この作品は作品集47にある「友達のつくりかた」、「友達のつくりかた2」の続きにあたりますが、
独立しているので読まなくても大丈夫です。
それと、紅魔館のメイドさんで名前つきの人(オリキャラ)が出てきますで、苦手な方はご注意下さい。
紅魔館。
スカーレット姉妹を始めとして十六夜 咲夜、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、紅美鈴など多くの人妖が住む幻想郷の中でも屈指の豪邸。
訪れる者は少なく、中の住人が問題を起こさない限りは比較的平和なお屋敷である。
ここにやってくる者達はいろいろと問題が多い(話を聞かず主張を押し付けてきたり、正論を言うと弾幕で黙らせたりする)が、館内の住民も同じなので働いているメイド達はそういうものだと受け入れている。
門番隊が弾幕で吹き飛ばされる光景にも慣れていた。
「ねぇ、魔理沙。
ちょっとひどくない?」
「気にするな。
いつものことだぜ」
アリスと魔理沙は弾幕で門番隊(美鈴含む)を吹き飛ばすと館に入っていく。
向かうのはパチュリーのいる図書館だ。
「おーい、パチュリー。
本借りに来たぜ。
………っていないのか?
珍しいな。じゃあ勝手にもってくぜ」
「待って、魔理沙。
パチュリーだけじゃなくて小悪魔もいないわ。
ここにあの2人がいなかったことなんて初めてよ。
それに来るときのメイドの数も少なかった気がするし……」
「気にし過ぎだろ。
今日は借り放題だぜ」
「魔理沙はいつも好きなだけ借りてるでしょ?」
「いや、これでも遠慮しているつもりなんだぜ?
家に入る本の量にも限界があるからな」
「いや、それ遠慮って言わないから」
魔理沙は本棚から興味を持てそうな本をかたっぱしから持ってきた袋に詰める。
アリスはその様子にため息をつくと、自分は自分で本を探し始めた。
そのときになってようやくパチュリーが戻ってきた。
「ちょっと、貴方達なにしているのよ?
本は渡さないわよ」
「何、借りるだけだぜ。心配するなよ」
「あなたそう言って返したこと無いじゃない。
それに今のあなたには無理ね」
「何言って────」
パチュリーは小さな声で魔法を使うと魔理沙の持っていた本からロープが出て魔理沙を縛った。
「ふふ、あなたの持って行きそうな本にちょっとした仕掛けをしていたのよ。
諦めなさい、特別性だから何もできないわ」
魔理沙は縄でぐるぐる巻きにされていて、動けそうに無い。
口にはなぜか白い布があてられしゃべることもできなさそうだ。
苦しくはないようだが、見ていて少し痛々しい。
見かねてアリスが口を開く。
「ねぇ、パチュリー。
確かに本を返さなかったのは魔理沙が悪いけど、話ぐらい聞いてあげても良いんじゃない?」
「アリス、あなた魔理沙が今までどのくらいの本を持って行ったか知っている?」
「え? 知らないけど………
100冊くらい?」
「違うわ。今魔理沙が持っている袋の中にある本も含めると1000冊以上。
1度に50冊以上持っていかれた時もあったからね」
「…………」
さすがにアリスも声が出なかった。度々本を奪っていたのは知っていたが、いくらなんでもそんなに大量だとは知らなかった。
「もう我慢の限界。魔理沙には本を返してもらうのは当然として、罰も受けてもらうわ」
「罰?」
「そうよ。一週間の間、紅魔館で働いてもらうわ」
アリスは不思議に思った。
紅魔館で働くということはメイドとして働くということだろう。
しかし魔理沙は掃除など大の苦手で足を引っ張るだけだ。
縄で縛られている魔理沙も不思議そうに見つめている。
「仕事内容は魔理沙にぴったりのものを用意したわ。
安心して。簡単よ。
遊び相手をするだけ」
「それって」
「そう。フランドール・スカーレット。レミィの妹よ」
アリスは魔理沙に同情した。一週間も一緒にいて無事でいられるだろうか?
魔理沙はパチュリーが呼んだメイドに縛られたまま連れて行かれた。
「さて、次はあなたよ。
アリス・マーガトロイド」
「え、あたし?」
「そうよ。あなたはさっき誰もいない図書館で本を持っていこうとした。
これって魔理沙と一緒じゃないかしら?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。
確かに本を持っていたけど、無断で借りるつもりじゃなかったわ。
それに私は借りたら必ず返してきたじゃない」
「そうね。あなたは今までちゃんと本を返してきたし、私の許可無しに持っていくこともなかったわ。
でもね、私(主)のいないところで本を勝手に見繕っていたことには変わりないわ」
「それは…… そうだけど」
アリスは暗い表情で顔をそむけた。
魔法使いや魔女にとって魔導書はとても大切なものであり、その多くが一点ものであるため扱いには最大限注意を払っている。
パチュリーが本をアリスに貸しているのはアリスを人物的にも魔法使いとしても信用しているからで、今回のことはその信用に反した形になってしまった。
パチュリーもアリスが本を持っていったとしても必ず返しに来ることはわかっていたが、それでもアリスに大切にしているものだと改めて知っておいて欲しかった。
そして、このあとのお楽しみのために。
「そんなに警戒しないでも貸し出し禁止にはしないわ。
ただ、条件があるの」
「……なに?」
「あなたも魔理沙と一緒に紅魔館で働いて欲しいのよ。
期間も同じ一週間。
一般のメイドと同じ扱いだから心配する必要は無いわ。
細かい仕事内容は咲夜に聞いてね」
「そうね、館内の清掃と裁縫が主な仕事よ。
清掃は敷地が広いからがんばってもらうことになるわ」
「咲夜。あなたいつから……。
そう、そういうことか………」
アリスは自分達が引っかかったことに気付いた。
迎撃のメイドが少なかったのも、パチュリー達が部屋にいなかったのも罠で、魔理沙と私は餌(本)につられたというわけだ。
もっとも狙いは魔理沙で私はおまけだろう。
最近フランドール・スカーレットが屋敷内なら地下から出歩くことをレミリアに許可されたと聞いた(幽々子情報)。
その遊び相手としてうってつけの魔理沙を、おまけに単純な労働力として私を必要としたのだろう。
私なら上海や蓬莱達を使えば簡単な単純作業なら人の何倍も働けるし、今はもう冬だから衣服の細かい修理や新しい防寒具を作るためにも裁縫が出来る私がいれば便利だろう。
魔理沙はともかく私は大変な仕事ではないし、やってみればそれなりに楽しいかもしれない。
アリスは咲夜に視線を向けるとさわやかな笑顔で答えた。
「わかったわ。一週間、メイドとしてお世話になるわね。
やったことがないからそんなに手際よく仕事できないかもしれないけど、がんばるわ」
「そう。じゃあ服を着替えてきて。
仕事はさっきも言ったけれど主に清掃と裁縫ね。
細かいことは隊のリーダーの指示に従って頂戴。
それとメイドとして働く以上私のことはメイド長と呼ぶように。
当然敬語よ、わかったわね」
「わかりました、メイド長」
咲夜は軽く頷くと、メイドを呼ぶ。
すると小柄なメイドが少し慌ててやってきた。
「エル、今日からあなたと仕事をしてもらうことになるアリスよ。
着替えを渡して、サイナのところにつれていってあげて」
「はい、わかりましたメイド長。
アリスさん、こちらになります」
アリスはエルに連れられ出て行った。
咲夜は2人が出て行ったことを確認するとゆっくりと息を吐いた。
「ありがとうございました、パチュリー様」
咲夜は笑顔でパチュリーに礼を言った。
そもそも今回のことは咲夜が言い出したことで、どちらかというと魔理沙よりもアリスを重要視していた。
このところ紅魔館では館内の清掃など十分に手が行き届いていない。
少し前にメイドが一気に辞めたからだ。
妖精というのは仲間意識が強く、何人かまとめて入ったりも辞めたりするのだが、今回は20人もまとめて辞めてしまった。
幸い新しいメイド達はすぐに集まったのだが、新人の妖精メイドというのは仕事を覚えるのに時間が掛かる。
簡単な掃除を任せてもモップで遊び始めたり、バケツをひっくり返したり、綺麗にしているのか汚しているのか分からなくなる時さえある。
咲夜は自分の睡眠時間等を削り、手の足りていない一般メイドの仕事を補佐したが、それでも限界はある。
おまけに主の妹であるフランドール・スカーレットが地下から館内に出て来られるようになった為、そのお世話もしなければならず、最近の咲夜は体力の限界に近かった。
咲夜はここに来てメイドがある程度育つまで外部からの協力を頼むことにした。
もちろん人手不足なので手伝って下さい等とお願いするわけにはいかない。
こちらが強気に出られる相手で、しかも時間が空いていて役に立つ奴と考えると、思い浮かぶのは魔理沙とアリスの2人だけだ。
特にアリスは人形を使ってかなりの量の仕事を任せられるだろうし、簡単な掃除だけではなく、裁縫も出来るはずなので期待できる。
2人ともパチュリーから本を借りているから、うまく罠に嵌めてやれば大丈夫だろう。
咲夜はレミリアにお願いし、パチュリーに協力してもらい無事目的を果たすことができたのだった。交換条件として予算の一部を図書館に回すことになったが、それぐらいは全く問題ないことだった。
「レミィによろしく言っておいて」
パチュリーはそうしてすぐいつも通りに席につき本を読み始めた。
「畏まりました、パチュリー様」
咲夜は一礼すると静かに図書館を後にした。
【1日目】
アリスは服を着替えた後、エルに裁縫隊のリーダー、サイナのいる衣装室へと案内された。
案内を終えるとエルはすぐに別の仕事に行ってしまったので、アリスは1人で部屋に入った。
「はじめまして、サイナといいます。裁縫隊のリーダーでもあるので、わからないことがあれば何でも聞いて下さいね」
「ありがとうございます。私はアリスといいます。メイドというのは初めてなので、いろいろとご迷惑をかけることになると思いますけれど、宜しくお願いします」
「あ、そんなに丁寧にしないでいいですよ。私達もメイド長に対しては敬語ですけど、他はみんな楽に話していますから。
リーダーだからと気にせず、サイナと呼んで下さい」
「え、でも……」
「実を言うと、私もそのほうが楽なんですよ。
そのかわり、私もアリスって呼びますから。いいですか?」
「…ええ、もちろん。よろしくね、サイナ」
「はい、こちらこそ」
サイナとアリスはお互い笑顔で挨拶を済ますと、仕事内容を簡単にサイナがアリスに話す。
「それじゃあ、今日の仕事の説明をします。
この部屋は破れて使えなくなった衣類も仕舞っているのだけれど、アリスにはこれの修理をお願いします」
サイナは大きな棚の前まで進むと、手のひらでそっと棚をなでる。
「修理用の針や布などの道具と、見本として予備の服も入っていますからそれを参考にして下さい。
メイド長が裁縫を任せるということは技術的な面で教えなくても平気なのだと思うのですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫だと思います」
「そうですか。助かります。
私は別に仕事があるのでお一人でお任せることになってしまうのだけど、よろしくお願いしますね。
3時間ぐらいしたら戻りますから」
サイナはそう言うと、アリスに笑顔で軽く手を振って出て行った。
その後アリスは部屋の中でも一際大きい棚を開けてみると、破れたりほつれてしまっている衣類が山積みされていて、今にも崩れそうだった。
サイナが棚を空けなかった理由がわかった。
これでは下手に空けると服に埋もれてしまう。
アリスはその山を見上げると軽く息を吐いて、苦笑いを浮かべながらその中の何枚かと道具を持って、テーブルの上で作業を開始した。
~4時間後~
「ごめんなさい、遅くなっちゃった。
疲れたでしょう?
もう夕食の時間だからご飯を食べに行きましょう」
サイナは衣装室の扉を開けると、アリスが真剣に作業を続けていてくれたことに申し訳なく思いながら声をかけた。
「え、サイナ?
そっか……、もうそんな時間なんだ。
集中していて時間のたつのを忘れていたわ」
アリスはサイナに気づくと、ちょうど今直ったばかりの服をハンガーに掛けて、隣の空いている棚に仕舞った。
それを後ろから見ていたサイナは驚き思わず声を上げてしまった。
「え? どうしたの、その服。
もしかして今の時間で直したの?
これ全部?」
「う、うん。そうよ。
構造は思ったよりもシンプルだったし集中してやれたから。
さすがにまだ4分の1も終わっていないけど」
アリスはサイナの声に圧されながら、ゆっくりと言葉を返した。
「何言っているのよ、あなたが直してくれた服だけでも10着近くあるじゃない。
すごいわ、本当にすごい。
ありがとうね、アリス」
サイナはアリスの想像以上の仕事の速さに喜んだ。
ここのところ修理しなければならない服がどんどん溜まってしまっていたので悩んでいたのだ。
まだ40着以上ある服の山もなんとかなる気がする。
サイナはご機嫌でアリスを食堂へ案内し、途中で合流したエルと3人で食事を始めた。
「え? じゃあ、今いる裁縫隊メイドってエルとサイナの2人だけなの?」
「ええ。ほんのちょっと前に、当時の裁縫隊のリーダーが辞めてしまってね。
その時に6人いた裁縫隊のうち4人、つまり私とエル以外の全員がその時を区切りに辞めてしまったのよ」
「それとですね、リーダーは清掃隊と料理隊の人達とすごく仲が良かったのですよ。
だいたい新人さんは特別な力とか特技を持っていない限り、清掃隊か料理隊からスタートするのですけど、やっぱり最初はすぐに服を駄目にしてしまうんです。
で、そうなると私達の出番なのですが、やっぱり新人さんからするとあまり言い出しにくいのですよ、新しいのを下さいとか、直して下さいとか。
私も新人のときそうでしたから……。
リーダーは清掃隊や料理隊のベテランの人から聞いたり自分で見たりしながら、そろそろ新しいのが必要そうだとか、こいつはおっちょこちょいだから余分にもう一着必要だろうとか判断して渡してくれていたんですよ」
「そうそう。私も貰ったことあったわね、メイド服。
汚しちゃって、いくら洗濯しても落ちなくて。
『ほら、新しいやつだよ。今日からこれ使いな。その服はあなたのがんばった証だね』って、笑って服をくれたんだ。
嬉しかったな、あの時は」
「だから、リーダーが辞めるときに清掃隊と料理隊の人もけっこうな人数が一緒に辞めてしまったのですよ。
料理隊はメニューをカレーとか手の掛からないものに変えて、新人さんにゆっくり教えているのですが、清掃隊のほうは新人さんが一気に増えたせいで手が回らなくなってしまっているのです」
「それで、本来は裁縫隊の私やエルが清掃隊のヘルプに行ったりしてるのよ」
アリスはここまで聞いて今の紅魔館の状況をおおまかに把握することが出来た。
どうやら自分が思っていたよりも深刻な人手不足のようだ。
顔には出さなかったが、今思えば咲夜はあの時いつもと違って立ち居振る舞いに余裕が無かった気がする。
メイド達が比較的元気なことを考えると、咲夜が睡眠時間を削るなどして、うまくカバーしてきたのだろう。
主(スカーレット姉妹)達の世話と、館で働く多くのメイド達への指示、運営等をしながら、影で支えているのだ。
今、自分の前で楽しそうに話している2人の笑顔も、咲夜の努力の証なのかもしれない。
アリスの中で咲夜はレミリア達以外に対して少し冷たいイメージがあったので少し驚いたが、咲夜が持っている温かさを知ることが出来て嬉しかった。
「さぁ、今日はもうお風呂に入って寝ましょう?
アリスの寝る部屋は私達と同じよ。
明日は私とエルが服の製作と修理、アリスには清掃を担当してもらうね」
アリスは言われるまま食堂を後にして、静かに床に着いた。
魔理沙のことが心配ではあったけれど、フランドール相手とはいえ、魔理沙なら大丈夫だという安心感があったので、静かに眠った。
【2日目】
アリスの目の前には今、不思議な状況が出来上がっている。
清掃隊のリーダーから担当場所と清掃方法を教えてもらい、清掃隊の新人メイド(10人)と協力して窓や床の清掃を始めて30分。
アリスが上海達と協力して全体の5分の1を終わらせた頃、清掃隊のメイドが終わらせたのはわずか10分の1程度。
メイドの大半が新人とはいえ、このペースはおかしい。
アリスはじっとメイドの動きを見ていたが、理由はすぐにわかった。
数人で固まって同じ箇所を掃除しているので効率が悪すぎるのだ。
おまけに話をしながら楽しそうにやっている為、作業自体も遅い。
アリスはゆっくりと優しい声で清掃メイドたちに声をかけた。
「あの、もう少し分かれてやらない?
そうしたほうが早くできると思うの。
もしよかったら、私と人形達がやり方も教えるから」
メイド達は最初きょとんとしていたが、人形達(上海達)に興味があるらしくアリスの話を聞いてくれた。
アリスと上海達はできるだけ優しく丁寧に動き方、手順を教え、その結果先程に比べれば格段に早くなり、午前中に終わらせることが出来た。
午後はまた新しく割り振られた場所で清掃を行い、新人の清掃隊は午前中よりもさらに良く動けていた(実際は初めての部屋を担当し、嬉しくて動いていたのもあったが)。
アリスは早くに仕事が終わって驚きながら喜んでいるメイド達の横顔を見て、自然と温かい笑みを浮かべていた。
その日の夜、アリスは仕事を終えたエルとサイナと夕食を取りながら、咲夜について聞いてみた。
「メイド長ですか?
厳しいところもありますけど、優しい人ですよ。
お嬢様や妹様に対してはもちろんそうですけど、私達メイドに対しても優しいです」
「はは、エルはメイド長大好きだからな。
でもまぁ、確かに以前よりも優しくなったのかもしれないね。
意見を取り入れてくれることも多いし、私達を見る目が優しくなったと思う」
アリスは2人が笑顔で咲夜のことを話しているのを見て、改めて咲夜がメイド達から尊敬され、慕われているのだとわかった。
結局その日は寝るまで咲夜の話でもちきりだった。
【6日目 夜】
その日の仕事を終えたアリスは夕食後静かに部屋から抜け出し、メイド長である十六夜 咲夜と会っていた。
「あなたが呼び出すなんて珍しいわね、アリス。
話って何かしら?」
「メイド長、その前にお願いがあります。
今この時だけで構いませんから、対等にお話させて頂けませんか?」
アリスは真剣な表情で咲夜を見つめている。
「……いいわよ」
咲夜の同意にアリスは軽く目を閉じて軽く頭を下げ、ゆっくりと息を吐いた。
「ありがとう。話というのは別に難しいことじゃないわ。
咲夜、あなた新人を含めてメイドの教育には今、それほど関わっていないわよね?
どうして?」
「あなたに教育を任せた形になったことを言っているの?
確か清掃隊の件ではその後もうまくいっているとの報告を受けているわ。
何も全て私が直接指示しなくても良いでしょう?」
咲夜はアリスから視線を外した。
「そういうことを聞いているんじゃないわ。
私も短い時間だけれど紅魔館のメイドとして働いている仲間でしょう?
お願い……… キチンと答えて。
働いている最中、何度も目の前にいないはずのレミリアやあなた、美鈴達を感じることがあったの。
まるで足りないものを互いに補い合っているような、不思議な感覚……。
咲夜、あなたは紅魔館の未来(さき)に何を見ているの?」
咲夜はアリスに視線を戻して小さな声で答えた。
「………アリス、あなたはどう思うかしら?
あなたの目に、今の紅魔館はどう映っているの?」
「………正直、よくわからないわ。
けれど温かくて、懐かしい気がするの。
憶測だけれど、あなたがメイド達に……、この紅魔館という屋敷に住む者達に望んでいるのは、想いを重ねることなんじゃないかって思うのよ。
主に対して、仲間に対してもそうだけれど、優しさや思いやり、みんなそれぞれが幸せの形を求めながら、温かい想いが重なっている気がするの」
アリスは自分の感じたこと、考えていることを素直に気持ちを込めて話している。
「………新しく入ってきたメイド達にあなたがすぐにそれを伝えなかったのは、あなたが言って気付かせるのではなく、メイド達自身で感じて理解して欲しかったから?
そのための時間を作ってあげる為に、あなたは自分で負担を請け負ったんでしょう?」
「……………」
咲夜は何も答えない。
それが肯定なのかどうか、アリスには判断できなかったけれど、自分の気持ちだけは伝えておきたいと思って口を開いた。
「……あのね、私が言うのもおかしいのかもしれないけれど、言わせてくれるかしら?
ありがとう」
アリスは優しい笑顔でゆっくりと咲夜に向けて頭を下げた。
「………ねぇ、アリス。
私はね、お嬢様もフラン様も、パチュリー様も小悪魔も、美鈴もあの子(メイド)達もみんなが同じだと思うのよ。
生まれてきた種族だとか、立場とか力は違うけれど、みんながみんな同じものを求めているの。
それはね、さっきあなたが言ったもの、幸せよ。
どうすれば手に入れられるのかなんて、確かなことは分からないけれど、私達紅魔館に住む者達はみんなで幸せになろうとそれぞれの形で努力しているわ。
仲間を大切に想ったり、助けたりすることはこの屋敷では当たり前なの。
だからね、御礼なんていらないわ。
私は私のやることをやっただけだし、それはこれからも変わらないから」
「………そう。話してくれてありがとう」
アリスは咲夜から視線を外し、ゆっくりと後ろを向いた。
「アリス、1つ言い忘れたからそのまま聞いてくれる?」
「……なにかしら?」
「会いに来てくれてありがとう……。
嬉しかったわ」
「さく──────」
アリスが咲夜の方を見ると、咲夜の姿はもうそこにはなかった。
咲夜がアリスに御礼を言ったのは、アリスがメイドとして咲夜(メイド長)に会いに来たのではなく、
対等な1人の女の子として咲夜のやっていることに感謝を伝えるために会いに来てくれたからだ。
アリスの優しさが嬉しかったこと、アリスの想いが伝わったことの証として礼を言ったのだった。
【最終日】
アリスは着替えた後、1週間着たメイド服の上にそっと手のひらを乗せた。
こなした仕事はそれほど多くはなかったけれど、一緒に仕事をしたメイド達は皆とても明るくて、思い出して自然と笑ってしまう。
アリスは服の修繕についてはもちろん、防寒具としてセーターやマフラー等も作って多くのメイド達に感謝されていた。
現在のメイド服の損傷率の高さは魔理沙の図書館襲撃によるところが多かったため、アリスは最優先で修繕し、たまたま1人で歩いていた魔理沙に飛び蹴りをお見舞いし、服の大切さについて30分ほど語ったのだった。
なお、エルやサイナには特に強い術式を組み込んだ特別製をプレゼントしたところ、2人から作り方を教えるためにまた来ることを約束させられてしまった。
押しに弱いアリスはその後たびたび図書館帰りに2人の元を訪れ、3人で仲良くメイド服を縫う姿が目撃されるようになった。
しばらく後、紅魔館の看板ともいえるメイド服が一新されることになる。
強度が増し、手の込んだかわいらしいデザインの新タイプの裏地には、小さい人形が優しく微笑んでいた。
アリスはゆっくりと手を離し、当初の目的であった本を借りるため図書館に入ると、そこにはすでに魔理沙とフラン、レミリア、咲夜、パチュリーと小悪魔がそろっていた。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?
………って、魔理沙はなんでそんなに疲れた顔しているの?」
「あー、昨夜は徹夜でフランの相手をしていたからな。さすがに疲れたぜ」
「だって魔理沙は今日帰っちゃうんだから、少しでも一緒にいようと思って………。
ねぇ、また遊びに来てよ。
魔理沙だって、時間作れないほど忙しいわけじゃないんでしょ?」
「まあな、確かにそうだ。
いつとは約束できないが、また必ず来るぜ」
魔理沙はフランと握手しながら笑顔で言うと、フランはチラリとアリスを見た。
アリスはフランに苦笑で返す。
どうもフランは独占欲が強いらしく、アリスに対してキツイ。
個人的に嫌われているというよりも、魔理沙を自分がとってしまうと考えているのかもしれない。
魔理沙とフランは一週間ほとんど一緒に過ごしていたらしい。
フランは言葉遣いこそやや幼いけれど、考え方や人を見る目は(見た目に反して)かなり大人びている。
感情や能力のコントロールについてもできているようで、魔理沙と一緒にいる際も全く問題なかったらしい(館内を自由に歩き回れるようになってからそれほど時間が経っていないのにこれはすごいことだ)。
500年近く閉じ込められていたフランにとって、新しい世界を教えてくれた魔理沙はどう映っているのだろう?
「魔理沙~~」
手を掴みながら嬉しそうにフランは魔理沙を見つめている。
………少なくても、魔理沙のことを気に入っていることだけは間違いない。
アリスとしては何となく通じるものがあるのか、仲良くなれたらと視線を送るのだが、フランは魔理沙から視線を外さない。
この2人が自然と会話できるようになるのはまだ少し先のことだ。
結局アリスと魔理沙が紅魔館を出たのは昼過ぎで、疲れと寝不足でふらふらの魔理沙は真っ先に家に帰ってしまった。
アリスは途中紅魔館のほうを振り返りしばらく見つめた後、ゆっくりと家に帰っていった。
咲夜は館の窓から魔法の森の方を眺め、やわらかい笑顔で静かに仕事に戻っていった。
独立しているので読まなくても大丈夫です。
それと、紅魔館のメイドさんで名前つきの人(オリキャラ)が出てきますで、苦手な方はご注意下さい。
紅魔館。
スカーレット姉妹を始めとして十六夜 咲夜、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、紅美鈴など多くの人妖が住む幻想郷の中でも屈指の豪邸。
訪れる者は少なく、中の住人が問題を起こさない限りは比較的平和なお屋敷である。
ここにやってくる者達はいろいろと問題が多い(話を聞かず主張を押し付けてきたり、正論を言うと弾幕で黙らせたりする)が、館内の住民も同じなので働いているメイド達はそういうものだと受け入れている。
門番隊が弾幕で吹き飛ばされる光景にも慣れていた。
「ねぇ、魔理沙。
ちょっとひどくない?」
「気にするな。
いつものことだぜ」
アリスと魔理沙は弾幕で門番隊(美鈴含む)を吹き飛ばすと館に入っていく。
向かうのはパチュリーのいる図書館だ。
「おーい、パチュリー。
本借りに来たぜ。
………っていないのか?
珍しいな。じゃあ勝手にもってくぜ」
「待って、魔理沙。
パチュリーだけじゃなくて小悪魔もいないわ。
ここにあの2人がいなかったことなんて初めてよ。
それに来るときのメイドの数も少なかった気がするし……」
「気にし過ぎだろ。
今日は借り放題だぜ」
「魔理沙はいつも好きなだけ借りてるでしょ?」
「いや、これでも遠慮しているつもりなんだぜ?
家に入る本の量にも限界があるからな」
「いや、それ遠慮って言わないから」
魔理沙は本棚から興味を持てそうな本をかたっぱしから持ってきた袋に詰める。
アリスはその様子にため息をつくと、自分は自分で本を探し始めた。
そのときになってようやくパチュリーが戻ってきた。
「ちょっと、貴方達なにしているのよ?
本は渡さないわよ」
「何、借りるだけだぜ。心配するなよ」
「あなたそう言って返したこと無いじゃない。
それに今のあなたには無理ね」
「何言って────」
パチュリーは小さな声で魔法を使うと魔理沙の持っていた本からロープが出て魔理沙を縛った。
「ふふ、あなたの持って行きそうな本にちょっとした仕掛けをしていたのよ。
諦めなさい、特別性だから何もできないわ」
魔理沙は縄でぐるぐる巻きにされていて、動けそうに無い。
口にはなぜか白い布があてられしゃべることもできなさそうだ。
苦しくはないようだが、見ていて少し痛々しい。
見かねてアリスが口を開く。
「ねぇ、パチュリー。
確かに本を返さなかったのは魔理沙が悪いけど、話ぐらい聞いてあげても良いんじゃない?」
「アリス、あなた魔理沙が今までどのくらいの本を持って行ったか知っている?」
「え? 知らないけど………
100冊くらい?」
「違うわ。今魔理沙が持っている袋の中にある本も含めると1000冊以上。
1度に50冊以上持っていかれた時もあったからね」
「…………」
さすがにアリスも声が出なかった。度々本を奪っていたのは知っていたが、いくらなんでもそんなに大量だとは知らなかった。
「もう我慢の限界。魔理沙には本を返してもらうのは当然として、罰も受けてもらうわ」
「罰?」
「そうよ。一週間の間、紅魔館で働いてもらうわ」
アリスは不思議に思った。
紅魔館で働くということはメイドとして働くということだろう。
しかし魔理沙は掃除など大の苦手で足を引っ張るだけだ。
縄で縛られている魔理沙も不思議そうに見つめている。
「仕事内容は魔理沙にぴったりのものを用意したわ。
安心して。簡単よ。
遊び相手をするだけ」
「それって」
「そう。フランドール・スカーレット。レミィの妹よ」
アリスは魔理沙に同情した。一週間も一緒にいて無事でいられるだろうか?
魔理沙はパチュリーが呼んだメイドに縛られたまま連れて行かれた。
「さて、次はあなたよ。
アリス・マーガトロイド」
「え、あたし?」
「そうよ。あなたはさっき誰もいない図書館で本を持っていこうとした。
これって魔理沙と一緒じゃないかしら?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。
確かに本を持っていたけど、無断で借りるつもりじゃなかったわ。
それに私は借りたら必ず返してきたじゃない」
「そうね。あなたは今までちゃんと本を返してきたし、私の許可無しに持っていくこともなかったわ。
でもね、私(主)のいないところで本を勝手に見繕っていたことには変わりないわ」
「それは…… そうだけど」
アリスは暗い表情で顔をそむけた。
魔法使いや魔女にとって魔導書はとても大切なものであり、その多くが一点ものであるため扱いには最大限注意を払っている。
パチュリーが本をアリスに貸しているのはアリスを人物的にも魔法使いとしても信用しているからで、今回のことはその信用に反した形になってしまった。
パチュリーもアリスが本を持っていったとしても必ず返しに来ることはわかっていたが、それでもアリスに大切にしているものだと改めて知っておいて欲しかった。
そして、このあとのお楽しみのために。
「そんなに警戒しないでも貸し出し禁止にはしないわ。
ただ、条件があるの」
「……なに?」
「あなたも魔理沙と一緒に紅魔館で働いて欲しいのよ。
期間も同じ一週間。
一般のメイドと同じ扱いだから心配する必要は無いわ。
細かい仕事内容は咲夜に聞いてね」
「そうね、館内の清掃と裁縫が主な仕事よ。
清掃は敷地が広いからがんばってもらうことになるわ」
「咲夜。あなたいつから……。
そう、そういうことか………」
アリスは自分達が引っかかったことに気付いた。
迎撃のメイドが少なかったのも、パチュリー達が部屋にいなかったのも罠で、魔理沙と私は餌(本)につられたというわけだ。
もっとも狙いは魔理沙で私はおまけだろう。
最近フランドール・スカーレットが屋敷内なら地下から出歩くことをレミリアに許可されたと聞いた(幽々子情報)。
その遊び相手としてうってつけの魔理沙を、おまけに単純な労働力として私を必要としたのだろう。
私なら上海や蓬莱達を使えば簡単な単純作業なら人の何倍も働けるし、今はもう冬だから衣服の細かい修理や新しい防寒具を作るためにも裁縫が出来る私がいれば便利だろう。
魔理沙はともかく私は大変な仕事ではないし、やってみればそれなりに楽しいかもしれない。
アリスは咲夜に視線を向けるとさわやかな笑顔で答えた。
「わかったわ。一週間、メイドとしてお世話になるわね。
やったことがないからそんなに手際よく仕事できないかもしれないけど、がんばるわ」
「そう。じゃあ服を着替えてきて。
仕事はさっきも言ったけれど主に清掃と裁縫ね。
細かいことは隊のリーダーの指示に従って頂戴。
それとメイドとして働く以上私のことはメイド長と呼ぶように。
当然敬語よ、わかったわね」
「わかりました、メイド長」
咲夜は軽く頷くと、メイドを呼ぶ。
すると小柄なメイドが少し慌ててやってきた。
「エル、今日からあなたと仕事をしてもらうことになるアリスよ。
着替えを渡して、サイナのところにつれていってあげて」
「はい、わかりましたメイド長。
アリスさん、こちらになります」
アリスはエルに連れられ出て行った。
咲夜は2人が出て行ったことを確認するとゆっくりと息を吐いた。
「ありがとうございました、パチュリー様」
咲夜は笑顔でパチュリーに礼を言った。
そもそも今回のことは咲夜が言い出したことで、どちらかというと魔理沙よりもアリスを重要視していた。
このところ紅魔館では館内の清掃など十分に手が行き届いていない。
少し前にメイドが一気に辞めたからだ。
妖精というのは仲間意識が強く、何人かまとめて入ったりも辞めたりするのだが、今回は20人もまとめて辞めてしまった。
幸い新しいメイド達はすぐに集まったのだが、新人の妖精メイドというのは仕事を覚えるのに時間が掛かる。
簡単な掃除を任せてもモップで遊び始めたり、バケツをひっくり返したり、綺麗にしているのか汚しているのか分からなくなる時さえある。
咲夜は自分の睡眠時間等を削り、手の足りていない一般メイドの仕事を補佐したが、それでも限界はある。
おまけに主の妹であるフランドール・スカーレットが地下から館内に出て来られるようになった為、そのお世話もしなければならず、最近の咲夜は体力の限界に近かった。
咲夜はここに来てメイドがある程度育つまで外部からの協力を頼むことにした。
もちろん人手不足なので手伝って下さい等とお願いするわけにはいかない。
こちらが強気に出られる相手で、しかも時間が空いていて役に立つ奴と考えると、思い浮かぶのは魔理沙とアリスの2人だけだ。
特にアリスは人形を使ってかなりの量の仕事を任せられるだろうし、簡単な掃除だけではなく、裁縫も出来るはずなので期待できる。
2人ともパチュリーから本を借りているから、うまく罠に嵌めてやれば大丈夫だろう。
咲夜はレミリアにお願いし、パチュリーに協力してもらい無事目的を果たすことができたのだった。交換条件として予算の一部を図書館に回すことになったが、それぐらいは全く問題ないことだった。
「レミィによろしく言っておいて」
パチュリーはそうしてすぐいつも通りに席につき本を読み始めた。
「畏まりました、パチュリー様」
咲夜は一礼すると静かに図書館を後にした。
【1日目】
アリスは服を着替えた後、エルに裁縫隊のリーダー、サイナのいる衣装室へと案内された。
案内を終えるとエルはすぐに別の仕事に行ってしまったので、アリスは1人で部屋に入った。
「はじめまして、サイナといいます。裁縫隊のリーダーでもあるので、わからないことがあれば何でも聞いて下さいね」
「ありがとうございます。私はアリスといいます。メイドというのは初めてなので、いろいろとご迷惑をかけることになると思いますけれど、宜しくお願いします」
「あ、そんなに丁寧にしないでいいですよ。私達もメイド長に対しては敬語ですけど、他はみんな楽に話していますから。
リーダーだからと気にせず、サイナと呼んで下さい」
「え、でも……」
「実を言うと、私もそのほうが楽なんですよ。
そのかわり、私もアリスって呼びますから。いいですか?」
「…ええ、もちろん。よろしくね、サイナ」
「はい、こちらこそ」
サイナとアリスはお互い笑顔で挨拶を済ますと、仕事内容を簡単にサイナがアリスに話す。
「それじゃあ、今日の仕事の説明をします。
この部屋は破れて使えなくなった衣類も仕舞っているのだけれど、アリスにはこれの修理をお願いします」
サイナは大きな棚の前まで進むと、手のひらでそっと棚をなでる。
「修理用の針や布などの道具と、見本として予備の服も入っていますからそれを参考にして下さい。
メイド長が裁縫を任せるということは技術的な面で教えなくても平気なのだと思うのですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫だと思います」
「そうですか。助かります。
私は別に仕事があるのでお一人でお任せることになってしまうのだけど、よろしくお願いしますね。
3時間ぐらいしたら戻りますから」
サイナはそう言うと、アリスに笑顔で軽く手を振って出て行った。
その後アリスは部屋の中でも一際大きい棚を開けてみると、破れたりほつれてしまっている衣類が山積みされていて、今にも崩れそうだった。
サイナが棚を空けなかった理由がわかった。
これでは下手に空けると服に埋もれてしまう。
アリスはその山を見上げると軽く息を吐いて、苦笑いを浮かべながらその中の何枚かと道具を持って、テーブルの上で作業を開始した。
~4時間後~
「ごめんなさい、遅くなっちゃった。
疲れたでしょう?
もう夕食の時間だからご飯を食べに行きましょう」
サイナは衣装室の扉を開けると、アリスが真剣に作業を続けていてくれたことに申し訳なく思いながら声をかけた。
「え、サイナ?
そっか……、もうそんな時間なんだ。
集中していて時間のたつのを忘れていたわ」
アリスはサイナに気づくと、ちょうど今直ったばかりの服をハンガーに掛けて、隣の空いている棚に仕舞った。
それを後ろから見ていたサイナは驚き思わず声を上げてしまった。
「え? どうしたの、その服。
もしかして今の時間で直したの?
これ全部?」
「う、うん。そうよ。
構造は思ったよりもシンプルだったし集中してやれたから。
さすがにまだ4分の1も終わっていないけど」
アリスはサイナの声に圧されながら、ゆっくりと言葉を返した。
「何言っているのよ、あなたが直してくれた服だけでも10着近くあるじゃない。
すごいわ、本当にすごい。
ありがとうね、アリス」
サイナはアリスの想像以上の仕事の速さに喜んだ。
ここのところ修理しなければならない服がどんどん溜まってしまっていたので悩んでいたのだ。
まだ40着以上ある服の山もなんとかなる気がする。
サイナはご機嫌でアリスを食堂へ案内し、途中で合流したエルと3人で食事を始めた。
「え? じゃあ、今いる裁縫隊メイドってエルとサイナの2人だけなの?」
「ええ。ほんのちょっと前に、当時の裁縫隊のリーダーが辞めてしまってね。
その時に6人いた裁縫隊のうち4人、つまり私とエル以外の全員がその時を区切りに辞めてしまったのよ」
「それとですね、リーダーは清掃隊と料理隊の人達とすごく仲が良かったのですよ。
だいたい新人さんは特別な力とか特技を持っていない限り、清掃隊か料理隊からスタートするのですけど、やっぱり最初はすぐに服を駄目にしてしまうんです。
で、そうなると私達の出番なのですが、やっぱり新人さんからするとあまり言い出しにくいのですよ、新しいのを下さいとか、直して下さいとか。
私も新人のときそうでしたから……。
リーダーは清掃隊や料理隊のベテランの人から聞いたり自分で見たりしながら、そろそろ新しいのが必要そうだとか、こいつはおっちょこちょいだから余分にもう一着必要だろうとか判断して渡してくれていたんですよ」
「そうそう。私も貰ったことあったわね、メイド服。
汚しちゃって、いくら洗濯しても落ちなくて。
『ほら、新しいやつだよ。今日からこれ使いな。その服はあなたのがんばった証だね』って、笑って服をくれたんだ。
嬉しかったな、あの時は」
「だから、リーダーが辞めるときに清掃隊と料理隊の人もけっこうな人数が一緒に辞めてしまったのですよ。
料理隊はメニューをカレーとか手の掛からないものに変えて、新人さんにゆっくり教えているのですが、清掃隊のほうは新人さんが一気に増えたせいで手が回らなくなってしまっているのです」
「それで、本来は裁縫隊の私やエルが清掃隊のヘルプに行ったりしてるのよ」
アリスはここまで聞いて今の紅魔館の状況をおおまかに把握することが出来た。
どうやら自分が思っていたよりも深刻な人手不足のようだ。
顔には出さなかったが、今思えば咲夜はあの時いつもと違って立ち居振る舞いに余裕が無かった気がする。
メイド達が比較的元気なことを考えると、咲夜が睡眠時間を削るなどして、うまくカバーしてきたのだろう。
主(スカーレット姉妹)達の世話と、館で働く多くのメイド達への指示、運営等をしながら、影で支えているのだ。
今、自分の前で楽しそうに話している2人の笑顔も、咲夜の努力の証なのかもしれない。
アリスの中で咲夜はレミリア達以外に対して少し冷たいイメージがあったので少し驚いたが、咲夜が持っている温かさを知ることが出来て嬉しかった。
「さぁ、今日はもうお風呂に入って寝ましょう?
アリスの寝る部屋は私達と同じよ。
明日は私とエルが服の製作と修理、アリスには清掃を担当してもらうね」
アリスは言われるまま食堂を後にして、静かに床に着いた。
魔理沙のことが心配ではあったけれど、フランドール相手とはいえ、魔理沙なら大丈夫だという安心感があったので、静かに眠った。
【2日目】
アリスの目の前には今、不思議な状況が出来上がっている。
清掃隊のリーダーから担当場所と清掃方法を教えてもらい、清掃隊の新人メイド(10人)と協力して窓や床の清掃を始めて30分。
アリスが上海達と協力して全体の5分の1を終わらせた頃、清掃隊のメイドが終わらせたのはわずか10分の1程度。
メイドの大半が新人とはいえ、このペースはおかしい。
アリスはじっとメイドの動きを見ていたが、理由はすぐにわかった。
数人で固まって同じ箇所を掃除しているので効率が悪すぎるのだ。
おまけに話をしながら楽しそうにやっている為、作業自体も遅い。
アリスはゆっくりと優しい声で清掃メイドたちに声をかけた。
「あの、もう少し分かれてやらない?
そうしたほうが早くできると思うの。
もしよかったら、私と人形達がやり方も教えるから」
メイド達は最初きょとんとしていたが、人形達(上海達)に興味があるらしくアリスの話を聞いてくれた。
アリスと上海達はできるだけ優しく丁寧に動き方、手順を教え、その結果先程に比べれば格段に早くなり、午前中に終わらせることが出来た。
午後はまた新しく割り振られた場所で清掃を行い、新人の清掃隊は午前中よりもさらに良く動けていた(実際は初めての部屋を担当し、嬉しくて動いていたのもあったが)。
アリスは早くに仕事が終わって驚きながら喜んでいるメイド達の横顔を見て、自然と温かい笑みを浮かべていた。
その日の夜、アリスは仕事を終えたエルとサイナと夕食を取りながら、咲夜について聞いてみた。
「メイド長ですか?
厳しいところもありますけど、優しい人ですよ。
お嬢様や妹様に対してはもちろんそうですけど、私達メイドに対しても優しいです」
「はは、エルはメイド長大好きだからな。
でもまぁ、確かに以前よりも優しくなったのかもしれないね。
意見を取り入れてくれることも多いし、私達を見る目が優しくなったと思う」
アリスは2人が笑顔で咲夜のことを話しているのを見て、改めて咲夜がメイド達から尊敬され、慕われているのだとわかった。
結局その日は寝るまで咲夜の話でもちきりだった。
【6日目 夜】
その日の仕事を終えたアリスは夕食後静かに部屋から抜け出し、メイド長である十六夜 咲夜と会っていた。
「あなたが呼び出すなんて珍しいわね、アリス。
話って何かしら?」
「メイド長、その前にお願いがあります。
今この時だけで構いませんから、対等にお話させて頂けませんか?」
アリスは真剣な表情で咲夜を見つめている。
「……いいわよ」
咲夜の同意にアリスは軽く目を閉じて軽く頭を下げ、ゆっくりと息を吐いた。
「ありがとう。話というのは別に難しいことじゃないわ。
咲夜、あなた新人を含めてメイドの教育には今、それほど関わっていないわよね?
どうして?」
「あなたに教育を任せた形になったことを言っているの?
確か清掃隊の件ではその後もうまくいっているとの報告を受けているわ。
何も全て私が直接指示しなくても良いでしょう?」
咲夜はアリスから視線を外した。
「そういうことを聞いているんじゃないわ。
私も短い時間だけれど紅魔館のメイドとして働いている仲間でしょう?
お願い……… キチンと答えて。
働いている最中、何度も目の前にいないはずのレミリアやあなた、美鈴達を感じることがあったの。
まるで足りないものを互いに補い合っているような、不思議な感覚……。
咲夜、あなたは紅魔館の未来(さき)に何を見ているの?」
咲夜はアリスに視線を戻して小さな声で答えた。
「………アリス、あなたはどう思うかしら?
あなたの目に、今の紅魔館はどう映っているの?」
「………正直、よくわからないわ。
けれど温かくて、懐かしい気がするの。
憶測だけれど、あなたがメイド達に……、この紅魔館という屋敷に住む者達に望んでいるのは、想いを重ねることなんじゃないかって思うのよ。
主に対して、仲間に対してもそうだけれど、優しさや思いやり、みんなそれぞれが幸せの形を求めながら、温かい想いが重なっている気がするの」
アリスは自分の感じたこと、考えていることを素直に気持ちを込めて話している。
「………新しく入ってきたメイド達にあなたがすぐにそれを伝えなかったのは、あなたが言って気付かせるのではなく、メイド達自身で感じて理解して欲しかったから?
そのための時間を作ってあげる為に、あなたは自分で負担を請け負ったんでしょう?」
「……………」
咲夜は何も答えない。
それが肯定なのかどうか、アリスには判断できなかったけれど、自分の気持ちだけは伝えておきたいと思って口を開いた。
「……あのね、私が言うのもおかしいのかもしれないけれど、言わせてくれるかしら?
ありがとう」
アリスは優しい笑顔でゆっくりと咲夜に向けて頭を下げた。
「………ねぇ、アリス。
私はね、お嬢様もフラン様も、パチュリー様も小悪魔も、美鈴もあの子(メイド)達もみんなが同じだと思うのよ。
生まれてきた種族だとか、立場とか力は違うけれど、みんながみんな同じものを求めているの。
それはね、さっきあなたが言ったもの、幸せよ。
どうすれば手に入れられるのかなんて、確かなことは分からないけれど、私達紅魔館に住む者達はみんなで幸せになろうとそれぞれの形で努力しているわ。
仲間を大切に想ったり、助けたりすることはこの屋敷では当たり前なの。
だからね、御礼なんていらないわ。
私は私のやることをやっただけだし、それはこれからも変わらないから」
「………そう。話してくれてありがとう」
アリスは咲夜から視線を外し、ゆっくりと後ろを向いた。
「アリス、1つ言い忘れたからそのまま聞いてくれる?」
「……なにかしら?」
「会いに来てくれてありがとう……。
嬉しかったわ」
「さく──────」
アリスが咲夜の方を見ると、咲夜の姿はもうそこにはなかった。
咲夜がアリスに御礼を言ったのは、アリスがメイドとして咲夜(メイド長)に会いに来たのではなく、
対等な1人の女の子として咲夜のやっていることに感謝を伝えるために会いに来てくれたからだ。
アリスの優しさが嬉しかったこと、アリスの想いが伝わったことの証として礼を言ったのだった。
【最終日】
アリスは着替えた後、1週間着たメイド服の上にそっと手のひらを乗せた。
こなした仕事はそれほど多くはなかったけれど、一緒に仕事をしたメイド達は皆とても明るくて、思い出して自然と笑ってしまう。
アリスは服の修繕についてはもちろん、防寒具としてセーターやマフラー等も作って多くのメイド達に感謝されていた。
現在のメイド服の損傷率の高さは魔理沙の図書館襲撃によるところが多かったため、アリスは最優先で修繕し、たまたま1人で歩いていた魔理沙に飛び蹴りをお見舞いし、服の大切さについて30分ほど語ったのだった。
なお、エルやサイナには特に強い術式を組み込んだ特別製をプレゼントしたところ、2人から作り方を教えるためにまた来ることを約束させられてしまった。
押しに弱いアリスはその後たびたび図書館帰りに2人の元を訪れ、3人で仲良くメイド服を縫う姿が目撃されるようになった。
しばらく後、紅魔館の看板ともいえるメイド服が一新されることになる。
強度が増し、手の込んだかわいらしいデザインの新タイプの裏地には、小さい人形が優しく微笑んでいた。
アリスはゆっくりと手を離し、当初の目的であった本を借りるため図書館に入ると、そこにはすでに魔理沙とフラン、レミリア、咲夜、パチュリーと小悪魔がそろっていた。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?
………って、魔理沙はなんでそんなに疲れた顔しているの?」
「あー、昨夜は徹夜でフランの相手をしていたからな。さすがに疲れたぜ」
「だって魔理沙は今日帰っちゃうんだから、少しでも一緒にいようと思って………。
ねぇ、また遊びに来てよ。
魔理沙だって、時間作れないほど忙しいわけじゃないんでしょ?」
「まあな、確かにそうだ。
いつとは約束できないが、また必ず来るぜ」
魔理沙はフランと握手しながら笑顔で言うと、フランはチラリとアリスを見た。
アリスはフランに苦笑で返す。
どうもフランは独占欲が強いらしく、アリスに対してキツイ。
個人的に嫌われているというよりも、魔理沙を自分がとってしまうと考えているのかもしれない。
魔理沙とフランは一週間ほとんど一緒に過ごしていたらしい。
フランは言葉遣いこそやや幼いけれど、考え方や人を見る目は(見た目に反して)かなり大人びている。
感情や能力のコントロールについてもできているようで、魔理沙と一緒にいる際も全く問題なかったらしい(館内を自由に歩き回れるようになってからそれほど時間が経っていないのにこれはすごいことだ)。
500年近く閉じ込められていたフランにとって、新しい世界を教えてくれた魔理沙はどう映っているのだろう?
「魔理沙~~」
手を掴みながら嬉しそうにフランは魔理沙を見つめている。
………少なくても、魔理沙のことを気に入っていることだけは間違いない。
アリスとしては何となく通じるものがあるのか、仲良くなれたらと視線を送るのだが、フランは魔理沙から視線を外さない。
この2人が自然と会話できるようになるのはまだ少し先のことだ。
結局アリスと魔理沙が紅魔館を出たのは昼過ぎで、疲れと寝不足でふらふらの魔理沙は真っ先に家に帰ってしまった。
アリスは途中紅魔館のほうを振り返りしばらく見つめた後、ゆっくりと家に帰っていった。
咲夜は館の窓から魔法の森の方を眺め、やわらかい笑顔で静かに仕事に戻っていった。
欲を言えば、二人の雰囲気をもっと見たかったので、ちょっと短かったかな?
フランとの和解の話が続くなら、是非読んでみたいと思いました。
所でアリス、あんた前にメイドやってなかったっけ?
ほら魅魔様のところで(それは黒歴史
咲夜との絡みがもっと見たかった!
設定が丁寧なのも物語に厚みを加えていて楽しかったです。