季節感に満ち満ちた夢を見た。私の日々を彩る向日葵の畑に、八重の桜と山紅葉と林檎の実が乱入してきたのだ。それらは黄色い大輪の花の茎や葉や花弁から生えてきた。想像してほしい、太陽の園が下品な薄紅色と暖色グラデーションと甘ったるい赤に侵食されていくところを。そのうち雪の花まで降ってきた。それはそれはカオスな光景だった。
トンデモフラワーパークで花見の酒宴をした。出席者の顔は思い出せない。ひとりは酔っ払って緩慢に空を漂っていた。近付くと温かかった。一匹持ち帰りたかった。ひとりは低体温症で、隣に徳利を置いておくと吟醸酒のシャーベットができた。神を自称する姉妹がいた。妹のほうは靴を履いていなかった。せっかくなので通信講座で習得した足ツボマッサージをやってあげた。食べたくなるようないい声だった。しゃぶりたくなるようないい匂いだった。
家人に就職活動についてうるさく言われているからだろうか。焼き鰻の屋台に面接に行く夢を見た。夜のカウンターで店主の夜雀と向かい合った。履歴書を見て店主は憐憫とも侮蔑とも取れる表情を浮かべた。喩えるならばそう、ロールプレイングゲームで強そうな仲間を得た後、ステータス画面で能力値を確認したときのような。何だこのテリー。
「一応聞くけど、志望理由は何」
「焼き鳥業界優勢の中で焼き八つ目鰻という新事業を開拓したミスティアさんの起業家精神に熱く胸を打たれました。私はこれまでに数多くのイベントを企画運営してきた実績があります。この企画力を活かして、御社で更なる事業を展開したいと思いました」
――なんて風に適当こさえれば就職なんて何とかなりますから。こんなときに「嘘を吐くなもっと正直に生きろ」などと考えるのは愚か者です。普段ろくに正直に生きていないくせに。綺麗ごとで就職を遠ざけてはなりません。まさに正直者の死。
月の頭脳と謳われる同居人の言葉が甦る。
「ところで、特技に自宅警備ってあるけど」
「はい、自宅警備です」
「具体的に何してるの」
「家を外敵から守っています。夜勤でも非常勤でもこなせます。必要とあらば仮想世界の警備もこなします。一番得意なのは自室の警備です」
「あのね、これは接客業よ。自宅警備ってどう見てもただの引きこもりじゃない。お客相手に笑顔とスパイスふりまけるの?」
「自宅警備を舐めないで頂戴。月からの来襲にも耐えられるんだから」
「舐めたくないわ帰れよニート」
うっとうしい鳥だ。他にもっと快適でお給料の高い職場があるかもしれない。乳臭い吸血鬼の館のメイドとか。
そんなことを考えていたら店主がいきなり消えた。焼いていた鰻の串が炭火に落ちた。魚脂の焦げる臭いがした。
ご馳走の夢を見た。雀料理の夢だ。焙烙鍋に長葱の布団を敷いて雀を寝かせ、じっくり焼いた。肝を裏ごしして醤油と酒でのばしたタレにつけて食べた。酸味が足りないので神奈子様にカボスを持ってこさせた。諏訪子様が羨ましそうに見ていた。帽子から涎を垂らしていた。神様を顎で使うのは気分がいい。
「私の物真似を上手に出来たら一口分けてあげてもいいですよ」
「そんなはしたない格好は出来ないわ。腋なんてかぱーっと開けちゃって恥ずかしいとは思わないの」
「冗談は麓の巫女だけにしなさい」
二神が反旗を翻した。私の雀を横取りした。いつの間にか素焼きの蓋付き鍋は雀卓に姿を変えていた。
「夜雀も麻雀も似たようなものよ」
「焼き鳥にならないように用心することね」
『独占スクープ! 人形師が作品の材料を偽装・魔理沙の髪は二割だけ 「色も手触りも似ているし私のを使っても……」「あのときは頭が七色だった」』
胸のボタンを押すと声の出る魔理沙人形。売りさばこうとした矢先に天狗がやってくれた。号外記事は幻想郷中を憤慨させた。でもそれすらも計算済み。売れなければ私の手元にはたくさんの魔理沙が残る。顧客が蟲を投げ入れようが厄を投げ入れようがどうでもいい。
わざと魔理沙の髪に私の髪を混ぜて人形を作った。複雑に絡み合う分肉体よりも相応しい気がする。混ざればほら、光を弾くしなやかな金の髪。黒い魔女に埋もれた私は魔法のボタンを押した。
「借りてくぜ、お前を」「早く行こうぜ」「お前って本当に、
「シャンハーイ」
夢が唐突に終わった。そろそろ靴下を履いて眠ろう。
誰かに手を引かれて歩く夢を見た。まだ私は小さく、その人の背は高かった。私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
お祭りの日だったと思う。境内で笛と太鼓が奏でられていた。
神社からやや距離のある、彼岸花の密生地。そこで二人で縁日の品物を見せ合った。お金持ちじゃないから少ししか買えなかったけれど。金魚すくいを一回やらせてもらえてとても嬉しかった。木桶に入った一匹の赤い金魚を私は観察していた。
袖の長い、身体に合わない大きな服を着ていたからだろう。私はバランスを崩して木桶を蹴飛ばしてしまった。中の水が泥溜まりを作った。金魚は尻尾をはためかせて跳んだ。小川に吸い込まれて流れていった。
逃げられて悲しいのと、自分がいけないのと、その人に申し訳ないのとで、私は声を出さずに泣いた。
その人は私の頭を撫でると、満開の彼岸花を手折って桶に入れた。紅が弾けてまるで金魚のようだった。
暑気の残る秋の日だった。蝉がしぶとく鳴いていた。夕日に背を向けて二人で帰った。
道すがら人間と会った。妖怪と会った。その人は人妖問わず適当な挨拶をし、お金を欲しがった。金品と縁のなさそうな小粒な手をしていた。
そのうち誰ともすれ違わなくなった。否、すれ違った。私の手を離したその人と。どうしたのと訊ねた。もう行けないよと言われた。
日没の光のせいで表情が見えなかった。
此処は好きか。その人はそう訊いてきた。末永く、何が起ころうとも此処を見守っていけるか、と。芯の強い、私の大好きな中性的な声で。どうしてそんな質問をするのかわからなかった。
「そんなことは知らないわ。でも他の奴ならもっと知らないって言うでしょうね」
改まった空気から早く逃れたくて、思うがままを答えた。
涼しい風が首筋を撫でた。紙の擦れる音がした。その人の手に幣が握られていた。白い紙垂が揺れていた。その人がとても大事にしているものだ。棒も紙垂も何度も直して使っている。使わないときには神社のご神体の傍に据えられている。それが、私に差し出された。大切なものだから受け取れない。拒んだら胸に押し付けられた。勝手に渡されたのに、その人の宝物を奪ったかのように感じられた。
何か代わりのものをあげたいと思って、木桶の彼岸花を渡した。本当はもっと価値のあるものを返したかった。けれども他には何もなかった。花を手渡すとき、その人の顔が見えた。黒髪の下で鈍色の瞳が瞬きを重ねていた。何かを堪えているように見えた。口元の笑みと合っていなかった。私には一生こんな顔は出来ないだろう。安堵や罪悪感や驚きのごっちゃになった、こんな淋しそうな顔は。
解った、この人は私の
「そこで終わっちゃったのよね。誰かさんの電話のせいで」
大学に程近い神社。日頃人の少ない末社群にも、三が日の今は参拝客の姿があった。
メリーは刃物の神を祀る社に向かって愚痴を言った。天目一箇神は刀を鋳造しても刀で襲い掛かりはしまい。蓮子はベージュのマフラーを巻き直しながら詫びた。
「悪かったって。でもきっとまた視えるわ。夢だもの」
「神様に祈っておきましょう。念入りに」
夢の世界は動き易い。以前メリーはそんなことを話していた。壁や障害物が少ないからどこにでも行けるそうだ。実際彼女は他者の夢を自在に視ていた。オムニバス映画を観るかの如く。
蓮子はメリーの夢の報告を楽しみにしている。自分には視られないものを、メリーを通じて視ている。いつか彼女の夢の国で能力を発揮してみたい。
「冷えてきたけれど、どこか寄っていく?」
「四条の屋台で軽く一杯。肴を手に入れるだけでもいいわ。部屋にまだ焼酎が残っていたはず」
石道を歩く。絵馬堂を左に曲がって西門に向かう。木柵で囲まれた社には、かつてあった大絵馬の複製が隙間なく飾られていた。近寄ればひとつひとつの絵柄が見えただろう。二人は北風に負けたのと興味がないのとで足早に通り過ぎた。耳元を冷気が駆けていった。
そこに、薄く漉いた和紙の擦れる音が混ざった。
「こんな感じの音だったわ」
夢の音色をメリーが手繰り寄せる。
蓮子は振り返っていた。
紅白のおめでたい装束の娘が一人。幼い手には不似合いな大幣を握って、社の奥に走っていく。その後姿を捉えた気がした。
神社に誰かいるといいなと願った。もう誰もいないと思った。
「蓮子、次のバスまで何分くらいかしら」
メリーの問いかけが白い息に変わる。冬の澄んだ空には紅い星月があった。その位置を確認するや、脳内に現在地と時刻が叩き込まれる。
「二十分。買い物は早めに切り上げましょうか」
何のことはない。ただの京の神社の夜だった。
すっきりした文章、こういうの憧れます。
題名は宝船なんですか、そんな感じしますねw
初夢違い科学世紀つって……ありがとうございました。
でも、それぞれの話の雰囲気がとてもよかったです。
ほんと、こういった文章が書けるようになりたい。
ただ、最後の夢が誰の話なのか気になるなぁ
途中で起きちゃうと残念でしょうがなく、
誰かにさえぎられるとかなりむかっときます。
>乳脂固形分様
初夢違い科学世紀、その発想はありませんでしたw 気づけなかったことがちょっと悔しいです。
>三文字様
夢を理由に理不尽を詰め込みました。輝夜の夢は特に。
最後の夢の語り手は、ご想像にお任せします。
>みてたい夢 の方
良い夢の時に限って途切れてしまう気がします。おかしな夢はスタッフロールの終わりまで見られるのですけれども。
必要に応じて厚みのある文章とお話も書けるとよいのですが……皆様の作品を読んで勉強します。