「文ー、朝だよー、朝ごはん食べて取材行くよー」
「……あなた、頭大丈夫?」
朝からいきなり訳のわからないことを言う椛を半眼で睨む。
「にとりさんが持ってた『ぱそこん』とかいうやつでやってたっす」
「明日からは普通に起こしてちょうだい」
「了解っす」
頭痛がするのは昨日の酒のせいだけじゃないわね。
外の世界はこういう⑨ばっかりなのかしら。
「文さん、出版社から〆切明日までだって連絡来たっす」
「残ってるのは弾幕写真が数人分だけだから、今日中には終わるわよ」
「そんなふうに甘く考えてるから今日も取材することになるんすよ」
「わかってるって」
残っているのは厄介な奴らばかりなんだけどね。
口に出すとまた怒られるので黙っておこう。
「はい、文さん。お弁当のおにぎりとハンカチとチリ紙っす。手帖とカメラはちゃんと持ってるっすか?」
「うん、大丈夫」
「遅くなるなら連絡してくださいっす」
「はいはい、じゃ、行ってくるわね」
「頑張ってくださいっす!」
手を振る椛に見送られて妖怪の山を出発する。
やっぱり朝の空気は気持ちいいわね。
さて、気持ちを切り替えて、残った人妖を確認しましょうか。
「博麗霊夢、霧雨魔理沙、プリズムリバー三姉妹、ミスティア・ローレライ、風見幽香、ですね」
なぜ夜雀なんかが残ってるんでしょうか?これは最後でいいですね。
とりあえず、準備運動も兼ねて虹川姉妹の所から行くとしますか。
ルナサさんが弾いてるのでしょうか、静かな曲が流れていますね。
とても心地よくて、なんだか眠くなってきました。
「ちょっと、しっかりして!」
「はっ、寝てしまうところでした」
「今、ルナ姉が鬱のどん底なのよ。迂闊に寝たら二度と目覚めなくなるわよ」
むう、天狗はこういうのには耐性があるんですがね。
「で、どうするんですか?このまま放っておくわけじゃありませんよね?」
「もちろんよそのためにメル姉を探してきたんだから」
「ME♪RU♪PO♪」
うわぁ、何時にも増して廃テンションですね。
「姉さん、やっちまいな」
そしてメルランさんはサックスを構え、大きく息を吸い込み――
「うぅ、やっと見えるようになってきました……」
まさか、ショックで目が見えなくなるなんて思いませんでした。
私は今、半壊したプリズムリバー邸を離れ、太陽の畑に向かっています。
私にとって、目が見えなくても飛ぶくらいなんでもありません。
取材ですか?
あんな状況ではまともにできるわけないので、昔撮った写真使って誤魔化すことにします。
「天狗がここに何の用かしら?」
声をかけてきたのは、花に腰かけ、優雅にお茶を飲む幽香さん。
「用がなければこんな所には来ません」
「この天狗は礼儀がなっていないわね」
「ああん、もっともっと」
向日葵の種を飛ばして攻撃してきました。
見た目と裏腹に結構痛いです。
でも私の好物なので平気です。
「どうせ取材に来たんでしょ、風の噂で聞いてるわ」
「ふぁい、ふぉふふぇふ」
「はぁ、御阿礼の子は土産まで持ってきたというのに」
む、幻想郷縁起がまた出るのですか。
物書きとして、これは負けたくないですね。
少なくとも、出版の速さは。
「ご存知なら話は早いです。幽香さんの弾幕を撮らせてください」
「あら、貴方にできるのかしら?」
「馬鹿にしないでください、これが今まで撮ったリストです」
「見せてくれない?」
「どうぞ」
かかりましたね。
悪魔の妹や閻魔まで名を連ねているのですから、幽香さんも興味が沸くに違いありません。
その間にひまわりの種を食べていましょう。
「……これはなにかしら?」
「サテライトヒマワリですか?パチュリーさんのスペルですね」
「この私を差し置いてヒマワリだなんていい度胸じゃない」
「そんなこと私に言われましても」
「いいわ、本当の向日葵の弾幕を見せてあげる」
そう言って上空へ向かう幽香さん。
意図していたのとは違いますが、どうやら上手くいったようです。
「さあ、覚悟はいいかしら?」
「覚悟って、まあ、準備はできていますが」
「そう、ならとくとその目に焼き付けなさい」
~向日葵『サテライトスパーク』~
「ぐふっ、とっさに風で防御しなければ死んでいました……」
この身が丈夫であることを親に感謝します。
いくらなんでも全方向からのマスタースパークは反則です。
「大丈夫?」
「これが大丈夫に見えますか……?」
「あんたは妖怪だからこれ位平気だと思ったんだけど?」
どうやら博麗神社まで吹っ飛ばされたようです。
それにしてもひどい巫女です。
妖怪でも死ぬ時は死ぬんですよ。
彼女の交友範囲はどうなっているのでしょう?
「よいしょっと」
「あやや?」
「ほら、じっとしてなさい」
前言撤回です。
霊夢さんたら神社の中に担ぎ込んで体を拭いてくれています。
人の優しさが傷に染みます。
「それにしても、焼き鳥が自分から来てくれるなんて。きっと善行を積んでいたご褒美ね」
……は?
「悲しむことはないわ、あなたは私の血となり肉となって生き続けるのだから」
逃げました。
必死という言葉そのままに逃げました。
椛にもらったおにぎりがなければ、今頃巫女の腹の中にいたでしょう。
それにしても彼女は何を考えてるのでしょうか。
よりによって博麗の巫女が妖怪を食べるなんて、おかしくて⑨のへそで茶が沸きます。
ああ、せっかくのおかかと子持ち昆布が……
「あばよーっ、パチュリー!」
爆音が聞こえたので、その方角を見てみると、魔理沙さんが紅魔館から飛び出してきました。
「よう、青い顔してどうしたんだ。紅魔館で輸血してもらって来らいいんじゃないか?」
「余計なお世話です。貴方こそまた泥棒ですか?」
「失礼な、死ぬまで借りてるだけだぜ」
それを泥棒というのです。
議論しててもキリがない様なのでさっさと取材しましょう。
「丁度探してたんです。貴方の弾幕を取材させてください」
「断るぜ、私は忙しいんだ」
「そうですか、幻想郷で二番目に速い魔法使いは余裕がないですね」
「そいつは聞き捨てならないな」
「お気になさらずー、忙しい所をお邪魔する訳にはいきませんのでー」
「たった今暇になったんだ。幻想郷最速は私だということを教えてやるぜ」
「そうですか。なら、私が勝ったら取材に付き合っていただきますよ」
「なんでもやってやるぜ、私が負けるわけないからな」
……くぅ
体にダメージが残っていなければ人間ごときに負けはしないのに……
お腹がすいていなければ最後の最後で抜かれることはなかったのに……
「カラスが泣くからかーえろー」
「チルノちゃん、泣くじゃなくて鳴くだよ」
「でも、ほら、泣いてるじゃん」
「チルノちゃん、他人を指差しちゃだめだよ」
⑨は悩みがなさそうでいいですね。
私は泣いてなんかいません。
これは心の汗です。
「おーい、八目鰻食べてかない?」
そういえば彼女もまだでしたね。
すっかり忘れていました。
せめて彼女だけは取材していきましょう。
もちろん、腹ごしらえをしてから。
「おめでとうございまーす!」
「は?」
私に何があったんでしょうか?
今日は碌な目にあっていないのですが。
「あなたは開店してから百人目のお客様なの。だから、今日は全部私のおごりにしてあげる」
鳥頭のくせにそんなことを覚えられるのかしら?
もしかして、柱の傷が客の数なのかもね。
「ほら、なんでも注文してちょうだい」
「なら八目鰻でも酒でもジャンジャン持ってきてちょうだい、今日はとことん飲むわよ!」
「おっ、いいねぇ~。ならとっておきのを出してあげる。この前橙がツケの代金に持ってきたんだ」
「なにしてるんすか、文さん!」
「あや~もみじ~、あやたも飲んでいきやさい~」
「ああもう、こんなに酔っぱらっちゃうなんて、飲みすぎっすよ!」
「あひゃひゃひゃひゃ、わらしがよっぱらうわへにゃいじゃや~い」
「ほら、帰るっすよ!」
「まらまらはやいわひょ~」
「この『真・鬼殺し』ってすごいねー、天狗がここまで酔うなんて思わなかったよ」
「あ、店主さん、お勘定お願いするっす。いくらっすか?」
「今日はサービスだからお金はいいよ」
「え、でも」
「珍しいもの見れたからいいってば」
「わかったっす、どうもごちそうさまっす」
「今後ともごひいきに―」
「ほら、文さん、しっかりつかまってくださいっす」
「もみじのからだあったかいわぁ~」
~~以下蛇足~~
文さんを風呂に入れて着替えさせて寝かせたら、子の刻を過ぎてしまったっす。
こんなになるまで飲むなんて、文さんも苦労がたまってたんすね
自分も文さんの手助けできるように、もっと精進するっす。
「ごめんください」
「あ、雛さん。どうしたっすか?」
「厄を落としたみたいなんだけどね、どこにも見当たらないの。最近とても運の悪い人見なかった?」
「いえ、自分に心当たりはないっす」
「そう。夜遅くにごめんなさいね」
「力になれなくってすいませんっす」
夜遅くまで探して回るなんて、責任感の強い人っすね。
自分も見習いたいっす。
明日は文さんが原稿書くので、自分も早く寝てお手伝いするっす。
明日もいい日だといいっすね。
Kanon?