「椛……私に弾を撃って。
フフ、おじょうずおじょうず」
「椛、あしたの任務ガンバッてね」
「うん」
「椛、なにか食べる?」
「山に帰って先輩の料理の方がいいな」
「椛……」
「…………」
「椛……
ねえ椛」
「やかましい! うっとおしいぞこのアヤ!」
「はァーい」
◆
――扉の開く音、子供達のざわめき声、そんなものが遠く、遠くに聞こえた気がして……。
「……ううっ、さむ」
窓から差し込む光が、気持ちの良い朝の到来を告げている。おかげ様で頭の方はしっかり覚醒。けれども、身体の方はお布団から離れようとしてくれない。
冬場の朝はいっつもこう。ううん、諏訪も結構冷えたけど、寒さではこちらの方が上かしら。何せ人里離れた山の上。自然が豊か過ぎて温暖化なんかとも見事に無縁。
ああもう。さっさと起きて朝ご飯を作らなきゃいけないって、そう頭では理解してるのに。寒いのよ遠いのよお台所までは。
「はあ、よっこいしょっと」
いつまでもうだうだしているわけにはいかないし、お布団の誘惑を何とか振り切って立ち上がる。何だか年頃の女の子が決して口にしてはならない掛け声を出してしまった気もするけれど、まぁ気にしない。誰も聞いてないだろうし。
襖を開けて寝室を出る。木で出来た廊下の感触がひんやり冷たくて、裸足じゃちょっと辛いかなぁ、なんて、ぼぉっとした頭でそんな事を思った瞬間。
「わぷっ」
何かが胸の辺りにぶつかってきて、そうして小さな悲鳴を上げた。
暫くは頭をぐりぐり腕をばたばたしていたその何か。目玉?を模した特長的な帽子の飾りが、私の目のすぐ下で揺れている。
「ふわっ。あ、早苗、お早う」
ようやく私の胸から顔を離したそれは、ちょっと赤くなっている目でこちらを見ながら朝の挨拶をしてきた。
「お早うございます、諏訪子様」
この守矢の神社で祀っている二柱の神様の内一柱であり、諏訪の神話に聞く洩矢神その人であるという諏訪子様。
洩矢神という事は守矢家の、更には私達東風谷一族の祖神である筈なんだけれど……外見からはそんな事、とても信じられないというか。だって、こんな十歳前後の可愛らしい女の子を、お婆ちゃんのお婆ちゃんの、そのまたそのまたずぅ――――っとそのまたお婆ちゃんだなんて、そんな事を言われても。もう一柱の方の神様だったら、まだちょっとは信じられるんだけど。外見的に。
「それにしてもこんな時間に。
今日は随分と早く起きられたのですね」
「あーうー。起きたというかまぁ、寝てなかっただけなんだけどねへぇ」
そう言って、眠そうに目をこすりながら小さなあくびを一つする諏訪子様。
「寝てなかったって、昨晩お友達が来てからずっと、アレを視ていたんですか」
「ええ、まぁ、大体は」
なるほど、道理で目が赤くなっているわけで。
「それで皆、疲れてお腹空いたって言うから、今台所に行こうと――」
『ちょっと、紅茶は無いのー?』
『おぉーい、ツマミはまだー?』
『お餅はもう食べ飽きたわー』
『あっついのはやめてよ! いちいち凍らすのも面倒だし』
諏訪子様の言葉を遮る四つの声。順に、えぇっと、紅い子、角の子、白い子、冷たい子……だったかしら。
「ちょっと待ってなさいってー。今持ってくからー」
そう言って台所に向かって走り出す諏訪子様の背中に、ちょっと待ったをかける。
「お待ち下さい諏訪子様。今これから、朝食を作りますので」
「あ、そうなの?」
それならば、と、諏訪子様は踵を返し、とたとた音を立てながら居間に駆け戻る。
さてと。それじゃ、急いでご飯の仕度しなくちゃ。紅茶は、確か、外の世界に居る時に買ったティーバッグが幾らか残っていた筈。それから魚を焼いてだし巻きを作って。これならおつまみ代わりにもなるだろうし。あとはお雑煮……って、お餅は駄目だったわね。熱いのも。あ、そうだ。年越し蕎麦の残りを茹でて、冷たいおつゆを添えて、それをあの子には出してあげよう。他の子へ出す汁物は……。
「ちょっと、早苗」
朝っぱらから何だか不機嫌な声。ああ、起きてたんですね。
「お早うございます、八坂様」
うちのもう一柱の神様。以上、説明終わり。
「いや、て言うか、何であいつは諏訪子様で私は八坂様?」
「いえ別に。八坂様は八坂様って小さい頃から呼んでいて、それで慣れてしまっていますからね。それだけです。深い意味はありません」
さて、そんな事より朝ご飯の準備を、っと。
「ま、そんな事より早苗、さっきの諏訪子とのやり取り、あれねぇ」
うわ、何だか話が始まっちゃった。参ったなぁ。今忙しいんだから後にしてくれないかしら。
「あそこは、『そんな夜更かしして!』って、叱るべき場面でしょうに」
ああ、その事。それなら。
「仕方ないじゃないですか。お友達の内の、あの紅い子、あの子基本的に夜しか行動できないそうですし」
「いや、それにしたってね。
夜通しでほぼずーっとアレを視っぱなしって、それは注意すべき点でしょうが」
ああもう。別に良いじゃないですか。
「子供のする事に一々文句をつけなくても」
「子供って。内四人は百や二百じゃとても足らない年月を生きてるんだけどねぇ」
「良いんですよ、実年齢なんか。見た目が可愛らしければ、それで万事オッケーです」
うわっこいつ言い切りやがった、って、そんな顔してるわね、八坂様。
ええ、そうですとも。私は一人っ子で、ずっと妹が欲しくて、で、幻想郷に来て色々あって、永遠に眠り続けると言われていた諏訪子様が起きてきて、その姿を初めて見て。その時思ったの。こんな可愛い子の為なら、私、何でもしてあげるって!
「あーあー。早苗もそうか、可愛いが正義とか、そういうこと言うか」
何か問題でも?
「ったく、昔、洩矢の王国に侵攻した時もそうだったわよ。
王様の諏訪子がさっさと降参したってのに、洩矢の奴ら、『ボ、ボクらの愛しき諏訪子タンに何て酷い事を!』『あ、あんな年増臭い奴の言う事なんか、毛頭聞いてやるつもりはござらんな!』とかなんとか言って反抗しまくって。
ったくもう。大和からの要請が『王国の支配権奪取』でなけりゃ、奴ら一人残らず湖の魚の餌にしてやってたとこよ。誰が年増だっての、誰が」
誰の事でしょうね、誰の。
て言うかまぁ、諏訪子様みたいな可愛らしい女の子を、八坂様みたいなオ……となの女性が虐めたりしたら、それは抗議の嵐が殺到するのも当然ですよ。誰だってそーする、わたしもそーする。
「それにしても八坂様。今の台詞、思いっ切り悪役丸出しな感じでしたけど」
「いやまぁ」
「まぁでも、そうですよね。人の背中から何か生えるなんて、そんなの、テレビやゲームで言えば、悪の大ボスが本気を出した時の定番ですしね」
「あれ!? 早苗、ちょっと前まで『主人公のパワーアップ時の定番みたいで格好良い!』とか何とか言ってなかった!?」
はてさて何の事やら。自分で勝手に都合の良い思い出を作らないでもらえます?
ついでに言うと、蛇のイメージを持つっていうのも悪っぽいし。祭りの場所に着いたらむやみやたらと喜びそう。いや、神様だから祭りを喜ぶの当然と言えば当然だけど、それとはまた違った意味合いで。
「ううう~。何か早苗、最近ちょっと冷たくない神奈? 神奈?」
「冬だからじゃないですか」
可愛く言ってみても無駄です。て言うかあんまり可愛くないです。歳を考えて下さい歳を。
洩矢の真実を知ってしまった今、そうそう昔みたいに無条件で敬う気にもなれません。あんな小さい子を虐めてたなんて。
「さびしいよ…………ああわたしは、こうして悲しみのまま、涙でずぶぬれになって死んで行くんだわ。
でも、誰もわたしの亡骸を見ても泣いてくれないでしょうね…………ため息くらいついてくれるかしら」
侵略者が言うべき台詞じゃないですよね、それ。
それにしても、やれやれ、八坂様の無駄話に付き合ったせいで、ご飯の用意が全然進んでないじゃ――……。
『おっはようございまーっす!』
勢いよく扉を開ける音と、同時に飛び込んでくる元気で気持ちの良い朝の挨拶。この声、天狗の射命丸さんね。
彼女が作っている文々。新聞。うちではこれを毎朝届けてもらって、幻想郷に来てから間も無い私達の大切な情報源とさせてもらっている。
天狗が作っている新聞は他にもあるらしいのだけど、彼女は私達が以前戦った麓の巫女達とも縁が深いらしく、その関係もあってうちでは射命丸さんの新聞を取る事にした。
毎朝届けてもらっているのは、まぁ、私の趣味、というか。新聞自体は毎日発行なわけではなく、届けてもらってるのはバックナンバーが殆どなので、別に一遍に持って来てもらっても良いのだけれど、毎朝新聞を読みながら朝食を食べるって、そういう事を、形だけの真似事でも良いからしたいな、って。
「はいはーい」
朝食の用意はとりあえず置いておき、私は玄関に向かって走る。
そこでは射命丸さんが、いつもの明るい笑顔で、そして今日は何だか格好良いポーズを決めながら。
「皆が死にたい私も死にたい! 文々。新聞編集長、射命丸文!」
――あれ?
……ぇぇと、『に』と『り』を、私、聞き違えた?
それともあれかしら。これってもしかして、ツッコミ待ちのギャグ? いやいやそれとも、幻想郷じゃあ結構普通の挨拶だったり? ああ、ごめんなさい、私こっちに来て日が浅いから、こういう時どういう顔をすれば良いか判らないの……。
――笑えば良いと思うよ。
ぃよしっ。
自分の中の何かに自分の中の何処かから巧い台詞を言って自己完結な補完計画終了!
というわけで、とりあえず何とでも取れる曖昧な笑顔で場を誤魔化しながら新聞を受け取る。ああ、事なかれ主義って、日本の誇るべき文化の一つだと思うわ。いや本当に。
さてと。気を取り直して新聞を見てみる。ええと、今日の見出しは――……。
“MAC全滅! 焼芋は神様だった!”
MAC隊員No.9、モモイさん(仮称 妖精)の談。
「ああ、はい。
あの時は隊員のマツキさん(仮称 妖精)の誕生会という事で、MACのメンバーが全員集まっていて……。
あ、MACっていうのは、『M』omizi’s 『A』ttacking 『C』rewの略で、モミジ隊長が私達みたいな妖精を集めて勝手に作った……そうそう、隊長が侵入者と対峙する前後に出て来て、戦闘を援護したり場の雰囲気を盛り上げたりするのが任務です。結構殉職者が多いですね。凶悪な巫女とか凶悪な魔法使いを相手にしたりしてますから。
……ええと、それで、マツキさんの誕生日という事で、皆すごく盛り上がってて。で、そうした中、突然、隊長の目付きが変わって鼻をくんくんと鳴らし始めたわけですよ。それを見て敵襲か、と、皆がざわめき始めました。
そうして『あれ』が襲ってきたんです。いえ、『あれ』と言っても、実際の姿は私も見ていないのですが……。確認できたのは匂い、そう、まるで……焼芋の様な……その匂いがしたなと思った直後、私は意識を失って……。
私は耐久力が高めなので、それで、他の隊員の皆よりも早く気がついたんですけど、その時には隊長、こんな風に、まるで犬が変わったかの様に……。
……ええ、はい。手も足も出ませんでした。姿すら確認できてないんですから。お恥ずかしい事ですけれど、完敗です。
あ、でも、言い訳させてもらうと、MACが『あれ』にやられたのは誕生会の最中に奇襲かけられたからであって、万全の状態で戦えば、まず負けなかったと思います!
ご存知の様に、隊長は発達した嗅覚と、それから千里眼を持っています。その隊長の網にかかってから私達に襲い掛かってくる、その間、実に15秒!!!
多分、同じシチュエーションで全滅しない防衛隊はないと思います」
緊急の用だと九天の滝裏に呼び出された私を待っていたのは、まるで犬が変わったかの様に暴言を吐く椛と、そして、彼女の(勝手に作った)部下のいささか奇妙な証言であった。
MACを襲ったのは何者なのか、その目的は、MACに何をしたのか、その後は何処へ消えたのか。判らない事だらけである。事の次第を聞きだそうにも肝心の椛がこれである。
「知ってるッスか? 椛っていうのは、葉っぱの死体の事なんスよ? 皆が綺麗綺麗ってもてはやすあの紅色は、葉っぱの血の色なんスよ……」
暗い顔でぶつぶつ呟いている、真面目で一生懸命な普段のワンコとはえらい違いだ。
「ほら椛、何があったのかは知らないけど元気出して。ネガティブになると、猫背になるって言うし。何てこった!」
「ポジティブ過ぎれば、息切れする。そんなもんッス」
「ほらほら、そんなこと言わない。良い天気なんだし表にでも出て、手の平太陽向けてフリフリ身体揺すれば、光のシャワーを浴びて今日も一日ぴかぴかよ?」
「でもねマジ落ち込んで、溜息出ちゃう日もあるッス……」
やれやれ、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
『私ね、眠くなっちゃった。お姉ちゃん、子守唄歌って。うふふふふふふ……』
ついには、こんな子供が聞いたらトラウマ確実の鬱台詞まで飛び出して……って、今の、椛の声と違う様な?
「自分のうしろに誰かがいる! 最近とりつかれたみたいなんス」
それと同時に突然、周囲に甘く良い匂いが漂って……そう、これは、モモイさん(仮)の話に出てた焼芋の匂い!
な、まさか、こっ、これは!? う、うわああああ――――ッッ!!??
◆
「ぇ、ええと」
何だろう、この、某大魔王が飛鳥の地に出現させた大魔宮の、その最後の最後の宮殿入り口の壁に書かれたメッセージの様なわざとらしさ満載の終わり方は。新聞記事としてこれで良いの? もしかしてこれ、ツッコミ待ち?
ああでも、目の前の射命丸さん、何だかもの凄く眩しい笑顔してるし……。
「今回はちょっと趣向を変えてドキュメンタリー風にしてみましたっ!
どうですかっ? 結構自信作なんですけどっ!」
どうもツッコミ待ちではなかったみたいで。ああ良かった、変なこと言わないで。
でもこれ、ドキュメンタリーって言葉の意味を完全に取り違えている様な……そもそも、ドキュメンタリーって新聞にかけられる言葉だったかしら?
「それにしても……」
「はいっ? 何でしょうっ!」
「いえ、射命丸さん、今日はいつにも増して元気があると言いますか、明るいと言いますか」
「いーえいえっ! そぉーんな事はありませんよぉーっ! はっきり言って、もう今すぐにでも死にたい感じですっ! て言うか、良ければ一緒に死にませんかっ?」
満面の笑顔で元気良く言われると、勢いに押されてつい「はい」とか言ってしまいそうで怖い。
どうもこう、さっきから射命丸さんの様子がおかしい気がする。て言うか、絶対おかしい。これってやっぱり。
「あの、記事に出てた『あれ』って――」
「そぉーっなんです。実は今日ここに来たのは、新聞をお届けにっていうのに加えて、これの事でちょっと相談がありましてっ!」
そう言ってくるりと背を見せる。そこに引っ付いていたのは二つの……ううん、二匹の……いえ、二人の、小さな女の子?
「はぁ……良いわよね、貴方達は。どーせ私達は――」
一人はそう言って溜息をつく、葡萄の飾りが付いた帽子をかぶった女の子。
「…………」
もう一人は無言でこちらを睨みつけてくる、紅葉の髪飾りをした女の子。
どちらも、それこそ手の平に乗っかるくらい、まるでお人形の様な大きさ。それが射命丸さんの背後に付いていた。
「やれやれ。変な臭いがすると思ったら同業者かい」
のたりのたりという足音と面倒くさそうな声が後ろから聞こえてきた。
「八坂様、ご存知なので?」
「あれ、早苗は知らないの? 神様よ、この二人。って言っても、そこに居るのは分霊みたいだけど」
分霊。あぁなるほど、それでこのミニサイズ、なのかしら。
「幻想郷の秋を司るその名も秋姉妹。確か……静葉と稔子だったかしら?」
「発音が微妙に違う気もするけど……どーでも良いわね……。
どうせ私達なんか、名前どころか存在そのものが、すぐに忘れ去られてしまう運命なんだから……」
うう、何だか暗いなぁこの方。もう一柱の方も、こちらの事をずーっと無言で睨んできて、怖いというか感じ悪いというか……。
「あの、射命丸さん? この方々は、どうしてこんな――」
「ええっ、それがですねぇーっ」
そうして射命丸さんが話すには。
この二柱の神様、MACを襲い、そうして椛さんに寄生したらしい。
……ううん。寄生って何だか言葉が怖いわ。ええと、取り憑いたらしい。どうも、椛さんの名前が秋を示す言霊を持つ上に戦闘能力もそれ程は高くない為、強引に襲って依り代とするにはうってつけだった様だ。
そうして椛さんに憑いたまま天狗達に回収されて後、自分達の分霊、言うなれば鬱ウィルスを一気にばら撒き始めたという。
「って、それじゃもしかして、私達もそのウィルスに感染する危険が!?」
どどどどどうしよう!? えっと、あ、確か箪笥にマスクがあった筈、あとは家に帰ったらようく手を洗ってうがいをしてそれからそれから――!?
「落ち着きなさいって」
「ぁ痛っ!」
いきなり後頭部をはたかれた。軽くだけど。何するんですか八坂様!
「この神社には私と諏訪子、二人分の神様の結界が張ってあるのよ? 他所の神様の影響なんか微塵も受けやしないわよ」
「ぇっと?」
「ま、判り易く言うと。
某冥界の神様の結界の中では最強を誇る黄金の闘士三人がかりでも(後々咬ませキャラになる)ワイバーン一匹に勝てないっていう、あれね」
余計に判りづらいです。
「って言うかそれ以前にーっ。
私自身できる限りテンションを上げてこの鬱ウィルスを抑えていますからっ、私からは感染する事はありませんよーっ!」
ああなるほど。それで射命丸さん、さっきからやけにウザ――もとい、うるさ……じゃなくて、無駄に元気が良かったんだ。
「懐に潜り込まれた上で一気にウィルスを撒かれましたから、ほぼ全ての天狗に感染してしまいましたけどーっ。
皆私みたいに何とかウィルスを抑え込んで、それから余力のある者は結界を張って、だから被害は今の所山に限定されてますねーっ! それでまーっ、これ神様の仕業ですし、それなら同じ神様に頼めば何とかなるんじゃないかって、それでここに来たんですよーっ!」
同じ神様……って言われても、正直、私なんか名前も知らなかった様な方々だし、対処法も、うーん……。
でもまぁ、人々、て言うか妖怪達の悩みを解決するのも信仰集めには大事だし、ここは一肌脱ぐとしましょうか。
「それで、あの、この方達は今までにもこうした事件を起こした事が?」
「いえいえーっ。
今までも毎年冬になると暗くはなっていたんですけれど、こうして異変を起こしたのは今年が初めてですねぇーっ!」
ふむふむ。となると、この一年の間で何かしら新たに加わった要因があって、それが元でこんな事に至ったと見て良さそうね。
そうすると後は、この一年、幻想郷で起こった大きな事件とかそういったものを……。
――って、あれ?
この一年での一大事っていうと?
「……良いわよね、貴方達は。こんな大きな神社を持ってて……」
そう言えばあの二柱の神様、さっきからしきりにこちらを睨んでいる様な。
「風雨を司る? 農業の神様? はっ、こいつはありがたい事で!」
え、ええと、もしかして。
「あの、八坂様」
「何よ?」
「あの、あちらのお二方のご神徳は?」
「うん?
ああ。姉の方は紅葉を司り、妹は豊穣を司る、だったかしら」
それってつまり……。
「ま、姉の方はともかく、ぶっちゃけ妹の方はうちと扱ってる品がかぶってるわねぇ」
あっ――ちゃー……原因はうちかぁ……。
「あーあ、どうせ次の秋の収穫祭には、私なんかみたいにチンケな神様じゃなくて、ここの様に派手で大きな力を持った神様が呼ばれるのだわ! 絶対にそうよ、私には判る」
外から突然、近い能力を持った神様がやって来て、そこに加え冬になって気分が落ち込んできた事も相まって、それでこんな暴走を始めた、と。
「あのっ、それでっ、何か解決策はあるのでしょうかっ!?」
「ぅえっ!?
あ、いや、その、とりあえず何かしらの方法を模索する方向で前向きに善処したいと思いますので、また後ほど!」
「はいっ!
ああっ、それにしてもっ。今日は大変ですっ! 昨夜もまた通り魔事件が起こったっていうのに、その上こんなっ!」
「通り魔事件って、またですか」
そう言えば昨日の新聞で読んだわね。何でもここ数日、夜になると幻想郷のあちらこちらで通り魔事件が起こっているらしい。狙われるのは、決まって弾幕ごっこをしている最中。不意打ちに近い形の上に圧倒的な力で一気に押し潰してくる為、被害者達にも犯人がどういった者なのかは判らないそうだ。
「昨晩やられたのは永遠亭のお姫様と竹林の人間。不意をつかれたとはいえあの二人が殺されるとは、犯人は並大抵の者ではありませんねーっ!」
「って殺され!? 死んだ!?」
「ああ大丈夫っ! 殺されましたけど生きてるそうですからっ!」
あれ? 私今、また何か聞き間違えた? あれっ??
「それでは私、一旦戻りますので、何か良案が浮かびましたらすぐにご一報をっ!」
そう言って射命丸さん……と背中についた神様達は飛んで行った。
「さて……どうしましょう、八坂様」
「ん? まぁ、風邪みたいなものだし、放っておけば治るんじゃない?」
それは絶対違うと思います。もう、八坂様ったら、自分が原因の一端だっていう自覚あるのかしら。
『ちょっとー、早苗ー?』
あれ、居間へと続く襖の奥から諏訪子様の声。何かしら。
「ああはい、何でしょう」
そう答えて居間を覗く私の眼に入ったのは、ぷっくりふくれ顔の諏訪子様と、それからお友達の四人の女の子。
「もー、早苗ったら。すぐに朝ご飯にするって言ってたくせに」
しまった。射命丸さんとの話に夢中になってつい……。
「申し訳ございません、すぐにご用意を!」
「やれやれ。ここのメイドは使えないわねぇ」
そう言って溜息をつくのは、吸血鬼のレミリアちゃん。
「まぁ良いじゃないの。
あ、ツマミに大豆とか鰯なんかは禁止ねー」
瓢箪片手に上機嫌な赤ら顔で声を上げるのは、鬼の萃香ちゃん。
「かわいそうにねぇ、一生懸命頑張っても、貰えるのはいっつも文句ばかり。
貴方、思い切ってここを離れて独立した方が幸せになれるかもねー」
何故だかやけににやにやとしているのは、妖怪兎のてゐちゃん。
「何でも良いから早くして! あっついの以外で!」
言いながらちゃぶ台をばんばん叩いているのは、妖精のチルノちゃん。
この四人は諏訪子様に新しく出来たお友達で、どの子も見た目通りの年齢ではないそうだし、レミリアちゃんと萃香ちゃんに至っては八坂様にも匹敵する程の力があるらしいけれど……。
……けれど、そんなこんなは実際どうでも良くて、とにかく皆、可愛いっ!
突然に可愛い妹が出来て、その妹がまた可愛い友達を沢山連れて来て。ああ、私、幻想郷に来て良かった!
こういう、女の子特有の賑やかさと華やかさに満ちた空間っていうのに憧れてたからなぁ。うち一人っ子だったし。友達も、まぁ、あんまり多い方とは言えなかったし。
あぁ、ありがとう神様!
あ、この場合の神様っていうのは諏訪子様の事ね。
あっ、あとそれから、諏訪子様のお友達を集めてくれたアレにも感謝しないと。
ありがとう、テレビ様。
幻想郷には神社や湖ごと引っ越したというわけで、当然、家の中に在った家電製品の類も全部一緒に幻想郷へと運ばれる事になった。
もちろん物はあっても電気が無い為、これらの品々はただの粗大ゴミになると思っていたのだけれど……。
恐るべきは河童の技術力。
うちに珍しい物が沢山在ると知るや否や、大喜びでやって来て、そうして一通りの電化製品を分解し、それから組み立て直し、それで新たに得た知識と技術を基に簡単な風力発電装置を作ってくれたのだ。
風を吹かせるのは私達の得意分野。こうしてうちでは、幻想郷では他に類を見ない程の素敵な電化ライフを送れるようになった。
そうして新天地でも元気に活躍できる事となった電化製品達の内、幻想郷の人や妖怪達に最も人気があったのがこのテレビ。
当然、電波なんかは受信できないので普通の放送は見れないのだけど、私がDVDに録画しておいた番組なら見る事が出来る。
最初の頃なんか、本当にもう、社会の資料集に載っている『電気屋の店先にプロレス中継を見に集まる人々』みたいな感じで、それこそ神社に入りきらない程のお客さんが毎日押しかけて。
さすがに今ではそれ程でもなくなったけれど、子供は好奇心が強いって言うし、それに録画してある番組の中に、私が小さい頃に視ていた子供向け番組が多く含まれてるっていう事もあって、あの四人は今でも毎日うちに遊びに来て、そうして諏訪子様と一緒にテレビを視ている。
「「「「「ワンツッ、スリフォ♪……」」」」」
ふふ、可愛い。今もまた、テレビを視ながら一緒に歌なんか歌っちゃって。
あの番組、私も好きだったなぁ。ワンツースリフォー、プリキュ――……。
「「「「「……ワンツッ、スリフォ♪ルットラー、ッセブーン♪」」」」」
5じゃなくて7――ッ!?
「って私そんな番組録画してた覚えありませんよーっ!?」
「ああ、それね」
ひょっこり顔出す八坂様。
「先代だったか先々代だったかが子供の頃、私が言って録画させたやつ。本放送当時のだから幻の十二話ももちろんあるわよ!」
何だか物凄く自慢げに胸を張ってるけど、すみません、さっぱり意味判らないです。
「にしてもまぁ。この家、『アニメ』とか『トクサツ』ばかり。しかもこれって、古くて珍しい物から最新の物まで色々あるって言うじゃない?
ここのメイドってもしかして、『オタク』っていうやつ?」
ああ! レミリアちゃんが最近覚えたての単語を駆使して微妙に嫌な勘違いをしちゃってる!?
「あー、違うわよ吸血鬼、うちの早苗は」
そ、そうですよね、八坂様。そもそも、アニメやヒーロー物の殆どは……。
「オタクって言うかむしろ隠れオタだから」
ちょっと待て――ッ!?
「うちの早苗ってば、この歳になっても毎週土曜日夕方から日曜朝にかけてはニコニコしながらテレビの前に座って信(だホゥ~)送→長野朝(にゅにゅにゅにゅ)送をご覧になってるくせに、学校で『東風谷さんってアニメとか見るのー?』とか話題を振られても『えっと、私“漫画”とかよく判らないし……』と不自然な程に“アニメ”という単語に触れるのを警戒し、更に『あ、でも、子供の頃は“ド(国民的猫型自動人形)ん”とか“サ(国民的海産主婦)ん”とか好きだったなぁ』などと聞かれもしない事を(フォローのつもりで)口走ったりするような娘だから」
いやいやちょっとちょっと!
「“B(オサレポエム)H”の映画が見に行きたくてしょうがないんだけど、でも『映画館はきっと小学生の男の子ばっかりだろうし、そんな所に私みたいな歳の女の子が一人で居たら絶対浮くだろうなぁ……こういう時、弟が居たらなぁ……』などと無駄な葛藤を繰り返すも結局我慢できず、冬休みを利用して平日の朝一の回、それも近場の松本じゃなくて電車で二時間近くかけて長野市内まで行って、そうしていざ映画館に入ってみたら、思ってたよりも同い年位の女の子が多くてちょっと安心。『兄様あれ反則過ぎでしょ、でもカッコイイ!』とか『ラストは良い石×朴でした』とかご満悦の表情で映画館のフロントに出たら、そこは家族連れとカップルで一杯。『あれ、私、何やってんの?』と一瞬で心が寒くなるも、それはそれとしてチケット半券片手にア(ニメのことなら)ト長野店に寄って特典グッズを貰って、ついでにリ(かてきょー)ンのグッズまで買って帰るような娘だもんねぇ」
台詞長ッ! て言うか!
「具体的な会社名とか地名を出さないで下さいよ! 全くの嘘話だっていうのに、何だか妙な信憑性が出てくるじゃないですか! て言うかそれ誰の体験談!?」
「特撮系の掲示板に一人称『オレ』で書き込んでいたのも、今となっては良い思い出よねぇ……」
「いい加減でやめて下さいーッ!!」
ああもう! 何でこう、根拠の無い作り話をスラスラと言えるかなぁ。八坂様のベロってきっと、先っぽをようく確認したら二つに割れて……。
「ああ、あれよ。人間、正直が一番よー?」
いーやーっ! お酒臭い息の女の子に見事に勘違いされてるぅ!? 何だか可哀想な者を見る目つきで私を見ないでぇー!
「ち、違いますよ!
アニメや特撮の、それもちょっと古めの物が多いのは、うち、外に在った頃、信仰が全然集まらなくて、それで八坂様仕事が無くていつも家でごろごろしてて、その退屈を紛らわす為に、ビデオショップで中古になった品を安く大量に買ってきたせいで……」
「あーあー。ムキになって否定するところが、また一段と怪しいわねー」
てゐちゃん!?
ま、まずい。これは、小学校高学年の教室で特によく発生する、認めても認めなくても関係無しな強制決め付けスパイラル!
一度これにハマったが最後、抜け出る手段は『周りの人間が飽きるのを待つ』だけという――……。
「うぴっ」
突然肩に乗せられたひんやりとした感触に、思わず変な声が漏れてしまった。
後ろを振り返ると、そこには白い歯も眩しい笑顔を見せるチルノちゃん。ああ、貴方は判って――……。
「腐女子」
――覚えたての言葉を意味も判らず振り回す子供っていうのは、時にひどく凶悪なものになると、今、知りました。
そんなこんなで叩きのめされた私は、だから、あの小さな囁き声を完全に聞き逃してしまっていて――……。
◆
「……ねぇ、さっき玄関で話してたあれ、今夜はあれにしない?」
「良いわね。なかなかに面白そうだわ」
「私らで派手に楽しくさせてあげようじゃない!」
「あんまり目立ち過ぎるのもどうかと思うけどねー」
「良いじゃない! ドカンとやろう! あたいたち最強なんだから!」
◆
「っふぅ~、やれやれ」
今日一日飛び回って、そうして事態解決の手口すら見つからず。九天の滝裏に戻ってきた私は、盛大に疲れた息を漏らす。
ああ、何だかもう、どうでも良くなってきたわねぇ。どーせ私達天狗だっていつかは死んで消える運命なんだし、今こうしてあれこれ頑張ってるのも、結局の所は無駄になってしまうのは避けられないわけで、だったらいっそ……。
「って、危ない危ない!」
頭を振るって邪念をはらい、両の掌で頬を打って気合を入れ直す。まずいなぁ、流石に一日中テンションを上げてるのはきつい。早めに対策を講じないと、抑えきれずにウィルスの被害が山の外にまで広がりかねない。そうなったら責任問題がどーたらこーたらと、上が一番嫌がる面倒な事態になっちゃうしなぁ。ああ、世知辛い世知辛い。
感染元のワンコはと言えば、ナイフみたいに尖ってはさわる者皆傷つける雰囲気丸出しの為、今じゃ鎖に繋がれてまるで飼いワンコの風体。
やれやれ。いくら奇襲を喰らったとはいえ、狼っていったらねぇ、我が意を尽くす、アイアンウィル(鉄の意志)とかって、そういう感じで精神力が強いものなんじゃないの? なのに情けない。
まぁ、この辺りの事は、椛が元に戻ってから、からかいのネタとして存分に使わせてもらうとしましょうか。その為にもさっさと解決策を見付けないと。
「……ん?」
何だろう。椛の目付きが急に鋭くなって、そして物凄い勢いで鼻をくんくん鳴らし始めた。
まさか、こんな時に敵襲!?
……うん、私にも感じる。妖気、それも馬鹿でかいのが三つ、良く判らないのが一つ、その他が一つ、合わせて五つ、かなりの速さで迫って来る。スペルカード用意、何を、高位の物は発動が間に合わない可能性、低位の、それでいて防御に適した広範囲型、よし。
胸ポケットからカードを取り出しつつ、全身ずぶ濡れになるのにも構わず私は滝を突っ切る。
そして表に出たと同時、カードを掲げて宣言する。
「風神『風神木の葉隠れ』!」
私を中心にして無数の木の葉が周囲を包み込む。
「うんんっ!」
五つの何かが木の葉の結界に衝突し、そうして弾け飛ぶ。その衝撃で「風神木の葉隠れ」も解除されたけど、とりあえず初撃は防いだ。椛のおかげで、ほんの僅かだけれども初動が早まったのが幸いしたわね。
「何者?」
もしや噂の通り魔か?
私のさす指の先、五つの影が体勢を整えてこちらに向き直る。
それは五人の少女――いえ、もっと小さい――五人の……幼女?
「!?」
突然、背後で何かが弾けた様な音がした。前方に不審者が居るというのに、思わず後ろを振り返ってしまう。
「……って、ちょっとちょっと」
目に映ったのは、横一文字に切り裂かれた滝の流れと、そこから姿を見せる、太刀と盾を構えた少女の姿。
参ったわね。さっきの衝撃で鎖が外れたのかしら。
ああ、前門の虎、後門の狼。特に後ろの方は文字通りの意味で。そりゃ確かに私は事件が好きだけれども、それは傍から眺めるのが好きなだけであって、巻き込まれるっていうのはちょっと……ホント、参ったなぁ、やる気なくすなぁ……。
――何だか、今、凄く死にたい気分。私、そういう顔してるでしょう?
◆
「本当にこっちで間違いないのですか!?」
「間違いないって。て言うか早苗、同じ山の中の様子くらい、気配で判るようになりなさいよ。本当、修行不足ねぇ」
そいつは悪ぅございましたね!
「ああ、でも、何でこんな……」
今日の夕方、またいつもの通り諏訪子様のお友達が遊びに来て、テレビを視始めて。
そうして夜も更けていって、諏訪子様達はずっとテレビを視ていて、八坂様はまた色々と文句を言っていたけれど、私は、まぁ良いかって、そうして先に床に就いた。
それがさっき、突然に大きな音と振動が神社を襲い、何事かと私は飛び起きた。諏訪子様達は大丈夫かって、慌てて居間に行ったけれどそこには誰もおらず、それから境内をくまなく探し回ったけれどもやはり見つからない。
どうしよう、どうしようって、真っ青になっている私の前に、八坂様が現れて言った。
「諏訪子達なら、さっき出かけたわよ?」
そうして私と八坂様は今、諏訪子様達の気配が感じられるという九天の滝へと向かって飛んでいる。
……ん? 九天の滝? そこって確か、秋の神様に憑かれた椛さんが捕まってる場所じゃ?
あれこれ考えている内に、私達は目的地へと到着した。
吹く風の冷たさが身にしみる冬の夜の滝、諏訪子様達五人の姿はすぐに見付かった。
「諏訪子……様?」
様子がおかしい。
五人の前に、大きな剣と盾を持った一人の女の子が立ちはだかっている。彼女は確か椛さん。でも、何で、こんな状況?
「――あの~、すみませ~ん――」
小さな声が聞こえた。
声のする方、私達の足元より遥か下に見える滝壺、そこで白いシャツの少女が一人、仰向けで浮かんでいて――って、あれ、射命丸さん!?
「大丈夫ですか!?」
慌てて高度を落とし、彼女の元に飛び寄った。
「いやいや、面目ありません……。
鬱ウィルスのせいで、攻撃を避けようとしても『もういっその事……』とかなって勝手に身体が弾に吸い寄せられてしまう始末。
今の私では、彼女らを止める事は出来ません……」
ああ、一体、どうしてこんな?
「ふふふふ、どうやら観客がそろったようね」
今度は上から声がした。諏訪子様とお友達が、皆一様に楽しそうな顔で――ううん、てゐちゃんだけは、頭に手を当てて苦い顔をしているけれど――とにかく、そんな様子で笑っている。
「さあ、皆、行くわよっ!」
「「「Yes!」」」
「へぇ~い」
諏訪子様の掛け声と同時に、五人が一斉に動き出した。
……ええっと、このノリって、もしかして?
「弾けるカエルの香り、キュアミシャグージ!」
「てちょっと!? 弾けちゃ駄目でしょそれは!? 香りっても爆竹の火薬の臭いとかしそうですよ!?」
「煌く氷のエレメント! 白の魔法使い、マジバカー!」
「いやいきなり二人目からして違うじゃないですか! ってか自分でバカとか言っちゃったよこの子!?」
「血は人間の絆。愛の証し。愛の為に血を啜る少女、スカレトーマン!」
「語呂悪っ! てか五人じゃないし! 五人じゃないしっ!」
「正直さを失わないでくれ。弱いものをいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。例えその気持ちが何百回裏切られようとも。それが鬼の最後の願いだ」
「台詞長っ! 何で巨大化!? それ以前にこれ名乗り口上じゃないでしょ! むしろお別れしそうな勢いですよっ!」
「あたくし、生まれも育ちも山陰因州――」
「既に子供向けですらない――ッ!?」
「「「「「我等五人そろって!」」」」」
「「「「「Yes!家族スパイエースはつらいよッッ!!!!!」」」」」
「そろってないって!? ありきたりなツッコミで申し訳ないですけどそれ以外に言い様がないしッ!!」
……って、つい勢いで律儀にツッコミを……。
「早苗」
……何ですか、八坂様。
「今の全部にツッコめるなんて、貴方も相当マニアねぇ」
やっかましいです。
「何処かの誰か様に、無理やり視聴に付き合わされたおかげですわ」
それも試験前とかの忙しい時期に限って。
「チルノ、目標を駆逐する!」
名乗りを終えた五人の中から、まずチルノちゃんが椛さんに向かって飛び出した。
それにしても、目標を駆逐するって……。
「早苗」
「……何ですか、八坂様」
「ほら、ここは、『五人組なら“お前を殺す”とか言わなきゃ駄目でしょーッ!?』ってツッコミを入れる場面よ?」
……もう無視。八坂様は無視。
それはともかくこの状況、あの子達が色々なテレビ番組の影響を変に受けてしまって、それでこんな事を始めてしまったって、そういう……?
「通り魔行為を行っていたのも彼女達だったみたいで、何でも武力による紛争解決って名目で、弾幕ごっこをしている者達を襲っていたようです」
傷ついた身体を何とか起こして射命丸さんが言う。
そっか……私、夜は寝ていて気が付かなかったってだけで、これまでも諏訪子様達、こんな事を……。
「氷精が勝手に! 『一番』は『槍』だって言うのがこの国の慣わしなんじゃあないの?」
レミリアちゃんがカードを掲げる。同時に手の中に現れる……何、あの馬鹿みたいにおっきな紅い光の槍!?
「必殺『ハートブレイク』、レミリア・スカーレット、目標を狙い撃つわぁ!」
レミリアちゃんが槍を放つその前方、高速で真っ直ぐ一直線に突進するチルノちゃんに向けて。
「豊作『穀物神の約束』」
椛さんの背中から声が聞こえた。瞬間、無数の光の線がチルノちゃんを迎え撃つ!
「人呼んでチルノスペシャル!!」
巧い! 台詞の意味は判んないけれど、ともかく強引に自分の進路を曲げてレーザーをかわし――って。
あっ。
「なんじゃそりゃあああ!?」
レミリアちゃんの投げた槍に見事に被弾。お笑い芸人みたいな叫び声を上げながら落ちていく。
「邪魔よ妖精!」
憤慨するレミリアちゃんの背後、今度は巨大化した萃香ちゃんが大地を揺らしながら迫って来る。
「伊吹萃香、目標を破砕する!」
「て、ちょっと!?」
目の前にレミリアちゃんが居るのにも関わらず、全力の拳を叩き込む。滝の流れが真ん中で爆ぜて、その背後の岸壁を穿つ轟音が辺りを揺らす。次々と滝壺に落ちてくる大きな岩の塊。
……て言うか、何て常識はずれな一撃。単なるグーの一発であれって、あんなのうちの神社が喰らったらそれだけで消し飛んでしまうんじゃ……。
「ちょっと、危ないじゃないの!」
「あー? あんたが鈍いのが悪い」
「鈍い? 吸血鬼の私に向かって? お前みたいな木偶の坊が?」
「何、やろうって――ん?」
味方同士で諍いを始める二人の周囲を、無数の小さな影が取り囲み弾を撃ち込み始めた。
「ちっ!」
「うぉあいたたたた!?」
雨の様な弾幕を、レミリアちゃんは高速ですり抜けていくけれども、身体の大きい萃香ちゃんは避けるに避けられずまともに喰らう。
あの小さな影……あれって、妖精達?
「ああ! 彼女達は椛の部下、MACの隊員です! 椛と同様、彼女達も鬱ウィルスに犯されていたようですね」
オーバーリアクションな解説、ありがとうございます射命丸さん。
「ちょっと何よこいつら! 単なる妖精にしてはやけに速いし弾も痛い!?」
相対的に見ればまるで蚊トンボの如き大きさの妖精達に振り回される萃香ちゃん。受けているダメージは少ないようだけれど、彼女の攻撃の方も全く当たってはいない。
「妖精とは、自然の力そのもの」
突然、後ろで声がした。八坂様の声でも、射命丸さんの声でもない。
背中を走る冷たい何か。
「当然、木の精や花の精なんかも居る」
いつの間にか、私のすぐ後ろに居た。声がするまで、全く気が付かなかった。
「そうした精に私の力、豊穣を司る力を使えば、その生命力を大きく増幅させる事が出来る」
二柱の神様を憑けた白狼の少女。野生の、特に肉食の獣は気配を絶つ能力に優れるとは言うけれど、それでもここまでとは……。
「そして椛、紅葉の言霊を名に持つ彼女とお姉ちゃんの力が融合すれば」
風が吹いた。
そう感じたのとほぼ同時、私の遥か上空で、何か硬い物と硬い物がぶつかり合う音が響いた。
「その力は何倍にも膨れ上がる……!」
空を見上げる。そこにはいつのまにか椛さんの姿と、そして、彼女の剣を両手で受け止めるレミリアちゃん。
「人狼……か。この国にも居るのねぇ」
どこか嬉しそうにレミリアちゃんが唇を舐めた。瞬間、彼女の右足が掻き消えて、同時に紅い線が対峙する二人の間を走った。盾を前に構えながら一瞬で身を離す椛さん。
蹴り……だったの、今の? さっき、私の背後からレミリアちゃんに襲い掛かった時の椛さんの動きもそうだけど、速すぎて私の目では何が起こったのか追いきれてない。
「誇って良いわ。片手じゃ防ぎ切れなかった」
そう言って自分の手から流れる血を舐めとり、そうしてその幼い顔に不釣合いな程の妖艶な笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、私の全身を悪寒が走り抜けた。周囲を包む冬の夜の冷たさ、そんなものとは全く異質の、まるで無数の小さな針で全身を撫で回されている様な、そんな気持ちの悪い寒さ!
「家に持ち帰って、番犬にするのにちょうど良いかしら?」
蝙蝠みたいな形の羽を広げる。途端、小さい筈の彼女の身体が何倍にも大きく膨れ上がった様に見えた。
「ちょっとー。私にも遊ばせなさいよー!」
レミリアちゃん達よりも更に上、今度は――諏訪子様の声!
「輝く蛙の弾けるナニカ、受けてみなさい!」
ちょっと待て――ッ!?
「だからそれ弾けさせちゃ駄目ですって諏訪子様っ!」
「弾けちゃ駄目? じゃ、ブチ撒ける?」
「余計に駄目ですよ!?
て言うか、蛙って諏訪子様の眷属でしょう? 何でそう、ことさらに弾けさせようとしたりしますか!?」
「ええと、自分の部下を爆弾代わりって、そういうのよくある話じゃない?」
「それ悪役の場合です!」
「こうかはばつぐんだ!」
「そりゃ抜群でしょうよ! 私だって絶対受けたくないですよそんなものっ!」
――もう、諏訪子様って、見た目は愛らしいのに結構変わってるかも……やっぱり神様だから?
「早苗?」
ああもう何ですか八坂様。
「自分でシリアスなムードを作っておきながら自分のツッコミでぶち壊す。ある意味見事な一人ボケツッコミであった」
ぃやっかましいです。
「まったくもう。早苗がそんなに言うなら仕方が無い。ここは真面目にいきますか」
ああ、良かった。やっと真面目に――って、真面目?
「さて、それでは!」
諏訪子様がぽんと掌を打ち鳴らす。途端、今まで綺麗に晴れていた空があっと言う間に雲で埋められていく。ぽつり、と、雨が降ってきた。風も吹いてきた。そうしてそれらは、目で見ていてはっきりと判る位の速さでその勢いをどんどんと増していく。
「ちょ!? まさか、待ちなさい!」
異変を察したのか、顔色を変えたレミリアちゃんが諏訪子様に向かって叫ぶ。けれど、既にトランス状態に入っている諏訪子様から返事は無い。
ずしり、と、私の両肩に見えない圧力がかけられる。
遥か上空に浮かぶ諏訪子様、その背後に集まる巨大なオーラの圧力。次第に大きくなっていくそれは、やがて一つの形を成していく。それは、そう、薬局の前でいつも大きな頭をガタガタさせている、あの――!
「洩矢諏訪子、土着神『ケロちゃん風雨に負けず』、介入行動を開始する!」
瞬間、風と雨の勢いが一気に増した。
まるでバケツをひっくり返したかの様な――ううん、そんな生易しいものじゃない、まるで消防車のポンプから放水されたかの様な勢いで文字通り叩きつけてくる雨。そして風も、周囲に生えている木々が何だか割り箸で作った玩具か何かみたい、面白い位に、現実味を感じない位に、ぽきぽきと折れて吹き飛ばされていく。
私も風や雨を呼ぶ事が出来るけれど、それが何だかおままごとの様に思えてきてしまう。
て言うか、このままじゃ私達も危ないんじゃ……?
『――ポロロッカ、ポロロロッカ、ポロ、ロッカロンロン♪』
……何? 今の、雨と風の音に阻まれて、小さく、でも確かに聞こえた……歌声?
歌声のした方、滝の中ほどに目を遣って――って。
「何、あれ」
豪雨で視界もままならないけれど、でもこれははっきりと判る。滝の流れが、ちょうど真ん中の辺りで途切れているのだ。
ううん。途切れているんじゃない。中ほどまでは上から下へと普通に落ちている滝の流れが、そこから先、重力に逆らって下から上に逆流している!?
『こっのっ想いは大瀑布ぅーっ♪』
逆流した滝の流れは、まるで生き物の様にうねりながら上空の諏訪子様に襲い掛かる。
滝の流れ、逆流……これってもしや、廬山五老蜂の――!
「ああっ、あれは!?」
「し、知ってるんですか射命丸さん!?」
吃驚した。いきなり大声出すものだから。
射命丸さんの指差す先、滝の裏側から姿を現したのは……あれは河童の、確か河城さん。
「っはぁ~、良いわよねぇ、貴方達は……」
……あれぇ? 何だかいつもと雰囲気の違う気が。って言うかあのノリって。
「何とした事でしょう! 河童は技術力に秀でる分、妖力では天狗にやや劣ります。どうやら彼女、鬱ウィルスを抑え切れなかったようです!」
オーバーリアクションな解説、ありがとうございます射命丸さん。
「早苗」
ああもう煩いなぁ、何です八坂様?
「バトル展開に必須の驚き役と解説役、見事な連携プレーであった」
はいはい無視無視。て言うか誰が『と』の付く二人組ですか。
「ああ、あと、滝の逆流で真っ先に聖(うろたえるな小僧――!!)矢が思い浮かぶって、それってオタ女子の中でも結構年齢が――」
「ぃぃやっっかましいですっ!! ってか別に年齢関係ないじゃないですか!? 最近だってほら、ずっと被差別民族だった魚や牡牛や蟹の星座の人達が名誉を回復し――」
っていけないいけない。ここでのせられては。ほら、八坂様、「してやったりぃ~」みたいなニヤニヤ顔してるし。ああもう、腹立つなぁ。
こんな馬鹿やってないで気を入れないと、諏訪子様の起こした風雨に巻き込まれて――って。
「……止んでる?」
嘘。もしかして、河城さん、諏訪子様の術を解除させちゃったの!?
「水の気に水の気をぶつけて相殺させたか。
五行の理無視した荒業。あっぱれな河童ねー」
諏訪子様が嬉しそうに笑っている。それとは逆に。
「そりゃまぁ、河童は水棲生物だからねぇ。水の中で戦えば強いわよ、水の中で戦えば……」
河城さん、何だか悪態つき始めてるし。
「て言うかねぇ? テレビで見せてもらったヒーロー物に出てくる怪人のさぁ、水棲型の奴。設定にも『水中戦に強い』とか書かれてるのに、何で陸の上で戦わせるのよ?」
……ああまた、わけの判らない話が。
「海老フェノクが何で水中戦やらせてもらえないのよ! 何でアズミンデッドが陸の上で戦わにゃならんのよ! そりゃ鯛焼き鉄板顔面に当てられてのた打ち回りもするわっ!
河童だって川の中でなら鬼すら倒せるっていうのにさぁ……ああ、ホントもう、ヤル気なくす……」
ええと、どうしたものかしら。ツッコミを入れられる雰囲気でもないし、慰めの言葉でもかけた方が――?
「それにそこの人間!」
「ぅえっ!?」
人間て、わ、私?
「スペルで海とか出してて、何それ、水属性持ってる私への当てつけ!? 何だかそっちの方が凄い派手で格好良いし!」
「うええええ!? いや、その、あのっ、すみません!?」
「っあー……。
満を持して表舞台に立てたかと思えば、新しくやって来た神様達が見事に水属性だの両生類属性だのとでかぶってるときた。
そんじゃ私に残ってる存在意義は発明ネタだけ? 色々造って騒ぎ起こして最後はドカーンでアフロで『もう発明はコリゴリよー(泣)』ってか? ははっ、こいつぁ愉快愉快!」
――参ったなぁ。どうもまた、うちが原因の一端になってる感じで。
て言うか両生類属性? 河童?
「面白い! 蛙と河童、どちらか真に愛されるべき川辺のニュル肌緑色生物なのか、ここで一つ決ちゃぉうぶふっ!?」
「何考えてるの、この変態生物っ!」
レミリアちゃんの、文字通り目にも止まらぬツッコミが諏訪子様の後頭部を直撃。ああ、帽子の飾りがぐらぐら揺れている。あれ、あんまり強い衝撃を与えると取れそうで怖いなぁ。
「んな!?
外人の貴方には判らないのかも知れないけれど、遥か昔から時には雨季の道路の轍の上で、時には理科室の大きな机の上で、時には日(まげにとびつこう)村の忍者食の店で、長きに渡って人々に愛され続けてきた蛙が、ペシャンコにもならない内臓も見せない食卓にも並ばないそんな腑抜けた架空生物河童如きに負けるわけにはいかないの! こちとら身体はってんのよ!?」
「脊髄反射で物を喋るな! 私が言いたいのはそうでなく!」
どうしたんだろう、彼女。随分と怒って、それに肩で息なんかして、ちょっと見ない内に随分とダメージを受けている様な感じが。
「雨! 使うなって言っておいたでしょう! 苦手なんだから!」
「あ……。
いや……そ、その。ちょいとミスッた、すっかり忘れてた、いや、ごめん! スマナイ、スカーレット君」
「次にやったら、貴方の後ろから爆竹を突っ込んで山の神社の賽銭箱に放り込んであげる!」
ちょ、レミリアちゃん、そんな子供が口にしてはいけない様な壮絶プレイ!?
……いや、蛙+爆竹+賽銭箱っていうのは、ある意味とても子供らしい気がしなくもないけど。
にしても、諏訪子様達、いっそ気持ちの良い位に『力を合わせる』って事ができてないなぁ。
ああもう、何だか色々わけの判らない事ばかりで頭が痛いけれど、とにかく、いつまでもこの状況を放っておくわけにはいかないわ。
何とかしてこの場を鎮めないと!
「早苗」
何ですかもう、八坂様、おかしなボケとかツッコミとかはまた後に……。
「あの中に割って入るつもりなら、やめといた方が良いわよ」
……へ?
「な、何ですか、そんな――」
「や、だって、今までの流れを見ててねぇ、早苗、どうにか出来ると思ってるの?」
それは、まぁ……でも!
「だからってこのまま――」
「一対一ならともかく、あの乱戦に下手に首突っ込んだら、まぁ無事は保証できないでしょうね」
……確かに。特に諏訪子様とレミリアちゃんと萃香ちゃん、あの三人に至っては例え一対一でも抑えきれるかどうか。鬱ウィルスに感染しているとはいえ、あの射命丸さんまでこんなになってしまう位だし……。
……ううん、でも、いや、だったら。
「だったら八坂様の御力で何とか!」
「え? 嫌よメンドげふんごふんっ」
うーわー、ツッコむ気すら無くすほどのわざとらしさ抜群な咳き込み方。
「いやいや。ここは、古来より伝わるこの方法。手に負えないものが複数同時に出てきたら、それらをぶつけ合わせて潰し合いをさせるという」
はぁ?
「うわー、北から巨大爬虫類が、ひやー、南からは巨大哺乳類が、よし、こうなったらこいつら二匹を戦わせてしまえー。
まぁ、こんな感じ」
「そんな、昭和の昔に使い古されたような手を今更!」
「いや、二十一世紀になっても結構普通に使われてた気が」
ああもう駄目駄目! 八坂様は役に立たない!
とは言え射命丸さんもまともには戦えないようだし、私一人では……。
「そうだ!」
簡単な話じゃない!
「助っ人を呼んできます!」
「助っ人ぉ?」
「はい。麓の巫女と、自称ヒーローの魔法使いと、あとはレミリアちゃんやてゐちゃんの家の人達を呼んで、そうして――」
「ああ、まぁ、好きにしたら? 無駄だと思うけど」
もう、一々突っかかるなぁ。もしかして、最近私が諏訪子様ばかりかまってて八坂様に冷たい事、根に持ってたりするのかしら。大人気ない。
でもまぁ、そんなこんなは今は後回し。とにかく大急ぎで、まずは博麗神社に――!
◆
「ったく、やっかいな事になったわねぇ」
昨日、姫達を襲った時点で既にかなりやばかったんだけど、やれやれ、この派手好き達にも困ったものだわ。
私としては正直、姿を隠したままで適当に騒ぎを起こすだけで良かったんだけどー。レミリア、萃香、諏訪子、こいつら力が強いわけだし、だから後先ってのを考えずにやっても何とかはなるんでしょうけど、私はあまり、無理無茶ってのは好まないのよねー。
あーあ。私の能力で他のメンバーが幸運になるわけだから、こういう面倒な事態にはならないと踏んでたんだけどなー。あ、もしかして、吸血鬼の能力のせいかしら。こんなややこしい事になったのは。数奇な運命に導かれ、てな感じで。迷惑だわー。
「にしても、思ったより苦戦してるわねぇ」
あの三人、単体では最強クラスなんだけど、協力って言葉をまるで知らない連中だからねー。ひるがえって相手の方は、数は多いけれど実質は鬱姉妹の機動人形扱いなわけで、見事な連携プレーでこちらを翻弄してくれてる。
でも、ま。それでも善戦止まりだけど。
「見るが良い! 我が必殺ののびーる――」
「遅い」
「うわぁム!?」
河童の手から光る何かがのびーるその前に、五間近くも離れていた吸血鬼が一瞬で眼前に接近。
そうそう。それが吉ねー。
連携が出来ないっていうのなら、そんな事は無視して強引に単体の勝負に持ち込んでしまえば良いのよ。それも、なるたけ相性の良い相手に。
水術や各種面白ウェポンでの多彩な飛び道具を持つ河童も、吸血鬼の身体能力の前じゃ、そんなのまともに使わせてすらもらえない。水術自体は吸血鬼に効果的でも、基本スペックが違い過ぎるんじゃあ意味なしね。
「雨は駄目って言うし、じゃあ次は何にしようかしら。いきなりミシャグジさまってのも難だし、えっと――」
彼女の役目はもう充分に果たされているわ。さっきの無差別広範囲攻撃で、いくら強化されているとはいえ基の耐久力の低い妖精達は、実質既に使い物にならない位のダメージを受けてるし。夜の吸血鬼と違ってそう簡単には回復も出来ないだろうから、このまま戦線離脱、ね。
あとはあの木っ端天狗、得物からして真正面からの近接戦闘が得意みたいだけど、そんなもの、圧倒的パワーと体力を持った鬼の前じゃ文字通り虫ケラの如し。
「ちょっとー、河童取られたし、私の相手は誰よー?」
って、あの馬鹿鬼。何を手ぶらでぼさっと。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
――ま、いっか。河童の方はもう終わりそうだし、そうしたら残る木っ端天狗を三人一斉で、それでおしまいね。
「武器を持った奴が相手なら、R3号を使わざるを得ない!」
ん? 何だか今、河童の口から不穏な単語が飛び出した気が。
「おっ?」
今、何かが飛び立って――って、ありゃ、ブン屋の天狗。やばい気配に勘付いて、逃げ出したって事かしら。まぁでも、うん、確かに潮時ね。
「私ゃここらで一足お先、兎の速さで明日へ~~、脱兎さぁ♪」
そうして私はくるりと踵を返し……。
「……ぃ?」
額に当たる冷たい感触。鼻に飛び込む鉄の臭い。ぱらぱら落ち行く前髪の切れ端。
「逃がさないッス」
目の前に見えるのはとてもとても愛らしい兎ちゃんの顔。ただし、刃の表面に映った。
「何だかお前から、一番の悪っぽい臭いがするッス」
「……あーれー。そんな、こんなに可愛らしくて弱々しい兎になんて言いがかりを」
やれやれ。口調からしてこの行動、憑いてる神様じゃなくてこの天狗自身の意思によるものかしら。
木っ端の癖に鼻の利くっ!
「て言うか、悪の臭いの他にも……」
ん? あれ、木っ端だから鼻が利く、かしら。だって。
「何だか美味しそうな匂いがお前からするッス……」
だって確か、木っ端天狗って、その元の姿は……。
「……オレサマオマエ、マルカジリ」
狼!!
「いーやー! 食べられるぅー! もちろん性的じゃない意味でッ!!」
◆
「あ。お帰り早苗。で、結果は?」
肩で息する私に向かって、どこか楽しそうな八坂様の声がかけられる。結果なんて判りきってるけど、って、そんな顔してるし。
「……全滅、です」
まず最初に行った博麗神社。そこの巫女を叩き起こして事の次第を伝えたところ。
「大した事ないわよ、そんなの」
そう言ってまたすぐに布団に潜り込んだ。何を根拠にそんな、って訊いても、勘だからって、それだけ応えて後はぐぅぐぅ寝息をたてて完全にご就寝。あれきっと、眠くて寒くて面倒だからって、そんな理由よ。絶対!
で、次に行った自称ヒーローさんの家は見事に留守。
次こそは、って向かったレミリアちゃんの家では、出迎えてくれたメイドさんがまた奇妙な事を言う。
「お嬢様から聞いているわ。
ちょっと面白い事になりそうだけど致命的な事態にはならない予定だから、邪魔はしに来るなって」
予定って意味が判らないし、充分に事態は深刻な事になってる気もするんだけど、メイドさんはそれ以上はこちらの話を聞いてくれず、「大丈ぉ夫、間違ってぇない~♪」なんて暢気に鼻歌を歌いながら扉を閉めてしまった。いや、大丈夫じゃないって、間違ってるって絶対!
最後に行ったてゐちゃんの家でも、出て来た薬師の人が。
「聞いた限りじゃ、別に私達が出張る程の事態でもなさそうだし、今ちょっと忙しくて手が離せないから、また後で使いを寄越すわ」
なんて言って相手にしてくれない。昨日襲われたお姫様ってその家の人なんだそうだし、それでも良いんですかって訊いても、『死んだけど生きてるから』とかまた意味不明な言葉ではぐらかされて。それって何、私のお墓の前で泣かないでとか、そういうノリ!?
ああもう、幻想郷の人達ってよく判らない。そう、今話をしたのって、妖怪じゃなくて全部人間の筈なんだけどなぁ。まるで話が通じない……。
まぁ、ここは気を取り直して。
「八坂様、現在の状況は?」
「うん? ああ、まあ」
少し困った顔で応える八坂様。
「ちょぉーっち、まずい事になりそうかもー?」
ああもう、まじめに対処しないからそんな事に。
「まずい事とは」
「あの河童がねぇ、R3号を使うとか言い出してるのよ」
R3号?
「何ですかそれ?」
「いやね。
その昔R1号って言う名前の超兵器があって、で、その発展系としてR2号ってのも開発される予定だったんだけど、血を吐きながら続ける悲しいマラソンがどうたらこうたらとか色々あって、結局その超兵器開発計画は白紙になった」
「と、言うと」
「まぁ、額面通りに受け取るなら、幻になったR2号の、その更に発展強化型って事でしょうね」
経緯その他はよく判らないけれど、とにかく凄い強力な爆弾って事?
「それでしたら、私達、もしかして避難した方が?」
「ああ、別に避難の必要は無いわよ」
何だ。そんなに凄い物でもないんだ。
「何せ、R1号の時点で惑星一つ消し飛ばす破壊力があるんだから」
はい?
「河童の言う事がハッタリでなけりゃ、地球の一つや二つは軽く塵に帰せるわ」
ぇと、という事は?
「まぁ、必要が無いって言うより、正確には場所が無い、ね。逃げる為の」
いい――やああ―――――ッッ!!??
「どどどどどどどどどうするんですかあっ!?」
「念仏でも唱えとこっか?」
「神様の台詞じゃないでしょそれーっ!?」
「いやいや神仏習合?」
ああああもう一体どうしよう!? そうだ、穴! 映画みたいにシェルターでも掘ってその中に……。
「ちょっと早苗。なに犬みたいに地面ほっくり返してるのよ? 恥ずかしい」
ふぇ!?
「あ、いや、その」
しまった、ついパニくってまたおかしな事を……。
「安心なさいな、ちゃんと手は打ってあるわよ」
そう言って八坂様は、その両の掌を私の前に持ってきて。
「はいっ」
ぽんっ。
「ほら、手を打った」
…………。
どうしよう。八坂様が八坂様でなかったら、グーで一発いってるところよ。
て言うかどうせ地球が無くなるんだし、死ぬ前にここは、八坂様がッ、泣くまで、殴らせてもらおうかしら。
「お待たせしましたーっ」
ん? この声。
「あら。戻って来たわね。さすがに早い」
射命丸さんだわ。そう言えば私が戻って来た時には居なかったし。何処に行っていたのかしら。
「あの、八坂様、彼女は――」
「ああ、助っ人を呼びに行ってもらってたのよ」
え、助っ人?
「私には無駄とか言っていたのに?」
「早苗には無駄って言ったわよ。だって早苗、交渉事下手糞だし」
うっ。
「あと人選も悪いし。で実際、誰も連れて来れてないしね」
うううっ。内容が当たってるだけあって心がチクチク痛むなぁ……。
でも、人選って、射命丸さんが連れて来たのは……。
「ったくもう。何で山の面倒事に私達がかり出されなきゃならないのよ」
「文句言わない。文々。新聞にはお世話になってるんだし」
「姉さんの言う通り。それに、こんなにおっきな鬱の空気、私の演奏でハッピーにしてあげなきゃ!」
新聞で読んだ、確か、騒霊のプリズムリバー三姉妹。
それに。
「同業者のしでかした事だし、黙って見過ごすわけにもいかないわね」
ええと、確か……厄神様の……鍵山雛様?
あっ、そうか。新聞で読んだのに忘れてたけど、プリズムリバーのメルランさんって躁の音を操るっていうし、鬱ウィルスを抑え込むにはピッタリの人材! でも、他の三人は?
「さてと。必要なメンバーはそろった事だし、早速作戦の説明を――」
「ちょっと待った」
八坂様の声を遮ったのはプリズムリバーの……確か末っ子、リリカさん。そう言えば彼女、さっきも不満そうな事を口に出していたし。
「私達はまだ、貴方達に協力するって決めたわけじゃないけど?」
「ちょっと、リリカ」
黒い服を着た長女の……えっと、ルナサさんが妹をたしなめようとするけれど、それを遮ってリリカさんは続ける。
「私達もプロだし、常連さん相手でもないのにサービスで仕事ってわけにはいかないわ」
「一見さん相手だからこそサービスするもんじゃないのかしら。でないと新しい客に逃げられてお先真っ暗よ?」
「一見さんだからこそよ。お互いの後々に面倒を残さない為にも、最初はしっかりはっきりしなくちゃならないの。お客様は神様だなんて、そんな態度のまま思考停止したんじゃ、それこそお先真っ暗よ」
「いやまぁ、実際神様なんだけどね、私」
うわぁ、八坂様とリリカさんの間で火花が散ってる。苦手だなぁ、こういう空気。
さっき八坂様にもいわれたけど、私、こういうの下手だからなぁ。この間の一件も、一々あれこれ交渉するのが面倒だからってちょっと強引に博麗神社に話を持って行ったせいで、それであんな事になったと言えなくもないわけだし。
「そう、ねぇ」
八坂様が口を開く。
「この妖怪の山で、いつでもどこでも好きな様にライブを開ける、その権利っていうのは?」
「……少し安くない?」
「ここって、結構山の外の連中との関わりを避ける空気が強いからね。そんな中で完全自由にライブが出来るのよ?」
「……ふん。
でも貴方、ここでは新参なんでしょ? そんな大きなこと約束して平気?」
「新参っても、私はここの神様だし。
それに、山の天狗達は今、鬱ウィルスを抑えるのに精一杯で解決の為の行動が出来ないわけで、それに、ウィルスが山の外に漏れてその責任云々を周りから問われる事態にでもなったりしたら、それは上層の連中が最も嫌がる事だからね。
そうした事態を防いだ見返りって事にすれば、天狗達にノーとは言わせない」
「……オッケー。それで承ったわ」
あれ。何だか意外とあっさり、話がまとまった?
「あの、思ったよりあっさり……私てっきり、大金とかお宝でも要求されるものかと」
私は小声で八坂様に話しかける。
「ああ。彼女、言ってたでしょう? 要は客になめられさえしなきゃ良いのよ、向こうは」
「はぁ」
「初めて会った相手の言う事を何でもほいほいと聞いてれば、相手を調子に乗せて、その後も無理難題を見返りも無しに押し付けられる事になるかも知れない。だから向こうもこちらに甘い顔はできない。それだけの事。
というわけで今の場合、とりあえずあちらの顔を立てられるだけの報酬を提示して見せれば、それで良いのよ。別に彼女達だって、こちらを困らせたいってわけではないんだから」
うーん。何だかよく判らないけれど、まぁとにかく、話が上手く進んでいる分にはそれで良い、かしら。
「さて、それじゃ」
改めて八坂様が話を始めた。
「まず騒霊の次女、貴方はあの白狼天狗、と言うより彼女に憑いている秋姉妹へ全力で躁の音をぶつけ、鬱の気を押し出してちょうだい。大元である秋姉妹から鬱の気が抜ければ、分霊達も力を失う筈」
「りょうか~い!」
「あの、でも」
そこで雛様が心配そうな顔で口を挟む。
「秋姉妹の鬱の気は、増幅に増幅を重ねて、今ではとんでもない大きさになってしまってるわ。メルランさん一人の躁の音では、押し出す事は出来ても中和までは出来ない。それだと、行き場を失った鬱の気が新たな災厄の種に――」
「そこで貴方の出番、なのよ」
そう言って八坂様は雛様の肩にぽんと手を置き、そして、にかっと白い歯を見せて笑う。
「押し出された鬱の気は、貴方の言う通り災いの種となる厄だわ。という事はつまり、貴方の能力で集める事が出来る」
「あ!……確かに」
「その際、抜け出してきた鬱の気が周囲に漏れないよう、誘導する役割は騒霊の長女にお願いするわ」
「まあ、出来る限りの事はするわ」
あ、でも。いくら雛様が厄神様とはいえ、それだけの厄、て言うか鬱の気を一身に負わせるって、それは流石に可哀想な気が。
「そして最後に」
え、まだ続きが?
「雛がためた厄、鬱の気を、あの馬鹿四人に叩き込む!」
って、はい?
「今のあの四人は、言うなれば滅茶苦茶にテンションが上がってる状態だからね。だからため込んだ鬱をぶち込んで、少しは大人しくさせてやるのよ」
「あの、その」
大きく胸を張る八坂様に、また遠慮がちに雛様が声をかけた。
「でも私、集めた厄から鬱の気だけを抽出して投げるなんて、そんな器用な事は出来ないわ。だから、たまっていた他の様々な厄も、一緒になって彼女達にふりかかる事に――」
「うん、そうね」
うわっ、あっさり認めた。まさか八坂様、諏訪子様達を犠牲にするつもりなんじゃ。そんな、いくら諏訪子様が起き出してこの方、私がちょっと八坂様に冷たくなったからって……。
「大丈夫。あの四人だって並の人妖とはわけが違うんだから、ちょっと位の厄が憑いたって平気よ。
それに、あの素兎の能力で、厄の大半は中和される筈だから」
そっか! 忘れてたけど、そう、てゐちゃんの能力!
実際には、そんな目に見えて極端な幸運が授かるわけでもないそうなんだけど、そもそも厄ってもの自体がかなり抽象的なものなんだし、効果は期待できるのかも知れない。
八坂様、しっかりと考えてたんだ……。
「騒霊の三女には、姉達のサポートをしてもらう。
次女には全力を出してもらわなきゃならないけど、だからといって勢いが強すぎれば押し出した鬱の気が飛び散りかねない。長女の方も、最大限に繊細な誘導をしてもらわないと鬱が漏れて大変な事になる。
だから三女、貴方が姉達のバックアップとして、巧くバランスをとるのよ。一番重要で一番難しい仕事だけど、出来る?」
「当然! まぁ、私に任せれば万事オッケーよ」
うわ。どんどんどんどん話が進んでいく。何だかこう、このどうしようもないと思ってた事態も何とかなりそうな気がしてきて……。
「そして天狗、それから早苗!」
「はいっ!」
「っはひっ!?」
うわしまった。いきなり話を回されたものだから、びっくりして変な声が……。
「って、私達もですか?」
「何を呆けているのよ早苗。一人でのんびりでもするつもりだったの?」
ああ、そうですよね、それは。私、何を呆けて。我ながら情けない……。
「今言った通り、この作戦は非常に細かな作業が必要とされるわ。今のこの乱戦状態じゃあ実行はとても無理。
だから早苗、貴方は天狗と一緒に、風を使って奴らの動きを抑えるの。
どちらも潰し合いで随分と力を消費したみたいだし、全力を出せない天狗と修行不足の早苗でも、今なら何とか抑え切れる筈よ」
八坂様、さっきは冗談みたいな口ぶりだったけど、今のこの状況まで考えに入れて、それで諏訪子様達を戦わせたままにしていたんだ。
すみません八坂様。私、考えが浅くて、八坂様の事を悪く思ってしまったりして……。
「よしっ! それじゃあ最後に確認!」
八坂様が大きく声を上げる。ああ、格好良い!
「騒霊次女は鬱の気を押し出し、長女がそれを雛に誘導、三女は姉達のサポート!」
「は~い!」
「了解」
「オッケー!」
「雛は鬱の気を集め、それを四馬鹿に叩き込む!」
「判ったわ」
「天狗と早苗は風を使って奴らの動きを封じる!」
「はいっ!」
「判りました、八坂様っ!」
「その間に私は家に戻ってお菓子片手にごろごろしながら初代仮(我が町狙う黒い影)ーを一話から最終話まで通しで視ますッッ!!」
ち ょ っ と 待 て コ ラ 。
「あんた一体、何考えてんですか――ッ!?」
「え? え?
ちょっと早苗、何いきなりキレてるの? もしかして、最近流行りのキレ易い若者? ちょ、怖っ!」
何そんな本気で不思議そうな顔してやがらっしゃるのですかぁぁあア!?
「てかそもそも諏訪子様達を抑える役だって八坂様がやるのが一番確実でしょうに!? 何一人で楽しようとしてるんですかッ!!」
「楽ってそんな!
初代は初代でも、ウ(百万ワットの輝きだ)ンと違って九十八話もあるのよ? これを通しで視るっていうのに、それを楽だなんて!」
「ふーざーけーるーなー!」
「行け、我が精鋭達よッ!」
「強引に話を切るなっ!」
「んじゃま、後よぅろしくぅ!」
「逃げるな――――ッッ!?」
「抱きしめて遺~体ぃ~~♪」
「ニュアンスが何か違う上にそれ初代じゃなくてFIRST!?」
信っじられない。八坂様、歌なんか唄いながら本当に何処かへ行っちゃった!
ああっもう! 一瞬でも八坂様を格好良いと思った自分が恥ずかしいわ。
でも、もういい、忘れよう。今はとにかく、この場を治めるのが先決!
「行きますよ、射命丸さん! パワーを風に!」
「いいですとも!」
物凄い勢いで快く承諾してくれる射命丸さん。ああ、何だか心が和むわ。
「「風よっ!!」」
二人で声を合わせ、そうして巻き起こした風の力で諏訪子様達の動きを縛る。
あ、でも、どうせなら今の掛け声、「希望へ導け二つの心!」とかそうした方が格好良かったかなぁ――って、ててててて!?
「さ~な~え~、な~に~邪~魔~す~る~の~~!」
「ちょ! ちょちょちょちょちょちょちょちょ!?」
無理矢理に風の束縛を解こうとしてる!? 巨大化してる萃香ちゃんはともかく、あんなちっちゃな身体の諏訪子様やレミリアちゃんまで、なんて信じられない馬鹿げたパワー! 一瞬でも力が抜けない、て言うか長時間は持たない!
「プリズムリバーさん、早く!」
「判ってるわよ!」
そう言ってまずリリカさんが、そしてルナサさんとメルランさんが飛び出していく。
「行くわよ姉さん達。プリズムリバーライブin九天の滝、スタート!」
リリカさんがキーボードを叩く。
幻想郷に来てこんな近代的な楽器を見る事になるとは思ってもいなかったけど、そこから流れる音は私の想像していたものとは違って、確かに機械の鳴らす音なんだけど、でもよく判らない、強いて言うなら、昔の、ファミコンみたいな音?
「さあさあ! 弄られ役のワンちゃんもキャラかぶり気味の河童さんも、そして出番の少ない神様達も!
みんなみんな、私の演奏を聞いてハッピーになろう!」
響き渡るトランペットの大音響。私、音楽ってそんな詳しくないんだけど、何だろう、聞いてるだけでどんどん身体がむずむずして、底の方から熱くなって、そして何だか大声で歌いたくなってしまいそうなこの高揚感!
そんなハイテンポな音に押し出されて、椛さんの身体から、ずるり、と、黒く透明な、ゲル状にも見える何かが出て来た。これが鬱の気なの?
鬱の気は河城さんや、諏訪子様の呼んだ風雨に撃墜された妖精達からも、ううん、それだけじゃない、周囲のあちらこちらから緩い動きで集まってくる。恐らくは、山中に撒かれたウィルス、分霊からのもの。本体の姉妹神様達から鬱の気が抜けているのに同調して、分霊からも同じ様に抜け出してきているんだわ。
そして、その鬱の気を誘導するのが。
「鬱の気を纏う者が、こんな大騒ぎを起こしてどうするのよ? 貴方達は、もっと静かに一人で鬱ぐ事を覚えなさい」
ルナサさんの弾くヴァイオリンの音。とても綺麗で、でも何処か物悲しくて、聴いているとあれだけ火照った身体と心が静かになっていく。単体で聴く分にはどうやら気分の滅入る音らしいのだけど、こうして三人がそろって演奏すると……ううん、音自体はてんでばらばらで全然そろってないんだけど、でも不思議、心が楽しくなって、でも安らいで、とても気持ちの良い――これが、プリズムリバーが奏でる音楽の力。
「さぁ、いらっしゃい。
回り廻りて厄行く前に、回り踊りて厄受けましょう。人に届いて厄為す前に、雛が纏いて厄止めましょう」
雛様がくるりくるりと、まるで踊っているかの様に回る。その周囲、集まってきた鬱の気の塊がどんどんと巻き込まれていく。
最初に連想したのは綿菓子を作るあの機械。でも、これはそんな可愛らしいものじゃない。雛様の周りに集まる黒い塊は、止まる事なくその体積を膨らまし続けている。何ていう禍々しさ。下手をしたらこれ、物質化する寸前にまで圧縮されてきているんじゃ?……多分、私みたいな異能じゃないごく普通の人でも、はっきりと目に見て判る程になっていると思う。
しかもこれで、まだ鬱の気は椛さんや河城さんの身体から抜けきっていないのだから!
「うふふふふ……何よこれ? 何だかもう、本気で全てがどうでも良くなってきたわ……」
河城さんが奇妙な笑い声を上げた。
ううん、違う。今の声は、彼女に憑いてる神様の声。そんな彼女の掌の中に、いつの間にだろう、赤いボタンの付いた小さな器械が、足元の川の中から伸びるコードが繋がっている、まるで何かのスイッチの様な器械が――……!?
「まさか、R3号!?」
「花火は……素敵よね……どかーんと綺麗に……ほんの一瞬だからこそ……」
まずい! 何だか虚ろな目で変な事を呟き始めてる!
ど、どうしよう? とにかく、河城さんの所の風を特に強くして動きを縛って……。
「ちょっとこら緑人間!」
リリカさんの怒鳴り声。て言うか緑人間って私? 何その大昔の映画に出てくる怪人みたいなネーミング?
「風のバランスが崩れてる! 何やってるのよ!」
しまった。河城さんの方に意識が集中したせいで、他に対する縛めが緩んでいた。
「こっちは凄い繊細な仕事をしてるのよ! それが今ここで下手に中断されたら、集まった鬱の気が暴走して何が起こるか判らない!
だから貴方達は、こいつら一人残らず全員平等に動き止めてなきゃならないの! 判る!?」
「でも、このままじゃ河城さんが!」
「そこは頑張って何とかしてよ!」
頑張って、て、そんな……。
そうだ! 射命丸さんに飛んで行ってもらって、そうしてスイッチを奪ってもらえば!
全身全霊で構えれば、ほんの僅かな時間だけれども私一人で何とか支えられる筈。射命丸さんの速さならその間に!
「射命丸さん!」
「……はぁーあ、どうせ私なんか……」
……はぃー?
「形あるものは皆、結局いつかは滅びるんです。だったら別に、今消えたって……こんな事、無駄以外の何物でも……」
射命丸さんがやさぐれモードに突入してる!?
彼女の背中から黒い鬱の気が流れ出ていて――って、そう言えばすっかり忘れてた。射命丸さんも鬱ウィルスに感染していて、今まではそれをどうにか抑えていただけだったんじゃない!
ああ、それでも、少しずつでも鬱の気が抜けていっている為か、あれやこれやと言いながらも風を起こすのには協力してくれている。とは言え、この状況でスイッチの奪取を頼むのは無理。
どうする、どうする、どうする、私はどうする!?
「乙女のジンセイー……♪」
「ドッカーンはやめてぇ――っ!?」
「いいや! 『限界』だッ! 押すねッ!」
ああああ河城さんの指がスイッチに!?
どどどどどうしよどうしよこういう時はとりあえず人という字を三回書いて飲み込んでそれから机の下にもぐってああそうだ防災頭巾はどこにしまったかそれでもってオさないカけないシゃべらないで窓は開けた方が良いんだっけ閉めた方が良いんだっけそうだ脱出できなくなるから開けた方が良いんだ開いた方が良いんだカーテンを開いて夢の続き探さなくちゃて言うかむしろあたしのココロもアンロックだ閉ざした窓を開くこと決め――――!?!?
「贄符『御射山御狩神事』」
声が聞こえた。
その直後、何かが私の頬をかすめて飛んで行く。
「危なっ!?」
河城さんの身体を借りた神様が叫んだ。
彼女の手には変わらずスイッチが握られたまま。けれど、その下に繋がっていた筈のコードはぷっつりと切れて無くなっている。
「な、そんな! こんな嵐の中で剣を投げる? 無茶苦茶な!」
慌てふためく河城さんに向かって、私の後ろに立ったその方は悠然と言い放つ。
「私は武神、そして風の神。こんなそよ風の中で狙いを外すほど老いちゃいないわよ」
――ああっ八坂さまっ!
「何で? そんな、うそ……」
だって八坂様、一人で勝手にどっか行っちゃって、なのに、え……?
「あのねぇ、早苗」
「ふぁっ……」
少し困った顔の八坂様が、ゆっくりと、そしてふんわり優しく、私の頭に手を乗せた。
「イレギュラーに備え、最低一人は万能型を後方に配置しとく。基本中の基本でしょうに」
そうして、にかっと白い歯を見せてくれた。
……何だろう。
もう駄目だって思ってたのに。これ以上は無理だって、そう思ってたのに。
勇気が湧いてきた。力が湧いてきた。八坂様の顔を見た、たったそれだけの事で!
「よし、準備完了!」
雛様が叫ぶ。周囲に集められていた厄は今や巨大な玉の様になり、両手を頭上に掲げた雛様の、その真上に浮かんでいる。
やった。鬱の抽出、終わったんだ!
「ぃよーし雛、そいつを馬鹿共に思いっきり叩き込んでやりなさい!」
「判ったわ!」
頭上に厄玉を掲げたまま、雛様は空高くへと昇っていく。巨大化した萃香ちゃんよりも高く、九天の滝よりも高く。そうして周囲に何物も並ばなくなる高さまで昇って。
「いっっっけえええ――――ッッ!!!!」
渾身の声を振りしぼった叫びと共に投げ下ろした。
高速で落ちてゆく厄玉は途中で四つに分離し、正確に諏訪子様達四人を飲み込んで――……。
◆
◆
「お迎えに参りました、お嬢様」
「あ、咲夜ー」
全てが終わった九天の滝の前。
嬉しそうに手を振るレミリアちゃんと、笑顔でそれに応える綺麗なメイドさん。
「時間ぴったりね」
「ええ、言われた通りの時間に来ましたから」
また不思議な会話をしてるなぁ。どういう意味なのかしら、あれ。
「それで、どうでした?」
「久しぶりに全力で遊んだし、面白かったわぁ」
公園で遊んでいた子供を母親が迎えに来る。何だかそんな風景が思い出されて、ちょっと……。
……ちょっとヘコんだ。
ハハ、あれ、遊びだったんだ? 私の方は、こう、結構、世界の危機を救いましたー、みたいな達成感と脱力感があったんだけどなぁ。そっかぁ、遊びかぁ。だから麓の巫女は動かなかったんだー? アハハハハ……。
「早苗」
「何ですか、八坂様」
「地元の中学で成績トップ、名門高校に推薦入学して『ここでもまたトップ取っちゃおうかしらー?』なんて思ってたら、実際は中の上程度だったという現実」
「やかましいです」
だからそれ誰の体験談?
「さて、貴方達」
そう言ってレミリアちゃんがこちらを向いた。
「今回私が遊びに集中できたのは、貴方達が居てくれたからこそ、よ。感謝してるわ」
あれ。ちょっと意外。レミリアちゃんて、こういう素直な感謝を言う子じゃないって、何となくそんなイメージがあったから。
「お礼として、今度からはいつでもうちに遊びに来ると良いわ。レア物のお茶とお菓子を用意して迎えてあげる」
「お茶とお菓子ー? 随分安いわねぇ。あれだけ手間かけさせたくせに」
ちょっと八坂様! そういう事は思っていても口に出さない方が……。
「それだけの価値があるのよ。咲夜の用意するお茶とお菓子には」
レミリアちゃんは、嫌な顔一つ見せずにそう言い切った。
「それじゃ咲夜、行くわよ」
「はい、お嬢様。それでは皆様、失礼します」
メイドさんが瀟洒に礼をして、それから二人は飛び上がる。
「あー、ホント楽しかった! 次は妹も連れて来てあげようかしら」
「それはちょっと、難しいと思いますけど」
満足した笑みを浮かべるレミリアちゃんと、ちょっと困った笑顔のメイドさん。二人の姿は、すぐに夜の闇に消えて見えなくなった。
「さてと、うちのは……逃げたわね」
そう言って苦い顔をするのは、てゐちゃんの家の薬師さんが言っていた使いの人、妖怪兎の鈴仙さん。兎といっても、てゐちゃんとは随分と違った外見をしているけれど。
「どうも、うちのてゐが迷惑をかけてしまったみたいで、申し訳ないです」
「い、いえ」
「本当だったらこの場で土下座させてやりたいところなんですけれど……」
てゐちゃんのお姉ちゃん、みたいな感じなのかしら。礼儀正しくて良い人っぽい。
「ま、師匠の天網から逃れられるわけもないし、帰ったらおしおきを……って、そう言えば。
師匠が言ってましたけど、そちらの神様って、建御名方神だそうで?」
「ん? まぁ、そうね。
実際のところは私と諏訪子の共同ペンネームみたいなもんなんだけど。タケ☆ミナカタ」
え、そうなんですか八坂様?
「でしたら、海水や潮風を扱う事も?」
「ん? 出来なくもない、かな」
「そうですか。それでしたらうちの師匠が、後ほど御力を借りに来るかも、と」
兎におしおきで、海水、潮風って言うと。
「あの、鈴仙さん」
「何ですか?」
「その、あんまり酷い事はしないで下さいね」
「ああ、それなら大丈夫」
にっこり笑って鈴仙さんは言う。
「うちの師匠、腕の良い医者ですから」
……うわー、治療込みなんだ。前提条件からして。
「姫までやっちゃったわけだし、今回ばかりはしっかりお灸をすえないと」
姫って、そう言えば。
「あの、その、そちらのお姫様って、ええと、お亡くなりになったと――」
「ああ、はい、死にましたよ。生きてますけど」
……何それって禅問答? 私、神社の人間だからそういうのは苦手で……。
「不意をつかれたとはいえ、久しぶりにしっかりと殺されましたからね。姫の方もむしろ、面白かったなんて言って喜んでるくらいだし」
ああ。この人は結構普通かと思ったけど、やっぱり幻想郷の人だ。話がどこか通じてない。て言うか兎。
「それじゃまぁ、私はこれで」
そう言って鈴仙さんは飛んで行く。
さてこれで、レミリアちゃんは帰って、てゐちゃんは居なくなって、後は。
「萃香ちゃんは」
「んあ、私?」
彼女、この妖怪の山の何処かに住んでいるそうだけど、今日はこれからどうするのかしら。
「そうねぇ。
久しぶりに全力で遊んで結構疲れたし、今夜はこの心地良い疲労感と満足感を肴に、飲み明かす事とするわ」
子供の体力って、本当、無尽蔵ねぇ。いや、実年齢は子供じゃないのだけど。
――でも、さっきレミリアちゃんも言っていたけど、『全力で遊んだ』、この言葉が何だか、とっても爽やかな感じがして、そして、ちょっと懐かしく、ちょと羨ましい気がして。何だろう、胸の中がムズムズする。
まぁ、それはさておき。
「あの、河城さん?」
滝壺の脇で、何事も無かったかの様な平気な顔でキュウリを食んでいる河城さんに声をかける。
「さっきの、あの、R3号ですけど」
河城さんの暴走の危険は無くなったわけだけど、地球を破壊する程の兵器なんて、そんな物を放っておくわけにはいかない。
「何?」
「処分したほうが良いのでは?」
「えー、何で? せっかくの自信作」
「いえ、でも、あんな危ない物――」
「危ない? あれが? 何で?」
何でって、幻想郷どころか地球全体を危機にさらす様な……。
「だってあれの能力って、人間の里に住む六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)が集めている秘蔵のこけしコレクションを一瞬で全て粉微塵にする程度の能力なんだけど」
――は?
「って、何でそんな物!?」
「うえっ!?
い、いや、河童と人間は盟友だし、その位の冗談は笑って許してくれるかなーって……」
「そうじゃなくて! 何であんな緊迫した場面でそんな物を!?」
「いや、それは、あの時私の身体の主導権を握ってたのはあの神様達だったわけで、多分、私の記憶の一部を中途半端に読んで、それで誤解でもしたんじゃないの?」
「そんな……」
「あるいはわざと? 悪質な冗談?」
って言うと何? 私達あれだけ必死になって、それで六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)の秘蔵こけしコレクションを守ってたって、そういう事?
ああ、もし時を遡れるのなら、切羽詰っていたあの時の私に言ってやりたい。貴方が今守ろうとしているのは、六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)の秘蔵こけしコレクションなのですよ、って……。
「あ、最後に。『Rokurouさん』略してR3号ね」
満面の笑顔でそう言い残し、河城さんは川を泳いで下っていく。
うん。もう良い。名前とかはホントどうでも良いから。て言うかもう全てがどうでも良い気さえしてきた……。
――この事はもう忘れよう。懸念すべき事柄が一つ減った。それだけで万々歳じゃない!
そう、これであと、残る問題は――……。
「――っはぁ……どーせ私なんか……」
諏訪子様だけ、か。
「国の一つも守れないでさぁ、そんでもって仇敵に良い様に働かされて美味しい所は全部持ってかれて……ああ、私の人生全てがある意味お笑いだわよお笑い、ハッ!」
「ちょっとぉー、人を悪役みたいに言わない」
いやまぁ、八坂様は悪役だと思いますけど。外見的にも。
「それにしても、何で諏訪子様だけこんな」
逃げてしまったてゐちゃんは判らないからともかくとして、レミリアちゃんも萃香ちゃんも普段と変わりは無かったっていうのに、諏訪子様だけこうして、先程までの姉妹神様みたいに鬱いでしまっている。
それとは逆に。
「「♪Hey,Yo!」」
件の姉妹神様は、何だか随分と明るくなっている。
「You♪ are♪」「A FALLING!」
「It♪ is♪」「A FALLING!」
決断がヒップボーンになりそうなこの勢い。私英語得意ではないけど、何かが絶対に間違ってる気がする。て言うか、こういうキャラだったの、この方達? まぁ、メルランさん全力の躁の音を受けた、その影響なんでしょうけど。
「あの、推測でしかないのだけど」
胸の前で結われた特徴的な髪を弄りながら、雛様が話し出した。
「あの鬱の気は、もともと、神様である秋姉妹のものであって、で、それを集めて投げつけたのも神様である私。
そんなこんなで、同じ神様である彼女に変に共鳴してしまって、それで一身に鬱の気を集め込んでしまったのかも」
理由はともかく、どうしよう、この状況。ああ、あんなに明るくて可愛かった諏訪子様が……。
「それでは私達は、このお二人を連れて行きますので」
そう言って射命丸さんと椛さんが、不必要に陽気になり過ぎてしまった二柱の神様を連れて浮き上がる。
「今の状態じゃ何を言っても無駄だろうけれど、落ち着いたらさっきの話、ちゃんと聞かせてあげてちょうだいね」
八坂様の言うさっきの話。それは、幻想郷に於いては、私達は農作物の出来具合だとかそういった事には関与をしない、したとしても、それを人々の前に顕さない。要は、姉妹神様達の領分に私達は入り込まないって、そういう事。これで、来年以降はこんな騒ぎももう起きないでしょう。
「で、椛。
他所様に迷惑かける様なワンコは、しっかりと躾をし直す必要があるわ。
今夜は覚悟なさい?」
「わ、わふぅ……」
うわー、射命丸さん、すっごい良い笑顔。椛さん、可哀想に……。
そんな二人、+二柱の姿も、あっという間に夜の空へと消えていく。流石に天狗は速い速い。
本当、後はもう、諏訪子様さえ何とかなれば……――あ!
「そうだ、メルランさん!」
「なーに?」
簡単な話じゃない! メルランさんの躁の音を使って、諏訪子様の鬱を中和してもらえば!
「あの――」
「はいちょっと待つー」
言う前に遮られた。何なのよ、リリカさん。
「さっきは初めての方限定でサービスしてあげたけど、これはこれで別料金。はい」
そうして手渡された紙切れには。
「66兆2000億円」
……あーうー?
「あの、もしかして幻想郷って、物凄い勢いで貨幣価値の下落が起きてたり?」
「ヒント。博麗の巫女は、賽銭箱に一円札が入るととても喜びまーす」
悪戯っぽい笑顔でそんな事を言う。
一円札って、そんなの社会の授業でしか聞いた事ないって……。
「大丈夫」
ぽん、と肩を叩かれる。ああ、ルナサさん。
「暫くすれば元に戻るわ。それに彼女、もういい年なんだから、少しは落ち着きを持った方が良いと思うし」
落ち着きと鬱とではちょっと違う気が。それに私は、元気で明るいいつもの諏訪子様が好きなのにぃ……。
「プリズムリバーはクールに去るわ」
ルナサさんの、何故だかやけに格好の良い台詞と男前な笑顔を最後に残し、プリズムリバー三姉妹も帰っていく。
っはぁーああ。
何だかもう、結局今回のオチは、『教訓:小さい子にテレビを見せ過ぎないようにしましょう』とか、そういう事なの?
「あーあ。テレビなんてもうコ――」
――って危ない危ない。今、もっの凄いベタベタな締め台詞を言ってしまうところだった。
「おや~? 早苗今、何て言った~?」
……何て素敵に邪悪な笑顔。ああ、幻覚かしら。八坂様の口から、先が二つに割れた細い何かが出ている気がする。
「私も聞きたいわ。その先」
って、雛様まで!?
「早苗っちゃんのっ! ちょっといいトッコ見ってみったいっ♪」
ちょっと萃香ちゃん、煽らないで煽らないで!
「どうせ恥だらけの人生、何を今更……」
諏訪子様、酷っ!?
「さっなっえっ!」
「さっなっえっ!」
「そぉれさっなっえっ♪」
「……さーなーぇ~」
ちょっと何この異様なノリ!? どうしよう、ここで逃げると寒い奴とかって言われそうだし、でも……。
――あーもうっ! 判ったわよ――ッ!
「テ、テレビなんて、もう、コ、コッ……。
――コリゴリですぅーっ!!」
「ぷ」
「ぷあははははは! 現実で言った人間初めて見たぁー!?」
「ちょっと感動!」
「いよっ! 早苗ちゃんっ! かわゆいー! あいしてるうー!」
「……無様ね」
あああああああああ!!
もう寝るっ! 帰って寝るっ!
八坂様達の事なんて、もう、知らないんですからっ!!
◆
全てが終わり、誰も居なくなった九天の滝。
だが、彼女達は気付いていなかった。早苗も、神奈子も、諏訪子も、誰一人として。
けれども、ソレは確かにそこに居た。
そうして今、ソレは目を覚ます。全てが終わった筈のこの地で。
暗闇の中、ゆっくりと身を起こしてソレは――……。
フフ、おじょうずおじょうず」
「椛、あしたの任務ガンバッてね」
「うん」
「椛、なにか食べる?」
「山に帰って先輩の料理の方がいいな」
「椛……」
「…………」
「椛……
ねえ椛」
「やかましい! うっとおしいぞこのアヤ!」
「はァーい」
◆
――扉の開く音、子供達のざわめき声、そんなものが遠く、遠くに聞こえた気がして……。
「……ううっ、さむ」
窓から差し込む光が、気持ちの良い朝の到来を告げている。おかげ様で頭の方はしっかり覚醒。けれども、身体の方はお布団から離れようとしてくれない。
冬場の朝はいっつもこう。ううん、諏訪も結構冷えたけど、寒さではこちらの方が上かしら。何せ人里離れた山の上。自然が豊か過ぎて温暖化なんかとも見事に無縁。
ああもう。さっさと起きて朝ご飯を作らなきゃいけないって、そう頭では理解してるのに。寒いのよ遠いのよお台所までは。
「はあ、よっこいしょっと」
いつまでもうだうだしているわけにはいかないし、お布団の誘惑を何とか振り切って立ち上がる。何だか年頃の女の子が決して口にしてはならない掛け声を出してしまった気もするけれど、まぁ気にしない。誰も聞いてないだろうし。
襖を開けて寝室を出る。木で出来た廊下の感触がひんやり冷たくて、裸足じゃちょっと辛いかなぁ、なんて、ぼぉっとした頭でそんな事を思った瞬間。
「わぷっ」
何かが胸の辺りにぶつかってきて、そうして小さな悲鳴を上げた。
暫くは頭をぐりぐり腕をばたばたしていたその何か。目玉?を模した特長的な帽子の飾りが、私の目のすぐ下で揺れている。
「ふわっ。あ、早苗、お早う」
ようやく私の胸から顔を離したそれは、ちょっと赤くなっている目でこちらを見ながら朝の挨拶をしてきた。
「お早うございます、諏訪子様」
この守矢の神社で祀っている二柱の神様の内一柱であり、諏訪の神話に聞く洩矢神その人であるという諏訪子様。
洩矢神という事は守矢家の、更には私達東風谷一族の祖神である筈なんだけれど……外見からはそんな事、とても信じられないというか。だって、こんな十歳前後の可愛らしい女の子を、お婆ちゃんのお婆ちゃんの、そのまたそのまたずぅ――――っとそのまたお婆ちゃんだなんて、そんな事を言われても。もう一柱の方の神様だったら、まだちょっとは信じられるんだけど。外見的に。
「それにしてもこんな時間に。
今日は随分と早く起きられたのですね」
「あーうー。起きたというかまぁ、寝てなかっただけなんだけどねへぇ」
そう言って、眠そうに目をこすりながら小さなあくびを一つする諏訪子様。
「寝てなかったって、昨晩お友達が来てからずっと、アレを視ていたんですか」
「ええ、まぁ、大体は」
なるほど、道理で目が赤くなっているわけで。
「それで皆、疲れてお腹空いたって言うから、今台所に行こうと――」
『ちょっと、紅茶は無いのー?』
『おぉーい、ツマミはまだー?』
『お餅はもう食べ飽きたわー』
『あっついのはやめてよ! いちいち凍らすのも面倒だし』
諏訪子様の言葉を遮る四つの声。順に、えぇっと、紅い子、角の子、白い子、冷たい子……だったかしら。
「ちょっと待ってなさいってー。今持ってくからー」
そう言って台所に向かって走り出す諏訪子様の背中に、ちょっと待ったをかける。
「お待ち下さい諏訪子様。今これから、朝食を作りますので」
「あ、そうなの?」
それならば、と、諏訪子様は踵を返し、とたとた音を立てながら居間に駆け戻る。
さてと。それじゃ、急いでご飯の仕度しなくちゃ。紅茶は、確か、外の世界に居る時に買ったティーバッグが幾らか残っていた筈。それから魚を焼いてだし巻きを作って。これならおつまみ代わりにもなるだろうし。あとはお雑煮……って、お餅は駄目だったわね。熱いのも。あ、そうだ。年越し蕎麦の残りを茹でて、冷たいおつゆを添えて、それをあの子には出してあげよう。他の子へ出す汁物は……。
「ちょっと、早苗」
朝っぱらから何だか不機嫌な声。ああ、起きてたんですね。
「お早うございます、八坂様」
うちのもう一柱の神様。以上、説明終わり。
「いや、て言うか、何であいつは諏訪子様で私は八坂様?」
「いえ別に。八坂様は八坂様って小さい頃から呼んでいて、それで慣れてしまっていますからね。それだけです。深い意味はありません」
さて、そんな事より朝ご飯の準備を、っと。
「ま、そんな事より早苗、さっきの諏訪子とのやり取り、あれねぇ」
うわ、何だか話が始まっちゃった。参ったなぁ。今忙しいんだから後にしてくれないかしら。
「あそこは、『そんな夜更かしして!』って、叱るべき場面でしょうに」
ああ、その事。それなら。
「仕方ないじゃないですか。お友達の内の、あの紅い子、あの子基本的に夜しか行動できないそうですし」
「いや、それにしたってね。
夜通しでほぼずーっとアレを視っぱなしって、それは注意すべき点でしょうが」
ああもう。別に良いじゃないですか。
「子供のする事に一々文句をつけなくても」
「子供って。内四人は百や二百じゃとても足らない年月を生きてるんだけどねぇ」
「良いんですよ、実年齢なんか。見た目が可愛らしければ、それで万事オッケーです」
うわっこいつ言い切りやがった、って、そんな顔してるわね、八坂様。
ええ、そうですとも。私は一人っ子で、ずっと妹が欲しくて、で、幻想郷に来て色々あって、永遠に眠り続けると言われていた諏訪子様が起きてきて、その姿を初めて見て。その時思ったの。こんな可愛い子の為なら、私、何でもしてあげるって!
「あーあー。早苗もそうか、可愛いが正義とか、そういうこと言うか」
何か問題でも?
「ったく、昔、洩矢の王国に侵攻した時もそうだったわよ。
王様の諏訪子がさっさと降参したってのに、洩矢の奴ら、『ボ、ボクらの愛しき諏訪子タンに何て酷い事を!』『あ、あんな年増臭い奴の言う事なんか、毛頭聞いてやるつもりはござらんな!』とかなんとか言って反抗しまくって。
ったくもう。大和からの要請が『王国の支配権奪取』でなけりゃ、奴ら一人残らず湖の魚の餌にしてやってたとこよ。誰が年増だっての、誰が」
誰の事でしょうね、誰の。
て言うかまぁ、諏訪子様みたいな可愛らしい女の子を、八坂様みたいなオ……となの女性が虐めたりしたら、それは抗議の嵐が殺到するのも当然ですよ。誰だってそーする、わたしもそーする。
「それにしても八坂様。今の台詞、思いっ切り悪役丸出しな感じでしたけど」
「いやまぁ」
「まぁでも、そうですよね。人の背中から何か生えるなんて、そんなの、テレビやゲームで言えば、悪の大ボスが本気を出した時の定番ですしね」
「あれ!? 早苗、ちょっと前まで『主人公のパワーアップ時の定番みたいで格好良い!』とか何とか言ってなかった!?」
はてさて何の事やら。自分で勝手に都合の良い思い出を作らないでもらえます?
ついでに言うと、蛇のイメージを持つっていうのも悪っぽいし。祭りの場所に着いたらむやみやたらと喜びそう。いや、神様だから祭りを喜ぶの当然と言えば当然だけど、それとはまた違った意味合いで。
「ううう~。何か早苗、最近ちょっと冷たくない神奈? 神奈?」
「冬だからじゃないですか」
可愛く言ってみても無駄です。て言うかあんまり可愛くないです。歳を考えて下さい歳を。
洩矢の真実を知ってしまった今、そうそう昔みたいに無条件で敬う気にもなれません。あんな小さい子を虐めてたなんて。
「さびしいよ…………ああわたしは、こうして悲しみのまま、涙でずぶぬれになって死んで行くんだわ。
でも、誰もわたしの亡骸を見ても泣いてくれないでしょうね…………ため息くらいついてくれるかしら」
侵略者が言うべき台詞じゃないですよね、それ。
それにしても、やれやれ、八坂様の無駄話に付き合ったせいで、ご飯の用意が全然進んでないじゃ――……。
『おっはようございまーっす!』
勢いよく扉を開ける音と、同時に飛び込んでくる元気で気持ちの良い朝の挨拶。この声、天狗の射命丸さんね。
彼女が作っている文々。新聞。うちではこれを毎朝届けてもらって、幻想郷に来てから間も無い私達の大切な情報源とさせてもらっている。
天狗が作っている新聞は他にもあるらしいのだけど、彼女は私達が以前戦った麓の巫女達とも縁が深いらしく、その関係もあってうちでは射命丸さんの新聞を取る事にした。
毎朝届けてもらっているのは、まぁ、私の趣味、というか。新聞自体は毎日発行なわけではなく、届けてもらってるのはバックナンバーが殆どなので、別に一遍に持って来てもらっても良いのだけれど、毎朝新聞を読みながら朝食を食べるって、そういう事を、形だけの真似事でも良いからしたいな、って。
「はいはーい」
朝食の用意はとりあえず置いておき、私は玄関に向かって走る。
そこでは射命丸さんが、いつもの明るい笑顔で、そして今日は何だか格好良いポーズを決めながら。
「皆が死にたい私も死にたい! 文々。新聞編集長、射命丸文!」
――あれ?
……ぇぇと、『に』と『り』を、私、聞き違えた?
それともあれかしら。これってもしかして、ツッコミ待ちのギャグ? いやいやそれとも、幻想郷じゃあ結構普通の挨拶だったり? ああ、ごめんなさい、私こっちに来て日が浅いから、こういう時どういう顔をすれば良いか判らないの……。
――笑えば良いと思うよ。
ぃよしっ。
自分の中の何かに自分の中の何処かから巧い台詞を言って自己完結な補完計画終了!
というわけで、とりあえず何とでも取れる曖昧な笑顔で場を誤魔化しながら新聞を受け取る。ああ、事なかれ主義って、日本の誇るべき文化の一つだと思うわ。いや本当に。
さてと。気を取り直して新聞を見てみる。ええと、今日の見出しは――……。
“MAC全滅! 焼芋は神様だった!”
MAC隊員No.9、モモイさん(仮称 妖精)の談。
「ああ、はい。
あの時は隊員のマツキさん(仮称 妖精)の誕生会という事で、MACのメンバーが全員集まっていて……。
あ、MACっていうのは、『M』omizi’s 『A』ttacking 『C』rewの略で、モミジ隊長が私達みたいな妖精を集めて勝手に作った……そうそう、隊長が侵入者と対峙する前後に出て来て、戦闘を援護したり場の雰囲気を盛り上げたりするのが任務です。結構殉職者が多いですね。凶悪な巫女とか凶悪な魔法使いを相手にしたりしてますから。
……ええと、それで、マツキさんの誕生日という事で、皆すごく盛り上がってて。で、そうした中、突然、隊長の目付きが変わって鼻をくんくんと鳴らし始めたわけですよ。それを見て敵襲か、と、皆がざわめき始めました。
そうして『あれ』が襲ってきたんです。いえ、『あれ』と言っても、実際の姿は私も見ていないのですが……。確認できたのは匂い、そう、まるで……焼芋の様な……その匂いがしたなと思った直後、私は意識を失って……。
私は耐久力が高めなので、それで、他の隊員の皆よりも早く気がついたんですけど、その時には隊長、こんな風に、まるで犬が変わったかの様に……。
……ええ、はい。手も足も出ませんでした。姿すら確認できてないんですから。お恥ずかしい事ですけれど、完敗です。
あ、でも、言い訳させてもらうと、MACが『あれ』にやられたのは誕生会の最中に奇襲かけられたからであって、万全の状態で戦えば、まず負けなかったと思います!
ご存知の様に、隊長は発達した嗅覚と、それから千里眼を持っています。その隊長の網にかかってから私達に襲い掛かってくる、その間、実に15秒!!!
多分、同じシチュエーションで全滅しない防衛隊はないと思います」
緊急の用だと九天の滝裏に呼び出された私を待っていたのは、まるで犬が変わったかの様に暴言を吐く椛と、そして、彼女の(勝手に作った)部下のいささか奇妙な証言であった。
MACを襲ったのは何者なのか、その目的は、MACに何をしたのか、その後は何処へ消えたのか。判らない事だらけである。事の次第を聞きだそうにも肝心の椛がこれである。
「知ってるッスか? 椛っていうのは、葉っぱの死体の事なんスよ? 皆が綺麗綺麗ってもてはやすあの紅色は、葉っぱの血の色なんスよ……」
暗い顔でぶつぶつ呟いている、真面目で一生懸命な普段のワンコとはえらい違いだ。
「ほら椛、何があったのかは知らないけど元気出して。ネガティブになると、猫背になるって言うし。何てこった!」
「ポジティブ過ぎれば、息切れする。そんなもんッス」
「ほらほら、そんなこと言わない。良い天気なんだし表にでも出て、手の平太陽向けてフリフリ身体揺すれば、光のシャワーを浴びて今日も一日ぴかぴかよ?」
「でもねマジ落ち込んで、溜息出ちゃう日もあるッス……」
やれやれ、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
『私ね、眠くなっちゃった。お姉ちゃん、子守唄歌って。うふふふふふふ……』
ついには、こんな子供が聞いたらトラウマ確実の鬱台詞まで飛び出して……って、今の、椛の声と違う様な?
「自分のうしろに誰かがいる! 最近とりつかれたみたいなんス」
それと同時に突然、周囲に甘く良い匂いが漂って……そう、これは、モモイさん(仮)の話に出てた焼芋の匂い!
な、まさか、こっ、これは!? う、うわああああ――――ッッ!!??
◆
「ぇ、ええと」
何だろう、この、某大魔王が飛鳥の地に出現させた大魔宮の、その最後の最後の宮殿入り口の壁に書かれたメッセージの様なわざとらしさ満載の終わり方は。新聞記事としてこれで良いの? もしかしてこれ、ツッコミ待ち?
ああでも、目の前の射命丸さん、何だかもの凄く眩しい笑顔してるし……。
「今回はちょっと趣向を変えてドキュメンタリー風にしてみましたっ!
どうですかっ? 結構自信作なんですけどっ!」
どうもツッコミ待ちではなかったみたいで。ああ良かった、変なこと言わないで。
でもこれ、ドキュメンタリーって言葉の意味を完全に取り違えている様な……そもそも、ドキュメンタリーって新聞にかけられる言葉だったかしら?
「それにしても……」
「はいっ? 何でしょうっ!」
「いえ、射命丸さん、今日はいつにも増して元気があると言いますか、明るいと言いますか」
「いーえいえっ! そぉーんな事はありませんよぉーっ! はっきり言って、もう今すぐにでも死にたい感じですっ! て言うか、良ければ一緒に死にませんかっ?」
満面の笑顔で元気良く言われると、勢いに押されてつい「はい」とか言ってしまいそうで怖い。
どうもこう、さっきから射命丸さんの様子がおかしい気がする。て言うか、絶対おかしい。これってやっぱり。
「あの、記事に出てた『あれ』って――」
「そぉーっなんです。実は今日ここに来たのは、新聞をお届けにっていうのに加えて、これの事でちょっと相談がありましてっ!」
そう言ってくるりと背を見せる。そこに引っ付いていたのは二つの……ううん、二匹の……いえ、二人の、小さな女の子?
「はぁ……良いわよね、貴方達は。どーせ私達は――」
一人はそう言って溜息をつく、葡萄の飾りが付いた帽子をかぶった女の子。
「…………」
もう一人は無言でこちらを睨みつけてくる、紅葉の髪飾りをした女の子。
どちらも、それこそ手の平に乗っかるくらい、まるでお人形の様な大きさ。それが射命丸さんの背後に付いていた。
「やれやれ。変な臭いがすると思ったら同業者かい」
のたりのたりという足音と面倒くさそうな声が後ろから聞こえてきた。
「八坂様、ご存知なので?」
「あれ、早苗は知らないの? 神様よ、この二人。って言っても、そこに居るのは分霊みたいだけど」
分霊。あぁなるほど、それでこのミニサイズ、なのかしら。
「幻想郷の秋を司るその名も秋姉妹。確か……静葉と稔子だったかしら?」
「発音が微妙に違う気もするけど……どーでも良いわね……。
どうせ私達なんか、名前どころか存在そのものが、すぐに忘れ去られてしまう運命なんだから……」
うう、何だか暗いなぁこの方。もう一柱の方も、こちらの事をずーっと無言で睨んできて、怖いというか感じ悪いというか……。
「あの、射命丸さん? この方々は、どうしてこんな――」
「ええっ、それがですねぇーっ」
そうして射命丸さんが話すには。
この二柱の神様、MACを襲い、そうして椛さんに寄生したらしい。
……ううん。寄生って何だか言葉が怖いわ。ええと、取り憑いたらしい。どうも、椛さんの名前が秋を示す言霊を持つ上に戦闘能力もそれ程は高くない為、強引に襲って依り代とするにはうってつけだった様だ。
そうして椛さんに憑いたまま天狗達に回収されて後、自分達の分霊、言うなれば鬱ウィルスを一気にばら撒き始めたという。
「って、それじゃもしかして、私達もそのウィルスに感染する危険が!?」
どどどどどうしよう!? えっと、あ、確か箪笥にマスクがあった筈、あとは家に帰ったらようく手を洗ってうがいをしてそれからそれから――!?
「落ち着きなさいって」
「ぁ痛っ!」
いきなり後頭部をはたかれた。軽くだけど。何するんですか八坂様!
「この神社には私と諏訪子、二人分の神様の結界が張ってあるのよ? 他所の神様の影響なんか微塵も受けやしないわよ」
「ぇっと?」
「ま、判り易く言うと。
某冥界の神様の結界の中では最強を誇る黄金の闘士三人がかりでも(後々咬ませキャラになる)ワイバーン一匹に勝てないっていう、あれね」
余計に判りづらいです。
「って言うかそれ以前にーっ。
私自身できる限りテンションを上げてこの鬱ウィルスを抑えていますからっ、私からは感染する事はありませんよーっ!」
ああなるほど。それで射命丸さん、さっきからやけにウザ――もとい、うるさ……じゃなくて、無駄に元気が良かったんだ。
「懐に潜り込まれた上で一気にウィルスを撒かれましたから、ほぼ全ての天狗に感染してしまいましたけどーっ。
皆私みたいに何とかウィルスを抑え込んで、それから余力のある者は結界を張って、だから被害は今の所山に限定されてますねーっ! それでまーっ、これ神様の仕業ですし、それなら同じ神様に頼めば何とかなるんじゃないかって、それでここに来たんですよーっ!」
同じ神様……って言われても、正直、私なんか名前も知らなかった様な方々だし、対処法も、うーん……。
でもまぁ、人々、て言うか妖怪達の悩みを解決するのも信仰集めには大事だし、ここは一肌脱ぐとしましょうか。
「それで、あの、この方達は今までにもこうした事件を起こした事が?」
「いえいえーっ。
今までも毎年冬になると暗くはなっていたんですけれど、こうして異変を起こしたのは今年が初めてですねぇーっ!」
ふむふむ。となると、この一年の間で何かしら新たに加わった要因があって、それが元でこんな事に至ったと見て良さそうね。
そうすると後は、この一年、幻想郷で起こった大きな事件とかそういったものを……。
――って、あれ?
この一年での一大事っていうと?
「……良いわよね、貴方達は。こんな大きな神社を持ってて……」
そう言えばあの二柱の神様、さっきからしきりにこちらを睨んでいる様な。
「風雨を司る? 農業の神様? はっ、こいつはありがたい事で!」
え、ええと、もしかして。
「あの、八坂様」
「何よ?」
「あの、あちらのお二方のご神徳は?」
「うん?
ああ。姉の方は紅葉を司り、妹は豊穣を司る、だったかしら」
それってつまり……。
「ま、姉の方はともかく、ぶっちゃけ妹の方はうちと扱ってる品がかぶってるわねぇ」
あっ――ちゃー……原因はうちかぁ……。
「あーあ、どうせ次の秋の収穫祭には、私なんかみたいにチンケな神様じゃなくて、ここの様に派手で大きな力を持った神様が呼ばれるのだわ! 絶対にそうよ、私には判る」
外から突然、近い能力を持った神様がやって来て、そこに加え冬になって気分が落ち込んできた事も相まって、それでこんな暴走を始めた、と。
「あのっ、それでっ、何か解決策はあるのでしょうかっ!?」
「ぅえっ!?
あ、いや、その、とりあえず何かしらの方法を模索する方向で前向きに善処したいと思いますので、また後ほど!」
「はいっ!
ああっ、それにしてもっ。今日は大変ですっ! 昨夜もまた通り魔事件が起こったっていうのに、その上こんなっ!」
「通り魔事件って、またですか」
そう言えば昨日の新聞で読んだわね。何でもここ数日、夜になると幻想郷のあちらこちらで通り魔事件が起こっているらしい。狙われるのは、決まって弾幕ごっこをしている最中。不意打ちに近い形の上に圧倒的な力で一気に押し潰してくる為、被害者達にも犯人がどういった者なのかは判らないそうだ。
「昨晩やられたのは永遠亭のお姫様と竹林の人間。不意をつかれたとはいえあの二人が殺されるとは、犯人は並大抵の者ではありませんねーっ!」
「って殺され!? 死んだ!?」
「ああ大丈夫っ! 殺されましたけど生きてるそうですからっ!」
あれ? 私今、また何か聞き間違えた? あれっ??
「それでは私、一旦戻りますので、何か良案が浮かびましたらすぐにご一報をっ!」
そう言って射命丸さん……と背中についた神様達は飛んで行った。
「さて……どうしましょう、八坂様」
「ん? まぁ、風邪みたいなものだし、放っておけば治るんじゃない?」
それは絶対違うと思います。もう、八坂様ったら、自分が原因の一端だっていう自覚あるのかしら。
『ちょっとー、早苗ー?』
あれ、居間へと続く襖の奥から諏訪子様の声。何かしら。
「ああはい、何でしょう」
そう答えて居間を覗く私の眼に入ったのは、ぷっくりふくれ顔の諏訪子様と、それからお友達の四人の女の子。
「もー、早苗ったら。すぐに朝ご飯にするって言ってたくせに」
しまった。射命丸さんとの話に夢中になってつい……。
「申し訳ございません、すぐにご用意を!」
「やれやれ。ここのメイドは使えないわねぇ」
そう言って溜息をつくのは、吸血鬼のレミリアちゃん。
「まぁ良いじゃないの。
あ、ツマミに大豆とか鰯なんかは禁止ねー」
瓢箪片手に上機嫌な赤ら顔で声を上げるのは、鬼の萃香ちゃん。
「かわいそうにねぇ、一生懸命頑張っても、貰えるのはいっつも文句ばかり。
貴方、思い切ってここを離れて独立した方が幸せになれるかもねー」
何故だかやけににやにやとしているのは、妖怪兎のてゐちゃん。
「何でも良いから早くして! あっついの以外で!」
言いながらちゃぶ台をばんばん叩いているのは、妖精のチルノちゃん。
この四人は諏訪子様に新しく出来たお友達で、どの子も見た目通りの年齢ではないそうだし、レミリアちゃんと萃香ちゃんに至っては八坂様にも匹敵する程の力があるらしいけれど……。
……けれど、そんなこんなは実際どうでも良くて、とにかく皆、可愛いっ!
突然に可愛い妹が出来て、その妹がまた可愛い友達を沢山連れて来て。ああ、私、幻想郷に来て良かった!
こういう、女の子特有の賑やかさと華やかさに満ちた空間っていうのに憧れてたからなぁ。うち一人っ子だったし。友達も、まぁ、あんまり多い方とは言えなかったし。
あぁ、ありがとう神様!
あ、この場合の神様っていうのは諏訪子様の事ね。
あっ、あとそれから、諏訪子様のお友達を集めてくれたアレにも感謝しないと。
ありがとう、テレビ様。
幻想郷には神社や湖ごと引っ越したというわけで、当然、家の中に在った家電製品の類も全部一緒に幻想郷へと運ばれる事になった。
もちろん物はあっても電気が無い為、これらの品々はただの粗大ゴミになると思っていたのだけれど……。
恐るべきは河童の技術力。
うちに珍しい物が沢山在ると知るや否や、大喜びでやって来て、そうして一通りの電化製品を分解し、それから組み立て直し、それで新たに得た知識と技術を基に簡単な風力発電装置を作ってくれたのだ。
風を吹かせるのは私達の得意分野。こうしてうちでは、幻想郷では他に類を見ない程の素敵な電化ライフを送れるようになった。
そうして新天地でも元気に活躍できる事となった電化製品達の内、幻想郷の人や妖怪達に最も人気があったのがこのテレビ。
当然、電波なんかは受信できないので普通の放送は見れないのだけど、私がDVDに録画しておいた番組なら見る事が出来る。
最初の頃なんか、本当にもう、社会の資料集に載っている『電気屋の店先にプロレス中継を見に集まる人々』みたいな感じで、それこそ神社に入りきらない程のお客さんが毎日押しかけて。
さすがに今ではそれ程でもなくなったけれど、子供は好奇心が強いって言うし、それに録画してある番組の中に、私が小さい頃に視ていた子供向け番組が多く含まれてるっていう事もあって、あの四人は今でも毎日うちに遊びに来て、そうして諏訪子様と一緒にテレビを視ている。
「「「「「ワンツッ、スリフォ♪……」」」」」
ふふ、可愛い。今もまた、テレビを視ながら一緒に歌なんか歌っちゃって。
あの番組、私も好きだったなぁ。ワンツースリフォー、プリキュ――……。
「「「「「……ワンツッ、スリフォ♪ルットラー、ッセブーン♪」」」」」
5じゃなくて7――ッ!?
「って私そんな番組録画してた覚えありませんよーっ!?」
「ああ、それね」
ひょっこり顔出す八坂様。
「先代だったか先々代だったかが子供の頃、私が言って録画させたやつ。本放送当時のだから幻の十二話ももちろんあるわよ!」
何だか物凄く自慢げに胸を張ってるけど、すみません、さっぱり意味判らないです。
「にしてもまぁ。この家、『アニメ』とか『トクサツ』ばかり。しかもこれって、古くて珍しい物から最新の物まで色々あるって言うじゃない?
ここのメイドってもしかして、『オタク』っていうやつ?」
ああ! レミリアちゃんが最近覚えたての単語を駆使して微妙に嫌な勘違いをしちゃってる!?
「あー、違うわよ吸血鬼、うちの早苗は」
そ、そうですよね、八坂様。そもそも、アニメやヒーロー物の殆どは……。
「オタクって言うかむしろ隠れオタだから」
ちょっと待て――ッ!?
「うちの早苗ってば、この歳になっても毎週土曜日夕方から日曜朝にかけてはニコニコしながらテレビの前に座って信(だホゥ~)送→長野朝(にゅにゅにゅにゅ)送をご覧になってるくせに、学校で『東風谷さんってアニメとか見るのー?』とか話題を振られても『えっと、私“漫画”とかよく判らないし……』と不自然な程に“アニメ”という単語に触れるのを警戒し、更に『あ、でも、子供の頃は“ド(国民的猫型自動人形)ん”とか“サ(国民的海産主婦)ん”とか好きだったなぁ』などと聞かれもしない事を(フォローのつもりで)口走ったりするような娘だから」
いやいやちょっとちょっと!
「“B(オサレポエム)H”の映画が見に行きたくてしょうがないんだけど、でも『映画館はきっと小学生の男の子ばっかりだろうし、そんな所に私みたいな歳の女の子が一人で居たら絶対浮くだろうなぁ……こういう時、弟が居たらなぁ……』などと無駄な葛藤を繰り返すも結局我慢できず、冬休みを利用して平日の朝一の回、それも近場の松本じゃなくて電車で二時間近くかけて長野市内まで行って、そうしていざ映画館に入ってみたら、思ってたよりも同い年位の女の子が多くてちょっと安心。『兄様あれ反則過ぎでしょ、でもカッコイイ!』とか『ラストは良い石×朴でした』とかご満悦の表情で映画館のフロントに出たら、そこは家族連れとカップルで一杯。『あれ、私、何やってんの?』と一瞬で心が寒くなるも、それはそれとしてチケット半券片手にア(ニメのことなら)ト長野店に寄って特典グッズを貰って、ついでにリ(かてきょー)ンのグッズまで買って帰るような娘だもんねぇ」
台詞長ッ! て言うか!
「具体的な会社名とか地名を出さないで下さいよ! 全くの嘘話だっていうのに、何だか妙な信憑性が出てくるじゃないですか! て言うかそれ誰の体験談!?」
「特撮系の掲示板に一人称『オレ』で書き込んでいたのも、今となっては良い思い出よねぇ……」
「いい加減でやめて下さいーッ!!」
ああもう! 何でこう、根拠の無い作り話をスラスラと言えるかなぁ。八坂様のベロってきっと、先っぽをようく確認したら二つに割れて……。
「ああ、あれよ。人間、正直が一番よー?」
いーやーっ! お酒臭い息の女の子に見事に勘違いされてるぅ!? 何だか可哀想な者を見る目つきで私を見ないでぇー!
「ち、違いますよ!
アニメや特撮の、それもちょっと古めの物が多いのは、うち、外に在った頃、信仰が全然集まらなくて、それで八坂様仕事が無くていつも家でごろごろしてて、その退屈を紛らわす為に、ビデオショップで中古になった品を安く大量に買ってきたせいで……」
「あーあー。ムキになって否定するところが、また一段と怪しいわねー」
てゐちゃん!?
ま、まずい。これは、小学校高学年の教室で特によく発生する、認めても認めなくても関係無しな強制決め付けスパイラル!
一度これにハマったが最後、抜け出る手段は『周りの人間が飽きるのを待つ』だけという――……。
「うぴっ」
突然肩に乗せられたひんやりとした感触に、思わず変な声が漏れてしまった。
後ろを振り返ると、そこには白い歯も眩しい笑顔を見せるチルノちゃん。ああ、貴方は判って――……。
「腐女子」
――覚えたての言葉を意味も判らず振り回す子供っていうのは、時にひどく凶悪なものになると、今、知りました。
そんなこんなで叩きのめされた私は、だから、あの小さな囁き声を完全に聞き逃してしまっていて――……。
◆
「……ねぇ、さっき玄関で話してたあれ、今夜はあれにしない?」
「良いわね。なかなかに面白そうだわ」
「私らで派手に楽しくさせてあげようじゃない!」
「あんまり目立ち過ぎるのもどうかと思うけどねー」
「良いじゃない! ドカンとやろう! あたいたち最強なんだから!」
◆
「っふぅ~、やれやれ」
今日一日飛び回って、そうして事態解決の手口すら見つからず。九天の滝裏に戻ってきた私は、盛大に疲れた息を漏らす。
ああ、何だかもう、どうでも良くなってきたわねぇ。どーせ私達天狗だっていつかは死んで消える運命なんだし、今こうしてあれこれ頑張ってるのも、結局の所は無駄になってしまうのは避けられないわけで、だったらいっそ……。
「って、危ない危ない!」
頭を振るって邪念をはらい、両の掌で頬を打って気合を入れ直す。まずいなぁ、流石に一日中テンションを上げてるのはきつい。早めに対策を講じないと、抑えきれずにウィルスの被害が山の外にまで広がりかねない。そうなったら責任問題がどーたらこーたらと、上が一番嫌がる面倒な事態になっちゃうしなぁ。ああ、世知辛い世知辛い。
感染元のワンコはと言えば、ナイフみたいに尖ってはさわる者皆傷つける雰囲気丸出しの為、今じゃ鎖に繋がれてまるで飼いワンコの風体。
やれやれ。いくら奇襲を喰らったとはいえ、狼っていったらねぇ、我が意を尽くす、アイアンウィル(鉄の意志)とかって、そういう感じで精神力が強いものなんじゃないの? なのに情けない。
まぁ、この辺りの事は、椛が元に戻ってから、からかいのネタとして存分に使わせてもらうとしましょうか。その為にもさっさと解決策を見付けないと。
「……ん?」
何だろう。椛の目付きが急に鋭くなって、そして物凄い勢いで鼻をくんくん鳴らし始めた。
まさか、こんな時に敵襲!?
……うん、私にも感じる。妖気、それも馬鹿でかいのが三つ、良く判らないのが一つ、その他が一つ、合わせて五つ、かなりの速さで迫って来る。スペルカード用意、何を、高位の物は発動が間に合わない可能性、低位の、それでいて防御に適した広範囲型、よし。
胸ポケットからカードを取り出しつつ、全身ずぶ濡れになるのにも構わず私は滝を突っ切る。
そして表に出たと同時、カードを掲げて宣言する。
「風神『風神木の葉隠れ』!」
私を中心にして無数の木の葉が周囲を包み込む。
「うんんっ!」
五つの何かが木の葉の結界に衝突し、そうして弾け飛ぶ。その衝撃で「風神木の葉隠れ」も解除されたけど、とりあえず初撃は防いだ。椛のおかげで、ほんの僅かだけれども初動が早まったのが幸いしたわね。
「何者?」
もしや噂の通り魔か?
私のさす指の先、五つの影が体勢を整えてこちらに向き直る。
それは五人の少女――いえ、もっと小さい――五人の……幼女?
「!?」
突然、背後で何かが弾けた様な音がした。前方に不審者が居るというのに、思わず後ろを振り返ってしまう。
「……って、ちょっとちょっと」
目に映ったのは、横一文字に切り裂かれた滝の流れと、そこから姿を見せる、太刀と盾を構えた少女の姿。
参ったわね。さっきの衝撃で鎖が外れたのかしら。
ああ、前門の虎、後門の狼。特に後ろの方は文字通りの意味で。そりゃ確かに私は事件が好きだけれども、それは傍から眺めるのが好きなだけであって、巻き込まれるっていうのはちょっと……ホント、参ったなぁ、やる気なくすなぁ……。
――何だか、今、凄く死にたい気分。私、そういう顔してるでしょう?
◆
「本当にこっちで間違いないのですか!?」
「間違いないって。て言うか早苗、同じ山の中の様子くらい、気配で判るようになりなさいよ。本当、修行不足ねぇ」
そいつは悪ぅございましたね!
「ああ、でも、何でこんな……」
今日の夕方、またいつもの通り諏訪子様のお友達が遊びに来て、テレビを視始めて。
そうして夜も更けていって、諏訪子様達はずっとテレビを視ていて、八坂様はまた色々と文句を言っていたけれど、私は、まぁ良いかって、そうして先に床に就いた。
それがさっき、突然に大きな音と振動が神社を襲い、何事かと私は飛び起きた。諏訪子様達は大丈夫かって、慌てて居間に行ったけれどそこには誰もおらず、それから境内をくまなく探し回ったけれどもやはり見つからない。
どうしよう、どうしようって、真っ青になっている私の前に、八坂様が現れて言った。
「諏訪子達なら、さっき出かけたわよ?」
そうして私と八坂様は今、諏訪子様達の気配が感じられるという九天の滝へと向かって飛んでいる。
……ん? 九天の滝? そこって確か、秋の神様に憑かれた椛さんが捕まってる場所じゃ?
あれこれ考えている内に、私達は目的地へと到着した。
吹く風の冷たさが身にしみる冬の夜の滝、諏訪子様達五人の姿はすぐに見付かった。
「諏訪子……様?」
様子がおかしい。
五人の前に、大きな剣と盾を持った一人の女の子が立ちはだかっている。彼女は確か椛さん。でも、何で、こんな状況?
「――あの~、すみませ~ん――」
小さな声が聞こえた。
声のする方、私達の足元より遥か下に見える滝壺、そこで白いシャツの少女が一人、仰向けで浮かんでいて――って、あれ、射命丸さん!?
「大丈夫ですか!?」
慌てて高度を落とし、彼女の元に飛び寄った。
「いやいや、面目ありません……。
鬱ウィルスのせいで、攻撃を避けようとしても『もういっその事……』とかなって勝手に身体が弾に吸い寄せられてしまう始末。
今の私では、彼女らを止める事は出来ません……」
ああ、一体、どうしてこんな?
「ふふふふ、どうやら観客がそろったようね」
今度は上から声がした。諏訪子様とお友達が、皆一様に楽しそうな顔で――ううん、てゐちゃんだけは、頭に手を当てて苦い顔をしているけれど――とにかく、そんな様子で笑っている。
「さあ、皆、行くわよっ!」
「「「Yes!」」」
「へぇ~い」
諏訪子様の掛け声と同時に、五人が一斉に動き出した。
……ええっと、このノリって、もしかして?
「弾けるカエルの香り、キュアミシャグージ!」
「てちょっと!? 弾けちゃ駄目でしょそれは!? 香りっても爆竹の火薬の臭いとかしそうですよ!?」
「煌く氷のエレメント! 白の魔法使い、マジバカー!」
「いやいきなり二人目からして違うじゃないですか! ってか自分でバカとか言っちゃったよこの子!?」
「血は人間の絆。愛の証し。愛の為に血を啜る少女、スカレトーマン!」
「語呂悪っ! てか五人じゃないし! 五人じゃないしっ!」
「正直さを失わないでくれ。弱いものをいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。例えその気持ちが何百回裏切られようとも。それが鬼の最後の願いだ」
「台詞長っ! 何で巨大化!? それ以前にこれ名乗り口上じゃないでしょ! むしろお別れしそうな勢いですよっ!」
「あたくし、生まれも育ちも山陰因州――」
「既に子供向けですらない――ッ!?」
「「「「「我等五人そろって!」」」」」
「「「「「Yes!家族スパイエースはつらいよッッ!!!!!」」」」」
「そろってないって!? ありきたりなツッコミで申し訳ないですけどそれ以外に言い様がないしッ!!」
……って、つい勢いで律儀にツッコミを……。
「早苗」
……何ですか、八坂様。
「今の全部にツッコめるなんて、貴方も相当マニアねぇ」
やっかましいです。
「何処かの誰か様に、無理やり視聴に付き合わされたおかげですわ」
それも試験前とかの忙しい時期に限って。
「チルノ、目標を駆逐する!」
名乗りを終えた五人の中から、まずチルノちゃんが椛さんに向かって飛び出した。
それにしても、目標を駆逐するって……。
「早苗」
「……何ですか、八坂様」
「ほら、ここは、『五人組なら“お前を殺す”とか言わなきゃ駄目でしょーッ!?』ってツッコミを入れる場面よ?」
……もう無視。八坂様は無視。
それはともかくこの状況、あの子達が色々なテレビ番組の影響を変に受けてしまって、それでこんな事を始めてしまったって、そういう……?
「通り魔行為を行っていたのも彼女達だったみたいで、何でも武力による紛争解決って名目で、弾幕ごっこをしている者達を襲っていたようです」
傷ついた身体を何とか起こして射命丸さんが言う。
そっか……私、夜は寝ていて気が付かなかったってだけで、これまでも諏訪子様達、こんな事を……。
「氷精が勝手に! 『一番』は『槍』だって言うのがこの国の慣わしなんじゃあないの?」
レミリアちゃんがカードを掲げる。同時に手の中に現れる……何、あの馬鹿みたいにおっきな紅い光の槍!?
「必殺『ハートブレイク』、レミリア・スカーレット、目標を狙い撃つわぁ!」
レミリアちゃんが槍を放つその前方、高速で真っ直ぐ一直線に突進するチルノちゃんに向けて。
「豊作『穀物神の約束』」
椛さんの背中から声が聞こえた。瞬間、無数の光の線がチルノちゃんを迎え撃つ!
「人呼んでチルノスペシャル!!」
巧い! 台詞の意味は判んないけれど、ともかく強引に自分の進路を曲げてレーザーをかわし――って。
あっ。
「なんじゃそりゃあああ!?」
レミリアちゃんの投げた槍に見事に被弾。お笑い芸人みたいな叫び声を上げながら落ちていく。
「邪魔よ妖精!」
憤慨するレミリアちゃんの背後、今度は巨大化した萃香ちゃんが大地を揺らしながら迫って来る。
「伊吹萃香、目標を破砕する!」
「て、ちょっと!?」
目の前にレミリアちゃんが居るのにも関わらず、全力の拳を叩き込む。滝の流れが真ん中で爆ぜて、その背後の岸壁を穿つ轟音が辺りを揺らす。次々と滝壺に落ちてくる大きな岩の塊。
……て言うか、何て常識はずれな一撃。単なるグーの一発であれって、あんなのうちの神社が喰らったらそれだけで消し飛んでしまうんじゃ……。
「ちょっと、危ないじゃないの!」
「あー? あんたが鈍いのが悪い」
「鈍い? 吸血鬼の私に向かって? お前みたいな木偶の坊が?」
「何、やろうって――ん?」
味方同士で諍いを始める二人の周囲を、無数の小さな影が取り囲み弾を撃ち込み始めた。
「ちっ!」
「うぉあいたたたた!?」
雨の様な弾幕を、レミリアちゃんは高速ですり抜けていくけれども、身体の大きい萃香ちゃんは避けるに避けられずまともに喰らう。
あの小さな影……あれって、妖精達?
「ああ! 彼女達は椛の部下、MACの隊員です! 椛と同様、彼女達も鬱ウィルスに犯されていたようですね」
オーバーリアクションな解説、ありがとうございます射命丸さん。
「ちょっと何よこいつら! 単なる妖精にしてはやけに速いし弾も痛い!?」
相対的に見ればまるで蚊トンボの如き大きさの妖精達に振り回される萃香ちゃん。受けているダメージは少ないようだけれど、彼女の攻撃の方も全く当たってはいない。
「妖精とは、自然の力そのもの」
突然、後ろで声がした。八坂様の声でも、射命丸さんの声でもない。
背中を走る冷たい何か。
「当然、木の精や花の精なんかも居る」
いつの間にか、私のすぐ後ろに居た。声がするまで、全く気が付かなかった。
「そうした精に私の力、豊穣を司る力を使えば、その生命力を大きく増幅させる事が出来る」
二柱の神様を憑けた白狼の少女。野生の、特に肉食の獣は気配を絶つ能力に優れるとは言うけれど、それでもここまでとは……。
「そして椛、紅葉の言霊を名に持つ彼女とお姉ちゃんの力が融合すれば」
風が吹いた。
そう感じたのとほぼ同時、私の遥か上空で、何か硬い物と硬い物がぶつかり合う音が響いた。
「その力は何倍にも膨れ上がる……!」
空を見上げる。そこにはいつのまにか椛さんの姿と、そして、彼女の剣を両手で受け止めるレミリアちゃん。
「人狼……か。この国にも居るのねぇ」
どこか嬉しそうにレミリアちゃんが唇を舐めた。瞬間、彼女の右足が掻き消えて、同時に紅い線が対峙する二人の間を走った。盾を前に構えながら一瞬で身を離す椛さん。
蹴り……だったの、今の? さっき、私の背後からレミリアちゃんに襲い掛かった時の椛さんの動きもそうだけど、速すぎて私の目では何が起こったのか追いきれてない。
「誇って良いわ。片手じゃ防ぎ切れなかった」
そう言って自分の手から流れる血を舐めとり、そうしてその幼い顔に不釣合いな程の妖艶な笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、私の全身を悪寒が走り抜けた。周囲を包む冬の夜の冷たさ、そんなものとは全く異質の、まるで無数の小さな針で全身を撫で回されている様な、そんな気持ちの悪い寒さ!
「家に持ち帰って、番犬にするのにちょうど良いかしら?」
蝙蝠みたいな形の羽を広げる。途端、小さい筈の彼女の身体が何倍にも大きく膨れ上がった様に見えた。
「ちょっとー。私にも遊ばせなさいよー!」
レミリアちゃん達よりも更に上、今度は――諏訪子様の声!
「輝く蛙の弾けるナニカ、受けてみなさい!」
ちょっと待て――ッ!?
「だからそれ弾けさせちゃ駄目ですって諏訪子様っ!」
「弾けちゃ駄目? じゃ、ブチ撒ける?」
「余計に駄目ですよ!?
て言うか、蛙って諏訪子様の眷属でしょう? 何でそう、ことさらに弾けさせようとしたりしますか!?」
「ええと、自分の部下を爆弾代わりって、そういうのよくある話じゃない?」
「それ悪役の場合です!」
「こうかはばつぐんだ!」
「そりゃ抜群でしょうよ! 私だって絶対受けたくないですよそんなものっ!」
――もう、諏訪子様って、見た目は愛らしいのに結構変わってるかも……やっぱり神様だから?
「早苗?」
ああもう何ですか八坂様。
「自分でシリアスなムードを作っておきながら自分のツッコミでぶち壊す。ある意味見事な一人ボケツッコミであった」
ぃやっかましいです。
「まったくもう。早苗がそんなに言うなら仕方が無い。ここは真面目にいきますか」
ああ、良かった。やっと真面目に――って、真面目?
「さて、それでは!」
諏訪子様がぽんと掌を打ち鳴らす。途端、今まで綺麗に晴れていた空があっと言う間に雲で埋められていく。ぽつり、と、雨が降ってきた。風も吹いてきた。そうしてそれらは、目で見ていてはっきりと判る位の速さでその勢いをどんどんと増していく。
「ちょ!? まさか、待ちなさい!」
異変を察したのか、顔色を変えたレミリアちゃんが諏訪子様に向かって叫ぶ。けれど、既にトランス状態に入っている諏訪子様から返事は無い。
ずしり、と、私の両肩に見えない圧力がかけられる。
遥か上空に浮かぶ諏訪子様、その背後に集まる巨大なオーラの圧力。次第に大きくなっていくそれは、やがて一つの形を成していく。それは、そう、薬局の前でいつも大きな頭をガタガタさせている、あの――!
「洩矢諏訪子、土着神『ケロちゃん風雨に負けず』、介入行動を開始する!」
瞬間、風と雨の勢いが一気に増した。
まるでバケツをひっくり返したかの様な――ううん、そんな生易しいものじゃない、まるで消防車のポンプから放水されたかの様な勢いで文字通り叩きつけてくる雨。そして風も、周囲に生えている木々が何だか割り箸で作った玩具か何かみたい、面白い位に、現実味を感じない位に、ぽきぽきと折れて吹き飛ばされていく。
私も風や雨を呼ぶ事が出来るけれど、それが何だかおままごとの様に思えてきてしまう。
て言うか、このままじゃ私達も危ないんじゃ……?
『――ポロロッカ、ポロロロッカ、ポロ、ロッカロンロン♪』
……何? 今の、雨と風の音に阻まれて、小さく、でも確かに聞こえた……歌声?
歌声のした方、滝の中ほどに目を遣って――って。
「何、あれ」
豪雨で視界もままならないけれど、でもこれははっきりと判る。滝の流れが、ちょうど真ん中の辺りで途切れているのだ。
ううん。途切れているんじゃない。中ほどまでは上から下へと普通に落ちている滝の流れが、そこから先、重力に逆らって下から上に逆流している!?
『こっのっ想いは大瀑布ぅーっ♪』
逆流した滝の流れは、まるで生き物の様にうねりながら上空の諏訪子様に襲い掛かる。
滝の流れ、逆流……これってもしや、廬山五老蜂の――!
「ああっ、あれは!?」
「し、知ってるんですか射命丸さん!?」
吃驚した。いきなり大声出すものだから。
射命丸さんの指差す先、滝の裏側から姿を現したのは……あれは河童の、確か河城さん。
「っはぁ~、良いわよねぇ、貴方達は……」
……あれぇ? 何だかいつもと雰囲気の違う気が。って言うかあのノリって。
「何とした事でしょう! 河童は技術力に秀でる分、妖力では天狗にやや劣ります。どうやら彼女、鬱ウィルスを抑え切れなかったようです!」
オーバーリアクションな解説、ありがとうございます射命丸さん。
「早苗」
ああもう煩いなぁ、何です八坂様?
「バトル展開に必須の驚き役と解説役、見事な連携プレーであった」
はいはい無視無視。て言うか誰が『と』の付く二人組ですか。
「ああ、あと、滝の逆流で真っ先に聖(うろたえるな小僧――!!)矢が思い浮かぶって、それってオタ女子の中でも結構年齢が――」
「ぃぃやっっかましいですっ!! ってか別に年齢関係ないじゃないですか!? 最近だってほら、ずっと被差別民族だった魚や牡牛や蟹の星座の人達が名誉を回復し――」
っていけないいけない。ここでのせられては。ほら、八坂様、「してやったりぃ~」みたいなニヤニヤ顔してるし。ああもう、腹立つなぁ。
こんな馬鹿やってないで気を入れないと、諏訪子様の起こした風雨に巻き込まれて――って。
「……止んでる?」
嘘。もしかして、河城さん、諏訪子様の術を解除させちゃったの!?
「水の気に水の気をぶつけて相殺させたか。
五行の理無視した荒業。あっぱれな河童ねー」
諏訪子様が嬉しそうに笑っている。それとは逆に。
「そりゃまぁ、河童は水棲生物だからねぇ。水の中で戦えば強いわよ、水の中で戦えば……」
河城さん、何だか悪態つき始めてるし。
「て言うかねぇ? テレビで見せてもらったヒーロー物に出てくる怪人のさぁ、水棲型の奴。設定にも『水中戦に強い』とか書かれてるのに、何で陸の上で戦わせるのよ?」
……ああまた、わけの判らない話が。
「海老フェノクが何で水中戦やらせてもらえないのよ! 何でアズミンデッドが陸の上で戦わにゃならんのよ! そりゃ鯛焼き鉄板顔面に当てられてのた打ち回りもするわっ!
河童だって川の中でなら鬼すら倒せるっていうのにさぁ……ああ、ホントもう、ヤル気なくす……」
ええと、どうしたものかしら。ツッコミを入れられる雰囲気でもないし、慰めの言葉でもかけた方が――?
「それにそこの人間!」
「ぅえっ!?」
人間て、わ、私?
「スペルで海とか出してて、何それ、水属性持ってる私への当てつけ!? 何だかそっちの方が凄い派手で格好良いし!」
「うええええ!? いや、その、あのっ、すみません!?」
「っあー……。
満を持して表舞台に立てたかと思えば、新しくやって来た神様達が見事に水属性だの両生類属性だのとでかぶってるときた。
そんじゃ私に残ってる存在意義は発明ネタだけ? 色々造って騒ぎ起こして最後はドカーンでアフロで『もう発明はコリゴリよー(泣)』ってか? ははっ、こいつぁ愉快愉快!」
――参ったなぁ。どうもまた、うちが原因の一端になってる感じで。
て言うか両生類属性? 河童?
「面白い! 蛙と河童、どちらか真に愛されるべき川辺のニュル肌緑色生物なのか、ここで一つ決ちゃぉうぶふっ!?」
「何考えてるの、この変態生物っ!」
レミリアちゃんの、文字通り目にも止まらぬツッコミが諏訪子様の後頭部を直撃。ああ、帽子の飾りがぐらぐら揺れている。あれ、あんまり強い衝撃を与えると取れそうで怖いなぁ。
「んな!?
外人の貴方には判らないのかも知れないけれど、遥か昔から時には雨季の道路の轍の上で、時には理科室の大きな机の上で、時には日(まげにとびつこう)村の忍者食の店で、長きに渡って人々に愛され続けてきた蛙が、ペシャンコにもならない内臓も見せない食卓にも並ばないそんな腑抜けた架空生物河童如きに負けるわけにはいかないの! こちとら身体はってんのよ!?」
「脊髄反射で物を喋るな! 私が言いたいのはそうでなく!」
どうしたんだろう、彼女。随分と怒って、それに肩で息なんかして、ちょっと見ない内に随分とダメージを受けている様な感じが。
「雨! 使うなって言っておいたでしょう! 苦手なんだから!」
「あ……。
いや……そ、その。ちょいとミスッた、すっかり忘れてた、いや、ごめん! スマナイ、スカーレット君」
「次にやったら、貴方の後ろから爆竹を突っ込んで山の神社の賽銭箱に放り込んであげる!」
ちょ、レミリアちゃん、そんな子供が口にしてはいけない様な壮絶プレイ!?
……いや、蛙+爆竹+賽銭箱っていうのは、ある意味とても子供らしい気がしなくもないけど。
にしても、諏訪子様達、いっそ気持ちの良い位に『力を合わせる』って事ができてないなぁ。
ああもう、何だか色々わけの判らない事ばかりで頭が痛いけれど、とにかく、いつまでもこの状況を放っておくわけにはいかないわ。
何とかしてこの場を鎮めないと!
「早苗」
何ですかもう、八坂様、おかしなボケとかツッコミとかはまた後に……。
「あの中に割って入るつもりなら、やめといた方が良いわよ」
……へ?
「な、何ですか、そんな――」
「や、だって、今までの流れを見ててねぇ、早苗、どうにか出来ると思ってるの?」
それは、まぁ……でも!
「だからってこのまま――」
「一対一ならともかく、あの乱戦に下手に首突っ込んだら、まぁ無事は保証できないでしょうね」
……確かに。特に諏訪子様とレミリアちゃんと萃香ちゃん、あの三人に至っては例え一対一でも抑えきれるかどうか。鬱ウィルスに感染しているとはいえ、あの射命丸さんまでこんなになってしまう位だし……。
……ううん、でも、いや、だったら。
「だったら八坂様の御力で何とか!」
「え? 嫌よメンドげふんごふんっ」
うーわー、ツッコむ気すら無くすほどのわざとらしさ抜群な咳き込み方。
「いやいや。ここは、古来より伝わるこの方法。手に負えないものが複数同時に出てきたら、それらをぶつけ合わせて潰し合いをさせるという」
はぁ?
「うわー、北から巨大爬虫類が、ひやー、南からは巨大哺乳類が、よし、こうなったらこいつら二匹を戦わせてしまえー。
まぁ、こんな感じ」
「そんな、昭和の昔に使い古されたような手を今更!」
「いや、二十一世紀になっても結構普通に使われてた気が」
ああもう駄目駄目! 八坂様は役に立たない!
とは言え射命丸さんもまともには戦えないようだし、私一人では……。
「そうだ!」
簡単な話じゃない!
「助っ人を呼んできます!」
「助っ人ぉ?」
「はい。麓の巫女と、自称ヒーローの魔法使いと、あとはレミリアちゃんやてゐちゃんの家の人達を呼んで、そうして――」
「ああ、まぁ、好きにしたら? 無駄だと思うけど」
もう、一々突っかかるなぁ。もしかして、最近私が諏訪子様ばかりかまってて八坂様に冷たい事、根に持ってたりするのかしら。大人気ない。
でもまぁ、そんなこんなは今は後回し。とにかく大急ぎで、まずは博麗神社に――!
◆
「ったく、やっかいな事になったわねぇ」
昨日、姫達を襲った時点で既にかなりやばかったんだけど、やれやれ、この派手好き達にも困ったものだわ。
私としては正直、姿を隠したままで適当に騒ぎを起こすだけで良かったんだけどー。レミリア、萃香、諏訪子、こいつら力が強いわけだし、だから後先ってのを考えずにやっても何とかはなるんでしょうけど、私はあまり、無理無茶ってのは好まないのよねー。
あーあ。私の能力で他のメンバーが幸運になるわけだから、こういう面倒な事態にはならないと踏んでたんだけどなー。あ、もしかして、吸血鬼の能力のせいかしら。こんなややこしい事になったのは。数奇な運命に導かれ、てな感じで。迷惑だわー。
「にしても、思ったより苦戦してるわねぇ」
あの三人、単体では最強クラスなんだけど、協力って言葉をまるで知らない連中だからねー。ひるがえって相手の方は、数は多いけれど実質は鬱姉妹の機動人形扱いなわけで、見事な連携プレーでこちらを翻弄してくれてる。
でも、ま。それでも善戦止まりだけど。
「見るが良い! 我が必殺ののびーる――」
「遅い」
「うわぁム!?」
河童の手から光る何かがのびーるその前に、五間近くも離れていた吸血鬼が一瞬で眼前に接近。
そうそう。それが吉ねー。
連携が出来ないっていうのなら、そんな事は無視して強引に単体の勝負に持ち込んでしまえば良いのよ。それも、なるたけ相性の良い相手に。
水術や各種面白ウェポンでの多彩な飛び道具を持つ河童も、吸血鬼の身体能力の前じゃ、そんなのまともに使わせてすらもらえない。水術自体は吸血鬼に効果的でも、基本スペックが違い過ぎるんじゃあ意味なしね。
「雨は駄目って言うし、じゃあ次は何にしようかしら。いきなりミシャグジさまってのも難だし、えっと――」
彼女の役目はもう充分に果たされているわ。さっきの無差別広範囲攻撃で、いくら強化されているとはいえ基の耐久力の低い妖精達は、実質既に使い物にならない位のダメージを受けてるし。夜の吸血鬼と違ってそう簡単には回復も出来ないだろうから、このまま戦線離脱、ね。
あとはあの木っ端天狗、得物からして真正面からの近接戦闘が得意みたいだけど、そんなもの、圧倒的パワーと体力を持った鬼の前じゃ文字通り虫ケラの如し。
「ちょっとー、河童取られたし、私の相手は誰よー?」
って、あの馬鹿鬼。何を手ぶらでぼさっと。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
――ま、いっか。河童の方はもう終わりそうだし、そうしたら残る木っ端天狗を三人一斉で、それでおしまいね。
「武器を持った奴が相手なら、R3号を使わざるを得ない!」
ん? 何だか今、河童の口から不穏な単語が飛び出した気が。
「おっ?」
今、何かが飛び立って――って、ありゃ、ブン屋の天狗。やばい気配に勘付いて、逃げ出したって事かしら。まぁでも、うん、確かに潮時ね。
「私ゃここらで一足お先、兎の速さで明日へ~~、脱兎さぁ♪」
そうして私はくるりと踵を返し……。
「……ぃ?」
額に当たる冷たい感触。鼻に飛び込む鉄の臭い。ぱらぱら落ち行く前髪の切れ端。
「逃がさないッス」
目の前に見えるのはとてもとても愛らしい兎ちゃんの顔。ただし、刃の表面に映った。
「何だかお前から、一番の悪っぽい臭いがするッス」
「……あーれー。そんな、こんなに可愛らしくて弱々しい兎になんて言いがかりを」
やれやれ。口調からしてこの行動、憑いてる神様じゃなくてこの天狗自身の意思によるものかしら。
木っ端の癖に鼻の利くっ!
「て言うか、悪の臭いの他にも……」
ん? あれ、木っ端だから鼻が利く、かしら。だって。
「何だか美味しそうな匂いがお前からするッス……」
だって確か、木っ端天狗って、その元の姿は……。
「……オレサマオマエ、マルカジリ」
狼!!
「いーやー! 食べられるぅー! もちろん性的じゃない意味でッ!!」
◆
「あ。お帰り早苗。で、結果は?」
肩で息する私に向かって、どこか楽しそうな八坂様の声がかけられる。結果なんて判りきってるけど、って、そんな顔してるし。
「……全滅、です」
まず最初に行った博麗神社。そこの巫女を叩き起こして事の次第を伝えたところ。
「大した事ないわよ、そんなの」
そう言ってまたすぐに布団に潜り込んだ。何を根拠にそんな、って訊いても、勘だからって、それだけ応えて後はぐぅぐぅ寝息をたてて完全にご就寝。あれきっと、眠くて寒くて面倒だからって、そんな理由よ。絶対!
で、次に行った自称ヒーローさんの家は見事に留守。
次こそは、って向かったレミリアちゃんの家では、出迎えてくれたメイドさんがまた奇妙な事を言う。
「お嬢様から聞いているわ。
ちょっと面白い事になりそうだけど致命的な事態にはならない予定だから、邪魔はしに来るなって」
予定って意味が判らないし、充分に事態は深刻な事になってる気もするんだけど、メイドさんはそれ以上はこちらの話を聞いてくれず、「大丈ぉ夫、間違ってぇない~♪」なんて暢気に鼻歌を歌いながら扉を閉めてしまった。いや、大丈夫じゃないって、間違ってるって絶対!
最後に行ったてゐちゃんの家でも、出て来た薬師の人が。
「聞いた限りじゃ、別に私達が出張る程の事態でもなさそうだし、今ちょっと忙しくて手が離せないから、また後で使いを寄越すわ」
なんて言って相手にしてくれない。昨日襲われたお姫様ってその家の人なんだそうだし、それでも良いんですかって訊いても、『死んだけど生きてるから』とかまた意味不明な言葉ではぐらかされて。それって何、私のお墓の前で泣かないでとか、そういうノリ!?
ああもう、幻想郷の人達ってよく判らない。そう、今話をしたのって、妖怪じゃなくて全部人間の筈なんだけどなぁ。まるで話が通じない……。
まぁ、ここは気を取り直して。
「八坂様、現在の状況は?」
「うん? ああ、まあ」
少し困った顔で応える八坂様。
「ちょぉーっち、まずい事になりそうかもー?」
ああもう、まじめに対処しないからそんな事に。
「まずい事とは」
「あの河童がねぇ、R3号を使うとか言い出してるのよ」
R3号?
「何ですかそれ?」
「いやね。
その昔R1号って言う名前の超兵器があって、で、その発展系としてR2号ってのも開発される予定だったんだけど、血を吐きながら続ける悲しいマラソンがどうたらこうたらとか色々あって、結局その超兵器開発計画は白紙になった」
「と、言うと」
「まぁ、額面通りに受け取るなら、幻になったR2号の、その更に発展強化型って事でしょうね」
経緯その他はよく判らないけれど、とにかく凄い強力な爆弾って事?
「それでしたら、私達、もしかして避難した方が?」
「ああ、別に避難の必要は無いわよ」
何だ。そんなに凄い物でもないんだ。
「何せ、R1号の時点で惑星一つ消し飛ばす破壊力があるんだから」
はい?
「河童の言う事がハッタリでなけりゃ、地球の一つや二つは軽く塵に帰せるわ」
ぇと、という事は?
「まぁ、必要が無いって言うより、正確には場所が無い、ね。逃げる為の」
いい――やああ―――――ッッ!!??
「どどどどどどどどどうするんですかあっ!?」
「念仏でも唱えとこっか?」
「神様の台詞じゃないでしょそれーっ!?」
「いやいや神仏習合?」
ああああもう一体どうしよう!? そうだ、穴! 映画みたいにシェルターでも掘ってその中に……。
「ちょっと早苗。なに犬みたいに地面ほっくり返してるのよ? 恥ずかしい」
ふぇ!?
「あ、いや、その」
しまった、ついパニくってまたおかしな事を……。
「安心なさいな、ちゃんと手は打ってあるわよ」
そう言って八坂様は、その両の掌を私の前に持ってきて。
「はいっ」
ぽんっ。
「ほら、手を打った」
…………。
どうしよう。八坂様が八坂様でなかったら、グーで一発いってるところよ。
て言うかどうせ地球が無くなるんだし、死ぬ前にここは、八坂様がッ、泣くまで、殴らせてもらおうかしら。
「お待たせしましたーっ」
ん? この声。
「あら。戻って来たわね。さすがに早い」
射命丸さんだわ。そう言えば私が戻って来た時には居なかったし。何処に行っていたのかしら。
「あの、八坂様、彼女は――」
「ああ、助っ人を呼びに行ってもらってたのよ」
え、助っ人?
「私には無駄とか言っていたのに?」
「早苗には無駄って言ったわよ。だって早苗、交渉事下手糞だし」
うっ。
「あと人選も悪いし。で実際、誰も連れて来れてないしね」
うううっ。内容が当たってるだけあって心がチクチク痛むなぁ……。
でも、人選って、射命丸さんが連れて来たのは……。
「ったくもう。何で山の面倒事に私達がかり出されなきゃならないのよ」
「文句言わない。文々。新聞にはお世話になってるんだし」
「姉さんの言う通り。それに、こんなにおっきな鬱の空気、私の演奏でハッピーにしてあげなきゃ!」
新聞で読んだ、確か、騒霊のプリズムリバー三姉妹。
それに。
「同業者のしでかした事だし、黙って見過ごすわけにもいかないわね」
ええと、確か……厄神様の……鍵山雛様?
あっ、そうか。新聞で読んだのに忘れてたけど、プリズムリバーのメルランさんって躁の音を操るっていうし、鬱ウィルスを抑え込むにはピッタリの人材! でも、他の三人は?
「さてと。必要なメンバーはそろった事だし、早速作戦の説明を――」
「ちょっと待った」
八坂様の声を遮ったのはプリズムリバーの……確か末っ子、リリカさん。そう言えば彼女、さっきも不満そうな事を口に出していたし。
「私達はまだ、貴方達に協力するって決めたわけじゃないけど?」
「ちょっと、リリカ」
黒い服を着た長女の……えっと、ルナサさんが妹をたしなめようとするけれど、それを遮ってリリカさんは続ける。
「私達もプロだし、常連さん相手でもないのにサービスで仕事ってわけにはいかないわ」
「一見さん相手だからこそサービスするもんじゃないのかしら。でないと新しい客に逃げられてお先真っ暗よ?」
「一見さんだからこそよ。お互いの後々に面倒を残さない為にも、最初はしっかりはっきりしなくちゃならないの。お客様は神様だなんて、そんな態度のまま思考停止したんじゃ、それこそお先真っ暗よ」
「いやまぁ、実際神様なんだけどね、私」
うわぁ、八坂様とリリカさんの間で火花が散ってる。苦手だなぁ、こういう空気。
さっき八坂様にもいわれたけど、私、こういうの下手だからなぁ。この間の一件も、一々あれこれ交渉するのが面倒だからってちょっと強引に博麗神社に話を持って行ったせいで、それであんな事になったと言えなくもないわけだし。
「そう、ねぇ」
八坂様が口を開く。
「この妖怪の山で、いつでもどこでも好きな様にライブを開ける、その権利っていうのは?」
「……少し安くない?」
「ここって、結構山の外の連中との関わりを避ける空気が強いからね。そんな中で完全自由にライブが出来るのよ?」
「……ふん。
でも貴方、ここでは新参なんでしょ? そんな大きなこと約束して平気?」
「新参っても、私はここの神様だし。
それに、山の天狗達は今、鬱ウィルスを抑えるのに精一杯で解決の為の行動が出来ないわけで、それに、ウィルスが山の外に漏れてその責任云々を周りから問われる事態にでもなったりしたら、それは上層の連中が最も嫌がる事だからね。
そうした事態を防いだ見返りって事にすれば、天狗達にノーとは言わせない」
「……オッケー。それで承ったわ」
あれ。何だか意外とあっさり、話がまとまった?
「あの、思ったよりあっさり……私てっきり、大金とかお宝でも要求されるものかと」
私は小声で八坂様に話しかける。
「ああ。彼女、言ってたでしょう? 要は客になめられさえしなきゃ良いのよ、向こうは」
「はぁ」
「初めて会った相手の言う事を何でもほいほいと聞いてれば、相手を調子に乗せて、その後も無理難題を見返りも無しに押し付けられる事になるかも知れない。だから向こうもこちらに甘い顔はできない。それだけの事。
というわけで今の場合、とりあえずあちらの顔を立てられるだけの報酬を提示して見せれば、それで良いのよ。別に彼女達だって、こちらを困らせたいってわけではないんだから」
うーん。何だかよく判らないけれど、まぁとにかく、話が上手く進んでいる分にはそれで良い、かしら。
「さて、それじゃ」
改めて八坂様が話を始めた。
「まず騒霊の次女、貴方はあの白狼天狗、と言うより彼女に憑いている秋姉妹へ全力で躁の音をぶつけ、鬱の気を押し出してちょうだい。大元である秋姉妹から鬱の気が抜ければ、分霊達も力を失う筈」
「りょうか~い!」
「あの、でも」
そこで雛様が心配そうな顔で口を挟む。
「秋姉妹の鬱の気は、増幅に増幅を重ねて、今ではとんでもない大きさになってしまってるわ。メルランさん一人の躁の音では、押し出す事は出来ても中和までは出来ない。それだと、行き場を失った鬱の気が新たな災厄の種に――」
「そこで貴方の出番、なのよ」
そう言って八坂様は雛様の肩にぽんと手を置き、そして、にかっと白い歯を見せて笑う。
「押し出された鬱の気は、貴方の言う通り災いの種となる厄だわ。という事はつまり、貴方の能力で集める事が出来る」
「あ!……確かに」
「その際、抜け出してきた鬱の気が周囲に漏れないよう、誘導する役割は騒霊の長女にお願いするわ」
「まあ、出来る限りの事はするわ」
あ、でも。いくら雛様が厄神様とはいえ、それだけの厄、て言うか鬱の気を一身に負わせるって、それは流石に可哀想な気が。
「そして最後に」
え、まだ続きが?
「雛がためた厄、鬱の気を、あの馬鹿四人に叩き込む!」
って、はい?
「今のあの四人は、言うなれば滅茶苦茶にテンションが上がってる状態だからね。だからため込んだ鬱をぶち込んで、少しは大人しくさせてやるのよ」
「あの、その」
大きく胸を張る八坂様に、また遠慮がちに雛様が声をかけた。
「でも私、集めた厄から鬱の気だけを抽出して投げるなんて、そんな器用な事は出来ないわ。だから、たまっていた他の様々な厄も、一緒になって彼女達にふりかかる事に――」
「うん、そうね」
うわっ、あっさり認めた。まさか八坂様、諏訪子様達を犠牲にするつもりなんじゃ。そんな、いくら諏訪子様が起き出してこの方、私がちょっと八坂様に冷たくなったからって……。
「大丈夫。あの四人だって並の人妖とはわけが違うんだから、ちょっと位の厄が憑いたって平気よ。
それに、あの素兎の能力で、厄の大半は中和される筈だから」
そっか! 忘れてたけど、そう、てゐちゃんの能力!
実際には、そんな目に見えて極端な幸運が授かるわけでもないそうなんだけど、そもそも厄ってもの自体がかなり抽象的なものなんだし、効果は期待できるのかも知れない。
八坂様、しっかりと考えてたんだ……。
「騒霊の三女には、姉達のサポートをしてもらう。
次女には全力を出してもらわなきゃならないけど、だからといって勢いが強すぎれば押し出した鬱の気が飛び散りかねない。長女の方も、最大限に繊細な誘導をしてもらわないと鬱が漏れて大変な事になる。
だから三女、貴方が姉達のバックアップとして、巧くバランスをとるのよ。一番重要で一番難しい仕事だけど、出来る?」
「当然! まぁ、私に任せれば万事オッケーよ」
うわ。どんどんどんどん話が進んでいく。何だかこう、このどうしようもないと思ってた事態も何とかなりそうな気がしてきて……。
「そして天狗、それから早苗!」
「はいっ!」
「っはひっ!?」
うわしまった。いきなり話を回されたものだから、びっくりして変な声が……。
「って、私達もですか?」
「何を呆けているのよ早苗。一人でのんびりでもするつもりだったの?」
ああ、そうですよね、それは。私、何を呆けて。我ながら情けない……。
「今言った通り、この作戦は非常に細かな作業が必要とされるわ。今のこの乱戦状態じゃあ実行はとても無理。
だから早苗、貴方は天狗と一緒に、風を使って奴らの動きを抑えるの。
どちらも潰し合いで随分と力を消費したみたいだし、全力を出せない天狗と修行不足の早苗でも、今なら何とか抑え切れる筈よ」
八坂様、さっきは冗談みたいな口ぶりだったけど、今のこの状況まで考えに入れて、それで諏訪子様達を戦わせたままにしていたんだ。
すみません八坂様。私、考えが浅くて、八坂様の事を悪く思ってしまったりして……。
「よしっ! それじゃあ最後に確認!」
八坂様が大きく声を上げる。ああ、格好良い!
「騒霊次女は鬱の気を押し出し、長女がそれを雛に誘導、三女は姉達のサポート!」
「は~い!」
「了解」
「オッケー!」
「雛は鬱の気を集め、それを四馬鹿に叩き込む!」
「判ったわ」
「天狗と早苗は風を使って奴らの動きを封じる!」
「はいっ!」
「判りました、八坂様っ!」
「その間に私は家に戻ってお菓子片手にごろごろしながら初代仮(我が町狙う黒い影)ーを一話から最終話まで通しで視ますッッ!!」
ち ょ っ と 待 て コ ラ 。
「あんた一体、何考えてんですか――ッ!?」
「え? え?
ちょっと早苗、何いきなりキレてるの? もしかして、最近流行りのキレ易い若者? ちょ、怖っ!」
何そんな本気で不思議そうな顔してやがらっしゃるのですかぁぁあア!?
「てかそもそも諏訪子様達を抑える役だって八坂様がやるのが一番確実でしょうに!? 何一人で楽しようとしてるんですかッ!!」
「楽ってそんな!
初代は初代でも、ウ(百万ワットの輝きだ)ンと違って九十八話もあるのよ? これを通しで視るっていうのに、それを楽だなんて!」
「ふーざーけーるーなー!」
「行け、我が精鋭達よッ!」
「強引に話を切るなっ!」
「んじゃま、後よぅろしくぅ!」
「逃げるな――――ッッ!?」
「抱きしめて遺~体ぃ~~♪」
「ニュアンスが何か違う上にそれ初代じゃなくてFIRST!?」
信っじられない。八坂様、歌なんか唄いながら本当に何処かへ行っちゃった!
ああっもう! 一瞬でも八坂様を格好良いと思った自分が恥ずかしいわ。
でも、もういい、忘れよう。今はとにかく、この場を治めるのが先決!
「行きますよ、射命丸さん! パワーを風に!」
「いいですとも!」
物凄い勢いで快く承諾してくれる射命丸さん。ああ、何だか心が和むわ。
「「風よっ!!」」
二人で声を合わせ、そうして巻き起こした風の力で諏訪子様達の動きを縛る。
あ、でも、どうせなら今の掛け声、「希望へ導け二つの心!」とかそうした方が格好良かったかなぁ――って、ててててて!?
「さ~な~え~、な~に~邪~魔~す~る~の~~!」
「ちょ! ちょちょちょちょちょちょちょちょ!?」
無理矢理に風の束縛を解こうとしてる!? 巨大化してる萃香ちゃんはともかく、あんなちっちゃな身体の諏訪子様やレミリアちゃんまで、なんて信じられない馬鹿げたパワー! 一瞬でも力が抜けない、て言うか長時間は持たない!
「プリズムリバーさん、早く!」
「判ってるわよ!」
そう言ってまずリリカさんが、そしてルナサさんとメルランさんが飛び出していく。
「行くわよ姉さん達。プリズムリバーライブin九天の滝、スタート!」
リリカさんがキーボードを叩く。
幻想郷に来てこんな近代的な楽器を見る事になるとは思ってもいなかったけど、そこから流れる音は私の想像していたものとは違って、確かに機械の鳴らす音なんだけど、でもよく判らない、強いて言うなら、昔の、ファミコンみたいな音?
「さあさあ! 弄られ役のワンちゃんもキャラかぶり気味の河童さんも、そして出番の少ない神様達も!
みんなみんな、私の演奏を聞いてハッピーになろう!」
響き渡るトランペットの大音響。私、音楽ってそんな詳しくないんだけど、何だろう、聞いてるだけでどんどん身体がむずむずして、底の方から熱くなって、そして何だか大声で歌いたくなってしまいそうなこの高揚感!
そんなハイテンポな音に押し出されて、椛さんの身体から、ずるり、と、黒く透明な、ゲル状にも見える何かが出て来た。これが鬱の気なの?
鬱の気は河城さんや、諏訪子様の呼んだ風雨に撃墜された妖精達からも、ううん、それだけじゃない、周囲のあちらこちらから緩い動きで集まってくる。恐らくは、山中に撒かれたウィルス、分霊からのもの。本体の姉妹神様達から鬱の気が抜けているのに同調して、分霊からも同じ様に抜け出してきているんだわ。
そして、その鬱の気を誘導するのが。
「鬱の気を纏う者が、こんな大騒ぎを起こしてどうするのよ? 貴方達は、もっと静かに一人で鬱ぐ事を覚えなさい」
ルナサさんの弾くヴァイオリンの音。とても綺麗で、でも何処か物悲しくて、聴いているとあれだけ火照った身体と心が静かになっていく。単体で聴く分にはどうやら気分の滅入る音らしいのだけど、こうして三人がそろって演奏すると……ううん、音自体はてんでばらばらで全然そろってないんだけど、でも不思議、心が楽しくなって、でも安らいで、とても気持ちの良い――これが、プリズムリバーが奏でる音楽の力。
「さぁ、いらっしゃい。
回り廻りて厄行く前に、回り踊りて厄受けましょう。人に届いて厄為す前に、雛が纏いて厄止めましょう」
雛様がくるりくるりと、まるで踊っているかの様に回る。その周囲、集まってきた鬱の気の塊がどんどんと巻き込まれていく。
最初に連想したのは綿菓子を作るあの機械。でも、これはそんな可愛らしいものじゃない。雛様の周りに集まる黒い塊は、止まる事なくその体積を膨らまし続けている。何ていう禍々しさ。下手をしたらこれ、物質化する寸前にまで圧縮されてきているんじゃ?……多分、私みたいな異能じゃないごく普通の人でも、はっきりと目に見て判る程になっていると思う。
しかもこれで、まだ鬱の気は椛さんや河城さんの身体から抜けきっていないのだから!
「うふふふふ……何よこれ? 何だかもう、本気で全てがどうでも良くなってきたわ……」
河城さんが奇妙な笑い声を上げた。
ううん、違う。今の声は、彼女に憑いてる神様の声。そんな彼女の掌の中に、いつの間にだろう、赤いボタンの付いた小さな器械が、足元の川の中から伸びるコードが繋がっている、まるで何かのスイッチの様な器械が――……!?
「まさか、R3号!?」
「花火は……素敵よね……どかーんと綺麗に……ほんの一瞬だからこそ……」
まずい! 何だか虚ろな目で変な事を呟き始めてる!
ど、どうしよう? とにかく、河城さんの所の風を特に強くして動きを縛って……。
「ちょっとこら緑人間!」
リリカさんの怒鳴り声。て言うか緑人間って私? 何その大昔の映画に出てくる怪人みたいなネーミング?
「風のバランスが崩れてる! 何やってるのよ!」
しまった。河城さんの方に意識が集中したせいで、他に対する縛めが緩んでいた。
「こっちは凄い繊細な仕事をしてるのよ! それが今ここで下手に中断されたら、集まった鬱の気が暴走して何が起こるか判らない!
だから貴方達は、こいつら一人残らず全員平等に動き止めてなきゃならないの! 判る!?」
「でも、このままじゃ河城さんが!」
「そこは頑張って何とかしてよ!」
頑張って、て、そんな……。
そうだ! 射命丸さんに飛んで行ってもらって、そうしてスイッチを奪ってもらえば!
全身全霊で構えれば、ほんの僅かな時間だけれども私一人で何とか支えられる筈。射命丸さんの速さならその間に!
「射命丸さん!」
「……はぁーあ、どうせ私なんか……」
……はぃー?
「形あるものは皆、結局いつかは滅びるんです。だったら別に、今消えたって……こんな事、無駄以外の何物でも……」
射命丸さんがやさぐれモードに突入してる!?
彼女の背中から黒い鬱の気が流れ出ていて――って、そう言えばすっかり忘れてた。射命丸さんも鬱ウィルスに感染していて、今まではそれをどうにか抑えていただけだったんじゃない!
ああ、それでも、少しずつでも鬱の気が抜けていっている為か、あれやこれやと言いながらも風を起こすのには協力してくれている。とは言え、この状況でスイッチの奪取を頼むのは無理。
どうする、どうする、どうする、私はどうする!?
「乙女のジンセイー……♪」
「ドッカーンはやめてぇ――っ!?」
「いいや! 『限界』だッ! 押すねッ!」
ああああ河城さんの指がスイッチに!?
どどどどどうしよどうしよこういう時はとりあえず人という字を三回書いて飲み込んでそれから机の下にもぐってああそうだ防災頭巾はどこにしまったかそれでもってオさないカけないシゃべらないで窓は開けた方が良いんだっけ閉めた方が良いんだっけそうだ脱出できなくなるから開けた方が良いんだ開いた方が良いんだカーテンを開いて夢の続き探さなくちゃて言うかむしろあたしのココロもアンロックだ閉ざした窓を開くこと決め――――!?!?
「贄符『御射山御狩神事』」
声が聞こえた。
その直後、何かが私の頬をかすめて飛んで行く。
「危なっ!?」
河城さんの身体を借りた神様が叫んだ。
彼女の手には変わらずスイッチが握られたまま。けれど、その下に繋がっていた筈のコードはぷっつりと切れて無くなっている。
「な、そんな! こんな嵐の中で剣を投げる? 無茶苦茶な!」
慌てふためく河城さんに向かって、私の後ろに立ったその方は悠然と言い放つ。
「私は武神、そして風の神。こんなそよ風の中で狙いを外すほど老いちゃいないわよ」
――ああっ八坂さまっ!
「何で? そんな、うそ……」
だって八坂様、一人で勝手にどっか行っちゃって、なのに、え……?
「あのねぇ、早苗」
「ふぁっ……」
少し困った顔の八坂様が、ゆっくりと、そしてふんわり優しく、私の頭に手を乗せた。
「イレギュラーに備え、最低一人は万能型を後方に配置しとく。基本中の基本でしょうに」
そうして、にかっと白い歯を見せてくれた。
……何だろう。
もう駄目だって思ってたのに。これ以上は無理だって、そう思ってたのに。
勇気が湧いてきた。力が湧いてきた。八坂様の顔を見た、たったそれだけの事で!
「よし、準備完了!」
雛様が叫ぶ。周囲に集められていた厄は今や巨大な玉の様になり、両手を頭上に掲げた雛様の、その真上に浮かんでいる。
やった。鬱の抽出、終わったんだ!
「ぃよーし雛、そいつを馬鹿共に思いっきり叩き込んでやりなさい!」
「判ったわ!」
頭上に厄玉を掲げたまま、雛様は空高くへと昇っていく。巨大化した萃香ちゃんよりも高く、九天の滝よりも高く。そうして周囲に何物も並ばなくなる高さまで昇って。
「いっっっけえええ――――ッッ!!!!」
渾身の声を振りしぼった叫びと共に投げ下ろした。
高速で落ちてゆく厄玉は途中で四つに分離し、正確に諏訪子様達四人を飲み込んで――……。
◆
◆
「お迎えに参りました、お嬢様」
「あ、咲夜ー」
全てが終わった九天の滝の前。
嬉しそうに手を振るレミリアちゃんと、笑顔でそれに応える綺麗なメイドさん。
「時間ぴったりね」
「ええ、言われた通りの時間に来ましたから」
また不思議な会話をしてるなぁ。どういう意味なのかしら、あれ。
「それで、どうでした?」
「久しぶりに全力で遊んだし、面白かったわぁ」
公園で遊んでいた子供を母親が迎えに来る。何だかそんな風景が思い出されて、ちょっと……。
……ちょっとヘコんだ。
ハハ、あれ、遊びだったんだ? 私の方は、こう、結構、世界の危機を救いましたー、みたいな達成感と脱力感があったんだけどなぁ。そっかぁ、遊びかぁ。だから麓の巫女は動かなかったんだー? アハハハハ……。
「早苗」
「何ですか、八坂様」
「地元の中学で成績トップ、名門高校に推薦入学して『ここでもまたトップ取っちゃおうかしらー?』なんて思ってたら、実際は中の上程度だったという現実」
「やかましいです」
だからそれ誰の体験談?
「さて、貴方達」
そう言ってレミリアちゃんがこちらを向いた。
「今回私が遊びに集中できたのは、貴方達が居てくれたからこそ、よ。感謝してるわ」
あれ。ちょっと意外。レミリアちゃんて、こういう素直な感謝を言う子じゃないって、何となくそんなイメージがあったから。
「お礼として、今度からはいつでもうちに遊びに来ると良いわ。レア物のお茶とお菓子を用意して迎えてあげる」
「お茶とお菓子ー? 随分安いわねぇ。あれだけ手間かけさせたくせに」
ちょっと八坂様! そういう事は思っていても口に出さない方が……。
「それだけの価値があるのよ。咲夜の用意するお茶とお菓子には」
レミリアちゃんは、嫌な顔一つ見せずにそう言い切った。
「それじゃ咲夜、行くわよ」
「はい、お嬢様。それでは皆様、失礼します」
メイドさんが瀟洒に礼をして、それから二人は飛び上がる。
「あー、ホント楽しかった! 次は妹も連れて来てあげようかしら」
「それはちょっと、難しいと思いますけど」
満足した笑みを浮かべるレミリアちゃんと、ちょっと困った笑顔のメイドさん。二人の姿は、すぐに夜の闇に消えて見えなくなった。
「さてと、うちのは……逃げたわね」
そう言って苦い顔をするのは、てゐちゃんの家の薬師さんが言っていた使いの人、妖怪兎の鈴仙さん。兎といっても、てゐちゃんとは随分と違った外見をしているけれど。
「どうも、うちのてゐが迷惑をかけてしまったみたいで、申し訳ないです」
「い、いえ」
「本当だったらこの場で土下座させてやりたいところなんですけれど……」
てゐちゃんのお姉ちゃん、みたいな感じなのかしら。礼儀正しくて良い人っぽい。
「ま、師匠の天網から逃れられるわけもないし、帰ったらおしおきを……って、そう言えば。
師匠が言ってましたけど、そちらの神様って、建御名方神だそうで?」
「ん? まぁ、そうね。
実際のところは私と諏訪子の共同ペンネームみたいなもんなんだけど。タケ☆ミナカタ」
え、そうなんですか八坂様?
「でしたら、海水や潮風を扱う事も?」
「ん? 出来なくもない、かな」
「そうですか。それでしたらうちの師匠が、後ほど御力を借りに来るかも、と」
兎におしおきで、海水、潮風って言うと。
「あの、鈴仙さん」
「何ですか?」
「その、あんまり酷い事はしないで下さいね」
「ああ、それなら大丈夫」
にっこり笑って鈴仙さんは言う。
「うちの師匠、腕の良い医者ですから」
……うわー、治療込みなんだ。前提条件からして。
「姫までやっちゃったわけだし、今回ばかりはしっかりお灸をすえないと」
姫って、そう言えば。
「あの、その、そちらのお姫様って、ええと、お亡くなりになったと――」
「ああ、はい、死にましたよ。生きてますけど」
……何それって禅問答? 私、神社の人間だからそういうのは苦手で……。
「不意をつかれたとはいえ、久しぶりにしっかりと殺されましたからね。姫の方もむしろ、面白かったなんて言って喜んでるくらいだし」
ああ。この人は結構普通かと思ったけど、やっぱり幻想郷の人だ。話がどこか通じてない。て言うか兎。
「それじゃまぁ、私はこれで」
そう言って鈴仙さんは飛んで行く。
さてこれで、レミリアちゃんは帰って、てゐちゃんは居なくなって、後は。
「萃香ちゃんは」
「んあ、私?」
彼女、この妖怪の山の何処かに住んでいるそうだけど、今日はこれからどうするのかしら。
「そうねぇ。
久しぶりに全力で遊んで結構疲れたし、今夜はこの心地良い疲労感と満足感を肴に、飲み明かす事とするわ」
子供の体力って、本当、無尽蔵ねぇ。いや、実年齢は子供じゃないのだけど。
――でも、さっきレミリアちゃんも言っていたけど、『全力で遊んだ』、この言葉が何だか、とっても爽やかな感じがして、そして、ちょっと懐かしく、ちょと羨ましい気がして。何だろう、胸の中がムズムズする。
まぁ、それはさておき。
「あの、河城さん?」
滝壺の脇で、何事も無かったかの様な平気な顔でキュウリを食んでいる河城さんに声をかける。
「さっきの、あの、R3号ですけど」
河城さんの暴走の危険は無くなったわけだけど、地球を破壊する程の兵器なんて、そんな物を放っておくわけにはいかない。
「何?」
「処分したほうが良いのでは?」
「えー、何で? せっかくの自信作」
「いえ、でも、あんな危ない物――」
「危ない? あれが? 何で?」
何でって、幻想郷どころか地球全体を危機にさらす様な……。
「だってあれの能力って、人間の里に住む六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)が集めている秘蔵のこけしコレクションを一瞬で全て粉微塵にする程度の能力なんだけど」
――は?
「って、何でそんな物!?」
「うえっ!?
い、いや、河童と人間は盟友だし、その位の冗談は笑って許してくれるかなーって……」
「そうじゃなくて! 何であんな緊迫した場面でそんな物を!?」
「いや、それは、あの時私の身体の主導権を握ってたのはあの神様達だったわけで、多分、私の記憶の一部を中途半端に読んで、それで誤解でもしたんじゃないの?」
「そんな……」
「あるいはわざと? 悪質な冗談?」
って言うと何? 私達あれだけ必死になって、それで六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)の秘蔵こけしコレクションを守ってたって、そういう事?
ああ、もし時を遡れるのなら、切羽詰っていたあの時の私に言ってやりたい。貴方が今守ろうとしているのは、六郎さん(四十八歳 鍛冶屋)の秘蔵こけしコレクションなのですよ、って……。
「あ、最後に。『Rokurouさん』略してR3号ね」
満面の笑顔でそう言い残し、河城さんは川を泳いで下っていく。
うん。もう良い。名前とかはホントどうでも良いから。て言うかもう全てがどうでも良い気さえしてきた……。
――この事はもう忘れよう。懸念すべき事柄が一つ減った。それだけで万々歳じゃない!
そう、これであと、残る問題は――……。
「――っはぁ……どーせ私なんか……」
諏訪子様だけ、か。
「国の一つも守れないでさぁ、そんでもって仇敵に良い様に働かされて美味しい所は全部持ってかれて……ああ、私の人生全てがある意味お笑いだわよお笑い、ハッ!」
「ちょっとぉー、人を悪役みたいに言わない」
いやまぁ、八坂様は悪役だと思いますけど。外見的にも。
「それにしても、何で諏訪子様だけこんな」
逃げてしまったてゐちゃんは判らないからともかくとして、レミリアちゃんも萃香ちゃんも普段と変わりは無かったっていうのに、諏訪子様だけこうして、先程までの姉妹神様みたいに鬱いでしまっている。
それとは逆に。
「「♪Hey,Yo!」」
件の姉妹神様は、何だか随分と明るくなっている。
「You♪ are♪」「A FALLING!」
「It♪ is♪」「A FALLING!」
決断がヒップボーンになりそうなこの勢い。私英語得意ではないけど、何かが絶対に間違ってる気がする。て言うか、こういうキャラだったの、この方達? まぁ、メルランさん全力の躁の音を受けた、その影響なんでしょうけど。
「あの、推測でしかないのだけど」
胸の前で結われた特徴的な髪を弄りながら、雛様が話し出した。
「あの鬱の気は、もともと、神様である秋姉妹のものであって、で、それを集めて投げつけたのも神様である私。
そんなこんなで、同じ神様である彼女に変に共鳴してしまって、それで一身に鬱の気を集め込んでしまったのかも」
理由はともかく、どうしよう、この状況。ああ、あんなに明るくて可愛かった諏訪子様が……。
「それでは私達は、このお二人を連れて行きますので」
そう言って射命丸さんと椛さんが、不必要に陽気になり過ぎてしまった二柱の神様を連れて浮き上がる。
「今の状態じゃ何を言っても無駄だろうけれど、落ち着いたらさっきの話、ちゃんと聞かせてあげてちょうだいね」
八坂様の言うさっきの話。それは、幻想郷に於いては、私達は農作物の出来具合だとかそういった事には関与をしない、したとしても、それを人々の前に顕さない。要は、姉妹神様達の領分に私達は入り込まないって、そういう事。これで、来年以降はこんな騒ぎももう起きないでしょう。
「で、椛。
他所様に迷惑かける様なワンコは、しっかりと躾をし直す必要があるわ。
今夜は覚悟なさい?」
「わ、わふぅ……」
うわー、射命丸さん、すっごい良い笑顔。椛さん、可哀想に……。
そんな二人、+二柱の姿も、あっという間に夜の空へと消えていく。流石に天狗は速い速い。
本当、後はもう、諏訪子様さえ何とかなれば……――あ!
「そうだ、メルランさん!」
「なーに?」
簡単な話じゃない! メルランさんの躁の音を使って、諏訪子様の鬱を中和してもらえば!
「あの――」
「はいちょっと待つー」
言う前に遮られた。何なのよ、リリカさん。
「さっきは初めての方限定でサービスしてあげたけど、これはこれで別料金。はい」
そうして手渡された紙切れには。
「66兆2000億円」
……あーうー?
「あの、もしかして幻想郷って、物凄い勢いで貨幣価値の下落が起きてたり?」
「ヒント。博麗の巫女は、賽銭箱に一円札が入るととても喜びまーす」
悪戯っぽい笑顔でそんな事を言う。
一円札って、そんなの社会の授業でしか聞いた事ないって……。
「大丈夫」
ぽん、と肩を叩かれる。ああ、ルナサさん。
「暫くすれば元に戻るわ。それに彼女、もういい年なんだから、少しは落ち着きを持った方が良いと思うし」
落ち着きと鬱とではちょっと違う気が。それに私は、元気で明るいいつもの諏訪子様が好きなのにぃ……。
「プリズムリバーはクールに去るわ」
ルナサさんの、何故だかやけに格好の良い台詞と男前な笑顔を最後に残し、プリズムリバー三姉妹も帰っていく。
っはぁーああ。
何だかもう、結局今回のオチは、『教訓:小さい子にテレビを見せ過ぎないようにしましょう』とか、そういう事なの?
「あーあ。テレビなんてもうコ――」
――って危ない危ない。今、もっの凄いベタベタな締め台詞を言ってしまうところだった。
「おや~? 早苗今、何て言った~?」
……何て素敵に邪悪な笑顔。ああ、幻覚かしら。八坂様の口から、先が二つに割れた細い何かが出ている気がする。
「私も聞きたいわ。その先」
って、雛様まで!?
「早苗っちゃんのっ! ちょっといいトッコ見ってみったいっ♪」
ちょっと萃香ちゃん、煽らないで煽らないで!
「どうせ恥だらけの人生、何を今更……」
諏訪子様、酷っ!?
「さっなっえっ!」
「さっなっえっ!」
「そぉれさっなっえっ♪」
「……さーなーぇ~」
ちょっと何この異様なノリ!? どうしよう、ここで逃げると寒い奴とかって言われそうだし、でも……。
――あーもうっ! 判ったわよ――ッ!
「テ、テレビなんて、もう、コ、コッ……。
――コリゴリですぅーっ!!」
「ぷ」
「ぷあははははは! 現実で言った人間初めて見たぁー!?」
「ちょっと感動!」
「いよっ! 早苗ちゃんっ! かわゆいー! あいしてるうー!」
「……無様ね」
あああああああああ!!
もう寝るっ! 帰って寝るっ!
八坂様達の事なんて、もう、知らないんですからっ!!
◆
全てが終わり、誰も居なくなった九天の滝。
だが、彼女達は気付いていなかった。早苗も、神奈子も、諏訪子も、誰一人として。
けれども、ソレは確かにそこに居た。
そうして今、ソレは目を覚ます。全てが終わった筈のこの地で。
暗闇の中、ゆっくりと身を起こしてソレは――……。
一つ言うなれば、風雨に負けずが発動したときレミリア様は大丈夫だったのか?
セーフかアウトかと言えば普通にセーフだと思いますよ。
程良いカオスと途中で退場したあとがきのチルノが良。
次回作にも期待しています。
なんて酷い!
株上げましたねえ、特に蟹w
べたべたなお笑い落ちとホラー落ちもいい感じでした。
六郎さんのコレクションの一体には、
世界を滅ぼそうとした緑髪の悪霊が封印されているとてゐが言ってた。
ほとんどのネタがわかった私はもう年でしょうか…
何はともあれ早苗がかわいすぎなのです。
やや長いながらも、全登場キャラそれぞれを余すことなく活かせていたと思います。
何気に風キャラみんな出てるし。
キャラとハートでおおまかカバー!なんちゃって……いや、ほんと、お恥ずかしい……。
早い時点で指摘して下さって、本当に感謝しています!
>ッセブーン♪に吹いたwww
最近、レンタルでDVDを見ていたせいで私的に7ブーム。
某幼女向けアニメも、ふたりからきて順調に年一人ずつ増えてますから、次の次はきっとセブンです。
>なんて酷い!
河童と人間は盟友だから、きっとそれくらい笑って許してくれます。きっと。
>名前が様
う~ちゅうにき~ら~め~く~サツマイモ~(サツマイモ~)♪
>三文字様
次回のスゥパァ・ヒイルォォォタァイムが楽しみになりそうな勢いの褒め言葉、ありがとうございます!
>いやもう色々と最高でした
こうして一言をいただく、それこそがお話を書く上での最高の喜びです!
>翔菜様
罵って! もっと口汚く私を罵って!(悦
>SETH様
一瞬また迷いが邪魔して僕らの夢見た事が「何だっけ?」となってしまう作品です。
>株上げましたねえ、特に蟹w
活躍=死亡フラグというもの凄いバランスの展開。それ故の熱さ、格好良さでしょうか。
頼れるチョイ悪兄貴な蟹ステキです。
>とてゐが言ってた
てゐの言う事なんか信じちゃだめーっ!
と、冗談はともかく、そろそろ本格的な復活を期待したいのです。
>SAM様
かなり古いのから最新のネタまで色々ですからねぇ。
ほとんどわかったという事は、年かも知れませんが、でも尚且つ現役という事でしょうっ!
>何はともあれ早苗がかわいすぎなのです
東風谷さんって、自分が設定を変に受け止めてしまったせいか、何だか非常に弄り易くて。
本物はもっと、強くて格好良い気もするんですけどね。
>GJでした!
うっす! 励みになるお言葉なのですっ!
>全登場キャラそれぞれを余すことなく活かせていたと思います
自分も書き終えてから気付きました。本当、中ボスまで含めて風キャラ全て出ていますし。
巧く纏められたか非常に不安だったので、こうして言っていただけるのは非常に嬉しいです!
その他の読んで下さった方も、本当、ありがとうございました!
そして色んな意味で弾けてるケロちゃんも素敵。ほんとこの一家は最高だ…
しかし光の巨人も改造人間も機動戦士も、初代の放送には色々なトラブルがあったんですよねえ…主に話数的な意味で。
人気が無くて打ち切りになったり、人気があっても製作が追い付かなかったり。
世の中は色々と大変ですよね。主役が怪我したり。
だから東風谷さんにも頑張ってほしいです。たとえ某雑誌記事で秋姉妹と同じ位テキスト少なくても。
>SETH様
ややっ、わざわざありがとうございます!
垂金かわいいよ垂金。
一月近く経った作品を読んで、しかも感想まで下さる。こういう方がいるからこそ、
メチャメチャ苦しい壁だって不意に何故か、ぶち壊す勇気とパワー湧いてくるのでしょうね。
アーリガトゥゴォザイ――っます♪
冬休みから春休みへ、それ程の間が空いて尚、このお話を読んで、感想まで入れて下さるとは……。
本当、感謝感激ですっ!
とか考え始めた私です。
去年なんかは敵幹部の切り札が巨大化、対抗手段が巨大合体メカによる突進攻撃。
そして今年は、六人目の戦士が初登場時は異様に強いというお約束も。何て素敵なヒーロータイムなのでしょう。
7はいい演出が多くて好きです
しかし、こけしけしマシンが幻想入りしているとは。