※普通の人間の方へ。お酒は二十歳から、程々に量を弁えて楽しみましょう。飲みすぎは身体に毒ですからね。約束ですよ? by早苗
幻想郷の東方、そこに存在する博麗神社。
欝蒼と生い茂った草木も既にその半分以上が寒風に流され大地に横たわっている。
つい最近までは掃除も大変な物だと、しているように見せるのが実に忙しかった。
実際に多くの木葉が大地に舞い落ちればそれを集めるのに労力はいる。
事実、博麗神社の主博麗霊夢は流石に真似だけではいけないと一時期全力を挙げて庭掃除を行ったのだ。
もっともその勤勉な努力は時折神社を訪れる酔いどれに萃めさせるという手段によってすぐに水泡に帰したのだが。
今では縁側に座り、必要分を掃き掃除するだけで事足りている。
そんな中、神社の縁側には三人の巫女が集まり、大きな紙を眺めていた。
◆■◆
ある日、酔いどれに庭掃除の力を借りるために弾幕ごっこが行われた。百万鬼夜行と博麗の巫女の戦いである。
「萃香、落ち葉を萃めて」
「嫌だよ。それくらい自分でしたら? それよりもさ、最近宴会してないじゃない? 久しぶりにしようよ」
「嫌よ。後片付けが面倒くさい」
重なり合わぬ感情は悲劇的にも開戦の合図となり、かくて落ち葉蒐集事変と天狗の名づけた弾幕ごっこは始まったのである。
すぐさまそれを見ていた天狗がその疾風の行動力にて魔法使いを初めとしたお祭り好きの住人を集めてしまう。
こんな面白い見世物は楽しまなければ損なのだ。
因みにその間巫女と鬼は言い包められて縁側で温いお茶を喉へと流し込む作業に勤しんでいた。束の間の平和だった。
さてさて、思いのほか多く集まった宴会の参加者が一様に杯を持ち乾杯の音頭を黒白の魔法使いが取った。
開戦の合図である。
途端に騒ぎ始める幻想郷の住人を尻目に今宵の舞踏、その主役を勤める二者が空へと舞う。場所は博麗神社上空、夜。スペルカード枚数はお互いに一枚。
二人はそれを確認し間合いを取って、お互いに実に楽しそうに口の端を持ち上げ構えを取った。先攻を取ったのは鬼だ。
大小重なり巫女へと肉薄する弾。右へ、上へ。霊夢は身を軽々と翻しその隙間を縫う。その回避運動をしながらも霊夢は腕を振るい針を萃香へと撃ち込んでいく。萃香は萃香である程度のダメージも気にせずに弾幕密度を濃くする事に余念がない。
それを見て酒水で喉を潤す魔法使いなどが囃し立て、また杯に一杯注がれたそれを流し込んでいく。
弾幕が厚くなればなる程に夜空が染め上げられていき、美しい。
その内に業を煮やした鬼がその類稀なる力で神社の庭、大きな岩石を持ち上げた。
「いくよっ……萃鬼「天手力男投げ」!」
身体に似合わぬ大技にそれを見たことの無い妖怪の山の神社所属の住人が歓声を上げた。また酒がすすむ。
持ち上げられた岩石からは粉雪のように欠片が舞い落ちその圧倒的な重量を周囲に知らしめた。
ところがその対象たる巫女はどこ吹く風。真っ直ぐにその力自慢を眺めながら迎撃用のお札を指に挟んでいる。
挑発するように微動だにしない。風のみが僅かに巫女の麗しく艶のある月の無い夜空を思わせる黒髪を躍らせる。
ついでに腕を伸ばし最近流れてきた外の文明の中にあった挑発のポーズを取って見せる。
腕は水平、緩やかに手の平を空へと向ける。そしてそのまま親指以外の指を自分のほうへと引き寄せる。
「――きなさい、萃香」
この挑戦に元来勝負事の好きな鬼が受けてたたないことがあろうか、いや無い。
ぐん、と勢いをつけるべく岩石を後方へと流す。腕を弓の弦の様に引き絞り、笑う。
霊夢の行ったこの行為が宴会をさらに盛り上げ大喝采を生む。やれいけ、そらいけ、どんといけ。
「後悔しないでよ――人間!」
「鬼は退治される運命よ!」
萃香の言葉に苦笑しながら返事を告げる。巫女の言葉に永遠に紅き幼い月の禍々しい羽が微かに揺れ動いたが誰も指摘しない。ツマミのあるうちに騒ぎ飲む事に忙しいからだ。
振り絞られた腕が、爆ぜる。
空間そのものを揺るがすような爆音。
大気を圧迫され厚みのある壁に変え、それらを従えて大岩が霊夢を押し潰さんと接近する。霊夢は多少身体を折り曲げ予め用意してあった符を前方へと投げつける。その符は四方に散り四隅に簡単な結界が生み出した。
「無駄無駄ッ! 大人しく宴会一週間フルコースだよ!」
萃香の叫ぶ勝利条件に幻想郷の住人は諸手を挙げて歓迎する。萃香万歳、萃香万歳。
自然、プリズムリバー三姉妹の奏でる音楽が勇ましい音色へと変容する。この場において萃香が主役となった瞬間である。
霊夢は苦虫を噛み潰したように顔を顰め、作りだした結界で岩石を受け止めた。軋む音、結界が悲鳴をあげる。
流石鬼、流石萃香。口々に褒め称えながら酒樽が幾つも開けられていく。まさに最終回、盛り上がる場面。
「やばっ」
ついに鬼の力が巫女の結界を粉砕する。四方散り散りに消えていく符。微かに勢いを弱めた岩石が巫女を吹き飛ばす。
轟音。
岩石が跳ね返り庭へと落下する。
巫女はその岩石の保有していた力をそのまま受け取り巫女の視界、その天地がひっくり返った。
巫女の視界には決着がついたぞと盛り上がる宴会参加者達。これだけの衝撃でも誰も巫女が死ぬなどとは考えていないらしい。まあ、幻想郷において巫女の存在は不可侵であるから死なないようにしてあるのは当然なのだから騒ぐ必要もないのである。
とはいえ、霊夢とてこのまま負けてしまう心算は無い。
落下しながらも冷静に空間を認識する。先程までの萃香の弾幕は既に岩石の時に掻き消えているので考慮に値しない。
萃香もまだまだ決着はついていないと思っているのか落下する霊夢を追いかけるように飛んでくる。
絶好の機会――!
霊夢はここになって訪れたチャンスに感謝しながら腕を伸ばす。余力は残っているので浮かぶ事も出来たがそれはしない。
萃香と地面が近づいてくる。流石に微動だにしない霊夢に焦りを覚えたらしい魔理沙が立ち上がり、箒を掴む。そして景気付けに、と杯に残る水を勢いよく口に含み赤い顔して構えを取った。それを隙間妖怪である八雲紫が遮る。
「霊夢、何をする心算か知れないけれど、このままだと私の勝ちだよっ!」
萃香にはよくわかる。異変を解決してきた霊夢はこれくらいで諦めないと。
(面白い、何をするつもりなのか見届けてあげる!)
萃香は基本的に霊夢よりも身体のポテンシャルが高い。言うまでもないことだが。
しかし霊夢の凄い所は戦闘中に回避パターンを生み出せるというところである。直感的に解るのだ、相手を懲らしめる方法が。
だから萃香は油断しない。鬼の力を持ってしてこの先の勝利の美酒と大宴会を手にするために一気に間合いを詰める。
それが霊夢の狙いだとわかっていながら。
「もらった――」
距離が縮まる。その時萃香の視界に何時ものようにのんびりと微笑む霊夢の顔が飛び込んできた。
「――夢符「二重結界」」
その発動とともに霊夢を中心に分厚い結界が生まれ出でた。二重結界。
内と外の結界、その間に挟みこむ霊夢のスペルカード。
萃香はまんまとその間にはさまれる事になったのだ。
「しまった!」
中心から大量の御札が萃香に向かって迫りくる。それは結界の後方から撃ち出され始めて見る人間に戸惑いと錯覚を与えてくる。
「だけど、このくらいなら!」
流石にこれですぐに撃墜されてしまうほどに萃香は弱くない。
身体を左右へ細かく動かしながら御札を回避する。時折御札が肌を掠り力が削られていく。
この状況を打開する。その為に萃香が結界中央へと視線を滑らしたのは結界を張ってから少ししてからだ。
然しそこに霊夢はいない。
「なっ、まさか――」
「正解」
萃香の真後ろからの声。そう、霊夢は結界を張りあらかた御札をばら撒いた後に後方へと移動したのだ。
元々その軌道の捉えにくい霊夢、それが結界と御札で隠されているとあれば如何な萃香でも見失うというものだ。
萃香は慌てて迎撃体制を取り、次の瞬間大きく視界を埋める陰陽玉に押し潰された。
霊夢の勝利である。
◆■◆
「いやあ、負けちゃった」
全く気負いなく負けたことを後悔する風もなく。萃香は早々に宴会の輪の中、その中心へと駆け込んでいく。
悪乗りして作っておいた大きなテーブルほどある杯を取り出して見せつければ、周囲からやれ飲めそら飲めと滂沱の滝の如くに酒が注がれてくる。
なれば、とこの酒飲みである鬼は一気に飲み干してやるぞ、と皆の手拍子の中手を振り杯をその怪力で持ち上げ傾ける。
周囲から歓声が上がり一層囃し立てる声にも熱がこもっていく。
「それいけ、萃香! おかわりならまだまだあるぞ」
「萃香もがんばるわねぇ……」
「いやいや、流石鬼というところですか。今度の三面記事にはなりそうですね」
その大半が全く面白がってるだけという状況ではあったが流石に鬼。瞬く間になみなみと注がれた酒は消えうせた。
紅く染まる頬、小さくしゃっくり一つ漏らし杯を天高く掲げる。
途端歓声は歓喜の声へと変容する。
この宴会の出席者は中々自尊心が強いと言うか、有体に言えば勝負事が大好きな物で次は私がと我先にと酒樽をかっぱらっていく。
この光景に辟易していたのは人生の勝利者である博麗霊夢である。
自分の懐が痛むわけではないが、こういう時に酔いきれなかった者は何とも損な役割になるものだ。
河城にとりが酒樽から口腔に無理矢理酒を流し込む装置を造ったとかで白、それを狼天狗こと犬走椛に使用すれば同じ天狗の射命丸文に苦情申し立ておよびにとりの静止を求められ、ついでにお酌をさせられる。
遠目に見えるは西行寺幽々子が洩矢諏訪子をなんだか美味しそうだという視線。止める為に料理を運び込む。
先程まで萃香の杯に酒を注ぎこんでいた魔理沙はなにやら魔法使い組三人で集まり盛り上がっていた。
そんな中冷静な、周囲に比べればなんと静かに飲んでいる上白沢慧音や藤原妹紅の所に向かえば優しく妹紅が杯を突き出してくる。
霊夢が上手く酔えてないのを心配しての事である。
なれど、酔い遅れたのが既に致命的なもので。
「いやいや、お気持ちだけありがたく受け取っておくわ」
と丁寧に返事をするしかないのだ。
「ふむ、確かにこの連中は何をするかは解らなくはあるな」
「でもさ、少しくらい飲まなきゃやってらんないって。という事でお一つ、飲んでいきなよ」
「こら、妹紅っ!」
納得いったと頷く慧音の横でなおも妹紅は杯を差し出してくる。
小さな小さなお猪口。
これくらいならばと霊夢。
顎を持ち上げ実に言い飲みっぷりを見せ付ける。
慧音はすまなそうに、妹紅はやんややんやと手拍子で褒め称えてくる。
「ふぅ……」
「もっと飲んでおく?」
「うーん、遠慮しておく。ある程度理性残しとかないと面倒そうだし」
とはいえお猪口は離さない。僅かに飲むくらいいいだろう、そんな思いもあるからだ。
もっと言ってしまえば癪なのだ。先に飲まれてた事が。
「まあまあ、人生なんて酩酊してようが進んでいくもんさ」
「でも後悔するわ」
「当然だよ。酒飲んでわけわからなくなるってさ、そういう事だもんね」
「後で、ねえ」
慧音は静かに杯を少しずつ飲み干していき、妹紅は大胆に杯を傾け胃に芳醇な酒を吸い込んでいく。
見回りに行こうとする霊夢を手放す気はまだないらしい。
小さなお猪口に大きな徳利から透き通る酒水が注がれていく。
「妹紅、後悔なんてしない方がいいじゃないか」
真面目一筋、堅物慧音の言葉が妹紅に向けられる。
然し妹紅は面白おかしく喉を震わせるのだ。
「甘いなあ。そういうもんさ、人生ってのは。酸いも甘いもあってこその人生!」
「人生のスパイスという事か?」
「辛口ねえ」
妹紅の言葉に些かの冷静さを残している慧音とまだまだ酔えていない冷静な霊夢の合いの手が入る。
二人ともそう言いながらも徳利を空にして喉を十分なほどに潤しながら。
「でも、そんな人生をここにいる奴らは好きなのさ」
「勝手に決めるな」
困ったように笑いながらお猪口を口元へと運ぶ霊夢。
そんな霊夢にしたり顔で妹紅は頬を歪めた。
「だってさ、当然じゃないか。霊夢だって慧音だって、ここにいる奴は皆辛党だろ?」
「ああ、成る程。一本取られたようだ」
「そうね。なんだか悔しいわ」
これはしてやられた、と慧音も霊夢もまだまだ酒の残っている瓢箪を探し出しては妹紅の杯に注いで差し上げる。
妹紅もいやいや、そんなには飲めないよと苦笑して、されどもそれを一気に飲み干した。
さて、そんな妹紅を見やりながら霊夢は肩をすくめて酒瓶一つとお猪口を手に宴会場を練り歩く事を決めたようだ。
妹紅は既に全身余すところ無く紅く染め上げ今では永遠亭の住人と酒を酌み交わしている。
慧音は簡単に手を振り霊夢を見送って妹紅の元へ。
次に霊夢がやってきたのは紅魔組、詰りは紅魔館の住人が主に集まって飲んでいる所である。
メンバーは永遠に幼い紅き月ことレミリア・スカーレット、完全で瀟洒な従者こと十六夜咲夜、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジ、そしてその図書館の司書の小悪魔である。
とはいえ、パチュリーは同じ魔法使いのアリス・マーガトロイドとなにやら理解不能の単語を応酬させている。時折霧雨魔理沙が混ざりにいくだけにやはりそういう魔術用語なのだろうと霊夢はひとりごちた。
「あら? そんなにぶらぶら歩いていて、暇なの?」
寄る辺も無く彷徨う霊夢に凛とした可愛らしい声が降り注ぐ。
咲夜の注ぐ酒をお茶でも飲むかのように流し込むレミリアである。
周囲には空になった酒瓶が転がっていた。地面の上に敷かれていた布の上は見るも無残な有様である。
とはいえ汚れて見えてもグラスを人数分確保してなおかつ空瓶はある程度纏められている辺り従者が如何に有能か推して図るべし、と言った所か。
霊夢は先の問答もあってか偶にはいいかと何も聞かずにその場に座り込む。
「意外と礼儀しらずね。流石に博麗の巫女といったところかしら?」
「ここは私の神社、その庭よ。誰に憚る必要があるの」
「それもそうね。では、私のお相手を務めてくれるのかしら?」
「偶には良いんじゃないかと思ってね」
特に実力で排除したりしてこない辺り歓迎されているようである。
レミリアと向かい合うように座り込み、お猪口を傾ける。
レミリアはそんな霊夢の行動を不思議そうに首を傾げ。
「そんな小さな物で満足できるの?」
「ゆっくり長く楽しむのよ」
「細々とした考えね」
呆れたように息を吐き出し、いつの間にか注がれている赤い酒を喉に流し込む。
この辺りで飲まれている銘柄は流石に紅魔館、一味違う物だ。
「夜はまだまだ長いのに」
つい、と視線を上空、月の輝く夜空へと向ける。
霊夢はそんなレミリアの視線に追随することなくお猪口を傾けた。
いつの間にやら目の前には紅い酒の注がれたグラスが置いてあった。さすがメイド。気がきいている。
当の咲夜はどこ吹く風と己のグラスを傾け自分を酔わせていた。流石瀟洒。
「人間は夜眠る物なの」
当然の事、と霊夢はお猪口と自分の酒瓶を横においてグラスを手に取りながら口を開いた。
「実に不便ね。霊夢と遊べないわ」
「昼に来なさいよ」
「昼は寝てるのよ」
「残念ね」
「ええ、本当に」
霊夢は実にあっさりと言い放ち新しい酒水を味わった。美味である。赤いとはいえ吸血鬼専用の飲み物ではなかったらしい。
良く考えてみれば恐らく同じ酒瓶から咲夜が飲んでいるだけに大丈夫だと解りそうなものだが。
「夜、簡単に眠る秘訣って言う物があるわよ」
「そんなのがあるの? 是非教えて欲しいわ」
「昼の間起きていればいいのよ」
「私には無理ね」
「努力しなさい」
「お前が言うな」
二人して同時にグラスを空にする。
レミリアのほうに注がれている間に霊夢は自分でグラスをなみなみと満たしていく。
咲夜は従者として先に注がれ少し困ったようにするものの、まあいいかと自分のグラスに残りを注いでいった。
「眠ってる間不安とか無いの?」
「家には出来たメイド長と門番がいるからね」
まるで我が事のように胸を反らし誇るレミリア。
良く見てみれば背後に愉悦の光が輝いていることだろう。決して良く見たりしないのだけど。
「とはいえ、疲れるんですけどね」
そんなレミリアに水をさすように咲夜の合いの手、一つ。
レミリアは微かに機嫌を損ねたのか眉根を寄せて睨みつける。
「まあまあ、それでもしっかり働けるのはお嬢様あっての事ですから」
「当然よ」
「現金な奴」
咲夜の予め解っていたかのような言葉、それに顔を実に見事に綻ばせていくレミリア。霊夢は息を小さく吐き出しグラスの中を僅かに減らした。流石に酔いが回ってくる。
世界そのものが歪み、回転する。まずい、まずい、いや芳醇な味わいの酒は美味しいが。
霊夢は自然と多少ふらつく身体を左右に自ら大きく揺らし世界を元に戻す。
「あらあら、霊夢はもう限界かしら?」
「……」
しまったと感じた。一番最初の弾幕ごっこで身体が火照り血液の循環が良くなっていたらしい。
お陰で体内を酒毒が何時もよりも早く駆け巡る。
頬が火照り汗が微かに浮かぶ。熱い。
「大丈夫、よ」
「ならいいわ」
厭らしく口の端を持ち上げ、レミリアが笑う。
霊夢は空きっ腹も良くないとツマミに手を伸ばし、口に入れた。
そういえば先程から何も食べていなかったな、と霊夢は思う。
「それにしても、そんなに働いてるなら咲夜とか美鈴とかに休みでもあげたら?」
流れが良くない、そう悟った霊夢はやや強引に話を変えていく。
からかわれる側に回るのは真っ平ゴメンなのだ。
そんな思いが天に通じたのかレミリアはその話題に乗ってきた。
意外そうな顔をして首を傾げながら。
「休み? 部屋はあるしベッドもあるわ。十分じゃないか」
「ベッドといっても吸血鬼基準じゃないの?」
霊夢はグラスを手に持ったまま、食欲を満たし聞き返す。
周りは思い思いの賑やかな喋り声。
「もしかして、棺桶だとでも思ってるのかしら?」
僅かに苛立ちの含まれたレミリアの言葉。
意外そうに霊夢は殊更に瞳を開いて見せた。
「……違うの?」
「違うわ。私もキチンと天蓋つきのふかふかのベッドで眠ってるよ」
「へえ……」
「別におかしくは無いでしょう?」
「まあ、ねぇ」
静かに言葉が二人の間から消える。霊夢はお猪口で食物を流し込み、レミリアはまだまだ余裕とばかりに赤い酒を飲み干していく。
霊夢は不意に周囲を見渡してみた。
相変わらず賑やかに大きな杯を傾けている萃香に手拍子がかかる。
負けじと守矢神社の神奈子も酒を喰らい己の威信を見せ付けるようだ。そうして大酒飲めて何の威信が上がるものか、そうお思いかもしれないがそこはノリであろう。諏訪子も負けじと空の杯を掲げ、守矢の巫女は酒気に中てられお休み中。
文の取材に鼻高々に答えるにとり。先程の霊夢への苦情申し立ての件はすっかり忘れてしまったらしい。あるいはこうなれば面白いネタにしてやるという記者魂か。椛が被害者として横たわっているのが実に悲劇的である。
静かに嗜む永遠亭。姫様のお世話をキチンとこなしながらも静々と楽しんでいる辺り貫禄があった。尤も、鈴仙とてゐは中々に賑やかに騙しあっている様ではあるが。主に一方的に。
対照的に人里は賑やか一本。妹紅が実に楽しげに酒に酔わされている。指から火の鳥を生み出し「まさに焼き鳥!」と言って大爆笑。慧音が何度もたしなめている様だが聞く耳持たず。慧音も妹紅につき合わされて真っ赤なあたり静止役が居なくなりそうで不安である。そんな妹紅は霊夢の視線を感じると顔をこちらに向け、高々と腕を上げ手を振っていた。
近くでは魔法使いの議論が過熱している。頬を真っ赤に染めて声を大きく相手を言い負かさんとする。その顔が赤いのはお酒の為かはたまた激論による興奮によるものか霊夢には判断できなかったが。
「賑やかよね」
ふと真横から霊夢に声がかけられた。霊夢は視線を周囲から隣に移しかえた。
レミリアが何時の間にやらすぐ側に来ていた。僅かに紅潮した頬、しなだれかかる様に全身でもたれかかってくる。
霊夢は抵抗しない。
体温の低い吸血鬼は熱冷ましにちょうど良いからだ。
レミリアの頭が肩に圧し掛かり、吐き出される熱っぽい吐息が鎖骨を撫でるように吹き抜けてとてもくすぐったい。
霊夢が咲夜に止めてもらおうと咲夜のいた場所を見てみれば、いつの間にやら消えていた。
少し首を動かせばパチュリーのお世話をしている小悪魔となにやら話し込んでいるようだ。
不意に頬に冷たい何かが触れた。レミリアの指だ。
本来少し冷たい程度なのに、神経が凍えてしまいそうに感じるのはきっと身体が火照っているからだと霊夢は結論付ける。
指は大胆に耳朶に触れ、輪郭を確かめるように顎へと滑る。
「霊夢」
艶のある声色で名前を呼ぶ。
愛しそうに吐き出された吐息は身体に比べて随分と熱い。
「なによ」
僅かに逡巡した後に僅かに眉を持ち上げ、答える。
「貴女の血、吸っても良い?」
「当然却下よ」
あまりにも予想通り過ぎる言葉。
霊夢は素っ気無くお決まりの文句を返す。
これも含めてお決まりの会話。
だからレミリアは特に拘ること無く首筋を撫でるまでで指を止めている。
少しくすぐったいが僅かに身を捩るだけで霊夢は抵抗をしない。
「大体、血液だったら咲夜にでも飲ませてもらえばいいじゃない」
「それは駄目」
「なんでよ?」
「私にだって好みはあるわ。狗の血は好きじゃないの」
「……あっそ」
「ああ、でも勘違いしないでね? 従順な狗は大好きよ。愛してると言ってもいいわ」
にべも無い言葉だった。しかしまあ、それだけ大切にしている事なのだろうと霊夢は思うことにした。
血を求められるのとどっちがましかはさておいて。
そうしてもたれかかられていると小悪魔を伴って咲夜がこちらへと歩いてきた。
顔からは酒気が抜け、困ったように苦笑している。
何事かあったのだろうか。霊夢とレミリアは同時に同じことを考え、離れた。
「どうかしたの?」
レミリアが当主として咲夜へと質問をする。
その間に霊夢は残っていたグラスのお酒を喉に流し込み、微かに距離を取る。
然し霊夢のその行動もすぐに後頭部に柔らかいものが押し付けられて離れる事を止められてしまった。
「霊夢さん、お久しぶりです」
「小悪魔?」
後ろから淑やかに腕が伸び、首を後ろから絡めとるように抱きしめてくる。何時の間にやら小悪魔が背後に回りこんでいたのだ。
霊夢は酔いで力の上手く入らぬ身体をもがかせるも腕は一層食い込むばかりで逃げられない。
「お嬢様。実は少々面倒なことになってしまいそうですわ」
抱きしめられる霊夢の目の前で悠然と背を反らすレミリアに咲夜が報告をする。
「どうかしたの?」
「実は先程小悪魔に聞いたのですが――」
◆■◆
初めはほんの些細な切っ掛けだった。
宴会の席で珍しくも動かない大図書館が来ているともなれば魔理沙やアリスなどの魔法使いが寄っていくのも無理からぬ事。
初めはお互いに杯を傾けながら簡単な知識の応酬をしていたらしい。
大抵魔理沙が景気よく話をしていて荒削りながら発想力のよい言葉を紡ぐ。
それを受ける形でアリスが現実的な方法の補強を行う。
最後にパチュリーが飛躍した理論で完成させていくのだ。
見事、実に見事な三段論法である。
小悪魔はそんな三人を見つめながらお酒や料理のお世話をしていた。
いや、本心はよく解らない会話に逃げ出したい心で一杯だったのだが。
ともあれ使い魔として、一流の悪魔として完璧にこなして見せなければいけないと己に言い聞かせながら奉仕していたのだ。
そんな中、三人はより白熱した難解な議論へと移っていく。
小悪魔は実に渋い顔をして天を仰いだ。全くよく解らない。するのなら魔界だとか悪魔だとかそういう話にして欲しい。そうすれば理解できるし話にだって加われるのに。
然し三人はそんな小悪魔の密かな願いを無視するように五行についての論説に移り変わっていった。
白熱する議論は食物や飲料を必要としない。如何に理性的に頭を働かせて言葉をつなげるかである。
そういう意味でも手持ち無沙汰になった小悪魔はついと宴会場へと視線を這わせていった。
視界にはなにやら人里の二人と話しこむ巫女が見えた。
◆■◆
巫女、博麗の巫女。小悪魔にとっての天敵に近い存在。
悪魔と言うのはあらゆる手段を用いて人を篭絡し堕落させる存在である。
尤も、それは積極的にやるものでもないし最近では魂が飽和状態であるという冥界などの苦情を受けて殺さずに生気を吸う事がメインとなってしまっているのだけれど。
兎に角、小悪魔にしてみればそんな自分と神聖なる存在である巫女は全くの相容れぬ存在だ。
祓い祓われる関係、実にスパイスの聞いた関係ですね、と一人思い呟いた事がある。
実際妖怪退治を生業とし、異変を解決に導いていく巫女。
これが悪戯を好み人を堕落させる悪魔と相性がいいはずが無い。
巫女としてはこれで妖怪に一切合切の容赦が無くなれば完璧ではないか。
交渉の余地無く経験値となるのだ。外道でもあるまいに。悪魔でも愛して欲しい。
しかし、博麗の今代の巫女、霊夢は実に風変わりな巫女だったのだ。小悪魔の予想のはるか斜め上を行くほどに。
ある日の図書館。小悪魔がせっせと図書の整理をしているときに襲撃があった。
レミリアが霧を出している件での襲撃らしい。美鈴からの報告では目出度い人ということだ。
パチュリー曰く霧を止めるためならここに来ないでしょう、と言う予想を立てられた。
その予想はすぐに外れていた事を思い知らされる。
迷子の迷子の紅白さん、貴女の行く所どこですか?
思わずそんな歌を口ずさみながら紅白の、確かに聞き及んでいた通りに目出度い衣装をした人間に攻撃を仕掛ける。
追い返すために妖精メイドが、本が。
然し紅白の本体には届かない。無論、紅白とて無敵ではないらしく目出度い衣装も所々に弾のかすったような後をつけている。
それでも、解った事はこの程度でこの紅白の傍若無人な進撃は防衛できないと言う事。
故に、小悪魔がその迎撃に当たる。
「こんにちは。止まってもらえますか?」
「嫌」
その言葉が開戦の合図。
小悪魔はすぐに大弾とクナイ弾を放ち、紅白は御札でそれを迎撃する。
「図書館では暴れないでくださいね? お仕置きに私がお相手します。私のテクニックで骨抜きですよっ!」
「元気な奴ね」
結果、あっけなく小悪魔は敗北する事となる。
その後聞くところによるとレミリアはその巫女に懲らしめられ霧を止めたと言う。
この時、小悪魔は微かに霊夢に興味を抱いた。レミリアすら倒してしまうその実力に。
そして、そんなレミリアはその後神社に通うようになった。
これは何かあると持ち前の野次馬根性と悪魔らしい欲求への素直さで、あるとき神社に遊びに行ったのだ。
やはりというか、神社には先客がいた。
レミリアである。
これは僥倖とばかりに小悪魔は側に隠れて様子を窺っていく。レミリアがどのように巫女に接しているか興味があったのだ。
「霊夢、暑いわ」
「知るか。勝手に涼めばいいじゃないの」
「嫌よ、霊夢、冷えたお茶を出しなさい」
「我侭言うんじゃないの」
そういうと霊夢はぺしと可愛らしい音が立ちそうな弱々しい勢いでレミリアの頭を叩いたのだ。
無礼な行動、強者である吸血鬼にしてはならない行動。
されどもレミリアは全く怒っている様子は無い。寧ろ拗ねたように唇を尖らせるのだ。
小悪魔にとってはまさに予想外の出来事。あの小悪魔よりも数段上のはずのレミリアが紅白の巫女に甘えているのだ。
名前は霊夢、小悪魔は初めてそれを知った。大抵紅魔館の中で話すときも“あの紅白”で通じるのだから。
霊夢は一体どうして脅えないのだろう、そう感じた。
勿論この幻想郷において巫女は絶対視されている物だ。故に手を出せない。いや、幻想郷の博麗大結界が維持できるくらいまでなら手を出せるのだけれども。
だとしても、そこまで平然としていられるものだろうか。
まるで普通の少女を相手にしているような、そんな態度。
それだけ実力に自身があると言う事だろうか。確かに弾幕ごっことはいえ、圧倒して撃ち倒したのだから実力者ではあるのだろう。
小悪魔は自分の中で目まぐるしく紡がれる思考を整理しきれていなかった。
人間の巫女が、吸血鬼の実力者と仲良くしている光景と言うのが実に意外だった。
やがてレミリアは満足したのか日傘を差して紅魔館へと帰っていった。その顔は実に楽しそうだった。
だから、小悪魔もそっとその場から出ていってみたのだ。
「こんにちは」
「あら? また来客? あんたは……」
「憶えてますか?」
「図書館にいた子ね。憶えてるわよ。名前以外」
「名前は教えてませんから。小悪魔とお呼びください」
小悪魔はそういって自己紹介すると静かにスカートの端を持ち上げ優雅に一礼をして見せた。
然し、霊夢は全く気にした様子は無い。平然としたようによろしくと片手を挙げた。
「解ったわ、小悪魔ね。よろしく」
「ええ、此方こそ。霊夢さん」
「なんで名前知ってるのよ?」
「有名なのです。特に紅魔館や私の中では」
「有名税ねえ……大変だわ。色々」
小悪魔は先程までとなんら変わるところの無い対応の霊夢に肩を少しすくめながらも微笑んでみせる。
存外にも自信家ということではないらしい。もしそうなら小悪魔に対して侮蔑的になるだろうからだ。
実力者で自身のある人間は兎角弱い物を軽視しがちである。勝てるから。
「態度、変わらないんですね?」
「なんで態々変えなきゃいけないのよ」
「私、レミリア様に比べて随分弱いですから」
「ふーん、だから?」
素っ気無い言葉。霊夢はそれを気にする様子は無く掃除をしている振りをしている。
小悪魔は本当に気にしていないのだな、と理解した。霊夢はそれよりも相手によって謙ったりするのが面倒なのかもしれない。
そしてそれはとてもとても魅力的なことだった。小悪魔にとっては神々しさすら感じるまさに巫女、である。
「まあ、いいわ。それより、お茶飲んでく?」
「よろしいのですか?」
「……遠慮する理由でもあるの? お茶恐怖症だとか」
「いいえ。もしその恐怖症があるとしても、饅頭怖いですね」
結局その日はお茶をご馳走になった。ついでに煎餅も。
話してみればますます面白い人物で、ある意味で無欲にも近い程に執着が無い。それは物にも限らないもので。
欲望を植えつける側の小悪魔としては、是非手に入れてみたいと心に刻み込まされたのだ。
それが二人の関係の始まりである。
◆■◆
さてさて、あの頃からですね、と霊夢を嘗め回すような視線で愛しそうに見つめている小悪魔の耳を大きな声が貫いた。
「~~~~~~!?」
呆然とした様子で小悪魔は自分の尖った耳を手で塞ぎ声の発生源を見つめた。
そこには白熱しすぎて真っ赤になった魔法使い二人。
小悪魔が思い出に浸っていたうちに白熱しすぎたらしい。
幸いにも少し周りから離れていたのと鬼が一気飲みをする神奈子に地面を叩いて煽るように音頭をとっているものだから騒ぎにはなっていない。
その事にほっと胸を撫で下ろしながら激論を止めるべく果敢にも乱入を試みる。
「いいやっ! 火と火とを組み合わせれば炎となるんだぜ!」
「無意味よ。それよりも火と土を組み合わせておいたほうが役に立つじゃない」
会話の内容を聞いてすぐさま回れ右。この三人の中で唯一冷静さを保っているらしいアリスの所へと向かう事にした。
「あのっ……一体何があったのでしょうか?」
「聞いてなかったの?」
アリスはついていけないと小さなお猪口でお酒を飲んでいた。
小さく眉を持ち上げ、傍にいたのに知らなかったのか、と目で責める。
「すいません、興味なかったもので」
小悪魔は悪魔らしくなく誠実に答えた。お陰で呆れたような空気が倍増されたのだけど。
「はあ……まあ、いいわ。実際はね、属性魔法の組み合わせについての些細な行き違いよ」
肩を竦めて苦笑するアリス。
実際疲れたように身体が傾ぐ辺りあまりこの論争の中に入っていけなかったらしい。何事も外から眺める側で気遣いの出来る者は余計な苦労を背負い込む物である。気にしすぎるのだ。
「それでね? 魔理沙が火と火でバスターだっ! とか言い出して、理論的じゃないとパチュリーが大反発。的確に複数属性を操れば弱点ついてアイコンが点滅するだけで此方が有利とか言い出したのよ」
「それはそれは」
実によく解らない論争である。尤も、魔法使いの理論を高々小悪魔が理解しようとするのが無理らしいと諦める事にしたのだが。
アリスは理解しているのかもしれないが、疲れたように俯いている。言い争う二人とは違うらしい。
「私としては人形みたいに属性ごとにそこっ! と操れたらいいと思うんだけど……」
小悪魔は心の中で訂正、この人も結局同じ穴の狢と書き直しておいた。
とりあえずそれはおいておくにしても、これを止めねばならない。主に責任問題はお断りなのだ。
こうして地道に情報収集に勤しんでいる間にも二人の言い争いが加速する。
「大体パチュリーはけち過ぎるんだぜ! 本の十冊や二十冊くらい無償で貸せばいいじゃないか!」
「それが一月ずつならね。あなたの場合一回でそれだけじゃない。流石に本が減ったのが解るのよ」
何時の間にやら属性魔法を飛び越えて本の貸し出し数に関わってきた。
小悪魔の管轄問題である。今回は二人とも小悪魔を槍玉に挙げる心算は無いらしいがそれでも火薬を近づけてもらうのは困る。
パチュリーも小悪魔にある程度までなら貸し出していいと命じている。
とはいえ、その限度を超えてしまうこともまあ、しばしばあるのだ。
小悪魔は心の中で“ご利用は計画的にね”と胡散臭い笑顔で呟いておいた。現実逃避だ。
実に大きな動作で顔に指を当て、肘を天に突き上げるように持ち上げ顔を覆う。
その状態で微かに首を振り、覚悟を決めた。
「あのぉ」
『なに!?』
「貸し出し数が問題なら、勝負して決着をつけてはいかがですか?」
「ふむ、面白そうじゃないか。賛成だぜ」
「……そうね、いいわ」
存外二人は怒っているように話していたくせに小悪魔の提案に途端に乗ってきた。
落としどころを探していたのかもしれない。
ちなみにアリスはそっぽを向いてお猪口でお酒を飲んでいる。我関せず、見習いたい処世術である、本気で。小悪魔は恨みながらも本気でアリスのことを尊敬した。
「じゃあ、やっぱり弾幕ごっこか?」
「いえいえ、それよりも知識を競い合わせるのはどうでしょう?」
案の定弾幕ごっこを提案してくる魔理沙に小悪魔は否定の意を伝えた。
弾幕ごっこだと負けても再戦、勝てば何度でも図書館があらされる可能性がある。それはゴメンナサイだ。
だから小悪魔は知恵を競う勝負を持ちかける。
「つまり、どういうことなの?」
「私たち紅魔館が魔理沙さんに問題を出し、半数以上答えられたら魔理沙さんの勝ち。出来なければ負け。魔理沙さんが負ければ一ヶ月貸し出し禁止と言うような勝負です」
「成る程。中々面白そうだぜ。私は乗った!」
「小悪魔、私たちがまけたら?」
「その時は一ヶ月貸し出し放題など如何でしょう?」
「……百冊までよ」
すんなりとこの勝負が通った事に胸を撫で下ろした。
こうなれば知識派のパチュリーが先導して事を進めていくだろう。小悪魔は提案しただけだし、補佐に回る心算である。
案の定一週間後の図書館にて五番勝負と言う事までがいつの間にやら決定している。
さて、後はこれをどうやってレミリアに伝えるかだ。小悪魔はその難問を前に身が竦む思いだった。
然しこれは思いのほかすぐに解決した。
咲夜が近づいてきたのである。レミリアの信頼厚い咲夜を引き込めば上手く行く。
「小悪魔、酔い醒ましの薬とか持ってない? 霊夢がお嬢様につられて深酒してるのよ」
「それはそれは。お任せください。それよりも困った事が……」
「困った事?」
◆■◆
「とまあ、この様な事になっている様子でして」
咲夜が困りましたね、と小さく頭を傾げる。
レミリアは一度、目を大きく開き次に微笑んだ。
「面白そうね。いいわ。紅魔館の主として魔理沙との勝負受けるとしよう」
優雅に片目を瞑り口の端を大きく持ち上げて笑う。
小悪魔の心配も杞憂であった。なにせこのレミリアは挑戦されたと言う事になれば打ち負かす事を好むのだ。
小悪魔に聞けば咲夜を使ったのはそれでも保険です、と答えるだろう。
どちらにせようまく事が運んでいるようだった。
咲夜は予算をちらつかせてレミリアをコントロールし、レミリアは尊大に頷いて許可を下す。
「咲夜、パチェに伝えなさい。私たちも手伝うとね」
「わかりましたわ」
咲夜はそのまま翻り、魔法使いの集団へと歩いていく。
その様子を確認しながら小悪魔は自分に責任が掛からなくなった事を喜んで、胸に抱きしめている者を一層強く抱きしめた。
「ちょ、小悪魔っ! いい加減放しなさいよっ」
その動きに酔いで力の入らない霊夢が声を上げた。
後頭部に柔らかいものを当てられながら、上から押さえつけるかのように腕を回され、背中に圧し掛かられている。
常時であればそれくらいなんと言う事もないのだが、今では酒を飲んだ事を後悔していた。
後悔するにしても早過ぎである。
(……私は辛党でも甘いのも好きなのよ!)
意味の無い反論。そもそも聞こえはしない反論を心の中で繰り返しながら霊夢は髪に熱っぽい吐息を感じていた。
「霊夢さんこそ、離したら逃げるじゃないですか」
小悪魔の声が鼓膜を揺さぶり、聴覚をそれのみで満たされる。周囲の喧騒が入ってこない。
「当然でしょうに。どこに悪魔に解放されて逃げ出さない人間がいるのよ」
「私の胸の中に」
「なによ、そのけしからん実りの中には人でもいると言うつもり?」
「人は居ませんが愛情はたっぷりですよ? お一つ如何ですか?」
「いらないわ。子供じゃあるまいし」
傍から見れば覆いかぶさるように小悪魔は抱きしめる。
霊夢はそれを無視するためかお猪口で自分の持ってきておいた酒瓶の中のお酒を口に運ぶ。
そんな靡かない態度がとても愛しい。小悪魔は一瞬魔性の笑みを溢し、息を吐き出した。
「愛情は変幻自在ですよ? お好みの大きさに出来ます」
「出来るな。というより普段のままでいなさいよ」
「はい、わかりました」
喉を鈴のように鳴らし、笑う。小悪魔は己が酔いしれている事を理解していた。きっとこの巫女が原因なのだ。
と同時に、身体を通じて感じるぬくもりに温度差があるのも理解する。
「ところで、急になんなのですが酔い醒ましにこれをどうぞ」
「これは?」
「石榴と言うものの汁、その凝縮品です。何でも酔い醒ましに効果があるとかで用意しておいたのです」
そういって手に握った丸薬を指で摘み霊夢の顔の前へと持ってくる。
これは確かにありがたいと霊夢は受け取るために手を伸ばす。然し、小悪魔の手はその手を軽々と回避し、再び口の前へ。
「……一体何の心算かしら?」
「嫌ですねえ。解ってるくせに。そんなに私から言わせて恥ずかしがる姿を網膜に焼き付けたいんですか?」
「勝手なことを言うな」
「はいはい、あーんしてください」
「ちょっと! 待ちなさいっ!」
霊夢が怒声を上げようとしたとき、思わぬ所から制止の声が入った。
神の助け、霊夢がその声の方を見つめてみるとレミリアが頬を膨らませ肩を怒らせていた。神は吸血鬼だった。
「小悪魔、貴女霊夢に何させようとしていたの?」
平坦な言葉。故にその怒りは並大抵のものではないことがすぐに伝わってくる。蝙蝠の羽も雄々しく空へと伸び上がり、唇の隙間からは鋭く尖った犬歯が垣間見える。
臨戦態勢完了、何時でも戦闘可能である。小悪魔はそれを見て、やりすぎたと後悔した。冷たい汗が背筋を流れ落ちていく。
然し、退く事は選択肢に無かった。
「何って、あーんをしようと」
刹那、レミリアの手が翻り鋭い爪が空間を切り裂き小悪魔に肉薄する。
それは小悪魔の目の前で小さな御札に阻まれ静止した。
「レ、レミリア! 落ち着きなさいっ」
「霊夢? 私はただ無礼者を成敗するだけよ?」
焦りながらも霊夢はレミリアに声をかける。声が少しどもっていた.それだけ驚いたということ。
指が額を掠めるように伸びたものだから当たるかも知れぬと危惧したのだ。
勿論こんな宴会中にそんな惨劇を見たくなかった、と言うのもあるのだが。しいて言えば見えない所でやって欲しいのが霊夢の本音である。
そんな二人を尻目に小悪魔はそっと手を動かした。自然と二人の注目が集まる。
小悪魔はその手を用意してあった袋に差し込み、ゆっくりと抜き出す。
「レミリア様、ここにもう一つお薬が」
「よくやったわ!」
差し出された丸薬。先程までの怒気はどこへやら、目を輝かせてその丸薬を受け取った。絵に描いたような手の平返しだった。
先刻までのことを忘れ、今では戦功第一天晴れ天晴れと財宝まで褒美として渡してしまいそうである。
今度は霊夢の背筋に冷たい何かが零れ落ちる順番だった。
「は、はなしなさいっ」
「レミリア様、さあっ!」
自分の意思で抱きついていた小悪魔がすぐに霊夢に体重をかけ押さえ込む。レミリアのために押さえていますよ、と言わんばかりに殊更に押さえつけてくる。ポイントアップの心算なのだ。
それにまんまと気をよくしたレミリアはステップに鼻歌と実にご機嫌な少女を気取り前から霊夢に圧し掛かる。
霊夢は前門のレミリア、後門の小悪魔とまさに包囲網である。まさに絶体絶命。
しかし包囲されようとも霊夢の士気は衰えない。寧ろ足掻くのだ。色々な乙女の貞操的なものを護るために。
本来の目的は酔い醒ましのはずであるが既に霊夢の顔から酒気を感じ取る事は出来なかった。しかし攻め手の二人には関係ないらしい。
その上できっちりと間接を極めてくる小悪魔に吸血鬼の力を遺憾なく発揮するレミリア。いや、その本気を他の所に使って欲しいと霊夢は思うがそれも所詮夢にすぎない。
流石に無重力とてこれまでか、これ以上は自由に成れぬのか。悪魔の、妖怪の暴力に屈してこのまま檻に入れられ羽ばたけない鳥になってしまうのか。霊夢は押し返せない自分の状況に不安を感じ、然し博麗の巫女として乙女として、譲れぬ何かを護るために身体を無様に足掻かせた。
それでも、その抵抗は非力な物だ。石の剣で鋼鉄の剣に挑むようなもの。足掻くそれを寧ろ楽しむように二人は霊夢の体を固定した。僅かに腕や脚を動かせるのはその抵抗を楽しむためだろうか。
そうしている内に今まさに丸薬を摘んだ指が可憐で穢れを知らぬ唇を押し開かんと高らかに鼓笛の音色響かせながら押し進む。
まだまだと霊夢はそのぷっくりと膨らんだ柔らかい唇を真一文字に閉めた。
ここで僥倖だったのはレミリアや小悪魔とて無理矢理蹂躙するよりは、潔く降伏させた上での堂々たる蹂躙を望んだ事であろう。
あーん、といって恥ずかしそうに頬を桜色に染め上げて期待に濡れ光る唇を開いてもらう事こそ、あーん道、その真髄ではないだろうか。
主に箸を使うなどと野暮な事は指摘しないで欲しい。今は宴会の席、そんなものが都合良く置いてあるものか。置いてあるが。
つまり宴会場に転がり落ちている箸は見ないふり。だって見ると笑い転げてしまうから。今転げ落ちたわけでもないけれど、そういう事にしておこう。都合が悪けりゃ蓋して埋めろと言う事だ。
空恐ろしいほどの思考回路の一致を以てレミリアと小悪魔は必死に抵抗する霊夢の唇に迫る。指が、もう少し正確に言うと丸薬が。
「さあっ、さあっ、さあっ!」
「っ! さあっ、さあっ、さあっ!」
合わせようとして呼吸が合わなかった。ずれたままに虚しく声が響く。
然しその熱気は実に凄まじいものがあった。熱気に溢れる宴会場の中でもひときわ強く熱気が渦を巻く。その渦は天かける龍の如く天空切り裂き今こそ天へと参らんと言わんばかり。
と、ここまで来て流石に焦れてきたのか全く一部の容赦も無くレミリアが鼻を摘む。息が苦しくなれば口を開くだろうという事だ。
これは実に効果覿面で左右から迫られた状態では呼吸も満足に行えず口も開けない。唯一の補給路である鼻を摘めば完全に包囲完了である。こうなれば士気の落ちた霊夢が口を開くのをただただ待つばかり。
もう駄目、と霊夢が潤む瞳を瞑り、涙を零す。それは陥落の合図であり降伏の狼煙。
攻め手は軋み陥落せんとする正門に俄かに沸き立ち、あと一息ぞとさらに力を加えてきた。
このままでは色々と駄目な方向に乙女度を失う事になる。主に宴会であーんをさせられると言う屈辱で。
しっかりしなさい、博麗の巫女としての威厳はどこにいったの。そんな叱咤激励も空気と言う人質をとられては虚しく無人の野原に響くのみ。
効果がない。
(ああ、もう、駄目っ!)
霊夢は息苦しさから観念して唇を開いた。
あーんをして辱められるのと、あーんを拒み息絶えるのでは生きていられる方がまだマシだからだ。そう霊夢は判断していた。
生きていれば恥辱を雪ぐ機会もあろうと言う物だ。
しかし、何時までたっても丸薬の進攻は無かった。
おかしい、もうとっくに口腔をその指で蹂躙されていてもおかしくない筈なのに。霊夢は現実を確認するために恐る恐る瞳を開け、そこにいた妹紅に驚愕した。
「妹紅……?」
「そだよ。大丈夫かい?」
「え、ええ……何とか助かったみたい。ありがとう」
少し離れた所にはレミリアが妹紅を実に憎々しげに見つめている。その所々が焦げている辺り「火の鳥」で吹き飛ばすように捕らわれの霊夢を助け出してくれたのだろう。ちなみに小悪魔は察して早々に逃げていたのか焦げてはいない。狡猾だ。
霊夢はようやく訪れた安らぎに零れる涙を止めることも出来ず、微かに微笑んだ。妹紅に対しての言葉では表せない感謝の念で心は支配される。
「きにするなっ! 私たち紅白同盟だろ!?」
そしてすぐに後悔した。
完膚なきまでに妹紅は酔っていた。よく見れば普段の肌よりも赤みが強い。どこか瞳も焦点が合わず、口からもれ出る息は酒気を存分に含有していた。首筋にも熱いのか玉のような汗が浮かんでいる。
霊夢は咄嗟にこの妹紅の保護者のような役割をしている慧音を探した。人里の関係で世話を焼く事が多い、そのうえあの真面目な性格となれば止めてくれるはずだ。
微かな希望を信じ霊夢は慧音を探し、現実の無情さを呪った。慧音が酔いつぶれて寝ていたのである。
いよいよ止める術の無くなった霊夢は天を仰ぎ普段は気にしてもいない神に祈った。返事はない。
何時の間にやら右手が妹紅の左手と固く結ばれている。
「……不死人? 今なら先程までの無礼を許してやるわ……さっさと霊夢を引き渡しなさい!」
地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の声。眼前のレミリアが巨大な槍を片手に威嚇してくる。
然し、妹紅に脅えや精神的動揺は見られない。
「はんっ、紅だけの半端吸血鬼に言われる筋合いは無い! なにせ二人は、紅はぅ~」
言えなかった。呂律が回らないらしい。
霊夢は持ち上げられるように腕を上げ、中腰のまま視線を地面に固定した。
流石にここまで騒げば周囲もなんだなんだと見に来るもので、酔えていない霊夢にこのノリと視線は実にキツイ。
「おいおい、仔細を詰めてる間に面白そうなことになってるぜ」
「ここは……消極的に観察ね」
「……私には酷く霊夢が可哀想に見えるんだけど」
先程まで争っていた魔法使い三人が顔を揃えてこの騒ぎを肴に酒を飲んでいた。
霊夢としては助けて欲しいと思うがかき回されるのもたまらない。
「咲夜っ! 手伝いなさいっ!」
「はいはい。それにしても霊夢も災難ね」
レミリアの呼びかけに咲夜がナイフを取り出し横に並ぶ。視線は霊夢を気の毒そうに哀れんでいたが。
同情するなら助けてくれ、と叫びだしたかったが狗は霊夢の隣に居ないので止めておいた。
「おおっ、やる気!? 生憎だけど、この紅白同盟は滅多に離れないよ!」
妹紅も妹紅で実にやる気だった。
「紅い月の下で、真っ赤に染め上げてやるわっ!」
「貴女の時間は……永すぎて手に余りそうね?」
「ふんっ、ちょいと寒いが肝試しの始まりだ! 肝を凍りつかせて寒くなくしてやるよ!」
「……ああっ、もうっ! いいわよっ! やってやろーじゃない!」
この弾幕ごっこは実に見ごたえがあり、ますます宴会は盛り上がりを見せた。
その後も多くの人妖が弾幕ごっこに参加し、冬の到来を感じさせない熱気に溢れた宴会になったと言う。
◆■◆
《文々。新聞―号外―》
『拷問の発展』
もうすぐ本格的な冬の到来の時機、本格的に暖を取る用意をする季節。寒くて既に準備を通り越して早計にも温まっている方も居られるかもしれない、そんな時機。博麗神社で事件が起こった。
事の起こりは昨日の夜、博麗神社で大宴会が行われた事から始まっている。
冬の寒さを吹き飛ばせという大嘘のもと始まった宴会であるが多くの人妖が参加を表明し盛り上がりを見せた。
宴会は鬼と巫女の演舞から始まりその見事な阿吽の呼吸に見るものの歓声が上がり、お酒が大量に消費されていった。きっと酒売りは儲かった事だと思われる。
その宴会の最中、これこそ好機と自慢の発明を披露する河城にとり(河童)がお酒を自動的に飲ませてくれると言う機械を発表した。被験者である犬走椛(白狼天狗)に感想を聞いてみると
「なんだか、苦しくて、ぐるぐるして、頭がおかしくなりそうでした」
との事である。新しい拷問機械の誕生の瞬間に立ち会えたのだ。この件の取材を進めると酒の勢いを調節できるらしく滝のような勢いで注ぎ込むことも可能との事。ますます拷問機械として優秀である。
ところがその話を聞いていた鬼が飲みたいと騒いだためにその機械を使用した。すぐに物足りないと言われ壊されていた。にとり氏は涙を浮かべ
「こんな事で、負けない。次はもっと皆に楽しんでもらえるように作る」
と質問に答えてくれた。ますます拷問機械として発展したそれが楽しみである。ただ、妖怪はいいが人間の方は少し注意をしておくべきなのかもしれない。
『同盟論争』
昨日の博麗神社の宴会で新たな同盟組織が我々の与り知らぬ所で発足していた事が発覚した。その名は『紅白同盟』である。
有名な紅白こと博麗霊夢(巫女)を筆頭に竹林に住む藤原妹紅(人間?)が手を結んだ形となる。
この件に関し紅魔館は遺憾の意を表明した。
「ただ色が似ているからと手を結ぶのは理性的ではないだろう? もっと考えるべきね」
紅魔館の主、レミリア・スカーレット(吸血鬼)は私の取材にこの様に答えてくれた。
尤も、紅魔館としては理性的な話し合いの場を求めることを強調し、博麗霊夢の解放を求めていく考えらしい。
他に白玉楼や永遠亭は静観の構えを見せている。
ただ、ここには複雑な問題が絡んでいることをお伝えしなければならない。
博麗霊夢は東風谷早苗(巫女)との『巫女同盟』にも参加しているのだ。また、四季映姫・ヤマザナドゥ(閻魔)を盟主とする『中立同盟』にも参加しているのではないかとの噂もあるのである。さらに古くから『結界組』としてパートナーを務めてきたという八雲紫(隙間)も動き出すという情報が伝わっている。
それぞれに取材を申し込むと
「いいんじゃないですか? まあ、巫女同盟の方が優先してもらえると思ってますので」(東風谷早苗)
「まったく、そんなこと知りませんよ。貴女もくだらない記事を書いている暇があるなら真実を伝えなさい。とはいえ、博麗の巫女が何処かに偏るというのは看過できませんね」(四季映姫・ヤマザナドゥ)
「いやねぇ。霊夢の相方は私なの。いまさら外に浮気相手を作るなんて、いけない子ねぇ」(八雲紫)
「そんなこと、言ったっけ? でもまあ、面白そうだしいいんじゃない?」(藤原妹紅)
それぞれ博麗の巫女との同盟関係を崩す心算はないと明言していただいた。皆、博麗霊夢に逆らえないのかもしれない。
このことに関し、近く会合を開き話し合われるとのことである。他にこの好機に同盟を結ぼうとしている輩もいるらしい。まったく、博麗の巫女は罪作りなものである。巫女の毒牙は種族を問わないらしいので、これから気をつけていくべきである。
余談ではあるが、『紅白同盟』発表の日に博麗神社は壁を壊される被害を受けたとのこと。天罰覿面。乙女の嫉妬は恐ろしい物なのだ。
「……なによ、これ?」
新聞を握り締めながら、霊夢はやや青ざめた顔を上げて問いかけた。
場所は博麗神社縁側、無事だった部分である。其処に霊夢を含む三つの人影が居た。
「なにって、新聞ですよ。号外とかで今配ってますよ」
さらり、と巫女服で身体を包んだ小悪魔が答える。新聞にもあるとおり博麗神社が壊れたので罰としてお手伝いに派遣されたのだ。
「これはこれは、随分と面白く書かれてるじゃない」
横から小悪魔と同じような理由で巫女服を着た妹紅が覗き込み、実に面白いと膝を叩いた。
「って、妹紅! あんたもなんで答えてるのよ!」
「何でって、質問されたからだよ」
「答えるな!」
「いやいや、情報公開が時代の最先端じゃないか?」
「私達は古い人間で良いのっ!」
当然じゃないかというように胸を反らして答える妹紅。
対する霊夢は怒り心頭、真っ赤に染まった頬で抗議の声を上げる。
「それよりも、霊夢さん実に女たらしな感じですよね」
「違う! 全くの無実!」
「もう遅いって。観念しなよ」
「嫌に決まってるでしょ!」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ですね」
「違う!」
大きな声を出して疲れたのか、肩で大きく息を整えながら新聞を投げ捨てた。
「はあ、はあ……」
「まあまあ、お一つ」
小悪魔が温かいお茶の入った湯飲みを差し出してくる。
霊夢はそれを受け取り、渇いた喉を潤した。長く息を吐き出し、少し落ち着きを見せる。
「ふう……ま、まあ、天狗の新聞だし、誰も信じないでしょうね」
「それはあるかもね」
ようやく冷静さを取り戻したようで取り戻しきれていない霊夢に妹紅が冷たく答える。
妹紅としてはどちらでも良いや、というような態度である。主に被害を受けるのは霊夢だからなのだが。
「それにしても、なんで戦ってないあんたが?」
妹紅は不思議そうに同じ償いのためにやってきているであろう小悪魔に問いかけた。
そもそも、レミリアや咲夜が来るもんじゃないかということだ。
「それはですね。レミリア様は嫌がられました。パチュリー様は万が一の時に妹様を制止していただかなくてはいけません」
縁側に座っている巫女二人が同時に頷く。
「かと言って門番の美鈴さんを動かすわけにはいきません。そして残った私と咲夜さんでは居なくなった時の穴をカバーできる咲夜さんを残したということです」
つまりは一番紅魔館の被害を少なくしたわけだ。その言葉に霊夢と妹紅は納得をする。
もちろん、これは嘘。実際はレミリアにあーんを最初にしようとした小悪魔が悪いと言われたからなのだ。
そんなレミリアの指摘に二つ返事で神社に通うことを了承したのだ。
「成る程ね。小悪魔も大変なのねぇ」
「いやいや、辛口な人生だ」
人間二人はまんまと騙されて同情するような視線を小悪魔に向けた。
「て、妹紅はいいの?」
「良いも何も、一人だしね。もし急患がいるなら案内に飛んでいけば問題ないでしょ」
対して妹紅は実にあっけらかんとしたものだ。霊夢は内心羨ましがりながら立ち上がる。
「お茶、飲むでしょ?」
霊夢のその言葉に巫女見習いの二人は嬉しそうに頷いた。
「あーあ、昨日は散々な一日だったわ」
「だから言ったろ? 少し飲んどかないとやってられないってさ」
「まあまあ。お疲れでしたら私の愛で癒して差し上げますよ」
「はあ……ま、二人ともしっかりと働いてよね」
にこやかに笑いながらお茶を飲む二人、疲れたように間で肩を落とす霊夢。
それでも、悪くはないと感じていた。
賑やかなのも偶にはいい。騒いで騒いで、そして日常に戻るのだ。
「今日も騒ぐのかしら」
「愚問だね」
「答えは一つに決まってます」
「騒ぐのね……ああ、楽しくて楽しくて、疲れるわ」
霊夢は肩を落とし、妹紅は壊した反省も見せず、小悪魔は予定通りに進んだことに肩を震わせて。
そうして三人は顔をつき合わせて笑った。
昨日も今日も、楽しく笑える。そんな幻想郷の一日に感謝をして。
幻想郷の東方、そこに存在する博麗神社。
欝蒼と生い茂った草木も既にその半分以上が寒風に流され大地に横たわっている。
つい最近までは掃除も大変な物だと、しているように見せるのが実に忙しかった。
実際に多くの木葉が大地に舞い落ちればそれを集めるのに労力はいる。
事実、博麗神社の主博麗霊夢は流石に真似だけではいけないと一時期全力を挙げて庭掃除を行ったのだ。
もっともその勤勉な努力は時折神社を訪れる酔いどれに萃めさせるという手段によってすぐに水泡に帰したのだが。
今では縁側に座り、必要分を掃き掃除するだけで事足りている。
そんな中、神社の縁側には三人の巫女が集まり、大きな紙を眺めていた。
◆■◆
ある日、酔いどれに庭掃除の力を借りるために弾幕ごっこが行われた。百万鬼夜行と博麗の巫女の戦いである。
「萃香、落ち葉を萃めて」
「嫌だよ。それくらい自分でしたら? それよりもさ、最近宴会してないじゃない? 久しぶりにしようよ」
「嫌よ。後片付けが面倒くさい」
重なり合わぬ感情は悲劇的にも開戦の合図となり、かくて落ち葉蒐集事変と天狗の名づけた弾幕ごっこは始まったのである。
すぐさまそれを見ていた天狗がその疾風の行動力にて魔法使いを初めとしたお祭り好きの住人を集めてしまう。
こんな面白い見世物は楽しまなければ損なのだ。
因みにその間巫女と鬼は言い包められて縁側で温いお茶を喉へと流し込む作業に勤しんでいた。束の間の平和だった。
さてさて、思いのほか多く集まった宴会の参加者が一様に杯を持ち乾杯の音頭を黒白の魔法使いが取った。
開戦の合図である。
途端に騒ぎ始める幻想郷の住人を尻目に今宵の舞踏、その主役を勤める二者が空へと舞う。場所は博麗神社上空、夜。スペルカード枚数はお互いに一枚。
二人はそれを確認し間合いを取って、お互いに実に楽しそうに口の端を持ち上げ構えを取った。先攻を取ったのは鬼だ。
大小重なり巫女へと肉薄する弾。右へ、上へ。霊夢は身を軽々と翻しその隙間を縫う。その回避運動をしながらも霊夢は腕を振るい針を萃香へと撃ち込んでいく。萃香は萃香である程度のダメージも気にせずに弾幕密度を濃くする事に余念がない。
それを見て酒水で喉を潤す魔法使いなどが囃し立て、また杯に一杯注がれたそれを流し込んでいく。
弾幕が厚くなればなる程に夜空が染め上げられていき、美しい。
その内に業を煮やした鬼がその類稀なる力で神社の庭、大きな岩石を持ち上げた。
「いくよっ……萃鬼「天手力男投げ」!」
身体に似合わぬ大技にそれを見たことの無い妖怪の山の神社所属の住人が歓声を上げた。また酒がすすむ。
持ち上げられた岩石からは粉雪のように欠片が舞い落ちその圧倒的な重量を周囲に知らしめた。
ところがその対象たる巫女はどこ吹く風。真っ直ぐにその力自慢を眺めながら迎撃用のお札を指に挟んでいる。
挑発するように微動だにしない。風のみが僅かに巫女の麗しく艶のある月の無い夜空を思わせる黒髪を躍らせる。
ついでに腕を伸ばし最近流れてきた外の文明の中にあった挑発のポーズを取って見せる。
腕は水平、緩やかに手の平を空へと向ける。そしてそのまま親指以外の指を自分のほうへと引き寄せる。
「――きなさい、萃香」
この挑戦に元来勝負事の好きな鬼が受けてたたないことがあろうか、いや無い。
ぐん、と勢いをつけるべく岩石を後方へと流す。腕を弓の弦の様に引き絞り、笑う。
霊夢の行ったこの行為が宴会をさらに盛り上げ大喝采を生む。やれいけ、そらいけ、どんといけ。
「後悔しないでよ――人間!」
「鬼は退治される運命よ!」
萃香の言葉に苦笑しながら返事を告げる。巫女の言葉に永遠に紅き幼い月の禍々しい羽が微かに揺れ動いたが誰も指摘しない。ツマミのあるうちに騒ぎ飲む事に忙しいからだ。
振り絞られた腕が、爆ぜる。
空間そのものを揺るがすような爆音。
大気を圧迫され厚みのある壁に変え、それらを従えて大岩が霊夢を押し潰さんと接近する。霊夢は多少身体を折り曲げ予め用意してあった符を前方へと投げつける。その符は四方に散り四隅に簡単な結界が生み出した。
「無駄無駄ッ! 大人しく宴会一週間フルコースだよ!」
萃香の叫ぶ勝利条件に幻想郷の住人は諸手を挙げて歓迎する。萃香万歳、萃香万歳。
自然、プリズムリバー三姉妹の奏でる音楽が勇ましい音色へと変容する。この場において萃香が主役となった瞬間である。
霊夢は苦虫を噛み潰したように顔を顰め、作りだした結界で岩石を受け止めた。軋む音、結界が悲鳴をあげる。
流石鬼、流石萃香。口々に褒め称えながら酒樽が幾つも開けられていく。まさに最終回、盛り上がる場面。
「やばっ」
ついに鬼の力が巫女の結界を粉砕する。四方散り散りに消えていく符。微かに勢いを弱めた岩石が巫女を吹き飛ばす。
轟音。
岩石が跳ね返り庭へと落下する。
巫女はその岩石の保有していた力をそのまま受け取り巫女の視界、その天地がひっくり返った。
巫女の視界には決着がついたぞと盛り上がる宴会参加者達。これだけの衝撃でも誰も巫女が死ぬなどとは考えていないらしい。まあ、幻想郷において巫女の存在は不可侵であるから死なないようにしてあるのは当然なのだから騒ぐ必要もないのである。
とはいえ、霊夢とてこのまま負けてしまう心算は無い。
落下しながらも冷静に空間を認識する。先程までの萃香の弾幕は既に岩石の時に掻き消えているので考慮に値しない。
萃香もまだまだ決着はついていないと思っているのか落下する霊夢を追いかけるように飛んでくる。
絶好の機会――!
霊夢はここになって訪れたチャンスに感謝しながら腕を伸ばす。余力は残っているので浮かぶ事も出来たがそれはしない。
萃香と地面が近づいてくる。流石に微動だにしない霊夢に焦りを覚えたらしい魔理沙が立ち上がり、箒を掴む。そして景気付けに、と杯に残る水を勢いよく口に含み赤い顔して構えを取った。それを隙間妖怪である八雲紫が遮る。
「霊夢、何をする心算か知れないけれど、このままだと私の勝ちだよっ!」
萃香にはよくわかる。異変を解決してきた霊夢はこれくらいで諦めないと。
(面白い、何をするつもりなのか見届けてあげる!)
萃香は基本的に霊夢よりも身体のポテンシャルが高い。言うまでもないことだが。
しかし霊夢の凄い所は戦闘中に回避パターンを生み出せるというところである。直感的に解るのだ、相手を懲らしめる方法が。
だから萃香は油断しない。鬼の力を持ってしてこの先の勝利の美酒と大宴会を手にするために一気に間合いを詰める。
それが霊夢の狙いだとわかっていながら。
「もらった――」
距離が縮まる。その時萃香の視界に何時ものようにのんびりと微笑む霊夢の顔が飛び込んできた。
「――夢符「二重結界」」
その発動とともに霊夢を中心に分厚い結界が生まれ出でた。二重結界。
内と外の結界、その間に挟みこむ霊夢のスペルカード。
萃香はまんまとその間にはさまれる事になったのだ。
「しまった!」
中心から大量の御札が萃香に向かって迫りくる。それは結界の後方から撃ち出され始めて見る人間に戸惑いと錯覚を与えてくる。
「だけど、このくらいなら!」
流石にこれですぐに撃墜されてしまうほどに萃香は弱くない。
身体を左右へ細かく動かしながら御札を回避する。時折御札が肌を掠り力が削られていく。
この状況を打開する。その為に萃香が結界中央へと視線を滑らしたのは結界を張ってから少ししてからだ。
然しそこに霊夢はいない。
「なっ、まさか――」
「正解」
萃香の真後ろからの声。そう、霊夢は結界を張りあらかた御札をばら撒いた後に後方へと移動したのだ。
元々その軌道の捉えにくい霊夢、それが結界と御札で隠されているとあれば如何な萃香でも見失うというものだ。
萃香は慌てて迎撃体制を取り、次の瞬間大きく視界を埋める陰陽玉に押し潰された。
霊夢の勝利である。
◆■◆
「いやあ、負けちゃった」
全く気負いなく負けたことを後悔する風もなく。萃香は早々に宴会の輪の中、その中心へと駆け込んでいく。
悪乗りして作っておいた大きなテーブルほどある杯を取り出して見せつければ、周囲からやれ飲めそら飲めと滂沱の滝の如くに酒が注がれてくる。
なれば、とこの酒飲みである鬼は一気に飲み干してやるぞ、と皆の手拍子の中手を振り杯をその怪力で持ち上げ傾ける。
周囲から歓声が上がり一層囃し立てる声にも熱がこもっていく。
「それいけ、萃香! おかわりならまだまだあるぞ」
「萃香もがんばるわねぇ……」
「いやいや、流石鬼というところですか。今度の三面記事にはなりそうですね」
その大半が全く面白がってるだけという状況ではあったが流石に鬼。瞬く間になみなみと注がれた酒は消えうせた。
紅く染まる頬、小さくしゃっくり一つ漏らし杯を天高く掲げる。
途端歓声は歓喜の声へと変容する。
この宴会の出席者は中々自尊心が強いと言うか、有体に言えば勝負事が大好きな物で次は私がと我先にと酒樽をかっぱらっていく。
この光景に辟易していたのは人生の勝利者である博麗霊夢である。
自分の懐が痛むわけではないが、こういう時に酔いきれなかった者は何とも損な役割になるものだ。
河城にとりが酒樽から口腔に無理矢理酒を流し込む装置を造ったとかで白、それを狼天狗こと犬走椛に使用すれば同じ天狗の射命丸文に苦情申し立ておよびにとりの静止を求められ、ついでにお酌をさせられる。
遠目に見えるは西行寺幽々子が洩矢諏訪子をなんだか美味しそうだという視線。止める為に料理を運び込む。
先程まで萃香の杯に酒を注ぎこんでいた魔理沙はなにやら魔法使い組三人で集まり盛り上がっていた。
そんな中冷静な、周囲に比べればなんと静かに飲んでいる上白沢慧音や藤原妹紅の所に向かえば優しく妹紅が杯を突き出してくる。
霊夢が上手く酔えてないのを心配しての事である。
なれど、酔い遅れたのが既に致命的なもので。
「いやいや、お気持ちだけありがたく受け取っておくわ」
と丁寧に返事をするしかないのだ。
「ふむ、確かにこの連中は何をするかは解らなくはあるな」
「でもさ、少しくらい飲まなきゃやってらんないって。という事でお一つ、飲んでいきなよ」
「こら、妹紅っ!」
納得いったと頷く慧音の横でなおも妹紅は杯を差し出してくる。
小さな小さなお猪口。
これくらいならばと霊夢。
顎を持ち上げ実に言い飲みっぷりを見せ付ける。
慧音はすまなそうに、妹紅はやんややんやと手拍子で褒め称えてくる。
「ふぅ……」
「もっと飲んでおく?」
「うーん、遠慮しておく。ある程度理性残しとかないと面倒そうだし」
とはいえお猪口は離さない。僅かに飲むくらいいいだろう、そんな思いもあるからだ。
もっと言ってしまえば癪なのだ。先に飲まれてた事が。
「まあまあ、人生なんて酩酊してようが進んでいくもんさ」
「でも後悔するわ」
「当然だよ。酒飲んでわけわからなくなるってさ、そういう事だもんね」
「後で、ねえ」
慧音は静かに杯を少しずつ飲み干していき、妹紅は大胆に杯を傾け胃に芳醇な酒を吸い込んでいく。
見回りに行こうとする霊夢を手放す気はまだないらしい。
小さなお猪口に大きな徳利から透き通る酒水が注がれていく。
「妹紅、後悔なんてしない方がいいじゃないか」
真面目一筋、堅物慧音の言葉が妹紅に向けられる。
然し妹紅は面白おかしく喉を震わせるのだ。
「甘いなあ。そういうもんさ、人生ってのは。酸いも甘いもあってこその人生!」
「人生のスパイスという事か?」
「辛口ねえ」
妹紅の言葉に些かの冷静さを残している慧音とまだまだ酔えていない冷静な霊夢の合いの手が入る。
二人ともそう言いながらも徳利を空にして喉を十分なほどに潤しながら。
「でも、そんな人生をここにいる奴らは好きなのさ」
「勝手に決めるな」
困ったように笑いながらお猪口を口元へと運ぶ霊夢。
そんな霊夢にしたり顔で妹紅は頬を歪めた。
「だってさ、当然じゃないか。霊夢だって慧音だって、ここにいる奴は皆辛党だろ?」
「ああ、成る程。一本取られたようだ」
「そうね。なんだか悔しいわ」
これはしてやられた、と慧音も霊夢もまだまだ酒の残っている瓢箪を探し出しては妹紅の杯に注いで差し上げる。
妹紅もいやいや、そんなには飲めないよと苦笑して、されどもそれを一気に飲み干した。
さて、そんな妹紅を見やりながら霊夢は肩をすくめて酒瓶一つとお猪口を手に宴会場を練り歩く事を決めたようだ。
妹紅は既に全身余すところ無く紅く染め上げ今では永遠亭の住人と酒を酌み交わしている。
慧音は簡単に手を振り霊夢を見送って妹紅の元へ。
次に霊夢がやってきたのは紅魔組、詰りは紅魔館の住人が主に集まって飲んでいる所である。
メンバーは永遠に幼い紅き月ことレミリア・スカーレット、完全で瀟洒な従者こと十六夜咲夜、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジ、そしてその図書館の司書の小悪魔である。
とはいえ、パチュリーは同じ魔法使いのアリス・マーガトロイドとなにやら理解不能の単語を応酬させている。時折霧雨魔理沙が混ざりにいくだけにやはりそういう魔術用語なのだろうと霊夢はひとりごちた。
「あら? そんなにぶらぶら歩いていて、暇なの?」
寄る辺も無く彷徨う霊夢に凛とした可愛らしい声が降り注ぐ。
咲夜の注ぐ酒をお茶でも飲むかのように流し込むレミリアである。
周囲には空になった酒瓶が転がっていた。地面の上に敷かれていた布の上は見るも無残な有様である。
とはいえ汚れて見えてもグラスを人数分確保してなおかつ空瓶はある程度纏められている辺り従者が如何に有能か推して図るべし、と言った所か。
霊夢は先の問答もあってか偶にはいいかと何も聞かずにその場に座り込む。
「意外と礼儀しらずね。流石に博麗の巫女といったところかしら?」
「ここは私の神社、その庭よ。誰に憚る必要があるの」
「それもそうね。では、私のお相手を務めてくれるのかしら?」
「偶には良いんじゃないかと思ってね」
特に実力で排除したりしてこない辺り歓迎されているようである。
レミリアと向かい合うように座り込み、お猪口を傾ける。
レミリアはそんな霊夢の行動を不思議そうに首を傾げ。
「そんな小さな物で満足できるの?」
「ゆっくり長く楽しむのよ」
「細々とした考えね」
呆れたように息を吐き出し、いつの間にか注がれている赤い酒を喉に流し込む。
この辺りで飲まれている銘柄は流石に紅魔館、一味違う物だ。
「夜はまだまだ長いのに」
つい、と視線を上空、月の輝く夜空へと向ける。
霊夢はそんなレミリアの視線に追随することなくお猪口を傾けた。
いつの間にやら目の前には紅い酒の注がれたグラスが置いてあった。さすがメイド。気がきいている。
当の咲夜はどこ吹く風と己のグラスを傾け自分を酔わせていた。流石瀟洒。
「人間は夜眠る物なの」
当然の事、と霊夢はお猪口と自分の酒瓶を横においてグラスを手に取りながら口を開いた。
「実に不便ね。霊夢と遊べないわ」
「昼に来なさいよ」
「昼は寝てるのよ」
「残念ね」
「ええ、本当に」
霊夢は実にあっさりと言い放ち新しい酒水を味わった。美味である。赤いとはいえ吸血鬼専用の飲み物ではなかったらしい。
良く考えてみれば恐らく同じ酒瓶から咲夜が飲んでいるだけに大丈夫だと解りそうなものだが。
「夜、簡単に眠る秘訣って言う物があるわよ」
「そんなのがあるの? 是非教えて欲しいわ」
「昼の間起きていればいいのよ」
「私には無理ね」
「努力しなさい」
「お前が言うな」
二人して同時にグラスを空にする。
レミリアのほうに注がれている間に霊夢は自分でグラスをなみなみと満たしていく。
咲夜は従者として先に注がれ少し困ったようにするものの、まあいいかと自分のグラスに残りを注いでいった。
「眠ってる間不安とか無いの?」
「家には出来たメイド長と門番がいるからね」
まるで我が事のように胸を反らし誇るレミリア。
良く見てみれば背後に愉悦の光が輝いていることだろう。決して良く見たりしないのだけど。
「とはいえ、疲れるんですけどね」
そんなレミリアに水をさすように咲夜の合いの手、一つ。
レミリアは微かに機嫌を損ねたのか眉根を寄せて睨みつける。
「まあまあ、それでもしっかり働けるのはお嬢様あっての事ですから」
「当然よ」
「現金な奴」
咲夜の予め解っていたかのような言葉、それに顔を実に見事に綻ばせていくレミリア。霊夢は息を小さく吐き出しグラスの中を僅かに減らした。流石に酔いが回ってくる。
世界そのものが歪み、回転する。まずい、まずい、いや芳醇な味わいの酒は美味しいが。
霊夢は自然と多少ふらつく身体を左右に自ら大きく揺らし世界を元に戻す。
「あらあら、霊夢はもう限界かしら?」
「……」
しまったと感じた。一番最初の弾幕ごっこで身体が火照り血液の循環が良くなっていたらしい。
お陰で体内を酒毒が何時もよりも早く駆け巡る。
頬が火照り汗が微かに浮かぶ。熱い。
「大丈夫、よ」
「ならいいわ」
厭らしく口の端を持ち上げ、レミリアが笑う。
霊夢は空きっ腹も良くないとツマミに手を伸ばし、口に入れた。
そういえば先程から何も食べていなかったな、と霊夢は思う。
「それにしても、そんなに働いてるなら咲夜とか美鈴とかに休みでもあげたら?」
流れが良くない、そう悟った霊夢はやや強引に話を変えていく。
からかわれる側に回るのは真っ平ゴメンなのだ。
そんな思いが天に通じたのかレミリアはその話題に乗ってきた。
意外そうな顔をして首を傾げながら。
「休み? 部屋はあるしベッドもあるわ。十分じゃないか」
「ベッドといっても吸血鬼基準じゃないの?」
霊夢はグラスを手に持ったまま、食欲を満たし聞き返す。
周りは思い思いの賑やかな喋り声。
「もしかして、棺桶だとでも思ってるのかしら?」
僅かに苛立ちの含まれたレミリアの言葉。
意外そうに霊夢は殊更に瞳を開いて見せた。
「……違うの?」
「違うわ。私もキチンと天蓋つきのふかふかのベッドで眠ってるよ」
「へえ……」
「別におかしくは無いでしょう?」
「まあ、ねぇ」
静かに言葉が二人の間から消える。霊夢はお猪口で食物を流し込み、レミリアはまだまだ余裕とばかりに赤い酒を飲み干していく。
霊夢は不意に周囲を見渡してみた。
相変わらず賑やかに大きな杯を傾けている萃香に手拍子がかかる。
負けじと守矢神社の神奈子も酒を喰らい己の威信を見せ付けるようだ。そうして大酒飲めて何の威信が上がるものか、そうお思いかもしれないがそこはノリであろう。諏訪子も負けじと空の杯を掲げ、守矢の巫女は酒気に中てられお休み中。
文の取材に鼻高々に答えるにとり。先程の霊夢への苦情申し立ての件はすっかり忘れてしまったらしい。あるいはこうなれば面白いネタにしてやるという記者魂か。椛が被害者として横たわっているのが実に悲劇的である。
静かに嗜む永遠亭。姫様のお世話をキチンとこなしながらも静々と楽しんでいる辺り貫禄があった。尤も、鈴仙とてゐは中々に賑やかに騙しあっている様ではあるが。主に一方的に。
対照的に人里は賑やか一本。妹紅が実に楽しげに酒に酔わされている。指から火の鳥を生み出し「まさに焼き鳥!」と言って大爆笑。慧音が何度もたしなめている様だが聞く耳持たず。慧音も妹紅につき合わされて真っ赤なあたり静止役が居なくなりそうで不安である。そんな妹紅は霊夢の視線を感じると顔をこちらに向け、高々と腕を上げ手を振っていた。
近くでは魔法使いの議論が過熱している。頬を真っ赤に染めて声を大きく相手を言い負かさんとする。その顔が赤いのはお酒の為かはたまた激論による興奮によるものか霊夢には判断できなかったが。
「賑やかよね」
ふと真横から霊夢に声がかけられた。霊夢は視線を周囲から隣に移しかえた。
レミリアが何時の間にやらすぐ側に来ていた。僅かに紅潮した頬、しなだれかかる様に全身でもたれかかってくる。
霊夢は抵抗しない。
体温の低い吸血鬼は熱冷ましにちょうど良いからだ。
レミリアの頭が肩に圧し掛かり、吐き出される熱っぽい吐息が鎖骨を撫でるように吹き抜けてとてもくすぐったい。
霊夢が咲夜に止めてもらおうと咲夜のいた場所を見てみれば、いつの間にやら消えていた。
少し首を動かせばパチュリーのお世話をしている小悪魔となにやら話し込んでいるようだ。
不意に頬に冷たい何かが触れた。レミリアの指だ。
本来少し冷たい程度なのに、神経が凍えてしまいそうに感じるのはきっと身体が火照っているからだと霊夢は結論付ける。
指は大胆に耳朶に触れ、輪郭を確かめるように顎へと滑る。
「霊夢」
艶のある声色で名前を呼ぶ。
愛しそうに吐き出された吐息は身体に比べて随分と熱い。
「なによ」
僅かに逡巡した後に僅かに眉を持ち上げ、答える。
「貴女の血、吸っても良い?」
「当然却下よ」
あまりにも予想通り過ぎる言葉。
霊夢は素っ気無くお決まりの文句を返す。
これも含めてお決まりの会話。
だからレミリアは特に拘ること無く首筋を撫でるまでで指を止めている。
少しくすぐったいが僅かに身を捩るだけで霊夢は抵抗をしない。
「大体、血液だったら咲夜にでも飲ませてもらえばいいじゃない」
「それは駄目」
「なんでよ?」
「私にだって好みはあるわ。狗の血は好きじゃないの」
「……あっそ」
「ああ、でも勘違いしないでね? 従順な狗は大好きよ。愛してると言ってもいいわ」
にべも無い言葉だった。しかしまあ、それだけ大切にしている事なのだろうと霊夢は思うことにした。
血を求められるのとどっちがましかはさておいて。
そうしてもたれかかられていると小悪魔を伴って咲夜がこちらへと歩いてきた。
顔からは酒気が抜け、困ったように苦笑している。
何事かあったのだろうか。霊夢とレミリアは同時に同じことを考え、離れた。
「どうかしたの?」
レミリアが当主として咲夜へと質問をする。
その間に霊夢は残っていたグラスのお酒を喉に流し込み、微かに距離を取る。
然し霊夢のその行動もすぐに後頭部に柔らかいものが押し付けられて離れる事を止められてしまった。
「霊夢さん、お久しぶりです」
「小悪魔?」
後ろから淑やかに腕が伸び、首を後ろから絡めとるように抱きしめてくる。何時の間にやら小悪魔が背後に回りこんでいたのだ。
霊夢は酔いで力の上手く入らぬ身体をもがかせるも腕は一層食い込むばかりで逃げられない。
「お嬢様。実は少々面倒なことになってしまいそうですわ」
抱きしめられる霊夢の目の前で悠然と背を反らすレミリアに咲夜が報告をする。
「どうかしたの?」
「実は先程小悪魔に聞いたのですが――」
◆■◆
初めはほんの些細な切っ掛けだった。
宴会の席で珍しくも動かない大図書館が来ているともなれば魔理沙やアリスなどの魔法使いが寄っていくのも無理からぬ事。
初めはお互いに杯を傾けながら簡単な知識の応酬をしていたらしい。
大抵魔理沙が景気よく話をしていて荒削りながら発想力のよい言葉を紡ぐ。
それを受ける形でアリスが現実的な方法の補強を行う。
最後にパチュリーが飛躍した理論で完成させていくのだ。
見事、実に見事な三段論法である。
小悪魔はそんな三人を見つめながらお酒や料理のお世話をしていた。
いや、本心はよく解らない会話に逃げ出したい心で一杯だったのだが。
ともあれ使い魔として、一流の悪魔として完璧にこなして見せなければいけないと己に言い聞かせながら奉仕していたのだ。
そんな中、三人はより白熱した難解な議論へと移っていく。
小悪魔は実に渋い顔をして天を仰いだ。全くよく解らない。するのなら魔界だとか悪魔だとかそういう話にして欲しい。そうすれば理解できるし話にだって加われるのに。
然し三人はそんな小悪魔の密かな願いを無視するように五行についての論説に移り変わっていった。
白熱する議論は食物や飲料を必要としない。如何に理性的に頭を働かせて言葉をつなげるかである。
そういう意味でも手持ち無沙汰になった小悪魔はついと宴会場へと視線を這わせていった。
視界にはなにやら人里の二人と話しこむ巫女が見えた。
◆■◆
巫女、博麗の巫女。小悪魔にとっての天敵に近い存在。
悪魔と言うのはあらゆる手段を用いて人を篭絡し堕落させる存在である。
尤も、それは積極的にやるものでもないし最近では魂が飽和状態であるという冥界などの苦情を受けて殺さずに生気を吸う事がメインとなってしまっているのだけれど。
兎に角、小悪魔にしてみればそんな自分と神聖なる存在である巫女は全くの相容れぬ存在だ。
祓い祓われる関係、実にスパイスの聞いた関係ですね、と一人思い呟いた事がある。
実際妖怪退治を生業とし、異変を解決に導いていく巫女。
これが悪戯を好み人を堕落させる悪魔と相性がいいはずが無い。
巫女としてはこれで妖怪に一切合切の容赦が無くなれば完璧ではないか。
交渉の余地無く経験値となるのだ。外道でもあるまいに。悪魔でも愛して欲しい。
しかし、博麗の今代の巫女、霊夢は実に風変わりな巫女だったのだ。小悪魔の予想のはるか斜め上を行くほどに。
ある日の図書館。小悪魔がせっせと図書の整理をしているときに襲撃があった。
レミリアが霧を出している件での襲撃らしい。美鈴からの報告では目出度い人ということだ。
パチュリー曰く霧を止めるためならここに来ないでしょう、と言う予想を立てられた。
その予想はすぐに外れていた事を思い知らされる。
迷子の迷子の紅白さん、貴女の行く所どこですか?
思わずそんな歌を口ずさみながら紅白の、確かに聞き及んでいた通りに目出度い衣装をした人間に攻撃を仕掛ける。
追い返すために妖精メイドが、本が。
然し紅白の本体には届かない。無論、紅白とて無敵ではないらしく目出度い衣装も所々に弾のかすったような後をつけている。
それでも、解った事はこの程度でこの紅白の傍若無人な進撃は防衛できないと言う事。
故に、小悪魔がその迎撃に当たる。
「こんにちは。止まってもらえますか?」
「嫌」
その言葉が開戦の合図。
小悪魔はすぐに大弾とクナイ弾を放ち、紅白は御札でそれを迎撃する。
「図書館では暴れないでくださいね? お仕置きに私がお相手します。私のテクニックで骨抜きですよっ!」
「元気な奴ね」
結果、あっけなく小悪魔は敗北する事となる。
その後聞くところによるとレミリアはその巫女に懲らしめられ霧を止めたと言う。
この時、小悪魔は微かに霊夢に興味を抱いた。レミリアすら倒してしまうその実力に。
そして、そんなレミリアはその後神社に通うようになった。
これは何かあると持ち前の野次馬根性と悪魔らしい欲求への素直さで、あるとき神社に遊びに行ったのだ。
やはりというか、神社には先客がいた。
レミリアである。
これは僥倖とばかりに小悪魔は側に隠れて様子を窺っていく。レミリアがどのように巫女に接しているか興味があったのだ。
「霊夢、暑いわ」
「知るか。勝手に涼めばいいじゃないの」
「嫌よ、霊夢、冷えたお茶を出しなさい」
「我侭言うんじゃないの」
そういうと霊夢はぺしと可愛らしい音が立ちそうな弱々しい勢いでレミリアの頭を叩いたのだ。
無礼な行動、強者である吸血鬼にしてはならない行動。
されどもレミリアは全く怒っている様子は無い。寧ろ拗ねたように唇を尖らせるのだ。
小悪魔にとってはまさに予想外の出来事。あの小悪魔よりも数段上のはずのレミリアが紅白の巫女に甘えているのだ。
名前は霊夢、小悪魔は初めてそれを知った。大抵紅魔館の中で話すときも“あの紅白”で通じるのだから。
霊夢は一体どうして脅えないのだろう、そう感じた。
勿論この幻想郷において巫女は絶対視されている物だ。故に手を出せない。いや、幻想郷の博麗大結界が維持できるくらいまでなら手を出せるのだけれども。
だとしても、そこまで平然としていられるものだろうか。
まるで普通の少女を相手にしているような、そんな態度。
それだけ実力に自身があると言う事だろうか。確かに弾幕ごっことはいえ、圧倒して撃ち倒したのだから実力者ではあるのだろう。
小悪魔は自分の中で目まぐるしく紡がれる思考を整理しきれていなかった。
人間の巫女が、吸血鬼の実力者と仲良くしている光景と言うのが実に意外だった。
やがてレミリアは満足したのか日傘を差して紅魔館へと帰っていった。その顔は実に楽しそうだった。
だから、小悪魔もそっとその場から出ていってみたのだ。
「こんにちは」
「あら? また来客? あんたは……」
「憶えてますか?」
「図書館にいた子ね。憶えてるわよ。名前以外」
「名前は教えてませんから。小悪魔とお呼びください」
小悪魔はそういって自己紹介すると静かにスカートの端を持ち上げ優雅に一礼をして見せた。
然し、霊夢は全く気にした様子は無い。平然としたようによろしくと片手を挙げた。
「解ったわ、小悪魔ね。よろしく」
「ええ、此方こそ。霊夢さん」
「なんで名前知ってるのよ?」
「有名なのです。特に紅魔館や私の中では」
「有名税ねえ……大変だわ。色々」
小悪魔は先程までとなんら変わるところの無い対応の霊夢に肩を少しすくめながらも微笑んでみせる。
存外にも自信家ということではないらしい。もしそうなら小悪魔に対して侮蔑的になるだろうからだ。
実力者で自身のある人間は兎角弱い物を軽視しがちである。勝てるから。
「態度、変わらないんですね?」
「なんで態々変えなきゃいけないのよ」
「私、レミリア様に比べて随分弱いですから」
「ふーん、だから?」
素っ気無い言葉。霊夢はそれを気にする様子は無く掃除をしている振りをしている。
小悪魔は本当に気にしていないのだな、と理解した。霊夢はそれよりも相手によって謙ったりするのが面倒なのかもしれない。
そしてそれはとてもとても魅力的なことだった。小悪魔にとっては神々しさすら感じるまさに巫女、である。
「まあ、いいわ。それより、お茶飲んでく?」
「よろしいのですか?」
「……遠慮する理由でもあるの? お茶恐怖症だとか」
「いいえ。もしその恐怖症があるとしても、饅頭怖いですね」
結局その日はお茶をご馳走になった。ついでに煎餅も。
話してみればますます面白い人物で、ある意味で無欲にも近い程に執着が無い。それは物にも限らないもので。
欲望を植えつける側の小悪魔としては、是非手に入れてみたいと心に刻み込まされたのだ。
それが二人の関係の始まりである。
◆■◆
さてさて、あの頃からですね、と霊夢を嘗め回すような視線で愛しそうに見つめている小悪魔の耳を大きな声が貫いた。
「~~~~~~!?」
呆然とした様子で小悪魔は自分の尖った耳を手で塞ぎ声の発生源を見つめた。
そこには白熱しすぎて真っ赤になった魔法使い二人。
小悪魔が思い出に浸っていたうちに白熱しすぎたらしい。
幸いにも少し周りから離れていたのと鬼が一気飲みをする神奈子に地面を叩いて煽るように音頭をとっているものだから騒ぎにはなっていない。
その事にほっと胸を撫で下ろしながら激論を止めるべく果敢にも乱入を試みる。
「いいやっ! 火と火とを組み合わせれば炎となるんだぜ!」
「無意味よ。それよりも火と土を組み合わせておいたほうが役に立つじゃない」
会話の内容を聞いてすぐさま回れ右。この三人の中で唯一冷静さを保っているらしいアリスの所へと向かう事にした。
「あのっ……一体何があったのでしょうか?」
「聞いてなかったの?」
アリスはついていけないと小さなお猪口でお酒を飲んでいた。
小さく眉を持ち上げ、傍にいたのに知らなかったのか、と目で責める。
「すいません、興味なかったもので」
小悪魔は悪魔らしくなく誠実に答えた。お陰で呆れたような空気が倍増されたのだけど。
「はあ……まあ、いいわ。実際はね、属性魔法の組み合わせについての些細な行き違いよ」
肩を竦めて苦笑するアリス。
実際疲れたように身体が傾ぐ辺りあまりこの論争の中に入っていけなかったらしい。何事も外から眺める側で気遣いの出来る者は余計な苦労を背負い込む物である。気にしすぎるのだ。
「それでね? 魔理沙が火と火でバスターだっ! とか言い出して、理論的じゃないとパチュリーが大反発。的確に複数属性を操れば弱点ついてアイコンが点滅するだけで此方が有利とか言い出したのよ」
「それはそれは」
実によく解らない論争である。尤も、魔法使いの理論を高々小悪魔が理解しようとするのが無理らしいと諦める事にしたのだが。
アリスは理解しているのかもしれないが、疲れたように俯いている。言い争う二人とは違うらしい。
「私としては人形みたいに属性ごとにそこっ! と操れたらいいと思うんだけど……」
小悪魔は心の中で訂正、この人も結局同じ穴の狢と書き直しておいた。
とりあえずそれはおいておくにしても、これを止めねばならない。主に責任問題はお断りなのだ。
こうして地道に情報収集に勤しんでいる間にも二人の言い争いが加速する。
「大体パチュリーはけち過ぎるんだぜ! 本の十冊や二十冊くらい無償で貸せばいいじゃないか!」
「それが一月ずつならね。あなたの場合一回でそれだけじゃない。流石に本が減ったのが解るのよ」
何時の間にやら属性魔法を飛び越えて本の貸し出し数に関わってきた。
小悪魔の管轄問題である。今回は二人とも小悪魔を槍玉に挙げる心算は無いらしいがそれでも火薬を近づけてもらうのは困る。
パチュリーも小悪魔にある程度までなら貸し出していいと命じている。
とはいえ、その限度を超えてしまうこともまあ、しばしばあるのだ。
小悪魔は心の中で“ご利用は計画的にね”と胡散臭い笑顔で呟いておいた。現実逃避だ。
実に大きな動作で顔に指を当て、肘を天に突き上げるように持ち上げ顔を覆う。
その状態で微かに首を振り、覚悟を決めた。
「あのぉ」
『なに!?』
「貸し出し数が問題なら、勝負して決着をつけてはいかがですか?」
「ふむ、面白そうじゃないか。賛成だぜ」
「……そうね、いいわ」
存外二人は怒っているように話していたくせに小悪魔の提案に途端に乗ってきた。
落としどころを探していたのかもしれない。
ちなみにアリスはそっぽを向いてお猪口でお酒を飲んでいる。我関せず、見習いたい処世術である、本気で。小悪魔は恨みながらも本気でアリスのことを尊敬した。
「じゃあ、やっぱり弾幕ごっこか?」
「いえいえ、それよりも知識を競い合わせるのはどうでしょう?」
案の定弾幕ごっこを提案してくる魔理沙に小悪魔は否定の意を伝えた。
弾幕ごっこだと負けても再戦、勝てば何度でも図書館があらされる可能性がある。それはゴメンナサイだ。
だから小悪魔は知恵を競う勝負を持ちかける。
「つまり、どういうことなの?」
「私たち紅魔館が魔理沙さんに問題を出し、半数以上答えられたら魔理沙さんの勝ち。出来なければ負け。魔理沙さんが負ければ一ヶ月貸し出し禁止と言うような勝負です」
「成る程。中々面白そうだぜ。私は乗った!」
「小悪魔、私たちがまけたら?」
「その時は一ヶ月貸し出し放題など如何でしょう?」
「……百冊までよ」
すんなりとこの勝負が通った事に胸を撫で下ろした。
こうなれば知識派のパチュリーが先導して事を進めていくだろう。小悪魔は提案しただけだし、補佐に回る心算である。
案の定一週間後の図書館にて五番勝負と言う事までがいつの間にやら決定している。
さて、後はこれをどうやってレミリアに伝えるかだ。小悪魔はその難問を前に身が竦む思いだった。
然しこれは思いのほかすぐに解決した。
咲夜が近づいてきたのである。レミリアの信頼厚い咲夜を引き込めば上手く行く。
「小悪魔、酔い醒ましの薬とか持ってない? 霊夢がお嬢様につられて深酒してるのよ」
「それはそれは。お任せください。それよりも困った事が……」
「困った事?」
◆■◆
「とまあ、この様な事になっている様子でして」
咲夜が困りましたね、と小さく頭を傾げる。
レミリアは一度、目を大きく開き次に微笑んだ。
「面白そうね。いいわ。紅魔館の主として魔理沙との勝負受けるとしよう」
優雅に片目を瞑り口の端を大きく持ち上げて笑う。
小悪魔の心配も杞憂であった。なにせこのレミリアは挑戦されたと言う事になれば打ち負かす事を好むのだ。
小悪魔に聞けば咲夜を使ったのはそれでも保険です、と答えるだろう。
どちらにせようまく事が運んでいるようだった。
咲夜は予算をちらつかせてレミリアをコントロールし、レミリアは尊大に頷いて許可を下す。
「咲夜、パチェに伝えなさい。私たちも手伝うとね」
「わかりましたわ」
咲夜はそのまま翻り、魔法使いの集団へと歩いていく。
その様子を確認しながら小悪魔は自分に責任が掛からなくなった事を喜んで、胸に抱きしめている者を一層強く抱きしめた。
「ちょ、小悪魔っ! いい加減放しなさいよっ」
その動きに酔いで力の入らない霊夢が声を上げた。
後頭部に柔らかいものを当てられながら、上から押さえつけるかのように腕を回され、背中に圧し掛かられている。
常時であればそれくらいなんと言う事もないのだが、今では酒を飲んだ事を後悔していた。
後悔するにしても早過ぎである。
(……私は辛党でも甘いのも好きなのよ!)
意味の無い反論。そもそも聞こえはしない反論を心の中で繰り返しながら霊夢は髪に熱っぽい吐息を感じていた。
「霊夢さんこそ、離したら逃げるじゃないですか」
小悪魔の声が鼓膜を揺さぶり、聴覚をそれのみで満たされる。周囲の喧騒が入ってこない。
「当然でしょうに。どこに悪魔に解放されて逃げ出さない人間がいるのよ」
「私の胸の中に」
「なによ、そのけしからん実りの中には人でもいると言うつもり?」
「人は居ませんが愛情はたっぷりですよ? お一つ如何ですか?」
「いらないわ。子供じゃあるまいし」
傍から見れば覆いかぶさるように小悪魔は抱きしめる。
霊夢はそれを無視するためかお猪口で自分の持ってきておいた酒瓶の中のお酒を口に運ぶ。
そんな靡かない態度がとても愛しい。小悪魔は一瞬魔性の笑みを溢し、息を吐き出した。
「愛情は変幻自在ですよ? お好みの大きさに出来ます」
「出来るな。というより普段のままでいなさいよ」
「はい、わかりました」
喉を鈴のように鳴らし、笑う。小悪魔は己が酔いしれている事を理解していた。きっとこの巫女が原因なのだ。
と同時に、身体を通じて感じるぬくもりに温度差があるのも理解する。
「ところで、急になんなのですが酔い醒ましにこれをどうぞ」
「これは?」
「石榴と言うものの汁、その凝縮品です。何でも酔い醒ましに効果があるとかで用意しておいたのです」
そういって手に握った丸薬を指で摘み霊夢の顔の前へと持ってくる。
これは確かにありがたいと霊夢は受け取るために手を伸ばす。然し、小悪魔の手はその手を軽々と回避し、再び口の前へ。
「……一体何の心算かしら?」
「嫌ですねえ。解ってるくせに。そんなに私から言わせて恥ずかしがる姿を網膜に焼き付けたいんですか?」
「勝手なことを言うな」
「はいはい、あーんしてください」
「ちょっと! 待ちなさいっ!」
霊夢が怒声を上げようとしたとき、思わぬ所から制止の声が入った。
神の助け、霊夢がその声の方を見つめてみるとレミリアが頬を膨らませ肩を怒らせていた。神は吸血鬼だった。
「小悪魔、貴女霊夢に何させようとしていたの?」
平坦な言葉。故にその怒りは並大抵のものではないことがすぐに伝わってくる。蝙蝠の羽も雄々しく空へと伸び上がり、唇の隙間からは鋭く尖った犬歯が垣間見える。
臨戦態勢完了、何時でも戦闘可能である。小悪魔はそれを見て、やりすぎたと後悔した。冷たい汗が背筋を流れ落ちていく。
然し、退く事は選択肢に無かった。
「何って、あーんをしようと」
刹那、レミリアの手が翻り鋭い爪が空間を切り裂き小悪魔に肉薄する。
それは小悪魔の目の前で小さな御札に阻まれ静止した。
「レ、レミリア! 落ち着きなさいっ」
「霊夢? 私はただ無礼者を成敗するだけよ?」
焦りながらも霊夢はレミリアに声をかける。声が少しどもっていた.それだけ驚いたということ。
指が額を掠めるように伸びたものだから当たるかも知れぬと危惧したのだ。
勿論こんな宴会中にそんな惨劇を見たくなかった、と言うのもあるのだが。しいて言えば見えない所でやって欲しいのが霊夢の本音である。
そんな二人を尻目に小悪魔はそっと手を動かした。自然と二人の注目が集まる。
小悪魔はその手を用意してあった袋に差し込み、ゆっくりと抜き出す。
「レミリア様、ここにもう一つお薬が」
「よくやったわ!」
差し出された丸薬。先程までの怒気はどこへやら、目を輝かせてその丸薬を受け取った。絵に描いたような手の平返しだった。
先刻までのことを忘れ、今では戦功第一天晴れ天晴れと財宝まで褒美として渡してしまいそうである。
今度は霊夢の背筋に冷たい何かが零れ落ちる順番だった。
「は、はなしなさいっ」
「レミリア様、さあっ!」
自分の意思で抱きついていた小悪魔がすぐに霊夢に体重をかけ押さえ込む。レミリアのために押さえていますよ、と言わんばかりに殊更に押さえつけてくる。ポイントアップの心算なのだ。
それにまんまと気をよくしたレミリアはステップに鼻歌と実にご機嫌な少女を気取り前から霊夢に圧し掛かる。
霊夢は前門のレミリア、後門の小悪魔とまさに包囲網である。まさに絶体絶命。
しかし包囲されようとも霊夢の士気は衰えない。寧ろ足掻くのだ。色々な乙女の貞操的なものを護るために。
本来の目的は酔い醒ましのはずであるが既に霊夢の顔から酒気を感じ取る事は出来なかった。しかし攻め手の二人には関係ないらしい。
その上できっちりと間接を極めてくる小悪魔に吸血鬼の力を遺憾なく発揮するレミリア。いや、その本気を他の所に使って欲しいと霊夢は思うがそれも所詮夢にすぎない。
流石に無重力とてこれまでか、これ以上は自由に成れぬのか。悪魔の、妖怪の暴力に屈してこのまま檻に入れられ羽ばたけない鳥になってしまうのか。霊夢は押し返せない自分の状況に不安を感じ、然し博麗の巫女として乙女として、譲れぬ何かを護るために身体を無様に足掻かせた。
それでも、その抵抗は非力な物だ。石の剣で鋼鉄の剣に挑むようなもの。足掻くそれを寧ろ楽しむように二人は霊夢の体を固定した。僅かに腕や脚を動かせるのはその抵抗を楽しむためだろうか。
そうしている内に今まさに丸薬を摘んだ指が可憐で穢れを知らぬ唇を押し開かんと高らかに鼓笛の音色響かせながら押し進む。
まだまだと霊夢はそのぷっくりと膨らんだ柔らかい唇を真一文字に閉めた。
ここで僥倖だったのはレミリアや小悪魔とて無理矢理蹂躙するよりは、潔く降伏させた上での堂々たる蹂躙を望んだ事であろう。
あーん、といって恥ずかしそうに頬を桜色に染め上げて期待に濡れ光る唇を開いてもらう事こそ、あーん道、その真髄ではないだろうか。
主に箸を使うなどと野暮な事は指摘しないで欲しい。今は宴会の席、そんなものが都合良く置いてあるものか。置いてあるが。
つまり宴会場に転がり落ちている箸は見ないふり。だって見ると笑い転げてしまうから。今転げ落ちたわけでもないけれど、そういう事にしておこう。都合が悪けりゃ蓋して埋めろと言う事だ。
空恐ろしいほどの思考回路の一致を以てレミリアと小悪魔は必死に抵抗する霊夢の唇に迫る。指が、もう少し正確に言うと丸薬が。
「さあっ、さあっ、さあっ!」
「っ! さあっ、さあっ、さあっ!」
合わせようとして呼吸が合わなかった。ずれたままに虚しく声が響く。
然しその熱気は実に凄まじいものがあった。熱気に溢れる宴会場の中でもひときわ強く熱気が渦を巻く。その渦は天かける龍の如く天空切り裂き今こそ天へと参らんと言わんばかり。
と、ここまで来て流石に焦れてきたのか全く一部の容赦も無くレミリアが鼻を摘む。息が苦しくなれば口を開くだろうという事だ。
これは実に効果覿面で左右から迫られた状態では呼吸も満足に行えず口も開けない。唯一の補給路である鼻を摘めば完全に包囲完了である。こうなれば士気の落ちた霊夢が口を開くのをただただ待つばかり。
もう駄目、と霊夢が潤む瞳を瞑り、涙を零す。それは陥落の合図であり降伏の狼煙。
攻め手は軋み陥落せんとする正門に俄かに沸き立ち、あと一息ぞとさらに力を加えてきた。
このままでは色々と駄目な方向に乙女度を失う事になる。主に宴会であーんをさせられると言う屈辱で。
しっかりしなさい、博麗の巫女としての威厳はどこにいったの。そんな叱咤激励も空気と言う人質をとられては虚しく無人の野原に響くのみ。
効果がない。
(ああ、もう、駄目っ!)
霊夢は息苦しさから観念して唇を開いた。
あーんをして辱められるのと、あーんを拒み息絶えるのでは生きていられる方がまだマシだからだ。そう霊夢は判断していた。
生きていれば恥辱を雪ぐ機会もあろうと言う物だ。
しかし、何時までたっても丸薬の進攻は無かった。
おかしい、もうとっくに口腔をその指で蹂躙されていてもおかしくない筈なのに。霊夢は現実を確認するために恐る恐る瞳を開け、そこにいた妹紅に驚愕した。
「妹紅……?」
「そだよ。大丈夫かい?」
「え、ええ……何とか助かったみたい。ありがとう」
少し離れた所にはレミリアが妹紅を実に憎々しげに見つめている。その所々が焦げている辺り「火の鳥」で吹き飛ばすように捕らわれの霊夢を助け出してくれたのだろう。ちなみに小悪魔は察して早々に逃げていたのか焦げてはいない。狡猾だ。
霊夢はようやく訪れた安らぎに零れる涙を止めることも出来ず、微かに微笑んだ。妹紅に対しての言葉では表せない感謝の念で心は支配される。
「きにするなっ! 私たち紅白同盟だろ!?」
そしてすぐに後悔した。
完膚なきまでに妹紅は酔っていた。よく見れば普段の肌よりも赤みが強い。どこか瞳も焦点が合わず、口からもれ出る息は酒気を存分に含有していた。首筋にも熱いのか玉のような汗が浮かんでいる。
霊夢は咄嗟にこの妹紅の保護者のような役割をしている慧音を探した。人里の関係で世話を焼く事が多い、そのうえあの真面目な性格となれば止めてくれるはずだ。
微かな希望を信じ霊夢は慧音を探し、現実の無情さを呪った。慧音が酔いつぶれて寝ていたのである。
いよいよ止める術の無くなった霊夢は天を仰ぎ普段は気にしてもいない神に祈った。返事はない。
何時の間にやら右手が妹紅の左手と固く結ばれている。
「……不死人? 今なら先程までの無礼を許してやるわ……さっさと霊夢を引き渡しなさい!」
地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の声。眼前のレミリアが巨大な槍を片手に威嚇してくる。
然し、妹紅に脅えや精神的動揺は見られない。
「はんっ、紅だけの半端吸血鬼に言われる筋合いは無い! なにせ二人は、紅はぅ~」
言えなかった。呂律が回らないらしい。
霊夢は持ち上げられるように腕を上げ、中腰のまま視線を地面に固定した。
流石にここまで騒げば周囲もなんだなんだと見に来るもので、酔えていない霊夢にこのノリと視線は実にキツイ。
「おいおい、仔細を詰めてる間に面白そうなことになってるぜ」
「ここは……消極的に観察ね」
「……私には酷く霊夢が可哀想に見えるんだけど」
先程まで争っていた魔法使い三人が顔を揃えてこの騒ぎを肴に酒を飲んでいた。
霊夢としては助けて欲しいと思うがかき回されるのもたまらない。
「咲夜っ! 手伝いなさいっ!」
「はいはい。それにしても霊夢も災難ね」
レミリアの呼びかけに咲夜がナイフを取り出し横に並ぶ。視線は霊夢を気の毒そうに哀れんでいたが。
同情するなら助けてくれ、と叫びだしたかったが狗は霊夢の隣に居ないので止めておいた。
「おおっ、やる気!? 生憎だけど、この紅白同盟は滅多に離れないよ!」
妹紅も妹紅で実にやる気だった。
「紅い月の下で、真っ赤に染め上げてやるわっ!」
「貴女の時間は……永すぎて手に余りそうね?」
「ふんっ、ちょいと寒いが肝試しの始まりだ! 肝を凍りつかせて寒くなくしてやるよ!」
「……ああっ、もうっ! いいわよっ! やってやろーじゃない!」
この弾幕ごっこは実に見ごたえがあり、ますます宴会は盛り上がりを見せた。
その後も多くの人妖が弾幕ごっこに参加し、冬の到来を感じさせない熱気に溢れた宴会になったと言う。
◆■◆
《文々。新聞―号外―》
『拷問の発展』
もうすぐ本格的な冬の到来の時機、本格的に暖を取る用意をする季節。寒くて既に準備を通り越して早計にも温まっている方も居られるかもしれない、そんな時機。博麗神社で事件が起こった。
事の起こりは昨日の夜、博麗神社で大宴会が行われた事から始まっている。
冬の寒さを吹き飛ばせという大嘘のもと始まった宴会であるが多くの人妖が参加を表明し盛り上がりを見せた。
宴会は鬼と巫女の演舞から始まりその見事な阿吽の呼吸に見るものの歓声が上がり、お酒が大量に消費されていった。きっと酒売りは儲かった事だと思われる。
その宴会の最中、これこそ好機と自慢の発明を披露する河城にとり(河童)がお酒を自動的に飲ませてくれると言う機械を発表した。被験者である犬走椛(白狼天狗)に感想を聞いてみると
「なんだか、苦しくて、ぐるぐるして、頭がおかしくなりそうでした」
との事である。新しい拷問機械の誕生の瞬間に立ち会えたのだ。この件の取材を進めると酒の勢いを調節できるらしく滝のような勢いで注ぎ込むことも可能との事。ますます拷問機械として優秀である。
ところがその話を聞いていた鬼が飲みたいと騒いだためにその機械を使用した。すぐに物足りないと言われ壊されていた。にとり氏は涙を浮かべ
「こんな事で、負けない。次はもっと皆に楽しんでもらえるように作る」
と質問に答えてくれた。ますます拷問機械として発展したそれが楽しみである。ただ、妖怪はいいが人間の方は少し注意をしておくべきなのかもしれない。
『同盟論争』
昨日の博麗神社の宴会で新たな同盟組織が我々の与り知らぬ所で発足していた事が発覚した。その名は『紅白同盟』である。
有名な紅白こと博麗霊夢(巫女)を筆頭に竹林に住む藤原妹紅(人間?)が手を結んだ形となる。
この件に関し紅魔館は遺憾の意を表明した。
「ただ色が似ているからと手を結ぶのは理性的ではないだろう? もっと考えるべきね」
紅魔館の主、レミリア・スカーレット(吸血鬼)は私の取材にこの様に答えてくれた。
尤も、紅魔館としては理性的な話し合いの場を求めることを強調し、博麗霊夢の解放を求めていく考えらしい。
他に白玉楼や永遠亭は静観の構えを見せている。
ただ、ここには複雑な問題が絡んでいることをお伝えしなければならない。
博麗霊夢は東風谷早苗(巫女)との『巫女同盟』にも参加しているのだ。また、四季映姫・ヤマザナドゥ(閻魔)を盟主とする『中立同盟』にも参加しているのではないかとの噂もあるのである。さらに古くから『結界組』としてパートナーを務めてきたという八雲紫(隙間)も動き出すという情報が伝わっている。
それぞれに取材を申し込むと
「いいんじゃないですか? まあ、巫女同盟の方が優先してもらえると思ってますので」(東風谷早苗)
「まったく、そんなこと知りませんよ。貴女もくだらない記事を書いている暇があるなら真実を伝えなさい。とはいえ、博麗の巫女が何処かに偏るというのは看過できませんね」(四季映姫・ヤマザナドゥ)
「いやねぇ。霊夢の相方は私なの。いまさら外に浮気相手を作るなんて、いけない子ねぇ」(八雲紫)
「そんなこと、言ったっけ? でもまあ、面白そうだしいいんじゃない?」(藤原妹紅)
それぞれ博麗の巫女との同盟関係を崩す心算はないと明言していただいた。皆、博麗霊夢に逆らえないのかもしれない。
このことに関し、近く会合を開き話し合われるとのことである。他にこの好機に同盟を結ぼうとしている輩もいるらしい。まったく、博麗の巫女は罪作りなものである。巫女の毒牙は種族を問わないらしいので、これから気をつけていくべきである。
余談ではあるが、『紅白同盟』発表の日に博麗神社は壁を壊される被害を受けたとのこと。天罰覿面。乙女の嫉妬は恐ろしい物なのだ。
「……なによ、これ?」
新聞を握り締めながら、霊夢はやや青ざめた顔を上げて問いかけた。
場所は博麗神社縁側、無事だった部分である。其処に霊夢を含む三つの人影が居た。
「なにって、新聞ですよ。号外とかで今配ってますよ」
さらり、と巫女服で身体を包んだ小悪魔が答える。新聞にもあるとおり博麗神社が壊れたので罰としてお手伝いに派遣されたのだ。
「これはこれは、随分と面白く書かれてるじゃない」
横から小悪魔と同じような理由で巫女服を着た妹紅が覗き込み、実に面白いと膝を叩いた。
「って、妹紅! あんたもなんで答えてるのよ!」
「何でって、質問されたからだよ」
「答えるな!」
「いやいや、情報公開が時代の最先端じゃないか?」
「私達は古い人間で良いのっ!」
当然じゃないかというように胸を反らして答える妹紅。
対する霊夢は怒り心頭、真っ赤に染まった頬で抗議の声を上げる。
「それよりも、霊夢さん実に女たらしな感じですよね」
「違う! 全くの無実!」
「もう遅いって。観念しなよ」
「嫌に決まってるでしょ!」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ですね」
「違う!」
大きな声を出して疲れたのか、肩で大きく息を整えながら新聞を投げ捨てた。
「はあ、はあ……」
「まあまあ、お一つ」
小悪魔が温かいお茶の入った湯飲みを差し出してくる。
霊夢はそれを受け取り、渇いた喉を潤した。長く息を吐き出し、少し落ち着きを見せる。
「ふう……ま、まあ、天狗の新聞だし、誰も信じないでしょうね」
「それはあるかもね」
ようやく冷静さを取り戻したようで取り戻しきれていない霊夢に妹紅が冷たく答える。
妹紅としてはどちらでも良いや、というような態度である。主に被害を受けるのは霊夢だからなのだが。
「それにしても、なんで戦ってないあんたが?」
妹紅は不思議そうに同じ償いのためにやってきているであろう小悪魔に問いかけた。
そもそも、レミリアや咲夜が来るもんじゃないかということだ。
「それはですね。レミリア様は嫌がられました。パチュリー様は万が一の時に妹様を制止していただかなくてはいけません」
縁側に座っている巫女二人が同時に頷く。
「かと言って門番の美鈴さんを動かすわけにはいきません。そして残った私と咲夜さんでは居なくなった時の穴をカバーできる咲夜さんを残したということです」
つまりは一番紅魔館の被害を少なくしたわけだ。その言葉に霊夢と妹紅は納得をする。
もちろん、これは嘘。実際はレミリアにあーんを最初にしようとした小悪魔が悪いと言われたからなのだ。
そんなレミリアの指摘に二つ返事で神社に通うことを了承したのだ。
「成る程ね。小悪魔も大変なのねぇ」
「いやいや、辛口な人生だ」
人間二人はまんまと騙されて同情するような視線を小悪魔に向けた。
「て、妹紅はいいの?」
「良いも何も、一人だしね。もし急患がいるなら案内に飛んでいけば問題ないでしょ」
対して妹紅は実にあっけらかんとしたものだ。霊夢は内心羨ましがりながら立ち上がる。
「お茶、飲むでしょ?」
霊夢のその言葉に巫女見習いの二人は嬉しそうに頷いた。
「あーあ、昨日は散々な一日だったわ」
「だから言ったろ? 少し飲んどかないとやってられないってさ」
「まあまあ。お疲れでしたら私の愛で癒して差し上げますよ」
「はあ……ま、二人ともしっかりと働いてよね」
にこやかに笑いながらお茶を飲む二人、疲れたように間で肩を落とす霊夢。
それでも、悪くはないと感じていた。
賑やかなのも偶にはいい。騒いで騒いで、そして日常に戻るのだ。
「今日も騒ぐのかしら」
「愚問だね」
「答えは一つに決まってます」
「騒ぐのね……ああ、楽しくて楽しくて、疲れるわ」
霊夢は肩を落とし、妹紅は壊した反省も見せず、小悪魔は予定通りに進んだことに肩を震わせて。
そうして三人は顔をつき合わせて笑った。
昨日も今日も、楽しく笑える。そんな幻想郷の一日に感謝をして。
>鎖で繋がれた羽ばたけないのか
何か変
やっぱりそーゆー目的で霊夢に近付いてるんですかねぇ
なんか淫魔っぽいし(ぁ
さばさばした性格の妹紅は気持ちがいいなぁ。まさに小悪魔な性格の小悪魔も良い
次は巫女同盟の話も見てみたい
勿論小悪魔シリーズも楽しみにしてます
でも、内容は良かったですよ。
やっぱ宴会は楽しくないと。(色んな意味で
ナイスな小悪魔に乾杯。
点数がもっと入っても良いと思うのですが・・・。