子の刻を迎え、博麗神社の宴会騒ぎは最高潮に達していた。
幻想郷の有名人、有名妖怪が新年の挨拶を交わし、酒を酌み交わす。
「……参拝客が寄り付かない訳だわ」
神社の巫女であり、家主でもある博麗霊夢のボヤきは喧騒に掻き消されていった。
溜め息を一つ溢し、開き直ったかのように酒を煽る。
この後、吸血鬼とスキマ妖怪と酒好きの鬼に捕まって延々と相手をさせられるのだが、それは別の話。
※
「うー……」
「調子に乗って飲むからよ。新年早々、何やってるんだか」
一方、魔法使いの集まった一角では珍しく霧雨魔理沙が潰れていた。
アリス・マーガトロイトの膝に頭を預けて眠って……というよりも、魘されていた。
その姿を何故かニヤニヤしてながら見ているパチュリー・ノーレッジと小悪魔。
普段から本を奪われたり図書館を荒らされたりと魔理沙相手にいいようにされている分、彼女がダメージを受けている姿は酒の進む見世物だったようだ。
「一体、どれだけ飲んだのよ?」
「スピリタスの焼酎割りらしいわよ」
「……そりゃ潰れるわね」
聞いただけで頭痛を起こしそうなカクテルだった。
むしろ、常人ならば即死モノのシロモノである。
魔理沙史上最速のペースで潰され、今ではすっかり夢の中である。
「ちょっと、魔理沙?こんなとこで寝られると私が困るんだけど」
「……ZZZ……うー、ぐー……」「むにゃむにゃ……」
アリスの背後では毒人形、メディスン・メランコリーが寝息を立てている。
全く身動きが取れない状況だ。
「ちょっと、メディまで…」
「すっかり懐かれてるわね。界隈のお姉さんキャラの座は貴女に譲るわ、アリス」
「そんなもの譲られても困るわよ……」
パチュリーの軽口に溜め息を漏らす。
小悪魔に助けを求めるような視線を送るも、笑顔で返された。
どうやら助ける気は無さそうだ。
「ちょっと、魔理沙?メディも。こんなところで寝たら本当に風邪引くわよ?メディが風邪引くかは怪しいけど……」
「うー……」「ん~……」
「熟睡ね」「爆睡ですねー」
「まったくもう……上海、毛布貰ってきてくれる?」
「シャンハーイ」
相変わらず騒がしい周囲。しかし魔理沙は起きる気配すら無い。
メディスンも完全に眠りの世界に落ちていた。
仕方なしに上海人形を操って、社務所から毛布を二枚取りに行かせる。
本人は否定するも、その姿は世話焼きの姉にしか見えなかった。
パチュリーと小悪魔はアリスを見ながらニヤニヤしている。
一体何が楽しいのだろう、と思ったが聞いたところでロクな答えが帰って来ない気がしたのでやめておいた。
「うー……ぐー……むぅ……」
「あ、また唸ってる……一体どんな初夢を見ているのかしらね」
※※※
追いつけない。
この私が全力で飛んでいるのに、追いつけない。
“あいつ”と同じ条件で走ろうとしたのは私だ。
それでも勝てる。そう思ってたのに!
“あいつ”は随分先を走っている。尻尾は見えても掴めない。
☆
気が付いたら私はこの灰色の道に立っていた。
少し飛んで上から見たら、細長い8の字を描いていた。
どうやら此処は、私の知らない場所のようだ。これは何のために作られたものなんだろう。
「おや、あれは……?」
何かが8の字を走っているのが見えた。真紅で彩られた細長い鉄のような何かだ。
あれは確か、パチュリーから借りた本に載っていた。外の世界の車って奴だ。随分と速いらしい。
「……なるほど、あの灰色の道は“車”が走る為の道か。面白そうだ」
私はあの車と勝負する気になった。どれだけ速いか試してやろう、そんな軽い気持ちで。
ここからでもあの車が嘶く声が聞こえてくる。気合が入っているようで何よりだ。やり甲斐がある。
同じ高さで走り、同じように灰色の道に沿って飛ぶ。ルールは決めた、勝手にだけども。
そして私は奴の速さを目の当たりにした。
☆
普段、私は何かに沿って飛ぶ事はしない。目的地に向かって一直線が基本だ。
加速する事はあっても減速する事はしない。
「だぁあ!?く、首が痛いぜ…!」
減速しないとカーブが曲がれないとは思わなかった。急制動を繰り返し、首がガクガクと揺れる。
体が箒から振り落とされそうになっては、必死で体勢を立て直す。
その間にもあの車はどんどん前に行ってしまう。
「いくらなんでもズルいぜ!あんなカブトみたいなのして!」
上から見た時、あの車に乗り込んでいる人物は鉄仮面のようなものをしていた。
きっとアレが衝撃を吸収してるんだ!ずるい!
「わったたたた!?」
減速が不十分だと、こうやって外に弾き出されそうになる。自分の速度を操れてないらしい。
対して“あいつ”はあの大きな車を完全に操っている。腕の差を見せつけられているようで悔しい。
「くそぅ……なんで追いつけないんだ!」
何とか尻尾を見失わずに済んでいるが、もうそろそろ限界だ。
一体何十週したかわからない。最後の直線にようやく戻ってきた。
遠くに、白と黒の市松模様の旗が振られている。きっとアレがゴールのサインだ。
「もっと、だ……もっと速く速く速くっ!!!」
加速する。残った魔力を全て注ぎ込む。世界が歪む。風を切り裂いて、進む!!
車が嘶く音が聞こえてくる!もう少しだ!!追いつける―――!!
「あっ…………」
その瞬間
体の力が
抜けた。
「うわああああああああああ!!」
体が地面に転がった。不思議と痛みは無い。視界には赤い車が旗を横切ったのが見えた。
私は、負けた。
☆
空は雲一つ無い晴天。灰色の地面は焼けるように熱かったが、吹き抜ける風は涼しくて気持ちよかった。
魔力を使い切って、私はバランスを崩して箒から転げ落ちたらしい。
「悔しいぜ……」
でも、何故か清清しい気持ちだった。全力を出すと、気分が良い。
「驚いたな。僕を追いかけていたのは魔女だったのか」
…誰だ?逆光で良く見えない。何か抱えているけど、アレは“アイツ”がしていたカブトモドキか?
男の声だ、というのはわかる。そういえば、知らない男と話すのは久しぶりな気がする。
「楽しいレースだった。ありがとう」
手を差し伸べてくる。私はその手を掴む。がっしりした、男の手だ。香琳とも違う。
「アンタ、速かったぜ。名前を教えてくれないか?私に勝った相手の名前を知りたいんだ。
先に名乗っておくぜ。私の名は霧雨魔理沙。普通の魔法使いの女の子さ」
青い目に金髪の男は、その冷たい雰囲気とは違った笑顔を浮かべて――
「僕の名は――」
男の声が途切れ、世界は真白な光に包まれた。
待ってくれ、まだ名前を聞いてないんだ―――
※※※
「あ、起きた。水飲む?」
見慣れない金髪の男は、見慣れた金髪の少女になっていた。魔理沙は数度目を擦り、体を起こす。
「コンパロコンパロ~、アルコールの毒よ集まれ~」
隣りで踊っているのは毒人形。
「……あー、寝てたのか」
さっきまでの出来事が夢の中の出来事だった事に気付き、悔しそうに歯噛みした。
夢の内容を思い出そうとしても、どこか靄が掛かったような記憶しか無い。
「随分魘されてたけど、悪夢でも見た?」
「悪夢どころか、楽しい夢だったぜ?」
アリスから水を受け取り、一気に飲み干す。魔理沙の表情はまだ夢見心地、という雰囲気だった。
言葉通り、どこか楽しそうだ。そんな魔理沙の姿にアリスは小さく首を傾げる。
「一体どんな夢よ?」
「男にスピードで負ける夢さ。思わず惚れるところだったぜ」
「………」
「どうした?」
「いや、アンタが男に惚れるなんて意外だな、と思って」
「失礼だな!うぐっ……あたたた……」
言い返そうとした魔理沙が首を抑えてへたり込んだ。
どうやら寝違えたらしい。
「…ま、いい初夢だったみたいで何よりね」
アリスはそう結論付けると、周りの皿を持って社務所の方へと向かってしまった。
宴会場を見渡すと、まだ飲んでいる者も居たし眠りこけてる者も居た。
空はまだ真夜中、初日の出には時間がありそうだ。
「……いつか、お前に追いついてやるからな」
魔理沙は空を見上げ、呟いた。
星が綺麗な夜だ。同じ空の下に、彼女が見た最速の男が居るのかもしれない。
恋する少女の瞳で、魔理沙はずっと空を見上げていた。
魔理沙は知らない。
その男が2007年、Formula-1ワールドチャンピオンであり、名実共に世界最速の座に付いた男である事を。
男の名は、キミ・ライコネン―――
幻想郷の有名人、有名妖怪が新年の挨拶を交わし、酒を酌み交わす。
「……参拝客が寄り付かない訳だわ」
神社の巫女であり、家主でもある博麗霊夢のボヤきは喧騒に掻き消されていった。
溜め息を一つ溢し、開き直ったかのように酒を煽る。
この後、吸血鬼とスキマ妖怪と酒好きの鬼に捕まって延々と相手をさせられるのだが、それは別の話。
※
「うー……」
「調子に乗って飲むからよ。新年早々、何やってるんだか」
一方、魔法使いの集まった一角では珍しく霧雨魔理沙が潰れていた。
アリス・マーガトロイトの膝に頭を預けて眠って……というよりも、魘されていた。
その姿を何故かニヤニヤしてながら見ているパチュリー・ノーレッジと小悪魔。
普段から本を奪われたり図書館を荒らされたりと魔理沙相手にいいようにされている分、彼女がダメージを受けている姿は酒の進む見世物だったようだ。
「一体、どれだけ飲んだのよ?」
「スピリタスの焼酎割りらしいわよ」
「……そりゃ潰れるわね」
聞いただけで頭痛を起こしそうなカクテルだった。
むしろ、常人ならば即死モノのシロモノである。
魔理沙史上最速のペースで潰され、今ではすっかり夢の中である。
「ちょっと、魔理沙?こんなとこで寝られると私が困るんだけど」
「……ZZZ……うー、ぐー……」「むにゃむにゃ……」
アリスの背後では毒人形、メディスン・メランコリーが寝息を立てている。
全く身動きが取れない状況だ。
「ちょっと、メディまで…」
「すっかり懐かれてるわね。界隈のお姉さんキャラの座は貴女に譲るわ、アリス」
「そんなもの譲られても困るわよ……」
パチュリーの軽口に溜め息を漏らす。
小悪魔に助けを求めるような視線を送るも、笑顔で返された。
どうやら助ける気は無さそうだ。
「ちょっと、魔理沙?メディも。こんなところで寝たら本当に風邪引くわよ?メディが風邪引くかは怪しいけど……」
「うー……」「ん~……」
「熟睡ね」「爆睡ですねー」
「まったくもう……上海、毛布貰ってきてくれる?」
「シャンハーイ」
相変わらず騒がしい周囲。しかし魔理沙は起きる気配すら無い。
メディスンも完全に眠りの世界に落ちていた。
仕方なしに上海人形を操って、社務所から毛布を二枚取りに行かせる。
本人は否定するも、その姿は世話焼きの姉にしか見えなかった。
パチュリーと小悪魔はアリスを見ながらニヤニヤしている。
一体何が楽しいのだろう、と思ったが聞いたところでロクな答えが帰って来ない気がしたのでやめておいた。
「うー……ぐー……むぅ……」
「あ、また唸ってる……一体どんな初夢を見ているのかしらね」
※※※
追いつけない。
この私が全力で飛んでいるのに、追いつけない。
“あいつ”と同じ条件で走ろうとしたのは私だ。
それでも勝てる。そう思ってたのに!
“あいつ”は随分先を走っている。尻尾は見えても掴めない。
☆
気が付いたら私はこの灰色の道に立っていた。
少し飛んで上から見たら、細長い8の字を描いていた。
どうやら此処は、私の知らない場所のようだ。これは何のために作られたものなんだろう。
「おや、あれは……?」
何かが8の字を走っているのが見えた。真紅で彩られた細長い鉄のような何かだ。
あれは確か、パチュリーから借りた本に載っていた。外の世界の車って奴だ。随分と速いらしい。
「……なるほど、あの灰色の道は“車”が走る為の道か。面白そうだ」
私はあの車と勝負する気になった。どれだけ速いか試してやろう、そんな軽い気持ちで。
ここからでもあの車が嘶く声が聞こえてくる。気合が入っているようで何よりだ。やり甲斐がある。
同じ高さで走り、同じように灰色の道に沿って飛ぶ。ルールは決めた、勝手にだけども。
そして私は奴の速さを目の当たりにした。
☆
普段、私は何かに沿って飛ぶ事はしない。目的地に向かって一直線が基本だ。
加速する事はあっても減速する事はしない。
「だぁあ!?く、首が痛いぜ…!」
減速しないとカーブが曲がれないとは思わなかった。急制動を繰り返し、首がガクガクと揺れる。
体が箒から振り落とされそうになっては、必死で体勢を立て直す。
その間にもあの車はどんどん前に行ってしまう。
「いくらなんでもズルいぜ!あんなカブトみたいなのして!」
上から見た時、あの車に乗り込んでいる人物は鉄仮面のようなものをしていた。
きっとアレが衝撃を吸収してるんだ!ずるい!
「わったたたた!?」
減速が不十分だと、こうやって外に弾き出されそうになる。自分の速度を操れてないらしい。
対して“あいつ”はあの大きな車を完全に操っている。腕の差を見せつけられているようで悔しい。
「くそぅ……なんで追いつけないんだ!」
何とか尻尾を見失わずに済んでいるが、もうそろそろ限界だ。
一体何十週したかわからない。最後の直線にようやく戻ってきた。
遠くに、白と黒の市松模様の旗が振られている。きっとアレがゴールのサインだ。
「もっと、だ……もっと速く速く速くっ!!!」
加速する。残った魔力を全て注ぎ込む。世界が歪む。風を切り裂いて、進む!!
車が嘶く音が聞こえてくる!もう少しだ!!追いつける―――!!
「あっ…………」
その瞬間
体の力が
抜けた。
「うわああああああああああ!!」
体が地面に転がった。不思議と痛みは無い。視界には赤い車が旗を横切ったのが見えた。
私は、負けた。
☆
空は雲一つ無い晴天。灰色の地面は焼けるように熱かったが、吹き抜ける風は涼しくて気持ちよかった。
魔力を使い切って、私はバランスを崩して箒から転げ落ちたらしい。
「悔しいぜ……」
でも、何故か清清しい気持ちだった。全力を出すと、気分が良い。
「驚いたな。僕を追いかけていたのは魔女だったのか」
…誰だ?逆光で良く見えない。何か抱えているけど、アレは“アイツ”がしていたカブトモドキか?
男の声だ、というのはわかる。そういえば、知らない男と話すのは久しぶりな気がする。
「楽しいレースだった。ありがとう」
手を差し伸べてくる。私はその手を掴む。がっしりした、男の手だ。香琳とも違う。
「アンタ、速かったぜ。名前を教えてくれないか?私に勝った相手の名前を知りたいんだ。
先に名乗っておくぜ。私の名は霧雨魔理沙。普通の魔法使いの女の子さ」
青い目に金髪の男は、その冷たい雰囲気とは違った笑顔を浮かべて――
「僕の名は――」
男の声が途切れ、世界は真白な光に包まれた。
待ってくれ、まだ名前を聞いてないんだ―――
※※※
「あ、起きた。水飲む?」
見慣れない金髪の男は、見慣れた金髪の少女になっていた。魔理沙は数度目を擦り、体を起こす。
「コンパロコンパロ~、アルコールの毒よ集まれ~」
隣りで踊っているのは毒人形。
「……あー、寝てたのか」
さっきまでの出来事が夢の中の出来事だった事に気付き、悔しそうに歯噛みした。
夢の内容を思い出そうとしても、どこか靄が掛かったような記憶しか無い。
「随分魘されてたけど、悪夢でも見た?」
「悪夢どころか、楽しい夢だったぜ?」
アリスから水を受け取り、一気に飲み干す。魔理沙の表情はまだ夢見心地、という雰囲気だった。
言葉通り、どこか楽しそうだ。そんな魔理沙の姿にアリスは小さく首を傾げる。
「一体どんな夢よ?」
「男にスピードで負ける夢さ。思わず惚れるところだったぜ」
「………」
「どうした?」
「いや、アンタが男に惚れるなんて意外だな、と思って」
「失礼だな!うぐっ……あたたた……」
言い返そうとした魔理沙が首を抑えてへたり込んだ。
どうやら寝違えたらしい。
「…ま、いい初夢だったみたいで何よりね」
アリスはそう結論付けると、周りの皿を持って社務所の方へと向かってしまった。
宴会場を見渡すと、まだ飲んでいる者も居たし眠りこけてる者も居た。
空はまだ真夜中、初日の出には時間がありそうだ。
「……いつか、お前に追いついてやるからな」
魔理沙は空を見上げ、呟いた。
星が綺麗な夜だ。同じ空の下に、彼女が見た最速の男が居るのかもしれない。
恋する少女の瞳で、魔理沙はずっと空を見上げていた。
魔理沙は知らない。
その男が2007年、Formula-1ワールドチャンピオンであり、名実共に世界最速の座に付いた男である事を。
男の名は、キミ・ライコネン―――
ライコネン出てくるとは・・・
うん、100点
面白かったです