雨が樹木の皮を打つ。葉を打つ。
雨が奏でる音はリズミカルに鳴り続ける。
こう描写すれば、文人墨客ならば創作意識が湧きそうな、風情のある光景が読者の脳裏に映るだろうが、実際、雨というのは豪雨で、風情を感じる暇があれば雨宿りすべき場面だ。
そんな、雨宿りが基本的に優先される状況下で、魔法の森を疾走する影があった。
フランドールを背負った美鈴である。
彼女の足が抉った地面の痕は、豪雨によってすぐにかき消される。
美鈴は、魔法の森の木々を縫う様に駆け抜けていた。
「妹様!あと2分ばかりご辛抱を!」
美鈴は、豪雨と自分が空気を切る音に負けないように大声を出した。
フランドールはその呼びかけに答えず、
「まり……さ……」
と呟いた。
これが「悪魔の妹」と恐れられた破壊神なのだろうか。
美鈴は雨の弾幕を駆け抜けながら思った。
これではただの好きな人のことを思う子供ではないか。
美鈴は雨の中苦笑する。
自分のことはどうでもいい。
だから早く魔理沙のところへ……
フランドールが考えているのは大体こんなところだろう。
本当に子供である。
自分より何倍も長い時を生きてきた、背中の少女を、美鈴は思う。
が、美鈴は、そんな子供は間違っても嫌いではない。
子供のそういった無計画な考えを否定する気にはなれない。
「行きますよ妹様!」
美鈴は自身の足に気を込めた。
美鈴が気を解放した次の瞬間、美鈴の足元が派手に爆ぜた。
――――――――――
「うっ……」
美鈴は思わず鼻を押さえた。
漂うは悪臭。
何の臭いかは少し考えれば分った。
まさに惨状、地獄絵図。
目の前に広がる光景を形容するにはその言葉が最も適当だろう。
ここは森の中にある野原。
普段の晴れた日ならば、陰気な魔法の森には似合わない、陽光溢れる野原である。
現在は、惨状、地獄絵図。
地を濡らすのは豪雨だけではなかった。
野原には似合わない、炭化した箒が一本落ちていた。
彼方此方焦げた山高帽が落ちていた。
惨状の中心には、赤い液体まみれの肉塊が一つ転がっていた。
悪臭の原因はこれだった。
焦げた肉と血の臭いだった。
周囲の木々の幹には、雨が降っているというのに、赤い血痕が飛び散っていた。
美鈴は顔を顰めながら惨状に一歩近づく。
野は、美鈴が踏み出すごとに、たっぷりと含んだ雨水と血を染み出す。
「まりさ……」
背中から声が聞こえたので、美鈴は腰を屈めて、背中の荷物を降ろした。
降ろされたフランドールは、ふらふらとした足取りで、悪臭の源へ歩いて行った。
一歩歩くごとに、スカートの端から滴が落ちる。
「まりさ……」
「魔理沙だったもの」の傍まで来ると、フランドールはへたり込んでしまった。
「魔理沙……」
フランドールは、その名前を、肉塊の傍で呟きだした。
目はひたす見開いたまま。
その目からは流れる雫は、果たして涙か、それとも雨か。
「魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……」
フランドールは呟き続ける。
手を付きながら呟き続ける主君の妹君を見ながら、美鈴は非常に遣る瀬無い気分になった。
死体という比較的見たくないものを抜きとしても、美鈴にとって、茫然と呟き続けるフランドールは、見ていて気分が悪い。
だからと言って声をかけようもない。
どうしようもなくなった美鈴は、取り敢えず惨状の様子の方を見た。
箒の状態を見て、魔理沙は上空で雷に打たれたのだろう。
雷の電圧は非常に強力で、打たれた者の体は嫌でも硬直する。
魔理沙の死因は、正確には雷ではなく、雷によって落下したことが原因だったのだろうか。
しかし、今となっては、それを確かめる術はない。
魔理沙が箒無しで飛行していた光景を見たことはない。
箒無しでは飛べなかったのかもしれない。
魔理沙の「魔法使いは箒で飛ぶもんだぜ」論故だったかもしれないが。
仮に飛べなかったとしたら、落下中に意識があっても最早どうすることもできない。
それどころか、迫りくる地面を凝視して、最後には……
美鈴は最後までイメージしそうになって、慌てて頭を振って中断した。
今は衰弱していくフランドールと、魔理沙の死体の方を先決するべきだ。
「妹様……お気持ちは痛いほどによく分かります。しかし……」
「……分ってる。魔理沙を運ぶの手伝って……」
活発なフランドールは、何時も朱色の服を着ている。
今、その朱色の服は、雨を吸い込んで、心なしか沈んで見えた。
「めいりん……ここからどこに運べばいいかなぁ……」
「えっと……ちょっと待ってください」
美鈴は、現在地から最も近い「気」を探る。
「……あっちならばここからすぐに辿り着けます。行きましょう」
美鈴はある方向を指さした。
それを聞くと、フランドールは魔理沙の亡骸を抱え上げた。
美鈴は狼狽する。
「い、妹様……!私が運びますから、妹様は……」
「黙って。魔理沙は私が運ぶの!」
雨の所為で唇が徐々に青くなっているにも関わらず、はっきりとした声でフランは叫んだ。
――――――――――
香霖堂。
魔法の森の入口にある古道具屋。
ここの店主、森近霖之助は、何時ものようにカウンターで読書をしていた。
香霖堂は全くと言っていいほどに儲かっていない。
理由はそれなりに挙げられるのだが、第一としては、店主霖之助が、この店を趣味の一環として作ったからだろう。
つまり、儲けを前提として、霖之助は香霖堂を経営しているのではない。
しかも、霖之助自身、今の状況に満足している。
仮に、香霖堂が大繁盛していたとしたら、店内は騒がしくなる。
そうなってしまえば、趣味の読書が出来なくなってしまう。
そんな店主の考えを投影した様に、店内は静まり返っていた。
霖之助が一定時間置きにページを捲る音が響く。
「……」
霖之助は、朝から嫌な予感がしていた。
勘は全く当たらない彼だが、嫌な予感ならばよく当たる。
霖之助は溜息を吐きながら本を閉じて、足元の本棚に入れた。
外からは雨の呻きが聞こえる。
雷鳴も先ほどまでは聞こえてはいたのだが、今は止んでいるらしい。
彼はカウンターに肘をついて目を瞑る。
こうやって、視覚の情報を遮断して、耳のみに感覚を集中させると、生命溢れる幻想郷の大自然が彼を優しくつつみこ
声が聞こえた。
雨の声だとか、風の声だとか、それこそ雷の声とか、筆者は一切比喩表現を使用していない。
明らかに自然の声ではなく、人妖の類が発する声。
彼は溜息を吐いた。
声はどんどん近付いてくる。
「……とさま……もう少し……しんぼ……」
「……ってる」
声の種類からして、二人。
どちらも女性らしい。
また面倒なことか。
霖之助がそんなことを考えている間にも、声は近付いてくる。
ここまで来ると、会話の内容も理解できるようになってきた。
「すぐそこです!すいません!香霖堂さん!扉を開けてください!」
お呼びのようだ。
霖之助は3分もない時間の間で、3度目の溜息を吐いた。
霖之助は、割と長く生きてきた。
割と長かった生涯で、これほど後悔したことはない。
これからの生涯で、一生この後悔を引き摺って行くことになるのだろうか。
扉を開かない方が良かったと、開いた後に後悔した。
勘は全く当たらない彼だが、嫌な予感ならばよく当たる。
扉を開いた先に立っていたのは、脇に炭化した箒を抱えた背の高い、赤い髪の派手な、大陸風の服を着た女性と、形容しがたい物体を大事そうに抱きしめている、七色の翼を生やした、金髪の少女だった。
「……!」
霖之助は、そのあまりの衝撃に声が出なかった。
彼の眼鏡越しから覗く眼は、少女が抱えていた形容しがたい物体を捉えて離さなかった。
「……」
気まずい沈黙を、雨の協奏曲が更に引き立てていた。
――――――――――
紅 美鈴は違和感を覚えた。
魔理沙の亡骸を見た霖之助の衝撃は、目に見えるほどのものだったが、店の裏の、普段彼が生活しているという部屋に亡骸を寝かせた後の彼は、嫌に冷静だった。
美鈴は、咲夜から香霖堂という「店」のついでに、彼のことも少しばかり聞いていた。
何でも、魔理沙が幼い頃からの知り合いだとか。
普通、その知り合いの亡骸を見せられて、こうも冷静に行動できるだろうか。
勿論、急いでいた事態だったので、彼の冷静な判断にはかなり助けられたのだが、美鈴にはどうも納得できなかった。
フランドールは「魔理沙と一緒にいる」と言って、部屋に籠ってしまった。
霖之助と美鈴は、店内に残って、ただ何もない時間を過ごしていた。
先ほどまでは、レミリアは魔理沙の死を知っていたとか、フランドールが魔理沙の死体を回収しに雨の中飛び出したとか、そういう感じの話をしたのだが、それ以外は全く話すことが無くなってしまった。
「……香霖堂さん」
「……香霖でいいよ」
沈黙に居た堪れなくなった美鈴が喋り、それに霖之助が返す。
「……香霖さん……普通は、あそこまで冷静に行動できないと思うんですが……」
美鈴の口から疑問が出る。
「どういうことだい?」
「貴方は、魔理沙と古くから知り合いだったと聞いています。そういう人の死に泣いたりとか、ショックとか、無いんですか?」
霖之助はその言葉に、目を閉じて黙る。
「……勿論あったよ」
「……あった?過去形?」
霖之助は頷く。
「僕は妖怪と人間のハーフ、対して魔理沙は純粋な人間だ。寿命は明らかにこちらの方が長い」
「……」
美鈴は、黙って話を聞く。
「……先立たれるのは絶対だ。目に見えている。それが……少し早まっただけのことだからだよ」
「……早まっただけ?」
「そう。それだけだ」
「……貴方は霧雨魔理沙との別れを、ずっと覚悟していたと?」
「そう、なるね」
「……ッ!」
パン。
店内に乾いた音が響く。
説明しなくても分かるだろうが、美鈴が霖之助の頬を叩いたのだった。
霖之助は、殴られた自分の頬を撫ぜる。
「信じられない……」
対する美鈴はと言うと、平手を振り切った体勢のまま、目に涙を浮かべていた。
「それは、魔理沙は何時死んでもいいって言っているのと同じじゃないですか……」
美鈴の声は若干涙声だった。
「……君は、僕が魔理沙の亡骸を見て、泣き叫んで欲しかったのかい?ショックで動けなくなってしまって欲しかったのかい?」
「……いえ、そういうわけでは……」
霖之助の言葉に、美鈴は詰まる。
確かに、霖之助が冷静に対処してくれなければ、フランドールは癇癪を起して、それこそ拙い事態になっただろう。
それでも美鈴には、霖之助の考えが納得できるはずもなかった。
「……」
「……まだ納得できないようだね」
「当たり前です!人が死んだって言うのに……貴方という人は!こんな冷たい人だとは考えてもいませんでした!」
知らず知らずのうちに声を荒げる。
美鈴は、平手を握りしめた。
「……僕は知っていたんだ。必ず魔理沙に先立たれる」
「……それはさっきも聞きました」
「普段から怯えていた」
美鈴を若干無視するように、霖之助が続ける。
「女性に話すのも恥ずかしいが、僕は泣いたんだ……怖くて、魔理沙に先立たれるのが」
「ほぇっ……」
半泣きの所為か、変な声が出てしまった。美鈴もかなり恥ずかしい。
「彼女の溌溂とした笑顔を見る度、何処か安心した……まだ僕を置いて逝っていないと」
「……」
「同時に、この笑顔が見れなくなる日が来るのかと、また怯えた」
「……」
「その繰り返し。何度も、魔理沙に先立たれることを恐れて僕は泣いた。今では、そのリズムに慣れてしまったんだよ。器の小さい僕の中に、魔理沙に流す涙はもう枯れ果ててしまったんだよ」
「……」
「それに、魔理沙は、涙を手向けられることを喜びもしないだろうからね」
「それは……確かに」
「だから僕は泣く訳にはいかないのさ」
霖之助は中指で眼鏡を押し上げる。
「魔理沙の亡骸は僕が預ろう。君達は紅魔館へ帰るんだ……雨が止んでからだよ、勿論」
「……分かりました」
美鈴は力の入った体から力を抜いた。
おかしかったのは自分だったかもしれない。
種族の違う幼馴染。
違いすぎる寿命。
それは絶対の運命。
霖之助は、それを全て知って、理解して、受け入れていた。
『お嬢様……これが運命なんですか?』
回避できない、悲しすぎる運命。
必ず幼馴染に先立たれる運命。
霖之助は、受け入れて、悶えていた。
無間地獄以上の苦しみの中で、悶えていた。
霖之助は、ある意味で、フランドール以上に、魔理沙の死を嘆いている。
ずっと前から。
『……』
「……香霖さん……本当に御免なさい……」
「……謝罪を受けるようなことは何一つされてないよ」
霖之助は微笑んだ。
美鈴にはその微笑が、どこまでも儚く、そして悲しいものにしか見えなかった。
――――――――――
雨は止んだ。
最近は日が落ちるのも早くなって、今は薄暗い。
八雲藍は台所の格子から金色の瞳を、中途半端な夜空へ向けた。
かなり分かりづらいが、雲と雲の間には星が垣間見える。
この調子だと明日は晴れか。
漸く洗濯物が干せると、少し上機嫌になりながら、藍は大根に包丁の刃を走らせる。
部屋干しは少し臭うのだ。
妖獣である藍の鼻に、その臭いは少しきつい。
ふと、藍は思い出した。
そう言えば、紫様は嵐は三日続くとか言っていたような……。
戯言だ。何時もの主の。
藍はそう決めつけて、切った大根を煮え立つ湯の中へ入れる。
どう見たって明日は晴れる雲だ。
久々に訪れるであろう明日の晴れ空を、藍は鼻歌を歌いながら思案した。
「藍さまー、今日のご飯何―?」
「ああ、橙か。今日のご飯は味噌汁と―――
――――――――――
紅魔館へ向かう途中、明るい性格である筈の美鈴とフランドールは、暗い表情を顔に浮かべたまま、霧の湖の上空を飛行していた。
「……」
お互い何も喋らない。
「……妹様、紅魔館が見えてきましたよ……」
美鈴は沈んだ声でそう言って、向かう先の一点を指差した。
「うん……」
同じく沈んだ声で、フランドールが答えた。
美鈴が指さす先には、数少ない紅魔館の窓から光が点々としていた。
二人は、湖の小島に降り立つと、肩を落としながら門をくぐった。
――――――――――
霖之助は魔理沙の横に座っていた。
魔理沙の体に付着していた血と泥は綺麗に拭き取られていた。
彼に出来るエンバーミング(死体に施す衛星保全のこと)はこれ位しかできない。
死体の消毒とか、血液を抜き取るとか、動脈に防腐剤を入れるとか、そう言ったことは専門家でないとできない。
考えられる専門家として、永遠亭の薬師が思いつくのだが、力の無い霖之助が夜の幻想郷を歩いて呼びに行くことはできないし、かといって、肉体的にも精神的にも疲弊している美鈴とフランドールに頼んで呼びに行かせるわけにもいかなかった。
そして何より、霖之助自身が呼びに行きたかったのだ。
「魔理沙……」
彼は、少なくとも運ばれてきた時よりは綺麗になった魔理沙の頬をそっと撫でた。
「力の無い僕の所為で、綺麗な姿になれなくて……すまない」
魔理沙の金髪を指に絡まらせる。
「……明日は朝一番に頼みに行くからな……」
霖之助は拳を握り締める。
暗い部屋の中、ガス灯の灯が揺ら揺らと揺れ、それに伴って、霖之助と魔理沙の影も揺ら揺ら揺れる。
「魔理沙……」
彼の握り拳から血が流れ始めた。
「力の無い僕を……涙を堪え切れない僕を……許してくれ……」
幻想郷の、夜。大嵐の後の静けさ。
仄かなガス灯の灯が揺れる、少女が香霖と呼び、慕った森近霖之助の部屋で、一人の男が、静かに涙を流していた。
――――――――――
「ん……」
私は目を開けた。
地下牢の外から、忙しなく何かが駆け回っている音が聞こえる。多分メイド。
ということは、朝のようだ。
「全然寝れなかったなぁ……」
最近、私は吸血鬼らしくなく、昼に起きることに凝っている。
理由としては、魔理沙が昼に来るからだ。
だから、普通は夜に起きるべき生活のリズムを昼にしている。
もっとも、その魔理沙は昨日……
私は地下室の中でがっくりと肩を落とした。
死んだ。それが現実。
さっきも呟いたけど、私は全然寝れなかった。
疲れていたのに。
だから、眠りたかった。
けど、眠れなかった。
いや、眠りたくなかった。
眠りたいのに、眠りたくなかった。
眠ったら、絶対怖い夢を見るから。
あー、まんじゅう怖くない。
……
一人でふざけるのは虚しい……。
「……魔理沙に会いに行こう……」
私は重い足取りで地下牢の扉へ向かった。
――――――――――
「あ、咲夜」
大ホールに向かう途中、咲夜に会った。
「妹様?どちらへ?」
「えーっと、あの古道具屋」
魔理沙の亡骸がある場所の名前は忘れた、というか見ていなかったけど、咲夜は事情を美鈴から聞いている筈だから、これで分かる筈だ。
「古道具屋……香霖堂ですか」
咲夜はすぐに事情を酌んでくれた。
「妹様、今日は晴れ模様でございます。外出なさるのでしたら、これをお使いください」
と言うと、咲夜は薄桃色の日傘を差し出してきた。
……咲夜持ってたっけ?日傘。あ、そうか。時間を止めたのか。
「うん、ありがとう」
私はそれを受取って、開いてみた。
彼方此方にレースが縫い込んであり、綺麗だった。
「うん、良い日傘。ありがとう咲夜」
もう一回お礼を言って、私は大ホールへ向かった。
ところで、私って外出しちゃいけないから監禁されたんじゃなかったっけ?
こうもあっさり出してくれるのは何でだろう。
状況が状況だからかな。
お姉様が直接許可してくれた記憶はない。
まあ、出してくれるならくれるで都合がいいんだけどね。
ああ、因みに私が壊した扉は、咲夜が時間を戻して直したんだって。
――――――――――
私は、美鈴と門番隊の見送りを受けながら、香霖堂へ向って飛び立った。
美鈴が一緒に行くって言ってたけど、私はどうしても一人で行きたかったから、断った。
美鈴、凄く残念そうな顔してたなあ。
今度一緒に遊んであげよう。
霧の湖を飛んでいる途中、氷精に会った。
出会い頭に叫ばれた。
「あんた!確か紅魔館の妹!」
「紅魔館」の妹なわけないじゃない。
「よーし、ここであんたを倒したらあたいがさいきょ……こらー!無視すーるーなー!」
馬鹿は無視して香霖堂へ向かうことにする。
どうしてこう馬鹿が湧くんだろう。
ああ、ぽかぽか晴れてるからね。
「チルノちゃん……」
氷精が騒いでいる声とは別の、少し大人びた、哀れみを含んだ声が最後に聞こえた気がした。
――――――――――
「ここね……」
香霖堂。
昨日は色々で目に入らなかったけど、随分とこじんまりしてるのね。
寂れたとこにあるだけあって風景に溶け込んでる気がする。
「モリガナヨーグルト」ってサブタイトルみたいね。何だか。
私は、日傘を狸の置物に立て掛けてから、扉を軽くノックして、返事を聞く前に扉を開けた。
埃臭いなあ。
香霖堂は何だかごちゃごちゃしてる。
まあ、図書館も似たようなものだからこういう雰囲気は嫌いじゃないけど。
「いらっしゃ……何だ君か」
店内を色々詮索していると、昨日の男の人がカウンターの奥から出てきた。
若干疲れているような顔をしてた。
「魔理沙は?」
私が聞くと、男の人―――確か美鈴は「香霖さん」って呼んでたっけ。香霖は自身の後ろにある、カウンターの奥に繋がる通路を示した。
「僕の部屋に寝かせてある」
奥は香霖の部屋なんだ。へぇ。
「……」
「ん?」
奥から声が聞こえたような気がした。
「誰かいるの?」
「ああ、魔理沙のエンバーミングを頼んだんだ」
「エンバーミング?」
「そう、エンバーミング」
「ふうん」
その単語には聞き覚え、いや、読み覚えがあった。伊達に本を読んでないから。
「誰に頼んだの?人里の専門家?」
「いや、それより腕のいい人を呼んでおいた」
つまり人里の人ではない。
妖怪の類かな。
「直接会ってみたほうが早いだろう」
――――――――――
香霖の居住スペースであるという部屋の扉を開いた。
洋風と和風の中間(ところで、和洋中ってあるけど、あの「中」って、和風と洋風の「中間」ってことなのかな。今度パチュリーに聞こう)を思わせる部屋で、部屋の片端にはベッドが一つ。
その上に、魔理沙は寝ていた。
「魔理沙!」
叫んで、私はベッドに駆け寄る。
「こらこら、エンバーミングはまだ終わってないのよ」
駆け寄った私を、頭から兎の耳を生やした、ブレザー服の人が止めた。
目は深紅で、髪の色は……判断しづらいけど、多分紫っぽい白。
「ウドンゲ、構わないわ。店主さんが言うには、彼女は関係者だっていうしね」
魔理沙のすぐ横に座った銀髪の、青と赤の、ちょっとセンスが疑われる服を着た女の人が言った。
彼女は背を向けているので、顔が見えない。
代わりに、巨大な三つ編みがこっちを見ていた。
「そ、そうなんですか?」
ウドンゲと呼ばれた人は、少し驚いた顔をしながら、私に道を開けた。
私の目に、魔理沙の亡骸が飛び込んでくる。
魔理沙は、帽子を取った以外何時もの服装だけど、肌とか、顔とか、髪とか、凄く綺麗で、まるで眠っているような感じ。生きてる感じ。
「ま、魔理沙……?」
「残念だけど、死んでるわ」
一瞬、魔理沙が生き返ったのかと思った私を、ファッションセンス異常の女の人が否定する。
「え?どうして分ったの?」
「心臓が止まって、体温が冷たく、瞳孔が―――」
「いや、そうじゃなくて、私の考えていること」
「永く生きてるとね、大体分かるようになるのよ。人の考えていることが」
女の人は、そう言って椅子ごとこちらを振り向いた。
若い。永く生きているっていうのは嘘みたいに若い。
若さの秘訣でも持っているんだろうか。
でも、お姉様が「淑女が他人を色々詮索するのはあれよ、駄目よ」って言ってたから、聞かない。
特に歳と体重は駄目らしい。
「私がエンバーミングを施すと、死人はまるで眠っているような姿になる」
女の人は私から、魔理沙に視線を移す。
「本当は薬師なんですけどねぇ」
ウドンゲが言った。
「まあそうなんだけどもね……」
女の人、魔理沙から再び私に視線を戻す。
「初めまして、「悪魔の妹」フランドール・スカーレット。私は永遠亭の薬師、八意永琳よ。こっちは、私の助手のウドンゲよ」
「師匠、「鈴仙・優曇華院・イナバ」です。ちゃんと紹介してください。頼みますから」
ウドンゲが困ったように言った。
あらあらと、永琳と自己紹介した人が笑う。
「永遠亭?」
確か、お姉様と咲夜が「永夜異変」の時に行った場所の名前だ。
薬師がいるって聞いたけど、この人だったのか。
「天才」「あらゆる薬を作る程度の能力」。
咲夜から聞いた、彼女のステータスはこれしかない。
でも……
「貴女、魔理沙を生き返らせることは出来ないの?」
私は、ほんの少し震えた声で永琳に聞いた。
震えは喜びから、期待からくる震え。
天才で、「あらゆる」薬が作れるのならば、人を生き返らせる薬が作れてもおかしくない。
そう期待を込めて聞いたので、声が少し震えていた。
だが、私の期待に反して、永琳は首を振った。
私の中の常識という辞書に誤りがなければ、否定の意味を示す横振り。
「な、なんで!?貴女はどんな薬でも作れるんでしょう!?咲夜から聞いたわ!」
永琳の反応に、思わず爆発してしまった。
大声が出る。
私が大声を出すと、大抵の相手が震えて逃げ出す。
けど、永琳は恐れることなく、口を開く。
「いいこと?薬には様々なタイプがあるの。怪我の場合は、体の自己再生力を高める薬、体の自己再生力の補助をする薬。病気の場合は、菌を死滅させる薬、体の防衛力を高める薬……他にもあるけど、彼女の場合……」
永琳は魔理沙に目を向ける。
「落下による脊髄損傷による死亡。これは怪我に分類されるけど、言ったように、怪我に対する薬は、本来体が持っている再生力を云々するものよ」
「……それが?」
すぐにでもこいつを壊したいという衝動を抑えて聞く。
「死亡した人間の体は、自己再生をすることを放棄する。自己再生する必要がないから。故に、如何なる薬でも生き返らせることはできないわ」
纏めれば、永琳は生き返らせることはできないと言ってる。
「まあ、怪我じゃなくとも、病気による死亡でも生き返らせるのは無理ね。薬の助けによって「生き返ること」自体が自己再生だから」
「生き返らせてほしいの!魔理沙を!」
私は力を込めて言う。
あの笑顔をもう一度見たい。
もっと色んなことを聞かせてほしい。
「どうして生き返らせて―――」
「もし仮に―――」
喋った私を、永琳が遮る。
ウドンゲは、ただ黙って深紅の瞳を永琳に向けている。
「―――魔理沙を生き返らせることが出来たとしても、私はしないわ」
「どうしてよッ!」
納得できない。
納得できない!
「どうして生き返すこともできないの!生き返らせようとも考えないの!」
ナットクデキナイ!
「私が魔理沙を生き返らせたとする。すると、彼女は喜ぶかしら?」
「喜ぶに決まってる!」
当たり前、そんなこと当たり前!
「いいえ喜ばないわね。例えこの世に未練があったとしても、喜ばない。魔理沙みたいな人間なら特に」
「なんで!なんでよ!」
理解できない。
「理解できないようね」
当たり前だ。
永琳は、溜息を吐いて、言った。
「魔理沙は、他人の力を借りたことはあったかしら?」
その言葉にはっとなる。
そういえばそうだ。
魔理沙は全て自分のことは自分でやった。
料理とか、そういうのは「たまに神社で食わせてもらってるぜ」とか聞いたけど、自身の生活や自身の鍛練とか、魔法の開発とか、そういうのは、魔理沙なら誰の力も借りたがらないだろう。
きっと生き返っても、魔理沙は「人から貰った」二度目の人生を、ずっと引き摺りながら生きていくことになるんだろう。
生き返らせたならば、魔理沙の笑顔は見ることができない。
「魔理沙なら、人の助けは借りたくないって言いそうですね」
ウドンゲが横から喋る。
永琳が頷く。
「それに、人を生き返らせる薬というのはすでに薬としての域を超えているの。あらゆる薬が作れても、薬を超越した薬は作れない。何故なら、それは最早薬ではないから」
――――――――――
エンバーミングが済ませた永琳と、付き添いのウドンゲは帰った。
私は、香霖と二人で魔理沙の顔を見ていた。
「そういえば」
魔理沙の頬ってこんな綺麗だったんだなって思ったところで、香霖が言った。
「君に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
香霖は部屋から出ていった。
バタンと扉が閉まるのを見て、魔理沙に目を向けた。
香霖が何を持ってくるか気になるけど……魔理沙も見ておきたい。
……
本当に眠っているみたいだ。
永琳の技術は本物らしい。
「魔理沙……どうして死んじゃったの?」
はあ、と溜息を吐く。
体にずっと虚無感が残ってる。
昨日、魔理沙の死体を見たときからずっと。
理由は分ってる。
魔理沙の笑顔が見れないことが理由。
魔理沙の笑顔を例えるとしたら、そう……太陽。太陽ね。
吸血鬼にとって、太陽は毒以外のなんでもないけど、魔理沙の笑顔は別。
私の暗い心を照らす太陽。
495年監禁され続けた結果表れた影を照らす太陽。
その太陽は燃え尽きてしまった。
「はあ……」
再び溜息を吐いた。
その時、扉が開いた。
香霖が、手に何かを持ってる。
「フラン……で良かったかな。これを君に」
香霖はその何かを私に手渡した。
「これは……?」
「ミニ八卦炉。魔理沙がマスタースパークを撃つ時に使われるものだよ。それ以外の用途にも使えるがね」
ミニ八卦炉と呼ばれたものを掲げ上げて見る。
「どうして私に?」
「君は魔理沙にかなり懐いているようだしね。君が貰えば魔理沙も八卦炉も喜ぶだろうから」
「……有難う。壊さないようにするわ」
ミニ八卦炉を抱きしめる。
香霖はふっと微笑んだ。
「ねえ……」
「なんだい?」
「魔理沙のお葬式はどうするの?」
「ああ……」
香霖は魔理沙の方を見る。
「彼女は前々から「私が死んだ時、私の為に葬式はするな」と言っていた。ただ土葬をしてくれだそうだ」
「そうなの……」
私は、自分の七色の羽の先端を掴んだ。
枝に似た翼が、何処か寂しげだなと自分で思った。
――――――――――
香霖堂を出ても、することが思いつかない。
かといって、紅魔館に帰る気分でもない。
私は狸に立て掛け置いた日傘を取って、開いた。
「どこに行こう……」
開いたはいいけど、どこに行こう。
「……ん?」
考えてると、目の前を何かが横切った。
白くて、ふわふわした飛行物体。
「……」
それは、ふわふわ漂いながら、森の奥に消えた。
「……」
どこに行くか決めた。
八卦炉を持ち直して、翼を広げ、香霖堂から飛び立った。
――――――――――
「何あれ……張ってる意味あるの?」
後方に小さく見える存在意義不明な結界を見ながら、私は、長ーい階段の上に降り立った。
階段は本当に長くて、登る先が見えない。
咲夜から聞いた話だと、冥界にあるこの長い階段は「白玉楼」に続く階段で、そこには冥界の主が住んでいるらしい。
「さて、登ろうかな」
日傘を持ち直して、一歩踏み出す。
階段を一段上がって、私は、階段の先を見上げた。
白く霞んで見える。
「やっぱ飛んで行こう」
私の中の、階段を足で登るという決意はあっけなく崩壊した。
私が、何故冥界に来たのかというと、魔理沙の魂が着てるかもしれないと思ったからだ。
生き返らせても喜ばないなら、魔理沙が行き着く所で、私の太陽を見続けたいと思ったからだ。
子供の理屈だなぁと自分でも思う。
昼時だからか、少しだけ日差しが強く感じた。
――――――――――
「あれかな」
暫く飛ぶと、大きな日本庭園が眼下に広がった。
沢山木が植えられているけど、裸の木が多い。
枯れてるわけじゃなさそうだけどね。季節が違うのかな。
まあ、庭園らしく丸く整えられた植木とか、全部が全部裸じゃないけど。
それにしても日本庭園ねぇ。本でたまに見かけるけど、実物を見たのは初めてねそう言えば。
「……ん?」
日本庭園の中で一番大きそうな木(この木も裸)から何か緑色のものが飛んできた。
よく見てみると、それは人間の形をしていた。
で、それが持ってるのは……刀ね。二本。
その人間は、私と同じ高さまで飛んできて、私と対峙した。
「貴女だあれ?」って言おうと思ったら、先に叫ばれた。
「何者だ!」
大声も大声。飛び上った。
その緑色の服を着た、黒い飾り布をつけた銀髪頭の少女が、長い方の刀をこちらに向けていた。
彼女の横で、白い魂魄がふよふよと浮いてる。
ここでいざこざを起こせば、冥界が「壊れ」ちゃうかもしれないので、私は落ち着いて話すことにした。
「えーっと、私はフランドール。ここ、白玉楼?」
言った後に後悔。
しまった。短絡過ぎた。
ほら、やっぱり目の前の女の子怪訝な顔してるじゃない。
「……ここは白玉楼の上空だが」
「あー、冥界の主さんに用があるんだけども」
なるべく下手に、下手に。
「……」
「……」
「……みょんな真似をしたら切り潰しますから」
納刀して、スーッと、女の子が下降し始めた。
みょんって何だ。
……まあ、案内してくれるならいいか。
日傘をくるくる回して、私もついて云った。
――――――――――
日本庭園に降り立った。
砂利が音を立てる。
「ふああー広い」
地上で改めて見ると、その広さがよく分かる。
あっちこっち視線を走らせる。
裸の木が囲むように植えられていて、えーと、枯山水って言うんだっけ?がとっても広い。どこかから聞こえる水音は、夏に聞けば涼しげかもしれないけど、今の季節にはちょっと合わない。
遠くには、女の子が飛んできた大きな木が見える。
「二百由旬ありますからね、白玉楼は。勿論誇張ですが。でもそれほどの広さがあります」
「ゆじゅん……?」
聞き覚えのない単位だ。
「一由旬約7km」
とすると……に、にひゃくかけるなな……せんよんひゃく?
計算苦手だなぁ……本は計算しなくていいからなぁ。
どっちにしろ1400kmって凄いなぁ。
幽閉されてたから、世界が広いって知らなかった。
知ったのは、魔理沙が教えてくれた時が初めてだったなぁ。
魔理沙……
思い出しそうになった。
……ええーい!
今はその魔理沙に会う為にここに来てるんだから、悲しい顔したら駄目よ。
魔理沙に怒鳴られる。
「ね、ねえ!」
私は思考から逃げるように大声を出した。
「あの木は何?」
私は例の女の子が飛んできた大きな木を指差して聞いた。
「ああ、あれは……」
彼女は、そう言って言葉を切った。
「……桜ですよ」
「さ、桜かー。どおりで裸だと思った」
……?
何か変なこと言ったかな?
女の子がどこか暗くなったような……。
「ああ、フランドールさん」
「え?あ、うん」
彼女は、裸の桜の木を見ながら言った。
「私はここの庭師をしてます魂魄妖夢といいます。以後宜しくお願いします」
そう言うと、彼女はこちらを振り向いて、頭を下げた。
足下から砂利が擦れ合う音が聞こえた。
「え?ああはいはい」
ちょっと面食らったけど、こうして話すと、礼儀正しい人じゃない。妖夢って。
さり気無く刀に手を掛けてなければね。
ところで、庭師ってことは、少なくともここの主の従者よね。こんな簡単に部外者を主の前に出していいのかな。ま、何もしないけど。
――――――――――
暫く白玉楼の廊下を進むと、縁側に腰かけ、足をぶらぶらさせて冥界の風景を眺めてる、水色の着物を着た人がいた。
「あらぁ、妖夢」
その人はこっちを見てにっこり笑った。
「ちょうどいい所に。お煎餅おかわり」
笑顔で妖夢に皿が載ったお盆を突き出した。
「幽々子様、お言葉ですが客人の前でごーいんぐまいうぇいは自重下さい」
「あら、お客様?」
幽々子と呼ばれた人は初めて私に気がついたように驚いた顔をして見せた。
私、羽根とか服とか結構目立つんだけどなあ。
わざと今知ったようにしたのかな。
「あら、貴女は確か紅魔館の……」
「フランドール・スカーレットよ。えっと……」
「西行寺 幽々子よ」
「西行寺幽々子サン、えっと、今日は折り入ってお尋ねしたいことが」
日傘を畳んで、廊下に置いて、確か、こうやって地面に手をついて。
本の通りできていればいいけど。
「冥界の主ならご存知の筈です。魔理沙の魂が着ていませんか?着ていたら会わせてください!」
――――――――――
驚いた。
今し方主の前に連れてきたこの少女が、紅魔館の者だと主が言った時も驚いたが、今はもっと驚いた。
フランドールがいきなり土下座をして、魔理沙に会わせろと言ったからだ。
妖夢はただ目の前の光景に呆然とするしかなかった。
紅魔館には、主のレミリアの妹君がいると聞いたことがある。
名字から察するに、彼女が妹君なのだろう。
その妹君が、普通土下座なんかするだろうか、いやしないだろう。
妹君は気が触れているので、幽閉されているとも聞いた。
それが何故白玉楼に?
疑問は湧いて溢れるが、今はそれが重要なことでは無い。
「魔理沙の魂……?」
「……知らないの?魔理沙は昨日雷に打たれて死んだのよ」
「な……」
フランドールは土下座しままくぐもった声で答えた。
「……そうなの」
幽々子が溜息を吐く。
「顔を上げなさい。「悪魔の妹」フランドール・スカーレット」
呼ばれると、フランドールの歪な翼がピンと伸びて、顔を上げた。
幽々子は、懐から扇を取り出して広げ、空に向けた。
妖夢が怪訝な顔をして見ていると、桃色の反魂蝶が扇の先端に現れた。
幽々子が少し扇を動かすと、反魂蝶は冥界の空へ飛び立っていった。
消えた先を暫く見上げていた幽々子だったが、やがて扇と目を閉じて、言った。
「魔理沙の魂は着てないわ」
フランドールの伸びていた翼が、もう一伸びした。
「……それはまだ着てないってことなの?」
「まだ着てないわね」
ピンと伸びた翼が、安心したかのように脱力した。
分かりやすい翼だと妖夢は思った。
「昨日死んだとしたら……そうねえ、一ヶ月後くらいには来るかしらね」
「一ヶ月?」
「そう、一ヶ月。閻魔さんはお忙しいのよ。ただ……」
幽々子は再び扇を開いた。
目は閉じたままだ。
「魔理沙の魂は確実に来ないわね」
「なっ……」
驚愕して声を上げたのは妖夢だ。
フランドールは幽々子を見上げたまま固まっている。
信じられないという表情だ。
「貴女は冥界がどういうところか知っているかしら?」
幽々子は開眼して、フランドールを見る。
「……」
「おーい?」
「……はっ!ええ?あー、うんと、死者の魂が行き着くところ?」
フランドールがしどろもどろになりながら答える。
「50点」
幽々子は、扇の先端を指で辿る様子を眺めながら、突っ返すように言う。
妖夢は、いくらなんでも今の言い方は失礼ではないかと思った。
「正確には、閻魔の裁判が保留になった者と、罪の無い者が行き着くところよ。前者は稀だけど」
「……それがどうっていうの?魔理沙がここに来ないこととどういう関係があるの?」
「あの子、聞けば紅魔館の図書館で本を盗んでいたそうじゃない。罪が無いとは思えない」
「……」
フランドールは、翼をピンと伸ばしたまま、黙っている。
妖夢の方は、怒っていた。
この子が魔理沙の魂を求めてやって来たということは、魔理沙のことが好きだったに違いない。
それを、主人はあっさりと踏み躙った。
妖夢は唇を噛む。
「何処かの古道具屋の品も盗んでいたというしねぇ」
幽々子は派手に音を鳴らして扇を閉じた。
恐らくわざとだろう。
「貴女は魔理沙には会えないわ。死ぬまで永遠に」
「……ッ」
妖夢の目に、フランドールが廊下に付いていた手を握り締めたのが映った。
「どうしても会いたいなら、今ここで死になさい。お姉さんがどれだけ悲しむか分からないけど」
「幽々子様……」
「なんなら、今ここで私が死なせてあげてもいいのよ。貴女が何を犠牲にしてでも魔理沙に会いたいなら」
「……帰る」
震えた声で言いながら、フランドールは立ち上がり、日傘を開いて廊下から外へ飛び出した。
「ああ、最後に一つ」
思い出したかのように幽々子が言うと、フランドールはぴたっと止まった。
が、背は向けたままだ。
幽々子が閉じた扇を口元に持ってきて、言った。
目はフランドールの後姿を見ている。
「生者にできる死者の弔いは、墓前に花を添えてやるくらいよ。魔理沙は派手なのが好きそうねぇ」
「……」
フランドールは暫く黙っていたが、やがて飛び去って行った。
――――――――――
「幽々子様!なんですあの態度は!」
フランドールが見えなくなると、妖夢は大声を出した。
「幽々子様はもう少し人の気持ちを考えてください!彼女、泣いていましたよ!涙こそ見せていませんでしたが!」
「そうねぇ」
「そうねぇって……幽々子様!何故そのような―――」
「少し黙りなさい、妖夢」
幽々子の声は、口調こそ静かだったが、氷よりも冷たい響きが含まれていた。
妖夢は思わず背筋が寒くなる。
「私は本当のことを言ったまでよ。魔理沙はここには来ないでしょう」
「……それは……そうですが……」
「ああいう子供には、きつく言って分らせるのがいいのよ」
「……」
「妖夢、私は知っているのよ」
「……何をです?」
「私たちは、失ってから、物の大切さに気が付きます」
「……?」
「先代はどこへ行っちゃったのかしらねぇ」
「……みょん。精進します……」
幽々子は、白玉楼で最も巨大な桜の木に目を止めた。
桜の木の空へ伸びた枝が寂しげだった。
「貴女も、あの子も、成長が必要よ」
妖夢も、「西行妖」を見る。
「……そうですね」
妖夢には、幽々子の考えていることが分らなかった。
幽々子は妖夢の混乱している様子を見て溜息を吐いた。
「……魔理沙は、とても罪深いわ。あんな子を残して逝ってしまうなんて」
「……!」
その言葉に、妖夢ははっとなる。
幽々子は、全て見抜いていた。
幻想郷において、窃盗は重い罪ではない。
「魔理沙の本当の罪」は、自身の死により、残された者を不幸のどん底に陥れたこと。
もし、フランドールに「魔理沙の本当の罪」を教えていたら、魔理沙を地獄に落とさせないという理由で、本当に死を選んでいたかもしれない。
幽々子は、それを考えていて、わざとフランドールにきつく当たり、追い払ったのだった。
「あそこまで悲しい目をした「残された者」は見たことないわ……閻魔の判決は白黒はっきりついたも同然ね」
幽々子の目は、「西行妖」を見てはいたが、本当は何処か別の遠いところを眺めているような感じだった。
妖夢には主の目の色が、桜の散る儚さを思い出させた。
「……幽々子様、貴女様は……」
「……ねぇ妖夢、貴女は何処にも行ったりしないわよね」
幽々子は寂しかったのだ。
自分から離れていった先代や、いつかは全霊になっていなくなる妖夢のことを思案して。
一人になってしまう未来を思案して。
フランドールと、何処か同調したのかもしれない。
妖夢は、口の先をほんの少し上げて、優しい微笑みを作った。
「この魂魄妖夢、全霊になってでも、西行寺幽々子お嬢様の傍につかせて頂きます。先代や、魔理沙のように、残された者が泣かないように、未来永劫」
幽々子はその言葉に、にっこりと笑う。
「流石妖夢ね。ところで、お煎餅のおかわりを―――」
――――――――――
「はあ……」
飛行しながら私は溜息を吐いた。
もう何度溜息を吐いたか分からない。
「花かぁ……」
さっき西行寺 幽々子が言っていたことが気にかかる。
確かに、生き返らせることも出来ず、魔理沙の死後の魂にも会うことが出来ないならば、残された者に出来ることは、死者を弔うことしか無いだろう。
「花かぁ……」
もう一度呟きながら、私は存在意義不明な空の上の結界を飛び越えた。
正直、あの亡霊の言う通りにするのは癪だけど、それ以外に魔理沙にしてあげられることが思いつかない。
だから仕方なく従うことにしたんだけど、季節が季節だし、派手な花なんて咲いていないだろう。
どうしようか。
「……ん?」
ふと、眼下の景色に何かが映った。
黄色い何かが一か所に集まっている。
「あれは……向日葵?」
黄色い物の集合体は確かに向日葵だ。
向日葵畑か。
全ての向日葵が西の空に浮かぶ太陽の方を向いている。
「向日葵って夏の花じゃ……」
今は夏ではない。
また異変かな。
前に四季の花が一斉に咲いた異変があったらしいけど、今回はピンポイントで夏の花だけだ。
帰るって言ったけど、急いでいるわけでもないし、他にすることもないので、私は取り敢えず向日葵畑に行ってみることにした。
――――――――――
向日葵畑に降り立ってみると、向日葵畑を構成しているのはやっぱり向日葵で、魔力の欠片も感じない。普通の向日葵だ。妖精はちらほら見かけるけど。
向日葵自体は何もおかしいことはない。大きく季節外れということ以外は。
そういえば、ここは他と比べて少し暑い気がする。今まで空とか冥界とかいたからこれが普通の温度かもしれないけど。
それ以外に他と比べておかしいところは、背後に感じる強大な妖力くらいね。
「……貴女、お名前は?」
後ろに立つ妖怪に声をかける。
「風見 幽香よ。貴女は?」
「フランドール・スカーレットよ」
「そう。スカーレットということは、紅魔館の妹君かしら?その妹君が何の用?」
私は振り向いて、風見 幽香と名乗った妖怪と向き合う。
緑色のショート、チェック柄のブラウス、日傘を両手で持って、こちらには笑顔を向けている。
傍から見れば、日傘を持った二人が向き合っているように見えるだろう。
生憎、この様子を見ているのは周りの向日葵くらいだけど。
「この向日葵畑、やけに季節外れじゃない?」
取り敢えず疑問を言ってみる。
「そうねぇ。季節外れね」
日傘をくるくる回しながら幽香が答えた。
「なんで?」
「さあ、どうしてでしょう」
笑顔でしらを切られた。
「……ここは他のところと比べて暑い気がするんだけど」
私は取り敢えずさっきの質問を保留して、別の質問をぶつけてみた。
「此処、何て呼ばれているか知ってる?吸血鬼さん」
「知らない」
「太陽の畑と呼ばれているわ。ここは日当たりが良いからねぇ」
成程。どおりで暑いわけだ。
「それだけ?」
「ただの好奇心だったから」
ふうん、と面白くなさそうに幽香が日傘をくるくる回しているのを見て、私も自分の日傘をくるくる回して見る。
傍から見れば、さぞかし滑稽な光景だと思った。
まあ、見ているのは向日葵だけだけど。
……ん?見ているのは向日葵だけ?
そういえば、周りの向日葵という向日葵は、こちらに顔を向けているような気がする。
向日葵という植物は、常に太陽の方に顔を向けるとパチュリーに教えてもらったことがある。
吸血鬼だから太陽は直視できないので、影の向きで太陽の位置を確かめた。
すると、向日葵の中には、明らかに太陽に背を向けている向日葵がいくつかあった。
それらは、顔を幽香と私に向けている。明らかに。
「……向日葵がおかしい……」
「どこがおかしいの?」
「いや、だって、向日葵って太陽の方を向くんでしょ?」
「賢いのね。その通りよ」
「だったら今、太陽の方を向いていないんだけど……」
幽香は周りの向日葵に目を向けた。
「あら、本当ね」
幽香がそう呟くと、向日葵は一斉に太陽の方を向いた。
勿論私は驚いた。
「な……」
驚いている私を見て、幽香が口をひん曲げて笑った。
「あら、見た目通り鈍いのね」
……
待て待て、冷静に。
ここで突っかかったら負けよ、私。
ここは答えを返してやるのが正解よ。
まず、妖精の仕業とは思えない。妖精程度が一斉にこれほどの向日葵を動かせる筈無いし、妖精の仕業なら私が気がつかない筈がない。
向日葵は普通っぽいから、妖怪向日葵もあり得ない。
つまり、妖精以外の誰かが向日葵を一斉に動かしたということ。
私以外でここにいるのは……
「……貴女、花を操る程度の能力でも持ってるの?」
「はぁい正解」
成程。それなら季節外れの向日葵が咲いていることも分かるし、向日葵の向きが変わったのも分かる。
「ここの向日葵は本来夏にしか咲かないけど、今日は私の気分で咲かせたのよ」
そう気分でほいほい咲かせていいのかな。
……あ、花といえば。
「ねえ、この季節に咲く派手な花ってない?」
花を司る妖怪が知らない筈がない。
「派手な花?どうしてかしら?」
「……ッ、どうしてもなの!」
思わず大声を出してしまう。
「あらあら。それじゃ手伝えないし手伝う気にもなれないわ」
幽香はますます黒く笑った。
……これじゃ埒が明かない。
はあ……私が折れればいいか……。
向日葵から笑い声が聞こえた気がした。
「……霧雨魔理沙は知ってる?」
「ええ、あの品の無い弾幕を撃つ人間ね。」
一から説明する手間が省けた。
「昨日、雷に打たれて死んだの」
「へぇ、あの魔理沙が。しぶとそうな奴だと思っていたんだけど」
幽香は、魔理沙が死んだと聞いても笑顔のままだ。
知り合いが死んだというのに。
妖力の大きさから考えて、永く生きている妖怪だと思う。
だから、彼女は人間の死を何度も見てきたから慣れているのだろうけど、それが分っていても、私は少し幽香の態度にムッときた。
でも、押さえないと。自分を。教えて貰えなくなるかも知れない。
「……魔理沙は派手な花が好きそうだから、そういう花を手向けてあげようと思ってるの。だから派手な花知らない?」
「そうねぇ……」
幽香は顎に手を当てて空を見上げた。
「オニユリ……ラフレシア……洋ラン……ビオランテ……どれもお供えには不向きね。季節も違うし」
オニユリとかラフレシアとかは聞いたことあったけどビオランテって何だろう……。
「ああ、そうだ」
幽香は顎から手を離した。顔は空を見上げたままだけど。
「外の世界には「花火」という派手な花があるらしいわよ」
「花火?」
「何でも、咲いた瞬間、轟音が地を揺らし、夜空を光で埋め尽くすらしいわ」
「それは派手そうね……分ったわ、有難う」
「花火」かあ。図書館に本があればいいけど。
外の世界の花らしいから、あるか微妙ね……。
私は幽香に頭を下げて、飛び上った。
急がないと。
――――――――――
「行っちゃったわね」
幽香は小さくなっていくフランドールを見ながら呟いた。
「花火なんて誰でも出来るのにねぇ」
日傘を畳んで、大きく欠伸をする。
「派手な花火は魔理沙が幻想郷では一番得意そうだけどね。私を除けば」
幽香は指をくるりと一回転させた。
すると、向日葵達がざわめき、互いに捩れ、絡まり、天然のベッドを作り出した。
幽香はそれに仰向けに寝て、畳んだ日傘を真上へ向けた。
「花火は基本夏の花だけど。私に咲かすことのできない花など無いわ」
幽香が言うと、日傘の先端から、細く、白い、妖力で出来た閃光が迸り、空の彼方へ消えて行った。
「まあ、今は花を咲かせることより寝ることを優先したいわね」
幽香は日傘を横に置いて、目を閉じた。
「とある妖怪」、風見 幽香は、昼寝と花を愛して止まない妖怪だった。
――――――――――
紅魔館に帰ってきて、すぐ図書館に駆け込んだ私は、本の整理をしていた小悪魔に花の図鑑がどこにあるか聞いた。
突然の質問だったから、小悪魔は驚いた顔をしたけど、律儀に答えてくれた。
「花の図鑑ですか?でしたら、Eブロックの1209番の棚にあると思いますよ」
膨大な図書館の本の場所を覚えているあたり、流石はパチュリーの使い魔だと思う。
で、今その本棚で「花火」を探してるんだけど……。
「ない~」
無い。
花というのはやっぱり植物で、地面に根を生やして生きているものだ。
どうやって咲く瞬間に轟音を鳴らすのだろう。
どうやって夜空を光で埋め尽くすのだろう。
そんな花聞いたことも読んだこともない。
「違う……」
私は、索引の中で「は」の行から「ひ」の行に変わった時に、手元の図鑑をぱたんと閉じた。
「百花辞典って全然役立たないじゃない」
本棚の隙間を「百花辞典」で埋める。
「はぁー……」
「何を探しているのかしら?」
「あ、パチュリー」
本棚の影からパチュリーがジト目で出てきた。
目の下にはクマがあって、赤く腫れてる。
昨日はよく眠れなかったんだと思う。
「花火っていう花を探しているんだけど……」
「花火?」
「うん。何でも、外の世界の花らしくて……」
花火ねぇ、とパチュリーが言う。
「少なくとも、そんな花は外の世界の図鑑にも載っていなかったと記憶しているわ」
木の魔法を操る彼女だから、花の図鑑も読んでいるのだろう。
「花と火……どう考えても相性が合わないわね……外の世界の花ならここの図書館より、外の世界に詳しい妖怪にでも聞いたらどうかしら」
「外の世界に詳しい妖怪ってどこにいるの?」
「……あー、そうね……あれは居場所が分からないわ……前に会った時は神社だったけど。博麗の方の」
「博麗神社ね。行ってくる!」
私は翼を大きく羽ばたかせ、本棚の上を飛び越えて、出口へ急いだ。
「あ……妹様……」
パチュリーが呼んでいたけど、明日になるまで時間がないから、無視した。
幽香によると、花火って言うのは、夜空を光で埋め尽くすらしいから、夜に咲く花なのは間違いない。
だったら、夜になる前に外の世界に詳しい妖怪に会わないと。
善は急げって言うしね。
――――――――――
残されたパチュリーは大きく溜息を吐いた。
「外の世界の花だったら、外の世界の辞書を引けば載っているかもしれないのに……」
行ってしまったものは仕方がない。
まあ、外の世界に詳しい妖怪に聞けと言ったのもパチュリーなのでなんとも言えないが。
仕方が無いのでパチュリーは一人で「花火」のことについて調べることにした。
「小悪魔、ちょっと辞書持ってきて。外の」
「畏まりました」
訂正。一人こき使って一人で調べることにした。
――――――――――
日傘を差して来たのは博麗神社。
最強の巫女博麗霊夢(私でも勝てなかった)が住むという神社は、冷たい風が吹き、境内に点々と落ちている木の葉を巻き上げていた。
冷たい風が吹いているのは、もう日が傾き始めているからかもしれない。
「霊夢ー!聞こえるー?居るー?」
私はお賽銭箱の前で叫んだ。
幻想郷を見渡せる小さな障子に向かって。
「霊夢ー!れーむー!」
「五月蠅いわね。聞こえているし居るわよ」
「おっ、吃驚した」
後ろから話しかけられたので吃驚した。
てっきり障子から出てくると思ってたのに。
「誰がそこに住むか。私の居住スペースはあっち」
霊夢は手に持っていた玉串(筆者注:お払い棒のこと)で右を指す。
その先には、森があった。
「野宿?貧乏だね」
「誰が鎮守の杜に住むか。裏に住んでいるのよ」
霊夢は玉串を肩に乗せた。
「で、何の用?珍しいじゃない。レミリアがあんたを出すなんて」
「魔理沙が死んだのは知ってる?」
「霖之助さんが言っていたわね……魔理沙の死とあんたの外出、関係あんの?」
霊夢は、魔理沙と友達だったと聞いている。
友達が死んで、ここまで冷静になれるのだろうか。普通。
「霊夢はいつもどおりね。友達が死んだって言うのに」
少しだけ霊夢の非情さに憤りながら、私は言った。
霊夢はやれやれと言った感じで頭を振った。
「私は博麗の巫女。全てはあるがままに。魔理沙が死んだことも受け入れるのよ」
霊夢は玉串を乗せた肩を下ろす。
「友人の死を悲しめない、悲しい能力なのよ……」
「……」
二人の間に沈黙が流れた。
ほんの少しだけの憤りが、萎んでいくのを感じた。
霊夢は魔理沙の死を悲しんでいないわけじゃなく、悲しめないのか。
博麗の巫女故に。
全てはあるがままって言うのも、残酷だと思った。
心なしか霊夢の目は、シャッターが下りたように暗かった感じがした。
「で、何の用?」
「ああ、それなんだけど」
何故ここに来たのか忘れるところだった。
「外のことに詳しい妖怪って知らない?」
霊夢は眉を顰めた。
「紫のこと?」
「多分それ。パチュリーがここで会ったって言ってた」
すると、霊夢は困った顔をした。
「確かにあいつはよくここに来るけど……いつも居るってわけじゃないし……」
「呼んだ?」
霊夢の頭の横にいきなり空間が裂け、女の人の首が出てきた。
「うぉあ!吃驚した」
霊夢は芸人顔負けのリアクションでそれを示した。
私も吃驚した。神社で2回も驚く経験なんて滅多にない。
雷に打たれるくらいの確率だと思う。
私の驚愕が冷めない内に、霊夢は玉串で女の人の頭を思いっきり叩いた。
玉串の軌跡に白い紙がついていく。
「痛い!酷いわ霊夢」
「普通に出て来いっていつも言っているでしょうが!」
涙目の、多分紫って名前の妖怪を、霊夢が睨みつける。
私は日傘を畳んで、紫を睨んでいる霊夢を横に押しやった。
「ちょ、ちょっと、なにすんのよ」
無視した。
「えっと、紫、でいいわよね」
「ええ、いいわよ。「悪魔の妹」フランドール・スカーレット」
どうやらこの妖怪は私のことを知っているようだ。
首だけの紫に話しかける。
「外のことに詳しいらしいわね」
私にそう聞かれると、紫は胡散臭い笑みを見せる。
その笑みは、私が本で読んだ「U.N.オーエン」を思い出させる笑みだった。
何でも知っているという感じの。
「ええ。幻想郷では詳しい方よ」
やった。この妖怪で間違いない。
早速本題に。
「花火って知ってる?」
「花火?勿論」
「教えて!どういう花なのか、いつ咲くのか」
私は熱を込めて聞いた。
「花火とは、外の世界で、主にお祭りの時とかにやる催し物よ」
……
えっ?催し物?
「花じゃないの?花火」
「植物的な意味の花じゃないわね」
……幽香め。
「花火とは、夏の空に輝く巨大な火花のこと……それはそれは美しいわ」
「……えーと、弾幕みたいなもの?」
「そうね。まあ、避けたりする必要は全くないけど。魅せる弾幕ね。幽々子の「反魂蝶」に似てるかも」
弾幕なら、私の得意分野だ。
だけど、まだ一つ問題がある。
「でも……夏か……今は夏じゃないし」
「あら、花火は季節を選ばないわよ。その気になれば春にでも秋にでも冬にでも咲かせる」
「そ、そうなの?」
「単に雰囲気が夏だからよ」
「そ、そーなのかー……」
目から鱗ってこういうことね。
「……そんなの聞いてあんたはどうするのよ」
「あら、居たの霊夢」
「あんたの真横に居たわ」
花火のことに夢中で、霊夢の存在をすっかり忘れていた。
「うん……魔理沙って派手な花が好きそうでしょ?だから、魔理沙に派手な花を手向けてあげようと思って……」
「だから花火ね」
私は頷いた。
「早速打ち上げようと思うんだけど、どうすればいいかな?」
「花火を打ち上げるのは……ま、材料とかの関係で今すぐは無理ね。火薬とか。でも、さっきも言ったとおり、花火と弾幕は見た目は似ているのよ」
「あー、つまり現状では花火は無理だから弾幕で代用しろってことね」
霊夢が補足を入れてくれた。
言われなくても分ってるけど。
「フランドール、どうしても花火がやりたいって言うなら、貴女がやりなさい」
「うん。分ってる」
私が再び頷くのを見て、紫が微笑む。
「貴女が魔理沙のことを想っているなら、とびきり派手な弾幕の花火を明日の夜空に打ち上げて御覧なさい」
「明日?今日じゃなくて?」
出来れば早くやりたいんだけど。
「……明日は満月……」
霊夢がぽつりと言った。
「吸血鬼の力が最大になる満月の日、か」
「そうよ霊夢。流石ね」
首だけの紫が嬉しそうに頷く。
「分かった……花火は明日の夜やるわ」
そうと決まれば早速準備しなきゃ。
私は鳥居の方へ駆け出した。
「ああ、待ちなさい」
背後から紫の声が聞こえた。
振り返ると、紫の首の下からもう一つ空間が裂けていて、そこから白い手袋で覆われた手が私を呼んでいた。
「何?紫」
二人の元に走り寄りながら聞いた。
「貴女は花火を見たことがないんでしょう?」
「うん、まあ……」
紫は、私の頭の位置に手を翳して、目を閉じた。
「結界『夢と現の呪』」
紫の紅が塗られた唇が動いた。
「……」
「……」
「……」
特に何が起こるでもなく、ただ沈黙が三人の間に流れた。
「……えっと?」
「はいおしまい」
紫は目を開いて、手を引っ込める。
「何をしたの?」
霊夢が怪訝そうに聞いた。
私だって知りたい。
多分紫は私に何かをしたのだろうけど、私は何も感じなかった。
「フランドール、今日は良い夢が見れるわよ」
紫はとても胡散臭い笑みを浮かべながら言った。
紫、さっきから笑ってばっかりだなあ。
そう言えば、なんで私が魔理沙の為に動いているって知っているんだろう。
きっと紫に知らないことはないのだと、自分の中で勝手に結論付けた。
幻想郷の全知の神みたいなものだと思った。
紫が、幻想郷の上で高笑いしている光景を想像した。
いやな光景ね。
――――――――――
霊夢と紫は、夕日に消えていく一つの影を見送っていた。
「やっと騒がしいのがいなくなったわね」
ほーっと息を吐きながら霊夢が言った。
「神社とかが壊されなくてよかったわ」
紫は、霊夢の独り言が耳に入らないかのように、フランドールの影を見つめていた。
霊夢は横目で紫の首を見る。
「ねぇ、紫さぁ」
紫の首が霊夢の方へ向く。
「何かしら?」
「花火ってそんなマイナーなものだったっけ?確かに幻想郷じゃ珍しいかもしれないけど、全くないってわけじゃないじゃない」
「ずっと引き籠って本しか読まないでいると、博識なくせに一般常識は知らなくなるってことよ」
紫は非常に愉快そうに笑った。
「ふうん」
霊夢の方は、興味なさげに頬を掻いた。
「明日は大嵐が来るわね」
未だに笑っている紫は、フランドールの影から微妙に視線をずらして、稜線に沈み行く夕日の方に目を向けた。
「嵐?こんなに夕日が綺麗なのに?」
「さあどうでしょう?」
紫は笑顔で霊夢に一礼して、隙間に首を引っ込めた。
一人になった霊夢は、少しずつ群青色になっていく真上を見上げた。
そして、誰に言うでもなくぽつりと独り言。
「明日嵐だって。魔理沙」
霊夢の目には、一番星が映っていた。
――――――――――
紅魔館に帰ってきても、別にすることがないので、何時ものように図書館で暇を潰す。
適当な文学本を手にとって、空いていた椅子に腰かけた。
「あら、帰って来てたの」
いざ読もうと、拍子に手をかけたところで誰かの声がした。
「お姉様……と、パチュリー」
顔をあげると、お姉様が手を振って立っていた。
パチュリーは軽く咳をしている。
「妹様、花火のことだけど……」
パチュリーは少しばつの悪い表情だった。
「レミィが知ってたわ」
「そりゃ花火くらい知っているわよ。まあ、二人はいつも籠りっきりだから花火を見ないからだろうけどね」
パチュリーはともかく、私を閉じ込めたのはどこのどいつだ。
というか、お姉様が知っていただなんて。外の世界の花じゃなかったのかな?
「幻想郷でも、たまに花火大会をやっている時があるわよ。たまにだけど」
……幽香め。
「ねえ、お姉様。明日の夜の天気分かる?」
花火決行の時間に雨だったら元も子もない。
お姉様は運命を操る吸血鬼だから、明日の天気も分かるはず。
そういう私の考えとは裏腹に、お姉様は首を振った。
「来る運命はもう見ないことにしたのよ……」
「そっか……」
それもそうだ。
あんな事があったんだから。
「明日の夜?けほ、晴れると思うけど」
パチュリーが咳をしながらに言った。
「どうして?」
「西から流れてくる風は乾燥しているわ。この調子なら明日はきっと快晴ね」
そう言えば、パチュリーは属性魔法の魔女だった。
そういうことも分って当然ということか。
「何故明日の天気なんか聞くの?」
「えっとね……」
――――――――――
花火の件をお姉様に話したら、お姉様は微笑んでOKしてくれた。
物分かりのいい姉で本当に良かった。
私は、ベッドのシーツを捲って、その中に潜り込んだ。
明日に備えて早く寝ないと。
本当は明日日が昇ってから寝るべきなんだろうけど、それじゃ多分夜になっても起きれないだろうから、日が昇らないうちに寝る。
今日は本当に疲れた。
シーツの中で私は欠伸をする。
そう言えば、今日は色んな人とか妖怪とかに会った。
氷精、古道具屋の店主、薬師とその弟子(師匠って言ってたし)、庭師、冥界の主、花の妖怪、巫女、外のことに詳しい妖怪。
495年間地下牢に閉じ込められてて、誰とも会わなかった私が、たった一日でこれほどの人数と出会うって、少し感動する。
どうして私はこんなに幻想郷中を走り回っているのか。
魔理沙のお陰。
明日は、私に色々なことを教えてくれた魔理沙に、感謝する日。
今日は本当に疲れた。
凄く眠い。
昨日全然寝れなかったのもあるし、疲れたのもあるけど、何か別のものが私を眠りに誘っているように感じる。
私の意識は、だんだんと深い闇の中に落ちていく。
今日も眠れないかなって思っていたけど、そんなことはなさそうだ。
そう思ったところで、私の意識は完全に闇の中に落ちた。
雨が奏でる音はリズミカルに鳴り続ける。
こう描写すれば、文人墨客ならば創作意識が湧きそうな、風情のある光景が読者の脳裏に映るだろうが、実際、雨というのは豪雨で、風情を感じる暇があれば雨宿りすべき場面だ。
そんな、雨宿りが基本的に優先される状況下で、魔法の森を疾走する影があった。
フランドールを背負った美鈴である。
彼女の足が抉った地面の痕は、豪雨によってすぐにかき消される。
美鈴は、魔法の森の木々を縫う様に駆け抜けていた。
「妹様!あと2分ばかりご辛抱を!」
美鈴は、豪雨と自分が空気を切る音に負けないように大声を出した。
フランドールはその呼びかけに答えず、
「まり……さ……」
と呟いた。
これが「悪魔の妹」と恐れられた破壊神なのだろうか。
美鈴は雨の弾幕を駆け抜けながら思った。
これではただの好きな人のことを思う子供ではないか。
美鈴は雨の中苦笑する。
自分のことはどうでもいい。
だから早く魔理沙のところへ……
フランドールが考えているのは大体こんなところだろう。
本当に子供である。
自分より何倍も長い時を生きてきた、背中の少女を、美鈴は思う。
が、美鈴は、そんな子供は間違っても嫌いではない。
子供のそういった無計画な考えを否定する気にはなれない。
「行きますよ妹様!」
美鈴は自身の足に気を込めた。
美鈴が気を解放した次の瞬間、美鈴の足元が派手に爆ぜた。
――――――――――
「うっ……」
美鈴は思わず鼻を押さえた。
漂うは悪臭。
何の臭いかは少し考えれば分った。
まさに惨状、地獄絵図。
目の前に広がる光景を形容するにはその言葉が最も適当だろう。
ここは森の中にある野原。
普段の晴れた日ならば、陰気な魔法の森には似合わない、陽光溢れる野原である。
現在は、惨状、地獄絵図。
地を濡らすのは豪雨だけではなかった。
野原には似合わない、炭化した箒が一本落ちていた。
彼方此方焦げた山高帽が落ちていた。
惨状の中心には、赤い液体まみれの肉塊が一つ転がっていた。
悪臭の原因はこれだった。
焦げた肉と血の臭いだった。
周囲の木々の幹には、雨が降っているというのに、赤い血痕が飛び散っていた。
美鈴は顔を顰めながら惨状に一歩近づく。
野は、美鈴が踏み出すごとに、たっぷりと含んだ雨水と血を染み出す。
「まりさ……」
背中から声が聞こえたので、美鈴は腰を屈めて、背中の荷物を降ろした。
降ろされたフランドールは、ふらふらとした足取りで、悪臭の源へ歩いて行った。
一歩歩くごとに、スカートの端から滴が落ちる。
「まりさ……」
「魔理沙だったもの」の傍まで来ると、フランドールはへたり込んでしまった。
「魔理沙……」
フランドールは、その名前を、肉塊の傍で呟きだした。
目はひたす見開いたまま。
その目からは流れる雫は、果たして涙か、それとも雨か。
「魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……魔理沙……」
フランドールは呟き続ける。
手を付きながら呟き続ける主君の妹君を見ながら、美鈴は非常に遣る瀬無い気分になった。
死体という比較的見たくないものを抜きとしても、美鈴にとって、茫然と呟き続けるフランドールは、見ていて気分が悪い。
だからと言って声をかけようもない。
どうしようもなくなった美鈴は、取り敢えず惨状の様子の方を見た。
箒の状態を見て、魔理沙は上空で雷に打たれたのだろう。
雷の電圧は非常に強力で、打たれた者の体は嫌でも硬直する。
魔理沙の死因は、正確には雷ではなく、雷によって落下したことが原因だったのだろうか。
しかし、今となっては、それを確かめる術はない。
魔理沙が箒無しで飛行していた光景を見たことはない。
箒無しでは飛べなかったのかもしれない。
魔理沙の「魔法使いは箒で飛ぶもんだぜ」論故だったかもしれないが。
仮に飛べなかったとしたら、落下中に意識があっても最早どうすることもできない。
それどころか、迫りくる地面を凝視して、最後には……
美鈴は最後までイメージしそうになって、慌てて頭を振って中断した。
今は衰弱していくフランドールと、魔理沙の死体の方を先決するべきだ。
「妹様……お気持ちは痛いほどによく分かります。しかし……」
「……分ってる。魔理沙を運ぶの手伝って……」
活発なフランドールは、何時も朱色の服を着ている。
今、その朱色の服は、雨を吸い込んで、心なしか沈んで見えた。
「めいりん……ここからどこに運べばいいかなぁ……」
「えっと……ちょっと待ってください」
美鈴は、現在地から最も近い「気」を探る。
「……あっちならばここからすぐに辿り着けます。行きましょう」
美鈴はある方向を指さした。
それを聞くと、フランドールは魔理沙の亡骸を抱え上げた。
美鈴は狼狽する。
「い、妹様……!私が運びますから、妹様は……」
「黙って。魔理沙は私が運ぶの!」
雨の所為で唇が徐々に青くなっているにも関わらず、はっきりとした声でフランは叫んだ。
――――――――――
香霖堂。
魔法の森の入口にある古道具屋。
ここの店主、森近霖之助は、何時ものようにカウンターで読書をしていた。
香霖堂は全くと言っていいほどに儲かっていない。
理由はそれなりに挙げられるのだが、第一としては、店主霖之助が、この店を趣味の一環として作ったからだろう。
つまり、儲けを前提として、霖之助は香霖堂を経営しているのではない。
しかも、霖之助自身、今の状況に満足している。
仮に、香霖堂が大繁盛していたとしたら、店内は騒がしくなる。
そうなってしまえば、趣味の読書が出来なくなってしまう。
そんな店主の考えを投影した様に、店内は静まり返っていた。
霖之助が一定時間置きにページを捲る音が響く。
「……」
霖之助は、朝から嫌な予感がしていた。
勘は全く当たらない彼だが、嫌な予感ならばよく当たる。
霖之助は溜息を吐きながら本を閉じて、足元の本棚に入れた。
外からは雨の呻きが聞こえる。
雷鳴も先ほどまでは聞こえてはいたのだが、今は止んでいるらしい。
彼はカウンターに肘をついて目を瞑る。
こうやって、視覚の情報を遮断して、耳のみに感覚を集中させると、生命溢れる幻想郷の大自然が彼を優しくつつみこ
声が聞こえた。
雨の声だとか、風の声だとか、それこそ雷の声とか、筆者は一切比喩表現を使用していない。
明らかに自然の声ではなく、人妖の類が発する声。
彼は溜息を吐いた。
声はどんどん近付いてくる。
「……とさま……もう少し……しんぼ……」
「……ってる」
声の種類からして、二人。
どちらも女性らしい。
また面倒なことか。
霖之助がそんなことを考えている間にも、声は近付いてくる。
ここまで来ると、会話の内容も理解できるようになってきた。
「すぐそこです!すいません!香霖堂さん!扉を開けてください!」
お呼びのようだ。
霖之助は3分もない時間の間で、3度目の溜息を吐いた。
霖之助は、割と長く生きてきた。
割と長かった生涯で、これほど後悔したことはない。
これからの生涯で、一生この後悔を引き摺って行くことになるのだろうか。
扉を開かない方が良かったと、開いた後に後悔した。
勘は全く当たらない彼だが、嫌な予感ならばよく当たる。
扉を開いた先に立っていたのは、脇に炭化した箒を抱えた背の高い、赤い髪の派手な、大陸風の服を着た女性と、形容しがたい物体を大事そうに抱きしめている、七色の翼を生やした、金髪の少女だった。
「……!」
霖之助は、そのあまりの衝撃に声が出なかった。
彼の眼鏡越しから覗く眼は、少女が抱えていた形容しがたい物体を捉えて離さなかった。
「……」
気まずい沈黙を、雨の協奏曲が更に引き立てていた。
――――――――――
紅 美鈴は違和感を覚えた。
魔理沙の亡骸を見た霖之助の衝撃は、目に見えるほどのものだったが、店の裏の、普段彼が生活しているという部屋に亡骸を寝かせた後の彼は、嫌に冷静だった。
美鈴は、咲夜から香霖堂という「店」のついでに、彼のことも少しばかり聞いていた。
何でも、魔理沙が幼い頃からの知り合いだとか。
普通、その知り合いの亡骸を見せられて、こうも冷静に行動できるだろうか。
勿論、急いでいた事態だったので、彼の冷静な判断にはかなり助けられたのだが、美鈴にはどうも納得できなかった。
フランドールは「魔理沙と一緒にいる」と言って、部屋に籠ってしまった。
霖之助と美鈴は、店内に残って、ただ何もない時間を過ごしていた。
先ほどまでは、レミリアは魔理沙の死を知っていたとか、フランドールが魔理沙の死体を回収しに雨の中飛び出したとか、そういう感じの話をしたのだが、それ以外は全く話すことが無くなってしまった。
「……香霖堂さん」
「……香霖でいいよ」
沈黙に居た堪れなくなった美鈴が喋り、それに霖之助が返す。
「……香霖さん……普通は、あそこまで冷静に行動できないと思うんですが……」
美鈴の口から疑問が出る。
「どういうことだい?」
「貴方は、魔理沙と古くから知り合いだったと聞いています。そういう人の死に泣いたりとか、ショックとか、無いんですか?」
霖之助はその言葉に、目を閉じて黙る。
「……勿論あったよ」
「……あった?過去形?」
霖之助は頷く。
「僕は妖怪と人間のハーフ、対して魔理沙は純粋な人間だ。寿命は明らかにこちらの方が長い」
「……」
美鈴は、黙って話を聞く。
「……先立たれるのは絶対だ。目に見えている。それが……少し早まっただけのことだからだよ」
「……早まっただけ?」
「そう。それだけだ」
「……貴方は霧雨魔理沙との別れを、ずっと覚悟していたと?」
「そう、なるね」
「……ッ!」
パン。
店内に乾いた音が響く。
説明しなくても分かるだろうが、美鈴が霖之助の頬を叩いたのだった。
霖之助は、殴られた自分の頬を撫ぜる。
「信じられない……」
対する美鈴はと言うと、平手を振り切った体勢のまま、目に涙を浮かべていた。
「それは、魔理沙は何時死んでもいいって言っているのと同じじゃないですか……」
美鈴の声は若干涙声だった。
「……君は、僕が魔理沙の亡骸を見て、泣き叫んで欲しかったのかい?ショックで動けなくなってしまって欲しかったのかい?」
「……いえ、そういうわけでは……」
霖之助の言葉に、美鈴は詰まる。
確かに、霖之助が冷静に対処してくれなければ、フランドールは癇癪を起して、それこそ拙い事態になっただろう。
それでも美鈴には、霖之助の考えが納得できるはずもなかった。
「……」
「……まだ納得できないようだね」
「当たり前です!人が死んだって言うのに……貴方という人は!こんな冷たい人だとは考えてもいませんでした!」
知らず知らずのうちに声を荒げる。
美鈴は、平手を握りしめた。
「……僕は知っていたんだ。必ず魔理沙に先立たれる」
「……それはさっきも聞きました」
「普段から怯えていた」
美鈴を若干無視するように、霖之助が続ける。
「女性に話すのも恥ずかしいが、僕は泣いたんだ……怖くて、魔理沙に先立たれるのが」
「ほぇっ……」
半泣きの所為か、変な声が出てしまった。美鈴もかなり恥ずかしい。
「彼女の溌溂とした笑顔を見る度、何処か安心した……まだ僕を置いて逝っていないと」
「……」
「同時に、この笑顔が見れなくなる日が来るのかと、また怯えた」
「……」
「その繰り返し。何度も、魔理沙に先立たれることを恐れて僕は泣いた。今では、そのリズムに慣れてしまったんだよ。器の小さい僕の中に、魔理沙に流す涙はもう枯れ果ててしまったんだよ」
「……」
「それに、魔理沙は、涙を手向けられることを喜びもしないだろうからね」
「それは……確かに」
「だから僕は泣く訳にはいかないのさ」
霖之助は中指で眼鏡を押し上げる。
「魔理沙の亡骸は僕が預ろう。君達は紅魔館へ帰るんだ……雨が止んでからだよ、勿論」
「……分かりました」
美鈴は力の入った体から力を抜いた。
おかしかったのは自分だったかもしれない。
種族の違う幼馴染。
違いすぎる寿命。
それは絶対の運命。
霖之助は、それを全て知って、理解して、受け入れていた。
『お嬢様……これが運命なんですか?』
回避できない、悲しすぎる運命。
必ず幼馴染に先立たれる運命。
霖之助は、受け入れて、悶えていた。
無間地獄以上の苦しみの中で、悶えていた。
霖之助は、ある意味で、フランドール以上に、魔理沙の死を嘆いている。
ずっと前から。
『……』
「……香霖さん……本当に御免なさい……」
「……謝罪を受けるようなことは何一つされてないよ」
霖之助は微笑んだ。
美鈴にはその微笑が、どこまでも儚く、そして悲しいものにしか見えなかった。
――――――――――
雨は止んだ。
最近は日が落ちるのも早くなって、今は薄暗い。
八雲藍は台所の格子から金色の瞳を、中途半端な夜空へ向けた。
かなり分かりづらいが、雲と雲の間には星が垣間見える。
この調子だと明日は晴れか。
漸く洗濯物が干せると、少し上機嫌になりながら、藍は大根に包丁の刃を走らせる。
部屋干しは少し臭うのだ。
妖獣である藍の鼻に、その臭いは少しきつい。
ふと、藍は思い出した。
そう言えば、紫様は嵐は三日続くとか言っていたような……。
戯言だ。何時もの主の。
藍はそう決めつけて、切った大根を煮え立つ湯の中へ入れる。
どう見たって明日は晴れる雲だ。
久々に訪れるであろう明日の晴れ空を、藍は鼻歌を歌いながら思案した。
「藍さまー、今日のご飯何―?」
「ああ、橙か。今日のご飯は味噌汁と―――
――――――――――
紅魔館へ向かう途中、明るい性格である筈の美鈴とフランドールは、暗い表情を顔に浮かべたまま、霧の湖の上空を飛行していた。
「……」
お互い何も喋らない。
「……妹様、紅魔館が見えてきましたよ……」
美鈴は沈んだ声でそう言って、向かう先の一点を指差した。
「うん……」
同じく沈んだ声で、フランドールが答えた。
美鈴が指さす先には、数少ない紅魔館の窓から光が点々としていた。
二人は、湖の小島に降り立つと、肩を落としながら門をくぐった。
――――――――――
霖之助は魔理沙の横に座っていた。
魔理沙の体に付着していた血と泥は綺麗に拭き取られていた。
彼に出来るエンバーミング(死体に施す衛星保全のこと)はこれ位しかできない。
死体の消毒とか、血液を抜き取るとか、動脈に防腐剤を入れるとか、そう言ったことは専門家でないとできない。
考えられる専門家として、永遠亭の薬師が思いつくのだが、力の無い霖之助が夜の幻想郷を歩いて呼びに行くことはできないし、かといって、肉体的にも精神的にも疲弊している美鈴とフランドールに頼んで呼びに行かせるわけにもいかなかった。
そして何より、霖之助自身が呼びに行きたかったのだ。
「魔理沙……」
彼は、少なくとも運ばれてきた時よりは綺麗になった魔理沙の頬をそっと撫でた。
「力の無い僕の所為で、綺麗な姿になれなくて……すまない」
魔理沙の金髪を指に絡まらせる。
「……明日は朝一番に頼みに行くからな……」
霖之助は拳を握り締める。
暗い部屋の中、ガス灯の灯が揺ら揺らと揺れ、それに伴って、霖之助と魔理沙の影も揺ら揺ら揺れる。
「魔理沙……」
彼の握り拳から血が流れ始めた。
「力の無い僕を……涙を堪え切れない僕を……許してくれ……」
幻想郷の、夜。大嵐の後の静けさ。
仄かなガス灯の灯が揺れる、少女が香霖と呼び、慕った森近霖之助の部屋で、一人の男が、静かに涙を流していた。
――――――――――
「ん……」
私は目を開けた。
地下牢の外から、忙しなく何かが駆け回っている音が聞こえる。多分メイド。
ということは、朝のようだ。
「全然寝れなかったなぁ……」
最近、私は吸血鬼らしくなく、昼に起きることに凝っている。
理由としては、魔理沙が昼に来るからだ。
だから、普通は夜に起きるべき生活のリズムを昼にしている。
もっとも、その魔理沙は昨日……
私は地下室の中でがっくりと肩を落とした。
死んだ。それが現実。
さっきも呟いたけど、私は全然寝れなかった。
疲れていたのに。
だから、眠りたかった。
けど、眠れなかった。
いや、眠りたくなかった。
眠りたいのに、眠りたくなかった。
眠ったら、絶対怖い夢を見るから。
あー、まんじゅう怖くない。
……
一人でふざけるのは虚しい……。
「……魔理沙に会いに行こう……」
私は重い足取りで地下牢の扉へ向かった。
――――――――――
「あ、咲夜」
大ホールに向かう途中、咲夜に会った。
「妹様?どちらへ?」
「えーっと、あの古道具屋」
魔理沙の亡骸がある場所の名前は忘れた、というか見ていなかったけど、咲夜は事情を美鈴から聞いている筈だから、これで分かる筈だ。
「古道具屋……香霖堂ですか」
咲夜はすぐに事情を酌んでくれた。
「妹様、今日は晴れ模様でございます。外出なさるのでしたら、これをお使いください」
と言うと、咲夜は薄桃色の日傘を差し出してきた。
……咲夜持ってたっけ?日傘。あ、そうか。時間を止めたのか。
「うん、ありがとう」
私はそれを受取って、開いてみた。
彼方此方にレースが縫い込んであり、綺麗だった。
「うん、良い日傘。ありがとう咲夜」
もう一回お礼を言って、私は大ホールへ向かった。
ところで、私って外出しちゃいけないから監禁されたんじゃなかったっけ?
こうもあっさり出してくれるのは何でだろう。
状況が状況だからかな。
お姉様が直接許可してくれた記憶はない。
まあ、出してくれるならくれるで都合がいいんだけどね。
ああ、因みに私が壊した扉は、咲夜が時間を戻して直したんだって。
――――――――――
私は、美鈴と門番隊の見送りを受けながら、香霖堂へ向って飛び立った。
美鈴が一緒に行くって言ってたけど、私はどうしても一人で行きたかったから、断った。
美鈴、凄く残念そうな顔してたなあ。
今度一緒に遊んであげよう。
霧の湖を飛んでいる途中、氷精に会った。
出会い頭に叫ばれた。
「あんた!確か紅魔館の妹!」
「紅魔館」の妹なわけないじゃない。
「よーし、ここであんたを倒したらあたいがさいきょ……こらー!無視すーるーなー!」
馬鹿は無視して香霖堂へ向かうことにする。
どうしてこう馬鹿が湧くんだろう。
ああ、ぽかぽか晴れてるからね。
「チルノちゃん……」
氷精が騒いでいる声とは別の、少し大人びた、哀れみを含んだ声が最後に聞こえた気がした。
――――――――――
「ここね……」
香霖堂。
昨日は色々で目に入らなかったけど、随分とこじんまりしてるのね。
寂れたとこにあるだけあって風景に溶け込んでる気がする。
「モリガナヨーグルト」ってサブタイトルみたいね。何だか。
私は、日傘を狸の置物に立て掛けてから、扉を軽くノックして、返事を聞く前に扉を開けた。
埃臭いなあ。
香霖堂は何だかごちゃごちゃしてる。
まあ、図書館も似たようなものだからこういう雰囲気は嫌いじゃないけど。
「いらっしゃ……何だ君か」
店内を色々詮索していると、昨日の男の人がカウンターの奥から出てきた。
若干疲れているような顔をしてた。
「魔理沙は?」
私が聞くと、男の人―――確か美鈴は「香霖さん」って呼んでたっけ。香霖は自身の後ろにある、カウンターの奥に繋がる通路を示した。
「僕の部屋に寝かせてある」
奥は香霖の部屋なんだ。へぇ。
「……」
「ん?」
奥から声が聞こえたような気がした。
「誰かいるの?」
「ああ、魔理沙のエンバーミングを頼んだんだ」
「エンバーミング?」
「そう、エンバーミング」
「ふうん」
その単語には聞き覚え、いや、読み覚えがあった。伊達に本を読んでないから。
「誰に頼んだの?人里の専門家?」
「いや、それより腕のいい人を呼んでおいた」
つまり人里の人ではない。
妖怪の類かな。
「直接会ってみたほうが早いだろう」
――――――――――
香霖の居住スペースであるという部屋の扉を開いた。
洋風と和風の中間(ところで、和洋中ってあるけど、あの「中」って、和風と洋風の「中間」ってことなのかな。今度パチュリーに聞こう)を思わせる部屋で、部屋の片端にはベッドが一つ。
その上に、魔理沙は寝ていた。
「魔理沙!」
叫んで、私はベッドに駆け寄る。
「こらこら、エンバーミングはまだ終わってないのよ」
駆け寄った私を、頭から兎の耳を生やした、ブレザー服の人が止めた。
目は深紅で、髪の色は……判断しづらいけど、多分紫っぽい白。
「ウドンゲ、構わないわ。店主さんが言うには、彼女は関係者だっていうしね」
魔理沙のすぐ横に座った銀髪の、青と赤の、ちょっとセンスが疑われる服を着た女の人が言った。
彼女は背を向けているので、顔が見えない。
代わりに、巨大な三つ編みがこっちを見ていた。
「そ、そうなんですか?」
ウドンゲと呼ばれた人は、少し驚いた顔をしながら、私に道を開けた。
私の目に、魔理沙の亡骸が飛び込んでくる。
魔理沙は、帽子を取った以外何時もの服装だけど、肌とか、顔とか、髪とか、凄く綺麗で、まるで眠っているような感じ。生きてる感じ。
「ま、魔理沙……?」
「残念だけど、死んでるわ」
一瞬、魔理沙が生き返ったのかと思った私を、ファッションセンス異常の女の人が否定する。
「え?どうして分ったの?」
「心臓が止まって、体温が冷たく、瞳孔が―――」
「いや、そうじゃなくて、私の考えていること」
「永く生きてるとね、大体分かるようになるのよ。人の考えていることが」
女の人は、そう言って椅子ごとこちらを振り向いた。
若い。永く生きているっていうのは嘘みたいに若い。
若さの秘訣でも持っているんだろうか。
でも、お姉様が「淑女が他人を色々詮索するのはあれよ、駄目よ」って言ってたから、聞かない。
特に歳と体重は駄目らしい。
「私がエンバーミングを施すと、死人はまるで眠っているような姿になる」
女の人は私から、魔理沙に視線を移す。
「本当は薬師なんですけどねぇ」
ウドンゲが言った。
「まあそうなんだけどもね……」
女の人、魔理沙から再び私に視線を戻す。
「初めまして、「悪魔の妹」フランドール・スカーレット。私は永遠亭の薬師、八意永琳よ。こっちは、私の助手のウドンゲよ」
「師匠、「鈴仙・優曇華院・イナバ」です。ちゃんと紹介してください。頼みますから」
ウドンゲが困ったように言った。
あらあらと、永琳と自己紹介した人が笑う。
「永遠亭?」
確か、お姉様と咲夜が「永夜異変」の時に行った場所の名前だ。
薬師がいるって聞いたけど、この人だったのか。
「天才」「あらゆる薬を作る程度の能力」。
咲夜から聞いた、彼女のステータスはこれしかない。
でも……
「貴女、魔理沙を生き返らせることは出来ないの?」
私は、ほんの少し震えた声で永琳に聞いた。
震えは喜びから、期待からくる震え。
天才で、「あらゆる」薬が作れるのならば、人を生き返らせる薬が作れてもおかしくない。
そう期待を込めて聞いたので、声が少し震えていた。
だが、私の期待に反して、永琳は首を振った。
私の中の常識という辞書に誤りがなければ、否定の意味を示す横振り。
「な、なんで!?貴女はどんな薬でも作れるんでしょう!?咲夜から聞いたわ!」
永琳の反応に、思わず爆発してしまった。
大声が出る。
私が大声を出すと、大抵の相手が震えて逃げ出す。
けど、永琳は恐れることなく、口を開く。
「いいこと?薬には様々なタイプがあるの。怪我の場合は、体の自己再生力を高める薬、体の自己再生力の補助をする薬。病気の場合は、菌を死滅させる薬、体の防衛力を高める薬……他にもあるけど、彼女の場合……」
永琳は魔理沙に目を向ける。
「落下による脊髄損傷による死亡。これは怪我に分類されるけど、言ったように、怪我に対する薬は、本来体が持っている再生力を云々するものよ」
「……それが?」
すぐにでもこいつを壊したいという衝動を抑えて聞く。
「死亡した人間の体は、自己再生をすることを放棄する。自己再生する必要がないから。故に、如何なる薬でも生き返らせることはできないわ」
纏めれば、永琳は生き返らせることはできないと言ってる。
「まあ、怪我じゃなくとも、病気による死亡でも生き返らせるのは無理ね。薬の助けによって「生き返ること」自体が自己再生だから」
「生き返らせてほしいの!魔理沙を!」
私は力を込めて言う。
あの笑顔をもう一度見たい。
もっと色んなことを聞かせてほしい。
「どうして生き返らせて―――」
「もし仮に―――」
喋った私を、永琳が遮る。
ウドンゲは、ただ黙って深紅の瞳を永琳に向けている。
「―――魔理沙を生き返らせることが出来たとしても、私はしないわ」
「どうしてよッ!」
納得できない。
納得できない!
「どうして生き返すこともできないの!生き返らせようとも考えないの!」
ナットクデキナイ!
「私が魔理沙を生き返らせたとする。すると、彼女は喜ぶかしら?」
「喜ぶに決まってる!」
当たり前、そんなこと当たり前!
「いいえ喜ばないわね。例えこの世に未練があったとしても、喜ばない。魔理沙みたいな人間なら特に」
「なんで!なんでよ!」
理解できない。
「理解できないようね」
当たり前だ。
永琳は、溜息を吐いて、言った。
「魔理沙は、他人の力を借りたことはあったかしら?」
その言葉にはっとなる。
そういえばそうだ。
魔理沙は全て自分のことは自分でやった。
料理とか、そういうのは「たまに神社で食わせてもらってるぜ」とか聞いたけど、自身の生活や自身の鍛練とか、魔法の開発とか、そういうのは、魔理沙なら誰の力も借りたがらないだろう。
きっと生き返っても、魔理沙は「人から貰った」二度目の人生を、ずっと引き摺りながら生きていくことになるんだろう。
生き返らせたならば、魔理沙の笑顔は見ることができない。
「魔理沙なら、人の助けは借りたくないって言いそうですね」
ウドンゲが横から喋る。
永琳が頷く。
「それに、人を生き返らせる薬というのはすでに薬としての域を超えているの。あらゆる薬が作れても、薬を超越した薬は作れない。何故なら、それは最早薬ではないから」
――――――――――
エンバーミングが済ませた永琳と、付き添いのウドンゲは帰った。
私は、香霖と二人で魔理沙の顔を見ていた。
「そういえば」
魔理沙の頬ってこんな綺麗だったんだなって思ったところで、香霖が言った。
「君に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
香霖は部屋から出ていった。
バタンと扉が閉まるのを見て、魔理沙に目を向けた。
香霖が何を持ってくるか気になるけど……魔理沙も見ておきたい。
……
本当に眠っているみたいだ。
永琳の技術は本物らしい。
「魔理沙……どうして死んじゃったの?」
はあ、と溜息を吐く。
体にずっと虚無感が残ってる。
昨日、魔理沙の死体を見たときからずっと。
理由は分ってる。
魔理沙の笑顔が見れないことが理由。
魔理沙の笑顔を例えるとしたら、そう……太陽。太陽ね。
吸血鬼にとって、太陽は毒以外のなんでもないけど、魔理沙の笑顔は別。
私の暗い心を照らす太陽。
495年監禁され続けた結果表れた影を照らす太陽。
その太陽は燃え尽きてしまった。
「はあ……」
再び溜息を吐いた。
その時、扉が開いた。
香霖が、手に何かを持ってる。
「フラン……で良かったかな。これを君に」
香霖はその何かを私に手渡した。
「これは……?」
「ミニ八卦炉。魔理沙がマスタースパークを撃つ時に使われるものだよ。それ以外の用途にも使えるがね」
ミニ八卦炉と呼ばれたものを掲げ上げて見る。
「どうして私に?」
「君は魔理沙にかなり懐いているようだしね。君が貰えば魔理沙も八卦炉も喜ぶだろうから」
「……有難う。壊さないようにするわ」
ミニ八卦炉を抱きしめる。
香霖はふっと微笑んだ。
「ねえ……」
「なんだい?」
「魔理沙のお葬式はどうするの?」
「ああ……」
香霖は魔理沙の方を見る。
「彼女は前々から「私が死んだ時、私の為に葬式はするな」と言っていた。ただ土葬をしてくれだそうだ」
「そうなの……」
私は、自分の七色の羽の先端を掴んだ。
枝に似た翼が、何処か寂しげだなと自分で思った。
――――――――――
香霖堂を出ても、することが思いつかない。
かといって、紅魔館に帰る気分でもない。
私は狸に立て掛け置いた日傘を取って、開いた。
「どこに行こう……」
開いたはいいけど、どこに行こう。
「……ん?」
考えてると、目の前を何かが横切った。
白くて、ふわふわした飛行物体。
「……」
それは、ふわふわ漂いながら、森の奥に消えた。
「……」
どこに行くか決めた。
八卦炉を持ち直して、翼を広げ、香霖堂から飛び立った。
――――――――――
「何あれ……張ってる意味あるの?」
後方に小さく見える存在意義不明な結界を見ながら、私は、長ーい階段の上に降り立った。
階段は本当に長くて、登る先が見えない。
咲夜から聞いた話だと、冥界にあるこの長い階段は「白玉楼」に続く階段で、そこには冥界の主が住んでいるらしい。
「さて、登ろうかな」
日傘を持ち直して、一歩踏み出す。
階段を一段上がって、私は、階段の先を見上げた。
白く霞んで見える。
「やっぱ飛んで行こう」
私の中の、階段を足で登るという決意はあっけなく崩壊した。
私が、何故冥界に来たのかというと、魔理沙の魂が着てるかもしれないと思ったからだ。
生き返らせても喜ばないなら、魔理沙が行き着く所で、私の太陽を見続けたいと思ったからだ。
子供の理屈だなぁと自分でも思う。
昼時だからか、少しだけ日差しが強く感じた。
――――――――――
「あれかな」
暫く飛ぶと、大きな日本庭園が眼下に広がった。
沢山木が植えられているけど、裸の木が多い。
枯れてるわけじゃなさそうだけどね。季節が違うのかな。
まあ、庭園らしく丸く整えられた植木とか、全部が全部裸じゃないけど。
それにしても日本庭園ねぇ。本でたまに見かけるけど、実物を見たのは初めてねそう言えば。
「……ん?」
日本庭園の中で一番大きそうな木(この木も裸)から何か緑色のものが飛んできた。
よく見てみると、それは人間の形をしていた。
で、それが持ってるのは……刀ね。二本。
その人間は、私と同じ高さまで飛んできて、私と対峙した。
「貴女だあれ?」って言おうと思ったら、先に叫ばれた。
「何者だ!」
大声も大声。飛び上った。
その緑色の服を着た、黒い飾り布をつけた銀髪頭の少女が、長い方の刀をこちらに向けていた。
彼女の横で、白い魂魄がふよふよと浮いてる。
ここでいざこざを起こせば、冥界が「壊れ」ちゃうかもしれないので、私は落ち着いて話すことにした。
「えーっと、私はフランドール。ここ、白玉楼?」
言った後に後悔。
しまった。短絡過ぎた。
ほら、やっぱり目の前の女の子怪訝な顔してるじゃない。
「……ここは白玉楼の上空だが」
「あー、冥界の主さんに用があるんだけども」
なるべく下手に、下手に。
「……」
「……」
「……みょんな真似をしたら切り潰しますから」
納刀して、スーッと、女の子が下降し始めた。
みょんって何だ。
……まあ、案内してくれるならいいか。
日傘をくるくる回して、私もついて云った。
――――――――――
日本庭園に降り立った。
砂利が音を立てる。
「ふああー広い」
地上で改めて見ると、その広さがよく分かる。
あっちこっち視線を走らせる。
裸の木が囲むように植えられていて、えーと、枯山水って言うんだっけ?がとっても広い。どこかから聞こえる水音は、夏に聞けば涼しげかもしれないけど、今の季節にはちょっと合わない。
遠くには、女の子が飛んできた大きな木が見える。
「二百由旬ありますからね、白玉楼は。勿論誇張ですが。でもそれほどの広さがあります」
「ゆじゅん……?」
聞き覚えのない単位だ。
「一由旬約7km」
とすると……に、にひゃくかけるなな……せんよんひゃく?
計算苦手だなぁ……本は計算しなくていいからなぁ。
どっちにしろ1400kmって凄いなぁ。
幽閉されてたから、世界が広いって知らなかった。
知ったのは、魔理沙が教えてくれた時が初めてだったなぁ。
魔理沙……
思い出しそうになった。
……ええーい!
今はその魔理沙に会う為にここに来てるんだから、悲しい顔したら駄目よ。
魔理沙に怒鳴られる。
「ね、ねえ!」
私は思考から逃げるように大声を出した。
「あの木は何?」
私は例の女の子が飛んできた大きな木を指差して聞いた。
「ああ、あれは……」
彼女は、そう言って言葉を切った。
「……桜ですよ」
「さ、桜かー。どおりで裸だと思った」
……?
何か変なこと言ったかな?
女の子がどこか暗くなったような……。
「ああ、フランドールさん」
「え?あ、うん」
彼女は、裸の桜の木を見ながら言った。
「私はここの庭師をしてます魂魄妖夢といいます。以後宜しくお願いします」
そう言うと、彼女はこちらを振り向いて、頭を下げた。
足下から砂利が擦れ合う音が聞こえた。
「え?ああはいはい」
ちょっと面食らったけど、こうして話すと、礼儀正しい人じゃない。妖夢って。
さり気無く刀に手を掛けてなければね。
ところで、庭師ってことは、少なくともここの主の従者よね。こんな簡単に部外者を主の前に出していいのかな。ま、何もしないけど。
――――――――――
暫く白玉楼の廊下を進むと、縁側に腰かけ、足をぶらぶらさせて冥界の風景を眺めてる、水色の着物を着た人がいた。
「あらぁ、妖夢」
その人はこっちを見てにっこり笑った。
「ちょうどいい所に。お煎餅おかわり」
笑顔で妖夢に皿が載ったお盆を突き出した。
「幽々子様、お言葉ですが客人の前でごーいんぐまいうぇいは自重下さい」
「あら、お客様?」
幽々子と呼ばれた人は初めて私に気がついたように驚いた顔をして見せた。
私、羽根とか服とか結構目立つんだけどなあ。
わざと今知ったようにしたのかな。
「あら、貴女は確か紅魔館の……」
「フランドール・スカーレットよ。えっと……」
「西行寺 幽々子よ」
「西行寺幽々子サン、えっと、今日は折り入ってお尋ねしたいことが」
日傘を畳んで、廊下に置いて、確か、こうやって地面に手をついて。
本の通りできていればいいけど。
「冥界の主ならご存知の筈です。魔理沙の魂が着ていませんか?着ていたら会わせてください!」
――――――――――
驚いた。
今し方主の前に連れてきたこの少女が、紅魔館の者だと主が言った時も驚いたが、今はもっと驚いた。
フランドールがいきなり土下座をして、魔理沙に会わせろと言ったからだ。
妖夢はただ目の前の光景に呆然とするしかなかった。
紅魔館には、主のレミリアの妹君がいると聞いたことがある。
名字から察するに、彼女が妹君なのだろう。
その妹君が、普通土下座なんかするだろうか、いやしないだろう。
妹君は気が触れているので、幽閉されているとも聞いた。
それが何故白玉楼に?
疑問は湧いて溢れるが、今はそれが重要なことでは無い。
「魔理沙の魂……?」
「……知らないの?魔理沙は昨日雷に打たれて死んだのよ」
「な……」
フランドールは土下座しままくぐもった声で答えた。
「……そうなの」
幽々子が溜息を吐く。
「顔を上げなさい。「悪魔の妹」フランドール・スカーレット」
呼ばれると、フランドールの歪な翼がピンと伸びて、顔を上げた。
幽々子は、懐から扇を取り出して広げ、空に向けた。
妖夢が怪訝な顔をして見ていると、桃色の反魂蝶が扇の先端に現れた。
幽々子が少し扇を動かすと、反魂蝶は冥界の空へ飛び立っていった。
消えた先を暫く見上げていた幽々子だったが、やがて扇と目を閉じて、言った。
「魔理沙の魂は着てないわ」
フランドールの伸びていた翼が、もう一伸びした。
「……それはまだ着てないってことなの?」
「まだ着てないわね」
ピンと伸びた翼が、安心したかのように脱力した。
分かりやすい翼だと妖夢は思った。
「昨日死んだとしたら……そうねえ、一ヶ月後くらいには来るかしらね」
「一ヶ月?」
「そう、一ヶ月。閻魔さんはお忙しいのよ。ただ……」
幽々子は再び扇を開いた。
目は閉じたままだ。
「魔理沙の魂は確実に来ないわね」
「なっ……」
驚愕して声を上げたのは妖夢だ。
フランドールは幽々子を見上げたまま固まっている。
信じられないという表情だ。
「貴女は冥界がどういうところか知っているかしら?」
幽々子は開眼して、フランドールを見る。
「……」
「おーい?」
「……はっ!ええ?あー、うんと、死者の魂が行き着くところ?」
フランドールがしどろもどろになりながら答える。
「50点」
幽々子は、扇の先端を指で辿る様子を眺めながら、突っ返すように言う。
妖夢は、いくらなんでも今の言い方は失礼ではないかと思った。
「正確には、閻魔の裁判が保留になった者と、罪の無い者が行き着くところよ。前者は稀だけど」
「……それがどうっていうの?魔理沙がここに来ないこととどういう関係があるの?」
「あの子、聞けば紅魔館の図書館で本を盗んでいたそうじゃない。罪が無いとは思えない」
「……」
フランドールは、翼をピンと伸ばしたまま、黙っている。
妖夢の方は、怒っていた。
この子が魔理沙の魂を求めてやって来たということは、魔理沙のことが好きだったに違いない。
それを、主人はあっさりと踏み躙った。
妖夢は唇を噛む。
「何処かの古道具屋の品も盗んでいたというしねぇ」
幽々子は派手に音を鳴らして扇を閉じた。
恐らくわざとだろう。
「貴女は魔理沙には会えないわ。死ぬまで永遠に」
「……ッ」
妖夢の目に、フランドールが廊下に付いていた手を握り締めたのが映った。
「どうしても会いたいなら、今ここで死になさい。お姉さんがどれだけ悲しむか分からないけど」
「幽々子様……」
「なんなら、今ここで私が死なせてあげてもいいのよ。貴女が何を犠牲にしてでも魔理沙に会いたいなら」
「……帰る」
震えた声で言いながら、フランドールは立ち上がり、日傘を開いて廊下から外へ飛び出した。
「ああ、最後に一つ」
思い出したかのように幽々子が言うと、フランドールはぴたっと止まった。
が、背は向けたままだ。
幽々子が閉じた扇を口元に持ってきて、言った。
目はフランドールの後姿を見ている。
「生者にできる死者の弔いは、墓前に花を添えてやるくらいよ。魔理沙は派手なのが好きそうねぇ」
「……」
フランドールは暫く黙っていたが、やがて飛び去って行った。
――――――――――
「幽々子様!なんですあの態度は!」
フランドールが見えなくなると、妖夢は大声を出した。
「幽々子様はもう少し人の気持ちを考えてください!彼女、泣いていましたよ!涙こそ見せていませんでしたが!」
「そうねぇ」
「そうねぇって……幽々子様!何故そのような―――」
「少し黙りなさい、妖夢」
幽々子の声は、口調こそ静かだったが、氷よりも冷たい響きが含まれていた。
妖夢は思わず背筋が寒くなる。
「私は本当のことを言ったまでよ。魔理沙はここには来ないでしょう」
「……それは……そうですが……」
「ああいう子供には、きつく言って分らせるのがいいのよ」
「……」
「妖夢、私は知っているのよ」
「……何をです?」
「私たちは、失ってから、物の大切さに気が付きます」
「……?」
「先代はどこへ行っちゃったのかしらねぇ」
「……みょん。精進します……」
幽々子は、白玉楼で最も巨大な桜の木に目を止めた。
桜の木の空へ伸びた枝が寂しげだった。
「貴女も、あの子も、成長が必要よ」
妖夢も、「西行妖」を見る。
「……そうですね」
妖夢には、幽々子の考えていることが分らなかった。
幽々子は妖夢の混乱している様子を見て溜息を吐いた。
「……魔理沙は、とても罪深いわ。あんな子を残して逝ってしまうなんて」
「……!」
その言葉に、妖夢ははっとなる。
幽々子は、全て見抜いていた。
幻想郷において、窃盗は重い罪ではない。
「魔理沙の本当の罪」は、自身の死により、残された者を不幸のどん底に陥れたこと。
もし、フランドールに「魔理沙の本当の罪」を教えていたら、魔理沙を地獄に落とさせないという理由で、本当に死を選んでいたかもしれない。
幽々子は、それを考えていて、わざとフランドールにきつく当たり、追い払ったのだった。
「あそこまで悲しい目をした「残された者」は見たことないわ……閻魔の判決は白黒はっきりついたも同然ね」
幽々子の目は、「西行妖」を見てはいたが、本当は何処か別の遠いところを眺めているような感じだった。
妖夢には主の目の色が、桜の散る儚さを思い出させた。
「……幽々子様、貴女様は……」
「……ねぇ妖夢、貴女は何処にも行ったりしないわよね」
幽々子は寂しかったのだ。
自分から離れていった先代や、いつかは全霊になっていなくなる妖夢のことを思案して。
一人になってしまう未来を思案して。
フランドールと、何処か同調したのかもしれない。
妖夢は、口の先をほんの少し上げて、優しい微笑みを作った。
「この魂魄妖夢、全霊になってでも、西行寺幽々子お嬢様の傍につかせて頂きます。先代や、魔理沙のように、残された者が泣かないように、未来永劫」
幽々子はその言葉に、にっこりと笑う。
「流石妖夢ね。ところで、お煎餅のおかわりを―――」
――――――――――
「はあ……」
飛行しながら私は溜息を吐いた。
もう何度溜息を吐いたか分からない。
「花かぁ……」
さっき西行寺 幽々子が言っていたことが気にかかる。
確かに、生き返らせることも出来ず、魔理沙の死後の魂にも会うことが出来ないならば、残された者に出来ることは、死者を弔うことしか無いだろう。
「花かぁ……」
もう一度呟きながら、私は存在意義不明な空の上の結界を飛び越えた。
正直、あの亡霊の言う通りにするのは癪だけど、それ以外に魔理沙にしてあげられることが思いつかない。
だから仕方なく従うことにしたんだけど、季節が季節だし、派手な花なんて咲いていないだろう。
どうしようか。
「……ん?」
ふと、眼下の景色に何かが映った。
黄色い何かが一か所に集まっている。
「あれは……向日葵?」
黄色い物の集合体は確かに向日葵だ。
向日葵畑か。
全ての向日葵が西の空に浮かぶ太陽の方を向いている。
「向日葵って夏の花じゃ……」
今は夏ではない。
また異変かな。
前に四季の花が一斉に咲いた異変があったらしいけど、今回はピンポイントで夏の花だけだ。
帰るって言ったけど、急いでいるわけでもないし、他にすることもないので、私は取り敢えず向日葵畑に行ってみることにした。
――――――――――
向日葵畑に降り立ってみると、向日葵畑を構成しているのはやっぱり向日葵で、魔力の欠片も感じない。普通の向日葵だ。妖精はちらほら見かけるけど。
向日葵自体は何もおかしいことはない。大きく季節外れということ以外は。
そういえば、ここは他と比べて少し暑い気がする。今まで空とか冥界とかいたからこれが普通の温度かもしれないけど。
それ以外に他と比べておかしいところは、背後に感じる強大な妖力くらいね。
「……貴女、お名前は?」
後ろに立つ妖怪に声をかける。
「風見 幽香よ。貴女は?」
「フランドール・スカーレットよ」
「そう。スカーレットということは、紅魔館の妹君かしら?その妹君が何の用?」
私は振り向いて、風見 幽香と名乗った妖怪と向き合う。
緑色のショート、チェック柄のブラウス、日傘を両手で持って、こちらには笑顔を向けている。
傍から見れば、日傘を持った二人が向き合っているように見えるだろう。
生憎、この様子を見ているのは周りの向日葵くらいだけど。
「この向日葵畑、やけに季節外れじゃない?」
取り敢えず疑問を言ってみる。
「そうねぇ。季節外れね」
日傘をくるくる回しながら幽香が答えた。
「なんで?」
「さあ、どうしてでしょう」
笑顔でしらを切られた。
「……ここは他のところと比べて暑い気がするんだけど」
私は取り敢えずさっきの質問を保留して、別の質問をぶつけてみた。
「此処、何て呼ばれているか知ってる?吸血鬼さん」
「知らない」
「太陽の畑と呼ばれているわ。ここは日当たりが良いからねぇ」
成程。どおりで暑いわけだ。
「それだけ?」
「ただの好奇心だったから」
ふうん、と面白くなさそうに幽香が日傘をくるくる回しているのを見て、私も自分の日傘をくるくる回して見る。
傍から見れば、さぞかし滑稽な光景だと思った。
まあ、見ているのは向日葵だけだけど。
……ん?見ているのは向日葵だけ?
そういえば、周りの向日葵という向日葵は、こちらに顔を向けているような気がする。
向日葵という植物は、常に太陽の方に顔を向けるとパチュリーに教えてもらったことがある。
吸血鬼だから太陽は直視できないので、影の向きで太陽の位置を確かめた。
すると、向日葵の中には、明らかに太陽に背を向けている向日葵がいくつかあった。
それらは、顔を幽香と私に向けている。明らかに。
「……向日葵がおかしい……」
「どこがおかしいの?」
「いや、だって、向日葵って太陽の方を向くんでしょ?」
「賢いのね。その通りよ」
「だったら今、太陽の方を向いていないんだけど……」
幽香は周りの向日葵に目を向けた。
「あら、本当ね」
幽香がそう呟くと、向日葵は一斉に太陽の方を向いた。
勿論私は驚いた。
「な……」
驚いている私を見て、幽香が口をひん曲げて笑った。
「あら、見た目通り鈍いのね」
……
待て待て、冷静に。
ここで突っかかったら負けよ、私。
ここは答えを返してやるのが正解よ。
まず、妖精の仕業とは思えない。妖精程度が一斉にこれほどの向日葵を動かせる筈無いし、妖精の仕業なら私が気がつかない筈がない。
向日葵は普通っぽいから、妖怪向日葵もあり得ない。
つまり、妖精以外の誰かが向日葵を一斉に動かしたということ。
私以外でここにいるのは……
「……貴女、花を操る程度の能力でも持ってるの?」
「はぁい正解」
成程。それなら季節外れの向日葵が咲いていることも分かるし、向日葵の向きが変わったのも分かる。
「ここの向日葵は本来夏にしか咲かないけど、今日は私の気分で咲かせたのよ」
そう気分でほいほい咲かせていいのかな。
……あ、花といえば。
「ねえ、この季節に咲く派手な花ってない?」
花を司る妖怪が知らない筈がない。
「派手な花?どうしてかしら?」
「……ッ、どうしてもなの!」
思わず大声を出してしまう。
「あらあら。それじゃ手伝えないし手伝う気にもなれないわ」
幽香はますます黒く笑った。
……これじゃ埒が明かない。
はあ……私が折れればいいか……。
向日葵から笑い声が聞こえた気がした。
「……霧雨魔理沙は知ってる?」
「ええ、あの品の無い弾幕を撃つ人間ね。」
一から説明する手間が省けた。
「昨日、雷に打たれて死んだの」
「へぇ、あの魔理沙が。しぶとそうな奴だと思っていたんだけど」
幽香は、魔理沙が死んだと聞いても笑顔のままだ。
知り合いが死んだというのに。
妖力の大きさから考えて、永く生きている妖怪だと思う。
だから、彼女は人間の死を何度も見てきたから慣れているのだろうけど、それが分っていても、私は少し幽香の態度にムッときた。
でも、押さえないと。自分を。教えて貰えなくなるかも知れない。
「……魔理沙は派手な花が好きそうだから、そういう花を手向けてあげようと思ってるの。だから派手な花知らない?」
「そうねぇ……」
幽香は顎に手を当てて空を見上げた。
「オニユリ……ラフレシア……洋ラン……ビオランテ……どれもお供えには不向きね。季節も違うし」
オニユリとかラフレシアとかは聞いたことあったけどビオランテって何だろう……。
「ああ、そうだ」
幽香は顎から手を離した。顔は空を見上げたままだけど。
「外の世界には「花火」という派手な花があるらしいわよ」
「花火?」
「何でも、咲いた瞬間、轟音が地を揺らし、夜空を光で埋め尽くすらしいわ」
「それは派手そうね……分ったわ、有難う」
「花火」かあ。図書館に本があればいいけど。
外の世界の花らしいから、あるか微妙ね……。
私は幽香に頭を下げて、飛び上った。
急がないと。
――――――――――
「行っちゃったわね」
幽香は小さくなっていくフランドールを見ながら呟いた。
「花火なんて誰でも出来るのにねぇ」
日傘を畳んで、大きく欠伸をする。
「派手な花火は魔理沙が幻想郷では一番得意そうだけどね。私を除けば」
幽香は指をくるりと一回転させた。
すると、向日葵達がざわめき、互いに捩れ、絡まり、天然のベッドを作り出した。
幽香はそれに仰向けに寝て、畳んだ日傘を真上へ向けた。
「花火は基本夏の花だけど。私に咲かすことのできない花など無いわ」
幽香が言うと、日傘の先端から、細く、白い、妖力で出来た閃光が迸り、空の彼方へ消えて行った。
「まあ、今は花を咲かせることより寝ることを優先したいわね」
幽香は日傘を横に置いて、目を閉じた。
「とある妖怪」、風見 幽香は、昼寝と花を愛して止まない妖怪だった。
――――――――――
紅魔館に帰ってきて、すぐ図書館に駆け込んだ私は、本の整理をしていた小悪魔に花の図鑑がどこにあるか聞いた。
突然の質問だったから、小悪魔は驚いた顔をしたけど、律儀に答えてくれた。
「花の図鑑ですか?でしたら、Eブロックの1209番の棚にあると思いますよ」
膨大な図書館の本の場所を覚えているあたり、流石はパチュリーの使い魔だと思う。
で、今その本棚で「花火」を探してるんだけど……。
「ない~」
無い。
花というのはやっぱり植物で、地面に根を生やして生きているものだ。
どうやって咲く瞬間に轟音を鳴らすのだろう。
どうやって夜空を光で埋め尽くすのだろう。
そんな花聞いたことも読んだこともない。
「違う……」
私は、索引の中で「は」の行から「ひ」の行に変わった時に、手元の図鑑をぱたんと閉じた。
「百花辞典って全然役立たないじゃない」
本棚の隙間を「百花辞典」で埋める。
「はぁー……」
「何を探しているのかしら?」
「あ、パチュリー」
本棚の影からパチュリーがジト目で出てきた。
目の下にはクマがあって、赤く腫れてる。
昨日はよく眠れなかったんだと思う。
「花火っていう花を探しているんだけど……」
「花火?」
「うん。何でも、外の世界の花らしくて……」
花火ねぇ、とパチュリーが言う。
「少なくとも、そんな花は外の世界の図鑑にも載っていなかったと記憶しているわ」
木の魔法を操る彼女だから、花の図鑑も読んでいるのだろう。
「花と火……どう考えても相性が合わないわね……外の世界の花ならここの図書館より、外の世界に詳しい妖怪にでも聞いたらどうかしら」
「外の世界に詳しい妖怪ってどこにいるの?」
「……あー、そうね……あれは居場所が分からないわ……前に会った時は神社だったけど。博麗の方の」
「博麗神社ね。行ってくる!」
私は翼を大きく羽ばたかせ、本棚の上を飛び越えて、出口へ急いだ。
「あ……妹様……」
パチュリーが呼んでいたけど、明日になるまで時間がないから、無視した。
幽香によると、花火って言うのは、夜空を光で埋め尽くすらしいから、夜に咲く花なのは間違いない。
だったら、夜になる前に外の世界に詳しい妖怪に会わないと。
善は急げって言うしね。
――――――――――
残されたパチュリーは大きく溜息を吐いた。
「外の世界の花だったら、外の世界の辞書を引けば載っているかもしれないのに……」
行ってしまったものは仕方がない。
まあ、外の世界に詳しい妖怪に聞けと言ったのもパチュリーなのでなんとも言えないが。
仕方が無いのでパチュリーは一人で「花火」のことについて調べることにした。
「小悪魔、ちょっと辞書持ってきて。外の」
「畏まりました」
訂正。一人こき使って一人で調べることにした。
――――――――――
日傘を差して来たのは博麗神社。
最強の巫女博麗霊夢(私でも勝てなかった)が住むという神社は、冷たい風が吹き、境内に点々と落ちている木の葉を巻き上げていた。
冷たい風が吹いているのは、もう日が傾き始めているからかもしれない。
「霊夢ー!聞こえるー?居るー?」
私はお賽銭箱の前で叫んだ。
幻想郷を見渡せる小さな障子に向かって。
「霊夢ー!れーむー!」
「五月蠅いわね。聞こえているし居るわよ」
「おっ、吃驚した」
後ろから話しかけられたので吃驚した。
てっきり障子から出てくると思ってたのに。
「誰がそこに住むか。私の居住スペースはあっち」
霊夢は手に持っていた玉串(筆者注:お払い棒のこと)で右を指す。
その先には、森があった。
「野宿?貧乏だね」
「誰が鎮守の杜に住むか。裏に住んでいるのよ」
霊夢は玉串を肩に乗せた。
「で、何の用?珍しいじゃない。レミリアがあんたを出すなんて」
「魔理沙が死んだのは知ってる?」
「霖之助さんが言っていたわね……魔理沙の死とあんたの外出、関係あんの?」
霊夢は、魔理沙と友達だったと聞いている。
友達が死んで、ここまで冷静になれるのだろうか。普通。
「霊夢はいつもどおりね。友達が死んだって言うのに」
少しだけ霊夢の非情さに憤りながら、私は言った。
霊夢はやれやれと言った感じで頭を振った。
「私は博麗の巫女。全てはあるがままに。魔理沙が死んだことも受け入れるのよ」
霊夢は玉串を乗せた肩を下ろす。
「友人の死を悲しめない、悲しい能力なのよ……」
「……」
二人の間に沈黙が流れた。
ほんの少しだけの憤りが、萎んでいくのを感じた。
霊夢は魔理沙の死を悲しんでいないわけじゃなく、悲しめないのか。
博麗の巫女故に。
全てはあるがままって言うのも、残酷だと思った。
心なしか霊夢の目は、シャッターが下りたように暗かった感じがした。
「で、何の用?」
「ああ、それなんだけど」
何故ここに来たのか忘れるところだった。
「外のことに詳しい妖怪って知らない?」
霊夢は眉を顰めた。
「紫のこと?」
「多分それ。パチュリーがここで会ったって言ってた」
すると、霊夢は困った顔をした。
「確かにあいつはよくここに来るけど……いつも居るってわけじゃないし……」
「呼んだ?」
霊夢の頭の横にいきなり空間が裂け、女の人の首が出てきた。
「うぉあ!吃驚した」
霊夢は芸人顔負けのリアクションでそれを示した。
私も吃驚した。神社で2回も驚く経験なんて滅多にない。
雷に打たれるくらいの確率だと思う。
私の驚愕が冷めない内に、霊夢は玉串で女の人の頭を思いっきり叩いた。
玉串の軌跡に白い紙がついていく。
「痛い!酷いわ霊夢」
「普通に出て来いっていつも言っているでしょうが!」
涙目の、多分紫って名前の妖怪を、霊夢が睨みつける。
私は日傘を畳んで、紫を睨んでいる霊夢を横に押しやった。
「ちょ、ちょっと、なにすんのよ」
無視した。
「えっと、紫、でいいわよね」
「ええ、いいわよ。「悪魔の妹」フランドール・スカーレット」
どうやらこの妖怪は私のことを知っているようだ。
首だけの紫に話しかける。
「外のことに詳しいらしいわね」
私にそう聞かれると、紫は胡散臭い笑みを見せる。
その笑みは、私が本で読んだ「U.N.オーエン」を思い出させる笑みだった。
何でも知っているという感じの。
「ええ。幻想郷では詳しい方よ」
やった。この妖怪で間違いない。
早速本題に。
「花火って知ってる?」
「花火?勿論」
「教えて!どういう花なのか、いつ咲くのか」
私は熱を込めて聞いた。
「花火とは、外の世界で、主にお祭りの時とかにやる催し物よ」
……
えっ?催し物?
「花じゃないの?花火」
「植物的な意味の花じゃないわね」
……幽香め。
「花火とは、夏の空に輝く巨大な火花のこと……それはそれは美しいわ」
「……えーと、弾幕みたいなもの?」
「そうね。まあ、避けたりする必要は全くないけど。魅せる弾幕ね。幽々子の「反魂蝶」に似てるかも」
弾幕なら、私の得意分野だ。
だけど、まだ一つ問題がある。
「でも……夏か……今は夏じゃないし」
「あら、花火は季節を選ばないわよ。その気になれば春にでも秋にでも冬にでも咲かせる」
「そ、そうなの?」
「単に雰囲気が夏だからよ」
「そ、そーなのかー……」
目から鱗ってこういうことね。
「……そんなの聞いてあんたはどうするのよ」
「あら、居たの霊夢」
「あんたの真横に居たわ」
花火のことに夢中で、霊夢の存在をすっかり忘れていた。
「うん……魔理沙って派手な花が好きそうでしょ?だから、魔理沙に派手な花を手向けてあげようと思って……」
「だから花火ね」
私は頷いた。
「早速打ち上げようと思うんだけど、どうすればいいかな?」
「花火を打ち上げるのは……ま、材料とかの関係で今すぐは無理ね。火薬とか。でも、さっきも言ったとおり、花火と弾幕は見た目は似ているのよ」
「あー、つまり現状では花火は無理だから弾幕で代用しろってことね」
霊夢が補足を入れてくれた。
言われなくても分ってるけど。
「フランドール、どうしても花火がやりたいって言うなら、貴女がやりなさい」
「うん。分ってる」
私が再び頷くのを見て、紫が微笑む。
「貴女が魔理沙のことを想っているなら、とびきり派手な弾幕の花火を明日の夜空に打ち上げて御覧なさい」
「明日?今日じゃなくて?」
出来れば早くやりたいんだけど。
「……明日は満月……」
霊夢がぽつりと言った。
「吸血鬼の力が最大になる満月の日、か」
「そうよ霊夢。流石ね」
首だけの紫が嬉しそうに頷く。
「分かった……花火は明日の夜やるわ」
そうと決まれば早速準備しなきゃ。
私は鳥居の方へ駆け出した。
「ああ、待ちなさい」
背後から紫の声が聞こえた。
振り返ると、紫の首の下からもう一つ空間が裂けていて、そこから白い手袋で覆われた手が私を呼んでいた。
「何?紫」
二人の元に走り寄りながら聞いた。
「貴女は花火を見たことがないんでしょう?」
「うん、まあ……」
紫は、私の頭の位置に手を翳して、目を閉じた。
「結界『夢と現の呪』」
紫の紅が塗られた唇が動いた。
「……」
「……」
「……」
特に何が起こるでもなく、ただ沈黙が三人の間に流れた。
「……えっと?」
「はいおしまい」
紫は目を開いて、手を引っ込める。
「何をしたの?」
霊夢が怪訝そうに聞いた。
私だって知りたい。
多分紫は私に何かをしたのだろうけど、私は何も感じなかった。
「フランドール、今日は良い夢が見れるわよ」
紫はとても胡散臭い笑みを浮かべながら言った。
紫、さっきから笑ってばっかりだなあ。
そう言えば、なんで私が魔理沙の為に動いているって知っているんだろう。
きっと紫に知らないことはないのだと、自分の中で勝手に結論付けた。
幻想郷の全知の神みたいなものだと思った。
紫が、幻想郷の上で高笑いしている光景を想像した。
いやな光景ね。
――――――――――
霊夢と紫は、夕日に消えていく一つの影を見送っていた。
「やっと騒がしいのがいなくなったわね」
ほーっと息を吐きながら霊夢が言った。
「神社とかが壊されなくてよかったわ」
紫は、霊夢の独り言が耳に入らないかのように、フランドールの影を見つめていた。
霊夢は横目で紫の首を見る。
「ねぇ、紫さぁ」
紫の首が霊夢の方へ向く。
「何かしら?」
「花火ってそんなマイナーなものだったっけ?確かに幻想郷じゃ珍しいかもしれないけど、全くないってわけじゃないじゃない」
「ずっと引き籠って本しか読まないでいると、博識なくせに一般常識は知らなくなるってことよ」
紫は非常に愉快そうに笑った。
「ふうん」
霊夢の方は、興味なさげに頬を掻いた。
「明日は大嵐が来るわね」
未だに笑っている紫は、フランドールの影から微妙に視線をずらして、稜線に沈み行く夕日の方に目を向けた。
「嵐?こんなに夕日が綺麗なのに?」
「さあどうでしょう?」
紫は笑顔で霊夢に一礼して、隙間に首を引っ込めた。
一人になった霊夢は、少しずつ群青色になっていく真上を見上げた。
そして、誰に言うでもなくぽつりと独り言。
「明日嵐だって。魔理沙」
霊夢の目には、一番星が映っていた。
――――――――――
紅魔館に帰ってきても、別にすることがないので、何時ものように図書館で暇を潰す。
適当な文学本を手にとって、空いていた椅子に腰かけた。
「あら、帰って来てたの」
いざ読もうと、拍子に手をかけたところで誰かの声がした。
「お姉様……と、パチュリー」
顔をあげると、お姉様が手を振って立っていた。
パチュリーは軽く咳をしている。
「妹様、花火のことだけど……」
パチュリーは少しばつの悪い表情だった。
「レミィが知ってたわ」
「そりゃ花火くらい知っているわよ。まあ、二人はいつも籠りっきりだから花火を見ないからだろうけどね」
パチュリーはともかく、私を閉じ込めたのはどこのどいつだ。
というか、お姉様が知っていただなんて。外の世界の花じゃなかったのかな?
「幻想郷でも、たまに花火大会をやっている時があるわよ。たまにだけど」
……幽香め。
「ねえ、お姉様。明日の夜の天気分かる?」
花火決行の時間に雨だったら元も子もない。
お姉様は運命を操る吸血鬼だから、明日の天気も分かるはず。
そういう私の考えとは裏腹に、お姉様は首を振った。
「来る運命はもう見ないことにしたのよ……」
「そっか……」
それもそうだ。
あんな事があったんだから。
「明日の夜?けほ、晴れると思うけど」
パチュリーが咳をしながらに言った。
「どうして?」
「西から流れてくる風は乾燥しているわ。この調子なら明日はきっと快晴ね」
そう言えば、パチュリーは属性魔法の魔女だった。
そういうことも分って当然ということか。
「何故明日の天気なんか聞くの?」
「えっとね……」
――――――――――
花火の件をお姉様に話したら、お姉様は微笑んでOKしてくれた。
物分かりのいい姉で本当に良かった。
私は、ベッドのシーツを捲って、その中に潜り込んだ。
明日に備えて早く寝ないと。
本当は明日日が昇ってから寝るべきなんだろうけど、それじゃ多分夜になっても起きれないだろうから、日が昇らないうちに寝る。
今日は本当に疲れた。
シーツの中で私は欠伸をする。
そう言えば、今日は色んな人とか妖怪とかに会った。
氷精、古道具屋の店主、薬師とその弟子(師匠って言ってたし)、庭師、冥界の主、花の妖怪、巫女、外のことに詳しい妖怪。
495年間地下牢に閉じ込められてて、誰とも会わなかった私が、たった一日でこれほどの人数と出会うって、少し感動する。
どうして私はこんなに幻想郷中を走り回っているのか。
魔理沙のお陰。
明日は、私に色々なことを教えてくれた魔理沙に、感謝する日。
今日は本当に疲れた。
凄く眠い。
昨日全然寝れなかったのもあるし、疲れたのもあるけど、何か別のものが私を眠りに誘っているように感じる。
私の意識は、だんだんと深い闇の中に落ちていく。
今日も眠れないかなって思っていたけど、そんなことはなさそうだ。
そう思ったところで、私の意識は完全に闇の中に落ちた。
もしそれが罪になるなら、どんな人間でも地獄行きになるのでは?
文章が途中で切れてます。
あとフランと幽々子の会話の中で「来てない」が「着てない」になってます。
とまあ、細かい指摘はさておき
>読者が泣いてくれたら、いいな。
もう泣きそうです……
これから読むthirdに期待!
賽の河原の例もあるし、間違ってないかもよ?
そんな横レス。
「サードのラストにあるように、突然死ぬことが罪なのです。突然死ぬということは、何かしら行動に穴があったということ。交通事故にしては、左右の確認もしないで飛び出して轢かれる、急な病死は、何かしら食生活が悪かったのかもしれない。つまり、自らの命を軽率に扱っていたということです。霧雨魔理沙の場合、魔法の完成で浮かれていて、それで雷に打たれたとあります。自分の命を軽率に扱う=突然死ぬ=残された者の心の準備ができていないのに逝ってしまう。ここが、普通の死に方と違うのです」
途中で文章が切れているのも、「来てない」が「着てない」になっているのも故意です。
とりあえず魔理沙には罪あったってことだろ…SS的に考えて
次期待