その日、幻想郷には雪が降った。
例年よりも少しだけ早い雪の到来に、人里の犬達は喜び駆けまわっている。
子供達も雪を相手におおはしゃぎで、心和ませる光景があちこちに。
しかし、雪がふって喜び駆けまわるのは犬や子供たちだけじゃない。
妖怪の山の麓の、霧の湖。まだ霧の立ちこむ昼の刻。
そこに1人……いや1体。ん? 1匹? それとも1つ……。とにかく、1人の妖精がいた。
「ゆ~きや……こ……こんこん……? あーられーや……えーっと」
曖昧な歌詞を歌いながら、その妖精、チルノは森の中を駆けまわっていた。
地面には真っ白な雪。雪イコール寒い。寒いイコールあたい。あたいイコール最強となれば、テンションが上がらない方がおかしいというものだ。
あまりの寒さにちょっと早く帰ってきたレティの制止も聞かず、チルノは元気いっぱいに走り回っている。
「あーられー……ふんふふーんてってけてってけ、らんらんらんららー」
「歌詞と呼ぶのもおこがましい鼻歌ね」
もう正式な歌詞を思い出すのを止めた、諦めの早い現代っ子病にかかっているチルノだったが、
(ちなみにこの病は都会派アリスによる影響が大きく、アリスがよく顔を出す博麗神社にチルノが行くことをレティはあまり快く思っていないのだが、
チルノは当然気づくことはなく、今日も神社で霊夢やら魔理沙やらアリスやらレミリアやらから使い道の無い知恵を授かるのだった。)
自分に向けられたであろう声に反応し、立ちどまって辺りを見渡した。
声の主は、湖の前にひっそりと立っていた。おかしな格好の小さな子供だ。チルノはまずそう思った。
「これはあたいが考えた歌だから、この歌詞で正しいのよ」
「へぇ。人里にいる子供の方がまだマシな歌詞考えることができるでしょうね」
挑発的な言い方に、さすがのチルノもムッとするが相手は子供である。
少し大人びている口調だが子供だ。つまり妖精イコール長生き。長生きイコール大人。大人イコール最強。最強イコールあたいという方程式が確立しているのだから自分の方が偉いのである。
そう考えるとこの子供の喋り方も可愛く感じるではないか。不思議だ。今度れーむ辺りに相談してみよう。と段々思考が脇道にそれていくチルノ。
それを見て、子どもがおかしそうに笑った。
「なにがおもしろいのよ」
「あなたよ」
「うぅ~! あたいの方がとしうえなんだから、もっとうまやえ!」
「うまやえ? ……あぁ、敬え? おかしな間違え方だわ」
からかうようにケラケラと笑う少女を見て、チルノの頭に血が昇る。
なんでこいつは年上をバカにできるんだ。あたいは妖精だぞ? 泣く子も黙る氷の妖精チルノ様って言えばあの吸血鬼とか、
あのなんか紫色の服のおばさんも避けて通るんだぞ? (もちろんチルノの妄想なのだが)
おもしろくな。たかが人間のガキに謂れの無い事で笑われるのはおもしろくない。
そう思ったチルノは、次の瞬間小さな氷つぶてを手に集めた。
とっさの行動のわりには、少女に当たったところでさして大きな怪我をするわけでもない大きさに調整されていたのは、きっと霊夢たちの教育の賜物なのだろう。
集めたいくつかの氷つぶてを宙に浮かべると、チルノは少女を指差し、叫んだ。
「あたいに喧嘩をうったあんたが悪いんだからねぇー!!!」
「おぅっ!」
氷つぶての弾幕。
突然の出来事である。さすがに喋り方が大人びているからといって、人間の子供に避けれるようなものではない。
なに、ただちょっとだけ少女を傷つけて、妖精と人間の差ってのを身にしみて分からせてやるだけだ。
そうすればこの少女も今後はもっと年上をうまやい、立派なしゅくじょに育つだろう。
とかなんとかチルノが考えているその時―――
ふわり
と、少女はその弾幕を避け、ついでにそのまま湖に落ちた。
混乱したのはチルノである。
まさか、避けた? 人間ごときがあたいの弾幕を? しかもそのまま水に落ちた?
なんなんだこの人間は。得体が知れないにもほどがあるじゃないか。
チルノが無い頭を捻って考えている間、少女はゆっくりと湖から這い出てきて、身をブルリと震わせた。
「あーうー……さすがに、寒いわ」
「……はっ。ふ、ふん!! あたいに逆らった罰だよ!! これにこりたら、もう2度となまいきな口聞くんじゃないよ!!」
ガタガタと震える少女は、チルノのその微妙に勝利宣言に、お前の手柄じゃないだろう。という視線を向けながらもそっと姿を消した。
後に残ったチルノは、霧の奥に消えていく少女を見ながら、ふと胸にこみ上げるとある気持ちに気づいた。
それは、ライヴァルに出会ったというか、宿敵に出会えた。そんな熱い気持ち、魂が燃え上っているような感じだった。
確か魔理沙がそんなことを言ってた気がするので、チルノはこの言葉を使ってみたかったのだった。
「……ってことがあったの」
「ふーん……それって本当に人間の子供なの?」
その後、チルノは一通り雪の上を走りまわると早々に飽きて、いつものように博麗神社に来ていた。
神社では元気よく雪合戦している魔理沙とアリス、そして萃香の姿があり、霊夢はそれを見ながらお茶を飲んでいた。
とりあえずさきほどの事を話してみたチルノだったが、さすがの霊夢も頭を悩ませた。
いくらなんでも、そんな人間が自分たち以外にいるはずがないのだ。
「うん、たぶん。だってちっさかったし」
「あのね……それだけで判断するのはどうかと思うわよ」
「もっと他に特徴はないのか?」
呆れる霊夢の前に、全身雪だらけの魔理沙が立っていた。
雪合戦を堪能したらしく、ものすごい笑顔だ。精神年齢はチルノと同じくらいだなー。いやむしろチルノが魔理沙レベルなのか。と霊夢は考える。
「えーっと、なんか変な帽子かぶってた」
「帽子ぃ? そりゃまたアバウトな説明だな」
「それよりも魔理沙、アリスと萃香は?」
「ん? あぁ、あっちでぐったりしてるよ。さすがに私の雪の弾幕には耐えきれなかったみたいでな」
嬉しそうな笑みを浮かべる魔理沙だが、霊夢は小さくため息をつくとアリスたちの方へ歩き出した。
「そのままだと風邪ひくでしょ。コタツの部屋いって暖まってなさい。あと、服はちゃんと着替えてね。脱いだ服はいつもの籠の中よ。いいわね?」
「わかってるってば。まるで母さんだな霊夢は」
なにバカ言ってんのよ。と怒鳴るとそのまま霊夢はアリスと萃香の寝ころぶ場所へと走って行った。どうやら同じような事をいっているようだ。
仕方なさそうに魔理沙は縁側から部屋の中へとはいって行く。
「あ、チルノも入るか?」
「あたい溶けちゃうからいいよ」
「そっか、難儀な体してんな」
実際はそんな事思って無さそうなゆるい顔になりながら、そのまま魔理沙はこたつにはいった。
その体勢でモソモソと動いているということは、コタツの中で服を脱いでいるらしい。
それを縁側から見ながら、チルノはそんなに寒いのかな? と不思議がっていた。
しかしもちろん彼女は自分が氷の妖精だからそう感じるだけだということには気づいていない。
首をひねるチルノの横を、今度はアリスと萃香が通って行く。
「あら、チルノ来てたの?」
「いやぁ~、久し振りに熱くなっちゃったね~」
アリスの言葉に短く返事をしつつ、そのまま眺めているチルノ。
アリスもまたコタツに入るともぞもぞと動き、服を脱いでいる。萃香はなんか自分の力をうまい事使って乾かしているみたいだった。
が、チルノにはそれがなにをやってるのかは理解できない。
アリスと魔理沙の服が乱暴に机の上に置かれる中、霊夢が戻ってきた。
そして次の瞬間、鬼のような形相で2人を見た。
「魔理沙……アリス……脱いだ服は籠の中。って言ったでしょ?」
「おいおい、バカ言うなよ霊夢。こんな格好で戸が開きっぱなしの部屋だぜ? こたつから出れるわけないだろ」
「だったら着替えをとってきてから脱ぎなさい」
「着替えの服は、いつもみたいに霊夢のセンスに任せるわ」
あー言えばこー言う2人に脱力しながらも、霊夢は仕方なさそうに服を持って隣の部屋へと歩いて行く。
いつもの光景だなーとチルノが縁側に座って見ていると、萃香がそんなチルノに近づいてきた。
「で、さっきの続きだけど、どんな帽子だったの?」
「なんだよ、聞いてたのか萃香」
「聞こえたのよ」
「んーと……黄色くて、こう、ひょーって高くて、丸い球が2こついてた」
「……ん?」
チルノの説明に、首をひねる魔理沙。
はて、どこかで見たことのある様な帽子だな……。
と、そこまで考えた時魔理沙の顔面に服がヒットした。アリスの後頭部にもだ。
「ってて……霊夢、もっとおしとやかに渡せないのか?」
「あんた達にはこれで十分よ。まったく、猫みたいに丸まっちゃって」
「ねこ?」
「あぁ、雪はこんこ♪ってやつね」
さっき自分が歌っていた歌に似てるなぁと思うチルノだが、まぁあっちは『こんこん』だしなぁ。
と当然間違いには気付いていない。むしろこんこんとか猫とか、橙の家みたいだなぁとかすら思っている。
「あー、あの寒い中犬が走り回ってるは楽しそうだって感じて、猫はこたつで丸くなっておもしろみのない奴だなぁって感じてる、犬に萌える歌か?」
「あんたの感性はどっかおかしいわね」
「曲解にもほどがあるわ」
呆れかえる霊夢とアリスだが、萃香はすでに酒に手を出して会話に参加してないし、チルノはあんまり理解してない。
魔理沙は着替えながらもそのまま切々と犬萌え談義をしていたのだが、そこでふとひらめいた。
「あー! 分かったぞチルノ、その子供ってやつ!」
「え? さっき言ってたやつ?」
「あぁ! なぁ、変な帽子被ってたんだよな?」
「うん」
「で、霧の湖で見たんだよな?」
「そうだってば」
チルノの反応を見て、自分の出した答えが合っているであろうことに喜ぶ魔理沙だったが、まだ着替え途中だったのでいろいろとアレだった。
まぁそんな事だれもが気にしないのでこれ以上言及しないが、そのまま魔理沙は自信満々にふんぞりかえった。
「で、誰なのよ。あんたの知ってるやつ?」
「あぁ。というか、霊夢だって知ってるしアリスだって萃香だって知ってるぜ?」
「私も?」
「んー?」
「……なんであたいだけ仲間はずれなのよ」
「だってお前宴会こないし」
「宴会?」
霊夢が首をかしげたところで、魔理沙はすっとチルノを指差し、まるで探偵小説の探偵が犯人を特定するシーンのごとく、言い放った。
「その少女ってのはな―――――」
「ゆーきやこんこー、あられやこんこー」
次の日。まだ解けてない雪の上を楽しそうに駆けまわるチルノ。
そしてチルノが湖に近づいた時、またそこに少女は立っていた。
今日は昨日よりちょっと厚着していたのがおかしかった。
「あら、今日はちゃんとした歌詞なのね」
「当り前じゃない。れーむから教えてもらったんだからね!」
なんでそんな事をさも自分の手柄のように威張って言えるのカと思う少女だったが、
まぁそれはつまりそれほどまでチルノにとって霊夢という存在は大木のだろうと納得した。
納得したところで、今度はチルノがふふふと怪しく笑った。
「なにがおかしいの?」
「きのうのつづきをしようと思ってたんだよ」
「続き……あぁ、あの氷の弾?」
さっと身構える少女だったが、次の瞬間にはその目前に『弾』が迫っていた。
ヤバい! と、咄嗟に目を瞑る少女だったが、その反応は……
ぱすっ
と、予想をはるかに下回る、柔らかい感触。
それが『雪の球』だと気付くのに少し時間がかかってしまった。
慌ててチルノを見る少女だが、すでにチルノは新しい球を作り、身構えていた。
「……な、なんの真似よ」
「だから、昨日の続き、よっ!!!」
呆気にとられる少女を無視して、再び球を投げつけるチルノ。
今度の球はうまいこと弾き返し、少女はチルノから少し距離を取った。
そのまま少し濃い霧に隠れようとするが、
「ふふふ、霧に隠れようだなんて、百億万億年早いわ! あたいにかかれば、この程度の霧――――……てりゃっ!!!」
「っ!!!」
自信満々のチルノの声に、思わず身構える。
が、いくら待ってもこない。まさか、1人時間差か? と勘ぐる少女だったが、少しして全然見当違い場所で雪の球が砕ける音がした。
「……ぷっ。どこがよ、全然見つけれてないじゃない」
「ムキー!!! わざとよ、わざと!! 次こそは!!」
チルノの声を聞きながら、自分も慌てて足元の雪をかき集める。
ギュッギュと力強く握りしめ、固さを調節する。あまり固すぎず、当たった瞬間に砕けるような絶妙な堅さで……
「てりゃ!!」
再びチルノの声が聞こえるが、今度も見当違いの場所に飛んだようだった。
なんだかだんだんとテンションが上がってきているのを感じながら、少女は嬉しそうに笑った。
「楽しい『神遊び』になりそうねっ」
「『紙遊び』? これは確かに白いけど、紙じゃなくて雪だよ? そんな事を知らないのか!?」
「もー! そういう意味じゃないっての!!」
いつのまにかフランクな喋りになっていた少女は、そのままチルノと日が暮れるまで雪合戦を楽しんだとか、してないとか。
後日、博麗神社。
「あら珍しい。どうしたの早苗?」
「いえ、ちょっと聞きたいのだけれど、最近諏訪子様見てませんか?」
「諏訪子? なんで?」
「いえ、ちょっと前までは『暇だ暇だー』って言って山の麓まで降りて夕方には帰ってきたのだけど、最近帰りが遅くて……」
「そう……まぁ、そんなに心配することないんじゃない?」
「なんでですか?」
「さぁ? ま、神様だからって友達の1人や2人いないわけないでしょ?」
「……やっぱり、なにか知ってるんじゃ」
「あ、そう言えば、あなた最近なにしてるの?」
「あ、え? なにって……別に、普通に生活を」
「外出てる?」
「まさか! こんな寒いのに」
「そう……魔理沙の言った通りね」
「??」
「部屋で丸まってる人間より、元気に外で駆けまわってる妖精のほうが面白みがあるってことよ」
「?? あの……もっと分かりやすく言ってくれません?」