※1話、2話は作品集47にあります。以下本編。
☆
夜風を身に纏い、暗雲を切り裂いて現れた4つの影。
ハクレイジンジャーと名乗った彼女たちは、名乗りをあげたは良いものの、別にビシッとポーズを決めるわけでもなく、ばらばらの姿勢で巨大な人型ロボットに鋭い視線を送っている。
「あんた達ねぇ。いい加減迷惑だからやめなさい」
その内の一人、赤いスカーフとサングラスを着けたミコレッドが面倒くさげに言い放つ。
しかし指を指された紅魔館の面子も永遠亭の面子も、その衝撃的な登場に呆気にとられて言い返すどころではない。
その中、いち早く状況を冷静に理解したのは、レミリアの背後に座る完全で瀟洒なメイド長だった。
『迷惑なのはそっちでしょう。どうでも良いけど、霊夢と魔理沙とアリスよね。そっちの俯いて真っ赤になってる腋巫女二号は面識無いからわからないけど』
「ひどいっ! 守矢神社にその人有りと言われた私に対して、腋巫女って。しかも言うに事欠いて二号だなんて! あんまりだわ!」
「いやいや、面識無いなら分からなくて当然だぜ。私は分かってるからとりあえず落ちつけ」
憤慨するミコブルーと、それを後ろから宥めるマジョブラックをモニタ越しに見ながら咲夜は、やっぱりいつもの面子に間違いないと確信する。
呆気にとられながらも、とりあえず事実を事実として認めれば正体はわかるものだ。
どれだけ目元をサングラスなり仮面なりで隠したところで、いつもと同じ衣装を身に纏っていたら正体も何もない。
ただそれだけ正体が分かりやすいからこそ、この登場が不可解に思えてならないのだ。
「こっちも睡眠時間返上で来てるんだから、さっさと終わらせて帰らせてもらうわよ」
『あーちょい待ち』
あくまでもマイペースに事を運ぼうとするミコレッド、もとい霊夢に、平静を取り戻したレミリアの制止が掛かる。
正確にはまだ理解も納得もできていないのだが、このまま呆けていても埒があかないのだから仕方がない。
霊夢は溜息を吐きながらも言葉を止め、眉根を寄せることで不機嫌であることを示した。
『お前達は何がしたいわけ?』
「そんなの決まってるじゃない。ねぇ?」
霊夢は振り返って他の3人に同意を求める。
すると3人とも揃って縦に首を振り、その言葉に同意の意を示した。
「景気よく暴れに来たに決まってるだろう」
「信仰のための調伏です」
「この3人じゃ手に負えないようだったから手伝いにきたのよ」
「あんた等ねぇ。少しは合わせるって事を知らないの?」
どうやら即興で集まった面子らしく、連携は取れてない様に見える。いや、様にではなく実際一致団結してない。
だがそれならその統一されたスカーフとサングラスは何なのか。
されにさっきのかけ声も、いきなり合わせたにしては綺麗にハモっていたし。
『ちょっとちょっと。私達にも質問させなさいよ』
そこへ永遠178号から輝夜の苛立った声が飛ぶ。
永遠亭サイドもこのハクレイジンジャーの登場は予期してなかったことらしい。
それは暗にこの飛び入り達がどちらの味方でもないことを証明しているのだが、今は両者共そんな事など気にしては居ない。
『私だって聞きたいことがあるんだ。お前は後にしろ』
『何の権限があって、そう言えるわけ』
『先にアイツ等と口を利いたのは私達の方だ。だからこっちが先に聞く権利があるに決まってるじゃない』
『でもあなた達はもう一回質問したじゃない。次は私達の番よ』
こっちはこっちでまた当主同士の低レベルな口喧嘩が始まってしまった。
そんなやり取りに、霊夢はまた深々と溜息を吐き、この事態をとりあえず収めるために一つの提案を出す。
「あーもー、煩いわねぇ。それなら先に質問させてあげるわよ。そうしないと気が進まないんでしょ? でも質問は私達が指名した奴が言うこと。良いわね」
『まぁ、別に』
『私はそれで構わないけど』
レミリアも輝夜もそれで納得したため、決闘は一時中断。
いきなりだが「なぜなに? 教えてハクレイジンジャー」の時間が始まってしまった。
「で、とりあえず誰が何を聞きたいのよ。じゃあ、レミリア」
『その、なんとか戦隊っていうのは何の真似だ』
「あんた達のやり方に対応しただけよ。巨人相手にはこうした姿勢が最も有効らしいわ。どう、格好良いでしょ」
『格好良い……ねぇ』
そんなこと誰から教わったのか。
だが本人達は意外と気に入っているらしい。口上の時も結構ノリノリな様子だったし
ただ一名、ミコブルーだけは趣味が合わないのか、それとも唯一まともだからなのか赤面してたし、どこかやけくそになっていた感が否めない。
「それじゃあんたへの答えはそれで良いわね。じゃあ次は輝夜よ」
『何でミコとマジョで分かれてるのよ。普通そういうのは統一するもんじゃないの?』
「なんか突っこみ所が違う気もするんだけど、まぁいいわ」
どうやら輝夜には「~戦隊」への理解が少なからずあるようだ。月では流行っているのかも知れない。
そしてそこには何かしらのルールが存在していて、輝夜にはそのルールに沿っていない霊夢達には言いたくて仕方がないと、そういうことのようだ。
その質問に答えたのは、一人だけ箒に跨って浮いているマジョブラックだった。
「いやだって、私達巫女じゃないし。なぁマジョイエロー」
「だから出発前に言ったけど、私はイエローじゃなくてホワイトよっ」
肩に置かれたブラックの手を邪険に振り払うホワイト。
どうやらここに来るまでに一悶着あったらしい。しかし何かしら集まってやっていたということは、一度は打ち合わせなりなんなり、準備をしてからやって来たということが今の会話から読み取れる。
『確かに。赤・青・黒・白じゃあパッとしないわね。必ず一人は黄色がいるものなんだけど』
「いや、元々アリスが黄色って事で落ち着いていたんだぜ? なのにこいつが黄色は嫌だって」
輝夜の言葉に魔理沙は大きく頷いて便乗する。
完全に当初の目的を脱線しているのに、まったく気にしていない様子だ。
そんな魔理沙にアリスの激怒の反論が飛ぶ。
「なんで黄色なのよ! 霊夢とあの早苗って子はまだ分かるわよ。魔理沙も、まぁ黒いわよね。でもなんで私は黄色なの? 納得いかないわ」
「髪の色じゃないのか?」
「これはブロンドよ! それに髪の色で言えば魔理沙のだって黄色に近いじゃない」
「私は黒だ。そういうイメージだろ?」
「じゃあ何。私のイメージは黄色だって言うの? 冗談じゃないわ。私は清廉潔白な白に決まってるじゃない」
そう言う発言をしている時点で、まず清廉潔白というイメージから遠ざかっていることに気付かずアリスは主張を続ける。
レミリアと輝夜の口論さながらのやり取りを続ける魔理沙とアリスを横目に、ミコブルーにさせられた早苗は霊夢に近づき、二人には聞こえないように耳打ちした。
「ちょっと。あの二人、放っておいても良いんですか」
「良いの良いの、いつもあんな調子だし」
「付き合いの長いあなたが言うんだからそうなんでしょうけど……」
早苗は再度背後をちらりと見て嘆息する。
まだ後ろで黄色はカレーっぽいから嫌だだの、カレーの神様に謝れだの、不毛な争いは続いていて、こっちの動向には見向きもしていない。
しかし気にする早苗と違って、霊夢は完全にスルーを決め込んでいるらしく、次の質問をするように促した。
「じゃあ次は?」
『あ、じゃあ私が……』
「その声は……えぇっと誰だっけ?」
『美鈴です。紅魔館門番の』
名前だけではピンと来なかった霊夢だが、役職を聞いて「あぁ」と手を打った。
本人はそこまで面識が無いわけではないと思っていただけに、美鈴はその素っ気ない言動に落胆する。
しかし霊夢からは見えてないしーーいや見えていたとしてもーー、美鈴の小さな心の傷を気にかけること無く話を続ける。
「まぁ、誰でもいいんだけどさ。あんたは何が聞きたいのよ」
『何だか色々釈然としないんだけど……あのですね。さっきの名乗り口上の時に「五人揃って~」って言ってましたけど、四人しかいませんよね』
美鈴の質問を聞き終えた霊夢は、無言のままくるりと後ろを振り返る。
そこには未だ言い争いを続ける似た者魔女コンビがいるだけで、他には誰もいない。
そして再び何も言わずにヴァンピリッシュVの方向を向く。
得も言われぬ空しい空気が漂う中、開口一番に霊夢が言った言葉は――
「あんの黒幕! よくよく考えたら名乗りの時から来てないじゃないの!」
『って今の今まで気付いてなかったの!?』
「後から行くから先に行っててね~、とか言ってたくせに。肝心な時にいないなんて!」
「だからあんな胡散臭い妖怪の言うこと聞く必要ないって言ったじゃないですかっ」
この登場を演出したらしき五人目が来ていないことに腹を立てる霊夢。
早苗はどうやらそれに対して抗議をしたらしいが、却下されたのだろう。
一人だけ乗り気でなかったのも、それで頷ける。
「そもそも名前がモリヤジンジャーじゃない時点で、私は納得できてないんです! なんで守矢の巫女が別の神社の名前を冠さなきゃいけないんですかっ!?」
「まさか今までふて腐れてたのって、それが理由? てっきり“あぁいうこと”をするのが嫌なんだとばかり思ってたけど」
「はぅっ!?」
墓穴とは掘ってしまってから気付くもので、早苗は顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。
真面目すぎる人間ほど、自分が一度恥と感じてしまうとそのショックは大きいものだ。
つい勢いで言ってしまった一言で、しばらく立ち直れないのは良くある話。
「まぁそれも、そもそもの首謀者に文句を言った方が早いんじゃない?」
しかし霊夢はそんな早苗にフォローを入れもせず、何もない虚空へ向かって大声を張り上げた。
「ちょっと! どうせその辺で見てるんでしょ!」
「あら残念。もう少しこの茶番を見ていたかったんだけど」
どこからともなく響き渡る妖艶な響きを吹くんだ声。
その声にようやく魔理沙とアリスも言い争いを止め、周囲に視線を巡らせる。
木々をざわめかせながら、夜風が吹き抜け霊夢達の衣装をなびかせる。
なびくスカートの端がその動きを止めた後、両者の間に見覚えのある異空間が広がり、その中から声の主が姿を現した。
「遅れて参上、ハクレイジンジャーの裏リーダー、クロマァァク……パープルっ!!」
ビシッとポーズまで決めているが、どこから見ても彼女は八雲紫以外の何ものでもない。
こんな奇抜なことを考えるのは、幻想郷広しと言えども紅魔館、永遠亭、白玉楼、そして八雲紫くらいなものだ。
彼女は砕月異変の際に愛用していた導師衣装に身を包み、首には鮮やかな紫色のスカーフ、そして同色のサングラスを掛けている。
そのオプションは全てハクレイジンジャーの他の面々と同じ物だ。
というか彼女たちの分も、全て紫が用意したに違いない。
『クロマクパープルって……黒かパープルか分かりづらいわね。しかもやっぱり統一感まるで無いし。こんなの月の都じゃ見たこと無いわよ』
『統一感どうこうよりも、黒幕がそんな出しゃばって良いのか? むしろ裏で手を回すのが黒幕ってものじゃないの?』
『というかそもそも居るなら最初から出てきなさいよねっ』
再び飛び交う疑問の数々に、紫は余裕ぶった態度でチッチッチと指を振った。
「何をバカなことを言っているの。私が目立ってこその演出じゃない」
「って私達は前振り扱いかよっ。なんて身勝手な奴だ」
「あぁ、こんなことならやっぱり一人で解決すれば良かった……」
自分のことは棚に上げて紫の言動に怒る魔理沙と、今更ながらに自身の行動に後悔する早苗を完全に無視して紫は話を続ける。
霊夢とアリスもあまり良い顔はしておらず、言動に出していなくても内心は魔理沙や早苗と同じ心境なのだろう。
それでも四人ともこうして出てきているのは、少なからず彼女たちもこの演出に惹かれるものがあったからに他ならない。
早苗も表向きには嫌がってはいるが、それならもっと抵抗したはずだ。
「さてと、役者は出揃ったのかしら」
『長い前振りだったわね。すっかりテンションが下がってしまったわ』
『そうよ、そもそもこれは私とそこのお子様吸血鬼との決闘。あなた達の介入する余地はないわよ』
『誰がお子様だっ』
「はいはい、ストップ。そんなことはどうでも良いの」
本人達にとってはカリスマを掴み取るため決闘を、“そんなこと”の一言で一蹴してしまう紫。
その言葉にはレミリアも輝夜も、両方が眉をつり上げ過敏に反応する。
『そんなこと、とは聞き捨てならないわね』
『どうあっても邪魔をするなら、まずはあなたを倒すことになるわよ』
「そんなことはそんなことよ。とにかくあなた達の戦いは幻想郷にとって、あんまり良くないことなの。だからこうして有志を募って調伏しに来たってわけ」
誰も一歩も引かず、ぐだぐだだった雰囲気が次第に緊迫したものへと変わり始める。
突然決闘に割り込んで、藪から棒に迷惑だから止めろと、しかも言うことを聞かないと強行手段に出るとまで言ってきた相手。
だがそんな言葉に、はいそうですかと首を縦に振って大人しく帰るほど、レミリアも輝夜も落ちぶれてはいない。
特にこれは己のカリスマのための戦いだから尚更だ。
『ふんっ。だったらお望み通り、力業で止めさせてやるよ』
『話し合いで終わるなら、それで良いけどね。勿論あなたが謝れば、という意味よ』
魔槍を構えるヴァンピリッシュVと、蓬莱ドリルをこれ見よがしに回転させる永遠178号。
そんなすでにやる気満々で今にも攻撃を仕掛けてきそうな相手に対し、紫は動じることなく口元には余裕の表れなのか、笑みすら浮かべている。
その一触即発の時に、紫と2つの巨人の間に4つの影が割り込んだ。
「まったく。私はあなたの引き立て役の為だけに呼ばれた訳じゃないのよ」
「そうだぜ。こんな面白そうなことに参加できないなんて、それこそ真っ平ごめんだ」
「少しでも信仰のために何かできなければ、ハクレイの名を名乗ってまでやって来た意味がありません」
「――と、いうことみたいよ? 私は勝手にやってくれるならそれでも良いんだけど、でもやっぱり利用されるだけってのは癪だしね」
そう言ってヴァンピリッシュVと永遠178号の前に立ちはだかったアリス、魔理沙、早苗、霊夢の四人。
彼女たちは彼女たちで、それぞれに目的をもってこの場にやって来ているのだ。
紫の登場を引き立てるだけ引き立てて、それでもう役目がお終いとは納得できなくて当然である。
「あらそう? じゃああなた達で勝手にやっちゃって。誰かがやってくれるなら私は見てるだけで良いし」
目立つだけ目立ったし当初の目的は達せた、と紫は別に四人の行動を止めもしない。
紆余曲折を――どころではないくらい遠回りをして、ようやくこの場にいる全員の意向が固まった。
「それじゃあ、サクッと終わらせようぜ! 魔力マックス、マスタースパァアアアック!」
今か今かと開戦のタイミングを待っていた魔理沙が、運動会のピストル宜しく魔砲を放つ。
景気の良すぎる開幕の合図に、レミリア達はそれぞれ左右に分かれてそれを避けた。
距離の離れた巨人に対し、ハクレイジンジャーの四人も後を追いかける。
ヴァンピリッシュVにはマジョコンビが、永遠178号にはミココンビがそれぞれ立ちはだかった。
共通の相手とはいえ、敵の敵は味方という考えはレミリアも輝夜も持たず、それぞれに戦うようだ。
「さて、お手並み拝見といきましょうか」
一人戦いから離れた紫は、攻撃の届かない場所で口元に弧を描きながらその光景を眺めている。
その呟きは、果たして誰に向けられたものなのだろうか。
得体の知れなさを残したまま、その視線の先ではそれぞれに激しい戦いが繰り広げられようとしていた。
☆
ヴァンピリッシュVを駆るレミリアを中心とした紅魔館の面子の前に浮かぶのは魔理沙とアリス。
その体格差はてんで話にならないものの、特に魔理沙の魔砲は当たり所によっては手痛いダメージになる。
油断して隙を見せれば、確実にそこを突いてくるに違いない。
さらにアリスがサポートに回るとなると、その直線的で避けやすい攻撃も避けられる可能性がぐっと下がってしまう。
普段は考え方も相反する点が多く衝突しがちな二人だが、いざ共闘すると凹凸のピースががぴったりはまるかのように、抜群のコンビネーションを発揮する。
「書物泥棒の常習犯といい、あの白黒とは何かと因縁があるわね」
「ただその分、相手の対処がしやすいとも言えるわ」
親指の爪を噛みながら忌々しげに舌打ちをするレミリアに、パチュリーが冷静な答えを返す。
確かに相手との因縁が深いということは、それだけ相手との接点が多いということであり、対処法も考えやすい。
特にパチュリーや小悪魔のように、いつも魔理沙から迷惑を被り、その対策を考えている者が味方にいるのだ。
「そうか……むしろこれは相性が良いってわけね」
「そう、積年の恨みを晴らせる最大のチャンスって訳……うふふ、どう料理してあげようかしら」
余程日頃のうっぷんが溜まっているのか、パチュリーはいつになく黒いオーラを放ちながら、前方の箒に跨った白黒魔法使いを見据える。
下手をすると完治までに数週間程度のけがを負わせて、持って行かれた書物を取り返そうとすら考えているような目つきだ。
レミリアは知っている。こうなったときの親友は本当に恐ろしいということを。
「パチュリー様、これでようやくあの憎き泥棒鼠に持って行かれた数百冊の本が戻ってくるんですね」
「そう、そんなに持って行かれていたのね。途中から数えるのも悲しくなって、やめたんだけど」
「ぅぅ、長い。本当に長い時間でした」
「待たせたわね。小悪魔、でもまだ帰ってくると決まった訳じゃないわ。さぁ私達の手でそれを確実なものとするのよ!」
「はいっ!」
どんどん勝手に盛り上がる書庫暮らしの二人に、残る三人は取り残されがちだ。
しかしここで無様な醜態を晒すわけにいかないのは共通の思い。
それにパチュリーがこれだけやる気を出してくれれば、ヴァンピリッシュVの勝率もそれだけ上がろうというものだ。
そうやってレミリア達の――主にパチュリーの――士気が上がっている間、魔理沙達はその間を相手が警戒しているものと思い、手を出さずにいた。
彼女たちはここに来る途中、先の戦いを遠くからとはいえ見ているのだ。
その攻撃力の高さを目の当たりにしていれば、そう迂闊には手を出せない。
相手が警戒をして隙を窺っていると思えば、尚更隙を自ら露呈してはいけないと考えるのも道理。
しかしなかなか攻撃を仕掛けてこない相手に、せっかちな魔理沙がいつまでも待っているはずもなかった。
「おい、どうしたんだ。さっきから何も仕掛けてこないじゃないか」
「ちょっと! 無闇に挑発する必要はないでしょ」
「アリスは慎重すぎだ。これだけ的がでかいんだから、下手な鉄砲も数打ちゃ全弾当たるって。いくぜーっ!」
充分に練られた魔力が、ミニ八卦炉を媒介にして巨大な攻撃エネルギーに変換されていく。
それをまったく抑制することなく、一筋の奔流として放つ。
魔理沙と言えばマスタースパーク、マスタースパークと言えば……他のキャラも浮かぶ気はするがそこはさておき。
いきなり十八番の必殺技をぶっ放す魔理沙に対し、ヴァンピリッシュVは即座に反応を返した。
『そんな変わり映えのない攻撃。いつまでも紅魔館に通用すると思わないことね』
「ほぉ、今日はいつになく声に凄みがあるじゃないか」
『知りなさい。七曜の魔女に張り合うとはどういうことかっ』
ヴァンピリッシュVのアームバスターの砲口が白く発光したかと思うと、マスタースパークに劣らない勢いで魔力波が放たれた。
一直線にマスタースパークとぶつかり、魔力の飛沫を周囲に飛散させるヴァンピリッシュVの魔砲。
咲夜が時を止めれば避けるのは容易いが、真っ向から迎え撃つ選択肢を選んだのには、相応の理由と根拠がある。
「な、なんだ、これっ」
「どうしたの魔理沙」
違和感に気がついたのは、直接やり合っている魔理沙だった。
これだけ激しく魔力同士がぶつかっているのに、手応えが軽すぎる。
だが注ぐ魔力を弱めれば相手の攻撃は確実にこちらに向かってくるのだ。
魔理沙は手応えのなさを不審に思いながらも、攻撃の手を止めることも出来ずにいた。
『だから言ったでしょう。変わり映えのない攻撃がいつまでも通用すると思わないことね、って』
「くっ、なんなんだこの魔力はっ!」
『気持ちが悪いでしょう? 当たった側から自分の魔力が霧散していくんだもの』
パチュリーの言葉をヒントに魔理沙は、この違和感の正体を理解した。
相手は七つもの属性を操る精霊魔法のプロフェッショナルだ。
マスタースパークの魔力成分を予め研究し、それとは“相反する属性”の魔力を生み出すことなど容易なはず。
つまりパチュリーは、魔理沙のマスタスパークを反対の属性で抹消するという最低限の魔力でできる反撃手段を構築していたのだ。
言うなればアンチマスタースパーク。
それだけ彼女が常日頃から魔理沙への対策を講じていたことが窺える。
『パチェからどれだけの恨みを買っていたかがよくわかるな』
「って、お前は何もしないのかよ」
『そんな悠長に話してて良いのか? 気を抜いたらパチェの魔力に貫かれるよ』
「それはお互い様だろうがっ」
これでは最早根比べだ。どちらかの魔力が途切れれば、それまで相殺し合っていた魔力が消えた方へ一気に向かっていく。
先に魔力が途切れた方の負けという、なんともシンプルで分かりやすい決着。
しかしパチュリーはどちらかと言えばアリスに似通ったタイプの戦い方だ。
力押しという魔理沙の常套手段で、しかも真っ向から向かってくるとはどういう了見なのか。
その疑惑はアリスも感じていて、すぐにその意図には察しがついていた。
「魔理沙、攻撃が効かないからって諦めないでよね」
「わかってるって。だけど私は身動きが取れないんだぜ?」
「そんなの見りゃわかるわよ。だから軽率な行動は取るなってあれほど……」
「あーはいはいっ、この状況で説教はやめろっ。集中力が途切れるっ」
だったら会話に乗らなければいいのに、とアリスは愚痴りながらもこの状況を打破するために思索を巡らせる。
真逆の魔力をぶつけるという防御としては最も魔力の燃費が良い手段を使ってくるとは、敵ながら流石はパチュリーだ。
しかも魔理沙の十八番であるマスタースパークを、真っ向から打ち消すことでこちらの戦意を削ごうとしているのだ。
得意技、必殺技が全く効かないとなれば、魔理沙みたいな単純なタイプは必ず隙を作ってしまう。
(パチュリーは、きっとそれを狙っているに違いないわ。良く言えば純粋、悪く言ったら単細胞な魔理沙の弱点をついてくるなんて……)
だが感心しているだけでは意味がない。その上を行く策を講じて対応してこその自分の立場である。
魔理沙も頭が悪いわけではないが行動が直情的すぎる。ここは一つ思慮深く行動することの重要性を知らしめてやるのも良いだろう。
「魔理沙っ」
「だから話しかけるなって」
「良いから。私の言うとおりにして」
「何か良い案でもあるのか」
「無ければ言わないわよ。こんなこと」
アリスは魔理沙の隣に移動すると、声を潜めて耳打ちをする。
しかしその考えに、魔理沙は今ひとつ納得がいかないように顔を歪めた。
協力するのが嫌だというわけではない。
永夜異変の時だってアリスとは共に行動し、霊夢や、今のその霊夢が戦っている永遠亭の連中と戦ったことだってある。
だがその時から、こればかりは二度としないと誓ったことが魔理沙にはあった。
「そんな顔して。変なところで真面目なんだからっ」
「だってあんなの卑怯だろ」
「卑怯って、あんたねぇ。どっちにしたって、今はこれが最善の策だってことくらいわかってるんでしょ」
「だ、だけどなぁ。ちぃとな方法で勝っても私は嬉しくないぜ」
なかなかふんぎりのつかない魔理沙に、次第にアリスの苛立ちが募ってくる。
このままこうしていても埒があかない。
アリスは強行手段に出ることにした。
「紅魔館! 今からとっておきの必殺技で、あんた達を倒してあげるから覚悟なさい!」
『ふん、言ってくれるじゃないか。陰気な人形遣いが』
「お、おい、アリス」
本来なら自分がやるような言動を、アリスにされてしまい魔理沙は慌てる。
こう宣言されてしまった以上後戻りはできず、もうアリスの提案した“あれ”をするしかない。
「わかった、わかったよ! やりゃあ、良いんだろっ」
「そうよ、さっさと終わらせて帰るんでしょ」
アリスは魔理沙の背後に移動すると、八卦炉を持つ魔理沙の手に自身の手を重ねた。
首筋にアリスの吐息が掛かってくすぐったいが、そんなことを気にはしていられない。
『合体攻撃か? その程度でこのヴァンピリッシュVの攻撃が敗れるとでも?』
『……敗れるわね』
『パチェ!?』
身内からの否定の言葉に、レミリアは仰天した。
再度パチュリーの席を見ると、やはり難しい表情を浮かべて、一人ぶつぶつと呟いている親友の姿がある。
成る程その手できたか、とか、そうするとこうするべきか、とか勝手に納得して勝手に話を進めているようだ。
勝手に話を進めていると言えば、魔理沙達もすでに次の段階に入っている。
アリスの提案には乗りがたかったが、こうなってはまったらもうやけくそである。
一度やると決めたらもう迷わない。それが霧雨魔理沙の生き様だ。
「行くぜっ、アリスっ」
「準備万端、いつでもいけるわ」
「「マリス砲(カノン)っ!!!!」」
あなたは覚えているだろうか、かつてマリス砲と呼ばれた必殺技があったことを。
あなたは覚えているだろうか、それは強力な攻撃力を誇っていたことを。
偽物の月を貫いた、智と力の合わせ技、それがマリス砲である!
簡易的に言えば、魔理沙とアリスの攻撃が交互に放たれるだけの単純な構成だが、二人の魔力の相性が良いのか、たったそれだけのことなのに攻撃力は飛躍的に上昇する。
しかし影で努力をして結果を出す魔理沙にとって、お手軽パワーアップみたいな手段は取りたくないのだ。
だから彼女は三段階目のミサイルを使わない。
「くっ、これはどういうことっ!? こっちの攻撃が押されてるっ」
「この攻撃は魔理沙の魔力に対しての反属性設定にしてあるの。つまりアリスの魔力が混じった今、こちらの攻撃が押されるのは当然のこと」
「いやいや、そんな冷静な判断は良いから! さっさとしないと直撃だぞ」
「だったら避ければいいじゃない」
「へ?」
パチュリーはレミリアに向けていた視線を、彼女の従者へ移す。
うまく魔理沙がこっちの思惑に乗ってくれれば一番良かったが、全てのことが思惑通りに進まないことくらいわかっている。
「結果的に倒せればそれで良いわ。この攻撃だけで倒せるなんて、誰も言ってないもの」
あまりにもあっさりと『退去』という選択肢を選んだ親友に、レミリアは複雑な思いを抱いた。
あれだけの執念を見せていたのに、こうも簡単に手の平を返すことができるものなのか。
もしかするとパチュリーには、書物を取り返すこと以外の目的があるのかもしれない。
それならこのあっさりした引き際にも、多少の納得がいく。
「レミィ、咲夜が時を止めたわ。今の内に移動を」
「え? あ、えぇ。わかってるよ」
何か釈然としないものを感じながらも、それを知る術がない以上、今は目の前の相手に集中するしかない。
レミリアはひとまず迫り来るマリス砲を避けて、彼女たちの背後を取った。
再び時が動き始めると、相殺する要素の無くなったマリス砲が向かいの山へと直撃する。
「うおっ、デカ紅いのが消えたぞ!」
「魔理沙っ、後ろよ!」
『もらったぁっ!』
突然背後に移動した気配を察知した二人は、すぐにその場を離れようとするが、それよりも早くヴァンピリッシュVの右拳が目前に迫っていた。
気配を察し振り返るのに一秒、危険を感じ移動を始めるのに一秒、完全にその場を離れることができるのは、どれだけ短く見ても三秒は掛かる。
それだけの時間を相手に許してしまうのは致命的だった。
「魔理沙ぁっ!」
アリスの悲痛な叫びが木霊し、ヴァンピリッシュVの右拳が魔理沙の黒い姿を無情になぎ払う。
地面に向けて真っ逆さまに落ちていく魔理沙の姿を、呆然と見つめるアリスに、レミリアの高圧的な笑いが降り注ぐ。
『あっはははっ、まずは一人。大丈夫、死にはしない程度の威力に抑えておいたから、全部終わったら助けてやるよ』
「全部?」
『そうだ。お前にも同じ目にあってもらうよ。まだその後に輝夜との決着も待っていることだしね』
「……残念だけど、その決着は着けさせないわ」
『何?』
刹那、レミリア達の視界を真っ白な光が埋め尽くした。
それは太陽の明るさではない。まるであの天盤の星が降ってきたかのような、そんな輝き。
「自分で夜の王とか言ってるくせに、どうやらその両目は鳥目らしいな」
『その声はっ』
レミリアが天を仰ぐと、そこにいたのはさっき落としたはずの白黒魔法使い。
しかも何事もなかったかのように、服装一つ乱れてはいない。
あの刹那の内に避けていたというのか。それにしてもかすり傷一つ無いのは理解しがたい光景だ。
輝夜のように時の停止の影響を受けない能力を持っていれば話は別だが、魔理沙がそんな高次元の魔法の完成させていたとは考えにくい。
「どうした? そんなに気になるなら、自分の目で確かめてみればいいだろ」
手応えはあった。
それに魔理沙が落ちたはずの場所は、落下の衝撃の後がまざまざと残っている。
アリスはそこにいるし、他には何もなかったはずだ。落ちたとすれば魔理沙以外の何があったというのか。
「美鈴、見てこい」
「え、私……ですか?」
今まで会話に入る余地の無かった自分が名指しされ、美鈴は戸惑いを隠せない。
そんな戸惑う美鈴にレミリアはさもそうすることが当然と言わんばかりに命令を下す。
「そうだ。今咲夜とパチュリーに居なくなられると困るからな。お前の出番は多分、これ以後無いだろうし」
「小悪魔ちゃんは……」
「私はお前に命令しているんだ。それとも何か? 私に意見するつもり?」
長く鋭い爪の伸びた右手の指をパキパキと鳴らす姿に畏怖を感じた美鈴は、何も言えず操縦席を出て行った。
そしてヴァンピリッシュVから離れ、魔理沙が落ちたはずの場所へと移動する。
「こ、これはっ」
『どうしたの、何を見つけたっ?』
倒れた木々を掻き分けて、美鈴が見つけたものは――
「に、人形ですっ。霧雨魔理沙の等身大の人形を見つけましたっ」
『人形だと……まさかっ』
「そのまさかよ。あんた達が叩き落としたのは私手製の魔理沙人形だったってわけ」
いつの間に、というかどこにそんな等身大の人形を持っていたのか。
とても気になるところだが、尋ねたところで「乙女の秘密」の一言で済まされてしまった。
まさか美鈴同様、地味キャラにここまでコケにされるとはレミリアも思ってなかったらしく、それだけに悔しさも一入だ。
『くっ、小賢しい真似を!』
「小技の連続で罠に掛けるのが私のやり方よ。――そう、最初からね」
アリスの不敵な笑みに、悪寒を感じたレミリアはすぐに周囲に視線を巡らせた。
するといつの間に囲まれていたのか、八方にアリスの人形が浮かんでいるではないか。
マリス砲や囮人形の存在に気を取られすぎて、気配も形も小さいそれらに気付くことができなかったらしい。
「図体がでかいというのも考えようね。死角を作りやすくて、こっちとしては大助かりだったわ」
『ふん、そんな魔力の小さい人形をいくつ使ったところで、お前の攻撃力じゃ傷一つつけられやしないさ』
「そんなの分かってるわよ。あんたにいちいち説明される筋合いはないわ」
逐一カチンとくる言動ばかり取るアリスに、レミリアの苛立ちも最骨頂だ。
そしてそれが行動に表れるのにも、さほど時間は掛からなかった。
『そんなに痛めつけて欲しいなら、先にお前からやってやるよ!』
魔槍を作りだし右手で構えるヴァンピリッシュV。
その直撃を喰らえば、さっき魔理沙人形を叩き落した程度では済まない。
アリスの言動はそれだけレミリアの精神を逆撫でしていた。
密度の高い、しかも吸血鬼という種族の強力な魔力の塊が、今にも放たれようとしている。
しかしアリスは、避ける体勢も見せず、その場から動こうとしない。むしろ動く必要がないという余裕すら垣間見える。
「さてと、そろそろかしら……」
アリスは懐中時計を取り出し、その短針がカチリと音を立てながら次の時を刻むのを確認する。
その瞬間、八方に散って配置されていた人形達から魔力で精製された糸が延ばされていく。
ヴァンピリッシュVを囲むように次々と放たれる糸。だがその細さでは確保も束縛もできはしない。
すぐに、放ったそばからぶちりぶちりと引きちぎられてしまう。
『なんだ、この脆い糸は。まさかこれがお前の攻撃だというのか?』
「そうよ。全てはこのための布石」
『だとしたら、とんだ誤算だったな。この程度でこのヴァンピリッシュVの動きが封じられるとでも思っていたのか?』
「ええ、その通りよ」
にっこりと微笑んで、微塵も焦りをその顔に浮かべることのないアリス。
どこからそんな自信が湧いてくるのかは知らないが、癪に障ることに変わりはない。
『今日はそこの白黒より、鬱陶しいよ。そんなに喰らわせて欲しいなら、今すぐにくれてやるわ!』
レミリアはヴァンピリッシュVの右手を動かし、その手が握る魔槍を放とうとする。
だが操縦桿から感じられたのは、何とも軽い手応え。
『え?』
そこにはあるべきはずの右腕はなく、レミリアは己の目を疑った。
だが次の瞬間、それが現実だということがすぐにわかるようになる。
右足、左足、左腕――合体のために連結、変形していた箇所が次々と離れていく。
立つことも支えることもできなくなり、まるで甲羅しか無くなった亀のように大地にその巨体を転がすヴァンピリッシュV。
その操縦席では、レミリアが突然の出来事に困惑と戸惑いを露わにしていた。
「ど、どうなっているんだ。パチェ!?」
「してやられたわね。最初からこれが狙いだったんだわ」
「だから一人で納得せずに、私達にもわかるように説明してって!」
「私が魔理沙の攻撃を相殺した術法の応用ね」
それでもわからないと、レミリアは頬を脹らせて抗議する。
パチュリーは特に反応を返すことなく、淡々と説明の続きを始めた。
「このヴァンピリッシュVの変形や合体には、私が予め施した魔導術式が使われているの。アリスはその術式を解法する魔法で対抗してきたようね。多分さっき千切った糸にその魔法が込められていたんだわ」
「じゃあ、もう一度その術式を施せば元に戻るんじゃないですか?」
「それができれば苦労はしないわ。今から全部の箇所に再構築してたら夜が明けてしまう」
咲夜の提案も一蹴され、もはやレミリア達に為す術はなくなってしまった。
文字通り手も足も出なくなり、できることと言えば視線を動かして周囲の様子を眺めることだけだ。
その視界に永遠178号と霊夢達の戦いが映る。
「向こうはまだ戦っているのか。それにしては動きがないようだが……」
「いえ、どうやら向こうも終わったようよ」
☆
ヴァンピリッシュVがアリスの戦略に敗れるその少し前。
永遠178号はミコレッドとミコブルーこと、霊夢と早苗との戦いを始めていた。
蓬莱ドリルで大地を砕き、その飛礫を雨あられのように降り注がせる。
硬い岩の合間を縫うように飛ぶしかない霊夢達は、その移動が制限されてしまう。
攻撃しようにも岩が邪魔になり、まともに攻撃を放つこともできない。
その間にも永遠178号の猛攻は止むことはなく、胸部から放たれる超閃人参は霊夢達に当たらなくても、周囲の岩に当たるだけで爆発しその爆風だけでも充分な威力を発揮している。
「ったく、バカスカと」
「これは予想以上だわ。霊夢さん、いったん距離を取った方が良いのでは?」
「あの巨体相手に、こっちがどれだけ移動したって意味がないわよ」
早苗は最近幻想郷にやってきたばかりだ。
現人神として、どれだけ良い素質を持っていても、戦闘はやはり経験不足であり、そのことでは霊夢の方が圧倒的に場慣れしている。
外の世界で見ていた特撮モノを、まさか自分がやることになろうとは。
しかもそれはドラマでも遊びでもなく、結構ガチだったりするから困りものだ。
「こんなことが、幻想郷じゃ日常茶飯事なの?」
「今回のは異常よ。まったく、最近大人しくしている思ったら、こんなろくでもないこと企んで」
これからは信仰を増やし、さらに維持するためにこういう厄介事の解決にも乗り出さなくてはならないだろうが、こんなことばかりじゃ身が保たない。
神社の管理に関しては問題が大有りだったが、この博麗霊夢という少女はそれなりに頑張っているのだということを、早苗は実感していた。
聞いた話によると、今戦っている永遠亭の連中とも一戦やらかしたらしい。
その時は、現在遠くで高みの見物を決め込んでいる紫と共闘したと言うが。
「偽物の月といい、今回の巨人といい。月人のやることは意味が分からないわ」
『意味が分からないなら手出ししないでほしいものね』
「そんなわけにいくはずがないじゃない」
『今回はあのスキマ妖怪の助けが無いんでしょう? 人間二人でこの永遠178号の相手が務まるとでも思ってるのかしら』
「あったり前でしょ! 紫がいなくたって、あの異変も私だけで充分だったわ」
陰陽玉を放ちながら、霊夢はひょいひょいと永遠178号の攻撃をかいくぐる。
早苗はそんなやり取りを見ながら、自身の周囲の岩を弾幕で砕くので精一杯だ。
タイマンの弾幕ごっこなら、山の妖怪との間でも行っているため、だいぶ慣れてはきたがこんな戦いは初めてでどうにも勝手が分からない。
その辿々しい動きは、輝夜達から見ても早苗が戦い慣れしていないことを理解するのに充分だった。
永遠178号のコクピットでは、そのことについて輝夜と永琳の二人が会話をしていた。
「永琳。あの青い巫女、初心者ね」
「そうね。初々しくて可愛いわ」
「そんなことを聞いてるんじゃないわよ。やっぱりここはあの子から先に倒してしまうのが良いかしら」
「あらあら、輝夜ったら。貴女も中々悪よねぇ」
「いやいや、永琳ほどじゃ――って、私は悪じゃないわよ、むしろアイツ等が敵! 私達にとっての悪!」
ムキになって言い返す輝夜に、永琳は保護者の笑みを浮かべて誤魔化す。
あの博麗霊夢を相手にしているのに、どこか呑気なのは彼女たちが自分たちの力に絶対の自信をもっているからだ。
そしてその自信をさらに強固にするように、攻撃の手を休めることはしない。
『ほらほら、どんどん逃げ場は無くなるわよ!』
「わかってますって!」
爆風と石飛礫の嵐という組み合わせに、どうにも反撃の糸口が掴めない早苗。
相手の攻撃が大きすぎるし、多少の反撃では相手の攻撃の波に打ち消されてしまうのがオチだ。
魔理沙なら問答無用のマスタースパークとかで、強引に活路を開きそうなものだが、生憎彼女は離れたところで別の相手と交戦中である。
ここはやはり自分の力で、現人神の力で活路を見出し、先の戦いで霊夢に作った借りを返すと共に、幻想郷の信仰を集めるのだ。
経験不足がどうなどと、言い訳じみたことばかり言っていては、幻想郷に移り住んでも外の世界同様信仰は失われてしまう。
「そんなこと――させるものですかっ」
早苗は御幣を取り出し、永遠178号の攻撃をかいくぐりながら空に巨大な五芒星を描く。
その神力で描かれた五芒星はさらに五つに分かれ、その一つ一つが五本の線に分かれて周囲に散った。
隙間を作らない反撃で、少しだけだが石飛礫の嵐に空間ができる。
相手が次の攻撃を仕掛けてくるまでは、多少なりともこちらも準備ができるというものだ。
この隙に今度はこっちのペースに持って行ければ、多少だが勝機は見えてくる。
「やるじゃない」
「私を誰だと思ってるんですか」
近づいてきた霊夢に褒められ、少し鼻を高くする早苗。
どうやら無意識のうちに感じていた足手まといという劣等は、もう心配なくなったようだ。
「それじゃあこのまま一気に叩くわよ」
「そうですね。あんなものにいつまでも居座られたら、神奈子様達の印象が薄くなってしまいます」
「理由は何だって良いわ。とりあえず、あいつの動きを少しの間で良いから制限してもらえる?」
「あなたとこうして共闘するのは何だか不思議ですが、わかりました。これも守矢の信仰のため。今回は協力してあげます」
どこまでも自分の役目に忠実で、真面目な態度を崩さない早苗だが、その顔はどこか活き活きしているようにも見える。
心の何処かではこの戦いを楽しむ余裕すら生まれているのかも知れない。
なんだかんだで張り切る早苗を見ながら、霊夢は苦笑を漏らした。
『少しくらい攻撃を防いだからって、その程度で勝てると思わないことね』
「それはこちらも同じ事です。私の奇跡を見もせずに、最初から勝った気でいるなんて」
『奇跡ねぇ。そこまでちゃっちい言葉にすがっている時点で、私からすれば勝てる相手にしか見えないのだけど』
奇跡を信じぬ者には奇跡は起こせない。
風祝として、奇跡の力を持つ者として育ってきた早苗が、先代からずっと聞かされてきた言葉だ。
それは何代も前から脈々と伝えられてきたことらしい。
そしてもう一つ、そこから言葉はこう続く。
「だから私のような奇跡を起こせる者が、奇跡を信じぬ者を救うのです!」
『あははっ、救う? あなた如きが不老不死の私を救う?』
「見なさい、その眼でしっかりと! そして自身の愚かしい行為を悔い改めなさい!」
高らかな宣言と共に、再び天に描かれる巨大な五芒星。
しかし驚くべきはそこではない。
石飛礫がまるで、早苗を敬い自らの意思で避けていくように道を造っていく。
モーゼが起こした奇跡の如く、石の雨が左右に分かれ、その中に浮かぶ早苗の姿は月光を受けてどこか神々しくさえ感じられる。
だがこれはただ攻撃を避けるための行為ではない。
『っ、これはっ』
「霊夢さん、こんな感じでどうですか」
「上出来上出来。面目躍如はできたわね」
「私が実力を発揮すれば、これくらいは当たり前です」
早苗の力によってぽっかり空いた空間。しかしそこにあった岩片を消したわけではない。
それらは全て永遠178号と霊夢たちを取り囲むようにして浮かんでいる。
あれだけ派手に抉った岩々の欠片で作られた強固な壁だ。
『こんなものっ』
永遠178号の拳が連続的に繰り出されるが、空いた側から早苗の神通力によって修復されてしまう。
こうなったら蓬莱ドリルで直接攻撃するしかないと、輝夜の意識が岩壁に向かったときだ。
「余所見は禁物。あんたの相手はミコブルーだけじゃないんだからっ」
『その声っ、博麗霊夢!』
「さあ、これはどう対処するのかしらっ」
振り返ると、そこには自分の何倍にも巨大化した陰陽玉を片手で掲げる霊夢がいた。
早苗が攻撃を防いでいる間、霊夢は特大の『陰陽鬼神玉』を作り上げていたのだ。
あれを喰らってはいけない。
輝夜の脳裏を第六感的なシグナルが灯滅する。
この場からすぐに離れようにも、岩壁が邪魔して動けない。
特大鬼神玉を盾にするようにして、そのままこっちへ直行してくる霊夢。
もはや避けるとか防ぐとか考えている場合ではない。
かくなるうえは――
『全力で破壊するしかないっ!!』
「やってみなさい。行くわよ! 輝夜ぁっ!!」
岩壁を破壊するために構えていた蓬莱ドリルを、そのまま鬼神玉とぶつけ合う。
密度の高い霊力が強力なドリルの攻撃力に削られて、眩い光の粒子となって散っていく。
だが充分に圧縮された霊力の塊はそう簡単に打ち破られることはなく、外側の霊力が削られるだけで、その球体は形状を崩す気配も見せない。
『この程度のボールが貫けずに、カリスマの限界を貫くことができるわけがないじゃない!』
後ろに押されそうになる圧力を、気合いとカリスマへの執念で押し戻す輝夜。
そんな輝夜の思いを具現化するように、鬼神玉の中心に向かってめり込んでいくドリルの先端。
そしてそれが完全に核まで辿り着いたところで、その圧縮されていた霊力をつなぎ止める力に限界が訪れたのか、鬼神玉は爆散して周囲に光の雪を降らせた。
『どう、カリスマの力を甘く見るんじゃないわよ……って、あれ、霊夢は?』
「え? 今さっきまでそこに……」
岩壁が崩れ、舞い落ちる粒子も収まったとき、そこにいた紅白の目出度い人影は消えていた。
今の爆発に紛れてどこかに隠れたのか。
しかし、それにしては共闘しているはずの早苗も霊夢の姿を探してキョロキョロしている。
「ま、まさか今の攻防でやられてしまったのかしら……はっ、まさか面倒くさくなったから今の隙に帰っちゃったとか」
やられてしまったとは考えにくいが、後者の方はふと浮かんだ予測にしては妙な説得力があってぞっとする。
兎に角霊夢がいなくなってしまったのは事実であり、まだ目の前の巨大な敵は残っているのもまた事実。
早苗は自分が一人、猛獣の檻の中に取り残されてしまったような錯覚を覚えた。
魔理沙とアリスはまだ紅魔館の連中と戦っているし、紫が助けに来る様子もない。
その錯覚もあながち間違いではないということだ。無論、間違いであってくれた方がどれだけ良かったことか。
「よく分からないけど、チャンスみたいね?」
「そうね……でも、あの博麗の巫女がそう易々と諦めるかしら」
困惑しているのは早苗だけではない。
永遠178号の操縦席で、直に霊夢の相手をしていた輝夜とそれを間近で見ていた永琳も、突然霊夢が消えたことに納得ができいなかった。
あれだけの鬼神玉を作り上げる力を持った霊夢が戦線離脱してくれれば、こちらの勝利は確実だ。
だがその離脱するのが、霊夢と言うだけでどこか不安が残るのも彼女のことを知っていれば不思議ではない。
「でもどこにもいないじゃない。見えない相手を警戒するのも大事だけど、まずは見えてる相手からさっさと倒しておきましょ」
「そうね。私はまだ霊夢の動向の意図を考えているから、輝夜はあの青巫女にトドメを」
「任せておいてっ」
払拭できない不安を残しながらも、輝夜達は早苗との決着をつけることを優先する。
相手に動きがあったことで、早苗も致し方なく霊夢のことを考えるよりも自己保身に走る道を選んだ。
『さっはあれだけの力を使った後だものね。だいぶお疲れなんじゃない?』
「そんなことありません。私は奇跡を起こしただけです」
そうは言いながらも、寝ているところを叩き起こされ、わけの分からないままにハクレイジンジャーとしてこの戦いに参戦させられている早苗の、体力はだいぶ消耗されていた。
先程までの攻防であちらこちらへと避けさせられたことも、疲れとなって重くその身体を蝕んでいる。
『言葉では強がっていても、最初に比べると随分動きが鈍いわよ』
「くっ……お見通しですか。ですが、私だって神の端くれ! 死なない人間なんかに負けはしません」
どういう基準で現人神が蓬莱人より偉いのかは分からないが、早苗もまだまだ参る気は毛頭無さそうだ。
その様子を楽しみながら、また鬱陶しく思いながら、輝夜は操縦桿を握り直した。
もしかしたら霊夢がどこからか飛び出てくるかも知れない。
そうなったらまた不利な状況に持って行かれないとも限らない。
『そうなる前にまずはあなたを倒しておくわ! てゐっ、超閃人参乱れ撃ちよ!!』
館内マイクで指示を飛ばす輝夜。
しかし向こうからの通信は一切返ってこない。
それから数度試してみたが、音沙汰なしの状態は変わらなかった。
「何してるのよっ」
「……まさか」
憤慨する輝夜の横で、永琳はある一つの可能性に気がつく。
霊夢はああ見えてかなり合理的な動きをする。日常においても戦いにおいてもだ。
だとすれば、この戦いでも最も合理的に勝てる手段を使ってくるのではないか。
永琳は素早く脳を活性化し、あらゆる戦闘シミュレーションを描き出した。
もし自分が永遠178号の相手をすることになったら、この体格差では一撃で静めることは難しい。
相手の攻撃は大降りで避けやすいが、そのぶん一撃ごとの攻撃力は絶大だ。
そんなリスクの大きい鬼ごっこは合理的ではない。
それならどうする――
「……そうか、しまった!! まさかそんな裏の手を使ってくるなんてっ」
「どうしたの永琳?」
「輝夜、あなたはここに残って青巫女との戦いに集中なさい」
「でも霊夢は……」
「霊夢は絶対に現れないわ。私は今からここを離れるけど、絶対に気を逸らさずにまずはあの巫女から倒すこと。良いわね」
切羽詰まった永琳の言葉に、輝夜は気圧されながらも頷くしかない。
永琳がここまで慌てるということは、それだけの事態が起こったに違いなく、そんなときは有無を言わずに永琳の指示に従っておくのが得策と輝夜は学んでいる。
輝夜が頷くのを横目で見ながら、永琳は自身の武器である弓矢を携え部屋を後にした。
長い廊下を左へ右へと移動しながらまっすぐ、てゐ達のいる超閃人参発射口へと向かう。
この予想が正しければ、すでにあそこは――
「てゐっ、兎達は…………遅かったようね」
駆け込んだ瞬間に永琳は、自身の予想が正しかったことを理解した。
一羽残らず気絶させられた兎達があちこちに山を造り、超閃人参の発射台も壊されている。
てゐの姿はないが、危険を察して先に逃げ出したのだろう。
狡賢いがそれを咎めに探す暇はない。
永琳はすぐにその場を後にすると、次にこの惨状を起こした張本人を追うべく再び猛スピードで廊下を駆け抜けた。
この巨大な永遠178号と、生身の人間が戦うとき、最も合理的に勝利を掴む術。
それは的確に相手の弱点をつくことだ。
だが表面的な隙や、攻撃方法における弱点をいくらついたところで、規模が違いすぎるため有効打にはなっても、決定打にはなりにくい。
つくべきは、もっと根本的な所。
つまり――――
「さすがは天才ね、もう気付いてやって来るなんて」
「博麗……霊夢っ」
永琳が辿り着いた永遠178号の最深奥に、彼女は不敵な笑みを湛えて立っていた。
先程から姿の見えなかった霊夢が、足下に警備配置していた兎達を転がして、目の前にいる。
「あの爆発の隙に、超閃人参の発射口から侵入したのね」
「あんな所に入ってくださいと言わんばかりに、入り口があるんだもの」
霊夢が狙っていたのは、陰陽鬼神玉での有効打ではなく、それによって生まれる隙をついて、永遠178号の内部に侵入することだったのだ。
内部に入ってしまえば、自身に攻撃をするわけにもいかず、向こうからの攻撃は完全に回避できる上、戦う相手はこちらと同じ土俵で戦わざるを得なくなる。
そしてさらに勝利を確実なものにするための裏技にも、霊夢は気がついていた。
「こんな大きなものをどうやって動かしていたのか、とっても不思議だったんだけどね。ここに来たら一発で理解したわ。まさか、兎達を原動力に動いていたなんてね!」
霊夢の立つ位置よりも更に奥、そこには大小様々な車輪が備え付けられており、その一つ一つに永遠亭で飼われている兎達が必死に走っている姿が見られる。
そう、永遠178号はこの「イナバ力発電」によって、強力な力を生み出していたのだ。
確かに余りある人材、もとい兎材を利用しない手はないだろう。
そして霊夢の狙い。それはこの動力を抑えることにあったのだ。
「どんなものでも、動くための力が無くなったら動けない。お腹が空いたら動きが鈍るようにね。それがまさか兎の運動だとは思わなかったけど」
「退きなさい」
「それは無理な相談ね。あの兎達を解放すれば、危険な目に遭わずに戦いを終わらせられるもの」
「そう、あくまでも退かないつもりなのね。良いわ、だったら……」
永琳は鏃の切っ先を霊夢に向ける。
その手に揺るぎはなく、本気で獲物を狙う目つきで、永琳は弓を構えた。
霊夢も御幣と御札を取り出し、戦闘準備に入る。
永琳が矢を放った瞬間が、開戦の合図になるだろう。
しばらく互いに無言のまま、視線と視線のせめぎ合いが続く。
だが次の瞬間、びょうと一陣の風が吹き抜けるように、永琳の鋭い矢が放たれた。
霊夢はすぐにそれを避けて、反撃に転じようとするが、背後から聞こえてきた物音でその動きを止める。
見ると幾つかの歯車が外れ、疲れ果てた兎達が車輪から這い出てくる姿が見えた。
「あんた……どうして」
「ここまで入り込まれてしまったら、もうこちらの負けよ。遅かれ早かれ、ここで戦っていたら動力部は破損していたでしょうし」
だから先に降参するのだと、永琳は事も無げに告げた。
しかしその潔さを霊夢は咎める。
「ちょっとあっさりしすぎじゃない? 何か企んでいるようにしか見えないんだけど」
「その根拠は?」
「巫女の勘。それ以外に根拠なんか必要ないわ」
「そう、でも残念ね。貴女の勘、今日は鈍いようよ」
永琳はただそれだけ呟くと、動力を完全に落として動力室を出て行った。
こうして永遠178号はその巨体を立たせたまま、沈黙したのである。
一方の輝夜はいきなり動かなくなった永遠178号に、自身の敗北を感じ取っていた。
その視線の先では、ヴァンピリッシュVが四肢をもがれ崩れ落ちていく様子が見える。
「そう、アイツ等も負けちっゃたのね……」
なんとも情けない結末に終わったと、誰もいないコクピットで深い深い溜息を吐く輝夜。
その瞳からは、カリスマの輝きが失われようとしていた。
☆次回予告☆
まさかの敗北。
失意の渦中に落とされたレミリアと輝夜。
彼女たちのカリスマは完全に消え去ってしまったのか。
果たして力を失った彼女たちは、再び立ち上がることはできるのか!
カリスマの輝きの下、すべての物語は収束へ向けて動き出す。
未だ現れない戦士、C計画の真の目的、そして二人のカリスマ――
次回『Chaotic Charisma Carnival』、最終話『そして全てがCになる』
来年もよい年でありますように。
《つづく》
☆
夜風を身に纏い、暗雲を切り裂いて現れた4つの影。
ハクレイジンジャーと名乗った彼女たちは、名乗りをあげたは良いものの、別にビシッとポーズを決めるわけでもなく、ばらばらの姿勢で巨大な人型ロボットに鋭い視線を送っている。
「あんた達ねぇ。いい加減迷惑だからやめなさい」
その内の一人、赤いスカーフとサングラスを着けたミコレッドが面倒くさげに言い放つ。
しかし指を指された紅魔館の面子も永遠亭の面子も、その衝撃的な登場に呆気にとられて言い返すどころではない。
その中、いち早く状況を冷静に理解したのは、レミリアの背後に座る完全で瀟洒なメイド長だった。
『迷惑なのはそっちでしょう。どうでも良いけど、霊夢と魔理沙とアリスよね。そっちの俯いて真っ赤になってる腋巫女二号は面識無いからわからないけど』
「ひどいっ! 守矢神社にその人有りと言われた私に対して、腋巫女って。しかも言うに事欠いて二号だなんて! あんまりだわ!」
「いやいや、面識無いなら分からなくて当然だぜ。私は分かってるからとりあえず落ちつけ」
憤慨するミコブルーと、それを後ろから宥めるマジョブラックをモニタ越しに見ながら咲夜は、やっぱりいつもの面子に間違いないと確信する。
呆気にとられながらも、とりあえず事実を事実として認めれば正体はわかるものだ。
どれだけ目元をサングラスなり仮面なりで隠したところで、いつもと同じ衣装を身に纏っていたら正体も何もない。
ただそれだけ正体が分かりやすいからこそ、この登場が不可解に思えてならないのだ。
「こっちも睡眠時間返上で来てるんだから、さっさと終わらせて帰らせてもらうわよ」
『あーちょい待ち』
あくまでもマイペースに事を運ぼうとするミコレッド、もとい霊夢に、平静を取り戻したレミリアの制止が掛かる。
正確にはまだ理解も納得もできていないのだが、このまま呆けていても埒があかないのだから仕方がない。
霊夢は溜息を吐きながらも言葉を止め、眉根を寄せることで不機嫌であることを示した。
『お前達は何がしたいわけ?』
「そんなの決まってるじゃない。ねぇ?」
霊夢は振り返って他の3人に同意を求める。
すると3人とも揃って縦に首を振り、その言葉に同意の意を示した。
「景気よく暴れに来たに決まってるだろう」
「信仰のための調伏です」
「この3人じゃ手に負えないようだったから手伝いにきたのよ」
「あんた等ねぇ。少しは合わせるって事を知らないの?」
どうやら即興で集まった面子らしく、連携は取れてない様に見える。いや、様にではなく実際一致団結してない。
だがそれならその統一されたスカーフとサングラスは何なのか。
されにさっきのかけ声も、いきなり合わせたにしては綺麗にハモっていたし。
『ちょっとちょっと。私達にも質問させなさいよ』
そこへ永遠178号から輝夜の苛立った声が飛ぶ。
永遠亭サイドもこのハクレイジンジャーの登場は予期してなかったことらしい。
それは暗にこの飛び入り達がどちらの味方でもないことを証明しているのだが、今は両者共そんな事など気にしては居ない。
『私だって聞きたいことがあるんだ。お前は後にしろ』
『何の権限があって、そう言えるわけ』
『先にアイツ等と口を利いたのは私達の方だ。だからこっちが先に聞く権利があるに決まってるじゃない』
『でもあなた達はもう一回質問したじゃない。次は私達の番よ』
こっちはこっちでまた当主同士の低レベルな口喧嘩が始まってしまった。
そんなやり取りに、霊夢はまた深々と溜息を吐き、この事態をとりあえず収めるために一つの提案を出す。
「あーもー、煩いわねぇ。それなら先に質問させてあげるわよ。そうしないと気が進まないんでしょ? でも質問は私達が指名した奴が言うこと。良いわね」
『まぁ、別に』
『私はそれで構わないけど』
レミリアも輝夜もそれで納得したため、決闘は一時中断。
いきなりだが「なぜなに? 教えてハクレイジンジャー」の時間が始まってしまった。
「で、とりあえず誰が何を聞きたいのよ。じゃあ、レミリア」
『その、なんとか戦隊っていうのは何の真似だ』
「あんた達のやり方に対応しただけよ。巨人相手にはこうした姿勢が最も有効らしいわ。どう、格好良いでしょ」
『格好良い……ねぇ』
そんなこと誰から教わったのか。
だが本人達は意外と気に入っているらしい。口上の時も結構ノリノリな様子だったし
ただ一名、ミコブルーだけは趣味が合わないのか、それとも唯一まともだからなのか赤面してたし、どこかやけくそになっていた感が否めない。
「それじゃあんたへの答えはそれで良いわね。じゃあ次は輝夜よ」
『何でミコとマジョで分かれてるのよ。普通そういうのは統一するもんじゃないの?』
「なんか突っこみ所が違う気もするんだけど、まぁいいわ」
どうやら輝夜には「~戦隊」への理解が少なからずあるようだ。月では流行っているのかも知れない。
そしてそこには何かしらのルールが存在していて、輝夜にはそのルールに沿っていない霊夢達には言いたくて仕方がないと、そういうことのようだ。
その質問に答えたのは、一人だけ箒に跨って浮いているマジョブラックだった。
「いやだって、私達巫女じゃないし。なぁマジョイエロー」
「だから出発前に言ったけど、私はイエローじゃなくてホワイトよっ」
肩に置かれたブラックの手を邪険に振り払うホワイト。
どうやらここに来るまでに一悶着あったらしい。しかし何かしら集まってやっていたということは、一度は打ち合わせなりなんなり、準備をしてからやって来たということが今の会話から読み取れる。
『確かに。赤・青・黒・白じゃあパッとしないわね。必ず一人は黄色がいるものなんだけど』
「いや、元々アリスが黄色って事で落ち着いていたんだぜ? なのにこいつが黄色は嫌だって」
輝夜の言葉に魔理沙は大きく頷いて便乗する。
完全に当初の目的を脱線しているのに、まったく気にしていない様子だ。
そんな魔理沙にアリスの激怒の反論が飛ぶ。
「なんで黄色なのよ! 霊夢とあの早苗って子はまだ分かるわよ。魔理沙も、まぁ黒いわよね。でもなんで私は黄色なの? 納得いかないわ」
「髪の色じゃないのか?」
「これはブロンドよ! それに髪の色で言えば魔理沙のだって黄色に近いじゃない」
「私は黒だ。そういうイメージだろ?」
「じゃあ何。私のイメージは黄色だって言うの? 冗談じゃないわ。私は清廉潔白な白に決まってるじゃない」
そう言う発言をしている時点で、まず清廉潔白というイメージから遠ざかっていることに気付かずアリスは主張を続ける。
レミリアと輝夜の口論さながらのやり取りを続ける魔理沙とアリスを横目に、ミコブルーにさせられた早苗は霊夢に近づき、二人には聞こえないように耳打ちした。
「ちょっと。あの二人、放っておいても良いんですか」
「良いの良いの、いつもあんな調子だし」
「付き合いの長いあなたが言うんだからそうなんでしょうけど……」
早苗は再度背後をちらりと見て嘆息する。
まだ後ろで黄色はカレーっぽいから嫌だだの、カレーの神様に謝れだの、不毛な争いは続いていて、こっちの動向には見向きもしていない。
しかし気にする早苗と違って、霊夢は完全にスルーを決め込んでいるらしく、次の質問をするように促した。
「じゃあ次は?」
『あ、じゃあ私が……』
「その声は……えぇっと誰だっけ?」
『美鈴です。紅魔館門番の』
名前だけではピンと来なかった霊夢だが、役職を聞いて「あぁ」と手を打った。
本人はそこまで面識が無いわけではないと思っていただけに、美鈴はその素っ気ない言動に落胆する。
しかし霊夢からは見えてないしーーいや見えていたとしてもーー、美鈴の小さな心の傷を気にかけること無く話を続ける。
「まぁ、誰でもいいんだけどさ。あんたは何が聞きたいのよ」
『何だか色々釈然としないんだけど……あのですね。さっきの名乗り口上の時に「五人揃って~」って言ってましたけど、四人しかいませんよね』
美鈴の質問を聞き終えた霊夢は、無言のままくるりと後ろを振り返る。
そこには未だ言い争いを続ける似た者魔女コンビがいるだけで、他には誰もいない。
そして再び何も言わずにヴァンピリッシュVの方向を向く。
得も言われぬ空しい空気が漂う中、開口一番に霊夢が言った言葉は――
「あんの黒幕! よくよく考えたら名乗りの時から来てないじゃないの!」
『って今の今まで気付いてなかったの!?』
「後から行くから先に行っててね~、とか言ってたくせに。肝心な時にいないなんて!」
「だからあんな胡散臭い妖怪の言うこと聞く必要ないって言ったじゃないですかっ」
この登場を演出したらしき五人目が来ていないことに腹を立てる霊夢。
早苗はどうやらそれに対して抗議をしたらしいが、却下されたのだろう。
一人だけ乗り気でなかったのも、それで頷ける。
「そもそも名前がモリヤジンジャーじゃない時点で、私は納得できてないんです! なんで守矢の巫女が別の神社の名前を冠さなきゃいけないんですかっ!?」
「まさか今までふて腐れてたのって、それが理由? てっきり“あぁいうこと”をするのが嫌なんだとばかり思ってたけど」
「はぅっ!?」
墓穴とは掘ってしまってから気付くもので、早苗は顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。
真面目すぎる人間ほど、自分が一度恥と感じてしまうとそのショックは大きいものだ。
つい勢いで言ってしまった一言で、しばらく立ち直れないのは良くある話。
「まぁそれも、そもそもの首謀者に文句を言った方が早いんじゃない?」
しかし霊夢はそんな早苗にフォローを入れもせず、何もない虚空へ向かって大声を張り上げた。
「ちょっと! どうせその辺で見てるんでしょ!」
「あら残念。もう少しこの茶番を見ていたかったんだけど」
どこからともなく響き渡る妖艶な響きを吹くんだ声。
その声にようやく魔理沙とアリスも言い争いを止め、周囲に視線を巡らせる。
木々をざわめかせながら、夜風が吹き抜け霊夢達の衣装をなびかせる。
なびくスカートの端がその動きを止めた後、両者の間に見覚えのある異空間が広がり、その中から声の主が姿を現した。
「遅れて参上、ハクレイジンジャーの裏リーダー、クロマァァク……パープルっ!!」
ビシッとポーズまで決めているが、どこから見ても彼女は八雲紫以外の何ものでもない。
こんな奇抜なことを考えるのは、幻想郷広しと言えども紅魔館、永遠亭、白玉楼、そして八雲紫くらいなものだ。
彼女は砕月異変の際に愛用していた導師衣装に身を包み、首には鮮やかな紫色のスカーフ、そして同色のサングラスを掛けている。
そのオプションは全てハクレイジンジャーの他の面々と同じ物だ。
というか彼女たちの分も、全て紫が用意したに違いない。
『クロマクパープルって……黒かパープルか分かりづらいわね。しかもやっぱり統一感まるで無いし。こんなの月の都じゃ見たこと無いわよ』
『統一感どうこうよりも、黒幕がそんな出しゃばって良いのか? むしろ裏で手を回すのが黒幕ってものじゃないの?』
『というかそもそも居るなら最初から出てきなさいよねっ』
再び飛び交う疑問の数々に、紫は余裕ぶった態度でチッチッチと指を振った。
「何をバカなことを言っているの。私が目立ってこその演出じゃない」
「って私達は前振り扱いかよっ。なんて身勝手な奴だ」
「あぁ、こんなことならやっぱり一人で解決すれば良かった……」
自分のことは棚に上げて紫の言動に怒る魔理沙と、今更ながらに自身の行動に後悔する早苗を完全に無視して紫は話を続ける。
霊夢とアリスもあまり良い顔はしておらず、言動に出していなくても内心は魔理沙や早苗と同じ心境なのだろう。
それでも四人ともこうして出てきているのは、少なからず彼女たちもこの演出に惹かれるものがあったからに他ならない。
早苗も表向きには嫌がってはいるが、それならもっと抵抗したはずだ。
「さてと、役者は出揃ったのかしら」
『長い前振りだったわね。すっかりテンションが下がってしまったわ』
『そうよ、そもそもこれは私とそこのお子様吸血鬼との決闘。あなた達の介入する余地はないわよ』
『誰がお子様だっ』
「はいはい、ストップ。そんなことはどうでも良いの」
本人達にとってはカリスマを掴み取るため決闘を、“そんなこと”の一言で一蹴してしまう紫。
その言葉にはレミリアも輝夜も、両方が眉をつり上げ過敏に反応する。
『そんなこと、とは聞き捨てならないわね』
『どうあっても邪魔をするなら、まずはあなたを倒すことになるわよ』
「そんなことはそんなことよ。とにかくあなた達の戦いは幻想郷にとって、あんまり良くないことなの。だからこうして有志を募って調伏しに来たってわけ」
誰も一歩も引かず、ぐだぐだだった雰囲気が次第に緊迫したものへと変わり始める。
突然決闘に割り込んで、藪から棒に迷惑だから止めろと、しかも言うことを聞かないと強行手段に出るとまで言ってきた相手。
だがそんな言葉に、はいそうですかと首を縦に振って大人しく帰るほど、レミリアも輝夜も落ちぶれてはいない。
特にこれは己のカリスマのための戦いだから尚更だ。
『ふんっ。だったらお望み通り、力業で止めさせてやるよ』
『話し合いで終わるなら、それで良いけどね。勿論あなたが謝れば、という意味よ』
魔槍を構えるヴァンピリッシュVと、蓬莱ドリルをこれ見よがしに回転させる永遠178号。
そんなすでにやる気満々で今にも攻撃を仕掛けてきそうな相手に対し、紫は動じることなく口元には余裕の表れなのか、笑みすら浮かべている。
その一触即発の時に、紫と2つの巨人の間に4つの影が割り込んだ。
「まったく。私はあなたの引き立て役の為だけに呼ばれた訳じゃないのよ」
「そうだぜ。こんな面白そうなことに参加できないなんて、それこそ真っ平ごめんだ」
「少しでも信仰のために何かできなければ、ハクレイの名を名乗ってまでやって来た意味がありません」
「――と、いうことみたいよ? 私は勝手にやってくれるならそれでも良いんだけど、でもやっぱり利用されるだけってのは癪だしね」
そう言ってヴァンピリッシュVと永遠178号の前に立ちはだかったアリス、魔理沙、早苗、霊夢の四人。
彼女たちは彼女たちで、それぞれに目的をもってこの場にやって来ているのだ。
紫の登場を引き立てるだけ引き立てて、それでもう役目がお終いとは納得できなくて当然である。
「あらそう? じゃああなた達で勝手にやっちゃって。誰かがやってくれるなら私は見てるだけで良いし」
目立つだけ目立ったし当初の目的は達せた、と紫は別に四人の行動を止めもしない。
紆余曲折を――どころではないくらい遠回りをして、ようやくこの場にいる全員の意向が固まった。
「それじゃあ、サクッと終わらせようぜ! 魔力マックス、マスタースパァアアアック!」
今か今かと開戦のタイミングを待っていた魔理沙が、運動会のピストル宜しく魔砲を放つ。
景気の良すぎる開幕の合図に、レミリア達はそれぞれ左右に分かれてそれを避けた。
距離の離れた巨人に対し、ハクレイジンジャーの四人も後を追いかける。
ヴァンピリッシュVにはマジョコンビが、永遠178号にはミココンビがそれぞれ立ちはだかった。
共通の相手とはいえ、敵の敵は味方という考えはレミリアも輝夜も持たず、それぞれに戦うようだ。
「さて、お手並み拝見といきましょうか」
一人戦いから離れた紫は、攻撃の届かない場所で口元に弧を描きながらその光景を眺めている。
その呟きは、果たして誰に向けられたものなのだろうか。
得体の知れなさを残したまま、その視線の先ではそれぞれに激しい戦いが繰り広げられようとしていた。
☆
ヴァンピリッシュVを駆るレミリアを中心とした紅魔館の面子の前に浮かぶのは魔理沙とアリス。
その体格差はてんで話にならないものの、特に魔理沙の魔砲は当たり所によっては手痛いダメージになる。
油断して隙を見せれば、確実にそこを突いてくるに違いない。
さらにアリスがサポートに回るとなると、その直線的で避けやすい攻撃も避けられる可能性がぐっと下がってしまう。
普段は考え方も相反する点が多く衝突しがちな二人だが、いざ共闘すると凹凸のピースががぴったりはまるかのように、抜群のコンビネーションを発揮する。
「書物泥棒の常習犯といい、あの白黒とは何かと因縁があるわね」
「ただその分、相手の対処がしやすいとも言えるわ」
親指の爪を噛みながら忌々しげに舌打ちをするレミリアに、パチュリーが冷静な答えを返す。
確かに相手との因縁が深いということは、それだけ相手との接点が多いということであり、対処法も考えやすい。
特にパチュリーや小悪魔のように、いつも魔理沙から迷惑を被り、その対策を考えている者が味方にいるのだ。
「そうか……むしろこれは相性が良いってわけね」
「そう、積年の恨みを晴らせる最大のチャンスって訳……うふふ、どう料理してあげようかしら」
余程日頃のうっぷんが溜まっているのか、パチュリーはいつになく黒いオーラを放ちながら、前方の箒に跨った白黒魔法使いを見据える。
下手をすると完治までに数週間程度のけがを負わせて、持って行かれた書物を取り返そうとすら考えているような目つきだ。
レミリアは知っている。こうなったときの親友は本当に恐ろしいということを。
「パチュリー様、これでようやくあの憎き泥棒鼠に持って行かれた数百冊の本が戻ってくるんですね」
「そう、そんなに持って行かれていたのね。途中から数えるのも悲しくなって、やめたんだけど」
「ぅぅ、長い。本当に長い時間でした」
「待たせたわね。小悪魔、でもまだ帰ってくると決まった訳じゃないわ。さぁ私達の手でそれを確実なものとするのよ!」
「はいっ!」
どんどん勝手に盛り上がる書庫暮らしの二人に、残る三人は取り残されがちだ。
しかしここで無様な醜態を晒すわけにいかないのは共通の思い。
それにパチュリーがこれだけやる気を出してくれれば、ヴァンピリッシュVの勝率もそれだけ上がろうというものだ。
そうやってレミリア達の――主にパチュリーの――士気が上がっている間、魔理沙達はその間を相手が警戒しているものと思い、手を出さずにいた。
彼女たちはここに来る途中、先の戦いを遠くからとはいえ見ているのだ。
その攻撃力の高さを目の当たりにしていれば、そう迂闊には手を出せない。
相手が警戒をして隙を窺っていると思えば、尚更隙を自ら露呈してはいけないと考えるのも道理。
しかしなかなか攻撃を仕掛けてこない相手に、せっかちな魔理沙がいつまでも待っているはずもなかった。
「おい、どうしたんだ。さっきから何も仕掛けてこないじゃないか」
「ちょっと! 無闇に挑発する必要はないでしょ」
「アリスは慎重すぎだ。これだけ的がでかいんだから、下手な鉄砲も数打ちゃ全弾当たるって。いくぜーっ!」
充分に練られた魔力が、ミニ八卦炉を媒介にして巨大な攻撃エネルギーに変換されていく。
それをまったく抑制することなく、一筋の奔流として放つ。
魔理沙と言えばマスタースパーク、マスタースパークと言えば……他のキャラも浮かぶ気はするがそこはさておき。
いきなり十八番の必殺技をぶっ放す魔理沙に対し、ヴァンピリッシュVは即座に反応を返した。
『そんな変わり映えのない攻撃。いつまでも紅魔館に通用すると思わないことね』
「ほぉ、今日はいつになく声に凄みがあるじゃないか」
『知りなさい。七曜の魔女に張り合うとはどういうことかっ』
ヴァンピリッシュVのアームバスターの砲口が白く発光したかと思うと、マスタースパークに劣らない勢いで魔力波が放たれた。
一直線にマスタースパークとぶつかり、魔力の飛沫を周囲に飛散させるヴァンピリッシュVの魔砲。
咲夜が時を止めれば避けるのは容易いが、真っ向から迎え撃つ選択肢を選んだのには、相応の理由と根拠がある。
「な、なんだ、これっ」
「どうしたの魔理沙」
違和感に気がついたのは、直接やり合っている魔理沙だった。
これだけ激しく魔力同士がぶつかっているのに、手応えが軽すぎる。
だが注ぐ魔力を弱めれば相手の攻撃は確実にこちらに向かってくるのだ。
魔理沙は手応えのなさを不審に思いながらも、攻撃の手を止めることも出来ずにいた。
『だから言ったでしょう。変わり映えのない攻撃がいつまでも通用すると思わないことね、って』
「くっ、なんなんだこの魔力はっ!」
『気持ちが悪いでしょう? 当たった側から自分の魔力が霧散していくんだもの』
パチュリーの言葉をヒントに魔理沙は、この違和感の正体を理解した。
相手は七つもの属性を操る精霊魔法のプロフェッショナルだ。
マスタースパークの魔力成分を予め研究し、それとは“相反する属性”の魔力を生み出すことなど容易なはず。
つまりパチュリーは、魔理沙のマスタスパークを反対の属性で抹消するという最低限の魔力でできる反撃手段を構築していたのだ。
言うなればアンチマスタースパーク。
それだけ彼女が常日頃から魔理沙への対策を講じていたことが窺える。
『パチェからどれだけの恨みを買っていたかがよくわかるな』
「って、お前は何もしないのかよ」
『そんな悠長に話してて良いのか? 気を抜いたらパチェの魔力に貫かれるよ』
「それはお互い様だろうがっ」
これでは最早根比べだ。どちらかの魔力が途切れれば、それまで相殺し合っていた魔力が消えた方へ一気に向かっていく。
先に魔力が途切れた方の負けという、なんともシンプルで分かりやすい決着。
しかしパチュリーはどちらかと言えばアリスに似通ったタイプの戦い方だ。
力押しという魔理沙の常套手段で、しかも真っ向から向かってくるとはどういう了見なのか。
その疑惑はアリスも感じていて、すぐにその意図には察しがついていた。
「魔理沙、攻撃が効かないからって諦めないでよね」
「わかってるって。だけど私は身動きが取れないんだぜ?」
「そんなの見りゃわかるわよ。だから軽率な行動は取るなってあれほど……」
「あーはいはいっ、この状況で説教はやめろっ。集中力が途切れるっ」
だったら会話に乗らなければいいのに、とアリスは愚痴りながらもこの状況を打破するために思索を巡らせる。
真逆の魔力をぶつけるという防御としては最も魔力の燃費が良い手段を使ってくるとは、敵ながら流石はパチュリーだ。
しかも魔理沙の十八番であるマスタースパークを、真っ向から打ち消すことでこちらの戦意を削ごうとしているのだ。
得意技、必殺技が全く効かないとなれば、魔理沙みたいな単純なタイプは必ず隙を作ってしまう。
(パチュリーは、きっとそれを狙っているに違いないわ。良く言えば純粋、悪く言ったら単細胞な魔理沙の弱点をついてくるなんて……)
だが感心しているだけでは意味がない。その上を行く策を講じて対応してこその自分の立場である。
魔理沙も頭が悪いわけではないが行動が直情的すぎる。ここは一つ思慮深く行動することの重要性を知らしめてやるのも良いだろう。
「魔理沙っ」
「だから話しかけるなって」
「良いから。私の言うとおりにして」
「何か良い案でもあるのか」
「無ければ言わないわよ。こんなこと」
アリスは魔理沙の隣に移動すると、声を潜めて耳打ちをする。
しかしその考えに、魔理沙は今ひとつ納得がいかないように顔を歪めた。
協力するのが嫌だというわけではない。
永夜異変の時だってアリスとは共に行動し、霊夢や、今のその霊夢が戦っている永遠亭の連中と戦ったことだってある。
だがその時から、こればかりは二度としないと誓ったことが魔理沙にはあった。
「そんな顔して。変なところで真面目なんだからっ」
「だってあんなの卑怯だろ」
「卑怯って、あんたねぇ。どっちにしたって、今はこれが最善の策だってことくらいわかってるんでしょ」
「だ、だけどなぁ。ちぃとな方法で勝っても私は嬉しくないぜ」
なかなかふんぎりのつかない魔理沙に、次第にアリスの苛立ちが募ってくる。
このままこうしていても埒があかない。
アリスは強行手段に出ることにした。
「紅魔館! 今からとっておきの必殺技で、あんた達を倒してあげるから覚悟なさい!」
『ふん、言ってくれるじゃないか。陰気な人形遣いが』
「お、おい、アリス」
本来なら自分がやるような言動を、アリスにされてしまい魔理沙は慌てる。
こう宣言されてしまった以上後戻りはできず、もうアリスの提案した“あれ”をするしかない。
「わかった、わかったよ! やりゃあ、良いんだろっ」
「そうよ、さっさと終わらせて帰るんでしょ」
アリスは魔理沙の背後に移動すると、八卦炉を持つ魔理沙の手に自身の手を重ねた。
首筋にアリスの吐息が掛かってくすぐったいが、そんなことを気にはしていられない。
『合体攻撃か? その程度でこのヴァンピリッシュVの攻撃が敗れるとでも?』
『……敗れるわね』
『パチェ!?』
身内からの否定の言葉に、レミリアは仰天した。
再度パチュリーの席を見ると、やはり難しい表情を浮かべて、一人ぶつぶつと呟いている親友の姿がある。
成る程その手できたか、とか、そうするとこうするべきか、とか勝手に納得して勝手に話を進めているようだ。
勝手に話を進めていると言えば、魔理沙達もすでに次の段階に入っている。
アリスの提案には乗りがたかったが、こうなってはまったらもうやけくそである。
一度やると決めたらもう迷わない。それが霧雨魔理沙の生き様だ。
「行くぜっ、アリスっ」
「準備万端、いつでもいけるわ」
「「マリス砲(カノン)っ!!!!」」
あなたは覚えているだろうか、かつてマリス砲と呼ばれた必殺技があったことを。
あなたは覚えているだろうか、それは強力な攻撃力を誇っていたことを。
偽物の月を貫いた、智と力の合わせ技、それがマリス砲である!
簡易的に言えば、魔理沙とアリスの攻撃が交互に放たれるだけの単純な構成だが、二人の魔力の相性が良いのか、たったそれだけのことなのに攻撃力は飛躍的に上昇する。
しかし影で努力をして結果を出す魔理沙にとって、お手軽パワーアップみたいな手段は取りたくないのだ。
だから彼女は三段階目のミサイルを使わない。
「くっ、これはどういうことっ!? こっちの攻撃が押されてるっ」
「この攻撃は魔理沙の魔力に対しての反属性設定にしてあるの。つまりアリスの魔力が混じった今、こちらの攻撃が押されるのは当然のこと」
「いやいや、そんな冷静な判断は良いから! さっさとしないと直撃だぞ」
「だったら避ければいいじゃない」
「へ?」
パチュリーはレミリアに向けていた視線を、彼女の従者へ移す。
うまく魔理沙がこっちの思惑に乗ってくれれば一番良かったが、全てのことが思惑通りに進まないことくらいわかっている。
「結果的に倒せればそれで良いわ。この攻撃だけで倒せるなんて、誰も言ってないもの」
あまりにもあっさりと『退去』という選択肢を選んだ親友に、レミリアは複雑な思いを抱いた。
あれだけの執念を見せていたのに、こうも簡単に手の平を返すことができるものなのか。
もしかするとパチュリーには、書物を取り返すこと以外の目的があるのかもしれない。
それならこのあっさりした引き際にも、多少の納得がいく。
「レミィ、咲夜が時を止めたわ。今の内に移動を」
「え? あ、えぇ。わかってるよ」
何か釈然としないものを感じながらも、それを知る術がない以上、今は目の前の相手に集中するしかない。
レミリアはひとまず迫り来るマリス砲を避けて、彼女たちの背後を取った。
再び時が動き始めると、相殺する要素の無くなったマリス砲が向かいの山へと直撃する。
「うおっ、デカ紅いのが消えたぞ!」
「魔理沙っ、後ろよ!」
『もらったぁっ!』
突然背後に移動した気配を察知した二人は、すぐにその場を離れようとするが、それよりも早くヴァンピリッシュVの右拳が目前に迫っていた。
気配を察し振り返るのに一秒、危険を感じ移動を始めるのに一秒、完全にその場を離れることができるのは、どれだけ短く見ても三秒は掛かる。
それだけの時間を相手に許してしまうのは致命的だった。
「魔理沙ぁっ!」
アリスの悲痛な叫びが木霊し、ヴァンピリッシュVの右拳が魔理沙の黒い姿を無情になぎ払う。
地面に向けて真っ逆さまに落ちていく魔理沙の姿を、呆然と見つめるアリスに、レミリアの高圧的な笑いが降り注ぐ。
『あっはははっ、まずは一人。大丈夫、死にはしない程度の威力に抑えておいたから、全部終わったら助けてやるよ』
「全部?」
『そうだ。お前にも同じ目にあってもらうよ。まだその後に輝夜との決着も待っていることだしね』
「……残念だけど、その決着は着けさせないわ」
『何?』
刹那、レミリア達の視界を真っ白な光が埋め尽くした。
それは太陽の明るさではない。まるであの天盤の星が降ってきたかのような、そんな輝き。
「自分で夜の王とか言ってるくせに、どうやらその両目は鳥目らしいな」
『その声はっ』
レミリアが天を仰ぐと、そこにいたのはさっき落としたはずの白黒魔法使い。
しかも何事もなかったかのように、服装一つ乱れてはいない。
あの刹那の内に避けていたというのか。それにしてもかすり傷一つ無いのは理解しがたい光景だ。
輝夜のように時の停止の影響を受けない能力を持っていれば話は別だが、魔理沙がそんな高次元の魔法の完成させていたとは考えにくい。
「どうした? そんなに気になるなら、自分の目で確かめてみればいいだろ」
手応えはあった。
それに魔理沙が落ちたはずの場所は、落下の衝撃の後がまざまざと残っている。
アリスはそこにいるし、他には何もなかったはずだ。落ちたとすれば魔理沙以外の何があったというのか。
「美鈴、見てこい」
「え、私……ですか?」
今まで会話に入る余地の無かった自分が名指しされ、美鈴は戸惑いを隠せない。
そんな戸惑う美鈴にレミリアはさもそうすることが当然と言わんばかりに命令を下す。
「そうだ。今咲夜とパチュリーに居なくなられると困るからな。お前の出番は多分、これ以後無いだろうし」
「小悪魔ちゃんは……」
「私はお前に命令しているんだ。それとも何か? 私に意見するつもり?」
長く鋭い爪の伸びた右手の指をパキパキと鳴らす姿に畏怖を感じた美鈴は、何も言えず操縦席を出て行った。
そしてヴァンピリッシュVから離れ、魔理沙が落ちたはずの場所へと移動する。
「こ、これはっ」
『どうしたの、何を見つけたっ?』
倒れた木々を掻き分けて、美鈴が見つけたものは――
「に、人形ですっ。霧雨魔理沙の等身大の人形を見つけましたっ」
『人形だと……まさかっ』
「そのまさかよ。あんた達が叩き落としたのは私手製の魔理沙人形だったってわけ」
いつの間に、というかどこにそんな等身大の人形を持っていたのか。
とても気になるところだが、尋ねたところで「乙女の秘密」の一言で済まされてしまった。
まさか美鈴同様、地味キャラにここまでコケにされるとはレミリアも思ってなかったらしく、それだけに悔しさも一入だ。
『くっ、小賢しい真似を!』
「小技の連続で罠に掛けるのが私のやり方よ。――そう、最初からね」
アリスの不敵な笑みに、悪寒を感じたレミリアはすぐに周囲に視線を巡らせた。
するといつの間に囲まれていたのか、八方にアリスの人形が浮かんでいるではないか。
マリス砲や囮人形の存在に気を取られすぎて、気配も形も小さいそれらに気付くことができなかったらしい。
「図体がでかいというのも考えようね。死角を作りやすくて、こっちとしては大助かりだったわ」
『ふん、そんな魔力の小さい人形をいくつ使ったところで、お前の攻撃力じゃ傷一つつけられやしないさ』
「そんなの分かってるわよ。あんたにいちいち説明される筋合いはないわ」
逐一カチンとくる言動ばかり取るアリスに、レミリアの苛立ちも最骨頂だ。
そしてそれが行動に表れるのにも、さほど時間は掛からなかった。
『そんなに痛めつけて欲しいなら、先にお前からやってやるよ!』
魔槍を作りだし右手で構えるヴァンピリッシュV。
その直撃を喰らえば、さっき魔理沙人形を叩き落した程度では済まない。
アリスの言動はそれだけレミリアの精神を逆撫でしていた。
密度の高い、しかも吸血鬼という種族の強力な魔力の塊が、今にも放たれようとしている。
しかしアリスは、避ける体勢も見せず、その場から動こうとしない。むしろ動く必要がないという余裕すら垣間見える。
「さてと、そろそろかしら……」
アリスは懐中時計を取り出し、その短針がカチリと音を立てながら次の時を刻むのを確認する。
その瞬間、八方に散って配置されていた人形達から魔力で精製された糸が延ばされていく。
ヴァンピリッシュVを囲むように次々と放たれる糸。だがその細さでは確保も束縛もできはしない。
すぐに、放ったそばからぶちりぶちりと引きちぎられてしまう。
『なんだ、この脆い糸は。まさかこれがお前の攻撃だというのか?』
「そうよ。全てはこのための布石」
『だとしたら、とんだ誤算だったな。この程度でこのヴァンピリッシュVの動きが封じられるとでも思っていたのか?』
「ええ、その通りよ」
にっこりと微笑んで、微塵も焦りをその顔に浮かべることのないアリス。
どこからそんな自信が湧いてくるのかは知らないが、癪に障ることに変わりはない。
『今日はそこの白黒より、鬱陶しいよ。そんなに喰らわせて欲しいなら、今すぐにくれてやるわ!』
レミリアはヴァンピリッシュVの右手を動かし、その手が握る魔槍を放とうとする。
だが操縦桿から感じられたのは、何とも軽い手応え。
『え?』
そこにはあるべきはずの右腕はなく、レミリアは己の目を疑った。
だが次の瞬間、それが現実だということがすぐにわかるようになる。
右足、左足、左腕――合体のために連結、変形していた箇所が次々と離れていく。
立つことも支えることもできなくなり、まるで甲羅しか無くなった亀のように大地にその巨体を転がすヴァンピリッシュV。
その操縦席では、レミリアが突然の出来事に困惑と戸惑いを露わにしていた。
「ど、どうなっているんだ。パチェ!?」
「してやられたわね。最初からこれが狙いだったんだわ」
「だから一人で納得せずに、私達にもわかるように説明してって!」
「私が魔理沙の攻撃を相殺した術法の応用ね」
それでもわからないと、レミリアは頬を脹らせて抗議する。
パチュリーは特に反応を返すことなく、淡々と説明の続きを始めた。
「このヴァンピリッシュVの変形や合体には、私が予め施した魔導術式が使われているの。アリスはその術式を解法する魔法で対抗してきたようね。多分さっき千切った糸にその魔法が込められていたんだわ」
「じゃあ、もう一度その術式を施せば元に戻るんじゃないですか?」
「それができれば苦労はしないわ。今から全部の箇所に再構築してたら夜が明けてしまう」
咲夜の提案も一蹴され、もはやレミリア達に為す術はなくなってしまった。
文字通り手も足も出なくなり、できることと言えば視線を動かして周囲の様子を眺めることだけだ。
その視界に永遠178号と霊夢達の戦いが映る。
「向こうはまだ戦っているのか。それにしては動きがないようだが……」
「いえ、どうやら向こうも終わったようよ」
☆
ヴァンピリッシュVがアリスの戦略に敗れるその少し前。
永遠178号はミコレッドとミコブルーこと、霊夢と早苗との戦いを始めていた。
蓬莱ドリルで大地を砕き、その飛礫を雨あられのように降り注がせる。
硬い岩の合間を縫うように飛ぶしかない霊夢達は、その移動が制限されてしまう。
攻撃しようにも岩が邪魔になり、まともに攻撃を放つこともできない。
その間にも永遠178号の猛攻は止むことはなく、胸部から放たれる超閃人参は霊夢達に当たらなくても、周囲の岩に当たるだけで爆発しその爆風だけでも充分な威力を発揮している。
「ったく、バカスカと」
「これは予想以上だわ。霊夢さん、いったん距離を取った方が良いのでは?」
「あの巨体相手に、こっちがどれだけ移動したって意味がないわよ」
早苗は最近幻想郷にやってきたばかりだ。
現人神として、どれだけ良い素質を持っていても、戦闘はやはり経験不足であり、そのことでは霊夢の方が圧倒的に場慣れしている。
外の世界で見ていた特撮モノを、まさか自分がやることになろうとは。
しかもそれはドラマでも遊びでもなく、結構ガチだったりするから困りものだ。
「こんなことが、幻想郷じゃ日常茶飯事なの?」
「今回のは異常よ。まったく、最近大人しくしている思ったら、こんなろくでもないこと企んで」
これからは信仰を増やし、さらに維持するためにこういう厄介事の解決にも乗り出さなくてはならないだろうが、こんなことばかりじゃ身が保たない。
神社の管理に関しては問題が大有りだったが、この博麗霊夢という少女はそれなりに頑張っているのだということを、早苗は実感していた。
聞いた話によると、今戦っている永遠亭の連中とも一戦やらかしたらしい。
その時は、現在遠くで高みの見物を決め込んでいる紫と共闘したと言うが。
「偽物の月といい、今回の巨人といい。月人のやることは意味が分からないわ」
『意味が分からないなら手出ししないでほしいものね』
「そんなわけにいくはずがないじゃない」
『今回はあのスキマ妖怪の助けが無いんでしょう? 人間二人でこの永遠178号の相手が務まるとでも思ってるのかしら』
「あったり前でしょ! 紫がいなくたって、あの異変も私だけで充分だったわ」
陰陽玉を放ちながら、霊夢はひょいひょいと永遠178号の攻撃をかいくぐる。
早苗はそんなやり取りを見ながら、自身の周囲の岩を弾幕で砕くので精一杯だ。
タイマンの弾幕ごっこなら、山の妖怪との間でも行っているため、だいぶ慣れてはきたがこんな戦いは初めてでどうにも勝手が分からない。
その辿々しい動きは、輝夜達から見ても早苗が戦い慣れしていないことを理解するのに充分だった。
永遠178号のコクピットでは、そのことについて輝夜と永琳の二人が会話をしていた。
「永琳。あの青い巫女、初心者ね」
「そうね。初々しくて可愛いわ」
「そんなことを聞いてるんじゃないわよ。やっぱりここはあの子から先に倒してしまうのが良いかしら」
「あらあら、輝夜ったら。貴女も中々悪よねぇ」
「いやいや、永琳ほどじゃ――って、私は悪じゃないわよ、むしろアイツ等が敵! 私達にとっての悪!」
ムキになって言い返す輝夜に、永琳は保護者の笑みを浮かべて誤魔化す。
あの博麗霊夢を相手にしているのに、どこか呑気なのは彼女たちが自分たちの力に絶対の自信をもっているからだ。
そしてその自信をさらに強固にするように、攻撃の手を休めることはしない。
『ほらほら、どんどん逃げ場は無くなるわよ!』
「わかってますって!」
爆風と石飛礫の嵐という組み合わせに、どうにも反撃の糸口が掴めない早苗。
相手の攻撃が大きすぎるし、多少の反撃では相手の攻撃の波に打ち消されてしまうのがオチだ。
魔理沙なら問答無用のマスタースパークとかで、強引に活路を開きそうなものだが、生憎彼女は離れたところで別の相手と交戦中である。
ここはやはり自分の力で、現人神の力で活路を見出し、先の戦いで霊夢に作った借りを返すと共に、幻想郷の信仰を集めるのだ。
経験不足がどうなどと、言い訳じみたことばかり言っていては、幻想郷に移り住んでも外の世界同様信仰は失われてしまう。
「そんなこと――させるものですかっ」
早苗は御幣を取り出し、永遠178号の攻撃をかいくぐりながら空に巨大な五芒星を描く。
その神力で描かれた五芒星はさらに五つに分かれ、その一つ一つが五本の線に分かれて周囲に散った。
隙間を作らない反撃で、少しだけだが石飛礫の嵐に空間ができる。
相手が次の攻撃を仕掛けてくるまでは、多少なりともこちらも準備ができるというものだ。
この隙に今度はこっちのペースに持って行ければ、多少だが勝機は見えてくる。
「やるじゃない」
「私を誰だと思ってるんですか」
近づいてきた霊夢に褒められ、少し鼻を高くする早苗。
どうやら無意識のうちに感じていた足手まといという劣等は、もう心配なくなったようだ。
「それじゃあこのまま一気に叩くわよ」
「そうですね。あんなものにいつまでも居座られたら、神奈子様達の印象が薄くなってしまいます」
「理由は何だって良いわ。とりあえず、あいつの動きを少しの間で良いから制限してもらえる?」
「あなたとこうして共闘するのは何だか不思議ですが、わかりました。これも守矢の信仰のため。今回は協力してあげます」
どこまでも自分の役目に忠実で、真面目な態度を崩さない早苗だが、その顔はどこか活き活きしているようにも見える。
心の何処かではこの戦いを楽しむ余裕すら生まれているのかも知れない。
なんだかんだで張り切る早苗を見ながら、霊夢は苦笑を漏らした。
『少しくらい攻撃を防いだからって、その程度で勝てると思わないことね』
「それはこちらも同じ事です。私の奇跡を見もせずに、最初から勝った気でいるなんて」
『奇跡ねぇ。そこまでちゃっちい言葉にすがっている時点で、私からすれば勝てる相手にしか見えないのだけど』
奇跡を信じぬ者には奇跡は起こせない。
風祝として、奇跡の力を持つ者として育ってきた早苗が、先代からずっと聞かされてきた言葉だ。
それは何代も前から脈々と伝えられてきたことらしい。
そしてもう一つ、そこから言葉はこう続く。
「だから私のような奇跡を起こせる者が、奇跡を信じぬ者を救うのです!」
『あははっ、救う? あなた如きが不老不死の私を救う?』
「見なさい、その眼でしっかりと! そして自身の愚かしい行為を悔い改めなさい!」
高らかな宣言と共に、再び天に描かれる巨大な五芒星。
しかし驚くべきはそこではない。
石飛礫がまるで、早苗を敬い自らの意思で避けていくように道を造っていく。
モーゼが起こした奇跡の如く、石の雨が左右に分かれ、その中に浮かぶ早苗の姿は月光を受けてどこか神々しくさえ感じられる。
だがこれはただ攻撃を避けるための行為ではない。
『っ、これはっ』
「霊夢さん、こんな感じでどうですか」
「上出来上出来。面目躍如はできたわね」
「私が実力を発揮すれば、これくらいは当たり前です」
早苗の力によってぽっかり空いた空間。しかしそこにあった岩片を消したわけではない。
それらは全て永遠178号と霊夢たちを取り囲むようにして浮かんでいる。
あれだけ派手に抉った岩々の欠片で作られた強固な壁だ。
『こんなものっ』
永遠178号の拳が連続的に繰り出されるが、空いた側から早苗の神通力によって修復されてしまう。
こうなったら蓬莱ドリルで直接攻撃するしかないと、輝夜の意識が岩壁に向かったときだ。
「余所見は禁物。あんたの相手はミコブルーだけじゃないんだからっ」
『その声っ、博麗霊夢!』
「さあ、これはどう対処するのかしらっ」
振り返ると、そこには自分の何倍にも巨大化した陰陽玉を片手で掲げる霊夢がいた。
早苗が攻撃を防いでいる間、霊夢は特大の『陰陽鬼神玉』を作り上げていたのだ。
あれを喰らってはいけない。
輝夜の脳裏を第六感的なシグナルが灯滅する。
この場からすぐに離れようにも、岩壁が邪魔して動けない。
特大鬼神玉を盾にするようにして、そのままこっちへ直行してくる霊夢。
もはや避けるとか防ぐとか考えている場合ではない。
かくなるうえは――
『全力で破壊するしかないっ!!』
「やってみなさい。行くわよ! 輝夜ぁっ!!」
岩壁を破壊するために構えていた蓬莱ドリルを、そのまま鬼神玉とぶつけ合う。
密度の高い霊力が強力なドリルの攻撃力に削られて、眩い光の粒子となって散っていく。
だが充分に圧縮された霊力の塊はそう簡単に打ち破られることはなく、外側の霊力が削られるだけで、その球体は形状を崩す気配も見せない。
『この程度のボールが貫けずに、カリスマの限界を貫くことができるわけがないじゃない!』
後ろに押されそうになる圧力を、気合いとカリスマへの執念で押し戻す輝夜。
そんな輝夜の思いを具現化するように、鬼神玉の中心に向かってめり込んでいくドリルの先端。
そしてそれが完全に核まで辿り着いたところで、その圧縮されていた霊力をつなぎ止める力に限界が訪れたのか、鬼神玉は爆散して周囲に光の雪を降らせた。
『どう、カリスマの力を甘く見るんじゃないわよ……って、あれ、霊夢は?』
「え? 今さっきまでそこに……」
岩壁が崩れ、舞い落ちる粒子も収まったとき、そこにいた紅白の目出度い人影は消えていた。
今の爆発に紛れてどこかに隠れたのか。
しかし、それにしては共闘しているはずの早苗も霊夢の姿を探してキョロキョロしている。
「ま、まさか今の攻防でやられてしまったのかしら……はっ、まさか面倒くさくなったから今の隙に帰っちゃったとか」
やられてしまったとは考えにくいが、後者の方はふと浮かんだ予測にしては妙な説得力があってぞっとする。
兎に角霊夢がいなくなってしまったのは事実であり、まだ目の前の巨大な敵は残っているのもまた事実。
早苗は自分が一人、猛獣の檻の中に取り残されてしまったような錯覚を覚えた。
魔理沙とアリスはまだ紅魔館の連中と戦っているし、紫が助けに来る様子もない。
その錯覚もあながち間違いではないということだ。無論、間違いであってくれた方がどれだけ良かったことか。
「よく分からないけど、チャンスみたいね?」
「そうね……でも、あの博麗の巫女がそう易々と諦めるかしら」
困惑しているのは早苗だけではない。
永遠178号の操縦席で、直に霊夢の相手をしていた輝夜とそれを間近で見ていた永琳も、突然霊夢が消えたことに納得ができいなかった。
あれだけの鬼神玉を作り上げる力を持った霊夢が戦線離脱してくれれば、こちらの勝利は確実だ。
だがその離脱するのが、霊夢と言うだけでどこか不安が残るのも彼女のことを知っていれば不思議ではない。
「でもどこにもいないじゃない。見えない相手を警戒するのも大事だけど、まずは見えてる相手からさっさと倒しておきましょ」
「そうね。私はまだ霊夢の動向の意図を考えているから、輝夜はあの青巫女にトドメを」
「任せておいてっ」
払拭できない不安を残しながらも、輝夜達は早苗との決着をつけることを優先する。
相手に動きがあったことで、早苗も致し方なく霊夢のことを考えるよりも自己保身に走る道を選んだ。
『さっはあれだけの力を使った後だものね。だいぶお疲れなんじゃない?』
「そんなことありません。私は奇跡を起こしただけです」
そうは言いながらも、寝ているところを叩き起こされ、わけの分からないままにハクレイジンジャーとしてこの戦いに参戦させられている早苗の、体力はだいぶ消耗されていた。
先程までの攻防であちらこちらへと避けさせられたことも、疲れとなって重くその身体を蝕んでいる。
『言葉では強がっていても、最初に比べると随分動きが鈍いわよ』
「くっ……お見通しですか。ですが、私だって神の端くれ! 死なない人間なんかに負けはしません」
どういう基準で現人神が蓬莱人より偉いのかは分からないが、早苗もまだまだ参る気は毛頭無さそうだ。
その様子を楽しみながら、また鬱陶しく思いながら、輝夜は操縦桿を握り直した。
もしかしたら霊夢がどこからか飛び出てくるかも知れない。
そうなったらまた不利な状況に持って行かれないとも限らない。
『そうなる前にまずはあなたを倒しておくわ! てゐっ、超閃人参乱れ撃ちよ!!』
館内マイクで指示を飛ばす輝夜。
しかし向こうからの通信は一切返ってこない。
それから数度試してみたが、音沙汰なしの状態は変わらなかった。
「何してるのよっ」
「……まさか」
憤慨する輝夜の横で、永琳はある一つの可能性に気がつく。
霊夢はああ見えてかなり合理的な動きをする。日常においても戦いにおいてもだ。
だとすれば、この戦いでも最も合理的に勝てる手段を使ってくるのではないか。
永琳は素早く脳を活性化し、あらゆる戦闘シミュレーションを描き出した。
もし自分が永遠178号の相手をすることになったら、この体格差では一撃で静めることは難しい。
相手の攻撃は大降りで避けやすいが、そのぶん一撃ごとの攻撃力は絶大だ。
そんなリスクの大きい鬼ごっこは合理的ではない。
それならどうする――
「……そうか、しまった!! まさかそんな裏の手を使ってくるなんてっ」
「どうしたの永琳?」
「輝夜、あなたはここに残って青巫女との戦いに集中なさい」
「でも霊夢は……」
「霊夢は絶対に現れないわ。私は今からここを離れるけど、絶対に気を逸らさずにまずはあの巫女から倒すこと。良いわね」
切羽詰まった永琳の言葉に、輝夜は気圧されながらも頷くしかない。
永琳がここまで慌てるということは、それだけの事態が起こったに違いなく、そんなときは有無を言わずに永琳の指示に従っておくのが得策と輝夜は学んでいる。
輝夜が頷くのを横目で見ながら、永琳は自身の武器である弓矢を携え部屋を後にした。
長い廊下を左へ右へと移動しながらまっすぐ、てゐ達のいる超閃人参発射口へと向かう。
この予想が正しければ、すでにあそこは――
「てゐっ、兎達は…………遅かったようね」
駆け込んだ瞬間に永琳は、自身の予想が正しかったことを理解した。
一羽残らず気絶させられた兎達があちこちに山を造り、超閃人参の発射台も壊されている。
てゐの姿はないが、危険を察して先に逃げ出したのだろう。
狡賢いがそれを咎めに探す暇はない。
永琳はすぐにその場を後にすると、次にこの惨状を起こした張本人を追うべく再び猛スピードで廊下を駆け抜けた。
この巨大な永遠178号と、生身の人間が戦うとき、最も合理的に勝利を掴む術。
それは的確に相手の弱点をつくことだ。
だが表面的な隙や、攻撃方法における弱点をいくらついたところで、規模が違いすぎるため有効打にはなっても、決定打にはなりにくい。
つくべきは、もっと根本的な所。
つまり――――
「さすがは天才ね、もう気付いてやって来るなんて」
「博麗……霊夢っ」
永琳が辿り着いた永遠178号の最深奥に、彼女は不敵な笑みを湛えて立っていた。
先程から姿の見えなかった霊夢が、足下に警備配置していた兎達を転がして、目の前にいる。
「あの爆発の隙に、超閃人参の発射口から侵入したのね」
「あんな所に入ってくださいと言わんばかりに、入り口があるんだもの」
霊夢が狙っていたのは、陰陽鬼神玉での有効打ではなく、それによって生まれる隙をついて、永遠178号の内部に侵入することだったのだ。
内部に入ってしまえば、自身に攻撃をするわけにもいかず、向こうからの攻撃は完全に回避できる上、戦う相手はこちらと同じ土俵で戦わざるを得なくなる。
そしてさらに勝利を確実なものにするための裏技にも、霊夢は気がついていた。
「こんな大きなものをどうやって動かしていたのか、とっても不思議だったんだけどね。ここに来たら一発で理解したわ。まさか、兎達を原動力に動いていたなんてね!」
霊夢の立つ位置よりも更に奥、そこには大小様々な車輪が備え付けられており、その一つ一つに永遠亭で飼われている兎達が必死に走っている姿が見られる。
そう、永遠178号はこの「イナバ力発電」によって、強力な力を生み出していたのだ。
確かに余りある人材、もとい兎材を利用しない手はないだろう。
そして霊夢の狙い。それはこの動力を抑えることにあったのだ。
「どんなものでも、動くための力が無くなったら動けない。お腹が空いたら動きが鈍るようにね。それがまさか兎の運動だとは思わなかったけど」
「退きなさい」
「それは無理な相談ね。あの兎達を解放すれば、危険な目に遭わずに戦いを終わらせられるもの」
「そう、あくまでも退かないつもりなのね。良いわ、だったら……」
永琳は鏃の切っ先を霊夢に向ける。
その手に揺るぎはなく、本気で獲物を狙う目つきで、永琳は弓を構えた。
霊夢も御幣と御札を取り出し、戦闘準備に入る。
永琳が矢を放った瞬間が、開戦の合図になるだろう。
しばらく互いに無言のまま、視線と視線のせめぎ合いが続く。
だが次の瞬間、びょうと一陣の風が吹き抜けるように、永琳の鋭い矢が放たれた。
霊夢はすぐにそれを避けて、反撃に転じようとするが、背後から聞こえてきた物音でその動きを止める。
見ると幾つかの歯車が外れ、疲れ果てた兎達が車輪から這い出てくる姿が見えた。
「あんた……どうして」
「ここまで入り込まれてしまったら、もうこちらの負けよ。遅かれ早かれ、ここで戦っていたら動力部は破損していたでしょうし」
だから先に降参するのだと、永琳は事も無げに告げた。
しかしその潔さを霊夢は咎める。
「ちょっとあっさりしすぎじゃない? 何か企んでいるようにしか見えないんだけど」
「その根拠は?」
「巫女の勘。それ以外に根拠なんか必要ないわ」
「そう、でも残念ね。貴女の勘、今日は鈍いようよ」
永琳はただそれだけ呟くと、動力を完全に落として動力室を出て行った。
こうして永遠178号はその巨体を立たせたまま、沈黙したのである。
一方の輝夜はいきなり動かなくなった永遠178号に、自身の敗北を感じ取っていた。
その視線の先では、ヴァンピリッシュVが四肢をもがれ崩れ落ちていく様子が見える。
「そう、アイツ等も負けちっゃたのね……」
なんとも情けない結末に終わったと、誰もいないコクピットで深い深い溜息を吐く輝夜。
その瞳からは、カリスマの輝きが失われようとしていた。
☆次回予告☆
まさかの敗北。
失意の渦中に落とされたレミリアと輝夜。
彼女たちのカリスマは完全に消え去ってしまったのか。
果たして力を失った彼女たちは、再び立ち上がることはできるのか!
カリスマの輝きの下、すべての物語は収束へ向けて動き出す。
未だ現れない戦士、C計画の真の目的、そして二人のカリスマ――
次回『Chaotic Charisma Carnival』、最終話『そして全てがCになる』
来年もよい年でありますように。
《つづく》
それにしても巨大ロボに生身で勝つとは、ハクレイジンジャー恐るべし
戦闘も緊張感と戦略がきちんとしてて面白かったです。