部屋には紅が撒かれていた。ベッドの薄絹の天蓋にも、深夜の月を映す窓にも、円形の絨毯にも。真っ赤な模様が暖炉の炎に揺れていた。
床には長い顎ひげの老人が力なく転がっている。レミリアお嬢様は椅子に座って、爪についた紅色を舐めていた。
「もう下げてよろしいようですね」
「早く捨ててきて。生臭いし歯にこびりつくし最悪だった」
艶めく赤い靴で大柄な老人の背を蹴飛ばす。咲夜は頷いて襟首を掴んだ。次の瞬間には死体は消えていた。
「一応季節物なのですよ。良い子にプレゼントを配り歩く好々爺とのこと」
「旬だから旨いというものでもないわ」
「連れていたトナカイはどう致しましょうか。調理よりは被服利用が適しているようですが」
「新しい靴を一足。残りは本のカバーにしてパチェにやって。有名人のペット製、そういうの好きでしょ」
北風が唸った。太く鋭い音が窓を乱れ打つ。明日は寒くなりそうだった。
お嬢様の手は小さくて平べったくて、いつも冷たそうだ。温めて差し上げようと、自分の両手で包んでみた。途端お嬢様が口を尖らせた。
「何この手。ナイフみたい」
お嬢様の手は小さくて平べったくて、温かだった。包んだ指先に深い熱が伝わってくる。固まっていた血が融けていくかのようだった。
「お前は指先の時間まで一緒に止めているのかしら」
真冬の夜に相応しい不吉な声。呟いてお嬢様は頬を咲夜の手に擦り付けた。弧を描いた口の端が当たる。熱を帯びて赤かった。
暖炉の薪が音を立てて弾け、消えた。
腰に提げた懐中時計は止まっていた。
厨房で咲夜は鍋をかき混ぜていた。お嬢様ご所望の品、生姜と肉桂と砂糖を入れた熱いワイン。猫舌のお嬢様のためぬるめに拵える。静止した時間に香辛料の異郷めいた匂いが漂った。
調理台の下には布の大袋があった。かの哀れな老人の持ち物だ。中身が詰まっていて今にもはちきれそうだった。マグカップに注いだワインと共に、食堂のお嬢様にお出しした。
ビー玉のついた指輪、積み木、透明な素材の傘、小鳥と子犬。
お嬢様は興味を持って握り締めたかと思うと、すぐに放り投げた。生き物は締めて貯蔵庫に入れることになった。
「どうでもいいものが多いわ」
「こちらは如何でしょう。コンパクトのようですが」
掌に収まる楕円形のそれは、開くと鏡のような面とボタンの並んだ面とがあった。お嬢様がボタンを押すと、鏡の面が光って文字が現れた。
「インクを使わずに文字を書く道具ね」
二度三度いじって放った。表面の青い色と蛙の柄が気に入らなかったらしい。
組み立て式の人形、偽物の革の手袋、文字の印刷された紙片、口紅と頬紅。
「変な爺ね。こんなの貰って喜ぶ人も居るのかしら」
「居るから配り歩いているのでしょうね」
本はパチュリー様に、その他どうでもいいものは美鈴と妖精のメイド達に渡されることになった。銀食器のセットと日光写真のキットは捨てられた。
お嬢様は吟味と分別そのものをお楽しみのようだった。背面に虎のプリントされた真白い下着を見つけると、リボンとカードをつけて美鈴に贈るよう命じた。
九杯目のワインを注ぐ頃、長い食卓には贈り物の山が二つ出来ていた。
最後に焦げ茶の革張りの帳面が出てきた。日付と罫線が印刷されている。大鳥の羽のペンと薔薇の香りのインクがついていた。
「パチュリー様に差し上げましょうか」
お嬢様はページを満遍なく眺めた後、こちらを向いた。インク瓶を開けると帳面のはじめに何やら書き足し、差し出した。
「あげるわ」
「私に、ですか」
「他に誰がいるの」
足を組んで頬杖をついて、咲夜を紅い瞳が見つめる。
「気に入らなかったかしら」
「とんでもない。ただ、私の為すことは毎日同じですから。わざわざ書き記すまでもないでしょう」
お嬢様のために食事と紅茶を用意して、お嬢様のために屋敷を清めて、お嬢様のために邪魔物を切り捨てて。
「なら、記念日もあげるわ」
マグカップをお嬢様が傾けた。直後、小さくて平べったいもので視界が遮られた。瞼が温かい。
年代物の椅子の軋む乾いた音がした。
唇に湿った柔らかいものが触れる。液体が注がれた。ほのかに熱がある。肉桂の棘のあるしびれる香りと、葡萄の皮の甘味。僅かな鉄のにおい。小鳥のようなさえずり。
吐息がひとつ吹き付けられた。
瞳の覆いが取り払われる。お嬢様は座ってワインに舌を浸していた。帽子がいつもより斜めに傾いていた。
「まだ書くことが必要かしら」
咲夜を上目遣いに見る。とっておきの悪戯の成功した子供のような目だった。
「紙が足りなくなりそうです。お代わりは如何いたしましょう」
「熱いのをすぐにお願い」
微笑んで空のマグカップを受け取った。
時を止め、材料を入れた片手鍋を火にかけた。
傍らの壁にもたれて日記を開く。言葉は次々と湧いてきた。響きの良いものだけを選んで文字にした。筆が躍る。
ふと指先が唇に伸びた。喉が動くと熱かった。マッチで点した火のよう。熱の塊が留まっている。そう意識すると、胸の鼓動が速まった。包んだ手の温かさや頬の柔らかさ、つい先ほどの味を思い出していた。厨房の冷たい壁に額をぶつけて心を落ち着かせた。
『お嬢様、お嬢様。私にとって一日はとても長く、いつも幸せなものです』
温まったワインを持ち、お嬢様との瀟洒な時間に帰った。
お嬢様はテーブルに額を何度もぶつけていた。
いろんな意味で酷いwww
そして中盤感嘆し、最後で諏訪子様哀れ
諏訪子様にも幸アレ
それにしてものっけからサンタを・・・・・・・
最後のお嬢様で思わず笑ってしまった
しかし改めて読むと突っ込みどころ満載ですね。笑わせていただきました。
お嬢様の為ならサンタさえ捕まえてくるとか咲夜さんマジ瀟洒(*´Д')
‥‥‥(*´∀')