Coolier - 新生・東方創想話

空に咲く華 後編

2007/12/24 08:03:37
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 四、雪原狂想曲





 どこぞの巫女では無いが、暇なのである。どこがどう暇、と言われても難しい。妖怪である身だ。暇など寝て起き
て花を愛でてあちら此方を飛び回って、また落ち着いて寝て起きて。それを暇と称すなれば、きっと壮絶なるまでに
暇なのだろう。何を欲し何を求め何に生きるかなど答えはない。ただ出来れば、たった一時でも、楽しい時間を過ご
してみたいと、そう思うのである。何が楽しかったか。四季折々の花を愛でる時間は楽しい。妖怪を苛める時間は楽
しい。しかし、それでは足らないと思う。そして何より、近頃は不愉快でならない。

 「枯れ木に花を~さかせましょ~」

 日傘を振るう。強制的に芽吹かせて、その寒さに耐えられなくなって、やがて散る。しかしそんな間など、根から
刈り取らぬ限りは、木の生命の須臾に過ぎない。実に物悲しい時期であると、そう実感はするが、何の問題もない。
どうせ来年も咲くのだ。

 「……聞いているのか、風見幽香殿」
 「聞いているわよ。聞いているわ。博麗の巫女とお茶会でしょう」
 「まぁ、似たようなものだが」

 何も無い雪原に一つ佇む桜の木の下に、妖怪が二。風見幽香と、上白沢慧音である。銀世界のど真ん中にはそこら
中に桜色が散りばめられており、異様さが漂っている。幽香が咲かせは散らせ咲かせは散らせとした結果である。

 「……いいのか、花好きがこんな事をして」

 「強い木なのよ。妖気も溜まっているし。冥界の奴ほどじゃあないけど。少し毒気を抜かないとね、周りの花が来
年咲かないの。解る?」

 「なるほど。考えてはいるのだな」
 「普段はしないけれどね、暇なのよ、すっごく。だからいいわ、付き合ってあげても」
 「そうか。では、私はこれで」
 「ちょっと。そんなに早く帰る必要はないんじゃないかしら」
 「――と、いうと」
 「暇潰しくらい、付き合ってくれたっていいと思わない、半獣」

 日傘が開き、チェックのスカートが妖気に揺らめく。上白沢慧音に走るのは戦慄。こんなもの、冗談でも相手など
出来はしない。博麗の巫女の手前引き受けはしたが、内心やはり恐れはあった。普段は大人しく、落ち着きのある女
性にも見えるが……風見幽香の本質はもっとえげつない。確かに、紳士的に接していれば問題なかろう。ただ、気紛
れである。怒らせなどしたら幾ら半獣の身とて一溜まりも無い。

 「冗談で済ませてくれると、嬉しいのだがな」
 「貴女こそ冗談はよしてよ。こんな不機嫌な時に話し掛けておいて、ただで帰れる訳ないじゃない」
 「……吸血鬼の件か」

 「突然現れて好き勝手して、そのお陰であちら此方で妖怪妖精が消えては生まれ皆紅に染まって行くの。妖気に敏
感なモノからすると、不愉快極まるわ。そんなに暴れたら、幻想郷の力が混乱して、時期通りに花が咲かない」

 「つまり、八つ当たりしたいと」
 「やぁね。遊びたいだけよ」

 くるりと、幽香が振り向く。正直な話、不機嫌な幽香は巷の吸血鬼より性質が悪そうだ。何とか抑える術はないも
のかと考える。歴史を消すか、とも考えたが、歴史を消してしまっては博麗の巫女からの使命ごと消去してしまう事
となる。今までの数分を消す……それでは困る。なれば。

 「……」

 今ここに居る。という己の歴史を消す。当然、目の前には居る。

 「……私様に、通用するとでも?」

 ……大妖怪クラスには、どうにもこうにも、通じはしないらしい。しかし、幽香は興醒めしたらしく、妖気を収め
て慧音に背を向けた。巧くはいかなかったが、現状回避は出来たようである。

 「では、よろしく頼むぞ、風見幽香殿」
 「はいはい、ちゃっちゃとどっか行きなさいよ。次話し掛けたら消し炭すら消すほど消し飛ばすわ」
 「……」

 触らぬ神に祟りなし。慧音は早々に退く。

 ……。

 風見幽香は、目の前の大木を見据え、何をするでもなく、呆とする。雪の地に咲き乱れる桜の木の下に佇む美少女
とは、かくも絵になるのであろう。可憐かどうかは別にして、それは息を呑むまでに美しい。そう、今はまず、これ
で我慢する。自意識過剰でも何でも良い。ただ居るだけなど嫌なのだ。それだったら消えてしまった方が幾分も楽で
ある。優雅に遊惰に強く物々しくあるからこその、大妖怪。

 眺め、佇む。日が昇り、降り、夜になるまで。この暇を潰してくれる者の登場を願い、風見幽香はそこに居る。


 ――――そんなに暇なら、相手してやろうか、醜女。


 「くくっ……ふふ、あはははっ」

 久々にカチンと来た。いい、それでいい。それを望んでいた。そんな罵詈雑言、久々に聞く。最後に聞いたのは何
時であったか。先代の巫女か、先々代の巫女か、先々々代の巫女か。いや、いつ聞いたかなど、誰から聞いたかなど
あまり問題ではない。今こうして、まさに、さいっこうの暇と不愉快を抱えたところにこの一発。実に効く。実に満
足が行く煽り。これを受けずして何が妖怪だ。待っていた待っていた。向こうから自分を手名付ける為に現れるであ
ろう事など予測していた。愚か者である、度し難いほどの愚か者である。そんな愚か者を待っていた。

 「言うわねぇ、クソゴミカスチビが」
 「おお、恐い。笑顔で悪口って言えるんだな」

 「さぁさぁさぁさぁ、始めましょう始めましょう。いいわいいわ、幾らでも受けてたつ。本当に暇で不愉快で仕方
がなかったのよ。全力を出さないなんてチャチな事言わないわ。貴女を霧散させるその時まで全身全霊をもってして
相手してあげる。ああ、何時以来かしら何時以来かしら」

 「はン。まるで男に餓えた未亡人のようだ」
 「良い悪口を知っているのね。まぁいいわ。私にも未亡人にも泣いて謝らせるから」
 「……? お前、この私が恐ろしくはないのか?」
 「あっっはははッ!! 恐ろしい? 恐ろしいですって? この私が? 面白すぎて腹筋が壊れるわ」
 「――狂っているのか、はたまたそれこそがお前なのか」
 「御託はいいから、ほら、離れないと」

 ――、一撃で沈むわよ?

 紅い悪魔の超反射神経が、足元から沸きあがった蔦の鞭を、空に舞い上がりかわす。息を飲む。唾を飲む。なんだ
コイツはと、レミリア・スカーレットに衝撃と戦慄が駆け抜ける。大妖怪など名前だけ、そうタカを括っていた事を、
多少後悔しそうになる。まさかのまさか、亜音速で飛び出した蔦はレミリアの片腕を一撃で吹き飛ばした。かわした
筈などと思い込んでいること自体が最早負けである。その傷はあり、否定出来ないほどに痛いのである。

 「ぐっ」
 「塵屑。さっさと動かないとその心臓、杭で射抜くわよ」
 「セッカチな女だ」

 「さぁさぁ教えてさしあげるわ。幻想郷最強の力を。貴女が体感した事のない幻想を。木端じゃあとても味わえな
いであろう、闘争を」

 「――!?」

 冬の桜を背にした女が空へと舞い上がる。その今にもはちきれんばかりの笑みには、吸血鬼真っ青の邪悪さが広が
っている。ざぁという風の音。雪の生えた草原。フツフツと湧き上がる、焦燥と”弾幕”。白が割れて花が咲き、ま
た枯れては咲き誇る。

 大妖怪。

 誰がそう呼び始めたかはしらない。膨大な力が、それを流布するのか。理論や論理や理屈なんて到底通じる相手で
は無い事は、確かである。長く生き、野心を失い、枯れ果てて尚人と妖を畏怖させ魅了する、まさに幻想力そのもの
の権化。風見幽香はそれが最も近い。そして時期が悪い。花は少なく吸血鬼が暴れてしかも暇。不愉快三重苦は、幽
香に多大なるストレスを与えている。

 幻想郷を統べるには、妖怪を取り込む事こそが一番。人間など後でも良い。自分は吸血鬼なのだから、領地を拡大
して領民を得る事が正しい。それは野心でもあるし、本能でもある。それに従い、自分は動いてきた。幻想郷に入り、
東欧を恐怖のどん底に陥れたように、この地でもそうするだけ。

 妖怪がなんだというのか。自分は種族吸血鬼。世界の童話民話で恐れられる、もっとも幻想に近しいバケモノ。そ
れに敵う妖怪など、ありはしない。あってはいけない。あったなら倒さねばならない。思い込み、立ち向かい――そ
して己を哀れんだ。

 ――これに勝てというのだろうか。

 白に赤が芽生え、夜空に緑の星が瞬いた。可愛らしい花を模った弾は、形だけ。放つ妖気はそれだけで人など殺害
しよう。右翼に二千、左翼に二千、中央には、風見幽香が、日傘を構えて、頬を吊り上げ、笑っている。

 (まずいまずいまずいまずいまずいまずい……!!!)

 自己修復、魔力の再生成。しかし、幽香はそれを待ってはくれない。力に共鳴した桜が発光する。花びらは舞い上
がり、妖気をもって弾となる。フツフツと白い地面から湧き上がるその様は異様で、この様相だけを見せたのなら、
ある者は反魂の姫と見間違うであろう。

 瞬間の静止、とともに規律正しく幾何学模様を描いた”弾幕”がレミリアを襲う。左右から襲い掛かる赤と緑。距
離感を惑わされるが、その程度で怯むレミリアでもない。大きく遅い弾のギリギリを抜け、小さく速い弾を自らの紅
弾で相殺させながら、まるで掘削作業の如く幽香へと接近する。

 初めてみる攻撃であった。まるで何処か決められた動きがあるような、かわす為に存在するような攻撃。レミリア
の重ねてきた戦闘において、そんな物は存在しない。無駄は無く、常に一撃を殺害の全てに注ぐ必殺。これでは力の
無駄使い。確かに見ていて美しくはあるのだが、恐ろしくは無いのである。

 「なんだこれは、児戯か?」
 「あら、そんな簡単に殺して欲しいの? じゃあいいわ」

 幽香の右手が動くと同時に、静止していた桜弾がレミリアを狙い襲い掛かる。しかし、狙っているからこそ避けや
すかろう。そう考えて動く。取りこぼしを腕で跳ね除け、力の薄い弾は障壁にてこれを無視する。

 「これで吸血鬼を殺せると? 馬鹿も休み休みやれ」
 「だぁからぁ」

 ――咄嗟の殺気。振り向いた先には、弾き飛ばしたはずの桜弾。目を見開いた頃には遅い。

 「ぐぅぅぅぅうッッッ!!」
 「後ろも気をつけなさいよ」

 一度放った弾が戻って来る。予想などするはずも無い。そんな戦闘、した事が無いのである。風見幽香にどのよう
な意図があるかなど解らなかったが、こんなトリッキーな戦い、慣れようにも時間が掛かる。

 「ほらほら、次次。最強吸血鬼はどこいったのかしら」
 「ばっかにしやがって――」

 焦げ付いた背中を払い、幽香を睨みつける。こんな、まるで遊びでもしているかのような女郎に負けてなるものか。
自分は幻想郷を支配しに来たのだ。遊んでいる訳ではない。己が野望を、戯れに往なされてなど溜まるものか。

 (――くそっ、近づけないっ!!)

 超高速度での接近攻撃を試みるが、幾層にも連ねられた弾幕の壁がこれを阻む。桜を背にした幽香はまるで要塞で
あり、単騎で挑むには分が悪すぎる。だが、レミリアは弾幕の概念など知ったことではない。己の力をわざわざ見え
るように変化させ隊列を組ませ整列させ数段階に分けて攻撃するなど、まるで冗談か何かだ。

 それに元より、レミリアは遠距離戦を得意としては居ない。吸血鬼であるのだ。類稀なる腕力で敵を揉み潰し、鋭
い詰めで八つ裂きにし、尖った牙で噛み殺す。これこそが戦闘、これこそが闘争である。避けてくださいと言わんば
かりに力をひけらかしたものを、殺し合いとは呼ばない。

 ――しかしながら、それでも近づけない自分は何なのかと考える。非常に、非常に不愉快であった。

 「あっっっっったま来たぞ貴様!!!」
 「私はとっくにキレてるわよ。怒ったのなら、さっさときなさい」
 「チィッ!!」

 度重なる挑発に、とうとう怒り心頭したレミリアが力む。襲い掛かる桜弾を全く避けようともせず、一閃で薙ぎ払
い幽香へと反射させる。

 「そうそう」
 「五月蝿い喋るな年増」
 「――ハッ」

 ギチリ、と空気に罅が入る。どうせお前も若作りだろうが、という言葉を空気だけで返す。妖怪に年齢など今更に
も程があるが、幽香はそれが思いっきり気に入らないらしい。

 「刺し潰す」

 大質量の魔力集束。歪んだ空間に一つの槍。ギリギリと音を立てて鳴る腕で、その物体を掴まえる。罵詈雑言だけ
では許されない。弄ばれただけで許してなるものか。怒りだけに任せたそれは、神の槍というにはあまりにも、禍々
しい。

 「なかなかじゃない」
 「本気を出していなかっただけだ。この神槍が貴様の心の臓腑を抉るぞ。覚悟しろ」
 「はいはい。いらっしゃいな」
 「――」

 幻想郷に蔓延する第六要素をかき集め貪り食う。眼前に展開する少女の要塞を破壊せんとする怒りが力に転換され
て行く。生成、生成、生成、生成。凝縮に凝縮を重ね、掬い上げたそれを全て、己の障壁へと還元する。近づけない
ではない。近づく気がなかっただけ。突破しようと思ったなら、容易いのである。所詮力を散乱させただけの、見目
麗しい弾なだけ。それ一つ一つに強い殺傷能力はない。だったら潜り抜ければ良い。

 「いーーーーーーくぞおぉぉぉぉぉッッッ!!!」

 夜空に紅が舞う。次に現れたのは、闇を支配する一筋の光線であった。

 「――――――綺麗――――――」

 博麗霊夢は、見たまま思った事を口にした。今までこんなもの、見たことがない。夜空に瞬く星々より尚明るく瞬
く弾幕の嵐。揺れ蠢く紅い光に舞い散る桜色のオブジェ。それは流れては消え流れては消え、大きくなり小さくなり、
その美しさたるや否や、人間の理解を半ば超越している。まるで現実感がない。

 「なんて綺麗なのかしら……」

 花火だってこうは行かない。こんな、幾層にも絢爛豪華に飾れる花火など存在しない。霊夢自身、これが妖怪の戦
闘であるなどとは、本人達が目に入るまで気がつきもしなかった。何がなにやら解らないままにこの雪原へと放り投
げられたその怒りはあったが、目の前に飛び込んだ映像にて全てが感謝へと転換したのである。

 「綺麗……」

 他に言葉が思いつかない。賛美する言葉がこれしかない。語彙の少なさが頭に来る。しかしそれを後悔する事など
後でも出来る。今は、この時しかない。

 「ぶっっっ殺す!!!」

 ……紅い獣が、形振り構わずフラワーマスターへと突撃する。最初はなんと愚かかと見ていた風見幽香だったが、
それも束の間。弾幕が通用していない。筆舌に難い突進能力は要塞をいとも容易く打ち破り、とうとう二メートルと
離れない距離にまで到達した。幽香が不味いと思い構えた先にグングニルの横薙ぎの一撃。日傘がへし折れ、幽香も
同時に空へと投げ出される。

 「くっ!」
 「まだっ」

 折角詰めた距離、そうそう離す手はない。幽香が弾かれると同時に弾が消え去った事を良しとした吸血鬼が勢いに
任せてそれをぶん投げる。人間には到底反応出来ない速度で放たれたそれだったが、幽香は勿論人間などではない。
咄嗟の結界がグングニルの行く手を阻む。

 「つらぬけぇぇぇッッ!!」
 「通すものかよっ!!!」

 紅が白を食い破る。紫電が走り、亀裂が生じた次の瞬間には結界を突破される。

 「ちぃぃぃッッ!! 小娘がっ!!」
 「まだ征くっ!!」

 ――空に紅い華が咲いた。見様見真似。荒さも稚拙さも目立つ血色の弾幕。まるで夜空を穿った先が赤い世界であ
るかのようである。

 博麗霊夢はこの光景に息を呑む。風見幽香とは違う、夥しい数の光に酔いしれる。きっと近くによれたならば、も
っともっと鮮明な絵画がその脳裏に焼き付けられる。足が進む。空を見上げたまま、周りを気にせずその先へと向か
おうとする。だが、届かない。透明な壁が結界だと気がつくまで数秒もかかった。ここでやっと、自分がこの場所へ、
傍観者として呼び寄せられたのだと、理解させられる。

 (はがゆいわね……)

 この妖怪の宴を目撃出来た事が、誰の所為で誰のお陰なのかなど知らない。あの紅い華を咲かせる人物こそ、自分
の怨敵であると解っていて尚手を出せないむず痒さ。近くに寄って想像を絶する美しさを体感出来ないもどかしさ。
そんな焦燥感を与えた何者かに対する怒りと感謝が乱反射する。

 「小癪な!! 小癪な小癪な小癪な小癪なぁぁぁッッ!!!」

 増える紅。増す紅。飛び交う紅に消え去る紅。障壁も力場も作り上げている暇がない幽香は、大絶叫と共にこの紅
弾を素手で弾き飛ばす。痛い。あまりにも痛い。驚く程に痛覚が刺激される。気が触れそうな程捌いて捌いてその先
に見えてくるものは、壮絶なるまでの憎悪と快楽であった。

 これほどまで全力でやりあった事など久しぶりだ。強い、思いの他強い、存外に強い、意外な程強い、べらぼうに
強い。兎に角、何がなんだか解らない程に強い。そう、こんな相手。こんな刹那の暇を潰してくれる相手が欲しかっ
たのだ。空虚な妖怪の心を埋めてくれる存在。憎くて可笑しくて愛しい、そんな相手。

 「ハハッ」
 「な、なんだこいつ」

 思わず笑った。殺し合っている事が馬鹿らしくなる強さを秘めた相手が面白くて可笑しくて、溜まらず顔に出た。
これならば良い。これで良い。こっからが本番だ。もう手加減などどっかにうっちゃって、全て見せ付けてやる。

 「はぁ……ふぅ……」
 「凌ぎきったか……大した化け物だな貴様も」
 「まねっこにしちゃあ上出来よ、アンタも」
 「……」

 「さぁ、夜は短いわよ。時間は有限らしいのよ。特にアンタにとっては。本当ならもっともっと遊んでいたかった
けれどね、少し舐めすぎていたわ。あんまり戦い続けると、本当に持ちそうにないもの」

 「前後がむちゃくちゃだ。私を憂いているのか、貴様が疲れてるのか」
 「両方よ。決着をつけましょう。どっちが幻想郷最強か」
 「ああ構わんさ。いいぞ、最強な。まるで馬鹿みたいな言葉だが、いいぞ」
 「いいじゃない。強いのがすきなのよ。振りかざして苛めるのが好きなのよ」
 「本当に性質が悪いな……」
 「さぁ、構えなさいッ」

 ほんの刹那で良い。たった一瞬で良い。力と力がぶつかり合うそれが見たい。そしてどちらに軍配があがるか、風
見幽香は是非とも己が参加して、己が目で確かめたかった。

 双方が上空で離れて行く。レミリアの手にはグングニルが還り、幽香の手にも弾き飛ばされ折れ曲がった日傘が還
る。日の光を失って久しい冬の草原は、妖気も魔力も相俟って見る見るうちに気温を下げて行く。下方でそれを見守
っている霊夢もその対象である事に例外は無く、薄着ではとても辛い。辛い、辛いがしかし、見逃せない。この愚か
で美しい宴の終焉を観ずして、引き返せなどしないし、元より結界に阻まれて引き返せもしないのだ。

 「この神槍、必ずや貴様の臓腑を穿とうぞ」
 「この閃光、必ずやアンタのドたまをぶち抜くわよ」

 口上が述べられると同時に桜が枯れて行き、その力全てが幽香へと流れる。それを忌々しげに見つめるレミリアも
また負けじと要素を取り込み魔力へと変換して行く。

 ――神槍
 ――花鳥風月

 もう、止まらない。


 「スピア・ザ・グングニル!!!」
 「嘯・風・弄・月!!」


 幽香の翳した両の手から放たれる、大質量大熱量の、馬鹿げているとしか言いようの無い閃光と、レミリアが練り
上げた力をそのまま射出したようなグングニルが、上空にて衝突した。まるで相手など狙っていない。力と力をぶつ
け合うだけで至極はた迷惑な争い。双方相手を押しやらんとして鬩ぎあう。

 これが何を意味するかなど、傍観者たる博麗霊夢は今一解らなかった。妖怪とは無駄な事をして生きるのだと、何
処かで聞いた覚えはあったが、それを理解する事はやはり、人の身では難しい。しかし、一つだけ解った事はある。

 「さっさといねぇぇぇぇいッ!!」
 「だぁぁぁぁぁれが負けるか年増あぁぁぁあッッ!!!」

 その膨大な妖気と魔力が衝突するこの戦は、心酔するほどに美しいのだと。弾けては飛び回り砕けては消えて行く、
須臾の間の幻想。本気の妖怪同士が己こそが最強であると主張する愚劣な戦闘の過程。これが今日しか、今しか観れ
ないなどと、そんなものは悲しすぎる。

 「……そう、か」

 果して誰の所為で誰のお陰だったか。こんな辺鄙な場所に飛ばされて、この戦を見せられた理由。これを伝えたか
ったその人物はきっと、言葉など要らないと、そう言いたかったに違いない。言葉では説明出来ない何かを、疑似体
験したからこそ及ぶ発想。そんなインスピレーションを、この博麗霊夢に与えたかったのだ。

 『さ、帰りましょ』

 「ん?」

 映像が途切れる。ストン、と隙間の中へと落ちる。毎度毎度、本当に、いい加減にして欲しい。いつかきっとこれ
やりやがった奴を見つけたなら、ボッコボコにしてやる。

 「嗚呼もうなんなのよ――――!!」

 博麗霊夢はそう誓い、溜息と共に奈落の底へと沈んでいった。

                              ・
                              ・
                              ・
                              ・
                              ・

 ――博麗霊夢が目を醒ましたのは、普段と変わらぬ我が家の自室の布団の上。さっぱり現状が把握出来ず、辺りを
挙動不審気味に見回すが、気がつく変化はない。いつも通りの、机と箪笥しかない殺風景な部屋である。頭を掻き、
布団から這い出し、今までの事が夢か現か判別しかねる事態に困惑する。体を弄ると着の身着のまま。寝巻きも着て
いない事から、夢ではないと否定する。お酒を飲んだのならまだしも、普段節操がなさそうに見える霊夢も自分の身
の回りはキッチリとしているつもりだ。巫女服のまま寝るなどありえない。

 襖を開き、廊下へと出る。外は日が照り、状況から推測するに、あれから朝になるまで寝ていた事実を導き出すが
勿論推測の域は出ない。そのまま玄関を出て空を見上げる。何時もと変わりの無い、青い空がそこにはあった。

 「納得いかないけど……兎も角、綺麗だったわねぇ」

 夢か現かは兎も角として、自分が目撃した映像は、間違いなく、生きている間でもっとも美しい光景であった。目
を瞑れば鮮明に描き出せるその記憶は、まず暫く離れる事はないだろう。風見幽香と紅い吸血鬼。大妖怪同士の戦闘
とは、まさに人間業を越えている。

 空間が唸りをあげるほどの妖気の放出。空気が凍えるほどの魔力の流動。空に咲き誇る花々は、忘れろと言われて
も難しい。

 「そうだ……」

 思い立つと一端家に引き返し、外出の準備を始める。作りおきしておいた煮物を容器に詰め、大きめの握り飯をこ
さえて、身支度を整えて。楽しみにとっておいたお茶菓子を包んで、いざ外へ。日の高さからしてもう昼も近い頃。
霊夢は浮かれた表情で霧雨家へと向かった。

 「こんにちは」
 「お、おぉ、博麗さん」
 「お見舞いに来たわ」
 「そうかそうか。実はな、昨日の夜からすっかり魔理沙の調子が良くなって」
 「……ほぅ」
 「ささ、あがってあがって」
 「おじゃまするわね」

 昨日とは打って変ってニコヤカな霧雨の店主に通される。娘を心配するあまり険しくなっていた表情など欠片もの
こってはいない。金持ちらしい長い廊下の一番端の部屋に入ると、そこには霧雨の店主以上に笑顔の魔理沙が本を読
みながら、布団の上で待っていた。

 「やっ」
 「霊夢じゃないか。へへ。元気になったぜ」
 「うんうん。よかったよかった。ところで、何を読んでるの?」

 魔理沙の手元にある、閉じられた本。洋書のようなハードカバーは掛かっていない、紐で括られた古い文献のよう
なものである。

 「う、あ。なんでもないなんでもない。それよりみてくれ、すごい元気だぜっ」
 「まぁ、いっか……ふふ。元気ねぇ」

 ここで突っ込んだ所であまり意味はないだろう。そう考えて、霊夢は訝るのをやめ、魔理沙の隣へと腰掛けた。

 「元気だぜっ! めちゃめちゃ元気だぜっ!」
 「しおらしい方が可愛いわ」
 「ソウカシラ」
 「……はい、お土産」
 「銀つば銀つば。おやじー、お茶ー」
 「おうおう」

 黴菌が悪い所に入って熱を出していた、という割には唐突に治っているし、異様なまでに元気である。寄越された
お茶を啜りながら、快復を祝ってああでもないこうでもないとくっ喋る。どうにも気になる。

 「ねぇ魔理沙。傷口を見せて」
 「うん? まぁ、かまわないぜ」

 魔理沙の首筋には、二つの穴。犬歯で噛み付かれたような痕。霊夢はそれを見てから、ああ成る程なと納得し、も
う追求する事をそこで止めた。きっと吸血鬼は従順な従者の一人や二人が欲しかったのだろう。

 「それでさ、聞いてくれるか」
 「いやよ?」
 「あぁん、いけずだな霊夢」
 「はいはい」
 「実はな、夢の中でとんでもないモノを見たんだ。こう、口じゃあ表せないような……そうだっ」

 友人と話をするのに、夢の話題を持ってくる辺り子供らしさ満開で、霊夢もなんだかなぁと思ってはいたが、魔理
沙が持ち出した画用紙にクレヨンで描かれる絵を見て、ハッとする。

 「あれはたぶん、かざみゆうかだ。花の姉ちゃんだ。こんなの。んで、これが私をオソッたバケモノ。んでんで、
この二人が……そう、こんな風に。そしてそして、この、レーザーみたいなのがぶおぉぉぉぉぉぉッて」

 弾。弾。弾。弾。紅と赤と緑と桜の弾幕が画用紙に描かれて行く。角の生えた幽香がギザギザの歯を剥き出しにし
て、嬉しそうに弾幕を放ち、紅い悪魔がそれを弾き飛ばす、拙いながら面白く、迫力のある絵。それはまさに、霊夢
が目撃した光景そのものである。

 (……意識でつながっていて……その後に支配することをやめたって所かしら……)
 「ん?」
 「あ、うん。なんでもないの。私も、そんな夢をみたから」
 「ほぉぉぉぉ? ほほぉぉぉ? やっぱり私とは気が合いそうだな、霊夢は」
 「あわないわよ」
 「またふられたぜ」

 何言ってんのよ、と魔理沙の頭をもじゃもじゃとしてやる。嫌がっては居らず、寧ろ楽しそうだった。ますます、
自分という人間は、この霧雨魔理沙という少女と出会うべくして出会ったのだと、自覚させられる。偶然の一致にし
ても、あまりにも出来すぎだ。これはもう”これはこうあって、こうなるべくしてなった”としか、言いようが無い。

 「そろそろ行くわ」
 「もう少し居てもいいじゃないか」
 「行く所があるのよ」
 「どこ?」
 「かお……どう……」
 「かおりん堂」
 「そうそう」
 「香霖堂だぜ、霊夢。それにしても、お前何時から香霖と知り合いだったんだ?」
 「たぶん、昨日」
 「昨日?」
 「今日は何日?」
 「16日」
 「じゃあ昨日だわ。霖之助さんの様子もみてこないと」
 「……」
 「何よ」
 「……あいつ……おやじー!! りん之助にーちゃんはやっぱり”ロリコン”とかいうやつだぞ!?」
 「んだと!? あんにゃろう絶対殺す!! 同性愛者だと風説を流布する!!」
 「ああ、ちょっとまって!! 折角治療したのに、またケガしたらどうすんのよっ」

 霊夢が血相を変えた店主を引き止める。店主も店主でそれを聞いてナンダト、と停止した。どう説明したらいいか
と考え、霊夢は順序だてて昨日の事を二人に伝える。

 「……あのな魔理沙。なんでそれを言わない」

 「う……いやだって……兄貴らしくお見送りしてくれたのに、そのお陰で妖怪に在った挙句私の魔法で吹っ飛んで
ケガしたなんて、メイヨのためにも言えないじゃないか」

 「それで、博麗さん。霖の字の容態は」
 「あの人半妖でしょ。あのくらいの傷なら大丈夫よ。まぁ一部、ひどく引っかかれた痕があったけど。あと火傷」
 「……そうか。んじゃあ、ちょいと待っててくれ」

 店主は一端部屋から出て、しばらくした後、何やら小包を持って現れる。

 「傷に効くいい奴だ。高いんだから感謝しろって、そこだけ念をおしといてくれ」
 「解ったわ。高いのね」
 「ああ。ここで働いてた時のあいつの月収が吹っ飛ぶ」
 「オヤジ、太っ腹だな」
 「まぁ、なんだ。その。一応元弟子だしな。うん。そうだ。そのよしみだ。決して感謝のしるしではない」
 「はいはい。それじゃ、行くわ」
 「明日には外に出る」
 「馬鹿たれ。まだ寝てろ」
 「うー。うーうー」
 「明日も来るわよ」
 「じゃあ、香霖には早く元気になれって、伝えて欲しいぜー」
 「うん」

 霊夢はそう笑いかけ、霧雨家を後にする。友人が暇だというのだ。だったら赴かぬ手はない。自分自身が求められ
ている。これほど嬉しい事もそうはないのだ。

 「立派な子だ。お前の友達にしちゃ、立派すぎる子だ。父ちゃん母ちゃんの教育が良いんだな」
 「あいつ一人っ子だぜ。一人暮らしだし」
 「……あの神社にか? 両親はいないとはきいたが、まさか養母も養父もいないのか」
 「見た事無いぜ。それにアイツ、一人で何でもできるんだ。飛べるし」
 「……博麗ねぇ。博麗。あそこは代々……うん? 昔にも居たような。綺麗な姉ちゃんが……」
 「かあちゃーん、オヤジが浮気してるぜーー」
 「なんだと!? ぶっ殺す!!」
 「ああまて、誤解だ、違う、アッー!!」

                              ・
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 「具合はどうかしら」
 「おかげさまで」

 上半身裸だった昨日とは違い、寝巻きを着て布団から半身を起した霖之助が霊夢に礼を言う。魔理沙の友人、とい
う繋がりだけで関係性の薄い童女に自分の面倒を見てもらうといった恥かしさはあったが、霖之助は素直である。霊
夢も魔理沙の兄にしては随分と素直ね、と呟きながらそんな顔を赤らめる霖之助を嗜めた。

 「大分塞がってるわね」

 流石半妖とでも言うべきか、昨日数センチに渡って皮膚と肉を別っていた傷が、三分の一ほどに縮まっている。三
日もすれば完全に快復するだろう。無頓着な霊夢ではあるが、やはり誰かに近しい者に死なれるなど良いとは思って
はいないので、安心した。

 「これ、霧雨のご主人から」
 「……こんな高いもの、良く」
 「解るの?」
 「ああ、物体の名前と用途がわかる程度の能力があるんだ。残念ながら、使い方が解らないのだけどね」
 「欠落した能力ねぇ」
 「半妖のボクらしいよ。どっちつかずで中途半端なんだ」
 「ジギャクなんて聞きたくないわよ。ああそうだ、はいこれ」
 「それは?」
 「ご飯と煮物。入れものに入ってたらそりゃ解らないか」
 「変なもので試さないでくれよ」
 「変とは何よ。食べさせないわよ?」
 「……頂きたいです」
 「ふふん。よろしいよろしい」

 年上の御兄さんを苛めて満足したのか、霊夢はお勝手を借りて盛り付けはじめる。どうも昨日来た時見た限りでは
まだまだ片付けが中途半端であったのだが、今は大分スッキリとしていた。ケガをしながらも開店準備に追われてい
るらしい。寝ていろと言いたい所だが、霖之助が無理に霧雨家を出てきた事を考えるとそうも言えない。彼にとって
は念願の個人商店である。なるべく早く開店させたいのだろう。

 「整理する暇があるならご飯くらい作りなさいよ」
 「……面目ない。元来、食べずとも生きられるんでね」
 「無精ねぇ。はい、こっちが梅。こっちが高菜。こっちが佃煮」
 「いただきます」
 「いただきなさい」
 「……高圧的だなキミは」
 「普通よ。普通」
 「貫禄がなんとも魔理沙と同い年には見えない」
 「大人っぽいかしら」
 「言動と行動はね」
 「……」

 霊夢をもう一人重ねた程度の大きさの霖之助にと思い、大きめに作ってきたお握りだったが、彼は三口ほどでそれ
一つを平らげてしまう。何せ男性が食事している姿などついぞ観たことが無い霊夢である。目をまんまるくして霖之
助を観察し、視線で刺す。男とはこうももしゃもしゃ食うものなのか、と興味深々であった。

 「――視線が、刺さるんだが」
 「いいじゃない。もっと良く見せなさいよ」
 「なんて事いうかねキミは……全く、類は友を呼ぶか」
 「魔理沙の義兄であるアンタもそれに連なることになるわ」
 「ご尤も。みな変人だな」
 「私は普通だけど」
 「そうかい」

 妖怪並に真っ当な会話が通じない霊夢を諦めたらしく、食べる事に専念し始める。大きな口で煮物を食べる姿がな
んとも獣的だ、と霊夢は感想を抱く。これがあんなちっこい吸血鬼の、しかも蝙蝠化した一部にしてやられるのであ
るからして、体格とは実に当てにならないものだと実感もする。

 「ごめんくださいな」

 丁度霖之助が食事を終えた頃。霊夢がお茶のおかわりを出そうとお勝手に向かおうと立ち上がったとき、その声は
聞こえてきた。

 「誰かしら」
 「まだ開店しちゃいないんだが、無碍に帰って頂くのもな」
 「私が出るわ」
 「すまないね。何かご所望のようであれば、声をかけてくれ」

 奥から店頭に出る。まだまだ積まれた商品(ガラクタ)の向こう側には女性のシルエット。緑の髪にチェックのワ
ンピースを着た、落ち着きの”ありそうな”女性。

 「風見幽香」
 「あら、博麗が転職したの? そりゃしらなんだわ」
 「店番。店主は病床に伏してるわ」
 「そう、旦那様ね。それで、実は日傘を一本頂きたいのだけれど」
 「日傘、日傘ね。何、また乱暴に扱ってぶち折ったの?」
 「まるで乱暴者のように言わないでくれるかしら」
 「昨日だってそうでしょうに」
 「――何の事やら。ほら、さっさと日傘を出しなさいな」
 「妖怪のクセにせっかちね。ちょいと待ってなさい」
 「博麗は本当に、何代目になっても口がでかいわね……」
 「霖之助さーん。日傘って何処かしらー?」
 「今、行く」

 些か緊張した声が奥から響く。それは個人で店を持って初めてのお客さんだったからか、とも霊夢は考えたが、奥
から出てきたその表情を見て違うと判断する。顔が引きつっている。入って来たのが只者じゃあないと解ったからこ
その表情なのだろう。接客精神からというよりは、恐怖心からの強張りだ。

 「……こりゃ、どうも。こちらでは、初めてですね」
 「あら。霧雨の。そう、独立したのね」
 「向こうでもお世話になりました。日傘ですね」
 「えぇ。ちょっと力んでも折れないのが欲しいわ」
 「また無茶な注文を……と、言いたいところですが、これなど如何でしょう」

 と、ガチガチの霖之助が取り出だしたるは、フリルのついた、所謂少女チック全開の日傘である。霊夢もこれには
顔を引きつらせる。風見幽香が。ほにゃらら歳にもなってフリルの傘。思わず吹き出しそうになったが、霖之助の手
前これは堪える。

 「ふぅん。どの程度まで耐えられるかしら」
 「昔その傘を盾に、片手には大口径の拳銃を持った女が次々と男達を毒牙にかけましてですね」
 「曰く付きねぇ」
 「最後は機関銃の掃射を受けて大破したそうですが、その後あまりにも硬い傘であると有名になって、幻想に」
 「霖之助さん。それ何の逸話よ」
 「世の中色んな人がいるらしいのさ。特に外には」
 「買うわ。これなら弾幕ぐらい防げそう」
 「……ふぅ」
 「霖之助さんは寝てなさいよ。あと私がやるから」
 「すまないね」
 「良い夫婦ね。それにしちゃ、博麗が小さすぎるけど」
 「なんでもいいから、早く清算すませてよ」
 「――可愛くない子ね。博麗は昔っから恥かしいとか屈辱だとか、ないわけ?」
 「どの昔よ」
 「先々々々々々代くらい前から」
 「ふぅん。まぁいいけど。私を苛めたかったらもう少し巧くやりなさいね」
 「敵わないわぁ……」

 ウンザリ、といった様子の幽香を無視して教えられた金額を骨董品のレジにて清算する。包むか包まないかと問わ
れた幽香はそのままでいいと言い、溜息を吐いた。

 「疲れてるわね。昨日のかしら」
 「だから、知らないわ」
 「別に変な意味できいてるんじゃないわ。その、凄く綺麗だったから」
 「……なる、ほど」
 「な、何よ」
 「いーえー。ぶぇつにぃ。どうだったかしら、妖怪の戦いは」
 「だから、凄く綺麗だったわ」
 「そうじゃないわ。貴女もやってみたいかしらって、訊いたの」
 「まぁ、そうね。色々考えるところはあるわ」
 「そう。そう。なら良いわ。なら紫の思惑通り」
 「ゆか、何?」
 「なんでもないわ。それじゃ、ありがとうね」

 意味ありげな笑みを浮かべ、幽香は満足そうに香霖堂を出て行く。かわって霊夢は不満たっぷりであった。夫婦と
揶揄されるわ、意味が解らないわ、兎に角頭に来る。昨日の事昨日の事。そう、昨日の事なのだ。あの妖怪が、それ
は見事な華を空へと咲かせたのは。それに何かしら意味があったのか。霊夢の中で様々な思考が働くが、幽香と吸血
鬼の戦闘の途中で退場させられた身である。想像力を働かせるには情報が足らない。確かに、昨日感じたものはあっ
た。しかしそれが誰かの意図であったなどとは、考えていない。

 「霖之助さん」
 「うん、なんだい」
 「このあたりで、一本だけ桜があって、あとは草原、みたいな場所あったかしら」
 「かなり遠いが、妖怪山の裏手ではなかったかな。まぁ、空を飛べるならそうでもないか」
 「解ったわ。それじゃあ、そろそろおいとまするわね」
 「何から何まで悪いね」
 「いいのよ。面倒だけど」
 「はは……ハッキリ言うなぁ……」
 「じゃ」
 「ああ、気をつけるんだよ。まだ吸血鬼が辺りに居るかもしれないからね」
 「そうだそうだ。もう解決したわ。魔理沙も大快復」
 「――そう、かい。そら良かった。魔理沙は、何か言っていたかい」
 「早く元気になれって」
 「……」
 「じゃ」
 「うん」

 来た時のように、霊夢は去り際もあっさりしている。霖之助はそんな霊夢を見て、思うのだ。幼いながらに強い子
である、なんてそんな小さなものではなく、もっともっと、計り知れない何かがある子なのだと。幻想郷秩序を担う、
博麗大結界の根幹部分。長く生きて来た自分には無い空気に表情に、力。飄々としていて、つかみ所が無く、真剣そ
うでそうでもない。何処かに肩入れするでもなく、常に自然体である彼女のあり方を素直に尊敬するとともに、畏怖
すら覚える。

 違う自分だからこそ、違う魔理沙だからこそ、多少はこの人物に近づけたのだろう。記憶の中にある、代々の博麗
はどんなものであったかと思い出そうとするが、まるで霞掛かったようで、やはり掴めない。末恐ろしい。物々しい。
まるで妖怪。あどけない表情に含まれる複数の意味。自覚のない本人。

 「……博麗霊夢。きっと、幻想郷を面白くするんだろうな。これからもっと」

 そして期待。何か確証がある訳ではない。だが、博麗霊夢を見ていると、そう感じずにはいられなくなるのだ。

 「さぁ、もう一仕事かなぁ~~ぐっ」

 思い切り背伸びをして、でかい身長のお陰で梁に頭をぶつける。昏倒する勢いのそれは、吸血鬼の爪の三倍痛かった。

                                ・
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 夥しい白に青。両手に広がる木々もまた雪の衣を纏っている。だだっ広い草原には桜の樹が一本佇むだけであり、
他に特筆すべき点はない。当然、それは環境としてである。別の視点からみれば、これほど面白い状況もそうは目に
する事も出来まい。

 「これは、幽香の弾の痕。これは、吸血鬼の弾の痕」

 所々雪が抉れ、中から草や土が剥き出しになっている。それも数十数百ではない。まるで白いキャンバスに黒い絵
の具を振りかけたような様相。化け物の所業である。”昨日”の戦いを思い描きながら、博麗霊夢はその軌跡を辿る。
ここで飛び、ここで跳ね、ここでばら撒き、ここでぶち抜き。一つ一つ丹念に辿りながら、その動きを頭に叩き込ん
で行くのだ。

 「ここで飛んで」

 枯れた桜の樹の前から舞い上がり、幽香を真似る。しかし再現しきれる訳ではない。両翼に”弾幕”を形成出来な
いのである。必殺の一撃ではない戦闘方法。無駄弾を大量に放って見せつけるような戦。その無駄加減が再現しきれ
ない。

 桜の花びら。うねる蔦。吹きすさぶ弾幕の嵐。イメージする。イメージする。イメージする。何も無い空間に、自
分の力を生み出そうと、集中する。一つが出来る。二つが出来る。三つが出来て、後は同じ作業の繰り返し。総数五
十を作り終えて、息が上がった。とてもではないが、両翼に二千ずつなど不可能だ。まだまだ足らない。イメージも、
力量も、根性も。あの美しい空の再現は難しい。

 形成されたのは、無秩序に散在するほの白い力の結晶だけ。美しさには程遠い。ただ、出来る限り近づけようと努
力してみる。放つだけの弾とは違う。整列させ、文様を描くように、無駄の美しさを表現する為に。

 「違う」

 並べては崩し、並べては離れて形を眺め、並べては崩し。冬の短い日照時間も気にせず、思いつく限りの再現を試
みる。どうしても、どうしても、自分であの状況を作り上げてみたいのだ。感動のあまり言葉すら失う程の魅力を秘
めた弾幕の障壁。風見幽香の暇潰しが講じて、花を模すように作り上げられてきた、弾幕の華を。

 物々しいだけの妖怪だと思っていた。興味深い存在ではあったが、まさかこんな芸当を持っていたなど、霊夢は考
えもしなかった。香霖堂へ現れた幽香に、これを教授願おうと喉元まで出掛かるほどに、風見幽香の見る目が変わる
ほど、感動した。

 そしてあの吸血鬼。見様見真似だけであれほど再現出来る力。正直憎らしい。魔理沙と霖之助に頭を下げさせてや
ろうと考えていたのに、逆に感銘を受けるなど、頭に来る。次に見つけた時は、必ずぶちのめす。そう、博麗霊夢が
今現在構築している、幻想郷の新秩序の内で。

 「――こう、かな」

 ……天才、とは実に簡単な言葉だ。その一言で全てを片付けられる。だが世の中、その言葉以外、どうにも説明の
つかない人間は居るものである。誰かに齎されたとしか思えない、まるで何かに祝福されたかのような天賦の才。

 「できた」

 作り直すうちに増えた弾の数は二百五十。合わせて三百の弾幕を、百五十ずつに分けて両翼に広げ、幾何学模様を
描いて空中で静止させる。日が暮れて、宵闇が支配し始めた草原の上空に、大きな花が咲いたのだ。

 それを回す。向こう側に相手がいると想定して、型どおりに回して行く。当たりそうで当たらない。当たりそうに
なくて当たる。近づけそうで近づけない。近づけなさそうで近づける。そんな曖昧で際どくていい加減と緻密の境界
を歩むような”弾幕”

 「あはっ」

 素直に嬉しい。出来る。これなら出来る。なれればもっともっと高度で美しいものが編み出せる。そうだ、お札を
混ぜてみよう。そうだ、陰陽弾を混ぜてみよう。これなら逃げられない。これならかわせそうでかわせない。ここを
抜けようと思えば苦労するが、こっちから抜けようとすれば簡単だ……どんどんと、頭の中にある構想を形にして行
く。人間と妖怪が面白可笑しく暮らせるルール。人間が妖怪に、妖怪が人間に簡単に喧嘩を売れて、手軽に楽しめて、
そして何より、美しく素晴らしいモノが何度でも見れる。

 そうだ。これこそが、これこそが新しい秩序。

 人間と妖怪が共存して行く為に必要不可欠な、新ルールだ。


 「弾幕ごっこ!!!」


 博麗霊夢は、年相応の笑顔を浮かべて、空へと高く舞い上がる。楽園の巫女が楽園の巫女たる所以がここにはあっ
た。そんな美しくあどけない少女をひっそりと見守る影は思う。例え解っていたとしても、例え自分が提唱したとし
ても、博麗霊夢ほど巧くなどは行かないだろうと。場を乱すだけで逆に混乱を招きかねない自分が、様々考えあぐね
て導き出した結果では、これほどは巧く行かない。博麗霊夢が居るからこそ、博麗霊夢であるからこそ、今この現時
間へと至ったのだ。

 自分はただ影からこうしていればいい。動くときに動いて、黒幕の真似事をしてさえいれば、博麗がその持ち前の
勘と運で全てを綺麗に収めてくれる。自分はきっかけだけだ。

 「あとは、契約書を送りつけるだけ、かしら」

 幻想郷は、きっと明日も平和である。

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 「それじゃ解散。おつかれさまね」

 霊夢の解散宣言にも関わらず、妖怪達は薄暗い本殿の中でああだこうだと議論なのかそうでないのか、曖昧な話し
合いを続けていた。その顔は一様にして好奇心に満ち溢れている。新しい物好きの幻想郷ならではの郷民性からくる
物なのだろう、妖怪を郷民と言って良いかどうかはこの際おいておいて、皆変化のない幻想郷でのマンネリ化打開策
には興味津々なのである。

 命名決闘法案。スペルカードルール。妖怪は人間を襲い、異変を起す事こそが仕事。ごっこ遊びにしても、合法的
に人間妖怪双方に喧嘩を売れるこの新ルールは、皆の理に叶っていた。妖怪同士の摩擦は幻想郷崩壊へと繋がるし、
人間と妖怪の大きな摩擦は幻想郷的生態系をぶち壊す。しかしこれがあるならば、その心配もないのだ。

 「幽香、満足かしら」
 「えぇえぇ。合法的に虐められるようになるのでしょう?」
 「相手が同意するならね」
 「ああ速く来ないかしら、命知らずとか世間知らずとか私知らずとか」
 「好んでアンタと戦う奴なんてそうは居ないわ」
 「その時は博麗に相手してもらうからいいわよ」
 「博麗博麗って。私霊夢」
 「博麗は博麗でしょ?」
 「名前が私よ」
 「じゃあ霊夢ちゃんで良いわね」
 「ちゃんいらない」
 「貴女もゆうかりん☆ミ ってよんでいいわ」
 「なんか最高に禍々しいわ。異変かしら」
 「……口が減らない餓鬼ね本当に」

 待て博麗の、ゆうかりんは可愛いんだぞ、と上白沢慧音がその歪にひん曲がる幽香の笑顔を察してフォローする。
正直博麗は博麗で妖怪じみているし、幽香は幽香で化け物なのでどちらにも味方はしたくなかったのだが仕方が無い。

 「では、私は里長にこの旨を報告しに行く。謝礼は、何か持ってこよう。何がいい」
 「日持ちする食べ物」
 「承知した。ご苦労だったな」
 「いいわよ。これは私でも満足の行く結果だし」
 「そうか。それでは、幽香殿も、失礼する」
 「ええ」

 なんだかんだと集まった妖怪は総勢十数人。吸血鬼異変で狼狽しきってどうしようかと考えあぐねていた輩ばかり
であった。自分勝手で集めるのも困難であっただろうこれらを呼び集め、幽香にも声がけした慧音は、会議について
は間違いなく最大の功労者である。

 「貴女の百倍は人里に役立ってるわね」
 「う、うるさいわね」
 「でも、まぁ。そうね。細かい事は別な奴に任せておけばいい。そうでしょう霊夢」
 「そうは言わないわよ」

 「貴女は中立。あの半獣は人の味方。それでいいのよ。貴女は人の事でも妖怪の事でもなく、幻想郷の事を考えて
いればいいわ」

 「何よそれ。私だって人の味方よ」
 「人の味方はね、こうして妖怪と親しく話したりはしないの」
 「ふン」
 「くすくす……虐めすぎたかしら(はぁと」
 「気持ち悪いわね」
 「オホン。私もソロソロ失礼するわ。帰って寝るの」
 「ああそう。どこへでもどうぞどうぞ」
 「冷たいわねぇ」

 くすくすと笑う幽香は立ち上がり、博麗霊夢に背を向ける。

 「幽香」
 「何かしら」
 「その……また今度見せてくれるかしら。あの、凄い奴」
 「まぁ――」

 どうやったら、博麗の巫女に恥かしい顔をさせてやれるかと考えた事がある。しかし気は強いし、決して誰にも屈
服する様子などないこいつは、それだけでムリヤリ押さえつけてやりたくなるような衝動にかられる少女であった。
だがどうした事だろうか。こんないじらしい顔、トンと見たことが無い。虐めて虐めて、命乞いさせるぐらいの勢い
じゃあないと駄目かしら、などと思っていたのだからして、これは意外である。

 「ふふ、だぁめ」
 「ケチ」
 「ケチで構わないわ。でもまぁ、いいわ。その顔に免じて、好きな時にレクチャーしたげる」
 「何よそれ」
 「だから、私の真似っこだけじゃあ上手にならないでしょう」
 「……みてたの?」
 「うふふ」
 「……アンタが師匠なんて、死んでも嫌っ」
 「言うと思った。くすくす……またね、霊夢ちゃん」
 「ちゃんイラナイ!!」

 満足であった。実に満足。この所調子が良い。何十何百年ぶりに本気で戦えもしたし、博麗の恥かしそうな顔も見
れたし、この調子ならば花も順調に咲くであろうし、まるでつい一昨日までの不愉快が嘘のようである。幽香は笑顔
が治らず、自分が多少可笑しくなったのではないかと錯覚するほどに、満足している。

 「あ、ああそれと」
 「?」
 「……魔理沙が元気になったわ。知らない事情だろうけど、アンタのお陰でもあるから。ありがと」
 「えぇ」 

 今日は本当に良い日だ。
 本殿を出て、空へと飛ぶ。久しぶりに館にでも帰ろうか。ほったらかしにしている間、変な事になってなければ良
いけれど。そんな風に考えて空を飛ぶ。だから、目の前の夜空に吸血鬼が現れても、決して不愉快ではなかった。

 「ごきげんよう、レミリア・スカーレット」
 「ごきげんよう、我怨敵。グングニルに射抜かれた傷は大丈夫なのかしら」
 「貴女こそ、バラバラになって体の調子はどこも可笑しくはないの?」
 「元から霧にだってなれるわ。ただ構成する物質の三割を持って行かれたけれどね」
 「ふふ。私も本当は痛いのよ。あんな痛いの久しぶりだったわ。まだ心臓の形が崩れているかも」
 「そう。そうか。そうね。ふふ。ねぇ風見幽香」
 「なにかしら」
 「……幻想郷は良い所ね。とてもとても、気に入ったわ」
 「そうでしょうそうでしょう。だってね、ここは結界の魔と博麗が統べる楽園なのだもの」
 「……アレ、か」
 「そう。アレとアレ。私より弱いけれど、面白いわ」
 「貴女より強い奴がそうそういて溜まるもんですか。私だけで十分よ」
 「でもどうかしらね。本当に、これから先が楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで仕方が無いわ」
 「ほぅ。根拠は」
 「予感よ予感。きっとこれから色々な事が起こるわ」

 じゃあね。そう言って幽香は闇に紛れて消えて行く。もう自分はする事などないのだ。そうなれば帰って寝るに限
る。面白い事件が起きたのなら、その時にまた出てくれば良い。この先幻想郷に様々な異変が起きるだろう。巫女も
強くなって、面白い弾幕を用意して待ってくれているに違いない。

 「ああ、楽しみね、楽しみね。今の巫女もこれからの幻想郷も、本当に楽しみね」

 まるで焦らされているようでゾクゾクする。幻想化し続ける外のモノ、人、神、妖怪の流入。混沌と落ちて行くこ
の楽園の顛末を想像すれば、誰でも思うだろう。どう栄え、どう歩み、どう滅んで行くのか。幽香にはそれが楽しみ
で楽しみで仕方が無かった。それは明日か、明後日か、来年か、再来年か、十年後か、二十年後か。そんな日が訪れ
るまで、大好きな惰眠でも貪ろう。

 「あ~さいきょ~さいきょ~、わたしさいきょ~ぐるっとーまわってーでらっくすふぁいやー」

 そんな浮かれる幽香の歌に、通りすがりの夜雀は耳を塞いで地面へと墜落した。

                              ・
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 「きゃ……べっ痛!!」

 霧雨魔理沙はいつも通り、博麗神社の地面に追突した。この幻想郷で落下事故は日常茶飯事であるが、魔理沙のそ
れはなかなかに派手で中でも稀である。辺りが雪だらけなのでショックは和らぎ、桃尻は傷を負わずに済んだのが幸
いである。傷モノになったらお嫁にいけないしお婿ももらえないではないか。

 「あら、もういいの?」

 雪かき作業に追われた風を見せかける巫女が、落下物に話し掛ける。霊夢は何時もより機嫌が良いらしく、笑顔で
ある。そんな数少ない、分かり合える友人が上機嫌であると、魔理沙も気持ちが良い。

 「あたた……ば、ばっちし元気なんだぜ」
 「ほら、頭まで雪まみれよ」

 そういって霊夢が帽子に被った雪を払い、位置を整える。まるで妹でもあやすような、そんな素振りが魔理沙には
恥かしい。

 「霊夢が雪かきしないからだぜ」
 「雪がなかったらアンタのお尻ちゃんが傷だらけ人生よ」
 「む……ゆ、雪がなかったらちゃんと着地できたんだ」
 「体制崩したのは空中だと思うけど」
 「うー……うるさいなぁ」
 「ほら、寒いでしょ、あがりましょ」
 「またサボるのか」
 「魔理沙が来たから仕方ないわ」
 「ほほぉー」

 今日も今日とて二人で炬燵に入る。魔理沙は言われもしないのに、わざわざ狭い隣に腰掛けて、いつも通りみかん
の白い繊維を一生懸命取るのである。それにしても、いつ来ても炬燵の天板の上には山盛りのみかんがある。この家
はみかんが無限に湧いて来るのではないかと、最近考え始めた。

 「なぁ霊夢。吸血鬼のことだけど」
 「なにかしら」
 「もう死んだの?」
 「妖怪はそう簡単には死なないでしょ。まして吸血鬼だし。そうねー、私もハッキリ知ってるわけじゃないけど」
 「ふむ?」
 「幽香が倒したみたいね。アイツもアイツで深手を負ったみたいだけれど」
 「あの、夢の話?」
 「この間、お見舞いに行った日には元気だったでしょ」
 「うん」
 「その前の日の夜にあの夢をみたんでしょ」
 「うん」
 「じゃあそういうことよ」

 霊夢は満足そうに語ると、文書の写しをし始めた。魔理沙もこれ以上聞いても何も無いのだろうと判断し、もう突
っ込まない。頭の中に描かれている、それはそれはまさに夢の如き光景。霊夢も同じモノを観たと言う。ならばきっ
と霊夢も感化されているに違いないとして、話を別の方向に繋げてみる。

 「キレイだったな、あれ」
 「綺麗だったわ」
 「私にも出来ないだろうか」
 「努力あるのみよ」
 「まるで出来るみたいな物言いだぜ」
 「出来るわよ?」
 「なんでですのーん」
 「……」

 このこの、とたまには冗談が言えるんだな、と突っ込む。魔理沙自身自分はツッコミ役だと思っている節はあるが、
実際のところボケである。

 「アイツ程じゃないけど、似たような事は出来るようになったわ。そして、これ」

 ポカンとする魔理沙の眼前に、懐から出したカードを一枚掲げて見せる。そこには夢想封印(仮)と書いてあった。
全く何が何やら解らない、といった様子の魔理沙に、霊夢は幻想郷の新しいルールを端折りながら説明する。幻想郷
の決闘条件と心構え。そして霊夢が一押しで推奨しているルールである。

 「スペルカードルール。ほほぉ。小洒落てるじゃあないか」
 「ルールは他にも提唱されてるけど、これが今の所一番人気ね。さっすが私」
 「で、つまりどーゆう事をするんだ?」

 「光弾を作って並べて、綺麗さを競うも良し、かわし難さを競うも良し。戦闘前に条件とローカルルールを決めて
戦うのよ。相手の条件が呑めないのなら否定も可能。ただし、その戦闘で理が少ないほうが、カードを使える枚数が
少ないわ」

 「ははぁ。つまり妖怪が異変を起すとして、それを叩くとしたら、向こうの理が小さい」
 「だからこっちが少なくなって、向こうが多くなる」
 「よく出来てるじゃないか。オリジナルか?」
 「細かいルールの方はね」
 「……うん? 全部お前じゃあないのか」
 「……うーん。それがね。ほら、これを見てちょうだいよ」

 霊夢には珍しく、困り顔で一枚の用紙を箪笥から持ってくる。命題決闘法案と名付けられたそれが、霊夢的に問題
であるらしい。勿論、魔理沙は誰が書いたかなどサッパリ解らない。ただ解る事があるとするなら、これが通常の紙
では出来ていない、という事である。

 「妖怪のケイヤク用紙だぜ、これ」
 「妖怪の? ふぅん。やっぱり幽香なのかしら」
 「花の姉ちゃん? ……なんか違うような」
 「わかる?」
 「いや、感覚的な話だぜ。ただ、直感で違うって」
 「あながち間違いでもないかもね。実はね……」

 霊夢は魔理沙に顔を寄せ、弾幕を観たのが夢ではなく現実であり、その時起こった事実を話し始める。実に興味深
く面白い話ではあったが、今一しっくり来ない。突如空間が開けて落っこちたと思ったら雪原で、綺麗だと思ったら
自宅で寝ていた、なんて話は、神隠しでも出来る人物でないと為し得はしないと判断したからである。

 とはいえ、何処かで噂は聞いたことがある。この幻想郷にはあらゆる境界を操る魔が住んでいると。

 「霊夢、お前は神隠しにあったんだ」
 「私消えてないわ」
 「うーん、たぶんソイツなんじゃあないかなぁ。でなきゃ説明がつかないぜ」
 「……う? 境界の魔の話?」
 「そ。胡散臭いらしいぜ」
 「観た事無いから解らないけれど、確かに胡散臭そうね。幽香に似た感じがありそう」
 「あるある。でも花の姉ちゃんはもっとチョクジョウ的っていうか」
 「おこりんぼじゃ、結界を護る役目負えないものね、きっと」
 「……あれ?」
 「なによ」

 ここで一つ、引っかかりを覚える。何か、自分の知識の中で、博麗霊夢が不思議なことを言った為に、その項目で
つっかえた部分がある。博麗霊夢がどんな人物なのかを知りたくて、自分という人間は何かを読んでいた気がする。
元気が出始めてから、布団に居るのも暇で……。

 「あれ。博麗って、結界を護っているんじゃあないんだっけ」
 「あら、勉強したるのね。そうよ、私はここに居る事こそが仕事なの」

 霊夢は素顔で言い切る。そう。結界を護っているのは博麗である。では何故境界の魔が護っているなどと、発言す
るのであろうか。魔理沙の頭が働く。働きはするが、知識分が足らない。

 「きょ、共同で護ってるのか?」

 「うーん。どうなのかしら。お話では聞くし、文献でも見たりはするのだけれど、私本人そんな妖怪観た事がない
し、他の大妖怪と同じで、名前だけの存在かと思ってたわ。でも、そうね。ことこの前の出来事については、そのく
らいの力がなきゃ、空間跳躍なんて出来ないわよね」

 筆で白紙に、その時のイメージ図を書き上げる。意外と上手で魔理沙も驚いたが、今はそれが主眼ではない。博麗
とは一体なんなのか。境界に近しい人間でありながら境界の魔を観た事が無いと言い放つこの娘。そして霊夢自身が
体験したとする不思議な事象。魔理沙の中で思考が統合されて行く。不可解なことだ。一応、自分なりの答えをみつ
けておかないと、スッキリしない。

 「お前、一人っ子だよな。というか両親もいない」
 「そうね。なんでかしら?」
 「お前は……たぶん、その妖怪の子供だったんだよ!!」
 「なっ、なんですってーーー!!??」

 ザッパーン。と、大きな波が居間を支配した。効果的にそのぐらい、魔理沙は大断言したのである。

 「って、なわけないでしょ馬鹿魔理沙」

 「それなら説明がつくんだ、霊夢……そのなんか良く解らない感じとか、へんなフインキとか、私が倒れてもヒョ
ウヒョウとしてたりとか、何時の間にか香霖とくっついてたりとか、里長の話で聞いたけど、里の人みんな仕切った
りとか、そーいう理不尽でどっかが可笑しい部分はきっと、妖怪からきてるんだぜ!!」

 「雰囲気よ。それと性格は別に関係ないと思うけど。というか私、変じゃないわ」
 「だ、だったらもう少し心配してくれてても良かったじゃあないか」
 「あ、そこが本音なのね。やだ、魔理沙ったらさみしんぼね」
 「……わ、わかんないけどなんかクツジョクだぜ……」

 意外と自信をもって発言しただけに、逆にあしらわれると妙に寂しい気分であった。ともあれ、答えは魔理沙的に
は出たので、良しとする。

 「ま、そいつが親云々は良いとして、その契約書はたぶんソイツの仕業だな」
 「そーね。そこには同意するわ」
 「ということで霊夢」
 「何かしら」
 「そ、その……」
 「……ふふん」
 「い、言わなくても解るだろう?」
 「解らないわよ。私、エスパァじゃないわ」
 「空飛べるじゃん」
 「わからないわぁ」
 「れ、霊夢ぅ……」
 「ほら、どうしたのよ。いってみなさいよ、黒白。ほらほら」
 「……そ、その……あれ、なんていうのか……だ、だん……」
 「弾幕? 弾幕がどうしたの?」
 「お、おし……おしえ……」
 「いってしまいなさいよ。我慢はどくだって、だれかがいってたわ。なんだったかしら。カンノウ小説だっけ」
 「ちゃっかり読んでるんだ」
 「思いのほか面白かったわ。で?」
 「ぐっ……だ、弾幕……教えてください……」
 「――――くくっ」

 精神的上位に立つのがこんなにも素薔薇しいことなのか。霊夢は自分の愚かさ加減と魔理沙の真っ赤になった顔の
面白さに打ち震えて炬燵の中にもぐりこみ悶え苦しんだ。

                              ・
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                              ・

 「ほんとーに負けず嫌いね。スパッと言ってしまえばいいものを」
 「ひ、人に物頼むの苦手なんだよっ、バカバカ腋!!」

 人を見た目で馬鹿にしてはいけないとオヤジにもおふくろにも叱られたが、見たまんまなので仕方ない。冬でも露
出度が高いのだから、それは指摘して欲しいと言わんばかりである、と魔理沙は一人納得する。ともあれ、そんな事
はとりあえずどうでも良い。霊夢の説明を聞く限りでは、今まで遊んだ遊びの中でも一番面白そうなのである。正直
人にモノを教わるなどしたくはないのだが、ここは堪える。

 思い返せば何につけても反抗してきた。親に文字を教わるのだって最初だけで、後は全部独学。その最初だって、
子供とは思えない程に教わる事を嫌っていたのだ。しかし相手が霊夢となると、それも多少違ってくる。確かに嫌で
はあるのだが、魔理沙の癇に障らない。勝手にライバルだと思い込んではいるものの、霊夢じゃあ仕方が無い、とい
った諦めにも似た感覚がある。矛盾気味の胸中であるが、霧雨魔理沙の葛藤は子供ながら深い。

 「よっく観てなさいよぉー」

 冬の幻想郷が開花する。

 「――――すっげぇ」

 青空に紅白。赤と緑と黄色の弾幕。流れ動いて、遠くに消える。まさに、価値観の変わりそうな光景であった。益
々尊敬したくなるし、益々反発したくなる。益々師事を仰ぎたく思うし、益々一人で強くなってみたいと感じる。

 嗚呼これが弾幕。まさに空に咲く華だ。幽香の真似、とはいうものの、自分の記憶にある弾幕とは違う。霊夢なり
のアレンジが加わっており、まだまだ雑ではあったが、間近で観るそれは身震いするほど。

 なんて面白そうなんだ。こんな事が自分に出来たら――本当に、魔法使いみたいじゃあないか。

 「そうだ、魔法使いだ……」

 自分が今まで読んできた絵本の中の人物。空を箒で飛び回り、星屑を撒き散らして悠々と生きるその姿。夢にまで
みた魔法使い。少女の妄想を具現化した幻想風景。

 「まーりさー! どーかしらー?」
 「わ、わたしにだって、そんくらい出来らーー!!」

 上空の霊夢に、可愛くない返答を、目一杯の笑顔でする。なんて不思議な子なんだろう。なんて変な友人なんだろ
う。嗚呼、自分は本当に幸せ者なのだと、心から実感出来る。こんな素晴らしい子が、人間な筈があるものか。じゃ
あ人間じゃなけりゃ、何者なのだろう。考えて、考えて、やっぱり妖怪なんじゃないかと、そこに至る。

 妖怪は美しい。人ならざる魅力と力を秘めている。長年生きた事で枯れてしまった野心も欲求も、在り方こそが妖
怪を覆い尽くし、美しさへと昇華させている。

 しかし妖怪は、あんなにも良い、純粋で穢れが無い、真っ直ぐな笑みを浮かべられるだろうかと、また考える。弾
幕を纏って幾重にもなる青と蒼の間を飛び回る博麗霊夢は、妖怪なのだろうか?

 「違う……あれは」

 生命を燃やすような在り方。唯一ここだけが妖怪とは異なり、故に絶対的に妖怪などではありえない。

 「博麗、霊夢」

 博麗霊夢。楽園の巫女。捉えどころがなくて、変人で、どこを向いているかわからなくて、意味不明。幸運で、向
こう見ずで、やる事なす事全てうまく行く。結局、彼女と云う存在は――そう、幻想郷に祝福されたような……いや、
まるで幻想郷そのものであるような、超越的なものを、魔理沙は感じずに入られなかった。

 「さぁ魔理沙!! 飛んでおいでっ」

 冷たい空気に澄み切った声が響き渡る。

 「おうさっ!!」

 霧雨魔理沙はそれに対して、今までした事もないであろう、明朗な返事をした。





 ―――――――――――――――――――――始まりの境界線――――――――――――――――――――





 その日、博麗神社には複数の妖怪と元人間が集まっていた。例年以上の積雪で、まるで手入れのされていない博麗
神社の境内は雪原そのものである。ここはもう、主を失って久しい。しかし、どうせ巫女が居ても変わりはしないの
だが。代々総じて、サボリ癖がついている。

 「うーん……雪のお陰で照り返しがキッツイわ。パチェもそう思うでしょう」
 「ロイヤルフレアでも焚く?」
 「やめろやめろ。博麗神社火事にしたら、きっと凄まじく怒られるぜ」
 「誰が怒るのよ」
 「そりゃあおまえ……」

 霧雨魔理沙は天を見上げ、言葉を発する事をやめる。晴天の雪の下、こうして空を眺めるのは一体何時以来だった
かと思い出すのだ。舞い上がる紅白に、瞬く弾幕集う札に暴れる陰陽弾。何もかも懐かしく、思い出すと心が温かく
なるような、そんな気分にかられる。

 「妖夢、お腹空いたわ」
 「幽々子様、もう少しの辛抱ですから」

 妖夢が幽々子を諌めて笑う。そんな能天気な事を言いながらも、己が主人がこれから起こる奇跡を期待しているの
だと、汲み取れるから。

 「……ホントアンタ達って、何十年たっても変わらないわよね」
 「アリス。私が言うのもなんだが、お前も何一つ変わっちゃいないと思うぜ」
 「まぁその……仕方が無いかな、と付け加えようとは思ったわよ」
 「それに、あんまり変わったてたら、きっと違和感で逃げ出すかもしれないぜ、アイツ」
 「……それもそっか」

 明けない冬。終わらない冬。再会の冬。そう。再会を果たしたのは、こんな雪のみが世界を支配していた頃だった。
彼女を見かけてうきうきして、つい攻撃してしまったあの時。思えば思う程に、懐かしい。

 「酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞー」
 「萃香、貴女お酒飲まない日なんて無いでしょうに」
 「紫? うるっさいなぁ。お酒呑むにしたってね、そん時の情緒とかほら、色々関係するんだよ」
 「まぁー。そうねー。そうだわね。気持ちは解るわ」
 「そっか。あはは。楽しみだなぁ。楽しみだなぁ」

 月を砕く幻想。自作自演の百鬼夜行。幻想郷へ戻るも戻らぬも、正直どうでも良かったのだ。しかし、自分はここ
に居座ると決めた。伊吹萃香は、彼女がいる幻想郷なれば、きっと楽しいと判断したから。

 「面白いシステムねぇ。ねぇ、紫さん。これって誰が決めたのかしら?」
 「初代よ。これを築き上げる礎となったの。だからつまり、初代博麗も霊夢も博麗大結界そのものよ」
 「定義づけが難しいでしょうに。良くやるわ」
 「人間と妖怪の血の上になりたっているの。尊いのよ」
 「蓬莱の薬で不老不死にしたらいいんじゃないかしら。ねぇ永琳、作ってあげたら?」
 「なるほど。どうなのかしら、紫さん」
 「むやみにバランスを崩すのも頂けないわ」
 「そうかしら。難しいのね」

 幻想郷の一番永い夜。咎人の抵抗。彼女達を、幻想郷を改めて知った時、永琳も輝夜も、それはそれは幸せであっ
た。隠れる必要もなく、もっとのびのび生きてゆける安住の地は、こんなにも近くにあったのだと、驚いた。守人達
は不真面目だが、皆これを愛し、慈しみ、共存を図ろうと努力している。月ではこうも行くまいと考えると憂鬱では
あったが……少なくとも、自分達はこれで幸せである。

 「あえてここで刈り取って裁判にかけるってどうですか、映姫様」
 「ギャグにしては面白くないわね」
 「きゃんっ」
 「今ここで毒ばら撒いたら面白いかしら」
 「……メディスン。貴女はそろそろ変わってもいいと思うのよね。いっぺん死んでみるかしら」
 「閻魔は恐いわぁー……」
 「いや、テロリストがそれを言うか」

 百花繚乱。幻想郷の開花。罪を背負った桜の乱舞。生きる方向を示し、死した者の方向を定める閻魔も、このシス
テムだけには逆らえない。懲らしめる手前あんな物言いもしたが……もとより、博麗は裁かれる位置になどいないの
だ。本当に、何代たっても成長しない。

 いやしかし、とも思う。あの訳のわからなさこそが、この博麗大結界そのものであるように思えるから。常識なん
て計りには、とてもかけられないのである。

 「早苗、お酒」
 「あいや、神奈子様。まだ早いような」
 「いいじゃないの。鬼はもう呑んでるし」
 「TPOぐらい弁えましょうよ……あれ、ところで諏訪子様は?」
 「冬眠」
 「不便な体ですね……」
 「いいわね冬眠。私もしたいわ」
 「あら紫。そういえば普段は冬眠じゃなかったかしら」
 「今回は特別なのよ。初代博麗以降、初めてこれだけ広がった交友関係よ? つまり人が集まる。結局宴会になる」
 「なるほど」
 「え、納得するんですか……」
 「貴女も現人神なら、そろそろその辺りも汲み取れるようになりなさい」
 「はぁい」

 深まる秋。咲き誇る椛。博麗神社の一大危機。元凶は胡座を組んで皆を見て回す。信仰が無い信仰が無いと喚く割
りにはいやはや。幻想郷を統べる者達が、一同に会しているではないか。幻想郷において博麗は最強。どうにもこう
にも、こればかりには勝てそうに無い。信仰とは人とカミが紡ぐもの。そして、この幻想郷ではまた形をかえ、信仰
とはヒトとアヤカシを繋ぐ掛け橋ともなっているらしい。愉快愉快。隣に縮こまる早苗を抱えて、神奈子は笑う。

 「……あら、もう大分集まってるのね」

 風見幽香は有象無象の妖怪達に向かって言い放つ。その顔は、普段見せる黒い笑みなどではない。心の底から今日
という日を楽しみにしていた。そうとれるものである。

 「遅いぞ幽香。罰金だぜ」
 「いいじゃない。まだなんでしょう?」
 「解らないか? 喧嘩吹っかけてるんだぜ」
 「魔理沙貴女ったら……ははぁ。なるほど、なるほど」

 幽香はニタリと笑い、魔理沙の意図を察する。そう、祝い事なのだから、派手が良い。前回はあんな回りくどいや
り方だったが、今回はしょっぱなから見せ付けてやる気でいるのだ。

 「派手に行くぜ幽香!!」
 「えぇ来なさい来なさい。いっちばん派手なの、見せ付けてやんなさい」

 蒼空に星が煌いた。幾重にも幾層にも重なる、目を奪われるような弾幕。パワーパワーと言いはするが、魔理沙が
最初に学んだ弾幕は、見目麗しい、心に刻み込まれるような弾幕であったのだ。その根底に在る部分を、魔理沙はた
だ研き続けてきた。強さと美しさを兼ねる、人妖の極意。

 「さぁ、来るわ。来るわ。博麗が来るわ」

 紫が楽しそうに言う。皆の視線は美しく広がる弾幕の一点へと注がれた。

 幻想郷の極東。東方の東方。結界の根幹をなす場所に、新たな博麗が生まれ出。みんなみんな、今日という日が楽
しみで仕方が無かった。またあの馬鹿が来る。またあの変人が現れる。きっときっと次の幻想郷も、あの紅白にひっ
かきまわされるのだろうなと考えて、みんなが笑う。

 白い境内に舞い降りる一人の少女。博麗大結界の具現。この幻想郷を統べる、必要不可欠にして、人妖達の暇潰し。
その少女は空を見上げて、思ったことを口にする。

 「――――――綺麗――――――」

 ”博麗霊夢”が降り立った。待ちに待ち望まれた、最も愛されるその存在が。

 「れいむーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 「……わた、し?」



                                 『おかえり!!』



 幻想郷の極東に、祝福の声が木霊した。





 了
 こんにちは、俄です。ここまで御疲れ様でした。
 なんやかんやと色々やっていたら、作品集二つもあけちゃいまして、皆勤消滅です。

 東方をやっている限りは弾幕に触れてみたい。弾幕いいよね、弾幕ルール最高だよねって事で頑張りました。あと
最強の妖怪ってゆうかりんが良いなと言う妄想もつけ加え、東方ロリコン郷的世界も表現できて満足です。ああ、
ZUN大明神は偉大だなぁ。偉大すぎて、イベントとかで見つけたら思わず手を合わせてた後万歳三唱とかしそうです。

 読んで下さって有難う御座いました。
俄雨
[email protected]
http://niwakassblog.blog41.fc2.com/
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コメント



0.3530簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷が真の楽園になるまでの歴史。
そして、その楽園の中心になる「素敵な巫女」の縁起。

読んでいて心が透き通って行くお話でした!
8.100名前が無い程度の能力削除
この発想はなかった
実に面白く実に愉快で実に楽しかったです
はじめは悲哀ものかと思ったけどそうではなく、求聞史紀をきちんと覚えていないことがここまでむずがゆいことはなかったです
次の機会にまた、色々と読み直して読み直してみます
9.100名前が無い程度の能力削除
ああ、こういう方向性の作品大好き
12.100名前が無い程度の能力削除
各キャラクターがあまりにもイメージ通りで…素晴らしかったです。
15.90ani削除
感動的でした。話運びも言葉の選びもとても綺麗ですね。

魔理沙は結局、吸血鬼の眷属になっちゃったのかな?
最後の霊夢はみんなと初対面の「次代」?それとも転生体?
16.無評価名前が無い程度の能力削除
魔理沙は多分魔法使いになったんではないかと
俄雨氏の作品でちらほらと魔法使いになってる魔理沙は出てきますし
19.100名前が無い程度の能力削除
グレイトです!!!

ただ、以前の作品と繋がっているのは明記したほうがよろしいのでは?
21.100名前が無い程度の能力削除
冒頭涙を誘われましたが、まさか弾幕の、スペルカード制定までの話とは。
幽香の妖怪らしさ、レミリアが幻想郷入りしたときの様子が良かった。
巫女が博麗大結界の具現というのも面白い!子孫より現実味がある。
ラストの会話で咲夜さんが居ないっぽいことに時間の流れを感じた。
幽香とレミリアの弾幕の場面ではゲームをreplayしたくかった。攻略に熱を入れるんじゃなくて、弾幕美を楽しみながら。
楽しませて頂きました。とても面白かったです。ありがとうございます。
23.100創製の魔法使い削除
なるほど!霊夢は博麗大結界というか幻想郷そのものなのかー。


阿求と同じで転生する存在のかー。



天才だったり幸運だったり、卑怯なまでの強さだったりと。幻想郷そのものだというなら納得できる!

32.90雨虎削除
違和感なく飲み込める設定で、最後まで楽しませてもらいました。
霊夢や魔理沙が弾幕に見惚れるシーンでは、自分が東方の弾幕美に惚れ込んだ瞬間を思い返させてくれましたね。
東方の原点の一つである弾幕ごっこを、良い具合に俄雨さん風味で料理できた作品だと思います。
33.100名前が無い程度の能力削除
引き込まれるように最後まで一気に読んでしまいました。
先がなかなか読めなかったけれど、まさかこうなるとは。
力技なれど、まとめきった貴方に、乾杯。
35.100三文字削除
なるほど・・・・・・博麗の巫女は大結界の具現かぁ
ちょくちょく、概念的にそういった話は聞きますけど、その事を話にしてまとめるその技に驚きです。
いやはや、ここまで違和感無く読めるのは素晴らしい。
そして、きちんと原作にも関連していのも面白かったです。
初めて弾幕を体験したときの事を思い出しました・・・・・・避け切った時には本当に興奮したなぁ。
ところで、ちらりほらりと某吸血鬼漫画の言い回しが・・・・・・
39.100名前が無い程度の能力削除
旧作無視はやっぱり正しいんだろうか、私的にすごくヒットしました
40.無評価俄雨削除
お忙しい中どうも有難う御座います。
此方の配慮不足と脳内設定過密のお陰で読者様が理解出来なくなってしまった部分が出てしまっているようなので、まず謝罪させてくださいまし。すみませんでした。

一番最後のクダリですが、魔理沙早苗は暗に人外化したと伝えたく思ったのですが、いやはや伝えるのが下手くそでまぁ。

>某吸血鬼漫画の言い回しが
あのくどい言い回し好きで、えぇ。平野センセ大好きっこです。

>旧作無視
どうにか両方無理にでもくっつけられないかと頭は捻ったのですが、さぁすがに。
それが出来るだけの説得力をもつ文章が書けるならばいいんですが、小生ではとても及びませぬ。

今の私の脳みそと技量ですと、この程度が限界であります。霊夢について何度となく書いた気がするのですが、これで出し切った感があります。霊夢に対するもやもやしたものは晴れました。自己満足ではあるのですが、本当に読んで下さって有難う御座いました。来年もまた宜しくお願いします。
46.無評価名無しー削除
おおお!? だ、弾幕が見える!? ああ、綺麗だなぁ、ちくしょう!
47.100名無しー削除
点数いれわすれ。すまんす。
48.80名前が無い程度の能力削除
やっぱ東方いいよね東方。
52.100名前が無い程度の能力削除
この発想はびっくりしました。
転生する存在なら、両親がいないのも納得ですね。

本当に面白かったです。
ありがとうございました。<(_ _)>
58.100名前が無い程度の能力削除
ちくしょう、朝っぱらから涙が止まんないんだぜ…

彼女たちの「楽園」は永久に不滅です!
霊夢と魔理沙の友情が、いつまでも変わらないものでありますように。
64.100自転車で流鏑馬削除
「弾幕ごっこ!」
この時の霊夢の楽しそうなことといったら!!!
すっぱーーーーーんっと気持ちのいい話でした!!
ああもう何だコレオラとにかくワクワクしてきたぞ!
ちょっと朝まで弾幕してくる!!!
68.100名前が無い程度の能力削除
楽園の素敵な巫女さんは不滅だぁ
75.100名前が無い程度の能力削除
おおっすごい!呼び名香霖の由来から
旧作設定までうまくカバーしてる!
84.100名前が無い程度の能力削除
幼い霊夢と魔理沙を見ていてとても微笑ましかったです。
心が温かくなりました。
そして何よりゆうかりんが可愛かったです!!
90.100名前が無い程度の能力削除
弾幕の鮮やかさが立体で見えた!文字読んでるだけなのに!
しかし幻想的だ。博麗霊夢の存在が美しい
みんな嬉しそうで、読んでてワクワクしてくる。
あなたの文章を読むといつも心が躍る

気になったのが、魔理沙がレミリアに襲われて快復したのは吸血鬼の血(唾液?)のおかげ?
もう一回読もうかな。ゆうかりん☆ミが可愛いんだもん!
96.100名前が無い程度の能力削除
あなたのお話はいつも読後感が素晴らしい。
幻想郷美しいな……