布団の温もりという恩恵が泣きたい位に愛しい、そんな冬の朝。
射命丸文は、自宅の布団の中で他の例に漏れず、この恩恵を一杯に感じて幸せそうにとろとろとしてまどろんでいた。
「………うあ」
文が目覚めて感じた、首から上にあたる冷たい空気と、布団の中の暖かい空気のあまりの違い。
「さむ…」
もそもそと、文は布団の中に顔まで潜って、これから幸せな二度寝を堪能しようと、当たり前のように目を閉じたまま「ああ、私って幸せ者だぁ」とささやかな幸福に浸っていた。
その際、隣に感じた別の温もりを、文は条件反射でぎゅうっと抱き寄せ抱きしめて、それから小さく頬ずりなんかして、その温もりから発せられるいい匂いを肺一杯に嗅いだりして、それから「…あれぇ?」と、やっと寝ぼけてボンヤリとした頭に、小さな違和感を覚えた。
「…………んん?」
この甘いというか、独特のいい匂い。どこかで嗅いだ覚えが物凄くするなぁ……
文は、ぺたぺたと腕の中のものを無遠慮に触って、もう少しで思い出せそうなのになーと、ちょっとすっきりしないものを感じながら、少しだけ離していたその温かいものをぎゅううっと力を込めてまた腕の中に持ってくる。
「…おお」
これ、すんごい暖かくて幸せ……
なんだかもう、腕の中にある、ふさふさな感触とやーらかくてあったかーいどこかで感じた事のあるコレの正体なんて、本気でどうでもよくなってきたーとばかりに、文は満足げに息を吐く。
文は、そのままこの幸せを胸に、そっと目を閉じて意識をとばしかけて。
「………ん、あや、さまぁ」
と、耳を擽る甘い声に、僅かに意識を戻す。
ああ、この声は……ふふっ、相変わらず可愛い声ですねぇ……
………………って、
「はい?」
今の声って、え?
ばっちりと、
もう嫌でも目が覚めた、少し寝癖のついたままの文は、へえ?と間の抜けた声とともに、それを凝視する。
すううっと頭が急激に冴えていく感覚に、文は僅かに眩暈がおきかけたけど、今はそんな場合ではないと寝巻きのまま、というかこの体勢のまま、まじまじと腕の中のそれを見て、やっと受け入れる。
「も、椛、ちゃん?」
思わずちゃん付けですよちょっと。
文はかなり混乱した。
「……くぅ」
石の様に固まっている文の事など知らず、彼女、犬走椛は、その耳をぴこぴこっと動かして、もぞもぞと早朝特有の寒さに、寝巻きを崩して晒した白い肩を震わし「…うぅ、文、様ぁ」と、求めるように文の腕の中に擦り寄って、その白い服をきゅっと掴んで、そのままむにゅうっと頬を文の胸に押し付けて、すぐに幸せそうに「ふぁ」と頬を緩ませ、眠りを続行していた。
「……っ!!」
こんな状況だが、文は非常に悶えた。
……う、うああ!!あ、愛玩動物に感じるこの溢れんばかりの愛しい気持ちが、もう抱きしめてしまえと私を誘うぅぅ!
とか、アホな事を考えて、椛のぴくぴく動く耳を見つめてふるふると手を震わせていた。
「さ、触りたいけど、が、我慢です。耳は、触りたいけど我慢です。こ、ここを触ったら嫌がられてしまいます」
ぴこぴこ誘う耳の魔力に、どうして彼女が自分の布団の中に寝ているのかとかいう疑問がどうでもいいものに感じられて、文はとりあえず落ち着こうと、深呼吸。
そう、考えてみれば、文と椛は一緒に眠る事ぐらいなら別に不思議でも何でもないのだ。
「……昔は、夜が怖いって言ってた椛とよく一緒に寝たものです」
天狗だって怖いものはいくらでもある。特に小さい頃の椛は怖がりで、よく位の高い天狗の子供達に苛められたものだ。
そう、文がそんな椛を見つけて、助けて、それが続いて、
「…いつの間にか、椛は私の世話を焼いてくれるようになったんですよねぇ」
頑張って、努力して、私の部下に志願して……
「……」
可愛いというか、いじらしくなったので、文はむぎゅうと我慢せずに抱きしめた。
あー、気持ちいい。
「……ふぁ。…あ……あ?……ああっ?!」
流石に力一杯抱きしめられては目を覚ますようで、椛は目をとろんと開けた次の瞬間、大きく見開いて耳と尻尾をぶわっと逆立てた。猫みたいだった。
「あ、おはようございます椛。今日も寒いですねぇ」
「えぅ、あ、あうっ?!」
おぉ、混乱してる混乱してる。
文は腕の中で真っ赤になってわうわう言ってる椛が、また可愛くてきゅんっとしたので、首筋に顔を埋めてみた。
「あ、あああやさまっ?!」
「んー、いい匂いですねぇ……」
「ね、寝ぼけてるんですかぁ?!」
じたばたする割に、自分から全く逃げようとはしない椛に、文は先程の事もあいまって、変に懐かしい気持ちになる。
そういえば、椛はいつも抵抗はするくせに自分から逃げようなんて一度もした事ないなぁと、子供の頃のちょっとした可愛らしい悪戯の数々を思い出しながら頷く。
「椛」
「は、はい」
「椛は可愛いですねぇ」
「ひゃうん?!」
「昔からいい子で、お姉さんは嬉しいです」
真っ直ぐに育ってくれたなぁと、変に年を食ったような事を考えながら、文はうんうんと満足げに再度頷く。
「あ、文様ぁ…」
椛は、そんな文の笑顔に、どうしていいか分からずに、真っ赤なまま文の腕の中で大人しくするしかなく、幸せだけど地獄っぽい、そんな生き地獄?を堪能するのだった。
「って、あ」
「え?」
「そういえば、何で私の布団の中にいるんです?椛」
「――――?!」
椛、さああっと青くなってびしりと固まった。
「え?椛?」
「あ、あわわ」
思い出して何気なく聞いた疑問に対する椛の反応に、文の顔が訝しげなものになる。
「え、えっと、あの」
椛は椛で、青くなったままおろおろするばかりだった。
実は、文には内緒だが、椛は同僚や友達の河童に応援されて、勇気を振り絞って恥を忍んで、文に夜這いをしようとして、ここに来たのだ。
が、すやすやと幸せそうに眠る文の顔を見て、その可愛い寝顔に椛は硬直して見惚れて尻尾ふりふりで、自分が何をしにきたのかも忘れて、そのまま布団に「ごめんなさい!」と謝罪しまくりながら頑張って潜り込んで、そのまま寝てしまったのだ。
勇気があるのかないのか、よく分からない彼女だった。
が、勿論そんなこと文には言えない。
椛はこちらをじっと心配そうに見る文の目に吸い込まれそうになりながらも必死に自分を保ち、わうわうと口を開いたり閉じたりと繰り返す。
ど、どうしようぅ、ほ、本当の事を言ったら文様に嫌われる!というか幻滅されて嫌な顔をされて、ってうあああ。だ、だけど、これもチャンスといえばチャンスで、ここで頑張って文様を、お、お、襲わせて貰って、ってやっぱり駄目だそんな事出来ない!だけど文様は素敵な方だから、はやくなんとかしないと盗られちゃうってにとりちゃんが!だけど、ああ、文様そんな綺麗な瞳で私を見ないでー!!
「椛?もーみーじー?おーい、椛ちゃーん!……駄目ですねこれ」
青い顔で耳をぺったんとしてふるふる震える椛の愛らしさに、文はきゅんっとしながらも、ここで抱きしめたら怒られるかなー?なんて心配無用な事を考えて、とりあえずお腹すいたなーなんて暢気に考えていた。
もしかしなくても、文は自分が椛にいただきますされそうになっていた事実に気付いていない。
幸せな脳みそだった。
「あ、文様!」
「はい?」
「大好きです!!」
布団の中で、いきなり複線も前振りもなく直球な告白がきた。
「……はい?」
どんな暴走をとげたのか、椛は真剣な顔で文の顔をジッと見て、答えを待っていたりする。
が、文は目を点にして硬直するのみである。
考えてみても、急に布団の中にいる理由を聞いて、慌てまくった椛からいきなり大好きですなんて言われる理由がわからず、激しく混乱していた。
「えっと」
「だ、だから、私はここにいたりします!」
「……あ、そうなんですか」
「はい!」
大きな声での元気のいいお返事に、文は、ああ成程と、とりあえずは納得する。納得するしかなかった。
「……はあ、それなら、えっと、いつでもどうぞ?」
「!!」
驚愕に染まっていく椛の顔に、文はびくうっとして、え?変な事言ったかな?と考えながらも、慌てて取り繕うようにして両手をばたばたと振る。
「あ、ほら!椛とはよく一緒に眠っていましたし、大好きだから潜り込んだ、なんてまあ言われては、断れませんし、暖かくて私は嬉しいですし、椛さえよければ、いつでも来てくれていいですよ?」
「ほ、ほほほ本当ですか?!」
「え、ええ」
ぱああああっと、後光すら見えそうなほどに椛の顔が嬉しそうになり、いつもはあまり見せない八重歯もみえて、ああ相当に喜んでると、文は何だか嬉しくなる。
自分と一緒に眠れるのが嬉しいなんて、と、文はほんわかと心が温かくなるのを感じて、何か忘れてる気もするなぁとも、思う、実はまだちょっと寝惚けている文だった。
椛特製のおいしい朝御飯を食べ終え、どうせ一緒に寝るなら家が別々だと不便ですねぇと文がうっかり漏らし、それではと椛がもじもじしながら、暫く泊まっていいですか?なんて言うので、文は可愛いなーと思いながらいくらでも泊まっていって下さいよ、なんて言って、それに椛がもうこれ以上ないってぐらいに嬉しそうな顔で、じゃあ準備してきます!と、言って帰ってから、文は幻想郷の空をのんびりと飛びながら、そんな先程の、ほのぼのとした幸せな時間の事を思い出して反芻していた。
「……」
あれ?
と、文は首を傾げて、ちょっとよく考える。
色々と、大事な何かが抜けている気がしたのだ。
「……お、おお?」
文はさらに考えて、必死に考えて、おもいっきり考えた。
「あ、ああ?!おああああああぁぁぁああぁぁ??!!」
「うわぁっ?!」
びっくうと、そんな文に声をかけようとしていた、最近このあたりに出現する事が多くなった鬼の幼女は、滅茶苦茶に驚いてびくついた。
「な、なに?!」
どっくんどっくんとする胸を押さえる幼女に、文はがくがくと震えながらその鬼の幼女、伊吹萃香を見る。
「そ、そうですよ!私、椛に告白されてんですよ!」
「………はあ?」
萃香の顔は、訳が分からないなりに、何を今更?というちょっと呆れたものだった。
「ええ!物凄いはっきりと、私ってば椛のお嫁さん発言をされていますよ!」
「えっと?」
「なのに!私はなに椛にお泊りの許可とか、ついでにいつでもお布団の中にどうぞ♪とか言ってんですか?!うっかり親しすぎる間柄だから警戒心がゼロでしたよ!!ちょ?!もしかしなくても私危険ですか?!椛に、あの椛に襲われたりとか、もしかしてされちゃいますか?!」
「………へえ?」
「ああ!だけど椛は本当にいい子だから、萃香さんとかチルノさんみたいに、そういう非常識な事はしなさそうだけど!昔から変な所で爆発する所があるし……っ。と、とにかく!この事はだれにも知られないようにしないと、と、特に他の烏天狗たちに気付かれでもしたら非常にやばいです!変に記事にされでもしたら、それでチルノさんや萃香さんにばれますよ?!」
「………ふぅん?そんなにばれたくないわけ?」
「ええ!そりゃあもう!特に萃香さんとかチルノ、さん、とかには、絶対、に」
……。
………。
「ごめんなさい」
「うん。正直な文は大好きだよ」
空の上で器用に誠心誠意の土下座をする文と、鎖を笑顔でぶんぶんと振り回す萃香だった。
「それで?」
「は、はい」
「布団の中。とか、お泊り、とか、どういう事?」
「…あの、いえ、まあ、色々ありましてですね」
結構、いや、普通に独占欲の強い萃香は笑顔で、ついでにお酒を飲んでふらふらではあるのだが、目が笑ってない。というか、急激に酔いが冷めていっているのがわかる。
「……」
「文」
「は、はいぃ」
その声の低さから、文は殺される?!とちょっと本気で思った。
萃香は、直球ではっきりと文に告白をしてくれた。
文に好意をもっているのは明らかで、文としては戸惑いつつも少し嬉しいと思っている。
なのに、その文が部下の天狗と布団とかお泊りなんて聞いて、気分がいいわけがない。
「……すいません」
それに、萃香は今日は文を訪ねて、というかまたお酒に誘ってくれるつもりで、わざわざ非番の日を選んで、忙しい日は我慢してくれて、今日来てくれた筈なのだ。
それが分からないぐらいに、文は鈍くはない。萃香は、実は文の事をそれなりに真剣に考えて、できるだけ都合をあわせて、少しだけ寂しいのを我慢してくれているのを知っている。
なのに、そんな日に限って、こんなアホな失敗をしてしまうとはと、文は自分をこの場でののしりたくなる。
というか、本当アホすぎて、今なら墜落死とかいいかもしれないと本気で考える。
だから、
「……料理、とか、できる、家庭的な方が、いい?」
萃香のその、途切れ途切れの小さな声に、すぐに反応できなかった。
「……は、はい!って……はい?」
あれ、
幻聴?
と、文は呆けた顔と顔をして、萃香を見る。
そこには、視線を逸らして、瓢箪をもじもじとしながら持っている萃香がいて。
「……私は、ほら、お酒飲めればそれでいいから、家事とかできないし、あの部下の犬より胸ないし、背、低いし」
「え、えっと?」
「だから……その」
「萃香、さん?」
「………あっちのがいいのか、とか、思って」
むすっと、子供特有の、見え透いた、我慢と悔しさを押し殺して隠そうとする、その幼い仕草に、文の胸がドキンと揺れる。
…あ、あれ?
なんか……可愛い?
いや、え?だけど……うわ。
「あの、萃香さん?」
「……」
瓢箪を抱くようにして、じろりと涙目で睨む萃香に、文はかなりドキンとした。
小さい子を見て、泣きそうな子を見て、飴をあげたいとか、抱っこしてあげたいとか、そういう感情に似ていた。
「……萃香さん」
だから、文は迷わずに行動に移った。
「え?」
「知っているでしょう?」
「あ……」
空中だけど、まるで地面から持ち上げるように、力強く、文は萃香を抱き上げて腕に乗せて、顔と顔を近づける。
すぐに、萃香の顔がかあっと赤くなって、僅かに恥ずかしげに視線が左右に揺れる。
「萃香さん。私の好みは、こう、出る所が出てて、きゅっとしまるところはしまっている、そういうのでっていたたたたっ?!いた、痛いですって萃香さん?!いきなり何するんですか?!」
「う・る・さ・い!!」
「ま、前に私の好みはもっと大人な感じがってイタイイタイ!」
「こ・ん・の・馬・鹿!!」
ぎりぎりと首とか頭を殴られたり絞められたりして、文はちょっとぼろぼろになってやっと許された。
「……り、理不尽です」
「いや、今のは確実に文が悪い!」
勿論、文の方が悪かった。
が、文は気付いていないのでどうしようもない。
「うぅ、だから、椛も萃香さんもチルノさんも、私の好みとは全然違うんですって、言いたかったのに」
「それがまたむかつく……知ってたけど」
ときめきを返せ!な感じに、萃香は赤い顔で文の肩に移動しながら全身で首を絞めていた。
「……んで?どうすんの」
「はい?」
「その犬の事」
「ああ、椛ですか……そうですね。一緒に暮らせば、朝起こしてもらえるし料理も洗濯もしてもらえるし、夜はあったかいし、特に不便もないってああああすいませんごめんなさい!ちょっと調子に乗っていましたってあいたたたたたっ?!」
萃香の無言の攻撃によりじたばたする文。どう考えも、今度も文が全面的に悪かった。
「も、椛の事は、前向きに検討したいと思います……」
「うん、そうだよねー」
笑顔だけど血管が浮き出ている鬼に、天狗は「あはは」と笑って誤魔化すしかない。短時間のうちにすでにボロボロだった。
「………あー」
「え?」
そんな文に、萃香も、流石に気がたっていたにしてもやりすぎたと思ったのか、こほんと咳払い。
「?」
「手当てしたげる」
「うえ?」
「なにその反応?私にだって出来るってば!道具も、霊夢とか慧音とかに、その、貰ってたからね」
消毒も何もせずに、ただちょっと血が流れていたり青くなった箇所に、シップやテープをぺたぺたと張るだけの手当て。
「……」
普通に、萃香は自分の腕力は手加減していても危険だと分かっているようで、文のボロボロ具合から、こういうときの為にと貰っていたらしい。それを、文がぽかんとして見ている。
最後にと、文の頬にぺたりと張って「おしまい」と萃香が笑うのを、文はまじまじと見て、それから慌てて目を逸らす。
「文?」
「……驚愕しました」
「失礼な…」
手当てぐらいはでくると頬を膨らませる萃香に、文は首を振って、ちょっと言い辛そうに口を開く。
「いえ、そうじゃなくて……えーっと、萃香さんが、可愛いなーと思ってしまったというか」
困った事に、小さな手でぺたぺたと文の傷を塞ごうと頑張る萃香は、文の胸がときめくぐらいに可愛くて、いいこいいこしてあげたくなった。が、したら殴られるのは必須なのでしなかった。
そしてとどめに最後、未熟ながらも手当てをし終えて嬉しそうに顔を綻ばせる鬼の子は、冗談抜きに可愛くて、ぎゅーっとしたくなったのだけど、我慢した。文は本当に、よくしなかったと、我慢した自分を褒める。
椛と違って、萃香は照れ隠しで拳がとんでくる事を、文はきちんと学習していた。
「……」
と、萃香が無言のままだと言うのに気付き、文はおや?とその顔を覗き込む。
「……」
「萃香さん?」
「……」
「あの?萃香さーん」
「……決めた」
「は?」
「霊夢に、料理とか掃除とか、教わってくる!」
「……り、料理?掃除?」
突然だった。
何で?
と、目を白黒させる天狗に、だが萃香は赤い顔を両手で隠して見えないようにして、全力で背中を向けて丸くなる。
「だ、だから、うう、か、可愛いんだろ?……私は」
「え。ああ、はい可愛いですよ」
凄く、と付け足す文に、萃香は背中を向けたままさらに丸くなる「な、何で今日はそんな台詞ばっか言うんだ?!」とぼそぼそと呟きながら。
「だから、もっと、その、可愛くなってやるって言ってんの!」
「はぁ……?って、ぶはっ?!」
文は萃香にいきなりぐーで殴られた。
が、あまり力は込められていないというか、萃香の拳とは思えないぐらいにふやふやだったので、あまり痛くはなく、文は頬を押さえて再度、その力の弱さに「はい?」と固まっている。
「り、料理とか出来ると、文は不便がないって、さっき喜んだでしょうが!」
「え?いや、確かにそうですけど……」
「だーかーら!しょうがないから!文の為に家事全般、覚えてあげようって言ってるのよ!し、将来の為だしね!……………それに、もう少しぐらい可愛い……とか、言わせたいし」
「………!」
最後のそれは、ぼそりと小さかったが、文にははっきりと聞こえた。
そこで、ようやく萃香が言いたい事を完璧に理解して、文は「あや?」と真っ赤になる。
「あ、あやや、そ、そういう意味ですか?!」
「そうだ、鈍感天狗…!」
「あやや……」
文は、暫しあっちを見て、こっちを見て、を繰り返し、最終的にちょっと足の下の森とかを見たりして、それから顔を上げる。
「……あの」
「……なに?」
赤い顔の文に、滅多に見ない、そんな文の顔にトクンと心臓を揺らしながら、萃香が顔をあげる。
文は、数瞬だけ何かを迷って、だけど真っ直ぐな眼差しで萃香を見て、口を開く。
「……萃香さん。家事全般は勿論大事ですが、できるなら、将来はナイスなボディを手に入れるのが、一番の近道だと自分の事ながら真面目に提案するんですがってあいたたたたたっ?!」
「死ね!お前は死ね!本っ当に死んどけ!!」
「ちょ、ほ、本気で言ってるんですよ私は?!」
「尚更死ね―――!!」
「うわーん!やっぱり私を好きとか、初恋とかって、嘘でしょう?!あんまりに愛を感じませんよぅ!!」
「本当に阿呆で馬鹿かお前はー!すんごい好きだボケー!大好きだ―――――!!」
鬼とする、リアルな鬼ごっこ。
結果、勝者は勿論鬼で、天狗の少女はおもいっきり殴られて、ついでに何故か怒っているのにたっぷりと一分は唇も奪われて、文としては照れるべきなのか怒るべきなのか分からず、心身ともにがっくりとするのだった。
別に、深い意味はないのだが、椛と萃香に会ったのなら、この場合は、自分からでもあの子に会うべきだよなーと、そんな事を思って、文は疲れた体に鞭をいれて、この湖にやってきていた。
「あー、文さん」
「うぐっ?!だ、大妖精さん」
「あら。嫁」
「……うっわぁ、レティさん」
いたよいたよ、とばかりに文は死んだ魚の様な目になるのを抑え切れなかった。
「もしかして、チルノちゃんに会いにきたの?」
「ええ、まあ…」
「あら、やっと覚悟を決めたのね」
「それはありません」
そこははっきりと否定する文。それに、その場にいた二人は、はあっと大げさに溜息を吐く。
「……まだ、煮え切らないね、レティちゃん」
「……ったく、本当にへたれた天狗よね、大ちゃん」
文のハートをざっくざっくと切り裂くつもりらしい、大妖精こと大ちゃんと冬の妖怪レティ・ホワイトロックの両名は、やれやれと文を見て、それからあの子はあっちだと二人して同じ方向を指差す。
「あのね、チルノちゃんは今お昼寝中なんだ」
「え?なら」
「だから、とっとと押し倒してしまいなさい、嫁」
「まてやこら」
「頑張ってね!」
「待って、自然が生んだ純粋の象徴とか言われてる妖精さん?!」
「はげみなさい、嫁」
「黙ってて下さいレティさん」
「大丈夫だよ!いざとなれば文さんでもばっちり!チルノちゃんにはこっちから色々とそういうお話は教えてるから!」
「一度でも関係をもてればこっちの勝利よ!頭に刻んで挑みなさい!」
「……色々と理不尽ですよね本当……というか、あんたらもチルノさんに変な知識を与える組織の筆頭ですか畜生」
やっぱりこなけりゃよかった。と、文は心の中で何度も繰り返しつつ、此処まで来たんだし、寝顔だけでも見てとっとと帰ろうと、文は足をすすめる。
「子供は女の子がいいよね」
「あら、男の子でもいいわよ。まあ、嫁しだいだけどね」
「チルノちゃんの子供だったら、可愛いだろうなぁ」
「ふふ、本当に楽しみね」
文は、背後から聞こえてくる会話に笑顔で、あんたら本当に子供の作り方知っていますか?!と突っ込みたいのを必死に抑えて、ずかずかと歩く。
……いや、まあ確かにその気になれば、って違う違う!相手は妖精で幼女!というか同性!私としたことがあの二人の発言を真に受けたらいけません!
歩きながらぶんぶんと頭を振って、その際にごんっと枝に頭をぶつけて、星が見えたりしながらも、文は草むらを押し分けて、そこにたどり着く。
綺麗な空間だった。
「……へえ」
湖のすぐ傍に、小さな、こんなに綺麗な池があるとは思ってもいなかった文は、空を見上げて、ちょういどいい具合に青い空が見えるのに、空からはこの池を見るのはよほどに注意しなくては難しいだろうと、上手くできているこの空間に、文は素直に感心する。
そして、その透明な池の傍に、青い妖精が丸くなってくうくうと寝ていた。
「……おやおや」
その無邪気と無警戒ぶりに文は苦笑して、そっと音をたてないようにその隣に座る。
水の匂いと草の香り、文は羽を伸ばして「んー」と伸びをする。
「………う?」
「あや?」
と、文が目線を下にやると、そこには目を開いてこちらを見ているチルノがいた。
どうやら眠りは浅かったらしい。
「あやや、起こしてしまいましたか?」
「文?」
「はい」
「………っ!!」
元気な子供は、低血圧とは無縁らしい。
「文――――!!」
「はーいはいはい!どーどー」
「あやあやあやー!!」
「はい、文ですよー」
どっすうっ、と首っ玉にかじりついてぶんぶんと興奮しまくりに揺らして真っ赤になっているチルノ。
文も文で、このチルノの反応には馴れたもので、よしよしと頭を撫でてなだめている。
「なんでなんで?!文がここにいるの?!」
「チルノさんに会いたくなって(というか、会わなくてはいけない気がして)来てしまいました」
「っ、ほ、本当?」
「はい、勿論ですよ」
「っ!!」
ぎゅうっと、首に抱きつく小さな体温に、文は笑顔になって、最初は全身でアタックしてくるチルノに必死に逃げたものだが、扱い方を覚えてくると可愛く見えてくるから不思議だと微笑む。
「んっとね」
「はい」
「……ちゅーしたい」
「……」
いきなりだった。
というか、雰囲気も何もあったものではなく。ただしたいからしたいという、チルノの素直な気持ちだった。
「え、えっと」
文、暫し迷いつつ、
考えてみれば、自分はすでに萃香とも椛ともしてるし、というかチルノには最初の頃に奪われたし、今更だよなーと思い、こくんと頷く。
「ええ、いいですよ」
「……本当?」
「はい」
「……じゃ、するからね!」
じっと見つめる青い瞳に、目を閉じろって意味だろうと解釈して、文は目をそっと閉じる。
ほどなく、唇には柔らかな感触。
「……」
「むー」
「?」
「文」
「はい?」
と、すぐにチルノは離れると、かなりご不満という顔をして、文の胸元に顔を押し付けたままむすうっと見上げる。
「……別の女の味がする」
「ぶっはぁ!!」
吹いた。
普通に、チルノの前に萃香とキスしていたのだが、普通は分かるものなのかと、文は驚愕する。
「文ー!」
「うえっ?!な、なんで分かる、いやじゃなくて、す、すいません!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿!むきー!」
「いたたたたっ!!」
実は、子供だからか馬鹿だからか、変な所で鋭かったチルノ。彼女と付き合うと浮気はすぐにばれてしまうだろうと、文は心のメモ帳にばっちりと記載した。
今度は、誰とも会ってない時に会いにいこう!
「もう!文の浮気者!」
「はい、すいません」
「あたいが分かる女だったことを感謝しなさいよね!」
「……はい」
文としては、チルノと付き合っているわけではないのでそういう風に怒られるのはちょっとアレだが、確かにマナーがなっていないし、不道徳だと必死に頭を下げる。
天狗が妖精に必死に頭を下げるという光景はなかなかにレアだった。
「……んっと」
「はい?」
まだ怒られるかなーと、自分よりかなり小さなチルノを上目遣いに見上げてしまう文。
だが、チルノはちょっと怒った顔のまま、少しずつ赤くなっていく。
「えっとね、文!」
「はぁ」
「罰として、ちゅーして!」
「…は?」
「だから!あたいにちゅーってして!」
「……」
「……」
「……」
「……う」
「あ、します!したいです!」
頭の中で意味を噛み砕いているうちに、チルノの顔がだんだんと怒った顔のまま泣きそうなものになるのに気付き、慌ててそんな事を言ってしまう文。
「……本当?」
「勿論ですよ!私がチルノさんに嘘を吐くと思いますか?!」
「……ぐす…ん!」
文の言うことなら、とりあえず信じるつもりらしいチルノのその素直な反応に、最初の頃の生意気で子憎たらしいあれを思い出して、文もうわ、可愛いなーと思う。
「……えっと、それでは」
「うん!」
小さな肩に手を置くと、途端に泣きそうな顔からわくわくした顔になるお子様。
「…う」
これからキスをしようとしているのに、そんなにわくわくした顔をされてはと、文はかなりやり辛いものを感じながらも、しかたない、とチルノを抱きよせる。
とんでもない事になったなぁ、ともちょっと思っていたが、覚悟を決めて文はチルノの唇を見る。
「…では」
「っ」
間をあけたり、ムードをつくったりすると、余計にやり辛そうだったので、一気にその小さな唇に自分の唇を重ねる文。
……うわぁ、小さい……柔らかい。
内心、変な感動がおきたりもするが、まあキスをしているし当然かと、文はそろそろと唇を離して、いつの間にかしがみついていたチルノをそっと見る。
「……っ!」
チルノは目をぎゅっと瞑って、真っ赤な顔で体をぶるぶると震わせて、唇を少しだけ尖らせていた。
「……」
ちょっと、その顔と仕草にかなりドキンときた。
「あー、お、終わりです」
「そ、そう!は、早かったわね!」
「そうですか?」
「そうよ!」
「………じゃあ、もう一回?」
「うえ?!あ、う、うん!またして!もう一回!」
……やばい、可愛い。
文は、ちょっと自分の心境に戸惑いながらも、素直にそう感じれるのは、まあ悪いことではないかと、チルノをまた抱き寄せる。
二度目のキスは、ちょっと噛みつかれて、血の味がした。
次の日。
「うん、立派な風邪だな」
「あー、やっぱりですか?」
取材と相談の為にきた、上白沢家の居間で、文は薬を飲みながら「あはは」と笑う。
「いやー、ちょっとだるいとは思ってたんですよねぇ」
「自覚症状は大事だ。もう少し自愛しよう」
「ありがとうございます慧音さん。それに永琳さんも」
「いいのよ」
柔らかく微笑んで、永琳は手元の薬を文に渡す。
「軽いものだけど、油断はしないできちんと薬を飲むようにね」
「はい、了解しました」
「それにしても、軽いとはいえ文殿が風邪をひきとはな、何かあったのか?それに体のあちこちに傷や痣もあるし、唇にも怪我をしているな」
「え?」
文は、風邪は日頃の不摂生だが、その傷や痣が、まさか鬼に殴られたり、その後に氷精とキスして噛みつかれました、なんて言えずに固まる。
「?すまない、言い辛いならいいんだ」
「あ、あははすいません」
文は慌ててぺこりと頭を下げて、それではと、再度追及されない内にと幻想郷最速の名に相応しいスピードで去っていく。
「ふむ」
暫し、慧音はそれを見送り、数秒ほど目を閉じ、すぐに開く。
それからちょっと考え込むようにして、永琳の隣に座る。
「あら、どうしたの慧音?」
内心は、慧音が近くにいる事にドキドキなのだが、それをおくびにもださずに永琳は優しく訪ねる。
「うむ」
慧音は、真面目に考える。
「……寺子屋の子供達に、文殿にはあまり近寄らないようにと、言っとくべきだろうか?」
「え?」
「どうやら文殿は、なんというか、子供には危険らしい」
「……ああ」
永琳は納得して、ぽんっと慧音の肩を叩く。
「大丈夫よ慧音」
「そうか?」
「ええ、あれは、風邪をひいて理性が緩んだときにしか手をだせないへたれよ」
「……」
「だから大丈夫。普段は子供の方に振り回されて危険は薄いわ」
「……そ、そうか」
「ええ、だからどんな歴史を見たのかは知らないけれど、大丈夫よ」
にっこりと笑う永琳に、心強さと優しさを感じて、慧音は微笑む。
やっぱり永琳殿は凄いな、と慧音は永琳の手を感謝の気持ちを込めて握って、烏天狗が去っていったその方角を見る。
「そうか、なら、頑張れ文殿」
とりあえず、今日から大変だぞ、と慧音は、先程見た歴史と、そしてその流れから思わず見てしまった天狗と鬼と氷精の歴史に、苦笑する。
慧音は、永琳が手を握られて、赤い顔のまま内心物凄く動揺しているのに気付かず、暫く空を見上げ続けた。
最終的には、いつの間にか慧音の手を両手で握り締めて真剣な顔をしている薬師と、それを不思議そうに、だが何だか嬉しそうにしている半獣の姿が残るのだった。
「文様!」
「文!」
「やっほー文!」
「……」
「今日から、不束者ですがよろしくお願いします!」
「今日から、文の家で花嫁修業するから!」
「えっとね、大ちゃんとレティが、一緒の家で住んでいいって!」
「……」
文の家の前で、並ぶ、三つの影。
あまりといえばあまりの事に呆然とする文の肩に、文の烏がやってきて、主を慰めるように、その肩をちょんと立派な嘴でつつく。
その眼差しは、主を心底同情していた。
『…文様、頑張ってください』
「あ、いえ、でも」
『…押しかけ女房には最初は戸惑いますが、慣れれば賑やかで楽しいな、とか思えます。思い込んでみれば、結構受け入れられるものです』
「……何だか妙に実感篭ってますけど、貴方まさか」
『…現在、私の巣には女性烏達が火花を散らしている最中です』
「……うわ。そ、そういえば貴方、もてますよね。厄介なのにばっかり」
『…それは、文様もです』
いつの間にか、文達の目の前でぎゃあぎゃあと騒いでいる天狗と鬼と氷精の騒がしい三人。
似たもの主従な天狗と烏は、目を合わせて、そして深く溜息をついて空を見る。
今日も悔しいぐらいに太陽は晴れ渡り、幻想郷を照らしていた。
とりあえず、文は頬をかいて、彼女達に向き直る。
「あの、じゃあ、今日からよろしくお願いします」
子供に好かれる天狗は、苦手だけど嫌いになれないそんな子供達に、困った様に、だけど少し嬉しそうな笑顔を浮かべて、暫しの家族を迎えたのだった。
分かりやすく、読んでいて場面がありありと浮かんでくるようでした。
しかし冒頭はベタすぎるw 文の驚きがリアルでいいですね。
前半は椛の可愛さ愛くるしさがこれでもかというくらいに書かれていて
氏の思惑通り?wに悶えさせていだたきました。
椛・萃香に会ったからって⑨に会いに行くとは…律儀?すぎる。
>文が節操のない危ない天狗
そうは思いませんでしたけどw 子供に対する家族的愛情なわけだし。
文が誰かに恋愛感情を持つ日は来るんだろうか…。
ボンキュッボンが好きってことは
美鈴、永琳、慧音、紫、藍、小町
あたりの誰かが好きってことになるんでしょうかねぇ
それと、これなんてエロg(幻想風靡
押しかけ女房が三人!しかも全員可愛らしい子達!なにコレ?!しつこいですがマジでコレなんてエロ(シャメイマルー
とりあえず烏すげえぇ!
koeeeeeeeeeeee
面白かったですw
・・・はっ、白黒だからか!(マテ
それはそうと、良い甘味でした。
あやもみ派として、椛だけちゅーがなかったのが残念(そこかよ
あー、椛はかあいいねぇ。
貴様それでもおと…あ、違うか。
とりあえず、にとりはGJ!!
渋い緑茶でも中和できないじゃないか
もっとやれw
だがここは敢えてナイス永慧!と言わせてもらおう。
んー、やっぱり微妙に不幸属性なあややがかわいくてしょうがない。
レティの文の呼び方が「嫁」なのに不覚にもニヤついてしまった。
イヤイヤ、幻想郷のボンキュッボンは攻略難易度高いよ?
う~む。文には椛を選んでほしいところだが…はてさて。
ハーレム天狗エエぞ~