「今回も綺麗に咲いたわね」
「あ、咲夜さん。えぇ、春とはまた違った趣です。
申し訳ないですけれど、またこれを春まで止めてもらえますか」
「わかったわ。でもその代わり、2~3本貰ってもいいかしら。
できればとびっきり真っ赤なのがいいのだけれど・・・」
「えぇ、もちろん構いませんよ。えぇと、この辺のがいいかな」
紅魔館の門から玄関の扉までには一本の長い道が続く。
その両脇には見事な薔薇が咲き続ける。
本当に見事なうえに、四季を通して咲き続けているものだから、
里の人間は悪魔の薔薇と形容するほどのものだ。
実際は春と秋にその薔薇は入れ替わっている。
それに気づくほど人間はこの薔薇をじっくりとは見ていないのだろう。
咲夜は一面の薔薇を眺めて心の中でつぶやく。
四季を通して咲き続けるのは私がその薔薇の時を止めているからなのだけれど。
美鈴は園芸用の剪定鋏でその茎を挟み、パチリ、と薔薇を切る。
この薔薇園を任されている者が選定する薔薇だ。どれよりも美しくどれよりも赤いのは間違いない。
咲夜はその薔薇を受け取ると、メイド長としてではなく、一人の家族として微笑み美鈴に礼を言う。
「ありがとう。助かるわ」
「あ、でも気をつけてくださいね、棘は抜いていないので。刺さると結構痛いんですよ」
この薔薇はダイニングテーブルの上に飾っても良いわね。
たくさん飾っても美しいのだろうけれど、一輪挿しでもきっといけると思うわ。
咲夜は館内に戻り赤い絨毯の上をぼぅっと考えながら歩く。
秋風で冷えた体には館内の暖かさは過剰に感じられ、頭の回転は緩慢なものになる。
寝室に飾るにはちょっと騒々しいかしら。
客間のほうが・・・お嬢様が引き立つわ。
静かに歩いていたように見えたが、生命の根底から断たれた薔薇は脆く、
花びらが一片、ひらりと舞い落ちる。
美鈴の目は正しかった。真っ赤な薔薇は絨毯の中に消えたように見える。
紅茶の中に垂らした血の一滴のように。
「咲夜、何をしているの?」
ふと、咲夜の頭上から幼き声がかかる。
それが誰であるか知っているからこそ、咲夜はゆっくりと顔をそちらに向け、満面の笑みで答える。
「お嬢様。たいした事じゃありません。
美鈴から分けてもらった薔薇を飾ろうと思ったのですけれど、花びらを落としてしまったんです」
瞬きする間もなく、レミリアは咲夜に詰め寄りその手の中の薔薇をじっくりと眺める。
「ふぅん、どれ。良い薔薇ね。あとで美鈴を褒めてやらなきゃね」
しばらくその薔薇を観察していたレミリアは咲夜に一つ命令を出した。
「今日は紅茶よりもローズティーがいいわ」
「かしこまりましたわ。すぐにご用意いたします」
「すぐじゃなくていいわ、せめて私が椅子に座って息を一つするくらいの時間をかけてくれる?」
少しの皮肉を込めた口調だった。
そうでもしなければ咲夜は すぐに ローズティーをここに持ってくるということをレミリアは知っていたからだ。
ローズティーはまだ残っていたはず。早速用意をしなければと、咲夜が手に持っていた薔薇から注意をそらしたその時、
薔薇の棘は咲夜の指を傷つけた。
チクリとした痛みに咲夜はほんの少しだけ反応し、レミリアもまたそれを見逃さなかった。
「どうしたの、咲夜」
「あ、いえ・・・ちょっと指に棘を刺してしまったみたいです」
「血の匂いがするわ。そんなに深く刺すなんて咲夜もまだまだそそっかしいわ」
咲夜には匂いなんて感じられない。それもそのはず、溢れている血はほんの僅かで、
指の先に1ミリの半球を作る程度のものだったからだ。
レミリアは咲夜の指を手に掴み、おもむろに口に含み吸い付く。
「・・・咲夜の血は美味しくないわ」
指を開放するや、レミリアは自分勝手に感想を漏らす。
「そうですか・・・ちょっと残念ですね」
自身のせいではないとわかっていても咲夜は仕えるべき主君に認められなかった事に落胆する。
「その傷の手当てをしてからでいいわ。お茶を淹れて頂戴。
きちんと止血して淹れてね。咲夜の血が入ったお茶は美味しくなくなっちゃう」
レミリアはそう咲夜に告げると扉の向こうに消えて行った。
---------------------------------
それは珍しく赤い満月の夜だった。
いい月ね。これならば私が赤霧を出さずとも月は美しいわ。
赤ければ美しいというわけではないが、
あの永夜の時に見た古びた満月のように狂気をむき出しにさせるような
この赤い満月はそんな力があるように思える。
人間は脆いから、こんな月にすら踊らされるのよね。
子供のように無邪気な微笑みを浮かべ、もっと近くで見ようとレミリアは館の時計塔の上に座る。
今日は何処にも出かけずここで月見も悪くない。月光浴を決め込み、伸びをする。
「レミィが好みそうな夜ね」
「あら、パチェ。今日は珍しい事づくしだわ」
レミリアの友人であるパチュリーがいつの間にか同じく時計塔の上に立っていた。
いや、立っているというよりも 浮いている。
「珍しい?」
「だってこんなに月が赤いのなんて珍しいじゃない。それにパチェが外に出るのも珍しいわ。
あと、今日は咲夜がドジをして怪我をしたわ」
「最後のはあまり珍しく感じないと思うけれど、どうなのかしら」
「そう言われると珍しくなくなっちゃうのよ」
パチュリーもまたレミリアの隣に座り月ではなく薔薇園を眺める。
魔法使いは良くわからないわ。こんなに綺麗な月なのに月を見ないで地を見るなんて。
「そういえば、ミステリーサークルはパチェのせいだったんだって?」
「あら、ばれたの?」
「美鈴から聞いたわ。面白かったから良いけれどね」
レミリアは軽く薔薇園を見遣る。
「あの星には何か意味があったの?」
「 魔 除けになるかなと」
「人間は珍しいものが好きだしね。効果あったの?」
「ネズミも学習するみたいで、一回しか」
薔薇の模様に夢中になってる所を撃墜出来たのは一回だけで、後は素通りされてしまい効果は得られなかった。
「最近は銀の猫いらずとも仲良くしちゃっていて。ネズミだらけになりそうで怖いわ。
ネズミが好きそうなケーキじゃなくて、団子でも練ってあげればいいのに」
パチュリーは苦虫をつぶしたような顔をして文句を言う。
「良いじゃない、パチェ。今日は月が綺麗なのよ。
その銀の猫いらずにワインでも用意させるわ」
「こういう時は便利な猫いらずよね」
無愛想な魔法使いと誰からも恐れられる吸血鬼はただの少女のように笑い合う。
もし白黒の魔法使いや紅白の巫女が見たら滑稽だと笑うかもしれない。
でも、友人と笑い会えない肩書きなら捨てた方がマシってものよ。
あぁ、でもそれ以外でもこんな肩書きを捨てたほうがマシって思えることはあるけれどね。
銀の猫いらずの事を考えるとレミリアは少しだけ肩が凝るような気がした。
---------------------------------
テラスには銀の従者と幼い君主。
数本の 作られた ビンテージワインを飲み干せば、友人は満足して図書館に戻っていく。
3 - 1 = 2 でもその関係は対等ではなく、残されたレミリアは一人ワイングラスを傾け頬杖をつく。
「一人じゃ飲んでてもつまらないわ。咲夜、一緒にどう?」
「遠慮しておきますわ、お嬢様と向かい合って飲める立場ではございませんし」
「つまらないの。
ねぇ、咲夜も吸血鬼になってみる?私が血を与えれば咲夜も立派な吸血鬼になれるわよ?」
空のワイングラスを咲夜に向け、牙をむき出して笑う。
それでも咲夜は脅えた様子もなくワインを注ぐと、凛として答える。
「それも遠慮しておきますわ、私はお嬢様にお仕えするものでありたいですから」
「でもそれじゃ、いつか咲夜は私より先に老いて死ぬわよ?」
「えぇ、承知の上です」
従者としての作り笑顔なのか、本気の笑顔なのか。咲夜の笑顔は判断がつかないとレミリアは思う。
でもそれはどちらでも構わないのだ。
「ま、咲夜が何かしらで死ぬのなら、その前に私が全部血を啜って殺してあげるわ」
「私の血はお嬢様には合わないようですが」
一息にワイングラスを空け、不敵な笑みを浮かべる。
「そうよ、出来るなら飲みたくないわ」
レミリアは椅子から立ち上がる。
酒宴もここまで。東の空が明るんで来ている。まもなくあの憎い太陽が顔を出してくるだろう。
「一人で大丈夫よ、咲夜はここを片付けておいて」
心配そうに見つめる咲夜をよそに、レミリアは少しだけ浮ついた足取りで寝室に戻った。
---------------------------------
カチャカチャとガラスの食器は音を立てる。陽気な笑い声のように。
完全で瀟洒なメイド長が食器を運ぶにしては珍しいのではないか。
夜番のメイド妖精たちはその行動をいぶかしんだ。
私は自然と笑っていたんじゃないかと思う。
お嬢様は気づかずにご就寝されたからよかったけれど。
私はお嬢様に殺される。
しかも最も最高な殺され方で。
そう宣告されて喜ばない方が可笑しいわ。
私は死んでもなおお嬢様の血肉になるのだから、それは一つの永遠の従者の形よ。
いぶかしんでもメイド妖精たちは気にしなかった。
あのメイド長は私たちよりもよく出来た。人間と妖精では精神が違うのだから。
---------------------------------
図書館の魔女は薄明かりの中、椅子にもたれかかり座っていた。
ギィ、ギィと木の椅子は軋んだ音を立てる。声を押し殺し笑うかのように。
図書館に住み着く悪魔の子は特に気にせずにいる。
人の事は言えないけれど、レミィも相当変わっていると思う。
どうしてあの人の子を育てようとしたのか、私にもさっぱり検討がつかない。
どんな本にもおそらく載っていないでしょうね。
あの二人は歪んでるから見ていて面白い。
だって、美鈴を褒めるレミィを見て咲夜がどんな顔をしていたと思う?
でもその薔薇を枯らす事が出来ない咲夜は面白いわ。
美鈴が叱られる事よりも、レミィが薔薇を見て喜ぶ方を選択するんだから。
完璧で瀟洒であり続けるのは強い意志がなければ適わない。
きっとそれは忠誠とかじゃなくもっと深い部分にあるものだと思う。
レミィはレミィでまだ子供だから、たとえ咲夜が大事な玩具だとしても、
それを伝える手段が足りてないわ。
でも、きっと咲夜が死ぬまでにレミィが成長するなんて事はまずありえないわ。
だから咲夜は死ぬまであのまま。
狂気を孕んだまま仕えると良いわ。私はそっちの方が楽しいもの。
レミィ、あなたとは友達だわ。
永遠に友達でいるわ。だから一緒に笑いましょう。
愚かな人間の死ですら、今まで通り笑えると良いわ。
その時、あなたが狂気に飲まれないように出来ればいいけれど。
気にしないでいても悪魔の子は不安に感じる。
心底面倒臭いと思っているような顔の時のあの魔女は、何よりも不吉なものだからだ。
---------------------------------
これは夢の中ね、きっと。
ワインを飲みすぎたかしら。少し深く眠りすぎてるようだわ。
でも起きる事は無い。日中に起きる理由があまりないのよ。
咲夜が大量の薔薇を抱えて歩いている。また指を刺したりしなければいいけれどね。
薔薇のような血の色も、時がたてば黒赤色となる。
咲夜は薔薇で血を流したけれど、その血で薔薇が染まらなくてよかったわ。
黒赤色の薔薇なんて咲夜から貰ったって嬉しくないわ。
そうね、貰うならば赤くて、それでいて蕾のほうが良いとは思うけれど。
いつか血を飲んであげる。
一滴も零さず、残さず飲んであげる。
美味しくないし、おなかいっぱいになりすぎて苦しいだろうけれど、
珍しく私が我慢してあげるわ。
だから人間として死になさい。それを望むならね。
それ以外は許さないわ。
---------------------------------
キィ、キィと音は止まない。
スパイスに妹様でも加えたらどうなるかしら。
楽しみだけれど死ぬのは嫌だからもう少し様子を見てから考えるわ。
「あ、咲夜さん。えぇ、春とはまた違った趣です。
申し訳ないですけれど、またこれを春まで止めてもらえますか」
「わかったわ。でもその代わり、2~3本貰ってもいいかしら。
できればとびっきり真っ赤なのがいいのだけれど・・・」
「えぇ、もちろん構いませんよ。えぇと、この辺のがいいかな」
紅魔館の門から玄関の扉までには一本の長い道が続く。
その両脇には見事な薔薇が咲き続ける。
本当に見事なうえに、四季を通して咲き続けているものだから、
里の人間は悪魔の薔薇と形容するほどのものだ。
実際は春と秋にその薔薇は入れ替わっている。
それに気づくほど人間はこの薔薇をじっくりとは見ていないのだろう。
咲夜は一面の薔薇を眺めて心の中でつぶやく。
四季を通して咲き続けるのは私がその薔薇の時を止めているからなのだけれど。
美鈴は園芸用の剪定鋏でその茎を挟み、パチリ、と薔薇を切る。
この薔薇園を任されている者が選定する薔薇だ。どれよりも美しくどれよりも赤いのは間違いない。
咲夜はその薔薇を受け取ると、メイド長としてではなく、一人の家族として微笑み美鈴に礼を言う。
「ありがとう。助かるわ」
「あ、でも気をつけてくださいね、棘は抜いていないので。刺さると結構痛いんですよ」
この薔薇はダイニングテーブルの上に飾っても良いわね。
たくさん飾っても美しいのだろうけれど、一輪挿しでもきっといけると思うわ。
咲夜は館内に戻り赤い絨毯の上をぼぅっと考えながら歩く。
秋風で冷えた体には館内の暖かさは過剰に感じられ、頭の回転は緩慢なものになる。
寝室に飾るにはちょっと騒々しいかしら。
客間のほうが・・・お嬢様が引き立つわ。
静かに歩いていたように見えたが、生命の根底から断たれた薔薇は脆く、
花びらが一片、ひらりと舞い落ちる。
美鈴の目は正しかった。真っ赤な薔薇は絨毯の中に消えたように見える。
紅茶の中に垂らした血の一滴のように。
「咲夜、何をしているの?」
ふと、咲夜の頭上から幼き声がかかる。
それが誰であるか知っているからこそ、咲夜はゆっくりと顔をそちらに向け、満面の笑みで答える。
「お嬢様。たいした事じゃありません。
美鈴から分けてもらった薔薇を飾ろうと思ったのですけれど、花びらを落としてしまったんです」
瞬きする間もなく、レミリアは咲夜に詰め寄りその手の中の薔薇をじっくりと眺める。
「ふぅん、どれ。良い薔薇ね。あとで美鈴を褒めてやらなきゃね」
しばらくその薔薇を観察していたレミリアは咲夜に一つ命令を出した。
「今日は紅茶よりもローズティーがいいわ」
「かしこまりましたわ。すぐにご用意いたします」
「すぐじゃなくていいわ、せめて私が椅子に座って息を一つするくらいの時間をかけてくれる?」
少しの皮肉を込めた口調だった。
そうでもしなければ咲夜は すぐに ローズティーをここに持ってくるということをレミリアは知っていたからだ。
ローズティーはまだ残っていたはず。早速用意をしなければと、咲夜が手に持っていた薔薇から注意をそらしたその時、
薔薇の棘は咲夜の指を傷つけた。
チクリとした痛みに咲夜はほんの少しだけ反応し、レミリアもまたそれを見逃さなかった。
「どうしたの、咲夜」
「あ、いえ・・・ちょっと指に棘を刺してしまったみたいです」
「血の匂いがするわ。そんなに深く刺すなんて咲夜もまだまだそそっかしいわ」
咲夜には匂いなんて感じられない。それもそのはず、溢れている血はほんの僅かで、
指の先に1ミリの半球を作る程度のものだったからだ。
レミリアは咲夜の指を手に掴み、おもむろに口に含み吸い付く。
「・・・咲夜の血は美味しくないわ」
指を開放するや、レミリアは自分勝手に感想を漏らす。
「そうですか・・・ちょっと残念ですね」
自身のせいではないとわかっていても咲夜は仕えるべき主君に認められなかった事に落胆する。
「その傷の手当てをしてからでいいわ。お茶を淹れて頂戴。
きちんと止血して淹れてね。咲夜の血が入ったお茶は美味しくなくなっちゃう」
レミリアはそう咲夜に告げると扉の向こうに消えて行った。
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それは珍しく赤い満月の夜だった。
いい月ね。これならば私が赤霧を出さずとも月は美しいわ。
赤ければ美しいというわけではないが、
あの永夜の時に見た古びた満月のように狂気をむき出しにさせるような
この赤い満月はそんな力があるように思える。
人間は脆いから、こんな月にすら踊らされるのよね。
子供のように無邪気な微笑みを浮かべ、もっと近くで見ようとレミリアは館の時計塔の上に座る。
今日は何処にも出かけずここで月見も悪くない。月光浴を決め込み、伸びをする。
「レミィが好みそうな夜ね」
「あら、パチェ。今日は珍しい事づくしだわ」
レミリアの友人であるパチュリーがいつの間にか同じく時計塔の上に立っていた。
いや、立っているというよりも 浮いている。
「珍しい?」
「だってこんなに月が赤いのなんて珍しいじゃない。それにパチェが外に出るのも珍しいわ。
あと、今日は咲夜がドジをして怪我をしたわ」
「最後のはあまり珍しく感じないと思うけれど、どうなのかしら」
「そう言われると珍しくなくなっちゃうのよ」
パチュリーもまたレミリアの隣に座り月ではなく薔薇園を眺める。
魔法使いは良くわからないわ。こんなに綺麗な月なのに月を見ないで地を見るなんて。
「そういえば、ミステリーサークルはパチェのせいだったんだって?」
「あら、ばれたの?」
「美鈴から聞いたわ。面白かったから良いけれどね」
レミリアは軽く薔薇園を見遣る。
「あの星には何か意味があったの?」
「 魔 除けになるかなと」
「人間は珍しいものが好きだしね。効果あったの?」
「ネズミも学習するみたいで、一回しか」
薔薇の模様に夢中になってる所を撃墜出来たのは一回だけで、後は素通りされてしまい効果は得られなかった。
「最近は銀の猫いらずとも仲良くしちゃっていて。ネズミだらけになりそうで怖いわ。
ネズミが好きそうなケーキじゃなくて、団子でも練ってあげればいいのに」
パチュリーは苦虫をつぶしたような顔をして文句を言う。
「良いじゃない、パチェ。今日は月が綺麗なのよ。
その銀の猫いらずにワインでも用意させるわ」
「こういう時は便利な猫いらずよね」
無愛想な魔法使いと誰からも恐れられる吸血鬼はただの少女のように笑い合う。
もし白黒の魔法使いや紅白の巫女が見たら滑稽だと笑うかもしれない。
でも、友人と笑い会えない肩書きなら捨てた方がマシってものよ。
あぁ、でもそれ以外でもこんな肩書きを捨てたほうがマシって思えることはあるけれどね。
銀の猫いらずの事を考えるとレミリアは少しだけ肩が凝るような気がした。
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テラスには銀の従者と幼い君主。
数本の 作られた ビンテージワインを飲み干せば、友人は満足して図書館に戻っていく。
3 - 1 = 2 でもその関係は対等ではなく、残されたレミリアは一人ワイングラスを傾け頬杖をつく。
「一人じゃ飲んでてもつまらないわ。咲夜、一緒にどう?」
「遠慮しておきますわ、お嬢様と向かい合って飲める立場ではございませんし」
「つまらないの。
ねぇ、咲夜も吸血鬼になってみる?私が血を与えれば咲夜も立派な吸血鬼になれるわよ?」
空のワイングラスを咲夜に向け、牙をむき出して笑う。
それでも咲夜は脅えた様子もなくワインを注ぐと、凛として答える。
「それも遠慮しておきますわ、私はお嬢様にお仕えするものでありたいですから」
「でもそれじゃ、いつか咲夜は私より先に老いて死ぬわよ?」
「えぇ、承知の上です」
従者としての作り笑顔なのか、本気の笑顔なのか。咲夜の笑顔は判断がつかないとレミリアは思う。
でもそれはどちらでも構わないのだ。
「ま、咲夜が何かしらで死ぬのなら、その前に私が全部血を啜って殺してあげるわ」
「私の血はお嬢様には合わないようですが」
一息にワイングラスを空け、不敵な笑みを浮かべる。
「そうよ、出来るなら飲みたくないわ」
レミリアは椅子から立ち上がる。
酒宴もここまで。東の空が明るんで来ている。まもなくあの憎い太陽が顔を出してくるだろう。
「一人で大丈夫よ、咲夜はここを片付けておいて」
心配そうに見つめる咲夜をよそに、レミリアは少しだけ浮ついた足取りで寝室に戻った。
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カチャカチャとガラスの食器は音を立てる。陽気な笑い声のように。
完全で瀟洒なメイド長が食器を運ぶにしては珍しいのではないか。
夜番のメイド妖精たちはその行動をいぶかしんだ。
私は自然と笑っていたんじゃないかと思う。
お嬢様は気づかずにご就寝されたからよかったけれど。
私はお嬢様に殺される。
しかも最も最高な殺され方で。
そう宣告されて喜ばない方が可笑しいわ。
私は死んでもなおお嬢様の血肉になるのだから、それは一つの永遠の従者の形よ。
いぶかしんでもメイド妖精たちは気にしなかった。
あのメイド長は私たちよりもよく出来た。人間と妖精では精神が違うのだから。
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図書館の魔女は薄明かりの中、椅子にもたれかかり座っていた。
ギィ、ギィと木の椅子は軋んだ音を立てる。声を押し殺し笑うかのように。
図書館に住み着く悪魔の子は特に気にせずにいる。
人の事は言えないけれど、レミィも相当変わっていると思う。
どうしてあの人の子を育てようとしたのか、私にもさっぱり検討がつかない。
どんな本にもおそらく載っていないでしょうね。
あの二人は歪んでるから見ていて面白い。
だって、美鈴を褒めるレミィを見て咲夜がどんな顔をしていたと思う?
でもその薔薇を枯らす事が出来ない咲夜は面白いわ。
美鈴が叱られる事よりも、レミィが薔薇を見て喜ぶ方を選択するんだから。
完璧で瀟洒であり続けるのは強い意志がなければ適わない。
きっとそれは忠誠とかじゃなくもっと深い部分にあるものだと思う。
レミィはレミィでまだ子供だから、たとえ咲夜が大事な玩具だとしても、
それを伝える手段が足りてないわ。
でも、きっと咲夜が死ぬまでにレミィが成長するなんて事はまずありえないわ。
だから咲夜は死ぬまであのまま。
狂気を孕んだまま仕えると良いわ。私はそっちの方が楽しいもの。
レミィ、あなたとは友達だわ。
永遠に友達でいるわ。だから一緒に笑いましょう。
愚かな人間の死ですら、今まで通り笑えると良いわ。
その時、あなたが狂気に飲まれないように出来ればいいけれど。
気にしないでいても悪魔の子は不安に感じる。
心底面倒臭いと思っているような顔の時のあの魔女は、何よりも不吉なものだからだ。
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これは夢の中ね、きっと。
ワインを飲みすぎたかしら。少し深く眠りすぎてるようだわ。
でも起きる事は無い。日中に起きる理由があまりないのよ。
咲夜が大量の薔薇を抱えて歩いている。また指を刺したりしなければいいけれどね。
薔薇のような血の色も、時がたてば黒赤色となる。
咲夜は薔薇で血を流したけれど、その血で薔薇が染まらなくてよかったわ。
黒赤色の薔薇なんて咲夜から貰ったって嬉しくないわ。
そうね、貰うならば赤くて、それでいて蕾のほうが良いとは思うけれど。
いつか血を飲んであげる。
一滴も零さず、残さず飲んであげる。
美味しくないし、おなかいっぱいになりすぎて苦しいだろうけれど、
珍しく私が我慢してあげるわ。
だから人間として死になさい。それを望むならね。
それ以外は許さないわ。
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キィ、キィと音は止まない。
スパイスに妹様でも加えたらどうなるかしら。
楽しみだけれど死ぬのは嫌だからもう少し様子を見てから考えるわ。
幻想郷的なお話でGood。
4部作をまとめて読んだからかもしれませんが、段階的なズレが引き立っていました。ズレてズレてズレているから隣の歯車とかみ合ってしまったような危ういバランス。紅魔館らしいですねぇw
シリーズ通して楽しませて頂きました。
個人的な好みでいえば、文頭空け、三点リーダの使用、視点変更時の区切り方など気になる点が多かったのですが、それを超えて読ませる何かがありました。
次回作、楽しみにしておりますw
この4作で自分が踊らされてる感じがして楽しかったです
2、3、4は一気に読ませていただきました。
白刃の綱渡りみたいな危うさが凄く好みでした。
次回作を期待せざるを得ない!
咲夜さんの血が美味しくないというのは少し意外でした。
じゃないと自分の血すら差し出すんじゃないかなーって読んでました。
私はこの話が一番好きです。紅魔ひいきだからかもしれませんが。。
人と妖の微妙な感覚のずれ、漂う死の香り、その中の日常の一部を見た気がしました。
また何か書いて頂きたいです。