※第一話は作品集35に、第二話は作品集37に、第三話は作品集38に、第四話は作品集40にあります。
見たことがないようなでこぼこした不思議な木々が、うにょうにょと枝を伸ばして葉っぱの傘を作ります。それはとても分厚くて、雨が降っても日差しが降っても関係なさそうに空を塞いでいます。
所々に見えている不思議なお花は、やたら肉厚な花びらでこちらを見ているみたいです。なぜか背中を一筋の冷や汗が流れていきました。食妖植物なんかじゃありませんよね…ね?
「はぁ…」
私はため息をついて空を見上げ…ようとして、空が見えないのに気がついて諦めました。
永琳さんの所でお薬を頂き、魔理沙さんへとそれを届けた後、私は残る依頼を果たすべく、道無き道をアリスさんの家へと向かっていました。依頼の内容は、上海人形さんのお友達になることです…依頼書の内容としては。
背中には、魔理沙さんに返して頂いた本がぎゅむっと詰まった袋があります。重たいです。でも、これでパチュリーさんが笑顔になってくれるのなら、それだけの価値はあるのです。
無表情なパチュリーさん…そんな彼女が笑った所を、見てみたいなぁって思うんです。
ところが、魔理沙さんの家を出てからわずか十数分、もはや私の周囲には木しか見えなくて、前途には暗雲ならぬ暗緑が漂ってきました。
そして、そんな暗い暗い森の中からは、不気味な気配を感じます。そう、まるで貧困という病に取り憑かれた時の霊夢さんのような…虎視眈々と『食べ物』を見る視線です。背中の冷や汗が三筋ばかり増えました。
この森には、困窮巫女さんがそんなに大勢いるのでしょうか?困りました、もうケーキはありません。今度捕まったら、私は羽根はおろか髪の毛一本まで食べられてしまうでしょう。冷や汗が滝のように流れていきました。
もしそんな死に方をしてしまったら、死体がないので、きっとチルノちゃんや大ガマさんは、いつまでも帰りを待ってくれている事でしょう。挙げ句、私を捜すためにこんな危ない所へと来ることになってしまったら、本当に困るのです。
そう、魔理沙さんからも、この森は危険だというのは聞いていたのです。
近づいただけでこっちを向いて種を打ち込んでくる指向性妖怪花とか、普段は地面に隠れていて、踏まれると飛び上がって胞子をまき散らす飛び上がりキノコとか、あと、闇の中から突然『マンザイっ!!』と叫んで斬りかかってくるお人形さんや、気がつくと背後でコサックダンスを踊っているというお人形さんがいるそうなのです。
あとは、丑三つ時に『欲しい~欲しいよ~何で出来ないの~』という不気味な声と、何かを木々に打ち付ける音がするという噂もあります。そして、うっかりそれを見てしまった者は、魔女の棲まう館へと連れ込まれ、怪しげな食べ物を大量に食べさせられた挙げ句に正気を無くしてしまうそうなのです。そんな魔女の棲む館に連れ込まれるなんて嫌です、なんとかアリスさんの家に早く着けるように急ぎましょう。
ともかく、そんな恐ろしい噂が絶えない森…それがこの魔法の森です。
想像すると、ますます怖くなってきました。今度は冷や汗すらなくなり、背筋がぞっとするばかりになってしまいました…でも、私は、半分泣きそうになりながらも先を目指します。
そう、私には、上海人形さん(しつこいようですが差出人は…)のお友達になるという大事な使命があるのですから!私は歩きます。そう、困っている人がいるのなら…一枚の依頼書があるのなら、私は行かなきゃ駄目なんです。
それに、暗い森は確かに怖いのですが、考えてみると、多分チルノちゃんと一緒に一日を過ごすよりは安全なのだと思います。
なぜなら、危ないとわかっていればそれから逃げることができるんです。火の中に、火薬を背負って左右に構わず突進するなんてことはしないでもいいのですから。
さて、そして、キノコにつまずいたり、変な花に追っかけられたりしながらどうにか歩いてきた私だったのですが、あるものを見つけた時、ついに足を止めてしまいました。
『汝停止せよ!しからざれば切腹す』
「えっと…」
ごしごしと目をこすり、私は目の前の光景を確認します。
『汝停止せよ!しからざれば切腹す』
ダメです、消えません。視界を埋め尽くす森の木々も、所々から生えている色とりどりでお料理に使えそうにもないきのこも、枝に止まっている不思議な鳥も…あ、飛び立ちました、視界から消えます。あはは…よかった、やっぱり気のせいでした…
「って違います違います!」
思わず現実逃避をしてしまいました。こういうのはいけませんね、ちゃんと現実を見据えなければなりません。そう、例えそれがどんなに不思議な光景であっても…
具体的に言うと、目の前の木立に『汝停止せよ!しからざれば切腹す』などという看板を持ったお人形さんがいたりしても、です。
…さすがは魔法の森です、不思議な事がよく起きるんですね。
さて、でも考え事は後です。ひとまず、目の前のお人形さんについて考えましょう。
お人形さんが持っているのは、小さな身体に不釣り合いなほど大きな看板です。よく見ると、なにやら危なそうな刃物も持っています、ちょっと危険な気がします。
この周辺にあるのは、これから向かうアリスさんのお家だけだったはずなので、たぶんアリスさんのものでしょう。
でも、問題はそこではありません。
何度目をこすっても消えない『汝停止せよ!しからざれば切腹す』の看板です。
止まらなければ切腹するというのは一体何なのでしょう?切腹とは、外人さんに恐怖を与えるのには最も効果的な自殺の方法だと、大ガマさんが言っていました。別名ハラキリとも言うそうです。
もしかして、この看板もその為の脅しなのでしょうか?
それにしても、外人さんという方はどういう方なのか知りませんが、目の前で自殺されてしまっては確かに一生それを後悔して生きていかなければならないでしょう。自分が死んで、相手にも心の傷を残すなんていけません、なんとかしてあげないと…
でも、一方で、自殺したいと言える方は、心のどこかで、誰かにそれを止めて欲しいと願っているというお話も聞いています。
とすると、これは大変です。
アリスさんは、このお人形さんを通じて、私に助けを求めているということじゃないですか!?
自分の悠長な思考を今更ながら後悔です。
これは手遅れにならない内にアリスさんを止めなければなりません。
考えてみたら、魔理沙さんは、頭の脇で手をくるくるとしながら、アリスさんの事を「あいつはビョーキなんだよ、重度の無友病なんだ。まだ若いのに可哀想に…」なんて言っていました。むゆーびょうというのは何なのか聞いた事がないのですが、深刻なものなのでしょうか?
もしかすると、アリスさんは不治の病にかかって人生を悲観しているのかもしれません。
あのお人形さんは、アリスさんが誰かへ宛てた、無意識の助けなのでしょう。
私はぎゅっと手を握りしめます。
これはいよいよもって急がなければなりません。大丈夫、永遠亭を出るとき、永琳さんが「私は天才だからどんな病気でも治せるわ。もし身体が治せなくても直すから大丈夫、脳さえ無事なら残りはどうにかできるから。最悪蓬莱の…こほこほ、ともかく、何かあったらすぐにうちに来なさい」と言っていました。
なぜトンカチを持って言うのかはわかりませんし、そもそも最初の一文がチルノちゃんみたいでちょっとだけ不安だったりするのですが、でも、もし連れて行けばアリスさんの病気も治して頂けるでしょう。
「待っていて下さいアリスさん、すぐに行きますから…」
呟いて、私は歩き出します。
でも、その時でした。
「くっ!任務に失敗したからには、腹を切ってお詫びせねば!」
「ええっ!?」
お人形さんが突然叫ぶやいなや、細い刃物をおなかに突き立てあわわわわっ!?
「申し訳ないアリス殿、この道守りきる事ができませなんだ…」
聞き取れないような声で膝をつく…なぜ空中でそんなことができるのかは不安ですが…お人形さんのおなかからは、綿がはみ出しています。これが俗に言うはらわたがはみだしている状況なのでしょうか?
「ってそういうことを言っている場合じゃありません!」
ひとまず、パニックのあまり妙な事を考え出した自分の頭を叩いて、思考を元に戻します。目の前のお人形さんは、そのままぶしどーが云々だの、やまとだましいここにありだの言っています。何のことやらさっぱりわかりませんが、ひとまずしゃべる位の元気はあるみたいです。
早く説得して、助けてあげないと…
「大丈夫ですか!?すぐに直しますからっ!」
「武士の情けだっ!頼む死なせてくれっ!!」
「そのまま死なせてあげたらいいと思うんですが」
「ダメです!死んだら何にもできませんよっ!」
「死ぬことに意義があるんだっ!あんな根暗な主人の下でこの先過ごすより、潔く散らせてくれっ!!桜のように綺麗に散りたいんだっ!!」
「そうそう、気持ちは分かるんですがね。ホントなんで私みたいな容姿秀麗頭脳明晰、おしとやかで優しいと評判の高級人形があんなのに使われてるんだか…」
「人のことを悪く言っちゃダメですよ!きっと誤解です、私がついていってあげますから、ほら落ち着いて話し合いましょう、まずはほら、えっと刃物をおなかに詰め込んで、危ないはらわたは放り出して下さい!!」
「何か間違えていませんか?まぁ私は別にいいのですが…」
「わ、わかった、それならば異存はない。まずはもっと深く腹をかっさばき、しかるのちにはらわたを…」
「あわわわ…」
「で、どうでもいいんですが、ボケ倒すのもその辺にして頂けますと」
「「はい?」」
混沌とした状況の中、私はなにやら別な声が混じっているのに気がついて顔を上げます。見れば、そこにはまたお人形さんが…
「あの、どな…」
「ぬ、上海人形!サムライの死に様をボケというかっ!そこへなおれ!無礼討ちにしてくれるわっ!」
「いえ、だって蓬莱人形、あなた人形だから死なないじゃないですか。大変なんですよ?首つり位ならまだしも、爆散された時なんて私達総出で色々と集めないといけないんですから…」
「あの…」
「それでか、首を吊っても腹をかっさばいてもいつの間にか元通りになっているのは…く、なんたる無様な…」
「いえ、無様なのはいいんですがね、あんまり迷惑をかけられるのは困るんですってば。こないだも、ウォットカを飲むように浴びていた露西亜人形が、酔っぱらって暖炉でコサックダンスを踊ったせいで、家が燃え上がったばかりなんですから」
「あの…喧嘩は…」
「拙者はそのようなことはせんっ!」
「あれ、お酒に酔って仏蘭西人形に煽られた挙げ句『ジャパニーズツジギリをご覧に入れよう』なんて言って、通りがかりの黒いのに斬りかかったりしていましたよね?おかげで私達がもっと黒くさせられちゃったじゃないですか。アリスなんてお空の彼方に飛んでっちゃったんですよ?まぁそれは別にいいんですが」
「あ…あれは地下の兵馬俑殿に頼んで作ってもらった、極上の泡盛が届いてだな、つい香りを楽しんでいたら…」
「お二人とも落ち着いてくださいーっ」
「その後も、倫敦人形と武士道と騎士道どちらが優れているか喧嘩した挙げ句、斬り合いでアリスが大切にしていたカーテンをずたぼろにしたのはどなたですか?アリス半泣きでしたよ?誰かの嫌がらせか、自分はそんなに恨まれてるのかとか…情緒不安定なんですからあんまり刺激を与えないで下さい」
「あれは喧嘩ではない!お互いの名誉をかけた決闘だ!!うむ、やつめもなかなかにやりおる」
「大体、今日の任務だって『やってくる(といいなぁ)大ガマ相談所の人を、ちゃんと出迎えて(嫌われないように丁寧に)家まで連れてくること(絶対)』だったじゃないですか。どこをどう間違えば道を通したらハラキリすると脅せなんて…」
「む『襲来する(可能性がほぼ確実な)大ガマ相談所の手勢を、断固としてくい止め(弓矢の馳走をもって)家に通さないこと(できなかったら切腹)』ではなかったか?」
「…全然合ってないじゃないですか」
「いや、合戦場においては情報の行き違いというのがつきもので…」
「お二人とも喧嘩はやめてくださいっ!」
「む?」
「あ…」
私の言葉にようやく気付いてくれたのでしょうか?お二人はこちらを向いて喧嘩をやめてくれました。お知り合いのようですが、喧嘩をしてはいいことなんてありませんよ?
「む、これは失礼いたした。客人であったとは…やはりここは腹をかっさばいて詫びるしか…」
「わ、いいです!気にしてない、気にしてないですからどうかやめてください!!」
こちらを向くやいなや、おもむろにハラキリをしようとするお人形さんを私は止めます。私に気を遣って自殺されてしまったら、責任をとって私も後追い自殺をするしかないじゃないですか…やはりハラキリ自殺をしなければならないんでしょうか、とても痛そうです…
「いや、あなたも結構蓬莱人形みたいな思考してますよね」
もう一人(?)のお人形さんにつっこまれましたが、何で心の中を読んだのとか、そういったことに反応する余裕はないのです。
なんとかこのお人形さんを止めないと…私は説得を開始します。あと、大急ぎでおなかを繕わないと…
「死んじゃってもいいことなんてありませんよ?おいしい朝ご飯だって食べられませんし、お友達とおしゃべりもできません」
「拙者人形ゆえ食物は口にせぬし、友人などおらぬ」
「いいえ、お友達がいなければ作ればいいじゃないですか。明るく楽しく話しかければ、すぐにお友達ができますよ?ほら、そこのお人形さ「お断りします。なんでこの高貴な私がサムライ人形なんかと」人のことを悪く言ってはいけません。明るく話しかければすぐにお友「ができたらアリス殿は苦労しないだろうに」で、でもまずは心を開いて「そうですね、それができないあたりがアリスなんですがね、本当にダメダメです。なんであんなのが私の主人…」あ、お二人だって息ぴったりじゃないですか、喧嘩するほど仲がい「「そんなことはない(ありません)!!」」」
…うーん、お二人はとても仲がいいと思うのですが、どうしてケンカばかりしてしまうのでしょうか?
私は、真似をするなだの貴様こそだのと言い合うお二人を見ながら、首を傾げます。やはりお二人とも照れているんでしょうか?チルノちゃんと大ガマさんも、あんなに仲良しのはずなのにケンカばっかりしていますし、しかもお二人ともあんなの友人じゃないと言っていますし…
要するに幻想郷には…
「照れ屋さんが多いんですね」
「「だから違う!」」
「だって息ぴったりじゃないですか?」
「「だから違う!!」」
それでも声を揃えて否定するお二人に、私はにっこり笑って言いました。
「もしそれでも不足なら、私がお友達になりますから、ね?」
「う…」
何故でしょうか?後から来たお人形さんが黙ってしまいました、納得していただけたんでしょうか?この笑顔には勝てないとか言われた気がします…笑顔の練習をしていた成果が出たのかもしれません。でも、笑顔って勝負するようなものではないと思うんですが…
そのとき、ハラキリ人形さんが私の方を向きました。小刻みに震えているのは何故なんでしょう?
だけど、そんな私の疑問に構わず、ハラキリ人形さんは天を仰ぎます。そして…
「拙者の友となって下さるというのか、拙者は…拙者は…っ!」
「え、あのっ!?ハラキリ人形さんっ!?」
「感激にござるっ!!!!」
…叫ぶなり、木々の天上を突き破り、飛んでいってしまいました。頭上から木の葉と一緒にはらわたが降ってくるのが心配なのですが、お人形さんなら大丈夫なのでしょうか?大体は繕い終わったはずなのですが…
でも、喜んで頂けたみたいで何よりです。きっと、これ以上ハラキリ自殺もしないでくれるでしょう。
さて、そのとき、後から現れたお人形さんが私に言いました。
「こほん、ご挨拶が遅れ、失礼致しました。私、不本意ながらもそこのアリスの人形をやっております上海人形と申します。アリスの命によりまして、お迎えに参りました」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私大ガマ相談所の大妖精と申します。ごめんなさい、こちらこそご挨拶が遅れてしまって…」
澄ました顔でスカートの裾を持ち上げ、挨拶するお人形さんに、私も挨拶を返しました。さっきまでの毒舌っぷりが嘘みたいです。
でも困りました、さっきまでのどたばたで私も挨拶を忘れてしまっていたのです。申し訳ないです。
それにしても、ずいぶんと丁寧な口調の方ですが、ちょっとだけ黒いものが漏れだしている気がするのは気のせいでしょうか?
…ん?上海人形さん?
「はい、もうアリスの我が儘に付き合って下さいまして本当に申し訳ない限りです。もうあんなのほっといていいと思うんですが…」
ぶつぶつと続ける上海人形さんを横目に、私は懐から依頼書を取り出します。
『友達が欲しい』署名は上海人形になっていますが…
「あの…」
「はい、何でしょう?アリスの更正は諦めましたか?ええ、そうでしょう、ほら言うじゃないですか、アリスみたいなのを指して、こいつはもうダメだ、放っておけ。助かる奴が優先だ…って。ええ、ここで撤収しても、あなたを責める人はいませんよ?」
何も言っていないのですが、勝手に引き揚げたがっているように受け取られていますよ?
「大体あの七色魔法莫迦、私のような優美な、本来大切に大切に飾られるべき人形を実戦投入なんておかしいんですよ。いくら私が美しいだけじゃなくて戦いにも強い、まさしく才色兼備の万能人形だと言っても…ああいう荒事は、アリス本人がやればいいんです。莫迦だから頑丈そうですし」
「あの…」
「え、何ですか?出口はあちらですよ?さびしんぼうのストーキングには気をつけて下さいね、アリスはしつこいですから、びしっとあんたなんて嫌いよって言ってやって下さい」
なにやら憤慨している上海人形さんへと、私は黙って依頼書を差し出しました。
「………」
「………」
しばらくの間、森を沈黙が包みます。
濃密な木々の間、かすかに見える空は綺麗で、薄い雲が少しづつ形を変えています。今飛んでいった小鳥は、一体どこに飛んでいったのでしょうか?
悩みがない世界に行ったのなら、私も乗せていって欲しいものです…あはは…
でも、そんなささやかな考え事の時間は、あっという間に消え去りました。怒号が森に響き、木々が怯えたように揺らぎます。
「っの引きこもりネガティブ魔法莫迦!よりにもよって私の名前を騙ってこんなに恥ずかしい依頼をっ!!いつか背後から中華鍋でめったうちのぼっこんぼっこんにして、撲殺してや…こほん、お撲殺して差し上げましょう」
えっと…何かもの凄く怒ってらっしゃるようですが、私をちらりと見ると、澄ました笑顔に戻って咳払いとかしています。ちょっと怖いです…
「あの…」
「あはははは、もうアリスはさびしんぼうな上に変にプライドが高いんですよ。だから私の名前を使って、遊びに来てくれるようにお願いしたんでしょう。もう、しょうがないですねぇ」
「は…はい…」
笑顔で言っているみたいなんですが、どこか怖い空気を漂わせている気がするのは気のせいなのでしょうか?
でも、私がそんな事を考えている間に、上海人形さんは私を見つめ、もう一度言います。
「本当に引き返さないんですよね?勇気と蛮勇は違いますよ?いいんですね?」
そう言われたときに、私ははっと思い出しました。
そう…私は依頼をしてくれた方のお役に立ちに来たのです。目先の出来事にばかり気をとられて、情けないことにすっかり忘れてしまっていました。
これではいけません。アリスさんの友達を欲しいという願い、それを上海人形さんの名前を使ってまで叶えようとしているのです。なら、私はその願いに応える義務があるはずです。
まして、私のことを友達にと思って頂けるなんて…友達になろうという言葉は、その人が相手に対して心を開いた証拠ではありませんか。ならば、私は行かなければなりません。
「はい、私は依頼を果たしますよ」
「まぁ内容に虚偽がある時点でもう無効な気もするんですが…それならご案内致します。あ、それと私達が話していた事はアリスには内緒ですよ?色々と大人の事情っていうのがあるのです」
にっこり笑って言った私に、上海人形さんは呆れたように首を振り、言いました。大人の事情というのがどういうものなのかは私にはわからないのですが、言ったらダメというのなら、私も言わないようにしたいと思います。
それにしても、いつになったら私は大人になれるのでしょうか?
ますます魔法の森は深く、暗くなります、なんでこんなにうねうねとしているのか不思議な位曲がっている木々が視界を遮ります。それなのに、足下にちゃんと道があるのはなぜなのでしょうか?
魔理沙さんのお家も相当な所でしたが、ここほどではありませんでした。人間であるせいか比較的外縁部にお家があったのかもしれません。私にはそうは思えませんでしたが…
というか、魔理沙さんのお家には、空路以外では辿りつけれるのでしょうか?気になります。
ちなみに、ここは、道から外れれば視界はもはや数十センチもなく、一歩踏み込めば、木々に絡め取られそうな、そんな森です。
「ひっ!?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でもありません、ごめんなさい」
一瞬、人面木と目が合った気がして悲鳴を上げてしまいました。上海人形さんに謝りつつも、ほっと胸をなで下ろします。
薄暗い森の中、木のうろが人の顔のように見えたのです。ダメですね、木に顔があるなんてそんな馬鹿な話は…
「あ、しっかりと私についてきて下さい。アリス並にたちが悪い食妖植物が結構いるんです、油断すると養分にされてしまいますよ?」
…あるんですね。私は、黙って頷きます。
それにしても、何でこのお人形さんはアリスさんの事をこんなに悪く言っているのでしょうか?もしできるのなら、上海人形さんともお友達になって、そしてアリスさんとの仲直りのお手伝いをさせて頂きたいのですが…
そんなことを考えている間に、森の木々が途切れ、まるで魔法できりとったかのように綺麗にひらけた場所へと出ました。ぽっかりと空いた空から、久しぶりの明るい日射しが降りそそぎます。
そして、目の前には、白くて小ぎれいなお家が見えました。これがアリスさんのお家でしょうか…
「こ…」
「あら誰かしら?」
「…んにちわ」
挨拶すら言い終わらない内に扉が開き、澄ました表情の女性が出てきました。この方がアリスさん?見たところそんな病気を患っているようにはみえないのですが…
それにしても、まるで私がいつ来るか知っていたかのようなタイミングです。もしかして、このお家にはお客さんを見つける仕掛けでもあるのでしょうか?まさか、ずっと扉の前で待ち構えていたはずもないでしょうし…
「アリスさんですか?」
「ええ!私はアリス・マーガトロイド、あなたは大妖精さんね。ええ、霊夢や魔理沙と知り合いなんでしょう?あいつらから聞いているわ。私は不本意だけどあいつらの友達なの、友達。あなたもあんな田舎者の相手は大変でしょう…私も友達だからよくわかるわ。あ、私はまともな都会派魔法使いだから、来訪者を食べようとしたり、落っことしたりはしないから安心してね?アリスって呼んでくれてかまわないわ」
「えっと…」
びっくりです。てっきり、自殺しようとしているのかと不安だったのですが、どうやらそれは私の思い過ごしだったみたいです。答える間もない位、アリスさんは話し続けます。とても明るい方ですね。
あれ?でも何で私がそういう目に遭ったのをご存じなのでしょうか?気になります…
「紅茶とコーヒーどちらが好き?ケーキは食べられるかしら?夕食は何にする?それともお風呂がいい?おしゃべりが先?あ、他のものが好きなら人形たちにすぐ取りにいかせるわ。あ、あなたが特別とかじゃないんだけど、来訪者には満足してもらわないとね。大丈夫、私は友達が多いから、そういうのには慣れてるのよ」
「あわわ…そんなご親切にして頂かなくても大丈夫です」
「え、あ…私に親切にされると迷惑だったかしら?迷惑だったのなら…」
「あ、いえいえそういう訳ではないんです。ただ、そんなに親切にしていただくのも申し訳ないなぁって…」
「遠慮していたのね、ええ、もう魔理沙や霊夢達とは違うわね、あなたは都会派妖精なの?違う?じゃあ…湖派?まぁ田舎者達よりはましよね。なにはともあれ、そんなのは気にしなくてもいいわ、ほらここは冷えるから早く部屋に入りなさい」
「え…あの…え?」
「私は忙しいんだけど、今日はたまたま空いていたのよ。よかったわね、あ、荷物は持つわよ上海が、ほら」
「あ…あの…はい…」
何がどうなっているんでしょうか?状況がつかめません。
私は、ほとんど問い返す事も出来ない内に玄関へと招き入れられます。かすかな花の匂いが漂って来ます。香水でしょうか?とてもいい趣味だと思います。私が入るやいなや、凄まじい勢いで扉が閉まり、自動で鍵までかかってしまったのには驚きましたが、これはきっと高度な魔法技術なのでしょう。
大ガマさんが、以前『高度に発達した魔法はかがくと一緒だ』と言っていた気がします。
『かがく』とはなんなのかよくわかりませんが、大ガマさんによれば『外の世界におけるかがくの発達が妖怪達を追い出した』そうなので、きっと恐ろしいものに違いないと思いますし、それと同じものを扱えるのは凄いと思います。
それにしても、何で私のような者にこんな扱いをしてもらえるのかは分かりません、でも、ただ一つ確かなことは、アリスさんはとても親切な方で、自殺云々も私の誤解だったらしいということです。
来る前に聞いていた様々な噂も、きっと誤解か何かだったのでしょう。本当に失礼な事を考えていました。
でも、今度こそ、私は何の危険もなく依頼を果たすことができるでしょう。よかった…このお仕事さえ終えれば、あとは本をパチュリーさんの所に届けて、帰るだけです。
来た時には果たして無事に湖に帰れるでしょうか?と、思わず空行く雲に聞きたくなってしまった位不安だったのですが、今にして思えば、考えすぎだったみたいです。そういえば、あのとき急に雲の流れが速くなったのは悲しかったなぁ…ふふふ…
こほん、何はともあれ、フランさん、霊夢さん、魔理沙さん、永琳さん…そして、他の多くの方々、ちょっと加減ができなかったり、困窮していたり、暴走していたり、実験が大好きだったりはしていて、ほんのほんのほんの少しだけ危なかったりはしましたが、みなさんとてもいい方でした。
噂とは本当にあてにならないものです。実際に会ったことがないのに、あれやこれやと憶測し、勝手に怖がるのはとても失礼な事でした、反省しないといけませんね。
噂ばかりを信じていると、その人の本質を見失ってしまいます。今回のお仕事は、それを知っただけでもとても勉強になりました。
私は、そんなことを考えながら、アリスさんのお部屋へと足を踏み入れました。
綺麗に片づけられたお部屋には、大きな棚があって、お人形さんがずらりと並んでいます。
気付けば、さっきまで一緒にいた上海人形さんも、しれっとした顔でそこに座っていまいた。私が見ているのに気付くと、片目をつぶって合図を送ってきました。
そうでした、何故かはわからないのですが、アリスさんにはこの事は内緒だったんですね。内緒にするのは心苦しいのですが、上海人形さんがそれを望むということは、きっとアリスさんの為にもその方がよいのでしょう。
お人形さんの棚から視線をずらせば、目の前には何人も一緒に座れそうなテーブルセットがあって、今淹れたばかりのような美味しそうな紅茶と、見たこともないような豪華なお菓子が隊列を組んでいます。
凄いです。私は色々とお料理は作れるつもりなのですが、お味噌汁とかお煮染めばかりで、あまりお菓子は作れないのです…努力不足ですね、頑張らないといけません。
というか、考えてみたら、私がお菓子を作っていると、大体が完成前に匂いをかぎつけてやってきたチルノちゃんや他のお友達に食べられてしまって、完成したものを見たことがないような気がします。完成したものを食べて欲しいのに…
あ、でもいつまでもお部屋を見回すのは失礼ですね、本題に入りましょう。
「えっと…改めまして。大ガマ相談所の大妖精です、上海人形さんからの依頼がありまして…」
私は、正面に座ったアリスさんへと、例の依頼書を出しました。
…上海人形さんには、アリスさんが書いたものだと断言されてしまったのですが。
「か…書いたのは私じゃないわよ?」
いきなりぶんぶんと頭をふるアリスさん。聞いてもいないのに否定されてしまいました…あれ?
「ほら、だって私が書く必要なんかないじゃない?私は友達が一杯いるし…えっと…」
何も言っていないのに、アリスさんは言葉を続けます。目がすいすいと泳いでいる気がします。っていうか溺れてる?
「あの…」
「ほ…ほら、サボテンだって毎日声をかければ応えてくれるという位だし、人形にも友人っていうのが必要じゃないかと思ったのよ!」
「あ、そういうことじゃなくてですね…」
「違うわよ!?私が友達になってくれる人が欲しかったけど、恥ずかしいから上海人形の名前を使ったなんて事は…」
「ですから…」
「そ…そんな田舎者みたいな嘘をついて友達を呼ぼうとするなんて事は…」
「あ、いえ、ですから…」
「ない…わよ?」
どうしましょう…そんなすがりつくような瞳でこちらを見られても困るのです。しばらく気まずい沈黙が部屋を包みます。
向こうの棚では、上海人形さんがなぜか中華鍋を持って暴れているのを、他のお人形さんが止めようとしているのが見えていますが、幸いにしてアリスさんは気がついていないようです。それどころじゃないみたいな表情です。
そもそも、嘘に田舎者さんのものと都会者さんのものがあるのでしょうか?それに、問いつめているわけではないのに、そんな半泣きにならなくてもいいと思うんです…いじめてるみたいでとても悲しくなってしまいます…
ともかく、なんとか、なんとかこの気まずい空気を追い払わないと、誰かと一緒に居て、こういう話しにくい雰囲気というのはダメなんです。
何かお話を…それと、困った顔をしているアリスさんに何かを言わないと…
「この紅茶美味しそ…」
「うわーんっ!ごめんなさい、犯人は私です、本当は友達なんて一人もいないんです、いないっていうかいると思ってたのに相手はすっかりとんとん忘れているんです、泣いちゃっていいですか?ダメですよね、私なんてどうせ陰気でいいかっこうしいの五寸釘が似合う友達0女なんですものね。でも、あのお手紙に悪気はなかったんです、わざとじゃないんです、わざとなんですけどついなんです、故意なんですけど過失なんです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…来客があった日を記念日にしたり、友達と遊ぶ小説を自作したりして気を紛らわせてごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
あわわわわ…ほとんど何も言っていないのに、犯行(?)を認められてしまいました。アリスさんは、さっきまでの澄ました表情はどこへやら、すっかり暗くなってしまい、謝ってばかりです。問いつめたつもりなんてありませんのに…なんか悲しいです。
そんなにお友達が欲しかったのでしょうか?そうなのでしょう、考えてみたら、こんな深くて暗い森の中に住んでいたら、誰にも気付いてもらえないと思うのです。誰かと会えばすぐにお友達になれるのでしょうが、出会うことがなければ、お友達になることもできません。
まして、怖い噂が色々とある森の事、好きこのんでアリスさんの家に近寄る人はいないでしょう。だから、こんなにいい人なのに『見つかると家に引きずりこまれ、三日三晩休みなしでおしゃべりの相手をさせられる』だのという怖い噂が色々とたったりしていたのでしょう。
お友達がいないと、寂しくなってしまうのは仕方がないと思うのです。お人形さん達とお友達になればいいとも思うのですが、上海人形さんが言うには『暗黙の了解』というものがあって、お話できないそうなのでダメだったのかもしれません。
お友達がいない生活、私にはそんなの寂しすぎて想像がつきません。そんな生活を何年も続けてきたアリスさんが、嘘をついてまでお友達を欲しがろうとしたのは仕方がないと思うのです。
罪を憎んで人を憎まず、貧困を憎んで食妖は憎まずです。悪いのは、罪を犯した人妖ではなく、犯さざるをえなくした環境なのです。
でも、そういうことなら問題はすぐに解決します。
私は立ち上がってアリスさんの側へと寄り、言いました。
「依頼は嘘だったんですよね。なら、依頼抜きに私とお友達になって下さい」
「ごめんなさいごめんなさいごめ…え?」
戸惑ったようにこちらを見るアリスさんへと、私は続けます。
「せっかくお話できたんですから、私はアリスさんとお友達になれれば嬉しいなぁって思うんです」
「え?」
「ダメ…ですか?」
戸惑うアリスさんへと、笑顔で問い返します。ぶんぶんと首を横に振るアリスさん。よかった、大丈夫みたいです。
「私に…友達…友達…きゅー」
「え、アリスさん!?」
どうしたんでしょう!?急に倒れてしまいましたっ!?どうしましょう、ここは永琳さんに頼んでトンカチで直して…もとい治してもらうのがいいんでしょうか!?
「大丈夫ですよ、アリスは幸せに慣れていないので急性幸せ中毒を起こして倒れたんでしょう。すぐに復活します、莫迦みたいに…もとい莫迦で頑丈ですから。幸せに弱いのに、幸せの過剰摂取なんかするからですよ」
「え?」
でも、混乱する私の前に、お人形さんが飛んできました。上海人形さんです、幸い、中華鍋は持っていないみたいです。
見れば、確かにアリスさんはとても幸せそうな顔で寝ています。時折聞こえる、おしゃべりとかケーキとかいう寝言も幸せそうです。
「今すぐ帰った方がいいですよ?アリスはさびしんぼうな上におしゃべりに飢えていますから、友達だなんて言われると生きている内には帰られなくなりますよ、きっと。今ならアリスも夢だと思って…」
そう言う上海人形さんに、私は黙って首を振りました。
私は望んでアリスさんとお友達になったんです。今までアリスさんが寂しかった分、おしゃべりする位させてもらわないと。
お友達になったのですから、アリスさんが寂しくないように、一緒にいてあげるのは当然と思うのです。
いくらなんでも、本当に死ぬまで帰さないつもりとかはないでしょうし、日が暮れる位まではずっとおしゃべりしていてもいいと思います。
「甘い、甘いですこの人…アリスの恐ろしさを全くもってわかっていません」
「どうかしましたか?」
「あ、いえいえそういうことでしたら仕方がないですね、アーメン」
「?」
とってつけたような笑みを浮かべる上海人形さんに首を傾げつつ、私は言いました。
「それじゃあ上海人形さん、せっかくですので、あなたともお友達になりたいんですが如何でしょうか?」
『つづく』
見たことがないようなでこぼこした不思議な木々が、うにょうにょと枝を伸ばして葉っぱの傘を作ります。それはとても分厚くて、雨が降っても日差しが降っても関係なさそうに空を塞いでいます。
所々に見えている不思議なお花は、やたら肉厚な花びらでこちらを見ているみたいです。なぜか背中を一筋の冷や汗が流れていきました。食妖植物なんかじゃありませんよね…ね?
「はぁ…」
私はため息をついて空を見上げ…ようとして、空が見えないのに気がついて諦めました。
永琳さんの所でお薬を頂き、魔理沙さんへとそれを届けた後、私は残る依頼を果たすべく、道無き道をアリスさんの家へと向かっていました。依頼の内容は、上海人形さんのお友達になることです…依頼書の内容としては。
背中には、魔理沙さんに返して頂いた本がぎゅむっと詰まった袋があります。重たいです。でも、これでパチュリーさんが笑顔になってくれるのなら、それだけの価値はあるのです。
無表情なパチュリーさん…そんな彼女が笑った所を、見てみたいなぁって思うんです。
ところが、魔理沙さんの家を出てからわずか十数分、もはや私の周囲には木しか見えなくて、前途には暗雲ならぬ暗緑が漂ってきました。
そして、そんな暗い暗い森の中からは、不気味な気配を感じます。そう、まるで貧困という病に取り憑かれた時の霊夢さんのような…虎視眈々と『食べ物』を見る視線です。背中の冷や汗が三筋ばかり増えました。
この森には、困窮巫女さんがそんなに大勢いるのでしょうか?困りました、もうケーキはありません。今度捕まったら、私は羽根はおろか髪の毛一本まで食べられてしまうでしょう。冷や汗が滝のように流れていきました。
もしそんな死に方をしてしまったら、死体がないので、きっとチルノちゃんや大ガマさんは、いつまでも帰りを待ってくれている事でしょう。挙げ句、私を捜すためにこんな危ない所へと来ることになってしまったら、本当に困るのです。
そう、魔理沙さんからも、この森は危険だというのは聞いていたのです。
近づいただけでこっちを向いて種を打ち込んでくる指向性妖怪花とか、普段は地面に隠れていて、踏まれると飛び上がって胞子をまき散らす飛び上がりキノコとか、あと、闇の中から突然『マンザイっ!!』と叫んで斬りかかってくるお人形さんや、気がつくと背後でコサックダンスを踊っているというお人形さんがいるそうなのです。
あとは、丑三つ時に『欲しい~欲しいよ~何で出来ないの~』という不気味な声と、何かを木々に打ち付ける音がするという噂もあります。そして、うっかりそれを見てしまった者は、魔女の棲まう館へと連れ込まれ、怪しげな食べ物を大量に食べさせられた挙げ句に正気を無くしてしまうそうなのです。そんな魔女の棲む館に連れ込まれるなんて嫌です、なんとかアリスさんの家に早く着けるように急ぎましょう。
ともかく、そんな恐ろしい噂が絶えない森…それがこの魔法の森です。
想像すると、ますます怖くなってきました。今度は冷や汗すらなくなり、背筋がぞっとするばかりになってしまいました…でも、私は、半分泣きそうになりながらも先を目指します。
そう、私には、上海人形さん(しつこいようですが差出人は…)のお友達になるという大事な使命があるのですから!私は歩きます。そう、困っている人がいるのなら…一枚の依頼書があるのなら、私は行かなきゃ駄目なんです。
それに、暗い森は確かに怖いのですが、考えてみると、多分チルノちゃんと一緒に一日を過ごすよりは安全なのだと思います。
なぜなら、危ないとわかっていればそれから逃げることができるんです。火の中に、火薬を背負って左右に構わず突進するなんてことはしないでもいいのですから。
さて、そして、キノコにつまずいたり、変な花に追っかけられたりしながらどうにか歩いてきた私だったのですが、あるものを見つけた時、ついに足を止めてしまいました。
『汝停止せよ!しからざれば切腹す』
「えっと…」
ごしごしと目をこすり、私は目の前の光景を確認します。
『汝停止せよ!しからざれば切腹す』
ダメです、消えません。視界を埋め尽くす森の木々も、所々から生えている色とりどりでお料理に使えそうにもないきのこも、枝に止まっている不思議な鳥も…あ、飛び立ちました、視界から消えます。あはは…よかった、やっぱり気のせいでした…
「って違います違います!」
思わず現実逃避をしてしまいました。こういうのはいけませんね、ちゃんと現実を見据えなければなりません。そう、例えそれがどんなに不思議な光景であっても…
具体的に言うと、目の前の木立に『汝停止せよ!しからざれば切腹す』などという看板を持ったお人形さんがいたりしても、です。
…さすがは魔法の森です、不思議な事がよく起きるんですね。
さて、でも考え事は後です。ひとまず、目の前のお人形さんについて考えましょう。
お人形さんが持っているのは、小さな身体に不釣り合いなほど大きな看板です。よく見ると、なにやら危なそうな刃物も持っています、ちょっと危険な気がします。
この周辺にあるのは、これから向かうアリスさんのお家だけだったはずなので、たぶんアリスさんのものでしょう。
でも、問題はそこではありません。
何度目をこすっても消えない『汝停止せよ!しからざれば切腹す』の看板です。
止まらなければ切腹するというのは一体何なのでしょう?切腹とは、外人さんに恐怖を与えるのには最も効果的な自殺の方法だと、大ガマさんが言っていました。別名ハラキリとも言うそうです。
もしかして、この看板もその為の脅しなのでしょうか?
それにしても、外人さんという方はどういう方なのか知りませんが、目の前で自殺されてしまっては確かに一生それを後悔して生きていかなければならないでしょう。自分が死んで、相手にも心の傷を残すなんていけません、なんとかしてあげないと…
でも、一方で、自殺したいと言える方は、心のどこかで、誰かにそれを止めて欲しいと願っているというお話も聞いています。
とすると、これは大変です。
アリスさんは、このお人形さんを通じて、私に助けを求めているということじゃないですか!?
自分の悠長な思考を今更ながら後悔です。
これは手遅れにならない内にアリスさんを止めなければなりません。
考えてみたら、魔理沙さんは、頭の脇で手をくるくるとしながら、アリスさんの事を「あいつはビョーキなんだよ、重度の無友病なんだ。まだ若いのに可哀想に…」なんて言っていました。むゆーびょうというのは何なのか聞いた事がないのですが、深刻なものなのでしょうか?
もしかすると、アリスさんは不治の病にかかって人生を悲観しているのかもしれません。
あのお人形さんは、アリスさんが誰かへ宛てた、無意識の助けなのでしょう。
私はぎゅっと手を握りしめます。
これはいよいよもって急がなければなりません。大丈夫、永遠亭を出るとき、永琳さんが「私は天才だからどんな病気でも治せるわ。もし身体が治せなくても直すから大丈夫、脳さえ無事なら残りはどうにかできるから。最悪蓬莱の…こほこほ、ともかく、何かあったらすぐにうちに来なさい」と言っていました。
なぜトンカチを持って言うのかはわかりませんし、そもそも最初の一文がチルノちゃんみたいでちょっとだけ不安だったりするのですが、でも、もし連れて行けばアリスさんの病気も治して頂けるでしょう。
「待っていて下さいアリスさん、すぐに行きますから…」
呟いて、私は歩き出します。
でも、その時でした。
「くっ!任務に失敗したからには、腹を切ってお詫びせねば!」
「ええっ!?」
お人形さんが突然叫ぶやいなや、細い刃物をおなかに突き立てあわわわわっ!?
「申し訳ないアリス殿、この道守りきる事ができませなんだ…」
聞き取れないような声で膝をつく…なぜ空中でそんなことができるのかは不安ですが…お人形さんのおなかからは、綿がはみ出しています。これが俗に言うはらわたがはみだしている状況なのでしょうか?
「ってそういうことを言っている場合じゃありません!」
ひとまず、パニックのあまり妙な事を考え出した自分の頭を叩いて、思考を元に戻します。目の前のお人形さんは、そのままぶしどーが云々だの、やまとだましいここにありだの言っています。何のことやらさっぱりわかりませんが、ひとまずしゃべる位の元気はあるみたいです。
早く説得して、助けてあげないと…
「大丈夫ですか!?すぐに直しますからっ!」
「武士の情けだっ!頼む死なせてくれっ!!」
「そのまま死なせてあげたらいいと思うんですが」
「ダメです!死んだら何にもできませんよっ!」
「死ぬことに意義があるんだっ!あんな根暗な主人の下でこの先過ごすより、潔く散らせてくれっ!!桜のように綺麗に散りたいんだっ!!」
「そうそう、気持ちは分かるんですがね。ホントなんで私みたいな容姿秀麗頭脳明晰、おしとやかで優しいと評判の高級人形があんなのに使われてるんだか…」
「人のことを悪く言っちゃダメですよ!きっと誤解です、私がついていってあげますから、ほら落ち着いて話し合いましょう、まずはほら、えっと刃物をおなかに詰め込んで、危ないはらわたは放り出して下さい!!」
「何か間違えていませんか?まぁ私は別にいいのですが…」
「わ、わかった、それならば異存はない。まずはもっと深く腹をかっさばき、しかるのちにはらわたを…」
「あわわわ…」
「で、どうでもいいんですが、ボケ倒すのもその辺にして頂けますと」
「「はい?」」
混沌とした状況の中、私はなにやら別な声が混じっているのに気がついて顔を上げます。見れば、そこにはまたお人形さんが…
「あの、どな…」
「ぬ、上海人形!サムライの死に様をボケというかっ!そこへなおれ!無礼討ちにしてくれるわっ!」
「いえ、だって蓬莱人形、あなた人形だから死なないじゃないですか。大変なんですよ?首つり位ならまだしも、爆散された時なんて私達総出で色々と集めないといけないんですから…」
「あの…」
「それでか、首を吊っても腹をかっさばいてもいつの間にか元通りになっているのは…く、なんたる無様な…」
「いえ、無様なのはいいんですがね、あんまり迷惑をかけられるのは困るんですってば。こないだも、ウォットカを飲むように浴びていた露西亜人形が、酔っぱらって暖炉でコサックダンスを踊ったせいで、家が燃え上がったばかりなんですから」
「あの…喧嘩は…」
「拙者はそのようなことはせんっ!」
「あれ、お酒に酔って仏蘭西人形に煽られた挙げ句『ジャパニーズツジギリをご覧に入れよう』なんて言って、通りがかりの黒いのに斬りかかったりしていましたよね?おかげで私達がもっと黒くさせられちゃったじゃないですか。アリスなんてお空の彼方に飛んでっちゃったんですよ?まぁそれは別にいいんですが」
「あ…あれは地下の兵馬俑殿に頼んで作ってもらった、極上の泡盛が届いてだな、つい香りを楽しんでいたら…」
「お二人とも落ち着いてくださいーっ」
「その後も、倫敦人形と武士道と騎士道どちらが優れているか喧嘩した挙げ句、斬り合いでアリスが大切にしていたカーテンをずたぼろにしたのはどなたですか?アリス半泣きでしたよ?誰かの嫌がらせか、自分はそんなに恨まれてるのかとか…情緒不安定なんですからあんまり刺激を与えないで下さい」
「あれは喧嘩ではない!お互いの名誉をかけた決闘だ!!うむ、やつめもなかなかにやりおる」
「大体、今日の任務だって『やってくる(といいなぁ)大ガマ相談所の人を、ちゃんと出迎えて(嫌われないように丁寧に)家まで連れてくること(絶対)』だったじゃないですか。どこをどう間違えば道を通したらハラキリすると脅せなんて…」
「む『襲来する(可能性がほぼ確実な)大ガマ相談所の手勢を、断固としてくい止め(弓矢の馳走をもって)家に通さないこと(できなかったら切腹)』ではなかったか?」
「…全然合ってないじゃないですか」
「いや、合戦場においては情報の行き違いというのがつきもので…」
「お二人とも喧嘩はやめてくださいっ!」
「む?」
「あ…」
私の言葉にようやく気付いてくれたのでしょうか?お二人はこちらを向いて喧嘩をやめてくれました。お知り合いのようですが、喧嘩をしてはいいことなんてありませんよ?
「む、これは失礼いたした。客人であったとは…やはりここは腹をかっさばいて詫びるしか…」
「わ、いいです!気にしてない、気にしてないですからどうかやめてください!!」
こちらを向くやいなや、おもむろにハラキリをしようとするお人形さんを私は止めます。私に気を遣って自殺されてしまったら、責任をとって私も後追い自殺をするしかないじゃないですか…やはりハラキリ自殺をしなければならないんでしょうか、とても痛そうです…
「いや、あなたも結構蓬莱人形みたいな思考してますよね」
もう一人(?)のお人形さんにつっこまれましたが、何で心の中を読んだのとか、そういったことに反応する余裕はないのです。
なんとかこのお人形さんを止めないと…私は説得を開始します。あと、大急ぎでおなかを繕わないと…
「死んじゃってもいいことなんてありませんよ?おいしい朝ご飯だって食べられませんし、お友達とおしゃべりもできません」
「拙者人形ゆえ食物は口にせぬし、友人などおらぬ」
「いいえ、お友達がいなければ作ればいいじゃないですか。明るく楽しく話しかければ、すぐにお友達ができますよ?ほら、そこのお人形さ「お断りします。なんでこの高貴な私がサムライ人形なんかと」人のことを悪く言ってはいけません。明るく話しかければすぐにお友「ができたらアリス殿は苦労しないだろうに」で、でもまずは心を開いて「そうですね、それができないあたりがアリスなんですがね、本当にダメダメです。なんであんなのが私の主人…」あ、お二人だって息ぴったりじゃないですか、喧嘩するほど仲がい「「そんなことはない(ありません)!!」」」
…うーん、お二人はとても仲がいいと思うのですが、どうしてケンカばかりしてしまうのでしょうか?
私は、真似をするなだの貴様こそだのと言い合うお二人を見ながら、首を傾げます。やはりお二人とも照れているんでしょうか?チルノちゃんと大ガマさんも、あんなに仲良しのはずなのにケンカばっかりしていますし、しかもお二人ともあんなの友人じゃないと言っていますし…
要するに幻想郷には…
「照れ屋さんが多いんですね」
「「だから違う!」」
「だって息ぴったりじゃないですか?」
「「だから違う!!」」
それでも声を揃えて否定するお二人に、私はにっこり笑って言いました。
「もしそれでも不足なら、私がお友達になりますから、ね?」
「う…」
何故でしょうか?後から来たお人形さんが黙ってしまいました、納得していただけたんでしょうか?この笑顔には勝てないとか言われた気がします…笑顔の練習をしていた成果が出たのかもしれません。でも、笑顔って勝負するようなものではないと思うんですが…
そのとき、ハラキリ人形さんが私の方を向きました。小刻みに震えているのは何故なんでしょう?
だけど、そんな私の疑問に構わず、ハラキリ人形さんは天を仰ぎます。そして…
「拙者の友となって下さるというのか、拙者は…拙者は…っ!」
「え、あのっ!?ハラキリ人形さんっ!?」
「感激にござるっ!!!!」
…叫ぶなり、木々の天上を突き破り、飛んでいってしまいました。頭上から木の葉と一緒にはらわたが降ってくるのが心配なのですが、お人形さんなら大丈夫なのでしょうか?大体は繕い終わったはずなのですが…
でも、喜んで頂けたみたいで何よりです。きっと、これ以上ハラキリ自殺もしないでくれるでしょう。
さて、そのとき、後から現れたお人形さんが私に言いました。
「こほん、ご挨拶が遅れ、失礼致しました。私、不本意ながらもそこのアリスの人形をやっております上海人形と申します。アリスの命によりまして、お迎えに参りました」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私大ガマ相談所の大妖精と申します。ごめんなさい、こちらこそご挨拶が遅れてしまって…」
澄ました顔でスカートの裾を持ち上げ、挨拶するお人形さんに、私も挨拶を返しました。さっきまでの毒舌っぷりが嘘みたいです。
でも困りました、さっきまでのどたばたで私も挨拶を忘れてしまっていたのです。申し訳ないです。
それにしても、ずいぶんと丁寧な口調の方ですが、ちょっとだけ黒いものが漏れだしている気がするのは気のせいでしょうか?
…ん?上海人形さん?
「はい、もうアリスの我が儘に付き合って下さいまして本当に申し訳ない限りです。もうあんなのほっといていいと思うんですが…」
ぶつぶつと続ける上海人形さんを横目に、私は懐から依頼書を取り出します。
『友達が欲しい』署名は上海人形になっていますが…
「あの…」
「はい、何でしょう?アリスの更正は諦めましたか?ええ、そうでしょう、ほら言うじゃないですか、アリスみたいなのを指して、こいつはもうダメだ、放っておけ。助かる奴が優先だ…って。ええ、ここで撤収しても、あなたを責める人はいませんよ?」
何も言っていないのですが、勝手に引き揚げたがっているように受け取られていますよ?
「大体あの七色魔法莫迦、私のような優美な、本来大切に大切に飾られるべき人形を実戦投入なんておかしいんですよ。いくら私が美しいだけじゃなくて戦いにも強い、まさしく才色兼備の万能人形だと言っても…ああいう荒事は、アリス本人がやればいいんです。莫迦だから頑丈そうですし」
「あの…」
「え、何ですか?出口はあちらですよ?さびしんぼうのストーキングには気をつけて下さいね、アリスはしつこいですから、びしっとあんたなんて嫌いよって言ってやって下さい」
なにやら憤慨している上海人形さんへと、私は黙って依頼書を差し出しました。
「………」
「………」
しばらくの間、森を沈黙が包みます。
濃密な木々の間、かすかに見える空は綺麗で、薄い雲が少しづつ形を変えています。今飛んでいった小鳥は、一体どこに飛んでいったのでしょうか?
悩みがない世界に行ったのなら、私も乗せていって欲しいものです…あはは…
でも、そんなささやかな考え事の時間は、あっという間に消え去りました。怒号が森に響き、木々が怯えたように揺らぎます。
「っの引きこもりネガティブ魔法莫迦!よりにもよって私の名前を騙ってこんなに恥ずかしい依頼をっ!!いつか背後から中華鍋でめったうちのぼっこんぼっこんにして、撲殺してや…こほん、お撲殺して差し上げましょう」
えっと…何かもの凄く怒ってらっしゃるようですが、私をちらりと見ると、澄ました笑顔に戻って咳払いとかしています。ちょっと怖いです…
「あの…」
「あはははは、もうアリスはさびしんぼうな上に変にプライドが高いんですよ。だから私の名前を使って、遊びに来てくれるようにお願いしたんでしょう。もう、しょうがないですねぇ」
「は…はい…」
笑顔で言っているみたいなんですが、どこか怖い空気を漂わせている気がするのは気のせいなのでしょうか?
でも、私がそんな事を考えている間に、上海人形さんは私を見つめ、もう一度言います。
「本当に引き返さないんですよね?勇気と蛮勇は違いますよ?いいんですね?」
そう言われたときに、私ははっと思い出しました。
そう…私は依頼をしてくれた方のお役に立ちに来たのです。目先の出来事にばかり気をとられて、情けないことにすっかり忘れてしまっていました。
これではいけません。アリスさんの友達を欲しいという願い、それを上海人形さんの名前を使ってまで叶えようとしているのです。なら、私はその願いに応える義務があるはずです。
まして、私のことを友達にと思って頂けるなんて…友達になろうという言葉は、その人が相手に対して心を開いた証拠ではありませんか。ならば、私は行かなければなりません。
「はい、私は依頼を果たしますよ」
「まぁ内容に虚偽がある時点でもう無効な気もするんですが…それならご案内致します。あ、それと私達が話していた事はアリスには内緒ですよ?色々と大人の事情っていうのがあるのです」
にっこり笑って言った私に、上海人形さんは呆れたように首を振り、言いました。大人の事情というのがどういうものなのかは私にはわからないのですが、言ったらダメというのなら、私も言わないようにしたいと思います。
それにしても、いつになったら私は大人になれるのでしょうか?
ますます魔法の森は深く、暗くなります、なんでこんなにうねうねとしているのか不思議な位曲がっている木々が視界を遮ります。それなのに、足下にちゃんと道があるのはなぜなのでしょうか?
魔理沙さんのお家も相当な所でしたが、ここほどではありませんでした。人間であるせいか比較的外縁部にお家があったのかもしれません。私にはそうは思えませんでしたが…
というか、魔理沙さんのお家には、空路以外では辿りつけれるのでしょうか?気になります。
ちなみに、ここは、道から外れれば視界はもはや数十センチもなく、一歩踏み込めば、木々に絡め取られそうな、そんな森です。
「ひっ!?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でもありません、ごめんなさい」
一瞬、人面木と目が合った気がして悲鳴を上げてしまいました。上海人形さんに謝りつつも、ほっと胸をなで下ろします。
薄暗い森の中、木のうろが人の顔のように見えたのです。ダメですね、木に顔があるなんてそんな馬鹿な話は…
「あ、しっかりと私についてきて下さい。アリス並にたちが悪い食妖植物が結構いるんです、油断すると養分にされてしまいますよ?」
…あるんですね。私は、黙って頷きます。
それにしても、何でこのお人形さんはアリスさんの事をこんなに悪く言っているのでしょうか?もしできるのなら、上海人形さんともお友達になって、そしてアリスさんとの仲直りのお手伝いをさせて頂きたいのですが…
そんなことを考えている間に、森の木々が途切れ、まるで魔法できりとったかのように綺麗にひらけた場所へと出ました。ぽっかりと空いた空から、久しぶりの明るい日射しが降りそそぎます。
そして、目の前には、白くて小ぎれいなお家が見えました。これがアリスさんのお家でしょうか…
「こ…」
「あら誰かしら?」
「…んにちわ」
挨拶すら言い終わらない内に扉が開き、澄ました表情の女性が出てきました。この方がアリスさん?見たところそんな病気を患っているようにはみえないのですが…
それにしても、まるで私がいつ来るか知っていたかのようなタイミングです。もしかして、このお家にはお客さんを見つける仕掛けでもあるのでしょうか?まさか、ずっと扉の前で待ち構えていたはずもないでしょうし…
「アリスさんですか?」
「ええ!私はアリス・マーガトロイド、あなたは大妖精さんね。ええ、霊夢や魔理沙と知り合いなんでしょう?あいつらから聞いているわ。私は不本意だけどあいつらの友達なの、友達。あなたもあんな田舎者の相手は大変でしょう…私も友達だからよくわかるわ。あ、私はまともな都会派魔法使いだから、来訪者を食べようとしたり、落っことしたりはしないから安心してね?アリスって呼んでくれてかまわないわ」
「えっと…」
びっくりです。てっきり、自殺しようとしているのかと不安だったのですが、どうやらそれは私の思い過ごしだったみたいです。答える間もない位、アリスさんは話し続けます。とても明るい方ですね。
あれ?でも何で私がそういう目に遭ったのをご存じなのでしょうか?気になります…
「紅茶とコーヒーどちらが好き?ケーキは食べられるかしら?夕食は何にする?それともお風呂がいい?おしゃべりが先?あ、他のものが好きなら人形たちにすぐ取りにいかせるわ。あ、あなたが特別とかじゃないんだけど、来訪者には満足してもらわないとね。大丈夫、私は友達が多いから、そういうのには慣れてるのよ」
「あわわ…そんなご親切にして頂かなくても大丈夫です」
「え、あ…私に親切にされると迷惑だったかしら?迷惑だったのなら…」
「あ、いえいえそういう訳ではないんです。ただ、そんなに親切にしていただくのも申し訳ないなぁって…」
「遠慮していたのね、ええ、もう魔理沙や霊夢達とは違うわね、あなたは都会派妖精なの?違う?じゃあ…湖派?まぁ田舎者達よりはましよね。なにはともあれ、そんなのは気にしなくてもいいわ、ほらここは冷えるから早く部屋に入りなさい」
「え…あの…え?」
「私は忙しいんだけど、今日はたまたま空いていたのよ。よかったわね、あ、荷物は持つわよ上海が、ほら」
「あ…あの…はい…」
何がどうなっているんでしょうか?状況がつかめません。
私は、ほとんど問い返す事も出来ない内に玄関へと招き入れられます。かすかな花の匂いが漂って来ます。香水でしょうか?とてもいい趣味だと思います。私が入るやいなや、凄まじい勢いで扉が閉まり、自動で鍵までかかってしまったのには驚きましたが、これはきっと高度な魔法技術なのでしょう。
大ガマさんが、以前『高度に発達した魔法はかがくと一緒だ』と言っていた気がします。
『かがく』とはなんなのかよくわかりませんが、大ガマさんによれば『外の世界におけるかがくの発達が妖怪達を追い出した』そうなので、きっと恐ろしいものに違いないと思いますし、それと同じものを扱えるのは凄いと思います。
それにしても、何で私のような者にこんな扱いをしてもらえるのかは分かりません、でも、ただ一つ確かなことは、アリスさんはとても親切な方で、自殺云々も私の誤解だったらしいということです。
来る前に聞いていた様々な噂も、きっと誤解か何かだったのでしょう。本当に失礼な事を考えていました。
でも、今度こそ、私は何の危険もなく依頼を果たすことができるでしょう。よかった…このお仕事さえ終えれば、あとは本をパチュリーさんの所に届けて、帰るだけです。
来た時には果たして無事に湖に帰れるでしょうか?と、思わず空行く雲に聞きたくなってしまった位不安だったのですが、今にして思えば、考えすぎだったみたいです。そういえば、あのとき急に雲の流れが速くなったのは悲しかったなぁ…ふふふ…
こほん、何はともあれ、フランさん、霊夢さん、魔理沙さん、永琳さん…そして、他の多くの方々、ちょっと加減ができなかったり、困窮していたり、暴走していたり、実験が大好きだったりはしていて、ほんのほんのほんの少しだけ危なかったりはしましたが、みなさんとてもいい方でした。
噂とは本当にあてにならないものです。実際に会ったことがないのに、あれやこれやと憶測し、勝手に怖がるのはとても失礼な事でした、反省しないといけませんね。
噂ばかりを信じていると、その人の本質を見失ってしまいます。今回のお仕事は、それを知っただけでもとても勉強になりました。
私は、そんなことを考えながら、アリスさんのお部屋へと足を踏み入れました。
綺麗に片づけられたお部屋には、大きな棚があって、お人形さんがずらりと並んでいます。
気付けば、さっきまで一緒にいた上海人形さんも、しれっとした顔でそこに座っていまいた。私が見ているのに気付くと、片目をつぶって合図を送ってきました。
そうでした、何故かはわからないのですが、アリスさんにはこの事は内緒だったんですね。内緒にするのは心苦しいのですが、上海人形さんがそれを望むということは、きっとアリスさんの為にもその方がよいのでしょう。
お人形さんの棚から視線をずらせば、目の前には何人も一緒に座れそうなテーブルセットがあって、今淹れたばかりのような美味しそうな紅茶と、見たこともないような豪華なお菓子が隊列を組んでいます。
凄いです。私は色々とお料理は作れるつもりなのですが、お味噌汁とかお煮染めばかりで、あまりお菓子は作れないのです…努力不足ですね、頑張らないといけません。
というか、考えてみたら、私がお菓子を作っていると、大体が完成前に匂いをかぎつけてやってきたチルノちゃんや他のお友達に食べられてしまって、完成したものを見たことがないような気がします。完成したものを食べて欲しいのに…
あ、でもいつまでもお部屋を見回すのは失礼ですね、本題に入りましょう。
「えっと…改めまして。大ガマ相談所の大妖精です、上海人形さんからの依頼がありまして…」
私は、正面に座ったアリスさんへと、例の依頼書を出しました。
…上海人形さんには、アリスさんが書いたものだと断言されてしまったのですが。
「か…書いたのは私じゃないわよ?」
いきなりぶんぶんと頭をふるアリスさん。聞いてもいないのに否定されてしまいました…あれ?
「ほら、だって私が書く必要なんかないじゃない?私は友達が一杯いるし…えっと…」
何も言っていないのに、アリスさんは言葉を続けます。目がすいすいと泳いでいる気がします。っていうか溺れてる?
「あの…」
「ほ…ほら、サボテンだって毎日声をかければ応えてくれるという位だし、人形にも友人っていうのが必要じゃないかと思ったのよ!」
「あ、そういうことじゃなくてですね…」
「違うわよ!?私が友達になってくれる人が欲しかったけど、恥ずかしいから上海人形の名前を使ったなんて事は…」
「ですから…」
「そ…そんな田舎者みたいな嘘をついて友達を呼ぼうとするなんて事は…」
「あ、いえ、ですから…」
「ない…わよ?」
どうしましょう…そんなすがりつくような瞳でこちらを見られても困るのです。しばらく気まずい沈黙が部屋を包みます。
向こうの棚では、上海人形さんがなぜか中華鍋を持って暴れているのを、他のお人形さんが止めようとしているのが見えていますが、幸いにしてアリスさんは気がついていないようです。それどころじゃないみたいな表情です。
そもそも、嘘に田舎者さんのものと都会者さんのものがあるのでしょうか?それに、問いつめているわけではないのに、そんな半泣きにならなくてもいいと思うんです…いじめてるみたいでとても悲しくなってしまいます…
ともかく、なんとか、なんとかこの気まずい空気を追い払わないと、誰かと一緒に居て、こういう話しにくい雰囲気というのはダメなんです。
何かお話を…それと、困った顔をしているアリスさんに何かを言わないと…
「この紅茶美味しそ…」
「うわーんっ!ごめんなさい、犯人は私です、本当は友達なんて一人もいないんです、いないっていうかいると思ってたのに相手はすっかりとんとん忘れているんです、泣いちゃっていいですか?ダメですよね、私なんてどうせ陰気でいいかっこうしいの五寸釘が似合う友達0女なんですものね。でも、あのお手紙に悪気はなかったんです、わざとじゃないんです、わざとなんですけどついなんです、故意なんですけど過失なんです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…来客があった日を記念日にしたり、友達と遊ぶ小説を自作したりして気を紛らわせてごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
あわわわわ…ほとんど何も言っていないのに、犯行(?)を認められてしまいました。アリスさんは、さっきまでの澄ました表情はどこへやら、すっかり暗くなってしまい、謝ってばかりです。問いつめたつもりなんてありませんのに…なんか悲しいです。
そんなにお友達が欲しかったのでしょうか?そうなのでしょう、考えてみたら、こんな深くて暗い森の中に住んでいたら、誰にも気付いてもらえないと思うのです。誰かと会えばすぐにお友達になれるのでしょうが、出会うことがなければ、お友達になることもできません。
まして、怖い噂が色々とある森の事、好きこのんでアリスさんの家に近寄る人はいないでしょう。だから、こんなにいい人なのに『見つかると家に引きずりこまれ、三日三晩休みなしでおしゃべりの相手をさせられる』だのという怖い噂が色々とたったりしていたのでしょう。
お友達がいないと、寂しくなってしまうのは仕方がないと思うのです。お人形さん達とお友達になればいいとも思うのですが、上海人形さんが言うには『暗黙の了解』というものがあって、お話できないそうなのでダメだったのかもしれません。
お友達がいない生活、私にはそんなの寂しすぎて想像がつきません。そんな生活を何年も続けてきたアリスさんが、嘘をついてまでお友達を欲しがろうとしたのは仕方がないと思うのです。
罪を憎んで人を憎まず、貧困を憎んで食妖は憎まずです。悪いのは、罪を犯した人妖ではなく、犯さざるをえなくした環境なのです。
でも、そういうことなら問題はすぐに解決します。
私は立ち上がってアリスさんの側へと寄り、言いました。
「依頼は嘘だったんですよね。なら、依頼抜きに私とお友達になって下さい」
「ごめんなさいごめんなさいごめ…え?」
戸惑ったようにこちらを見るアリスさんへと、私は続けます。
「せっかくお話できたんですから、私はアリスさんとお友達になれれば嬉しいなぁって思うんです」
「え?」
「ダメ…ですか?」
戸惑うアリスさんへと、笑顔で問い返します。ぶんぶんと首を横に振るアリスさん。よかった、大丈夫みたいです。
「私に…友達…友達…きゅー」
「え、アリスさん!?」
どうしたんでしょう!?急に倒れてしまいましたっ!?どうしましょう、ここは永琳さんに頼んでトンカチで直して…もとい治してもらうのがいいんでしょうか!?
「大丈夫ですよ、アリスは幸せに慣れていないので急性幸せ中毒を起こして倒れたんでしょう。すぐに復活します、莫迦みたいに…もとい莫迦で頑丈ですから。幸せに弱いのに、幸せの過剰摂取なんかするからですよ」
「え?」
でも、混乱する私の前に、お人形さんが飛んできました。上海人形さんです、幸い、中華鍋は持っていないみたいです。
見れば、確かにアリスさんはとても幸せそうな顔で寝ています。時折聞こえる、おしゃべりとかケーキとかいう寝言も幸せそうです。
「今すぐ帰った方がいいですよ?アリスはさびしんぼうな上におしゃべりに飢えていますから、友達だなんて言われると生きている内には帰られなくなりますよ、きっと。今ならアリスも夢だと思って…」
そう言う上海人形さんに、私は黙って首を振りました。
私は望んでアリスさんとお友達になったんです。今までアリスさんが寂しかった分、おしゃべりする位させてもらわないと。
お友達になったのですから、アリスさんが寂しくないように、一緒にいてあげるのは当然と思うのです。
いくらなんでも、本当に死ぬまで帰さないつもりとかはないでしょうし、日が暮れる位まではずっとおしゃべりしていてもいいと思います。
「甘い、甘いですこの人…アリスの恐ろしさを全くもってわかっていません」
「どうかしましたか?」
「あ、いえいえそういうことでしたら仕方がないですね、アーメン」
「?」
とってつけたような笑みを浮かべる上海人形さんに首を傾げつつ、私は言いました。
「それじゃあ上海人形さん、せっかくですので、あなたともお友達になりたいんですが如何でしょうか?」
『つづく』
HPで見た時から続きが気になってましたよ^^
前半の、闇の中から突然~から先は全部アリス関連じゃん!と突っ込まずに入られませんでしたw
以前と変わらぬテンポの内容で楽しませていただきました。
続きをとても期待してます^^
毒吐き上海に寂しがりアリス…相手は大変だけど頑張れ大ちゃん!
『つづく』
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つ、続きを楽しみにしております!あと我が儘聞いて下さってありがとうございました、凄く嬉しいです。
っといってもこれもまたアリスかな。
でも、もうすこし薄味がいいな
てか、『さびしんぼうの人形遣い』シリーズとリンクしてんDEATHね…w
ご感想ありがとうございました。遅ればせながらレス返しをさせて頂きますw
と、本当は個別に返すべきなのかもしれませんが、最初に申し訳ありませんでした、お待たせしました言わせて下さい。
直接だったり間接だったりしますが、続きを楽しみにしていますと言って頂き、それでどうにか書く事が出来ました。
時間はかかってもちゃんと完結させますので、どうかよろしくお願いします。
>華月様
ありがとうございますw間隔があいたせいで、以前のテンポを維持できるか不安だったのですwそう言って頂けますと安心ですw
>名前が無い程度の能力様
大丈夫、きっと大妖精には神のご加護が…なくても頑張ってくれますよ(えー)
>翼様
幻想郷で最も清らかな存在になってくれると思うのですw
>二人目の名前が無い程度の能力様
そう言って頂けますとw本当にごめんなさいorz
>三人目の名前が無い程度の能力様
こ…ここでネタが切れたなんて言えない…orz
正確には次回の前半用にとってある部分があるのです、はい(平伏)
もしかして「アッザム・de・ロイヤルで~」の方でしょうか?(違っていたら申し訳ないです)
こちらこそ、ああいう風に言っていただけてとても嬉しかったですwあの名前は自分でも気に入っていたので(飽きたのではなく、長すぎたので改名しただけなのですorz)
つづきはご期待に添えるかどうかわかりませんが、微力を尽くさせて頂きますw
>ドライブ様
なんだかんだで三人とも気に入っておりましてw
今回は結構ギャグ寄りにしたつもりなので、笑って頂けたのなら幸いですw
>四人目の名前が無い程度の能力様
ごめんなさいorz
好きなんですよ?アリスは好きなんです、なのに何でこんなことに…(こら、犯人)
>五人目の名前が無い程度の能力様
た…確かに、今回は調子に乗りすぎたような…orz
濃い味で申し訳ないのです。
>六人目の名前が無い程度の能力様
無友病は個人的に結構お気に入りでしてw
>思想の狼様
実はそうだったのですw
いえ、基本的に世界観を統一していたりしていたので、せっかくだからーとw
…その結果なんか黒くorz
>幽霊が見える程度の能力様
お待たせしました~orz
そして最も楽しみにしていたアリスの話。
面白かった!けど続く…orz
続き楽しみにしております!
それにしても相変らずのほのぼのな空気最高です><
非常に癒されました~
やっぱ大妖精の笑顔が強力過ぎるwww