※注)作中の口調について:アリスは社会人なので、年長者に対しては敬語で話すかもしれません。
三日貫徹してフィギュア作成に没頭し、なんとか締切までに作品を提出することができた。
取りに来た八雲社長は、作品のことをべた褒めしてくれていた……ような気がしたが、その時話した内容は、眠すぎてほとんど覚えていない。注文されたからには気合を入れて作ってみたが、あんな妙な人形を、しかも高値で欲しがる人がいるなんていうのは、私には少し疑問だった。
なんでも社長は『すきまふぇす』なるものにその人形を出展すると言っていたが、一体なんの催しだろうか。まあ、私には外の世界の事情はよく分からないし、興味もないけれど。
私は社長に人形を渡した後、さすがに力尽きてその後丸一日寝込んだ。
起きてみると次の日の朝だったので、びっくりした。なぜ日にちの移り変わりがわかったかというと、郵便ポストに新聞が二冊入っていたからだ。
『文々。新聞』
天狗の新聞記者が最近試験的に朝刊を初めた。それで、先週私の家に新聞を取ってくれないかと売り込みに来た。一人暮らしを長く続けていると、突然の訪問者をとてもうれしく感じることがある。もう錆付いて動かないかと思っていた玄関の呼び鈴が久しぶりに鳴ったので、誰か私を訪ねに来てくれたのだろうか、もしかしたら、魔理沙か霊夢だろうかと期待していたら、新聞の勧誘員だったのでひどく落ち込んだ記憶がある。
それでも洗剤と、妖怪の山特製のやわらか紙をつけるからぜひ取ってくれと土下座して頼まれたので、仕方なく一か月間だけ取ってあげることにした。最近お通じも良くないので、やわらか紙をたくさんもらえるのは魅力的だった。肝心の新聞の方は、定期購読を始めて以来一度も内容を見ていない。
そこで私は、天狗が土下座して必死でお願いしていた姿を思い出して、サド的な欲望が浮かび上がってくるとともに、少しだけ申し訳ない気分になった。
ポストに入っている新聞は、一日分だけでもかなりの枚数がある。毎日これだけの量の記事を作るには、相当の労力を要するだろう。私も物作りを職としているから、その苦労がなんとなく想像できて、可哀想な気持ちになった。まあ本当は天狗は土下座などしていなかったのだけれど。
そうねえ。たまには読んでやるか。私は無造作にポストに突っ込まれていた新聞を一冊引きずり出し、開いて内容を読んでみることにした。
えーとなになに……風の異変発生、原因は妖怪の山に越してきた外の世界の神か? ……なんだ、新作の話か。私は出演していないから、果てしなくどうでもいいわ。……守矢神社で連日連夜の宴会、霧の異変の再来か……私は呼ばれてないから、興味ないわね。……プリズムリバー姉妹ライブ、過去最高の入場者数を記録……一人で行ったら周りはバカップルばっかりで、虚しい思いを味わった記憶が蘇ってくるから読みたくないわ。……幻想郷でハイテンションな人間が増加中。めるぽが流行語大賞に。外の世界でストレス社会化が進行し、躁鬱の躁だけが幻想化してきた可能性……私はいつだって鬱だから、幸せなやつは全員死ねばいいのにね……なによ、相変わらずつまらない記事ばっかりね。
「あれ? これは何だろう」
新聞の隅っこに、妙に空欄の多いスペースをみつけた。気になったので読んでみる。
「投稿和歌・川柳コーナー。なるほど。読者の投稿作品を集めてあるコーナーか。しかし渋い記事作るわね……どれどれ」
人形以外の日本文化については詳しくなかったので、和歌と言われても今一つぴんとこなかったが、詩かエッセイみたいなものと捉えれば、芸術家のはしくれとして興味が無いわけでもない。
改行の多い記事を流し読みしていたところ、終わりの方に投稿されていた和歌の一つに目がとまった。
『
霧雨の肌寒き夜火鉢寄り 共擦り合う手もまた喜ばし
楽園少女 』
……何コレ。
私はその内容の意味するところを頭の中で噛みほぐし解釈しつつ、一瞬固まった。
幻想郷で霧雨と言えば、まっさきに連想するのは近所に住んでいる白黒のあいつだ。
和歌の意味は古語も混じっているので正確には分からないが、読んだ限りだと親愛の情を詠った作品のようだ。そんな歌をあいつに送りそうな人間の知り合いと言えば、一人ぐらいしか考えられない。と言うか、なんかこの和歌、ちょっとネチョっぽくない?
和歌の下には解説が載っている。私はそれを読んでみる。
『冬の寒い日に、仲の良い人と一緒に火鉢を囲んで手をすり合っている情景を詠われていますね。隣にいる人への愛情と、仲のよさそうにしている光景が目に浮かんでくるようです。
結構なお手前です。さてこちらの作品、一作でも素晴らしい作品ですが、なんとびっくりすることにこの歌に対する返歌も同時に送られて来ていました。そちらもご紹介したいと思います。
返歌
霧雨の降りつ注ぎつ寄る里に 得がたき縁を今は暖む
普通のヒーロー
霧雨が降り注いで里に流れていくように、私もあなたの元へ行って、得がたい縁を一緒に暖めあいましょうという意味ですね。前の歌で詠まれていた、「霧雨」と言う語句を枕に置いて二つの歌の関連性を強調しています。お二人の友情がありありと唄われていて、これもまた素晴らしい返し歌に仕上がっていますね。
楽園少女さん、普通のヒーローさん、お二方とも素敵な作品をいただき、本当にありがとうございました。
このコーナーでは、引き続き自作の和歌・川柳を募集しています。
今後の企画としまして、月に一度、審査を行い佳作を決めたいと思っています。佳作に選ばれた方には、記念品を贈呈する予定ですので、ふるってご応募ください。皆様の作品をお待ちしております』
……つーかPNからして、どう見ても霊夢と魔理沙じゃない!
あいつら、デキてんじゃねーか、女同士で一体何やってんの? 馬鹿じゃないかしら!!
…………知らなかった。私を仲間外れにして、二人の仲がそこまで進展していたなんて。お互いに和歌を送りあうなんて、ほとんど恋文と同じじゃない! 私が必死に仕事に打ちこんでいる間に、あの二人はイチャイチャと、ネリョネリョと、クピョクピョと! うぎぐぐぐくぴぴぴぴ!
読んだ後無意識のうちに、家の柱に常設していた藁人形をかんかん打ちつけていたようだ。足元にはいつのまにかくちゃくちゃになった新聞紙が落ちている。
もう、霊夢を殺すしかない。
……と、とっさにそんな発想が浮かんできた自分が、我ながら怖い。
いけない、いけない。これ以上ヤンデレ属性が増したら、ノーマルな支持者層を失ってしまうわ。
アイドルはバランス良く全ての要素を兼ね備えている必要があるのだ……と、そんなことはどうでもよろしくて、正直に言えば、霊夢も魔理沙もどっちとも仲良くしたいのだ。どっちか選べと言われたらそれは困る。二人とも私を見ていてくれればそれでいいんだけど。しかし、あいつら和歌とはまた渋い趣味を始めたものだ。
……それにしても許せない。百歩譲って霊夢と魔理沙がデキていなくてこの和歌が単なる友情の歌だとしても、仲間内だけで始めるなら、まず最初に私を誘うのが道理だろうに。なんにしろ、家の中で藁人形を打ちつけていたところで、この人形の中には本人の髪の毛が入っていないから、呪術的効果が期待できないわ。
私は本人の髪の毛を手に入れるために、博麗神社に向かうことにした。
八雲社長がアリスさんには鉈が似合います、なんていうか、アリスさんセカイ系っていうよりは、どっちかって言うとコトハ系じゃないっすか、と意味不明なことを言って、昔やたらに薦めてくれて贈ってくれた鉈を納屋から取り出し、鞄に入れて出撃、もとい外出の準備を整える。
鉈を入れたのは護身のためであって、別段誰かの頸動脈を切断したり、後ろから不意打ちしたり、ナイスなボートに乗って湖でうふふな妄想に浸ったりする予定があるわけではない。
それに良く考えたら、別段私は霊夢や魔理沙のことをどうとも思っていないし、そう、何とも思っていないのだし、ましてや同性に対して懸想するという「百合」や「れずびあん」なんかではない。決して、ない、ない。ナンセンス! 嫉妬心なんて、湧いてくるはずもない。
だからこの鉈は護身のためであって、そもそも弾幕という攻撃手段を持っている私が、だれかを殺傷するために、わざわざ接近しないと致命傷を与えられない鉈などというまどろっこしい武器を使用するはずがないではないか。
だったら尚更鉈なんて武器はいらなくて、弾幕で護身すれば良いじゃないかという反論が頭に浮かんできた気がしたが、そんな意見など毛頭聞く耳は持たないのであって、というわけで博麗神社に向かうことにした。
◇
そうして私は博麗神社に到達。
いたいた、いやがったわ。能天気に縁側でお茶してやがるカテキン漬けのワキ出しバルサ巫女酢めが。
最近は河童に会ったらしいから、それも合わせてカッパミコ酢? あははは、あははは、かっぱみこすー、なんにしろ、その平和そうな暢気なツラを見ていたら酢漬けにしてやりたくなってきたわ。タコと胡瓜の酢漬けっておいしいから、音が似ているミコと胡瓜の酢漬けもおいしいに違いないだろうし。
霊夢は鳥居の方角から歩いてくる私に気づいたらしく、顔をあげると声を掛けてきた。
「あらアリス。久しぶりじゃない」
ふつふつと湧き起こってくる憎悪の念を封じ込めつつ、私はにこやかな表情を作って霊夢の呼びかけに応える。
「そうね。随分久しぶりね。しばらく会わなかったうちに、霊夢にはいろいろとイベントがあったんじゃない?」
フラグとかフラグとかブラクラとかね。
「え? 特に何もないけど? 最近は宴会もやっていないし……」
しらばっくれてるわ、この売り女(うりめ)が。私の魔理沙を寝取った泥棒猫の分際で、白々しいったらありゃしない。人好きのする一見清楚な可愛いお嬢顔して、心のうちは般若みたいに肉欲の情が渦巻いているのね。人は見かけによらない証明の歩く見本市とは将にこいつのこと。
「あ、そう言えば」
「んー、なにかしら?」
私は表面的にはにこやかな体をよそおい、その実鞄から取り出した抜き身の鉈を後手に隠し、少しずつ縁側の方角へにじり寄りつつきゃつめの隙をうかがう。霊夢が隙をみせたらひょうと言わんばかりの掛け声とともに斬りつける算段だ。
博麗と言えば幻想郷最強の存在で私も一度敗北を喫しているが、このマジックコーティングされた鉈でゼロ距離攻撃を行えばいかなきゃつとて博麗霊夢、原型とどめず肉片一つも残るまい。
「この間ね、阿求の家で連歌会をやったの。魔理沙と一緒に行ったのよ」
連歌会ですって? また爺臭いイベントを。はっ、読めたわ。あの和歌はその時に作ったのね。魔理沙と一緒に行ったですって? 私に対するあてつけ?! いかにも嬉しそうに、にこにことした顔で霧雨・ニコルスン・魔理沙の名前を強調しやがって!! 私たちの仲の良さを見て見て、新作出場権のない可愛そうな一人ぼっちのアリス、この集り、二人用だからアリスは参加できないの、とでも言おうってのか? けっ、露出狂が。送ってやるから地獄で閻魔相手に語ってろ。
「今日もあるんだけど。よかったらアリスも一緒に行かない?」
私はそんな催しに誘われたことは一回もないのに! 私だけ、私だけ、いっつも仲間外れにして、なにさ、皆で私の噂して笑っていたんでしょ。馬鹿にして、人のこと見下して。根暗人形師だの、七色ってほどでもないだの、引きこもりだからふとましくてメタボな症候群だの、旧作から比べたら随分老けただの、人形しか友達がいないのよね既にして旧作キャラ扱いだのと思う存分陰口叩いていたんでしょ、全部わかってるんだからお見通しなんだから! 許せないわ、やっぱり霊夢を殺すしかないッ!! …………ん? 今、なんて言った?
「……え? 私も?」
「うん、ああいうのは人が多い方が楽しいしね。最初はお茶会で、そのあと歌会。まあ、阿求の家でやってるちょっとしたサークルみたいなものなんだけど。どう? アリスも試しに参加してみるっていうのは」
「……!! わ、私なんか一緒に行っても、場の雰囲気が鬱になるだけだし……ほら、ほら私ってどっちかって言うと、ヤンデレ属性じゃない?」
私は霊夢の方に向けて、手のひらをぶんぶん振りまわしながらそう言った。思いがけない急な展開に、なぜだか恥ずかしくて、頬まで熱くなってきた。いやだわ、私、赤くなってる。
「何よその『やんでれ』って。別にそんなに卑屈にならなくても……。気軽なイベントなんだから、誰が参加したっていいわよ」
そう言って霊夢はにこやかにほほ笑んだ。……私にはそれがまるで後光をまとった天使の笑みに見えた。うーん、ナイス菩薩。アルカイックスマイル、東洋の至宝。
ああ、霊夢ってなんて優しいんでしょう……。
やっぱり霊夢は私のこと思っていてくれたんだ……。
……ちょっと泣けてきちゃった。
「どうする?」
せっかく霊夢が誘ってくれたんだから、いかないと悪いわよね。うん、断るなんてありえないわ。
◇
そう言うわけで、私は霊夢のお誘いで阿求の家で行われるお茶会に参加することになった。
魔理沙は自宅から阿求の家へ向っているというので、現地で合流する予定。
私たち二人は一緒に仲良く空を飛んで、里へと向かう。ああ、お友達と一緒に外出するのなんて久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうわ。私、お洋服大丈夫かしら? 不自然じゃないかしら? こんな展開になるんだったら、もっと時間をかけておめかししてくるべきだった。鉈のことで頭がいっぱいで、着のみ着のままで出てきてしまったわ。
……はっ。やばい。頭の後ろを触ったら寝癖がついてる! どうしよう……アホ毛のチャーミングポイントってことでごまかせるかしら……ああ、これがアホ毛じゃなくてマホ毛だったら取り外し自由だからいつでも取って保管しておけるのに。私はこのときほど、自分がギャグ漫画のキャラでないことを呪ったことはない……ああ、なんで出番の少ない使い捨て東方キャラなんかに生まれてきてしまったんだろう……などと思い悩み考えているうちに里に着いた。
目指す門の前に、ちょうど知っている顔がいた。八雲のドン、紫さんだ。彼女も阿求に招待されたらしい。
「あ、紫さん、ちゅーす、お久しぶりッス。藍社長にはいつもお世話になってます」
私は礼儀正しく紫さんに挨拶をする。腰に手を当てて、お辞儀の角度は四十五度。確か今ので作法にかなっていたはず。
「ああ、マーガトロイドさん。お久しぶりね。そういえば藍ったら、あなたのところにも行ってるんだっけ? あの子ったら、妙な商売始めて……『財テクでもやらないと、マヨイガの管理なんてやってられないっスよ』なんて、あんなおかしな口調どこで覚えたのかしら?」
主とマヨイガのためにあの商売を始めたのか。八雲社長もいろいろと苦労しているのね。でも人形販売は財テクって言えるのかしら? 他にも株とか国債とかやってるのかしら……確か破綻寸前の幻想国債は長期利回りマイナス2パーセント……ってまあどうでもいいんだけど。
紫さんと霊夢と一緒に門の中に入る。門は藁ぶきで質素な雰囲気だったけど、屋敷の建物や敷地はかなり広い。すぐに建物の中からお手伝いさんが駆けつけてきた。離れに数寄屋があるというのでそちらに案内されることになった。
数寄屋というのはお茶を点てるための専用の建物のことだが、お手伝いさんの説明によれば、今私たちの前方にあるこれは正式な数寄屋ではないらしい。
本物は一人しか入れなかったりするらしいが、今回は大勢で楽しもうという趣旨なので居住性を重視した部屋を選んだという。そんなにいくつも部屋があって、用途に応じて選べるとは随分贅沢かつうらやましい話ね。やっぱり稗田家って、相当なお金持ちなのね。
飛び石を配した端正な和風庭園を通り、目的の離れにたどり着く。
先導してくれているお手伝いさんが、離れの前にあった石の水おけで手を洗うようにいったのでそれに従う。湯気がもくもくと出ている。わざわざお湯を入れておいてくれたのか。手袋を脱ぐとすぐに手がかじかむ。うー、これが冷水だったらしもやけしていたところだわ。助かるわね。
手を洗った後、離れの木戸を開ける。小さな玄関が付いていたので、そこで履物を脱ぎ、目の前の障子を開けるとすぐに部屋になっていた。
まあ、案の定予想した通り畳敷きの渋い部屋である。
道場のような広さだが、中には奥の床の間に掛け軸などが掛けてあり、床の上の花入れには紅い実の枝が一本生けてあったりする。その右側、中心より少し奥の隅に火を焚くための小さな囲炉裏が添えつけてあった。
その前にちょこんとした和服姿のおかっぱ頭が見える。
既に阿求が座っていた。もうお湯を沸かしているらしく、釜からは湯気がでていた。
本音を言えば、お茶会なんてイベントはできるならばご遠慮したい。ラブリーな霊夢の御誘いでなかったならば、断っていたかもしれない。西洋生まれの私には、何時間も正座してじっとしていなければならないのは苦痛でしかない。それに日本の茶道で出されるお茶というのは、確かものすごく苦かったはずだ。少女だから苦いものは苦手なのだ。
「みなさんいらっしゃいませ。さあ、どうぞお座りになってください」
阿求から挨拶の言葉があった。
それを受けて、みんなめいめいに座布団の上に正座する。うー、やっぱり正座なのね……。
「よー、ありす」
魔理沙だ。にこにこした顔をしながら、部屋の奥の方から出てきて手をあげる。
もう着いていたのか。
「こ、こんにちは、ひ、久し振りね」
妙にどもってしまった。恥ずかしい!
でも久し振りに魔理沙の元気な笑顔が見れて、心が和んだわ……。やっぱり家にこもって、誰とも会わない生活を続けていると、根暗になるばっかりなのかしら。
「魔理沙さんも席へどうぞ、さっそく始めましょうか」
阿求の指示で魔理沙も席に着く。これでみんな座った。
配置は、まず紫さんが阿求の隣。
私は紫さんの向い、霊夢と魔理沙の真ん中に座っている。なんかこういう位置ってちょっと嬉しいかも。両手に花……は少し違うか。仲の良い友達二人に挟まれていると、安心する気持ちになれるっていうのはおかしな感情だろうか?
「今回は素晴らしい茶釜が入ったので、そちらでお茶を点てたいと思います」
そう言って、阿求が奥から重そうな鉄釜を取り出した。
私たちはそちらに視線を移す。なんだかずっぺりとした虫みたいな形。黒くて鈍く光る不格好な鉄釜だ。何だろう、声には出さないけど、正直言ってぼろっちく見える。傍目あんまり釜にも見えないし。この鈍器がいったいどうしたというのだろうか。殺傷力だったら、私の鉈の方が数段上だと思うけど。
「こ、これは平蜘蛛の釜!」
知っているのかー、霊夢。
霊夢は席を立ち、中腰のまま手をわきわきとさせて釜ににじり寄った。どうも有名な茶器であるらしい。霊夢の目がぎらついている。
「なんと!……かの松永弾正が織田信長公に譲渡をせまられたものの、断って抱えたまま爆死したといわれる幻の一品! まさか本物を目にしようとは……」
紫さんも霊夢と同じように、震えながらその釜の方に手を伸ばす。口元には薄ら笑い。
紫さんも知ってるの? そんな知識どこの書房で得るのかしら。
「へえ、高いの? これ?」
私は良く分からないので、とりあえず話に乗って質問してみる。
「高いなんてものじゃないわよ! 国宝級なんだから……これ一つで国が二つ買える!」
二つって微妙ね、一つで十分ですよ、わかってくださいよ。私にはただの小汚い釜にしか見えないけど、本当にそんなに高価なのかしら?
「ご、ご当主……もしやその手元にある茶入れは……」
紫さんがまた手を震わせて阿求の傍らにあった小さな壺を指さす。
「ふふふ、お気づきになりましたか。さすが八雲殿。お目ざとくておられる……」
意味分からん口調。なんか微妙に文法おかしくない? 日本語の乱れ、稗田家当主もとうとうゆとり教育の時代に突入しているのかしら。
「こ、これはもしや九十九茄子ではありませんか!!」
「足利義満公・秘蔵の唐物! 本能寺の変で焼失したはずでしたが……おお……幻のセットが今ここに……さすがは稗田家……幻想郷随一の名家の名前は伊達ではありませんな……」
「なんと素晴らしい……極渋の栗色肌にうっすらと差した柚(ゆう)がなんとも悠久の歴史を感じさせる……さすがは伝説の名品」
といったような、長ったらしいうんちくが二人の口からべらべらと飛び出す。話を聞いていると、どうも外の世界で失われて幻想入りした名品だったらしい。それにしても、なんなんだその口調は。誰なんだ、お前ら。出張鑑定団?
二人の驚きように心を良くしたのか、阿求は他にも天地の瓢だの魍魎の匣だの、わかるやつにしか分からないアイテムをいっぱい出してきて見せた。私は興味ないけど、霊夢と紫さんの二人はその都度大声を出したり感涙にむせばんだり、腹ばいになって畳の上で水泳したりと、はなはだしく大げさに驚いていた。なんというか、そのわざとらしい様子はかなり閉口ものだ。
知らなかったけど、この二人どうも相当なお茶道具マニアらしい。まー霊夢はわからないでもないけど、紫さんも渋い趣味をもっているのね。私と、そして魔理沙もさすがに勢いに付いていけないらしく、驚きまくる二人の様子をただ黙って見ていることしかできなかった。
それにしても、傍目から見たらマニアってこんなにアホに見えるんだ……。まあ私も人形マニアだけどさ。これは意外な発見、人の振り見て我が身を直せとでも言うか……。
さんざん名物に対するうんちくを聞かされたが、ようやくお茶会が始まった。
阿求が茶碗にお湯を入れ、茶筅でお茶を溶いていく。
その様子を観察していると、いきなりきた、きた。もう既にやばい。足がしびれる。あれ? そこで私はあることに気づいた。
「魔理沙、胡坐かいてる?」
そう、隣の席をみたら魔理沙は足をくずしてくつろいでいたのだ。
「んあー? アリスもつらいんだったら足くずせばいいじゃん」
「え? いいの?」
私は阿求にたずねる。
「別にかまわないですよ」
阿求から笑みが返ってきた。
「マーガトロイドさん、これはそんなに堅苦しい会じゃないからそこまでお作法にこだわっていないのよ」
紫さんもそう言う。
「アリスさんはお客様なんですから、場に失礼のない程度であれば、一番くつろげる姿勢でかまいませんよ」
そうなんだ。お茶って堅苦しくて作法が絶対だと思っていたけど、ここはそうでもないんだ。
私は言われて、それでも少し遠慮しながら乙女座りに足を組みかえることにした。さすがに魔理沙みたいに男らしくするのもどうかと思うので。一応、最低限の節度は保っていきたい。あら、魔理沙ったら、今ちょっと見てみたら、はなくそほじってたわ。人前だっていうのに、お下品ねえ。ちょっ、無言でこっちに飛ばすな。
阿求が用意していた最初の抹茶ができたらしく、まずは阿求に一番近い紫さんから飲むことになった。
「結構なお手前です」
さすがに紫さんの所作は決まっていた。女の私から見ても優雅に見えるわ。
次は魔理沙が飲む番ね。
「結構なお手前だぜ」
胡坐かいているから、妙にきっぷが良く見えるわ。男前ね。
そして、私まで回ってきた。
回し呑み。間接キッス! うひひひ!
……無意味にテンションあげるのはつらくなってきた。エヴリデイズ・ローテンションがデフォな私には年末シーズンとか忘年会が重なって結構つらい時期だったりする。
え? 神社以外にどこへ忘年会に行くのかって? まあほら、人形関係の取引業者とか、魔法アカデミーの同窓会だとか、旧作キャラ友の会だとかいろいろと社会人には付き合いがあるのよ……って私、いったい誰に答えているのかしら? だいたい間接キッスっていっても、次の人に渡すときに紙で飲み口を拭ってるんだけどさ。
まあそんな話は置いておいて、出されたお茶碗に口をつける。
……。
うー、やっぱり苦い。
私が口に手のひらを運びながら渋い顔をしていると、阿求がくすくすと笑った。
「やっぱり苦かったですか? 下のお茶受けをどうぞ」
皆の前には、小さな御盆の上に梅の形をした米菓子と桜餅が乗っている。冬だから葉っぱは多分、桜の葉じゃないだろうけど。私はそれらを摘まんで口へ運ぶ。
「あ……おいしい」
お茶が苦かった分、お菓子の甘さが際立っていてとても美味しい。
その上、お菓子の甘さでお茶の味も恋しくなってくる。まさに苦みと甘みが織りなす味のハーモニー!
私の後に霊夢が呑んで、お茶碗が阿求のもとへ返された。これで一巡したわけね。
「さて、儀礼はここまで。今度はお楽しみのお茶を点てますよ」
「え? 他にもあるの?」
阿求はしゃかしゃかと手際よく、新しいお茶を点てた。
そしてその茶碗を向いの私に差し出してきた。
「こちらはどうですか?」
茶碗を受け取って、口をつけてみる。
「ア……おいしい」
阿求が新しく点ててくれたお茶は丁度良い苦みだった。香りも芳しくて、湯気が頬に心地良い。
「これも茶道でお出しするお茶ですよ。アリスさんにはこっちの方がいいみたいですね」
「へーうまそうだな」
魔理沙が私の持っている茶碗の中をのぞきこんで物欲しそうにした。
それにしても、作法のことと言い、思ったより堅苦しくない席ね。
「お茶の心っていうのは、もてなしの心なのよ。お客をもてなす、さりげない気配り。それでいて、細心の注意を払うのよ。それが和の精神」
私の心を読んだかのようなタイミングで、紫さんがそう言った。
そう言われると、なんとなく分かった気がする。彼女たちが大切にしているもの。
暖かいお茶を飲んでいると、心がほっとする。まったりした雰囲気で落ち着いた気分になれる。それに阿求や周りにいるみんなの気配りが伝わってきて、心がほかほかするわ。
そうやって落ち着いてくると、周りの景色がだんだんはっきりと目に映るようになってきた。そこで部屋の造作を見てみて、私はあることに気づいた。
「それにしても、茶室の装飾って変わってるのね」
「うん、どこが?」
私が疑問を口にすると、魔理沙が不思議そうに私の方を向いた。
なんか前々から思ってたんだけど、和風の建築ってどこかこう……
「なんて言うか、西洋の装飾とは違うわ。うーん、左右対称じゃないっていうか……」
そう、そうなのよね。今良く見てみたら、床の間って部屋の半分までで切れているし、衝立は片側だけに偏っているし……西洋だったらエントランスのホールからずがーんとこう、部屋割りも部屋にかざる装飾品も、だいたい全て左右に対称なのだ。
「おお、いいところに気が付いたな。わざと左右対称性、つまりシンメトリーを崩してあるのが和風様式の特徴なんだ」
「シンメトリーを崩す? なんでわざわざ」
バランスを良くして左右をきっちり対称にするのは西洋芸術の基本なんだけど。
それでなくても、きっちり対称にしたほうが、そろっていて綺麗な気がするけどな。
「お茶の思想、つまり侘び寂びの思想がそうだったからさ。お茶の達人たちは、茶室というもてなしの空間の中にわざと不完全さを演出したんだ」
「不完全さ?」
「わざと抜いた部分を作る。そうして、見る人が完全な形を心の中で想像して楽しめるようにしたんだ。不完全さは見る人に空想の余地を残すんだな。完璧すぎるごてごてした装飾ばっかりだと見ていて疲れてしまう。気取らない、粗末で簡素なさっぱりした空間で、完全さを空想しながら和む。それが、お茶の開祖たちが考えた侘び寂びの精神だったのさ」
「へー」
そう言われてみると、この建物も木や竹とか、土壁とか質素な材料で作られているわね。あまりけばけばしくなくて落ち着いた懐かしい雰囲気だからまったりできるのかなあ。良く考えたら、神社なんかもそうかもしれない。
「和風建築だってみんなそうなんだぜ。安土桃山時代以降の建築物は、だいたいこの様式で作られている。だから、注意して見ると左右非対称になっているのがわかる。幻想郷の建築物はほとんど江戸時代以降に建てられたものばかりだから、けっこうそういうのが残ってるな」
「へえ……あんた、詳しいわね」
「へへへ、実は前回紫が解説したのを丸暗記してたのさ」
「なんだ、受け売りか。でもそこまで覚えているのは感心するわね……ところで私たちの会話って、まるで教育番組みたいね」
「それはきっと、ストーリーテーラーが気の利いたギャグの一つも入れられない説教臭い性格をしているからだよ。つまんないやつだよな」
「…………。急に何を言い出したの?!」
◇
お茶会もひと段落し、場を正して連歌会が始まった。
皆の前にはお茶菓子に代って、すずりと筆や和紙が並べられている。
「じゃあ、まずは私から」
そう言って紫さんは和紙の厚紙を手に取り、筆ですらすらと和歌を書いていく。
私は阿求が新しく淹れてくれたほうじ茶をすすりながら、その様子を見物する。
そう言えば、即興で作るのよね。すごいものねえ。
八雲立つ出雲八重垣八千代建つ 夜霧の郷の暁にまみゆ
そして出来上がった和歌を、紫さんが詠みあげた。
声の調子は綺麗だったけど、いまいち意味が分からなかったわ。
「なるほど……『八雲立つ出雲八重垣八千代建つ』、は雲がたちこめ、垣で何重にも囲まれていて、何代も続いているように思えるほど、古くて立派な場所という意味でしょうか。暁とは夜明け頃、夜半過ぎから明け方までを指します。『まみゆ』というのは古語で『誰かに会う』という意味ですね。夜霧が立ち込める幻想の郷の暁に、紫さんはいったいどなたにお会いしたんでしょうね?」
解説を終えた後、阿求は霊夢を見つめた。なんだか意味ありげな視線。
紫さんが会った人物って、もしかして霊夢のことなのかしら?
霊夢はお茶をすすりながらちらりと阿求を見返す。
「……紫の春眠に暁があるとも思えないけどね」
「文字通り八千代眠ったままかもしれないしな。しかし和歌に自分の名前を入れるとは、自己主張が強いな」
「というか、これってスサノオノミコトが出雲に入ったときに詠んだ歌のパクリじゃないの?」
「古事記にありますね、『八雲立つ出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を』」
へー、古事記に似たような歌があるのか。
紫さん、一発目からパクリ疑惑とは。一度レッテルが貼られちゃうとなかなか取れないのよね、そういう疑惑って。私は隣に座っていた魔理沙を見た。
「こ、こっち見んな」
魔理沙はちょっとあせって困ったような顔をした。
「パクリじゃないわよ! オマージュと言って! それに大昔の作品だったら、著作権はオッケーなはずだったわよ、確か」
「残念、ここに著作権者が生きていました」
阿求がそう言って自分を指さした。そう言えば、古事記を作ったのって一代目の稗田だったっけ。
「あぐ……」
でも著作権者は歌を詠んだ人だから、スサノオノミコトじゃないの?
「案の定、下の句まで一人で詠んじゃったから、連歌でもなんでもないけどな」
「まあ、別にそれはいいんじゃない? 前回もそうだったし。どっちかっていうとこれは連歌会っていうよりも、ただ和歌っぽいものを作って楽しむ会かしら」
なんだ、これも正式な連歌じゃなかったのか。
「ところで、何でわざわざ古語を使ってわかりにくくするの?」
私はまた疑問に思ったことをたずねてみた。
「まあ、一種の懐古主義だな。昔の文化が好きなんだ。あと、普通比喩ってわかりにくくするもんだぜ? 分かりにくい表現にたくさんの意味をこめるからこそ、謎解きみたいな楽しみも生まれてくる」
「そう言われてみればそうかな」
「あとは本人同士でしか分からないメッセージをこめたりもするな。そういうのを読み解くことに、昔の歌人たちは楽しみを見出したわけだ。わからないこともひっくるめて、全部楽しめるようになったら一人前だな」
「ほうほう」
なかなか子憎いこと言うわね、この黒白も。
「さあ、次に行きましょうか」
「次は霊夢の番だな」
紫さんと魔理沙がかわるがわる喋る。霊夢は言われて小筆と和紙を手に持って構えた。そのあと、霊夢はちらりと私を見た。
「そうね……今日はせっかくアリスを連れてきたことだし……」
「お、アリスへ向けた歌を詠むのか?」
「え? わたし?」
急に名前を呼ばれてびっくりする。
霊夢がすらすらと和紙に何かを書いて、そしてそれを詠んだ。
紡ぎ糸結びしたびにしいかにすと 虹繰る夕べに交わし情けは
「……うわあ」
「これはエロいなあ……」
阿求と魔理沙が思わずため息をついた。
「エロい言うな!」
うん? ちょっとわからなかったけど、どんな意味なのかしら?
「人と人をつなぐ糸を紡いでいるということですね。古語の『情け』には友情と愛情の二つの意味がありますが、この場合はどちらでしょうね」
ああああ、愛情!
「友情に決まっているじゃない」
あー……まあそうよね……まあそれが普通よね。でも……ちょっぴり残念かな……
「しかし、私のときもそうだったが、普段はつっけんどんで冷たい霊夢がこんな温かい歌を読むなんて意外だな」
「なによそれ」
「和歌は内心をストレートに歌うものですからね。霊夢さんの心の中の優しさが文字になって浮き出てきているんですよ。きっとこの歌を送られた人は、あんまり外に出てこない人なんでしょうね」
「え? どうしてわかるの……」
私は思わずたずねた。普段の生活パターンを言い当てられたので、どきりときた。
「前半、糸を紡ぐたびに、あの人は今どうしているのかなあ、と思いだしているわけですね。ふと思い出すぐらい、あまり会いに来てくれない人なのでしょう。また糸紡ぎで連想するわけですから、糸に関連が深い人物なのでしょうね。後半は虹を本当に操ったのか、虹のような糸を編んだのかはわかりませんが、きっと件の人物と美しい夜に出会って、そこで友情を深めあったということを表しているのですね。だからなおさら、会いに来てくれないのは寂しく感じると」
虹の夜……もしかして、冬の異変の時、霊夢と再会した夜のこと?
「これ……解釈されるとかなり恥ずかしいな」
「うるさい……」
そう言ってお茶をすすりながらも、ちょっと霊夢の頬が赤らんでいるように思える……。
その様子を見ていると私も恥ずかしくなってきた。
「さあ、じゃあ次はアリスさんの返し歌の番ですね」
阿求がにこにこしながら私に話しかけた。
「え? 私も和歌を詠むの?」
「あたりまえじゃないか。そのために集まったんだから」
隣にいた魔理沙もそう言う。
「ええ、どうしよう……」
困った……何も思いつかない。
「まあ、でもマーガトロイドさんは今日は初めてだから、次でもいいんじゃない?」
紫さんがそう言ってくれた。ほっ、ちょっと安心したわ。
「そうですね、ではアリスさんは思いついたら次回までに返し歌を作ってくるっていうことではどうですか?」
「あ、ハイ。わかりました」
「楽しみにしてるぜ」
「身悶えするようなのを期待してるわ、マーガトロイド先生」
「このすきま、エロババア……ふぎゃ」
紫さんが扇子で魔理沙をひっぱたいた。
ぱこんという良い音がした。
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そのあと、皆で変わり番子に和歌をいくつか詠んだ。
私は結局一つも詠めなかった。まあ、最初だからインスピレーションが湧いてこないのも仕方がないとみんな言ってくれた。
……みんなの気遣いを思い出しながら、私は家路につくことにした。
お茶会と連歌会。確かに和風よね。落ち着いて静かなお茶の席と、和歌を使ったくすぐったいコミュニケーション。確かに渋い集まりだったけど、次回も参加してもいいかなって思えた。来週もまた開かれるので、私はその時までに霊夢への返し歌を考えなければいけない。
私の鞄には、阿求からもらったお土産のお茶っ葉と芋ようかん、それに鉈の隣に霊夢が贈ってくれた和歌が書かれた厚紙が入っている。
家路につきながら考えた。霊夢が私に会いたいと少しでも思ってくれていたことに驚いた。私の方はどうだったろうか? ちゃんと彼女のことを考えていただろうか。鞄に入れた鉈がずしりと重く感じる……。
……家に帰ってから、私は霊夢への返歌を作ることにした。
夕食を終えてから、台所の机にすずりと筆と墨を並べる。
かまどでケトルがしゅうしゅうと音を立てる。お湯が沸いたので、上海人形がそれで抹茶を梳いてきてくれた。阿求がお土産にくれたお茶っ葉だ。そのお茶を飲みながら、墨を擦って和歌を作る準備をする。
さて、どんな歌にしようかしら。
厚紙を前に置いて筆を持ちながら悩む。
机の上に置いた鞄の中から、霊夢が贈ってくれた和歌の厚紙を取り出す。
それを改めて詠んでみる。
――虹紡ぎ。二人で虹を紡いだ夜。冬の異変で再会したとき、私は以前の借りを返そうとして、挨拶も無しに弾幕をぶつけるなんて真似をしてしまった。
まあ、弾幕をぶつけるという行為は、幻想郷ではコミュニケーションの一つでもあるのだけど。でもその後も、宴会以外での個人的な交流はあんまりなかったな……。いつも魔理沙と一緒に行くし……今度、一人で彼女の家を訪問してみようかしら。
そんなことを考えながら思い出しながら、彼女に贈るための歌をこねくり回す。
ええと、どんなのがいいかな……。
彼女の歌に合わせるように作らないといけない。古語は苦手だったけど、本を調べて一生懸命考えた。別段古語にこだわる必要もない気がするが……霊夢の贈ってくれた歌に合わせたいという気持ちがあった。
なによりも彼女への想いを言葉にのせて詠ってみたかった。
そうすれば彼女と一緒の場所に居られるような気もちょっとした。
……。
……一応、辞書をくったけど、あんまり文法だとか用法だとかには自身がない。
とにかく、できた。
糸紡ぎ七の橋立あまた編み かつ結び手はけふも越ゆらむ
糸を紡いで、七色の虹の橋をいくらでも編んで、そしてそれを編んだ私は今夜にでもあなたの元へ、あなたにお会いするためにこの橋を渡っていきます……まあそんな意味だ。ちゃんと意味が合っているかどうかは、自信ないけど。
今の私の気持ちを詠んだ……何度でも会って一緒に時間を過ごしたいと思う、素敵な友達のことを思い浮かべて詠んだ。
……今度からはもっと外に出て、友達に会いにいくようにしよう。丁度今詠んだ歌みたいに。私は家のベランダに出て、もう日の暮れた空を眺めながら、そう考えた。冬の寒気が肌に刺し込んだけど、私の心はまだ暖かかった。
作った歌を声に出して詠んでみる。
息が白くなって、すぐに寒気で鼻のあたりがつーんとした。
遠くでオリオン座や他の冬の星々がまたたいているのが見える。今見ているのはなんの変哲もない夜空だけど、その向こうに、霊夢と再会したときの、あの七色の夜がちょっとだけ見えた気がした。
来週の集まりではさっき作った歌をみんなの前で発表する。楽しみではあるが、嬉し恥ずかし、なんとも言えない気持ちだ。霊夢が喜んでくれればいいけど。……そう考えてから、私はベランダからあがり、窓に鍵を閉めて部屋の中に戻ることにした。もう寝る時間だ。
久し振りに外出して良い運動にもなったし、今日は良い夢が見られそう……。
了
荒んだアリスの心がほぐれていくのがなんとも。
茶器のくだりとか、へうげものネタも面白かったですよ。
自分、茶道は少しだけかじったことがあるくらいですねぇ・・・
でも、あの凛とした雰囲気は好きです。
茶菓子美味しいし。
あと一言…甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい
あぁいるいるバイト先にこういう高校生……w
序盤終盤でちょっとノリの違いに違和感を感じたんですが、面白かったです。
阿求の茶室での霊夢と紫と阿求の会話も楽しめた。なんか悪代官と庄屋の会話っぽかったけど、こんな話のときはらしくていいんだな。
和歌は不勉強なために解説を読んで意味を知りつつでしたが、霊夢の本質が現れているようで良かった。
霊夢への返歌でギャグに落ちるかと思いきや上手く締められて。面白かったです。
やっぱり霊夢は優しい……一家に一台は欲しいですね。
アリスのぶっ飛んだ思考には笑わせてもらいましたw
しかし感銘を受けたのは、最後の締め。
和歌の内容が脳内に再現されていくようで、なんとも言えない気分になりました。
つまりさいこーって意味です。
途中の某ミステリィ小説なネタには笑わせていただきましたw
中にやじりが入ってるんじゃあ……w
でもこの作品は面白かった。最短の文学を嗜むのもたまにはいいかもしれませんね。
>ヤンデレに対する最良の対処法
世界のヤンデレに愛の手を。自分がMかもしれないと思う今日この頃。
>へうげもの
あの漫画大好きです。知っている人がいるとは意外。むぎゅっ、とした絵が良いですね。>説明口調
なかなか難しいですね。内容は減らしたくないので、物語の中に不自然にならないように説明を混ぜ込みたいところです。まだまだ工夫が必要ですね。
>甘い
つかず離れずみたいな。そういうもどかしい所に魅力を感じます。
>ノリの違い
実はこういう突拍子もない展開が好きなのです。タランティーノの映画みたいな。ノリの違いで笑いを起こせるようにしたいです。
>悪代官と庄屋の会話
時代劇の会話って魅力ありますよね。「へっへ、八雲殿にはかないませぬよ」
>一家に一台は欲しい
ホントにそう思います。寒くなってくると特に。一緒に炬燵にはいれたらさいこーです。
>前半と後半の落差
これは評価分かれるみたいですが、ご満足いただけて何よりです。
>ミステリィ
片方は映画化されるみたいですね。森先生の方は結構読みました。
>癒されました
何よりですw まったりした雰囲気が欲しい今日この頃です。
>最短の文学
なるほど、そう言われてみればそうですね。古典も見方を変えれば楽しい部分がいっぱいあると思うのです。そういうの、発掘していきたいです。
>和歌
自作でしたが、お楽しみいただけて幸いです。最後の和歌は、いちおう掛け言葉になっています。
「かつ結びては」で「そうして(人と人の縁を)結んでは」と「そして結んだ人は」の二重の意味にしています。東方和歌は時々考えています。けっこう溜まってきました。
和歌の説明を出すタイミング、或いは出し方など、もう少し捻りやバリエーションがあれば印象も違ったような気がします。
おっしゃる「自画自賛性」についても、歌会という舞台では致し方ないところもあるのですが以下同文。
終始和歌に手間や力をとられて、それを支えるための語りの筋がやや疎かになっている節を感じました。SSのテーマとしての和歌ではなく、SS側がおまけになってしまった感じが強かったです。
文句ばかりで申し訳ないのですが、そうなってしまうというのはつまり面白味を今一歩感じられなかったということで、ご容赦ください。
ストーリー自体は王道に近い流れに見えたのですが……こういった難しいテーマをそれなりに取り込まれた手腕には、素直に感服です。
和歌については、語るほどの知識もありませんので割愛。
※誤字
・初めた→始めた
意図的かもしれませんが、初という漢字は原則動詞には使いません。