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真実の竹取物語 月の姫の物語~第四章~

2007/12/17 11:27:24
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真実の竹取物語 月の姫の物語~第四章~

この作品は作品集43の真実の竹取物語 月の姫の物語~プロローグ~の続きとなっております。



「もう飽きたわ」
「何がですか?」
「待つのよ」

 難題を出してから三ヶ月が経つが、教育係として毎日欠かさず彼女は来る。難題に取り組んだそぶりも見られない。
 本気で解く気はあるのかしら?

「もちろんありますよ」
「心の声に返事を返さないで」
「心で言っていたのですか?顔に出ているので、てっきり態度で言っているのかと思いましたよ」

 クスクス笑いながら、本日の課題をチェックする。

「正解率は七割・・・日に日に正解率が落ちているみたいですが?」
「興味が持てないのだもの」
「確かに、興味がないと集中は続きませんからね」
「貴方の所為よ」
「困りましたね」

 絶対に困ってない。

「本当に困っているのですよ?」
「だから心の声に返事をしないで」
「でしたら顔に出さないでください」
「ふんだ。それで、何が本当に困るのかしら?」

 本当に退屈はさせないけど、不愉快にさせてくれる。

「拗ねないで下さいよ」

 拗ねる私の頬を指で突いてくる。

「一月ほど姫の下に来られなくなるかも知れません」
「貴方は私の教育係でしょう?私より優先するべき事なんてないはずよ」
「それがあるのです」
「それは何?」
「秘密です」
「答えなさい」
「黙秘権を行使します」
「命令よ」
「拒否します」
「姫である私の命令に拒否権はないわ」
「姫より上の方からの御命令ですから」

 私より上という事は一人しかいない。

「王が貴方に命令するなんてありえないわ」
「確かに。私個人ではなく、組織に命令が来ていますので」
「組織?」

 そこで大事な事に気がつく。

「そう言えば私、貴方の事全然知らないわ」

 三ヶ月も経つのに、彼女が薬師である事と自信家である事意外何も知らないのだ。
 無礼な態度にいつも腹を立てさせられていたので、彼女の事を聞くという事が私の中で完全に消えていた。それに三ヶ月も付き合いがあるという考えが、彼女の事を知っていると誤認させた。

「残念です。私は、貴方の事ならあんな事やこんな事まで知っているというのに」
「あんな事やこんな事って、例えば何かしら?」

 三ヶ月の付き合いがあるとはいえ、基本的に勉強時間として使われてきた。私の事をそんなに知る機会なんて無かったはず。

「いえいえ、十分ありましたよ」

 だから心の声に返事を返さないで。

「そうでしたね、すみません」

 落ち着け私。
 何も考えるな。
 ・・・・・・。

「今度は無心ですか?」

 ・・・・・・。

「・・・・。あんな事やこんな事を具体的に答えろと言う命令でしたね」

 ・・・・・・命令はしてない。

「身長153センチ体重39キロ、スリーサイズ上から76・54・78、まだまだ成長予定。好きな食べ物はお子様の好むもの。ただし、シンプルなものに限る。嫌いな食べ物はお子様が嫌うもの。辛い・苦い・渋い・酸っぱい。お酒やコーヒーなどの嗜好品も口に合わない。舌は完璧にお子様。最近大好きな苺や兎、くまさんがバックプリントの下着を複数購入。毎日お風呂上りにどれにするか十分以上悩む。それから」
「ちょっとスットプ」
「何か間違っていましたか?」
「間違ってはないわ。じゃなくて」

 どうして私のスリーサイズを知っているのかとか、舌が完璧にお子様だとか問題発言は色々あるが、それはこの際置いておく。

「どうして貴方が私の下着や、お風呂上りの状況を知っているのよ!?」

 好き嫌いの話くらいはしたが、下着の話なんか一度もした事なんかない。ましてやお風呂上りに下着の柄で悩んでいるなんて、する訳がない。

「柄じゃなくてバックプリントでしょう」
「黙りなさい!」

 白衣を掴み、睨みつける。
 彼女が知っているという事は、他にも誰か知っている者がいるかも知れない。一刻も早く聞き出して消さなければ。

「落ち着いてください。知っているのは私だけですから」
「私は十分落ち着いているわ。知っているのは貴方だけなのでしょう?貴方を消せば全て終わるわ」
「私の命まで終わってしまいます」
「終わりなさい」
「断固として拒否します」
「・・・・・・」
「絶対に他言はしませんよ」

 その言葉をこの場は信じましょう。
 もしこの事を他に知っている者がいたら、真っ先に生き地獄を味合わせてやる。

「信じてあげるわ。とりあえず・・・どうして知っているのか、教えなさい」
「それは企業秘密です」

 絶対に答える気はないようね。

「まぁいいわ。それより何の話だったかしら?」

 一日でも早く彼女が忘れるのを待とう。

「私が一月ほど来られないと言う話です」
「そうそう、それで理由は言えないのよね」
「はい」
「何時から来られなくなるのかしら?」
「二ヵ月後です」

 何だ、まだ大分時間があるじゃない。
 慌てる必要はないわね。

「って、ちょっと待ちなさい!難題はどうするのよ!?」

 期限まで三ヶ月。
 出発が二ヶ月後。
 期間が一ヶ月。
 間に合わない。

「誕生日が期限なのよ?」
「姫の誕生日には必ず難題を解きますので、ご安心ください」

 本当に自信満々に答えてくれる。
 これ以上聞いても、同じ返答が返ってくるだけ。話題を別の事にして、彼女の事を少しでも聞きだそう。

「ところで、貴方が所属している組織って何処なのかしら?」

 左大臣に癇に障り教育係にさせられた位だから、王立医療機関の何処かと思うけど。薬師だから、薬剤研究部かしら?

「たいした所ではありませんよ?ただの医療部隊ですし」
「医療部隊・・・って貴方もしかして月の使者なの?」
「一応」

 迂闊だった。こんな近くに月の使者の医療部隊の者がいたなんて。

「それを先に言って欲しかったのだけど」
「報告する事の程でないと思いましたので」
「ちょっと聞きたい事があるのだけど、いいかしら?」
「何ですか?珍しいですね、姫がそんなに謙虚な聞き方をするなんて」
「私は何時だって謙虚よ」
「そうですか?何時も我儘三昧、傍若無人って感じがしましたが」
「それが私の役目だもの」
「左様で」
「そんな事はどうでもいいのよ。それより月の頭脳は知っている?ううん、会った事はあるかしら?」

 彼女は顎に手をあて、暫し思案する。

「・・・会った事はありませんが、知っていますよ」
「どんな人物か聞いた事はある?」
「今までに類を見ないほどの頭脳の持ち主だとか」
「それはもう知っているわ。あの八意の当主だという話だし、頭がいいのは間違いないわ。私が知りたいのは、月の頭脳がどんな人物なのかよ」
「・・・クレマチスの、時にスターチスの心を持つ、コデマリですね」
「クレマチスにスターチスにコデマリってあの地上に咲く花?」
「はい。地上に咲く花です」

 以外だ。花に例えたりする雅さを持ち合わせていたなんて。
 それ以前に、花言葉なんかに興味があるとは。

「確かクレマチスが精神的な美しさ、高潔、心の美しさ、貧弱で、スターチスが永久不変、驚き、コデマリが努力する、優美、品位よね?」
「・・・はい。よくご存知でしたね」
「地上の風景とか動植物の写真とか見るのが好きなの」

 何の花か調べたりした時に、花言葉が載っていた。

「会った事がないのに随分と褒めるのね?」
「事実を口にしたまでです」
「永久不変の精神的な美しさに、優美さを持つ人物ね。本当にそんな人物いるのかしら?」

 いたとしたら、是非ともお目にかかりたい。

「永久不変の精神的な美しさに優美さを持つ人物・・・正に私の事ですね」
「貴方の事じゃないから」

 冷静に、とりあえず突っ込んでおく。
 彼女の何処が、精神的美しさや努力をするような人物になるのか。

「貴方に合うのはスターチスとスイセンだと思うわ」

 永久不変のうぬぼれね。

「酷い言われようですね」
「本当の事だもの」
「そう思われるのなら仕方ありませんね」
「それで貴方は一体、何をするの?」
「人手が足りなくなるので、その補充要員です」
「人手が足りなくなるような事があるの?」
「三ヵ月後に行われる、姫の誕生パーティーの準備ですよ」
「医療部隊がどうして誕生パーティーの準備に関係あるのかしら」
「今回は不老長寿薬の服用を、より一層認識させる為のパーティーでもあるのです」

 そういうこと。

「姫も成人と扱われるだけの年齢であり、それだけの知識も力もあると判断されています」
「だからって、またあの不味い薬を飲めと?」

 冗談ではない。
 月の代表者の一人である私に、薬を飲んでいる事をアピールさせる事により、不老長寿薬法に背く者や背こうとしている者に警告をする。確かにいい考えである。
 私が一度は不老長寿薬を拒んだのは、月中の噂になっているはず。その私が不老長寿薬を飲んだというのは、不老長寿薬方に則るという格好のアピールになるし、何より王たちにとって不本意な噂を払拭する絶好の機会。

「ご安心ください。服用期限まで日がありすぎます。薬の過剰摂取は返って寿命を縮めます」
「そんなことになるなんて、初めて聞いたわよ」
「民たちに要らぬ心配をさせないためです。第一、どんな物でも過剰摂取すれば体に悪いに決まっています」
「確かに。それならどうするの?」
「パーティーでは別の薬を飲んでいただきます」
「別の薬?」

 不老長寿薬以外で、月の民が必ず服用しなければいけない薬なんてあったけ?

「私が研究した薬です。丁度いいので姫で試そうかと」
「私を実験台にするな!貴方の作った薬なんてろくな物じゃないわ」
「ご安心ください。悪い効果はありません。むしろ元気になれますよ」
「そして最後は廃人かしら?」
「その通り。何で落ちが分かったのですか?」
「前言撤回するわ。貴方の性格だけは分かるのよ」
「?冗談ですよ。色が同じ、ただの栄養ドリンクです」
「色が同じって言う時点で飲みたくないわ」
「今なら特別にココア味に」
「楽しみにしているわね」

 ココア味なら飲んであげるわ。色が気に入らないけど。

「それではパーティーの打ち合わせはこれで大体終わりですね」
「打ち合わせって・・・何時から始まっていたのかしら?」
「私が部屋に入った時点からです」
「そんな事、一言でも言っていたかしら」
「言おうと思ったのですが、教科書やノートを開いて待っていた姫の姿を見たら、思わずいつもの癖で授業を」
「つまり今日は勉強する必要なかったわけね。損したわ」
「勉強はお好きだと思っていたのですが?」
「知らない事を知るのは好きよ」

 好きな事でも継続は難しい。

「気分になれないの」
「気分転換をお望みなのですね?」
「たぶん」
「確かに何時も勉強ばかりでは飽きてしまいますね。それなら課外授業でもいたしますか?」
「何するの?」
「前から御聞きたかったのですが、姫は料理したことありますか?」
「ないわ。シェフがいるもの」
「・・・・・・だと思います」
「今、心の中で馬鹿にしなかった?」
「まさか。いまさらこの程度で思いませんよ」
「いい加減しないと本気で怒るわよ?」
「事実なのに」
「可愛く言っても、怒るときには怒るわよ」
「モウシワケゴザイマセン」

 バシン

「った~、殴る事ないじゃないですか」

 思い切り殴ってやった。ハリセンで。

「大昔からある突っ込みの道具よ。王宮の宝物保管庫にあったの」
「宝物保管庫にですか?・・・なるほど、取手の所はプラチナで装飾にピジョンハートが埋め込まれていますね」
「あら、目利きね?てっきり突っ込んでくると思っていたのに」
「下級とはいえ貴族を名乗るもの。そのくらいは出来ませんと」
「あんまり身分とかに興味なさそうだけど」
「本音を言うと、身分や地位に興味はありませんね」
「だったらどうして私の教育係を引き受けたのよ?」
「研究がしたいからです」
「矛盾しているわ。私の教育係になったらそんな暇はないでしょう?」
「そんな事はありませんよ。教育係と言っても、一日中姫の傍に居る訳ではありませんから。従者ならずっと傍に居なければいけませんけど」
「従者なら、ね」
「研究には時間も必要ですけど、環境も大事ですからね」
「そのための身分と地位ね」
「身分がないとやはり高い地位に就けませんからね」

 身分があれば馬鹿でもある程度高い地位に就ける。逆に身分が低ければ、天才でも就ける地位はよくて中の上。
 貴族は大半が税金により金を得ている。与えられる地位により給金が決まり、自然と高い地位にいるほど給金が多くなる。給金だけではなく、待遇も違ってくる。

「地位があれば給金以外にも、研究費や施設維持費などと言った名目で莫大なお金が入ります」
「確かに。左大臣なんて維持費だ、必要経費だとか言って、随分私腹を肥やしているみたいだし」
「知っていらしたのですか?」
「知っているわよ。気がつかないのは内情を知ることの出来ない民や、能天気な大臣や官、そして一番気づかなければいけない王くらいよ」

 勘の良いものなら気がつく。
 自然に見えるお金の動きに何者かの作為を感じられる。ただ、何者かが左大臣でない事だけは確かだ。左大臣の狡賢さは認めるが、左大臣ではここまでできない。左大臣の動かしている人物はそれ以上に怜悧だ。
 恐らくこれ以上調べようとすれば、その人物は必ず私を殺そうとするのは目に見えている。残念ながら私には身を守る術がなかったので、調査を断念するしかなかった。

「ただの我儘姫じゃなかったのですね?」
「我儘を言うだけでいいのは姫の間だけですもの。いずれは王になるのだから、自分に仕える者の事くらいは把握しておかないと」

 姫でいる間は、どんな我儘だって許される。
 それは将来、王となるからだ。
 王になれば姫の時とは違い責任が生じる。月の民の命を、全て背負うという事だ。
 その時に「私は知りませんでした」なんて子供みたいな言い訳は通じないし、責任をとった事にもならない。必要なのは、その事をキチンと把握して対処する事だけ。
 それに王が知らないなら都合もいい。姫である事にも飽きたら、王でも把握してない不祥事を利用して失脚させるのも面白い。

「姫は正しく姫なのですね」
「何時もそう言っているでしょう?」

 本当に私を何だと思っているのだろう。

「そんな訳で地位が高いと優遇されて研究費が下りますし、個人の研究室も貰えますからね」
「研究がしたいだけなら、月の使者じゃなくて王立医療機関でも良いと思うけど?」
「月の使者の方が給金はいいですし、労災も全ておりますから」
「切実ね」
「そうですね。それで課外授業の事なのですが、料理を作るという事で如何ですか?」
「私は生まれて一度も、料理を作った事がないと言っているじゃない」
「お菓子もないのですか?」
「ないわ」

 以前挑戦しようと思ったら、お母様に止められたし。

「現代の若者は本当に、コンビニ弁当や冷凍食品をレンジでチンなのですね」
「訳の分からない事を急に言わないで。冷凍食品は分かるけど、コンビニって何?」
「さあ、何でしょう?」
「分からないのに言っていたの?」
「頭に浮かびましたので」

 電波でも受け取っているのかしら?

「お菓子もないのでしたら、そうですね・・・クッキーはどうですか?」
「私に作れと?」
「初心者でも簡単に作れますから。焼き加減さえ間違えなければ、そうそう失敗はありませんよ?」
「お菓子作る事に意味を感じないわ。面倒くさそうだし」

 市販で売っている物を買ってくればいい。そもそもクッキーを食べたければ侍女に言えば、一流パテシエが作ったのを持ってきてくれる。

「自分で作ったお菓子でしか、味わえないものがありますよ」
「レシピ通りに作るなら、味に差があるとは思えないけど」
「では、試してみませんか?」
「面倒ね」
「気分転換も兼ねていますから、お菓子作りのために勉強はお休みしますよ」
「そこまで言うならやってみようかしら」

 勉強は嫌いどころかむしろ好きな部類に入るが、今はとりあえず勉強以外のことをしたい。

「はい。それでは材料や調理場にも伝えなくてはいけないので、三日後にしましょう」

 自信に満ち溢れる仮面のような笑顔とは違う。子供のような笑顔を向けられ、不覚にも顔が熱くなる。熱くなった顔を窓に向け見られないようにする。

「もう帰る時間じゃないの?調理場とかに話を通すなら、早く行きなさい」

 後ろで何やらクスクス笑っている。顔を向けるわけにはいかないので、表情が分からない。

「そうですね。それでは今日はこれで失礼します」

 彼女が部屋を退出してからも、しばらく顔が熱いのは治まらなかった。
 とりあえず今日は、下着をどれにするか決め手からお風呂に入ろう。

































 薬師永琳の簡単お菓子レシピ






「って、なにかしらこれ?」
「見ての通りレシピです」

 ピコーン!

「アタっ!今度は何ですか!?ハリセンよりは痛くないですが」
「ハリセンと同じく宝物保管庫にあったピコピコハンマーよ」
「そんなのまで宝物宝庫にあるのですか?」

 ジッとピコピコハンマーを見て納得する。

「今度は取手が金で装飾に使われる宝石はダイヤモンドにサファイアですか。メインは軽く20カラットはあるダイヤモンドですね」
「宝石商でも勤めた事でもあるの?」
「まさか。薬師一筋ですよ」

 約束どおり課外授業?に調理場を借りクッキーを作る訳だが、いきなり薬師永琳の簡単お菓子レシピとか訳のわからないのを出してきたので、勢いで殴ってしまった。

「これで貴方も毒殺マスターに!」
「ねぇ、宝物保管庫に全て鉄で出来たピコピコハンマーがあったのだけど、次はそれで突っ込んであげましょうか?」
「すいません、冗談が過ぎました。それはピコピコハンマーではなく、金槌です。そんなので突っ込まれたら、そのままサヨナラになってしまいます。レシピは至って普通です」
「どれどれ」
 確かに普通だ。よかった。



 薬師永琳お菓子レシピ

 今回はお菓子の定番、クッキーを作ります。
 ちょっと長いですが、気合を入れて作りましょう。

1. まず、クッキーの生地を作ります。
以下の材料を用意します。

1・小麦粉 100g・砂糖 70g・バター 100g・バニラエッセンス 少々

2. バターをボールに入れ、分量の3分の2の砂糖を加えて練りかき混ぜます。クリーム状になったら、卵黄を加え、小麦粉を加え軽く練ります。

3.その後、ラップに包み、冷蔵庫で1時間程冷やしておきます。

4.型抜きの作業に入ります。まな板などの上にラップを敷き、麺棒で4ミリ程の厚さにします。

5.好きな型に切り抜きます。クッキー作りで一番楽しい時間です(この時、レーズンやフルーツゼリーなどを乗せるのも良いですね)

6.オーブンで焼きます。150度で20分。最新式のオーブン、スチームオーブンレンジを使うとさっくり焼けます。
以上でクッキーの完成です。お疲れ様でした。



「なんだ、本当に簡単そうね?これなら初めから成功間違いなしね」
「それでは早速作りましょうか。材料から計りましょうか」

 簡単、成功間違いなし?
 それは大きな間違いだった事を後に私は悟る。


 ここからは音声と効果音でお楽しみください。


「姫、何をしているのですか?」
「卵がないの」
「目の前にありますが?」
「えっ、どこ?卵だけじゃなくて小麦も見当たらないわ」
「姫、つかぬ事をお伺いしますが・・・卵や小麦粉がどんな形をしているか知っていますか?」
「馬鹿にしているの?それくらい知っているわよ。ススキやお米みたいに細長い草に小さい粒がついているやつが小麦でしょう?」
「それでは卵は?」
「透明な卵白と黄色い丸い卵黄がある液体っぽい固体みたいなのでしょう?」
「間違ってはいないとは思いますが・・・根本的に間違っているといいますか」
「どういう意味よ?」
「姫はゆで卵を知っていますか?」
「知っているけど、凄いわよね。あんな液体だか固体だか分からないのを綺麗に真ん中に卵黄をよせて丸くするのだから」
「丸く、ですか?」
「ええそうよ。丸いわよ。綺麗な球体ね」
「そうですか。一応お聞きしますが姫の言う小麦がここに在ったとして、それをどうするのですか?」
「そういえば、あのままじゃ食べられないわよね?どうすればいいの?」
「・・・・・・姫。知らない事や分からない事、一般常識より一般知識をこれから一緒に勉強していきましょう」
「いきなり何よ!?しかも泣いているのか、微笑んでいるのか分からない顔をしないでくれる!」




「これが卵なの?初めて見たわ。これを割ればいいのよね?それ」
グシャ
「姫!いきなり何しているんですか!?」
「何って、卵割っているの」
「床に投げたら駄目ですよ!」
「そうね。床で割ったら汚いから食べられないものね。それじゃあ台に、やぁ」
ゴシャ
「ですから姫!そういう事ではなく!」
「あっそうか、固体みたいだけど液体っぽいから、お皿を使わないとね」
ガシャン、グシャ
「お皿が割れたわ。卵ってお皿より硬いのね」
「根本的に間違っています。そもそもどうして投球フォームで、しかも全力で卵を投げるのですか?」
「だって握りつぶせないし、貴方が割れって言うから」
「確かに割ってくださいと言いましたが、投げなくても割れます」
「確かに・・・ちょっと待っていて」
「何処に行くのですか?」
「お待たせ、金鎚で最初から割ればよかったのよね。はぁ!」
バリン、カシャン
「おかしいわね。お皿まで割れたわ」
「それだけ力を籠めて勢い良く振り下ろせば、皿も割れるでしょう」
「ならどうすればいいの?」
「卵はそんなに力を入れなくても割れますから」
「そうなの?」
「卵は握り潰す訳ではありませんから、握力は要りません。少しひびを入れてひびを中心に左右斜めに引っ張れば綺麗に割れますから」
「それを先に言いなさい。こうすればいいのね?」
グシャ
「嘘つき、卵が潰れたわ」
「とりあえず、金鎚から離れてください」
「金鎚もなくて、どうやってひびを入れるのよ?」
「ボウルや台の角に軽く叩く様にぶつければ、よい感じにひびが入りますから」
「ボウルや台で軽く叩くように、っと」
ガシャ
「割れないわよ!?」
「力が強すぎるのですよ。もっと優しく」
「もっと優しくね」
コンコン
「やったわ!ひびが入った。後は斜め左右に開くようにして」
ベチャ
「腐っていたのかしら?卵白に破れた卵黄が混ざってしまっているわ」
「卵は今朝の産みたての新鮮なものです。混ざっているのは、姫が殻から中身を出したときに位置が高すぎたからです」
「私の所為なの?分かったわよ、次こそ成功するから見てなさい」
コンコン、パカッ
「やったわ。成功よ」
「おめでとうございます!!姫なら出来ると信じておりました!」

 卵が割れただけでこの騒ぎ。それも仕方ない。卵を割るだけで一時間も経ったのだから。この後も同じ要領だった。
 クッキーが出来るまでの総時間は八時間。自分の事ながら、私は駄目人間などと不覚にも思ってしまった。
 朝からお昼も食べず、三時のお茶もせず、ひたすらクッキーを作り続け出来上がった完成品。二回に分けて焼いたクッキー。初めに焼いたのは、周りは殆ど黒く焦げ、真中が辛うじて焦げ茶一歩手前の色。次に焼いたクッキーは、色はいい感じだが触ると何故かしっとりと湿った感じがする。
 どう見て考えても、失敗作である。

「完成おめでとうございます」
「全然おめでたくないわ」
「どうしてですか?」
「だって明らかに失敗作じゃない」
「そうですか?」
「これが失敗作に見えないなら、眼鏡を作る事をお勧めするわ」
「確かに失敗作かもしれませんが、食べてみたら美味しいかもしれませんよ?」
「これを食べる気?」
「食べないのですか?初めてご自分でお作りになったのに」
「こんなの食べたくはないわ。お腹が空いたわね。そこの貴方、シェフを呼んできて」

 調理場に来ていた女官に命じるが、困った顔する。

「どうしたの?早くシェフを呼んできて」
「あの、本日シェフはもう帰宅しましたが」
「どういうこと?」
「お忘れですか?姫。シェフが夕食を作ろうとしたら邪魔しないでと仰って、帰るように命じたではないですか」

 そうだった。あまりにもクッキー作りにムキになっていたから忘れていた。

「つまり・・・今日は何も食べるものが無いって事?」
「ですからクッキーを食べられたらいかがですか?」
「絶対に嫌よ」

 私は小腹が空いている訳ではない。お腹が空いているのだ。
 残念ながら最近の若者のように、お菓子がご飯なんてお断り。
 しかも失敗作。

「もういいわ。部屋に戻るから。慣れない事して疲れてしまったわ」
「分かりました。私は後片付けをしますので」
「お願いね」





 部屋に戻りベッドに寝転がる。行儀は良くないが、疲労がピークに来ているので仕方ない。だがこのまま寝るわけにはいかない。
 せめて、お風呂は入らないと。
 面倒ではあったが不衛生のほうが耐えられない。
 お風呂で今日一日の疲れを洗い流し、兎柄の下着をチョイスして部屋に戻ると、机にココアが湯気を立てている。

「・・・・・・・?」
「お湯加減は如何でしたか?」
「丁度良かったわよ」
「そうですか。ココアを淹れましたので」
「ありがとう・・・・・・って何しているのよ!?」

 あまりにも当然のようにいるから違和感に気づかなかった。
 しかも私の部屋なのに、自分が主のような顔でココアを飲んでいる。

「教育係である貴方の仕事は、今日はもう終わったと思うけど?」
「終わっていますね。ですから今はただの永琳として、姫のお部屋にお邪魔させて頂いているのです」
「それを飲んだら帰ってよね」
「そんなに邪険に扱わなくても」
「疲れていると、言っているでしょう」
「それよりクッキー食べませんか?」

 お皿に失敗したクッキーをのせて持ってきて、何がしたいのか。

「いらないと言ったでしょう」
「ですが空腹を訴えておられたので」
「いらない」
「そうですか?」

 パキッ、モグモグ、ゴクン。

「何しているの?」
「クッキーを食べているのです。美味しいですよ」
「体を悪くするわよ」
「これくらいなら大丈夫ですよ」

 そう言って、焦げたクッキーを口に次々に運ぶ。
 その顔は本当に美味しいそうに食べるので、見ているこちらも食べたくなる。

 グ~

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 今のは・・・断じてお腹がなったのではない。

「虫かしらね」
「そのようですね」

 グ~

「腹の虫が鳴いているようです」

 可笑しいのか私から顔をそらし、お腹を押さえている。その肩は明らかに震えている。

「何よ!?どうせ私のお腹の鳴き声よ!悪い!!」

 肩を震わせ目尻に涙を溜めて、精一杯の作り笑顔を向けてくる。

「いえ。騙されたと思って一口だけでも食べてみませんか?」
「騙されたら酷い目にあうじゃない」
「そしたら騙し返してあげればいいじゃないですか」
「そういうものなの?」
「そういうものです。はい、あ~ん」

 当たり前のように、私に食べさせようとする。本などで知ってはいたが、今までお母様にさえされた事はない。少し恥ずかしいが、嫌な気はしない。

「っ~・・・あ~ん」

 口に優しくクッキーを入れられる。
 お世辞にも所か、全然美味しくない。口の中に広がるのは、焦げた味と分量を間違えたのか、砂糖の甘さ。食べられたものでない。
 だけど、不思議と美味しい。
 口に広がる味は美味しくないのに、私は美味しいと感じている。
 矛盾している。

「美味しいでしょう」
「美味しくないのに・・・美味しいわ」
「確かに味だけで点数をつけたら、0点所かマイナスでしょうね」
「そうね。マイナスね」
「だけど、美味しい。どうしてだか分かりますか?」

 分からない。

「単純な事です。ご自分でお作りになったからですよ」
「尚更分からないわね」
「もしこれを、私と姫以外が、姫が作ったと知らずに食べたとします。間違いなく最低評価をもらうでしょうね」
「私だって最低評価を下すわよ」
「そうです。だけど、このクッキーを作った、姫や私は違います」
「同じだと思うけど」
「姫は勉強がお好きですよね。それはどうしてだと思います?」
「楽しいからよ」
「それと同じで、作るのは楽しくありませんでしたか?」
「まぁ・・・楽しいって言うか夢中ではあったわね」
「一生懸命、全力投球で打ち込んでいましたよね?」

 にこりと微笑まれ、顔を赤くなる。

「それが答えです」

 何となく、言いたい事は分かる。

「それに一人ではなく、二人で食べていますしね」

 蓬莱山の屋敷に居たころ、大昔からある物語の一つにこんな話があった。

 昔に月に大きなお屋敷に住む女の子がいて何時も一人だったと。
 ご飯の時も遊ぶ時も。
 ある日女の子は同じ年頃の子供に遊びに誘われて一緒にあそぶ様になる。
 一人の時に感じる事のなかった楽しい時間を過ごすようになった。
 だけどある日ケンカして、二度と一緒に遊ぶ事はなくなった。
 女の子は永久に楽しい時間を失った。

 この物語は最終的に一人より二人のほうが楽しいという話だった。
 彼女が言いたい事も同じことだろう。
 友達ではないけど。

「それでは今日はこれで失礼しましょうかね」
「帰るの?」
「姫の眠気もピークのようですから」

 確かに。目蓋がかなり重くて明けていられなくなってきている。

「今日はありがとう、楽しかったわ。次は味だって美味しいのを作ってみせるから」
「期待はしませんよ。誰にでも、向き不向きがありますから」
「なにそれ、普通は「楽しみにしています」だと思うわよ」
「では、楽しみにしています」
「今更言われても」
「おやすみなさいませ、姫」
「おやすみなさい、永琳」

 カップを片付けて、去ろうとしていた永琳の動きが止まる。

「どうかした、永琳?」
「いえ・・・なんでもありません。それでは失礼します」

 パタンと静かに扉が閉まると同時に、ベッドに横たわり眠ってしまった。










「おはようございます、姫」
「おはよう、貴方は朝から元気ね」

 朝から上機嫌の教育係は、何かいい事でもあったのだろうか。

「戻っていますね」
「何が?」

 何が戻っていると言うのだろうか。

「呼び方です」
「呼び方?」
「昨日は帰る間際に、二回も名前で呼んでくださったのに」
「私、貴方の事を名前で呼んだかしら?」

 覚えてない。そもそも私は誰であっても名前で呼ぶことは殆どしないはずだが。

「呼んでくれましたよ。今日は貴方に戻っていますけど」
「それならごめんなさい。無意識に呼んだみたい」
「なら今度は、意識的に呼んでください」
「絶対に嫌」
「どうしてですか?」
「私が名前で呼ぶときは、認めた時だけよ」
「つまり私は、姫に認められていないと?」
「そういう事ね」
「では、どうすれば認めていただけるのですか?」
「・・・・・・」

 彼女を認めてもいいと、思う私がいる。
 だけど、認めるわけにはいかない。
 どうしてかは、私にも分からない。

「それでは、難題の褒美の内容に変更を申し出ます」
「変更?」
「変更と言うよりは、追加ですかね」
「いいわ、今回は特別よ」
「ありがとうございます」

 どうせ追加の内容は、名前で呼んで欲しいだろう。

「私を見てください」

 やっぱり。

「えっ?」

 私を見てください?

 何を言っているのかしら。

「私は三ヶ月、姫の御傍にいましたが・・・何時も誰かの代わりを求められているような気がしてなりません」

 ・・・その通りだ。
 彼女は月の頭脳を従者に迎えるまでの代用品。
 初めからそのつもりだった。
 だけど・・・・・・。

「姫は一体、何を望んでおられるのですか?いえ、誰を私に重ねているのですか?」

 重ねている?
 貴方ごときが月の頭脳と同じだというのか?
 図々しい。

「私が仮に何かを望んでいるとして、それが貴方に関係があるというの?」
「あります。私は姫の教育係ですから」

 気に入らない。
 教育係ごときが私の心配をするなど。

「所詮は下級貴族ね」
「姫・・・?」
「ちょっと目を掛けてやっただけだと言うのに」

 何様のつもりなのか。

「姫である私と、対等になったつもりかしら?勘違いも甚だしい」
「私はそのようなつもりは」
「寵愛が受けられなくなりそうになれば言い訳?本当に浅ましい」

 彼女の顔が無表情のまま私を見ている。
 その顔が私の神経をさらに苛立たせる。

「消えなさい、私の前から」

 彼女は微動にしない。
 表情も変わらない。

「聞こえなかったのかしら?早く出て行きなさい!」

 声を荒げて彼女に退出を命じるが、やはり一向に動こうとしない。

「出て行きなさい!私の視界から消えなさい!これは命令よ!!」

 コンコン。
 扉を誰かがノックし扉を開ける。

「姫様、どうかなされたのですか?大きな声を出されて」

 私の大きな声に何事かと思った女官と、衛兵が部屋に入ってくる。

「誰が入室を許可したのかしら?」

 ただでさえ、苛立っているというのに。

「申し訳ございません。姫が大声を出されるなんて、今まで一度もなかったものですから」

 今まで一度も大きな声を出す理由がなかったのだから当然だ。

「まぁいいわ、そこの衛兵」
「はい」
「そこにいる教育係を連れて行きなさい」
「しかし」
「聞こえなかったのかしら?命令よ!」
「はっ、はい」

 私の命令発言に慌てて、彼女に近寄る。
 衛兵が触れようとした瞬間、彼女は立ち上がり私に近づいてくる。
 私の顔をじっと見つめ、にこりと笑う。

「失礼いたしますね。お元気で姫」

 それだけ言うと、部屋から出て行った。
 その後を、女官と衛兵が逃げるように追いかけていった。
 部屋に一人になった私は、苛々を落ち着かせようとベッドに沈み込んだ。


 苛々が治まり窓から外をみると、夕方だった。
 辺りを見渡しても、誰もいない。
 静かな空間に一人でいる事で頭が冷える。
 朝は何をあんなに苛々していたのか。冷静になった頭で考える。考えたところで答えは出なかった。考えるのも億劫になり、そのまま再び眠りに着いた。










 あの日から、数日が過ぎた。
 その間、彼女は一度も私の前に現れなかった。当然と言えば当然の事。
 私の視界から消えるように命じた。彼女はその命令を、忠実に守っているのだから。




 気に入らない




 散々自分に興味をもたせて

 散々命令に背いて

 散々私を不愉快にさせて

 どうして従わなくていい命令は聞くのか
 何時もなら、次の日には何食わぬ顔で私の目の前にいたくせに。
 どうして・・・。

「久しぶりか、カグヤとこうして食事をするのは」
「そうだったかしら?」
「そうだぞ、まったく」
「ごめんなさい、最近忙しかったから」

 王から晩餐の時にでも話がしたいと呼ばれたので、仕方なく食事を一緒にとっている。

「そうか。左大臣がお前の教育係にいい相手を見つけてくれたようだ」
「そうかしら?優秀なのは認めるけど」
「何か気に入らない事でもあるのか?」
「・・・すべて」
「すべて?」
「すべてはすべてよ」

 私の思い通りにならない彼女が。

「話は本当だったようだな」
「なんのこと?」
「左大臣からの報告で、お前が自ら教育係を解雇したと聞いてな」
「だとしたら、何か問題があるのかしら?」
「カグヤの十六の誕生日が近い、その後には成人の儀も控えている。教育係がいないのでは格好がつかない」
「私は別に良いと思うけど」
「カグヤ!」

 私の適当な態度に、王は痺れを切らす。
 だが痺れを切らされたとこで、私にはどうしようもない。
 彼女が勝手に、私の元に来なくなったのだ。

「私は一度でも教育係を解雇するなんて、言っていないわ」

 そう、一度も解雇するなんて、私は言っていない。
 あの時、私の視界から消えるように言っただけ。
 そうよ、彼女が職務を放棄しているのよ。

「左大臣の話では、お前の気に触る事をしたから自分の前から消えろと命じたという話だったが」
「確かにそう言ったけれど、その場の話だわ」
「その場の話とはいえ・・・」
「教育係が勝手に勘違いをしただけ、私に苦言を言われても困ります」
「ならば・・・」
「教育係にはさっさと職務放棄をやめるように私が言っていたと、蓬莱山から伝えるように言っておいて下さいね」

 それだけ言って私は食事の席を後にした。











 コンコン
 部屋の扉がノックされる。
 何度注意してもノックなんてしなかったくせに。

「入りなさい」
「失礼します」

 扉を開けて入ってきた人物は、数日前とは違い随分と謙虚な態度。

「私を教育係にもう一度して命じてくださるとお聞きしたのですが・・・真でしょうか?」
「もう一度も何も、私は解雇した覚えはないわ。無断欠勤の罪は重いわよ」
「・・・・・・申し訳ありません。私の理解が足りないばかりに」

 まったくよ。
 彼女が私の言葉をキチンと理解していれば。
 否。
 次の日に何時もどおりに接してきてくれていたなら。

「それよりさっさと始めましょう。誕生日や成人の儀式の時に恥をかきたくないの」
「はっ、はい」

 それから勉強の事意外は、終わる時間まで一切口にせずに過ごした。

「本日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」
「・・・・・・」
「明日も同じ時間に来ますので、失礼しますね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「気に入らないわ」
「えっ?」

 去ろうとする背中に一言言ってやる。
 勉強の間も質問に関すること返答意外、話もしなかった。いつもならからかう等の戯れがあったのに。
 それだけじゃない。今日は私が分からない部分を聞いたら、分かりやすく説明された。今までなら質問しても、一度も私が分かり易く教えてなんてくれなかった。自分の世界に入り、彼女が分かる説明をされる。
 そんな無礼で教育係として疑問がある人物が、部屋に入ってからずっと恐懼している。

「気に入らないと言ったの。聞こえなかった?」
「いえ、聞こえております。ですが」

 彼女の顔は困惑しきっている。
 今まで見た事のない顔なので貴重だ。

「分からないのなら分かるまで考えなさい。貴方に課す難題を追加するわ。期限は私が良いと言うまでよ」
「・・・・・・かしこまりました」
「もう行っていいわ」
「はい」

 今度こそ彼女は部屋を出ていった。





 彼女が新しく課した難題を解けない状態のまま、二ヶ月近く経とうとしていた。態度は変わらず恐懼したまま過ごしている。
 彼女は依然言っていた月の使者の所属の研究所に補充要因としていく準備のため、勉強会が終われば直ぐに帰ってしまう。時々彼女が何かを言おうとする素振りを見せるのだが、結局何も言ってこない。
 私も期限まで一月ほどしかない誕生日の打ち合わせや準備のため、日々を追われている。お互い時間がないので、じっくり話す時間と言うものが持てない。勉強時間を利用して話す手段も考えたが、私は何となく教え子と先生の立場を貫く。彼女からもそうした感じを受ける。
 否。
 時間がないとか言っているが、結局は自分自身にいい訳でしかない。本当は何を話すべきか分からないだけ。
 あの時なぜあそこまで彼女の発言に腹を立てたのか。彼女はなぜそう思ったのか。
 正直彼女に言われるまで、月の頭脳の身代わりにしようとしていた事すら忘れていた。
 ただ彼女と過ごす時間が楽しかった。不愉快には思いはしたが、不快ではなかった。今まで感じた事のない感覚、感情。月の頭脳の事さえ忘れてしまうほどの充実感。
 それを与えてくれる彼女は・・・
 何なのだろう?
 私は彼女に何を求めているのだろう。
 分からない。
 一つだけはっきりしている事は、彼女の今の態度が私を腹立たしくさせる。
 そして、分からない事を分からないままで過ごす自身に腹を立てていること。
 解決しなくてはいけない原因は分かっている。後は解決策を講じるだけ。

 王宮の庭で空を眺める。何もない空間を見つめ考えてしまう。
 面倒くさい。
 来る日も来る日も打ち合わせ打ち合わせ。いい加減飽きてしまう。
 小中高の卒業式と同じで、同じ事を何度も何度も練習して本番に備える。その所為で卒業式本番に感慨も感動もなくなる。練習と同じ事をしているのだから当然だ。
 入学式のように段取りだけ説明して、本番一回限りの方が楽だし感慨も感動も感じると思う。
 だいたいここまで形式じみてしまうと、ただの年中行事にしか思えない。本気で私の誕生した日を祝う気がないなら誕生パーティーなどされない方がいい。
 月の民にとって本来なら私程度の年齢の誕生日など、祝うにも値しない事。千、万と生きるのだから。毎年祝っていたら大変でしかない。だから通常は成人する歳まで祝いその後は十、百、千歳単位毎に好き好きに祝われる。好き好きと言っても、例外を除いて毎年祝う者はいない。その唯一例外なのが、王と王位第一継承者。
 王と王位第一継承者は月の象徴。王や王位第一継承者が健在であると言う事は、すなわち月が健在であると言う事。王と王位第一継承者が栄華を極める事は、月が栄華を極めると言う事。
 月にとって王族と言うのは特別だとされる。月の民にとって王族とは、月その物なのである。
 一部の噂では王族は八意と同じく月以外から来て、月の民を圧伏させ王として君臨したと言われているが、所詮噂に過ぎない。


「このような場所にお一人で出歩かないでください、姫」
「何か用かしら?」
「用と言えば用ですが、用でないといえば用ではないですね」

 目下、私の悩みの種の元が、私の目の前に立っている。

「なら下がりなさい。今は誰とも話したい気分ではないの」
「そうですか。ならここから先は私の独り言ですので、風の音だとでも思って気にしないでください」
「聞こえないの?下がりなさい」
「実はですね」
「下がりなさい」
「明日から」
「命令よ」
「拒否します」
「拒否って・・・えっ?」

 久しぶりのやりとり。
 思わず普通に返そうとしてしまった。

「どういう風の吹き回し?」
「それより難題のことで来たのですが」

 会話が噛み合わないわね。

「解けたの?」
「一つは。でも、もう一つはまだです」
「解けたと言う証拠はどこにあるの?」

 態度は戻っているが、本当に難題が解けたかはわからない。

「私の態度が証明ですかね。っと、言うかよくよく考えなくても私が無礼な事などするわけありませんからね。仕事で疲れが溜まっていたみたいで」
「確かに解けたみたいね」

 解けた所か、パワーアップしている気がする。

「疲れも原因だったみたいですが、何よりもう一つ原因があったんですよね」
「何かしら?」
「ストレスです」

 絶対違う。あれだけ好き勝手やって、如何したらストレスが溜まると言うのか。

「実験台にするなって姫が言うから、それでストレスが」
「ずっとストレスを溜めてなさい!」

 私を実験台に出来ないからストレスになるなんて、どんな理屈だ。彼女にとって私は、実験で可愛がっているモルモットか?

「そんな事ありませんよ。姫よりモルモットの方が尊いですから。」

 モルモット以下!?

「当然じゃないですか!モルモットの方がよく言うこと聞くし、何より見た目も小さくプリティーです。あの艶々の毛の肌触りが堪らないのですよ!!」

 髪の毛だったら艶々何ですけど、サイズは小さくなれないわよ!?

「髪に触らしてくれたことがないので艶々か分からないのですよね。サイズに関しては私が作ったこのスモール薬で簡単に小さく、副作用はモルモットと同じ運命をたどる・・・」
「飲めるか!!だいたい普通に会話が成り立っていたみたいになったけど、心の声に返事を返さないで!」
「小さい事にグダグダ言わないで下さいよ。それでもあんた姫ですか?」
「小さい事!?しかも、姫をあんた呼ばわり!?」
「本当に騒がし方ですね」

 殴りたい。

 今までは我儘だけど上品で物静かな姫で通っていたのに。彼女が教育係として来てから、私のイメージがどんどん変わっている気がする。

「まぁいいわ。貴方と会話するのも久々だから、ちょっと疲れたわ」
「体力ないですね」
「姫だもの」
「それを差し引いても、ないと思いますよ」
「貴方は自分と会話できないから分からないのよ。それより何か話があるのでしょう?」

 早く本題に入ってしまわないと、私が突っ込み疲れる。

「実は明日から補充要員として行く事になりましたので」
「随分急ね?」
「はい。予想より時間が掛かりそうなので、予定が早まったのですよ」
「そうなの?」
「ですので明日から姫の下に来る事が出来ませんので」

 折角元通りの関係に戻れそうなのに・・・

「姫の誕生日には必ず難題を解きますから、そんな顔をしないで下さい」

 一体今私はどんな顔をしているのだろうか?

 彼女の手がそっと私の頬を包み込み、コツンと額を額に当ててくる。

「お約束します。必ず解きますから」
「・・・・・・」

 難題なんか解かなくていい。

 それより私の傍にいて欲しい。

 だけど、彼女はきっと納得しない。

 どうすればいいのだろうか。

 彼女が困った顔をしているのに。

 何時も自信にあふれた中に優しさがある、あの笑顔が見たいのに。

 何時までも・・・

「もう行きますね?準備をしなくては行けないので・・・失礼します」
「待って・・・」

 去ろうとする彼女の白衣の裾を、気がついたときには掴んでいた。

「姫?」
「あのっ・・・」

 裾を掴まれて動くわけには行かなくなった彼女が、困惑した顔を向ける。

 何を私はしているのだろうか?
 
 こんな姫にあるまじき行為をして

 私は姫であって子供じゃない

 我儘と聞き分けがないのは違うと、分かっているはずなのに

「如何されたのですか?まるで今生の別れみたいな顔をして」

 明らかに彼女は困っている。

「貴方に謝らなくてはいけない事があるの」
「謝らなくてはいけない事?」

 何を私は言っているのだろう
 頭ではそう考えても口が勝手に言葉を紡ぐ

「最初ね私、月の頭脳を従者にしようと考えていた。貴方を、月の頭脳を従者に迎えるまでの代用品にしようと思っていたの。だけど貴方とずっと過ごしているうちにそんな事も忘れていたわ。だけどあの日、身代わりだとか言われて・・・・・・凄くショックだったのよね。あの時には私にとって貴方は月の頭脳なんかよりずっと大事な存在だったのに。なのに、身代わりにしようと考えていた事を貴方に指摘されて勝手に怒って・・・」

 彼女が急に私を抱きしめ、腕の中に閉じ込められる。
 顔が丁度彼女の胸の辺りに埋める形になる。
 顔が見えないので互いの表情を知ることが出来ない。

「あの事は私の方にも落ち度がありました。姫が謝られるような事ではありません。誰かの身代わりにしようと姫が考えていたのは最初から知っていましたし、最初はそれでも良いと私も納得していました。だけど三ヶ月経っても姫が私の事を知らないと言われたときショックでした。私なりに姫に気に入られようとしていたけど結局無駄だったのだって。だけどあの日の前の晩、姫が私を名前で呼んでくださった時は本当に嬉しかった。姫が私を認めてくれたのだと思ったから。だけど次の日姫に貴方と呼ばれて、悲しかった。認めたものだけ名前で呼ぶのだと言われて、私に重ねられている人物なら名前で呼んでもらえるのだと。私に重ねられた誰かに嫉妬しました。だけど今日、その人物が分かってよかった」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい私」

 涙が自然に溢れ私は泣いていた。

「私のほうこそ申しわけございません。姫がそんなに私の事を考えていたとは知らず。教育係失格ですね」

 泣きじゃくる私の肩を、彼女の震える腕がさらに強く抱きしめる。
 どのくらいそうしていたのだろうか。辺りはすっかり暗くなっている。
 結局私が泣き止むのに時間が掛かり、その間彼女がずっと抱きしめていてくれていた。

「すっかり暗くなってしまいましたね。部屋までお送りしますよ?」
「いいわ、一人で戻れるから」
「そうですか?分かりました」

 泣きはらした顔を見られたくないという心情を察し、彼女は納得する。

「それでは姫が先にお戻りください。私には見送る義務がありますから」
「ええ」

 彼女の言葉に従い部屋に帰ろうと思ったが、私にはまだ彼女に言わなくてはいけない事がある。

「永琳、難題の事だけど」
「はい」
「月の頭脳はもう必要ないから、解いたら名前で呼ぶ事にするわね。もう一度呼んで欲しかったら必ず解きなさい」

 彼女はキョトンとした後、笑顔で返事をした。

「はい、必ず」

 彼女の返事を聞いた後、急いで部屋に戻りベッドに飛び込んだ。
 顔が熱い。熱でもあるのだろうか?だが心地の良い熱さ。
 彼女との和解も出来た。彼女が帰ってきたら真っ先に名前を呼ぼう。
 そうだ今度は一人で作ったクッキーを食べさせてあげよう。彼女の仕事が終わるまで一月もあるのだからその間に練習すれば今度は美味しいクッキーが作れるはずだ。きっと驚くだろうな。卵の割り方も知らなかった私がクッキーを作るのだから。
 彼女の驚いた顔が今から楽しみだ。


 この時私は彼女の性格を失念していた事は確かだ。

 だから彼女がこれから私にするサプライズは、今までで一番だった事は間違いない。







 彼女が月の使者の仕事に行ってから一月以上が経ち、私の十六の誕生日を迎えた。
 彼女はその間一度も姿を見せなかった。

 忙しいとはいえ、少しくらい姿を見せてくれてもいいのに。
 朝から彼女が来るのを待っているが、一向に現れる気配がない。

「姫様ここですが、如何いたしますか?」

 誕生パーティーの会場で月の使者のリーダーと最終確認を行う。
 会場の最終準備に立会い、細かい指示をだすのが今日の私の役目。
 月の使者のリーダーが会場のメインにあたる場所を指す。

「メインで蓬莱の玉の枝飾られると申しておりましたが」
「ええ飾るわ」
「しかし、まだその様な物は届いた話は聞いておりません。万が一届かなかった場合、些か問題になります。今からでも別の物になさいませんか?」
「駄目よ。もう蓬莱の玉の枝を披露すると豪語してしまったもの、今更変更なんて出来る訳ないでしょう?」

 王族が一度言ってしまった物を準備できないからと言って、別の物にした所で恥をかく事に変わりはない。
 それなら彼女を信じて待つべきだ。
 彼女は必ず難題を解くと言ったのだから。

「しかし・・・」
「必要ないと私が言っているの」
「申し訳ありません。差出がましい事を」
「いいわ、それが今日の貴方の仕事でしょう?」
「いえ」
「それより御爺様・・・いえ、蓬莱山はどこにいるの?」
「申し訳ございません。蓬莱山はまだ」
「一体王は蓬莱山に何を命じたの?今日は私の誕生日だと言うのに」
「姫、口を御慎み下さい。蓬莱山の任務は極秘です」
「大丈夫よ。みんな準備で聞いている暇もないわ」

 最終準備とはいえ、否。最終準備だからこそ、忙しなく動いている。立ち聞きも盗み聞きも、する暇があるようには見えない。

「それはそうかも知れませんが、万が一と言う事もありますし」
「そんな事より、私が飲む予定の薬はどうなっているのかしら?」
「はい、厳重に保管しております。飲まれる前に月の使者の一人が毒見を致しますので、万が一はございません」
「それなら安心ね。月の使者の一人って誰?」
「はい、今日飲む予定の薬を作った本人です。どうしてもと本人が申しまして」
「・・・・・・そう」

 彼女だ。
 本人がどうしてもと言うのは当然。不老長寿薬でない事が知られれば私は兎も角として、彼女は唯では済まない。

「準備は予定より若干遅れているけど、予測の範囲内だから問題はないわ。私はパーティーの時間まで部屋で原稿の確認をしているから」
「かしこまりました」





 部屋に戻りベッドの上で寝転がる。
 パーティーが始まるまで後半日もない。
 難題を解く言う彼女の言葉を信じてはいるが、どうしたものか。あの様子では時間までに蓬莱の玉の枝を持って来られなければ、代わりの宝物でも飾りかねない。
 毒見をするという話だから彼女が来るのは間違いないが。おそらく月の使者の医療部隊の研究施設に行けば会えると思うが、今日の外出はさすがに許されない。
 御爺様がいれば伝言でも頼むのだが、肝心の人は任務とやらで、行方知れず。本当に困ったわ。
 具体的な解決策も見つからないまま時間が過ぎパーティー会場に向かう時刻になった。
 会場に入ると男性は方膝をつき右手を胸元に、女性はスカートの裾を手で左右に広げ片足を後ろに下げ軽く頭を下げ、いわゆる西洋の挨拶のポーズをする。
 その体制を続けさせたままの状態で、会場のメインステージにゆっくりと歩き向かう。メインステージに上がりマイクの前に立つ。

「本日は私の十六の誕生にお集まりいただき感謝します。どうぞ皆様お顔を上げて楽になさってください」

 私の言葉に従い、皆一斉に顔を上げる。
 その顔の中に、私の探す人物は見つけられない。
 もう時間だと言うのに、如何したのだろうか?
 毒見の人物の変更の話は聞いていない。なら彼女は会場の何処かにいる筈。
 私の記憶を探る限り彼女は上級貴族ではない、毒見の時意外は会場に入るなとでも言われたのだろうか?
 今日招かれているのは殆どが上級貴族、月の使者のリーダーが余計な気を使ったのかもしれない。

「姫様」

 月の使者のリーダーが小声で話しかけてくる。

「如何かなされましたか?」
「何でもないわ」
「それならば良いのですが・・・」

 月の使者のリーダーがマイクを持ち、観客たちに向き直る。

「先に本日予定の蓬莱の玉の枝ですが、こちらの不手際により到着が遅れております。楽しみにしていた方々にはご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます」

 一呼吸置いてから、本題を招待客に告げる。

「王もご到着が遅れておりますので、お越しになられるまでお食事、ダンスなどお楽しみください」

 私が準備できなかったと陰口を叩かれる前にフォローに回ったのかと思ったが王のフォローだった。
 これでは主賓は私ではなく王だ。
 そんな事だろうとは思っていたけど。

 それにしても、王まで遅れるなんて何かあるのだろうか。
 今日のことは大分前から決まっていた事、本日の予定も午前だけと聞いていた。
 御爺様の極秘任務といい、一体何を隠しているのかしら。
 王の到着が何時になるのか分からないまま三十分ほど過ぎたころ、大臣たちも会場に到着しだした。
 大臣の一人が媚び諂いながら私に話しかけてくる。

「姫様お誕生日おめでとうござまいす」
「ありがとう」
「姫様が成人されるのを皆心待ちにしておりましたよ」
「成人したといってもあまり実感はないけれど」
「それは仕方がないでしょう。姫は成人される前に政にも関わられておりましたし。ですが成人しなければ出来ない事も多くございますから」
「そうね。でも、別にできなくても不自由はしないと思うの」

 出来るほうが不自由だわ。

「そんな事はございませんよ。やはり月の民の未来のためにも、姫様自身の未来のためにもよき伴侶を得られれば、それ以上に良い事はございません」

 やっぱり。

「成人の儀を未だされておられないとは言え、姫様も今日のこの日を迎えたことにより女性としての幸せを掴む事が許されたのです。喜ばしい事ではございませんか」

 何時からスタンバイしていたのか、大臣が手招きをすると三秒も掛からずに、紫のタキシードに身を包んだ青年が隣に並ぶ。
 面倒くさいな。

「カグヤ姫様、十六歳の御誕生日おめでとうございます」

 爽やかな笑顔で祝辞を述べられる。
 今日のパーティーにおいては例え身分が低くとも、祝いの席の為私が話しかけなくとも初対面でも声を掛ける事が許される。もっとも、平民がそんな事をすれば命はないが。
 祝辞を述べられた以上私も礼儀に適い、礼を言わなければいけない。
 これで青年と私は初対面ではなくなる。

「ありがとう」
「この者は私の息子でして、月の使者の中隊隊長を勤めております。いずれは私の仕事の後を継がせるつもりでございますが・・・」



 長いわ。一体何分喋れば気が済むのかしら。
 大臣が話し始めて十分は悠に過ぎている。その間息子だと言う青年は、祝辞を述べた後一言も喋っていない。
 しかも最初は息子の出世の早さなど息子の自慢話だったのが、今や自分の自慢話に変わって、本気でウザイ。
 大体後を継がせるも何も、それを決めるのは王や私の仕事。
 不快指数が最高値になる頃、やっと助け舟が来る。

「カグヤ」

 名前を呼ばれ振り向く。

「やっと来られたのね?」
「はは、申し訳ないな」
「王だからと言って、私の誕生日に遅れるのは万死に値するのだから」
「そう言わないでくれ、これでも急いできたのだから」

 遅れてきた王に気がつき、私以外の者は全て先程と同様に西洋の挨拶のポーズをする。
 その様子を確認し王はメインステージに上がり、もう一度会場を見渡す。その横には御爺様、蓬莱山の姿がありマイクを握っている。

「今宵は我等がカグヤ姫の為にようこそお越しくださいました。心からお礼申し上げます。まずは皆様、お顔を御上げください」

 蓬莱山の低いが良く通る声が会場内に響く。
 皆顔を上げ、王に視線を向ける。先程まで自慢話をしていた大臣も私の存在を忘れたかのように、王に視線を向けていた。

「皆のもの今日は良く来てくれた。私からも礼を言う」

 王からの視線を感じ私もメインステージに上がる。
 段取りが色々違うけど、どうしてかしら?
 王が遅れたことにより予定の開始時刻を大幅に過ぎているが、段取り通りにやらなければ色々支障が出るはず。
 聞きたいが、そんな事が出来る状況でもない。
 とりあえず、王と姫の挨拶と不老長寿薬の服用パフォーマンスができればある程度目的は果たした事になるが。
 それでは私の誕生日を利用されただけで腹が立つ。別に心から祝えと言わないが、せめて祝う不利くらいはして欲しい。
 そういえばまだ会場に姿を見せない彼女は、私の誕生日を祝ってくれるのかしら。

「・・・・これからも月の民として、月の為に尽力を願う」

 いけない。王の話をちっとも聞いていなかった。
 マイクを王から渡される。
 困ったわ、段取りが違うから。何の話をすればいいのかしら。
 聞いていなかったものは仕方がない。

「皆様、改めて今宵は私の為にお集まりいただき、ありがとうございます。皆様の支えがあればこそ私も成人できる歳になりました。成人したとはいえまだまだ若輩者、学ばなければいけない事が多く、将来月に住む全ての者の為に力を尽くすに及ばぬ者。月を良き方向へと導きける王になる為にもこれからも皆様のお力でお支え下さい」

 別にこの会場にいる貴族たちに支えてもらった覚えなどないけど、こんな所だろう。
 とりあえず面倒な事にならないようにこのような公の場では、相手を立てておかなくてはいけない。この言葉を真に受けた者が、婚姻の申し込みをしてこようとも。

「それではこれより姫の成人の迎えた証として、不老長寿薬をお飲みいただきます。皆様も今女官がお渡しいたしますので、お飲みいただきますようお願いします」

 三十人位の女官が貴族たちにワイングラスに入った薬を配る。
 不老長寿薬は、個人差はあるが大体一年から二年毎に飲まなくてはいけない。
 今回私の不老長寿薬のパフォーマンスに合わせ、貴族たちは薬を服用していない。
 これは月の頭脳からの提案で本当に不老長寿薬法、しいては王への忠誠があるのか確認する為の絶好の機会だと言う事で、二年ほど前から王自ら貴族達に通告していたらしい。
 最初から今回の成人を迎える誕生日はそのつもりだったと言う事を彼女から聞いた時は、本気で王を失脚させようかとも思ったが、私もパーティーなどにまめに出席しなかった事が原因の一つなので、大人しく従うことにした。
 それに御爺様の反応も気になったし。
 女官たちが薬を配り終わり会場を後にする。 
 しかし、私の手元には薬はない。と言うか、彼女の姿も見当たらない。
 もしかして逃げたのだろうか?否、彼女に限ってそんな事はしない筈。
 会場内も私にだけ薬が配られない事にざわつき始める。
 王も如何した事かと御爺様に聞いている。

「どういう事だ?蓬莱山」
「申し訳ありません。準備に手間取っているのかも知れません。直ぐに報告に向かいましたし、とりあえず着替えだけして会場に来ましたが、あれは薬の準備もしなくてはいけませんでしたので」
「むう、困ったな。薬も配ってしまった以上、後で仕切りなおしてと言うわけにはいかんしの」
「仕方がありません。こうなったら予備に準備していた、貴族たち用の薬を姫に飲んでもらうしか」
「これ以上は待つのは難しい。仕方ない、薬は予備を・・・」

 バタン

 会場のメイン扉が大きな音を立てて開かれ、二人の人物が会場内に入ってくる。その姿を見て王も御爺様も安堵の表情を見せる。
 私も遅いと言う怒りと、来てくれたと言う喜びがごちゃ混ぜになり、どんな表情をすればいいのか分からず、彼女を見つめる事しかできない。

「月の頭脳?」

 誰かがそう呼んだ。
 会場内は急に騒がしくなる。
 そう言えば、月の頭脳もパーティーに来ることになっていると聞いた気がする。
 すると、待ち人の隣にいるのが月の頭脳と言う事になるが。
 月の頭脳と呼ばれた人物は、彼女と同じ銀髪の髪をしている。少し彼女に似ているかも知れない。
 それにしても、彼女たちの姿を見てちょっと考える。急いでいたのかもしれないが、もうちょっと場に合った格好をしてきても良いのではないだろうか。
 パーティー会場に白衣って初めて見たわ。
 しかも白衣と呼んでいいのかも怪しくなるほど、黒く汚れている。

「お待たせいたしました。このような格好で申し訳ございません」

 彼女が他の誰でもなく、私に真直ぐな視線を向け謝る。
 この場合は私じゃなく、会場全体に謝るべきだと思う?
 それでも真っ先に私に話しかけてくれたことは嬉しい。

「姫、こちらを」

 メインステージに上がり薬の入ったグラスを渡される。

「お約束通りココア味ですよ」

 耳元で囁かれる。

「それでは私が一度、毒見を致しますので」

 形式上、私が一度グラスの薬を目で確認してから毒見をする事になっている。
 先に毒見係に毒見をさせればある程度大丈夫だと言う証拠にはなる。しかし、もし毒見係が毒見をした後に毒を仕込まないとも限らない。下手をすれば死を覚悟して仕込まれる可能性もある。その為、安全面のために一度確認してから毒見させる。

「問題はございません。どうぞお飲みください」

 月の頭脳が彼女の様子を確認し問題のない事を知らせる。
 グラスを受け取り、会場内を見渡す。私が飲むのを皆待っている。
 これをこの場で飲めば、もう私は二度と不老長寿薬法には従わないなどと言えない。それほど今回のパーティーは意味を持つ。

「今日ここで不老長寿薬を服用する事により、月の民として成人した証とします」

 グラスを自分の頭上より出来るだけ高く掲げ、宣言する。
 彼女と視線を合わせ、一気に薬を煽った。
 なんとも言えない味が口内に広がる。甘く蕩ける味は、至福の一時を与えてくれる。温かくないのと色が唯一惜しまれるが。
 私がグラスを空にしたのを認めると、皆一斉にグラスの中身を飲み干した。
 やはり凄まじい味がするのか、皆顔を顰めている。それでも気絶するものは居ないのだから、味の改良は無事に済んだのだろう。
 グラスは回収され会場内は口直しの為の飲み物を求め、皆女官に殺到していた。

「遅くなって本当に申し訳ありませんでした」
「本当に、遅刻してくるなんて」

 謝る彼女を責めなければ、とりあえず気がすまない。私の心情を察したのか、彼女も困った顔をする。

「本当に申し訳ございません」
「別に謝らなくても良いわよ」
「私の気がすまないのですよ。ああ、いけない。お約束を果たしてもらう為に、私も頑張ったのですから姫も守ってくださいね?」
「えっ?」

 急に言われ、何の事か直ぐに思い当たらなかった。というより、彼女を目の前にして忘れていた。

「ご来賓の皆様、お待たせいたしました。本日のメインイベントの一つ、蓬莱の玉の枝をこれよりご披露させていただきたいと思います」

 彼女に皆の視線が集まる。しかし彼女は何も持っていない。何処にあると言うのだろうか?

「皆様、あちらをご覧ください」

 指された先にはいつの間にかメインステージに一緒に上がったはずの月の頭脳がいた。
 月の頭脳の隣には布が被せられた何かがあった。
 彼女と視線を合わせてから月の頭脳は布を勢いよく剥がす。
 それと同時に会場内は一瞬暗くなり、視界が奪われる。奪われた思った瞬間一部に光が戻った。
 光のあたる場所には、七色の実をつけた枝が幻想的な美しさを醸し出していた。

「これはまた、見事な」
「蓬莱の玉の枝を、生きている間にこんな近くに見られるとは」
「これ程の物は中々お目にかかれない」
「この時期によく優曇華を」

 貴族たちの反応は様々だが反応はまずまずだった。

「これは月の頭脳が?」
「そういえば半年ほど前に地上に行かれた筈」
「さすがは月の頭脳」

 月の頭脳を褒め称える声も聞こえてくる。
 私は慌てて否定しようすると彼女が止める。

「姫様」
「でも、あれは貴方が持ってきたのでしょう?」
「そうですよ」
「あのままでは月の頭脳の手柄になってしまうじゃない」
「それがいけないのですか?」
「いけないに決まっているでしょう」
「なぜですか?」
「それは」

 言葉に詰まってしまう。
 彼女が蓬莱の玉の枝を持ってきたら、それを功績として身分を上げる予定だった。
 今のままでも彼女は私に仕えることができるが、いずれは身分の為に入れない場所や参加できない儀式や祭典などは避けられない。
 その時の為に少しでも彼女の身分を上げようと考えていた。

「どうかしたのですか?」
「別になんでもないわ」
「そうですか」

 涼しい顔をしていられるのも今の内。後で後悔させてやる。

「それでは姫、お約束どおり」
「分かっているわ。えい・・・」

 そう分かっている。しかし、いざ名前を呼ぼうと思うと恥ずかしい。顔が赤くなるのが分かる。

「姫?」
「ちょっと黙っていて」

 心を落ち着かせているのだから。
 覚悟を決める。

「・・・ん」
「はい?」
「・・いりん」
「姫、すみません。よく聞こえないのですが」
「えいりん!」

 大きな声で名前を呼ぶ。
 場所を失念していた事が、真に悔やまれる。
 今まで蓬莱の玉の枝に注がれていた視線は何事かと、私に向けられている。
 その様子が可笑しいのか彼女・・・永琳は苦笑しながら「はい」と返事する。
「笑っていないで何とかしなさいよ」
「かしこまりました。くっ」

 笑いを堪えながらマイクを握り月の頭脳と再び視線を交わしたかと思うと、会場全ての明かりがつく。

「ご来賓の皆様、この後も引き続きパーティーをお楽しみください」

 口上を述べ、メインステージを私の手を引いて降りる。
 メインステージを降りた事により、貴族たちも私たちに注目するのを止めて、近くにいる者たちと談笑を始める。

「これでよいですか?」
「もうちょっと気の利いたそらし方はないの?」
「これが私の精一杯です」
「そういう事にしておくわ」
「しておいて下さい」

 永琳なら他にいくらでも誤魔化し様があったと思えるが、本人がそういうのだからこれ以上は言うまい。
 それに先に一つ訊きたい事もあるし。

「蓬莱の玉の枝はどうやって手に入れたの?」
「もちろん地上で手に入れたのですよ」

 自信満々に答えてくれるが、私の聞きたいことと微妙に違う。永琳も分かってやっているみたいだ。

「質問にキチンと答えなさい」
「答えていますよ。それより彼女を紹介しますよ」
「貴方と一緒に入ってきた者の事?」
「はい。もう会場に居る必要もありませんし、外に出ませんか?」

 チラリと自分と月の頭脳の服装を私と見比べている。確かに用もないなら一刻も早く会場を出るべきだろう。いくらなんでもこれ以上は汚れた白衣の姿でいるのは恥ずかしいだろうし、何より貴族たちも目障りだろう。

「そうね。これ以上居ても、今がチャンスだと言わんばかりに不埒な輩がよってくるかもしれないし」
「お気遣いありがとうございます」

 別に礼を言われる事でもないし、事実なのだけど、永琳は律儀に礼を言ってくる。
 パーティー会場を後に、蓬莱山の屋敷へ向かった。
 永琳は私の教育係だから良いとしても、月の頭脳とはいえ下級貴族。いくら姫といえ、そんな者を王の許可もなく夜に王宮に入れる事は憚られた。
 道中に月の頭脳を紹介してもらおうと思ったのだが、永琳も月の頭脳も一言も喋らなかったので、私も何となく喋らなかった。
 屋敷に着き人払いをして庭に出る。
 蓬莱山の屋敷の庭は王宮と違って観賞を目的としており、色々な草花が植えられているので、王宮の庭ほど退屈はしない。

「綺麗でしょう?王宮の庭ではもちろんだけど、月の何処でもこの屋敷以上の庭は存在しないわよ」

 庭の自慢をしつつ、月の頭脳に私に話しかける事を許可する。

「確かに。王宮の庭は普段は何もございませんから。何か催しなどあれば人工の植木を置いて雰囲気を楽しんだりしますが、やはり人が手入れをしているとはいえ、付け焼刃とは比べ物になりませんね」
「ふふ、当然よ」

 とりあえず社交辞令を改めて交わし、月の頭脳が方膝を付き挨拶をする。

「それではお初にお目に掛かります。八意咲夜です。以後見知り置きください」
「貴方の噂は聞いているわ」
「お恥ずかしい限りです」
「?それで、貴方って具体的にどれくらい頭が良いのかしら」
「士官学校を卒業できる程度には」
「優秀な成績を修めているものね」
「当主ほどではございませんが」
「当主は貴方ではないの?」
「私は分家の者ですから、当主にはなれません」
「私は貴方が当主だと聞いているけれど」
「当主は私でなく」

 バシン!

「とりあえず自己紹介も済んだ事ですし、蓬莱の玉の枝をどうぞ」

 月の頭脳を叩いたかと思ったら、怖いくらいの笑顔で難題の品を渡す。


「あ、ありがとう」

 ん・・・・・・あれ?

「ねぇ、どうして蓬莱の玉の枝がここにあるのかしら?」

 確か会場に展示したまま来たはずだ。

「手品です」
「会場に置いてあるのが偽者ってこと?」
「本物でしたよ」
「でした?」
「はい」
「どうして過去形なの?」
「会場にはないからですよ」
「此処に在るのも本物で、会場にあったのも本物。でも会場にはない?」
「答え分かりましたか?」
「ヒントは?」
「種も仕掛けも無いという事ですかね」
「・・・・・・もしかして時を止めている間に会場から持ってきたとか?そんな訳はないわよね」
「いえ正にその通りです」
「その通りね・・・貴方そんな能力があったなんて初耳よ、永琳」
「正確には私の能力ではありませんが」
「じゃあ誰の能力だというの?」

 永琳は黙って手で月の頭脳を示す。

「彼女の能力なの?」

 月の頭脳をじっと見つめていると、両手を挙げて降参のようなポーズをとる。降参のポーズをとったかと思うと次の瞬間、両手に私が付けているはずのイヤリングが月の頭脳の両手に移動している。
 なるほど、種も仕掛けも無いとは正にこの事だ。

「よく分かったわ」

 時を止めてきた言う事は、会場内は急に蓬莱の玉の枝がなくなったと大騒ぎになっている事だろう。

「それにしても本当に見事な物を手に入れたものね」

 うっとりと渡された蓬莱の玉の枝を見やる。
 美しい。
 写真や図鑑などでは何度も見たことはあるが、本物はこれが初めてだった。

「大体どうやって入手したかも見当がついたわ。月の頭脳と随分面識があるようだから、彼女の協力を得たのでしょう?」

 月の頭脳に視線を向け問う。

「残念ながら私は何もしていませんよ」

 以外にも返答したのは月の頭脳だった。

「私がしたのは会場までお運びするのと、会場から此処まで時を止めてお運びするぐらいです。ですから入手されるまでの間の事は、私は全く関わっておりませんよ」
「ならどうやって入手したのと言うの?」

 永琳はただ笑いながら「秘密です」と答えるだけで教えてくれない。
 月の頭脳に視線を向けると困った顔をするだけ。

「ふぅ・・・もういいわ。後で御爺様に聞けば良い事だもの」

 ちょっとずるい気もするが、答えてくれないほうが悪い。

「蓬莱山様に聞かれるのですか?」
「答えてくれないのでしょう?」

 そんなやり取りと雑談で夜が更けていった。



「八意」

 どれくらい三人で話をしていたのだろうか、御爺様が庭に来ていた。
 それにしても、私よりも先に月の頭脳に話しかけるなんて、仕事の話でもあるのだろうか。

「蓬莱山様、お帰りなさいませ」

 永琳と月の頭脳が御爺様に頭を下げる。
 それにしても屋敷の者でもないのだから、わざわざお帰りなさいませとか言わなくてもいいと思うのだけれど。

「カグヤもただいま」
「お帰りなさい、御爺様」
「今日はこちらで過ごすのか?」
「ええ、もう遅いし。それに疲れているから明日もこちらで過ごして、明後日王宮に帰る事にするわ」
「そうか。私も明日からしばらくお暇を頂けたから、カグヤと久々に過ごせるな」
「それは楽しみだわ。久々に御爺様のお話をお聞きしたと思っていたの」
「そうか。すまないが、八意と少し話をさせてくれ」
「ええ、構わないわ」

 そう言って永琳と月の頭脳に近づき、何事かを話し始める。
 その様子に私はどこか、違和感を覚えた。
 特に変わったところがある訳ではない。ただ不思議に思ったのだ。何故か御爺様は月の頭脳よりも永琳と話をしている方が多い。月の頭脳も永琳に比べると、一歩下がった様子で御爺様に接し、三人の中では一番物を言わずに聞き手に回っている様子。
 おかしい。
 やがて会話が終了し、御爺様が私に近づいてくる。


「待たせたな、カグヤ」
「大丈夫、そんなに時間は経ってないもの」
「八意達には屋敷に泊まり、カグヤの警護をさせる事にした。カグヤも二人の事は随分気に入っているようだし、構わなかったか?」
「それは良かったわ。私も二人を泊めようと思っていたから」
「ならもう屋敷の中に入ろう。夜も大分遅いし、何より冷え込んできている」
「ええ。だけど御爺様・・・その前に一つだけ、どうしても聞きたいことがあるのだけど」
「なんだ?」
「さっき御爺様は八意と呼んだけど、どうして永琳の元に先に向かったの?」

 そう私が一番おかしく思ったのは、八意と呼んで月の頭脳を呼んだ筈なのに永琳のもとに先に向かった。

「私は八意を呼んだのだから、別におかしくはないと思うが?」
「ええ、だからどうして月の頭脳のもとに先に行かなかったの?」
「だから先に月の頭脳と話し始めたと思うが」
「御爺様は最初、月の頭脳には話しかけてはいなかったけど」
「そうだったか?任務の話をしたかったから間違いなく月の頭脳に話しかけたはずだが」

 此処に来て私と御爺様の間でどこか会話が噛み合わなくなってくる。
 私が認識している月の頭脳と、御爺様が認識している月の頭脳が違うような気がしてくる。
 そんな事はないはずだ。きっと私か御爺様が何かを記憶違いしているだけの事。
 でも念の為、確認はしておいた方がいいだろう。

「御爺様。一応念の為に聞きたいのだけど御爺様が月の頭脳と呼んでいるのはどっちの事かしら」

 永琳達に視線を向け聞いてみた。

「八意永琳の事だが。お前の教育係をしている」

 あまり行儀がよくないにも拘らず、新設にも指でさして教えてくれた。間違える事も、勘違いする事もできない程に。
 御爺様が永琳の名前を口に出された瞬間、私の思考は走馬灯のように過去の出来事を振り返り凍りついた。

「姫、どうかしたのですか?」

 フリーズした私を心配そうな顔をして永琳が覗き込んでくる。
 その顔を見た瞬間、私の中の氷は一瞬で溶け、思考はマグマの如く熱くなった。

「イタッ」

 ギュウ~!

「痛いですよ、姫」

 ギリギリッ!

「イタ、痛い如何したんですか、姫」

 答えてやる代わりに、ひたすら腕やお腹の辺りをつねり続けていく。
 かなり痛いのか、ちょっと目元が潤んでいる。

「何か怒らせるようなこと私しましたか?」
「したわ」

 感情の篭らない声で答える。
 その声で私が本気で怒っている事を悟ったのか、顔が余裕をなくしている。

「えっと、わたくしめは一体何をしでかしたのでしょうか?」
「実に覚えがないかしら」
「チョットワカラナイデス」

 恐怖のあまり似非中国人みたいな喋り方になり震えだす。


「いえ、嘘をついた覚えは」
「ついたわよね?」
「はい。いえ、嘘は」
「肯定したくせに、否定するの?」
「今のは肯定のための返事ではなく、思わず言ってしまった物であって」
「では、貴方は嘘をついていなければ一体何をしたのかしら・・・月の頭脳?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あははは、その件に関しましては何というか・・・そう、言葉が足りなかっただけで嘘とは全然違うといいますか」
「やっぱり意図的に隠していたのね」

 思いっきり永琳を睨みつけながら抓っていた手を離す。

「そうですね。意図的にです」

 急に真面目な顔で言われる。
 平静な不利を装ったが、内心はかなりショックだった。

「蓬莱山様、咲夜は先に屋敷の中へお戻りください。私達も直ぐに戻りますから」

 永琳の事で二人がいた事を忘れていた。
 二人は私達を何事かと見ていたが、永琳が大丈夫ですというと納得して戻っていった。
 庭には私と永琳の二人が取り残された。

「姫、お座りになりませんか?」
「いいわ」

 永琳が優しく座る様に言ってくれたが、そんな気分にはなれない。

「はぁ・・・別に隠すつもりは無かったといえば嘘になりますよね。でも、決して悪意があったわけでは無い事だけはご理解ください」
「なら、どうして黙っていたの?」
「姫を驚かせようと思っただけです。ちょっとしたサプライズのつもりだったのですが、それが返って今回姫を傷つかせてしまったみたいですね。申し訳ございません」

 永琳が冷えた私の手をそっと握ってくる。

「決して、姫を裏切るためではございません。蓬莱山様や咲夜は、私が月の頭脳だという事を話してないことは知りません。本当にただの遊びのつもりでした。何時王や蓬莱山様から私が月の頭脳だと聞くのかと・・・それを聞いたら姫は怒りながら私に聞いてくるのだろうなと」
「もういいわ」
「姫?」

 ここまで誠実に話してくるのだから、嘘は一欠けらも無いだろう。それに本人もこんな結果になるとは思っていなかったようだし。

「私が勝手に早とちりしてしまっただけだから」

 そうそれに彼女はこの事を大分前からちゃんと教えてくれていた。私が気がつかなかっただけ。

「もう屋敷に入りましょう。寒いから」

 永琳に握られていた手を握り返し屋敷に戻っていく。

「今回の事はお互い様という事にしましょう」
「はい」

 永琳が笑顔で返してくれたので私も笑顔で返した。



 お風呂に入り寝巻きに着替え、咲夜と永琳のあてがわれた部屋へと向かう。と言っても私の寝室の隣なのでついでと言う感じだが。

 コンコン

「永琳、入ってもかまわない?」
「どうぞ」

 扉を開けてはいると永琳も咲夜も着替え一つしていなかった。

「渡された服は気に入らなかった?」
「いえ、そんな事はありませんよ」
「そう?気に入らないなら言ってね。直ぐに別のを用意させるから」
「大丈夫ですよ。それよりどうかされたのですか?」
「ええ。永琳に罰則を与えないといけないから」

 そう言って永琳を廊下に連れ出す。

「じゃあとりあえず、武士の情けで毛布だけはあげるから」

 毛布を渡し部屋へと戻る。

「えっと、姫?これは一体」

 永琳が困った顔で聞いてくる。

「だから罰則よ。お互い様とは言ったけど、やっぱりけじめは大事だしね。今日は廊下で寝る事。情けでそこのソファを使う事を許可するわ。そこに飾ってある花の絵でも見ながら反省する事、以上」

 自分の部屋の扉に手を掛け最後にもう一度永琳の方を向く。

「おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」

 ベッドに潜り込み今日の出来事や半年程の思い出を振り返る。色々あったが今日の事で決着がついた気もする。それでよしとしよう。それにしても、どうしてあの時私は忘れていたのだろう。
 永琳は月の頭脳がどんな人物か聞いたとき、「・・・クレマチスの、時にスターチスの心を持つ、コデマリですね」と答えた。クレマチスには精神的な美しさや高潔以外に、たくらみの意味がある。そしてスターチスも同様に永久不変以外にもいたずら心、驚きがある。
 彼女が月の頭脳であるなら、植物などに関して花言葉など詳しいのは決しておかしいことではない。
 花言葉は結構その花の特性を生かしたものも少なくは無いのだから。
 彼女も今頃反省して部屋に戻っているだろう。本気で廊下で寝る事はないだろう。私も冗談のつもりだし。花の絵を見て如何思ったかは明日聞いてみよう。
 廊下の花の絵はハナショウブ、ハナミズキ、パンジー、クチナシ。知っている人が見たら誤解するかもしれないわね。
 本当に明日が楽しみだわ。






 





 このままずっと時が過ぎていくのだと、この頃の私はそう信じていた。

  





 私は全て知っていた。

  





 そう思っているだけだとも知らず

 





 私の知らないところで最悪のシナリオは進んでいる事も知らず

 





 私が悪かったのか

 





 それとも彼女が悪かったのか

 





 それとも私達以外の誰かが悪かったのか

 





 あるいは誰も悪くなかったのかもしれない

 






 ただ誰もが自分の望むように未来をつくろうとしただけなのだから













                                                              秘月
大変お久しぶりでございます。秘月です。
比較的早く四章を載せるといいながら、二ヶ月以上掛かってしまいました。
お待ちくださったかたがたには本当に申し訳ございません。
今後は日にちなどのことは言わない様にしようと思います。
第四章は永琳とカグヤを中心としたものでしたが如何でしたでしょうか?
二人の絆的なものを書こうと努力してみましたが、ぜんぜん違うものになっているかも知れません。
毎日少しずつ書いていたのでもしかしたら話が噛み合っていない部分があるかもしれませんがご了承ください。
それと事前に謝らせて頂こうと思いますが、今後キャラクターたちの能力に関して私の個人的な解釈などで使うことがございますのでご了承ください。
文章等の誤字・脱字、日本語として成り立っていない文章がございましら遠慮なくご指摘ください。また辛辣な感想でも構いませんので感想を頂ければ幸いです。
今後の参考にさせて頂きます。
それでは五章でお会いしましょう
秘月
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コメント



0.510簡易評価
1.90幻想入りまで一万歩削除
やっぱり、輝夜と永琳のやり取りが良いですね、和む。
次回で、それぞれがどう動くか非常に気になります。
3.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず仲が良い二人ですね。(いろんな意味で
いや、本当に面白かったですよ。(笑)

第五章を、気長にお待ちします。
12.100名前が無い程度の能力削除
面白い!!
なんだか和風ファンタジーの宮廷ものを読んでる気分でした。

永琳が良いキャラしてます。自信家で茶目っ気があって、輝夜を手玉に取ってますねw
そして手玉に取られて焦る輝夜が可愛い
13.100名前が無い程度の能力削除
面白い!!
永琳が良いキャラしてます
自信家で茶目っ気があって、輝夜さえ手玉に取ってますね
しかも実力が伴ってる。
輝夜とはホントに良いパートナーだなぁと思いました。
幼くして兄弟を謀殺し、祖父相手にも下心を持って付き合う輝夜だけど、
永琳と居るときだけは子供っぽい感情を露にできる。
輝夜にとって、永琳はある意味初めての対等な人間な気がしました。
14.100名前が無い程度の能力削除
すっごく面白い!
続き待ってます
17.60非現実世界に棲む者削除
面白い、面白いのだが続きが見当たらないのですが...
まさかここで終わりだなんて目覚めが悪すぎます。
18.無評価非現実世界に棲む者削除
(上コメの続き)
尤も、その事(完結してない事)を覚悟した上で読み始めたんですけどね。
非常に良いシリーズでした。