(注)このお話にはオリジナル猿が出てきます。
◆
「もうそろそろ、かしらねぇ」
空になった湯呑みを手の中で弄くり回しながら、薄暗い部屋の中で私は呟いた。
妖怪の山自警隊内の一部隊であり、五感に優れ索敵を得意とする白狼天狗達によって形成される哨戒部隊『犬走』。その犬走隊の詰所であるこの部屋に、今いるのは報道機関員である私だけ。隊士の天狗達は只今、定期巡回の真っ最中。
「お~山を~守る警備隊、名づ~けてウシトラ警備隊」
飲み終えたお茶は既に三杯。あんまりに暇なので自警隊のテーマソングなんかをそらんじてみる。
ちなみに、ウシトラ警備隊というのは自警隊の通称。妖怪の山が鬼の支配下にあった頃の名残で、鬼が出入りをする艮(うしとら)の方角、要は鬼門の番人という意味で付けられた名前。まぁもちろん、守るのは艮限定ではなくてお山全体なんだけれども。山のあちらこちらに河童の技術力で作られた秘密の基地だの通路だのが在り、お山の平和を守るため昼夜を問わず多くの隊員たちが働いている。この山が要塞の山とも呼ばれる所以ね。
九天の滝裏に在るこの犬走の詰所も、そうした秘密基地の一つ。
にしてもまぁ、何で滝の裏なのかしら。カモフラージュって事なのかも知れないけれど、隊士達は出動と帰還の度にずぶ濡れが避けられないという欠陥設計。私なんかは「逆まく嵐がはやてにのって、狂う、狂う!」てな感じで風を使って強引に流れをこじ開けて入るから良いけど。夏場ならともかく、雪の見えるこの季節に濡れ烏の色気を纏う気にもなれないし。
「マル先輩ーっ!」
退屈しのぎにあれこれどうでも良い思考を巡らしていた私の耳に、ようやく飛び込んできた待ち人、と言うか待ち妖怪、いやむしろ待ちワンコの声。
滝の流れをブチ抜いたせいでびしょびしょになった体を高速かつ小刻みに震わせ、水気を吹き飛ばそうと頑張っている彼女に向けて私は言ってやった。
「貴方に足りない物、それは、台詞立ち絵出番体力色気強さスペルカード、そして何よりも、速さが足りない」
「うぅ、面目ないッス……」
濡れそぼった髪がまるで、飼い主に叱られしゅんとなったワンコの耳みたいな、そんな様子で言葉を返す白狼天狗の少女、犬走椛。犬走隊の椛さんなので犬走椛。
彼女は犬走隊の、隊長でも副官でもなく、ホントにホントのただの平隊士。スペルカードの一枚も持ってはいない。けれどもその割りに、千里眼なんて哨戒任務にうってつけの能力を持っている為、皆から頼りにされている、と言うか便利に使われている、と言うか、まぁ、ぶっちゃけパシらされてたりしてるんだけれども、それでも嫌な顔なんか少しも見せずに健気に一生懸命頑張っている良いワンコ。
ああちなみに、マル先輩っていうのは私の事ね。射命丸先輩略してマル先輩。体育会系の子って、こういう省略系のあだ名をよく使うわよねぇ。
「にしても、やっぱりマル先輩は速いッス。速過ぎッス」
「そりゃもう。何せ私は風に乗る鳥、ワンコの貴方じゃ追いつくのは不可能ね」
「それだけの速さを持ってるんスから、マル先輩はやっぱり報道なんかじゃなくて自警隊に入るべきッスよ! あと自分ワンコじゃないッス」
またこれだ。この子、私と会うたびに「マル先輩は速いんだから、マル先輩は強いんだから」って、自警隊入りを勧めてくるのよねぇ。
流石に少々鬱陶しくなってきたから、今日の定期巡回の際に私も椛と同じルートを飛ぶから、それで私に追いつけたら考えても良い、駄目なら諦めなさい、と、そう勝負をする事にした。
で、結果はお茶三杯。白狼天狗だって並の妖怪に比べれば速いけれども、それでも私に比べたらあまりにスロウリィ。
「ま、自警隊云々の話はこれで手打ちって事で。
それより椛。いくらワンコでもそんな体を冷やしたままだと風邪を引きかねないし、あっついお茶を淹れてあるからそれであったまりなさいな」
「あ、ありがとうございます。あと自分ワンコじゃないッス」
軽く礼をして、私の差し出した湯呑みを手にする椛。そうしてそれを口元まで持ってゆき。
「はふぅーっ、はふぅーっ」
しきりに息を吹きかけてばかりで一向に口を付けようとしない。
「あれ、貴方ってもしかして熱いの苦手? ワンコなのに猫舌?」
「いや、猫に限らず大概の野生動物は熱いの苦手ッスよ。基本的に火の通った物を食べる機会が無いんスから。あと自分ワンコじゃないッス」
そこまで話して、そうしてようやく口を付ける。
と思ったら次の瞬間、こっちの方が吃驚するくらいの勢いで体をビクリと震わせ顔を上げた。あやややや、涙目でベロ出してる。
「やれやれね。いくら元がワンコとはいえ、天狗に成った今でもそんなんだっていうんじゃあ、ちょっと情けないわねぇ」
「耳が痛いッス……。
や、でも、言い訳させてもらうと、自分、天狗に成ってからもこの山に来る迄は、殆ど野生のままの生活送ってたもんスから。あと自分ワンコじゃないッス」
ん、この山に来る迄は?
「椛、貴方ってここのワンコじゃなくって、別の山出身のワンコなの?」
「ああ、そういえばマル先輩には話した事なかったッスよね。あと自分ワンコじゃないッス」
幻想郷内の女の子については、結構下位の妖精なんかまででも個人情報は把握していたつもりだったのだけれども、どうやら身内についてはチェックが甘かったみたいね。
これはちょっと面白そうな話。次の新聞のネタとして使えるかもしれない。私は胸ポケットからペンとメモ帖を取り出した。
「もし良かったらその辺りの話、詳しく聞かせてもらえませんか? 貴方が昔どんなワンコだったのか、どういう理由でこの山に来たのか」
「いや、それは良いッスけど、何でマル先輩、急に敬語なんスか? あと自分ワンコじゃないッス」
「例えワンコであったとしても、取材相手なのであれば敬語を使うのが私のポリシーですから」
「や、でも、やっぱり立場ってものは大事にしなきゃならないものッスし、自分なんかにマル先輩が敬語を使うなんて駄目ッスよ! あと自分ワンコじゃないッス」
ああもう。体育会系の子って、何でこう細かい形式に変にこだわるかなぁ。
「目上である私のやり方に、下の立場のワンコのくせして文句をつけるつもりですか?」
「うぅ、そう言われると辛いものが……。
……判ったッス。余計な口出ししてすみませんでした。あと自分ワンコじゃないッス」
自分の中の妙な二律背反に何とか妥協を見せたみたいね。て言うか、難しい命令をされて悩んでるワンコって可愛い。
「さてと。では、改めて。
貴方が昔どんな狼だったのか、どういう理由でこの山に来たのか。聞かせてもらいましょうか?」
「いやまぁ、そんな大した話でもないんで、あんまり期待はしないでほしいッス。
あと自分ワンコじゃないッス――ぅ……ん?」
「合ってるでしょー? なに先輩に向かってワケ判らない文句をつけてるんですかー?」
「う、あうぅ~……」
おお、しゅんとしてるしゅんとしてる。
ああもうっ! ワンコと遊ぶのは楽しいなぁ!
“白狼伝説 ~宿命の闘い~”
むかしむかし、海に近いとある里のお話。
その里では、年に一度四月の申の日に、神社で行われる祭りに於いて若い娘を一人、人身御供として神様に差し出すという習わしがあった。
尤もこの習わし、里の神社に代々伝わっているというわけでもなく、二十年程前に突然、神様からのお告げがあって始められたものであった。人々も最初はその理不尽な要求に反対してはいたのだが、直後、神社の神主が何者かに殺害され、更には里も襲われ大きな被害を受けた。人々はそれを神様の怒りだと受け止め、祟りを畏れて以降は泣く泣く娘を差し出すようになった。
そうしてこの年も、一人の若く美しい娘の居る家に白羽の矢が立ったのだった。
早くに妻を亡くし今や親一人子一人の身となっている父親は、いくら神様の言う事とはいえたった一人の家族を犠牲にする事が納得できず、祭りを数日後に控えたある晩、神様の正体を確かめようと社殿に忍び込んだ。
時は草木も眠る丑三つ。誰かに見つからぬよう物陰へ身を隠し息を潜める父親の耳に、とても人のものとは思えぬ、怪しげな低い声が聞こえてきた。
「娘を取り喰らう祭りの日も近いが、よもや越後の『シュケン』めも、儂がこの地に居るとは知るまいて」
こいつは神様なんかではない、化け物だ。もし見つかれば自分も喰い殺される。そう、生きた心地もせず必死になって恐怖に震える体を抑えていた父親ではあったが、同時に一つの希望も見出していた。
この化け物は、越後の『シュケン』とやらを恐れている節がある、と。
やがて化け物の気配は消え、辺りには静寂が戻ってきた。父親は大急ぎで神社を離れると、家へと戻って眠っていた娘を起こし事の次第を伝えた。そうして自分は、『シュケン』を連れて来ると言って、まだ夜も明けきらぬ内に里を離れて越後へと旅立った。
さて、娘を救いたい一身で三十里程も離れた越後の地までやって来た父親ではあったのだが、八方手を尽くしてみても『シュケン』なる人物は見つからない。そうこうしている内に時は過ぎ、ついには娘が贄とされる祭りの、その当日の朝になってしまった。
何という事だ。今からではどんなに急いでも、今日の内に里に戻る事は出来ない。在りもしない希望に振り回された結果、娘を助ける事が出来ぬどころか、その死に目にも会えなくなってしまったか。
父親は絶望し、もういっそ自分も娘の後を追おうかと、そんな事を考えながら、それでもとりあえずは里に戻らねば、と、道を歩く。
そこへ。
「儂に、一体何の用があって来た」
突然の声が聞こえた。そうして次に、道脇の叢からのっそりと現れる一つの影。
「もう一度聞く。儂に、一体何の用があって来た」
父親の目の前に出て来たのは、全身が真白の毛に覆われた一頭の大きな狼であった。その狼の口から、確かに人の声が聞こえる。父親は驚きと恐怖で固まっていた。
「やれやれ。お主であろう? ここ数日、儂の事を訪ね歩いていたのは。
だから聞いておるのだ。儂に何の用があるのか、と」
その言葉を聞いて父親は、恐る恐る口を開いた。
「あ……貴方が、越後のシュケン様……なので?」
「ああ。確かに儂が越後のシュケンだ」
『シュケン』の事を人間の名だとばかり思っていた父親は大層に驚いたが、けれどもシュケンが人であろうと狼であろうと今に於いては瑣事に過ぎない。父親は地に頭をこすりつけ、そうして言った。
「何とぞ、何とぞ娘の命をお救い下さい!」
父親は話した。自分の住む里で、神様を騙った化け物が人身御供として娘を差し出させている事、その化け物が、シュケンの名を口にした事。
「なるほど、のぅ」
話を聞き終えたシュケンは、得心した様子で息をつく。
「以前この国で、他所からやって来た三匹の怪物猿が暴れた事があってな。内二匹は儂が噛み殺したのだが、残る一匹に逃げられその行方も知れなかった。
よもや三十里しか離れておらんような所、しかも神域を隠れ蓑にしていようとは。賢しい猿よ」
「それで、あの……」
「うむ。今度こそは逃がしはせぬ」
「ああ、有難うございます! このお礼は如何様な事でも、もしお望みなら我が身を差し出してでも――」
そんな父親の言葉に、シュケンは軽く笑って応える。
「要らぬよ。そもそもは、儂があの猿を逃したのが原因。己の不始末を己で正すだけの事。礼など要らぬ」
「いえ、そんなわけにはまいりません!」
「そうか、では……。
確か、お主の里は海に近いと言ったな。なら、美味い魚を御馳走してもらうとでもしようかの。良いか?」
「も、勿論です!」
良かった、これで娘は助かる。そう喜びに染まった父親の顔であったのだが、しかしすぐにまた暗いものへとなったしまった。それを見て、何事かとシュケンが問う。
父親は言った。娘が贄に出されるのは今日の夜、今からではどうやっても間に合わない、と。
「そんな事か。なに、問題ない」
シュケンは大きく笑って言った。
「ほれ、儂の背に乗れ」
「は?」
「どうした、早くせぬか」
わけも判らぬまま、それでも言われた通り父親はシュケンの背に跨る。シュケンの身体は大きく、大人一人を乗せて充分な程であった。
「ちと急ぐからな。振り落とされぬよう、しっかりと掴まっておれよ」
途端、シュケンの身体がふわりと宙に浮いた。
「な、な、な!?」
目を丸くした父親を乗せたまま、木を越え山を越えどんどんと高く昇っていく。先程までは山道に居た筈が、とうとう視界の先に海が見えてきた。落ちれば命は無い。父親は、無我夢中でシュケンの身体にしがみついた。
「海の上を突っ切れば、夕方までには着く!」
言ってシュケンは、空中を風を切って走り出した。
◆
――とまぁ、こんな感じで自分は、その男の人が住んでた里に向かったわけッス。
そうッス。このシュケンってのが自分ッス。まあ、言ってもシュケンってのは通称みたいなもんで、本名ではないんスけどね。
自分は山に住んでた狼が長じて天狗になったわけッスから、そもそも名前なんて無いんスよ。ただ、人間態に変化する時は、まぁ天狗の一般的な格好として修験者みたいな姿になる事が多かったッスから、それで山に住んでる他の妖怪からは、修験者略して『シュゲン』とか、『シュケン』とか呼ばれてたんスよ。
え? 『修験者の格好してるワンコ』略して『シュ犬』なんじゃないかって? 違うッスよマル先輩。自分ワンコじゃないッス。
……て言うかマル先輩。何でさっきからやけにニヤニヤしてるんスか?
え? 口調が今と違い過ぎるって?
うう、絶対ツッコまれると思ってたッス……。
いやまぁ、当時の自分、まだ若かったというか、ちょっと調子に乗ってたというか……。
自分の住んでた山って他に強力な妖怪が居なくて、自分以外には小さい魑魅魍魎の類くらいで。だから自分、二重の意味で天狗になってて。だから言葉遣いも、ちょっとこう、威厳を持った感じみたいな、そんな風だったんス。いやまぁまさか、狼から成った天狗が、天狗全体からみたら木っ端天狗なんて、文字通りの下っ端扱いだなんて当時は思ってもなかったッスから。
そうッスね。今のこの喋りは、この山に来て自分の立場を知ってからのものッス。
あ、でも、自慢じゃないッスけど、当時の自分、一般的な木っ端天狗のレベルからすれば、結構強い方だったんじゃないかなぁとは思うんスよ。
自分、妖術の類は不得手で、使えるのっていったら妖怪の基本中の基本である飛翔と変化……っても、変化の方は不完全だったんスけど……あと、生来の目の良さの発展延長である千里眼と、それだけで。弾幕どころか弾の一つも創れなかったんス。まぁおかげで、後々苦労する事になるんスけどね。
でもその代わり、身体の方は鍛えてましたから。何せ野生の狼ッスからね。千里眼に加えて通常の狼よりも更に発達した嗅覚、これで相手の位置と動きとを完全に把握、野山を走り回って鍛えられた脚で一気に接近、相手の身体に爪を立て、喉笛を牙で喰いちぎる。これが自分の必殺パターンだったんスよ。
千里眼・鼻・鍛えられた脚・爪・牙。この五つの力、合わせ向かう所敵なし。そうして付いた通り名が『百鬼夜行をぶった斬る地獄の番犬』! どうッスかこれ、かなり格好良くないスか? いやまぁ、『鬼をぶった斬る』って辺りがちょぉーっと言い過ぎな気がしなくもないッスけど、でも山の皆からは、『シュケン』以外にもこんな呼ばれ方で頼りにされて……。
って、何スか? え、それって『犬』とか言われて軽く馬鹿にされてないかって?
いや、そんな事ないッスよ!……多分。自分ワンコじゃないッスし。
あの猿共が山で暴れた時だって皆、静かな山を取り戻す為にさあっ!てな感じで応援してくれたッスし。
え? あ、ああ、そうッス。この猿ってのが、その猿ッス。
元々自分らの山に居たわけじゃなくて、日光から来たとも、はたまた海を渡って大陸から来たとも……まぁいずれにしろ、奴らの自己申告なんで真偽ははっきりしないんスけど……とにかく、他所からやって来たんスけど、里に下りては人に危害を加えるわ、山に在っては他の妖怪に乱暴するわで。
単純に迷惑な奴らだって事もあるッスし、それ以上に、むやみやたらと里まで出てって悪さするもんスから、このまんま放っといたら、下手すれば里の人間が偉い法師でも雇って山の妖怪に攻撃を仕掛けてくる、なんて最悪の事態にもなりかねないってわけで、それで自分が退治する事になったんスよ。
でまぁ、この三匹ってのがまた凶悪な奴らで。
一匹は、勝つ為にはどんなに卑怯で荒っぽい手でも淡々と使ってくる奴で、その姿はまるで殺人機械(キリングマシーン)!! オオカミならただ殺すだけの狩りはしないっていうのに。とんでもない奴ッス! まぁ、猿ッスけど。
二匹目は、ぱっと見た感じはあんまり強そうでもないんスけど、影さえ斬り裂く程の超高速で突進しながらの肘打ちが得意技で、壁なんかに追い詰められた状況でそれを喰らうと、直後にしゃがんでからの軽い打撃を当ててきて、それでひるんだ隙にまた肘打ちを……って延々と繰り返してくるんス。恐ろしい奴だったッス。
で、この二匹までは倒したんスけど、残りの一匹ってのがまた酷い奴で。
ちょっとでも気に喰わない事があると「うっお――っ!! くっあーっ!! ざけんな―――っ!」って周りの物を破壊して暴れ出すわ、「女をなぐるしゅみはねぇ」と言った舌の根も乾かぬ内にゴシャッとぶん殴るわ、目潰しとか卑怯な手段を平気で使うくせに「男なら拳ひとつで勝負せんかい!」とか何とか言ってくるわと、言行不一致も甚だしい無茶苦茶な奴で。
そんな、悪党って言葉をまんま形にした様な奴ッスからね。仲間がやられている内にさっさと逃げ出してしまったんス。
そんで話に出てた里の神社に逃げ込んだわけッスね。狡賢い奴ッスよ。自分の千里眼は、文字通り千里の距離を見渡す事が出来るッスから、その気になれば全国どこに逃げたって見つけられるんスけど、流石に神様の住んでらっしゃる神社まで、じろじろ覗き見するわけにはいかないッスからね。その盲点をつかれ――って、随分と話がそれてしまったッスね。えっと、どこまで話しましたっけ?
あ、そうそう。男の人を乗せて、悪猿の居る里に向かって飛んだところッスね。
あの後予定通り、夕方には里に着いたんス。そんでもって――……。
◆
祭りの当日になっても戻って来ないものだから、娘の父親は野伏せりにでも襲われたか妖怪にでも取って喰われたか、と、里ではそんな不吉な噂が流れ始めていた。
それが夕方になって突然、祭りの準備で人々の集まっている広場に、大きな白い狼に跨って、しかも空の上から戻ってきたものだから、人々の驚き様は並大抵ではなかった。
里一番の力持ちを豪語していた男が腰を抜かして小便ちびり、女達は皆家に飛び込み隅っこで小さくなってがたがた震える。
老人達は念仏を唱えながら地にひれ伏し、子供達は「すげぇー」「かっこいー!」と大喜び。
てんやわんやとなった広場も、騒ぎを聞きつけてやって来た里の長へ娘の父親が事情を説明するに至り、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「貴方が、シュケン……様で?」
「うむ。儂がシュケンだ」
言葉を話し空を飛ぶ白狼。そんなものを目の当たりにするのは、無論、里の長といえども初めての事。流石に少々の恐怖心はあったが、それでも父親の話す通り里を救ってくれるというのなら、これ程ありがたい事もない。
「本当に、神社の化け物を倒し、この里を救って下さると?」
「うむ。代わりに、美味い魚をたらふく喰わせてもらうがのう」
「何と!」
里長は目を大きく見開いた。
「たったそれだけですか?」
「うむ? いや、それなりに結構な量を食べると思うが」
「量の問題ではございませぬ!
里を救って下さるというお方に、その程度のお礼しか出来ぬ様ではむしろ恥。他に何か、ご所望の物は? 里の港では交易もしております故、珍しい品々も幾らかはご用意できます」
「いや、食べる物以外には正直、あまり興味が無いのだが……」
そうして暫くの間あれやこれやと問答が続き、結局、生鯛二尾、刺鯖三十三刺し、寿具五荷、蓬莱一台、瓶子(へいし)一台、金幣一台、玉串一台、以上が奉幣物として用意される事となった。
「それでは取り急ぎ用意を――」
「いや。儂があの猿を退治してからで構わぬ」
「そうですか。では、明日の朝までには準備をしておきます」
「うむ。頼んだぞ」
シュケンと里長の間で話が纏まる。それを見計らい、純白の着物を着た髪の短い少女が群衆の中から歩み出た。
「はるばる越後から来ていただいたのに申し訳ないのですが、このたびの事、手出しは無用にてございます」
背筋を伸ばし、声は微塵も揺るがしはせず、真っ直ぐにシュケンの目を見ながら少女は言った。
「椛! お前、一体何を? それに、その髪……」
シュケンの背から降り里長の脇で控えていた父親が、驚きの声を上げて走り寄る。椛と呼ばれたその少女が、贄となる娘だった。
「髪? ああ、売ってしまったの。もう要らないのだし」
「そんな! あんなに綺麗だった黒髪――」
「それよりもお父さん。私、助けなんて必要ないって言ったじゃない」
「またお前はそんな事を!
ああ、シュケン様。とんだ失礼を……娘の言った事は、どうかお気になさらずに、化け物の退治、宜しくお願いいたします」
そう言って深々と頭を垂れると、父親は娘の手を強引に引いてシュケンから離れていった。
やがて日は沈み、里の広場では、二十年ぶりに本来の明るさを取り戻した祭りが行われていた。人身御供が始まってからこれまでは、祭りとは名ばかり、ただ恐怖と怒り、そして悲しみがあるだけだった。だが、今年は違う。人々はシュケンを祭りの中心に置き、その武運を祈りながら、今までの鬱憤を晴らすかの様に、そして、まだ僅かに残っている化け物猿への恐怖心を振り払うかの様に、大いに盛り上がった。
「シュケンさまふわふわ~」
「シュケンさまもこもこ~」
子供達に抱きつかれ、撫でくり回される祭りの主役。酒の入った大人達もそれを咎めようとはしない。シュケン自身も、今のこの状況は楽しく、心安らぐものだと感じていた。
そんなシュケンの視界の端に、祭りの輪から外れた所で一人、険しい表情で座っている娘の姿が見えた。
「あれ、シュケンさま、どこいくのー」
子供達の名残惜しそうな声を後に、シュケンは娘へと歩み寄った。
「シュケン様」
「祭りは楽しいが、流石に少々疲れてな。後の事もある。ここで少し、休ませてはくれまいか?」
言って娘の脇で蹲り、その膝の上に顎を乗せた。
「申し訳ございません、シュケン様。あの子達が調子に乗って」
「いや、構わぬよ。儂も楽しかったしな」
「皆、凄いはしゃいじゃって。こんなに明るくて楽しいお祭り、生まれて初めてだから」
そこまで言って、娘は口を閉じた。そうして黙ったまま、祭りの中心へと目を向ける。視線の先には、酔っ払った知人たちに囲まれ、少し困った顔で、けれども楽しそうにしている父親の姿。
「娘の命が助かるというのが、よほど嬉しいのであろうなぁ」
シュケンが口を開いた。
「あの男、越後で儂と出会った時、何と言ったと思う?
『必要なら我が身を差し出しても』と。こんななりをしている儂の前で、よく言えたものだ」
「お父さんったら……本当にもう、無茶ばっかりして……」
「それだけお主を大切に思っているという事であろう」
その言葉を聞き、遠くの父親を眺めながら娘は小さく笑った。
けれどもすぐに口を閉じ、また険しい表情へと戻って目を伏せた。
「お主、先程は何故、あの様な事を言った」
黙ったままの娘に、シュケンは問うた。
「あの男はお主を助ける為にはるばる越後まで、命をすら投げ出す覚悟でやって来た。なのに何故、お主は助けなど要らぬと言う。
まさか、お主一人で化け猿を討つ気ではあるまいな」
「その様なつもりは毛頭ございませぬ」
固い表情で娘は答えた。
「ならば何故。奴の前にむざむざ出て行けば、食い殺されるは必至」
「神に捧げられるとは、もとよりそういう事と覚悟は出来ておりました」
「奴は神などではない。神を騙った、単なる妖怪よ。
恐らく奴は、この里に来てまず、神と直接の対話が出来る神社の人間を殺した。そうして自分が神になりすまし、歪んだ形での信仰を里の人間から集めた。そうすれば、この里を護る本来の神には信仰が流れなくなり、力を失ってしまう。奴を排除する事が出来なくなってしまう。
その様にして奴は、二十年にも渡ってこの地に居座り続けたのだろう」
シュケンの言葉に、娘は応えない。
大きく賑やかな筈の祭りの喧騒が、やけに遠く感じられる、そんな暫しの沈黙が続く。
やがて。
「……私が覚えてる最初は、いつも私の面倒を見てくれていた、お隣のお姉ちゃんだったんです」
ゆっくりと、娘が口を開いた。
「うち、お母さんが早くに死んでしまって。私も、お母さんの事なんか、全然覚えてなくて。
だから、そのお姉ちゃんが、何て言うか、私にとっては、お母さんみたいな感じで」
声を震わせ、一言ずつぽつりぽつりと、搾り出す様にしながら娘は続けた。
「凄くね、明るい人だったんです。明るくて、いっつも笑ってて。
でも、祭りを数日後に控えたある日、突然、お姉ちゃんは私と会ってくれなくなって。
お父さんは、お姉ちゃんは神様の所に行く事になったから、その準備をしてるんだって言って。私は、ふーん、そうなんだ、って思って。お祭りの日、白い着物を着たお姉ちゃんを見て、綺麗だな、なんて思って。そうして、それっきり、お姉ちゃんとは会えなくなって。
それが、私の覚えてる最初なんです」
顎を乗せている膝から、娘の身体の揺れがシュケンに伝わってきた。
「去年はね、私とずーっと一緒だった、幼馴染の子だったんです。
すっごい気が弱くて、身体も小さくて、何も無い所でよく転んだりして。心配で私、いっつもその子のそばから離れられなかったんですよ。何だかもう、妹みたいな感じで。
その子とも、お祭りのちょっと前からは会う事が出来なくなりました。
お祭りの日、久しぶりに見たその子は、前よりももっと細くなってる様に見えて、もっと弱々しくなっていて。私、何かを言ってあげなくちゃって、でも、何を言えば良いのか判らなくて、怖くなって、それで、結局、何も言えなくて……。
……そうして今年は、私って事になって。だから――」
話をしている間に、娘の身体の揺れはだんだんと強くなってくる。声も次第に大きくなる。
「――だから!」
掌に爪が食い込む程に強く拳を握り、そうしてついには娘は叫んだ。
「だから私は行かなくちゃならないんです!
今までずっと、皆、神様の所に行くって、居なくなって! 皆絶対、どうなるかなんて知ってて、家族や友達も皆泣いてて、それでも里の為って……。
それなのに、今更、私だけなんて! そんなのっ! そんなの許されるわけがないじゃないですか!?」
今まで溜め込んでいた全てを吐き出すかの様に娘は叫ぶ。そんな娘の声に、それまでずっと黙って耳を傾けていたシュケンが。
「お主は、それで本当に良いのか」
ぽつりと呟いた。
「当然です。先程も言ったでしょう。覚悟は出来ていると」
はっきりとした口調で娘は答える。
「本当に? 恐れは無いのか?」
「ありません! 覚悟は出来ていると言ってるでしょう!?」
声を荒らげる娘に、それでは何故、と、シュケンは問うた。
「何故、お主は泣いておる」
その言葉を聞いた娘は、自分が何を言われたのかがまるで理解できていなかった。
けれども、手を自身の目元に持ってゆき、そこで濡れた感触を知ってようやく。
「はれ?」
自分が涙を流している事に気が付いた。
「え? 何で? 何で私?」
一度自分で気付いてしまえば、後は堰を切った様に、止めようと思っても止める事も出来ず、後から後から涙が溢れ出てくる。
「何で? だって私、怖いとかそういうの、もう全然無くて、覚悟、出来てて、それなのに、何で? 何でぇ――」
自身の身体を護る様に抱き締め、わけも判らぬままに娘は震える。その目からこぼれる雫が、ぽつりぽつりとシュケンの頭の上に落ちていった。
「ゃ――だよぅ……」
シュケンの耳がぴくりと動く。小さな声だった。とても小さな声で、けれども、そこには確かな偽らざるものが込められていて。
「い……やだよう……」
次第に。
「死にたく、ないよう」
次第に娘の声は大きくなり。
「嫌だよ! 怖いよ、私! 死にたくないよっ!」
そうして弾けた。偽りの無い本当の感情が娘の言葉に現れた。
「やだよ! 私、皆ともう会えなくなるなんて! お父さんなんて、私が居なきゃ何も出来なくて! だから私、まだ死にたくないよ!
でもっ!
皆、皆今まで、ずっと、だから私、駄目で、行かなきゃ、お姉ちゃんも、あの子も、皆、皆っ!!」
顔中をぐしゃぐしゃにして娘は泣き叫ぶ。もう自分が何を言っているのかも、何を考えていたのかも判らなくなっていた。
贄にならねばいけないという気持ち。それは本当の気持ち。けれども、同時に、まだ死にたくないと思う気持ちもまぎれの無い本物。
「駄目だから! 駄目なのよ、私! 皆が! 私だけ! 嫌よ、やだよ!? でも、でも、でもぉっ!」
娘の心の叫びを聞き、シュケンはゆっくりと立ち上がった。そうして。
「!ひゃうっ?」
娘の頬をつたう涙をぺろりと舐め取り、言った。
「泣くな椛。お主は儂が護る」
頬に触れた突然の感触に目を丸くして固まっている娘へと、シュケンは続けた。
「今までに娘達が贄となっていたのは全てあの猿のせい。お主が気に病む事など何一つも在りはせぬ」
「でも、それでも、私だけ――」
「お主だけではない。
今ここでお主が犠牲になれば、これから先も、別の娘達が同じ運命を辿る事となる。
だがここでお主が助かれば、その娘達の未来も救われる。
お主を縛る歪んだ鎖、それは断ち切らねばならぬ。そうしてそれこそが、お主の未来を創る事こそが、今まで贄となった娘達の悲しみを晴らす唯一の方法なのだと知れ」
「み……らい?」
娘はシュケンの言った言葉を繰り返した。考えてもいなかったのだ。自分にこれから先があるなどと。
「そう。お主は生きて、未来を、過去から続く悲しみが終わる場所とせねばならぬのだ」
「生きて……」
贄と決まったその日から娘は、自分はここで死ぬのだと受け入れてきた。死なねばならぬと己に言い聞かせてきた。けれども。
「――私、生きて良いんですか?」
「生きて良い、ではない。
生きねばならぬのだ、椛は」
彼女は、椛は今まで、里の娘達が贄となるのをずっと見続けてきて、だから自分もいつか、同じ様に里を護る為の贄となる、ならねばいけないのだ、と、そう己に言い聞かせてきた。
だから今年、自分が贄に選ばれた時も、それが運命だと納得して受け入れようとした。父親が助けを連れてきた時も、それを拒んだ。諦めではなく、本心で納得したのだから、と。
でもそれは、ただの弱さだったのかも知れない。目の前の相手は、その弱さを真っ向から否定した。
生きねばならぬと。それこそが、過去の悲しみを癒す唯一の方法だと。
いつのまにか、涙は止まっていた。心の中を覆っていた暗い靄が、次第に晴れていくのを感じた。
椛はシュケンの前に手をつき、頭をたれて言った。
「……シュケン様。お願いいたします。私を、この里を、どうか化け物の手よりお救い下さい」
「ああ。先程も言った通り、儂はお主を護る。必ずな。
これは約束だ」
そう言ってシュケンは、椛の肩の上に、ぽんっ、と前足を置く
「はい。約束にございます」
椛は、初めて心からの笑顔をシュケンに見せた。
「――さて、そろそろ戌の刻も半ばか。ぼちぼち、準備でも始めようかの」
言ってシュケンは、広場の中心に椛と父親、そして里長とを集めた。
「武器をな、用意してほしいのだが」
「武器……使われるのですか?」
シュケンの言葉に少々面食らった里長。なにせ、目の前の人物――と言うか狼は、どう見ても四足歩行の完全な獣の姿。武器とは言っても、一体どのような物を用意すれば良いのか。人の使う武器をそのまま、で良いのだろうか、と。
「ああ、普通の物で良い。刀か、槍か、出来れば刃の付いている物だと有難い」
里長の戸惑いを察したか、シュケンが言葉を続けた。それを聞いて、ならば取って置きの物が、と、里長は広場を離れる。
「では、椛」
里長を見送ってから、今度は椛に向き直ってシュケンは言った。
「はい」
「お主の姿、少し借りさせてもらうぞ」
言うが早いか、シュケンの身体が唐突に煙に包まれ見えなくなる。何事かとざわめく人々の見守る中、次第に晴れていく煙。
「まぁ!」
椛が驚きの声を上げた。広場の中心、寸分違わぬ同じ顔を向かい合わせる二人の少女の姿。
「ふむ。久しぶりの変化ではあったが、まぁ巧くいったかの」
そう言って満足げに笑う二人目の椛であったのだが、そこに。
「かみのけ、まっしろー」
子供達の声が飛んだ。
「うむ? まぁ、この位は……」
目の前の少女と形は同じなれど、色は元の毛並みと変わらぬ真白。そんな頭に手を掻き入れて、少々ばつの悪そうな顔を見せるシュケン。そこに、今度は。
「あの、その、こんな事を言うのも恐れ多いとは思うのですが、うちの娘はその様な――」
ぼりぼりと豪快に頭を掻く娘の姿に、遠慮がちにではあるのだが黙っていられない父親。別に何処ぞのお姫様というわけでもなし、作法あれこれ仕込んだ娘でもないのだが、それでも年頃の娘の姿としてこれは少々目に余る。
「むぅ。女の身になるのは初めての事だからな。所作までは流石に巧くはいかぬよ」
困った顔で笑うその背中、シュケン様、と声がかかる。
「お待たせを……と、シュケン様、で?」
「おお、持って来てくれたか」
いつの間にやら現れた白髪の娘に驚くも、すぐに事の次第を飲み込み、里長は持って来た里の宝を広げて見せた。
「ほう。太刀と……それに盾か」
用意されたのは、二尺は優に超える太刀と円形無地の白い盾。
「太刀はともかく、この様な盾は珍しいな」
「はい。どちらも古くから里に伝わっている物でして。嘘か真かは判らぬ話ではありますが、海向こうの国との交易で手に入れたとも言われております」
右手に太刀を、左手に盾を持ち、暫くの間上へ下へ、右へ左へと振り回していたシュケンだったが。
「よし、気に入った」
満足して首を縦に振った。
「しかしシュケン様。どうしてその様なお姿に?」
髪の色以外、自分自身と何一つ変わらぬ顔に向けて、まだ少々戸惑いながらも椛が訊ねる。
「うむ。これより儂は椛の身代わりとなって神社へ行き、そこで奴を討つ。
だがその際、元の姿のままでは、見た目はもとより匂いで儂である事が感づかれてしまうだろう。そうなれば狡賢い奴の事、再び姿をくらませてしまうに違いない。
奴はこの地で確実に倒す。その為に、この姿になる必要があるのだ。
武器は、まぁ、牙の代わりだ。何せこの姿で、化け猿の喉元にがぶり、というわけにもいかぬだろう? そんな姿を見たのならば、椛の父親はきっと泡を吹いて倒れてしまうだろうからな」
シュケンの言葉に、人々がどっと笑い出す。シュケンもまた、豪快に白い歯を見せて椛に向けて笑いかけた。
「さて、そろそろ行くとするかの」
「それではシュケン様、こちらへ」
歩き出したシュケンを呼び止め、里長は、広場の外れに置かれた、人一人が入り込める程の大きさのある唐櫃を指差した。
「例年、娘達はあの唐櫃に入れられて神社へと運ばれておりましたので……」
「なるほど、それは都合が良い。この髪の事もある。姿はなるべく見せぬ方がより確実であるし、それに武器も隠せるしな」
そうして唐櫃に入り込むシュケンの背中に向けて、両の手を合わせて静かに椛は祈った。
どうかご武運を、と。
外の見えぬ唐櫃の中ではあったのだが、まず大きな振動一つと、それから暫く続く小さな揺れ、小さくなっていく祭りの音、そうして再び大きな揺れと、最後に遠くへ消えていく複数の足音。シュケンは、自分が目的の場所に着いた事を察した。
闇の中でシュケンは、今の自分と同じ顔をした娘の事を思い出していた。
初めに見た時は、何と強い娘なのだろう、と思った。自分の助けを要らぬと言い、強い視線と声をもって、死をすら恐れぬ威風を感じた気さえした。
けれども、そんなものはただの見せ掛けに過ぎなかった。それが当然だろう。二十年も生きてはいない人間の娘が、そう簡単に自分の命を諦められるわけがない。本当の彼女は、とても弱く、とても小さく、そして、とても優しかった。
優しかったが故に、今まで犠牲になっていった娘達の悲しみ苦しみから目をそらす事が出来ず、それが自身の命をすら投げ出す事を是とする考えに繋がってしまった。
群れの仲間を思う気持ちは、狼であるシュケンにも理解できる。
彼女が今まで、一体どれだけ苦しんできたのか。それを考えると、シュケンの胸は悲しみで一杯になるのだった。
たとん、と、唐櫃の蓋を小さく叩く音が聞こえた。
音はもう一度、そしてまた一度、次第に大きく早くなり、そうしてついには絶え間ない轟音が叩きつけてくるようになった。
唐櫃ががたがたと揺れだす。風のうなる音が聞こえる。
里は、突然の暴風雨に襲われていた。
雨が箱を叩く。その音に紛れ、がさり、と、何かが草を分けて動く音が聞こえた。それを聞いて、シュケンの心に満ちていた、悲しみが怒りになる。音は確実に近づいてくる。それと共に、シュケンの心に火が灯っていく。火がついた心は、身体にも伝わっていく。今にも弾けそうな肉体を理性で抑え、シュケンは大きく息を吐く。
そうこうしている内に、やがて、唐櫃の蓋がゆっくりと開かれ。
「よく来たのう」
吐き気を催す程の下卑たしわがれ声が入ってきた。
「おや? どうした、その髪は」
「……神様の下に参るに至ってはもはや不要と思い、切って売ってしまいました」
「そうか。しかし、その色は?」
唐櫃の中からは声は返ってこない。それを返事と受け取ったか、くかかか、と、耳障りな笑い声が嵐の境内に響いた。
「そうかそうか! 恐怖のあまり色も落ちてしまったか!
なに、心配するでない。儂はそれほど恐ろしい者ではないぞ」
「……まことですか?」
「ああ、そうとも。こう見えて、儂は存外に優しいのだ――」
闇の中、大きな口が歪な笑いを浮かべた。
「だから、最初はお前に決めさせてやろう。何処が良い? 腕か、脚か、それとも目か耳か?」
歪んだ口から、血の臭いがする息が漏れてくる。それを受けて。
「……それでは、最初は――」
白髪の娘は答えた。
「――貴様の喉からいただこうか!」
白い光が水平に走る。真っ二つになる唐櫃。そこから全身を見せた娘の眼前で、太く茶色い毛が数本、宙を舞っていた。
「やれやれ。相変わらず、逃げ足だけは大したものだのう」
喉元に手を当てた大猿、人間の大人どころか熊ほどの大きさもある化け猿、それを目前にして悪態をつく白髪の娘。
「貴様、一体!?」
小さな身体には不釣合いな大きさの太刀と盾を持った娘を前に、身体を低く構えながら化け猿は吼える。
「なんとまぁ。一度殺されかけた相手を、ずいぶんと簡単に忘れられるものだ」
嘲りの笑いを浮かべて娘は応える。
「その物言い……まさか貴様、シュケンか!」
思い起こせば、化け猿には確かに見覚えがあった。目前の娘の白髪は、越後の地で自分の邪魔をした仇敵の毛皮と同じ白。
「んんんんんー、許るさーん!! またしても儂の邪魔をしおって!! 地獄へ叩き落としてやるぞ!!」
「ほーぉ。逃げずに向かってくると言うか。こいつは有難い。また逃げられては、余計な手間の増えるところだったからな」
「驕るなよシュケン。儂がいつまでもあの頃のままでいると思うか!」
吼える化け猿の姿は、確かに、シュケンの知っているかつてのものとは違っていた。越後にいた時は人間と大差ない程であった筈のその体躯、明らかに大きく太くなっている。
「その力、この里で神を騙り、人を喰って得た力か」
「その通りよ! 人の肉は美味いぞ? 特に若い娘、あれはたまらぬ! 肉の柔らかさは勿論、美しい顔が恐怖と苦痛に歪んでいくのがなんともそそる!
貴様も一度喰ってみると良い。病み付きになるぞ?」
「――外っ道がッッ」
「天狗の言えた文句かよオ!!」
もはや問答意味を成さず。
小さく、けれど鋭く、シュケンは息を吸う。途端、熱くなる身体、心。
「っっはっ」
それに、ただ、従う本能!
「ぬおぅ!?」
化け猿の視界が、一瞬にして白に染まる。
咄嗟に眼前で交差した腕へ、視界を染めた白、疾風のごとく突進してきた盾が叩きつけられる。
骨まで響く衝撃に思わずのけぞるその瞬間。
「っこぉっ!」
盾に身を隠していたシュケンの太刀が喉を狙って水平に刃を走らせる。
瞬時に上半身を大きく仰け反らせ、刃をかわす。
「ぅのれがァァ!」
上半身を戻す勢いを利用して、爪を立てた右手を叩き込む。
が。
「っガア!?」
盾を構えたシュケンの左腕が、真っ向から化け猿の右手を打ち潰す。
痛みと衝撃で後退る。瞬間、上半身ががら空きになる。
その機を逃さず間合いを詰めるシュケン。
右の足の平で地面を掴み、咄嗟に蹴り上げる化け猿。
「ぬっ!?」
蹴りはかわすも、巻き上げられた泥を顔面に浴びてシュケンの動きが一瞬止まる。
その隙に、化け猿はシュケンの右脇をかすめ、擦れ違いざまに一撃を加えた。
「くぅっ!」
白い着物の肩が裂かれ、その下、少女の柔肌から血が滴る。
不意の一撃に驚きよろめくシュケン。だが。
(何だ、今のは?)
驚いたのは化け猿も一緒だった。
もとより今の一撃は、避けられる事を前提で放った苦し紛れの一撃。
シュケンは強力な鼻と千里眼を持ち、距離、速さ、状況を問わず敵の動きを見失う様な真似はしない筈。不意打ちが当たる事など決してあり得ぬ筈。少なくとも、化け猿がかつて越後で戦った時のシュケンはそうであった。それが何故。
(これは、もしや)
思い返せば、おかしいのは最初からだった。唐櫃を斬って割った最初の一撃。化け猿は完全に不意をつかれていた。本来なら、勝負はそこで決していた筈だったのだ。
手を抜いていた、というのは考えられない。化け猿の知っているシュケンは、殺ると決めた戦いに於いて遊びを挟む様な性格ではなかった。
(なるほど。これはこれは……)
くかかかか、と、嫌な笑い声を残し、嵐と夜の闇に紛れて化け猿は姿を消した。
「逃げるか、この臆病者が!」
叫んでいる、嵐の中。足はその場から動かさず、四方に顔を向けて周囲を探っている。
その様子を見て、化け猿は確信した。
『やはりな。シュケンよ、貴様、視えてはおらぬな?』
雨風の鳴く音に混じって化け猿の声が夜の境内に響く。
『なぁシュケンよ。何故獣の姿に戻らぬ。何故千里眼を使わぬ?』
闇の中、化け猿は喜びで醜く歪む己の顔を抑える事が出来なかった。思えば、機会はいくらでもあったのだ。初撃を外した後でも、獣に戻って一気に勝負をかけられたのならば、化け猿に凌ぎ切る自信は無かった。だが、シュケンはそうしなかった。確かに、少女の見た目からすれば素早く力強い太刀筋ではあったが、力を増した今の化け猿ならば充分に防げる程度のもの。
『戻らぬのではない。戻れぬのだな?
使わぬのではない。使えぬのだなあ?』
くかこここ、と、化け猿の喜びを隠せぬ笑いが周囲を包む。
『そこでこの儂は考える……。はたしておまえは、どの程度元の力をふるえるのかと? 七割か? 八割か?
ひょっとすると普段と同じ十全の力が使えるのに使えない“フリ”をしているのだろうか…………とな。
フフ……どうなのだ?』
シュケンは答えない。ただ黙ったまま、闇の中を強く睨みつけている。
『フフン! 言いたくないのは当然。おまえはわしの思うにたぶん半分以下の力しか使えない……』
初撃に不意打ちで喉を狙ってきた。その事から、シュケンがこの戦い、最初から全力を出していると化け猿は判断した。そこから導き出された答え。
「賢しい猿めが」
シュケンは舌を打った。化け猿の指摘は、ほぼ正解であった。
シュケンはこれまで肉体を鍛える事にのみ特化し、妖術の類は不得手のままであった。変化の術も不完全であり、狼から別の姿へ、別の姿から狼へ、変わる事が出来るのは戌の刻に限られる。白狼態に戻るには、翌日の戌の刻を待たねばならない。
今のシュケンの肉体は、爪も牙も無い、ただの人間の娘と同様。鼻も効かず、獣の速さも持たない。妖力で出来る限りの肉体強化はしてあるものの、それでも普段の力には遠く及ばない。
それでもあえて人の形をとったのは、今度こそは化け猿を逃がさぬ為。多少辛いが相手が一匹なのであれば充分戦える、そう踏んでの事だった。
だが、相手はシュケンの予想以上に力を増している。初撃を外したのは致命的であった。
「くぁ!?」
突如背中を走った鋭い痛みが、シュケンの思考を遮った。
反射的に背後へ向けて太刀を振るうも、その刃はただ空しく雨と風を斬るのみ。
「この身に力が無いと気付いて、それでも姿を見せずに戦うと言うか! どこまでも性根の腐った奴よのう!」
闇に向かって吼えた次の瞬間、今度は左腕の肉が削られる。盾が地に落ち、その上へ雨水と混じって血が滴る。
『駄犬が! 人に媚売り尻尾を振る内に、考えまで人に染まったか? 獣の殺し合いに端から奇麗事など通ずるものかよぉ!』
夜の闇と暴風雨。それに紛れて姿を隠したまま化け猿はシュケンを襲う。人の身である今のシュケンと山の獣が変じた化け猿とでは、その五感の程に差が開き過ぎていた。
『面白し! まぁさぁに、面白しィッ!』
狂喜の叫びと共に化け猿の一撃がシュケンの脇腹を抉る。白い着物はずたずたに裂かれ、少女の細く小さい身体から流れ出る血によって紅く染められていく。
堪らず、シュケンは地に両膝をついた。
『哀れな姿よのぅ。獣の誇りを忘れ、飼い犬へと成り下がり、結果がそのザマよ』
息も絶え絶えな仇敵の姿に、化け猿が嘲りの声を上げた。
『なあシュケンよ。何故貴様は、儂が人を喰うのを邪魔する? バケモノが人を喰らうは、それ当然の理だろうによぉ』
語りかけてくる言葉を、シュケンはしかし。
「詭弁。あまりに詭弁!」
一刀に切り伏せる。
「山には山の理、里には里の理がある。バケモノにはバケモノの理、人には人の理がある」
山に迷い込んだ人を取って喰うというのならば、シュケンもそれを咎める事は出来ない。人も、山に入るとはそういう事だと、覚悟をせねばならない。
大切なのは、両者の関係を均等に保つ、という事なのである。山の妖怪が無秩序に里で人を襲う様になれば、人は妖怪の存在全てを駆逐しようとするだろう。逆もまた然り。人が山を自分達の物だと言って好き勝手を始めれば、妖怪は人間全てを見限る事になるだろう。
「だのに貴様は、事もあろうか神域を侵し、神を騙り、里の人間自ら贄を出す様に仕向けた。そんな輩が理などという言葉を口にするでないわ!」
何を堅苦しい事を、と、シュケンの言葉を聞いた化け猿が笑う。
それを受けて。
「そう、だのう」
シュケンは呟いた。
人と妖の間の理を保つ。それも、シュケンが戦う理由の一つである事には間違いない。けれども、今のシュケンをここまで突き動かしている一番のものは、もっと簡単で、けれども大きな想い。
「たった一人護れないで、生きてゆく甲斐が無い」
約束をした。必ず護ると。
とても強くて、けれども本当は弱く小さくて、そして、家族や仲間を何よりも大切に想う優しい娘。シュケンは、彼女と約束をしたのだ。そんな、たった一つの約束をすら護れない様で、それでは生きてゆく甲斐が無い。
『そうか! あの娘の事がそんなに大事か!
面白い。ならば貴様を屠って後、その骸の前であの娘を喰らう事としよう!』
叫び声と共に、今まさに迫り来る絶望と悲しみ。
地に臥せったままシュケンは、拳を強く握り、大きく息を吸う。
襲い来る悲しみ、そんなものは、全身で打ちのめすだろう、と。
「殺ったあああ――――ッッ!!」
風雨を突き切り、化け猿の左腕がシュケンの背を穿った。
肉にめり込んでいく爪の、その確かな感触に、化け猿の顔がにたりと崩れる。このまま心の臓を抉り出してやろうと、力を込めたその刹那。
「?」
肘から先を、軽く引かれた様な感触を覚える。
一瞬、何が起こったのか判らずに呆ける化け猿。自身の左腕に目を遣り、その状況を認識していく内に、次第に鈍い痛みが広がっていく。
「で? でっ。でっ、でっ、でっでってっ手ぇぇぇええ――――ッ!?」
左腕の状態を完全に認識したと同時に、化け猿の全身を容赦ない激痛が襲った。
左の肘から先がすっぱりと斬れて無くなり、そこからドス黒い血が勢いよく噴き出していた。
「ぅおのれ謀ったかぁ!」
叫びながら飛び退いて間合いを離し、そうして闇の中に消える化け猿。
背中に化け猿の左腕が刺さったまま、ゆっくりと立ち上がるシュケン。
力を失い地に伏せて見せれば、相手は必ず背後から、止めをささんと心の臓を撃って来る。その瞬間を狙った捨て身の一撃。受けた傷は深いが、化け猿にも深手を負わせる事が出来た。
背中に刺さった化け猿の手を無造作に引き抜く。栓を失った傷口から血が吹き出てくるが、そんなものを気にする暇は無い。地に落ちた盾も、もはや不要と拾う事はしない。どうせ、あと一撃で全てを決めねばならない。ならば、速さを殺す物は全て振り落とす。
「……使えぬ、のではない。使わぬ、のだ」
シュケンは小さく呟いた
化け猿の指摘はほぼ正解ではあったが、外れが一つあった。今の、人間の身体でも、負担がかかる事を承知で無理をすれば千里眼は使用できる。
ただし、それも一度が限界。使ってしまえば妖力、体力を大きく消耗し、後は一撃を放つのが精一杯となるだろう。だから、相手にあと一撃で確実に仕留められるだけの傷を負わせるまでは、最後の切り札として取って置いたのだ。
戦い始めてから一体、どれ程の時が経ったか。時間も判らない暗闇の中で、瞬きもなく、シュケンは深く息を吸う。空に立ち込める雨雲よりも、胸の奥の悲しみよりも、深く、深く息を吸う。
「千里眼!!」
木も、岩も、雨も、風も、そうして夜の闇さえも、全てが明るく、透明になる。
ぐるりと周囲を見渡すその中に、社殿のすぐ裏、傷口を押さえて、背を向け逃げ出そうとしている化け猿の姿がはっきりと映った。
逃がしはしない。シュケンは再び息を吸う。そして。
「るるるうおおおおおおオオオオ――――――ッッ!!」
嵐の夜に遠吠えを上げた。
古来より、狼の遠吠えは魔を退ける力を持つとされる。その声に驚き、ほんの一瞬、化け猿の動きが止まった。
そう、それは、本当にほんの一瞬。天を走った稲光が、地に落ちるまでの刹那の時。
その間に、シュケンの身体は弾かれる様に走り出していた。稲妻よりも速く駆け抜けて、太刀を両手に構えて宙に跳ぶ。
天に向かって掲げられた刃の先に雷が落ちた。
「ああああああああ――!!」
怒りを稲妻に変えて、そのまま大地に向けて叩き付けた。
大地を揺るがす程の轟音が、境内に、そうして、里全体に響き渡った。人々は家の中で蹲って手を合わせ、ただただ震えながら夜が明けるの待っていた。
そうして翌朝。
嵐の去った境内に集まった人々が見たものは、真っ二つになって焼け焦げた煙を上げている社殿と、そのすぐ裏手、同じ様に真っ二つになっている、齢を重ねた巨大な猿の死骸、そうして。
「シュケン様ぁ!」
椛が走り寄る。白かった身体を紅く血に染めて地面の上に横たわっている、自分と同じ顔をした少女の所へ。
「シュケン様、シュケン様っ!」
涙ながらに揺り動かして名を呼ぶも、シュケンの口から返事は無い。身体は既に冷たく、息も止まり鼓動も聞こえない。
「そんな……こんなの……」
椛の目から零れ落ちる涙が、シュケンの閉じられた瞼の上に落ちていく。二人の少女の一つの顔が、同じ様に涙を流していた。
「……椛?」
娘の様子を沈痛な面持ちで見ていた父親が声を上げた。
シュケンの亡骸の横で、椛は、素手のままで地面を掘り出していた。
「お前、何を……」
「お墓……シュケン様の……私に出来るの、これ位だから――」
涙に濡れた顔もそのままに、両の手で地面を掻き分けていく。すぐにその手には無数の小さな傷ができ、そこから血が流れ出してきた。
「おい、椛! お墓なら、私も手伝うから、道具も持って来て――」
「いいのっ!」
心配する父親の言葉を、しかし椛は跳ね除けた。これだけは、自分自身の手で成さねばならない、と。自分の為に戦い、傷付き、命を落した者の為に、自分も少しでも痛みを感じたいのだと。
「それにしても、まぁ」
真っ二つになった化け猿の骸を前に里長が呟いた。
「こんなものが、神様の正体だったとはのぉ」
化け猿の身体は既に、あちらこちらが風化して崩れ始めていた。
「あの……これ、まさか、祟りなんかあったりはしませんよねぇ?」
遠巻きに化け猿を眺めていた人々の内の一人が、不安そうな声で言った。
「はて、どうかのう」
曖昧な里長の言葉に、途端に人々の間でざわめきが広がり始める。
「お、おい。落ち着け。落ち着かぬか!」
里長の声にどうにか静まる人々ではあったが、それでもあちらこちらから小声で、来年の祭りにもまた何かが起こるのでは、などと、そんな不吉な声が漏れ出してくる。
「ああ、判った、判った。では、こうしてはどうだ」
人々の不安を鎮める為、里長は一つの提案をした。
来年の祭りからは、贄の娘の代わりとして、山車を作って神社に奉納してはどうか、と。
「シュケン様の話では、この猿、もとは三匹おったらしいからな。山車も、三台作って奉納する事としよう」
こうして里ではそれ以降、毎年四月の申の日に行われる祭りで、『でか山』と呼ばれる程のそれは大きい山車を三台、神社に奉納する様になったという。
◆
――とまぁ、こんな感じで……って、え? 自分、それじゃ死んでるじゃないかって?
いやいや、ところがぎっちょん。その時の自分、ほとんど死んでいる、だが、ちょっぴり生きている、てな感じだったんス。
や、肉体の方はほぼ完全に死んでたんスけどね。でも、マル先輩にわざわざ言う程の事でもないかもッスけど、自分ら妖怪って、ほら、肉体よりも精神が基本じゃないッスか。それにその時の人間態ってのは、そもそも仮の肉体みたいなものだったわけで。
身体を安静にして次の戌の刻まで置いといてもらって、そうして白狼態に戻れば、まぁ、何とかはなる筈だったんスよ。
……って、なんスか、マル先輩。その、「うわっ、何か微妙に色々台無しっ」みたいな顔は。
いやまぁ、あの時の自分、脈は止まってるわ鼓動は聞こえないわ瞳孔は開いてるわで、人間の目から見たら、何処に出しても恥ずかしくない位に立派に死体だったスからね。ああした流れになるのも、そりゃ当然ッスよ。
……それに、そんな事より、自分にとっては、あの娘が自分の為にあんなに泣いてくれて、手がぼろぼろになるまで一生懸命にお墓を掘ってくれて、それだけで充分だったッスよ。人間一人埋められる大きさの穴を、人間の女の子が一人、それも素手で掘ったんスよ? 凄くないッスか? 本当、良い娘だったッスよ、椛さん……。
……あのぅ、マル先輩。何スか? またニヤニヤして。
気にせず話を進めろ? はぁ。
でまぁ、自分、お墓に埋めてもらったわけなんスけど、身体はぼろぼろ、力も殆ど使い果たした状態で土に埋められたわけで、ちょっとこれは本気でまずいかな、死んでしまうかな、と、そんな状況になってしまったわけなんスよ。
そこを助けて下さったのが、ここの山の天魔様だったんス。何でも白峰の相摸坊様の所に出かけた折、消えそうになってる自分の妖気を感じて、それで助け出してくれたそうなんス。白峰から自分の居た里までは、まぁ結構な距離があるッスし、その上自分は死にかけで妖気も小さく、しかも土に埋まってたわけなんスけど、そこは流石天魔様って感じッスね。
で、助け出された自分はそのままこの山に運ばれて治療を受け、その御恩に報いる為、ここで働く事になったんス。
あ、ちなみに、借りてた太刀と盾も一緒に埋められてたんスけど、それも自分と共に回収されて、で、今使ってるこれなわけッス。盾の椛紋は、こっちに来てから河童さんに付けてもらったもんッスね。
ただまぁ、治療の際、ちょっとした後遺症、みたいなのが残ってしまって。
人間態のままで死にかけて、土に埋められて、助け出されて治療を受けて。そのせいなのかどうなのか、詳しい理由は判らないんスけど、自分、人間態のままで固定されてしまって、白狼態に戻れなくなってしまったんスよ。
この山で先輩達に指導を受けて、この姿のままで千里眼を使える様になったり、弾幕を張れる様になったり、妖術の腕は随分と上がったんスけど、何故だか未だに白狼態には戻れなくて。ごく短時間なら烏に変化したりとか、そういう事も出来る様になったっていうのに、不思議な話ッス。
まぁ、話はこれで……え? 椛さんとの、その後ッスか?
いや、その後は会ってないッス。
自分、かなりの重症だったッスから、自由に飛び回れる様に回復するまで五十年程かかったんスよ。それだけ経った後に顔を出しても、人間なんだし、もう死んでるだろうし……仮に生きてたとしても、ほらやっぱ、自分、彼女の中では死んだ事になってるわけッスから、どうも、こう……。
ああはいはい! そうッスよ! どうせ自分は気の弱いヘタレワンコッスよ! いや、ワンコではないッスけど!
ああ、ただ、里のその後については、ちょっと耳にした事はあるッス。この山――てか幻想郷が結界で閉じられるちょっと前の頃ッスけどね。風の噂で。
何でもその里では、それこそ遠くこの山まで噂が届く程のそれは大きな祭りが行われていて、で、その祭りがの主役っていうのが、三台のでっかい山車なんだそうッス。
ええ、そうッスね。あの三馬鹿猿の為に作られた山車ッス。
?何スか、マル先輩。急に真面目な顔になって。
え? ああ、そういう事ッスか。いや別に、自分、不満なんて無いッスよ。
自分があの里で戦ったのは、自分の不始末のケリをつけるってのがそもそもだったわけッスから。別に、里の人達に崇め奉ってもらおうなんてつもりは端から無かったッスし。そんな事よりも、自分はちゃんと約束を護れた。それだけで大満足ッスよ。
それに、あんだけ重く悲しかったお祭りを、恐怖の対象だった化け猿を、そんだけおっきく楽しいものにしちゃったなんて、それはとても素敵な事じゃないッスか!
まぁ、話を聞いたのは百年以上前ッスからね。そのお祭りが今でも続いてるのか、それは判らないッスけど。
――さて、と。随分と長くなってしまったっスけど、自分の話はこれで終わりッス。
久しぶりに昔を思い出して、何だか楽しかったッス。お付き合いありがとうございました、マル先輩っ!
◆
「――とまぁ、こんな話だったわけです」
そこまで話し終えて私は、目の前に置かれている湯飲みを手に取って口につける。おお、良い香り。結構高い茶葉を使ってるわね。博麗の神社とは違って、ここの巫女さんはお客の扱いってものをしっかりと判ってるわ。
……ん? 巫女さんじゃなくって神様だったかしら。一応。
「なるほど」
私の長い話に正座して付き合ってくれた目の前の巫女さん――じゃなくて神様……じゃなくて……?……ああ良いや、巫女さんで――巫女さんが言った。ついこの間、山の上に新しく出来た神社の巫女さん。
私は椛から話を聞いた後、まぁ、裏付け調査、みたいな感じでこの神社を訪れた。この神社は最近まで外の世界にあったそうだし、その上、目の前の彼女は巫女さんなのだから、外の世界のお祭りや伝説、そうしたものについての最新情報を得られるんじゃないかな、と想って。
「で、この話のお祭りなんですけど――」
「ええ」
にっこりと、柔らかな微笑みを浮かべて彼女は言った。
「そのお祭りは、外の世界で今でも行われています。椛さんの話も、その地に伝説として残っていますよ」
「そうですか」
良かった。あの子の敵がメインとなってしまっているとはいえ、そのお祭りは椛が頑張った痕跡でもあるんだから。そう簡単に廃れてもらっちゃあ困るわ。
「それで、そのお祭りのメインと言えば三台の山車なんですが」
巫女さんは話を続ける。
「そのお祭りでは毎年、他にもある物を納めるのです。その内容なのですが」
「はぁ」
何かしら。彼女、随分とにこにこ嬉しそうに話すけど。
「生鯛二尾、刺鯖三十三刺し、寿具五荷、蓬莱一台、瓶子一台、金幣一台、玉串一台」
……それって。
「そう。椛さんが怪物退治の暁に受け取る筈だった物です」
そっか。そうなんだ。
「山車の方があまりにも有名になってしまってはいますけれども、でも里の人達は椛さん……いえ、シュケンに対しての恩を、決して忘れてはいなかったんです。そしてそれは、長い時を超えて今にまで伝わっている」
――これは、うん、良い話を聞いた。椛から聞いた話と会わせて、次の新聞のネタに使えるわね。
でもってその新聞は……そうね、今回だけは特別に、まず最初にあの子に読ませてあげるとしましょうか。
「それにしても流石ですね。奉幣物の内容なんて、随分と細かいところまで」
「これでも、ここ守矢の神社を預かる風祝ですからね。全国の神話伝承についてはそれなり通じております」
おお。何だかちょっと格好良いわね。
「ネットで調べて」
……うわ、何か微妙に色々台無し。
まぁ、それはどうでも良いか。ネタも集まった事だし、早速新聞作りに取りかかるとしましょう。
「では、私はこれで失礼して――」
「あ、ちょっと良いですか」
立ち上がりかけた私を巫女さんが呼び止める。
「?何でしょう」
「あ、いえ、その、人間の姿から狼に戻れなくなった、という話についてなんですけれども……」
ふんふん。何だかまだ面白い話が聞けそうね。私は再び腰を下ろす。
「私、妖怪の使う術体系については殆ど知りませんし、あくまでも個人的な推測に過ぎない話ではあるのですが……」
遠慮がちな口調で彼女は続ける。
「妖術の腕が上がったのに未だに変身が解除できないなんて、それはおかしな話だと思うんです」
うんうん。私もそれは同意。
「もしかしたら彼女、思い出の人の姿を、意識してなのか無意識の内なのか、忘れられなくて、忘れたくなくて、それで人間の姿のままになってしまっているんじゃないでしょうか?」
……それって。
「好きなあの子の格好を真似て、普段着コスプレしてるって事ですか?」
返事は無い。でも、「うわっ、何か微妙に色々台無し」みたいな顔をされてる。
うーむ。でもこれは、新聞のネタとしてではなく、個人的なからかいのネタとしていけそうね。
この話が当たってるのか否か、当たってるとして意識してなのか無意識なのか、いずれにせよ素敵な反応を見せてくれるのは確定なわけだし。
ああもうっ! ワンコで遊ぶのは楽しいなぁ!
「……それであの、もう一つだけ、ちょっと、気になる事が……」
ん、何かしら。ああもう、早く帰って椛で遊びたいのに。
本当、あの娘は面白可愛いわぁ。
「贄の娘に変化して、その所作について父親に言われた時の返答なんですけど……」
――――ぁ。
◆
「もうそろそろ、かしらねぇ」
空になった湯呑みを手の中で弄くり回しながら、薄暗い部屋の中で私は呟いた。
妖怪の山自警隊内の一部隊であり、五感に優れ索敵を得意とする白狼天狗達によって形成される哨戒部隊『犬走』。その犬走隊の詰所であるこの部屋に、今いるのは報道機関員である私だけ。隊士の天狗達は只今、定期巡回の真っ最中。
「お~山を~守る警備隊、名づ~けてウシトラ警備隊」
飲み終えたお茶は既に三杯。あんまりに暇なので自警隊のテーマソングなんかをそらんじてみる。
ちなみに、ウシトラ警備隊というのは自警隊の通称。妖怪の山が鬼の支配下にあった頃の名残で、鬼が出入りをする艮(うしとら)の方角、要は鬼門の番人という意味で付けられた名前。まぁもちろん、守るのは艮限定ではなくてお山全体なんだけれども。山のあちらこちらに河童の技術力で作られた秘密の基地だの通路だのが在り、お山の平和を守るため昼夜を問わず多くの隊員たちが働いている。この山が要塞の山とも呼ばれる所以ね。
九天の滝裏に在るこの犬走の詰所も、そうした秘密基地の一つ。
にしてもまぁ、何で滝の裏なのかしら。カモフラージュって事なのかも知れないけれど、隊士達は出動と帰還の度にずぶ濡れが避けられないという欠陥設計。私なんかは「逆まく嵐がはやてにのって、狂う、狂う!」てな感じで風を使って強引に流れをこじ開けて入るから良いけど。夏場ならともかく、雪の見えるこの季節に濡れ烏の色気を纏う気にもなれないし。
「マル先輩ーっ!」
退屈しのぎにあれこれどうでも良い思考を巡らしていた私の耳に、ようやく飛び込んできた待ち人、と言うか待ち妖怪、いやむしろ待ちワンコの声。
滝の流れをブチ抜いたせいでびしょびしょになった体を高速かつ小刻みに震わせ、水気を吹き飛ばそうと頑張っている彼女に向けて私は言ってやった。
「貴方に足りない物、それは、台詞立ち絵出番体力色気強さスペルカード、そして何よりも、速さが足りない」
「うぅ、面目ないッス……」
濡れそぼった髪がまるで、飼い主に叱られしゅんとなったワンコの耳みたいな、そんな様子で言葉を返す白狼天狗の少女、犬走椛。犬走隊の椛さんなので犬走椛。
彼女は犬走隊の、隊長でも副官でもなく、ホントにホントのただの平隊士。スペルカードの一枚も持ってはいない。けれどもその割りに、千里眼なんて哨戒任務にうってつけの能力を持っている為、皆から頼りにされている、と言うか便利に使われている、と言うか、まぁ、ぶっちゃけパシらされてたりしてるんだけれども、それでも嫌な顔なんか少しも見せずに健気に一生懸命頑張っている良いワンコ。
ああちなみに、マル先輩っていうのは私の事ね。射命丸先輩略してマル先輩。体育会系の子って、こういう省略系のあだ名をよく使うわよねぇ。
「にしても、やっぱりマル先輩は速いッス。速過ぎッス」
「そりゃもう。何せ私は風に乗る鳥、ワンコの貴方じゃ追いつくのは不可能ね」
「それだけの速さを持ってるんスから、マル先輩はやっぱり報道なんかじゃなくて自警隊に入るべきッスよ! あと自分ワンコじゃないッス」
またこれだ。この子、私と会うたびに「マル先輩は速いんだから、マル先輩は強いんだから」って、自警隊入りを勧めてくるのよねぇ。
流石に少々鬱陶しくなってきたから、今日の定期巡回の際に私も椛と同じルートを飛ぶから、それで私に追いつけたら考えても良い、駄目なら諦めなさい、と、そう勝負をする事にした。
で、結果はお茶三杯。白狼天狗だって並の妖怪に比べれば速いけれども、それでも私に比べたらあまりにスロウリィ。
「ま、自警隊云々の話はこれで手打ちって事で。
それより椛。いくらワンコでもそんな体を冷やしたままだと風邪を引きかねないし、あっついお茶を淹れてあるからそれであったまりなさいな」
「あ、ありがとうございます。あと自分ワンコじゃないッス」
軽く礼をして、私の差し出した湯呑みを手にする椛。そうしてそれを口元まで持ってゆき。
「はふぅーっ、はふぅーっ」
しきりに息を吹きかけてばかりで一向に口を付けようとしない。
「あれ、貴方ってもしかして熱いの苦手? ワンコなのに猫舌?」
「いや、猫に限らず大概の野生動物は熱いの苦手ッスよ。基本的に火の通った物を食べる機会が無いんスから。あと自分ワンコじゃないッス」
そこまで話して、そうしてようやく口を付ける。
と思ったら次の瞬間、こっちの方が吃驚するくらいの勢いで体をビクリと震わせ顔を上げた。あやややや、涙目でベロ出してる。
「やれやれね。いくら元がワンコとはいえ、天狗に成った今でもそんなんだっていうんじゃあ、ちょっと情けないわねぇ」
「耳が痛いッス……。
や、でも、言い訳させてもらうと、自分、天狗に成ってからもこの山に来る迄は、殆ど野生のままの生活送ってたもんスから。あと自分ワンコじゃないッス」
ん、この山に来る迄は?
「椛、貴方ってここのワンコじゃなくって、別の山出身のワンコなの?」
「ああ、そういえばマル先輩には話した事なかったッスよね。あと自分ワンコじゃないッス」
幻想郷内の女の子については、結構下位の妖精なんかまででも個人情報は把握していたつもりだったのだけれども、どうやら身内についてはチェックが甘かったみたいね。
これはちょっと面白そうな話。次の新聞のネタとして使えるかもしれない。私は胸ポケットからペンとメモ帖を取り出した。
「もし良かったらその辺りの話、詳しく聞かせてもらえませんか? 貴方が昔どんなワンコだったのか、どういう理由でこの山に来たのか」
「いや、それは良いッスけど、何でマル先輩、急に敬語なんスか? あと自分ワンコじゃないッス」
「例えワンコであったとしても、取材相手なのであれば敬語を使うのが私のポリシーですから」
「や、でも、やっぱり立場ってものは大事にしなきゃならないものッスし、自分なんかにマル先輩が敬語を使うなんて駄目ッスよ! あと自分ワンコじゃないッス」
ああもう。体育会系の子って、何でこう細かい形式に変にこだわるかなぁ。
「目上である私のやり方に、下の立場のワンコのくせして文句をつけるつもりですか?」
「うぅ、そう言われると辛いものが……。
……判ったッス。余計な口出ししてすみませんでした。あと自分ワンコじゃないッス」
自分の中の妙な二律背反に何とか妥協を見せたみたいね。て言うか、難しい命令をされて悩んでるワンコって可愛い。
「さてと。では、改めて。
貴方が昔どんな狼だったのか、どういう理由でこの山に来たのか。聞かせてもらいましょうか?」
「いやまぁ、そんな大した話でもないんで、あんまり期待はしないでほしいッス。
あと自分ワンコじゃないッス――ぅ……ん?」
「合ってるでしょー? なに先輩に向かってワケ判らない文句をつけてるんですかー?」
「う、あうぅ~……」
おお、しゅんとしてるしゅんとしてる。
ああもうっ! ワンコと遊ぶのは楽しいなぁ!
“白狼伝説 ~宿命の闘い~”
むかしむかし、海に近いとある里のお話。
その里では、年に一度四月の申の日に、神社で行われる祭りに於いて若い娘を一人、人身御供として神様に差し出すという習わしがあった。
尤もこの習わし、里の神社に代々伝わっているというわけでもなく、二十年程前に突然、神様からのお告げがあって始められたものであった。人々も最初はその理不尽な要求に反対してはいたのだが、直後、神社の神主が何者かに殺害され、更には里も襲われ大きな被害を受けた。人々はそれを神様の怒りだと受け止め、祟りを畏れて以降は泣く泣く娘を差し出すようになった。
そうしてこの年も、一人の若く美しい娘の居る家に白羽の矢が立ったのだった。
早くに妻を亡くし今や親一人子一人の身となっている父親は、いくら神様の言う事とはいえたった一人の家族を犠牲にする事が納得できず、祭りを数日後に控えたある晩、神様の正体を確かめようと社殿に忍び込んだ。
時は草木も眠る丑三つ。誰かに見つからぬよう物陰へ身を隠し息を潜める父親の耳に、とても人のものとは思えぬ、怪しげな低い声が聞こえてきた。
「娘を取り喰らう祭りの日も近いが、よもや越後の『シュケン』めも、儂がこの地に居るとは知るまいて」
こいつは神様なんかではない、化け物だ。もし見つかれば自分も喰い殺される。そう、生きた心地もせず必死になって恐怖に震える体を抑えていた父親ではあったが、同時に一つの希望も見出していた。
この化け物は、越後の『シュケン』とやらを恐れている節がある、と。
やがて化け物の気配は消え、辺りには静寂が戻ってきた。父親は大急ぎで神社を離れると、家へと戻って眠っていた娘を起こし事の次第を伝えた。そうして自分は、『シュケン』を連れて来ると言って、まだ夜も明けきらぬ内に里を離れて越後へと旅立った。
さて、娘を救いたい一身で三十里程も離れた越後の地までやって来た父親ではあったのだが、八方手を尽くしてみても『シュケン』なる人物は見つからない。そうこうしている内に時は過ぎ、ついには娘が贄とされる祭りの、その当日の朝になってしまった。
何という事だ。今からではどんなに急いでも、今日の内に里に戻る事は出来ない。在りもしない希望に振り回された結果、娘を助ける事が出来ぬどころか、その死に目にも会えなくなってしまったか。
父親は絶望し、もういっそ自分も娘の後を追おうかと、そんな事を考えながら、それでもとりあえずは里に戻らねば、と、道を歩く。
そこへ。
「儂に、一体何の用があって来た」
突然の声が聞こえた。そうして次に、道脇の叢からのっそりと現れる一つの影。
「もう一度聞く。儂に、一体何の用があって来た」
父親の目の前に出て来たのは、全身が真白の毛に覆われた一頭の大きな狼であった。その狼の口から、確かに人の声が聞こえる。父親は驚きと恐怖で固まっていた。
「やれやれ。お主であろう? ここ数日、儂の事を訪ね歩いていたのは。
だから聞いておるのだ。儂に何の用があるのか、と」
その言葉を聞いて父親は、恐る恐る口を開いた。
「あ……貴方が、越後のシュケン様……なので?」
「ああ。確かに儂が越後のシュケンだ」
『シュケン』の事を人間の名だとばかり思っていた父親は大層に驚いたが、けれどもシュケンが人であろうと狼であろうと今に於いては瑣事に過ぎない。父親は地に頭をこすりつけ、そうして言った。
「何とぞ、何とぞ娘の命をお救い下さい!」
父親は話した。自分の住む里で、神様を騙った化け物が人身御供として娘を差し出させている事、その化け物が、シュケンの名を口にした事。
「なるほど、のぅ」
話を聞き終えたシュケンは、得心した様子で息をつく。
「以前この国で、他所からやって来た三匹の怪物猿が暴れた事があってな。内二匹は儂が噛み殺したのだが、残る一匹に逃げられその行方も知れなかった。
よもや三十里しか離れておらんような所、しかも神域を隠れ蓑にしていようとは。賢しい猿よ」
「それで、あの……」
「うむ。今度こそは逃がしはせぬ」
「ああ、有難うございます! このお礼は如何様な事でも、もしお望みなら我が身を差し出してでも――」
そんな父親の言葉に、シュケンは軽く笑って応える。
「要らぬよ。そもそもは、儂があの猿を逃したのが原因。己の不始末を己で正すだけの事。礼など要らぬ」
「いえ、そんなわけにはまいりません!」
「そうか、では……。
確か、お主の里は海に近いと言ったな。なら、美味い魚を御馳走してもらうとでもしようかの。良いか?」
「も、勿論です!」
良かった、これで娘は助かる。そう喜びに染まった父親の顔であったのだが、しかしすぐにまた暗いものへとなったしまった。それを見て、何事かとシュケンが問う。
父親は言った。娘が贄に出されるのは今日の夜、今からではどうやっても間に合わない、と。
「そんな事か。なに、問題ない」
シュケンは大きく笑って言った。
「ほれ、儂の背に乗れ」
「は?」
「どうした、早くせぬか」
わけも判らぬまま、それでも言われた通り父親はシュケンの背に跨る。シュケンの身体は大きく、大人一人を乗せて充分な程であった。
「ちと急ぐからな。振り落とされぬよう、しっかりと掴まっておれよ」
途端、シュケンの身体がふわりと宙に浮いた。
「な、な、な!?」
目を丸くした父親を乗せたまま、木を越え山を越えどんどんと高く昇っていく。先程までは山道に居た筈が、とうとう視界の先に海が見えてきた。落ちれば命は無い。父親は、無我夢中でシュケンの身体にしがみついた。
「海の上を突っ切れば、夕方までには着く!」
言ってシュケンは、空中を風を切って走り出した。
◆
――とまぁ、こんな感じで自分は、その男の人が住んでた里に向かったわけッス。
そうッス。このシュケンってのが自分ッス。まあ、言ってもシュケンってのは通称みたいなもんで、本名ではないんスけどね。
自分は山に住んでた狼が長じて天狗になったわけッスから、そもそも名前なんて無いんスよ。ただ、人間態に変化する時は、まぁ天狗の一般的な格好として修験者みたいな姿になる事が多かったッスから、それで山に住んでる他の妖怪からは、修験者略して『シュゲン』とか、『シュケン』とか呼ばれてたんスよ。
え? 『修験者の格好してるワンコ』略して『シュ犬』なんじゃないかって? 違うッスよマル先輩。自分ワンコじゃないッス。
……て言うかマル先輩。何でさっきからやけにニヤニヤしてるんスか?
え? 口調が今と違い過ぎるって?
うう、絶対ツッコまれると思ってたッス……。
いやまぁ、当時の自分、まだ若かったというか、ちょっと調子に乗ってたというか……。
自分の住んでた山って他に強力な妖怪が居なくて、自分以外には小さい魑魅魍魎の類くらいで。だから自分、二重の意味で天狗になってて。だから言葉遣いも、ちょっとこう、威厳を持った感じみたいな、そんな風だったんス。いやまぁまさか、狼から成った天狗が、天狗全体からみたら木っ端天狗なんて、文字通りの下っ端扱いだなんて当時は思ってもなかったッスから。
そうッスね。今のこの喋りは、この山に来て自分の立場を知ってからのものッス。
あ、でも、自慢じゃないッスけど、当時の自分、一般的な木っ端天狗のレベルからすれば、結構強い方だったんじゃないかなぁとは思うんスよ。
自分、妖術の類は不得手で、使えるのっていったら妖怪の基本中の基本である飛翔と変化……っても、変化の方は不完全だったんスけど……あと、生来の目の良さの発展延長である千里眼と、それだけで。弾幕どころか弾の一つも創れなかったんス。まぁおかげで、後々苦労する事になるんスけどね。
でもその代わり、身体の方は鍛えてましたから。何せ野生の狼ッスからね。千里眼に加えて通常の狼よりも更に発達した嗅覚、これで相手の位置と動きとを完全に把握、野山を走り回って鍛えられた脚で一気に接近、相手の身体に爪を立て、喉笛を牙で喰いちぎる。これが自分の必殺パターンだったんスよ。
千里眼・鼻・鍛えられた脚・爪・牙。この五つの力、合わせ向かう所敵なし。そうして付いた通り名が『百鬼夜行をぶった斬る地獄の番犬』! どうッスかこれ、かなり格好良くないスか? いやまぁ、『鬼をぶった斬る』って辺りがちょぉーっと言い過ぎな気がしなくもないッスけど、でも山の皆からは、『シュケン』以外にもこんな呼ばれ方で頼りにされて……。
って、何スか? え、それって『犬』とか言われて軽く馬鹿にされてないかって?
いや、そんな事ないッスよ!……多分。自分ワンコじゃないッスし。
あの猿共が山で暴れた時だって皆、静かな山を取り戻す為にさあっ!てな感じで応援してくれたッスし。
え? あ、ああ、そうッス。この猿ってのが、その猿ッス。
元々自分らの山に居たわけじゃなくて、日光から来たとも、はたまた海を渡って大陸から来たとも……まぁいずれにしろ、奴らの自己申告なんで真偽ははっきりしないんスけど……とにかく、他所からやって来たんスけど、里に下りては人に危害を加えるわ、山に在っては他の妖怪に乱暴するわで。
単純に迷惑な奴らだって事もあるッスし、それ以上に、むやみやたらと里まで出てって悪さするもんスから、このまんま放っといたら、下手すれば里の人間が偉い法師でも雇って山の妖怪に攻撃を仕掛けてくる、なんて最悪の事態にもなりかねないってわけで、それで自分が退治する事になったんスよ。
でまぁ、この三匹ってのがまた凶悪な奴らで。
一匹は、勝つ為にはどんなに卑怯で荒っぽい手でも淡々と使ってくる奴で、その姿はまるで殺人機械(キリングマシーン)!! オオカミならただ殺すだけの狩りはしないっていうのに。とんでもない奴ッス! まぁ、猿ッスけど。
二匹目は、ぱっと見た感じはあんまり強そうでもないんスけど、影さえ斬り裂く程の超高速で突進しながらの肘打ちが得意技で、壁なんかに追い詰められた状況でそれを喰らうと、直後にしゃがんでからの軽い打撃を当ててきて、それでひるんだ隙にまた肘打ちを……って延々と繰り返してくるんス。恐ろしい奴だったッス。
で、この二匹までは倒したんスけど、残りの一匹ってのがまた酷い奴で。
ちょっとでも気に喰わない事があると「うっお――っ!! くっあーっ!! ざけんな―――っ!」って周りの物を破壊して暴れ出すわ、「女をなぐるしゅみはねぇ」と言った舌の根も乾かぬ内にゴシャッとぶん殴るわ、目潰しとか卑怯な手段を平気で使うくせに「男なら拳ひとつで勝負せんかい!」とか何とか言ってくるわと、言行不一致も甚だしい無茶苦茶な奴で。
そんな、悪党って言葉をまんま形にした様な奴ッスからね。仲間がやられている内にさっさと逃げ出してしまったんス。
そんで話に出てた里の神社に逃げ込んだわけッスね。狡賢い奴ッスよ。自分の千里眼は、文字通り千里の距離を見渡す事が出来るッスから、その気になれば全国どこに逃げたって見つけられるんスけど、流石に神様の住んでらっしゃる神社まで、じろじろ覗き見するわけにはいかないッスからね。その盲点をつかれ――って、随分と話がそれてしまったッスね。えっと、どこまで話しましたっけ?
あ、そうそう。男の人を乗せて、悪猿の居る里に向かって飛んだところッスね。
あの後予定通り、夕方には里に着いたんス。そんでもって――……。
◆
祭りの当日になっても戻って来ないものだから、娘の父親は野伏せりにでも襲われたか妖怪にでも取って喰われたか、と、里ではそんな不吉な噂が流れ始めていた。
それが夕方になって突然、祭りの準備で人々の集まっている広場に、大きな白い狼に跨って、しかも空の上から戻ってきたものだから、人々の驚き様は並大抵ではなかった。
里一番の力持ちを豪語していた男が腰を抜かして小便ちびり、女達は皆家に飛び込み隅っこで小さくなってがたがた震える。
老人達は念仏を唱えながら地にひれ伏し、子供達は「すげぇー」「かっこいー!」と大喜び。
てんやわんやとなった広場も、騒ぎを聞きつけてやって来た里の長へ娘の父親が事情を説明するに至り、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「貴方が、シュケン……様で?」
「うむ。儂がシュケンだ」
言葉を話し空を飛ぶ白狼。そんなものを目の当たりにするのは、無論、里の長といえども初めての事。流石に少々の恐怖心はあったが、それでも父親の話す通り里を救ってくれるというのなら、これ程ありがたい事もない。
「本当に、神社の化け物を倒し、この里を救って下さると?」
「うむ。代わりに、美味い魚をたらふく喰わせてもらうがのう」
「何と!」
里長は目を大きく見開いた。
「たったそれだけですか?」
「うむ? いや、それなりに結構な量を食べると思うが」
「量の問題ではございませぬ!
里を救って下さるというお方に、その程度のお礼しか出来ぬ様ではむしろ恥。他に何か、ご所望の物は? 里の港では交易もしております故、珍しい品々も幾らかはご用意できます」
「いや、食べる物以外には正直、あまり興味が無いのだが……」
そうして暫くの間あれやこれやと問答が続き、結局、生鯛二尾、刺鯖三十三刺し、寿具五荷、蓬莱一台、瓶子(へいし)一台、金幣一台、玉串一台、以上が奉幣物として用意される事となった。
「それでは取り急ぎ用意を――」
「いや。儂があの猿を退治してからで構わぬ」
「そうですか。では、明日の朝までには準備をしておきます」
「うむ。頼んだぞ」
シュケンと里長の間で話が纏まる。それを見計らい、純白の着物を着た髪の短い少女が群衆の中から歩み出た。
「はるばる越後から来ていただいたのに申し訳ないのですが、このたびの事、手出しは無用にてございます」
背筋を伸ばし、声は微塵も揺るがしはせず、真っ直ぐにシュケンの目を見ながら少女は言った。
「椛! お前、一体何を? それに、その髪……」
シュケンの背から降り里長の脇で控えていた父親が、驚きの声を上げて走り寄る。椛と呼ばれたその少女が、贄となる娘だった。
「髪? ああ、売ってしまったの。もう要らないのだし」
「そんな! あんなに綺麗だった黒髪――」
「それよりもお父さん。私、助けなんて必要ないって言ったじゃない」
「またお前はそんな事を!
ああ、シュケン様。とんだ失礼を……娘の言った事は、どうかお気になさらずに、化け物の退治、宜しくお願いいたします」
そう言って深々と頭を垂れると、父親は娘の手を強引に引いてシュケンから離れていった。
やがて日は沈み、里の広場では、二十年ぶりに本来の明るさを取り戻した祭りが行われていた。人身御供が始まってからこれまでは、祭りとは名ばかり、ただ恐怖と怒り、そして悲しみがあるだけだった。だが、今年は違う。人々はシュケンを祭りの中心に置き、その武運を祈りながら、今までの鬱憤を晴らすかの様に、そして、まだ僅かに残っている化け物猿への恐怖心を振り払うかの様に、大いに盛り上がった。
「シュケンさまふわふわ~」
「シュケンさまもこもこ~」
子供達に抱きつかれ、撫でくり回される祭りの主役。酒の入った大人達もそれを咎めようとはしない。シュケン自身も、今のこの状況は楽しく、心安らぐものだと感じていた。
そんなシュケンの視界の端に、祭りの輪から外れた所で一人、険しい表情で座っている娘の姿が見えた。
「あれ、シュケンさま、どこいくのー」
子供達の名残惜しそうな声を後に、シュケンは娘へと歩み寄った。
「シュケン様」
「祭りは楽しいが、流石に少々疲れてな。後の事もある。ここで少し、休ませてはくれまいか?」
言って娘の脇で蹲り、その膝の上に顎を乗せた。
「申し訳ございません、シュケン様。あの子達が調子に乗って」
「いや、構わぬよ。儂も楽しかったしな」
「皆、凄いはしゃいじゃって。こんなに明るくて楽しいお祭り、生まれて初めてだから」
そこまで言って、娘は口を閉じた。そうして黙ったまま、祭りの中心へと目を向ける。視線の先には、酔っ払った知人たちに囲まれ、少し困った顔で、けれども楽しそうにしている父親の姿。
「娘の命が助かるというのが、よほど嬉しいのであろうなぁ」
シュケンが口を開いた。
「あの男、越後で儂と出会った時、何と言ったと思う?
『必要なら我が身を差し出しても』と。こんななりをしている儂の前で、よく言えたものだ」
「お父さんったら……本当にもう、無茶ばっかりして……」
「それだけお主を大切に思っているという事であろう」
その言葉を聞き、遠くの父親を眺めながら娘は小さく笑った。
けれどもすぐに口を閉じ、また険しい表情へと戻って目を伏せた。
「お主、先程は何故、あの様な事を言った」
黙ったままの娘に、シュケンは問うた。
「あの男はお主を助ける為にはるばる越後まで、命をすら投げ出す覚悟でやって来た。なのに何故、お主は助けなど要らぬと言う。
まさか、お主一人で化け猿を討つ気ではあるまいな」
「その様なつもりは毛頭ございませぬ」
固い表情で娘は答えた。
「ならば何故。奴の前にむざむざ出て行けば、食い殺されるは必至」
「神に捧げられるとは、もとよりそういう事と覚悟は出来ておりました」
「奴は神などではない。神を騙った、単なる妖怪よ。
恐らく奴は、この里に来てまず、神と直接の対話が出来る神社の人間を殺した。そうして自分が神になりすまし、歪んだ形での信仰を里の人間から集めた。そうすれば、この里を護る本来の神には信仰が流れなくなり、力を失ってしまう。奴を排除する事が出来なくなってしまう。
その様にして奴は、二十年にも渡ってこの地に居座り続けたのだろう」
シュケンの言葉に、娘は応えない。
大きく賑やかな筈の祭りの喧騒が、やけに遠く感じられる、そんな暫しの沈黙が続く。
やがて。
「……私が覚えてる最初は、いつも私の面倒を見てくれていた、お隣のお姉ちゃんだったんです」
ゆっくりと、娘が口を開いた。
「うち、お母さんが早くに死んでしまって。私も、お母さんの事なんか、全然覚えてなくて。
だから、そのお姉ちゃんが、何て言うか、私にとっては、お母さんみたいな感じで」
声を震わせ、一言ずつぽつりぽつりと、搾り出す様にしながら娘は続けた。
「凄くね、明るい人だったんです。明るくて、いっつも笑ってて。
でも、祭りを数日後に控えたある日、突然、お姉ちゃんは私と会ってくれなくなって。
お父さんは、お姉ちゃんは神様の所に行く事になったから、その準備をしてるんだって言って。私は、ふーん、そうなんだ、って思って。お祭りの日、白い着物を着たお姉ちゃんを見て、綺麗だな、なんて思って。そうして、それっきり、お姉ちゃんとは会えなくなって。
それが、私の覚えてる最初なんです」
顎を乗せている膝から、娘の身体の揺れがシュケンに伝わってきた。
「去年はね、私とずーっと一緒だった、幼馴染の子だったんです。
すっごい気が弱くて、身体も小さくて、何も無い所でよく転んだりして。心配で私、いっつもその子のそばから離れられなかったんですよ。何だかもう、妹みたいな感じで。
その子とも、お祭りのちょっと前からは会う事が出来なくなりました。
お祭りの日、久しぶりに見たその子は、前よりももっと細くなってる様に見えて、もっと弱々しくなっていて。私、何かを言ってあげなくちゃって、でも、何を言えば良いのか判らなくて、怖くなって、それで、結局、何も言えなくて……。
……そうして今年は、私って事になって。だから――」
話をしている間に、娘の身体の揺れはだんだんと強くなってくる。声も次第に大きくなる。
「――だから!」
掌に爪が食い込む程に強く拳を握り、そうしてついには娘は叫んだ。
「だから私は行かなくちゃならないんです!
今までずっと、皆、神様の所に行くって、居なくなって! 皆絶対、どうなるかなんて知ってて、家族や友達も皆泣いてて、それでも里の為って……。
それなのに、今更、私だけなんて! そんなのっ! そんなの許されるわけがないじゃないですか!?」
今まで溜め込んでいた全てを吐き出すかの様に娘は叫ぶ。そんな娘の声に、それまでずっと黙って耳を傾けていたシュケンが。
「お主は、それで本当に良いのか」
ぽつりと呟いた。
「当然です。先程も言ったでしょう。覚悟は出来ていると」
はっきりとした口調で娘は答える。
「本当に? 恐れは無いのか?」
「ありません! 覚悟は出来ていると言ってるでしょう!?」
声を荒らげる娘に、それでは何故、と、シュケンは問うた。
「何故、お主は泣いておる」
その言葉を聞いた娘は、自分が何を言われたのかがまるで理解できていなかった。
けれども、手を自身の目元に持ってゆき、そこで濡れた感触を知ってようやく。
「はれ?」
自分が涙を流している事に気が付いた。
「え? 何で? 何で私?」
一度自分で気付いてしまえば、後は堰を切った様に、止めようと思っても止める事も出来ず、後から後から涙が溢れ出てくる。
「何で? だって私、怖いとかそういうの、もう全然無くて、覚悟、出来てて、それなのに、何で? 何でぇ――」
自身の身体を護る様に抱き締め、わけも判らぬままに娘は震える。その目からこぼれる雫が、ぽつりぽつりとシュケンの頭の上に落ちていった。
「ゃ――だよぅ……」
シュケンの耳がぴくりと動く。小さな声だった。とても小さな声で、けれども、そこには確かな偽らざるものが込められていて。
「い……やだよう……」
次第に。
「死にたく、ないよう」
次第に娘の声は大きくなり。
「嫌だよ! 怖いよ、私! 死にたくないよっ!」
そうして弾けた。偽りの無い本当の感情が娘の言葉に現れた。
「やだよ! 私、皆ともう会えなくなるなんて! お父さんなんて、私が居なきゃ何も出来なくて! だから私、まだ死にたくないよ!
でもっ!
皆、皆今まで、ずっと、だから私、駄目で、行かなきゃ、お姉ちゃんも、あの子も、皆、皆っ!!」
顔中をぐしゃぐしゃにして娘は泣き叫ぶ。もう自分が何を言っているのかも、何を考えていたのかも判らなくなっていた。
贄にならねばいけないという気持ち。それは本当の気持ち。けれども、同時に、まだ死にたくないと思う気持ちもまぎれの無い本物。
「駄目だから! 駄目なのよ、私! 皆が! 私だけ! 嫌よ、やだよ!? でも、でも、でもぉっ!」
娘の心の叫びを聞き、シュケンはゆっくりと立ち上がった。そうして。
「!ひゃうっ?」
娘の頬をつたう涙をぺろりと舐め取り、言った。
「泣くな椛。お主は儂が護る」
頬に触れた突然の感触に目を丸くして固まっている娘へと、シュケンは続けた。
「今までに娘達が贄となっていたのは全てあの猿のせい。お主が気に病む事など何一つも在りはせぬ」
「でも、それでも、私だけ――」
「お主だけではない。
今ここでお主が犠牲になれば、これから先も、別の娘達が同じ運命を辿る事となる。
だがここでお主が助かれば、その娘達の未来も救われる。
お主を縛る歪んだ鎖、それは断ち切らねばならぬ。そうしてそれこそが、お主の未来を創る事こそが、今まで贄となった娘達の悲しみを晴らす唯一の方法なのだと知れ」
「み……らい?」
娘はシュケンの言った言葉を繰り返した。考えてもいなかったのだ。自分にこれから先があるなどと。
「そう。お主は生きて、未来を、過去から続く悲しみが終わる場所とせねばならぬのだ」
「生きて……」
贄と決まったその日から娘は、自分はここで死ぬのだと受け入れてきた。死なねばならぬと己に言い聞かせてきた。けれども。
「――私、生きて良いんですか?」
「生きて良い、ではない。
生きねばならぬのだ、椛は」
彼女は、椛は今まで、里の娘達が贄となるのをずっと見続けてきて、だから自分もいつか、同じ様に里を護る為の贄となる、ならねばいけないのだ、と、そう己に言い聞かせてきた。
だから今年、自分が贄に選ばれた時も、それが運命だと納得して受け入れようとした。父親が助けを連れてきた時も、それを拒んだ。諦めではなく、本心で納得したのだから、と。
でもそれは、ただの弱さだったのかも知れない。目の前の相手は、その弱さを真っ向から否定した。
生きねばならぬと。それこそが、過去の悲しみを癒す唯一の方法だと。
いつのまにか、涙は止まっていた。心の中を覆っていた暗い靄が、次第に晴れていくのを感じた。
椛はシュケンの前に手をつき、頭をたれて言った。
「……シュケン様。お願いいたします。私を、この里を、どうか化け物の手よりお救い下さい」
「ああ。先程も言った通り、儂はお主を護る。必ずな。
これは約束だ」
そう言ってシュケンは、椛の肩の上に、ぽんっ、と前足を置く
「はい。約束にございます」
椛は、初めて心からの笑顔をシュケンに見せた。
「――さて、そろそろ戌の刻も半ばか。ぼちぼち、準備でも始めようかの」
言ってシュケンは、広場の中心に椛と父親、そして里長とを集めた。
「武器をな、用意してほしいのだが」
「武器……使われるのですか?」
シュケンの言葉に少々面食らった里長。なにせ、目の前の人物――と言うか狼は、どう見ても四足歩行の完全な獣の姿。武器とは言っても、一体どのような物を用意すれば良いのか。人の使う武器をそのまま、で良いのだろうか、と。
「ああ、普通の物で良い。刀か、槍か、出来れば刃の付いている物だと有難い」
里長の戸惑いを察したか、シュケンが言葉を続けた。それを聞いて、ならば取って置きの物が、と、里長は広場を離れる。
「では、椛」
里長を見送ってから、今度は椛に向き直ってシュケンは言った。
「はい」
「お主の姿、少し借りさせてもらうぞ」
言うが早いか、シュケンの身体が唐突に煙に包まれ見えなくなる。何事かとざわめく人々の見守る中、次第に晴れていく煙。
「まぁ!」
椛が驚きの声を上げた。広場の中心、寸分違わぬ同じ顔を向かい合わせる二人の少女の姿。
「ふむ。久しぶりの変化ではあったが、まぁ巧くいったかの」
そう言って満足げに笑う二人目の椛であったのだが、そこに。
「かみのけ、まっしろー」
子供達の声が飛んだ。
「うむ? まぁ、この位は……」
目の前の少女と形は同じなれど、色は元の毛並みと変わらぬ真白。そんな頭に手を掻き入れて、少々ばつの悪そうな顔を見せるシュケン。そこに、今度は。
「あの、その、こんな事を言うのも恐れ多いとは思うのですが、うちの娘はその様な――」
ぼりぼりと豪快に頭を掻く娘の姿に、遠慮がちにではあるのだが黙っていられない父親。別に何処ぞのお姫様というわけでもなし、作法あれこれ仕込んだ娘でもないのだが、それでも年頃の娘の姿としてこれは少々目に余る。
「むぅ。女の身になるのは初めての事だからな。所作までは流石に巧くはいかぬよ」
困った顔で笑うその背中、シュケン様、と声がかかる。
「お待たせを……と、シュケン様、で?」
「おお、持って来てくれたか」
いつの間にやら現れた白髪の娘に驚くも、すぐに事の次第を飲み込み、里長は持って来た里の宝を広げて見せた。
「ほう。太刀と……それに盾か」
用意されたのは、二尺は優に超える太刀と円形無地の白い盾。
「太刀はともかく、この様な盾は珍しいな」
「はい。どちらも古くから里に伝わっている物でして。嘘か真かは判らぬ話ではありますが、海向こうの国との交易で手に入れたとも言われております」
右手に太刀を、左手に盾を持ち、暫くの間上へ下へ、右へ左へと振り回していたシュケンだったが。
「よし、気に入った」
満足して首を縦に振った。
「しかしシュケン様。どうしてその様なお姿に?」
髪の色以外、自分自身と何一つ変わらぬ顔に向けて、まだ少々戸惑いながらも椛が訊ねる。
「うむ。これより儂は椛の身代わりとなって神社へ行き、そこで奴を討つ。
だがその際、元の姿のままでは、見た目はもとより匂いで儂である事が感づかれてしまうだろう。そうなれば狡賢い奴の事、再び姿をくらませてしまうに違いない。
奴はこの地で確実に倒す。その為に、この姿になる必要があるのだ。
武器は、まぁ、牙の代わりだ。何せこの姿で、化け猿の喉元にがぶり、というわけにもいかぬだろう? そんな姿を見たのならば、椛の父親はきっと泡を吹いて倒れてしまうだろうからな」
シュケンの言葉に、人々がどっと笑い出す。シュケンもまた、豪快に白い歯を見せて椛に向けて笑いかけた。
「さて、そろそろ行くとするかの」
「それではシュケン様、こちらへ」
歩き出したシュケンを呼び止め、里長は、広場の外れに置かれた、人一人が入り込める程の大きさのある唐櫃を指差した。
「例年、娘達はあの唐櫃に入れられて神社へと運ばれておりましたので……」
「なるほど、それは都合が良い。この髪の事もある。姿はなるべく見せぬ方がより確実であるし、それに武器も隠せるしな」
そうして唐櫃に入り込むシュケンの背中に向けて、両の手を合わせて静かに椛は祈った。
どうかご武運を、と。
外の見えぬ唐櫃の中ではあったのだが、まず大きな振動一つと、それから暫く続く小さな揺れ、小さくなっていく祭りの音、そうして再び大きな揺れと、最後に遠くへ消えていく複数の足音。シュケンは、自分が目的の場所に着いた事を察した。
闇の中でシュケンは、今の自分と同じ顔をした娘の事を思い出していた。
初めに見た時は、何と強い娘なのだろう、と思った。自分の助けを要らぬと言い、強い視線と声をもって、死をすら恐れぬ威風を感じた気さえした。
けれども、そんなものはただの見せ掛けに過ぎなかった。それが当然だろう。二十年も生きてはいない人間の娘が、そう簡単に自分の命を諦められるわけがない。本当の彼女は、とても弱く、とても小さく、そして、とても優しかった。
優しかったが故に、今まで犠牲になっていった娘達の悲しみ苦しみから目をそらす事が出来ず、それが自身の命をすら投げ出す事を是とする考えに繋がってしまった。
群れの仲間を思う気持ちは、狼であるシュケンにも理解できる。
彼女が今まで、一体どれだけ苦しんできたのか。それを考えると、シュケンの胸は悲しみで一杯になるのだった。
たとん、と、唐櫃の蓋を小さく叩く音が聞こえた。
音はもう一度、そしてまた一度、次第に大きく早くなり、そうしてついには絶え間ない轟音が叩きつけてくるようになった。
唐櫃ががたがたと揺れだす。風のうなる音が聞こえる。
里は、突然の暴風雨に襲われていた。
雨が箱を叩く。その音に紛れ、がさり、と、何かが草を分けて動く音が聞こえた。それを聞いて、シュケンの心に満ちていた、悲しみが怒りになる。音は確実に近づいてくる。それと共に、シュケンの心に火が灯っていく。火がついた心は、身体にも伝わっていく。今にも弾けそうな肉体を理性で抑え、シュケンは大きく息を吐く。
そうこうしている内に、やがて、唐櫃の蓋がゆっくりと開かれ。
「よく来たのう」
吐き気を催す程の下卑たしわがれ声が入ってきた。
「おや? どうした、その髪は」
「……神様の下に参るに至ってはもはや不要と思い、切って売ってしまいました」
「そうか。しかし、その色は?」
唐櫃の中からは声は返ってこない。それを返事と受け取ったか、くかかか、と、耳障りな笑い声が嵐の境内に響いた。
「そうかそうか! 恐怖のあまり色も落ちてしまったか!
なに、心配するでない。儂はそれほど恐ろしい者ではないぞ」
「……まことですか?」
「ああ、そうとも。こう見えて、儂は存外に優しいのだ――」
闇の中、大きな口が歪な笑いを浮かべた。
「だから、最初はお前に決めさせてやろう。何処が良い? 腕か、脚か、それとも目か耳か?」
歪んだ口から、血の臭いがする息が漏れてくる。それを受けて。
「……それでは、最初は――」
白髪の娘は答えた。
「――貴様の喉からいただこうか!」
白い光が水平に走る。真っ二つになる唐櫃。そこから全身を見せた娘の眼前で、太く茶色い毛が数本、宙を舞っていた。
「やれやれ。相変わらず、逃げ足だけは大したものだのう」
喉元に手を当てた大猿、人間の大人どころか熊ほどの大きさもある化け猿、それを目前にして悪態をつく白髪の娘。
「貴様、一体!?」
小さな身体には不釣合いな大きさの太刀と盾を持った娘を前に、身体を低く構えながら化け猿は吼える。
「なんとまぁ。一度殺されかけた相手を、ずいぶんと簡単に忘れられるものだ」
嘲りの笑いを浮かべて娘は応える。
「その物言い……まさか貴様、シュケンか!」
思い起こせば、化け猿には確かに見覚えがあった。目前の娘の白髪は、越後の地で自分の邪魔をした仇敵の毛皮と同じ白。
「んんんんんー、許るさーん!! またしても儂の邪魔をしおって!! 地獄へ叩き落としてやるぞ!!」
「ほーぉ。逃げずに向かってくると言うか。こいつは有難い。また逃げられては、余計な手間の増えるところだったからな」
「驕るなよシュケン。儂がいつまでもあの頃のままでいると思うか!」
吼える化け猿の姿は、確かに、シュケンの知っているかつてのものとは違っていた。越後にいた時は人間と大差ない程であった筈のその体躯、明らかに大きく太くなっている。
「その力、この里で神を騙り、人を喰って得た力か」
「その通りよ! 人の肉は美味いぞ? 特に若い娘、あれはたまらぬ! 肉の柔らかさは勿論、美しい顔が恐怖と苦痛に歪んでいくのがなんともそそる!
貴様も一度喰ってみると良い。病み付きになるぞ?」
「――外っ道がッッ」
「天狗の言えた文句かよオ!!」
もはや問答意味を成さず。
小さく、けれど鋭く、シュケンは息を吸う。途端、熱くなる身体、心。
「っっはっ」
それに、ただ、従う本能!
「ぬおぅ!?」
化け猿の視界が、一瞬にして白に染まる。
咄嗟に眼前で交差した腕へ、視界を染めた白、疾風のごとく突進してきた盾が叩きつけられる。
骨まで響く衝撃に思わずのけぞるその瞬間。
「っこぉっ!」
盾に身を隠していたシュケンの太刀が喉を狙って水平に刃を走らせる。
瞬時に上半身を大きく仰け反らせ、刃をかわす。
「ぅのれがァァ!」
上半身を戻す勢いを利用して、爪を立てた右手を叩き込む。
が。
「っガア!?」
盾を構えたシュケンの左腕が、真っ向から化け猿の右手を打ち潰す。
痛みと衝撃で後退る。瞬間、上半身ががら空きになる。
その機を逃さず間合いを詰めるシュケン。
右の足の平で地面を掴み、咄嗟に蹴り上げる化け猿。
「ぬっ!?」
蹴りはかわすも、巻き上げられた泥を顔面に浴びてシュケンの動きが一瞬止まる。
その隙に、化け猿はシュケンの右脇をかすめ、擦れ違いざまに一撃を加えた。
「くぅっ!」
白い着物の肩が裂かれ、その下、少女の柔肌から血が滴る。
不意の一撃に驚きよろめくシュケン。だが。
(何だ、今のは?)
驚いたのは化け猿も一緒だった。
もとより今の一撃は、避けられる事を前提で放った苦し紛れの一撃。
シュケンは強力な鼻と千里眼を持ち、距離、速さ、状況を問わず敵の動きを見失う様な真似はしない筈。不意打ちが当たる事など決してあり得ぬ筈。少なくとも、化け猿がかつて越後で戦った時のシュケンはそうであった。それが何故。
(これは、もしや)
思い返せば、おかしいのは最初からだった。唐櫃を斬って割った最初の一撃。化け猿は完全に不意をつかれていた。本来なら、勝負はそこで決していた筈だったのだ。
手を抜いていた、というのは考えられない。化け猿の知っているシュケンは、殺ると決めた戦いに於いて遊びを挟む様な性格ではなかった。
(なるほど。これはこれは……)
くかかかか、と、嫌な笑い声を残し、嵐と夜の闇に紛れて化け猿は姿を消した。
「逃げるか、この臆病者が!」
叫んでいる、嵐の中。足はその場から動かさず、四方に顔を向けて周囲を探っている。
その様子を見て、化け猿は確信した。
『やはりな。シュケンよ、貴様、視えてはおらぬな?』
雨風の鳴く音に混じって化け猿の声が夜の境内に響く。
『なぁシュケンよ。何故獣の姿に戻らぬ。何故千里眼を使わぬ?』
闇の中、化け猿は喜びで醜く歪む己の顔を抑える事が出来なかった。思えば、機会はいくらでもあったのだ。初撃を外した後でも、獣に戻って一気に勝負をかけられたのならば、化け猿に凌ぎ切る自信は無かった。だが、シュケンはそうしなかった。確かに、少女の見た目からすれば素早く力強い太刀筋ではあったが、力を増した今の化け猿ならば充分に防げる程度のもの。
『戻らぬのではない。戻れぬのだな?
使わぬのではない。使えぬのだなあ?』
くかこここ、と、化け猿の喜びを隠せぬ笑いが周囲を包む。
『そこでこの儂は考える……。はたしておまえは、どの程度元の力をふるえるのかと? 七割か? 八割か?
ひょっとすると普段と同じ十全の力が使えるのに使えない“フリ”をしているのだろうか…………とな。
フフ……どうなのだ?』
シュケンは答えない。ただ黙ったまま、闇の中を強く睨みつけている。
『フフン! 言いたくないのは当然。おまえはわしの思うにたぶん半分以下の力しか使えない……』
初撃に不意打ちで喉を狙ってきた。その事から、シュケンがこの戦い、最初から全力を出していると化け猿は判断した。そこから導き出された答え。
「賢しい猿めが」
シュケンは舌を打った。化け猿の指摘は、ほぼ正解であった。
シュケンはこれまで肉体を鍛える事にのみ特化し、妖術の類は不得手のままであった。変化の術も不完全であり、狼から別の姿へ、別の姿から狼へ、変わる事が出来るのは戌の刻に限られる。白狼態に戻るには、翌日の戌の刻を待たねばならない。
今のシュケンの肉体は、爪も牙も無い、ただの人間の娘と同様。鼻も効かず、獣の速さも持たない。妖力で出来る限りの肉体強化はしてあるものの、それでも普段の力には遠く及ばない。
それでもあえて人の形をとったのは、今度こそは化け猿を逃がさぬ為。多少辛いが相手が一匹なのであれば充分戦える、そう踏んでの事だった。
だが、相手はシュケンの予想以上に力を増している。初撃を外したのは致命的であった。
「くぁ!?」
突如背中を走った鋭い痛みが、シュケンの思考を遮った。
反射的に背後へ向けて太刀を振るうも、その刃はただ空しく雨と風を斬るのみ。
「この身に力が無いと気付いて、それでも姿を見せずに戦うと言うか! どこまでも性根の腐った奴よのう!」
闇に向かって吼えた次の瞬間、今度は左腕の肉が削られる。盾が地に落ち、その上へ雨水と混じって血が滴る。
『駄犬が! 人に媚売り尻尾を振る内に、考えまで人に染まったか? 獣の殺し合いに端から奇麗事など通ずるものかよぉ!』
夜の闇と暴風雨。それに紛れて姿を隠したまま化け猿はシュケンを襲う。人の身である今のシュケンと山の獣が変じた化け猿とでは、その五感の程に差が開き過ぎていた。
『面白し! まぁさぁに、面白しィッ!』
狂喜の叫びと共に化け猿の一撃がシュケンの脇腹を抉る。白い着物はずたずたに裂かれ、少女の細く小さい身体から流れ出る血によって紅く染められていく。
堪らず、シュケンは地に両膝をついた。
『哀れな姿よのぅ。獣の誇りを忘れ、飼い犬へと成り下がり、結果がそのザマよ』
息も絶え絶えな仇敵の姿に、化け猿が嘲りの声を上げた。
『なあシュケンよ。何故貴様は、儂が人を喰うのを邪魔する? バケモノが人を喰らうは、それ当然の理だろうによぉ』
語りかけてくる言葉を、シュケンはしかし。
「詭弁。あまりに詭弁!」
一刀に切り伏せる。
「山には山の理、里には里の理がある。バケモノにはバケモノの理、人には人の理がある」
山に迷い込んだ人を取って喰うというのならば、シュケンもそれを咎める事は出来ない。人も、山に入るとはそういう事だと、覚悟をせねばならない。
大切なのは、両者の関係を均等に保つ、という事なのである。山の妖怪が無秩序に里で人を襲う様になれば、人は妖怪の存在全てを駆逐しようとするだろう。逆もまた然り。人が山を自分達の物だと言って好き勝手を始めれば、妖怪は人間全てを見限る事になるだろう。
「だのに貴様は、事もあろうか神域を侵し、神を騙り、里の人間自ら贄を出す様に仕向けた。そんな輩が理などという言葉を口にするでないわ!」
何を堅苦しい事を、と、シュケンの言葉を聞いた化け猿が笑う。
それを受けて。
「そう、だのう」
シュケンは呟いた。
人と妖の間の理を保つ。それも、シュケンが戦う理由の一つである事には間違いない。けれども、今のシュケンをここまで突き動かしている一番のものは、もっと簡単で、けれども大きな想い。
「たった一人護れないで、生きてゆく甲斐が無い」
約束をした。必ず護ると。
とても強くて、けれども本当は弱く小さくて、そして、家族や仲間を何よりも大切に想う優しい娘。シュケンは、彼女と約束をしたのだ。そんな、たった一つの約束をすら護れない様で、それでは生きてゆく甲斐が無い。
『そうか! あの娘の事がそんなに大事か!
面白い。ならば貴様を屠って後、その骸の前であの娘を喰らう事としよう!』
叫び声と共に、今まさに迫り来る絶望と悲しみ。
地に臥せったままシュケンは、拳を強く握り、大きく息を吸う。
襲い来る悲しみ、そんなものは、全身で打ちのめすだろう、と。
「殺ったあああ――――ッッ!!」
風雨を突き切り、化け猿の左腕がシュケンの背を穿った。
肉にめり込んでいく爪の、その確かな感触に、化け猿の顔がにたりと崩れる。このまま心の臓を抉り出してやろうと、力を込めたその刹那。
「?」
肘から先を、軽く引かれた様な感触を覚える。
一瞬、何が起こったのか判らずに呆ける化け猿。自身の左腕に目を遣り、その状況を認識していく内に、次第に鈍い痛みが広がっていく。
「で? でっ。でっ、でっ、でっでってっ手ぇぇぇええ――――ッ!?」
左腕の状態を完全に認識したと同時に、化け猿の全身を容赦ない激痛が襲った。
左の肘から先がすっぱりと斬れて無くなり、そこからドス黒い血が勢いよく噴き出していた。
「ぅおのれ謀ったかぁ!」
叫びながら飛び退いて間合いを離し、そうして闇の中に消える化け猿。
背中に化け猿の左腕が刺さったまま、ゆっくりと立ち上がるシュケン。
力を失い地に伏せて見せれば、相手は必ず背後から、止めをささんと心の臓を撃って来る。その瞬間を狙った捨て身の一撃。受けた傷は深いが、化け猿にも深手を負わせる事が出来た。
背中に刺さった化け猿の手を無造作に引き抜く。栓を失った傷口から血が吹き出てくるが、そんなものを気にする暇は無い。地に落ちた盾も、もはや不要と拾う事はしない。どうせ、あと一撃で全てを決めねばならない。ならば、速さを殺す物は全て振り落とす。
「……使えぬ、のではない。使わぬ、のだ」
シュケンは小さく呟いた
化け猿の指摘はほぼ正解ではあったが、外れが一つあった。今の、人間の身体でも、負担がかかる事を承知で無理をすれば千里眼は使用できる。
ただし、それも一度が限界。使ってしまえば妖力、体力を大きく消耗し、後は一撃を放つのが精一杯となるだろう。だから、相手にあと一撃で確実に仕留められるだけの傷を負わせるまでは、最後の切り札として取って置いたのだ。
戦い始めてから一体、どれ程の時が経ったか。時間も判らない暗闇の中で、瞬きもなく、シュケンは深く息を吸う。空に立ち込める雨雲よりも、胸の奥の悲しみよりも、深く、深く息を吸う。
「千里眼!!」
木も、岩も、雨も、風も、そうして夜の闇さえも、全てが明るく、透明になる。
ぐるりと周囲を見渡すその中に、社殿のすぐ裏、傷口を押さえて、背を向け逃げ出そうとしている化け猿の姿がはっきりと映った。
逃がしはしない。シュケンは再び息を吸う。そして。
「るるるうおおおおおおオオオオ――――――ッッ!!」
嵐の夜に遠吠えを上げた。
古来より、狼の遠吠えは魔を退ける力を持つとされる。その声に驚き、ほんの一瞬、化け猿の動きが止まった。
そう、それは、本当にほんの一瞬。天を走った稲光が、地に落ちるまでの刹那の時。
その間に、シュケンの身体は弾かれる様に走り出していた。稲妻よりも速く駆け抜けて、太刀を両手に構えて宙に跳ぶ。
天に向かって掲げられた刃の先に雷が落ちた。
「ああああああああ――!!」
怒りを稲妻に変えて、そのまま大地に向けて叩き付けた。
大地を揺るがす程の轟音が、境内に、そうして、里全体に響き渡った。人々は家の中で蹲って手を合わせ、ただただ震えながら夜が明けるの待っていた。
そうして翌朝。
嵐の去った境内に集まった人々が見たものは、真っ二つになって焼け焦げた煙を上げている社殿と、そのすぐ裏手、同じ様に真っ二つになっている、齢を重ねた巨大な猿の死骸、そうして。
「シュケン様ぁ!」
椛が走り寄る。白かった身体を紅く血に染めて地面の上に横たわっている、自分と同じ顔をした少女の所へ。
「シュケン様、シュケン様っ!」
涙ながらに揺り動かして名を呼ぶも、シュケンの口から返事は無い。身体は既に冷たく、息も止まり鼓動も聞こえない。
「そんな……こんなの……」
椛の目から零れ落ちる涙が、シュケンの閉じられた瞼の上に落ちていく。二人の少女の一つの顔が、同じ様に涙を流していた。
「……椛?」
娘の様子を沈痛な面持ちで見ていた父親が声を上げた。
シュケンの亡骸の横で、椛は、素手のままで地面を掘り出していた。
「お前、何を……」
「お墓……シュケン様の……私に出来るの、これ位だから――」
涙に濡れた顔もそのままに、両の手で地面を掻き分けていく。すぐにその手には無数の小さな傷ができ、そこから血が流れ出してきた。
「おい、椛! お墓なら、私も手伝うから、道具も持って来て――」
「いいのっ!」
心配する父親の言葉を、しかし椛は跳ね除けた。これだけは、自分自身の手で成さねばならない、と。自分の為に戦い、傷付き、命を落した者の為に、自分も少しでも痛みを感じたいのだと。
「それにしても、まぁ」
真っ二つになった化け猿の骸を前に里長が呟いた。
「こんなものが、神様の正体だったとはのぉ」
化け猿の身体は既に、あちらこちらが風化して崩れ始めていた。
「あの……これ、まさか、祟りなんかあったりはしませんよねぇ?」
遠巻きに化け猿を眺めていた人々の内の一人が、不安そうな声で言った。
「はて、どうかのう」
曖昧な里長の言葉に、途端に人々の間でざわめきが広がり始める。
「お、おい。落ち着け。落ち着かぬか!」
里長の声にどうにか静まる人々ではあったが、それでもあちらこちらから小声で、来年の祭りにもまた何かが起こるのでは、などと、そんな不吉な声が漏れ出してくる。
「ああ、判った、判った。では、こうしてはどうだ」
人々の不安を鎮める為、里長は一つの提案をした。
来年の祭りからは、贄の娘の代わりとして、山車を作って神社に奉納してはどうか、と。
「シュケン様の話では、この猿、もとは三匹おったらしいからな。山車も、三台作って奉納する事としよう」
こうして里ではそれ以降、毎年四月の申の日に行われる祭りで、『でか山』と呼ばれる程のそれは大きい山車を三台、神社に奉納する様になったという。
◆
――とまぁ、こんな感じで……って、え? 自分、それじゃ死んでるじゃないかって?
いやいや、ところがぎっちょん。その時の自分、ほとんど死んでいる、だが、ちょっぴり生きている、てな感じだったんス。
や、肉体の方はほぼ完全に死んでたんスけどね。でも、マル先輩にわざわざ言う程の事でもないかもッスけど、自分ら妖怪って、ほら、肉体よりも精神が基本じゃないッスか。それにその時の人間態ってのは、そもそも仮の肉体みたいなものだったわけで。
身体を安静にして次の戌の刻まで置いといてもらって、そうして白狼態に戻れば、まぁ、何とかはなる筈だったんスよ。
……って、なんスか、マル先輩。その、「うわっ、何か微妙に色々台無しっ」みたいな顔は。
いやまぁ、あの時の自分、脈は止まってるわ鼓動は聞こえないわ瞳孔は開いてるわで、人間の目から見たら、何処に出しても恥ずかしくない位に立派に死体だったスからね。ああした流れになるのも、そりゃ当然ッスよ。
……それに、そんな事より、自分にとっては、あの娘が自分の為にあんなに泣いてくれて、手がぼろぼろになるまで一生懸命にお墓を掘ってくれて、それだけで充分だったッスよ。人間一人埋められる大きさの穴を、人間の女の子が一人、それも素手で掘ったんスよ? 凄くないッスか? 本当、良い娘だったッスよ、椛さん……。
……あのぅ、マル先輩。何スか? またニヤニヤして。
気にせず話を進めろ? はぁ。
でまぁ、自分、お墓に埋めてもらったわけなんスけど、身体はぼろぼろ、力も殆ど使い果たした状態で土に埋められたわけで、ちょっとこれは本気でまずいかな、死んでしまうかな、と、そんな状況になってしまったわけなんスよ。
そこを助けて下さったのが、ここの山の天魔様だったんス。何でも白峰の相摸坊様の所に出かけた折、消えそうになってる自分の妖気を感じて、それで助け出してくれたそうなんス。白峰から自分の居た里までは、まぁ結構な距離があるッスし、その上自分は死にかけで妖気も小さく、しかも土に埋まってたわけなんスけど、そこは流石天魔様って感じッスね。
で、助け出された自分はそのままこの山に運ばれて治療を受け、その御恩に報いる為、ここで働く事になったんス。
あ、ちなみに、借りてた太刀と盾も一緒に埋められてたんスけど、それも自分と共に回収されて、で、今使ってるこれなわけッス。盾の椛紋は、こっちに来てから河童さんに付けてもらったもんッスね。
ただまぁ、治療の際、ちょっとした後遺症、みたいなのが残ってしまって。
人間態のままで死にかけて、土に埋められて、助け出されて治療を受けて。そのせいなのかどうなのか、詳しい理由は判らないんスけど、自分、人間態のままで固定されてしまって、白狼態に戻れなくなってしまったんスよ。
この山で先輩達に指導を受けて、この姿のままで千里眼を使える様になったり、弾幕を張れる様になったり、妖術の腕は随分と上がったんスけど、何故だか未だに白狼態には戻れなくて。ごく短時間なら烏に変化したりとか、そういう事も出来る様になったっていうのに、不思議な話ッス。
まぁ、話はこれで……え? 椛さんとの、その後ッスか?
いや、その後は会ってないッス。
自分、かなりの重症だったッスから、自由に飛び回れる様に回復するまで五十年程かかったんスよ。それだけ経った後に顔を出しても、人間なんだし、もう死んでるだろうし……仮に生きてたとしても、ほらやっぱ、自分、彼女の中では死んだ事になってるわけッスから、どうも、こう……。
ああはいはい! そうッスよ! どうせ自分は気の弱いヘタレワンコッスよ! いや、ワンコではないッスけど!
ああ、ただ、里のその後については、ちょっと耳にした事はあるッス。この山――てか幻想郷が結界で閉じられるちょっと前の頃ッスけどね。風の噂で。
何でもその里では、それこそ遠くこの山まで噂が届く程のそれは大きな祭りが行われていて、で、その祭りがの主役っていうのが、三台のでっかい山車なんだそうッス。
ええ、そうッスね。あの三馬鹿猿の為に作られた山車ッス。
?何スか、マル先輩。急に真面目な顔になって。
え? ああ、そういう事ッスか。いや別に、自分、不満なんて無いッスよ。
自分があの里で戦ったのは、自分の不始末のケリをつけるってのがそもそもだったわけッスから。別に、里の人達に崇め奉ってもらおうなんてつもりは端から無かったッスし。そんな事よりも、自分はちゃんと約束を護れた。それだけで大満足ッスよ。
それに、あんだけ重く悲しかったお祭りを、恐怖の対象だった化け猿を、そんだけおっきく楽しいものにしちゃったなんて、それはとても素敵な事じゃないッスか!
まぁ、話を聞いたのは百年以上前ッスからね。そのお祭りが今でも続いてるのか、それは判らないッスけど。
――さて、と。随分と長くなってしまったっスけど、自分の話はこれで終わりッス。
久しぶりに昔を思い出して、何だか楽しかったッス。お付き合いありがとうございました、マル先輩っ!
◆
「――とまぁ、こんな話だったわけです」
そこまで話し終えて私は、目の前に置かれている湯飲みを手に取って口につける。おお、良い香り。結構高い茶葉を使ってるわね。博麗の神社とは違って、ここの巫女さんはお客の扱いってものをしっかりと判ってるわ。
……ん? 巫女さんじゃなくって神様だったかしら。一応。
「なるほど」
私の長い話に正座して付き合ってくれた目の前の巫女さん――じゃなくて神様……じゃなくて……?……ああ良いや、巫女さんで――巫女さんが言った。ついこの間、山の上に新しく出来た神社の巫女さん。
私は椛から話を聞いた後、まぁ、裏付け調査、みたいな感じでこの神社を訪れた。この神社は最近まで外の世界にあったそうだし、その上、目の前の彼女は巫女さんなのだから、外の世界のお祭りや伝説、そうしたものについての最新情報を得られるんじゃないかな、と想って。
「で、この話のお祭りなんですけど――」
「ええ」
にっこりと、柔らかな微笑みを浮かべて彼女は言った。
「そのお祭りは、外の世界で今でも行われています。椛さんの話も、その地に伝説として残っていますよ」
「そうですか」
良かった。あの子の敵がメインとなってしまっているとはいえ、そのお祭りは椛が頑張った痕跡でもあるんだから。そう簡単に廃れてもらっちゃあ困るわ。
「それで、そのお祭りのメインと言えば三台の山車なんですが」
巫女さんは話を続ける。
「そのお祭りでは毎年、他にもある物を納めるのです。その内容なのですが」
「はぁ」
何かしら。彼女、随分とにこにこ嬉しそうに話すけど。
「生鯛二尾、刺鯖三十三刺し、寿具五荷、蓬莱一台、瓶子一台、金幣一台、玉串一台」
……それって。
「そう。椛さんが怪物退治の暁に受け取る筈だった物です」
そっか。そうなんだ。
「山車の方があまりにも有名になってしまってはいますけれども、でも里の人達は椛さん……いえ、シュケンに対しての恩を、決して忘れてはいなかったんです。そしてそれは、長い時を超えて今にまで伝わっている」
――これは、うん、良い話を聞いた。椛から聞いた話と会わせて、次の新聞のネタに使えるわね。
でもってその新聞は……そうね、今回だけは特別に、まず最初にあの子に読ませてあげるとしましょうか。
「それにしても流石ですね。奉幣物の内容なんて、随分と細かいところまで」
「これでも、ここ守矢の神社を預かる風祝ですからね。全国の神話伝承についてはそれなり通じております」
おお。何だかちょっと格好良いわね。
「ネットで調べて」
……うわ、何か微妙に色々台無し。
まぁ、それはどうでも良いか。ネタも集まった事だし、早速新聞作りに取りかかるとしましょう。
「では、私はこれで失礼して――」
「あ、ちょっと良いですか」
立ち上がりかけた私を巫女さんが呼び止める。
「?何でしょう」
「あ、いえ、その、人間の姿から狼に戻れなくなった、という話についてなんですけれども……」
ふんふん。何だかまだ面白い話が聞けそうね。私は再び腰を下ろす。
「私、妖怪の使う術体系については殆ど知りませんし、あくまでも個人的な推測に過ぎない話ではあるのですが……」
遠慮がちな口調で彼女は続ける。
「妖術の腕が上がったのに未だに変身が解除できないなんて、それはおかしな話だと思うんです」
うんうん。私もそれは同意。
「もしかしたら彼女、思い出の人の姿を、意識してなのか無意識の内なのか、忘れられなくて、忘れたくなくて、それで人間の姿のままになってしまっているんじゃないでしょうか?」
……それって。
「好きなあの子の格好を真似て、普段着コスプレしてるって事ですか?」
返事は無い。でも、「うわっ、何か微妙に色々台無し」みたいな顔をされてる。
うーむ。でもこれは、新聞のネタとしてではなく、個人的なからかいのネタとしていけそうね。
この話が当たってるのか否か、当たってるとして意識してなのか無意識なのか、いずれにせよ素敵な反応を見せてくれるのは確定なわけだし。
ああもうっ! ワンコで遊ぶのは楽しいなぁ!
「……それであの、もう一つだけ、ちょっと、気になる事が……」
ん、何かしら。ああもう、早く帰って椛で遊びたいのに。
本当、あの娘は面白可愛いわぁ。
「贄の娘に変化して、その所作について父親に言われた時の返答なんですけど……」
――――ぁ。
弟だけボンでなく’94仕様です。何故ならその方が凶悪そうだから(性能的に
>あんな可愛い子が女の子の訳な(ry
椛キュンかわうぃよ椛キュン
その他の読んで下さった方も、本当、ありがとうございました!
かっこいい椛もイイネ!
いっつも感想を入れて下さって、本当、ありがとうございますっ!
歌詞ネタは本当、趣味丸出しで。藤の人の熱さは、やっぱ泣けるで!
もしそうだとしたら感動&驚嘆です。まさかここで見られるとは。
戦闘シーン・語り・後日談、そして元ネタ。共に楽しめました!
ハヤタロウというのは初耳だったので調べてみたのですが、よく似てる、と言うよりほぼ同じですね。
元は一つのお話が各地に伝わる中でできた、その類型の中の一つ、という事でしょうか。
そういう意味では、ハヤタロウが元ネタ、と言っても良いかも知れません。
この「しゅけん」はTVにも出たハヤタロウと違って、非常にマイナーでローカルなワンコです。
>SETHさま
「誤字ありますよ」とか指摘されたらどうしようかと、少々ビクビクしていたネタでした。
いや、指摘されたらされたで、それはとても美味しい気もしますが。ネタ的に。
え・・・?おと・・・こ・・・?
あんな可愛以下略。オスでもメスでもどちらでも、ワンコは可愛くて好きなのです!