昼間でも薄暗さを漂わせる森。
そんな森の入り口にぽつんと建っている店があった。
その名前を香霖堂という。
幻想郷にある妙な店、と言えばまずここが挙げられる、と言えば多少の説明が省けるだろうか。
もっとも、僕はそんな事実を認めたくはないが……。
香霖堂の香は神を意味している。
つまり、香霖堂とは神社を表している。
博麗神社が外の世界と幻想郷との境界、世界の中心に位置しているのに対して、
香霖堂は人里と魔法の森との境界、つまりは幻想郷の中心を表しているという事だ。
そして、ここが神社であるならば、この僕は禰宜ということになる。
禰宜の仕事といえば、神を和ませる事があげられる。
では、どんな神を祭っているのか?
ここは神社を表していると言ったが、実際は古道具屋……つまりは店なのだ。
店の神といえば、もちろんお客様である。
お客様は神様です。
外の世界では、それが常識として知れ渡っている。
禰宜にして店主である僕の仕事は、客を和ませ物を売ること。
なのだが、接客をすることは残念ながらほとんど無い。
それはこの店に客″と呼ばれる者が来ることが非常に稀だからである。
客とも呼べないものならよく訪れるのだが───
カランカラン
何度か蹴破られたり壊れたりしているドアだが、普段は大人しくドアベルが鳴ってくれる。
今回もドアの平和は守られたようで、何者かが入ってきた。
どうせ今回も客じゃないのだろうと思い、手元の本に目を落としていた所に声をかけられた。
「おじゃまするわよ」
「あぁ、いらっしゃいませ」
聞きなれない声に、僕は顔を上げる。
入り口には上等な着物に身を包んだ一人の少女が立っていた。
見たところ妖怪ではないようだが……人里のお嬢様だろうか?
彼女から漂ってくる雰囲気から、何か高貴なものを感じる。
妖怪の住む魔法の森に近い為、ここにくる人間は限られてくる。
それは、例えば紅白の巫女であったり、黒白の魔法使いであったり、瀟洒なメイドであったり。
稀に人里ではどうしても手に入らないものを求めてきた切羽詰った人間ぐらいで、このような身なりの少女というのは珍しい。
しかし、客であるならば自分の仕事をするまでだ。
「香霖堂へようこそ。僕は店主の森近 霖之助といいます」
~☆~
蓬莱山 輝夜と名乗ったこの少女は、長い間屋敷から出ることなく暮らしていたらしい。
だが、ここ最近になって外に出ても良くなった為、様々なところを巡っているそうだ。
ここには珍しいものがあると聞いてやってきたらしい。
「珍しいものですか? コカコーラという飲み物や、鯨という獣の缶詰、空気をきれいにする置物などがありますけど……どのような物がよろしいですか?」
「そうね、着る物はないかしら」
彼女は逡巡してからそう答えた。
「珍しい着る物ですか?」
「えぇ、最近屋敷に鼠が現れるようになって、いくつかお気に入りが駄目になってしまったのよ。」
なるほど、それは同情に値する。
この店にも紅白や黒白の鼠がの出没するため、お気に入りが駄目になってしまった時の悲しい気持ちはよく分かる。
もっとも、この店の被害は衣服だけでなく食品や、お茶、書物など様々である。
「それはご愁傷様です。少々お待ちを」
と告げ、僕は倉庫へと向かった。
~☆~
『輝夜』、『着る物』、『鼠』と言う単語にピンと来るものがあった。
珍しい物だが、一度も使うことなく眠っていたものだ。
この際売ってしまうというのも悪くない。
倉庫から戻ってきた僕は、少女の前に一着の衣を差出した。
「ずいぶん質素な衣ね。これは動物の皮かしら?」
「そう、これは火鼠の皮衣さ」
僕の言葉を聴いた少女は目を丸くして驚いている。
どうやら、この皮衣の価値を知っているらしい。
「遥かな昔に、君と同じ名前の女性が探させたと言われている一品だ。非常に丈夫な素材で出来ていて、決して燃える事の無い物だ。これなら鼠に駄目にされる事は無いだろう。君にぴったりの一品だと思うよ」
少女は衣を手に取り、そっと撫ぜながら呟いた。
「千年以上も前に右大臣でも見つけることができなかった物がこんなところにあるなんてね……」
「え?」
「こんなものを持ち出してきて、あなたは私に求婚でもするつもりなのかしら」
無邪気な冗談を言いながら、彼女は微笑む。
僕は、彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
外の世界と幻想郷とが分かれてから長い時間が経った。
今では幻想郷で竹取物語の知る人間などほとんどいない。
そんな中で、火鼠の皮衣を知っている。
そしてこの口ぶりでは、まるで……
「まさかとは思うけど、君が輝夜姫本人なのかい?」
「そうよ、私が蓬莱の姫にして永遠の咎人、なよ竹の輝夜よ」
そう言うと輝夜はいたずらが成功した子供のように笑った。
「ふふ。香霖堂ね。気に入ったわ、この衣いただけるかしら」
「え、えぇ……御代のほうですが」
「これでどうかしら?」
僕が御代を切り出す前に輝夜は懐から一冊の本を取り出した。
「それは?」
「これは、月の頭脳、あらゆる薬を作る程度の能力を持つ八意 永琳が弟子のために書いた薬学書よ。あなたはお金よりも、こういった書物のほうが好きなのでしょう。」
「……誰からそれを?」
「屋敷に出没する鼠から聞いたのよ」
どうやら彼女の館に現れる鼠は、この店に出没する鼠と同じだったようだ。
きっと紅白色や黒白色しているに違いない。
彼女達の知り合いならばこの少女も一筋縄ではいかない相手だろう。
いつまでも呆気に取られたままではいけない。
僕は密かに気合を入れ直した。
「確かにお金より本のほうが好きですが、その衣は貴重なものですよ。本一冊ではまるで価値が合わない。そもそも本とは古いほうが価値があるんですよ。見たところその本は作られて30年といったところでしょうか、まだまだ新しすぎます」
「古い本に価値があるのは稀少だからでしょう?永琳には弟子が一人しか居ない……つまりこの本は世界に1冊しかないのよ」
確かににその通りである。
世界に1冊しかないならば、今回を逃すと二度と手に入らないかもしれない。
僕は未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力を持っている。
その能力で確認したが、八意 永琳という者が作成した薬学書であることは間違いない。
あの本に書かれている薬を作れば、それは新しい商品になる。
長期的に見れば決して損な取引ではないはずだ。
それに僕自身に読んでみたいという欲求がある。
頭の中ですばやく算盤を弾いた。
「わかりました、どうぞその衣はお持ちください。」
「ふふ…良い取引をしたわね、次に会う機会を楽しみにしてるわよ香霖堂」
「今後とも御贔屓に」
僕は受け取った薬学書を片手に、扉から出てゆく少女を見送った。
~☆~
それでは早速、仕入れた商品の確認をしなければ。
輝夜が店より出て行ったのを確認した後、薬学書を開いた僕の目に飛び込んできたのは見慣れぬ文字だった。
これは薬学書のはずだが?
混乱しながら頁をめくっていくと一枚の紙切れが挟んであった。
その紙切れには以下の様に書かれていた。
蓬莱語の辞書をお求めの場合は以下のものをお持ちのうえ永遠亭までお越しください。
・月のイルメナイト
・エイジャの赤石
・金閣寺の一枚天井
・ミステリウム
永遠亭代表 蓬莱山 輝夜
あぁ、なるほど。
と、ため息が漏れた。
薬学書に書かれた見慣れぬ文字は、恐らく蓬莱の文字なのだろう。
二度目のため息を吐き、再び紙切れに目を落とす。
「金閣寺の一枚天井なんて、そんな大きなもの仕入れたとしても持っていけるはず無いじゃないか」
紙切れを握りつぶし、蓬莱語の薬学書を本棚に押し込んだ。
つまり僕は騙されたのだろう。
今回、蓬莱語の薬学書を僕に渡す。
次に蓬莱語の辞書と交換に貴重な品物を巻き上げる。
火鼠の皮衣はオマケっと言ったところだろうか。
しかし、僕も損をしていないはずだ。
騙されはしたが、今回手に入れたのは世界に一冊しかない貴重な書物に代わりはしないのだから……
新しくお茶を入れ直しながら、僕はそう思うことにした。
───そう思っていた。
罵声とともに炎をまとった少女が怒鳴り込んでくるまでは。
これでこそ姫様!
だがそれもいい
蓬莱の玉の枝以外は全て贋作らしいです。永淋が作ったとか。
その蓬莱の玉の枝を持ち帰ったのは妹紅の父親(らしき人)。
ずいぶんと深い因縁ですね
ところで最後の炎をまとった少女って、火鼠装備の輝夜でいいのかな?
それとも耐火装備で輝夜にフルボッコにされた妹紅?
感想ありがとうございます。
え~っと、最後に登場した少女が気になるようですが、
実は続編がありますw
もう少しでUPしますので、よろしくお願いします。
タイトルは『霖と妹紅と名前の無い金属』です。
続き読んできますー