「けーね先生、妖怪ってどれくらい怖いの?」
私、上白沢慧音は寺小屋の生徒の何気ない質問に対し、明確な答えが思い浮かばなかった。
例えば「こうこうこうで怖いんだ」と言った所で現実味が無い。
里にくる妖怪達は基本的に人間達には手を出さないし、実際に人に害を為すような妖怪を子供達は見た事が無いだろう。
そこで考える。
もし、この子達が無学のまま危険な妖怪に出会ってしまったら。
危険を危険と認識できないまま襲われ、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。
「……いい質問だ。その答えは、明日の授業で行うことにしよう」
こう答えたものの、今の時点では私に明確なプランなど何一つ浮かばなかった。
『実物提示教育』
「そんなの簡単だよ、慧音」
私が自宅であーでもない、こーでもないと悩んでいた所に妹紅が現れたのは数十分前の事だ。
考え事の内容を妹紅に相談すると、ケラケラと笑いながら人差指を立ててこう言った。
「実際に見せればいい、って痛っ!!」
無茶を言うな。手元にあったお盆で妹紅の頭頂部を殴打し、やれやれと溜め息を付く。
「何すんだよ慧音!」
「お前こそ何を考えているんだ妹紅!子供達を連れて危険な妖怪の出る場所へ行けというのか?!」
「違う違う!逆だよ!」
逆?と首を傾げた。
そう、逆。と妹紅が頷く。
「つまり、害は為すけどそんなに強くない妖怪を捕まえて教室に連れてくのさ。私が一緒に行けば、いざと言うときは私が妖怪退治の実演をすればいい」
「馬鹿なことを言うな!そんな簡単に行くわけないだろう?」
「だーかーらー。何も見知らぬ奴を捕まえて行く、とは言って無いだろ?」
ああ、なるほど。
「顔見知りを狙う気か」
「そういう事だ。人間の言葉が通じて、尚且つ私達の力量を知っていて、更に見返りを与えやすそうな奴が狙い目だな」
捕まえて、というのは名目上の事らしい。ある程度口裏を合わせ、『慧音と妹紅に捕まって言う事を聞かされている妖怪』を生徒達に見せる。
これなら生徒に被害が及ぶ可能性も大分減らせる。
何より私達の実力を知っていて、且つ妹紅に焼き殺されるリスクを背負ってまで子供を襲うのは、相当な大妖怪か相当な馬鹿のどちらかだ。
「つまり、ある程度会話が成立して……」
「私達の力がどれくらいか理解していて……」
「「見返りを簡単に用意できそうな、それほど強くない妖怪……」」
……あいつだ。
「……あいつかな」
どうやら、私と妹紅の意見は一致したらしかった。
翌日。
寺子屋の裏手にある庭のようなスペースに私と、妹紅、そして――
「嫌よこんなカッコ悪い役ー!!私は主役が似合う女なのにー!!」
首に鵜飼の鵜のように紐で結ばれて、妹紅に捕獲されている“善意の協力者”――
「はっはっは。往生際が悪いぞ、ミスティア」
「……悪いとは思っている。だがこれも教育の為だと思って我慢してくれ」
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライが居た。
昨晩、屋台の営業を終えて棲家に戻ろうとしていたところを拉致&説得&妹紅による無言の圧力で協力を取り付けたのだ。
若干後味の悪い交渉作業ではあったが…これから向こう三ヶ月の間、週に一度ミスティアの屋台で飲食するという報酬を提示した所、物凄くアッサリ了承してくれた。
しかし、いざこうやって首を繋がれて……表現は悪いが晒し者になると思うと、やはり嫌なのだろう。
そこは本当に申し訳ないと思うが、これも子供達の為なのだ。
「大体、私じゃなくてもいいじゃない!リグルは!?」
「冬場だからな…かなり探したんだが見つからなかったんだ」
「ルーミアは!?」
「“空を飛ぶ不思議な食欲”を子供の前に出せるか!いくら私達でも幻想郷三大フードファイターの一角を制御する自信は無い!」
「う……じゃ、じゃあチルノ!!」
「それもダメだ。チルノは妖精だしな」
「……大体、彼女の二つの持病が子供に感染したら困る」
「……え、二つの持病ってなに?アイツ、病気なんかしてたっけ?」
ミスティアが首を傾げる。チルノと普段から仲がいいミスティアなら察すると思ったのだが。
いや、仲がいいだけに気にならないのかもしれない。あるいは、慣れてしまっているか。
なので、私と妹紅は顔を見合わせて答えを告げる。
「馬鹿と」「無謀」
「あ~……」
納得してくれて何よりだ。
「でもこの仕打ちは納得できないー!縄だけでも外してよ!お願いだよ、逃げないから…!」
「……慧音どうする?ミスティア、涙目だぞ?」
「うーむ……」
確かに、犬のように扱うのは妖怪のプライドを傷付けかねない。
それにこれを見た子供達が『妖怪なんか大した事ない』と勘違いされても困る。
無知でも困るが、中途半端な知識で舐めて掛かる方がずっとも危険だ。
……それに、見た目子供っぽいミスティアに泣きそうな顔で見られると。その。
正直、凄く嫌だ。子供を泣かせるのは最低だ。
「……ふぇ?」
「ほら、縄は外したから。ただ、私と手を繋ぐんだ。そして絶対に離さないこと、いいな?」
「う、うん……」
かなり緩く巻いていたとはいえ首の辺りをしばらく気にしていたが、ミスティアは私の言う事を聞いてくれた。
彼女の手は小さく、それこそ普段私が教えている子供達と大差が無い。
……妹紅、なんだその「けーね先生やっさしい~」とか言いそうな笑顔は。
「何でもないってば。さて、私は子供達を呼んでくるよ」
あ、逃げた。……仕方ない、向こう二週間ほどからかわれるのは覚悟しておこう。
……ミスティアもそう不安そうな顔をするな。
※
「さて、これが妖怪。彼女は夜雀という種族の妖怪だ。夜雀はとても悪戯好きで―――」
授業自体は滞りなく進んでいく。
子供達もおっかなびっくりといった様子ではあるが、間近で見る“危険な妖怪”に視線を注いでいる。
ミスティアもどこか緊張気味に、子供達を見つめ返している。少々威嚇気味に見えるのが気になるが。
――こうしていると、寺子屋に新しく入ってきた子を紹介している気分になる。
ちなみに妹紅は退屈そうに欠伸をしていた……子供達を見習え!本当に興味の無い事には集中力皆無だな!
「――とまぁ、大まかな説明は以上だ。質問は?」
「はーい!!」「はい!!はい!!」「はいはいはい!!」「は…はい…!」
「わっ、こら一度に手を上げなくてもいいから!それじゃあ……伊助」
右端の男の子を指す。好奇心で目を輝かせてる、って感じだ。
「夜雀さんの歌声ってどういう声なんですかー!?」
「……魔力は込めないで歌ってくれるか?」
こくり、とミスティアが頷く。
「……~~♪~~♪」
「……」「……」「……」
相変わらずいい声してるな、ミスティアは。
妹紅は寝るな。子守唄じゃないぞ。
「すっげー!!」「上手ー!!」
子供達が蜂の巣を突付いたように大騒ぎを始めた。ああ、しまった。完全に歌手を見る目になってる!
「……えへへ」
ミスティアも満更でもない顔をするな!まぁ歌を誉められて嬉しいのはわかるけども……。
いかんな、少々主旨を外れかけている。
「はいはい、静かにしないか。実際に夜道でこの歌を聞いたら、すぐに耳を塞ぐんだぞ?夜雀は彼女だけじゃない、もっと性悪なのもいるんだ。
そして、その歌声に魅了されると道に迷うどころか鳥目にされて目が見えなくなる。最後には食われてしまうかもしれないんだからな。
決して、一人で夜道を歩くんじゃないぞ?……いいね?」
「「「「はーい」」」」
「…………」
素直でよろしい。……ミスティア、拗ねるな。お前の歌自体を貶したわけじゃないだろう。
「それじゃあ次に質問したがってたのは……ん、兵太」
「はーい!えーっと、えーっと、夜雀さんは普段どこにいるんですかー!?」
「……夜の森の中よ。特に、木が覆い茂ってて周りが見辛い場所。その方がニンゲンを襲いやすいもの」
「…………」
「だそうだ。気を付けるんだぞ?」
「……は、はーい!わかりましたー!」
「じゃあ次の質問は……矢三郎、あるか?」
「はーい!好きなタイプはー!?」
「アホかっ!!」
「……隼とかカッコいいわよね」
「お前も答えるな!!」
――質問は途中からかなり関係ない方向に進んで行ったが、特に問題はないだろう。
ミスティアもさり気無く脅しを掛けるような態度を取ったので、子供達も妖怪を軽く見たりはしないはずだ。……教育の基本は信じる事だしな。
「せ、せんせー、私もいいですか……?」
「ああ、奈々香も質問があるのか。うん、質問してくれ」
奈々香の質問が終ったら今日の授業は終わりにしよう。ミスティアもいい加減疲れてきたようだし。
……妹紅は帰ったら説教だな。
「えと、その……夜雀さんのお名前を教えてください……」
「……え?」
顔を真っ赤にしながら、奈々香はミスティアを見つめている。
対するミスティアは予想外の質問に焦っているようだ。
「……教えてやれ」
私が助け舟を出すと、ミスティアは頷いて奈々香…いや、子供達に向き直って、
「私の名はミスティア・ローレライ。夜雀の歌姫よ」
「ミス、ティア……」
……いや、名前を教えてやれといっただけで自己申告のキャッチフレーズまで入れろとは言ってないんだが。
「……あの、ミスティアさん」
「な、何よ……」
「えと……今日は、色々教えてくれてありがとうございました」
ミスティアが奈々香の言葉に目を丸くしている。人間からお礼を言われた経験など、これが初めてなのだろう。
……正直に言おう。これには私も面食らった。
妖怪に対して警戒心を抱かせる為の試みだったのだが……良い意味で逆効果になったかもしれない。
「ありがとーございましたー!!」「ありがと、ミスティアー!」「また遊びに来てねー!!」
「……だそうだ」
堰を切ったようにお礼の言葉の弾幕をぶつけてくる子供達に、完全に凍り付いていたミスティアにそう言うと……
「う、う、五月蝿い!!に、人間なんか大嫌いだっ!!」
「あ、待て!」
――私の手を振り解き、大きく翼を羽ばたかせて空へと飛んでいってしまった。
「あ……」「……やっぱり、妖怪は人間の事嫌いなのかな……」
明らかに落胆の表情を浮かべる子供達。
だが、これで良かったのかもしれない。親近感が沸いて、馴れ馴れしく接してしまっても……
それはそれで、子供達は危険に足を突っ込むことになる。
――彼女は私が思ってた以上に、役割を果たしてくれた。
「……さ、教室にもどろう」
子供達にそう促すと、皆押し黙ったまま教室へと戻っていった。
……そうそう。妹紅は気持ちよさそうに寝ていたので、置いて行く事にした。
なに、蓬莱人なら風邪くらい平気だろう。
※
「~~♪~♪っと、いらっしゃい……なんだ、慧音か」
「客に向かって『何だ』とは酷いな」
「……連れの蓬莱人はどうしたのよ?あと、ご注文は?」
「風邪をこじらせてな。『一度殺してくれー…!そうしたら蘇って健康になれるから…!』とかほざいたので、永遠亭の輝夜の部屋に投げ込んでおいた。串焼きと、熱燗を頼む」
「酷っ!……はい、串焼き一人前に熱燗ね」
件の授業から数日後、私はミスティアの屋台に様子を見に来たところだった。
彼女自体はいつも通り振舞っていたが、やはり私的には言っておかなければならない。
「すまなかったな、汚れ役をさせて」
「――いいのよ。所詮妖怪は妖怪だしね。嫌われてナンボよ」
「妖怪としては、な。ただ、歌姫としての…あるいは、屋台の気のいい店主のミスティアはどうかな、と思ったんだ」
「………」
帰ってくるのは無言。
彼女は妖怪でありながら、人前で歌ったり屋台を始めたりと、どちらかといえば社交性のある妖怪だ。
そんな彼女が自分から人に嫌われる行動をとるのは、彼女の本意じゃなかったかもしれない。
「いいってば。嫌われてなお人を魅了し、人を引き付けてこその歌姫だし、屋台の店主だもの。はい、串焼きと熱燗お待ちっ!」
「はい、どうも。……いや、それを聞いて安心したよ――そうそう、これは土産だ」
串焼きと熱燗を受け取り、手の空いた彼女に紙束を手渡す。
厚紙で表紙を作り、中の紙を紐で綴じた簡素な書類だ。
「何よ、これ?お勘定のつもりじゃないでしょうね?」
「見ればわかるさ」
「……全く、これが何だっていうのよ」
文句を言いつつ表紙の厚紙を捲る。途端にミスティアの表情が一変する。
一枚、また一枚と捲り……
「………けい、ね。これ………」
「捨ててくれるなよ?」
「……捨てるなんて……出来ない、よ……!」
ぽたり、ぽたりと紙に水滴が落ちる。
拙い絵と、拙い文字の描かれた紙の束に。
子供達からの、ミスティアへの感謝の手紙だった。
渡してくれ、渡してくれとせっつかれた時には何事かと思ったが……
こんな心の篭った手紙と絵を見せられたら、渡さないといけないだろう。
「……子供は恐ろしいな。時に大人や妖怪以上に、物の本質を正確に見抜く事がある。……お前の悪態が本心じゃないことなんて、皆お見通しだったよ」
「……っ!…………!!」
「……表向きは嫌っていても、歌を誉められた時の笑顔は本物だった。あんな素敵な笑顔を見せるお前の事を、みんな好きになったのさ。……やれやれ、私の目論見は外れたようだ。もっと怖がってくれると思ったのだがね」
「け、い、ねぇ………!!」
席を立って、裏手へ回る。軽く手を広げて、ミスティアを胸の中へ招き入れた。
――世にも珍しい、夜雀の『泣き声』だった。
素直じゃなくて、意地っ張りで、見栄っ張り。そんな彼女の嬉し泣きの声。
決して、私は忘れないよ。ありがとう、ミスティア。
※
さて、ミスティアを連れた特別授業から数週間後。
「……事情はわかってくれただろうか?」
「わかったけどさぁ……要するに、今度は私ってことなんでしょ?嫌だよ、折角冬をしのぐのに良い場所を見つけたのに……」
「うむ……思った以上に子供達や保護者から評判が良かったんだ……妹紅や私がいるなら大丈夫だろ、とかなりアバウトに考えてるらしくてだな……」
「それで断り切れなかった慧音先生による特別授業第二弾として、このリグル・ナイトバグをとっ捕まえにきた、と。うん、断る。絶対やだ。さよなら。っていうかもう来るなっ!!」
「……そう言うとは思っていた!だが協力してくれ!むしろされてくれ!!」
「日本語がおかしいぞ寺小屋教師ぃ!!うわああー!!逃げろー!!」
「ええいこうなれば仕方ない、行くぞ妹紅!」
「人使い荒っぽくなったよね、慧音ってさ……」
魔法の森の奥深くで私と妹紅と蟲の王が追いかけっこをしているころ。
里の出入り口に程近い木の上で、真昼間なのに歌っている夜雀がいたらしい。
その歌声には微塵の妖力もなく、ただ好きなように歌っていて。
歌声に気付いた子供達が、里の中から夜雀に手を振ると。
夜雀はニッコリ笑って子供達の方へ向き直り―――
―――べーっ!と舌を出して、すぐにどこかへ飛んでいってしまったそうだ。
<おしまい>
私、上白沢慧音は寺小屋の生徒の何気ない質問に対し、明確な答えが思い浮かばなかった。
例えば「こうこうこうで怖いんだ」と言った所で現実味が無い。
里にくる妖怪達は基本的に人間達には手を出さないし、実際に人に害を為すような妖怪を子供達は見た事が無いだろう。
そこで考える。
もし、この子達が無学のまま危険な妖怪に出会ってしまったら。
危険を危険と認識できないまま襲われ、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。
「……いい質問だ。その答えは、明日の授業で行うことにしよう」
こう答えたものの、今の時点では私に明確なプランなど何一つ浮かばなかった。
『実物提示教育』
「そんなの簡単だよ、慧音」
私が自宅であーでもない、こーでもないと悩んでいた所に妹紅が現れたのは数十分前の事だ。
考え事の内容を妹紅に相談すると、ケラケラと笑いながら人差指を立ててこう言った。
「実際に見せればいい、って痛っ!!」
無茶を言うな。手元にあったお盆で妹紅の頭頂部を殴打し、やれやれと溜め息を付く。
「何すんだよ慧音!」
「お前こそ何を考えているんだ妹紅!子供達を連れて危険な妖怪の出る場所へ行けというのか?!」
「違う違う!逆だよ!」
逆?と首を傾げた。
そう、逆。と妹紅が頷く。
「つまり、害は為すけどそんなに強くない妖怪を捕まえて教室に連れてくのさ。私が一緒に行けば、いざと言うときは私が妖怪退治の実演をすればいい」
「馬鹿なことを言うな!そんな簡単に行くわけないだろう?」
「だーかーらー。何も見知らぬ奴を捕まえて行く、とは言って無いだろ?」
ああ、なるほど。
「顔見知りを狙う気か」
「そういう事だ。人間の言葉が通じて、尚且つ私達の力量を知っていて、更に見返りを与えやすそうな奴が狙い目だな」
捕まえて、というのは名目上の事らしい。ある程度口裏を合わせ、『慧音と妹紅に捕まって言う事を聞かされている妖怪』を生徒達に見せる。
これなら生徒に被害が及ぶ可能性も大分減らせる。
何より私達の実力を知っていて、且つ妹紅に焼き殺されるリスクを背負ってまで子供を襲うのは、相当な大妖怪か相当な馬鹿のどちらかだ。
「つまり、ある程度会話が成立して……」
「私達の力がどれくらいか理解していて……」
「「見返りを簡単に用意できそうな、それほど強くない妖怪……」」
……あいつだ。
「……あいつかな」
どうやら、私と妹紅の意見は一致したらしかった。
翌日。
寺子屋の裏手にある庭のようなスペースに私と、妹紅、そして――
「嫌よこんなカッコ悪い役ー!!私は主役が似合う女なのにー!!」
首に鵜飼の鵜のように紐で結ばれて、妹紅に捕獲されている“善意の協力者”――
「はっはっは。往生際が悪いぞ、ミスティア」
「……悪いとは思っている。だがこれも教育の為だと思って我慢してくれ」
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライが居た。
昨晩、屋台の営業を終えて棲家に戻ろうとしていたところを拉致&説得&妹紅による無言の圧力で協力を取り付けたのだ。
若干後味の悪い交渉作業ではあったが…これから向こう三ヶ月の間、週に一度ミスティアの屋台で飲食するという報酬を提示した所、物凄くアッサリ了承してくれた。
しかし、いざこうやって首を繋がれて……表現は悪いが晒し者になると思うと、やはり嫌なのだろう。
そこは本当に申し訳ないと思うが、これも子供達の為なのだ。
「大体、私じゃなくてもいいじゃない!リグルは!?」
「冬場だからな…かなり探したんだが見つからなかったんだ」
「ルーミアは!?」
「“空を飛ぶ不思議な食欲”を子供の前に出せるか!いくら私達でも幻想郷三大フードファイターの一角を制御する自信は無い!」
「う……じゃ、じゃあチルノ!!」
「それもダメだ。チルノは妖精だしな」
「……大体、彼女の二つの持病が子供に感染したら困る」
「……え、二つの持病ってなに?アイツ、病気なんかしてたっけ?」
ミスティアが首を傾げる。チルノと普段から仲がいいミスティアなら察すると思ったのだが。
いや、仲がいいだけに気にならないのかもしれない。あるいは、慣れてしまっているか。
なので、私と妹紅は顔を見合わせて答えを告げる。
「馬鹿と」「無謀」
「あ~……」
納得してくれて何よりだ。
「でもこの仕打ちは納得できないー!縄だけでも外してよ!お願いだよ、逃げないから…!」
「……慧音どうする?ミスティア、涙目だぞ?」
「うーむ……」
確かに、犬のように扱うのは妖怪のプライドを傷付けかねない。
それにこれを見た子供達が『妖怪なんか大した事ない』と勘違いされても困る。
無知でも困るが、中途半端な知識で舐めて掛かる方がずっとも危険だ。
……それに、見た目子供っぽいミスティアに泣きそうな顔で見られると。その。
正直、凄く嫌だ。子供を泣かせるのは最低だ。
「……ふぇ?」
「ほら、縄は外したから。ただ、私と手を繋ぐんだ。そして絶対に離さないこと、いいな?」
「う、うん……」
かなり緩く巻いていたとはいえ首の辺りをしばらく気にしていたが、ミスティアは私の言う事を聞いてくれた。
彼女の手は小さく、それこそ普段私が教えている子供達と大差が無い。
……妹紅、なんだその「けーね先生やっさしい~」とか言いそうな笑顔は。
「何でもないってば。さて、私は子供達を呼んでくるよ」
あ、逃げた。……仕方ない、向こう二週間ほどからかわれるのは覚悟しておこう。
……ミスティアもそう不安そうな顔をするな。
※
「さて、これが妖怪。彼女は夜雀という種族の妖怪だ。夜雀はとても悪戯好きで―――」
授業自体は滞りなく進んでいく。
子供達もおっかなびっくりといった様子ではあるが、間近で見る“危険な妖怪”に視線を注いでいる。
ミスティアもどこか緊張気味に、子供達を見つめ返している。少々威嚇気味に見えるのが気になるが。
――こうしていると、寺子屋に新しく入ってきた子を紹介している気分になる。
ちなみに妹紅は退屈そうに欠伸をしていた……子供達を見習え!本当に興味の無い事には集中力皆無だな!
「――とまぁ、大まかな説明は以上だ。質問は?」
「はーい!!」「はい!!はい!!」「はいはいはい!!」「は…はい…!」
「わっ、こら一度に手を上げなくてもいいから!それじゃあ……伊助」
右端の男の子を指す。好奇心で目を輝かせてる、って感じだ。
「夜雀さんの歌声ってどういう声なんですかー!?」
「……魔力は込めないで歌ってくれるか?」
こくり、とミスティアが頷く。
「……~~♪~~♪」
「……」「……」「……」
相変わらずいい声してるな、ミスティアは。
妹紅は寝るな。子守唄じゃないぞ。
「すっげー!!」「上手ー!!」
子供達が蜂の巣を突付いたように大騒ぎを始めた。ああ、しまった。完全に歌手を見る目になってる!
「……えへへ」
ミスティアも満更でもない顔をするな!まぁ歌を誉められて嬉しいのはわかるけども……。
いかんな、少々主旨を外れかけている。
「はいはい、静かにしないか。実際に夜道でこの歌を聞いたら、すぐに耳を塞ぐんだぞ?夜雀は彼女だけじゃない、もっと性悪なのもいるんだ。
そして、その歌声に魅了されると道に迷うどころか鳥目にされて目が見えなくなる。最後には食われてしまうかもしれないんだからな。
決して、一人で夜道を歩くんじゃないぞ?……いいね?」
「「「「はーい」」」」
「…………」
素直でよろしい。……ミスティア、拗ねるな。お前の歌自体を貶したわけじゃないだろう。
「それじゃあ次に質問したがってたのは……ん、兵太」
「はーい!えーっと、えーっと、夜雀さんは普段どこにいるんですかー!?」
「……夜の森の中よ。特に、木が覆い茂ってて周りが見辛い場所。その方がニンゲンを襲いやすいもの」
「…………」
「だそうだ。気を付けるんだぞ?」
「……は、はーい!わかりましたー!」
「じゃあ次の質問は……矢三郎、あるか?」
「はーい!好きなタイプはー!?」
「アホかっ!!」
「……隼とかカッコいいわよね」
「お前も答えるな!!」
――質問は途中からかなり関係ない方向に進んで行ったが、特に問題はないだろう。
ミスティアもさり気無く脅しを掛けるような態度を取ったので、子供達も妖怪を軽く見たりはしないはずだ。……教育の基本は信じる事だしな。
「せ、せんせー、私もいいですか……?」
「ああ、奈々香も質問があるのか。うん、質問してくれ」
奈々香の質問が終ったら今日の授業は終わりにしよう。ミスティアもいい加減疲れてきたようだし。
……妹紅は帰ったら説教だな。
「えと、その……夜雀さんのお名前を教えてください……」
「……え?」
顔を真っ赤にしながら、奈々香はミスティアを見つめている。
対するミスティアは予想外の質問に焦っているようだ。
「……教えてやれ」
私が助け舟を出すと、ミスティアは頷いて奈々香…いや、子供達に向き直って、
「私の名はミスティア・ローレライ。夜雀の歌姫よ」
「ミス、ティア……」
……いや、名前を教えてやれといっただけで自己申告のキャッチフレーズまで入れろとは言ってないんだが。
「……あの、ミスティアさん」
「な、何よ……」
「えと……今日は、色々教えてくれてありがとうございました」
ミスティアが奈々香の言葉に目を丸くしている。人間からお礼を言われた経験など、これが初めてなのだろう。
……正直に言おう。これには私も面食らった。
妖怪に対して警戒心を抱かせる為の試みだったのだが……良い意味で逆効果になったかもしれない。
「ありがとーございましたー!!」「ありがと、ミスティアー!」「また遊びに来てねー!!」
「……だそうだ」
堰を切ったようにお礼の言葉の弾幕をぶつけてくる子供達に、完全に凍り付いていたミスティアにそう言うと……
「う、う、五月蝿い!!に、人間なんか大嫌いだっ!!」
「あ、待て!」
――私の手を振り解き、大きく翼を羽ばたかせて空へと飛んでいってしまった。
「あ……」「……やっぱり、妖怪は人間の事嫌いなのかな……」
明らかに落胆の表情を浮かべる子供達。
だが、これで良かったのかもしれない。親近感が沸いて、馴れ馴れしく接してしまっても……
それはそれで、子供達は危険に足を突っ込むことになる。
――彼女は私が思ってた以上に、役割を果たしてくれた。
「……さ、教室にもどろう」
子供達にそう促すと、皆押し黙ったまま教室へと戻っていった。
……そうそう。妹紅は気持ちよさそうに寝ていたので、置いて行く事にした。
なに、蓬莱人なら風邪くらい平気だろう。
※
「~~♪~♪っと、いらっしゃい……なんだ、慧音か」
「客に向かって『何だ』とは酷いな」
「……連れの蓬莱人はどうしたのよ?あと、ご注文は?」
「風邪をこじらせてな。『一度殺してくれー…!そうしたら蘇って健康になれるから…!』とかほざいたので、永遠亭の輝夜の部屋に投げ込んでおいた。串焼きと、熱燗を頼む」
「酷っ!……はい、串焼き一人前に熱燗ね」
件の授業から数日後、私はミスティアの屋台に様子を見に来たところだった。
彼女自体はいつも通り振舞っていたが、やはり私的には言っておかなければならない。
「すまなかったな、汚れ役をさせて」
「――いいのよ。所詮妖怪は妖怪だしね。嫌われてナンボよ」
「妖怪としては、な。ただ、歌姫としての…あるいは、屋台の気のいい店主のミスティアはどうかな、と思ったんだ」
「………」
帰ってくるのは無言。
彼女は妖怪でありながら、人前で歌ったり屋台を始めたりと、どちらかといえば社交性のある妖怪だ。
そんな彼女が自分から人に嫌われる行動をとるのは、彼女の本意じゃなかったかもしれない。
「いいってば。嫌われてなお人を魅了し、人を引き付けてこその歌姫だし、屋台の店主だもの。はい、串焼きと熱燗お待ちっ!」
「はい、どうも。……いや、それを聞いて安心したよ――そうそう、これは土産だ」
串焼きと熱燗を受け取り、手の空いた彼女に紙束を手渡す。
厚紙で表紙を作り、中の紙を紐で綴じた簡素な書類だ。
「何よ、これ?お勘定のつもりじゃないでしょうね?」
「見ればわかるさ」
「……全く、これが何だっていうのよ」
文句を言いつつ表紙の厚紙を捲る。途端にミスティアの表情が一変する。
一枚、また一枚と捲り……
「………けい、ね。これ………」
「捨ててくれるなよ?」
「……捨てるなんて……出来ない、よ……!」
ぽたり、ぽたりと紙に水滴が落ちる。
拙い絵と、拙い文字の描かれた紙の束に。
子供達からの、ミスティアへの感謝の手紙だった。
渡してくれ、渡してくれとせっつかれた時には何事かと思ったが……
こんな心の篭った手紙と絵を見せられたら、渡さないといけないだろう。
「……子供は恐ろしいな。時に大人や妖怪以上に、物の本質を正確に見抜く事がある。……お前の悪態が本心じゃないことなんて、皆お見通しだったよ」
「……っ!…………!!」
「……表向きは嫌っていても、歌を誉められた時の笑顔は本物だった。あんな素敵な笑顔を見せるお前の事を、みんな好きになったのさ。……やれやれ、私の目論見は外れたようだ。もっと怖がってくれると思ったのだがね」
「け、い、ねぇ………!!」
席を立って、裏手へ回る。軽く手を広げて、ミスティアを胸の中へ招き入れた。
――世にも珍しい、夜雀の『泣き声』だった。
素直じゃなくて、意地っ張りで、見栄っ張り。そんな彼女の嬉し泣きの声。
決して、私は忘れないよ。ありがとう、ミスティア。
※
さて、ミスティアを連れた特別授業から数週間後。
「……事情はわかってくれただろうか?」
「わかったけどさぁ……要するに、今度は私ってことなんでしょ?嫌だよ、折角冬をしのぐのに良い場所を見つけたのに……」
「うむ……思った以上に子供達や保護者から評判が良かったんだ……妹紅や私がいるなら大丈夫だろ、とかなりアバウトに考えてるらしくてだな……」
「それで断り切れなかった慧音先生による特別授業第二弾として、このリグル・ナイトバグをとっ捕まえにきた、と。うん、断る。絶対やだ。さよなら。っていうかもう来るなっ!!」
「……そう言うとは思っていた!だが協力してくれ!むしろされてくれ!!」
「日本語がおかしいぞ寺小屋教師ぃ!!うわああー!!逃げろー!!」
「ええいこうなれば仕方ない、行くぞ妹紅!」
「人使い荒っぽくなったよね、慧音ってさ……」
魔法の森の奥深くで私と妹紅と蟲の王が追いかけっこをしているころ。
里の出入り口に程近い木の上で、真昼間なのに歌っている夜雀がいたらしい。
その歌声には微塵の妖力もなく、ただ好きなように歌っていて。
歌声に気付いた子供達が、里の中から夜雀に手を振ると。
夜雀はニッコリ笑って子供達の方へ向き直り―――
―――べーっ!と舌を出して、すぐにどこかへ飛んでいってしまったそうだ。
<おしまい>
ごちそうさまでしたー
この後がすっごく気になるんですが
単純なのに美しい話でした。
みすちーは「悪」って某本に書かれていたけど、屋台モードもあるし、うん、
仲良くなってもらいたい。かわええし。
しかし「空を飛ぶ不思議な食欲」には全面降伏。ココアは吹くとヤバイです。
みすちーの歌声と屋台の料理にメロメロにされてぇ。
タイトルで某禁止カードを思い出してしまってですね。
こう言う雰囲気のSSは大好物です。
次回作も期待しております♪
いやいや いいお話でしたm(_)m
しかしリグルも・・・人選が難しいですな
最終的には満月の日のけーねが題材かしら
話の内容にも無駄がなく、長すぎず、ストンと飲み込んで味わえる。
そんな素敵なお話でした。
幽花とか連れてきた日には、子供達に一生消えないトラウマが…
もっとも依頼自体を引き受けないでしょうが。
いや、苛めっ子だから逆に引き受けて…ガクガクガク
さくっと読める話でした。
でも蓬莱人は病気にならなかった気が
次のリグルがサンプルになった授業も見たいです先生
警戒心なくなっちゃってますし。
あと、誰も言わないのであえてつっこみますが、慧音って一応「半妖」でしたよね…
絶対におもちゃにされていたに違いない(笑)
ミスティアの「鳥目にしてあげる」は個人的には妖精が人間に悪戯するのと
変わらないイメージだったのであまり攻撃的な意思は感じませんでした。
>慧音って一応「半妖」
半妖でも人間に攻撃行動取らない慧音じゃ危機感を煽れないからでは?
子供も懐いてしまってますし、寺子屋もやってますし。
>匿名評価をしてくださった方
読んでいただきありがとうございました。予想外の高評価に驚いている次第です。
いくつかご指摘された通り、まだまだ穴のある作品だったと思います。
皆様の意見を次に書くときの参考にしたいと思いますので、よろしくお願いします。
…タイトルの「実物提示教育」は例のあのカードです。はい。
寺子屋です。
面白かった。