息は昼間でも白く色をつけ、もうすぐ訪れるであろう春をまったく想像させない。
庭師はせっせと剪定を行う。
幼い庭師では家の事をすべて任す事は不安でならない。
それでもあの子は出来ますといって背負い込むだろう。
だから適当な仕事を本分として与えておけばいい。それで彼女は満足するんだろうから。
庭師が剪定を行うのは椿。
今が盛りと真っ赤な花をいくつも身に纏う悲しい椿。
「妖夢、一息つきましょうよ」
「幽々子様。いらしてたんですか」
「酷いわ妖夢、仕事に夢中で主に気づかないなんて」
わざとしな垂れ、袖を目元にあて泣く振りをする。
「そ、そんなことありません。気づいていましたから!」
そうすれば真面目なこの子は慌てて取り繕おうとするだろう。そのやり取りが面白い。
「そうそう、妖夢知ってる?」
ケロリと戻る私に妖夢は呆れ顔を作り、ため息を吐く。
「何を知っているのか目的を話していただけませんと答えようがないですが・・・」
「椿の下には生首が埋まっているのよ」
妖夢は慌てて一歩飛び退く。
「・・・初耳です、桜の樹の下の話は先日、紫様から伺いましたが」
「いやぁね、妖夢。埋まっていたって死者よ」
妖夢はそれがその場からこっちへ来てお茶を用意しろという意味に捉えたようで、
整えた玉砂利を崩さぬようにしながら戻ってくる。
空気は澄み渡る。無色透明なこの空気は空の青すら濁さない。
今日はほうじ茶、この空気に刺激を与えるのには丁度良い。
でもこの刺激は空には強すぎたのか、太陽が沈む前に空は翳り、
宵闇に沈む前にはその地を白く染め始めた。
「すごい雪ね。これじゃあ蛍雪もあったものじゃないわ」
「そうですね・・・夜明けまで続けば相当な積雪になりそうです。
って、幽々子様、お体を冷やさぬよう、早く御自室にお戻り下さい。」
椿が見える縁側で佇むのは庭師。
明日の庭仕事の心配でもしていたのか、それとも。
「体が冷えたところであまり意味が無いものなのよね」
床に就けば明日になる。
成長もない私はこの明日を迎える行為がどういう意味を成すものか知りようが無い。
ざ・・・と屋根から雪が落下する音がする。
きん・・・と澄み渡るような音が聞こえた気がした。
とさ・・・と何かが落ちる音。
子守唄になりもせぬ唄よ。
妖忌、妖忌。
何を渡しているの。
駄目よ、まだ。
とさ・・・。
目を開けるには十分な音。
その音は酷く私の心を不安にさせる。
障子を開け、廊下を進む。
肺が痛むこの空気の中を無理に進む事はないのだけれど、
それでも足は止まる事なく、ただひたすら椿が見える縁側に。
椿は薄暗い白の上に鮮やかな深緑を乗せ、白銀を被る。
重さに耐え切れなくなった椿の花が首を転がす。
とさ・・・。
花弁が衝撃でいくつか散り、真っ赤な鮮血となる。
全身の毛が一瞬で逆立つ。
妖夢、わかっているのかしら。
椿は生首の血を啜りその色と為すわ。
でもその罪は消えぬ。
椿もまた首を転がされるのよ。
因果。
その刀もまた罪から逃れる事が出来ない。
安易に振り続ける事は応報を迎える。
妖忌、わかっていたのかしら。
成長もない私が成長をする者に因果を教える事は出来ないのよ。
妖夢、この椿はあなたにそっくりだわ。
だからせめてこの椿を身代わりになさい。
寒さがあなたの花を咲かせるならば、私は雪になって溶けても構わないわ。
「あれ、幽々子様、今日は随分とお早いですね」
夢はそこで途切れ、椿の妖夢は半人半霊の妖夢に帰る。
「妖夢がねぼすけなのよ」
「その割には幽々子様も寝巻き姿ですが・・・」
「わかってないわね、妖夢。あなたが私の着替えを持ってこないからよ」
「わかりました、すぐにお持ちいたしますから、御自室にお戻り下さい。
いくらなんでも頭に雪を被るくらいここに立たれていてはお体を壊してしまいますよ」
妖夢が手を伸ばし優しく頭の上の雪を払う。
「それにしても、何をご覧になって・・・あぁ、椿ですか」
妖夢はふぅ、とため息を吐く。
「やはりこの雪でいくつか落ちてしまいましたね」
「あらいけない、私が妖夢の首を落とす事になっちゃうわ」
「・・・な、なにをおっしゃって!?」
くすくすと笑いながら私は部屋に戻る。
いつの間にか妖夢の手は私の頭の上に届くようになったわ。
柱の傷は何十年前からつけるのを止めたかしら。再開してもいいわね、柱が折れない程度の頻度でなら。
今日を迎える意味は私にはわからなくとも、あの子と共に過ごす事で虚偽の成長を楽しむわ。
幽々子さまのお召し物と、何枚かの手ぬぐいを持って行きなれた廊下を早足で進む。
こんな寒い日はずっと布団の中に潜っていたいけれど、仕える身なれば望む事なかれと。
落ちた椿の花は雪解け前に集めて捨てよう。
あんな物騒なものは幽々子様の目に留めてはならない。
あの花が全て落ち、朽ちる頃にはあなたのような桜が見事に咲くことでしょう。
私はあの椿で有り続けましょう。
私の師匠が。祖父がそうであったように、老いも死にもせぬあなたの成長の糧になりましょう。
そしてあなたを咲かせることが私の命題であるならば、
この刀を振り続ける事すら苦痛とは思わない。
あの物騒な花で有り続けましょう。
あぁ、でも。
やっぱり布団が恋しいなぁ。
庭師はせっせと剪定を行う。
幼い庭師では家の事をすべて任す事は不安でならない。
それでもあの子は出来ますといって背負い込むだろう。
だから適当な仕事を本分として与えておけばいい。それで彼女は満足するんだろうから。
庭師が剪定を行うのは椿。
今が盛りと真っ赤な花をいくつも身に纏う悲しい椿。
「妖夢、一息つきましょうよ」
「幽々子様。いらしてたんですか」
「酷いわ妖夢、仕事に夢中で主に気づかないなんて」
わざとしな垂れ、袖を目元にあて泣く振りをする。
「そ、そんなことありません。気づいていましたから!」
そうすれば真面目なこの子は慌てて取り繕おうとするだろう。そのやり取りが面白い。
「そうそう、妖夢知ってる?」
ケロリと戻る私に妖夢は呆れ顔を作り、ため息を吐く。
「何を知っているのか目的を話していただけませんと答えようがないですが・・・」
「椿の下には生首が埋まっているのよ」
妖夢は慌てて一歩飛び退く。
「・・・初耳です、桜の樹の下の話は先日、紫様から伺いましたが」
「いやぁね、妖夢。埋まっていたって死者よ」
妖夢はそれがその場からこっちへ来てお茶を用意しろという意味に捉えたようで、
整えた玉砂利を崩さぬようにしながら戻ってくる。
空気は澄み渡る。無色透明なこの空気は空の青すら濁さない。
今日はほうじ茶、この空気に刺激を与えるのには丁度良い。
でもこの刺激は空には強すぎたのか、太陽が沈む前に空は翳り、
宵闇に沈む前にはその地を白く染め始めた。
「すごい雪ね。これじゃあ蛍雪もあったものじゃないわ」
「そうですね・・・夜明けまで続けば相当な積雪になりそうです。
って、幽々子様、お体を冷やさぬよう、早く御自室にお戻り下さい。」
椿が見える縁側で佇むのは庭師。
明日の庭仕事の心配でもしていたのか、それとも。
「体が冷えたところであまり意味が無いものなのよね」
床に就けば明日になる。
成長もない私はこの明日を迎える行為がどういう意味を成すものか知りようが無い。
ざ・・・と屋根から雪が落下する音がする。
きん・・・と澄み渡るような音が聞こえた気がした。
とさ・・・と何かが落ちる音。
子守唄になりもせぬ唄よ。
妖忌、妖忌。
何を渡しているの。
駄目よ、まだ。
とさ・・・。
目を開けるには十分な音。
その音は酷く私の心を不安にさせる。
障子を開け、廊下を進む。
肺が痛むこの空気の中を無理に進む事はないのだけれど、
それでも足は止まる事なく、ただひたすら椿が見える縁側に。
椿は薄暗い白の上に鮮やかな深緑を乗せ、白銀を被る。
重さに耐え切れなくなった椿の花が首を転がす。
とさ・・・。
花弁が衝撃でいくつか散り、真っ赤な鮮血となる。
全身の毛が一瞬で逆立つ。
妖夢、わかっているのかしら。
椿は生首の血を啜りその色と為すわ。
でもその罪は消えぬ。
椿もまた首を転がされるのよ。
因果。
その刀もまた罪から逃れる事が出来ない。
安易に振り続ける事は応報を迎える。
妖忌、わかっていたのかしら。
成長もない私が成長をする者に因果を教える事は出来ないのよ。
妖夢、この椿はあなたにそっくりだわ。
だからせめてこの椿を身代わりになさい。
寒さがあなたの花を咲かせるならば、私は雪になって溶けても構わないわ。
「あれ、幽々子様、今日は随分とお早いですね」
夢はそこで途切れ、椿の妖夢は半人半霊の妖夢に帰る。
「妖夢がねぼすけなのよ」
「その割には幽々子様も寝巻き姿ですが・・・」
「わかってないわね、妖夢。あなたが私の着替えを持ってこないからよ」
「わかりました、すぐにお持ちいたしますから、御自室にお戻り下さい。
いくらなんでも頭に雪を被るくらいここに立たれていてはお体を壊してしまいますよ」
妖夢が手を伸ばし優しく頭の上の雪を払う。
「それにしても、何をご覧になって・・・あぁ、椿ですか」
妖夢はふぅ、とため息を吐く。
「やはりこの雪でいくつか落ちてしまいましたね」
「あらいけない、私が妖夢の首を落とす事になっちゃうわ」
「・・・な、なにをおっしゃって!?」
くすくすと笑いながら私は部屋に戻る。
いつの間にか妖夢の手は私の頭の上に届くようになったわ。
柱の傷は何十年前からつけるのを止めたかしら。再開してもいいわね、柱が折れない程度の頻度でなら。
今日を迎える意味は私にはわからなくとも、あの子と共に過ごす事で虚偽の成長を楽しむわ。
幽々子さまのお召し物と、何枚かの手ぬぐいを持って行きなれた廊下を早足で進む。
こんな寒い日はずっと布団の中に潜っていたいけれど、仕える身なれば望む事なかれと。
落ちた椿の花は雪解け前に集めて捨てよう。
あんな物騒なものは幽々子様の目に留めてはならない。
あの花が全て落ち、朽ちる頃にはあなたのような桜が見事に咲くことでしょう。
私はあの椿で有り続けましょう。
私の師匠が。祖父がそうであったように、老いも死にもせぬあなたの成長の糧になりましょう。
そしてあなたを咲かせることが私の命題であるならば、
この刀を振り続ける事すら苦痛とは思わない。
あの物騒な花で有り続けましょう。
あぁ、でも。
やっぱり布団が恋しいなぁ。
花がぽとりと落ちるから、死を連想したり、あの紅さから血を連想したり・・・・・・
それにしても、オチで思わず笑ってしまったw
今までの作品と違って妖夢が幼いのが印象的でした。
次は紅魔コンビですか?
確かにこれはすれ違い。だけど結構そんなものかもしれません。
比喩は比喩でしかなく、そこに投影するものは主観でしかない。だけど互いに思う心があるならば、きっとその姿は椿にも雪にも桜にも変わるでしょう。
面白かったです、はいw