※この作品には百合成分が含まれています。ご注意ください。
幻想郷に冬が来た。
動物達は深い穴に篭り、木々は既に葉を落としその裸身を寒風に晒している。
対照的に冬の妖怪や氷精がはしゃぎまわるのは幻想郷ならではの光景だが、季節の変遷とは無関係に人の営みというものは続けられる。
つまり、博麗霊夢は今日も掃除をしなければならない。
「寒い……」
こうして呟くのも何度目になろうか、霊夢はかじかんだ手を機械的に動かしながら境内の掃き掃除をする。
本当は、ずっとこたつに篭って蜜柑でも食べてゆっくりしたいのだ。
しかし長らく続けてきた日課を中断するのもなんだか負けた気分がするので、こうして嫌々ながら日課をこなしているわけだが――。
「寒い」
既に冷え切った水で雑巾を絞り、袖と裾を捲って雑巾がけをしてきたばかりである。手はもう既に自分の体の一部ということが信じられないほど感覚がなくなっている。これも巫女の修行の一環であるという考えを自分に言い聞かせようとしたが、あえなく失敗した。
とにかく、早く終わらせればこたつに入れる。そうやって自分を励まして、なんとか作業を続ける。
ようやくあと一息、といったところで突然の突風が吹き抜けた。
突風を作り出した原因は、鳥居を目にも留まらぬ速度で潜り抜けたかと思うと本殿の直前で急停止をかける。
「よぉ霊夢。こんな寒い日に掃除とは感心だな。てっきりこたつに篭ってるかと思ったぜ」
箒から降りた霧雨魔理沙はそう言って歩み寄ってくる。
しかし霊夢は挨拶の代わりに箒の柄を突き出した。
「おっ!? どうした霊夢、急に」
驚きながらも難なく突きをかわして尋ねる魔理沙に、霊夢は淡々と答える。
「周りを見なさい」
魔理沙は周囲をしばらく見渡すと、突然申し訳なさそうな顔になる。
「あー……、もしかして集めたのを私が吹き飛ばしたとか?」
魔理沙の言う通り、周囲に霊夢が集めかけていた枯葉や砂ぼこりが見事に飛び散っていた。
「正解。あんたも罰として掃除を手伝いなさい」
「ああ、悪かった……。だけど、この箒で掃除は勘弁だぜ?」
「あっちに予備の箒があるから」
とぼとぼと箒を取りに行く魔理沙を見送ると、霊夢は早く家の中に入るべく短調な腕の往復運動を再開する。
――こたつに入るのはもう少し先になりそうだった。
* *
ひと騒動あったもののなんとか無事に掃除も終わり、2人はようやくこたつに入り凍えた体を暖めていた。時刻は既に昼をかなり過ぎ、夕方へと差しかかろうとしていた。
一度こたつに入ったら出られなくなるという判断から、こたつの上には湯飲み一杯のお茶にせんべい、みかんと一揃い並んでいた。
霊夢は冷えきった手を暖めるために湯飲みを両手で握り締めながら口を開く。
「で、今日は何の用かしら?掃除の邪魔をしに来たわけではなさそうだけど」
対する魔理沙はというと後ろ手をつき、すっかりくつろいだ状態で答える。
「さっきは私が悪かったからそう噛み付くな。今日はちょっとした用があって来たんだ」
「それはその袋に関係がある話かしら」
霊夢は魔理沙愛用の箒にくくりつけられた鮮やかな色彩の袋を見て言う。
「さすが霊夢は勘が良いな。まあその通りなんだが袋の話は後だ」
そこで一旦言葉を切り、
「霊夢はクリスマスって知ってるか?」
と切り出した。
「外のお祭りでしょう?良く知らないけど」
「まあ、私もそれほど詳しくは知らないんだがな。誰か偉いさんが生まれた日だったか?」
「話を振った割にはあんたも良く知らないのね……」
「まあいいじゃないか。それでせっかくお祭りの日なんだ、ちょっとした宴会でもしようと思ってな」
と、どこからか取り出した酒瓶をこたつの上に置く。
霊夢はそれを聞いて頭を押さえる。この気温に時間である。準備するにも召集をかけるのも正直気が進まない。
このままこたつに入ったままぬくぬくと過ごしていたかった。
「そういうことは前から言いなさいよ……。いまから準備して召集かけるの?」
霊夢がうんざりしたような態度を示すと、なぜか必要以上に慌てた様子で魔理沙が答える。
「いや、室内だしそれほど大勢も集まれないしな。まあなんなら私と霊夢の2人でも問題ないぜ」
「あら、てっきり大人数で騒ぐのが好きだと思ってたけど」
「たまには2人でゆっくり酒を酌み交わすのも悪くないだろ」
「ふーん、まあそれならいいけど。準備はいつごろから始める?」
外はどんどん薄暗くなってきている。少しすればすぐに真っ暗になってしまうだろう。
「うーん、もうちょっと後からでいいんじゃないか。もうしばらく暖まってようぜ」
「ん、わかった」
しばらく無言の時間が流れる。霊夢はゆっくりとお茶をすすり、魔理沙は手元の八卦炉を落ち着きなく弄んでいる。視線がせわしなく動いていて、外をしきりに気にしている。
「外に何かあるの?」
と霊夢は試しに尋ねてみるものの、「なんでもないぜ」という反応しか帰ってこないのでまた黙って湯飲みを傾けた。
冷めたお茶は微妙に渋かった。
* *
そして外が真っ暗になりしばらく経った頃。
「そろそろかな……」
と魔理沙が呟き、もそりとこたつを抜け出して外へ向かう。そしてそのまま障子を開け放ってしまった。
「ちょっと……寒いじゃない」
当然のように霊夢は抗議する。こんな寒いのに障子を開け放つなんて魔理沙は大丈夫なのか、という思考が発生する。しかし魔理沙だから、の一言で許容できてしまう自分に呆れた。
「いいから来てみろよ。多分もうすぐだぜ」
執拗に手招きをするので、しぶしぶこたつを抜け出して魔理沙の隣に並ぶ。当然のように寒い。
「なにがあるっていうのよ……」
「ちょっと待てって。もうすぐだから。……お、タイミングが良いな。さすが冬の妖怪の予言は正確だ」
そう言って真っ暗な空を見上げる魔理沙につられて霊夢も空を見上げると、なにか白く冷たいものが顔に降りてきた。
雪だった。
はらはらと降る白い雪が、室内の光を反射して暗闇に煌く。
それは次第に数を増やし、ふわり、ふわりと落ちては地面に触れた途端に融けて消えてゆく。
空を見上げたまま、魔理沙は自慢げな笑顔を浮かべて言う。
「ホワイト・クリスマスって言うらしいぜ。綺麗だろ」
「なんであんたがそんなに自慢げなの。まあ、確かに綺麗、ね……」
しばらく霊夢が眼前の見事な光景に見とれていると、魔理沙がなぜか赤い顔で話し出した。その手にはいつの間にか、先ほどの色鮮やかな袋が握られている。
「で、クリスマスには親しいやつ同士で贈り物をするらしい。……まあそんなわけでだ、これは私から霊夢への贈り物だ」
魔理沙は袋をずいっと霊夢のほうへ差し出す。
霊夢は魔理沙からこんな凝ったものを貰うのは初めてだった。貰ったとしても実験の失敗物やらで、大抵はむき出しである。そんな魔理沙に驚きつつも、ついからかってしまう。
「へえ、魔理沙がそんなことするなんて珍しいわね。どういった風の吹き回しかしら?」
「茶化すのはいいから早く受け取れよ。これでも恥ずかしいんだぜ」
「そうね、顔が真っ赤だわ。これ、さっそく開けても良いかしら?」
「ああ、いいぜ」
手元を緊張した様子で注視している魔理沙に苦笑しながら、霊夢は袋の中身を取り出す。
「これは……マフラー?」
鮮やかな色の袋から出てきたのは、これまた鮮やかな紅白の色合いのマフラーだった。某漫画家が着ている服をほうふつとさせるデザインである。
「巫女服は襟元寒そうだからな」
「へえ……なるほどね。これ、魔理沙の手編みなの?」
「ああ。……編み物なんてまともにやったことがなかったからちょっと苦労したけどな」
「そうね、微妙に編み目が歪んでるわ」
「うるさいな」
からかうと、魔理沙は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。そんないつになく女の子らしい魔理沙を霊夢は微笑ましく感じる。
「ありがとう、魔理沙。嬉しいわ」
「そ、そうか。それはよかった。あ、結んでやろうか?」
マフラーをしたことがなかった霊夢がマフラーを眺めて試行錯誤していると、魔理沙が手を差し出してくる。
「あ、うん。お願い」
魔理沙が震える手でマフラーを霊夢の首に優しく結ぶ。
2人の距離が近くなり、魔理沙の顔がより赤くなる。そんな魔理沙の様子に、つい霊夢まで妙に緊張してしまう。
「あ、霊夢。その……似合ってるぜ」
「ありがとう。これから大事に使わせてもらうわね」
「あ、ああ」
そうして見詰め合ったまましばらく佇む2人。
舞い降りてくる雪の帳の中、静謐な空気が2人を包む。
その光景はまるで一枚の絵画のようで――
「あら、良い雰囲気ね?」
その静謐な空気はは背後から突然降った声によってすぐさま破壊された。
「な、え!?」
慌てて振り返った魔理沙に少し遅れて霊夢が振り返ると、天井にぱっくりと開いたスキマから八雲紫が顔だけ出してにやりと笑っていた。
「な、お、お前……」
「ふふふ、若いって良いわねぇ」
魔理沙が紫に対してなにか言葉を紡ぎだす前に、今度は暗闇の向こうから西行寺幽々子の姿がぼんやりと浮かびあがる。
「突然編み物を教えてほしいなんて言うからどうしたのかと思ったら……こういうことだったのね」
さらに縁側の向こうからアリス・マーガトロイドが姿を現す。
「お、お前ら……いつから見てた?」
魔理沙が愕然とした様子で尋ねる。
「もちろん最初からよ」
「雪が降り出したくらいかしら」
「暗くなってすぐね」
「あ、あ、あ……くそぅー!」
真っ赤になったり真っ青になったりしていた魔理沙だが、ついに耐えかねたように家の奥へと駆け込んで行ってしまった。
「あらあら、からかいすぎたかしら」
「これも若さよ~」
「まったくあんなに強気な魔理沙がねぇ」
3人とも好き放題に言って笑う。
「で、霊夢は気づいてたのかしら?」
ふと思い立ったように紫が問う。
「ええ。途中から、なんとなくだけどね」
「さすが霊夢。これは霊夢も共犯かしらね」
楽しそうにアリスが言う。
「まあ黙ってたは私も悪いと思うけど、贈り物は素直に嬉しかったわよ。ね、魔理沙?」
奥の間に繋がるふすまに向かって言う。するとふすまの隙間から覗いていた目が驚いたように引っ込む。
「呼ばなくても勝手に集まっちゃったし、みんなで楽しく宴会しましょ。ね?」
しばらくは反応がなかったが、やがて赤い顔のまま俯いた魔理沙がふすまを開けて部屋に戻ってきた。
「さて、来たからにはみんな何かしら持ってきてるわよね?」
霊夢が呼びかけると、3人はそれぞれの持参物を見せる。
「藍が作ったとっておきの料理があるわよ」
「妖夢が作ってくれた『ふらいどちきん』があるわよ~」
「私はケーキを焼いてきたわ」
「よし、じゃあみんなで準備よ。ほら……魔理沙も」
「あ、ああ」
そうして宴会は始まった。
一体なにを感知したのか、他の人妖も集ってきて結局いつもどおりの大騒ぎになった。
ただ、魔理沙は終始どこか寂しそうだった。
* *
夜も更けて宴会はいつの間にか終わり、酔いつぶれた妖怪たちが座敷に横たわっている。寝ている彼女らを起こさないように静かに通り抜けると、霊夢は外へと向かう障子をゆっくりと開ける。
すると予想通り、縁側にぽつんと座る魔理沙がいた。
ゆっくりと近づき、静かに声を掛ける。
「隣、良いかしら」
「あ……。うん、良いぜ」
驚いた顔の魔理沙を横目で見ながら、隣に腰掛けた。
「……まだ拗ねてる?」
「……うるさいな。しょうがないだろ」
拗ねたような寂しそうな顔をする魔理沙。そんな魔理沙の手を取ると、霊夢は服に忍ばせてきたものをそっと載せる。
「これは……?」
それは紅白の紐を編んだ簡単な腕輪だった。
「魔理沙が贈り物してくれたのに私からなにもないのはよくないでしょ。さっき急いで作ったものだけど、こんなものでよければ」
「霊夢……」
「ほら、今度は私がつけてあげる」
霊夢はそう言って魔理沙の腕に腕輪を通す。
「魔理沙にはこの色は似合わないかしら?」
「いや……嬉しい。ありがとう、霊夢」
「うん、よかった。じゃあ魔理沙、いつまでもこんなとこにいると風邪引くわよ?中に戻りましょ」
「あ、うん……」
だが魔理沙はなかなかその場を動こうとしない。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「ふぅ。じゃあもう少しここにいましょうか」
「うん……」
しばらく2人はそのまま空を見上げていた。
雪を降らした雲はどこへやら、いまは大きな月が夜空に浮かんでいた。
霊夢がふと口を開く。
「んー、そうか。魔理沙、あけましておめでとう?」
突然の発言に、ずっと笑いが途絶えていた魔理沙もつい吹きだしてしまう。
「まだ正月は一週間先だぜ?こういうときはメリークリスマス、だぜ」
「そう、なるほどね」
霊夢は得心した様子で微笑むと魔理沙の手を取る。
「魔理沙、メリークリスマス」
幻想郷に冬が来た。
動物達は深い穴に篭り、木々は既に葉を落としその裸身を寒風に晒している。
対照的に冬の妖怪や氷精がはしゃぎまわるのは幻想郷ならではの光景だが、季節の変遷とは無関係に人の営みというものは続けられる。
つまり、博麗霊夢は今日も掃除をしなければならない。
「寒い……」
こうして呟くのも何度目になろうか、霊夢はかじかんだ手を機械的に動かしながら境内の掃き掃除をする。
本当は、ずっとこたつに篭って蜜柑でも食べてゆっくりしたいのだ。
しかし長らく続けてきた日課を中断するのもなんだか負けた気分がするので、こうして嫌々ながら日課をこなしているわけだが――。
「寒い」
既に冷え切った水で雑巾を絞り、袖と裾を捲って雑巾がけをしてきたばかりである。手はもう既に自分の体の一部ということが信じられないほど感覚がなくなっている。これも巫女の修行の一環であるという考えを自分に言い聞かせようとしたが、あえなく失敗した。
とにかく、早く終わらせればこたつに入れる。そうやって自分を励まして、なんとか作業を続ける。
ようやくあと一息、といったところで突然の突風が吹き抜けた。
突風を作り出した原因は、鳥居を目にも留まらぬ速度で潜り抜けたかと思うと本殿の直前で急停止をかける。
「よぉ霊夢。こんな寒い日に掃除とは感心だな。てっきりこたつに篭ってるかと思ったぜ」
箒から降りた霧雨魔理沙はそう言って歩み寄ってくる。
しかし霊夢は挨拶の代わりに箒の柄を突き出した。
「おっ!? どうした霊夢、急に」
驚きながらも難なく突きをかわして尋ねる魔理沙に、霊夢は淡々と答える。
「周りを見なさい」
魔理沙は周囲をしばらく見渡すと、突然申し訳なさそうな顔になる。
「あー……、もしかして集めたのを私が吹き飛ばしたとか?」
魔理沙の言う通り、周囲に霊夢が集めかけていた枯葉や砂ぼこりが見事に飛び散っていた。
「正解。あんたも罰として掃除を手伝いなさい」
「ああ、悪かった……。だけど、この箒で掃除は勘弁だぜ?」
「あっちに予備の箒があるから」
とぼとぼと箒を取りに行く魔理沙を見送ると、霊夢は早く家の中に入るべく短調な腕の往復運動を再開する。
――こたつに入るのはもう少し先になりそうだった。
* *
ひと騒動あったもののなんとか無事に掃除も終わり、2人はようやくこたつに入り凍えた体を暖めていた。時刻は既に昼をかなり過ぎ、夕方へと差しかかろうとしていた。
一度こたつに入ったら出られなくなるという判断から、こたつの上には湯飲み一杯のお茶にせんべい、みかんと一揃い並んでいた。
霊夢は冷えきった手を暖めるために湯飲みを両手で握り締めながら口を開く。
「で、今日は何の用かしら?掃除の邪魔をしに来たわけではなさそうだけど」
対する魔理沙はというと後ろ手をつき、すっかりくつろいだ状態で答える。
「さっきは私が悪かったからそう噛み付くな。今日はちょっとした用があって来たんだ」
「それはその袋に関係がある話かしら」
霊夢は魔理沙愛用の箒にくくりつけられた鮮やかな色彩の袋を見て言う。
「さすが霊夢は勘が良いな。まあその通りなんだが袋の話は後だ」
そこで一旦言葉を切り、
「霊夢はクリスマスって知ってるか?」
と切り出した。
「外のお祭りでしょう?良く知らないけど」
「まあ、私もそれほど詳しくは知らないんだがな。誰か偉いさんが生まれた日だったか?」
「話を振った割にはあんたも良く知らないのね……」
「まあいいじゃないか。それでせっかくお祭りの日なんだ、ちょっとした宴会でもしようと思ってな」
と、どこからか取り出した酒瓶をこたつの上に置く。
霊夢はそれを聞いて頭を押さえる。この気温に時間である。準備するにも召集をかけるのも正直気が進まない。
このままこたつに入ったままぬくぬくと過ごしていたかった。
「そういうことは前から言いなさいよ……。いまから準備して召集かけるの?」
霊夢がうんざりしたような態度を示すと、なぜか必要以上に慌てた様子で魔理沙が答える。
「いや、室内だしそれほど大勢も集まれないしな。まあなんなら私と霊夢の2人でも問題ないぜ」
「あら、てっきり大人数で騒ぐのが好きだと思ってたけど」
「たまには2人でゆっくり酒を酌み交わすのも悪くないだろ」
「ふーん、まあそれならいいけど。準備はいつごろから始める?」
外はどんどん薄暗くなってきている。少しすればすぐに真っ暗になってしまうだろう。
「うーん、もうちょっと後からでいいんじゃないか。もうしばらく暖まってようぜ」
「ん、わかった」
しばらく無言の時間が流れる。霊夢はゆっくりとお茶をすすり、魔理沙は手元の八卦炉を落ち着きなく弄んでいる。視線がせわしなく動いていて、外をしきりに気にしている。
「外に何かあるの?」
と霊夢は試しに尋ねてみるものの、「なんでもないぜ」という反応しか帰ってこないのでまた黙って湯飲みを傾けた。
冷めたお茶は微妙に渋かった。
* *
そして外が真っ暗になりしばらく経った頃。
「そろそろかな……」
と魔理沙が呟き、もそりとこたつを抜け出して外へ向かう。そしてそのまま障子を開け放ってしまった。
「ちょっと……寒いじゃない」
当然のように霊夢は抗議する。こんな寒いのに障子を開け放つなんて魔理沙は大丈夫なのか、という思考が発生する。しかし魔理沙だから、の一言で許容できてしまう自分に呆れた。
「いいから来てみろよ。多分もうすぐだぜ」
執拗に手招きをするので、しぶしぶこたつを抜け出して魔理沙の隣に並ぶ。当然のように寒い。
「なにがあるっていうのよ……」
「ちょっと待てって。もうすぐだから。……お、タイミングが良いな。さすが冬の妖怪の予言は正確だ」
そう言って真っ暗な空を見上げる魔理沙につられて霊夢も空を見上げると、なにか白く冷たいものが顔に降りてきた。
雪だった。
はらはらと降る白い雪が、室内の光を反射して暗闇に煌く。
それは次第に数を増やし、ふわり、ふわりと落ちては地面に触れた途端に融けて消えてゆく。
空を見上げたまま、魔理沙は自慢げな笑顔を浮かべて言う。
「ホワイト・クリスマスって言うらしいぜ。綺麗だろ」
「なんであんたがそんなに自慢げなの。まあ、確かに綺麗、ね……」
しばらく霊夢が眼前の見事な光景に見とれていると、魔理沙がなぜか赤い顔で話し出した。その手にはいつの間にか、先ほどの色鮮やかな袋が握られている。
「で、クリスマスには親しいやつ同士で贈り物をするらしい。……まあそんなわけでだ、これは私から霊夢への贈り物だ」
魔理沙は袋をずいっと霊夢のほうへ差し出す。
霊夢は魔理沙からこんな凝ったものを貰うのは初めてだった。貰ったとしても実験の失敗物やらで、大抵はむき出しである。そんな魔理沙に驚きつつも、ついからかってしまう。
「へえ、魔理沙がそんなことするなんて珍しいわね。どういった風の吹き回しかしら?」
「茶化すのはいいから早く受け取れよ。これでも恥ずかしいんだぜ」
「そうね、顔が真っ赤だわ。これ、さっそく開けても良いかしら?」
「ああ、いいぜ」
手元を緊張した様子で注視している魔理沙に苦笑しながら、霊夢は袋の中身を取り出す。
「これは……マフラー?」
鮮やかな色の袋から出てきたのは、これまた鮮やかな紅白の色合いのマフラーだった。某漫画家が着ている服をほうふつとさせるデザインである。
「巫女服は襟元寒そうだからな」
「へえ……なるほどね。これ、魔理沙の手編みなの?」
「ああ。……編み物なんてまともにやったことがなかったからちょっと苦労したけどな」
「そうね、微妙に編み目が歪んでるわ」
「うるさいな」
からかうと、魔理沙は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。そんないつになく女の子らしい魔理沙を霊夢は微笑ましく感じる。
「ありがとう、魔理沙。嬉しいわ」
「そ、そうか。それはよかった。あ、結んでやろうか?」
マフラーをしたことがなかった霊夢がマフラーを眺めて試行錯誤していると、魔理沙が手を差し出してくる。
「あ、うん。お願い」
魔理沙が震える手でマフラーを霊夢の首に優しく結ぶ。
2人の距離が近くなり、魔理沙の顔がより赤くなる。そんな魔理沙の様子に、つい霊夢まで妙に緊張してしまう。
「あ、霊夢。その……似合ってるぜ」
「ありがとう。これから大事に使わせてもらうわね」
「あ、ああ」
そうして見詰め合ったまましばらく佇む2人。
舞い降りてくる雪の帳の中、静謐な空気が2人を包む。
その光景はまるで一枚の絵画のようで――
「あら、良い雰囲気ね?」
その静謐な空気はは背後から突然降った声によってすぐさま破壊された。
「な、え!?」
慌てて振り返った魔理沙に少し遅れて霊夢が振り返ると、天井にぱっくりと開いたスキマから八雲紫が顔だけ出してにやりと笑っていた。
「な、お、お前……」
「ふふふ、若いって良いわねぇ」
魔理沙が紫に対してなにか言葉を紡ぎだす前に、今度は暗闇の向こうから西行寺幽々子の姿がぼんやりと浮かびあがる。
「突然編み物を教えてほしいなんて言うからどうしたのかと思ったら……こういうことだったのね」
さらに縁側の向こうからアリス・マーガトロイドが姿を現す。
「お、お前ら……いつから見てた?」
魔理沙が愕然とした様子で尋ねる。
「もちろん最初からよ」
「雪が降り出したくらいかしら」
「暗くなってすぐね」
「あ、あ、あ……くそぅー!」
真っ赤になったり真っ青になったりしていた魔理沙だが、ついに耐えかねたように家の奥へと駆け込んで行ってしまった。
「あらあら、からかいすぎたかしら」
「これも若さよ~」
「まったくあんなに強気な魔理沙がねぇ」
3人とも好き放題に言って笑う。
「で、霊夢は気づいてたのかしら?」
ふと思い立ったように紫が問う。
「ええ。途中から、なんとなくだけどね」
「さすが霊夢。これは霊夢も共犯かしらね」
楽しそうにアリスが言う。
「まあ黙ってたは私も悪いと思うけど、贈り物は素直に嬉しかったわよ。ね、魔理沙?」
奥の間に繋がるふすまに向かって言う。するとふすまの隙間から覗いていた目が驚いたように引っ込む。
「呼ばなくても勝手に集まっちゃったし、みんなで楽しく宴会しましょ。ね?」
しばらくは反応がなかったが、やがて赤い顔のまま俯いた魔理沙がふすまを開けて部屋に戻ってきた。
「さて、来たからにはみんな何かしら持ってきてるわよね?」
霊夢が呼びかけると、3人はそれぞれの持参物を見せる。
「藍が作ったとっておきの料理があるわよ」
「妖夢が作ってくれた『ふらいどちきん』があるわよ~」
「私はケーキを焼いてきたわ」
「よし、じゃあみんなで準備よ。ほら……魔理沙も」
「あ、ああ」
そうして宴会は始まった。
一体なにを感知したのか、他の人妖も集ってきて結局いつもどおりの大騒ぎになった。
ただ、魔理沙は終始どこか寂しそうだった。
* *
夜も更けて宴会はいつの間にか終わり、酔いつぶれた妖怪たちが座敷に横たわっている。寝ている彼女らを起こさないように静かに通り抜けると、霊夢は外へと向かう障子をゆっくりと開ける。
すると予想通り、縁側にぽつんと座る魔理沙がいた。
ゆっくりと近づき、静かに声を掛ける。
「隣、良いかしら」
「あ……。うん、良いぜ」
驚いた顔の魔理沙を横目で見ながら、隣に腰掛けた。
「……まだ拗ねてる?」
「……うるさいな。しょうがないだろ」
拗ねたような寂しそうな顔をする魔理沙。そんな魔理沙の手を取ると、霊夢は服に忍ばせてきたものをそっと載せる。
「これは……?」
それは紅白の紐を編んだ簡単な腕輪だった。
「魔理沙が贈り物してくれたのに私からなにもないのはよくないでしょ。さっき急いで作ったものだけど、こんなものでよければ」
「霊夢……」
「ほら、今度は私がつけてあげる」
霊夢はそう言って魔理沙の腕に腕輪を通す。
「魔理沙にはこの色は似合わないかしら?」
「いや……嬉しい。ありがとう、霊夢」
「うん、よかった。じゃあ魔理沙、いつまでもこんなとこにいると風邪引くわよ?中に戻りましょ」
「あ、うん……」
だが魔理沙はなかなかその場を動こうとしない。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「ふぅ。じゃあもう少しここにいましょうか」
「うん……」
しばらく2人はそのまま空を見上げていた。
雪を降らした雲はどこへやら、いまは大きな月が夜空に浮かんでいた。
霊夢がふと口を開く。
「んー、そうか。魔理沙、あけましておめでとう?」
突然の発言に、ずっと笑いが途絶えていた魔理沙もつい吹きだしてしまう。
「まだ正月は一週間先だぜ?こういうときはメリークリスマス、だぜ」
「そう、なるほどね」
霊夢は得心した様子で微笑むと魔理沙の手を取る。
「魔理沙、メリークリスマス」
ミスc(ryのことかー!!(笑)
個人的にこういう話、好きです。
こんな2人が大好きだ!!