紅葉も終わり冷え込む日々が続く。
風はすっかり切るような吹き方に変わり、一吹き毎に寒さが増してくる。
少々乱雑に物が置かれているがしっかり暖房された室内で魔道書を読む少女が一人。
ぺらりとページを捲ると、傍らに置いてあったカップに手を伸ばす。
中のコーヒーはすっかり冷め切っていた。
コクコクコク…
少し多めの量だが、一気に飲み干す。
冷めてしまっているので香気は控えめだが代わりに重い苦味が舌に喉にずしりと掛かる。
無駄に入っていた力が少しだけ抜ける。
そしてまた魔道書に集中する。
ぺらり…
かさっ…
室内には時折ページを捲る乾いた音だけが響く。
「…ん~」
切りの良い所まで来たのだろか、大きく体を伸ばし深く息を吸い込む。
「もうこんな時間か…」
時計に目をやり空になったカップを手に取り立ち上がる。
ちらりと窓が横目に入った。
「ん?」
違和感を覚え窓に目をやると窓から見える風景が一変していた。
「おー!雪か!」
足早に窓辺に行く
鉛色の空から大粒の雪が舞い落ち、辺りはすでに薄っすらと白い絨毯が出来始めていた
ちらちら舞う事はあったが、積もるほどの降雪は今年初めてだ。
ガラッと窓を開け放つ
「おー…寒いぜ…、こりゃ本格的に積もりそうだな」
ひゅう!と一陣の風が雪と共に窓から吹き込む。
カーテンが激しく揺れ、机に置きっぱなしにされた魔道書のページが煽られる。
「うわわ!」
慌てて窓を閉じる。
「ははは、ご挨拶だぜ…」
吹き込んだ雪はすぐに溶け、床に水滴の斑模様ができていた。
「あーあ…何処まで読んだっけな」
すっかりページを変えられてしまった魔道書をぺらぺらと捲り返す。
「ま、いっか。」
台所に行き流しにカップを放り込む。
寒いからと少しばかりサボったツケで流しには数回分の洗い物が溜まっていた。
…とりあえず見なかった事にする。
「さぁて、雪も降ったしそろそろコレ開けるかな」
冷蔵庫に入っていた厳重に包まれた物を取り出した。
さらに瓶に漬けてあった茸の塩漬けを一掴み取り出ししっかり包む。
「それとこいつもだな」
まだ封切られていない七味を取る。
それらを手提げ袋に押し込み、出かける準備をする。
リビングに掛けてあった上着を羽織りマフラーをしっかりと巻く。
最後にトレードマークとも言える帽子を目深にかぶる。
明かりと暖房を落とし、相棒の箒を手に取る。
念のためもう一度確認し、玄関に向かう。
外に出ると雪は思った以上に強く降っていた。
「これが弾幕だったら避け様がないな…
そうだ!今度雪と星の合成のスペルでも考えてみるか」
扉に向き直り、かちゃりと錠を落とす。
霧雨亭は完全に静寂に包まれた。
箒にまたがり魔力を纏い浮かび上がる。
魔力の壁に当たる雪の飛礫が魔力に弾かれ道を空けていく。
いつもより高度を上げてみる。少しだけ視界が広がる。
見渡せる全ての範囲が白に染まりつつあった。
そろそろ夕暮れに差しかかろうという頃、
雪に染まり行く幻想郷は恐ろしいまでに美しく見えた。
耳元でひゅんと風がなく、
少し身震いすると速度を上げた。
/
神社が見えてきた。
境内に着地点を決めるとゆっくりと高度と速度を落としていく。
「よっと…」
境内にも雪が積もっていたので着地には慎重になる。
そっとまだ誰も足跡を着けていない白い平原に降り立つ。
魔力を解く。降り続く雪は瞬く間に魔理沙にも積もりだす。
天気が良いといつも霊夢の指定席となる縁側も、
さすがにこの天気だからか雨戸が固く閉ざされている
周辺には人の気配も無い。
…もともと参拝客などほとんどいないのだが。
サクサクと新雪を踏みしめ玄関へと向かう。
ガラガラガラ…
引き戸を引き開けると、
「誰ー?」
奥から聞き慣れた声がした。
とたとた…
足音が近づいてくる。
廊下の角からひょこっと顔とリボンが覗いた。
「何だ魔理沙か」
「何だ魔理沙だぜ」
玄関で体に着いていた雪をぱっぱっと払う。
「ちょっと!雪払いは外でやりなさいよ!」
「外は寒いぜ」
「んもう…」
諦めたように息を漏らした。
「まぁまぁ、今日はちゃんと手土産付きだぜ?」
「へぇ?何?」
「こいつだ」
手提げ袋を掲げて見せる
「ありがたいけど、とりあえず寒いから上がれば?」
「もちろんそのつもりだぜ、っと」
靴を脱ぎ捨てると足早に奥へと入る
霊夢はすでに居間でコタツに入っていた。
向かい合って魔理沙もコタツに入る。
「うう~…寒かったぜ」
「それでこんな寒い日にどうした、ひゃあ!」
冷え切った足をコタツの中で霊夢の足に押し付けてやった。
「うひゃひゃ、ぶ!」
カウンターで御札が飛んできたが・・・
「…次やったら追い返すわよ?」
「いや待て、どう考えても私の方がダメージ大きいんだが…」
「…」
いつの間に取り出したのか霊夢は針をちらつかせた。
「私が全面的に悪かったです」
深々と頭を下げた
「…それで?それは何?」
「あー、これはな」
どさっと手提げ袋から厳重に包まれたものを取り出した
「何?」
がさがさと包みを開けると中は一塊の肉だった
「あら?これは…イノシシ、かしら?」
霊夢の目が輝いた
「おお、一目でニアピンか!やるな。でも残念ながら牡丹肉じゃない」
「違うの?」
「ああ、これは『イノブタ』だ」
「イノブタ?」
「イノシシと豚の合いの子らしい」
「ふぅん、始めて見るわ。美味しいの?」
「ああ、美味いぜ。試しに焼いて食べてみたが、イノシシより柔らかいし豚より味が濃かったな」
「へぇ、じゃあ早速焼く?」
「いやいや、こんな寒い日は…決まってるだろ?具材に香りの良い茸の塩漬けも持ってきたんだし」
「そうね、それもいいか。牡丹鍋と同じ様に味噌仕立てでいいかしら?」
「構わんぜ」
「じゃさっさと用意しましょうか」
連れ立って台所に向かう。
霊夢が出汁を引き、味噌を合わせる用意をする
魔理沙が材料を切り、茸の塩抜きをする
「ちょっと魔理沙、もうちょっと小さく切りなさいよ。それじゃ食べにくいわよ」
「鍋はパワーだぜ」
「それ意味が分からないから」
「大切りの方が素材の味が良く分かるじゃないか」
「でもそれは大きすぎ!って言ってる傍から油揚げ二つ切りは無いでしょう!」
「おっと!それより霊夢、私は味噌は赤味噌多めが好みだぜ?」
「何言ってるのよ、ちょっと白味噌多いくらいの方が美味しいじゃない」
「…譲らないぜ?」
「…こっちこそ」
二人とも食と言う楽しみに妥協はない。
ぎゃあぎゃあ良いながらも良い香りが漂い始める。
「よし!下ごしらえは済んだな」
「水場は冷えるわ…早くコタツで温もりながら食べましょ」
「お!」
魔理沙が目ざとく何かを見つけた
「これは里の蔵の大吟醸じゃないか!」
戸棚の奥から引っ張り出す
「あちゃ…隠してたのに…」
「むふふ!頂くぜ?」
「…ダメって言っても呑むんでしょ?」
「分かってるじゃないか。霊夢も呑むんだろ?」
「ん~。私は今日はいいわ、最近結構呑み続きだったし」
「珍しいな」
「それより早く食べましょ」
「先に行っててくれ、少しだけ燗をつける」
魔理沙はお銚子に大吟醸を移していた。
「はいはい」
霊夢は居間に戻ると鍋を火にかけ、具材を入れて行く
「しかし何よこの大切り…白菜も菊菜も大きすぎるわよ…」
白菜、こんにゃく、油揚げ、ねぎ、豆腐、塩抜きした茸などを次々入れていく
「…よし」
かぽっと重い蓋を乗せる。
後は煮立てば出来上がりだ。
「おっとっと…」
取り鉢に箸、それと大事そうにお銚子とお猪口を持った魔理沙が来た
「横着しないでお盆使うなり二回に分けるなりしなさいよ」
「大丈夫だぜ」
霊夢に取り鉢と箸を渡す
「後は待つだけか?」
そそくさとコタツに潜り込む
「ええ」
「じゃ、待ってる間に…」
お銚子からお猪口に軽く燗をつけた大吟醸を注ぐ
「それじゃ霊夢乾杯」
「乾杯」
霊夢はとっさに横にあった湯のみを取り相槌をうつ
「って何によ?」
「何でもいいじゃないか」
ゆっくりとお猪口に口をつけた
人肌より少し暖かい程度に燗をつけた大吟醸の豊かな香りが、濃厚な味が口中に広がる
「…むはー!うまいぜ!」
「そりゃそうでしょう、あの蔵の最上級品なんだし。」
「我ながら良い物見つけたぜ」
「はぁ…。ん?あれ?魔理沙、生卵は?」
「卵だと味がぼける」
「じゃそのまま食べるの?」
「そこで、だ。実はこんな物も持ってきた」
小瓶の七味を出す
「七味?牡丹鍋だったら山椒じゃないの?」
「ああ、こいつは七味なんだが、山椒がかなり多めの配合なんだ。
山椒より複雑な味と香りで中々いいぜ」
「へぇ、拘るわね」
「主役が良い物なら脇役も良い物でないとな」
「あ、そろそろお鍋もよさそうよ」
「良いタイミングだぜ」
蓋を開けると激しい湯気と共に味噌の良い香りが一気に広がる
「「いっただきまーす!」」
同時に箸を伸ばした。
ぱらぱらと七味をふりかけて
「ふー、ふー…あむ」
「もぐもぐ…」
「んー、おいしー!」
「くぅー!酒との相性も抜群だな!言う事ないぜ!」
くいっとお猪口を空にし、新たにお銚子からなみなみと注ぐ
「この『イノブタ』って魔理沙が言ってた通り柔らかいし味も濃くて美味しいわね」
「だろ?結構入手が難しかったぜ」
「そんな大事な物こんなに沢山使って良いの?」
鍋はかなり贅沢に肉が占めている。
「構わんさ。美味しく食べてこそ、だからな」
「それじゃ遠慮なく」
ごそっと取り鉢に肉を持ってくる
「最初から遠慮なんてしてないだろ?」
「あら失礼ね」
目で笑いあう
/
「ふぅ…食った食った」
お猪口に残った酒を一気に流し込む
「魔理沙洗い物」
「ぐ~…」
「…何のつもり?」
「…寝たフリ」
「自分でフリって言ってどうするのよ。ま、本当に寝てても叩き起こすけどね。」
「酷いぜ」
「起きた様だし、洗い物。」
「…霊夢」
「…何よ?やる気?」
「…」
「…」
「「じゃんけん!」」
「「ぽん!」」
霊夢は紙、魔理沙は石
「げ!」
「ふふふ、じゃ洗い物宜しく~」
「ちぇ…仕方ない、さっさと片付けちまうか」
腕まくりをし食器をまとめると台所に向かった
霊夢は足を崩すと頬杖を付いた
「ふー、良い物食べれたわ。満足満足…」
それはそれは今にも溶けそうなほど緩みきっていた
一方魔理沙は
「うー…水が冷たいぜ…」
溜め置きの水に手を浸すとキーンと頭まで痺れる様な冷たさ
目の前に鎮座なされる食器を睨み付ける
しかし見てるだけでは何時まで経っても終わらない
「はぁ…やるか」
意を決し洗い始めた
水に晒される手先から一気に体温が持っていかれる
クッと歯を食いしばり手早く洗い物を片して行く
ふらっ…
「おっと!…ありゃ?」
急に足元が定まらなくなった
「そんなに呑んだ訳でもないのに…おかしいな?」
急に寒い所に来たから一気に酔いでも回ったのかな?などと思う
「早くコタツで温もらないと折角の酔いも飛んじまうぜ」
大急ぎで洗い物を終える
最後の鉢を水切り籠に突っ込むと居間に駆けた
「寒いぜ寒いぜ!」
コタツに滑り込む
「う~、やっぱりコタツは最高だな」
「ごくろうさ、ひゃあ!」
コタツの中で冷えた手を霊夢の足に押し付けてやった
「うひゃひゃ、ぶぶっ!」
カウンターで御札が飛んできたが。
しかも今度は連射だ
「…追い出されたい見たいね?」
「ちょ…どう見ても私の方がダメージ…」
いつの間に取り出したのか霊夢はスペルカードをちらつかせた
スペル名は…「夢想封印-瞬-」
「全面的に私が悪かったです。置いてやってください」
深々と頭を下げた
/
こぽこぽこぽ…
急須からお茶を注ぐ
湯飲みを包み込む様に持ち手先に暖を取る
じわっと広がって来る熱さが心地良い
ズズズ…
「はー…美味しい…」
外はまだしんしんと雪が降りつつあるのだろう
時折風が雨戸をカタンと鳴らすがそれ以外の音は一切ない
耳に痛いほどの静寂
「…うーん」
魔理沙が小さくうなった
「どうしたの?」
「…ん、ちょっと…な」
へなへなとコタツに突っ伏した
「眠いの?コタツで寝たら風邪引くわよ?」
「あー…いや、大丈夫だ…」
「でも…少し顔色悪いわよ?」
体を傾け魔理沙の顔を覗き込む
「なんでかなぁ…あれっぽっちの酒で酔ったみたいだ…」
「珍しいわね。冷たい水でも飲んでくれば?」
「あー…寒いし、面倒くさいからいいや…よっと…」
座布団を枕にごろんと寝転がる
「だから魔理沙、寝るならお布団で寝なさいよ」
「…寝ないぜ、ちょっと…横になるだけだ」
「そう言っていつも寝るじゃない…」
ふぅ…と息をつくと飲み易い温度になったお茶をすする
またしばしの静寂
「そういえば今年は蜜柑が当たり年みたいね」
卓上籠に積んである蜜柑をヒョイと一つ摘み上げ剥く
小粒だが皮が薄く、ぎゅっと詰まって重い
いい蜜柑だなと一房口に放り込む。
さわやかで濃厚な果汁が口いっぱいに広がる
「魔理沙も食べる?美味しいわよ?」
「…」
「…魔理沙?」
「はぁはぁはぁ…」
息苦しそうに短い息を繰り返し、血色のない顔色、額には大粒の汗が浮かんでいた
「ちょ、ちょっと!魔理沙!!」
「あ…ああ…すまん、ちょっと気分…が…な」
消え入りそうな声で返した
「どう見てもちょっとじゃないでしょ!」
傍に駆け寄る
「何時から具合悪かったのよ!?」
「飯…食った後…、洗い物…してる時くらい…かな」
「…大人しくしてなさいね!」
箪笥から手拭を取り台所に駆け込む
冷たい水を手桶に取り、湯たんぽに少し熱めの湯を満たす
廊下を踏み鳴らし大急ぎで居間に戻る
「魔理沙大丈夫?」
「ふぅ…ふぅ…」
虚ろな目で霊夢を追う
手桶の水に手拭を浸し魔理沙の顔を拭う
あっという間に魔理沙の体温で温かくなる
もう一度手桶の冷たい水に浸しそっと魔理沙の額に乗せる
「余り良い具合ではないわね…」
火鉢に薬缶を掛け、布団を用意し中に湯たんぽを入れ暖めておく
「魔理沙、何か心当たりはある?」
「いや…無いぜ…」
ふるふると小さく首を振る
「お布団敷いたけど、動ける?」
「冷たい…布団は…いや…だぜ?」
「もう少ししたら温もるわよ、湯たんぽ入れて暖めてあるから」
何度か湯たんぽの位置を変え布団を暖めておく
「そう…か」
「服も汗で湿ってるわね…私の貸すから布団に入る前に着替えて」
箪笥から予備の部屋着を出した
「…自分で…着替えるから…その…向こう…向いててくれ…」
「こんな時にそんな事気にしないの!」
霊夢が手早く上着を緩める
「…ぅぅ」
「はい、手を上げて」
汗を拭い、乾いた服に袖を通させる
「さて、布団に移動よ。」
必死に体に力を込め、這いずるように布団に向かう。
わずかな距離が遠い
布団に転がり込むように入る
霊夢が言ったとおり湯たんぽで温かい
「…霊夢、すまないが手桶を…一つくれないか」
「いいけど…どうして?」
「どうにも…気分が悪くてな…その…」
「吐きそうなの?」
「…」
小さく頷いた
すぐに使ってない手桶を引っ張り出してきた
「魔理沙、はい。これ使っていいから」
「すまんな…ちゃんと…新しいの返す…から」
「今はそんなこと気にしないの!」
「…」
「大丈夫?」
「……」
「ほら、無理に我慢しないで」
手桶を差し出した
「うっ!…!~~~~~~~~~…!!」
落ち着くまで背中をそっとさすり続ける
差し出された水で口を漱ぐ
霊夢は嫌な顔一つせず厠で手桶を流し、洗う。
きれいにしてきた手桶を枕元に置く
「どう?少しはすっきりした?」
「…少しは…な」
「でもまだかなり辛そうね…」
「霊夢…迷惑…かけてごめん…」
「…今言う事じゃないし、病人に『ごめん』なんて言われたくないわ」
「…え?」
「治ってから『ありがとう』って言われた方がいいわ」
「…」
「それよりも、寝れそう?少しでも寝た方がいいと思うけど」
額の手拭を取り替える
「…ああ」
魔理沙の手を握りそっと首元まで布団を掛けなおす
しばらく荒い息をしていたが、やがて少し落ち着いた寝息に変わった
「少し落ち着いたかな…」
起こさないようにそっと手を離し、音を立てないように箪笥から厚手の防寒着を取り出す
火の元だけはしっかり確認し玄関から出た
外は漆黒の闇
雪は激しさを増していた
息が真っ白に色づく
黒にしか映らない空を見上げると軽く地を蹴った
/
「…う、うん?」
目が覚めると見知った顔が増えていた
「…あれ?…永琳…と、うどんげ…」
「寝てて良いわよ」
「どうして…ここに?」
「霊夢が呼びに来たのよ」
「…え?」
コタツで背中を丸くしている霊夢を見る
雪の中近くない距離を飛んで冷え切ってしまっていた体を温めていた
「それより随分酷いわね」
魔理沙の顔を覗き込む
「霊夢、具合が悪くなったのは夕食の後なのね?」
「ええ、そう言ってたわ」
「食事は霊夢と同じものを?」
「ええ、お鍋だったから全く同じもの食べてるわ」
「ふむ…」
「食あたりと言う線は薄いですね」
「具材は?」
「えーっと、魔理沙が持ってきたイノブタでしょ、
それに白菜、菊菜、こんにゃく、油揚げ、豆腐、塩漬けの茸、ねぎかしら」
「材料は残ってる?」
「いくつかは…」
「うどんげ、持ってきて」
「はい」
ととと…と駆けていった
「違うと言えば魔理沙は里の蔵の大吟醸呑んだくらいね」
「お酒ねぇ…」
とととと…足音が近づいてくる
「師匠持ってきました!」
残っていたいくつかの具材を籠に入れて永琳に渡した
「ごくろうさん、うどんげ。でも病人が居るんだからもう少し静かに動きなさい」
「…あ、失礼しました」
しゅんと耳が下がった
持ってきた物を検める
どれも鮮度や状態に問題はなさそうだ
「うん?」
永琳が目を留めたのは茸の塩漬け
「あ、それ?魔理沙が保存用に毎年漬けてる茸よ」
「魔理沙、喋れる?」
「…ん?ああ…何とか」
「この茸の塩漬けは?」
「…今年漬けた…分だ。何種類か入ってるが、…何度も食べてるし問題ない…はずだぜ…?」
「ふむ…」
永琳は鞄からピンセットを取り出しカチャカチャとより分け始めた
「うーん、私の読みが正しければ…」
「師匠はもう目星付けているんですか?」
「一応ね」
「さすがです…」
「…あ、これだわ!やっぱりあった」
「え?何?何かまずいものでも入ってたの?」
霊夢が顔を曇らせる
「もしかして毒茸ですか?」
「毒茸かといえばそうじゃないし、違うのかと聞かれれば遠からずって返事になるわね」
「どういう事よ?」
霊夢が訝しげに聞く
一つの小ぶりな茸を取り出す
「これが問題の茸」
「これですか…」
「これはね『ヒトヨタケ』と言うの」
「ヒトヨタケ…ですか?」
「この茸はね食べても別段問題は無いの。
ただある条件を満たすと毒茸になってしまうのよ」
「そんな茸があるんですか?」
「うどんげ、あなたも薬学を学ぶなら後学の為覚えておきなさい」
「はい!」
真剣な目で返す
「この茸はね体内のアルコールの分解を阻害する成分を持ってるの。
この茸だけで中毒する事はないけど、アルコールと一緒だと有害になるわ」
「…なるほど!それでお酒を飲んでない霊夢さんは平気で魔理沙さんは」
「これうどんげ、大声は控えなさい」
「す、すいません!」
「まぁ、そういうことよ。今の魔理沙は言ってみれば極度の悪酔い状態ね」
「…大丈夫なの?」
まだ少し不安そうに霊夢が聞く
「原因が分かったから大丈夫よ、安心して。さぁ、調薬を始めるわよ」
「はい!」
鞄から様々な薬瓶を取り出した
/
「すー…すー…」
永琳の作った薬を服用すると程なくして魔理沙は深い眠りに落ちた
先ほどまで荒かった呼吸もすっかり落ち着いたものに変わった
「二人とも悪かったわねぇ、こんな雪の夜中に」
二人に熱いお茶を差し出す
「何言ってるのよ、あなたたちには返せない程の恩があるじゃない」
「それにこんな雪の中永遠亭まで来るなんてよっぽどの事だと思ったしね」
差し出された熱い緑茶をすする
「そうそう霊夢」
「何?」
「あなたもしばらくお酒は控えなさいね」
「どうして?」
「個人差は有るけどあの茸の成分は数日間は体に作用するわ。
その間にお酒呑むと…魔理沙の二の舞よ?」
「そうなんだ。分かったわ」
「そういえば霊夢はなぜ一緒に呑まなかったの?」
「あー、何でだろう?気が乗らなかったと言うか…」
「博麗の血筋の感かしらね」
「そんな大層な物じゃないと思うけど?」
「大層なものでしょ」
「でも二人して寝込んでたらと思うとゾッとするわ…」
「何にせよ霊夢さんが無事だったおかげですね」
/
「泊まっていけばいいのに」
「そうも行かないのよ、うちには我侭姫も居るし仕事も山積みだし」
「…そっか、手間取らせて本当にごめんね」
「霊夢、『ごめん』なんて言葉要らないわ」
「え?」
「『ありがとう』ってそれだけでいいじゃない」
「うん、それで十分よ」
永琳もうどんげもにっこり笑う
そうよね…さっき自分が言った事じゃない
自分も『ごめん』と言う言葉を免罪の言葉でなんて聞きたくない
うん!
「二人ともありがとう!」
心からの感謝の意を込め笑顔で伝える
「どういたしまして」
笑顔で答える
「それじゃおやすみなさい」
「おやすみ~」
闇の中に飛び立った二人はすぐに見えなくなったが、しばらく見送っていた。
降り続ける雪もいつの間にか小降りになり静けさを増していた
静かに降り続ける雪は寒さを際立たせる様だった
「やっぱり冷えるわ…お風呂で温もろう」
コタツで温もったと思っていたがやはり体はまだ冷えていたようだ
湯浴みの用意をする
湯気の立ち上る鏡のような水面を揺らし肩まで浸かる
いつもより少し熱く感じた
「はぁ~…」
深く息を吐く
慌しさからやっと一息つけた気がする。
しっかりと体の芯まで温もろうといつもより少しだけ長風呂だった。
「よいしょっと…」
風呂から上がると魔理沙の布団の横に並べて布団を敷く
永琳の薬も効いてるようだし心配は無いだろうが、やはり近くに居るに越した事は無い
愛用の湯たんぽは今日は魔理沙の布団の中
冷えた布団に潜り込む
横目で魔理沙を見る
すやすやと落ち着いた寝息を立てている
「おやすみ、魔理沙」
/
冷たい水が飲みたいぜ…
喉が渇いて目が覚めた
「…ふぁぁぁ~~~~!」
思いっきり伸びをする
あれほど苦しかったのが嘘のように引いていた
少々だるい感じもある気にはならない程度だ
よし!布団から出るか
…
……
………と思ったが、
寒いからもうちょっと…
もぞもぞと寝返りを打つ
「ん?」
すぐ横に布団を並べ、霊夢がすやすやと寝てた
手を伸ばせば届く距離
「…よ」
掛け布団ごとぐいっと身を寄せる
温もっていない布団の冷たい感触が少し身に凍みる
足がコツンと霊夢に当たった
「…ん?」
「…おはよう、だぜ」
「うわ!」
至近距離にあった魔理沙の顔に驚く
「あ…ああ、魔理沙…おはよう。ってなんで同じ布団に居るのよ?」
「一人じゃ寂しいからだぜ」
「…あっそ。それより体調はどう?」
「見ての通りだぜ」
「良いみたいね、でも残念…頭は手遅れだったか」
「失礼だぜ」
「…ん~!」
控えめに伸びをする。
「さて、そろそろ起きようかな」
「よっと!」
起きようとした霊夢にばさっと頭まで布団が掛けられた
「ちょっと、何するのよ!」
「二度寝と行こうぜ」
「…私はわりと急がいしのよ?」
「忙しい時の二度寝こそ気持ち良いんじゃないか」
「…それは少し同意できる」
「だろ?」
「どうせ外は雪積もってるだろうし、今日はお掃除いいか…」
「そうだ!雪だぜ!」
がばっと飛び起きる
「寒っ!」
急に布団を捲り上げられ冷気に晒される
「かなり積もってるかな?外行って見ようぜ!」
「子供か、あんたは…」
/
外は一面の銀。
朝の日差しを浴びてきらきらと輝く絨毯が全ての物を覆い隠していた。
「おー!こんなに積もるとは思わなかったぜ」
さくさく、きゅっきゅっと踏みしめる。
「はー…寒いわ…」
魔理沙は一掴みの雪を団子にすると
「霊夢」
「ん?ぶ!」
霊夢に投げつけた。
「うひゃひゃ、ぶ!」
カウンターで陰陽玉が飛んできたが
「あ~ん~た~ね~!」
「ちょ…ちょっと待て…どう見ても私の方がダメー…」
「…」
いつの間にか霊夢が浮きあがり結界を展開させようとしていた
『空を飛ぶ不思議な巫女』ちなみにLunatic
「うわわ!霊夢ちょ!私が全面的に悪ぅございました!」
半泣きですがりついて許してもらった
「しかし今年は初っ端から結構積もったわね」
空を見上げた
寒さのせいか少し頬を赤らめ、白い息を吐く。
「…魔理沙、まだ余り無理しない方がいいんじゃない?」
「ん?もうすっかり元気だぜ?」
「そう?」
「ああ、霊夢のおかげでな」
そういやいつも迷惑掛けてる気がするが、
昨日は特に大変な思いさせちまったな…
それも嫌な顔一つせずに、愚痴の一つも言わず…
「霊夢」
たまにはちゃんと言葉で伝えよう、
心から感謝してるって。
でも私はそんなことは恥ずかしくて言えないかな…
だからこの言葉に全てを乗せて伝えようと思う。
「ありがとう!」
伝って、この心 と。
魔理沙が太陽のような笑顔で伝えてきた。
だから私も笑顔でこう答えた。
「どういたしまして」
ちゃんと伝わったよ と。
「さ、朝ごはんにしようか?」
「そうだな」
霊夢が後ろを向いた瞬間に雪を掬い取る。
「何が残ってたかしら、ひゃあ!」
霊夢の首筋に雪を押し当ててやった。
「うひゃひゃ…」
カウンターで「夢想天生」された
「そ!!それはカウンターで使う様なスペルじゃ…み゛ゃーーーーーー!」
雪の中少女の悲鳴が木霊した。
それにしてもなんというやさしい腋巫女
ボスとして登場するときのアノ無慈悲な弾幕がウソのようです
ありがとう、は良い言葉ですね。
『ごめん』と言われるより、『ありがとう』と言われた方が嬉しいですよね。
と、言う私は良く謝罪の言葉を良いますが(苦笑
それはそうと、和ませていただきました。
ありがとうか・・・星3つ(笑)