注:この作品にはグロテスクな表現・奇妙な描写・変態的な言動が含まれます。あらかじめご了承ください。
『だがあえて読もう』という方だけ、この先匍匐前進で40分↓
紅魔館の警備主任(門番門番と呼ばれているが、それが彼女の正式な肩書きだ)紅美鈴は、そのときの心境をこう語っている。
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
※※※
「・・・・・・むっ?」
ときは真夏の黄昏時。人とカラスが住処に帰り、魑魅魍魎が目を覚ます。
吸血鬼の住む屋敷たる紅魔館もまた、主の起床に合わせて慌しくなり始める時間だ。
ところはその紅魔館のキッチン。先ほどまで、昼間働く者の夕食と、夜働く者の『朝食』を兼ねた大量の料理を作っていたここも、僅かな蒸し暑さを残し、静まり返っている。
紅美鈴がこの時間キッチンに出没することは珍しくなかった。
主が姉妹揃って小食で、メイドも殆どが小さな妖精であるこの紅魔館では、屈強で健啖な門番は出される賄いだけで満腹を得られないこともよくある。
そんな時彼女は、自らキッチンに赴き食料をちょっとだけ失敬する。要はつまみ食いだ。
そう、ただいつものように立ち寄っただけ場所で、鍛え抜かれた彼女の五感と百戦錬磨の闘士だけがもつ第六感が『何か』を捕らえた。広いキッチンは無人、否、美鈴一人がいるのみだ。ならば、この気配の主は自ずと判明する。
コソコソ・・・・・・
「むむっ」
古今東西、台所の招かれざる客といえば、蟲か鼠と相場が決まっている。
そして、いま視界の隅を駆けて行った黒い影がそのどちらであろうと、美鈴は見過ごすわけには行かなかった。
食料を喰い散らかし、病気を媒介する生きた害悪。不潔の象徴。その被害をこうむるのは、厨房に立つ人間のみならず、屋敷の全体に及ぶ。だから、彼女が門番であろうとつまみ食いの現行犯であろうと、不届き者を成敗する以外道はないのだ。
それは彼女だけではない。職種問わず、紅魔館で働く者全ての義務でもある。(ただし、メイド長・十六夜咲夜はその義務を免れる)
また、美鈴はこの汚れ仕事を、目の前の一匹や二匹を退治したところで根本的な解決にはならないと知りつつ、なるべく自分の手で行うようにしていた。
何せこの屋敷の妖精メイド達ときたら、発見した鼠やゴキブリを、猫がするようにじっくり弄んでなぶり殺したり、人間の子供がザリガニやカエルでするように、爆竹で吹き飛ばしたり手足をバラバラにしたり、弾幕の的にしたりするのだ。それに比べれば、自分がさっさと駆除するほうが屋敷にとってもマシというものだ。レミリアの機嫌を損ねることも、屋敷が散らかって咲夜の仕事を増やすことも、パチュリーの読書の邪魔をすることもない。
美鈴なりの気遣いであった。
それはさておき、美鈴は厨房の招かれざる客を追跡した。垣間見た敵のサイズが30センチほどとかなり大きなことから、相手は鼠、それも大型のドブネズミと見当をつける。
(そういえばこのところ見かけなかったな)
などと美鈴は思った。
蟲と違い、脊椎動物で哺乳類の鼠を『潰して』殺すのは難しい。また、そんなことをすれば血液が飛び散るのは必至なため、厨房ではまずその方法は用いない。
駆除にはパチュリー特製の『殺鼠剤』を使うのだが、どうもこれがニンニクに似た匂いがするらしく、不用意に使うとレミリアやフランドールが体調を崩す。料理に匂いが移ったりするので、厨房での使用もNGだ。
多少手間はかかるが、鼠を捕獲し、薬と一緒に一斗缶に放り込み蓋をする。静かになったら一丁上がりである。殺鼠剤が表に漏れず、鼠の最期も見なくていい。
そんなわけで、『こういう時』のために厨房に常備された虫取り網を手に、美鈴は獲物に忍び寄っていた。姿は見えないが、流し台の向こうに確かにいる。美鈴の研ぎ澄まされた感覚は、敵の位置を正確に捉えていた。しかし、それは相手も同じこと。お互いが既に相手を認識しているのだ。
野生の動物との戦いは一撃必殺。道具を遣うヒトガタが有利なのは初太刀だけ。一度しくじれば、相手はこちらのスピードもリーチも見破り、二度と射程内に踏み込ませない。
だからこそ美鈴は、慎重に必殺のタイミングと間合いを測る。
「世のため人のため。そして紅魔館のご飯のため・・・・・・御免!」
疾風のごとく飛び出す美鈴。果たしてそこに敵はいた。
しかしそれは鼠ではなく蟲だった。鼠と見間違うばかりに巨大な。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!?」
※※※
メイド長・十六夜咲夜は完璧だ。この紅魔館のすべてを完全に掌握している。それは、この屋敷に『何があって何がないか』を常に把握するということだ。
食料その他の備蓄は掌の上。誰かがサボればすぐ気づく。パパラッチが段ボール箱を被って潜入取材を試みようとも容易く見破る。
つまり、そんな彼女が、キッチンの出入り口にたむろする怪しげな一団に気が付かないはずが無いのだ。
「貴方たち、一体そこでなにをしているの? 食事の時間はとうに終わってるわよ」
「あっ、咲夜さん・・・・・・」
時間をとめて近づき、不意打ち気味に声をかければ、同僚の美鈴の顔には『マズイ』の三字が浮き上がる。
分かりやすいヤツめ。だがそれが好い。
「この積み上げた椅子やら何やらは貴方の仕業? 昼勤組の貴女が、こんな時間にこんな所で一体何を?」
「いや~、タイシタコトジャナイですからドウゾお構いなく」
「相手の目を見て話しなさい」
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
「いい度胸ね、美鈴。この私に隠し事?」
「・・・・・・聞かないほうが良いと思いますけど」
「私のナイフがそんなに好き?」
「じゃあ言いますけど、キッチンにこーんなでっかいゴキブリが出たんですよ。30センチ位の」
時は止まる
そして時は動き出す
「きゅぅ」
ドサッ
「ああっ、メイド長!?」
「メイド長!」
「お姉様ーっ!!」
「だから言ったのに~」
メイド長は、自分の魂の平穏のために強制シャットダウンしてしまった。美鈴の気遣いは無駄に終わった。
相手がただのゴキブリなら、時間を止めてクールに去っていただろう。(決して敗走ではない)
しかし、30センチというのが効いたようだ。
彼女を弱いなどといってはいけない。逃避とは、過負荷による崩壊から自我を守ろうとする防御手段、生きようとする正常な意志の表れなのだから。
「メイド長、お気を確かに!」
「瀟洒に!」
「お姉様、愛してるー!」
妖精メイドたちは、咲夜を介抱すると見せかけて髪の匂いをかいだり靴を脱がせたりスカートに顔を突っ込んだりしている。ヤリタイ放題だ。
誰かが人工呼吸を試みないうちに、美鈴は咲夜にショック療法を施す。
「咲夜さんパッド落とした」
「パッドじゃない!」
「すみません懐中時計でした」
立ち上がったときには、咲夜はいつもどおり瀟洒だった。妖精メイドたちは、いつの間にか互いに脱がしあっていた。
「それで、このバリケードみたいなものは一体何? 仕事中のメイドたちまで引き止めて」
「ええ、ですから、キッチンに巨大なゴキブ「WREEEYYY!」」
今度は、時が止まるより美鈴のほうが早かった。
「咲夜さんパッドずれてる」
「ずれてない!!!」
「だってほら、見事な複乳」
「つーめーてーなーい!」
「パッドでしょう!?」
「パッドじゃない!」
「パッドでしょう!?」
「パッドじゃない!! 寄せて上げるブラァ! ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥルァ!!!」
「上げ底でしょうソレ!?」
「私のナイフがそんなに好き?」
「咲夜さんごめん」
「でしょう?」
「咲夜さんごめん」
「でしょう!?」
「咲夜さんごめん・・・・・・」
「まったく・・・・・・。それで? これは一体何のつもり? 状況を説明なさい。簡潔に、瀟洒に」
美鈴は、永久ループを避けたかった。
「キッチンで大型の『G』を確認。現在、出入り口を封鎖し目標を閉じ込め、駆除方法を検討中」
「よろしい。この一件は、警備部に一任するわ」
「御意」
咲夜は一瞬にして姿を消した。その場には、トランプのジョーカーが残された。
屋敷のどこかでか弱い乙女の悲鳴が聞こえた気がした。
「さて、どうしたものか・・・・・・」
何せ敵はあのサイズ。それも、セオリーに従うなら『見えてるやつが全てとは限らない』のだ。
数なら屋敷の妖精メイドだって負けてはいないが、彼女たちは腕力も弱く根気に欠ける。未知の生物と戦うには頼りなさ過ぎた。かといって、アレを相手に、自分ひとりでは分が悪すぎた。
紅魔館でまともな対ゴキブリ戦ができるのは、今のところ美鈴のほかにはあと一人しかいない。その人物に協力を依頼するほか無かった。
※※※
「パチュリー様、美鈴です。少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「あら、美鈴。ちょうど良かった、お茶を淹れて頂戴」
ここは、幻想郷最大の蔵書量を誇る紅魔館大図書館。
そう、美鈴の協力者とは、紅魔館のご意見番・パチュリー・ノーレッジだ。
そして、パチュリーの隣には屋敷の住人がもう一人。
「これは、フランドール様。御機嫌よう」
七色の羽の吸血鬼、フランドール・スカーレット。
数年前、博麗霊夢と霧雨魔理沙に敗北を喫して以来、彼女の狂気はなりを潜めた。今では長年の住処であった地下室も引き払い、姉のレミリアと共に優雅な吸血鬼ライフを送っている。
容姿は未だ幼いながら、本を片手にゆったりと椅子に腰掛けるその後姿は、カリスマあふれる吸血鬼そのものであった。
「・・・・・・」
フランドールは美鈴に返事をすることなく、振り向くこともなく、静かに本を閉じた。
機嫌を損ねてしまったのだろうかと、美鈴はなんだか背骨に氷を詰められたような気分になった。
「・・・・・・」
続く沈黙の中で、フランドールの纏う気配、ひいては図書館の空気全体の緊張感は徐々に高まり、さらには「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という『文字』が彼女の背後に発生し始める。
そしてついに、フランドールは立ち上がり、「バァーン!」という奇妙な音と共に振り向くッ!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・どう?」
「え?」
「私、キマってた?」
「ブラボー! おお、ブラボー!! 完璧よ、妹様! カリスマに満ち溢れていたわっ!」
「ホント!? やったー!」
フランドールは七色の羽をパタパタと振り、無邪気に喜ぶのであった。そのアクションのせいで図書館を満たしていた謎の「文字」は消えた。ついでに埃が舞って、パチュリーが咳き込んだ。
「お茶の時間ね? じゃあ私、お姉さまを呼んでくるよ! きっとその辺にいると思うから」
「げほげほ! 妹様、スピードの出しすぎに気をつけてね。グフッ!」
「はーい♪」
「・・・・・・さっきのは一体?」
「ごほごほッ、ハーハー・・・・・・正しいカリスマの滲ませ方の実践よ」
そーなのかー。
「パチュリー様。申し訳ありませんが、お茶はしばらく待っていただくことになりそうです。お耳を・・・・・・」
「あら、声を潜めるようなことなの?」
「はい。お嬢様がいらしてるのでしょう? お耳に入れば不快な思いをされるでしょうから」
「まあ、そんなことだろうと思ったわ。貴方がわざわざ尋ねてくるくらいだもの。聞かせて」
ごにょごにょごにょ
「巨大ゴキブリね・・・・・・いつまでたっても咲夜が来ないのはそういうことだったのね」
「現在キッチンの出入り口を封鎖しています。メイド長から駆除を一任されましたが、サイズがサイズですから自分では判断しかねて―――」
「よく知らせてくれたわ。それだけのサイズとなれば普通の殺虫剤が効くとは限らないし、キッチンでの薬剤散布はギリギリまで避けるべきだわ。何より―――正体のわからないものと闇雲に戦うのは、愚かよ」
そう言うと、動かない大図書館は大儀そうに立ち上がった。
「なるべく体が大きくて力のある者を5,6人集めておいて」
「パチュリー様、どちらへ?」
「『準備』よ。先にキッチンへ行ってて頂戴」
その時、咲夜をつれたレミリア、フランドールが現れた。咲夜は小さなお嬢様二人に手を引かれ、逆リトル・グレイ状態だった。目は虚ろでなにやらぶつぶつとつぶやいている。
(咲夜さん、そんなにゴキブリが嫌いなんだろうか)
美鈴には、今の咲夜に『パッド療法』を施す勇気はなかった。
「パチェ。さっきから咲夜が変なの」
「いつも変でしょ。そっとしておいて上げなさい」
「どこに行くの、パチュリー? 美鈴がお茶を淹れてくるんじゃないの?」
「今日のティータイムは諦めなさい。咲夜もその調子だしキッチンも使えないだろうから。それに、私はこれから一仕事しないと」
「どういうこと? 仕事って?」
「ゴキブリ退治よ」
『ゴキブリ』という単語に、レミリアと咲夜が震え上がった。
「ヒィィィィイイイ! ゴキ怖い、ゴキ怖い!」
「嘘でしょパチェ・・・・・・ヤツがキッチンに出たのっ!?」
「そうよ。それも鼠と見間違えるほどのビッグサイズ。新種かも」
「「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
抱き合いながら絶叫する主従。レミリア・スカーレットのカリスマ失墜ここに極まる。美鈴の気遣いは無駄に終わった。
そんな光景を見ながら、フランドールは一人キョトンとするばかりだった。
「パチュリー。ゴキブリってなあに?」
「・・・・・・見てみたい?」
「うん!」
「じゃあ、先ずはここの本で調べて御覧なさい。30番の棚に昆虫図鑑があるから、それを使うといいわ。
ちゃんとできたら―――『本物』を見せてあげる」
そう言うと、彼女は図書館の奥に消えていった。
※※※
「『捕獲』ですか? 退治じゃなくて」
美鈴と、彼女が召集した警備隊の精鋭『昼勤部1班』の6人の妖精に課せられた任務は『目標サンプルの入手』であった。
「言ったでしょう。正体のわからないものと闇雲に戦うのは愚かよ。軍隊だって敵の兵器の性能を徹底的に調べつくすわ。それに、その巨大ゴキブリがあなたの見た『一匹限りだなんてことは、まずありえない』。貴方だって知っているでしょう。殺虫剤を中途半端に使うと、薬に強くて生き残った個体の子孫だけが増えて種全体が強くなるって話。
それをさせないために―――『最初の一撃で息の根を止める』ために、生きたサンプルを入手して調べつくす必要があるの」
「私には死亡フラグとしか思えませんが」
「決まりね。さあ貴女たち、はじめるわよ。ちゃんとできたら、私がポケットマネーでお菓子を買ってあげるわ」
『諒解!』
かくして、『巨大ゴキブリ捕獲作戦』は始まった。聞く人が聞けば裸足で逃げ出したくなるようなネーミングだ。
とはいえ、作戦自体は意外と地味だ。
キッチンに幾つか罠を仕掛けて、かかるのを待つ。それだけ。獲物のサイズを考えて、罠は兎や狸用の物を流用する。金属の籠の中に餌を吊るし、獲物が餌に喰いつくとフタが閉まって出られない、というアレである。
罠の設置は滞りなく終わり、再び厨房を封鎖すると、パチュリー率いるゴキブリ捕獲隊はすぐ隣の食堂に移動した。
「みんな、これを見て頂戴」
パチュリーがテーブルに広げたのは、キッチンの見取り図だった。あちこちに緑色の丸印が付いている。
「この緑の印が設置した罠よ。罠が作動すると印が赤くなるわ。仕掛けた罠は全部で12。幾つか作動したら回収するわよ。それまで待機」
10分ほどで、最初のひとつが赤に変わった。
その後立て続けに2つ、3つと作動したが、それ以後はぷっつりと途絶えた。
パチュリーは読書、メイドたちはトランプをしながら獲物がかかるのを待ったが、1時間ほど待ってもそれ以上赤い印は増えなかった。
「パチュリー様。ひょっとして連中―――」
「ええ、考えていたところよ」
美鈴とパチュリー、闘将と知将は同じことを考えていた。
すなわち、『やつらは学習しているのではないか』と。
「後二つぐらいはサンプルが欲しかったのだけれど、これ以上待っても無駄そうね。みんな、行くわよ」
一方そのころ―――
涙ながらに互いを慰めあう主従を尻目に、フランドールはパチュリーの言いつけ通りに分厚い昆虫図鑑と格闘していた。
「えぇっと、ゴキブリゴキブリ―――
なんだ、これなら地下にいくらでもいるじゃない。お姉さまも咲夜もこんなのが怖いの?
でもおかしいわね。私の知ってるゴキブリは、こんなに小さくない・・・・・・この図鑑が間違ってるのかしら?」
※※※
「デカッ!」
罠にかかったゴキブリを見ての、メイドたちの第一声がそれである。事前にブリーフィングは受けたが、半信半疑だった。しかし、目の前にそれが確かにいるのだ。
幸いなのは、メイドたちがそれに驚きこそすれ微塵も恐れてないということであろうか。紅魔館の最精鋭、紅霧異変のときには最後まで美鈴の援護を続けたタフな奴らとはいえ、所詮妖精。こんなのに群れで襲われたらひとたまりもないだろうに、彼女たちにとっては目の前のこれでさえただの好奇心の対象だ。げに恐ろしきは無知と無邪気か。
「さ、ぐずぐずしないの。さっさと回収して図書館に運びなさい」
「はーい」
「主任。今日のパチュリー様、なんだか積極的ですね」
「『未知』を目の前にしてワクワクしてるのよ、きっと」
メイドたちの作業を監督しながら、捕獲した巨大ゴキブリをしげしげと眺めるパチュリー。
「それにしても、本当に大きいわね」
「やっぱりパチュリー様は怖がらないんですね」
「ゴキブリなんて怖がる理由が無いわ。スズメバチのほうがよっぽど危険よ」
「同感です」
「ああ、それにしても、早く解剖したいわ」
「バラすんですか」
「味も見るわよ」
「やめて下さい」
ひょっとしたら、一番怖いのはパチュリーかもしれない。
ざわざわ・・・・・・!
「―――!?」
「どうしたの、美鈴?」
美鈴の第六感が告げる。『何かヤバイ』と。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!
「換気扇から離れてっ!」
美鈴が言うが早いか、換気扇がコンロの上に落下し、けたたましい音を立てる。何事かと、厨房にある全ての目がそこに注がれる。
次の瞬間、ダクトから無数の巨大ゴキブリが溢れ出した。
時は止まる
そのときの心境を、紅美鈴はこう語っている。
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
紅い屋敷を内から喰い破らんとするが如く押し寄せる妙に光沢のある黒い波。
床を、壁を、天井を蹂躙するその様は、まさしく黒い雪崩だった。
そして時は動き出す。
「「「「「「OH,NOOOOOOO~!!!」」」」」」
それはもう、すさまじい光景だった。妖精が思わず外国語しゃべっちゃう位に。ここまで来るともはやギャグである。
「ヘルプミー!」
「メディック、メディック!」
「畜生、囲まれてるッ!」
「生存者は名前を言え!」
小さな妖精達にできるのは、もう逃げ惑うことだけだった。そんな阿鼻叫喚で、一人だけやたらハッスルしてるやつがいた。
「チャージ(突撃)! 一網打尽よッ!」
「やめてください」
虫取り網を構えて一人特攻しようとするパチュリーを抱え、美鈴はゴキブリを蹴散らしながら妖精メイドたちの退路を切り開く。
「総員撤退! 荷物は捨てろ!」
「捨てちゃ駄目! 中身のあるヤツは死守しなさい!」
「「きゃあ! きゃああ! ぎゃああああああああああ!!!」」
――少女逃走中――
ごごおぉぉん・・・・・・。
図書館の扉が重々しく閉まる。黒い波と、紅に仕える者達を、間一髪で隔てたのだった。
「はぁっ、はあっ、はぁっ・・・・・・」
「た・・・・・・助かった」
パチュリーと美鈴、そして6人の妖精メイドは、あの黒い雪崩から何とか逃げ切った。
荒い呼吸と自身の心音だけが響く、いつもの図書館の静寂。まるであの光景が、ただの悪夢だったのではないかと思わせるほどの日常。しかしそれは打ち破られる。
ガサガサガサ!
「ひぇっ!」
悪夢の足音に、メイドたちが飛び上がる。まさか、やつらの侵入を許したのか? その答えは、幸いにして否だった。
音を立てたのは、捕獲した巨大ゴキブリだった。メイドの誰かが、三つとも律儀に抱えてきたのだ。
それに呼応するかのように、扉の外がにわかに騒がしくなる―――大図書館の扉は防音の魔法がかけてある。向こう側の音など聞こえるはずがない。しかし、確かな気配を感じるのだ。それは、やつらが扉一枚むこうに今も殺到していると言うことだ。
「いけない・・・・・・こうしちゃいられないわ」
「そうね。早くサンプルを分析しましょう」
「そっちじゃありません。パチュリー様、図書館の放送魔器は?」
「中央閲覧テーブルの下よ」
あの巨大ゴキブリは、キッチンを出て図書館まで美鈴たちを追ってきた。自分たちは図書館に逃げ込んだからいいものの、このままでは屋敷中のメイドたちが危険だ。美鈴は、図書館中央の閲覧スペースに急いだ。
「あ、お帰り美鈴」
そこには、先ほどと変わらぬ様子で読書にいそしむフランドールがいた。
「騒々しいわよ美鈴。お嬢様方の御前よ」
瀟洒な態度を取り戻した咲夜もいた。優雅にティータイム中のレミリアがいた。テーブルの上には、八卦炉PS(パチュリースペシャル)とヤカンとティーセットがあった。瀟洒な従者と紅い悪魔は、今日の紅茶はあきらめろと言われて引き下がるようなタマじゃなかった。
しかし美鈴は彼女たちに答えず、机の下にヘッドスライディングで潜り込んだ。
「・・・・・・門番が机の下でなにをしている」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。しかし、緊急事態です」(ごそごそ)
「謀反ですわ、お嬢様。妹様のスカートに忍び込むつもりですよ」
「なんだと!? それが許されるのは姉である私だけだ!」
そんなことするのは貴方達だけ、と突っ込む時間も今は惜しい。
「あった!」
「なにがだ!?」
ガシャーンと、頑固親父の如くテーブルをひっくり返すレミリア。舞い散るティーセットたちは、メイド長の時間停止で事なきを得た。
現れた美鈴は、埃を被った木箱からなにやら取り出していた。
「あら、図書館の放送魔器、見ないと思ったらそんなところにあったのね」
放送魔器とは、原理は不明だが紅魔館で館内放送を行うパチュリー特製のマジックアイテムだ。その形状は、一言で言えばメガホン。丁寧に言っても、奇妙な模様だらけのメガホンだ。
美鈴はそのメガホンに向かって、力の限り怒鳴りつけた。
「警備主任より全館へ、緊急事態発生! 一度しか言わないからみんな良く聴いて!
総員全ての職務を放棄し中庭に避難せよ! 警備隊は夜勤部1班班長が指揮をとり避難を誘導、詰め所前に集結させ点呼!
その後は屋敷への一切の立ち入りを禁ずる! なお、避難の最中に『巨大な昆虫』と遭遇しても絶対に交戦するな。避難が最優先だ!
以上、状況開始!」
図書館も含め、美鈴の声が屋敷中に響き渡る。窓ガラスがひび割れ、ひょっとしたら博麗神社まで届くじゃなかろうかというほどの大音量だ。どうやら、小声で早口のパチュリーが使っても声を拾えるよう調整してあったらしい。
ともかくこれなら、今頃寝ているであろう昼勤組のメイド達も飛び起きるに違いない。目の前のレミリアがひっくり返って椅子から転げ落ちるくらいなのだから間違いない。
「びっくりしたぁ。鼓膜が破れるかと思った。破れても夜ならすぐ治るけど」
「美鈴。私は寛容だから今の狼藉は不問にするが、説明責任は果たしてもらうぞ。フランのスカートに潜り込んだ挙句、私や咲夜に何の相談もなしに緊急避難警報を出すほどのことなんだな?」(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)
ひっくり返ってドロワーズ丸出しだったレミリアは、時間を止めた咲夜がもとの『カリスマティータイムポーズ』にもどした。その前に咲夜が鼻血が出るほどレミリアの痴態を堪能したのは言うまでもない。
「はい。魔理沙の襲撃なんて比較にならないくらいに緊急事態です。お嬢様も咲夜さんも、今すぐ―――」
「妹様、これがみんなの大好きなゴキちゃんよ~」
いつの間にか現れたパチュリーが、土産でも渡すかのようにズイッと『中身入り』の罠を二人の吸血鬼に差し出した。
「・・・・・・何だこれは」
「パチュリー様! あの、これは、その#$%&」
レミリアのゴキブリ嫌いを気にかけ、言葉を濁す美鈴。代わって答えたのはパチュリーだった。
「噂の巨大ゴキブリよ。今頃屋敷中これが溢れ返っているわ」
時は(略
レミリアの手からティーカップが滑り落ちて割れた。メイド長は少女と役立たずの中間の存在になって考えるのを止めていた。
「れ、レミィが・・・・・・座ったまま気を失っているゥゥゥ!」
「貴女のせいでしょうがッ!」
レミリアは、椅子に座ったまま微動だにしない。脳のように原始的でない吸血鬼の思考回路は、この現実を処理しきれずにフリーズしてしまったようだ。
美鈴の気遣いは無駄に終わった。
「ねえ、パチュリー」
「妹様。ちゃんとゴキちゃんのこと、調べられたかしら?」
「うん。でも、お姉さまや咲夜が『黒い悪魔』とか『生物兵器』とか言うからどんな大怪獣かとおもったら、私が地下で毎日見てた、あの蟲がゴキブリだったのね」
「フ~ラ~ン!!! 私を許してぇ!」
れみりゃ様再起動
「奴らがウジャウジャいる場所に、貴女を! 愛しい妹を! 何百年も閉じ込めるなんてええええええええええええええええ!」
レミリアは泣いた。フランドールのスカートがズリ落ちるまで縋り付いて懺悔した。流した涙は紅かった。
慟哭するレミリアを抱きしめながら、フランドールは続ける。
「でも、ちょっと変なの。図鑑に載ってる大きさと、私の知ってる大きさが全然違うの」
「どういうこと、妹様?」
「図鑑のゴキブリはどれも小さすぎるよ。私の知ってるやつは、パチュリーが捕まえたのと同じ位の大きさだよ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「・・・・・・パチュリー様、ひょっとして」
「ええ、恐らくは」
奴らは昨日今日現れたんじゃない、ずっと前からこの紅魔館に潜んでいたんだッ!(ドギャァーン!)
「もう泣かないで、お姉さま。私はちっとも気にしてないよ。あんなの、毎日に何百匹も壊して遊んでたんだから」
「言わないでッ! これ以上私の心をエグらないでぇ! 私のフランがッ! 日がな一日ゴキブリ潰して暇潰しなんてぇえ!!!」
「安心してお姉さま。何が来たって、私が守ってあげるから・・・・・・」
「ごめんねフラン、ごめんね、ごめんね・・・・・・愛してるわ」
「さあ、解剖よ」
「台無しですパチュリー様」
※※※
「ねえ、パチェ・・・・・・なんていうか、その、気持ち悪くないの?」
「ちっとも。むしろワクワクしているわ。昆虫は専門外とはいえ、ひょっとしたら私達が最初の発見者かもしれないのよ。新しい知識の一頁を自らの手で綴る―――魔法使いとして最高の喜びよ。
それにね、本から得る知識も良いけど、こうして実際に目で見て手で触れて得る知識も大切だって、最近分かったの」
「霊夢や魔理沙と出会って?」
「ふふっ、そうかもしれないわ」
解剖よと言いつつ、パチュリーはまず籠の中のサンプルをスケッチし始めた。俯瞰や前面はもちろん、籠を吊り下げて仰向けに寝転び、腹部まで入念に観察する。
その姿はまるで、気の向くままにお絵かきをする無邪気な少女のようだ。描いてるのがゴキブリでさえなければ。
「ふ~ん、全長およそ45センチ。触角も長いわね・・・・・・」
同じテーブルの少しはなれたところでは、、フランドールがスペルカードの手持ちを数えていた。吸血鬼の勘が、やつらと一戦交えるだろうと告げていたのだ。
「恋の迷路、カゴメカゴメ、クランベリートラップ、フォーオブアカインド・・・・・・4枚か~。レーヴァテインは部屋に置きっぱなしだし、十分とはいえないわね」
フランドール・スカーレット。彼女はこの危機に瀕し、大きく成長しようとしていた。
一方―――
「これでよし」
「それにしても咲夜さん、入念にやりましたね」
パチュリーは、咲夜達に図書館を完全に封鎖するよう命じた。久方ぶりの『そそる』研究を邪魔されたくないとのことだ。
一つしかない図書館の扉は、半年ほど前に魔理沙対策として金属製のものに付け替えられた。香霖堂で仕入れた『戦車』という乗り物の車体を、パチュリーの魔法でファイナルスパークの直撃にも耐えられる文字通りの『鉄壁』に仕立て上げたものだ。
その扉を咲夜は『溶接』し、バリケードを築き、自衛型のグリモワールまで配備した。彼女の仕事振りは完璧で瀟洒の名に恥じないものだった。しかし裏を返せば、それは咲夜のゴキブリに対する恐怖心の表れでもあった。
「後は天窓か」
紅魔館大図書館は、地下1階から地上3階までぶち抜きだ。出入り口は、今しがた溶接した地下一階の扉が一つだけ。あとは庭に面した天窓があるだけだ。
紅霧異変の時、霊夢と魔理沙がその窓から侵入した前例もある。そこも塞がなければ『完全封鎖』とはいえない。
「あそこは我々警備隊がやりますよ。そろそろ咲夜さんも、お嬢様方と退避したらどうです? 窓からならまだ安全そうですし、あそこを内側から塞いじゃったら逃げられませんよ」
「貴女は?」
「ここに残りますよ。パチュリー様の分析を待って、結果がでてから掃討作戦を始めます。ゴキ・・・・・・やつらを駆除しない限り根本的な解決にはなりませんからね」
「そう・・・・・・・わかったわ」
レミリアとフランドールをつれて中庭に退避する。
咲夜にとって、このゴキブリ地獄から抜け出す唯一の選択肢であり、最上の選択でもあった。
美鈴の提案にレミリアはすぐさま承諾した。天窓に向かって片手に日傘、もう片手に妹の手を握り、天窓を突き破る勢いで飛び立とうとしていた。夜だというのに日傘を持っているのは、避難生活が長引いたり、最悪屋敷を失う可能性を考慮してのことだった。
「ではお嬢さま、あちらの天窓から退避を・・・・・・」
あくまで『退避』だ。美鈴は『逃げる』と言う言葉は使わない。レミリアのプライドに対しての、彼女なりの気遣いだ。
「うむ。この際少々カリスマを欠いたりお行儀が悪かったりは仕方ないことだ」
「同感ですわ、お嬢さま」
しかし、フィーバー中の空気を読まない魔女の一言が、事態を悪化させた。
「あらレミィ、『逃げる』の?」
ざわ・・・・・・!
天窓に向けて飛び立とうとしていたレミリアが、『止まった』。
「そうよねぇ、レミィは何よりゴキちゃんが大の苦手だものね。そんなのがワンサカ這いつくばってる家になんて居たくないっていうのもしかたがないわ。ああ、安心なさい。ゴキブリの駆除なら私が『やっておいてあげる』から、安心してお『逃げ』なさい」
「・・・・・・『逃げる』だと・・・・・・?」
レミリアの周囲には、カリスマの象徴である『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』が発生し始めているッ!
「『逃げる』!? この私がッ! 夜の王がッ! レミリア・スカーレットがッ! たかが蟲を相手に屈服するとでも!?
パチュリー、貴様とは旧い仲だから許すが、二度と私に今の言葉を口にするな!」
「あの~、お嬢さま、それでは退避のほうは?」
「私は一歩も退かん! 私が退いたら、誰がこの屋敷を守る? 誰がスカーレットの名誉を守る!?」
ガサガサ!
「きゃあ!」
拳を振り上げ、勇ましくのたまうお嬢さま。しかし次の瞬間には籠の中のゴキブリの羽音に驚いてしゃがみガードしてしまった。
「クスッ、流石レミリア・スカーレット。私が惚れ込んだノーライフキングだわ」
「パチュリー様、ひょっとして楽しんでます?」
「あら、貴女は楽しくないの?」
「・・・・・・せめて咲夜さんとフランドール様だけでも」
「私はどこまでもお嬢さまに付き従うわ」
「私も退く気は無いわよ」
『主任、我々もお供します!』
美鈴の気遣いは無駄に終わった。
※※※
「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というでしょう。目をそらさずきちんと見なさい」
「確かに言いますけれど、だからって解剖を見学するのもどうかと」
回収されたサンプルは三体。そのうち一体が今まさに御開帳している。
今ここにいる誰もが、ゴキブリになんて負けたくないと思っている。でも、だからって、解体ショーを見せ付けられたら逃げ出したくもなる。
レミリアや咲夜など、顔色が蒼白を通り越してナ○ック星人並みの緑色だ。
「ゴキブリは、昆虫綱・ゴキブリ目(網翅目)に分類される昆虫の総称・・・・・・」
解剖の隣では、フランドールが図鑑を開いている。彼女もまた、この未知の生物を恐れぬ一人だった。
「平べったいから狭い所に潜り込むのに適しているんだって。でもパチュリー、こんなに大きくなったら、忍び込むも何もないんじゃないかしら?」
「妹様は賢いわね。私も同じことを考えていたわ」
フランドールと会話しながらも、解剖の手は休めない。
「長い触角、扁平な楕円形の体、発達した脚。どれをとってもゴキブリに違いない。と同時に現存するどのゴキブリにも当てはまらない。これからこれらを、G-Xと呼ぶことにしましょう」
ゴキブリの癖にあだ名がかっこいい。美鈴は少しだけ嫉妬した。
「お、これは・・・・・・」
「なんです?」
「見て、中から未消化の鼠の躰が出てきたわ。最近鼠を見ないと思ったら、こいつらの餌になっていたのね」
「だとしたら、大変ですよ。哺乳類を駆逐する昆虫だなんて、幻想郷に、いえ、地球上に生きてていい生物じゃありませんね」
「ええ、まったく。滅ぼすには惜しいわね」
パチュリーが、皆に良く見えるよう『それ』をピンセットでつまみあげた。
「ほら、よ~く御覧なさい」
「うっ、うぐっ!!」
レミリアと咲夜が今にも胃液をリバースしそうだった。
「味も見ておこう」
「やめてください」
――少女逆流中――
「パチュリー様、取りあえず判明した事実を整理してくれませんか?」
G-X解体ショーが一段落した所で、美鈴がパチュリーに切り出した。
「そうね。先ず、このG-Xは『飛べる』。私たちが厨房で遭遇した群れでも、飛んでるヤツはいたしね。ああ、そんなに心配することはないわ。ゴキブリの飛行能力はもともと低くて、短距離を直線的に飛ぶ程度よ。妖精でも全力で高度をとれば振り切れるわ。
それともう一つ、大事なことだからみんな良く聞いて。この発達した牙はヒトガタの頚動脈も食いちぎれると推測できるわ。交戦の際には喉に気をつけなさい。もっとも、所詮は蟲、叩けば潰れるし、弾が当たれば死ぬわ」
「踏み潰して殺せないゴキブリなんていてたまるものか」とレミリア。
「それともう一つ。この個体はどうやらメスのようなのだけれど・・・・・・生殖器官が見当たらないのよ」
「あれだけの数がいたのに?」と、美鈴は驚いた
「わからないわ。未発達なのか、退化したのか」
「じゃあ、アリやハチみたいに女王がいるのかしら?」と、フランドール。
時は止まる
「妹様、貴女は天才だわ」
そして時は動き出す
この場にいる全員が同じことを考えたに違いない。
このG-Xのクイーンと言ったら、一体どんなサイズになるのだろうか・・・・・・
「でも、どうして今になって? 昔から紅魔館にいついて、フランドール様が何度も見ている。それがどうして今になって地上に姿を現し始めたんでしょうか?」
「おそらく、妹様が地下から引っ越したからね。今までG-Xが地上に姿を現さなかったのは、おそらく地下に妹様という天敵がいたせいよ。いくらゴキブリが繁殖力旺盛と言っても、狭い地下で一日100匹単位で死ねば個体数は簡単には増えない。
そして、生存競争の相手が吸血鬼から鼠に変われば、生態系も変わってくる。さらに、個体数が順調に増えれば餌は鼠だけでは足りなくなる。地下の貯蔵庫に、そして厨房にも足を伸ばすことになる・・・・・・」
「・・・・・・私は、地下から出ないほうが良かったのかな・・・・・・?」
「そんなことは無いわ、フラン。たとえ私の枕元をゴキブリが走り回ろうとも、貴女が側にいてくれることが、私の何よりの喜びなのだからッ!」
「お姉さま・・・・・・!」
「フラン!」
――少女抱擁中――
それは、姉妹愛が恐怖を上回った瞬間だった。
「で、これからどうすればいいんです、パチュリー様?」
「・・・・・・クイーンの居場所に心当たりがあるわ。私と貴女で何とかしてクイーンを叩けば―――」
パチュリーの言葉を遮るかのように、大図書館のシャンデリアの明かりが、全て、消えた。
「一体何事!?」
「レミィ、咲夜、落ち着いて。明かりが落ちただけよ。美鈴、八卦炉に火を」
美鈴はあわてず騒がず八卦炉PSを作動させる。この八卦炉、魔理沙のものほどパワーは無いが、咲夜や美鈴のように魔法に明るくない者でも使えるようなマイルド仕様だ。ちなみに、咲夜が扉を溶接するときにもこれを使った。
「この紅魔館の照明は、地脈から吸い上げた魔力を、魔力の伝わりのいい銅線を通じて各部屋を照らしているの。蟲ごときが私の魔法に干渉できるとは思えないから、きっと奴らが銅線を食いちぎったのね。外の世界でも似たようなことが起こるって本に書いてあったわ」
ばたばた!
がさがさ!
明かりが落ちた途端に籠の中のゴキブリが騒ぎ出した。
「・・・・・・来るわ」
「ええ・・・・・・」
美鈴とフランドールは頷きあった。二人とも感じているのだ。『やつら』の接近を。
美鈴は革の手袋をはめ、フランドールはスカーフをボクサーのように手に巻きつけた。いざとなったら奴らをこの手でぶっ潰すと言う覚悟の表れであると同時に、素手で触るのはやっぱりイヤだという乙女心と人間味の現われでもあった。
「総員臨戦態勢。メイド長とお嬢さまを守れ」
美鈴の部下たちが、咲夜とレミリアの上下左右前後を固める。
ざわざわ・・・・・・
美鈴の第六感は、既にやつらはこの図書館の中にいると告げている。しかし、あの厳重に封鎖された扉を破ることはまずゴキブリには不可能であろうし、そもそも姿が見えない。
「キッチンのときもそうだったけれど、G-Xには敵に捕まった仲間を助ける連携のようなものを感じなくて?」
とパチュリー。こんなときでも知識欲が衰えない。魔女の鏡である。
「近い・・・・・・それにすごい数が『聴こえる』。なのにどうして姿が見えないの?」
とフランドール。
美鈴の第六感がレーダーなら、フランドールの耳はコウモリ並みのソナーだ。どちらも確実に敵を補足している。しかし、視覚との誤差に戸惑っているのだ。
「・・・・・・まさか」
フランドールは自分の足元に視線を落とす。
「みんな、動かないで」
「妹様?」
フランドールは、いきなり耳を床に押し当てた―――そして確信する。
ざわざわざわざわざわざわざわざわざわ!
「やつら、床下から侵入している!」
彼女の言葉が皮切りになったかのように、あちこちでG-Xがカーペットを食い破って進入してきたッ!
「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」
「高度をとって! レミィ、咲夜、あなた達もよ、早く!」
パチュリーがアグニシャインをG-Xの群れに叩き込みながら指示を飛ばす。
宙へ逃げるパチュリーたちを追うように、G-Xたちは図書館の壁ともいえる書棚を駆け登る。
しかも、飛ぶ者より壁を這う蟲のほうが速度が上だ。
「うわっ!」
「きゃああっ!」
高度を取ろうにも、ゴキブリに飛びつかれて地面に引きずり下ろされてしまう。ピンチである。
「いやああああああ! こないで! 助けて、咲夜! パチェ!」
「お姉さま!」
全速で高度をとれば逃げ切れるであろうフランドールは、なんと腰が抜けて飛べない姉を助けるために、その逆、全力での急降下を試みる!
「フォーオブアカインド!」
四人のフランドールが、レミリアの前後左右を固める。そして、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッー!」
「オオオオオオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアッ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオオオオオオラァッ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオアラオラオラオラオラァァァァァッ!」
形容不可能な速度で繰り出されるパンチの壁が、黒い津波を打ち砕くッ!
「うおおおおお! 妹様に続けッ!」
「ぶっ殺せー!」
フランドールの奮闘が、数で劣るメイドたちの士気を盛り立て、図書館はまさしく戦場の様相を呈していた。
「セラギネラ9ッ!」
美鈴も、メイド隊とともにゴキブリの波を押しとどめている。
その一方で―――
「エレメンタルハーヴェスター!」
パチュリーが近距離戦スペルを宣言しなければならないほどに、こっちの状況は逼迫していた。それもこれも、咲夜が茫然自失となってしまったからだ。迫り来るゴキブリをぶつ切りにしながら、パチュリーは叫ぶ。
「咲夜、咲夜ッ! お願いだから自分の身は自分で守って頂戴! 誰か、カヴァー(援護)を!」
「・・・・・・ふふ」
このゴキブリの嵐の中、咲夜は突然、頭をかきむしりながら笑いだした。
「フフフフフフフハフハ・・・・・・・フハフハフハ!」
「咲夜さん!?」
「パチェ、咲夜が!」
「ああ。これはあれね。きっと何かがプッツンしちゃったのよ」
「なじむぞっ!」
メイド長は、この光景になじんでしまった。
「時よ止まれッ!!!」
「あれ、咲夜さんがいない!」
「馬鹿な、メイド長が敵前逃亡だとッ!?」
そんなはずが無い。
ドグォォン!
凄まじい音と共に、図書館の天窓を突き破り『何か』が振ってきた!
「なんだありゃ!?」
「 ロ ー ド ロ ー ラ ー だ ッ !!!」
時間を止めてどこからとも無く持ってきた最凶兵器ロードローラーは、それはもう凄まじい勢いで地を這うG-Xを潰していったとさ。
「このやろー! 自分ひとりで大きくなったような顔しやがって! 誰が育ててやったと思ってるんだコンチクショーッ!貴様らなんぞ、存在自体が無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――ァッ!」
「嗚呼、何かもう大丈夫そうですね、いろいろ」
「そうね。ここは咲夜に任せましょう。美鈴、一緒に来て」
「パチュリー様、どちらへ?」
「くれば分かるわ」
※※※
「パチュリー様。こんな図書館の隅っこに何が?」
「大切なのは、そもそもどうやって『あんなもの』が誕生したのかなのよ」
「は?」
――少女回想中――
まだ咲夜が紅魔館に勤め始める前の話だ。
パチュリーは、自分のおやつをレミリアとの奪い合いから守るため、図書館の隅っこ、誰にも見つからない場所に専用の冷蔵庫を設置した。寒冷の魔法をかけたただの金属の箱だが、内部の温度を一定に保てる優れものだ。
しかし、パチュリーには、『食べようと思って冷蔵庫に入れた記憶』はあっても、『その冷蔵庫から何かを出して食べた』記憶が無かった。ついでに、『最後にその冷蔵庫をあけたのが何十年前なのか』も記憶が定かでない。
「で、これがその冷蔵庫なわけですか」
「ええ、そうよ」
「・・・・・・あけるんですか?」
「もちろん」
キチンと閉まっていても、何か放射能のようなやばいものが駄々漏れのようなオーラが漂っていた。
パチュリーは慎重に『冷蔵庫』の扉を開く。
―――そこは異界だった
「なるほど。生クリームやレア・チーズケーキを年単位で放って置くとこうなるのね。スケッチしておきましょう」
「・・・・・・早く閉じましょうよ」
「味も見て「やめてください」―――とにかく。G-Xの発生源はこれね」
「早く焼却処分しましょうよ」
「え~、なんだかもったいないわ。『もったいない』は世界を救うのよ」
「パチュリー様の『もったいない』は幻想郷を滅ぼしますッ!」
硬く冷たい金属の箱は、ロイヤルフレアで跡形も無く消え去った。
「さあ、クイーンを叩くわ」
※※※
咲夜が築いたバリケードをはずし、溶接した扉を今度はパチュリーが溶断し二人は図書館から脱出した。もちろんそれは、敵に肉薄するためであり、逃げるためではない。
紅魔館の地下は、主に三つのブロックに分かれている。
1つめは、図書館
2つめは、倉庫群
そして3つめは・・・・・・かつてのフランドールの部屋
やたら広くて複雑な紅魔館には、地下への階段があちこちにあり、その上、地下室は地下室同士で全てつながっている。さながら迷宮のような紅魔館の地下を、パチュリーは迷うことなく進み、美鈴もそれに続いた。
襲い掛かってくるG-Xたちを蹴散らしながら、パチュリーと美鈴は、かつてのフランドールの部屋を目指した。
「そこにクイーンが陣取ってるって確信は?」
「心当たりの域は出ないわ。でも、あそこしかないのも確かでしょう? それにほら、見て御覧なさい」
パチュリーは倒したG-Xを指差していった。
「図書館のものよりもさらに大きい。60センチはあるわ。きっとクイーンを守る親衛隊ね」
果たして二人はたどり着いた。そして、そこに『ヤツ』は居た。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
――そこは更なる異界だった。
「・・・・・・本当に、居た・・・・・・」
床といわず壁といわず、一面に産み付けられた卵。そして、部屋の最深部には全長2メートルはあろう、G-Xの『女王』が居た。
ドドドドドドドドドドドドドド
ブチュリ・・・・・・
美鈴とパチュリーの目の前で、さらにまた、一つの卵が産み落とされた。
「これ以上増やさせるわけには・・・・・・いかない!」
「ええ・・・・・・いくわよ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ありったけのスペルカードを発動させ二人をクイーンを攻撃するが、G-X達がクイーンの盾となり、有効なダメージを与えられない。また、美鈴とパチュリーの目の前で卵が次々と孵化しG-Xの幼虫たちが襲い掛かってくる。
図書館からの連戦で消耗した二人は、予想外の苦戦を強いられていた。
そして、目の前で子供たちが殺される様に怒ったのか、クイーン本体も二人を狙って動き始めた!
「くっ・・・・そぉ!」
「まずい、このままじゃ・・・・・・」
そこに、思わぬ救世主が現れた。
「パチュリー! 美鈴! 下がりなさい、こいつらは私が倒すわ!」
「妹様!」
「フランドール様!」
「私がここから出なければ、こんな醜い争いは起きなかった。だから、この闘いは私の手で決着をつける!」
そういうとフランドールは、開いた右手を高く掲げ、
「きゅっとして」
ギュッと拳を握った。
「ドカーン」
※※※
ざわざわ・・・・・・!
がさがさ・・・・・・!
「なんだ!? 奴ら、退いて行くわ!」
図書館で奮戦する咲夜達の前から、G-X達が我先にと逃げ出し始めた。
図書館を埋め尽くした黒い波は、潮が引くようにどこへとも無く消えていった。
「いったいどうなっているの?」
「クイーンが死んだわ。孵化前の卵や幼虫も全て焼き払った。紅魔館から出て行ったのはいいけれど、ヤツらはどこへゆくのかしら・・・・・・」
「パチュリー様! クイーンが死んだってことは、私達は勝ったのですか?」
「そうよ。妹様がクイーンを倒したわ」
「ああ、フラン! また私は、貴女の手を汚させてしまったのね!!!」
「いいのよ、お姉さま。私の最高の喜びは、お姉さまがゴキブリになんて怯えず日々を過ごせることなんだから。壊すことしかできない私にも、役に立ててよかった」
「終わりましたね、パチュリー様」
「ええ、自分で招いたバイオハザードなんで複雑な気分だけれど、貴女や妹様が本当によく戦ってくれたおかげで一安心だわ」
「あ、でもまだ後片付けが残ってますね」
「ええ、こんな大量のゴキブリの死骸、処理するのは一苦労ね」
「・・・・・・残った二匹のサンプルですけど」
「・・・・・・分かってる、ちゃんと焼却処分するわ」
「それともう一つ。そろそろ咲夜さんを止めないと」
「WREEEYYY!」
その日以来、メイド長はゴキブリ嫌いを克服したらしい。
『だがあえて読もう』という方だけ、この先匍匐前進で40分↓
紅魔館の警備主任(門番門番と呼ばれているが、それが彼女の正式な肩書きだ)紅美鈴は、そのときの心境をこう語っている。
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
※※※
「・・・・・・むっ?」
ときは真夏の黄昏時。人とカラスが住処に帰り、魑魅魍魎が目を覚ます。
吸血鬼の住む屋敷たる紅魔館もまた、主の起床に合わせて慌しくなり始める時間だ。
ところはその紅魔館のキッチン。先ほどまで、昼間働く者の夕食と、夜働く者の『朝食』を兼ねた大量の料理を作っていたここも、僅かな蒸し暑さを残し、静まり返っている。
紅美鈴がこの時間キッチンに出没することは珍しくなかった。
主が姉妹揃って小食で、メイドも殆どが小さな妖精であるこの紅魔館では、屈強で健啖な門番は出される賄いだけで満腹を得られないこともよくある。
そんな時彼女は、自らキッチンに赴き食料をちょっとだけ失敬する。要はつまみ食いだ。
そう、ただいつものように立ち寄っただけ場所で、鍛え抜かれた彼女の五感と百戦錬磨の闘士だけがもつ第六感が『何か』を捕らえた。広いキッチンは無人、否、美鈴一人がいるのみだ。ならば、この気配の主は自ずと判明する。
コソコソ・・・・・・
「むむっ」
古今東西、台所の招かれざる客といえば、蟲か鼠と相場が決まっている。
そして、いま視界の隅を駆けて行った黒い影がそのどちらであろうと、美鈴は見過ごすわけには行かなかった。
食料を喰い散らかし、病気を媒介する生きた害悪。不潔の象徴。その被害をこうむるのは、厨房に立つ人間のみならず、屋敷の全体に及ぶ。だから、彼女が門番であろうとつまみ食いの現行犯であろうと、不届き者を成敗する以外道はないのだ。
それは彼女だけではない。職種問わず、紅魔館で働く者全ての義務でもある。(ただし、メイド長・十六夜咲夜はその義務を免れる)
また、美鈴はこの汚れ仕事を、目の前の一匹や二匹を退治したところで根本的な解決にはならないと知りつつ、なるべく自分の手で行うようにしていた。
何せこの屋敷の妖精メイド達ときたら、発見した鼠やゴキブリを、猫がするようにじっくり弄んでなぶり殺したり、人間の子供がザリガニやカエルでするように、爆竹で吹き飛ばしたり手足をバラバラにしたり、弾幕の的にしたりするのだ。それに比べれば、自分がさっさと駆除するほうが屋敷にとってもマシというものだ。レミリアの機嫌を損ねることも、屋敷が散らかって咲夜の仕事を増やすことも、パチュリーの読書の邪魔をすることもない。
美鈴なりの気遣いであった。
それはさておき、美鈴は厨房の招かれざる客を追跡した。垣間見た敵のサイズが30センチほどとかなり大きなことから、相手は鼠、それも大型のドブネズミと見当をつける。
(そういえばこのところ見かけなかったな)
などと美鈴は思った。
蟲と違い、脊椎動物で哺乳類の鼠を『潰して』殺すのは難しい。また、そんなことをすれば血液が飛び散るのは必至なため、厨房ではまずその方法は用いない。
駆除にはパチュリー特製の『殺鼠剤』を使うのだが、どうもこれがニンニクに似た匂いがするらしく、不用意に使うとレミリアやフランドールが体調を崩す。料理に匂いが移ったりするので、厨房での使用もNGだ。
多少手間はかかるが、鼠を捕獲し、薬と一緒に一斗缶に放り込み蓋をする。静かになったら一丁上がりである。殺鼠剤が表に漏れず、鼠の最期も見なくていい。
そんなわけで、『こういう時』のために厨房に常備された虫取り網を手に、美鈴は獲物に忍び寄っていた。姿は見えないが、流し台の向こうに確かにいる。美鈴の研ぎ澄まされた感覚は、敵の位置を正確に捉えていた。しかし、それは相手も同じこと。お互いが既に相手を認識しているのだ。
野生の動物との戦いは一撃必殺。道具を遣うヒトガタが有利なのは初太刀だけ。一度しくじれば、相手はこちらのスピードもリーチも見破り、二度と射程内に踏み込ませない。
だからこそ美鈴は、慎重に必殺のタイミングと間合いを測る。
「世のため人のため。そして紅魔館のご飯のため・・・・・・御免!」
疾風のごとく飛び出す美鈴。果たしてそこに敵はいた。
しかしそれは鼠ではなく蟲だった。鼠と見間違うばかりに巨大な。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!?」
※※※
メイド長・十六夜咲夜は完璧だ。この紅魔館のすべてを完全に掌握している。それは、この屋敷に『何があって何がないか』を常に把握するということだ。
食料その他の備蓄は掌の上。誰かがサボればすぐ気づく。パパラッチが段ボール箱を被って潜入取材を試みようとも容易く見破る。
つまり、そんな彼女が、キッチンの出入り口にたむろする怪しげな一団に気が付かないはずが無いのだ。
「貴方たち、一体そこでなにをしているの? 食事の時間はとうに終わってるわよ」
「あっ、咲夜さん・・・・・・」
時間をとめて近づき、不意打ち気味に声をかければ、同僚の美鈴の顔には『マズイ』の三字が浮き上がる。
分かりやすいヤツめ。だがそれが好い。
「この積み上げた椅子やら何やらは貴方の仕業? 昼勤組の貴女が、こんな時間にこんな所で一体何を?」
「いや~、タイシタコトジャナイですからドウゾお構いなく」
「相手の目を見て話しなさい」
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
「いい度胸ね、美鈴。この私に隠し事?」
「・・・・・・聞かないほうが良いと思いますけど」
「私のナイフがそんなに好き?」
「じゃあ言いますけど、キッチンにこーんなでっかいゴキブリが出たんですよ。30センチ位の」
時は止まる
そして時は動き出す
「きゅぅ」
ドサッ
「ああっ、メイド長!?」
「メイド長!」
「お姉様ーっ!!」
「だから言ったのに~」
メイド長は、自分の魂の平穏のために強制シャットダウンしてしまった。美鈴の気遣いは無駄に終わった。
相手がただのゴキブリなら、時間を止めてクールに去っていただろう。(決して敗走ではない)
しかし、30センチというのが効いたようだ。
彼女を弱いなどといってはいけない。逃避とは、過負荷による崩壊から自我を守ろうとする防御手段、生きようとする正常な意志の表れなのだから。
「メイド長、お気を確かに!」
「瀟洒に!」
「お姉様、愛してるー!」
妖精メイドたちは、咲夜を介抱すると見せかけて髪の匂いをかいだり靴を脱がせたりスカートに顔を突っ込んだりしている。ヤリタイ放題だ。
誰かが人工呼吸を試みないうちに、美鈴は咲夜にショック療法を施す。
「咲夜さんパッド落とした」
「パッドじゃない!」
「すみません懐中時計でした」
立ち上がったときには、咲夜はいつもどおり瀟洒だった。妖精メイドたちは、いつの間にか互いに脱がしあっていた。
「それで、このバリケードみたいなものは一体何? 仕事中のメイドたちまで引き止めて」
「ええ、ですから、キッチンに巨大なゴキブ「WREEEYYY!」」
今度は、時が止まるより美鈴のほうが早かった。
「咲夜さんパッドずれてる」
「ずれてない!!!」
「だってほら、見事な複乳」
「つーめーてーなーい!」
「パッドでしょう!?」
「パッドじゃない!」
「パッドでしょう!?」
「パッドじゃない!! 寄せて上げるブラァ! ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥルァ!!!」
「上げ底でしょうソレ!?」
「私のナイフがそんなに好き?」
「咲夜さんごめん」
「でしょう?」
「咲夜さんごめん」
「でしょう!?」
「咲夜さんごめん・・・・・・」
「まったく・・・・・・。それで? これは一体何のつもり? 状況を説明なさい。簡潔に、瀟洒に」
美鈴は、永久ループを避けたかった。
「キッチンで大型の『G』を確認。現在、出入り口を封鎖し目標を閉じ込め、駆除方法を検討中」
「よろしい。この一件は、警備部に一任するわ」
「御意」
咲夜は一瞬にして姿を消した。その場には、トランプのジョーカーが残された。
屋敷のどこかでか弱い乙女の悲鳴が聞こえた気がした。
「さて、どうしたものか・・・・・・」
何せ敵はあのサイズ。それも、セオリーに従うなら『見えてるやつが全てとは限らない』のだ。
数なら屋敷の妖精メイドだって負けてはいないが、彼女たちは腕力も弱く根気に欠ける。未知の生物と戦うには頼りなさ過ぎた。かといって、アレを相手に、自分ひとりでは分が悪すぎた。
紅魔館でまともな対ゴキブリ戦ができるのは、今のところ美鈴のほかにはあと一人しかいない。その人物に協力を依頼するほか無かった。
※※※
「パチュリー様、美鈴です。少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「あら、美鈴。ちょうど良かった、お茶を淹れて頂戴」
ここは、幻想郷最大の蔵書量を誇る紅魔館大図書館。
そう、美鈴の協力者とは、紅魔館のご意見番・パチュリー・ノーレッジだ。
そして、パチュリーの隣には屋敷の住人がもう一人。
「これは、フランドール様。御機嫌よう」
七色の羽の吸血鬼、フランドール・スカーレット。
数年前、博麗霊夢と霧雨魔理沙に敗北を喫して以来、彼女の狂気はなりを潜めた。今では長年の住処であった地下室も引き払い、姉のレミリアと共に優雅な吸血鬼ライフを送っている。
容姿は未だ幼いながら、本を片手にゆったりと椅子に腰掛けるその後姿は、カリスマあふれる吸血鬼そのものであった。
「・・・・・・」
フランドールは美鈴に返事をすることなく、振り向くこともなく、静かに本を閉じた。
機嫌を損ねてしまったのだろうかと、美鈴はなんだか背骨に氷を詰められたような気分になった。
「・・・・・・」
続く沈黙の中で、フランドールの纏う気配、ひいては図書館の空気全体の緊張感は徐々に高まり、さらには「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という『文字』が彼女の背後に発生し始める。
そしてついに、フランドールは立ち上がり、「バァーン!」という奇妙な音と共に振り向くッ!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・どう?」
「え?」
「私、キマってた?」
「ブラボー! おお、ブラボー!! 完璧よ、妹様! カリスマに満ち溢れていたわっ!」
「ホント!? やったー!」
フランドールは七色の羽をパタパタと振り、無邪気に喜ぶのであった。そのアクションのせいで図書館を満たしていた謎の「文字」は消えた。ついでに埃が舞って、パチュリーが咳き込んだ。
「お茶の時間ね? じゃあ私、お姉さまを呼んでくるよ! きっとその辺にいると思うから」
「げほげほ! 妹様、スピードの出しすぎに気をつけてね。グフッ!」
「はーい♪」
「・・・・・・さっきのは一体?」
「ごほごほッ、ハーハー・・・・・・正しいカリスマの滲ませ方の実践よ」
そーなのかー。
「パチュリー様。申し訳ありませんが、お茶はしばらく待っていただくことになりそうです。お耳を・・・・・・」
「あら、声を潜めるようなことなの?」
「はい。お嬢様がいらしてるのでしょう? お耳に入れば不快な思いをされるでしょうから」
「まあ、そんなことだろうと思ったわ。貴方がわざわざ尋ねてくるくらいだもの。聞かせて」
ごにょごにょごにょ
「巨大ゴキブリね・・・・・・いつまでたっても咲夜が来ないのはそういうことだったのね」
「現在キッチンの出入り口を封鎖しています。メイド長から駆除を一任されましたが、サイズがサイズですから自分では判断しかねて―――」
「よく知らせてくれたわ。それだけのサイズとなれば普通の殺虫剤が効くとは限らないし、キッチンでの薬剤散布はギリギリまで避けるべきだわ。何より―――正体のわからないものと闇雲に戦うのは、愚かよ」
そう言うと、動かない大図書館は大儀そうに立ち上がった。
「なるべく体が大きくて力のある者を5,6人集めておいて」
「パチュリー様、どちらへ?」
「『準備』よ。先にキッチンへ行ってて頂戴」
その時、咲夜をつれたレミリア、フランドールが現れた。咲夜は小さなお嬢様二人に手を引かれ、逆リトル・グレイ状態だった。目は虚ろでなにやらぶつぶつとつぶやいている。
(咲夜さん、そんなにゴキブリが嫌いなんだろうか)
美鈴には、今の咲夜に『パッド療法』を施す勇気はなかった。
「パチェ。さっきから咲夜が変なの」
「いつも変でしょ。そっとしておいて上げなさい」
「どこに行くの、パチュリー? 美鈴がお茶を淹れてくるんじゃないの?」
「今日のティータイムは諦めなさい。咲夜もその調子だしキッチンも使えないだろうから。それに、私はこれから一仕事しないと」
「どういうこと? 仕事って?」
「ゴキブリ退治よ」
『ゴキブリ』という単語に、レミリアと咲夜が震え上がった。
「ヒィィィィイイイ! ゴキ怖い、ゴキ怖い!」
「嘘でしょパチェ・・・・・・ヤツがキッチンに出たのっ!?」
「そうよ。それも鼠と見間違えるほどのビッグサイズ。新種かも」
「「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
抱き合いながら絶叫する主従。レミリア・スカーレットのカリスマ失墜ここに極まる。美鈴の気遣いは無駄に終わった。
そんな光景を見ながら、フランドールは一人キョトンとするばかりだった。
「パチュリー。ゴキブリってなあに?」
「・・・・・・見てみたい?」
「うん!」
「じゃあ、先ずはここの本で調べて御覧なさい。30番の棚に昆虫図鑑があるから、それを使うといいわ。
ちゃんとできたら―――『本物』を見せてあげる」
そう言うと、彼女は図書館の奥に消えていった。
※※※
「『捕獲』ですか? 退治じゃなくて」
美鈴と、彼女が召集した警備隊の精鋭『昼勤部1班』の6人の妖精に課せられた任務は『目標サンプルの入手』であった。
「言ったでしょう。正体のわからないものと闇雲に戦うのは愚かよ。軍隊だって敵の兵器の性能を徹底的に調べつくすわ。それに、その巨大ゴキブリがあなたの見た『一匹限りだなんてことは、まずありえない』。貴方だって知っているでしょう。殺虫剤を中途半端に使うと、薬に強くて生き残った個体の子孫だけが増えて種全体が強くなるって話。
それをさせないために―――『最初の一撃で息の根を止める』ために、生きたサンプルを入手して調べつくす必要があるの」
「私には死亡フラグとしか思えませんが」
「決まりね。さあ貴女たち、はじめるわよ。ちゃんとできたら、私がポケットマネーでお菓子を買ってあげるわ」
『諒解!』
かくして、『巨大ゴキブリ捕獲作戦』は始まった。聞く人が聞けば裸足で逃げ出したくなるようなネーミングだ。
とはいえ、作戦自体は意外と地味だ。
キッチンに幾つか罠を仕掛けて、かかるのを待つ。それだけ。獲物のサイズを考えて、罠は兎や狸用の物を流用する。金属の籠の中に餌を吊るし、獲物が餌に喰いつくとフタが閉まって出られない、というアレである。
罠の設置は滞りなく終わり、再び厨房を封鎖すると、パチュリー率いるゴキブリ捕獲隊はすぐ隣の食堂に移動した。
「みんな、これを見て頂戴」
パチュリーがテーブルに広げたのは、キッチンの見取り図だった。あちこちに緑色の丸印が付いている。
「この緑の印が設置した罠よ。罠が作動すると印が赤くなるわ。仕掛けた罠は全部で12。幾つか作動したら回収するわよ。それまで待機」
10分ほどで、最初のひとつが赤に変わった。
その後立て続けに2つ、3つと作動したが、それ以後はぷっつりと途絶えた。
パチュリーは読書、メイドたちはトランプをしながら獲物がかかるのを待ったが、1時間ほど待ってもそれ以上赤い印は増えなかった。
「パチュリー様。ひょっとして連中―――」
「ええ、考えていたところよ」
美鈴とパチュリー、闘将と知将は同じことを考えていた。
すなわち、『やつらは学習しているのではないか』と。
「後二つぐらいはサンプルが欲しかったのだけれど、これ以上待っても無駄そうね。みんな、行くわよ」
一方そのころ―――
涙ながらに互いを慰めあう主従を尻目に、フランドールはパチュリーの言いつけ通りに分厚い昆虫図鑑と格闘していた。
「えぇっと、ゴキブリゴキブリ―――
なんだ、これなら地下にいくらでもいるじゃない。お姉さまも咲夜もこんなのが怖いの?
でもおかしいわね。私の知ってるゴキブリは、こんなに小さくない・・・・・・この図鑑が間違ってるのかしら?」
※※※
「デカッ!」
罠にかかったゴキブリを見ての、メイドたちの第一声がそれである。事前にブリーフィングは受けたが、半信半疑だった。しかし、目の前にそれが確かにいるのだ。
幸いなのは、メイドたちがそれに驚きこそすれ微塵も恐れてないということであろうか。紅魔館の最精鋭、紅霧異変のときには最後まで美鈴の援護を続けたタフな奴らとはいえ、所詮妖精。こんなのに群れで襲われたらひとたまりもないだろうに、彼女たちにとっては目の前のこれでさえただの好奇心の対象だ。げに恐ろしきは無知と無邪気か。
「さ、ぐずぐずしないの。さっさと回収して図書館に運びなさい」
「はーい」
「主任。今日のパチュリー様、なんだか積極的ですね」
「『未知』を目の前にしてワクワクしてるのよ、きっと」
メイドたちの作業を監督しながら、捕獲した巨大ゴキブリをしげしげと眺めるパチュリー。
「それにしても、本当に大きいわね」
「やっぱりパチュリー様は怖がらないんですね」
「ゴキブリなんて怖がる理由が無いわ。スズメバチのほうがよっぽど危険よ」
「同感です」
「ああ、それにしても、早く解剖したいわ」
「バラすんですか」
「味も見るわよ」
「やめて下さい」
ひょっとしたら、一番怖いのはパチュリーかもしれない。
ざわざわ・・・・・・!
「―――!?」
「どうしたの、美鈴?」
美鈴の第六感が告げる。『何かヤバイ』と。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!
「換気扇から離れてっ!」
美鈴が言うが早いか、換気扇がコンロの上に落下し、けたたましい音を立てる。何事かと、厨房にある全ての目がそこに注がれる。
次の瞬間、ダクトから無数の巨大ゴキブリが溢れ出した。
時は止まる
そのときの心境を、紅美鈴はこう語っている。
「何言ってるのかわからないかもしれないけれど、私も何が起こったのかわからなかった」
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
紅い屋敷を内から喰い破らんとするが如く押し寄せる妙に光沢のある黒い波。
床を、壁を、天井を蹂躙するその様は、まさしく黒い雪崩だった。
そして時は動き出す。
「「「「「「OH,NOOOOOOO~!!!」」」」」」
それはもう、すさまじい光景だった。妖精が思わず外国語しゃべっちゃう位に。ここまで来るともはやギャグである。
「ヘルプミー!」
「メディック、メディック!」
「畜生、囲まれてるッ!」
「生存者は名前を言え!」
小さな妖精達にできるのは、もう逃げ惑うことだけだった。そんな阿鼻叫喚で、一人だけやたらハッスルしてるやつがいた。
「チャージ(突撃)! 一網打尽よッ!」
「やめてください」
虫取り網を構えて一人特攻しようとするパチュリーを抱え、美鈴はゴキブリを蹴散らしながら妖精メイドたちの退路を切り開く。
「総員撤退! 荷物は捨てろ!」
「捨てちゃ駄目! 中身のあるヤツは死守しなさい!」
「「きゃあ! きゃああ! ぎゃああああああああああ!!!」」
――少女逃走中――
ごごおぉぉん・・・・・・。
図書館の扉が重々しく閉まる。黒い波と、紅に仕える者達を、間一髪で隔てたのだった。
「はぁっ、はあっ、はぁっ・・・・・・」
「た・・・・・・助かった」
パチュリーと美鈴、そして6人の妖精メイドは、あの黒い雪崩から何とか逃げ切った。
荒い呼吸と自身の心音だけが響く、いつもの図書館の静寂。まるであの光景が、ただの悪夢だったのではないかと思わせるほどの日常。しかしそれは打ち破られる。
ガサガサガサ!
「ひぇっ!」
悪夢の足音に、メイドたちが飛び上がる。まさか、やつらの侵入を許したのか? その答えは、幸いにして否だった。
音を立てたのは、捕獲した巨大ゴキブリだった。メイドの誰かが、三つとも律儀に抱えてきたのだ。
それに呼応するかのように、扉の外がにわかに騒がしくなる―――大図書館の扉は防音の魔法がかけてある。向こう側の音など聞こえるはずがない。しかし、確かな気配を感じるのだ。それは、やつらが扉一枚むこうに今も殺到していると言うことだ。
「いけない・・・・・・こうしちゃいられないわ」
「そうね。早くサンプルを分析しましょう」
「そっちじゃありません。パチュリー様、図書館の放送魔器は?」
「中央閲覧テーブルの下よ」
あの巨大ゴキブリは、キッチンを出て図書館まで美鈴たちを追ってきた。自分たちは図書館に逃げ込んだからいいものの、このままでは屋敷中のメイドたちが危険だ。美鈴は、図書館中央の閲覧スペースに急いだ。
「あ、お帰り美鈴」
そこには、先ほどと変わらぬ様子で読書にいそしむフランドールがいた。
「騒々しいわよ美鈴。お嬢様方の御前よ」
瀟洒な態度を取り戻した咲夜もいた。優雅にティータイム中のレミリアがいた。テーブルの上には、八卦炉PS(パチュリースペシャル)とヤカンとティーセットがあった。瀟洒な従者と紅い悪魔は、今日の紅茶はあきらめろと言われて引き下がるようなタマじゃなかった。
しかし美鈴は彼女たちに答えず、机の下にヘッドスライディングで潜り込んだ。
「・・・・・・門番が机の下でなにをしている」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。しかし、緊急事態です」(ごそごそ)
「謀反ですわ、お嬢様。妹様のスカートに忍び込むつもりですよ」
「なんだと!? それが許されるのは姉である私だけだ!」
そんなことするのは貴方達だけ、と突っ込む時間も今は惜しい。
「あった!」
「なにがだ!?」
ガシャーンと、頑固親父の如くテーブルをひっくり返すレミリア。舞い散るティーセットたちは、メイド長の時間停止で事なきを得た。
現れた美鈴は、埃を被った木箱からなにやら取り出していた。
「あら、図書館の放送魔器、見ないと思ったらそんなところにあったのね」
放送魔器とは、原理は不明だが紅魔館で館内放送を行うパチュリー特製のマジックアイテムだ。その形状は、一言で言えばメガホン。丁寧に言っても、奇妙な模様だらけのメガホンだ。
美鈴はそのメガホンに向かって、力の限り怒鳴りつけた。
「警備主任より全館へ、緊急事態発生! 一度しか言わないからみんな良く聴いて!
総員全ての職務を放棄し中庭に避難せよ! 警備隊は夜勤部1班班長が指揮をとり避難を誘導、詰め所前に集結させ点呼!
その後は屋敷への一切の立ち入りを禁ずる! なお、避難の最中に『巨大な昆虫』と遭遇しても絶対に交戦するな。避難が最優先だ!
以上、状況開始!」
図書館も含め、美鈴の声が屋敷中に響き渡る。窓ガラスがひび割れ、ひょっとしたら博麗神社まで届くじゃなかろうかというほどの大音量だ。どうやら、小声で早口のパチュリーが使っても声を拾えるよう調整してあったらしい。
ともかくこれなら、今頃寝ているであろう昼勤組のメイド達も飛び起きるに違いない。目の前のレミリアがひっくり返って椅子から転げ落ちるくらいなのだから間違いない。
「びっくりしたぁ。鼓膜が破れるかと思った。破れても夜ならすぐ治るけど」
「美鈴。私は寛容だから今の狼藉は不問にするが、説明責任は果たしてもらうぞ。フランのスカートに潜り込んだ挙句、私や咲夜に何の相談もなしに緊急避難警報を出すほどのことなんだな?」(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)
ひっくり返ってドロワーズ丸出しだったレミリアは、時間を止めた咲夜がもとの『カリスマティータイムポーズ』にもどした。その前に咲夜が鼻血が出るほどレミリアの痴態を堪能したのは言うまでもない。
「はい。魔理沙の襲撃なんて比較にならないくらいに緊急事態です。お嬢様も咲夜さんも、今すぐ―――」
「妹様、これがみんなの大好きなゴキちゃんよ~」
いつの間にか現れたパチュリーが、土産でも渡すかのようにズイッと『中身入り』の罠を二人の吸血鬼に差し出した。
「・・・・・・何だこれは」
「パチュリー様! あの、これは、その#$%&」
レミリアのゴキブリ嫌いを気にかけ、言葉を濁す美鈴。代わって答えたのはパチュリーだった。
「噂の巨大ゴキブリよ。今頃屋敷中これが溢れ返っているわ」
時は(略
レミリアの手からティーカップが滑り落ちて割れた。メイド長は少女と役立たずの中間の存在になって考えるのを止めていた。
「れ、レミィが・・・・・・座ったまま気を失っているゥゥゥ!」
「貴女のせいでしょうがッ!」
レミリアは、椅子に座ったまま微動だにしない。脳のように原始的でない吸血鬼の思考回路は、この現実を処理しきれずにフリーズしてしまったようだ。
美鈴の気遣いは無駄に終わった。
「ねえ、パチュリー」
「妹様。ちゃんとゴキちゃんのこと、調べられたかしら?」
「うん。でも、お姉さまや咲夜が『黒い悪魔』とか『生物兵器』とか言うからどんな大怪獣かとおもったら、私が地下で毎日見てた、あの蟲がゴキブリだったのね」
「フ~ラ~ン!!! 私を許してぇ!」
れみりゃ様再起動
「奴らがウジャウジャいる場所に、貴女を! 愛しい妹を! 何百年も閉じ込めるなんてええええええええええええええええ!」
レミリアは泣いた。フランドールのスカートがズリ落ちるまで縋り付いて懺悔した。流した涙は紅かった。
慟哭するレミリアを抱きしめながら、フランドールは続ける。
「でも、ちょっと変なの。図鑑に載ってる大きさと、私の知ってる大きさが全然違うの」
「どういうこと、妹様?」
「図鑑のゴキブリはどれも小さすぎるよ。私の知ってるやつは、パチュリーが捕まえたのと同じ位の大きさだよ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「・・・・・・パチュリー様、ひょっとして」
「ええ、恐らくは」
奴らは昨日今日現れたんじゃない、ずっと前からこの紅魔館に潜んでいたんだッ!(ドギャァーン!)
「もう泣かないで、お姉さま。私はちっとも気にしてないよ。あんなの、毎日に何百匹も壊して遊んでたんだから」
「言わないでッ! これ以上私の心をエグらないでぇ! 私のフランがッ! 日がな一日ゴキブリ潰して暇潰しなんてぇえ!!!」
「安心してお姉さま。何が来たって、私が守ってあげるから・・・・・・」
「ごめんねフラン、ごめんね、ごめんね・・・・・・愛してるわ」
「さあ、解剖よ」
「台無しですパチュリー様」
※※※
「ねえ、パチェ・・・・・・なんていうか、その、気持ち悪くないの?」
「ちっとも。むしろワクワクしているわ。昆虫は専門外とはいえ、ひょっとしたら私達が最初の発見者かもしれないのよ。新しい知識の一頁を自らの手で綴る―――魔法使いとして最高の喜びよ。
それにね、本から得る知識も良いけど、こうして実際に目で見て手で触れて得る知識も大切だって、最近分かったの」
「霊夢や魔理沙と出会って?」
「ふふっ、そうかもしれないわ」
解剖よと言いつつ、パチュリーはまず籠の中のサンプルをスケッチし始めた。俯瞰や前面はもちろん、籠を吊り下げて仰向けに寝転び、腹部まで入念に観察する。
その姿はまるで、気の向くままにお絵かきをする無邪気な少女のようだ。描いてるのがゴキブリでさえなければ。
「ふ~ん、全長およそ45センチ。触角も長いわね・・・・・・」
同じテーブルの少しはなれたところでは、、フランドールがスペルカードの手持ちを数えていた。吸血鬼の勘が、やつらと一戦交えるだろうと告げていたのだ。
「恋の迷路、カゴメカゴメ、クランベリートラップ、フォーオブアカインド・・・・・・4枚か~。レーヴァテインは部屋に置きっぱなしだし、十分とはいえないわね」
フランドール・スカーレット。彼女はこの危機に瀕し、大きく成長しようとしていた。
一方―――
「これでよし」
「それにしても咲夜さん、入念にやりましたね」
パチュリーは、咲夜達に図書館を完全に封鎖するよう命じた。久方ぶりの『そそる』研究を邪魔されたくないとのことだ。
一つしかない図書館の扉は、半年ほど前に魔理沙対策として金属製のものに付け替えられた。香霖堂で仕入れた『戦車』という乗り物の車体を、パチュリーの魔法でファイナルスパークの直撃にも耐えられる文字通りの『鉄壁』に仕立て上げたものだ。
その扉を咲夜は『溶接』し、バリケードを築き、自衛型のグリモワールまで配備した。彼女の仕事振りは完璧で瀟洒の名に恥じないものだった。しかし裏を返せば、それは咲夜のゴキブリに対する恐怖心の表れでもあった。
「後は天窓か」
紅魔館大図書館は、地下1階から地上3階までぶち抜きだ。出入り口は、今しがた溶接した地下一階の扉が一つだけ。あとは庭に面した天窓があるだけだ。
紅霧異変の時、霊夢と魔理沙がその窓から侵入した前例もある。そこも塞がなければ『完全封鎖』とはいえない。
「あそこは我々警備隊がやりますよ。そろそろ咲夜さんも、お嬢様方と退避したらどうです? 窓からならまだ安全そうですし、あそこを内側から塞いじゃったら逃げられませんよ」
「貴女は?」
「ここに残りますよ。パチュリー様の分析を待って、結果がでてから掃討作戦を始めます。ゴキ・・・・・・やつらを駆除しない限り根本的な解決にはなりませんからね」
「そう・・・・・・・わかったわ」
レミリアとフランドールをつれて中庭に退避する。
咲夜にとって、このゴキブリ地獄から抜け出す唯一の選択肢であり、最上の選択でもあった。
美鈴の提案にレミリアはすぐさま承諾した。天窓に向かって片手に日傘、もう片手に妹の手を握り、天窓を突き破る勢いで飛び立とうとしていた。夜だというのに日傘を持っているのは、避難生活が長引いたり、最悪屋敷を失う可能性を考慮してのことだった。
「ではお嬢さま、あちらの天窓から退避を・・・・・・」
あくまで『退避』だ。美鈴は『逃げる』と言う言葉は使わない。レミリアのプライドに対しての、彼女なりの気遣いだ。
「うむ。この際少々カリスマを欠いたりお行儀が悪かったりは仕方ないことだ」
「同感ですわ、お嬢さま」
しかし、フィーバー中の空気を読まない魔女の一言が、事態を悪化させた。
「あらレミィ、『逃げる』の?」
ざわ・・・・・・!
天窓に向けて飛び立とうとしていたレミリアが、『止まった』。
「そうよねぇ、レミィは何よりゴキちゃんが大の苦手だものね。そんなのがワンサカ這いつくばってる家になんて居たくないっていうのもしかたがないわ。ああ、安心なさい。ゴキブリの駆除なら私が『やっておいてあげる』から、安心してお『逃げ』なさい」
「・・・・・・『逃げる』だと・・・・・・?」
レミリアの周囲には、カリスマの象徴である『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』が発生し始めているッ!
「『逃げる』!? この私がッ! 夜の王がッ! レミリア・スカーレットがッ! たかが蟲を相手に屈服するとでも!?
パチュリー、貴様とは旧い仲だから許すが、二度と私に今の言葉を口にするな!」
「あの~、お嬢さま、それでは退避のほうは?」
「私は一歩も退かん! 私が退いたら、誰がこの屋敷を守る? 誰がスカーレットの名誉を守る!?」
ガサガサ!
「きゃあ!」
拳を振り上げ、勇ましくのたまうお嬢さま。しかし次の瞬間には籠の中のゴキブリの羽音に驚いてしゃがみガードしてしまった。
「クスッ、流石レミリア・スカーレット。私が惚れ込んだノーライフキングだわ」
「パチュリー様、ひょっとして楽しんでます?」
「あら、貴女は楽しくないの?」
「・・・・・・せめて咲夜さんとフランドール様だけでも」
「私はどこまでもお嬢さまに付き従うわ」
「私も退く気は無いわよ」
『主任、我々もお供します!』
美鈴の気遣いは無駄に終わった。
※※※
「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というでしょう。目をそらさずきちんと見なさい」
「確かに言いますけれど、だからって解剖を見学するのもどうかと」
回収されたサンプルは三体。そのうち一体が今まさに御開帳している。
今ここにいる誰もが、ゴキブリになんて負けたくないと思っている。でも、だからって、解体ショーを見せ付けられたら逃げ出したくもなる。
レミリアや咲夜など、顔色が蒼白を通り越してナ○ック星人並みの緑色だ。
「ゴキブリは、昆虫綱・ゴキブリ目(網翅目)に分類される昆虫の総称・・・・・・」
解剖の隣では、フランドールが図鑑を開いている。彼女もまた、この未知の生物を恐れぬ一人だった。
「平べったいから狭い所に潜り込むのに適しているんだって。でもパチュリー、こんなに大きくなったら、忍び込むも何もないんじゃないかしら?」
「妹様は賢いわね。私も同じことを考えていたわ」
フランドールと会話しながらも、解剖の手は休めない。
「長い触角、扁平な楕円形の体、発達した脚。どれをとってもゴキブリに違いない。と同時に現存するどのゴキブリにも当てはまらない。これからこれらを、G-Xと呼ぶことにしましょう」
ゴキブリの癖にあだ名がかっこいい。美鈴は少しだけ嫉妬した。
「お、これは・・・・・・」
「なんです?」
「見て、中から未消化の鼠の躰が出てきたわ。最近鼠を見ないと思ったら、こいつらの餌になっていたのね」
「だとしたら、大変ですよ。哺乳類を駆逐する昆虫だなんて、幻想郷に、いえ、地球上に生きてていい生物じゃありませんね」
「ええ、まったく。滅ぼすには惜しいわね」
パチュリーが、皆に良く見えるよう『それ』をピンセットでつまみあげた。
「ほら、よ~く御覧なさい」
「うっ、うぐっ!!」
レミリアと咲夜が今にも胃液をリバースしそうだった。
「味も見ておこう」
「やめてください」
――少女逆流中――
「パチュリー様、取りあえず判明した事実を整理してくれませんか?」
G-X解体ショーが一段落した所で、美鈴がパチュリーに切り出した。
「そうね。先ず、このG-Xは『飛べる』。私たちが厨房で遭遇した群れでも、飛んでるヤツはいたしね。ああ、そんなに心配することはないわ。ゴキブリの飛行能力はもともと低くて、短距離を直線的に飛ぶ程度よ。妖精でも全力で高度をとれば振り切れるわ。
それともう一つ、大事なことだからみんな良く聞いて。この発達した牙はヒトガタの頚動脈も食いちぎれると推測できるわ。交戦の際には喉に気をつけなさい。もっとも、所詮は蟲、叩けば潰れるし、弾が当たれば死ぬわ」
「踏み潰して殺せないゴキブリなんていてたまるものか」とレミリア。
「それともう一つ。この個体はどうやらメスのようなのだけれど・・・・・・生殖器官が見当たらないのよ」
「あれだけの数がいたのに?」と、美鈴は驚いた
「わからないわ。未発達なのか、退化したのか」
「じゃあ、アリやハチみたいに女王がいるのかしら?」と、フランドール。
時は止まる
「妹様、貴女は天才だわ」
そして時は動き出す
この場にいる全員が同じことを考えたに違いない。
このG-Xのクイーンと言ったら、一体どんなサイズになるのだろうか・・・・・・
「でも、どうして今になって? 昔から紅魔館にいついて、フランドール様が何度も見ている。それがどうして今になって地上に姿を現し始めたんでしょうか?」
「おそらく、妹様が地下から引っ越したからね。今までG-Xが地上に姿を現さなかったのは、おそらく地下に妹様という天敵がいたせいよ。いくらゴキブリが繁殖力旺盛と言っても、狭い地下で一日100匹単位で死ねば個体数は簡単には増えない。
そして、生存競争の相手が吸血鬼から鼠に変われば、生態系も変わってくる。さらに、個体数が順調に増えれば餌は鼠だけでは足りなくなる。地下の貯蔵庫に、そして厨房にも足を伸ばすことになる・・・・・・」
「・・・・・・私は、地下から出ないほうが良かったのかな・・・・・・?」
「そんなことは無いわ、フラン。たとえ私の枕元をゴキブリが走り回ろうとも、貴女が側にいてくれることが、私の何よりの喜びなのだからッ!」
「お姉さま・・・・・・!」
「フラン!」
――少女抱擁中――
それは、姉妹愛が恐怖を上回った瞬間だった。
「で、これからどうすればいいんです、パチュリー様?」
「・・・・・・クイーンの居場所に心当たりがあるわ。私と貴女で何とかしてクイーンを叩けば―――」
パチュリーの言葉を遮るかのように、大図書館のシャンデリアの明かりが、全て、消えた。
「一体何事!?」
「レミィ、咲夜、落ち着いて。明かりが落ちただけよ。美鈴、八卦炉に火を」
美鈴はあわてず騒がず八卦炉PSを作動させる。この八卦炉、魔理沙のものほどパワーは無いが、咲夜や美鈴のように魔法に明るくない者でも使えるようなマイルド仕様だ。ちなみに、咲夜が扉を溶接するときにもこれを使った。
「この紅魔館の照明は、地脈から吸い上げた魔力を、魔力の伝わりのいい銅線を通じて各部屋を照らしているの。蟲ごときが私の魔法に干渉できるとは思えないから、きっと奴らが銅線を食いちぎったのね。外の世界でも似たようなことが起こるって本に書いてあったわ」
ばたばた!
がさがさ!
明かりが落ちた途端に籠の中のゴキブリが騒ぎ出した。
「・・・・・・来るわ」
「ええ・・・・・・」
美鈴とフランドールは頷きあった。二人とも感じているのだ。『やつら』の接近を。
美鈴は革の手袋をはめ、フランドールはスカーフをボクサーのように手に巻きつけた。いざとなったら奴らをこの手でぶっ潰すと言う覚悟の表れであると同時に、素手で触るのはやっぱりイヤだという乙女心と人間味の現われでもあった。
「総員臨戦態勢。メイド長とお嬢さまを守れ」
美鈴の部下たちが、咲夜とレミリアの上下左右前後を固める。
ざわざわ・・・・・・
美鈴の第六感は、既にやつらはこの図書館の中にいると告げている。しかし、あの厳重に封鎖された扉を破ることはまずゴキブリには不可能であろうし、そもそも姿が見えない。
「キッチンのときもそうだったけれど、G-Xには敵に捕まった仲間を助ける連携のようなものを感じなくて?」
とパチュリー。こんなときでも知識欲が衰えない。魔女の鏡である。
「近い・・・・・・それにすごい数が『聴こえる』。なのにどうして姿が見えないの?」
とフランドール。
美鈴の第六感がレーダーなら、フランドールの耳はコウモリ並みのソナーだ。どちらも確実に敵を補足している。しかし、視覚との誤差に戸惑っているのだ。
「・・・・・・まさか」
フランドールは自分の足元に視線を落とす。
「みんな、動かないで」
「妹様?」
フランドールは、いきなり耳を床に押し当てた―――そして確信する。
ざわざわざわざわざわざわざわざわざわ!
「やつら、床下から侵入している!」
彼女の言葉が皮切りになったかのように、あちこちでG-Xがカーペットを食い破って進入してきたッ!
「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」
「高度をとって! レミィ、咲夜、あなた達もよ、早く!」
パチュリーがアグニシャインをG-Xの群れに叩き込みながら指示を飛ばす。
宙へ逃げるパチュリーたちを追うように、G-Xたちは図書館の壁ともいえる書棚を駆け登る。
しかも、飛ぶ者より壁を這う蟲のほうが速度が上だ。
「うわっ!」
「きゃああっ!」
高度を取ろうにも、ゴキブリに飛びつかれて地面に引きずり下ろされてしまう。ピンチである。
「いやああああああ! こないで! 助けて、咲夜! パチェ!」
「お姉さま!」
全速で高度をとれば逃げ切れるであろうフランドールは、なんと腰が抜けて飛べない姉を助けるために、その逆、全力での急降下を試みる!
「フォーオブアカインド!」
四人のフランドールが、レミリアの前後左右を固める。そして、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッー!」
「オオオオオオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアッ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオオオオオオラァッ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオアラオラオラオラオラァァァァァッ!」
形容不可能な速度で繰り出されるパンチの壁が、黒い津波を打ち砕くッ!
「うおおおおお! 妹様に続けッ!」
「ぶっ殺せー!」
フランドールの奮闘が、数で劣るメイドたちの士気を盛り立て、図書館はまさしく戦場の様相を呈していた。
「セラギネラ9ッ!」
美鈴も、メイド隊とともにゴキブリの波を押しとどめている。
その一方で―――
「エレメンタルハーヴェスター!」
パチュリーが近距離戦スペルを宣言しなければならないほどに、こっちの状況は逼迫していた。それもこれも、咲夜が茫然自失となってしまったからだ。迫り来るゴキブリをぶつ切りにしながら、パチュリーは叫ぶ。
「咲夜、咲夜ッ! お願いだから自分の身は自分で守って頂戴! 誰か、カヴァー(援護)を!」
「・・・・・・ふふ」
このゴキブリの嵐の中、咲夜は突然、頭をかきむしりながら笑いだした。
「フフフフフフフハフハ・・・・・・・フハフハフハ!」
「咲夜さん!?」
「パチェ、咲夜が!」
「ああ。これはあれね。きっと何かがプッツンしちゃったのよ」
「なじむぞっ!」
メイド長は、この光景になじんでしまった。
「時よ止まれッ!!!」
「あれ、咲夜さんがいない!」
「馬鹿な、メイド長が敵前逃亡だとッ!?」
そんなはずが無い。
ドグォォン!
凄まじい音と共に、図書館の天窓を突き破り『何か』が振ってきた!
「なんだありゃ!?」
「 ロ ー ド ロ ー ラ ー だ ッ !!!」
時間を止めてどこからとも無く持ってきた最凶兵器ロードローラーは、それはもう凄まじい勢いで地を這うG-Xを潰していったとさ。
「このやろー! 自分ひとりで大きくなったような顔しやがって! 誰が育ててやったと思ってるんだコンチクショーッ!貴様らなんぞ、存在自体が無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――ァッ!」
「嗚呼、何かもう大丈夫そうですね、いろいろ」
「そうね。ここは咲夜に任せましょう。美鈴、一緒に来て」
「パチュリー様、どちらへ?」
「くれば分かるわ」
※※※
「パチュリー様。こんな図書館の隅っこに何が?」
「大切なのは、そもそもどうやって『あんなもの』が誕生したのかなのよ」
「は?」
――少女回想中――
まだ咲夜が紅魔館に勤め始める前の話だ。
パチュリーは、自分のおやつをレミリアとの奪い合いから守るため、図書館の隅っこ、誰にも見つからない場所に専用の冷蔵庫を設置した。寒冷の魔法をかけたただの金属の箱だが、内部の温度を一定に保てる優れものだ。
しかし、パチュリーには、『食べようと思って冷蔵庫に入れた記憶』はあっても、『その冷蔵庫から何かを出して食べた』記憶が無かった。ついでに、『最後にその冷蔵庫をあけたのが何十年前なのか』も記憶が定かでない。
「で、これがその冷蔵庫なわけですか」
「ええ、そうよ」
「・・・・・・あけるんですか?」
「もちろん」
キチンと閉まっていても、何か放射能のようなやばいものが駄々漏れのようなオーラが漂っていた。
パチュリーは慎重に『冷蔵庫』の扉を開く。
―――そこは異界だった
「なるほど。生クリームやレア・チーズケーキを年単位で放って置くとこうなるのね。スケッチしておきましょう」
「・・・・・・早く閉じましょうよ」
「味も見て「やめてください」―――とにかく。G-Xの発生源はこれね」
「早く焼却処分しましょうよ」
「え~、なんだかもったいないわ。『もったいない』は世界を救うのよ」
「パチュリー様の『もったいない』は幻想郷を滅ぼしますッ!」
硬く冷たい金属の箱は、ロイヤルフレアで跡形も無く消え去った。
「さあ、クイーンを叩くわ」
※※※
咲夜が築いたバリケードをはずし、溶接した扉を今度はパチュリーが溶断し二人は図書館から脱出した。もちろんそれは、敵に肉薄するためであり、逃げるためではない。
紅魔館の地下は、主に三つのブロックに分かれている。
1つめは、図書館
2つめは、倉庫群
そして3つめは・・・・・・かつてのフランドールの部屋
やたら広くて複雑な紅魔館には、地下への階段があちこちにあり、その上、地下室は地下室同士で全てつながっている。さながら迷宮のような紅魔館の地下を、パチュリーは迷うことなく進み、美鈴もそれに続いた。
襲い掛かってくるG-Xたちを蹴散らしながら、パチュリーと美鈴は、かつてのフランドールの部屋を目指した。
「そこにクイーンが陣取ってるって確信は?」
「心当たりの域は出ないわ。でも、あそこしかないのも確かでしょう? それにほら、見て御覧なさい」
パチュリーは倒したG-Xを指差していった。
「図書館のものよりもさらに大きい。60センチはあるわ。きっとクイーンを守る親衛隊ね」
果たして二人はたどり着いた。そして、そこに『ヤツ』は居た。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
――そこは更なる異界だった。
「・・・・・・本当に、居た・・・・・・」
床といわず壁といわず、一面に産み付けられた卵。そして、部屋の最深部には全長2メートルはあろう、G-Xの『女王』が居た。
ドドドドドドドドドドドドドド
ブチュリ・・・・・・
美鈴とパチュリーの目の前で、さらにまた、一つの卵が産み落とされた。
「これ以上増やさせるわけには・・・・・・いかない!」
「ええ・・・・・・いくわよ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ありったけのスペルカードを発動させ二人をクイーンを攻撃するが、G-X達がクイーンの盾となり、有効なダメージを与えられない。また、美鈴とパチュリーの目の前で卵が次々と孵化しG-Xの幼虫たちが襲い掛かってくる。
図書館からの連戦で消耗した二人は、予想外の苦戦を強いられていた。
そして、目の前で子供たちが殺される様に怒ったのか、クイーン本体も二人を狙って動き始めた!
「くっ・・・・そぉ!」
「まずい、このままじゃ・・・・・・」
そこに、思わぬ救世主が現れた。
「パチュリー! 美鈴! 下がりなさい、こいつらは私が倒すわ!」
「妹様!」
「フランドール様!」
「私がここから出なければ、こんな醜い争いは起きなかった。だから、この闘いは私の手で決着をつける!」
そういうとフランドールは、開いた右手を高く掲げ、
「きゅっとして」
ギュッと拳を握った。
「ドカーン」
※※※
ざわざわ・・・・・・!
がさがさ・・・・・・!
「なんだ!? 奴ら、退いて行くわ!」
図書館で奮戦する咲夜達の前から、G-X達が我先にと逃げ出し始めた。
図書館を埋め尽くした黒い波は、潮が引くようにどこへとも無く消えていった。
「いったいどうなっているの?」
「クイーンが死んだわ。孵化前の卵や幼虫も全て焼き払った。紅魔館から出て行ったのはいいけれど、ヤツらはどこへゆくのかしら・・・・・・」
「パチュリー様! クイーンが死んだってことは、私達は勝ったのですか?」
「そうよ。妹様がクイーンを倒したわ」
「ああ、フラン! また私は、貴女の手を汚させてしまったのね!!!」
「いいのよ、お姉さま。私の最高の喜びは、お姉さまがゴキブリになんて怯えず日々を過ごせることなんだから。壊すことしかできない私にも、役に立ててよかった」
「終わりましたね、パチュリー様」
「ええ、自分で招いたバイオハザードなんで複雑な気分だけれど、貴女や妹様が本当によく戦ってくれたおかげで一安心だわ」
「あ、でもまだ後片付けが残ってますね」
「ええ、こんな大量のゴキブリの死骸、処理するのは一苦労ね」
「・・・・・・残った二匹のサンプルですけど」
「・・・・・・分かってる、ちゃんと焼却処分するわ」
「それともう一つ。そろそろ咲夜さんを止めないと」
「WREEEYYY!」
その日以来、メイド長はゴキブリ嫌いを克服したらしい。
九州とかの南の地域では、普通に居ることあるから困る。
あと、リグルきゅんは絶対に紅魔館の中に入れないなwwww
俺の豆乳を返せwwwww
「こいつ(G)を見てくれ、どう思う?」「すごく……大きいです」
というかエイリアンを思い出したのは俺だけじゃないはず
つか、ゴキブリは普通のサイズでも普通に人間噛んで来るからなw
ネギはなぜ広まったのだろう。
三回目だけぎなあたり芸が細かい
G-Xの残存勢力がどこに移動したかが気になる~
このクイーンこそがリグルなのだと。
よく考えたらザコどころか幻想郷でも屈指の強者なんじゃないかこりゃあ……
つか九州のGはマジで30cmなのかオイ
Gなんて全然見かけない青森県ってば最強ね!……いるところにはいるらしいがね
……次はネズミが増えるとみた、ああ生態系
生きたままのネズミを貪り食う橙とかもある意味ホラーだな幻想郷
Gの恐怖がひしひしと伝わってきました。
ネタも豊富で非常におもしろかったです。
徒歩二分氏のあの同人誌を思い起こしますなあw
というか初投稿ですか、どんだけ~
そしてこの戦いが紅魔の館に住まう者達の結束を結果的に固めてくれた訳ですから、恐らく創想話史上最も多くの命が失われた今作品の読者としては三億年の昔からこの大地に住まう先達達に追悼の意を捧げざるを得ませんな…黙祷
それはさておき、郡体の恐怖を存分に堪能いたしました
他星からの来訪者が地球にやってきたら、この惑星の支配者を昆虫類だと推察するであろうと言われるほどに、実は蒼き母なる惑星の支配者なんです虫むしムシキングゥッ!!
…某ブラッドベリ氏の短編を思い出しますねぇ
“私は『奴ら』に見逃されていたのだ 真の敵は昆虫ではなく――”
まさにエイリアン まさに侵略者
クイーンという単語を見るにつけて「 \アリだー!/」とか「ほ、ほぎー」がちらつく事ちらつく事。
後美鈴が格好良く書かれていたのが美鈴スキーの自分にヒットしました。
大きく育つそうな・・・
と在る国には手の平サイズのGさんが存在するとか。
でも・・・味見は如何かと思います・・・パチュリー様・・・(汗
今、閉ざされし幻想郷にて人と『G』との最終決戦が始まる。
次回「東方黒蟲獄」、EXボスはもちろん…
次に新種の女王クラスになるとシアーハートぐらいの堅さになるんでしょうかね。
でもキモイからやっぱむりかなw
誤字を発見したので指摘をば
>扉一枚無効に
最初のインパクトは大事ですね
くそふいたwwwwwwwwwwww
フリーダムすぎる
G=リグルの図式ができている自分は黒魔「G-X」の餌食ですか?
ドコマデ、ドコマデワタシヲ、ミリョウスルンダ~イ!?
序盤の石鹼屋で吹きました。
妹様のカリスマが素敵でした。G-X達はどこに行ったんでしょうか?
次はやっぱり永遠亭でしょうか?w
そして、石鹸屋自重w
取り敢えず、咲夜さんは実によく馴染んでますな
読む前は気にするほどでは、と思っていたが終始鳥肌状態だったぜw
ザ ワールドなあの人が咲夜さんにッ!?
っていうかGにあだ名で嫉妬するな美鈴wwww
>なじむぞっ!
いや咲夜さんダメですから、それはもう人としてダメですからぁぁぁ!!
あと、MUGENの咲夜ブランドーを思い出したのも俺だけでいい
プレデター・ウォリアーとハンターはどこだ?!
そしてカーウボーイビバップネタが入ってたことに脱帽w
自分の考える巨大ゴキといえばバイオハザードでしょうか
ぎゅっとして、どか~ん
あと、石鹸屋自重wwwwww
良くも悪くもマイペースでフリーダムなパッチュさんにワロタw
あと妹様がこういった活躍する作品もまた珍しいですなぁ。
しかし妹様のかっこよさは異常。これがスカーレットの血統というものか…
ヘタレたレミリア様や咲夜さんもいいものだ!
ここまでD○o様なメイド長はみたことがないw
ネタ満載ながらも読みやすく、とても良いと思いました。
Gじゃなければ満点なのに!!!!
イヤァァァァァァァウラララララララララララララララァァッァァァァァァァァッァァ!!!!!!!!!
咲夜さんのかっこよさに惚れました。
最初から最後まで魔女らしさが失わなかったパチェ万歳。
フランドールが良い方向で成長し、このように活躍している作品を読めて感涙。
ところで最初のほうにある「諒解」ってわざとか?
鳥肌がとまんねー!!wwww
まるでエイリ○ン状態w
しかしこの咲夜さんは
PAD○O長と咲夜=ブ○ンドー
のどっちなんだろうか・・・。
いやあ、こういうシリアスになり切れない、でも当事者達にとっては洒落じゃ済まされないドタバタパニックストーリーって大好きなんです。
またこんな作品を期待してます!
さりげなく、初代MOTHERネタがwww
「ヤッダバァァ」って無様な断末魔あげてりゃいいんだよ!!
ネタ満載のスピード感溢れる文章、面白かったです。
ジョジョオンリーかと思ったら、World is golden eggs のネタがあって笑ったw
寒気と鳥肌がぱないがな^^;