「大体ですね、どうして貴方たちは未成年なのにそんなにお酒をぐいぐい呑んでるんですか!?」
私は空にした杯を乱暴に置き、酒に酔った勢いでそんなことを口走っていた。
「未成年って酒呑んじゃいけないのぉー?」
「て言うかお前も未成年のくせに酒呑んでるじゃないか」
「うぅ……」
霊夢さんも魔理沙さんも、ちっとも悪びれる所がない。正しいことを言っているはずなのに、私の方が間違っている気がしてしまう。いや確かに私もそんな偉そうなことを言っておきながらお酒を呑んでいる訳なのだけれども、これはそもそも信仰のためにこうして集まっているから仕方なく呑んでいる訳であってですね……ああもう。
て言うかどちらかと言えば、若いのにどうしてそんなに酒を呑み慣れているのかを問い質したかったのだけど。
「……とにかく、本来は未成年の飲酒は法律で禁じられているんですよ」
「そんなこと言われても、私はそんな決まり知らないしー」
「だよなー」
「て言うかー、幻想郷じゃあ私が法律ぅ?」
「何言ってるんだかこの不良ぐーたら巫女が。ちったぁ巫女らしく働け」
「なにをー、そっちこそ霧雨魔法店は開店休業のくせにー」
何かもう、何を言っても無駄っぽい。二人ともいい感じに酔っ払っている。とくに霊夢さんが酷い。
そんな風に互いに罵声を浴びせ合っていた二人だが、それはいつしか取っ組み合いに発展していた。と言っても、二人ともそれなりに酒が回っていて、動きは緩慢。どつき漫才程度のものである。
傍目からすれば、仲良くじゃれ合っている女の子同士に見えなくもないが、ここはそんなのどかな場所ではない。この場は、酒とその匂いと意味不明な嬌声とがるつぼの如くぐるんぐるんかき混ぜられた酒宴場なのだ。
いけない、ぐるんぐるんとか言ってると余計に酔いが回って気持ちが悪くなる。
きゃあきゃあと猫のように戯れる二人からちょっと離れて、一旦小休止を取る。口直しにちょっとお水が欲しいと思ったのだけれども、生憎と周囲に置かれている飲料物はどれを見ても酒、酒、酒。ここの主である霊夢さんに水のありかを尋ねたかったが、当人はそれどころではなさそうだった。
博麗神社の裏庭にて開かれた、幾度目かの宴会。私は今回も、その席にいる。
時節は秋の深まる頃合い。初めこそ、美しく紅葉した木々を眺める紅葉見の色合いが強かったのだけれども、日が落ちてゆくにしたがい、もしくは酒が進むにしたがい、結局はいつもの酒宴の場へと落ち着いてしまうのだった。
こうして何度も宴会に参加していると、色んな人やら人以外やらと顔を合わせる。そのたびに、ひとくちに妖怪と言っても様々な種族があるものだと、私は驚きを隠せずにいた。
河童や天狗に始まり、猫に狐に兎に月人、果ては吸血鬼やら亡霊やら。これ以上どんなのが出て来ても動じないつもりではあるけれど、私の理解の斜め上を行くような妖怪が、幻想郷にはまだまだ沢山いるのだろうと思う。
亡霊である幽々子さんと初めて対面した時に、反射的に鎮魂の儀を執り行おうとして逆に取り殺されそうになったのは、さっさと忘れたい思い出である。
霊夢さんや魔理沙さんが山に乗り込んで来た時といい、いらんことをすると手痛いしっぺ返しを食らうのが幻想郷なのだと、私は身をもって知らされたのだった。
ちなみに我が主である八坂神奈子様は現在、私のことなどほっぽって射命丸文さんと呑み比べをしている。先程から聞こえる喧しい歓声は、主にそのあたりから上がっていた。次々に注がれたお酒をどちらかが飲み干すたびに、観衆が騒ぎ立てている。て言うか文さん、その前はここにいる霊夢さんと呑み比べをして勝利していたはずなのですが。どれだけ呑んでるんですか。
今日の霊夢さんはいつも以上に酔っ払っているけれど、その原因は文さんにある。
まあ呑み比べに負けたからって、その後に迎え酒を呑むが如くに酒を呷り始める霊夢さんもどうかと思うけど。
「なにをー、幻想郷さいきょうの私とやろうってのー?」
「やるぜー」
で、酔っ払ったままほっとくと、二人ともすぐこれである。さいきょうって言葉が物凄く安っぽく聞こえた。
先日の宴会でも、この二人は酔っ払った勢いで弾幕ごっこを始めている。
その時私はもうグロッキー状態だったので、二人を止めることもせずに空中での弾幕ごっこの様子をぼんやりと眺めていた。のだけれど、くるくる回る陰陽球とか星弾を見ていたら吐きそうになったので、やっぱり不貞寝を決め込むことにした。
しかしある時、傍でべちゃりという音がして、何か嫌な予感がして音の方を見たら……やっぱりアレだった。そりゃあ、酒が入った状態で動き回ったり複雑な弾幕模様を見たりしていれば……吐きたくもなるだろう。
その後も空中から二撃三撃あり、それに被弾した者も複数。私は奇跡の力を行使し、どうにか被害を受けずに済んだ。奇跡って便利だ。バチが当たりそうな使い方だけど。
さすがにその時は、合いの手という名の怒りの弾幕が地上から炸裂し、二人ともあえなく落とされたのだった。
「もう、やめて下さいよ。先日のような惨事はたくさんです」
先日のような奇跡の使い方はもうたくさん、というのが本音である。
「惨事って、何かあったのかー?」
「知らないわよー。魔理沙が裸踊りでもしたんじゃないのー?」
この二人、空中から吐瀉物を撒き散らしたことなど綺麗さっぱり忘れている。これだから酔っ払いは嫌いなのだ。「覚えていない」の一言で済ませてしまうのだから。
魔理沙さんはほろ酔い加減でへらへらと緩みっぱなしだし、霊夢さんはもう一線を越えてしまったみたいに、上機嫌にケラケラと笑っている。私はこんな人たちに負けたのか、と思うと、泣きたくなってくる。
「もう、いいですよ、どうでも……」
もう、不貞腐れてしまいたい。
「何か嫌なことでもあったか? まあ呑め」
貴方たちに何が分かると言うのですか。だいたい、そうやって事あるごとにお酒を勧められるのがヤなんですよ。
親交――信仰のためとは言え、限度と言うものがある。
が、
「このくらい……やってやろうじゃないですか」
何かもう、やけっぱちになっている自分が居る。
杯に注がれた何だか分からないお酒を、私はグイッと喉に流し込む。喉が焼かれるような不快感が一拍遅れて訪れ、私は思わず咳き込んだ。
「おー、いい呑みっぷりだー。けど、無理はするなよ」
「勧めておいてそれはないんじゃないですか!?」
「それは悪かった。ま、酒は呑んでも呑まれるな、ってやつだよ」
ここにいる方々は皆、進んで酒に呑まれている気がするのは気のせいだろうか。呑んだつもりが呑まれてて、呑まれたと見せかけて呑み返し……。あー、自分の考えてることが分からなくなって来た。文字通りの意味で、私は酒に呑まれつつあるようだった。
けれど……、と、私は思う。
何故だろう。そうやって進んで酒に呑まれているみんなが、どこか羨ましく感じられるのは。
気ままに酒を酌み交わし、陽気に戯れる目の前の二人に、軽い嫉妬さえ覚えているのは何故だろう。
いや、自分でもそれが何故なのかは分かっている。――分かっているのだ。
だから要は、私自身がそういう生き方を選べるかどうかが問題なのだろう。
私は、手近にあった何だか分からないお酒の瓶を手に取り、自らの杯に注ぐ。
見定めるように杯を顔に近付ければ、むせ返るような濃厚な香りに直接脳が揺さぶられ、呑まずともそれだけで酔いが酷くなりそうだった。本日の飲酒量は既に今までの最高記録を更新しており、普段ならとっくに酒に呑まれてダウンしている。
いや、呑まれてはいけない。呑まなければいけない。
私だって、今日まで何度も宴会に参加し、慣れないお酒を嫌々ながらも何杯も飲んで来た。ならば、少しはお酒に強くなっているはず。この程度の酒量でへこたれていたら、いつまでたっても信仰など得られないのだ。
私は、覚悟を決めた。
なるべく匂いを嗅がないようにして、速やかにお酒を口に含む。嚥下するたびに、鉛でも飲み込んだような重たい感覚が喉奥を通り過ぎていく。ともすれば胃の中から逆流してしまいそうになるのを、更にお酒を飲み込むことで無理やり体内に押し込んでいった。
そうやって、本日何杯目か分からないお酒を、私は飲み干したのだった。
「あーあぁ、知らないわよー、そんなに呑んじゃってぇ」
「何を、このくらいでへこたれは……」
嘘だ。もう、へこたれるどころのレベルじゃない。喋るのにも難儀している。声と一緒に余計なものまで出て来そうだった。
もう完全に酒に呑まれているのが、自分でもよく分かる。いや、無理して呑もうとした時点で、既に呑まれていたとも言える。
酒は頭の中でぐるぐると回り、何か考えようとしても、思考は勝手にばらばらに散っていく。視界は霞でもかかったみたいに曖昧にぼやけている。
手をついていなければ、身体を支えることさえ出来ない。
「おーい、大丈夫かー、凄く気分悪そうだぞー」
「…………」
既に、声さえ出せなくなっていた。何か喋ろうものなら、確実に、出る。出てしまう。
いや、もはや喋らずとも――
「……っ!」
☆
縁側に仰向けになり、ふぅ、と一息つく。こうやって身体を寝かせるだけで、随分と楽になった。とりあえず口はゆすいだけれど、口内に残るそこはかとない違和感までは拭うことが出来なかった。
――やってしまった。よりにもよって、みんなの目の前で。
考えてみれば、こうして酒の呑み過ぎで吐いてしまったのはこれが初めてだった。今までは、酒に弱くても、吐くほど飲む前に気分が悪くなってダウンしていたのが幸いしていた。
要するに今回の件は、少しは慣れただろうと思い、調子に乗って呑み過ぎた自分が悪い。これでは、先日のあの二人を責めることなんて出来ないな、と思う。
やるせない思いを抱えながら、私は頭をころんと横に転がし、かがり火の焚かれた宴会場の方を見る。
ゆらめくかがり火は、好き勝手に酒を呑み、語り、そしてはしゃぐ皆の姿を赤々と照らし出していた。
一番目立って見えるのは、呑み比べ中の文さんか。やけにでっかい盃を掲げ上げている。どうやらそれに注がれたお酒を飲み干した所らしい。またしてもその周辺から歓声が上がっていた。
それ以外にもいくつか人の集まりがあり、そちらの方は思い思いの相手と思い思いに酒を酌み交わしている。
日もすっかり暮れてしまったにもかかわらず、酒宴は相変わらずの賑わいのようだった。
――そこに、私はいないけれど。
私は何をしているのだろう、と思う時がある。
親交は信仰に結び付く。だからこうして宴会に参加している。けれど私はお酒に強くないので、途中でいつもこうして宴席から外れてしまう。そして、みんなに合わせようとしてちょっと調子に乗って呑み過ぎてしまった結果が、この有様だった。結局の所、私はちっとも信仰を集められていない。
吐いた時よりマシになったとは言え、酔いはまだまだ治まらないし、頭は脈打つようにピクピクと痛む。
けれどそんな最低の精神状態の中、私が頭の片隅で思うのは、信仰のことではなくて、
――寂しい。
ということだった。
いつまでも酒を呑み騒ぎ続ける皆に、思考の表層では呆れながら、心の奥底では本当は羨ましがっている。
その思いは、活気に溢れた皆の様子がかがり火の中に浮かび上がるたびに、楽しげな歓声の波が打ち寄せるたびに、積み重なるように募っていくのだった。
私は酒宴の様子から顔を背けるようにして、また仰向けに戻る。
雲はなく、よく晴れた秋の夜空。気ままに瞬く無数の星々が視界に入った。
かつて私は、星の数ほどの信仰を集めることが出来たらいいな、などと思っていた。いや、その思いは今でも心の中にしっかりと根付いている。
今の私自身を省みれば、星の数など夢のまた夢なのだけれど。
本当に、私は何をしに、向こうの世界を捨ててまで幻想郷にやって来たのだろうか。
――いけない、心の中の弱気な部分が顔を覗かせて来ている。
頭が酔いに翻弄されているせいか、感情のコントロールがうまくいっていない。
ある種の感情というものが、一度許容量を越えると堰を切ったように溢れ出すということは、誰もが感覚的に知っている。だからそうなる前に、押しとどめなくてはならない。そもそも私は……泣き上戸などではない、筈なのだ。
けれど、宴会場の方からまたひとつ歓声が聞こえるたびに、寂しさや惨めさといった負の思いが胸の内に雫となって落ち、溜まってゆく。
杯にお酒を注ぎ続ければいつかは溢れてしまうように、私の心の中にある器にも、受け止められる量には限界がある。
せっかくの星空がぼんやりと白く霞み、醜く歪んでいくのが分かる。
……ここでひとり、ひっそりと泣いていたって、誰かに気付かれたりすることはないだろう。
もういいかな、と、そう思ってしまったことが、最後のひとしずくになるのだった。
「――気分はいかがかしら、酔っ払いさん」
「っ!」
――軽くからかうような声が、横合いから不意打ちのように聞こえた。宴会場の方からではなく、何故か部屋の方から。
完全に油断していた私は、不意に耳元で囁かれたみたいにびくりと身体を震わせてしまう。
声のした方を向いてみると、
「霊夢……さん?」
「喋れる程度にはなったようね。で、気分はどうかしら?」
「…………最悪です」
聞くまでもないじゃないですか。私は先程、みっともなくもみんなの前で吐いてしまったのだから。馬鹿みたいに能天気なあなた方が羨ましい限りです。
私はさも気分悪そうに、腕で両目を覆う。涙目になっている所など、見られたくもない。幸い、宴会場に焚かれたかがり火の明かりはここでは頼りなく、私がどんな顔をしているかは気取られずに済んでいる……とは思うけど。
「それで、何ですか? お酒ならもう飲めませんよ」
出来ることならひとりにしておいて欲しい。涙声を誤魔化すのだって楽ではないのだから。
さっきまでは寂しいとか思っていたくせに、我ながら身勝手なものだと思う。
みっともなさで言えば、吐いた時より今現在のこの有様の方がよっぽどみっともない。
そもそも霊夢さんは、宴席から脱落してしまった私に何の用があると言うのだろう。
「お酒じゃないわよ、はい」
そう言って霊夢さんは私の傍に何かをコトリと置く。見てみると、それはお盆に載った湯のみだった。白い湯気が立ち上っている。
「それと、これ。寒いでしょ」
その言葉とともにふわりと私の身体に掛けられたのは、一枚の毛布だった。
確かに、さっきまではお酒のせいもあって身体が温まっていたけれど、酔いがさめてゆくにしたがい、身体の方も熱を失い、冷え込みつつあった。
「あ、ありがとうございます……」
「いいわよ別に。呑み過ぎでぶっ倒れられて、翌朝には冷たくなっていました、とかなられても困るしね」
さらりとキツいことを言う。
それはまぁ、「神社で巫女が死亡しました。死因は急性アルコール中毒」なんてことになったら本格的にシャレにならないけれど。
それにしても、この人は寒くないのだろうか。私は今日は厚着をしているけれど、霊夢さんは肩脇丸出しのいつもの巫女服を纏うのみである。この人の神経は一体どうなっているのだろうか。肉体的にも精神的にも。
私は身体を起こし、毛布を背中に羽織らせる。酔いも、少しは落ち着いて来たみたいだった。
「起きても大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫です。と言うか起きないとお茶が飲めないのですが」
「確かにそうねぇ」
私は傍らの湯飲みを手に取り、両手で包み込むように持つ。じんわりと手に染み入るような温かさが嬉しい。
ひとくち口にすると、あまり渋くないすっきりとした味わいが、口内を清めるように広がっていく。酔いざまし中の身にはありがたい薄さだった。良いお茶っ葉を使っているのか、博麗神社で霊夢さんから頂くお茶はとても良い香りと味をしている。
はふぅ、と一息つくと、白い呼気がゆらりとたゆたい、夜闇の中へ消えていった。
「はぁ、温かくて美味しい……」
「そうねぇ、もう熱燗を美味しくやる時期よねぇ」
お酒の話は勘弁して下さい。と言うか何で、お酒の呑み方云々を語れるほど飲み慣れてるんですか。
歳は聞いたことはないけれど、その背丈や容姿から考えれば、私とほとんど変わらないでしょうに。
「あれだけ飲んで、どうして平気でいられるのですか。信じられません」
「いいえ、酔ってるわよー。あーいい気分ー」
そう言って表情を緩めて笑う霊夢さんは、すこぶる上機嫌。先程は始末に負えないくらい酔っていたように見えたのだが、今の霊夢さんはほど良いほろ酔い加減のようだった。
霊夢さんは縁側に腰掛けて、自分の湯飲みを口にしている。私にお茶と毛布を届けに来てくれただけで、すぐに宴席に戻ると思っていたのだけれども、その様子はなさそうだ。小休止でも取りに来たのかも知れない。
と、
「ところでさぁ、見た感じだとあんた、お酒呑んでて吐いたのは今日が初めてでしょ」
「……はい、さっきはすみませんでした」
こればっかりは私に100%の非があるので、素直に謝るしかなかった。
「まあいいわよ。吐いたら、割と楽になるでしょ?」
「それは、確かに……」
吐くと楽になる、というのは聞いたことはあったが、実際に吐いてみると、確かに吐く前よりもいくらか楽になった。いつまでも吐き気に苦しんでいるよりも、ひと思いに吐いてしまった方が、よっぽど気分の回復も早い。
ただ、個人的には人前であるなしに関係なく、今後はもう吐きたくはない。吐いてしまったことで、自分自身の許しがたい一面がまた増えてしまった気がするから。
「別に、お酒がダメならそんなになるまで呑まなくてもいいのにねぇ」
「うぅ、そうは言いましても……こういう場ですし」
反論したいことがなくもないが、みんなに醜態を曝してしまった手前、強くは出られなかった。
しゅんとする私を見て、霊夢さんは呆れ顔で頭をかきながら溜息をつく。ちょっと酒臭い。
「……あんたさぁ、くそ真面目とかって言われたことあるでしょ」
「くそ、真面目?」
「そう、それも大のくそ真面目。で、やたらめったらお堅くて柔軟性がない」
そこまで言いますか。大とかくそとかお堅いとか。言うならせめて生真面目と言って欲しい。
「まあ、言わなくていいわ。真面目な奴ってさ、完璧を求めるからちょっと失敗しちゃうとすぐ落ち込むのよねぇ。特に、普段が割と自信家だったりすると、落ち込む時は反動みたいに酷く落ち込む。あんたはそのクチでしょ?」
……図星である。もちろん、自分でもその性格は分かっている。分かり易い性格をしているというのも理解しているけれど、こうしてあっさりと他者に看破されるのは、それはそれで悔しいものがある。
失敗したという訳ではないけれど、先日に霊夢さんや魔理沙さんに弾幕ごっこで負けた時も、実はそれなりにへこんだものだった。
「まあ要するに、酒席だからって律儀にお酒を呑まなくたっていいってことよ。その辺、もっと柔軟に考えなさい」
霊夢さんが諭すように、あるいは慰めるように言う。
もっともなことを言っているのだろう。もし本当にそれ以上呑めないのならば、勧められても注がれても断れば良いのだと。
そんなこと、分かっているのだ。呑み過ぎて吐いてしまう前から。
だから私の中では、もはや柔軟さがどうのとかいう問題ではなかった。
結局の所、私の心は1つの思いに集約される。
「……私は、羨ましかったんです」
「…………」
「私だって本当は、皆さんと一緒にお酒を呑んで、気分良く酔って、お酒に呑まれることが出来たらと思っているんです。だから、お酒に弱いのを分かっていながら、無理をしてでも呑んでいたんです。呑み続ければ少しは強くなれるだろうって。強くなって、あんな風に宴会を楽しみたいって思って。
……でも結局、ダメでした。ちっともお酒に強くなれず、挙句、みんなの前で吐いちゃうし。
信仰のためにこうして宴会に参加しているのに……、私は何をしているんだろう、って、思っちゃいますよね……」
歯を食いしばって、どうにか泣き出さずには済んだ。けれど、吐き出される言葉が震えてしまうことまでは、抑えられなかった。
溜め込んでいた心情を吐き出せたことで少しは気が楽になれた一方、情けない一面を曝け出してしまったことが、また自己嫌悪に陥る呼び水となるのだった。
「何て言うか、あんた本当にくそ真面目ね。呆れるほどに」
「……そうなんでしょうね。自分でも呆れちゃいます」
そこでようやく、少しだけ笑うことが出来た。
自分でも、本当に呆れてしまう。真面目で融通の利かないこの性格は、本当にどうにかならないものかと思う。
けれど私は、この面倒な性格を抱えながら生きていくしかないことも分かっている。恐らく、墓まで持っていくことになるだろう。
くそ真面目な者のくそ真面目たる所以は、くそ真面目である自分自身をどうやっても捨てられない所にこそ、あるのだから。
「そりゃまあ、宴会なんだから、お酒を呑めるに越したことはないわよ」
「はい……」
「でもね、これだけは言わせて。私だってね、ただ単にお酒に酔ってるだけって訳じゃないのよ」
そこで霊夢さんは一息つき、お茶を淹れ直しに席を外した。急須を持って戻って来ると、それぞれの湯飲みにお茶を注ぎ直す。湯飲みにお茶を注ぐその所作はやはり、堂に入っていると思う。
宴会にばかり参加していると、霊夢さんイコールお酒というイメージに凝り固まりそうになるが、お茶の淹れ方に関しても非常に丁寧だった。
霊夢さんはひと口お茶を啜ると、その温かさと味に安心したように、ちょっとだけ嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「……私はね、お酒だけじゃなくって、この雰囲気にも、酔ってるのよ。好き勝手に呑みたい奴は呑んで、騒ぎたい奴は騒いで、語りたい奴は語って。そういう、この宴会の場が作り出す勝手気ままで呑気な空気に酔ってるの。
みんなだって、これだけ楽しんでいるのは何もお酒だけのせいじゃないわ。意識はしていなくても、この雰囲気に酔ってる所は多分にあるのよ」
噛んで含めるように、霊夢さんはゆったりと語る。その目線の先には、かがり火の焚かれた宴会場。
呑み比べの場は相変わらず盛況。文さんが物凄く良い笑顔でお酒を飲み干していた。
吸血鬼のお嬢様は、呑み比べの様子を遠巻きに眺めつつ、悠然とワイングラスを傾けている。
亡霊のお嬢様は、従者に膝枕をしてやっている。幼き従者は私と同じくお酒を呑んでダウンしたと思われ、どこかシンパシーを感じる。
月のお姫様は、呑み比べの観衆と共に騒ぎつつ、従者の兎の耳をいじって遊んでいる。いじられている側も、まんざらではないのだろう、多分、きっと。
魔法使いのお三方は、互いに向かい合って何か語り合っている。恐らく魔法に関する議論を肴に、お酒を酌み交わしているのだろう。
時間的には、そろそろお開きとなる頃合い。けれどみんなは今も、思い思いの在り方で、ここ博麗神社の宴会を楽しんでいるのだった。
「さっき魔理沙が、『酒は呑んでも呑まれるな』とか言ってたわよね。確かにお酒に呑まれちゃいけないかも知れないけれど、この宴会の空気には、むしろ積極的に呑まれたい。私はそう思うわ」
そう話しながら宴会の様子を見つめる眼差しは穏やかで、それはどこか、公園で無邪気に遊ぶ子供を見守る母親を思わせた。霊夢さんは本当に、宴会が好きなのだと思う。騒ぐことも、もちろん呑むことも。
そうやって、奔放な雰囲気に満たされた宴会の中心に居るのが、博麗霊夢その人なのだろう。多くの人妖が彼女に惹かれて集まり、いつしか中心に居た、と言うのが正しいだろうか。
ここにいるみんなは、気ままな宴会の雰囲気に、何より霊夢さんの不思議な魅力に、既に呑まれている。
博麗神社には妖怪達がよく集まると聞いているけれど、その理由が少しだけ、分かった気がした。
これこそが、彼女なりの親交の――信仰の在り方なのだろう。
私はここ幻想郷にお邪魔して日は浅いけれど、霊夢さんを中心として、信仰の輪が波紋のように広がってゆく光景を、ありありと思い浮かべることが出来た。
そんなことを考えながら、いつしか私は、茫とした眼差しで霊夢さんのことを見つめていたのだった。たった今、私も霊夢さんに呑まれてしまったのだろう。
と、不意に霊夢さんがこちらを振り向き、目が合ってしまう。すぐに目をそらしたのは彼女の方だった。
「……でもまあ、不満がない訳じゃないけどね」
「そうなんですか?」
「そりゃそうよ。私だって慈善事業で宴会やってる訳じゃないのよ」
照れ隠しのように口を尖らせる様子が、可愛いと思った。
「誰も後片付けやってくれないし、」
確かに過去の宴会を見ていても、みな酔い潰れるかいつの間にか帰ったかで、霊夢さんの片付けを手伝おうとする者はこれっぽっちも居ない。私も、その酔い潰れていた者の一人なのだけど。
「私んちの食料が食べられちゃうし、」
食べ物を持ち寄る人も多いけれど、足りなくなればそうなるのだろう。
「庭で吐かれちゃったりとかもするし、」
ごめんなさい。
「妖怪ばっか寄って来るから、ちっともお賽銭が集まらないし」
これは自業自得と言うのだろうか。
正直この自由奔放さは、人間達には少々理解しがたいのかも知れない。何せここでは、巫女が妖怪と一緒に酒を酌み交わしているのだ。普通の人間からすれば、眉をひそめたくもなる。
でも分社を建ててからは、ここにも少しは里の人たちが訪れるようになったと聞く。
社や自然の美しさもあることだし、今は妖怪ばかりがたむろしていても、いずれは人間の信仰も集まるようになるだろう。
人間と妖怪、そのどちらの信仰も一手に引き受けることが出来る人間など、そうはいやしない。
もともと私は、ここの神社を乗っ取ろうとさえ思っていたのだけれども、今ではもう、そんな気はなくなっていた。
ここは博麗神社であり、博麗霊夢という人間が居てこそ、意味があるのだから。
宴会の席からまたひとつ、一際大きな歓声が上がっていた。
☆
「やっほー、霊夢さんに早苗さん。巫女さんが揃い踏みして何してるんですかー?」
「あー、こりゃまた面倒なのが来たわね」
「面倒だなんて失礼なー」
私はもちろん、霊夢さんももうお酒を呑む気はないようで、私達は縁側に腰掛けてのんびりと酔い覚ましをしていた。そこに現れたのは、頬を紅潮させて陽気に手を振る文さんだった。
「珍しいじゃない。あんたが酔ってるなんて」
「私としたことがちょっと呑み過ぎてしまいまして。でもまだまだイケますよー、うふふ」
「私はいいわ。て言うかもう勘弁して」
指でおちょこの形を作り、クイッとやる文さんに対して、霊夢さんはげんなりとした表情で手をひらひらとさせて拒絶の意思表示をした。
霊夢さんは先程、文さんとの呑み比べで負けている。そりゃまあ、勘弁して欲しいだろう。
と、呑み比べと言えば、
「そう言えば、八坂様はどうしたのでしょうか」
「八坂様? ああ、貴方の所の神様なら――潰しました」
「ええっ!?」
不敵な笑みを浮かべてそう言う文さんに、私は驚きを隠せなかった。
宴会場の方を見ると、確かに神奈子様っぽい人型が大の字になって寝そべっている。人間とは違うから放っておいたって冷たくなったりはしないけれど、恥じらいとかそういうものにいささか欠けているその姿には、私の方が恥ずかしくなってくる。
ウチの神奈子様もお酒は相当イケるクチだけれども、それさえも凌ぐとは。文さんはどれだけウワバミなのだろう。
「一体、貴方はどれだけ呑まれたのですか……」
「そうですねぇ、あの盃で5杯くらいでしょうか」
「……あれ、もっと呑んでませんでしたか?」
「ああ、私の場合、相当呑むので一の位はカットです。つまり、10杯で1杯換算なんですよー」
「はぁ!?」
平然とした顔で何とんでもないことを言ってのけるんだろう。ええと、要するに50杯ってことか。何なのだろうこの化け物は。いや確かに彼女は妖怪だから化け物そのものなんだけど。
私からすれば、霊夢さんや魔理沙さんの呑みっぷりでさえ人外のものにしか見えないのに、彼女にとってはそれさえ児戯に等しいのか。
「いやー、神様というのも大した呑みっぷりですねぇ。私とここまで競り合えるのですから」
私としては、これを神奈子様への褒め言葉と受け取って良いものかどうか。
何だか文さんを見ていると、お酒を呑まずとも宴会の雰囲気に呑まれれば良い、という霊夢さんのありがたい言葉が混ぜっ返された気分になってしまう。私は今後、まともに宴会に参加出来るのだろうかと、暗澹たる気持ちにとらわれるのだった。
「そうそう、早苗さんにお願いがあるのですけどねぇ」
「お願い、ですか?」
「はいはいそうですー」
ほろ酔い加減の文さんは、中々に人なつっこい笑顔をしていると思う。これで呑兵衛でなかったらなぁ、と思わずにはいられない。
それにしても、私にお願いとは一体何なのだろうか。とその中身を考える前に、横から霊夢さんが口を挟む。
「あー、気を付けなさい。こいつが下手に出てる時はろくでもないことを言い出すから」
「失礼なー。私はただ、早苗さんに取材の申し込みをしようとしているだけですよ!」
「それがろくでもないって言ってるのよ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
何だか私のよく分からない方向に勝手に話が進みそうだったので、とりあえず二人の間に割って入っておいた。
「……取材って一体何のことですか?」
「ああ、そう言えば言ってませんでしたっけ? 私、新聞記者やってるんですよ」
それは初耳である。
私がそう言うと、文さんは私に一枚の名刺を差し出す。そこには、『文々。新聞記者 射命丸文』と書かれていた。
「へぇ、幻想郷にも新聞があるんですね」
「見てみますか? 今ありますよ」
「お願いします」
文さんは折りたたまれた新聞をいそいそと懐から取り出し、手渡してくれる。
ちょっとわくわくしながらそれを広げると、一面に現れたのは、文々。新聞という社号、「神社の桜、今週も見頃が続く」という見出し、そして、満面の笑顔を見せる霊夢さんの写真だった。
「ちょっと、よりによってどうして私の記事なのよ!」
「いいじゃないですか。この写真、我ながらよく撮れてると思うんですよ」
確かに、桜が満開に咲き乱れる中、右の拳を空に掲げて酒呑みに興じる霊夢さんは、物凄くご機嫌な笑顔をしていると思う。写真を通してからでもその喜びが聞こえて来そうだった。後ろの方で、そんな霊夢さんを見てイカを咥えながら呆然としている魔理沙さんもまたいい味を出していた。
「でも、文さんの言う通り、よく撮れてると私も思いますよ」
「あんたも言うか」
「何か、『酒持って来ーい』っていう叫びが今にも聞こえて来そうで、被写体のありのままが写し出されてますよ」
「何よそれ、それじゃ私は始末の悪い呑兵衛じゃない」
「いえ実際、あの時の霊夢さんはまさに呑兵衛そのものでした」
「呑兵衛言うなー!」
霊夢さんはそう憤慨するが、写真の中の彼女はどこからどう見ても呑兵衛そのものである。
「この霊夢さんの右手に一升瓶とか持たせたら、凄く似合うと思うんですよね。そういう写真を撮りたかったです」
「あー、確かに似合いますねそれ。鬼に金棒、天狗に葉団扇、博麗霊夢に一升瓶、みたいな」
「はははっ」
「……あんたらねぇ」
何だか楽しくなって来た。私と文さんが余りに大笑いするものだから、霊夢さんはお茶を淹れ直しに立ち去ってしまった。ちょっとやり過ぎたかな、とも思う。
けれど、笑い過ぎで涙が出て来たのなんて、幻想郷にやって来てから初めてかも知れない。霊夢さんには申し訳ないけれど。
もしかしたら霊夢さんは、宴会の雰囲気に中々馴染めなかった私を気遣って、今はあえてそういう立ち位置を選んでいるのかも知れなかった。
私は涙を拭い、はあっ、と一息。文さんも同じようにして、落ち着いたようである。
「……それで、早苗さん、私の取材を受けて下さいますか? もちろん、後日になりますが」
「ええと……」
そう言えば、最初はそんな話をしていたっけ。
正直、いきなり取材をすると言われても、ちょっと困る。どんなことを聞かれるのか。どんな受け答えをすればいいのか。
「実はですねぇ、既に神様の方には許可を頂いてるんですよ。あなた方の取材に関しては」
「八坂様の許可を?」
「ええ。実はさっきの呑み比べはそれを賭けてたんです。私が勝ったら、あなた方を独占的に取材させてくれ、って持ち掛けました。向こうは笑って快諾してましたよ。早苗に何でも聞いてやってくれ、とおっしゃってました」
賭けは構わないけれど、勝手に私まで巻き込まないで下さい神奈子様……。
どうしようかと返事をしかねていると、霊夢さんがお茶を持って戻って来る。湯飲みを受け取りながら、私は霊夢さんに助けを求めることにした。
「まあ、さっきはろくでもないとか言ったけど、悪い話じゃないんじゃない? 一応、嘘とか捏造記事は書かないっていうのが信条みたいだし」
「そうです。私は幻想郷の女の子たちのありのままを書きたいんです」
ああ、これがありのままなのか、と、呑兵衛霊夢さんの記事を見てまた吹きそうになったが、当の本人から刺すような鋭い目線で睨まれてしまう。
けれど、笑い出すのは我慢出来ても、つい顔が引きつってしまうのはどうしようもなくて、私はお茶を口にして誤魔化すことにした。
霊夢さんの淹れるお茶は、やっぱり美味しい。文さんも霊夢さんのお茶を啜りつつ、ゆったりとした表情で宴会場の方を見つめていた。
さすがにもう呑んでいる者はおらず、すっかり酔い潰れているか、ぼんやりと酔い覚ましをしているか、帰り支度を始めているかのいずれかだった。頭数から考えて、既に帰ってしまった者もいるだろう。相変わらず、酒瓶やら何やらが乱雑に散らかったままだった。
自分はみんなの輪に入れていなかったけれど、それでも宴の後というものは、どこか名残惜しいような、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
もっとも、酔い潰れた者も含めて後片付けをしなくてはならない霊夢さんからすれば、このような情緒的な物の見方などもってのほかだろうけど。
「今日、ここには多くの方々が集まりましたが、私はどの方に対しても、一度は取材を行なっています」
「へぇ、凄いですね」
「取材のたびに思うのは、ここ幻想郷には本当に色んな方々がいるんだなぁ、ってことです。取材をしていて飽きが来ないんですよ。誰も彼も、一癖も二癖もある個性的な方々ばかりで」
「あんたもだけどね」
「もちろん、霊夢さんもです」
霊夢さんが茶々を入れるも、文さんはさらりとカウンター。
まあ少なくともこのお二方は、言うまでもなく十分過ぎるぐらいに個性的だろう。
「だからこそ、取材活動が楽しいんですよ。取材すればするほど、その方の新たな一面が明らかになり、同時に分からないことも相乗的に増えていく。後は、満足のいくまで取材を続けるだけです。知の探求ってそういうものですから。
そうやって、読み手はもちろん私自身の知的欲求を満たし、かつ取材した方にも何かしら利する所があればというのが、私の理想です」
言葉の端々に、熱が込められているのがよく分かる。
お酒が入っているためか、やや饒舌に過ぎるきらいがあるけれど、話していることには何ら嘘偽りはなさそうだった。こうやって、自分自身の思いをありのままに率直に語ることが出来るのならば、お酒というものも悪くはないのかも知れない。
文さんは、溜めを作るようにいったん言葉を切る。そして、これがとどめだと言わんばかりに、厳かに言葉を紡ぎ出した。
「……何より、新たに幻想郷にやって来たあなた方を歓迎する意味でも、私は記事を書きたいのです」
この言葉には、ぐらりと来た。
リップサービスという面も多分にあるのだろう。それを分かっていても、その言葉は私への最後の一押しとしては十分過ぎるほどに効果的なのだった。
私はきっと、文さんの作り出す雰囲気にも既に呑まれているのだと思う。
ここ幻想郷の方々は、人間も妖怪もいろんな意味で強烈な連中ばかりだった。始めこそ、この幻想郷を支配せんばかりの意気込みだった私だけれども、実際は逆に、こうして呑まれてばかり。それはそれで悪くないのだけれども、ちょっとだけ悔しいのも確かだった。
私は、傍で黙ったままの霊夢さんをちらりと見る。
あんたが決めなさい、とその目が言っていた。
もちろん、私の心は決まっていた。
「貴方のお気持ちは分かりました。喜んで、取材を受けたいと思います」
「……ありがとうございます」
文さんは笑顔で手を差し出す。しかし、私はすぐにはその手を取らなかった。
「けれど、一つだけ条件があります」
「条件ですか?」
ちょっとキョトンとして、文さんが首をかしげる。彼女にとっては想定外の返しだったろう。
もちろん、条件が呑まれなければ嫌だという訳ではない。わざわざ条件を出した理由は、ただ単に、周囲に呑まれてばかりという現状がいささか不本意だったので、ちょっと意趣返しをしたくなっただけのことだった。
それともう一つは、
「はい。今日の宴会の片付け、私たち3人でやりませんか? 正直、私としてはこの散らかり様は見過ごせないんですよ」
「あんた……」
文さんとの会話の仲立ちをし、また、宴会という空気にこそ呑まれよと教えてくれた霊夢さんへ、感謝したいからだった。
散らかり様が見過ごせないのも確かではあるけれど、その言葉は、どちらかと言えば照れ隠しとして付け加えたというのが本音だった。
文さんはちょっと考えを巡らせ、そして霊夢さんをちらりと見てから頷いた。
「分かりました。お手伝いいたします」
「これで、話はつきましたね。よろしくお願いします」
今度こそ、私たちは笑顔で握手を交わした。お酒の影響か、先ほどの熱き語りの残滓か、文さんの手は火照っていた。
「霊夢さんも、それで構いませんよね」
そう言って霊夢さんの方へ向き直るも、私の提案が余りにも意外だったのか、彼女は少しばかり呆然としていた。
と、すぐに気が付いて、ふっと微笑んだ表情を見せ、ありがとうと言ってくれた。どうやら霊夢さんにとっては、手伝いをしてくれる人材というのは非常に貴重な存在らしかった。
「あんたも、少しは幻想郷に馴染んで来たのかしらね」
「どうしてですか?」
「条件付きとか、ちょっと狡いこと言うあたりが」
狡い、か。私としては全てが丸く収まる良い提案だと思ったのだけど。
けれど、幻想郷に馴染んで来たと言われて、悪い気はしなかった。
正直、こうやって毎度毎度宴会に参加してお酒を呑まされる日々に少なからず辟易していたのだけれども、これからはもう少し宴会を楽しめるかも知れない。
今日までは、必死になって信仰を集めようとするあまり、恥ずかしいほどに空回りしていた。
次からは、お酒はほどほどにし、何より、宴会の雰囲気に酔ってみたい。そうやって、信仰よりもまず親交を、みんなと結びたかった。
信仰はきっと、後からついて来る。私はそう信じることにした。
何だか、色んなものが吹っ切れた気がして、私は清々しい気分で立ち上がった。
そう、ひとまずは今、やらなければいけないことがある。
「じゃあ、さっそく片付けを始めましょうか」
「えー、もう少しのんびりさせてよ」
「何言ってるんですか。そうやって後回しにしようとするから面倒臭くなるんです。宴会は、片付けまでが宴会ですよ」
「……ほんと、くそ真面目ねぇ」
「うーむ、どうやら、霊夢さんと比べてこちらの巫女さんはしっかりした方のようですねぇ。どうですか霊夢さん、やっぱり神社を明け渡してみては?」
「譲って下さるのなら、いつでもおっしゃって下さい霊夢さん」
「博麗神社は渡さないわ!」
そう叫んで憤然と立ち上がると、霊夢さんは何だかんだと片付けを始めてしまった。
こうやって、下らないけれど愉快な会話を交わすことが出来るのならば、宴会というやつはこの上なく楽しいのだろう。
自然と笑みがこぼれているのが、自分でも分かる。それが何だか、無性に嬉しかった。
「こらー、あんたらもちゃんと手伝いなさーい!」
右手に空の一升瓶を持って、それを振り回しながら憤慨する霊夢さん。
その姿が、先ほどの飲兵衛霊夢さんを思い出させ、私と文さんは揃って吹き出してしまった。
それにしても、こういった早苗さんを見るとどうしても応援したくなるという・・・・・・やっぱ苦労人だからか?
どうでもいいですけど、酔いというのは人に感染するって言うのが自分の持論です。
よっぱらいと話しているとこっちまで楽しくなってきますよ。
社会人になって呑みたくも無い酒の付き合いを知ってしまった自分は、わりと切実に。
向こう側は新参には大変かもしれないが、早苗さんなら頑張ってくれると信じてますw
明日私は飲み会なのですが、これにならって酒はほどほどに、雰囲気に酔ってみようと思いました。早苗さんかぁいいよ早苗さん。
ちょ、全盛期の神主伝説w
まあ、日本人なんかは半数くらい弱いらしいですので、幻想郷の住人達の耐性が強すぎるんでしょうが。
これまでに私が見た界隈のSS、漫画等の中で、早苗さんを酒豪にしたものは二作だけで、
ほかはすべて弱いもしくは下戸にしているということは、そういうイメージは
定着したのかな?
(ほら、国別はもちろん、日本でも時代によって年齢が違うじゃありませんか。たとえば、15歳、18~20又は結婚(元服)。12~16、8~10(裳着)
少なくても妹紅って、裳着適用で成人だよなあ。通過儀礼をして貰ってないかもしれんけど。)
確かに酒の席は酒よりも雰囲気に用法が多いし、その方が楽しいですよね。
そういった事も含めていいお話でした。
因みに9合でつぶれた後1時間半で回復します。
私もお酒は嫌いです。
理性を失うのが怖い・・・
20分後に脈がどくどく
更に40分後に回復
宴会に混ざれねえですだよ
しかし、この宴会に混ざれるなら無茶しちゃうよ?
早苗さんのかわいさに癒されましたw