Coolier - 新生・東方創想話

月の夜と永遠

2008/01/10 04:00:56
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「う~さむさむ…」


やっぱりこの時期は寒さが堪えるなんて思いながら、私は廊下を歩いていく。
ふと見上げるとちょうど、満月が爛爛と輝いていた。


「そっか…今日は満月か。」


満月は決して嫌いじゃない。ただ、どうしても自分があの場所にいたときの記憶が想い起こされるのだ。
それと同時に自分は罪を犯したものであると、戦いから一人だけ逃げ出した裏切り者だという自責の念が頭をよぎる。

私はそんな想いを頭の隅に追いやろうとぶんぶんと頭を振る。


「こんな事思い出すなんて、やっぱり疲れてるのかしら…今日ももう遅いし早く寝ようっと…って、アレ?」


目を向けた先には黒い人影。
こんな時間に誰だろう…なんて、一瞬思ったけどすぐにわかった。
見間違うはずも無い。腰まで通る絹のように美しく黒光りする髪の毛。整った顔立ちに、透き通るような瞳。

蓬莱山 輝夜その人だ。

彼女には恩をいくら感じても足りない程の恩がある。
無様にも逃げてきて、行く当ても無く野良死にする寸前だった私を拾って下さった恩だ。
彼女達も月から逃げてきた人だと知るのは、少し後だったりもするんだけれど。

…それにしても、やっぱり美しい人だなぁ…なんてほうっと見惚れていたら、


「なに、そんな所にぼ~っと突っ立ってるのよ。こっちに来てお酌くらいしなさいな、イナバ。」


なんて言われてしまった。よく見ると彼女の横には徳利とお猪口が置いてある。
お月見でもしていたのだろうか。


「はっはい!ただ今!」


私は慌てて彼女の横についてお酒を注ぐ。
彼女に見られると心の奥底まで覗かれているような錯覚に陥って少し恥ずかしい…


「でも、イナバはこんな時間にどうしたのかしら?ほら、月もあんなに高く上っているのに…」


「はい、仕事の後片付けをしていたら少々遅くなってしまいました。姫様こそこんな時間に一人で月見ですか?」


質問に答えるついでに、ふと思った疑問を投げかけてみた。
彼女の横にはいつも私の師匠である八意 永琳が仕えている。
逆に部屋以外で彼女を一人でいるところなど滅多に見た事が無い。
いや、もしかしたら初めて見るかもしれない。

そんな質問に彼女はなんでも無いように答えた。


「だって、こんなに月が奇麗なんだもの、愉しまない手はないわ。永琳は新薬の開発やら何やらで忙しそうだったし、
 そんな訳で付き合ってもらうわよ。」


正直この提案は私の中では意外だった。でも彼女と一対一で話せる機会なんて滅多にないし断る理由なんて無い。


「はい、喜んで!」


そんな訳で、快くこの誘いを受けた。
しかし、私はこの後誘いを受けた事をひどく後悔することになる。









…暫くお酒を交わしながら師匠の失敗話やてゐの悪戯話など取り留めの無い談議に華を咲かせる。

少しお酒がまわってきたのか、最初は少し緊張していた私も素直に会話を楽しめるくらいにはなっていた。

そして深い考えも無く、そう、なんとなくでこんな質問をしてみた。


「そういえば、姫様はよく部屋に一人で籠もってますけど何をやっているんです?」


この質問が彼女にとって…いや、私にとって失言だったのだろうか。答えはいまだに出てこない。

彼女の質問に対してこう答えた。


「別に、何にもしてないわよ。」


別に驚くような答えじゃない。ただ、ふぅん…で済ますことの出来るそんな答えだった。
でも、私は自分の好奇心が抑える事が出来なかった。


「いやぁ、何もしていないって言っても普通何かしているじゃないですか。」


「本当に何にもしていないのよ。そう、強いて言えば時間を潰しているのかしら。」


「…?」


彼女の言う事がよく理解できなかった。
時間を潰すって言うのは何かを待っているときや時間を持て余しているときに使うもの…
少なくともしょっちゅう部屋に籠もっている彼女が使うには不自然な言葉のように聞こえたからだ。


「ああ、貴女には少し理解できないかも知れないわね。」


彼女は可笑しそう?に笑いながらこう続けた。


「永遠を生きるという事は文字通り無限の時を生き続けることなの。私達永遠の民は常に
 この無限に流れる時間の潰し方を考えながら生きているのよ。」


…何を言いたいかはわかった。だけどやっぱり理解は出来なかった。


「…えっと、それでその時間を潰すのに師匠はいろんな薬を調合したり研究してるっていう事でしょうか?」


「まあ、大体そんなところね。」


彼女は満足そうにうんうんと頷いていた。


「それじゃあ、その…姫様は何をして時間を潰すのでしょう?」


「だから言ったじゃない。何もしない事で時間を潰しているのよ。何も見ない、何も聞かない、何も思わない
 そう、ただそこに在るだけ。」


…やっぱり私には理解できない。


「何もしないなん勿体無いじゃないですか!せめて何か習われたり始めてみたりしたらどうですか?」


苦し紛れにこんな提案をしてみる。
するとやはりなんでもないようにこんな答えが返ってくる。


「習える事、やれる事なんて全てもうやり尽くしてしまったわ。道を極めた後に残るものなんて虚無感だけ。
 最初からやらないほうがよかったくらいよ。それに勿体無いって言っても無限に在るものだからそうでもないのよ。」


…確かにその通りだ。でもどうしても納得が行かなかった。

きっと自分でも意識していなかったけど、難しい顔でもしていたのだろう。
彼女はこう話を続けた。

「…イナバ、よく聴きなさい。貴女と私とでは根本的な価値観が絶対的に違うのよ。理解しようとしてくれるのは
 うれしいけど、それは叶わぬこと。」


「でも…でもっ!私やてゐと過ごす時間は有限じゃないですか!」


納得のいかなかった思いを吐き出すかのように私は叫んでしまった。


「…そうね。でもそれは私とは関係の無いことだわ…」


…ああ、そうか。そういうことか。私は判ってしまった。なぜ、彼女は私達の事をすべてイナバと呼ぶのか…
私にとってどんなにかけがえの無い大事な人であっても彼女からしてみれば大勢の中の一匹、いてもいなくても変わらない
そんな存在なのだろう。


「気を悪くしないで頂戴ね。永遠に生きる者にとって周りの生死をいちいち気にはしていられないの。」


「では、妹紅はどうなのですかっ!村人の葬儀によく尽くしているではないですか!!」


熱くなった私は食って掛かるように質問をぶつける。


「勘違いしないで頂戴。アイツは死ねない存在。死なない存在の私達とは表と裏、対極にして同一の存在なのよ。」


「ならっ…なら…」


自然と目からぽろぽろと熱いものが流れてくるのを感じる。


「そこまでにしなさい!」


冷たく強い口調が突然後ろから聞こえてくる。


「…師匠…」


「あら、永琳。新薬の実験のほうはどうなったのかしら?」


私の後ろには険しい顔をして師匠が立っていた。


「あんな大声で騒がれていては実験どころじゃありませんでしたから。」


「あら、それは悪かったわね。どうもイナバにお酒を飲ませ過ぎちゃったみたいで…」


「いえ、弟子の不肖は私の到らないせいです。姫が謝ることではありません。して、ウドンゲ。
 これはどういうことなのかしら?」


責めるような視線で涙でぼろぼろになった私の顔を見つめる。


「師匠も姫様と同じようなお考えをお持ちなのでしょうか…?」


私はかすれた声を絞り出すようにこんな質問をした。


「…そうよ。」


一拍の間を置いて師匠は短くそう答えた。


「なら、なんで。何で私なんかを弟子にしたんですか…?」


私はこの問いの答えを聞くのが怖かったけど、どうしても聞かずにはいられなかった。



「…数いる兎達の中でたまたま貴女の出来が一番良かったから暇潰しにはちょうどいい存在だった
 ……とでも答えれば貴女は満足するのかしら?」


やっぱり師匠には何でもお見通しだった。
でも私はその答えを望んでいたわけじゃない。
私は自分を認めてくれる人に必要とされたかった。


「まったく…困った子ね。ウドンゲ、貴女は自分の尺度で物事を捉えすぎなのよ。」


師匠は私に優しく諭すように話しかけてくる。
と、その横で小さな欠伸がひとつ。


「ふわぁぁぁ…月も翳ってしまったし、私はもう寝るとするわ。後は頼んだわよ、永琳。」


そう言って彼女は席を外してしまった。
まだ納得のして無かった私は追いかけようとして立ち上がろうとしたところ、


「まだ、私との話が終わっていないわ。ウドンゲ。」


と、師匠に制止された。
素直にその言葉を受けられないでいる私に、


「座りなさい。鈴仙。」


更に強い口調で声がかかる。
私は渋々と師匠に向かって座りなおす。


「納得いかないって顔してるわね。何がそんなに納得いかなかったのかしら?」


「…姫様は、私達と過ごす時間などあってもなくても同じだと仰られました。私には…それが…」


思い出したらまた、目頭が熱くなってきた。
…まったく、姫も……うなんだから……
よく聞こえなかったが師匠は何か困ったように笑いながら呟いていた。


「ウドンゲ、よく聞きなさい。仮に私や姫が消滅してしまったら、貴女は悲しむかしら?」


「…はい…それはもう…」


そんな事、想像しただけでもぞっとする。
ずっとずっと逃げ続けてやっと見つけた自分の居場所。
無くす事なんて考えられない。


「そう、愛するものがいなくなってしまうのだもの。それが当然の反応。では、残して逝く方と残される方では
 どちらが辛いかも、判るわね?」


「…はい…」


ついさっきの想像で一人ポツンと残された自分を思い出し、思わず身震いする。


「私達は数え切れないくらい永い年月を生きてきた。もちろん貴女のように賢い兎に出会ったのも一度や二度ではないわ。
 強く想えば別れも辛くなるもの。人の心はその痛みに何百回も何千回も耐えられえるほど強くは出来ていないの。」


月が隠れてしまったせいで師匠の表情はよく読み取れない。
でも言いたい事は嫌というほど伝わってくる。


「思えばこれもあの薬を創って服用した呪なのかしらね…愛するものの死すら何にも感じれなくなってしまうのだから…」


…重い…重すぎる。
…これが永遠を生きると言う事なのだろうか…
どんなに想おうと、どんなに愛そうと別れに何も感じれないなんて。
そんなの悲しすぎる…

気づくとまた、私の目には涙が溢れていた。

私の発言がどんなに軽率であったかを、思い知らされる。


…でも……でもっ………それでもっ!!


「…師匠の言いたい事は判りました…でも…本当に何も感じないんですか!?みんなとのあの楽しい想い出は何も価値の無いモノ
 なんですかっ!?」


「……」


「満月を隠した時に巫女に出会った!魔法使いにも!!他にも沢山出会いがあって、宴会を毎日のようにして飲み比べなんかもした!
 花の異変や、いろんな出来事があって……ヒック…姫様……ック…
 姫様だって師匠だってあんなに楽しそうに笑ってた!!!
 うう……なのに……なのに」


「それ以上言うのを止めなさい!」


語尾が少し震えていた、ような気がした。
ここで私は確信する。
この人たちは悲しみという感情を失ってしまったわけではない。
きっと自己防衛の為にその感情を麻痺せざるをえなかったのだ。


「所詮それらは一抹の夢のようなもの。夢は楽しくてもすぐに覚めて、楽しかった事なんてあっという間に忘れてしまうのよ。」


「私は夢などではありません!」


半分むきになって言い返す。


「同じ様なものよ。結局は私達を置いていなくなってしまう。」


「いなくなりません!死んだってずっとお傍に居続けます!!」


熱くなって自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
でも必死だった。
ここで自分を絶対に枉げたくなかった。

師匠はふぅっと溜息をついて、


「貴女も随分と頑固になったものね、ウドンゲ。昔の貴女はもう少し素直で可愛げがあったわよ。」


と、呆れたように目を細めてこっちを見る。


「でもっ私は「もういいわ…」」


更に食い掛かろうとしたところを師匠に止められる。


「これ以上話しても時間の無駄のようね。もう私から貴女に話すことは何も無いわ…。もうこんな時間だし私も床に就くことにします。
 貴女も早く寝る事ね。あと1つ、姫は貴方達を満遍なく愛しておられるわ。それだけは忘れないで頂戴。」


一方的に話を打ち切ってすたすたと自分の部屋に戻ってしまった。
でもその一瞬見えた師匠の顔が微笑んでいたのは私の錯覚ではないと思う。

もうお酒も結構回っているし、流石に眠くなってきた。
でもまだ私にはやることが残っている。
酔いと眠気で霞む意識を奮い立たせて歩き出した。




「…姫様…もうお休みなっておられますか…?」


襖をそっと開けて中の様子をそっと伺ってみる。
すぅすぅと整った寝息が聞こえてくる。
どうやら既に寝てしまったようだ。
でも、どうしても私の思いを伝えたくて無礼だとは思いながらも枕元に正座し小声で一人呟く。


「姫様…貴方の永遠に私達で決して消えない思い出を刻みます。そして私が死んでも貴方の中に永遠に生き続けて見せます…!」



「そう…ならば貴女の覚悟、一生を賭けてこの私に証明してみせなさい、鈴仙。」


「っ!?」


起こしてしまった!?

いや起きていた?


…いや、相変わらずすぅすぅと寝息をたてて寝ている。

私の幻聴だったとでも言うのだろうか?

いや、そんな筈は無い。私の耳は他よりよっぽど優れている訳だし。

やはり底の知れないお方だ…


恭しく一礼をして私は部屋を出る。


気が付くと陰っていた満月は再び光を取り戻し眩しいほどに輝いている。

不思議と最初見た時のようないやな感じはしない。

空に浮かぶ永遠に、私は覚悟と決意に満ちた右腕をぐっと突き上げるのだった。



            - 了 -
「あっ姫様、師匠おはようございます!」

「あら、おはようイナバ。それにしても昨日は綺麗な月だったわね、永琳。」

「はい、ウドンゲも呼んであげれば良かったですね。」

「え…(忘れられてる…?)」

「イナバ、どうかしたかしら?」

「いえ…私は朝食の用意があるので、これで…」

とぼとぼ歩く鈴仙を優しく微笑みながら見送る二人だった。








どうも、いつもはプチで書いてる飛蝗です。

初長編?ということで今回はシリアスな感じで。

それにしても長い文章が書けない!

書ける人は偉大です。
飛蝗
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コメント



0.540簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
永遠に生きるものとそうでないもの
その二つの存在のもの悲しさが良く出てる作品だと思いました
12.100名前が無い程度の能力削除
しんみりした空気がまたいい感じ。
18.100点数屋削除
空気がよい