈴に目を向けた。
恐らく、第二波が来るだろう。
「うえぇ~、流石にアドバイス一つで避けられちゃったらショック大きいわね……。次はもっと強くするわよー!」
「どうぞ――」
――無駄ですから。
そんな声が出そうになるのを、早苗は必死に堪えた。
目も、口も、にやけるのを押さえられそうに無い。
きっと今の自分は物凄くだらしない、それでいて興奮した良く解らない表情だろうな、と思った。
またも、美鈴の弾幕が迫る。
それは、先程の二倍? 三倍? どうでもいい。無駄なのだから。
「風よ!」
「!?」
手を上げ、早苗が叫んだ瞬間、美鈴の弾は早苗をつつむかの様に、不自然な軌道を描いて後ろへ逸れて行った。
美鈴の弾幕は、風の軌道に乗っているおかげで先を読みづらいものになっているのだ。
その弾幕は無風の様な空でも、微かな風を感じ、それに身を任せている。
早苗の創った風の防護壁に抗えないのは、自明の理だった。
「まだ、そのスペルで来ますか? お互い疲れるだけだと思いますが」
「いえいえ、もう結構よ。貴方の力量は十分解ったわ。ようこそ、紅魔館へ」
「う~ん、何か貴方を見てたら自分の中の門番像が音を立てて崩れて行くんですが……」
「他の侵入者に備える為に常に余裕を持つのは門番にとってとても大切なことよ。さ、あんま話してたらサボってると思われるからとっとと行った行った」
私が侵入したら本末転倒じゃないか、そもそもそっちの方がサボってると思われるんじゃないか等の様々な思考が頭の中を廻ったが、折角中に入れるんだからということで早苗は黙っていることにした。
「では、心遣いに甘えさせていただきます。お邪魔します」
「頑張ってね~、食卓に並んだりしない様にね~!」
内容とは裏腹に軽い口調で言ったのが、逆に早苗には恐怖だった。
早苗が見えなくなってから美鈴はふぅ、と息をつき、遥か彼方の空に目を向けて参った様に言った。
「今度は天狗かぁ……もー、皆今の子みたいな性格だったら良いのに……」
あの天狗は苦手なのよねぇ……と呟き、美鈴は休む間も無く再び構えを取った。
今度は主の暇潰しに付き合いそうな相手ではない。だから早々にお帰り頂いた方が良いのだろう。
――――
初めて紅魔館に入った早苗のそれに対する印象は、『不気味』の一言に集約された。
まず紅い。終わりの見えない廊下の壁も、時折目に入るドアも、そして下に敷かれている絨毯までもが真っ紅だった。例外を挙げれば蝋の火が微かに蒼い事か。
次に、明らかに広すぎるのだ。いや、確かに外から見た時も城を髣髴させる外観と大きさだったが、内部はそれ以上に広い。まるで館の全てが廊下ではないかと邪推してしまう程に。
理由は解らないが人っ子一人いない、どこまで進んでも変わらない光景を見て、早苗はとうとう口を滑らせてしまった。
「悪趣味だなぁ……」
突如、ナイフが早苗の目の前に、それも大量に現れた。
心臓が高まる時間さえなく、それは迫ってくる。
一瞬の出来事に早苗は動揺して動けなかった。
それが幸いしたのか、ナイフは早苗に当たる事無くそのまま過ぎ去り消えた。
「な、な、な、な、な……」
「あら、よく当たらないって解ったわね」
「いきなり何するんですかぁ!」
「他人の館に勝手に侵入しといて挙句の果てに悪趣味とか言ってる輩には当然の対処だと思うわ。というか美鈴……門番は何をやってたのよ」
「か、勝手じゃありませんよぅ。ちゃんと門番の人に通して貰いました。お嬢様の暇潰しになるとかで……あ、本人は門番じゃないみたいな事言ってましたけど」
「私の仕事が増える事はお構い無しなのね、あの子は。後でお仕置きね」
淡々と言ってのける咲夜が先の事と相まってまたも恐怖だった。
目は多少潤んできており、一秒毎に恐怖が増している様にも見られた。
「という訳で、今回は警告で済ませといてあげるわ。私も仕事が忙しいの。とっとと帰ってね」
その言葉一つだけ放って、咲夜は早苗に背を向けて歩き出した。
だが早苗は未だ茫然自失としていた。
突如向けられたのが弾幕ならまだ恐怖は少ない。
それこそ喧嘩を売る啖呵の一つくらいは切る余裕があるだろう。
だが向けられたのはナイフだった。
ナイフが便利な道具だというのは知識の内にはあるが、それ以上に根本には殺人の道具という意識が根付いていた。
幻想郷ではただの弾幕の一種だとしても、外界では毎日の様にそれによる殺人が繰り広げられているのだ。
自分もその犠牲者の中に入るのか、と意識した瞬間。体が凍った様に動かないのに、足だけはがくがくと震え始めた。
(そ、そうよ……別に無理に紅魔館にこだわる必要なんて無いじゃない……文さんに教えて貰って永遠亭に行ってからでも……)
そう思い、早苗も咲夜に背を向けようと思った瞬間、霊夢の言葉が頭をよぎった。
――ま、そうよねえ。それにしては弱すぎるし――
……惑わされるな。
目の前の女性は一歩ずつ早苗から遠ざかって行く。
少しずつ恐怖は和らいでいくが、彼女との距離はまるで――
――もう、鬱陶しいわね。臆病者の雑魚は這い蹲ってなさい――
苛立たしい。
解らない。解らないが、ここで帰ったら駄目だ。解らないけど、駄目だ。
まだ足は震えていた。
歩く事はおろか、もしかしたら立っている事も出来ないかもしれない。
それでも、歩いた。
手を前に差し出す。それも震えていた。
震えている右手を震えている左手で抑えて、弾を発射し、叫んだ。
「待てっ!」
弾は咲夜の顔の横をすり抜け、そのまま消えていった。
少し驚いた顔をした咲夜だったが、直ぐに何時も通りの瀟洒の名を冠する表情に戻ると、嘲笑うかのように言った。
「そんなへっぴり腰で……私に喧嘩を売ろうと言うの?」
「そのつもりです。貴方は通過点に過ぎません。実力で負けていようとも勝ちます。何が何でも勝ちます」
震えは消えていた。相手を挑発する余裕さえ生まれている。
「まぁ……そこまで言うなら受けて立つわ。貴方がお嬢様に会う資格があるかどうか、試してあげる」
が、やはりナイフを見ると怯んでしまった。
指と指の間一つ一つに、螺旋を描く様にナイフが挟まれていた。
光の入らない世界で、それらが互いに共鳴しているかの様に爛々としていた。
「じゃ、早速行くわよ。死なないでね。後味悪いし」
それが合図となって、ナイフが放たれた。
前後左右、三百六十度に展開し、互いにぶつかり合いながら、肉を抉り館を紅に染めんとして少しづつ、だが高速で距離を詰めてくる。
顔の前を通り抜けたナイフから生々しい鉄の臭いがした。一体、何人の血を吸ってきたのだろうか……。
(怖い……!)
また、体が震えてきた。
弾幕の弾も、ナイフと同等に恐ろしい威力があることは頭では解っている。だが、猿が火を恐れる様に、本能的な感情が縛りついて離れなかった。
青いナイフが整然と咲夜の手から放たれ、その間を血を吸った様に紅いクナイが間を縫っていた。
攻撃に転じられなかった。五感、六感までも総動員でやっと避けられるのだ。
「あんまり、時間はかけたく無いのよね」
誰に言うまでも無く呟いた言葉。
その音が届くよりも速く、咲夜はスペルカードを切っていた。
突如、ナイフが消えて世界は静まり返る。だがそれは一瞬の事。先程よりも増幅された殺気が、体をビリビリと引き裂くようだった。
だが一瞬でも落ち着く時間が出来たのは早苗にとっては大分、助かった。
(来い……)
覚悟を決める様に、心の中で呟く。
それに反応するかの様に、咲夜は手から大量のクナイ弾が放ちながら移動し、空気までもが紅に満たされた。
紅いクナイ弾は舞台から退場しない。壁に当たろうと、床に当たろうと、止まる所か減速すらしない。血を吸うまでは納得しないと言う意思の表れの様に、反射しているのだ。
何故かは解らないが、クナイならまだ怖くは無い。馬鹿らしい仮定だが、もしかしたらナイフでの殺人はよく耳にしてもクナイでの殺人は耳にしないからかも知れない。
ナイフが来ない内に反撃に転じようと思い咲夜に目をやると、カードをそこに残しフッと咲夜の姿が消えた。同時に右目の端で場違いな青を捉えた。
本能的に全速力で体を左へ傾けていた。先程まで早苗が居た場所にはナイフが殺到しており、運良く避けた先でクナイに当たることは無かったが、所詮はその場限りの回避法だった。
早苗が大きく動いている間に咲夜はクナイをばら撒き始めた。これぞ咲夜のスペル、幻惑ミスディレクションの真骨頂だ。
避ければ避ける程傷口は広がってゆく。クナイは先程の一列に纏まった姿が夢であるかの様に、夥しい数で大きく散らばっていた。
隙間は――見つける方が難しい。正に蜘蛛の糸の様に細い。
「か、風よっ!」
一か八か――とばかりに、自分の周りに風を発生させた。
いや、風と言うにはいささか語弊がある。これは最早暴風だ。誰が見ても、長く続かない事は明らかだった。
早苗は焦っていた――が、この場での判断は幸運にも最善のものだった。
早苗に近づくクナイは軽々と、葉の様に天へ舞っていく。天井に当たる音すら無く、それらは両者の視界から消えた。
(相性が悪い……効きそうに無いわね)
意図した事では無かったが、これは咲夜に精神的なダメージを与えた。
クナイが無駄弾となるなら、このスペルの完全敗北を認めざるを得なかった。
それでも咲夜は動じない。一瞬だけ微かに動じた自分は既に排除した。
焦っているのは自分ではなく相手だと言う事は強く咲夜の頭の中にあったので、何時も通りの余裕を保てた。
(確実に勝つなら持久戦ね。あんな暴風がいつまでも続くはずが無い。でも……)
咲夜は、あくまで冷静だった。だがそれは戦術に関しての話だ。
(生憎あんな堂々とスペル破られちゃ……こっちも黙ってられないのよね)
そして静かに言い放つ。相手を泥沼に嵌める言の葉を。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
聞こえているかどうかは怪しい。未だ轟々と風が吹き荒れているのだから。
それでも咲夜はカードを取り出し、続ける。
「私は咲夜。十六夜咲夜」
早苗の目が咲夜へ向いた。
対照的に咲夜は目を閉じた。
「職業は、メイド長兼――」
咲夜が、消えた。手に挟んでいたカード一枚のみを残して。
早苗の目は一瞬、カードを捉えた後に何処を捉えて良いのか解らずに、右往左往としていた。
「――奇術師よ」
――背後から、声がした。
全身から汗が吹き出て、自分の首にナイフが刺さっている光景が浮かんだ。
考えるよりも早く、前へ全力で飛んだ。一瞬だけ、肩越しに後ろを見ると、ナイフを持った咲夜が追いかけてきている。
「へぇ、良く反応できたわね! さっきのスペルで瞬間移動して見せたからかしら! それでもあんな反応が出来るのは相当な事だけど!」
「そういう能力を持った人は大体背後に行きたがるんですよ!」
「参考にさせてもらうわ!」
体力的にあまり長い時間逃げられそうに無い。それに相手からすれば直線的に逃げる獲物の方が狙いを定め易いだろう。
その考えの下に振り向くと――カードが一枚だけ、舞っていた。
「もう……引っかかりませんよ!」
体を回転。勢いそのままに特別製の御幣を思いっきり相手の体に叩き付けた……筈だった。
鈍い打撃音は無かった。その変わり、ペチッというえらく拍子抜けする緊張感の無い音が響いた。御幣が当たったのは……カードだった。
「言ったわよ。参考にさせてもらう……って!」
背後――今の一枚はフェイントだったのだ。
逃げる時間も無い。御幣でナイフを弾く時間も無い。まるで時間は全て相手に持っていかれたかの様に、動くことが出来なかった。
ナイフが、肩に刺さった。血が噴水の様に吹き出て、ナイフの臭いと混じった、血の、鉄の、いのちの、においがした。耳はナイフの哄笑を聞いた。殺人者の、歓喜の笑い。
「い、いやあああぁぁあぁぁ!」
肩に手をやった。
そこには無機質な鉄の塊は無く、ただドロッと血が出ているだけだ。
想像している程大きな傷では無い。ただ斬られただけの様だが、一度着いたイメージを払拭する事は出来なかった。
刺さった……刺さった刺さった! 痛い……痛い!
体は本能的に、二度目の斬撃を受ける事を避け、弾幕を目暗ましに、相手と距離をとった。
そして振り向いた時……相手の背後にあるものを見た。
「痛そうね。お嬢様に会う事を諦めるのなら、別に手当てくらいはしたげるわよ? 運良く傷は深くないみたいだしね」
それは嘘偽りの無い本当の事だろう。
この状況を見て油断したのか、顔つきは先程より大分優しくなっていた。
普通ならありがたくそれを受けるが……生憎今の私は勝機を見出した喜びで痛みをあまり感じていなかった。
「……遠慮しておきます。私を手当てしたいのなら、気絶させるか殺すかでもして勝負がついてからにして下さい」
まだだ……まだその時じゃない……。
「そう、残念ね。じゃ、勝負をつけさせてもらうわ。なるべく死なないで欲しいけど」
相手の手にナイフが握られる。
いつ回収したのか、私の血がついたであろうナイフが爛々としていた。
だが……もうちょっとだ……。
「……所で、この館は天井から壁からえらく広いですけどどういう仕組みなんですか? 明らかに外から見た時より広いですよ」
「それは私の能力よ。空間を操る能力。ついでに教えといてあげればさっきのテレポートもそれを応用したものよ。……あんまり長いこと話してて、出血多量で死なれるのも間抜けだろうから、そろそろ終わらせてあげるわ」
ナイフが放たれた。
……しまった、これは予想してなかった。
しかし、時は来た。気絶するくらい頑張らないと防げないかもしれない。
左手は肩を抑え、右手を挙げて風を起こそうとするが……情けない事に意識が朦朧としてきた。
「無理も無いわ。あんな暴風起こした上に慣れない出血なんかするから……」
「自分の能力が自分を殺す……笑いものですね……」
「全くね。自分と相手の能力をちゃんと把握してないからそんなことになるのよ」
「貴方の……事ですよっ!」
風を起こした。
だがそれは自分を守る防護風ではなく、咲夜から自分にかけての、突風。
当然、咲夜から放たれたナイフは加速する……だがそれ以上に大量のクナイが咲夜に向けて加速する!
「クナイ!? まさか、これを……」
「天井、高くしすぎましたね!」
クナイはナイフ以上に加速している。
クナイと咲夜の距離はナイフと私の距離以上に長かったが、どちらも相手を捕らえるのは同じくらいの時間になりそうだ。
……さあ、そろそろ目の前の魚群の様なナイフをかわさなければならない。
右に目をやるが、逃げ場は無い。左にも目をやるがやはり逃げられそうに無い。その上風ももう起こせない。だが……正面。正面は、この位置に居てもナイフは一本しか来ない。
ならば選択肢はただ一つ……叩き落すしかない。
視界を狭める。当たらない有象無象のナイフは全て消えた。
目に映るのは正面のナイフ一本。右手に力を込め御幣を握る。肩から出る血が少し多くなったが気にしない。
だが力を込めれば込める程、恐怖で手が震え、汗と、肩から垂れ下がった血で今にも御幣がずり落ちそうだった。
それでもお構い無しにナイフが迫る。
間合いにナイフが入った時、御幣を握った右手を思いっきり振り下ろそうとしたが、まるで別の生き物の様に右腕は言うことを聞いてくれなかった。
(まだ……怖いの!?)
右腕は全く言う事を聞こうとせず、ただ震えるだけだった。
それが伝染病の様に頭、左腕、右足、左足と移っていって今にも腰が抜けてしまいそうだった。
(霊夢……!)
何故か突如として霊夢の顔が頭に浮かんだ。
(そうだ、私は霊夢に勝たなければならないんだ)
それを最終目標として思い出した今、右腕の震えが止まった。
だが他の部位は依然、全く言う事を聞かないので、右手の御幣で出血した部分を思いっきり――
「ぅあッ……!」
叩いた。
何をする、という右肩の抗議のつもりか、出血量が更に増えた。
だが、震えは止まり、もう、何が怖かったのかも解らなくなっていた。
「はぁっ!」
そして手首を返して、そのままナイフを叩き落した。
計算通り、左右のナイフは流れて行き、前に目をやると咲夜が倒れていた。
勝ったと思う前に、自然と咲夜の方へ駆け出していた。
「大丈夫ですか!?」
「う~ん、まあ大丈夫だけど……こぶが出来たわ……」
「は? こぶ?」
「ええ、クナイが頭に一発、ゴチーンと当たってね。それでちょっとクラクラしたのよ」
「は、はは……」
心配しすぎた。
よく考えれば、そもそもクナイの全部が全部咲夜に刃を向ける筈が無い。寧ろそっちの可能性の方が低いだろう。
「と言うか貴方は大丈夫なの? まあ一応手当てはしといたけど」
「あー! そうだ、ば、ばばば、絆創膏を!」
「いやだから手当てしたって。それにその傷は絆創膏じゃ無理でしょう」
「そ、そうでした」
恥ずかしい。少し反省。
「まあ傷は手当したから大丈夫とは言え、貴方体調おかしくない? 来た時から思ってたけどいつもより声が変よ」
「いつもよりって……初対面なんですが」
「あら、そうだったかしら?」
そう言いながら、咲夜は軽く首を傾けた。
もしかして割と天然なのではないかと思った。
「ま、とりあえず勝負は貴方の勝ちよ。お嬢様に喧嘩売るなり従者に志願するなりすれば良いわ」
「いや、これ以上仕える相手を増やしたくありません」
「冗談よ。う~んでも何で負けちゃったかなあ。ジャックからエースまで使ったのに」
ほら、と言いながらいつの間にか四枚のカード……ジャック、クイーン、キング、エースを咲夜が私に見せた。
「もしかして瞬間移動の時のカードですか?」
「そうよ。強ければ強い程、精度と速さが上がるの。今日は神懸りな引きだったのに、負けたのよねえ」
なんだ、そんな事なら簡単だ。
「まあ私は一応神ですしね。それと」
「それと、何かしら?」
「私が勝ちたいのは、ジョーカーですから」
咲夜は一瞬ポカンとしていたが、直ぐに笑みを浮かべて「頑張りなさい」と言った。
私は「ええ」と返事をして、その場を後にした。
――――
咲夜と別れてから暫く、一人で飛んでいて、途中でお嬢様――レミリアの部屋を聞くのを忘れていたのを後悔したが、数分もしたらその考えは吹き飛んだ。
目の前に無駄に紅い装飾が施された巨大で豪奢な扉があったからだ。
礼儀として一応ノックはしておいた。今まで聞いた評判からして恐らくまだ寝「どうぞ」……扉を開けた。
中に入るとやはり予想通り、紅一色に彩られた部屋が目に入り、アクセントか目立つ為か解らないが、銀製の机とその付属品であろう背丈に見合わない大きな椅子に座った少女が口を開いた。
「ようこそ、東風谷……早苗というのね」
実はレミリアだけは、文さんから手渡された手帖でその容姿と能力は把握していた。
運命操作の力。恐らく名前もそれを使って知ったのだろう。名の割りに少々せせこましい使い方だと思うが。そして、唯一私がレミリアの詳細に目を通したのももしかしたらその能力の為かもしれない。
その仮説を裏付けるかの様に、レミリアは続ける。
「貴方の目的はどうであれ、私の暇を潰してくれるのはありがたいけど、ね」
言葉を途中で切って、レミリアはカップを手に持ちそのままそのまま口へ運んだ。
机に置くと同時にカップはものの見事に消え去っていた。
レミリアは机を飛び越え、少し高い目線から威圧するように言い放つ。
「今日のところは帰りなさい。今の貴方じゃ毎日のティータイム程度にも暇を潰せないわ」
「何故です?」
思わず聞き返す。
多少語気が荒くなってしまったが、実際には何故かそれほど怒りが湧いて来なかった。
そんな心情を知ってか知らずか、レミリアは淡々と言った。
「貴方の特性に体が追いついて来て無いのよ。今は自覚無いでしょうけど、このままドンパチやってたら貴方直ぐにぶっ倒れるわよ。そんな奴相手にしても虚しいだけだし」
「特性……ですか?」
「そう、貴方と霊夢の特性。信仰を力とし、力を信仰とする。それが循環し、器の許す限り無限に成長する」
「……よく、解りません。ちょっと抽象的過ぎます」
「あー、もう! 面倒ね。解んない事は天狗にでも聞きなさい。ドアの向こう側で出歯亀してるあの鴉天狗にでも、ね」
後ろに目をやると、「うっ……」っという声が漏れた。……文さん。
「……それは解りました。でも、帰るわけにはいきません」
「何故かしら?」
「今日は連戦してきて調子が良いからです。倒れるとは思えませんし、寧ろ今日ほど暇を潰せると時は無いと思いますよ」
レミリアはわざとらしい大きなため息をついて、言った。
「それが自覚無いっつってんのよ。貴方の調子が良いと感じるのも倒れない様に体が無理矢理にテンション上げてるからよ。私に従う事が、最善の運命である事を知りなさい」
「私にとっての最善の運命は、貴方に勝って帰る事です。そうなるように……運命を変えてみせます」
場の雰囲気が変わった。
地は揺れ、ドアからはピシッと言うひびの入るような音がした。
「運命を変えてみせる……ですって? 適当な事をほざくな小娘。運命を変えられる等と本気で信じているのは愚かな人間だけだ。運命を変える等……それこそ奇跡を起こす外に無い」
「奇跡を起こすのは私の専門です。貴方が運命を信じている様に、私も奇跡を信じています」
「風が吹けども運命は変わらない。雨が降れども運命は変わらない。お前の奇跡の基準は所詮外での話。幻想郷ではお前程度の事は誰だって出来る」
「……取り消してください。それに風が吹けば、と言うことわざがあるでしょう。貴方の運命とやらも、所詮私の風一つでコロッと変わってしまう程度の矮小なものなのではないですか?」
「……どうやら、やられないと解らないみたいね」
レミリアの目がキュッと細まる。
更に口角が下がり、人間のそれと同一とはとても思い難い吸血鬼特有の犬歯が現れた。
スペルカードを取り出し、辺りに紅い、だが不可視のオーラが溢れる。それが全て右手と左手に集約された。
「紅符」
言葉と共に、右手が振るわれる。
それは余りに暴力的な支配者の一振り。
銀製の机も、椅子も、無残に淘汰され、後に残るは紅ばかり。
私も例外では無い。
足が、動かないから。
空を、飛べないから。
怖い訳でもないのに。
道が解らない訳でもないのに。
動けなかった。
動かなかった。
妙に冴えた頭に反して、体は全く動かなかった。
きもちわるい。
声を大にして叫びたいが声が出ない。
一瞬で枯らす位の涙を流したいがそれも出来ない。
『ここ』から『あそこ』までの変えられない一本道。解っていながら不正解を選ぶピエロを演じるもどかしさ。
変えられるのはこの永遠の如く永い須臾を過ごすと言う作業を終えてから。
なんてもどかしい。なんて待ち遠しい。なんて焦れったい。なんて歯痒い。なんて苛立たしい。
――こんな隔靴掻痒な運命だと言うのなら、誰かに私ごと壊して欲しい。
願いを聞き入れるかの様に、紅弾が私の意識を壊した。
――――
「……て……さ……い」
「ん……ん~……」
「起きてください!」
「んん……おひてましゅよぅ~。あと五分……」
「……目を覚ましたみたいですね。寝惚けてるけど」
「……あれ? 文さん」
目を覚ますと、木製の天井を背景に文さんの顔が見えた。
「目覚めの挨拶はおはようかこんにちはのどちらが好みですか?」
「今は昼の様ですのでこんにちは」
「よろしい」
「……文さんが紅魔館からここまで運んでくれたんですね。ありがとうございます」
「いえいえ、礼には及びませんよ。ネタが入手できましたし」
「あー! そういえば何で黙って着いてきたりしたんですか!」
「報道の目が向いているとなったら自然な振る舞いが出来ないじゃないですか。それに着いていったお陰で貴方は今ここに居るんですよ?」
「う……それはそうですけど……」
「それともあの館で血を吸われる方がお好みでしたか?」
「いえ、そんなことはないです」
「でしょう? 感謝されても、非難される謂れはありません。言うなれば私は命の恩人ですよ」
誇らしげに胸を張る文さんだったが、なんだか釈然としなかった。
「まあそんな事はどうでも良いんですが、体調はいかがですか?」
立ち上がって体を捻ってみるが、何処にも支障があるとは思えなかった。
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、ちょっと頼み事を聞いてくれませんか? 直ぐ終わりますんで」
珍しく、文さんが真剣な目をしていた。
それにつられたのか寝起きだからか、内容を聞く事無く直ぐに返事をしてしまった。
「私で良ければ」
「そうですか。じゃあちょっと外に出ましょう」
私は文さんに着いて行く途中に気が付いたが、ここは文さんの家ではなく唯の小屋のようだ。
生活用品等は無く、テーブルの上に日記の様な物と場違いな万年筆がその横にポツンと佇んでいるだけだった。
丁寧に並べられた自分の靴を履き、外に出て十メートル程度歩いた所で文さんは足を止めて言った。
「さて、ここで今から貴方を吹き飛ばしたいと思います」
はい?
「貴方の神社まで軽くすっ飛ぶ位の威力で行きますんで、飛ばされたくなかったら風起こして防いでくださいね~」
「いやいや! 笑顔でそんな怖い事言わないでくださいよ。いきなりなんですか!? 何か恨み買うようなことしました!?」
「いえいえ、ただの実験です。それじゃ頑張って下さいね。下手したら服だけすっ飛ぶなんて事態になるかも知れませんよ」
「それはもっと嫌ぁぁぁ!」
「さ~ん、に~、い~ち、豪!」
突風が吹いた。直前に発生させておいた風が私を優しく包み込んだ。
文さんにより発生したそれは、葉を、草を、木を、地を音を天を裂き、おまけとばかりに生じた摩擦で赤く燃え上がった。
とても吹き飛ぶ程度で済むとは思えないが、私の起こした風に触れた瞬間、燃え上がった炎は消え失せ、春一番の様にビュオッと私を通り抜けていった。
風が止むと同時に文さんが駆け寄ってきて、口に手をやりながら言った。
「やっぱり……」
「な~に~がやっぱりですか……吹き飛ぶどころか危うく死ぬところでしたよ」
「しかし余りにも早すぎる……全て演技……? いや、違うわね……そもそも潜在的な雰囲気は……」
文さんはブツブツと独り言を続けるままで、少し怖かった。
ずっとそれを見ている訳にもいかないのでとりあえず玄関に置いてあった御幣を手に取り文さんの頭を思いっきり
「へぃぁっ!?」
叩いた。
「な、何をするんですか! 人が考えている時に!」
「考える前にあの突風について説明してくれますか?」
「そ、そうですね。その前に確認したい事があります」
「……どうぞ」
「貴方……少し強くなりすぎてませんか?」
「えっ?」
突然の言葉に面を食らった。
まだ半日と経っていないのに強く、それも過剰にと言われたら、そうなっても可笑しくないと思う。
「そう……ですか? 私としてはあんまり変わってない気がするんですけど」
「いえ、変わっています。幻想郷に来たばかりの貴方が、あの門番の時のような風の使い方が出来るでしょうか? いや、出来ませんね」
反論、できなかった。
その頃は精々直線的な、しかも突風程度の威力しか起こせなかった。
「いえ、そこまでならまだ現実的なレベルで済むかもしれません。もしかしたら貴方が修行を積んでいた可能性もありますから。問題は次の十六夜咲夜との戦いの時です」
十六夜咲夜……彼女との戦いは思い出したくも無い。
脳の映像と右肩の傷が繋がっているかのようにじゅくじゅくと痛んだ。
「あの全てを巻き込むかのような暴風。たった一戦で、化け物染みた威力になっています」
「でも……あれ位なら天狗の人たちなら出来るんじゃないんですか?」
「馬鹿を言わないで下さい。殺意を込めて投げられた大量のクナイを、それも重力に逆らって巻き上げることなど、私の記憶の限りでは両の手で数える程度にしか存在しません」
「……言いたい事は解りました。今思い出しましたけど……レミリアが特性だとか何だとか言っていたのと何か関係が有るんですか?」
「大有りです。それに関連して一つお聞きしますが、神が力を持つには基本的にどうすれば良いと思いますか?」
「信仰、ですね?」
「ええ。神は信仰有ってのもの。信仰無き神は力どころかいつしか人々に忘れ去られて消えてしまう」
「それが、私となんの関係が?」
「失念してませんか? 貴方も一応神の内なのですよ」
「私……が?」
唐突の宣告に面を食らった。それから少し間を置いて言った。
「確かに私は現人神と言われていますが……あくまでそれは建前で、普通の人間とは変わりませんよ?」
「いえ、貴方は確実に神です。言葉を借りるならば、信仰を力とし、力を信仰とする天壌創造の者が一つ」
「つまり……私への信仰が私自身を強くしたと言うんですか?」
「その通りです。一応、それでも神社の二柱程ではありませんが、貴方も山の妖怪から信仰されてるんですよ」
「……私が信仰によって強くなったと言うのは解りました。しかしそれだと八坂様と洩矢様の方が私よりももっと強くなられる筈です」
「それに関しては簡単。二つ理由があります。一つ目は、幻想郷に来る前からあの御二方は高い信仰を得ていました。しかし貴方は、聞くところ能力を隠していたせいで碌に信仰を得られていません。元々の信仰が少ない者の方が伸び代が大きいのは当然の理です」
「もう一つは?」
「もう一つは……貴方が強くありたいと願ったからです。理由は存じませんが貴方は霊夢に対して並々ならぬ執着を持っています。恐らく強くありたいという意思に、溜まっていた信仰が呼応したのでしょう。もし別の事を願っていたら別の結果になったかもしれませんが」
「……私、いきなり過ぎて受け止められそうにありません。私には分不相応な力のようにも思えます」
「逆ですよ。寧ろ貴方本来の姿に近づいてきています。今までの貴方は弱すぎた。それこそ幻想郷のパワーバランスを担う者の従者である、十六夜咲夜や魂魄妖夢などとは勝負にならない位に、ね」
何も言えなかった。
私が弱いのは、周りを見るたびに感じていたから。
「ですがやっと貴方も彼女たちに肩を並べる強さになったと言って良いでしょう。恥じる事はありません。メイドが時間を操る様に、天狗が風を起こす様に、貴方のそれは、立派な能力なのですから」
一瞬、静寂に包まれた。
どこから来たのか解らない冷たい風が、ざあっと髪を揺らした。
だが私は心臓の鼓動により体はじわじわと熱くなりやがてぐつぐつと煮えたぎる様な興奮に変わった。
「文さん、私」
「ええ、行くなら今この時です。人生の先輩として言える事は、何事も冷めると面白さが消え失せていくものです。今この瞬間にやりたい事をしなければあっという間に老けかえってしまいます」
「はい」
今日は、冬だと言うのに暑い日だ。
冬の風も冷たい雨も、今の私を冷ますことは出来ないだろう。
この火に炙られた様な暑さを冷めさせる事が出来るのはただ一人だけだ。
「文さん、早速行って来ますけど……取材をしたいなら遅れないように着いて来て下さいね」
「……大きく出ましたね。私が貴方に速さで負けるとも?」
「いえ、速さでは勝てないでしょう。ですが今の私なら文さんより早く博麗神社に辿り着けます」
「なるほど、妨害しながら競争する訳ですか。それなら……まだ貴方にも勝ち目はありますね」
「それじゃ、私が石を上に投げますんで地面に落ちた瞬間スタートという事で」
「解りました」
ちょうど手のひらに収まる程度の少し大きな石を拾い、それを思いっきり上に放り投げた。
チラッと横を見ると文さんは真剣な目つきで上空を見ていた。
その視点が上がっていったと思っていると下がり始め、それに伴うように姿勢が低くなり始めた。
あわや地に顔が付くのではないかと思い始めた時に、ドスンと言う落下音が響いた。
それと同時、文さんはその音と共に音速のように過ぎ去っていった。
あっという間に文さんが見えなくなったのを確認して、私は言った。
「じゃ、私は先に神社に行ってますね」
残念ながら無駄な時間を過ごすつもり等毛頭無い。
そんな時間を過ごしていると、たとえ冷たい疾風が体を貫こうとも、間違いなく熱さで発狂してしまう。
出来るかどうかの「実証」は無い。だが……張りぼての過信ではない、確かな自信という「確証」がある。
目を瞑り頭に光景を思い浮かべる。今日初めて戦ったあのメイドを。いつも見ているあの方を。そして……こんなにも体を熱くする霊夢を!
ふわふわとした感覚が体を包み込み、次に目を開けた時、博麗神社に設置した分社が最初に目に入った――
――――
霊夢は神社の縁側で茶を啜っていた。
そろそろ日と夜が落ちる頃だろうと思い、晩飯の準備でもしようかと意気込んだが、分社に突然現れた気配を察知し、茶が冷めない事を祈りながら足を運んだ。
そこで目の前の人物を疑った。
「早苗?」
どう見ても、そうだろう。力のある妖怪が化けているようにも見えないし、そういう気配も無い。
だが明らかに纏う雰囲気は違っていた。それに霊夢の記憶の限りでは、早苗は分社へワープする技術を持っていなかった。
「何か用かしら?」
肩の出血が多少気になったが、急いでいるという雰囲気でもないし、ちゃんとした手当てもしてある様なので関係無いだろうという結論を下した。
先程から小刻みに震えながらも沈黙を貫いていた早苗が言葉を放った。
「貴方が暇だろうと思って。弾幕ごっこよ」
「いや、暇じゃないし。これから晩御飯の準備しないと……。そうだ、あんたも食べてく? 手伝ってもらうけど」
「そう言わずに、良いじゃないの。もし私に勝ったら晩御飯でも何でも作ってあげるわよ」
「私に勝ったらって……あんた物凄い弱いじゃないの。まあ良いけど、すきっぱらに位はしてよね」
「ええ、私の一戦で満腹にしてあげるわ」
霊夢は怪訝そうに早苗を見たが、どうせ戦えば解るだろうと思い、お払い棒を手に取って早苗と距離を広げた。
空を飛び、凍てつくほどの寒さに身を震わせながら早苗に目を向けた。その余裕の表情からは、寒さを感じているのかは怪しい。だが、その表情にはどこか悲哀と哀愁が混じっていた。
「さあ霊夢、神前試合を始めましょう」
それが、合図となる。
まずは霊夢が札と陰陽球そこらかしこに、駄々っ子の如く投げ散らかす。それと同時に自らもフッと姿を消した。
風を切って進む札は、しかし早苗を守る風までは切れなかった。
鈍重な陰陽球が威風堂々と早苗の元へ集うが、これを何の問題もなくさらっとかわした。
そして最後に姿を消した霊夢が後ろから――
「わかりやすいわね」
――蹴りを入れるがそれは造作も無くかわされた。
この一撃でさっさと決めると言う心算のあった霊夢は、早苗に背中を見せたまま、大きな隙を作っていた。
そこへ早苗が思いっきり星の弾幕を叩きつけた――筈だったが、霊夢に近づいた瞬間、吸い込まれるように消えてしまった。
早苗もまた、早くもこの一撃で決まると思い込んでいたので、霊夢の様に隙は作らずとも大きく驚愕した。
「もしかして今の結界? 弾幕を消すなんて何か卑怯に感じるわ」
「私もあんたの変わりっぷりが卑怯に感じるわ。ついこないだまで物凄いオロオロしてたのに」
「ほら、なんだっけ。何とか三日会わずば刮目して見よとか言うじゃない」
「あんた女でしょうに」
「ああ、男子だったっけ」
「何か締まらないなぁ……。気も乗らないし今日はやめない? わざわざ戦う理由なんて無いし」
霊夢のその声で、早苗の表情がずっと暗くなる。
霊夢は何かおかしな事を言ったかと思ったが、直ぐに早苗から返答が来た。
「戦う理由……どうだろ、解らないわ。でもやらないといけない気がするのよ。この良く解らないものが私にあの夢を見せるのかもね」
が、それは霊夢からすれば余りに理解に苦しむ返答だった。
少し苛立たしくなって来た霊夢は、語気を荒げて再返答を要求した。
「勝手に自己完結するんじゃないわよ。私にも解るように説明してよ」
「霊夢は……」
だがそれは無視されて、いよいよ霊夢はイラつきが増してきた。
「異変解決してる時、楽しかった?」
「ああ、もう! 解んないわよ、そんなこと! 私がもっと小さい頃から異変解決してたんだから!」
「小さい頃から……そう」
早苗は視線を下に落としたまま、微動だにしない。
延々と考え事をしている様で、やっと顔を上げたかと思うと、じっと霊夢を睨み、迷い無く言った。
「やっぱり、貴方とは分かり合えそうに無いわ。戦い、続けましょう」
その声と同時に、霊夢は距離を離し、早苗は弾幕を展開した。
展開した弾幕は、準備であり、神の召還。
視界が全て星で埋まる。赤と青の支配する、星の世界。
この大量の弾さえも、後の大奇跡のための、伏線。
――サモンタケミナカタ――
「くっ……」
霊夢は避けながらひたすらに早苗への反撃するが、大量の弾幕のお陰で目に入ることすらない。
その上先程早苗の弾幕を完全に防いだ筈の簡易結界が、弾一発でひびが入るのだ。これでは使い物にならない。
(何なのよコイツ……この前より……いや、さっきより明らかに……)
強く、なっている。
それは疑いようの無い事実だった。
事実確認の為の思考。しかしその思考が皮肉にも――
「ぅあ゛!」
――隙を生み、左腕に弾が直撃した。重く、速い一撃が、辺りに血の臭いを撒き散らした。
それを目にした早苗は、喜ぶ事無く、淡々と言い放った。
「霊夢、その程度じゃないでしょ。私と戦った時はもっと強かったじゃない」
その声に、霊夢は弾幕を回避しながら答える。
「うる、くっ……っさいなぁ。大体、こっち、は戦いたい訳でも、ないし、異変、でもないの、よ」
「貴方には無くても、私には理由があるの。本気で戦ってくれないと、意味が無いわ」
「理由!? はっ、どうせ私に、負けて、悔しく、って、眠れない、とか、そん、な、理由……でしょう!」
挑発のが早苗に飛ぶ。
霊夢は何の気無しに言ったことだが、早苗の反応は挑発のそれを遥かに上回った。
「そんな……そんな軽いものじゃないわよっ!!」
その声に天、地、人全てが威圧される。しかしその叫びを引き出した霊夢は――怒ってはいるものの――至って冷静だった。
早苗は、先程以上に大きく、雷の如く叫んだ。
「外の世界で……必死に自分を殺して生きてきた私の気持ちが! 貴方に解る筈無いでしょう!?」
霊夢は俯いている。
言葉を全く発する事無く、弾を避ける事にのみ集中している。
「小さい頃に、友達と遊ぶどころか……作る時間さえ貰えないまま! 秘術を! 身に着けたのに! それを使うなですって!?」
霊夢はまだ、俯いたまま、しかしぼそぼそと誰にも聞こえない声を出している。
「ずっとずっと……我慢してきた! 八坂様を冒涜するような行為を行う輩の前でも、私はいい子にも秘術を使わなかった! 自分の為でもない、他人のためでもない、ましてや神の為でもない!! 私の術は、私は! 何の為に外の世界に居たのよ!?」
霊夢は何も答えない。
しかし纏う雰囲気は、先程までとは一転していた。
「そして幻想郷に来て! なんの我慢をしなくていいと思った矢先に! 貴方に負けたのよ!」
霊夢がやっと顔を上げて早苗を睨みつける。
やっと見えた早苗は、目から涙を止めようとする事も無く流し続けている姿だった。
「あんまりじゃないの……外でも内でも中途半端な……私は、私はぁ! いつまでピエロを演じればいいの!? 答えてよ! 博麗霊夢!!」
早苗の声に、霊夢はやっと口を開く。
「……さっきから聞いてれば、完全に逆恨みじゃないの。あんたの不幸自慢聞かされた所で、私はどうしようも無いし、どうもするつもりは無い」
静かに言い放つが、先程から明らかな怒気が霊夢を包み込んでいる。
いつ爆発してもおかしくはないが、早苗は遠慮なく言い放つ。
「そんなこと……解ってるわよ! こんな戦いに意味は無いし、私も満足できるとは思えない! でも、貴方に勝たないと……」
そこで、言葉が途切れる。
今頃になって早苗は必死で押し寄せる涙を拭っており、今までとは比べ物にならないくらい、か細く言った。
「……自分が……惨めでしかたが無いのよ……」
早苗はずっと目を拭っている。
目は痛々しく真っ赤に染まっているが、霊夢は何の気遣いも必要ない、とばかりに言った。
「……行くわよ、泣き虫」
その言葉に同情など全く無い。
元よりイラついていた事も関係して、霊夢の感情は完全に怒りで満たされた。
目の前の奴を思いっきり殴ってやらないと気が済まない――弾幕ではなく、殴らないと気が済みそうにないのだ。
思考が、異変解決の時のように切り替わる。今ならば蜘蛛の糸の隙間を縫いながら相手に必勝の一撃を与える事が出来る。
誰が呼んだか紅白の蝶という二つ名は、霊夢の戦闘スタイルをこの上なく的確に表していた。
そして霊夢の言葉に反抗するように、早苗の目から自然と涙が止まった。
真っ赤に染まった目は果たして本当に涙によるものか。早苗は紅い月を見上げながら、言った。
「良いわよ……そうこなくっちゃ……こっちも、準備は終わったわ」
不思議と、爽快な気分だった。外聞を気にせず思いっきり泣いたことなど、早苗にとってはこの上なく久しいことだった。
互いにスペルカードを取り出し、この勝負にかける気迫を相手に伝えるため、声を大にして思いっきり叫んだ。
「「大」」
声のタイミングは、奇しくも同じ。
声の大きさも、奇しくも同じ。
果ては頭の文字さえ、奇しくも同じ。
だが、それだけだ。
霊夢は自らの名を冠した弾幕の結界を。
早苗は自らの神の名を冠した神風を。
「結界」
「奇跡」
結界が広がる。
結界を抜けて風が吹く。
霊夢の時空が支配する。
支配されまいと風が押す。
完全な、拮抗だった。
スペルが発動する事無く、相殺しあっている。
(焦れったい!)
それはどちらの気持ちか、二人同時に、相手目掛けて飛んだ。
瞬きする間も無く、二人は互いの顔がやっと視界に入るくらいの距離へ来ていた。
「はぁっ!」
霊夢の拳が飛ぶ。
左の手の平に吸い込まれ、軋む。
早苗は拳ごと霊夢の体を吸い寄せ、体を思いっきり左へ捻り、蹴りを入れる。
霊夢の簡易結界が作動、早苗の蹴りによってそれは砕け散り、そのまま二人はそれぞれ逆方向に吹き飛んだ。
その状態のまま、霊夢はアミュレットを飛ばした。
それに気付いた早苗は、風を巻き上げ、アミュレットを空へ吹き飛ばした。
「そんな紙切れが、私に届くわけが無いでしょう!」
「上を見てから言いなさい!」
乗せられるままに、空に目をやる。
上空では、渦巻く風の中を大量のアミュレットが静止していた。
いや、正確には少しづつ、早苗に近づいていた。
「嘘……!」
「博麗アミュレットは敵を捉えるまで決して止まったりはしない。例え台風のような風に巻き込まれようとも」
「こんな……ものぉ!」
「っ!?」
アミュレットは、風の流れに従ってグルグルと廻り始めた。
轟々と鳴る風が指し示す事実はそう、風の勢いが強くなっているのだ。
(そんなっ!? 今まで加減していた!?)
いや、そういう風には見えない。
何より東風谷早苗は、そんな事が出来るほど器用な戦い方が出来る経験は持ち合わせていない。それは霊夢の、絶対的な勘が告げたことだ。
ならばただ一つしかないじゃないか。
(成長……してる……)
信じられない。
だが確かに、今この瞬間に、こちらの力量に呼応して強くなっているのだ。
霊夢は、またも俯き、早苗を見る事無く呟く。
「そんな……こと……」
早苗、その隙に霊夢の眼前に迫る。
しっかりと後方に引かれた右腕は、体の回転と共に思いっきり霊夢の体に突き刺さる――
「認めて……たまるかぁーっ!!」
――筈だった。
しかし気合一閃。早苗は吹き飛ばされる。
それでも起こした風は弱っていない。弱っていないが――風の勢いに軽々と逆らって、今にも自分を食らわんと襲い掛かってくる。
だがそれも早苗の意思に応えて再び強くなった風に吹き飛ばされる。
そしてそれも霊夢の意思に呼応して強くなるアミュレットが風に逆らい、それに対して風が強くなり、逆らい、強くなり……。
いつまでも同じ事象の繰り返しに人は耐える事が出来ない。
それを証明する様に霊夢が、そして早苗が言った。
「弱い! 弱いのよ、博麗アミュレット! 風を裂いてあいつの肉を抉り取れ!!」
「遅い! 遅いわ、信仰の器! 思いの全てを力に変えろ!!」
霊夢も早苗も理解した。
これは己の信仰と器を試す試合だ。
どちらが神に仕える者として相応しいか。
違う事無く、神前試合だった。
「っはは! その程度かしら、霊夢! 紅白の蝶の名が泣くわよ!」
「まだまだ余裕よ! あんたこそ、その程度のそよ風しか起こせないんじゃ風雨の神の……八坂の名が泣くわよ!」
「片手落ちの癖に余裕があるわね!」
「蝶に手は必要無いのよ! それに肩落ちに言われたくはないわ!」
早苗も霊夢も、笑う。
それは十余年程度しか生きていない小娘の笑みなどではなく、戦神のそれだった。
そして笑みを更に鋭くし、威圧などではなく、天が、地が切り裂かれん程の叫び声を上げた。
「風ごとあんたを貫いてやるわ、八坂の代弁者!」
「風にまかれて息絶えろ、紅白の蝶!」
アミュレットが近づく。
それに伴って風も強くなる。
今の二人は、一秒、一瞬毎に強くなっていた。
今や、霊夢のアミュレットは掠るだけで大木をなぎ倒す。
今や、早苗の風は大木すらも宙に浮かす。
それでも二人は流されない。
大木を切り裂くアミュレットが自らに殺気を向けようとも、眉一つ動かす事も無い。
大木を宙に浮かす風にまかれても、髪型一つ荒れる事は無い。
早苗は霊夢の元に飛ぶ。
霊夢も早苗の元に飛ぶ。
拳が肉を欲し、また肉が拳を欲しているのだ。
殴る為。
殴られる為。
貫く為。
貫かれる為。
吹き飛ばす為。
吹き飛ばされる為。
殺す為。
殺される為。
それら全ての為に、ひたすら無心で、引き寄せられた。
「裂けろ!!」
「吹き飛べ!!」
霊夢の右手が、早苗の右手が、互いの心臓目掛けて放たれた――その瞬間。
互いに忘れ去っていたスペルが、拮抗を破り、爆音を渦巻かせた。
スペルが、自らの術者の力に耐えられなくなって力を開放したのだ。
これにより大爆発が起こり二人とも――
「う……」
「あ……」
――気を失って地に伏した。
――――
「これは酷い」
それは、神社の惨憺たる様子を端的に表した文の言葉だった。
石段石は抉り取られており、神社の支柱がごっそりと折られている上、嫌がらせの様に役目の無い賽銭箱が大木によって見事に大破している。
文は先程からシャッターを回しながら、考え事をそのままブツブツと独り言にして出していた。
「巫女二人、神祭中に大喧嘩? いや……罰当たり巫女、ついに神の怒りに触れる……巫女、酒に飲まれて神社を破壊……ううん、悩むわ……」
目に入る景色全てを写真に収め終わった頃、やっと気付いたかのように大げさに言った。
「おおっと、博麗神社の巫女に最近幻想郷に来た巫女らしき人じゃないですか。駄目じゃないですか、こんなところで寝ていては風邪を引きますよ。仕方が無い、私が縁側まで運んで差し上げましょう」
勿論、誰も答えない。
早苗と霊夢を縁側に運び、自分を含めた写真を取った後、それを目に付きやすい場所に置いた後、呟く様に、しかし恩着せがましく言った。
「お礼? いえいえ、結構です。その代わりインタビューには答えて下さいね」
霊夢がもぞもぞと唸りながら動き始めた。
それを見て文はポケットからペンとメモを探す、が。
「ああーっ! メモとペン忘れたあああああぁぁぁ!」
言うが否や、文は疾風となり空へ消えた。
「んん……もう、騒がしわね……」
霊夢は体を起こすと、目に映る惨状に対して何度も何度も目をこすったり、もう一度眠って見たり、早苗の頭をお払い棒でガンガン叩いたりしてみたが、目の前の光景は何も変わらなかった。
そこで記憶がよみがえり、とりあえず早苗の肩を掴んで叫んだ。
「早苗ぇー! アホー! 今すぐ起きろぉ!!」
「ぅぅ……まだ七時くらいでしょう……もう少し寝させて下さい……」
「んな言葉は朝に言え!」
思いっきり早苗の頭を叩いた霊夢は、がっくりとうな垂れて下を見ると、苦しそうに呻いている二人を尻目に満面の笑みでピースを作っている文の写真があった。
そうか、よし、殺す。
「痛ったぁ~……」
「オーケー、覚悟しろ大罪人。この神社一つの価値も無いお前が! 死んで償え!」
「っつ! いきなり何をほんとすいませんでした」
起き上がり、境内の景色を見た瞬間の土下座だった。
ため息をつき、「もういいわ」と霊夢が言った。
その言葉を受けて早苗は恐る恐る顔を上げた。
……少し後悔しつつ、恐る恐る言った。
「これ……どうしよう……修繕費、出そうか?」
「……半分出してくれれば良いわ。それよりお腹空いたでしょ? お餅でも食べましょ。焼いてくるわ」
「はい……」
少しだけ、緊迫した空気が漂った。
霊夢としてはもうそれほど気にしてはいないのだが、早苗は性格上バツが悪かった。
「焼けたわよ。六つあるから好きなだけ食べると良いわ」
「ん、ありがとう。いただきます」
何となく食べる気分では無いのだが、適当に取った餅を口に運んでおいた。
包まれた黒い餡はそれを覆う餅よりも熱く、口の中で転がす事で冷ましながら食べていた。
「辛気臭い顔ねえ。食べる時くらい気楽にすれば良いじゃないの」
「でも……」
「こっちまで不味くなるじゃないの。折角私がとっといた餡子入りのを用意したのに……あ」
「どうしたの?」
「私の餅……餡子が入ってない……」
驚きと失望が入り混じった様な声で、霊夢は言った。
早苗はその声の質と発言内容のギャップがもう面白くて面白くて。
「ふふっ……あっははははははは!」
思いっきり笑った。
それを聞いた霊夢はすねていじけた様に、
「何よ……自分だけ良い思いして」
と言った。
それでも全く止まない早苗の笑い声を前に、霊夢もどうでも良くなってきて、思いっきり笑った。
そしてふと、見えない時に神妙な面持ちになって、言った。
「それはそうと早苗、今日は泊まっていけば? もう暗いし、帰るのも一苦労でしょ」
「え、いや私もう瞬間移動出来るからすぐに帰れるわよ?」
「いいから。神社ぶっ壊した原因の大半はあんたなんだから、この提案くらいは聞き入れなさい」
「うう……そう言われると弱いなぁ……。じゃあ、八坂様たちに泊まるって言ってくるわ」
「あ、着替えとか布団とか持ってきてね。うちに布団が一つしかないのよ」
「えらく来訪者に厳しい神社ね。じゃあ直ぐ戻ってくるから」
外へ出て行く早苗を見送った後、霊夢はふと思い出していた。
――……さっきから聞いてれば、完全に逆恨みじゃないの。あんたの不幸自慢聞かされた所で、私はどうしようも無いし、どうもするつもりは無い――
思いっきり、後悔した。
我ながら考え無しの言葉だ。
怒りに身を任せていたので気付かなかったが、あれはずっとずっと溜め込んだ、誰にも話す事の出来なかった感情の発露だろう。
まだ付き合いの浅い私に、一種の信頼のような形で吐き出してくれたのだから少しくらい応えてやってもよかったのに。
早苗が外で誰かに自分にした話を言ったらどうなるだろうか? 簡単だ。
他人に話せば気狂いだ。「みんな」理解できないのだから。
神に話せば冒涜だ。もっとも、あの二人がそう感じるとは思えないが、早苗はそう感じるだろう。
しかし反面、ありがたくも思った。
早苗にとって自分は他人ではないのだから。
ならばそれに応えなければならない。
明日は、散々いろんな場所に連れ出した後、あいつの家に泊まってやろう。
今まであいつが他人に踏み込まなかったであろう分、私は土足で踏み荒らしてやる。
「持ってきたわよ。あとこれ、八坂様からおみやげの甘露ね」
「おお、神奈子よく分かってるわね」
「一応、様付けして欲しいんだけど……」
いや、私だけではないか。
ここの奴らはみんなみんな、土足で踏み込んで荒らしていく。
けれどもそれが楽しくて、誰にだろうと気が置けない。
楽しませてやる、なんて偉そうな事は言わない。
可哀想に、なんて心にも無い同情をするつもりも無い。
ならば唯一つ。
嫌味ったらしく、これまで私が経験してきた一生分の楽しみを押し付けてやる。
「早苗」
「何?」
でもその前に。
「今日は外の世界での話を聞かせてね。割と興味あるのよ」
「外界の話か~。なんか恥ずかしいなあ」
酒を飲ませて今までの鬱憤を晴らさせてしまおう。
「じゃ、余計なものを紛らわす為にお酒でも飲みましょっか」
「う~、私お酒あんまり飲めないんだけど」
「飲める範囲で良いわ。酔い潰れたりされたら話聞けないし」
あんたの愚痴の一つでも聞いてやらないと、フェアじゃないもの。ね。
「乾杯」
「乾杯」
今宵の愚痴は、肴になるほど心地良い。
咲夜さんがクナイを使う作品は珍しい
霊夢も早苗も拳で殴りあうなんて、どこの少年漫画だw
ええい!もっとやれ!
でもこういった無意味に熱い話は大好きです。
実際に血生臭い経験の無い早苗さんは、幻想郷で上手くやっていけるのだろうか。
しかし戦闘シーンの熱さは素晴らしい
心情と行動のリンクも面白かったけど、ここはもっと練りこめたかも
次回も期待しています
早苗さんは歴代5ボスの中でも一番弱いよね。
割と真剣にドンパチする巫女とかぶっちゃけ本心とか、あまりみかけない展開だったのはちょっと新鮮でした。
でもテンポが早い。話の筋も早苗の理由付けもなってるにはなっているけれど、心情変化が簡潔すぎるような。
あと人物の強弱バランスも少し大げさな気がしました。
好きですが。
ただ発想はとても面白いと思いました。戦闘シーンもめっさ熱かったし、それが終わってからの気安い雰囲気も、自然で印象が良かったです。
それにしても博麗神社が半壊するとはどれだけ激しい戦いだったのかとw
下の方から順に返信をしていきたいと思います。
>名前が無い程度の能力さん
ううむ、自分としては少々冗長かもしれないと思いましたが、あの程度ではやはり説得性に欠けるようですね。短い文でもそれを持たせられるようにしたいです。
そういえば咲夜さんはナイフ、時止めといったものが目立つためか、クナイは見ないかもしれませんね。
>名前が無い程度の能力さん
前々作で「熱さが足りない」とのご指摘を頂いたので、とりあえず熱くと言うのは一つの目標でもありましたw漫画版封神演義やドラゴンボールが影響したのかもしれません。あ、男塾もか。
しかし台詞に頼っているのが大部分かもしれません。
しばらくバトルものを書くつもりはありませんが、常時厨二病の身でありますのでいつ破られることやら。
>名前が無い程度の能力さん
自分でも結構強引だったと思っています。
もしかしたらギャグで発表した方が良いんじゃないのかという考えが頭をよぎりましたが、流石に躊躇いましたw
うまくやっていって欲しいですね。
自分の中の早苗さんは、外界で思いっきり自分を抑えていたと言うイメージがあるので、幻想郷の中でくらい恵まれたものであってほしいと思っています。
>Noxiousさん
心情の練りこみはもっと磨かないといけませんね。これ一つで相当な武器になると思いますし。漫画の部分が大きくなると言うのはやはり漫画の影響が相当大きいんでしょうねぇ。
三人もの方に「熱い」と言っていただき非常に有り難く思います。
そして次回も期待していますという言葉を都合よく受け取ってなお嬉しかったり。
>名前が無い程度の能力さん
妖夢の強さと、咲夜さん及び鈴仙の能力の前では流石に霞みます。
妖夢と比べて弱い。かといって鈴仙や咲夜さんの様な強力な能力を持っている訳ではなく(弱いから能力が過小に評価されているのかもしれませんが)……
ある意味悲しいキャラかもしれません。
>名前が無い程度の能力さん
しかし何となく東方とはかけ離れてしまったかもしれません。
話の筋に関しては、レスを見ている限り最低限しか書いていない印象になるようですね。心情変化は……やはり苦手のようです。前述の通り克服したいのですが……。強弱バランスは確かに美鈴が無駄に強くなってしまったかもしれません。自分の中では3ボス程度の強さだと常に思っているのですが。
>名前が無い程度の能力さん
まさしく超展開。最初のコンセプトとしては成長した早苗さんと霊夢が勝負するというものでしたので、そこまでが適当になってしまったのかもしれません。
「少女の憂鬱」良い響きですね。こういうのをメインのテーマにして書きたいんですが、もう何度か書いているように心情描写がヒョロヒョロプーなもので、もっと腕を上げたいと思います。
>Seji Murasameさん
「極端にした方が(後々)面白いかなぁ」という余りに安易な理由によりそうなってしまいました。
ああ、「熱い」コメントは貴方で四人目です。ここまで頂けたという事は一つの目標は(調子に乗って)クリアしたと見てもいいんでしょうかねw
発想が面白いと言うのは喜ばしい限りです。文章力の無い内はそれで勝負しないとなりませんから。「キャラ同士の気安さ」も東方の魅力の一つですよね。
こういう世界だから早苗さんは思いっきり叫べたのかも?
自分の脳内の後日談では、神社の完全修理が終わった直後に緋想天の異変が訪れます。霊夢可哀想に……。
時間を割いて読んでいただいた皆様にもう一度感謝を。
その上レスポンスを下さった皆様にもう一度深い感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
そろそろ眠いので風呂に入って寝ますw
早苗はこれからの成長を期待するといった意味では一番面白いキャラだと思います。
霊夢と早苗はこれを機にいい友達になってほしいもんです
相も変わらず下の方から返信したいと思います。
>名前が無い程度の能力さん
次回作で強くなっていたりしたら妄想の幅が広がりますね。
ただ現状では厳しいって言われてますね……。
まあ緋想天には出るでしょうからそれに期待します。
というか次回作にも出ると思ってますw
>名前が無い程度の能力さん
`¨ - 、 __ _,. -‐' ¨´
| `Tーて_,_` `ー<^ヽ
| ! `ヽ ヽ ヽ
r / ヽ ヽ _Lj
、 /´ \ \ \_j/ヽ
` ー ヽイ⌒r-、ヽ ヽ__j´ `¨´
 ̄ー┴'^´
>ぐい井戸・御簾田さん
設定(と言うのだろうか)を面白いと言われたら相当嬉しいです。
ありがとうございます。
今考えてみたんですが、霊夢が早苗さんにからかわれるっていう関係が一番好物かもしれません。萃夢想ではからかわれやすいって言われてましたしね。
緋想天で出番が有れば間違いなく絡むでしょうから、次回作で絡みに絡むことを期待しています。
感想を下さった皆様、もう一度ありがとうございます。
そしてそろそろ眠いので寝ます。おやすみなさい。
美鈴の弾幕も咲夜さんの弾幕(特に通常)も分かりやすく書かれていて
画面がハッキリ頭の中で再生されていました。
後半の少年マンガのような展開もGJ!
後味も最高です。
久々に来て見たら褒め殺しが。ありがとうございます。
しかし見たものをそのまま飾り気無しに書きましたからね。
ゲームやったこと無い人は光景が相当浮かびにくそうですw
関係ないですがBGMに少女が見た日本の原風景 を聞きながら読むとグッときました(^^)
少女が見た日本の原風景、あれはいいですよね。
自分は紅魔郷が一番好きなんですが、あの曲はどこか紅魔郷に似た、閉鎖的な雰囲気が出てると思うんですよ(いやまあ閉鎖的とかは全部主観ですが)
外から幻想郷への移住した時の心情なようなものを感じます。
切なげなイントロで始まって少しづつ、少しづつ勇ましくなっていってサビで登場、というのは風神で一番好きなシーンです。
そして信仰は儚き人間の為に、と少女が見た日本の原風景、の終盤が似ていることもあって、二つで早苗のテーマなんだ、と思いました。
……あー、書き終わってみたら曲感想になってますね。読んでくださり、ありがとうございます。
なんていうかロードムービーの主人公のように。
イセンケユジさんの描く、早苗さんの「これから」を更に期待します。