流石、始祖は一筋縄では行かないか。
咲夜はミラーシと名乗った始祖へと銀のナイフを投げる。
しかし、彼女の周りに無数に飛び交う蝙蝠がそれを全て叩き落す。
だがそれは囮。敵が前方に集中している間に時を止め、死角に回り、蝙蝠が手薄の場所へと銀のナイフを投げる。
そして、時を動かすと、ミラーシの無防備になった背中へと銀のナイフが飛ぶ。
しかし、それもまた彼女の周りを飛ぶ蝙蝠がすぐさま後方へと移動し、それを叩き落す。
「また後ろに移動して。貴女、瞬間移動でも出来るのかしら?」
ミラーシが楽しむように笑う。
隙がまったく無い。
あの蝙蝠もただ防御しているだけで、攻撃能力があるかはまだ判らない。無闇には近づけない。
なるべく距離をとって、銀のナイフで死角からの攻撃を狙うが、すぐに叩き落されてしまう。
そろそろナイフも手持ちが少なくなってきてしまった。
「ねぇねぇ、そうやっていても勝負は変わらないわよ」
催促するようにミラーシが踊る。
向こうはかなり余裕なのが判る。遊ばれている。
咲夜は両手に一本ずつ持ったナイフを逆手に持ち直す。
「あら、やっと本気になってくれるの?」
ここまで戦いを遊び感覚にする相手はあまり見ない。
「貴女こそ、なんで本気にならないのよ」
「ん? 簡単なことよ、本気を出したら貴女を殺しちゃうから」
「素直に言ってくれるわね……」
「あら、事実だもの」
自分の命は目の前に居る敵の気まぐれで繋がっている。なんとも恐ろしい状況だ。
するとミラーシがこちらを凝視している。
「な、何……?」
「いえ……貴女、結構美味しそうな血を持っていそうね」
戦闘中にいきなり何を言い出すのだ。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙。
「貴女、処女?」
「ブッ!!」
突然の質問に、思いっきり噴出してしまう。
「な、ななななな、いきなり何を言っているの!?」
動揺のあまり、口が回らない。
「あら、まだあるの?」
「当たり前よッ!」
この女、いきなり何を聞いてくるのだ。どうかしているのか。
たしかに最近お嬢様に襲われて危なかったが……って何を思い出しているのよ。
この状況にミラーシはどういう神経をしているのだ。
「若い処女の血はとても美味しいのよ。だから貴女に興味がさらに湧いてきちゃった」
背筋に寒気が走る。
ミラーシの表情は崩れ、気持ち悪いにやけた表情になっていた。
「うふ、ふふふふふふふふふふふッ」
かなり危ない存在だ。色々な意味で。
「と、遊びはそこまで」
にやけた表情が一瞬で消え、そこに居たのは冷淡な表情でこちらを見るミラーシ。
「私をもう少し遊ばしてね、子猫ちゃん」
異常なまでの存在感。気を抜いたら押しつぶされそうな迫力。それだけでは強大な存在の敵と判るが、その中には殺意の感情が感じられない。それでも命の危険を感じる。
すぐさま戦闘態勢へと構える。
刹那、咲夜はミラーシへと一瞬で距離を縮め、手に持った銀のナイフを振りかざす。
ミラーシは周りに居る蝙蝠たちでそれを防ぐ。
だがそれは判っていた。
防がれた瞬間、時を止め、ミラーシの真上へと跳ぶ。
そして無防備である頭部に向かって銀のナイフを突き刺す。
時を止めたままでは生きている者への攻撃は殆ど効果が無い。
そのため攻撃が当たる瞬間、時を動かす。この距離と速度なら避けられるはずが無い。
「あらら」
だが、ミラーシは信じられないスピードでナイフの軌道から外れる。
「な……ッ」
真横へと着地するが、すぐに身を低くしたままの後ろ回し蹴りを狙う。
しかし、それも紙一重で避けられるが、空振りした勢いで体勢を起こし、起き上がった勢いのまま逆手に持ったナイフで斬りつける。
だが数匹の蝙蝠に防がれるが、時を止め、反対の手に持ったナイフで斬りつけ、時を動かす。
再び完璧なタイミングだった。しかし、これも蝙蝠で防がれるが連続で時を止める。
蹴るように敵の斜め後ろへと跳び、死角からナイフを投げ、さらに敵から見て今居る位置から反対の死角になる場所へ移動し、ナイフを投げる。そして再び正面に戻り、ミラーシの顔面へとナイフを突き刺し、直前で時を動かす。
ほぼ全てのナイフを使った、三箇所同時の同時攻撃。自分自身を囮に使い、後方のナイフの気を逸らす。
「お」
首を傾けて避けられるが、ナイフを横にしてそのまま頭をなぎ払う。
この体勢ならいける。
そう思ったのも一瞬だった。
突然横腹に強い衝撃を受ける。
「ガッ――――!!」
衝撃の受ける方向へと吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
今ので肋骨が何本かやられた……恐らく臓器も。
「ガ……ゴホッ!」
口から真っ赤な血を吐き出す。口の中が砂利っぽい。
全身に痛みが走り、手足が痺れる。
「……ふぅ、危ない危ない」
死角のナイフを全て防いだミラーシが笑いながらそこに立っていた。
「今のは少し危なかったから、手が出ちゃった」
始祖の力……。私が敵う力じゃ無い……。
ここまで圧倒的な差を見せ付けられると、自信が無くなる……。
「こんなドキドキしたのは久しぶりよ」
ミラーシがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「だけど人間はやっぱり脆いわね、これでお仕舞いかしら?」
自分の命のカウントダウンがゆっくりと近づいてくる。
まだ、私には護らないといけない存在があるというのに……。
時を止めても、この体じゃそう長く止められない……一瞬でも集中を切らした時は再び動き出し、あの女にやられてしまう。
――――その時、咲夜の瞳にあるモノが映った。
それはここに来るとは思っていなかったモノ。
だが、それを見つけたことにより、微細な物だが勝利できる希望が生まれた。
これは最後の賭けかもしれない。
失敗は許されない。
咲夜は残り少ない力を振り絞り、時を止める。
そしてミラーシの真上に飛び上がり、頭の頂点に向かって、最後のナイフを投げつけ、時を動かした。
「お、まだ頑張れるのね、でもこれで最後」
そのナイフを軽々払うと、ミラーシの蝙蝠たちは咲夜へと一直線に向かう。
止めを刺すように、一直線に。
そして、これが狙いだ。
ソレとミラーシとの間に出来た距離を一瞬にして埋める。
目にも留まらぬ速さでミラーシの懐へと飛び込む。
「あは、でも残念」
しかし、それを笑うように、ミラーシはソレの攻撃を防ぐように蝙蝠の壁を作る。
それでも、ソレは攻撃を止めなかった。
ソレは両の足を地面へと力の限り踏み込み、全身の気を腕へと集中させる。
そして、短い気合と共に一気にその蝙蝠の壁へと拳を加える。
「セッ――――!!」
拳が蝙蝠の壁へと直撃する。
攻撃を防いだことでミラーシの視線は再びこちらに戻り、私と目が合う。
しかし、次の瞬間、ミラーシの体は横へと吹っ飛んだ。
「な……ッ!?」
驚きのまま、ミラーシは空中で慌てて体勢を立て直す。
咲夜はミラーシの攻撃を成功させたソレの横へと降り立つ。
「ありがと……ございま、す……咲夜……さん」
ソレは横に降り立った咲夜へとお礼の一言を言う。
「貴女、その胸は大丈夫なの――美鈴」
そこには、胸から血を流す紅魔館の門番、美鈴が息を荒くして片膝を着いていた。
「はい、なんとか……気合で、動いていま……す」
無理やり、誤魔化すように笑う。
本当に気力だけで動いているようだ。
「あたたたた……まさか防壁を貫通して攻撃を加えられるとは……」
吹き飛ばされたミラーシが腰を擦って平然と立っている。
先ほど美鈴がやった攻撃は、なんでも全身に流れる気を腕に集中させて、鎧や、頑丈な皮膚で護られた敵を、その上から直接内部を攻撃するという技だ。
表面の防御力を無視し、内部へと直接ダメージを与えるかなり強力な技である。
その技は以前、竜の侵入者が現れた時に彼女が使った技だ。
しかし、ミラーシにはまったくダメージが無いように見える。この奇襲もダメだったのか。
「ふむ……臓器がやられちゃったかな」
その呟きのわりにはかなり元気そうに見えるのだが。
こちらの戦力は、私と美鈴、二人だが既にもう戦える状況じゃない。
奇襲はもう効きそうに無い。
絶体絶命。
「私に一撃を加えるなんて……」
だが、最期までは諦めない。紅魔館を護るため。
「……ねぇ、そこの緑の子猫ちゃん」
ミラーシが美鈴へと声を掛ける。
「貴女はそんなボロボロなのに、そんなに頑張るのかな?」
問われた美鈴は、荒い息を吐きながら言う。
「そんなの……決まって……る」
「ほう?」
「私は、ここの……門番よ……だから、侵入者……は、撃退するのよ。私は紅魔館を……護らないと……いけないの」
美鈴は、胸を押さえながら、自分の使命をミラーシへと言った。
この子はいつも門の前でサボっていたりするが、やる時にはちゃんとやる強い子。
「そう…………じゃあ、貴女は?」
美鈴の誇りを聞いたミラーシは、咲夜へと視線を変える。
「私も、この子と同じよ。この館を護るのがお嬢様との契約。だから私はお嬢様のためにここを護る。紅魔館に居る者を全て」
そう、だから戦っているのだ。今戦っている紅魔館の者は全て、同じような理由で戦っているのだ。
それを聞いたミラーシは静かに咲夜と美鈴を見つめる。
そして、彼女は踵を返した。
「じゃ、私は帰るわね」
「え?」
その言葉に咲夜と美鈴は同時に同じ言葉を出す。
「もう楽しかったし、貴女たちはよく出来たから今日はここで終わり。私は帰るわね」
ゆっくりと紅魔館とは反対の方向へと歩いていく始祖。
突然の出来事に二人は何がなんだか訳が判らない。
「……む」
突然ミラーシが歩を止め、こちらを向く。
「その様子だと何が起こっているか判っていないわね!」
人差し指でこちらを指して、得意げに言ってくる。
「当たり前よ」
これで判ったらどれだけ理解力が高いのだ。というか普通判らないでしょ、これだけじゃ。
「仕方ない、私がとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても簡単に説明してあげる」
最初から説明する気満々な反応だ。
「簡単な話、この作戦は元々ヴァノフ卿が勝手にやった作戦なの。アイツはあまり強くないくせに頭がいいし、この辺りじゃ上位の爵位を持っているから誰も反発できなかったのよ。そこは貴族主義の吸血鬼の悲しいところね」
蝙蝠で椅子を作って、それに座って喋りだした。
「アイツは最近、同盟、同盟って言っているけど、どうやらその同盟と人間との戦闘の間に逃げ出すみたいなのよ。あ、まぁ座って座って」
すると今度は自分の後ろに蝙蝠の椅子が二つ出来た。
何がなんだか判らないが、ここは逆らわない方がいいだろう。とにかく流されるまま座る。
「それに私は気づいたから近いうちにこの地域から引越しするつもりなのよ。今日ここに来るのは、本当は面倒だったのだけど、引っ越すことを気づかれるのは嫌だったから仕方なく来たのよ」
「それで、なんで今帰ることに繋がるのよ」
逃げることも戦うこともできないので仕方なく質問をする。
「あら、気づかない? この館周辺に居た始祖の反応が無くなっていることを」
「――――!」
言われて気づいた。先ほどまであった始祖と思われる気配が二つ共消えていたのだ。
戦闘に集中していてそのことに気づかなかった。元々遠くだったので、相手から近づかなければ気づかない。
「うだうだ言う奴らが死んだから、私も死んだってことにしてさっさと帰って引越しを済ましちゃうの。貴女たちも引越しするのでしょ?」
楽しそうにミラーシがこちらに聞いてくる。
「そうですが……」
「――――!?」
突然横から元気な声がしたので驚いて視線を向けると、そこにはすっかり忘れていた美鈴が元気な顔をして蝙蝠の椅子に座っていた。
「あ……貴女! なんで平気な顔をしているの!?」
「へ……平気な……あれ!? 痛くない!?」
間抜けな顔をしていた美鈴が、今の状態に気づいて驚いている。
「ああ、意識が朦朧として話を聞いてもらっても仕様が無いから私が最近学んだ治療魔術の実験になってもらったわ、いやー成功成功」
ミラーシは本当に上機嫌に喋る。
そういえば、先ほどやられた臓器や骨の痛みが無い。
「と、まぁ、そんな訳で、私の戦う理由が無くなっちゃったから帰るの。敵前逃亡なんて知ったことじゃ無いわよ、私には護らないといけない自分の屋敷があるのだから、そっちの方が大切なのよ……意外に短く説明が終わってしまった」
ミラーシが立ち上がると、椅子であった蝙蝠は再び彼女の周りを飛ぶ。
「それに、貴女たちを殺すのは勿体無いわ。まだまだ若いのだから……これじゃ小母さん臭いわね……ほらほら立って立って、私の蝙蝠たちが動けないじゃない」
「え、あ、はい」
言われるがまま立ち上がると、二つの蝙蝠椅子は形を崩して、ミラーシの元へと戻る。
「緑の子猫ちゃん、一応傷口は貴女のところの魔法使いに見てもらいなさい。私の魔法じゃ変に穴開いているかもしれないから」
「は……はい」
美鈴は自分の開いていた胸を何回も触って確認している。
「それじゃあね、子猫ちゃんたち」
闇夜に溶け込むようにミラーシの体はゆっくりと消えていった。
二人はミラーシが消えたその空間を見つめて、暫く動くことができなかった。
その沈黙の中、美鈴が先に口を開く。
「あの……咲夜さん」
「……何?」
「今思うのですが、あの方は最初から他の誰かを殺すつもりできていなかったと思うんです」
「なんでそう思うの?」
「よく考えると、私の胸を貫いた時、わざと急所からずらした場所を貫いていたんですよ」
「そういえば、私の時も殺意とかそういう類を感じられなかったわね。遊ばれていたというか……」
「…………変な始祖ですね」
「…………そうね」
ミラーシが紅魔館から離れる数分前。
ラードゥガは混乱していた。
おい、これはどういうことだ。なんなんだよこいつは。
目の前にはまだ幼い始祖が一人。
しかし、自分は何千年も生きている超天才で最強の始祖なのだ。
目の前の幼い始祖へと自分の作った影の狼を一斉に向ける。
この狼たちは自分の分身のような物。つまり自分自身が複数へと変わり、敵を一網打尽にできる最強の技。
その最強の技のはずなのに、一斉に向かった狼たちは目の前の始祖に一瞬にして吹き飛ばされる。
「あはははははははは、面白いね、貴方」
なんなんだ、こいつは、本当に俺と同じ始祖なのか。
「でも、もう飽きた」
幼い始祖はゆっくりと片手をこちらに向ける。
やめろ……やめろ……。
ラードゥガは生まれて初めての感覚を感じていた。
自分が死ぬと思われる恐怖を。
「この化け物――――」
そしてラードゥガはこの世から塵一つ残らず消えた。
「あー、面白かった!」
屋敷の方から何か音がすると思って来てみれば、なんか面白いのが居た。
小悪魔を虐めていたから別に殺しちゃってもよかったよね、お姉様。
あ、そういえば小悪魔。
フランドールは視線を小悪魔が倒れていると思う方向へと移動させる。
先ほど間違って吹き飛ばさなければいいけど。
目線の先には無事に形を保っている小悪魔が横たわっていた。
跳ねるように小悪魔へと近づく。
膝を折り、動かない小悪魔の額を突付く。
「おーい、生きてるー?」
ツンツン。
「…………う……」
ちゃんと生きているわね。
「フラン……ドール……様……」
「はーい」
虚ろな瞳で小悪魔がフランドールを見る。
すると彼女の口から流れる血が目に入る。
あら、美味しそう。
フランドールはその血を指で掬うと、そのまま指を口の中へと入れて、小悪魔の血を舐める。
うーん、流石下級でも悪魔の血、美味しい。
今度、ちゃんとした量を飲ませてもらうかしら。
「すみません……が……」
小さな、今にも消え去りそうな声で小悪魔がフランドールへと願いを言う。
「なーに?」
「魔法陣の……近くまで……連れて……て、頂け……ませんか」
弱々しく指差す方向にはパチュリーが魔法を唱えている魔法陣。
「いいわよー」
それぐらいなら簡単簡単。
横たわる小悪魔の膝の下と肩を抱きかかえるように持ち上げる。そして、手早く魔法陣の近くに連れて行く。
「降ろして……もらっても、よろしいでしょうか……」
「注文が多いわね」
「すみません……」
小悪魔をゆっくりと魔法陣の傍へと降ろす。
すると小悪魔は地面を這いずりながら魔法陣の端へと掌を置く。
「お待たせ……しました、パチュリー……様」
すると小悪魔が置いた掌の先の床がゆっくりと光りだす。
この魔法陣に魔力を加えているようだが、そんな体で大丈夫なのかな?
フランドールは少し疑問に思ったので、パチュリーへと視線を移した。
するとパチュリーはしっかりと詠唱をしているが、その目は小悪魔の行動を悲しみ、止めるような瞳をしていた。そしてその瞳は次にフランドールへと向いた。
言葉が無くても、パチュリーが何を言いたいか判った。
必死に魔法陣へと魔力を加える小悪魔の両脇を持ち、魔法陣から離す。
「な……にを……?」
「無理しちゃだーめ」
少し魔法陣から距離を空けた床に小悪魔を置く。
それでも小悪魔は床を這いずるように魔法陣へと近づく。
「だから、だーめ」
小悪魔の肩を捕まえて止める。
「パチュリーがダメって言っているからダメよ」
「私には……パチュリー……様を……」
変に頑固だなぁ。
「これ以上やったら死んじゃうわよ」
「いい……です……パチュリー……様の……ため、なら……」
それでも小悪魔は魔法陣に近づこうとする。
どうしよう。何言っても聞かないなぁ。ここは止めているしかないのかな。
お姉様はまだかなー。
レミリアの体は既にボロボロだった。
通常なら痛みで動くことも困難のはずだった。
だが今は怒りにより全身の痛みを感じない状態であった。
下衆で最低な男、ヴァノフへの怒りは半端ではない。奴は妹であるフランドールへと危害を加えると言ってきたのだ。
敵の黒い魔法弾を自分の魔法弾で撃ち落し、煙幕に紛れて一気に近づき、敵を切裂く。
だがヴァノフはそれを紙一重で避ける。
「往生際が悪いぞ、スカーレット君」
こいつだけは、こいつだけは殺してやる。
こんな最低な奴は跡形も無く。
体勢を変えて、魔法弾をヴァノフに向けて放つ。
だがそれは全て撃ち落される。
休む暇も無く再び敵を切裂く。
だが、ヴァノフ公爵はその攻撃を避け、すれ違う瞬間レミリアの頭部へと拳を入れる。
「ガッ」
宙で身を回転させて、地面へと着地する。
流石に手ごわい。
口に溜まった血を地面へと吐く。
「そろそろ、時間が無くなってきましたからね、止めを刺させていただこうか」
ヴァノフ公爵に魔力が増えていくことが確認できる。何か大技が来る。
次の瞬間、その魔力は奴の周辺へと四散し、黒い魔法弾が四つ、こちらに向かう。
見た目は普通の魔法弾に見える。
レミリアはそれの一つを軽々と避ける。
しかし、その避けた魔法弾は方向を変え、こちらに再び向かってきた。
追跡弾か。
レミリアは全ての追跡弾を避けるがその全てが向きを変え、こちらに向かってくる。
これではキリが無い。
こちらに向かってくる一つへ向かって魔法弾を撃ち込む。
しかし、それらは全て避け、こちらに向かってくる。
避けられたッ!?
驚愕している暇は無い。再び追跡弾を全て避けるが、またこちらに戻ってくる。
「――――!」
追跡弾を待ち構えていると後方から別の魔法弾が襲い掛かる。
身を翻して避ける。後方からのヴァノフの魔法弾だ。
これで奴の攻撃にも気をつけなければいけない。
後方から接近する追跡弾を避ける。
だが、その避ける先へとヴァノフの魔法弾が嫌らしく襲い掛かる。
「くそッ!」
避けきれない魔法弾を直接叩き落す。
しかし次の瞬間、レミリアの周囲を爆煙が包む。
しまったッ!
視界が完全に奪われる。
刹那、敵の攻撃が視界に入る。
反射的にそれを避けるが、それはヴァノフの魔法弾。
次の瞬間、避けた場所へと狙い済ましたように現れた追跡弾全てレミリアへと直撃する。
防御力を上げるため、自分の翼で全身を覆うように身を護る。
ある程度、ダメージを軽減したが、体には相当の衝撃が加わった。
再び紅魔館の裏庭へと着地し、翼の鎧を解除する。
「これで終わりのようですね」
見上げる夜空には満月を背にしたヴァノフが悠然と浮いていた。
体が、動かない……。動けたとしても、どんな技でも後一撃のみ。ラストチャンス。
「君もつくづく奇妙な始祖だ。人間なんかをメイドに置き、血もまったく飲めないなんて、本当に吸血鬼か怪しいな。本当に昔居た始祖に似ているなぁ……」
突然、ヴァノフは過去を懐かしむように喋る。
「奴は始祖の癖に人間なんかと関係を持ち、平和な世界という幻想を持っていたのだ」
ヴァノフは世界を嗤うように空へと高らかに叫ぶ。
「だから、私は壊してやったのさ、奴の幻想を、全てを!」
突然こいつは何を言っているのだ……。
「瀕死になった奴は何を狂ったか、瀕死だった人間の娘に自分の血を与えて助けたのだ。その娘は吸血鬼となってしまったのだよ。面白いから私はその娘を拾い、記憶を少し書き換えたのさ」
まさか、その娘とは……。
「お喋りが過ぎたね、さようなら、レミリア・スカーレット」
レミリアへと終わりの手がこちらを向く。
動け……私の体……動け……私の誇り……。
しかし、ヴァノフの背中に向けて、一筋の何かが飛ぶ。
それを後ろ手で止める、それは黒い槍。ヴァノフは冷たい目でその方向へと視線を送る。
「ほう、まだ生きていたか」
そこには瀕死の状態であるビクトリアが居た。
「主に逆らうとは、ダメな作品だ」
這い蹲るビクトリアを見下ろしながら奴は嗤う。
「うる……さい……」
「やはり完全に処理しなければね。後でちゃんとしてあげるよ」
今にも消えそうな命の灯火を、最期の一瞬を光らそうとしているビクトリア。
そして彼女と目が交差する。
ビクトリアは笑った、とても美しく、無邪気な笑顔で笑い、唇を動かした。
――――じゃあね。
そう、確かに聞こえた気がする。
そして次の瞬間、ヴァノフが持った黒い槍が形を崩して、奴を捕まえるように伸びた。
「なッ……」
突然の出来事にヴァノフは一瞬戸惑うが、すぐにそれを鼻で笑った。
「こんなので私が倒せるとでも思っているのか?」
ビクトリア、貴女の思い、しっかり受け取ったわ。
レミリアは傷つく体を無理やり立たせて、目の前の敵へと視線を集中させる。
暗黒の空に向かって傷だらけの右腕を上げる。
その先には紅い幾つもの線が集まっていく。この技は使用するために若干時間を消費する。そのために今まで使えなかった。
だが、ビクトリアが、その時間を作ってくれた。
そしてその紅い線は形を形成していった。
それは巨大な紅い槍。
「廃棄物はちゃんと処理しないとな……ん?」
巨大な槍を敵へと投げるため、後方に体を曲げる。
「なッ! し、しまったッ!」
この光景に焦ったヴァノフは慌てて全身に纏わりつく黒い槍だった物を排除する。
もう、遅い。
「消えろ、汚い誇りと共に――――」
そして、紅い槍を敵が居る月夜の空へと投げ放った。
音速で紅い槍はヴァノフへと一直線に向かう。
その道筋には邪魔する物は何も無い。
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ――――」
そして、ヴァノフは跡形も無く消え去った。
静寂と共に、体中に力が入らなくなり、後ろにそのまま倒れこむ。
ふぅ……すっきりした。
嫌悪感の中心である存在が消えたことにより、今は清々しい状態である。
首も殆ど動かない状態である。
無理やり動かせるだけ首を動かす。
そして見えたのは横たわる一人の少女の姿。
その顔はとても安らかな表情だった。
仇はしっかり取ったわよ。貴女の大切な存在を奪った敵を。
だからゆっくり寝なさい。貴女はこれ以上生きていては疲れるだけよ、貴女の運命はここで終わり。今度は新しい運命を送れること願うわ。
そしてレミリアは空を見上げる。
先ほど始末した敵で、あることが思いつく。
「……やっぱり、よく喋る奴は雑魚ね……」
美しい満月が眩しい。
全ての戦いが終わったのが感じられる。
そしてこちらの詠唱も間もなく終了する。
一刻も早く、この詠唱を終わらせ、あることをしないといけない。
『――――――――』
そして、今、ゆっくりと最後の言葉を唱える。
詠唱が完了した瞬間、床に描かれた魔法陣が強烈な光を放った。
その光は紅魔館の全てを包み、世界は暗転する。
次の瞬間、世界に再び光が生まれる。
先ほどまで居た場所とは空気が違うことが判る。
転送成功……だと思う。
喘息が出ないでよかった。
それより……。
パチュリーは魔力を大量に消費し、かなり疲労困憊している。
それでも、彼女はある者が居る場所へと向かった。
「パチュリー、終わったのー?」
フランドールが可愛らしく首を傾げて聞いてくる。
「ええ、終わったわよ。ありがとう」
「はーい」
するとフランドールは捕まえていた小悪魔を放す。
小悪魔はボロボロで立ち上がることもできないはずなのに、立ち上がる動作をしている。
「パチュリー……様……申し訳……」
その必死な姿は私にとってはただ悲しい行為でしかない。
なんでそんなに頑張るのだ。私はそこまでやって欲しくは無かった。貴女が傷つくことが何より悲しいことなのに。
「なんで、こんなに傷ついて……無茶をしたの……」
自分の大切な使い魔を抱きしめる。
「私は……パチュリー様の……使い魔、ですから……この命は、パチュリー様の……ために……」
「――――バカッ!」
そんなこと私は望んでいない。
「たしかに貴女は私の使い魔だけど……貴女が消えることなんて、私は望んでいないわよ!」
「パチュリー……様……」
悲しくて、悲しくて、涙が出てきてしまう。
使い魔の前で泣くなんて、私もどうかしている。
だけど小悪魔のことを思うと、涙が止まらない。
「何故……泣かれているのですか?」
耳元から小悪魔の疑問の声が聞こえてくる。
「なんでもないわよッ!」
なんでも……ないわよ……。
ただ目にゴミが入っただけよ……。
なんでも……。
この弱々しく、従順な可愛らしい使い魔をいつまでも抱きしめていたい。
「ねぇーねぇー」
顔を上げると目の前にはフランドールの姿があった。
「な……何?」
平静を装って涙を拭く。
「小悪魔の足、なんか変だよ?」
「足……?」
フランドールが指を指す方向へと視線を降ろす。
そこにはありえない方向へと曲がっている小悪魔の両足。
「こ……小悪魔! 今足を直してあげるわね!」
「え……でも紅魔館を……直さないと……」
「何を言っているの! 屋敷は後でも大丈夫よ! 先に貴女!」
小悪魔の全身に掛けるように魔法を唱える。
小悪魔は一瞬光に包まれると、次の瞬間はいつも通りの傷一つ無い綺麗な姿に戻っていた。
「あ……ありがとうございます」
そこにはいつもと変わらない小悪魔の笑顔。
「う……」
突然視界が霞む。
恐らく今ので自分の魔力を殆ど使い果たしてしまったようだ。
体に力が入らず、頭もはっきりしない。
「ぱ、パチュリー様!」
倒れそうになった体が小悪魔に支えられる。
「私、疲れたから休むわね。屋敷の修理はその後で」
とにかく今は寝たい。ゆっくり。
そしてこの新しい地で紅魔館の者たちと共に新しい生活を送ろう。
意識は深い場所へと落ちていく。
うーん、ここは何処だろう。
前に屋敷があった場所とは違うみたいだけど。
なんかジメジメしているし。
パチュリーは寝ちゃったし、小悪魔にでも聞こう。
「ねぇねぇ、小悪魔。ここは何処なの?」
主を抱きかかえている元気になった小悪魔はこちらへと向く。
「はい、パチュリー様の話だと、ここは幻想郷という場所らしいですよ」
「幻想……郷かぁ……」
なんで、お姉様はこんなところに移動しようと思ったのだろう。
理由はどうあれ、まぁいいや。
「それはそうと……小悪魔」
小悪魔も元気になったのだし、欲しくなっちゃった。
「な……なんでしょう?」
何か小悪魔は脅えているように見えるが気にしない。
「貴女の血……飲ませてくれないかしら?」
その言葉に小悪魔が身を引く。
「え……い、いきなりなんですか……」
「さっき、貴女の血を飲んだらとても美味しかったの。久しぶりに人間の血以外を飲みたくてね」
「い、いえ……ぱ、パチュリー様も居ますし……」
「じゃあ、ベッドに寝かせた後に飲ませてよ」
「いえ……あの……その……」
小悪魔の肌は健康色一色である。本当に可愛らしい。
ついついその軟らかいほっぺたを突付きたい。
「ひゃッ! な、何を!」
軟らかい~、血も美味しいのかな。
「ま、待ってください! くすぐ、ひゃう!」
「あはははは~」
ツンツーン。
「――――パチュリー様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、部屋の入口からの声。
小悪魔のほっぺを突付くのを止めて、そちらに視線を向ける。
そこには門番である美鈴が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「うわッ! 妹様!」
私の姿を見て驚いている。
「何? どうしたの?」
「い、いえ、パチュリー様に傷口を見てもらおうと……ぱ、パチュリー様! 如何なさいましたか!?」
眠りにつくパチュリーを見て美鈴が慌てる。
「パチュリーは寝ているわよー」
「え、そうなのですか?」
「そうそう……ところで、傷口って……何処?」
すると美鈴は自分の胸を指して言う。
「ここです、ここ」
しかし、そこにはぽっかりと円状の穴が空いた衣服と、そこから見える豊満な胸。
「傷口なんてないじゃない」
「いえ! あったのですよ! 話せば長くなりますが」
「じゃあ、いいや」
お姉様は早く帰ってこないかなー。
「そんなぁ……」
廃墟のようにボロボロになった紅魔館を月夜が照らす。
パチェ、魔法を成功させたみたいね。
四方に視線を移動させるが、空しか見えずよく判らない。
ただ、湿気っぽく、新しい空気を感じる。
これが新しい土地の空気。
なかなかいいじゃない。
「――――お嬢様」
声がする。聞きなれた声。
視線だけその声がした方へと向ける。
そこにはこちらを見下ろす従順な自分のメイドが居る。
「ご無事ですか?」
心配したような顔では無く、判りきっていたことを聞いているような表情。
「見て判らない? それとも私の実力を知らないの?」
「まさか、お嬢様が負けるとは思っていませんよ」
「当たり前よ」
私も咲夜が負けるなんて鼻から思っていなかった。
「でも動けないから起こしなさい」
回復するまでに三日くらい必要かもしれない。その間、暇だなぁ。
「はい、畏まりました」
すると咲夜はレミリアの肩と膝の裏へと腕を入れようとする。
その時、咲夜の口から血が流れていることに気づく。
いいことを思いついたわ。
「あ、ちょっと待ちなさい」
「はい?」
肩に近づいていた咲夜の腕を少し休んだため動く片手で、ある程度手加減して引き寄せる。
咲夜の細い体は私に覆いかぶさるように倒れる。
「お……お嬢様?」
驚いた咲夜の顔がこちらを向く。
その顔を両手で優しく捕まえる。
「今、私はお腹が空いているの」
「はい……」
「血も結構出しちゃったのよ」
「はい……」
「だから、貴女の血を少し飲ませてもらうわよ」
「はい……」
私の言うことには逆らえないメイドの顔へと笑顔を向け、その剥き出しになっている首筋へと噛付く。
牙が肌に突き刺さることを感じる。
「あぅ」
短く声を上げる咲夜。
咲夜の血はやはり美味しいわね。
「あ……ん……」
彼女の血液が、私の喉や全身を潤す。
咲夜の吐息が髪に掛かる。
ちゅぷ、と湿った音を出して首筋から顔を離す。
ふぅ、私は基本的に小食だからあまり飲めないのよ。
咲夜の顔を見ると、その顔は少し朱色に染まっている。
なんだろう。いつもより吸血行為を気にしているようだが……。
「ねぇ、咲夜、顔が赤いわよ?」
「そ、そんなことありませんよ!」
慌てて何かを隠すように喋る。
どうしたんだ? 何を慌てて……はっはーん。もしかして咲夜。
「咲夜、貴女、吸血行為で発情したの?」
「ぶふッ! ななななな、何を言っているのですか!」
おお、この反応だと当たりだ。
今までの間に何があったが知らないが、咲夜がここまで発情するとは面白いことを吹き込む者が居る。
それならば。
「咲夜、それより私は動けないから屋敷のベッドまで連れて行って」
「は……い……」
顔を赤面させながら咲夜はレミリアを丁寧に持ち上げる。
「それから……」
「はい?」
恥ずかしがる咲夜を見ていると……。
「貴女を見ていたら……私も体が火照ってきたわ」
体中がウズウズしてきた。
「だから、貴女が責任を取って私と性交しなさい」
「そ、そんな!」
その言葉に咲夜が本気で困った顔をする。
そこまで嫌な顔をされると本気で怒りたくなる。
「私と寝るのがそんなに嫌なの!?」
「い、いえ、そんなことは無いですが……」
「じゃあ早く行きましょ」
「うう……はい……」
涙を流す咲夜に運ばれるレミリアは、ビクトリアが居た場所を見た。
転送魔法の印が無いビクトリアの亡骸はあの場所に置かれたままだろう。だが、吸血鬼の死体は太陽の光を受けることで跡形も無く消えてしまう。
ビクトリアが居た場所――そこには美しい野花が無数に咲いていた。
その花は月の光に照らされ、美しく、踊るように風に揺らめいていた。
その上を踊るように歩くビクトリアの姿が一瞬見えた。
私は願う。ビクトリアの次の運命は、幸せであることを。
そしてビクトリアのお陰で護れた我が屋敷へと視線を向ける。
ボロボロになってしまったがパチェの魔法ですぐに直せるだろう。
紅魔館に居る全ての者の気配をしっかりと感じる。
誰一人欠けておらず、全ての者がここに居る。
妹であるフランも大広間に居るようだ。いつの間に出たのだ?
大切な妹。
大切な友人。
大切なメイド。
大切な門番。
大切な悪魔。
大切な存在と共に、私はここでゆったりと過ごす。
私は間違っていない。
大切な存在を護れない誇りなど、ゴミ以下である。
自分のプライドだけで他の者を傷つけるのは愚かな行為だ。
だから私はここへとやってきた。
ここでは――幻想郷ではどんなことがあるのだろうか?
前居た場所よりも酷いだろうか?
それとも素晴らしい場所だろうか?
私は素晴らしい場所だと思う。なんとなくそんな気がするのだ。
レミリアは心の中で、友人との別れを伝える。
――――じゃあね、ビクトリア。
ビクトリアが見えた野花の場所へと視線を送る。
するとそこには薄っすらとビクトリアがこちらを向いて立っている。
それは幻なのか、幽霊なのかは判らない。
しかし、ビクトリアは満面の笑みで手を振っていた。
声は聞こえないが、たしかに聞こえた。
『――――頑張ってね、レミィ』
――――当然。
咲夜はミラーシと名乗った始祖へと銀のナイフを投げる。
しかし、彼女の周りに無数に飛び交う蝙蝠がそれを全て叩き落す。
だがそれは囮。敵が前方に集中している間に時を止め、死角に回り、蝙蝠が手薄の場所へと銀のナイフを投げる。
そして、時を動かすと、ミラーシの無防備になった背中へと銀のナイフが飛ぶ。
しかし、それもまた彼女の周りを飛ぶ蝙蝠がすぐさま後方へと移動し、それを叩き落す。
「また後ろに移動して。貴女、瞬間移動でも出来るのかしら?」
ミラーシが楽しむように笑う。
隙がまったく無い。
あの蝙蝠もただ防御しているだけで、攻撃能力があるかはまだ判らない。無闇には近づけない。
なるべく距離をとって、銀のナイフで死角からの攻撃を狙うが、すぐに叩き落されてしまう。
そろそろナイフも手持ちが少なくなってきてしまった。
「ねぇねぇ、そうやっていても勝負は変わらないわよ」
催促するようにミラーシが踊る。
向こうはかなり余裕なのが判る。遊ばれている。
咲夜は両手に一本ずつ持ったナイフを逆手に持ち直す。
「あら、やっと本気になってくれるの?」
ここまで戦いを遊び感覚にする相手はあまり見ない。
「貴女こそ、なんで本気にならないのよ」
「ん? 簡単なことよ、本気を出したら貴女を殺しちゃうから」
「素直に言ってくれるわね……」
「あら、事実だもの」
自分の命は目の前に居る敵の気まぐれで繋がっている。なんとも恐ろしい状況だ。
するとミラーシがこちらを凝視している。
「な、何……?」
「いえ……貴女、結構美味しそうな血を持っていそうね」
戦闘中にいきなり何を言い出すのだ。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙。
「貴女、処女?」
「ブッ!!」
突然の質問に、思いっきり噴出してしまう。
「な、ななななな、いきなり何を言っているの!?」
動揺のあまり、口が回らない。
「あら、まだあるの?」
「当たり前よッ!」
この女、いきなり何を聞いてくるのだ。どうかしているのか。
たしかに最近お嬢様に襲われて危なかったが……って何を思い出しているのよ。
この状況にミラーシはどういう神経をしているのだ。
「若い処女の血はとても美味しいのよ。だから貴女に興味がさらに湧いてきちゃった」
背筋に寒気が走る。
ミラーシの表情は崩れ、気持ち悪いにやけた表情になっていた。
「うふ、ふふふふふふふふふふふッ」
かなり危ない存在だ。色々な意味で。
「と、遊びはそこまで」
にやけた表情が一瞬で消え、そこに居たのは冷淡な表情でこちらを見るミラーシ。
「私をもう少し遊ばしてね、子猫ちゃん」
異常なまでの存在感。気を抜いたら押しつぶされそうな迫力。それだけでは強大な存在の敵と判るが、その中には殺意の感情が感じられない。それでも命の危険を感じる。
すぐさま戦闘態勢へと構える。
刹那、咲夜はミラーシへと一瞬で距離を縮め、手に持った銀のナイフを振りかざす。
ミラーシは周りに居る蝙蝠たちでそれを防ぐ。
だがそれは判っていた。
防がれた瞬間、時を止め、ミラーシの真上へと跳ぶ。
そして無防備である頭部に向かって銀のナイフを突き刺す。
時を止めたままでは生きている者への攻撃は殆ど効果が無い。
そのため攻撃が当たる瞬間、時を動かす。この距離と速度なら避けられるはずが無い。
「あらら」
だが、ミラーシは信じられないスピードでナイフの軌道から外れる。
「な……ッ」
真横へと着地するが、すぐに身を低くしたままの後ろ回し蹴りを狙う。
しかし、それも紙一重で避けられるが、空振りした勢いで体勢を起こし、起き上がった勢いのまま逆手に持ったナイフで斬りつける。
だが数匹の蝙蝠に防がれるが、時を止め、反対の手に持ったナイフで斬りつけ、時を動かす。
再び完璧なタイミングだった。しかし、これも蝙蝠で防がれるが連続で時を止める。
蹴るように敵の斜め後ろへと跳び、死角からナイフを投げ、さらに敵から見て今居る位置から反対の死角になる場所へ移動し、ナイフを投げる。そして再び正面に戻り、ミラーシの顔面へとナイフを突き刺し、直前で時を動かす。
ほぼ全てのナイフを使った、三箇所同時の同時攻撃。自分自身を囮に使い、後方のナイフの気を逸らす。
「お」
首を傾けて避けられるが、ナイフを横にしてそのまま頭をなぎ払う。
この体勢ならいける。
そう思ったのも一瞬だった。
突然横腹に強い衝撃を受ける。
「ガッ――――!!」
衝撃の受ける方向へと吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
今ので肋骨が何本かやられた……恐らく臓器も。
「ガ……ゴホッ!」
口から真っ赤な血を吐き出す。口の中が砂利っぽい。
全身に痛みが走り、手足が痺れる。
「……ふぅ、危ない危ない」
死角のナイフを全て防いだミラーシが笑いながらそこに立っていた。
「今のは少し危なかったから、手が出ちゃった」
始祖の力……。私が敵う力じゃ無い……。
ここまで圧倒的な差を見せ付けられると、自信が無くなる……。
「こんなドキドキしたのは久しぶりよ」
ミラーシがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「だけど人間はやっぱり脆いわね、これでお仕舞いかしら?」
自分の命のカウントダウンがゆっくりと近づいてくる。
まだ、私には護らないといけない存在があるというのに……。
時を止めても、この体じゃそう長く止められない……一瞬でも集中を切らした時は再び動き出し、あの女にやられてしまう。
――――その時、咲夜の瞳にあるモノが映った。
それはここに来るとは思っていなかったモノ。
だが、それを見つけたことにより、微細な物だが勝利できる希望が生まれた。
これは最後の賭けかもしれない。
失敗は許されない。
咲夜は残り少ない力を振り絞り、時を止める。
そしてミラーシの真上に飛び上がり、頭の頂点に向かって、最後のナイフを投げつけ、時を動かした。
「お、まだ頑張れるのね、でもこれで最後」
そのナイフを軽々払うと、ミラーシの蝙蝠たちは咲夜へと一直線に向かう。
止めを刺すように、一直線に。
そして、これが狙いだ。
ソレとミラーシとの間に出来た距離を一瞬にして埋める。
目にも留まらぬ速さでミラーシの懐へと飛び込む。
「あは、でも残念」
しかし、それを笑うように、ミラーシはソレの攻撃を防ぐように蝙蝠の壁を作る。
それでも、ソレは攻撃を止めなかった。
ソレは両の足を地面へと力の限り踏み込み、全身の気を腕へと集中させる。
そして、短い気合と共に一気にその蝙蝠の壁へと拳を加える。
「セッ――――!!」
拳が蝙蝠の壁へと直撃する。
攻撃を防いだことでミラーシの視線は再びこちらに戻り、私と目が合う。
しかし、次の瞬間、ミラーシの体は横へと吹っ飛んだ。
「な……ッ!?」
驚きのまま、ミラーシは空中で慌てて体勢を立て直す。
咲夜はミラーシの攻撃を成功させたソレの横へと降り立つ。
「ありがと……ございま、す……咲夜……さん」
ソレは横に降り立った咲夜へとお礼の一言を言う。
「貴女、その胸は大丈夫なの――美鈴」
そこには、胸から血を流す紅魔館の門番、美鈴が息を荒くして片膝を着いていた。
「はい、なんとか……気合で、動いていま……す」
無理やり、誤魔化すように笑う。
本当に気力だけで動いているようだ。
「あたたたた……まさか防壁を貫通して攻撃を加えられるとは……」
吹き飛ばされたミラーシが腰を擦って平然と立っている。
先ほど美鈴がやった攻撃は、なんでも全身に流れる気を腕に集中させて、鎧や、頑丈な皮膚で護られた敵を、その上から直接内部を攻撃するという技だ。
表面の防御力を無視し、内部へと直接ダメージを与えるかなり強力な技である。
その技は以前、竜の侵入者が現れた時に彼女が使った技だ。
しかし、ミラーシにはまったくダメージが無いように見える。この奇襲もダメだったのか。
「ふむ……臓器がやられちゃったかな」
その呟きのわりにはかなり元気そうに見えるのだが。
こちらの戦力は、私と美鈴、二人だが既にもう戦える状況じゃない。
奇襲はもう効きそうに無い。
絶体絶命。
「私に一撃を加えるなんて……」
だが、最期までは諦めない。紅魔館を護るため。
「……ねぇ、そこの緑の子猫ちゃん」
ミラーシが美鈴へと声を掛ける。
「貴女はそんなボロボロなのに、そんなに頑張るのかな?」
問われた美鈴は、荒い息を吐きながら言う。
「そんなの……決まって……る」
「ほう?」
「私は、ここの……門番よ……だから、侵入者……は、撃退するのよ。私は紅魔館を……護らないと……いけないの」
美鈴は、胸を押さえながら、自分の使命をミラーシへと言った。
この子はいつも門の前でサボっていたりするが、やる時にはちゃんとやる強い子。
「そう…………じゃあ、貴女は?」
美鈴の誇りを聞いたミラーシは、咲夜へと視線を変える。
「私も、この子と同じよ。この館を護るのがお嬢様との契約。だから私はお嬢様のためにここを護る。紅魔館に居る者を全て」
そう、だから戦っているのだ。今戦っている紅魔館の者は全て、同じような理由で戦っているのだ。
それを聞いたミラーシは静かに咲夜と美鈴を見つめる。
そして、彼女は踵を返した。
「じゃ、私は帰るわね」
「え?」
その言葉に咲夜と美鈴は同時に同じ言葉を出す。
「もう楽しかったし、貴女たちはよく出来たから今日はここで終わり。私は帰るわね」
ゆっくりと紅魔館とは反対の方向へと歩いていく始祖。
突然の出来事に二人は何がなんだか訳が判らない。
「……む」
突然ミラーシが歩を止め、こちらを向く。
「その様子だと何が起こっているか判っていないわね!」
人差し指でこちらを指して、得意げに言ってくる。
「当たり前よ」
これで判ったらどれだけ理解力が高いのだ。というか普通判らないでしょ、これだけじゃ。
「仕方ない、私がとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても簡単に説明してあげる」
最初から説明する気満々な反応だ。
「簡単な話、この作戦は元々ヴァノフ卿が勝手にやった作戦なの。アイツはあまり強くないくせに頭がいいし、この辺りじゃ上位の爵位を持っているから誰も反発できなかったのよ。そこは貴族主義の吸血鬼の悲しいところね」
蝙蝠で椅子を作って、それに座って喋りだした。
「アイツは最近、同盟、同盟って言っているけど、どうやらその同盟と人間との戦闘の間に逃げ出すみたいなのよ。あ、まぁ座って座って」
すると今度は自分の後ろに蝙蝠の椅子が二つ出来た。
何がなんだか判らないが、ここは逆らわない方がいいだろう。とにかく流されるまま座る。
「それに私は気づいたから近いうちにこの地域から引越しするつもりなのよ。今日ここに来るのは、本当は面倒だったのだけど、引っ越すことを気づかれるのは嫌だったから仕方なく来たのよ」
「それで、なんで今帰ることに繋がるのよ」
逃げることも戦うこともできないので仕方なく質問をする。
「あら、気づかない? この館周辺に居た始祖の反応が無くなっていることを」
「――――!」
言われて気づいた。先ほどまであった始祖と思われる気配が二つ共消えていたのだ。
戦闘に集中していてそのことに気づかなかった。元々遠くだったので、相手から近づかなければ気づかない。
「うだうだ言う奴らが死んだから、私も死んだってことにしてさっさと帰って引越しを済ましちゃうの。貴女たちも引越しするのでしょ?」
楽しそうにミラーシがこちらに聞いてくる。
「そうですが……」
「――――!?」
突然横から元気な声がしたので驚いて視線を向けると、そこにはすっかり忘れていた美鈴が元気な顔をして蝙蝠の椅子に座っていた。
「あ……貴女! なんで平気な顔をしているの!?」
「へ……平気な……あれ!? 痛くない!?」
間抜けな顔をしていた美鈴が、今の状態に気づいて驚いている。
「ああ、意識が朦朧として話を聞いてもらっても仕様が無いから私が最近学んだ治療魔術の実験になってもらったわ、いやー成功成功」
ミラーシは本当に上機嫌に喋る。
そういえば、先ほどやられた臓器や骨の痛みが無い。
「と、まぁ、そんな訳で、私の戦う理由が無くなっちゃったから帰るの。敵前逃亡なんて知ったことじゃ無いわよ、私には護らないといけない自分の屋敷があるのだから、そっちの方が大切なのよ……意外に短く説明が終わってしまった」
ミラーシが立ち上がると、椅子であった蝙蝠は再び彼女の周りを飛ぶ。
「それに、貴女たちを殺すのは勿体無いわ。まだまだ若いのだから……これじゃ小母さん臭いわね……ほらほら立って立って、私の蝙蝠たちが動けないじゃない」
「え、あ、はい」
言われるがまま立ち上がると、二つの蝙蝠椅子は形を崩して、ミラーシの元へと戻る。
「緑の子猫ちゃん、一応傷口は貴女のところの魔法使いに見てもらいなさい。私の魔法じゃ変に穴開いているかもしれないから」
「は……はい」
美鈴は自分の開いていた胸を何回も触って確認している。
「それじゃあね、子猫ちゃんたち」
闇夜に溶け込むようにミラーシの体はゆっくりと消えていった。
二人はミラーシが消えたその空間を見つめて、暫く動くことができなかった。
その沈黙の中、美鈴が先に口を開く。
「あの……咲夜さん」
「……何?」
「今思うのですが、あの方は最初から他の誰かを殺すつもりできていなかったと思うんです」
「なんでそう思うの?」
「よく考えると、私の胸を貫いた時、わざと急所からずらした場所を貫いていたんですよ」
「そういえば、私の時も殺意とかそういう類を感じられなかったわね。遊ばれていたというか……」
「…………変な始祖ですね」
「…………そうね」
ミラーシが紅魔館から離れる数分前。
ラードゥガは混乱していた。
おい、これはどういうことだ。なんなんだよこいつは。
目の前にはまだ幼い始祖が一人。
しかし、自分は何千年も生きている超天才で最強の始祖なのだ。
目の前の幼い始祖へと自分の作った影の狼を一斉に向ける。
この狼たちは自分の分身のような物。つまり自分自身が複数へと変わり、敵を一網打尽にできる最強の技。
その最強の技のはずなのに、一斉に向かった狼たちは目の前の始祖に一瞬にして吹き飛ばされる。
「あはははははははは、面白いね、貴方」
なんなんだ、こいつは、本当に俺と同じ始祖なのか。
「でも、もう飽きた」
幼い始祖はゆっくりと片手をこちらに向ける。
やめろ……やめろ……。
ラードゥガは生まれて初めての感覚を感じていた。
自分が死ぬと思われる恐怖を。
「この化け物――――」
そしてラードゥガはこの世から塵一つ残らず消えた。
「あー、面白かった!」
屋敷の方から何か音がすると思って来てみれば、なんか面白いのが居た。
小悪魔を虐めていたから別に殺しちゃってもよかったよね、お姉様。
あ、そういえば小悪魔。
フランドールは視線を小悪魔が倒れていると思う方向へと移動させる。
先ほど間違って吹き飛ばさなければいいけど。
目線の先には無事に形を保っている小悪魔が横たわっていた。
跳ねるように小悪魔へと近づく。
膝を折り、動かない小悪魔の額を突付く。
「おーい、生きてるー?」
ツンツン。
「…………う……」
ちゃんと生きているわね。
「フラン……ドール……様……」
「はーい」
虚ろな瞳で小悪魔がフランドールを見る。
すると彼女の口から流れる血が目に入る。
あら、美味しそう。
フランドールはその血を指で掬うと、そのまま指を口の中へと入れて、小悪魔の血を舐める。
うーん、流石下級でも悪魔の血、美味しい。
今度、ちゃんとした量を飲ませてもらうかしら。
「すみません……が……」
小さな、今にも消え去りそうな声で小悪魔がフランドールへと願いを言う。
「なーに?」
「魔法陣の……近くまで……連れて……て、頂け……ませんか」
弱々しく指差す方向にはパチュリーが魔法を唱えている魔法陣。
「いいわよー」
それぐらいなら簡単簡単。
横たわる小悪魔の膝の下と肩を抱きかかえるように持ち上げる。そして、手早く魔法陣の近くに連れて行く。
「降ろして……もらっても、よろしいでしょうか……」
「注文が多いわね」
「すみません……」
小悪魔をゆっくりと魔法陣の傍へと降ろす。
すると小悪魔は地面を這いずりながら魔法陣の端へと掌を置く。
「お待たせ……しました、パチュリー……様」
すると小悪魔が置いた掌の先の床がゆっくりと光りだす。
この魔法陣に魔力を加えているようだが、そんな体で大丈夫なのかな?
フランドールは少し疑問に思ったので、パチュリーへと視線を移した。
するとパチュリーはしっかりと詠唱をしているが、その目は小悪魔の行動を悲しみ、止めるような瞳をしていた。そしてその瞳は次にフランドールへと向いた。
言葉が無くても、パチュリーが何を言いたいか判った。
必死に魔法陣へと魔力を加える小悪魔の両脇を持ち、魔法陣から離す。
「な……にを……?」
「無理しちゃだーめ」
少し魔法陣から距離を空けた床に小悪魔を置く。
それでも小悪魔は床を這いずるように魔法陣へと近づく。
「だから、だーめ」
小悪魔の肩を捕まえて止める。
「パチュリーがダメって言っているからダメよ」
「私には……パチュリー……様を……」
変に頑固だなぁ。
「これ以上やったら死んじゃうわよ」
「いい……です……パチュリー……様の……ため、なら……」
それでも小悪魔は魔法陣に近づこうとする。
どうしよう。何言っても聞かないなぁ。ここは止めているしかないのかな。
お姉様はまだかなー。
レミリアの体は既にボロボロだった。
通常なら痛みで動くことも困難のはずだった。
だが今は怒りにより全身の痛みを感じない状態であった。
下衆で最低な男、ヴァノフへの怒りは半端ではない。奴は妹であるフランドールへと危害を加えると言ってきたのだ。
敵の黒い魔法弾を自分の魔法弾で撃ち落し、煙幕に紛れて一気に近づき、敵を切裂く。
だがヴァノフはそれを紙一重で避ける。
「往生際が悪いぞ、スカーレット君」
こいつだけは、こいつだけは殺してやる。
こんな最低な奴は跡形も無く。
体勢を変えて、魔法弾をヴァノフに向けて放つ。
だがそれは全て撃ち落される。
休む暇も無く再び敵を切裂く。
だが、ヴァノフ公爵はその攻撃を避け、すれ違う瞬間レミリアの頭部へと拳を入れる。
「ガッ」
宙で身を回転させて、地面へと着地する。
流石に手ごわい。
口に溜まった血を地面へと吐く。
「そろそろ、時間が無くなってきましたからね、止めを刺させていただこうか」
ヴァノフ公爵に魔力が増えていくことが確認できる。何か大技が来る。
次の瞬間、その魔力は奴の周辺へと四散し、黒い魔法弾が四つ、こちらに向かう。
見た目は普通の魔法弾に見える。
レミリアはそれの一つを軽々と避ける。
しかし、その避けた魔法弾は方向を変え、こちらに再び向かってきた。
追跡弾か。
レミリアは全ての追跡弾を避けるがその全てが向きを変え、こちらに向かってくる。
これではキリが無い。
こちらに向かってくる一つへ向かって魔法弾を撃ち込む。
しかし、それらは全て避け、こちらに向かってくる。
避けられたッ!?
驚愕している暇は無い。再び追跡弾を全て避けるが、またこちらに戻ってくる。
「――――!」
追跡弾を待ち構えていると後方から別の魔法弾が襲い掛かる。
身を翻して避ける。後方からのヴァノフの魔法弾だ。
これで奴の攻撃にも気をつけなければいけない。
後方から接近する追跡弾を避ける。
だが、その避ける先へとヴァノフの魔法弾が嫌らしく襲い掛かる。
「くそッ!」
避けきれない魔法弾を直接叩き落す。
しかし次の瞬間、レミリアの周囲を爆煙が包む。
しまったッ!
視界が完全に奪われる。
刹那、敵の攻撃が視界に入る。
反射的にそれを避けるが、それはヴァノフの魔法弾。
次の瞬間、避けた場所へと狙い済ましたように現れた追跡弾全てレミリアへと直撃する。
防御力を上げるため、自分の翼で全身を覆うように身を護る。
ある程度、ダメージを軽減したが、体には相当の衝撃が加わった。
再び紅魔館の裏庭へと着地し、翼の鎧を解除する。
「これで終わりのようですね」
見上げる夜空には満月を背にしたヴァノフが悠然と浮いていた。
体が、動かない……。動けたとしても、どんな技でも後一撃のみ。ラストチャンス。
「君もつくづく奇妙な始祖だ。人間なんかをメイドに置き、血もまったく飲めないなんて、本当に吸血鬼か怪しいな。本当に昔居た始祖に似ているなぁ……」
突然、ヴァノフは過去を懐かしむように喋る。
「奴は始祖の癖に人間なんかと関係を持ち、平和な世界という幻想を持っていたのだ」
ヴァノフは世界を嗤うように空へと高らかに叫ぶ。
「だから、私は壊してやったのさ、奴の幻想を、全てを!」
突然こいつは何を言っているのだ……。
「瀕死になった奴は何を狂ったか、瀕死だった人間の娘に自分の血を与えて助けたのだ。その娘は吸血鬼となってしまったのだよ。面白いから私はその娘を拾い、記憶を少し書き換えたのさ」
まさか、その娘とは……。
「お喋りが過ぎたね、さようなら、レミリア・スカーレット」
レミリアへと終わりの手がこちらを向く。
動け……私の体……動け……私の誇り……。
しかし、ヴァノフの背中に向けて、一筋の何かが飛ぶ。
それを後ろ手で止める、それは黒い槍。ヴァノフは冷たい目でその方向へと視線を送る。
「ほう、まだ生きていたか」
そこには瀕死の状態であるビクトリアが居た。
「主に逆らうとは、ダメな作品だ」
這い蹲るビクトリアを見下ろしながら奴は嗤う。
「うる……さい……」
「やはり完全に処理しなければね。後でちゃんとしてあげるよ」
今にも消えそうな命の灯火を、最期の一瞬を光らそうとしているビクトリア。
そして彼女と目が交差する。
ビクトリアは笑った、とても美しく、無邪気な笑顔で笑い、唇を動かした。
――――じゃあね。
そう、確かに聞こえた気がする。
そして次の瞬間、ヴァノフが持った黒い槍が形を崩して、奴を捕まえるように伸びた。
「なッ……」
突然の出来事にヴァノフは一瞬戸惑うが、すぐにそれを鼻で笑った。
「こんなので私が倒せるとでも思っているのか?」
ビクトリア、貴女の思い、しっかり受け取ったわ。
レミリアは傷つく体を無理やり立たせて、目の前の敵へと視線を集中させる。
暗黒の空に向かって傷だらけの右腕を上げる。
その先には紅い幾つもの線が集まっていく。この技は使用するために若干時間を消費する。そのために今まで使えなかった。
だが、ビクトリアが、その時間を作ってくれた。
そしてその紅い線は形を形成していった。
それは巨大な紅い槍。
「廃棄物はちゃんと処理しないとな……ん?」
巨大な槍を敵へと投げるため、後方に体を曲げる。
「なッ! し、しまったッ!」
この光景に焦ったヴァノフは慌てて全身に纏わりつく黒い槍だった物を排除する。
もう、遅い。
「消えろ、汚い誇りと共に――――」
そして、紅い槍を敵が居る月夜の空へと投げ放った。
音速で紅い槍はヴァノフへと一直線に向かう。
その道筋には邪魔する物は何も無い。
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ――――」
そして、ヴァノフは跡形も無く消え去った。
静寂と共に、体中に力が入らなくなり、後ろにそのまま倒れこむ。
ふぅ……すっきりした。
嫌悪感の中心である存在が消えたことにより、今は清々しい状態である。
首も殆ど動かない状態である。
無理やり動かせるだけ首を動かす。
そして見えたのは横たわる一人の少女の姿。
その顔はとても安らかな表情だった。
仇はしっかり取ったわよ。貴女の大切な存在を奪った敵を。
だからゆっくり寝なさい。貴女はこれ以上生きていては疲れるだけよ、貴女の運命はここで終わり。今度は新しい運命を送れること願うわ。
そしてレミリアは空を見上げる。
先ほど始末した敵で、あることが思いつく。
「……やっぱり、よく喋る奴は雑魚ね……」
美しい満月が眩しい。
全ての戦いが終わったのが感じられる。
そしてこちらの詠唱も間もなく終了する。
一刻も早く、この詠唱を終わらせ、あることをしないといけない。
『――――――――』
そして、今、ゆっくりと最後の言葉を唱える。
詠唱が完了した瞬間、床に描かれた魔法陣が強烈な光を放った。
その光は紅魔館の全てを包み、世界は暗転する。
次の瞬間、世界に再び光が生まれる。
先ほどまで居た場所とは空気が違うことが判る。
転送成功……だと思う。
喘息が出ないでよかった。
それより……。
パチュリーは魔力を大量に消費し、かなり疲労困憊している。
それでも、彼女はある者が居る場所へと向かった。
「パチュリー、終わったのー?」
フランドールが可愛らしく首を傾げて聞いてくる。
「ええ、終わったわよ。ありがとう」
「はーい」
するとフランドールは捕まえていた小悪魔を放す。
小悪魔はボロボロで立ち上がることもできないはずなのに、立ち上がる動作をしている。
「パチュリー……様……申し訳……」
その必死な姿は私にとってはただ悲しい行為でしかない。
なんでそんなに頑張るのだ。私はそこまでやって欲しくは無かった。貴女が傷つくことが何より悲しいことなのに。
「なんで、こんなに傷ついて……無茶をしたの……」
自分の大切な使い魔を抱きしめる。
「私は……パチュリー様の……使い魔、ですから……この命は、パチュリー様の……ために……」
「――――バカッ!」
そんなこと私は望んでいない。
「たしかに貴女は私の使い魔だけど……貴女が消えることなんて、私は望んでいないわよ!」
「パチュリー……様……」
悲しくて、悲しくて、涙が出てきてしまう。
使い魔の前で泣くなんて、私もどうかしている。
だけど小悪魔のことを思うと、涙が止まらない。
「何故……泣かれているのですか?」
耳元から小悪魔の疑問の声が聞こえてくる。
「なんでもないわよッ!」
なんでも……ないわよ……。
ただ目にゴミが入っただけよ……。
なんでも……。
この弱々しく、従順な可愛らしい使い魔をいつまでも抱きしめていたい。
「ねぇーねぇー」
顔を上げると目の前にはフランドールの姿があった。
「な……何?」
平静を装って涙を拭く。
「小悪魔の足、なんか変だよ?」
「足……?」
フランドールが指を指す方向へと視線を降ろす。
そこにはありえない方向へと曲がっている小悪魔の両足。
「こ……小悪魔! 今足を直してあげるわね!」
「え……でも紅魔館を……直さないと……」
「何を言っているの! 屋敷は後でも大丈夫よ! 先に貴女!」
小悪魔の全身に掛けるように魔法を唱える。
小悪魔は一瞬光に包まれると、次の瞬間はいつも通りの傷一つ無い綺麗な姿に戻っていた。
「あ……ありがとうございます」
そこにはいつもと変わらない小悪魔の笑顔。
「う……」
突然視界が霞む。
恐らく今ので自分の魔力を殆ど使い果たしてしまったようだ。
体に力が入らず、頭もはっきりしない。
「ぱ、パチュリー様!」
倒れそうになった体が小悪魔に支えられる。
「私、疲れたから休むわね。屋敷の修理はその後で」
とにかく今は寝たい。ゆっくり。
そしてこの新しい地で紅魔館の者たちと共に新しい生活を送ろう。
意識は深い場所へと落ちていく。
うーん、ここは何処だろう。
前に屋敷があった場所とは違うみたいだけど。
なんかジメジメしているし。
パチュリーは寝ちゃったし、小悪魔にでも聞こう。
「ねぇねぇ、小悪魔。ここは何処なの?」
主を抱きかかえている元気になった小悪魔はこちらへと向く。
「はい、パチュリー様の話だと、ここは幻想郷という場所らしいですよ」
「幻想……郷かぁ……」
なんで、お姉様はこんなところに移動しようと思ったのだろう。
理由はどうあれ、まぁいいや。
「それはそうと……小悪魔」
小悪魔も元気になったのだし、欲しくなっちゃった。
「な……なんでしょう?」
何か小悪魔は脅えているように見えるが気にしない。
「貴女の血……飲ませてくれないかしら?」
その言葉に小悪魔が身を引く。
「え……い、いきなりなんですか……」
「さっき、貴女の血を飲んだらとても美味しかったの。久しぶりに人間の血以外を飲みたくてね」
「い、いえ……ぱ、パチュリー様も居ますし……」
「じゃあ、ベッドに寝かせた後に飲ませてよ」
「いえ……あの……その……」
小悪魔の肌は健康色一色である。本当に可愛らしい。
ついついその軟らかいほっぺたを突付きたい。
「ひゃッ! な、何を!」
軟らかい~、血も美味しいのかな。
「ま、待ってください! くすぐ、ひゃう!」
「あはははは~」
ツンツーン。
「――――パチュリー様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、部屋の入口からの声。
小悪魔のほっぺを突付くのを止めて、そちらに視線を向ける。
そこには門番である美鈴が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「うわッ! 妹様!」
私の姿を見て驚いている。
「何? どうしたの?」
「い、いえ、パチュリー様に傷口を見てもらおうと……ぱ、パチュリー様! 如何なさいましたか!?」
眠りにつくパチュリーを見て美鈴が慌てる。
「パチュリーは寝ているわよー」
「え、そうなのですか?」
「そうそう……ところで、傷口って……何処?」
すると美鈴は自分の胸を指して言う。
「ここです、ここ」
しかし、そこにはぽっかりと円状の穴が空いた衣服と、そこから見える豊満な胸。
「傷口なんてないじゃない」
「いえ! あったのですよ! 話せば長くなりますが」
「じゃあ、いいや」
お姉様は早く帰ってこないかなー。
「そんなぁ……」
廃墟のようにボロボロになった紅魔館を月夜が照らす。
パチェ、魔法を成功させたみたいね。
四方に視線を移動させるが、空しか見えずよく判らない。
ただ、湿気っぽく、新しい空気を感じる。
これが新しい土地の空気。
なかなかいいじゃない。
「――――お嬢様」
声がする。聞きなれた声。
視線だけその声がした方へと向ける。
そこにはこちらを見下ろす従順な自分のメイドが居る。
「ご無事ですか?」
心配したような顔では無く、判りきっていたことを聞いているような表情。
「見て判らない? それとも私の実力を知らないの?」
「まさか、お嬢様が負けるとは思っていませんよ」
「当たり前よ」
私も咲夜が負けるなんて鼻から思っていなかった。
「でも動けないから起こしなさい」
回復するまでに三日くらい必要かもしれない。その間、暇だなぁ。
「はい、畏まりました」
すると咲夜はレミリアの肩と膝の裏へと腕を入れようとする。
その時、咲夜の口から血が流れていることに気づく。
いいことを思いついたわ。
「あ、ちょっと待ちなさい」
「はい?」
肩に近づいていた咲夜の腕を少し休んだため動く片手で、ある程度手加減して引き寄せる。
咲夜の細い体は私に覆いかぶさるように倒れる。
「お……お嬢様?」
驚いた咲夜の顔がこちらを向く。
その顔を両手で優しく捕まえる。
「今、私はお腹が空いているの」
「はい……」
「血も結構出しちゃったのよ」
「はい……」
「だから、貴女の血を少し飲ませてもらうわよ」
「はい……」
私の言うことには逆らえないメイドの顔へと笑顔を向け、その剥き出しになっている首筋へと噛付く。
牙が肌に突き刺さることを感じる。
「あぅ」
短く声を上げる咲夜。
咲夜の血はやはり美味しいわね。
「あ……ん……」
彼女の血液が、私の喉や全身を潤す。
咲夜の吐息が髪に掛かる。
ちゅぷ、と湿った音を出して首筋から顔を離す。
ふぅ、私は基本的に小食だからあまり飲めないのよ。
咲夜の顔を見ると、その顔は少し朱色に染まっている。
なんだろう。いつもより吸血行為を気にしているようだが……。
「ねぇ、咲夜、顔が赤いわよ?」
「そ、そんなことありませんよ!」
慌てて何かを隠すように喋る。
どうしたんだ? 何を慌てて……はっはーん。もしかして咲夜。
「咲夜、貴女、吸血行為で発情したの?」
「ぶふッ! ななななな、何を言っているのですか!」
おお、この反応だと当たりだ。
今までの間に何があったが知らないが、咲夜がここまで発情するとは面白いことを吹き込む者が居る。
それならば。
「咲夜、それより私は動けないから屋敷のベッドまで連れて行って」
「は……い……」
顔を赤面させながら咲夜はレミリアを丁寧に持ち上げる。
「それから……」
「はい?」
恥ずかしがる咲夜を見ていると……。
「貴女を見ていたら……私も体が火照ってきたわ」
体中がウズウズしてきた。
「だから、貴女が責任を取って私と性交しなさい」
「そ、そんな!」
その言葉に咲夜が本気で困った顔をする。
そこまで嫌な顔をされると本気で怒りたくなる。
「私と寝るのがそんなに嫌なの!?」
「い、いえ、そんなことは無いですが……」
「じゃあ早く行きましょ」
「うう……はい……」
涙を流す咲夜に運ばれるレミリアは、ビクトリアが居た場所を見た。
転送魔法の印が無いビクトリアの亡骸はあの場所に置かれたままだろう。だが、吸血鬼の死体は太陽の光を受けることで跡形も無く消えてしまう。
ビクトリアが居た場所――そこには美しい野花が無数に咲いていた。
その花は月の光に照らされ、美しく、踊るように風に揺らめいていた。
その上を踊るように歩くビクトリアの姿が一瞬見えた。
私は願う。ビクトリアの次の運命は、幸せであることを。
そしてビクトリアのお陰で護れた我が屋敷へと視線を向ける。
ボロボロになってしまったがパチェの魔法ですぐに直せるだろう。
紅魔館に居る全ての者の気配をしっかりと感じる。
誰一人欠けておらず、全ての者がここに居る。
妹であるフランも大広間に居るようだ。いつの間に出たのだ?
大切な妹。
大切な友人。
大切なメイド。
大切な門番。
大切な悪魔。
大切な存在と共に、私はここでゆったりと過ごす。
私は間違っていない。
大切な存在を護れない誇りなど、ゴミ以下である。
自分のプライドだけで他の者を傷つけるのは愚かな行為だ。
だから私はここへとやってきた。
ここでは――幻想郷ではどんなことがあるのだろうか?
前居た場所よりも酷いだろうか?
それとも素晴らしい場所だろうか?
私は素晴らしい場所だと思う。なんとなくそんな気がするのだ。
レミリアは心の中で、友人との別れを伝える。
――――じゃあね、ビクトリア。
ビクトリアが見えた野花の場所へと視線を送る。
するとそこには薄っすらとビクトリアがこちらを向いて立っている。
それは幻なのか、幽霊なのかは判らない。
しかし、ビクトリアは満面の笑みで手を振っていた。
声は聞こえないが、たしかに聞こえた。
『――――頑張ってね、レミィ』
――――当然。
ほんとお嬢様達はどうやってきたんでしょうね
頑張ったで賞を小悪魔に送っちゃる
足も大切だけど、殴られたり蹴られたりした顔の方もしんぱいしてあげて下さいパチュリー様
フランはかわいいなあ
そして咲夜さんは年貢の納め時w
けど、味が落ちると困るから処女は失わないと思われ・・・いや、しかし・・・でも・・・
しかしフランと小悪魔の方も気になるなあ(ツンツーン
ところで、片胸見える状態で館の中を走ってる門番が居ると聞いたのですが今どこにいm
性交とか言うのはどうかなと思う。
今晩相手しなさい的に表現変えたほうが雰囲気が壊れない気がする。
だが、レミリアと咲夜さんより、
フランと小悪魔の方が気になる私って・・・
だが、後悔はしない!
ミラーシは姉妹を足して割らない気がする
性交は・・・とりあえず、この話でのあの場面での使用はいいんじゃないかな~と 別にネチョ表現が目的な作品ではないし話の雰囲気的(?)にこの言い方(表現の仕方)があってる気がするし。まあ、賛否両論でしょうが、私は賛で
ヴァノフが万が一フランの居る場所まで行けていたとしても確実に壊されていたでしょうね。
オリキャラを上手く使った物語性の高いお話で楽しませていただきました。
また是非とも氏の紅魔館メンバーのお話が読みたいです。
若干短いながらも、時間を気にせずにスラスラと読めました。
ラストシーンには思わずジーンときてしまいました。
彼女の冥福を、祈ります。
素晴らしい作品でした。