博麗神社―――
「―――そんな訳でね、今日はクリスマスって言うんですって」
「・・・ふぅん、そう」
珍しく気が向いたので境内の掃除をしていると、
件の隙間妖怪が現れて、
「今日はクリスマスなのよ~」
なんてさわぎだした。
無視してるとクリスマスとは何か、とか、
そのクリスマスとやらの起源だのとかを勝手に話し始めたので、
適当に相槌を打ちながら掃除をする。
もうすぐ年末。お坊さんも走る季節だというのに、この妖怪は暇そうだ。
「ねぇ紫」
「うん?」
「暇なら掃除手伝って」
正直、私一人じゃきつい。
こんな時に限って萃香は遊びに行ってしまってていないし、
借りられるなら妖怪の手でも借りたい。無償で。
「えぇ~、さっき言ったじゃない、今日はクリスマスなのよ?」
意味が解らない。
「あんたの説明聞いてた限りだと、
今日がその日だからと遊んでて良いなんて結論にはどうやっても至らないんだけど?」
「まぁ、そうなんだけどね・・・
でもほら、今日くらいは浮かれていたいじゃない」
浮かれるのは勝手だけど、私を巻き込まないで欲しいと思う。
「それに、うちは一応、神社なんだけど・・・」
「外の世界だとそういうのは関係ないみたいよ?
さ、だから楽しみましょ。具体的には宴会をしたいわ」
「それが目的かっ」
魔法の森―――
「はぁ・・・」
溜息が尽きない。
今年も一人ぼっちだった。
別に恋人とか欲しい訳じゃないけど、この・・・
今のように寒い季節になると、どうしても温もりが恋しくなる。
「皆、元気かしら・・・」
家族の居る魔界は遠い。
行き来できない訳じゃないのだから年末くらい里帰りしようかとも思うのだけれど、
旅支度をしようにも部屋が散らかっていてまずそちらの大掃除で手間取りそうな気配。
「今年もこっちかしらね・・・」
何度目かの溜息をつき、諦めを口にする。
・・・と
「―――リークスリマスだぁっ!!!」
―――ビョゥンッ
ドゴァッ
何かが高速で私の横を通り過ぎ・・・大木に激突して止まった。
「・・・はぁ、何やってんのよ、あんた」
見慣れた黒と白の女の子だと確認すると、また溜息が出る。
「あいちちちち・・・うー、余所見してたらぶつかっちゃったぜ」
痛いだけで済んでるのだからすごいかもしれない。
「こんな森の中で飛んだらそりゃぶつかるでしょうよ・・・」
「いや、見慣れた奴が見慣れた辛気臭い顔で飛んでたから、挨拶をな・・・」
にやりと笑って私の方を見るその顔に、苦笑してしまう。
「あらそう、でもその辛気臭い子はもういなくなったわよ?」
「何?ほんとか?それは困ったな」
魔理沙も大げさに驚いてみせ、きょろきょろ周りを見渡す。
お互い、素直じゃないな、と思う。
「それで、何よさっきのなんとかクスリマスって」
「うん?ああ、あれか。なんか、召還魔法らしいぜ?」
「召還魔法・・・?」
魔法、という単語に耳がぴくりと動く。
「私一人じゃだめなんだ。皆で唱えてると召還できるらしい」
「何を呼び出せるのよ」
「サタンクロスっていう、
全身を真っ赤に返り血で染めた髭の魔神らしいぜ?」
「それは恐ろしい・・・」
確かに、すごく強そうな名前だけど・・・
「・・・ねぇ魔理沙、一つ聞いて良い?」
「何だ?私は早くこの魔法を皆に広めないといけないから手短に頼むぜ」
「その召還魔法、どうやって知ったの?」
「ああそれか。神社で宴会やってたからまざりに行ったんだが・・・」
「まーた私を呼び忘れたわね。全く・・・私も混ぜなさいよ」
もういい加減それでしょんぼりするのも疲れてきた。
私ってそんなに影が薄いのかしら。
「いやすまない、私も知らなかったんだ」
頬をぽりぽりかきながら謝る。
どうやら本当に知らないみたいだから、それ以上は追求しないでおこう。
「それで?宴会がどうかしたの?」
「宴会場で隙間妖怪がいて、
さっきの呪文をでかい声で唱えてたから、何かと思って聞いたら教えてくれてさ」
「・・・はぁ、やっぱり」
予想通りというか、なんというか。
「魔理沙、驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「何だ?」
「それ、クリスマスの間違いだと思う」
「ほぇ?」
何が?みたいな顔しちゃってもう・・・
「メリー・クリスマス。詠唱の呪文でも召還魔法でもないわ。挨拶みたいなものよ。
後サタンクロスじゃなくてサンタクロース。
髭はあってるけど・・・服は血に染まってるわけじゃないし、
元は聖人なんだから・・・」
「えーっと・・・お前は何を言ってるんだ?」
何よその私は間違ってないぜみたいな顔は。
「だからっ!!あんたはあの隙間妖怪に踊らされてたって事!!」
「・・・えぇぇ」
いつもは垢抜けてる癖にこんな時は田舎娘みたいに信じちゃってもう・・・
「その・・・サンタクロースって、どんなんなんだ?」
「んー・・・詳しく説明するのは面倒ねー」
「まぁそう言わずに教えてくれよ。このままじゃ私が馬鹿みたいだ」
馬鹿だと思う。間違いなく。
「仕方ないわね・・・」
溜息をつくのも疲れた。とにかく帰りたい。
「あ、ちょ、どこ行くんだよっ」
「家に帰るのよ」
「え・・・あ、待てって、教えてく―――」
「だから、暖かい所で説明してあげるって言ってるのよ」
正直、さっきから寒くて仕方ない。
解るように自分で肩を抱いたり手を揉んだりしてみせてたのだけれど、
この子が空気読む事を期待してた私が馬鹿だった。
「あ・・・ああ、そっか。うん、解ったぜ」
やっと解ったのか、子供の様にぱぁ・・・と明るく笑う。
「ほら、急ぐわよ」
「ああ、早く行こう」
「・・・そうだ」
「・・・?」
「言い忘れてたけど」
一つだけ、ふっと思い出し、振り返る。
「メリー・クリスマス」
紅魔館―――
「さてと・・・もうそろそろ良い時間かしら」
懐中時計を見、そろそろ準備に取り掛かる。
「あ、今年もやるんですね。あれ」
パーティーの残り物を食べていた美鈴もそれに気づいたのか、
食べる手をやめる。
「ええ、子供の夢を壊すのは忍びないもの」
その子供――正確には自分の主人なのだけれど――
がクリスマスをやりたいと言いだしたのはいつの事だったか。
全く、自分が吸血鬼だというのに基督教のお祭を祝うだなんて、
私には意味が解りませんよ、お嬢様。
「でも・・・ぷぷ、可愛いですよね。その格好」
「・・・うるさいっ」
お嬢様が語るには二つあって、一つは今日、この夜にお祝いをする事。
何の祝いかなんて気にしていないらしい。
もう一つは、このクリスマスの夜に、サンタクロースという老人がプレゼントを渡しに来るという事。
赤い服の、髭の老人というのが絶対条件らしいので、
私は毎年その条件をこなすため、こんな恥ずかしい格好をしているのだが・・・
「咲夜さん、サンタクロースって実際、ミニスカ履いてるんでしょうかね・・・ぷぷぷ」
「だからうるさいって・・・そんな事言ってるとプレゼントあげないわよ」
「え?あ、くれるんですか?」
プレゼントという言葉はどうも、全世界共通で人の気分を変えさせるらしい。
さっきまでけらけらと笑っていた美鈴が、ぽーっと私の方を見ているのだから本物だ。
「ほら・・・大したものじゃないけど、
あなたも頑張ってるみたいだし、ね」
言いながら渡す。中身は本当に大したものじゃない。
「わぁっ、ありがとうございますっ
紅 美鈴、来年もしっかりがんばりますね!!」
「あ・・・」
しかし、そんなものでも渡されると気合が入ったのか、
その場を駆け出し外へと向かっていってしまった。
「・・・来年だけじゃなく、今年もまだ残ってるんだからね・・・莫迦」
莫迦も、これくらいだと愛嬌があると思えるのは、
クリスマスの魔力とやらなのだろうか。
「さて、と・・・そろそろ行かないと」
正直、この格好ははずかしい。
髭はまぁ、お嬢様と妹様の部屋の前でつければいいとしても、
このスカート丈の短さは・・・いや、メイド服じゃないのが落ち着かないのだろうか。
つくづく、メイド根性が染み付いてると思った。
「えっと・・・これで全部よね」
先に妹様の方を済ませ、お嬢様も今、プレゼントを入れ終わったところ。
途中、パチュリー様に見つかってにやにやと笑われたのが悔しかったけれど、
ついでにプレゼントも渡せたのでよしとする。
部下のメイドや小悪魔の分も置き終わっているし、これで全部だと思う。
「ふぅ・・・っ」
しかし。
こんな、誰が言い出したのか解らないけれど聖夜だというのに。
私はなぜ、こんな髭をつけ、屋敷を回っているのだろう。
「私もプレゼント・・・はぁ」
私に渡してくれる人は居ない。
そう思うと、途端に虚しさが増した。
「・・・はぁ」
とりあえずする事は終わったし、片付けは明日やるとして、もう寝ようか。
そう、ちょっとだけうつむいて部屋から出た時だった。
「メリー・クリスマス」
扉から出た正面に、髭の、赤い服の男が立っていた。
「え・・・あっ」
不審者―――
本能的にそう感じ、後ずさろうとする。
「いやいや、そんなに警戒されても困るんだが・・・
とにかく、メリー・クリスマス、だよ」
どこかで聞いた事のある声だった。
しかし、誰なのかは思い出せない。
顔も豊か過ぎる髭で隠れてよく解らないし、
そもそも背丈が私よりずっと高いので良く見えない。
「サンタクロース・・・?」
しかし、この夜。その格好をしていれば、それは疑う余地もない。
サンタクロースなのだろう。
「うむ」
「・・・メリー・クリスマス」
ならば、彼に対して私は、こう答えなければいけないと思った。
誰なのか解らない。けれど、彼がそうなのならば・・・
「良い返事だな。よし。
では僕・・・いや、ワシから君にプレゼントをあげよう」
手に持つ白い袋にもう片方の手をごそごそと突っ込み、やがて取り出す。
「・・・私に、ですか?」
一瞬、何をして居るのか解らなかったが、解ると解ったで頭の中が白くなる。
「サンタだからって、プレゼントをもらえないなんてことはないさ。
だって、今日はクリスマスなんだからね」
その言葉に、救いを感じた。
「・・・はい。ありがとう」
「うん・・・
じゃあ、僕・・・ワシはまだ行くところがあるからこれで。良い夜を」
手を挙げ、のしのし・・・とは鳴らないけれど、そんな風に歩いていく。
その様を見送り、やがてはっとし、プレゼントを見て、呟く。
「メリー・クリスマス・・・」
あのサンタにも、幸あれ。
香霖堂―――
「ふぅ、これで全部かな」
屋敷から帰ると、一通り回ったのを確認して、髭を取る。
「お疲れ様。知り合いだけでも回るの、大変だったでしょう。はい、甘酒」
店の前には、あの胡散臭い隙間妖怪が。
「ああ、とても大変だったよ・・・ああ、ありがとう」
渡された甘酒を素直に受け取り、ずずず・・・とすする。
「いきなり巻き込まれて、どうなるかと思ったけど・・・
やってみると中々、楽しいね」
「そうでしょう。それがクリスマスの醍醐味なのよ。
まぁ、霊夢とかは解ってくれなかったんだけどね」
23日の夜。寝ようかと片づけをしていたところを店に現れ、
彼女は、僕に仕事の依頼をしてきた。
なんでも屋は魔理沙の所だろう、と指摘すると、彼女は
『この仕事はあなたじゃないとできないもの』
と笑い、ずっと動かなかった。
仕方なく引き受けたものの・・・最初は大変な事に巻き込まれたと思ったけど、
一軒一軒プレゼントを渡している間に暖かい気持ちになれるのに気づいた。
渡しているのは知り合いの家ばかりだったけれど、
これがサンタクロースというものなんだろうか。
良くは解らないけれど、無償でそんな事をやる人の気持ちが解る気がする。
「それじゃ、ご苦労様でした。私はもう帰るわ」
甘酒をすすっていると、
満足げにみていた隙間妖怪はそう言い、背後の空間を歪ませる。
「来年も、やるのかい?」
「あら、もう来年の話?鬼が笑うわよ?勿論やるけど」
「じゃあ、その時にでもまた」
「ええ、また」
ろくに素性も知らない相手だけれど、
恐ろしいらしい妖怪だというけれど、
こんな夜くらい、組むのも悪くないな、と思った。
そんな、クリスマスの夜。
(終)
というわけでお年玉下さい