ここは世界の何処か。
人間が数多く生きている世界。
その世界では人間以外の生物は異端者と称され、狩られる対象であった。
そんな世界で、今密かに戦争が行われていた。
それは人間と、吸血鬼との戦争であった。
吸血鬼は絶大な力を使い、人間を減らしていった。
当初は吸血鬼の圧勝な雰囲気が出ていたが、それは最初だけであった。
吸血鬼のオリジナルである始祖に噛まれて、吸血鬼になった人間が、復讐のために人間側に数多くついたのだ。
この戦争は密かに行われているために、世間にはまったく知られていない。
吸血鬼になった人間は、「戦争に勝利したら人間のように生活できるように措置をする」という交換条件で人間へと味方についた。
吸血鬼になった人間は、通常の人間とは身体能力が格段と上がり、さらに人間たちが開発した吸血鬼用の武器も装備し、集団なら始祖にも匹敵する強さを持つ。ただし、自分を吸血鬼にした始祖は本能が従順するために攻撃できない。
そして人間側はゆっくりとだが、吸血鬼の数を減らしていった。
大局は既に決まった。
現在は吸血鬼の残党狩りに近い戦いが増えている。
それでも吸血鬼たちは逃げずに戦った。
吸血鬼の誇りと名誉のために、最後の一人とて人間から逃げはしないと。
――――くだらない。
人間が眠り、世界がもっとも静寂に近づいた漆黒の夜。
山奥にひっそりと佇む洋館。
闇に溶け込むような不気味な館の大広間に、何者かの影が数個あった。
その影は豪華に整えられた長テーブルの椅子へと座り、重苦しい空気を放っていた。
「――――さて、今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
その場所で、ゆっくりと喋りだす男。
椅子から立ち上がり、テーブルへと手を置いて全体に届くように喋る。
見た目は二十代後半の紳士風の男。だが、その瞳は鋭く猛禽類の眼をしていた。
「先日、サドーフニコフ卿が人間により亡くなりになった」
その言葉に、部屋はどよめく。
「……この地方の始祖は、残り我々だけになりました」
紳士風の男は冷静に、ゆっくりと全体を落ち着かせるように喋る。
「このままでは徐々に数を減らされ、我々吸血鬼は滅びてしまいます」
その言葉に部屋のざわめきが静まり返る。
「我々には仲間という感覚が無いために、仲間とはくだらない愚かなことだと思っていました。しかし、今はそんな些細なことを言っている場合じゃありません。手を取り合って、人間を滅ぼす時です」
男は高らかに演説のように言う。
その言葉に、部屋の中にはそれに同意するような空気が多く流れる。
――――くだらない。
目の前に居るのは変にプライドだけが高い集団。
私にとって、それは誇りとは何も関係無い。
「……スカーレッド君。何か不本意なのかね?」
男がこちらへと視線を向けている。
男の言葉により、他の視線も自分へと突き刺さる。
「…………いえ、なんでも無いわよ」
この状態で反発したら、何を言われるか判らない。
その言葉に男は静かに微笑む。
「そうですか」
男の視線はそれで自分から離れ、全体へと向ける。しかし、まだ自分から視線が離れないのが幾つかあった。
「…………子供が……」
誰かが呟く。
私はこの集団では最も幼く、地位が低い存在だ。蔑まれて当然である。
それでもこの場では反発できない。
もどかしい。
今までは何度もそんな状況に遭遇しているが、全て何も出来ないまま終わっている。
もどかしい。
この世界は自分の屋敷以外がもどかしい。
「――――皆様。今回集まって頂いたのは、同盟を組んでいただきたいのです。誰かが人間に襲われているのなら、すぐに助けに駆けつけるという簡単な同盟です。……皆様、如何でしょうか?」
男は席に座る全員へと問いかける。
部屋に居る者は誰も言葉を発しない。
拒否するでも、賛成するでもない反応。
「…………何も無いということは、賛成と受け取ってもよろしいでしょうか?」
誰も、何も発しない。
そして私も。
そもそもこの場にそれを反対する者なんて居ない。
公平に意見を取っているかのように見えるが、実質この地域の吸血鬼の首領である、ヴァノフ公爵への異論は誰も唱えられない。
「異論がありませんようなので、今日のところは解散とさせていただきます。また近いうちに召集を行い、我ら同盟の圧倒的な力を見せつけようじゃありません」
嬉しそうにヴァノフは言う。
あの嫌らしい笑い方は、私は好かない。嫌悪感をしか残らない。
誰かが拍手をして、ちらほらとそれに続いて拍手をするのが続く。
くだらない。
自然と拍手が止み、席に座る始祖は各々立ち上がり、部屋を出て行く。
「……ミラーシ卿、ラードゥガ卿。少しよろしいですか? 今後のお話がありますので」
ヴァノフに呼び止れた始祖は立ち止まり、帰路へと向かっていた足を返す。
一人は体格がガッチリとしたいかつい男性。
一人は美しい体のラインをむき出しにした妖艶な女性。
男性はラードゥガ伯爵。女性はミラーシ公爵。共に私とは面識はあまり無く。どういう吸血鬼なのかはあまり知らない。だけど相当の実力を持っていると思う。
さて、このくだらない会談会場から早く離れよう。
「――――レミリア」
突然、自分の名前を呼ばれる。
声がする方へと視線を向けると、そこにはゴシック風の洋服を身に纏う少女がこちらを見ていた。
「あら、ビクトリア、何かしら?」
彼女はビクトリア。もちろん吸血鬼である。
しかし、他の始祖とは大きく違う部分がある。
それは彼女が人間から吸血鬼になった存在なのだ。
その吸血鬼は始祖にとってはただの下僕。使い捨ての駒程度でしかない。
だけどこのビクトリアは違う。
このビクトリアの主人はヴァノフである。
いや主人は、本当は別の始祖である。
詳しいことを聞いていないが、ヴァノフに拾われて、公爵をとても慕っている。
「久しぶりにレミリアの姿を見たから、なんとなく」
「なんとなくねぇ……、貴女判っているの?」
「ん? 何が?」
「……いや、別に」
一応私は始祖なのだが……。
ビクトリアと私は同じような時期に、吸血鬼として生を享けた。
最初の出会いは、この会談に初めて呼ばれた時だ。
そんな面倒な会談に行くなんて嫌だ。と断ったが、「それだったら、異端者として処分する」とヴァノフに言われ、渋々参加した時に出会った。
見た目が私と同じくらいの少女だったが、すぐに始祖じゃないと判り、気にしなかった。
しかし、ビクトリアの方から話しかけてきた。
始祖に気軽に話しかけてくるなんて、なんて奴。と思ったが、ヴァノフの吸血鬼と判り、手を出すわけにもいかず、当初は無視していた。
それでも話しかけられたが、次第にそこまで嫌にはならず、今では気軽に話せる仲になっている。人間の吸血鬼と普通に話す愚か者と周りから言われているが、別に気にしない。
原因のビクトリアはそのことに気づいていないのか、私の姿を見るたびに楽しそうに喋りかけてくる。
「レミリア、もう帰っちゃうの?」
ビクトリアが寂しそうに首を傾げる。
「ここの空気は私には合わないのよ」
一刻も早くこの屋敷から離れたい。
「そう……今度、貴女の屋敷に遊びに行っていい? ヴァノフ様から許可も下りそうなのよ」
ウキウキしたようにビクトリアが私へと顔を近づける。
本当にヴァノフは、なんで人間の吸血鬼にここまでするのだろうか。本当に不思議な始祖だ。
ビクトリアは期待するように私の答えを待っている。
今度……か。
「今度は……あるかしらね……」
「え……? 何を……」
ビクトリアがその不確かな言葉を再度確認しようとするが――
「ビクトリア」
声がした方へと視線を向けると、ヴァノフがビクトリアを手招きしている。
「はい」
駆け足で自分の主の下へと近寄る。
私はその姿を見て、この息苦しい部屋を出た。
他の始祖の姿は屋敷には既に無い。
「お嬢様、お疲れ様です」
館の外には自分を待つメイド姿の少女が一人。
「咲夜、さっさと帰るわよ」
「はい」
我が屋敷のメイド長である十六夜咲夜は素早く自分の横へと続く。
数年前に私が拾って以来、彼女は素晴らしい働きをする。
私に従順し、紅魔館の家事、メイドとして働く妖精の管理、戦闘能力の高さ。全て備えている優秀な子。
「そういえば咲夜、貴女はこの集まりに来るのは初めてだったけど、何かされた?」
「何か襲い掛かってきた者も数名ほど居りましたが、軽くあしらっておきました」
「あら、そう」
咲夜は吸血鬼ではない。純粋な人間である。
彼女を拾った時、吸血鬼になりたいが聞いた。しかし、彼女はそれを断り、人間として吸血鬼の下でメイドとして働いている。
今回の会談へは、お供として初めて咲夜を連れてきた。
吸血鬼の集まりの中に人間が居る。
それはもう、この館に到着した時は全ての始祖や吸血鬼、使い魔や眷属に敵意を剥き出しにされた。
簡単に説明はするが、やはり皆半信半疑のような様子だった。あの息苦しい会談会場へと入った後、やはりと言っていいのか、他の始祖の眷属が襲い掛かってきたようだ。
しかし、咲夜は普通の人間とは明らかに違う身体能力や戦闘技術を持っている。私も少し苦戦したからね。始祖はとにかく、場を弁えず襲い掛かってくる眷属や使い魔程度なら咲夜に敵う者はそうそういない。
それにその程度のことを片付けられないのなら、最初からこの会談には連れてこない。
「咲夜、今日はちょっと頭にきたから帰ったら貴女の紅茶で解消したいわ」
「はい、畏まりました、お嬢様」
笑顔で軽くお辞儀をする私のメイド。
漆黒の夜はまだ長い。
「――――お帰りなさいませ、お嬢様、咲夜さん」
紅魔館の入口には、そこを護る者が一人、二人の帰りを向かえる。
門番――紅美鈴である。
「美鈴、ちゃんと仕事をしていた?」
「もちろんです! 咲夜さん、私はいつも真面目ですよ」
豊満な胸を張って、美鈴が自慢をするように鼻を高くする。
「…………あら、口の横に何かの跡があるわよ」
「えッ! 涎はちゃんと拭いたはず……あ」
「…………」
「…………てへ、ぶはッ!」
舌を出して、頬に人差し指を当てて美鈴にとっては可愛い格好を決めるが、すぐに咲夜の手刀が美鈴の頭部に炸裂した。
「真面目に仕事をしなさい」
「はい…………」
頭を抑えながら美鈴が答える。
このやりとりを見ると、我が家に戻ってきたことを感じる。幾分か、気分がよくなってきた。
「まったく…………さ、お嬢様、参りましょう」
咲夜は美鈴がいつの間にか開けた門へと私を促す。
この平穏を護るため、私はなんでもする。
「まったく、本当に嫌だわ、あの集まり。ただ集まってくだらない話し合いをしているだけで、くだらないったらありゃしないわよ」
テーブルの椅子に腰掛ける友人へと愚痴を零す。
「そんなに嫌なら、行かなければいいのに、レミィ」
古きからの魔法使いの友人、知識と日陰の少女――パチュリー・ノーレッジは静かな言葉で言う。
「……そんなの、できたら最初からやっているわよ。判って言わないでよ、ただの愚痴よ、愚痴」
「こうやって止めないと、貴女はどんどん愚痴を言っていくから限が無いのよ」
愚痴ぐらいいいじゃない。
愚痴るぐらいしか、今は出来ない。
パチェに言われたことは判っている。
嫌なら行かなければいい。至極簡単な答えだ。
だけど、そう簡単には話は進まない。
ヴァノフが関係する会談やパーティーなどには、必ず出席しなければならない。行かなければ「異端者は処分」という掟になるらしい。まったく無茶苦茶な理論だ。
私一人なら何も問題は無い。
だけど、私には紅魔館があるのだ。
私一人の我侭で、紅魔館に居る者を危険には出来ない。
私はこの紅魔館が好きなのだ。
紅魔館に居る者、紅魔館にある物、私が築き上げた、ここが好きなのだ。
だから、私はここを護る。この身に懸けても。
すると紅茶を淹れたティーポットと、ティーカップが二つ乗ったトレーを持った咲夜が現れる。
「お待たせしました」
トレーをテーブルの上に置くと、ティーカップへと紅茶を丁寧に淹れる。
「レミィ、準備は完了したわ」
パチュリーが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
その言葉に、咲夜の手が一瞬止まるがすぐに動き出す。
「明日は丁度満月、予定通り明日には決行できるわよ」
「そう、ありがとう」
静かに私の前に咲夜が紅茶の入ったティーカップを置く。
「……本当にいいのね?」
パチュリーが心配するように、確認の言葉を出す。
「いいわ。それは何度も言ったはずよ」
「吸血鬼の誇りは?」
「…………これは私の誇りよ」
これは気まぐれからなった計画。
ヴァノフの嫌味を毎度のようにパチェにぼやいていたら「それなら、何処か別の場所に行く?」と聞かれ「行けたら行きたいわね」と答えたら「じゃあ行きましょう」という答えになった。
意味が判らなかったので聞き返すと、どうやら最近パチェは新しい魔法を覚えたらしい。それもかなり巨大な。
魔法の内容は、簡単な物質転送魔法と言っている。
ただ、その魔法で紅魔館自体を他の場所に移動させるという巨大な計画だった。
一瞬で異次元を移動して他の場所へと移動するから、海の上も渡れるというらしい。
最初は一瞬、頭の中に吸血鬼の誇りという物が浮かんだ。
しかし、それは私にとってはくだらないことだった。
誇りは大切だ。
だけど、自分の大切な存在を護れない誇りなど、私にとっては不要だ。私は吸血鬼としてはかなり異端なのかもしれない。それでも誇りはある。
私はパチェの計画を実行することにした。
しかし、紅魔館や、そこに居る者全てを転送しないといけないので、パチェは莫大な魔力を必要とする。
そのため暫くの間、パチェは魔力を使わず図書館で本を読んで時間を潰していた。まぁ、あまりいつもと変わらないが。その間に、紅魔館やその敷地、そこに居る者全てに転送用の印を付けた。転送中に入ってきた他の生物などを転送しないための印らしい。
そして、全ての準備を終えて、満月の夜を待っているのが今の状態である。
「……判ったわ。では明日、満月の夜、0時丁度に魔法を発動させるわよ」
「ええ、お願い」
パチュリーはレミリアの答えを聞いて、目の前に置かれたティーカップに手を伸ばし、それを口へと運ぶ。
やっと、この息苦しい土地から離れられる。
「そういえば、どんな場所に移動するの?」
一番の問題を聞いてなかった。
「いい場所がないか魔法で探していたのよ。そうしたら、東の島国で結界が張られている場所を見つけたの。面白そうだからそこにするわ」
「面白そうって……貴女、もう少し調べたら?」
「大丈夫よ。入っていきなり消滅ってことは無いから」
「あったら困るわよ……」
「一応、図書館の方に資料が無いか調べたら見事にあったわよ」
得意げそうにパチュリーは言う。
「その場所には人間と妖怪――まぁ、悪魔みたいな物ね。それが共に生活をしているみたいよ」
その言葉に少し驚く。人間と悪魔は共には生きていけない存在と思っていた。
ますますその場所に興味が沸いてきた。
「へぇ……名前とかあるの? そこ」
「ええ、あるみたいよ。そこの名前は――――」
そしてパチュリーは、その場所の名を言った。
「――――幻想郷」
そして次の日。
空は雲一つ無い綺麗な夜空である。無数の星と満月になった月が紅魔館を照らす。
その紅魔館のほぼ中央に位置する大広間。そこでは複雑な魔方陣と無数の燭台に蒼い炎が灯っていた。
その魔法陣の中央には静かに何かを呟きながら立つ少女――パチュリーが居た。
既に転送魔法の準備に取り掛かっており、魔法発動まで後少しである。
紅魔館に居る者、妖精メイドなどは興味津々にこの部屋を覗いてくるが集中の邪魔になるので一応追い出したが、恐らく部屋の前には居るだろう。そんな気配がする。
しかし、ここまでは全てが旨く進んでいる。怪しいほどに旨く。
最後まで気は抜けない。そのために美鈴はまだ屋敷には入れていない。なんかぼやいていたが別にいいわ。
今のところは邪魔など入らず、順調だ。
このまま進んでくれればいいのだが。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
咲夜が一抹の不安を持つ私へと喋りかける。顔に出ていたのかな。
「別に、なんでも無いわよ」
「はい」
今この部屋に居るのは、魔法陣の中央に居るパチュリー、それを補佐する彼女の使い魔の小悪魔、そしてレミリアと咲夜。
そしてそこに居る者は『ソレ』に気づいた。
「――――ッ!」
魔法に集中して動けないパチュリー以外、三人は大広間の天井――いや、肉眼では確認できない、天井よりも遥か上空へと意識は移動していた。
『ソレ』は何か天井が邪魔して肉眼では確認できない。
しかし、唯一判ることがある。
――――危険、と。
そう思った瞬間、無数の黒い光の槍が紅魔館を貫いた。
「――――え!?」
そして大広間に居る者以外にも『ソレ』に気づいた者が居た。
門番である美鈴である。
紅魔館の上空に、何か巨大な力を感じる。
目線を『ソレ』へとやる。
そこには二つの影が浮かんでいた。
そしてその二つの影の内、片方の影から無数の黒い光の槍が紅魔館へと降り注いだ。
「そんなッ!」
突然の来襲により美鈴の集中は一瞬『ソレ』へと逸れた。
自分の主であるお嬢様、そして大切な友人であるメイド長、ちょっと怖いけど優しい魔法使い、紅魔館に居る者の身を案じた。
しかし、その心配で一瞬警戒心が解けた。
胸に一瞬の軽い衝撃。
「え…………?」
一瞬何が起きたか判断に遅れた。
ゆっくりと自分の視線を降ろしていく。
いつもなら自分の胸が見えるはず。
しかし、そこにあったのは胸から飛び出ている細長い手が一つ。
そこからは鮮やかな血がゆっくりと流れ落ちる。
「あ……え……?」
その手を触ろうと震える自分の手を動かす。
だがその胸を貫く手は生々しい音を立てて自分の中へと戻っていった。
瞬間、支えを失ったかのように体は正面へと倒れこむ。
ぽっかりと開いた胸の穴からは、鮮やかな真っ赤な血が止め処なく流れ出る。
「はい、残念」
薄れ行く意識の中で、その声は聞こえた。
なんとかその方へと顔を向けようとするが、体が言うことを聞かない。
「ダメよ、門番は門をちゃんと護らないと」
大人びた女性の声。
ゆっくりと顔をその声がする方へと向ける。
「もうちょっと楽しませてくれると思ったのに、ちょっと残念。あた後でね」
顔はこれ以上向けられない。動かない。
ぼやける瞳を声がする方へと向ける。
「他は楽しませてくれるかしら?」
視界が掠れて、その声の主はよく判らない。
「さぁ、アンタたち、雑魚は好きにしなさい。ただし強い奴は私によこしなさいよ」
周辺に、無数の気配が突然現れた。
意識が薄れる中、美鈴は最後に言葉を聞いた。
「裏切り者狩りよ」
紅魔館の上空に突然現れた『ソレ』の無作為攻撃により、大広間を中心に降り注いだ無数の黒い光の槍。
レミリアはパチュリーと小悪魔、魔法陣に落ちる槍と屋敷の破片を全て叩き落す。自分に落ちてきた槍は咲夜が打ち落とした。
それと同時に屋敷内から無数の爆音と悲鳴。
「お嬢様、パチュリー様! ご無事ですか!?」
「当たり前じゃない」
心配する咲夜を他所に、レミリアは状況を判断する。
パチュリーは集中して魔法を唱え続ける。
貫かれた天井にはぽっかりと月が見える穴が開いていた。
そしてそこには満月を背にする二つの影。
先ほどの黒い槍はあの影だろう。
そして正門にも巨大な気配と無数の小さな気配を感じる。
気づかれたか……。
「咲夜、貴女は正門へ行ってそっちの敵を迎撃」
「はい」
すぐさまその命令に従った咲夜はその場から忽然と消えた。
「小悪魔」
「は……はい」
腰を抜かしている使い魔へと声を掛ける。
「貴女は屋敷の妖精たちを避難させなさい」
「え……でも、パチュリー様が……」
「いいから、早くしなさい」
怒気を込めて小悪魔へと喋る。
「は、はいッ!」
その言葉に脅えるように小悪魔は大広間の外へと向かう。
それを確認すると、レミリアはゆっくりと友人であり、集中しているパチュリーへと顔を向ける。
「大丈夫、すぐに終わるから集中していてね」
その言葉が届いたか判らない。
だけど、私は目の前の敵を撃つ。
レミリアは目標に向かって屋敷の床を蹴った。
小悪魔は自分が情けないと思った。
大広間から飛び出て、妖精たちを誘導して素早く自分の主の下へ戻ろうと思っていた。
しかし、大広間を一歩出てみると簡単には行かなかった。
「う…………あぁぁぁ……」
「しっかりして!」
目の前には片腕が吹き飛び、倒れている妖精メイドと、どうすればいいか判らず呼びかけている別の妖精メイド。
「痛い……助けて……痛いよ……」
下半身が既に無く、上半身を引きずるように誰かに助けを求める妖精メイド。
黒い槍に貫かれたのだろう。
この光景を目の当たりにして、小悪魔は一歩も動けなかった。
怖い。
またあの槍が落ちてきたらどうしよう。
妖精は死にはしない。
死ぬことはあるのだが、また同じような姿で復活するため、妖精は一種の不死である。
今苦しんでいる彼女たちも、すぐに同じような姿で復活する。
しかし、私は妖精ではない。
下級悪魔は不死ではない。致命傷になれば死んでしまう。
死ぬのは怖い。
その恐怖が体を硬直させる。
その時、足を誰かに掴まれる。
「ヒッ!」
驚き、その掴まれた足を見る。
そこには頭が右半分無くなっている妖精メイドが居た。
「小……魔……さ、ま……たす…………て……」
妖精メイドは必死に小悪魔に助けを求めていた。
いつもドジばかりしていて、あまり役にたっていない私へと助けを求めてきたのだ。
すると頭の中に魔法陣の中に入る前の主の言葉を思い出した。
『――小悪魔、貴女は私の補佐なのだから、緊急の事態……例えば非常事態がもし起きたら、すぐにレミィに従って、自分の役割を手早く終えたら、一刻も早く戻りなさい。私が喘息を出したら貴女が私を補佐するのよ。頼りにしているわよ』
こんなところで止まっているわけには行かない。
自分のやるべきことをやらなければ。
「……皆、聞いて!」
小悪魔が叫ぶ。
「無事な妖精は負傷した妖精を連れて地下へ! 急いで!」
その言葉に戸惑っていた妖精は自分の役割を持ったことで一瞬戸惑うが素早く動き出した。
小悪魔は自分を頼った負傷した妖精を持ち上げる。
一刻も早く自分の主の下に戻るため。
世界の時は止まる。
周りの全ての時は止まっていた。
咲夜はその不気味に止まった空間を駆け抜けた。
これが彼女の能力――時間を操る能力である。
一刻も早く正門の敵を迎撃するために使った。
そして、紅魔館の外へと出る。
すると目の前にはこちらに向かってくる体勢で止まっている、黒い人型の物。
眼を凝らしてよく見ると、それは中央に光る何かを中心に黒い蝙蝠が人の形を保っているのだ。
先行集団は五つ。
咲夜は素早く隠し持っていた銀のナイフを取り出し、その黒い人型へと投げる。
しかし、ナイフは咲夜の手を離れ、一瞬進むとすぐに止まってしまう。
自分の手から離れた物はすぐに周りの状態と一緒になってしまう。
それでも十二分に奇襲となる。
そして、咲夜は止めた時間を動かした。
空中に止まっていた銀のナイフはこちらに向かってくる黒い人型へと一直線に向かっていく。
突然の出来事に、理解する間もなく、人型の中央に光る、それへと銀のナイフは当たった。
五つの人型は奇声を上げてボロボロと崩れていく。
人型が居た場所には蝙蝠の死骸が無数に散らばる。
その死んだ人型の後方に居た他の人型は、その突然の出来事に足を止める。
咲夜はさらに銀のナイフを持ち、構える。
「あーららららー」
緊迫したこの場には似つかわしくない声。
その声に反応するように人形が横へと移動し、一本の道が出来た。
「何か面白そうなのが居るわね」
その中央に現れた女性。
体の線がとても細く、妖艶な笑みを浮かべる女性。
「あら、貴女はたしかスカーレットの人間。面白いのに会えたわね、貴女強いかしら?」
女性は緊張感が無い感じでへらへらと笑う。
「人間は強いのかしら? 私は見たことが無いけどね、強い人間なんて」
相手を小莫迦にするような態度。
「ここの門番はどうしたの……?」
ここに居るということは、正門を突破したのだ。私の考えが当たらないで欲しい。
「ああ、あの子? 一発で終わっちゃったから全然つまらなかったわよ」
「なんですって……」
「私の右手で胸を貫いたら簡単に死んじゃってつまらなかった――おっと」
反射的に手に持ったナイフを目の前の女性へと投げるが、簡単に避けられる。
「ちょっと、失礼じゃないの、いきなり」
目の前の女が怒り出す。
だが、咲夜はその女へと殺意をむき出しにする。
「あらら、そんな怒っちゃって。つまらない女ねぇ……」
すると女は背を向ける。
「私の名前はミラーシ。公爵よ。誇り高き吸血鬼の始祖であり、蝙蝠を愛する女。貴女はこの名前を覚えていなさい。地獄でその名を広めるためにね」
言い終わると、周りに待機していた人型が咲夜へと一斉に襲い掛かった。
レミリアは紅魔館の上空へと向かって飛んでいた。
視界の先には私の大切な存在を傷つける敵が居た。
しかし、先ほどの攻撃で相手は誰か判っていた。
「――――おやおや、あの一撃で逝ってくれれば楽でしたのに」
そこには苦笑する男――ヴァノフ公爵がこちらを見下ろしていた。
「レミリア……」
そしてその脇に浮かぶ、ゴシック風の洋服を着る、数少ない私の友人、ビクトリア。
「ヴァノフ卿、いきなり奇襲とはどういうつもり?」
満月を背にしているヴァノフへと余裕を見せるように喋る。
その言葉にクツクツとヴァノフは静かに笑う。
「どういうつもり? それは君が一番判っているのではないのかね?」
やはり、気づかれていたか……。
「いつから気づいていたのかしら?」
「最近だよ……本当にこのまま気づかないところでしたよ。最近ここの魔法使いの魔力が増大していることに気づきましてね。怪しんでみたら、今日のように巨大な魔法の反応があったので現在に至りますよ」
旨くはいかないか……。
「まもなく、他の始祖も貴女を狩るためにやってきますよ……」
「――――裏切り者として、貴女をね」
ヴァノフはゴミを見るような瞳でこちらを見下す。
恐らく、正門に居るのは始祖の一人だろう。
現在確認できるのは始祖二人とビクトリア、吸血鬼が一人。これだけならなんとか魔法発動まで時間が稼げるかもしれない。だが、その前に他の始祖が来たらかなり危険な状態になる。
それならば、素早くこの戦闘を終わらした方が得策だ。
「御託はいいかしら? こっちは時間が無いからね」
先手必勝、一撃で吹き飛ばしてやろう。
しかし、ヴァノフとレミリアの間に割って入る存在が居た。
「ビクトリア……」
ビクトリアが、悲しむような眼でこちらを見下ろしていた。
「スカーレット君、君の相手は私じゃない、この子だ」
何を言っているの? 始祖である私と、人間の吸血鬼であるビクトリアが一対一で勝てるわけ無いじゃない。
「おや、その顔ではこの子が勝てないと思っているのかね?」
「当たり前じゃない」
クツクツと嫌らしい笑みを零すヴァノフ。
「それでは、常識が覆される瞬間を君に一番に見せてやろう」
絶対と言えるほどの自信。その異常なまでの自信に自分の中に不安が生まれる。
そして目の前には不安と、悲しみに包まれたビクトリアが浮かんでいた。
「レミリア…………」
ビクトリアは友人である始祖を見つめていた。
転送魔法発動まで、後三〇分――――
人間が数多く生きている世界。
その世界では人間以外の生物は異端者と称され、狩られる対象であった。
そんな世界で、今密かに戦争が行われていた。
それは人間と、吸血鬼との戦争であった。
吸血鬼は絶大な力を使い、人間を減らしていった。
当初は吸血鬼の圧勝な雰囲気が出ていたが、それは最初だけであった。
吸血鬼のオリジナルである始祖に噛まれて、吸血鬼になった人間が、復讐のために人間側に数多くついたのだ。
この戦争は密かに行われているために、世間にはまったく知られていない。
吸血鬼になった人間は、「戦争に勝利したら人間のように生活できるように措置をする」という交換条件で人間へと味方についた。
吸血鬼になった人間は、通常の人間とは身体能力が格段と上がり、さらに人間たちが開発した吸血鬼用の武器も装備し、集団なら始祖にも匹敵する強さを持つ。ただし、自分を吸血鬼にした始祖は本能が従順するために攻撃できない。
そして人間側はゆっくりとだが、吸血鬼の数を減らしていった。
大局は既に決まった。
現在は吸血鬼の残党狩りに近い戦いが増えている。
それでも吸血鬼たちは逃げずに戦った。
吸血鬼の誇りと名誉のために、最後の一人とて人間から逃げはしないと。
――――くだらない。
人間が眠り、世界がもっとも静寂に近づいた漆黒の夜。
山奥にひっそりと佇む洋館。
闇に溶け込むような不気味な館の大広間に、何者かの影が数個あった。
その影は豪華に整えられた長テーブルの椅子へと座り、重苦しい空気を放っていた。
「――――さて、今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
その場所で、ゆっくりと喋りだす男。
椅子から立ち上がり、テーブルへと手を置いて全体に届くように喋る。
見た目は二十代後半の紳士風の男。だが、その瞳は鋭く猛禽類の眼をしていた。
「先日、サドーフニコフ卿が人間により亡くなりになった」
その言葉に、部屋はどよめく。
「……この地方の始祖は、残り我々だけになりました」
紳士風の男は冷静に、ゆっくりと全体を落ち着かせるように喋る。
「このままでは徐々に数を減らされ、我々吸血鬼は滅びてしまいます」
その言葉に部屋のざわめきが静まり返る。
「我々には仲間という感覚が無いために、仲間とはくだらない愚かなことだと思っていました。しかし、今はそんな些細なことを言っている場合じゃありません。手を取り合って、人間を滅ぼす時です」
男は高らかに演説のように言う。
その言葉に、部屋の中にはそれに同意するような空気が多く流れる。
――――くだらない。
目の前に居るのは変にプライドだけが高い集団。
私にとって、それは誇りとは何も関係無い。
「……スカーレッド君。何か不本意なのかね?」
男がこちらへと視線を向けている。
男の言葉により、他の視線も自分へと突き刺さる。
「…………いえ、なんでも無いわよ」
この状態で反発したら、何を言われるか判らない。
その言葉に男は静かに微笑む。
「そうですか」
男の視線はそれで自分から離れ、全体へと向ける。しかし、まだ自分から視線が離れないのが幾つかあった。
「…………子供が……」
誰かが呟く。
私はこの集団では最も幼く、地位が低い存在だ。蔑まれて当然である。
それでもこの場では反発できない。
もどかしい。
今までは何度もそんな状況に遭遇しているが、全て何も出来ないまま終わっている。
もどかしい。
この世界は自分の屋敷以外がもどかしい。
「――――皆様。今回集まって頂いたのは、同盟を組んでいただきたいのです。誰かが人間に襲われているのなら、すぐに助けに駆けつけるという簡単な同盟です。……皆様、如何でしょうか?」
男は席に座る全員へと問いかける。
部屋に居る者は誰も言葉を発しない。
拒否するでも、賛成するでもない反応。
「…………何も無いということは、賛成と受け取ってもよろしいでしょうか?」
誰も、何も発しない。
そして私も。
そもそもこの場にそれを反対する者なんて居ない。
公平に意見を取っているかのように見えるが、実質この地域の吸血鬼の首領である、ヴァノフ公爵への異論は誰も唱えられない。
「異論がありませんようなので、今日のところは解散とさせていただきます。また近いうちに召集を行い、我ら同盟の圧倒的な力を見せつけようじゃありません」
嬉しそうにヴァノフは言う。
あの嫌らしい笑い方は、私は好かない。嫌悪感をしか残らない。
誰かが拍手をして、ちらほらとそれに続いて拍手をするのが続く。
くだらない。
自然と拍手が止み、席に座る始祖は各々立ち上がり、部屋を出て行く。
「……ミラーシ卿、ラードゥガ卿。少しよろしいですか? 今後のお話がありますので」
ヴァノフに呼び止れた始祖は立ち止まり、帰路へと向かっていた足を返す。
一人は体格がガッチリとしたいかつい男性。
一人は美しい体のラインをむき出しにした妖艶な女性。
男性はラードゥガ伯爵。女性はミラーシ公爵。共に私とは面識はあまり無く。どういう吸血鬼なのかはあまり知らない。だけど相当の実力を持っていると思う。
さて、このくだらない会談会場から早く離れよう。
「――――レミリア」
突然、自分の名前を呼ばれる。
声がする方へと視線を向けると、そこにはゴシック風の洋服を身に纏う少女がこちらを見ていた。
「あら、ビクトリア、何かしら?」
彼女はビクトリア。もちろん吸血鬼である。
しかし、他の始祖とは大きく違う部分がある。
それは彼女が人間から吸血鬼になった存在なのだ。
その吸血鬼は始祖にとってはただの下僕。使い捨ての駒程度でしかない。
だけどこのビクトリアは違う。
このビクトリアの主人はヴァノフである。
いや主人は、本当は別の始祖である。
詳しいことを聞いていないが、ヴァノフに拾われて、公爵をとても慕っている。
「久しぶりにレミリアの姿を見たから、なんとなく」
「なんとなくねぇ……、貴女判っているの?」
「ん? 何が?」
「……いや、別に」
一応私は始祖なのだが……。
ビクトリアと私は同じような時期に、吸血鬼として生を享けた。
最初の出会いは、この会談に初めて呼ばれた時だ。
そんな面倒な会談に行くなんて嫌だ。と断ったが、「それだったら、異端者として処分する」とヴァノフに言われ、渋々参加した時に出会った。
見た目が私と同じくらいの少女だったが、すぐに始祖じゃないと判り、気にしなかった。
しかし、ビクトリアの方から話しかけてきた。
始祖に気軽に話しかけてくるなんて、なんて奴。と思ったが、ヴァノフの吸血鬼と判り、手を出すわけにもいかず、当初は無視していた。
それでも話しかけられたが、次第にそこまで嫌にはならず、今では気軽に話せる仲になっている。人間の吸血鬼と普通に話す愚か者と周りから言われているが、別に気にしない。
原因のビクトリアはそのことに気づいていないのか、私の姿を見るたびに楽しそうに喋りかけてくる。
「レミリア、もう帰っちゃうの?」
ビクトリアが寂しそうに首を傾げる。
「ここの空気は私には合わないのよ」
一刻も早くこの屋敷から離れたい。
「そう……今度、貴女の屋敷に遊びに行っていい? ヴァノフ様から許可も下りそうなのよ」
ウキウキしたようにビクトリアが私へと顔を近づける。
本当にヴァノフは、なんで人間の吸血鬼にここまでするのだろうか。本当に不思議な始祖だ。
ビクトリアは期待するように私の答えを待っている。
今度……か。
「今度は……あるかしらね……」
「え……? 何を……」
ビクトリアがその不確かな言葉を再度確認しようとするが――
「ビクトリア」
声がした方へと視線を向けると、ヴァノフがビクトリアを手招きしている。
「はい」
駆け足で自分の主の下へと近寄る。
私はその姿を見て、この息苦しい部屋を出た。
他の始祖の姿は屋敷には既に無い。
「お嬢様、お疲れ様です」
館の外には自分を待つメイド姿の少女が一人。
「咲夜、さっさと帰るわよ」
「はい」
我が屋敷のメイド長である十六夜咲夜は素早く自分の横へと続く。
数年前に私が拾って以来、彼女は素晴らしい働きをする。
私に従順し、紅魔館の家事、メイドとして働く妖精の管理、戦闘能力の高さ。全て備えている優秀な子。
「そういえば咲夜、貴女はこの集まりに来るのは初めてだったけど、何かされた?」
「何か襲い掛かってきた者も数名ほど居りましたが、軽くあしらっておきました」
「あら、そう」
咲夜は吸血鬼ではない。純粋な人間である。
彼女を拾った時、吸血鬼になりたいが聞いた。しかし、彼女はそれを断り、人間として吸血鬼の下でメイドとして働いている。
今回の会談へは、お供として初めて咲夜を連れてきた。
吸血鬼の集まりの中に人間が居る。
それはもう、この館に到着した時は全ての始祖や吸血鬼、使い魔や眷属に敵意を剥き出しにされた。
簡単に説明はするが、やはり皆半信半疑のような様子だった。あの息苦しい会談会場へと入った後、やはりと言っていいのか、他の始祖の眷属が襲い掛かってきたようだ。
しかし、咲夜は普通の人間とは明らかに違う身体能力や戦闘技術を持っている。私も少し苦戦したからね。始祖はとにかく、場を弁えず襲い掛かってくる眷属や使い魔程度なら咲夜に敵う者はそうそういない。
それにその程度のことを片付けられないのなら、最初からこの会談には連れてこない。
「咲夜、今日はちょっと頭にきたから帰ったら貴女の紅茶で解消したいわ」
「はい、畏まりました、お嬢様」
笑顔で軽くお辞儀をする私のメイド。
漆黒の夜はまだ長い。
「――――お帰りなさいませ、お嬢様、咲夜さん」
紅魔館の入口には、そこを護る者が一人、二人の帰りを向かえる。
門番――紅美鈴である。
「美鈴、ちゃんと仕事をしていた?」
「もちろんです! 咲夜さん、私はいつも真面目ですよ」
豊満な胸を張って、美鈴が自慢をするように鼻を高くする。
「…………あら、口の横に何かの跡があるわよ」
「えッ! 涎はちゃんと拭いたはず……あ」
「…………」
「…………てへ、ぶはッ!」
舌を出して、頬に人差し指を当てて美鈴にとっては可愛い格好を決めるが、すぐに咲夜の手刀が美鈴の頭部に炸裂した。
「真面目に仕事をしなさい」
「はい…………」
頭を抑えながら美鈴が答える。
このやりとりを見ると、我が家に戻ってきたことを感じる。幾分か、気分がよくなってきた。
「まったく…………さ、お嬢様、参りましょう」
咲夜は美鈴がいつの間にか開けた門へと私を促す。
この平穏を護るため、私はなんでもする。
「まったく、本当に嫌だわ、あの集まり。ただ集まってくだらない話し合いをしているだけで、くだらないったらありゃしないわよ」
テーブルの椅子に腰掛ける友人へと愚痴を零す。
「そんなに嫌なら、行かなければいいのに、レミィ」
古きからの魔法使いの友人、知識と日陰の少女――パチュリー・ノーレッジは静かな言葉で言う。
「……そんなの、できたら最初からやっているわよ。判って言わないでよ、ただの愚痴よ、愚痴」
「こうやって止めないと、貴女はどんどん愚痴を言っていくから限が無いのよ」
愚痴ぐらいいいじゃない。
愚痴るぐらいしか、今は出来ない。
パチェに言われたことは判っている。
嫌なら行かなければいい。至極簡単な答えだ。
だけど、そう簡単には話は進まない。
ヴァノフが関係する会談やパーティーなどには、必ず出席しなければならない。行かなければ「異端者は処分」という掟になるらしい。まったく無茶苦茶な理論だ。
私一人なら何も問題は無い。
だけど、私には紅魔館があるのだ。
私一人の我侭で、紅魔館に居る者を危険には出来ない。
私はこの紅魔館が好きなのだ。
紅魔館に居る者、紅魔館にある物、私が築き上げた、ここが好きなのだ。
だから、私はここを護る。この身に懸けても。
すると紅茶を淹れたティーポットと、ティーカップが二つ乗ったトレーを持った咲夜が現れる。
「お待たせしました」
トレーをテーブルの上に置くと、ティーカップへと紅茶を丁寧に淹れる。
「レミィ、準備は完了したわ」
パチュリーが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
その言葉に、咲夜の手が一瞬止まるがすぐに動き出す。
「明日は丁度満月、予定通り明日には決行できるわよ」
「そう、ありがとう」
静かに私の前に咲夜が紅茶の入ったティーカップを置く。
「……本当にいいのね?」
パチュリーが心配するように、確認の言葉を出す。
「いいわ。それは何度も言ったはずよ」
「吸血鬼の誇りは?」
「…………これは私の誇りよ」
これは気まぐれからなった計画。
ヴァノフの嫌味を毎度のようにパチェにぼやいていたら「それなら、何処か別の場所に行く?」と聞かれ「行けたら行きたいわね」と答えたら「じゃあ行きましょう」という答えになった。
意味が判らなかったので聞き返すと、どうやら最近パチェは新しい魔法を覚えたらしい。それもかなり巨大な。
魔法の内容は、簡単な物質転送魔法と言っている。
ただ、その魔法で紅魔館自体を他の場所に移動させるという巨大な計画だった。
一瞬で異次元を移動して他の場所へと移動するから、海の上も渡れるというらしい。
最初は一瞬、頭の中に吸血鬼の誇りという物が浮かんだ。
しかし、それは私にとってはくだらないことだった。
誇りは大切だ。
だけど、自分の大切な存在を護れない誇りなど、私にとっては不要だ。私は吸血鬼としてはかなり異端なのかもしれない。それでも誇りはある。
私はパチェの計画を実行することにした。
しかし、紅魔館や、そこに居る者全てを転送しないといけないので、パチェは莫大な魔力を必要とする。
そのため暫くの間、パチェは魔力を使わず図書館で本を読んで時間を潰していた。まぁ、あまりいつもと変わらないが。その間に、紅魔館やその敷地、そこに居る者全てに転送用の印を付けた。転送中に入ってきた他の生物などを転送しないための印らしい。
そして、全ての準備を終えて、満月の夜を待っているのが今の状態である。
「……判ったわ。では明日、満月の夜、0時丁度に魔法を発動させるわよ」
「ええ、お願い」
パチュリーはレミリアの答えを聞いて、目の前に置かれたティーカップに手を伸ばし、それを口へと運ぶ。
やっと、この息苦しい土地から離れられる。
「そういえば、どんな場所に移動するの?」
一番の問題を聞いてなかった。
「いい場所がないか魔法で探していたのよ。そうしたら、東の島国で結界が張られている場所を見つけたの。面白そうだからそこにするわ」
「面白そうって……貴女、もう少し調べたら?」
「大丈夫よ。入っていきなり消滅ってことは無いから」
「あったら困るわよ……」
「一応、図書館の方に資料が無いか調べたら見事にあったわよ」
得意げそうにパチュリーは言う。
「その場所には人間と妖怪――まぁ、悪魔みたいな物ね。それが共に生活をしているみたいよ」
その言葉に少し驚く。人間と悪魔は共には生きていけない存在と思っていた。
ますますその場所に興味が沸いてきた。
「へぇ……名前とかあるの? そこ」
「ええ、あるみたいよ。そこの名前は――――」
そしてパチュリーは、その場所の名を言った。
「――――幻想郷」
そして次の日。
空は雲一つ無い綺麗な夜空である。無数の星と満月になった月が紅魔館を照らす。
その紅魔館のほぼ中央に位置する大広間。そこでは複雑な魔方陣と無数の燭台に蒼い炎が灯っていた。
その魔法陣の中央には静かに何かを呟きながら立つ少女――パチュリーが居た。
既に転送魔法の準備に取り掛かっており、魔法発動まで後少しである。
紅魔館に居る者、妖精メイドなどは興味津々にこの部屋を覗いてくるが集中の邪魔になるので一応追い出したが、恐らく部屋の前には居るだろう。そんな気配がする。
しかし、ここまでは全てが旨く進んでいる。怪しいほどに旨く。
最後まで気は抜けない。そのために美鈴はまだ屋敷には入れていない。なんかぼやいていたが別にいいわ。
今のところは邪魔など入らず、順調だ。
このまま進んでくれればいいのだが。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
咲夜が一抹の不安を持つ私へと喋りかける。顔に出ていたのかな。
「別に、なんでも無いわよ」
「はい」
今この部屋に居るのは、魔法陣の中央に居るパチュリー、それを補佐する彼女の使い魔の小悪魔、そしてレミリアと咲夜。
そしてそこに居る者は『ソレ』に気づいた。
「――――ッ!」
魔法に集中して動けないパチュリー以外、三人は大広間の天井――いや、肉眼では確認できない、天井よりも遥か上空へと意識は移動していた。
『ソレ』は何か天井が邪魔して肉眼では確認できない。
しかし、唯一判ることがある。
――――危険、と。
そう思った瞬間、無数の黒い光の槍が紅魔館を貫いた。
「――――え!?」
そして大広間に居る者以外にも『ソレ』に気づいた者が居た。
門番である美鈴である。
紅魔館の上空に、何か巨大な力を感じる。
目線を『ソレ』へとやる。
そこには二つの影が浮かんでいた。
そしてその二つの影の内、片方の影から無数の黒い光の槍が紅魔館へと降り注いだ。
「そんなッ!」
突然の来襲により美鈴の集中は一瞬『ソレ』へと逸れた。
自分の主であるお嬢様、そして大切な友人であるメイド長、ちょっと怖いけど優しい魔法使い、紅魔館に居る者の身を案じた。
しかし、その心配で一瞬警戒心が解けた。
胸に一瞬の軽い衝撃。
「え…………?」
一瞬何が起きたか判断に遅れた。
ゆっくりと自分の視線を降ろしていく。
いつもなら自分の胸が見えるはず。
しかし、そこにあったのは胸から飛び出ている細長い手が一つ。
そこからは鮮やかな血がゆっくりと流れ落ちる。
「あ……え……?」
その手を触ろうと震える自分の手を動かす。
だがその胸を貫く手は生々しい音を立てて自分の中へと戻っていった。
瞬間、支えを失ったかのように体は正面へと倒れこむ。
ぽっかりと開いた胸の穴からは、鮮やかな真っ赤な血が止め処なく流れ出る。
「はい、残念」
薄れ行く意識の中で、その声は聞こえた。
なんとかその方へと顔を向けようとするが、体が言うことを聞かない。
「ダメよ、門番は門をちゃんと護らないと」
大人びた女性の声。
ゆっくりと顔をその声がする方へと向ける。
「もうちょっと楽しませてくれると思ったのに、ちょっと残念。あた後でね」
顔はこれ以上向けられない。動かない。
ぼやける瞳を声がする方へと向ける。
「他は楽しませてくれるかしら?」
視界が掠れて、その声の主はよく判らない。
「さぁ、アンタたち、雑魚は好きにしなさい。ただし強い奴は私によこしなさいよ」
周辺に、無数の気配が突然現れた。
意識が薄れる中、美鈴は最後に言葉を聞いた。
「裏切り者狩りよ」
紅魔館の上空に突然現れた『ソレ』の無作為攻撃により、大広間を中心に降り注いだ無数の黒い光の槍。
レミリアはパチュリーと小悪魔、魔法陣に落ちる槍と屋敷の破片を全て叩き落す。自分に落ちてきた槍は咲夜が打ち落とした。
それと同時に屋敷内から無数の爆音と悲鳴。
「お嬢様、パチュリー様! ご無事ですか!?」
「当たり前じゃない」
心配する咲夜を他所に、レミリアは状況を判断する。
パチュリーは集中して魔法を唱え続ける。
貫かれた天井にはぽっかりと月が見える穴が開いていた。
そしてそこには満月を背にする二つの影。
先ほどの黒い槍はあの影だろう。
そして正門にも巨大な気配と無数の小さな気配を感じる。
気づかれたか……。
「咲夜、貴女は正門へ行ってそっちの敵を迎撃」
「はい」
すぐさまその命令に従った咲夜はその場から忽然と消えた。
「小悪魔」
「は……はい」
腰を抜かしている使い魔へと声を掛ける。
「貴女は屋敷の妖精たちを避難させなさい」
「え……でも、パチュリー様が……」
「いいから、早くしなさい」
怒気を込めて小悪魔へと喋る。
「は、はいッ!」
その言葉に脅えるように小悪魔は大広間の外へと向かう。
それを確認すると、レミリアはゆっくりと友人であり、集中しているパチュリーへと顔を向ける。
「大丈夫、すぐに終わるから集中していてね」
その言葉が届いたか判らない。
だけど、私は目の前の敵を撃つ。
レミリアは目標に向かって屋敷の床を蹴った。
小悪魔は自分が情けないと思った。
大広間から飛び出て、妖精たちを誘導して素早く自分の主の下へ戻ろうと思っていた。
しかし、大広間を一歩出てみると簡単には行かなかった。
「う…………あぁぁぁ……」
「しっかりして!」
目の前には片腕が吹き飛び、倒れている妖精メイドと、どうすればいいか判らず呼びかけている別の妖精メイド。
「痛い……助けて……痛いよ……」
下半身が既に無く、上半身を引きずるように誰かに助けを求める妖精メイド。
黒い槍に貫かれたのだろう。
この光景を目の当たりにして、小悪魔は一歩も動けなかった。
怖い。
またあの槍が落ちてきたらどうしよう。
妖精は死にはしない。
死ぬことはあるのだが、また同じような姿で復活するため、妖精は一種の不死である。
今苦しんでいる彼女たちも、すぐに同じような姿で復活する。
しかし、私は妖精ではない。
下級悪魔は不死ではない。致命傷になれば死んでしまう。
死ぬのは怖い。
その恐怖が体を硬直させる。
その時、足を誰かに掴まれる。
「ヒッ!」
驚き、その掴まれた足を見る。
そこには頭が右半分無くなっている妖精メイドが居た。
「小……魔……さ、ま……たす…………て……」
妖精メイドは必死に小悪魔に助けを求めていた。
いつもドジばかりしていて、あまり役にたっていない私へと助けを求めてきたのだ。
すると頭の中に魔法陣の中に入る前の主の言葉を思い出した。
『――小悪魔、貴女は私の補佐なのだから、緊急の事態……例えば非常事態がもし起きたら、すぐにレミィに従って、自分の役割を手早く終えたら、一刻も早く戻りなさい。私が喘息を出したら貴女が私を補佐するのよ。頼りにしているわよ』
こんなところで止まっているわけには行かない。
自分のやるべきことをやらなければ。
「……皆、聞いて!」
小悪魔が叫ぶ。
「無事な妖精は負傷した妖精を連れて地下へ! 急いで!」
その言葉に戸惑っていた妖精は自分の役割を持ったことで一瞬戸惑うが素早く動き出した。
小悪魔は自分を頼った負傷した妖精を持ち上げる。
一刻も早く自分の主の下に戻るため。
世界の時は止まる。
周りの全ての時は止まっていた。
咲夜はその不気味に止まった空間を駆け抜けた。
これが彼女の能力――時間を操る能力である。
一刻も早く正門の敵を迎撃するために使った。
そして、紅魔館の外へと出る。
すると目の前にはこちらに向かってくる体勢で止まっている、黒い人型の物。
眼を凝らしてよく見ると、それは中央に光る何かを中心に黒い蝙蝠が人の形を保っているのだ。
先行集団は五つ。
咲夜は素早く隠し持っていた銀のナイフを取り出し、その黒い人型へと投げる。
しかし、ナイフは咲夜の手を離れ、一瞬進むとすぐに止まってしまう。
自分の手から離れた物はすぐに周りの状態と一緒になってしまう。
それでも十二分に奇襲となる。
そして、咲夜は止めた時間を動かした。
空中に止まっていた銀のナイフはこちらに向かってくる黒い人型へと一直線に向かっていく。
突然の出来事に、理解する間もなく、人型の中央に光る、それへと銀のナイフは当たった。
五つの人型は奇声を上げてボロボロと崩れていく。
人型が居た場所には蝙蝠の死骸が無数に散らばる。
その死んだ人型の後方に居た他の人型は、その突然の出来事に足を止める。
咲夜はさらに銀のナイフを持ち、構える。
「あーららららー」
緊迫したこの場には似つかわしくない声。
その声に反応するように人形が横へと移動し、一本の道が出来た。
「何か面白そうなのが居るわね」
その中央に現れた女性。
体の線がとても細く、妖艶な笑みを浮かべる女性。
「あら、貴女はたしかスカーレットの人間。面白いのに会えたわね、貴女強いかしら?」
女性は緊張感が無い感じでへらへらと笑う。
「人間は強いのかしら? 私は見たことが無いけどね、強い人間なんて」
相手を小莫迦にするような態度。
「ここの門番はどうしたの……?」
ここに居るということは、正門を突破したのだ。私の考えが当たらないで欲しい。
「ああ、あの子? 一発で終わっちゃったから全然つまらなかったわよ」
「なんですって……」
「私の右手で胸を貫いたら簡単に死んじゃってつまらなかった――おっと」
反射的に手に持ったナイフを目の前の女性へと投げるが、簡単に避けられる。
「ちょっと、失礼じゃないの、いきなり」
目の前の女が怒り出す。
だが、咲夜はその女へと殺意をむき出しにする。
「あらら、そんな怒っちゃって。つまらない女ねぇ……」
すると女は背を向ける。
「私の名前はミラーシ。公爵よ。誇り高き吸血鬼の始祖であり、蝙蝠を愛する女。貴女はこの名前を覚えていなさい。地獄でその名を広めるためにね」
言い終わると、周りに待機していた人型が咲夜へと一斉に襲い掛かった。
レミリアは紅魔館の上空へと向かって飛んでいた。
視界の先には私の大切な存在を傷つける敵が居た。
しかし、先ほどの攻撃で相手は誰か判っていた。
「――――おやおや、あの一撃で逝ってくれれば楽でしたのに」
そこには苦笑する男――ヴァノフ公爵がこちらを見下ろしていた。
「レミリア……」
そしてその脇に浮かぶ、ゴシック風の洋服を着る、数少ない私の友人、ビクトリア。
「ヴァノフ卿、いきなり奇襲とはどういうつもり?」
満月を背にしているヴァノフへと余裕を見せるように喋る。
その言葉にクツクツとヴァノフは静かに笑う。
「どういうつもり? それは君が一番判っているのではないのかね?」
やはり、気づかれていたか……。
「いつから気づいていたのかしら?」
「最近だよ……本当にこのまま気づかないところでしたよ。最近ここの魔法使いの魔力が増大していることに気づきましてね。怪しんでみたら、今日のように巨大な魔法の反応があったので現在に至りますよ」
旨くはいかないか……。
「まもなく、他の始祖も貴女を狩るためにやってきますよ……」
「――――裏切り者として、貴女をね」
ヴァノフはゴミを見るような瞳でこちらを見下す。
恐らく、正門に居るのは始祖の一人だろう。
現在確認できるのは始祖二人とビクトリア、吸血鬼が一人。これだけならなんとか魔法発動まで時間が稼げるかもしれない。だが、その前に他の始祖が来たらかなり危険な状態になる。
それならば、素早くこの戦闘を終わらした方が得策だ。
「御託はいいかしら? こっちは時間が無いからね」
先手必勝、一撃で吹き飛ばしてやろう。
しかし、ヴァノフとレミリアの間に割って入る存在が居た。
「ビクトリア……」
ビクトリアが、悲しむような眼でこちらを見下ろしていた。
「スカーレット君、君の相手は私じゃない、この子だ」
何を言っているの? 始祖である私と、人間の吸血鬼であるビクトリアが一対一で勝てるわけ無いじゃない。
「おや、その顔ではこの子が勝てないと思っているのかね?」
「当たり前じゃない」
クツクツと嫌らしい笑みを零すヴァノフ。
「それでは、常識が覆される瞬間を君に一番に見せてやろう」
絶対と言えるほどの自信。その異常なまでの自信に自分の中に不安が生まれる。
そして目の前には不安と、悲しみに包まれたビクトリアが浮かんでいた。
「レミリア…………」
ビクトリアは友人である始祖を見つめていた。
転送魔法発動まで、後三〇分――――
吸血鬼になりたいか聞いた。
>判って言わないでよ
判ってて言わないでよ
>あた後でね
また後でね