STAGE 3 出立博麗神社 ~ Phantastic Flieres.
文の報告を受けて、幻想郷の主要メンバーがもう一度境内に集まった。
避難を終えた紅魔館の一同や、永遠亭の面々も新たに加わっている。
「見た感じ、本命はアレで間違いないでしょう」霊夢が言うと、
「ええ。あからさまだものね、他に水が降って来そうな場所もないし」レミリアが答えた。
そこで輝夜が発言した。
「連絡が遅れて申し訳なかったわ。永遠亭で観測した結果、あの柱は天空から大量の水が落下してきた場合に起こり得る兆候をすべて満たしている。十中八九、巨大な滝と考えて間違いないでしょう」
「具体的に、どれくらいの高さから降ってきているかわかる?」
「頂上がどこかは雲が邪魔していて観測できなかったけど、計算上では約三万メートルはあるわね」
「三万メートル!? とんでもない高さだな。そんな高さまで飛んだことある?」
魔理沙が横にいた文にたずねた。
「いいえ。天狗だって普段飛ぶのはせいぜい一万メートルぐらいよ。そんな高くまで飛ぶ用事もないし。空気は薄くなるし」
「文字通り、飛んでもない高さってわけか」
「「……」」
みんなスルーした。
「とにかく、原因を調査するために、一度あの柱まで行ってみる必要があるわ。もしかしたらあの滝を作った犯人がいるかもしれないわね。戦いの用意をしていった方がいいかも」
霊夢がそう言うと、一同はうなずいた。
「とはいえ、全員で行くわけにはいかないわ。何人か予備として残っていてもらわないと」
紫がそう提案した。
未知の、それも大がかりな異変だ。何が起こるか分からない。
後々のことも考えて、戦力は多少なりとも残しておいた方が良いだろう。
立候補や推薦も含めて異変調査の先発隊が組織されることになった。
そして相談の結果、霊夢、魔理沙、咲夜、レミリア、フランドール、パチュリー、アリス、萃香、文、紫、幽々子、妖夢、鈴仙の計十三人がまず調査に赴くことになった。
霊夢や魔理沙は毎度のこと、レミリア、フランドールは立候補で咲夜はお付き。パチュリーとアリスは今回の事件に興味があるそうだ。萃香、文もほとんど興味本位らしい。紫は幻想郷の維持が仕事だから、自前でも捜査を続けているという。
選ばれた十三人は円陣を組んでこれからの段取りを打ち合わせすることにした。
「十三使徒ね。ユダはだれかしら」
レミリアがぽつりと呟いた。
「お嬢様。縁起でもないこと言わないでください」
ユダとはキリストの十三人の弟子の中で、キリストを金で売った人物のことである。この中に裏切り者がいるかもしれないとは、随分と不穏な表現だ。
そんな様子を見ていた魔理沙が不思議そうに尋ねる。
「レミリアやフランは太陽の下を行動しても大丈夫なのか?」
「黙っていたけど、私達みたいな始祖は日光にもある程度耐性があるの。よっぽどじゃない限り灰になったりなんかしないわ」
「薬屋から日焼けどめの薬も貰ったしね」
レミリアに続いてフランもそう言った。
それでも苦手であることには変わりはないのだろう。吸血鬼の始祖は強い魔力で太陽の効果から身を守るのだ。陽の光の下にいれば、常に消耗することになる。日焼けどめを塗り、日傘を差したとしても、完全には日差しを防げないだろう。
それでも、なぜかレミリアが同行を強く主張したのだった。
「私達はついていかなきゃいけない気がするの」
「――運命が見えたの?」
霊夢が尋ねる。
「それほど明確には。だけど、勘みたいなものかしら。巫女の十八番をとっちゃうけどね」
*
居残り組は引き続き被災者の世話をすることになる。
輝夜や慧音には本部の運営をまかせることにした。てゐは兎の指揮を輝夜から命じられている。
博麗神社の隣の丘地に、仮の居住テントや炊事場、御手洗等生活に必要な施設の敷設を行っていく。丘地の中心近くには、それらの指示をてきぱきとこなす輝夜が立っていた。指揮所のテントに居る彼女の周りに、何名もの妖怪兎が指示を受けにくる。
「輝夜があんなに精力的に働くなんて」
霊夢はその様子を見て驚いた。
「姫様はこういう時だと俄然やる気になるのよ」
丘にやってきた霊夢を見つけて永琳が歩いてきて言った。
「ふーん。普段はあまり仕事しているように見えないのにね」
「まあ、もともと姫様だしね」
「あら、霊夢」
輝夜が霊夢に気づいて、指揮所からやってくる。
「はりきってるわね」
「まあねえ。兎たちも頑張ってくれているわ。永遠亭から運び出した毛布は十分にあるから、多分この神社の敷地に避難してきている人たち全員に行きわたると思うわ。空を飛べるものには、白玉楼に支援物資を取りに行ってもらっている。食糧や衣服は配給制にした。問題は仮設住居なんだけど、館から持ってきたテントだけじゃあ数が足りないの。裏山の木を結構もらいたいんだけど、かまわないかしら?」
「この際しょうがないわ。また植えればいいでしょう」
「悪いわね、なるべく植生に影響の無いように気を付けるから」
霊夢は輝夜の手際の良さに驚いた。
どうやら彼女の統率能力は、非常時にこそ発揮されるタイプのもののようだ。
「それじゃあ、私は医療所の方に戻りますね」
永琳は挨拶をして場を離れていく。
「あ、そうだ。霊夢。あなたに渡しておきたいものがあるの」
「え? なに?」
輝夜に案内されて、霊夢は指揮所のテントまで歩いて行く。テントの下には長机が置いてあり、そこで輝夜は机の上に置いてあったずた袋の中からいくつかの品物を取り出して置いた。
「はい、これ」
丸められた巻物、それに黒光りする四角い箱が四つ。霊夢の目の前に置かれる。
巻物の方は広げてみると幻想郷の地図であることがわかった。
箱形の品物の方は用途がわからなかったが、外見は外の世界で使われる機械の類に似ている。霊夢はそのうちの一つを取って、輝夜に直接たずねてみることにした。
「このごつごつしたものは何?」
「通信機よ。見た事はあるかしら? 電波を使って、離れた場所でもここと通信できるようになっているわ。私が作ったの。使い方は鈴仙が知っているわ。彼女に聞いて」
「え? 永琳じゃなくて、輝夜が?」
意外だったので霊夢は驚いた。
「だてに年は食ってないのよ。月から来て以来、機械いじりが趣味で以前から作っていたんだけど」
「また何でこんなものを持ってきたの?」
「団体で行動をするときは遠距離で連絡が取れた方がいいでしょ? 残念だけど、人数分は用意できなかったけど。四つだけ。何人かで共有して使って」
「ふーん。まあ、外の世界の機械でも、役に立つものはあるわよね。私は良く分からないけど、紫あたりは喜んで使いそうだわ。確かええと、第一種永久機関とか」
「それはスペルカードだし、不思議科学だけど。……それじゃあ、頑張ってきてね。鈴仙のこと、よろしく」
「わかったわ」
輝夜からもらった通信機を袋に入れて持ち、霊夢は境内に帰ることにした。
途中、輝夜の指揮の元で働いていた、慧音や妹紅に会った。彼女らにも被災者の救援で働いてもらっていたのだ。霊夢は二人にも挨拶をする。
「まったく輝夜のやつ、調子にのりやがって」
「あははは、でもさすがだよな。いつも大勢の妖怪兎を指揮しているだけあって、手なれたもんだ」
「ふん。どうせすぐにぼろが出るさ」
「素直じゃないんだな。ちゃんと認めてるくせにさ」
「認めてなんかいないよ、あんなやつ」
「元気そうで良かったわ」
妹紅も慧音もいつもの調子のようだ。
「なあ、私はついていかなくていいのか?」
妹紅が言った。
「もう十分戦力はいるしね。ないと思うけど、もしものときのためにも妹紅には残っていてもらいたいわ」
「わかった。万が一があっても、私が骨を拾ってやるよ」
「骨になる気はないけどね」
霊夢は苦笑した。
永遠亭の中では鈴仙だけが一行に同行する。
彼女が選ばれたのは、通信担当としての役割と、偵察能力の高さを見込まれたのだった。
永琳は準備と称して鈴仙を呼び付け、自分の持っている薬で役立ちそうなものを並べて鈴仙に説明していた。
鈴仙はひとつひとつ確認しながら、自分のリュックにそれを詰めていく。
「痛み止めに治療薬に胃薬に青色5号に……これは?」
ラベルの貼っていない、周りよりも少し大きく黒い薬瓶が一つあった。
「蓬莱の薬」
「師匠、よろしいんですか?」
「病むを得ないときにだけ使って。ことがことだけにね……皆は暢気に構えているけど、私は不安なのよ。今回の異変だけど、もしかしたら従来のような黒幕がいるタイプのものではないかもしれない」
「……。どういうことですか? まさか本当に天災だとでも言うのですか?」
空から水が滝になって雪崩れ落ちてくる天災? ちょっと聞いたことがない。
てっきり、幻想郷を狙う誰かのしわざだと思っていたのだが。
例えば、水に住む妖怪が自分たちの住処を拡大しようとして、幻想郷を水浸しにしようとしているといった理由は考えられないだろうか。では黒幕は妖怪の山に住む河童とか?
それもかなり破天荒な想像ではあるのだが。
「じゃあ、師匠はまるっきり自然災害だと思っているんですか?」
「私の単なる勘。巫女の十八番をとっちゃうけどね」
みんな勘がどうとか言っている。先ほどレミリアも同じようなことを言っていたので、鈴仙はちょっと苦笑した。異変の原因自体、さっぱりわからないから仕方ないと言えば仕方なくはあるだろうか。それにしても、永琳が不安だなんて口にすることは今までなかったので、鈴仙も少しつられて穏やかでない気持ちになってきた。
そんな時に、永琳が鈴仙をぎゅっと抱きしめた。
いきなり腕を回されて、鈴仙は暖かいぬくもりを感じてぼうっとするが、何だか良く分からない。
「……師匠?」
「……必ず無事で帰ってくるのよ」
そんなに危険な任務なのだろうか。
鈴仙には自覚がなかったが、どうにも永琳のしようは大げさに思えたが、とにかく彼女に抱きしめられたので感情が湧きあがってきた。
師匠は自分のことを本気で心配してくれているのだ。それは喜ぶべきことだ。
「任せてください、不肖鈴仙! この胸のレイセン炉を引き抜いても師匠の期待に応えてみせます!」
鈴仙はこめかみに手を当ててびしっと敬礼のポーズを取る。
「帰還は一万年後とかはやめてね」
そう言って永琳はにっこりと笑った。優しい笑みだった。
*
霊夢は境内に戻ってきた後、輝夜からもらった通信機を皆に配ることにした。
四つしかないので一つは霊夢が持ち、他は紫とレミリア、それに幽々子に持ってもらうことにした。
準備や別れの挨拶もすみ、出立の時間となった。
一同は神社を後にした。
十三人の少女が、一斉に空に飛び立つ姿は壮観だった。
それを見て見送りの者が手を振る。
いよいよ異変の原因を探る旅が始まった。
*
からからと晴れた郷の上空を一行は飛ぶ。
紅魔館の湖を越え、魔法の森に差し掛かる。
地表の方向を見れば、そこには一面に濁流が流れていて、ところどころ水が渦を巻いている。
このあたりは人間の里があった場所だ。
水面からごく僅かに顔を出した家屋や樹木、五重塔の突端。濁流に流されていく樽や、木片。水の勢いで壊れた建物の破片や、その中から流れ出したと思われる品々が見えた。目を覆いたくなるほどの惨状だった。
「大分、被害が出たわね」
霊夢が隣を飛んでいた紫につぶやく。
「ええ。復興にはかなりの時間がかかるわ」
変わり果てた里の光景を眺めながら、少しばかり紫は残念そうに答えた。妖怪とは言え、彼女はこの幻想郷を彼女なりに愛していた。それは人間の里であっても例外ではないのだ。
少女たちが神妙な顔をしながら郷の惨状を眺める中、ひとりだけご機嫌なものがいた。
「七色の星がー 夢を運ぶよー
幻想力を テラボルトに変えてー
スパーク一発 チキンボム
みんなの明日を 焼き尽くそうぉー
スパーク一発 ぶっとべー 霧雨魔法ー店♪」
能天気な歌声が箒の上から聞こえてくる。
「なによ、その頭のおかしそうな物騒な歌は……」
あきれた表情で霊夢がたずねる。
「霧雨魔法店社歌だぜー」
「妙な歌を作るな」
「どうだ? 目的地に着くまでの時間、円周率の暗唱でもしないか? 楽しいぜ、産医師異国に向かう……」
「そんなのやって楽しいのは、あんただけだ」
「えー、いっしょにやろうよー。じゃあ、化学式はどうだ? 水兵リーベ僕の船……」
「いや、いいってば」
「うう……ふっくらブラジャー愛の後ぉ!(フッ素F、塩素CL、臭素Br、ヨウ素I、アスタチンAt)」
涙を流して訴える魔理沙。
「なぜやらせたがる、なぜ語呂合わせにこだわる……」
「しかしまあ、これだけのメンバーがそろっているんだから。異変なんてちょちょいと解決できちゃいそうだよな」
魔理沙はそう陽気な調子で喋った。彼女は大勢で冒険できるので、わくわくしていたのだった。
「あんた、いつもながらご機嫌ねえ」
アリスも会話に加わってきた。
「まあたしかにこんなに大所帯で行動するなんてことは、宴会ぐらいしかないわよね」
「吸血鬼に鬼に天狗に巫女に魔法使い。得体の知れない妖怪も含めて、百万鬼夜行とは良く言ったものね」
巫女がいつもどおりの暢気な調子で仲間を見渡してそう言う。
「あらあ、得体の知れない妖怪って誰のことかしら」
「そうですよ。まさか私まで入ってないわよね?」
紫と鈴仙がぶー垂れた。
それを見て、天狗と鬼が顔を見合せて肩をすくめる。
全体にいつもより真剣なムードは漂っていたが、これほどの未曾有の大災害にしては空を飛ぶ少女達はどこかのんびりしていた。ピクニック気分にすら見えるが、そういうのが幻想郷の幻想郷たる由縁かもしれない。
一向は空を一時間余り飛んだ。
飛ぶ速度を一番足の遅いものに合わせていたが、それでも結構な速度で飛んでいた。幻想の空はどこまでも続いているかに見えた。向かっている方角から西日が射しこみはじめ、直射日光が少女たちの体に照りつけた。吸血鬼の姉妹が具合悪そうにし始めたため、咲夜が主人たちの前に出て日よけとなった。
魔法の森を越え、太陽の丘の上空へ出る。一年中咲いている向日葵畑が、視界の全面に広がり、ずっと地平線の向こうまで続いている。その向こう側には何もない草原が広がっているが、それを過ぎると幻想郷の西端地域で、例の柱が立っている。そこからは山野が広がっている無人地帯だ。もう大分地表は高地になっているので、水浸しというほどではないが、やはり柱の方角から数本の水の筋が流れてきて川になっていた。
「はっきり見えてきたわね」
彼女たちの見据える前方には、多くの雲に包まれ、空を二分するようにそそり立つ一本の巨大な白い塔があった。
「やっぱり、滝なのね」
紫がそう言う。
現在の位置からは目測で50キロ程度は離れているが、目の良い妖怪達にはその正体が確認できた。白い塔に見えるものは、当初の予想どおり、回転しながら雪崩れ落ちてくる水柱だ。周囲に気を配れば、大気は湿度を増しているのがわかった。おそらく落下の時に立つ水しぶきが散乱した上、蒸発して空気に溶け込んでいるのだろう。
「あれは!?」
少し前を飛んでいた妖夢が叫んだ。
真下に、大河が真っ二つに割れていく光景が見える。
「川が割れていく?」
「見て、あれ」
文が団扇で指示した方角、川の丁度割れていく場所に、誰かがいた。
青と白の巫女服のような姿。エメラルドグリーンの髪を風になびかせる少女。水のうねりはその少女の左右を生き物のように流れていく。
「早苗じゃない」
昨年幻想郷に引っ越してきた外の世界の人間。妖怪の山の上にすむ現人神、東風谷早苗だ。
「奇跡で水を誘導しているのか。里に流れ込まないように」
霊夢と魔理沙が交互につぶやく。霊夢は早苗の方に降りて行って、彼女を呼んだ。
「早苗!」
「あ、霊夢。それにみなさんも」
「さすがね」
すぐ側まで行って霊夢がそう言った。自分のお祓い棒の先端で、早苗の持っていた棒の先をこんこんと叩く。
「やるわね」「たいしたもんだ」「外の世界の人間も捨てたもんじゃないね」
他の者も皆、めいめいに早苗を褒めた。
「エヘヘ。これも風の平穏を祈る風祝の本来の仕事ですからね」
ちょっと得意そうな調子で、早苗は胸を張る。
「でもまいったなあ。神奈子か諏訪子が主犯だと思っていたのに。容疑者がいなくなって、振り出しにもどったわ」
「そうだよな。諏訪子なんか一番妖しいからな。ケロたんワールドを作るためなら、幻想郷の一つや二つ水浸しにしかねないぜ」
「世界中をコーンフレークで満たして、何が楽しいのかしら。理解に苦しむわ。まるで狂人ね」
アリスが言った。なにを言っているんだお前は、狂人はお前だろうと誰もが思った。
「ちょっと! 八坂様も諏訪子様も、そんなことしません!」
早苗は眉を吊り上げて抗議した。
「まあ、早苗には引き続き水の誘導を頼むわ。里に水が流れ込まないように、このままチョイ役やっててほしいわね(お前にはまだ主役は早いわ、このドグサレがァ)」
「わかりました……何か酷いセリフと黒い思考が交互に聞こえたような気がしましたが……気にしないで作業を続けることにします。幻想郷が滅亡したら信仰心も集められないですし、私も困りますから」
そう言うと、早苗は水を誘導する作業に戻って行った。
一同は上空へ登りつつ下方の景観を眺め見ながら、旅を続けることにした。うなりを上げて濁流が方向を変える様は壮観だった。風雨の奇跡を行使できる早苗が居たことは幸運だ。彼女がここで洪水を食い止めていてくれれば、里に新たな被害が及ぶことはないだろう。しばらくの間、時間が稼げそうだ。
*
一行はそこからさらに二十分ほど空を飛んで、日暮れ頃には水柱の根本がある地域へとたどり着いた。
郷の周囲は険しい山地に囲まれており、特にこの西側地域は無人の山野が広がっている。標高も高く、千メートル級の山々が連なっている。滝はそんな山の内でも最も高いものの、遥かに上空から落ちてきていて、ちょうど尾根と尾根の間に収まるように注ぎこんだ後は、本当の滝となって山肌を削り取り、下流の谷へと流れている。
水柱の周りには何匹かの天狗が浮遊していた。状況を調査しているのだろう。
「先に行って、仲間と話してきますね」
文がそう行って、一行から先行することにした。
少し遅れて、一同も滝の裾野にたどり着いた。
いよいよ滝が落ちている場所のすぐ近くまでいくと、目の前に濃い霧がかかってきた。やがて身体も全て霧に包まれる。
しばらく霧の中を飛んでいると、少しずつ視界が開けていき、大瀑布の本体と、それが地面にたたきつけられた衝撃によってできた巨大な滝壺が見えてきた。その少し上方では左右の緑の尾根との狭い谷間に、ほぼ半円形の虹ができあがっており、進行方向の真正面できれいなアーチを描いている。ずっと目を上空にやると、蒸発した水分が雲となって、水柱の周囲にまとわりついているのがわかった。
「やっぱり、水が落ちてきているのね」
「信じられない! 何て量なの!」
「これは……」
めいめいがその様子を見て驚きの声を漏らした。
もうもうと水しぶきが吹きあがる無人の山野、そのうちの滝のすぐ隣の尾根に一行は降り立つ。
地面に足をつけてみると、滝の影響で常に轟音が鳴り響いていて、大地が振動していることに気付いた。間近で見てもやはり信じられなかった。とてつもなく高く、そして巨大な水柱だった。妖怪の山にある九天の滝が可愛く見えるぐらいだ。
あらためて地上からもう一度その柱を見上げた時には、自分たちが本当に大地の上に立っているかどうかがわからなくなった。水色の大地に流れる大河を見ているような気分にさえなった。
空を飛んできた文が霊夢達一同の前に降り立ち、話しだした。
「仲間に事情を聞いてきました。この水柱はずっと上空から落ちてきているそうで、そのために雲ができているのです。まだ誰も水柱の頂上まで行った者はいないですが、冥界の門よりももっと高い高度まで飛んでも、頂上が見えてこないそうです」
「冥界の門より高い?」
幽々子が驚いて声を荒げる。
輝夜から滝のおおよその高さを聞いていたものの、具体的な状態を聞くと、やはり改めてびっくりした。冥界の門というのはとてつもない高度、常に雲の上にあるのだ。通常、雲というのは一万メートル程の高さにあり、最も高度の高い積乱雲ではその上端が一万六千メートルほどの高度に達する。
しばらく一同は地面から滝を観察した。
「うーん。やっぱり地上からじゃ上の様子はわからないわね。流れ出てきている根元を知りたかったんだけど」
鈴仙は電波の波長を操って滝の全容を計測しようとしたが、周りの雲が邪魔になってうまくいかなかった。
「水の落下速度から、高さ自体は姫様の推測がほぼ正しいことは分かったわ」
「と言うと、上空三万メートル……それにしても、とんでもない大きさね」
霊夢がそう言った。
「どこのどいつだよ、こんなはた迷惑な代物を作ってくれた奴は」
魔理沙は手を額に当てた。
「滝には昔から龍神様が住むって言われているけどねえ」
萃香がぼそっとそう言う。皆一様に斜め上を眺めていた。あまりにも高度が高いので、その先端を探そうと視線を上へ運んでいくと、首が痛くなってくる。
「……こいつは龍神様の怒り?」
幻想郷で最も力のあるのは龍だと言う伝説がある。こんな天変地異レベルの異変を引き起こすやつは、相当に力があるだろう。龍と滝の類似性を考えた場合、異変を起こしたのが龍だと考えるのも、それほどおかしな話ではないのではないか。
「龍神は自然そのものなのよ。こんな理不尽な振る舞いはしないわ」
紫が二人の間に入ってきてそう言った。
「神様でも信用できないやつはいるけどね」
霊夢が言った。神奈子や諏訪子の事を言っているのかもしれない。魔界の神のことはもう忘れてしまっているだろう。
「私は龍神と面識があるの。彼はこんなことはしない」
紫がそう言いきったので、一同は信じるほかなかった。
「いずれにしろ、ここで悩んでいても進展しないわ」
「そうね。滝の源まで行って調べてみましょう。必ず水を出している何かがあるはずよ」
霊夢が後を振り返ってそう答えると、メンバーも皆うなずいた。
「それにしても……」
そこで魔理沙がお腹を押さえて目を細める。
「お腹減ってきたわねえ」
「幽々子はいつもでしょ」
「みなさん、天狗のキャンプに寄って行きませんか? そこで腹ごしらえなど。頭領が顔見知りの人なんですよ」
文がそう言ったので、皆その提案に沿うことにした。
崖の上をしばらく滝と逆方向に歩いていくと、林を背にしてたくさんのテントが立っている場所があった。調査に来た天狗たちが作ったキャンプだ。文はその中でも、ひときわ大きなテントに向って歩いていく。テントの前には看板が立てかけられていて、「極限流・入門者募集」と楷書で文字が書かれていたが、意味はわからなかった。文はそのテントの天幕を開け、中をのぞいて呼びかけた。
「こんにちはー、坂崎さんー?」
「おお! これは射命丸の! 壮健そうで何よりじゃ。ささ、座って座って」
奥から声がした。
テントの奥に、一人の天狗がいた。文と似た六角帽を頭に載せ、丸い飾りのついた山伏のような衣装を着て、下駄を履いている。顔には鼻の高くなった、真っ赤な天狗のお面をつけていた。
その天狗の顔を見て、魔理沙が霊夢の耳元に口をよせて囁く。
(なんだこいつ。天狗が天狗のお面付けてるぜ)
(わからないジョークね)
(気付かないふりをしてあげてください。坂崎さんは天狗なのに鼻が低いことを気にしているんです)
そう文が伝えてきた。
(それでお面をかぶってカモフラージュしているわけか)
(それカモフラージュって言えるのかしら?……変な妖怪)
「げげげ? あなたは紫さんじゃないですか!」
「あら、久しいわね。高野天狗」
天狗は紫を見て驚いた。どうやら二人は知り合いのようだ。
「紫って有名人なのね」
「まあ、伊達に歳は食ってないってことか?」
「一言多いのよ、あなたは」
紫が扇子で魔理沙の後頭部をぱこんと叩いた。
「ふぎゃ」
「やー、天狗、久しいな!」
「これは伊吹さんまで! 源平合戦以来じゃないですか? いやあ、頼もしいですな。幻想郷の危機に、お歴々が一同に会したというわけですか」
そう言って天狗はカンラカンラと笑った。
「聞いたかもしれませんが、まだ誰もあの滝の発生元までは行ってませんねえ。地上からではみんな理由をつかみかねてます。明日、われわれも探索隊を送る予定でしたが」
ぐー。
その時幽々子の腹が鳴った。
「幽々子さまー」
妖夢が涙を流す。
「だって仕方ないじゃないの。生きていればお腹は減るものよ」
「幽々子が言うと、生命への冒涜に聞こえるな」
「人間はお腹がいっぱいだと良い知恵がでるものよ」
「あんた人間じゃないし……そもそも満たされることがあるの?」
「お腹減ってますかですか? よろしければ天狗汁をごちそういたしますよ」
確かにそろそろ夕食をとっても良い時刻だ。
渡りに船ということで、その天狗に食事をごちそうになることになった。
「しかし……」
「この鍋、味噌が効いていておいしんだけど……」
鈴仙がつぶやく。顔に縦線が入っている。
目の前には天狗の用意してくれた鍋と焚き火があり、少女達はそれを囲んで夕食を取っている。鍋の中には赤茶けたスープの中に丸くて細長い物体がぷかぷかと浮いている。
「「なぜにハム丸ごと入れるの?」」
「これさー、普通にハム焼いて食べた方が美味しい気がする……」
箸を突きさしながら、ぐえっ、という顔をして萃香がそう言う。
それでも全部たいらげようとした。
ハムが大分余ったが、全部幽々子が始末してくれた。
食事が終わった後、一同は外へ出て滝を観察する。
滝を見上げて魔理沙がつぶやいた。
「あれどうなってるのかなあ。空に蛇口みたいなものがあるとか?」
「おっきな水瓶からこぼれてきているとか?」
アリスが合わせた。
「想像するとどっちも変な絵ねえ」
霊夢は苦笑した。蛇口や水瓶を超航空に設置するのも相当な手間だろう。
まあそんなとんちきなことをする妖怪がいないとも言えないのが、幻想郷の恐ろしいところだ。
「悠々たる哉(かな)天壤、 遼々たる哉古今、 五尺の小躯を以て比大をはからむとす。萬有の真相は唯だ一言にして悉(ことごとく)す、曰く『不可解』」
滝に正対し、紫が朗々と語った。
ついでに持っていた扇子を右手で優雅に広げて見せる。
「なにそれ? 自作?」
「そうよ」
霊夢が聞いてみると、紫は即答した。
「こら、平然と嘘つくな! 本当は華厳の滝で自殺した学生が詠んだ詩だよ」
萃香がつっこんだ。
「よく意味がわからないわね」
アリスが言った。彼女は西洋生まれだから、漢詩や古語にはあまり詳しくない。
「天壤は大地と同じ意味だぜ。天地は雄大で、歴史は遼遠だ。わずか150センチほどしかない小さな身体の自分が、どうしてその大きさを測ることができるだろうか? 無理ぽ。万物の真理は一言で言い表せるのだ。つまり、『よくわからん』 まあ、そんな意味だな」
「ま、魔理沙が知識人ぶってる……ショック」
アリスは目を丸くして魔理沙を見たあと、口に手を当てて大げさに驚いた。
「おまえは私をなんだと」
「まあ、魔理沙って本はたくさん読んでるから、意外と使えない無駄知識は一杯持ってそうよね」
霊夢が言った。
「そうそう、意外と使えない」
「そこだけ抽出すな!」
「だけど厭世的な詩ねえ。世界を理解する努力を放棄した人間の言葉ね」
アリスはそう言って苦笑しながら、手を広げる仕種をしてみせた。
「宇宙はよくわからないからこそ、謎を解いていく楽しみがあるとも言えるよな。もっとも、今目の前にある滝みたいに、わけのわからんものをいきなり見せつけられたら、さじを投げ出したい気持ちになるのも分かるけどな」
そんな風に話しているうちに、日が暮れてきた。
先を急ぐ旅ではあるが、夜中だと探索も思うように進まないだろう。
少女たちはそのキャンプにて一泊することにした。
STAGE 4 東方箱舟郷 ~ Tower of Penglai.
明けて翌朝。
一同は上空を目指して滝壺から一気に上昇することにした。
まだ朝露が残る早い時刻に出発し、滝を中心に螺旋を描いてぐるぐると上っていく。
水でできたバベルの塔はずっとずっと高く、本当に天界まで続いているかのようだ。
彼女らを導く透明な螺旋階段は、体に宿した空を飛ぶ程度の能力。長い編隊を組みながら飛翔する少女たちの姿は、どこか優雅ですらあった。
ただ皆で飛んでいるだけというのも、それなりに心が躍るものがある。風にフリルがなびき、日差しが衣服と白い肌に陰影を作っていた。少女たちは飛翔という行為を、純粋に楽しんでいた。
「おお、一番後列だと、みんなのドロワーズが見えるな……ウム、絶景、絶景」
「あんたはエロオヤジか……」
そんな風に、たまに雑談なども交わしながら上昇を続ける。
そうして、かなり高空に達してから紫が言った。
「大分空気が薄くなってきたわね」
既にメートル法に換算すれば二万メートル余りの高度に達している。輝夜の情報が正しければ、この高さで全体の三分の二といったところだ。
「咲夜? どうしたの?」
レミリアは自分の従者が息苦しそうにしているのに気づいた。顔色が青く、随分とつらそうだ。ふらつきながら、今にも落ちそうな様子。
「申し訳ありません、お嬢様。な、なぜだかはわかりませんが急に息苦しくなってきて……」
「あら、あなたらしくないわねえ。私が引っ張ってあげるからしっかりしなさい」
レミリアは咲夜に近づき、彼女の手をつかもうとする。
「……あきらめてあげて、レミリア。たぶんそこが人間の限界高度なのよ」
そうパチュリーが口添えする。
それを聞いて、レミリアは意外そうな顔をした。
「ええ? だって、霊夢や魔理沙は普通にしているじゃない」
「彼女たちは結界を張って、自分の周りに空気の層を作っているの。しかもそれは自分だけにしか使えない術。咲夜はその術を体得していない。これ以上先へ進めば、命にかかわるわ」
パチュリーは解り易く言うために説明を省いたが、正確に言えば咲夜も自分の周囲の大気を固定して、気圧をコントロールする術はある程度まで会得している。だが彼女のそれは、気圧が地上の数十分の一になってしまうような高度までは十分にカバーしきれないのだ。
レミリアは咲夜の限界に気づかなかった。呼吸できない場所でさえ活動可能な妖怪には、人間の限界が分からなかったのだ。
「ねえ、レミリア。いざというときの本部への連絡役も必要だし、彼女には下で待っていてもらいましょう」
霊夢もそう言ってくれた。
「……。わかったわ。咲夜、下で待ってなさい」
「待ってください! 私も行きます!」
「無理よ、あなたはついてこれないわ。途中で死ぬだけよ。本来だったら人間はこんな高度まで生身でこれないのよ」
パチュリーの口調は厳しかった。
「咲夜、命令よ。下に降りなさい」
レミリアがきつい目つきと口調で咲夜に言い放った。
しばらく主従の間で沈黙があった。
咲夜は今にも何か言いたそうにして、何度かレミリアの方に手を伸ばそうとして躊躇い、そしてやめた。じっと自分を見据える主の瞳の中に、なんらかの決意を読み取って、そしてそれが変え難いものだと悟ったからだった。
「……。かしこまりました、お嬢様。……お役に立てず、申し訳ございません」
「……いいのよ。後で私の活躍を聞かせてあげるから」
レミリアはそこで、珍しくガッツポーズなどをして見せた。
優しい言葉が余計に咲夜には応えた。主従は名残惜しそうにしながら別れた。
咲夜が脱落し、地上へと帰ることになった。
*
高く、高く、さらに高く。大空の頂へと。
もう一同は、幻想郷がその果てまで一望できる位置にいる。雲海ははるかに下方だ。
この高度では太陽の角度がだいぶ傾いている。黄金色の朝焼けが、遥かに彼方の地平にこの世のものとは思えない幻想的な光景を作り出していた。
「もうずいぶん飛んだというのに、まだ根元が見えないわ」
先頭を飛んでいた霊夢がつぶやいた。
「私が先に行って、様子を見てきましょうか?」
そう言って前に出たのは文だった。
「そうね。足の速いあなたなら。お願いするわ」
一同を代表して紫が言った。やはり自然と彼女がリーダーらしい役割を務めている。
「みんな、文が先行して偵察に行ってきてくれるわ!」
紫はぶつからないように散開していたメンバーに、大声で成り行きを伝えた。文はこの中で一番足が速い。幻想郷最速という噂もあるくらいだ。周りに合わせずに彼女が全速を出せば、きっとすぐに滝の根元に着くに違いない。
周囲に風を伴い、天狗がその全速力を開放して加速する。
文は猛スピードでかっ飛んで行った。水柱と平行に、流星のような流れが上空へと向かい、やがて見えなくなった。
しばらく、文のあとを追って一同も上昇を続けた。
「今何か音がしなかったか?」
魔理沙の声に同意し、みんなで耳をすます。
物凄いスピードで落下してくる一つの影が見えた。
「文だ!」
「落下しているわ」
「気を失っているんだ!」
すぐに魔理沙が箒を反転させて、急転直下、文の救出に向かう。
水柱と平行に空を駆け下りてゆく。近づくと柱の巨大さが嫌というほどわかった。
文の身体は、落下しながらだんだんと水柱の方向へ吸い込まれてゆく。
「もう少し、もう少し……」
箒にまたがり、高速で下降しながら、位置をあわせて文の方へ手を伸ばす魔理沙。
「よし!」
魔理沙は水柱と接触する前にかろうじて文の手をつかむことに成功した。すぐに自分の方に引き寄せようとする。だが、姿勢がうまく保持できない。風圧が箒ごと体を押し流し、文の体重に引きずられて、そのまま共に落下していく魔理沙。
「くそ! バランスが……あれに当たったら」
目の前に移っているのは、もの凄い勢いで落下している大量の水だ。接触した衝撃はすさまじいだろう。結界を張っているとはいえ、かなりの反動を受けてしまう。死にはしないだろうが、ぶつかった衝撃で気を失ってしまう可能性もある。そうなったら、文と一緒に地上まで真っ逆さまだ。気が付いた時には地面と挨拶を交わしていることだろう。いくらなんでもこの速度で叩きつけられれば、ただではすまない。
そんな風に魔理沙が次の手段を考えあぐねていた時、丸い物体が二人を取り囲んだ。
見覚えのある紅白の球体が二つ。二人の周囲を回り、相対速度を合わせてともに落下していく。
「陰陽玉! 支えてくれるのか?」
いつも霊夢の周りに浮遊しているアレだ。
陰陽玉は霊力の力場を発生させ、二人の姿勢を支持する。
文の体に浮力が生じ、その助けを借りて魔理沙は文の体を箒の上まで引き上げることができた。そのまま文の体を抱え、バランスを整えて上昇する。
魔理沙が全員がいる高度まで戻ってきた。
「助かったぜ、霊夢!」
そう言われて霊夢は無言で微笑みを返した。
「魔理沙さん……うっ……」
「文、大丈夫か?」
「この子、首の骨が折れているわよ」
文の怪我の程度を調べていた紫が言った。
「何だって?」
「うぅ、信じられない、まさかあんなふうになっているなんて」
文がうめき声をもらす。苦しそうだ。
「おい、話してていいのか?」
「大丈夫です……信じられないことですが、水は空から落ちてきていました」
「どういうこと?」
霊夢が聞いた。空から落ちてきている? 目の前を見ればわかること以上の意味があるのは確かだが……何を言おうとしているのか。
「一番上まで行ったんです。そしたら、空中に穴が空いていて、そこから水が滝のように落ちてきていました。上からのぞいてみようともっと高く飛んだら、見えない壁にぶつかって……それで気絶してしまいました。たぶん、空に天井があるんです。それが破れて水が」
「……なんだそりゃ?」
魔理沙が狐につままれたみたいな顔をして言った。
空に天井があって、それにぶつかった。文の言ったことはまるで冗談にしか聞こえなかった。
文が苦しそうにうめく。魔理沙や霊夢が首の後ろをみれば、第七頚椎の辺りが物凄く腫れ上がっていた。妖怪の致命傷がどの程度なのかはわからないが、人間だったら即死の怪我だ。
「上に行くときは、高度に気をつけてください。天井との境目がかなりわかりづらくなっています。私も一瞬嫌な予感がして多少減速したのですが、それでもぶつかってしまいこのザマです」
「……あなたは休んだほうがいいわ。いくらなんでもその怪我じゃ、これ以上一緒に行くのは無理でしょう?」
怪我を見ていた紫が言った。
「……すいません、下に戻って咲夜さんと合流します」
文だって結構負けず嫌いなほうだ。それに、とんでもない好奇心を持っている。その文があっさり同行辞退を申し出るということは、よほど重症なのだろう。
「誰か途中まで付いていってあげて。その後は咲夜に連絡して、迎えに来てもらうわ」
「大丈夫です、下ぐらいまでだったら何とか一人で行けそうです」
「本当? じゃあ途中で咲夜と合流して、付いていってもらいなさい」
「……そうします」
紫は輝夜からもらった通信機を取り出した。まさかいきなり使う機会があるとは意外だった。スイッチを入れ、地上に向かっている途中の咲夜に連絡を取る。
『わかりました。合流して、地上まで送り届けます』
咲夜はそう答えた。文が脱落して、地上へ帰ることになった。
文は静かに空を降りて行った。
不慮の事態でたて続けに脱落者を出したことは、他のメンバーを多少不安にさせた。
それでも文と別れた一行は、さらに上空を目指した。
途中、咲夜から連絡が入った。文と合流し、無事地上まで送り届けたとのことだった。
その後、一行は文が天井にぶつかったという高度に到達した。
そこでは、誰もが目の前に広がる光景が信じられなかった。
天頂から雪崩落ちる大瀑布。
空の一点に穴が空いて、そこから水が大量に出てきているのだ。
「こんなことが本当に起こるなんて」
幽々子が驚いて口を開けた。天空の住人である冥界の姫でも、空に天井があるなんて事実には開いた口がふさがらない。
穴のある地点の付近に固まって、目前の光景を眺める。水が流出している箇所の周囲には、ところどころ罅割れがあるので、何か硬い材質のものに穴が空いているのだということがわかった。
魔理沙は水が出てきている場所を指差して紫に聞く。
「紫、あの穴はスキマの類なのか?」
「いいえ、どうやら本当に天井があるらしいわ」
「ちょっと、どういうこと? 地動説とか……地球は太陽の周りを回っている球体じゃなかったの?」
萃香が聞いた。幻想の存在である鬼がそんなことをいうのも、若干不思議ではあったが、常識のある者なら当然抱く疑問だ。
「だって実際にそうなっているんだから。触ってきたら?」
紫が日傘で穴の周囲をなぞるように示した。
「高度に気をつけてね」
鈴仙が注意を促す。魔理沙やアリス、妖夢などの数人が上昇して天の天井と言われている箇所を触りに行った。
――天井を調べに行ったものたちが戻ってくる。
「どうだった?」
「信じられないが、本当に見えない壁があった。結界なんかじゃない、物質的なものだ」
「文はそれにぶつかったのね」
霊夢が言った。
「どうやら受け入れるしかないみたいね……」
霊夢はそう言い、一同を見渡す。
「そうね。非常に遺憾だけど」
紫も同意する。
「世界の空には天井があった。そして今、その天井に穴が空いて、水が漏れてきている」
「ちょっと待ってよ!」
鈴仙が口をはさんだ。
「私は、月から来たのよ。そのときはもちろん、地球は球状の天体だったわ。大気に包まれた、岩石のボール」
「私もそう思うけど。例えば、この天井自体が何らかの術によってつくられたという可能性もあるんじゃない?」
霊夢が答えた。
「ふーむ……」
鈴仙も一同も考え込む。空に天井を作って、そこに穴を開けて水を流す術? なぜそんな周りくどいことをするのだろう。わけがわからないが、現状と見比べて納得の行く理由も他に見つからなかった。
「でもさ、昔、鬼が天蓋を割ったとかそういう風な記事なかった? 文々。新聞で」
思い付いたようにアリスが言った。
「ああー、そういえば。あったあった」
しばらく考えて、魔理沙も思いだした。確かに文々。新聞の萃香の取材で、そんな記事が載っていたことがあった。
「ということは、犯人は萃香」
「解決したわね……」
魔理沙と霊夢が目をつぶってうなずく。
「やってないよー」
眉毛をハの字にしながら萃香が弁解する。
「だけどさ、空に天井があったとして。そこに穴があいたら水が出てくるっていうのはどういうこと?」
鈴仙が手を広げながら、不思議そうにしている。
「つまり、昨日も言われていた通り、水瓶なんじゃないかしら」
幽々子が答えた。
「どういうこと?」
「雨水を貯めている貯水池ってことでしょう。その水が落ちてきてるんだわ」
紫が説明する。
「これ雨水なの!? でも雨って雲から降るんじゃないの?」
「ちょっとは雲からも降るだろうさ。でもそれだけじゃ足りないんだろ。大部分は天井から漏れてきてるんだな」
「どうやって雨の日と晴れの日を分けるの?」
「それは分からないけど……」
「分からないことを今考えても仕方がないわ。とにかく、やるべきことを考えましょう。これ以上地上に被害を増やさないためにも、水漏れを止める必要があるわ」
紫が言った。彼女たちが話し合っている間にも、水はとうとうと大地に降り注ぎ、幻想郷というバケツを満たそうとしているのだ。早急に対策を打つ必要がある。
「だけどどうやってあの穴をふさげばいいんだろう……」
「そうね。あれだけの重量を支えられる結界はそう容易くは作れないわ」
「……博麗結界みたいな結界でもダメ?」
そう言ったのはフランだった。彼女はあまり外のことを知らなかったが、彼女なりに色々と考えていたのだ。
「博麗結界の準備に、私達創始者は何年かけたと思う? 芯につかう神木の準備を除いて、きっかり丸三年。それも人妖あわせて日の本中の術者を集めてのことよ。」
そんなフランに対して、紫の返答は少しきつく聞こえたので、傍で見ていた霊夢は不思議に思った。
「とてもじゃないが、そんなに時間はかけられない……」
萃香もあごに手を当てて悩む。
「八方塞がりってわけか」
魔理沙も腕を組んで考え込んだ。
一同が空の上で輪を作り、穴を塞ぐための対策を考えている時に、会話に参加せず輪から少し離れた位置に控えている者が二人いた。
旅が始まって以来、口数の少なかった者達。パチュリー、レミリアの二人はずっと滝の根本を見ながら同様に背筋に冷たいものを感じ、顔面を蒼白にしていた。二人は思い返していたのだ。先週行った紅魔館上空での弾幕バトルのことを。
アリスとフランは気づかなかったようだが、この穴の開いている場所……紅魔館から見た方角……魔法使い組が最後にはなったパチュリス砲が飛んでいった方角と同じ……あれだけ派手な魔法を放ったのだ。飛んで行った方角ぐらいは覚えている。
(ちょっと、まさか…あれって)
レミリアはパチュリーの耳に口を寄せて小声で相談する。
(ええ……でも、そんなはずは……)
パチュリーはこの水柱を見たときからその可能性に気付いていた。
まさか。しかし、あの魔法は……こんな風に物に穴を空けたりする魔法じゃなかったはずだ。あれは世界を創造するための魔法の一端のはず。あの時だって、フランドールやレミリアの動きを封じるための何かを創造しようとして、魔法を放ったのだ。
――でも、もしかしたらだが。考えたくない可能性だが。
――あのとき、確か……創世の魔法弾に、フランの破壊する能力が混ざった。
結果、魔法弾を破壊することはできなかったけど、その作用で魔法弾の性質が変わっていたとしたら?
フランドールの全てを破壊する能力とは一体何なのか。これまでそれを詳しく調べようとした者はいなかった。もしフランの破壊する能力が、パチュリーの創世魔法と同じぐらいに、何か世界の根幹に関わるような能力だったとしたら、どうだろうか。二つは相反する性質を持つだけで、根本の原理は同じなのではないか? 十分ありうる話だとパチュリーは考える。
原初の力。存在を破砕する力。破壊と創造は同時に発生する。
<パチュリス砲>は破壊の力を伴って性質を変え、空の天井に穴をあけたのだろうか? もしそうだとしたら最悪だ。
天井があること自体おかしいし、納得がいかない。だが、実際目の前にある以上その存在を認めないわけにはいかない。結局のところ、問題は結果なのだ。事が露見したら、どんな報告がなされるだろうか? 今回は霧の異変どころの騒ぎではないのだ。幸い死者が出ていないとはいえ、騒動の被害がいくらなんでも大きすぎる。洒落にならない。もし紅魔館が原因ということになり、それが知れ渡ったら、郷中からとてつもないバッシングの嵐を受けるだろう。それに死者だったらこれからイヤになるほど出るかもしれないのだ。
なんとかしなければ。
なんとか、もみ消さなければ。レミリアはもう<パチュリス砲>が今回の事態を作り出した原因だと信じきっていた。 とりあえずは、穴をふさがないと。
「みて! あれ扉じゃない?」
萃香がそう叫んだ。彼女の指さす先、空のある場所に薄ぼんやりと光の筋で書かれた図形がある。
「本当に扉みたいだ」
「八芒星のゲート。書いてある符は見たことのないものだけど」
確かに、冥界の門に浮いている結界のシンボルと形が似ていた。オーソドックスな空中結界にはこの図形が良く使われるのだ。
「中に入ってみましょうか。水を止める手がかりが見つかるかもしれないわ」
紫がそう提案した。
「ああ、それしかないな……何かはわからないが、他にあてもないしな」
「待って。いやな予感がするわ」
霊夢がそう言ってみんなを静止した。
「どうしたんだ、霊夢。霊夢がそんなこと言うなんて珍しいな」
魔理沙はいぶかしげに尋ねた。
「……」
「巫女の勘ってやつか?」
「でも、霊夢。ここまできたのに、黙って見物していてもどうしようもないわ」
妖夢が言った。
「そうよ! 仮に何者かの罠だとしても、行動しない限り異変は解決しないわ!」
それまで黙っていたレミリアが急に声を張り上げたので、一同は一斉に彼女の方を見た。いきなり注目されてレミリアは少し身を引く。
「……と、紅魔館一同は思いますわよ、おほほ」
「……どうしたの、レミリア? 様子が変よ?」
霊夢がレミリアに声をかけた。
「そんなことないわよ、私は普通だぜ。普通普通。いたって普通」
「???」
(ちょっとレミィ、わざとらしいわよ)
パチュリーは口調がおかしくなってしまっているレミリアをたしなめるために、肘で彼女の肩をつついた。
(うー……)
「まあ……封印を施してあるってことは、隠さなきゃいけない何かがあるってことだろ? 上に昇って、あんな迷惑なポンプを作り出したやつをとっちめてやろうぜ」
魔理沙は何年か前の冬の異変のことを思い出していた。あの時も冥界の封印を偶然空で見つけて、破って入ってみたら黒幕が居たのだ。今回だってそうかもしれない。場辺り的な考え方だが、彼女たちはだいたいいつもそうしてきたし、それで上手くいってきた。
それに入るな危険の立て札が立っていたら、なおさら侵入してみたくなるのが冒険者の心意気というものだ。もし罠があったとしても、これだけの戦力があるのだ。そう簡単にやられはしないだろう。そう考えた。
相談の結果、外で様子を見る人間を一人は残そうということになった。比較的戦闘向きではなく、唯一本部への通信手段を自力で持っている鈴仙が、連絡役として残ることになった。
「えっと、誰か私のリュックを持っていってくれる?」
「ああ、じゃあ私が預かるわ」
妖夢は鈴仙からリュックを預かることにした。鈴仙はリュックの口を広げて、簡単に中に入っていた薬品の説明をする。
「ひとつだけラベルの貼っていない黒い薬瓶があるわ。それの中身は<蓬莱の薬>だから」
「ええ? そんなの持って来ていたの?」
「うん。師匠から持たされたのよ。どうしようもなくなった時に使って」
「わかった……まあ、私たち幽霊は使えないけど、もしもの時には役に立つでしょう」
「アリス、あなたも外で残りなさい」
パチュリーがそう言った。
「え……なんで? 私も行くわよ!」
強い口調で意外なことを言われたので、アリスは反駁した。
「あなたの能力も戦闘向きではないわ。それに、結界について知識のある人間が外にいてくれた方が色々と安心できるわ」
アリスもあれからパチュリーについて八卦の結界術を学んでいてた。
「……」
「これはお願いよ」
「はい、わかりました……」
うなだれたものの、アリスは素直にパチュリーの意見を受け入れた。パチュリーには何か深い考えがあって、自分をここに残そうとしたのだと考えた。
「なんだ? パチュリーの言うことだったらアリスは素直に聞くのか?」
アリスが妙にすんなりとパチュリーの指示を受け入れたので、魔理沙は不思議に思った。
「そりゃあ、あなたと違ってアリスはいい子だから、先輩の言うことをちゃんと聞いてくれるのよ。本も盗んだりしないしね」
「おいおい、人をまるで聞き分けのない子供みたいに言うんだな?」
「そう聞こえなかったとしたら、私の言い方が悪いのね」
「ちぇっ、くそっ。ひどい言い草だぜ。せっかくいつも遊びに行ってやってるのに」
ちょっと魔理沙はいじけた。
一同は天井に書かれていた結界を反転させ、内部への進入路を開くことにした。
「表面に書いてある文字は読めなかったけど、問題なかったわね。普通の八卦結界のようだわ」
紫が結界を調べてそう言った。
護符と呪術用のクナイを用いて即席の術を施すと、結界が音を立ててはじけた。
STAGE 5 大空の境界の中で ~ From Border of the World.
この時点でのメンバーを列記。
天蓋内部:霊夢、魔理沙、レミリア、フランドール、パチュリー、紫、幽々子、妖夢、萃香(9名)
高空:アリス、鈴仙(2名)
地上:文、咲夜(2名)
少女たちは術を行使し、結界のゲートを越えて天井の中に入った。
足元に描かれた八芒星の文様が光を弱め始めると、すぐにざわりと肌に異様な空気が障った。目の前には見るからに異質な空間が広がっている。
急な様子の変化に、一同は皆緊張した。
……周囲の様子を観察する。光源となる灯りは見つからなかったが、なぜか遠くまで景色を見渡せた。前方は遥か地平線の向こうまで遮蔽物が一切ない。空の方向は暗く、どこまでも続くような深淵だった。所々、赤や黒の薄いもやが浮かんでいる。少なくとも肉眼では天井が確認できない。星の無い夜空の下の荒野に立っているような印象だ。
後を振り向いて見るとやはり何もない空間が続いていたが、ずっと向こうに壁のようなものが見えてそれが視界を遮っていた。
一同はみな同じように口をあけて、ぽかんと辺りを見回した。誰もこのような場所を知らなかったからだ。空の天井裏にこのような世界があるとは、誰も予想していなかった。
ふらふらと彷徨うように、何人かが周りを見回しながら歩きだした。
「何だここは?」
魔理沙が思わずそう言った。
下の高空と比べると、気圧が地上と同程度であることに気づいた。大気の組成はほとんど地上と変わりない。体表の結界をほどいても、問題なく呼吸できそうだ。すぐ真下の空間とくらべれば、まだ人間の生存に適していると魔理沙は思った。だが、どことなく不快な気分にさせる嫌な雰囲気がある……うまく言えないが、どこかずれているような……。
「この床……」
霊夢が足を踏み出してみると、ぐにゃりとおかしな感触がした。今まで味わったことのない新しい感触だった。材質がなんだか分からなかった。土や石ではないし、ゴムでも金属でもない。生き物の肌や皮とも違う。
幽々子は紫を見た。スキマを操り、色々な異空間に出入りしているこの妖怪なら、このような異質な場所でも知っているのではないかと思ったからだ。
紫は幽々子の視線に気づいてしばらく彼女の目を見たが、やがて首を横に振った。
紫が知らないのであれば、他の誰も知らないだろう。
「おかしいわ、この空間、スキマが使えない……」
そんな紫は術を行使しようとして失敗していた。
「次元穴もダメね。何か特別な力が働いているみたい」
霊夢もそう言って紫を見つめた。霊夢と紫は見つめ合った。何か……
魔理沙は耳をすましてみた。遠くからゴロゴロと耳鳴りのような音が聞こえていて、それがだんだんと近づいてくるのが分かった。眉をひそめて音の聞こえてくる方角を探る。地平線の向こうから聞こえて来ているようだ。
「何の音だ? これは」
「気をつけて。ここは何だかおかしい、それに……何かが近づいてきているわ」
妖夢がそう言って辺りを見回した。言われるまでもなく、その場にいた誰もが空間の異質さ自体に言いようのない、不安な、恐怖にすら似た感情を覚えていた。
「妖気も魔力も感じないぜ……?」
魔理沙はそう言いながらも、思わず有事に際して構える姿勢を取った。
「でも、何かがいる。風でわかるの」
妖夢が答えた。既に彼女は愛刀を抜刀していて、半身の姿勢で構えていた。
彼女はこれ以上ないくらいに警戒意識を高めていた。何者かがいる。こちらに対して善意ある存在ではない。そして、だんだんとこちらに近づいてきている。なぜだかそんなひどく嫌な予感だけをひしひしと感じていた。
「うわっ!?」
後方から叫び声。
入ってきたゲートを一人で見張っていた萃香が走ってきた。
「どうした?」
「たいへんだ! 入り口が閉じちゃった!」
「なんだって?」
「ごめん! 一瞬だったから、どうしようもできなかった」
「閉じ込められたってことかしら」
幽々子が言った。萃香の立っていた、さきほどまでは八芒星のゲートがあった場所を見ると、描かれていた結界の紋様がきれいさっぱり消えてなくなっていた。
「これは……なんてこと……この空間は!」
誰かが急に声を荒立てたので、皆が一斉に聞こえてきた方角を見た。
紫だった。
「どうしたんだ、紫?」
「なんてことかしら。ああ、わたしとしたことが」
紫は眼を見開いて、目の前の空間を凝視していた。
その様子を見て、魔理沙や霊夢は眉をしかめた。
何かが起ころうとしている。良くない、何かが。
「幽々子様!」
妖夢が叫ぶ。
「ええ。わかっているわ」
「みんな、気をつけて! なにかが、いる。すぐ近くまで来ている!」
また妖夢がそう言って、皆に注意を促した。
音が大きくなってきた。耳障りな、虫の羽音のような音。
もう、すぐ側まで来ている。
「何も見えないぜ……?」
「「……?」」
妖夢は体の周りの空気が渦を作っているのを感じた。それが嫌な気配を覚えた前方の空間に吸い込まれていく。不快な気配が最大限に大きくなり、彼女の神経に警鐘を鳴らした。みろ、敵はもうすぐそこに居る。そう誰かから警告されたような気がした――――
そして、ついにそいつがあらわれた。
その時、目の前に染み出してきたモノのことは、一生忘れられないだろう。
妖夢の目はそいつを見たが、それが何なのか理解できなかった。
前方の空間に何かがうごめいているのは分かった。
だが、正確な形がつかめなかったのだ。
奇妙なことに、まるでそいつらの持つなんらかの性質が、見られることを拒んでいるかのような――
ボール、なのか?
表面はマーブル模様で、腐ったイチジクのように変色した赤茶色と、黒色が渦をまいている。その中に包まれるように、ぎらぎらとした嫌な色の、明滅する強い光のちらつきが見えた。
なぜこんなところにこんなものが? そう考えて茫然としていると、視界の中で、ボールに見えたものの姿がゆらゆらと揺れ、小さくなり、またふくらんだ。まるで熱気の靄(もや)を通して見ているみたいに輪郭がぼやけて見えた。
そしてそいつの中心が勢いよく裂けて中から真っ赤な口が――
――それが口といってよいものかどうかすら、判断がつかねた。
たとえるなら、空間そのものに口がついているように感じられた。
だけど、いびつで悪意に満ちた形と、周りに付いていた、いくつもの銀色にてらてらと輝くぎざぎざの歯から、そいつの役割だけは納得できた。
……削肉機だ。
一同は同様に、そいつらを見た瞬間に、それらの根底に広がる表現しようのない異質さ、恐ろしさを実感した。
「逃げて! そいつとは戦ってはいけない!」
声を張り上げて叫んだのは紫だった。
「なにいってんだ、こんなやつら!」
魔理沙が懐から八卦炉を取り出し、化け物どもに向ける。
その時、霊夢はちょうど魔理沙の手元を見ていた。炉を持つ彼女の手が震えているのがわかった。
「恋する乙女、虎穴に入りては撃ちてしやまん、ってな! マスタースパーク!!」
掛声とともに、八卦炉がうなりをあげる。
視界を覆いつくさんばかりの閃光が放たれたが――化け物には命中しなかった。
いや。間合いもタイミングも完璧だったから、命中しなかったというのは適切ではないのだろう。
閃光は、化け物にある程度近づいた地点で、まるでパズルのピースを取り除いてしまったかのように、欠けて、消失してしまったのだ。
「……!!!」
――なんだ、これは。
魔理沙は心底驚いた。単純に弾を消すやつなら、今まで戦ってきた相手の中にもいた。だけどこの消え方は、今まで経験してきたものとは全く違う。
ついで放たれた護衛用の星弾も、届く前になくなった。
――弾幕を刈り取ったのか?
いや、あいつは弾幕を刈ったわけじゃない。
それは、わかっている。そんなことはわかっているじゃないか。
あいつは、もっとたいへんなものを刈り取ったのだ!
瞬間的に頭が真っ白になり、霧雨魔理沙の脳裏にある確実な感情が湧きあがってくる。
それは、久しく感じたことのなかったものだ。
未知の存在に対するどうしようもない畏怖という感情――――
みんな気づいていた。こいつと、強さを競っても意味が無い。なんというか、そういう概念とは別の場所にいる生き物だ。
生き物? そもそも誰がこいつを生き物だと証明したのか。
「マスタースパークを食ったのよ!」
紫が叫んだ。
「あいつは”存在”そのものを食うためにおかれているものなの! あいつらは掃除屋。境界を越えようとしたものを処分するため、この空間におびき寄せて始末するために設置された自動機械。どんな攻撃も通じないわ。攻撃そのものの存在を食うことができるのだから!」
紫がそんな風にほえた。
実に奇妙な光景だった。あのスキマ妖怪が、いつも泰然としてどこ吹く風で余裕に満ちていた、あの紫がこんな風にうろたえ、声を荒げるなんて。
その様子は、一同に自分たちは越えてはならない境界をおかしたことを実感させた。その境界とは世界と世界の境界。やつらは境界を維持するための自動機械だと紫は言った。
大昔に、天頂に届く塔を建てたバビロンの王は、神の怒りに触れていかづちを受けたという。
神はなぜそんなことをしたか?
そうせざるを得なくて、そうしたのだ。人間に、自分の創造物に世界の仕組みを知られてしまっては、世界の存続が危うくなってしまうから。いま自分たちは、幻想郷の神であるという、竜神のいかづちを受けているのだろうか?
八雲紫は天空に広がる穴を見て以来、今の今まで考えていたのだ。
幻想郷創世の時、自分もそのときその場に居合わせたのではなかったか? 博麗結界設置の時は、積極的に協力したではないか。そのとき自分たちが作り上げたのは、こんなばかげた世界だったろうか?
いや、そんな事はなかった。
では、現在自分たちを取り巻いている不可思議な状況は一体なんなのか。空を突き破った先に広がるこのわけのわからない世界は一体何だと言うのか。
――ひとつ、思い当たることがあった。
馬鹿げた空想に思えるが。あまりにも、荒唐無稽に思えるが。
幻想郷は全てを受け入れる。それが幻想郷のテーゼだ。
もし、幻想郷が『幻想となった世界観そのもの』を受け入れていたとしたら?
まともな教育制度もない神秘主義と迷信が支配する時代に、大勢の誇大妄想家達によって考え出された子供の落書きのような世界観。科学の発展と人間の活動領域が拡大した結果として、幻想として打ち捨てられていった世界観。そういうものは、今までごまんとあったのだ。
インドの宗教では、世界は象や亀の上に乗っていると本気で信じられていた。
あるいは彼女達は、この瞬間に、古代ギリシアの巨人アトラスが天の天井を支えていないことに感謝するべきなのかもしれない。外の世界では、空を飛ぶ城は幻だった。雲の上にある仙人達の国はおとぎ話の世界に過ぎないのだ。
そういうお話は、物質社会を維持する上では無用の幻想として、人々の頭の中で取るに足らない空想の世界として整理された物語にすぎないのだ。では、そういった物語達はどこへ行くのか?
それはここに来るのだ。幻想を取り込む結界の効果によって、不要とされた幻想観は全てここ、幻想郷に集まってくるのだ。
紫にはわかっている、あの日結界で郷を外界と隔離して以来、少しずつ歯車が違っていったのだ。幻想郷が存在する宇宙そのものが、非合理な世界観で構成されるように変わってきていた。
幻想となった事物の全てが混在し、全ての法則が無意味になる世界。ここでは、自分の力すら通じるかどうかわからない。
今眼前にいるやつらには見覚えがあった。それは自分がスキマの能力を使って、境界を越え始めて間もないころの記憶だった。ずいぶん原初の記憶なので、今まで忘れていたのだ。
越えてはならない境界を越えたときに、そいつらはいた。
その時も同じだった。自信のあった弾幕も、妖術も一切が通用せず、紫は命からがら新しいスキマを開いて遁走したのだった。
生まれて初めての敗北だったが、別段悔しいなどとは思わなかった。
隕石や津波のような自然災害と強さを競いたがるものがいるだろうか?
「逃げて!」
誰が叫んだのかは分からなかった。
紫だろうか、霊夢だろうか? 誰でもよかった。
とにかく、みんなその言葉に従うしかなった。
遠くを見れば、今目の前に居るボールと同じ姿をした無数のものが、空を飛びながら殺到してきているのがわかったからだ。
もはや、彼女らは英雄ではない。
よだれをたらしながら獲物を狙う狼に追い立てられる子羊の群れにすぎないのだ。
ここはやつらの狩り場だった。
一同は全速力で逃げ出した。
霧雨魔理沙は心底おびえていた。得意な魔法が全く通用しなかったこともあった。だが、それ意外にも理由があった。彼女は気づいていなかったが、彼女だけでなくこの場に居る全員が空間の異質さそのものに畏怖を抱いていたのだ。それは、彼女たちのいつもの勇気をそいでいた。
彼女たちを支えていた秩序は既に崩壊していた。
その時の魔理沙はまったく魔理沙らしくない、卑小で臆病な一人の人間に過ぎなかった。自分はこの中で一番早く飛べるのだ。そんな事実を思い出したのはなぜだろうか。ほかのやつより早く飛べば、自分が襲われることはない。そうして安心しようとしたのだ。
「ま、魔理沙!」
霊夢が叫んだ。
信じられないことがおきた。魔理沙が体勢を崩して箒から落下したのだ。
足がもつれた? そんな馬鹿なことがあるだろうか。しかし、万に一つの可能性でも、起こり得るべきことはいつか起こる。その万に一つのミスを、彼女がここで犯してしまったというのは、単なる偶然だったのだろうか。
とにかく、気がつくと魔理沙は地面に突っ伏していた。
目を開けて、恐る恐る後方に視線を向ける。
黒い捕食口が着実に近づいて来ていた。
あっ、そうか。いらないのは私なんだ。一番最初に攻撃したのは私。一番最初に食べられるのも私。
魔理沙はそう考えた。
あいつらがやってきた。
彼女を捕らえるためにやってきた。
魔理沙はしりもちをついたまま、声にならない悲鳴をあげた。
集団から一匹だけ先行していたボールが、彼女の前にふわりとまるで闇がにじみ出してきたかのように気色の悪いあらわれ方をし、その憎悪に満ちた捕食口をがばっと広げた。虚無に通じる紅い円。
魔理沙が死の呼びかけを聞いた瞬間。
ちょうどその時、何かが目の前に躍り出た。
――霊夢だ。
魔理沙の楯となるように飛び退りながら、彼女は何枚かの御札を放った。
御札はボールの手前で爆裂した。
空気の圧力に流されたのか、ボールは態勢を崩し、あさっての方向に傾く。
霊夢は完全にボールの牙をかわしたつもりだった。
だが結果は違っていた。
霊夢は右の脇腹から肩の腱までをえぐられていた。ボールの刃は、見えているとおりの範囲に広がっているわけではないようだ。霊夢は体の一部を奪われてその場に昏倒した。
倒れこんだ霊夢を、魔理沙が抱きかかえる。体に生気がない。
「霊夢が、私をかばって……」
自分はみんなのことなんか考えなかった。自分さえ助かればよいと思った。
だけど霊夢は。ちゃんと自分を助けてくれた。
自分が代わりにやられればよかったんだ。魔法使いの代わりはいくらでもいるけれど、巫女の代わりはいないじゃないか。魔理沙は霊夢の体を背負い、後悔に震えながらもふらふらとした足取りで再度箒にまたがった。
だが、ショックを受けているのかその動作はぎこちなく、箒のスピードも出ない。
「魔理沙、かして!」
萃香が魔理沙の腕の中から霊夢をひったくって、かわりに担ぎあげた。
鬼のもの凄い力で霊夢の体を両腕に抱え、そのまま空へ飛びあがる。
一同はまた全員で逃走した。
逃げる、逃げる、逃げる、ただひたすらに。
……どこへ? ……知るもんか。
誰もが冷静さを失っていた。幻想郷で最高のメンバーを集めたと言うのに。
何事にも動じず幻想の全てを目撃してきたスキマ妖怪が、朝靄の鬼が、生死を自在に操る亡霊が。彼女たちの誰もがただひたすらに前を目指した。奴らから逃げるために、目の前の恐怖から一時的にであれ、避難するために。
暗い天井世界の中をやみくもに飛びぬけた。
だがボール達は執拗に追ってきた。まるで存在するもの自体を憎んでいるかのように、無数の不気味な姿をしたボールが少女たちの肉を、命を欲して群がってくる。
「もうすぐ壁に着いてしまうわ!」
「どっちへ……!?」
その時、右手から新しいボールの集団が現れて、彼女たちを包囲するように運動した。
一瞬の躊躇が明暗を分けた。急ブレーキをかけて、先頭を飛んでいた妖夢が停止する。
うろたえて左右を見回し逃げ道を探すが、既にボールの群れは少女たちを半包囲していた。
もうだめだ、と思って妖夢は目を瞑った。
死を覚悟する。
そのとき幽々子が一人、ふわふわと飛びながら黒いボールどもの群れの真ん中にむかって飛び込んでいった。
ボールは幽々子に群がり、嬉々として彼女の五体を切り刻む。
「幽々子様?……そんな、嘘」
その光景を見上げながら、妖夢が呆けたように、口を開ける。
またたく間に幽々子の体はばらばらにされ、散り散りになった。
「ああああああああああああうああああーーーーーー!!!」
妖夢の絶叫が暗い空間一杯に響き渡った。
「妖夢、しっかりして! この隙に逃げるわよ!」
そんな妖夢の手をつかんだのは幽々子だった。
「幽々子さまが、ゆゆ……あえっ!? 幽々子様!? なんでっ、あれは!?」
「いいから早く!」
「ぶ、ぶみょん!」
妖夢は幽々子に手を引っ張られて、すでにボールから逃げ出していた一同を追った。
少女たちは、今さっき幽々子の姿が消えた空間と反対方向へ飛んだ。
いつの間にか壁は一つの広大な会廊へと続いていたが、彼女たちが周囲の景色の変化に気づくことはなかった。
ただ恐怖に支配され、後ろを振り返る余裕もなく、とにかくこの場所から離れたいと言う願望だけに支配されて、全速力で地形を駆け抜けた。やがて少女たちの姿は暗い天井世界の闇の中に溶け込んでいった――
*
夜――
凍てつく冬のとばりが辺りを包んでいる。
部屋の中、暖かいベッドの上で、少女は足をばたつかせた。
少女の左右には両親がいて、彼女が眠るのを見守っている。
少女には自分が守られていることに対する実感はなかった。物心つくころから当たり前のように与えられていたその温もりが、この先もずっと続くものだと思い、疑いもしなかった。それが彼女にとって当然の世界だったから。
「ねえ、おとうさま。ごほんをよんでー」
少女はかたわらにいた父親にせがんだ。
彼女の父親は博識だった。多くの本を持っていて、千夜一夜物語に出てきて王様にお話を聞かせる奴隷よりもたくさんの物語を知っていた。寝る前に父親の口からお話を聞いたり、本を読んで聞かせてもらうのが、少女にとっては何よりの楽しみだった。
その日も父親は本棚から取り出してきた分厚い名作集を寝室に持ち込んで、うとうととしながらも一生懸命に起きていようとする娘に、その本に書いてあったお話を読んであげることにした。
ひとつのお話が終わったあとに、少女はかねてからの疑問をぶつけてみた。
ひとつひとつのお話に出てくる登場人物は実に活き活きとして見える。だけど、物語が終わった後に、その主人公たちはどこへ行ってしまうのだろう? オセローやハムレットやロミオは死んでしまったけど(考えてみればシェークスピアの登場人物は死んでばかりだ)、だいぶ生き残った人たちもいたはずだ。
その人たちはどうしているのだろう。別のお話に出てこないのはなぜなのだろう。ちゃんと元気に暮らしているのだろうか。
それを言ったら、父親はお話の登場人物にまつわる一つの物語を聞かせてくれた。
それが、捕食者のはなし。
父親の聞かせてくれたお話のあらすじはこんな感じだった。裸の王様や、ヘンゼルやグレーテルや、アンナ=カレーニナやピーターパン、ギリシアの英雄ユリシーズやペルセウスが一同に会している国がある。彼らは最初は幸せに暮らしている。
ところが、やがてそいつらがやってきて、もうお話に登場しなくなったキャラクターたちを、むしゃむしゃと食べてしまうのだ。まるでエサの残飯を与えられた豚みたいにがっついて。
出番のなくなった物語の登場人物は、その国に集まって、そいつらが来るのを待たなくてはならない。彼らはただ暮らしているだけではなく、順番待ちをしているのだ。もっとも効率の良いやりかたで、不要になった自分たちを始末してくれるものたちを待っていなければならない。
そのお話はあまりにも異様だったし、なにより夢がなかったので、お話が終わった後、少女は恐ろしくなって父親の胸を泣きながらげんこつで叩いた。
父親は驚いた。
少女はちょっと変わった趣味を持っていて、いつもおとぎ話よりも、吸血鬼や首なし騎士や、船乗りを海の底に引きずりこんでしまうローレライの魔女みたいな怖い話を好んだから、今回のような話でも喜んで聞いてくれると思っていたのだ。
「ごめんよ、ごめん。そんなに怖がるとは思わなかったんだ」
父親は娘に謝り、彼女を抱きしめて髪の毛をやさしくなでてくれた。
ひとしきり泣いた後、やがて少女は疲れて眠りについた。
少女はなぜそのお話をそんなにも怖がったのか、自分では気づいていなかった。
少女にはいつか自分が捕食者たちに追われる立場になるという予感があったのだ。
なぜなら彼女は生まれつきの魔女だったから。
その子が生まれた頃には、もう魔女はだいぶお話の中の出来事になっていた。魔女はいつもお話の中では悪者だった。教会から追われているし、見つかって捕まったら火あぶりにされてしまう。森の中で隠れ住んでいても、やっぱりヘンゼルとグレーテルの兄妹に見つかって、かまどで焼かれてしまう。そして読者がその死の意味を顧みることなんて、ぜんぜんない。
運良く生き残ったしても、お話上の存在である限り、最後にはその国に行かなければならい。
少女は自分が物語上の存在で、いずれ必要とされなくなったら捕食者に、キャラクター・イーター達に捕らわれるだろうということを知っていた。出番のないキャラクターを効率的に切り刻むシュレッダーの中に放り込まれるということを。
だから考えた。夢を見た。夢はいつも悪夢だった。自分が追われるべき存在なのだという認識が、頭の隅にいついて離れなかった。忌まわしい魔女、十字架は決して彼女を見逃さない。
そして今、少女は現実に捕食者に追われていた。
彼女の背後の暗闇から、憎悪に満ちたそいつらがあふれでてきては追いかけてくる。
少女の生を、実在を欲して群がってくる。
少女の名前は、パチュリー=ノーレッジと言った。
*
いつの間にか空間が変わっていた。
別の場所に出たようだ。
床はさっきのようにやわらかくなく、硬い石敷だ。
見まわすと自分たちのいる場所が、ホールのような半円形のドームの形をしているのがわかった。まるで太古の遺跡のような雰囲気だ。
「吸血鬼姉妹は?」
紫が周りを見渡し、メンバーの数を確認して言う。
「わからない。途中ではぐれたみたい」
萃香が応えた。
紫は通信機を取りだし、耳に当ててレミリアを呼びだそうと試みる。
「連絡が取れないわ。たぶん、ここは電波が届かないのね」
「そんな!」
魔理沙が叫んだ。
「無事を祈るしかないわね、私たちは私たちで、あいつらから逃げるしかないわ」
「この壁……」
妖夢がドームの壁を見ていった。
「これはただの花崗岩だよ」
萃香が壁に手を当てて言った。
そう言われて妖夢が萃香の方を見た時、隣にいた幽々子の姿を見えた。そしてあることに気づいた。
「幽々子様? 幽々子様、幽々子様……! ああああ、お体が薄くなって」
「……」
幽々子は黙っていた。妖夢が幽々子を見てみると、彼女の体が透けていて、向こう側が少し見えることに気づいたのだ。
「妖夢」
呼びかけられて振り向く。
「ああ、紫様、これはいったいどういうことなんですか?」
「妖夢。幽々子は自分を二つに分けて、片方をおとりに使ったの。私達を救うために」
「え?」
妖夢が再び幽々子を見る。
「幽々子さま、幽々子さまはご自分の半身を犠牲にされたというのですか!?」
妖夢は目を見開いて、自分の主にたずねた。
「……あらあー、大丈夫よ、妖夢」
しばらく黙ったあと、幽々子はおどけたように言った。
「さっき飛ばしたのは、せいぜい三分の一くらいだから」
「三分の一って……」
三分の一? 自分の三分の一を奪われたら幽霊はどうなるのだろう。
妖夢はますます目を丸くするだけだった。
そして、頭の中で事実を確認した。自分が主に命を救われたという事実を。守るべき主の犠牲のおかげで今生きていられるのだと言う事実を。妖夢はしばらく絶句して、悲壮な顔をしながら主を見つめていた。それしか、できなかった。
八雲紫はまた考えていた。
なぜ自分たちは逃げることができたのだろうか? もし敵が容赦の無い攻撃を加えていたなら。例えば周り道をして、自分たちを包囲するような動きをしていたなら。あいつらの速度と行動を見る限り、それは十分に可能だったはずだ。本来ならあの場で全員消されていたはずだった。
予想するにやつらはきっと、境界を越えようとする者に容赦しない、ただ異物を除去するという命令に従うだけの自動的なシステムなのだろう。それが先ほど魔理沙と霊夢を襲った時は、どこか躊躇しているように見えた。そのためらいの時間があったから、自分たちは逃げおおせることができたのだ。なぜやつらは躊躇したのだろう?
それはきっと、博麗の巫女の力が場にあったからだと紫は考えた。もし奴らが幻想郷を維持するためのなんらかの装置的なものなら、博麗の巫女の力も幻想郷を支えるハードウェアと言えるではないか。ハードウェア同士は本来潰しあわないように出来ている。
本当はやつらは霊夢だけには手出ししないで、他の自分たちだけを始末する予定だったのではないか。それが、巫女に攻撃を仕掛けてしまうという予想外の事態が起こったために、ボール達のシステムに一瞬ノイズが走ったのだ。
幻想郷にとっては、自分たちは単なる異分子だ。むしろ、博麗の巫女をそそのかしてここに連れ込んだということで裁かれるべき罪があるとも言える。いや、罪といったそのような恣意的な選別はしないかもしれないが――どちらにしろ分からないか――先ほどみたあれは、意思などないのかもしれない。はたして昆虫ほどの自我も持ち合わせているだろうか。
「なあ、誰か霊夢に蘇生の術をかけてくれよ」
今にも泣き出しそうな声で魔理沙が訴える。いつもの彼女らしさはどこにもない。
そこには、自らの過失によって友達を傷つけてしまった一人の弱々しい少女がいるだけだった。
「だって、魔理沙……こんな傷口を見たことがある?」
霊夢を寝かせて、萃香がそう言った。
霊夢の傷口からは血も流れていない。抉られた箇所は、ないのだ。そこにはただの虚無が広がっているだけだった。暗闇かと言えば、そうでもない。ただないとしか言い様がなかった。その有様をあらわす言葉は、まだ作られていない。
「おい、紫。何とかしてくれよ!」
魔理沙が声を張り上げた。詰め寄るように紫に顔を向ける。
「……」
紫は黙っている。
「なんだよ、お前もかよ! 普段大妖怪だとか偉そうなこと言っておいて、なにもわからないのかよ!」
「魔理沙……」
妖夢がたしなめるように言って、魔理沙の肩に手をあてる。
そして考えた。今がその時なのだろうか。鈴仙が渡してくれた蓬莱の薬。それを霊夢に飲ませれば……しかし……いくら蓬莱の薬と言っても、消された存在を補うといったような不可思議な効果を期待しても良いものだろうか……。
その時。
「彼女を救う方法はあるわ」
一同が声のした方向を見る。声を発したのはパチュリーだった。
「本当か、パチュリー!? 嘘じゃないんだな!?」
魔理沙は声を高くしてパチュリーの方に進み出た。
「たぶん、これで上手くいくと思う」
パチュリーは手のひらに握っていた金属質の物体をみんなに見えるように差し出す。
「それは何ですか?」
妖夢が聞いた。他の皆もその物体に注目する。
「<七曜炉>。私が長年研究していた魔力増幅器よ。私はこれを使って創世の魔法を研究していたの」
創世の魔法という聞き慣れない単語を前に、全員がいぶかしげな表情を作ってパチュリーを注視した。
「霊夢の抉り取られた部分は存在していなかったことにされた。そうでしょう? 紫」
「ええ、そうよ」
「存在していない部分を補うには、新しい存在を作り出すしかない」
「……この炉を使って、新しい存在を創造するというの?」
「そう。新しい霊夢の身体を作り出すの」
「できるのか!?」
期待を込めた声で、魔理沙が言った。
……パチュリーがうなずく。
「でも、それにはみんなの協力が必要」
「どういうことだ?」
「モノを創造するには、そのモノの正確なイメージが必要なの。だから念じるの。彼女の完全な姿を思い浮かべて」
そう言ってパチュリーはその場に集った少女たち全員を見回した。
「私一人のイメージでは足りないわ。あなたたち全員の、霊夢の親友であったあなたたち全員の想いが、力が、彼女のことを考えて、一緒に過ごした日々の思い出が必要なの」
「霊夢と一緒に……」
「過ごした日々……」
誰ともなくつぶやいた。
そして彼女たちは思い浮かべた。皆が集う、皆が慕う神社の巫女の姿を。
彼女の笑顔を、あきれた顔、怒った顔、空腹な顔、これまで一緒に過ごした歳月で見てきた彼女の様々な表情を。
そこに神社があるから少女たちが集まったわけではない。
そこに博麗霊夢がいたから、少女たちは集まったのだった。
パチュリーの指示により、一同は<七曜炉>に手を合わせて円陣を組んだ。
魔理沙が、紫が、幽々子が、妖夢が、萃香が。それぞれの手をパチュリーの手の上に重ねた。彼女たちの手の下には<七曜炉>が、その下には傷ついた霊夢の体が横たえられている。
彼女達は、これから霊夢を救うために、かけがえのない友達の命を守るために、彼女の在りし日の姿を思い浮かべて祈るのだ。
そして祈りの時間が始まった――
「命にあふれた、楽園の巫女!」
「何ものにも縛られない、自由な少女!」
「素敵な素敵な私たちの巫女!」
みんなが、声をあわせて叫んだ。
みんなが大好きだった、元気だったころの霊夢を思い出した。
誰もがその姿を見て和み、それに見惚れて、ほろ苦い憧れと、甘酸っぱい恋のセンチメンタリズムをすら感じた少女。人々の憧れを一心に集めていたあの少女の命あふれる姿を、取り戻すんだ!
そして。
暗いホールの隅に、生命の宿らない天井世界の片隅に。
その時だけ、光があった。かつて神は、光あれと言った。今、その光は此処にある。
――実在を奪われた、身体部品の創世。
――生命の創世。
はたしてそれは成った。
美しい光の束が炉から充ち溢れ、存在の雫がしたたり落ちた。
「傷口が……ふさがっていく」
魔理沙が思わずうめきに似た言葉をはく。雫は霊夢の傷口に垂らされると、まばゆい黄金のきらめきを放ちながら、やがて少女の身体になじんでいき、後には元通りのみずみずしく生に溢れた白い肌が蘇っていた。
「霊夢……よかった」
紫が安堵の声を漏らした。珍しく、彼女の口元にはわずかに喜びの微笑が浮かんでさえいた。
「さあ、幽々子。次はあなたの番よ。あなたの存在を補ってあげる」
パチュリーが幽々子を見て、再び<七曜炉>を構えて言った。
「だって、パチュリーさん、あなた物凄く顔色が悪いわ。相当無理しているんでしょう?」
幽々子が心配そうにパチュリーの表情を覗き見る。
「いいの。償いをさせて」
「償い?」
「紫は大分前から気付いていたんでしょう?」
そう言ってパチュリーは紫を見つめた。
「……」
彼女は何も言わなかった。ただ真剣な面持ちでパチュリーを見返す。
「この洪水の原因を作ったのは、多分私よ」
「……どういうことだ?」
魔理沙が眉をしかめて聞き返した。
「一週間ほど前に、私はレミリア、フランと一緒に弾幕勝負をしていた。そのときに創世の魔法を使ったの」
パチュリーは外にいるアリスの名前は入れなかった。彼女をかばったのだ。
「その魔法は弾丸の形になり、フランを狙ったその弾は、それて空へ吸い込まれていったわ。丁度紅魔館から見て、西の方角」
「……パチュリーさん。つまり、この天頂に広がる世界は、あなたの魔法によって作り出された世界だというの?」
幽々子が、噛んで確かめるように聞いた。他の者も固唾を飲みながら、パチュリーの言葉に聞き入っている。
「さっきのボール。あいつらはキャラクター・イーターよ」
「……それは何?」
「子供のころ、父に読んでもらった話に出てきたの。疑問だったことがあったの。ひとつのお話が終わるときに、それまで読まれてきたお話の登場人物たちはどうなるのかって、子供だった私は聞いたの」
そう言ったあと、思わずぜんそくの発作が起こりそうになり、パチュリーはよろめいたが、なんとか立ち続けた。深呼吸をしてから、また言葉を続ける。
「読まれなくなった物語の登場人物たちは、キャラクター・イーターに食べられるの。そして、なかったことにされるのよ」
言った後、パチュリーは一同を見渡す。
「みんな、幻想となった存在でしょ? 亡霊に妖怪に鬼に魔法使い。物語に出てきてもおかしくないわ」
「そんなばかげた話が」
その時だった。唐突に不気味ないななきが耳に入った。
実際には音は鳴っていなかったのだろうが、あの独特の、こちらを不安にさせる存在感が、音として感じられたのだ。
やつらだ。追いついてきた。
「!」
「そんな……こんな所まで!?」
「ショートカット、8(アハト)、8(アハト)」
一同が驚いている間に、パチュリーは片膝をつき、右の手の平を前に出して構えていた。
「独符『FLAK36・88ミリ砲』」
パチュリーが高らかに宣言した。スペルカードの行使。名前は聞いたことの無いもの。それがなされると同時に、まばゆい閃光が辺りに立ち込めた。光はやがて一本の斜めに倒した棒のような形に固まってゆき、一瞬で、無骨だが洗練された鉄の塊が一同の目の前に現れた。
――見覚えのあるシルエット。
巨大な、大砲――
がこん、という音がした。パチュリーが砲身の底に<七曜炉>をはめこんだのだ。
そして間髪入れずに、その砲身の先から爆炎が吹きあがった。
砲弾が、ボールに向かって放たれたのだ。閃光が遠くホールの端でこちらをうかがっていた一匹のボールに命中し、そのボールは一撃で消し飛んだ。
「やつに魔法が利いた?」
「パチュリー、この大砲は何なの?」
魔理沙が言葉を漏らし、紫が尋ねた。
魔法が通用したこともそうだが、パチュリーがやつらに対して冷静に対応したことも驚きだった。
そう言えば、頭の中が先ほどよりもすっきりしている。少し前に感じていた、得体の知れない恐怖が気のせいか和らいでいるように感じられた。
(……あの場所)
一番最初にボールに遭遇した場所、あの場所がもしかしたら自分たちに冷静な判断をさせないようにする作用があったのかも――紫はそう考えた。
「大砲自体は普通のものよ。弾頭が特殊なの」
「まだいるぞ!」
パチュリーが質問に答えた時、魔理沙が叫んだ。すぐにパチュリーがまた大砲を発射する。
見れば暗がりの向こうに、既に数匹のボールがここから見れば豆粒のような大きさではあるが群がってきており、確実に近づいてきている。砲から火焔が六発噴出した時点で、パチュリーがその場にへたりこんだ。魔力が尽きかけているのだろう。
「パチュリー!」
魔理沙が掛けよる。
「大丈夫……」
「どこが大丈夫だよ! ……これ、私には撃てないのか?」
「……え?」
「魔力で撃ってるんだろ? やり方を教えてくれ!」
「……わかったわ、説明する」
魔力の尽きたパチュリーに代わり、魔理沙が撃つことになった。
位置を変わり、魔理沙はパチュリーに教わった通り何度か砲弾を発射した。遠くで爆炎が瞬いた。おそらくはボールが数匹消滅しているのだろう。確かにこの大砲による攻撃は、敵に通用しているが、このまま包囲されて一斉に襲いかかられたら防御のしようがない。
妖夢はさっきからただ見ていることしかできなかった。
仕方がない。自分の武器は刀だ。接近しないと使えない。
それに魔理沙のマスタースパークでさえ無効化してしまうような敵だ。
自分の剣が、一体なんの役に立つだろうか。刃ごと消されるのがおちだろう。
しかし――
妖夢は深い自責の念にかられていた。
先ほど、幽々子は身を呈して自分たちを助けた。
本来なら、従者である自分が進み出て主を逃すべきだったのに。
「エンチャント、付加対非存在属性!」
その時、妖夢の隣でパチュリーが呪文を行使した。
「!?」
妖夢の楼観剣が不思議な淡い光を放ちだす。
「いったい?」
「存在の位置属性をずらし、その刀が奴らを捉えられるようにしたわ。それであなたの剣でもやつらが斬れるはず」
「……!」
「左右から回り込んでくる敵がいるわ! そいつらをつぶして!」
「わかりました!」
肉弾戦であのような得体のしれない敵と当たれと言うのは、狂気の沙汰かもしれない。
それでも皆の役に立ちたい想いがあった。何より守るべき主が後ろにいるのだ。
空間の作用により、一種の恐慌状態に陥っていたものの、彼女は先ほどの短い戦闘の様子を目に刻みこんでいた。霊夢が敵の刃に斬られた時。あの時、あのボールの攻撃は見えている刃以上に広い範囲に影響を及ぼしていた。その時に注意深く観察してみれば、ボールが空間を消し去ろうとするその瞬間、わずかに火花に似たちらつきが現れるのが分かったのだ。その瞬間を見極めれば、ボールの攻撃範囲を予測できるかもしれない。
半身の姿勢を保ち、精神を集中させる。
いよいよ敵が、来た。
弾幕を掻い潜り、一匹のボールが悠然と、反面かなりの速度で砲の攻撃範囲を迂回して左周りに妖夢の控えている位置まで突進してきた。
「妖夢!?」
無茶だ、と萃香が隣から彼女の名前を呼んだが、妖夢の耳には入ってこなかった。
自分と、敵以外のすべてを世界から消失させ、相手の位置を感じ取る。
剣道の極意とは、結局のところ忘却だ。そう、何度も師匠に教わってきた。
それは恐怖や過去や未来と言った余計な情報の一切を廃し、剣を振るうことだけに自身を投じるということだ。正気にては大業ならず、剣とは死狂いなり。武士道の極意も、つまるところその真理に通じるのだ。
相手の攻撃の軌道は、実際に見える位置にはない。それを肌で感じ取るのだ。
永劫にも似た忘却と集中が妖夢の五体全体を一本の刃へと変えた。
怪物の口が大きく開いて、目の前の少女を、構えた刀ごと飲みこもうとして噛みついてきた。
妖夢は軸足をひねって、体を滑り込ませた。彼女の上方に、イーターの口と牙が靄のように広がっている。だが、本当の攻撃範囲はもっと広い。もっと、深く踏み込んで体を逸らす必要がある。上体を反らしてのけぞりながら飛び退り、妖夢はボールの攻撃を避けようと試みた。
ほんの一瞬だけ、少女と黒いボールの姿が交錯した。刀が牙の中を通り抜け、ゼラチン質を斬ったときのような感触が伝わってきた。それほどの反動はなかったが、妖夢の目には、楼観剣の刃がボールの反対側に突き抜ける様子が映った。
「人鬼・未来永劫斬……」
そっと妖夢がささやいた。彼女の頭に付けてあった髪飾りがほどけて、銀髪がはらはらと宙を舞う。見ればその先端は不規則な切り口になっていた。
ボールは真っ二つに切り裂かれ、理解を超えた爆発の仕方をして四散した。
「やった……」
ぞくっ、と身ぶるいをする。今、接敵した瞬間に感じた。あのボールの思考が見えた気がした。歯をくいしばる。パチュリーがキャラクター・イーターと読んだ化け物から感じたのは、全くの単一の感情だけだった。生あるものに対する、どす黒い憎悪。あいつらは、実在を刈り取ることだけに喜びを見出すように作られているのだと妖夢は思った。
「妖夢、危ない!」
「!?」
もう一匹いた。ちょうど今倒したやつの背後に、重なるように隠れていたのだ。
その新しいボールが口を大きく開けて、妖夢を飲みこもうとする。避ける? 斬る? この間合いではどちらも無理だ。
その時、空間が開いて、一瞬でボールがそこに吸い込まれた。
――紫のスキマだ。
「紫!? スキマが使えるようになったのか?」
「まだ、本調子じゃないわ。たぶん、この空間もなんらかの干渉を受けるみたい。すぐに閉じてしまいそう。みんな、早くここから脱出するわよ!」
その声に従い、みんな飛んで逃げようとする。一同のすぐ後方には、ホールの一角に外へ通じる通路が一つだけあった。そこへ逃げ込むのだ。そのために皆が一斉に動き出したが、一人だけ、その場に立ちつくしている者がいた。
「先に行ってて」
パチュリーだ。彼女は砲に次弾を装填し、おそらくは前方の暗がりに潜んでいるであろう敵に狙いをつけている。
「お前は魔力が尽きかけているんだろ!? 私が残るから……」
魔理沙がパチュリーの右腕に手をのせて交代するように呼びかけた。
「いいの。私に責任を取らせて」
「何を言って……うわっ」
魔理沙が言葉を言い終わる前に、パチュリーは魔理沙の胸倉をつかみ、そのまま一気に奥の通路の中へ放り込んだ。
「いてて……パチュリー!」
魔理沙が事態を把握したときには、既に通路とホールの間に壁ができていた。
パチュリーが魔法で壁を作ってふさいだのだ。
パチュリーは壁の向こうだ。その向こうから、先ほどの大砲の発射音が響いてきた。
「紫、はやくスキマを使って中に入るんだ! はやく助けないと!」
魔理沙が慌てて後に控えていた紫に言う。
紫が壁の前に出てくる。
「やってるわ……なんてこと!」
「どうした?」
「スキマが使えない……あの子、空間自体を閉鎖したんだわ」
「どいてろ!」
魔理沙が紫をどかし、叫ぶ。
「マスタースパーク!!」
魔理沙の怒声と共に、猛烈な閃光が放たれた。
やがてマスタースパークの膨大な光が収束し、煙が噴き上げたが、壁には傷ひとつ付いていなかった。
空間を閉鎖された以上、こちらから壁を破って進むことはできないのだ。
しばらくして、壁の向こうからの音も途絶えた。
「そんな……」
責任を取る、責任を取るだって? 魔理沙はパチュリーが最後に言った言葉を思い出して、唇をかんだ。皮膚が破れて、血が出てくる。
「バカヤロウ……」
魔理沙はしばらくその場にへたりこんだが、やがて立ちあがって通路の奥へ歩いて行った。
*
一行は少し移動して、洞窟の奥へと進んでいた。
小休止できる広間を見つけて、そこで霊夢を寝かせて看病をすることにした。
魔理沙が霊夢の手を取って、今にも死にそうな顔をしながら親友の額の汗をハンカチで拭きとる。
「う……」
「霊夢! 気がついたのか!」
「魔理沙……私は……あいつらは?」
「ここにはいないよ、霊夢……おまえ」
「ああ、大丈夫よ」
霊夢は頭を押さえながら、身を起こした。
彼女の顔は青かったが、先ほどまでとは変わって、それは生へ向かっている表情だった。
とっさに、魔理沙が霊夢を抱きしめる。
「魔理沙?」
「ごめん、私は、私はお前のことを身捨てようとしたのに……お前は、おまえは…」
安堵と、申し訳なかった気持ちと、愛情が溢れてきて涙がこみ上げてきた。頬からぼたぼたと雫が落ち、鼻水で顔がぐちゃぐちゃになった。
命がけで友人の楯となれる人間が、この世にどれくらいいるだろうか? きっとその数はおそろしく少ない。自分の親友は、まぎれもない英雄だった。そのことだけでも、嬉しくて満ち足りた気持ちになれた。
「魔理沙……いいの、わかってるから」
霊夢が自分を抱いている魔理沙の腕にそっと手をそえる。
魔理沙が少し離れて霊夢の顔を見てみると、彼女は優しくほほ笑んでいた。
その笑顔を見て、なおさら魔理沙の瞳に涙が浮かんできた。
口がわなわなと震える。生きていてくれた。かけがえのないものを失わずにすんだ。魔理沙はこらえきれなくなり、子供のように泣きじゃくった。
「霊夢……うぐ、れいむー。れいむー……」
ぎゅっと魔理沙は霊夢を抱きしめた。その拍子に、魔理沙の帽子が頭から落ちて通路を少し転がる。霊夢は帽子を拾いながら、やわらかく魔理沙の頭を撫でてあげた。霊夢の方が若干背が高いので、その様子は、再会を果たした仲の良い姉妹のように見えた。
一同はしばらくその二人の姿を遠巻きに見つめていた。
やがて紫が、静かに二人に近づいてきて声をかけた。
「ご両人さん、友情を暖めあうのは後にして、今は先を急ぎましょう」
「ああ、すまない」
STAGE 6 天人の岩戸 ~ The cave of the Adonai.
仲間を逃がすために、パチュリーは一人で残った。ホールの出口を封鎖したので、もう逃げ道はない。敵の数は先ほどよりも増えており、前方には数百の不気味な光が群れをなしていた。
幾度も砲弾を放ち、敵をけん制する。残り少ない魔力を振り絞るたびに、意識が薄れていった。魔力そのものと言える魔法使いのような存在が、魔力を使い果たしたらどうなるのだろうか。
先程、霊夢の傷を修復するのには、予想以上の魔力を消費した。全く新しい物を作り出すよりも、既に存在していて、そして失われてしまったものを取り戻す方が何倍も難しかったのだ。
それでは、それでは……結局――自分の望みは……。
そのことでパチュリーはかなり落胆していた。
はっと気づくと、自分の操っていた大砲の砲身の長さが、半分になっているのに気づいた。すぐ目の前に一匹のイーターがいて、そいつが削り取ったのだ。数秒間、意識を失っていたようだ。敵の接近を許してしまった。
すかさず、パチュリーは魔力を振り絞って、砲を噴射させる。また同じ爆発が湧きあがって、砲をかじったイーターが消滅した。だけど、砲身がなくなったので、もう正確な射撃はできないだろう。
(そんなこと、もう心配する必要もないか……)
それがパチュリーの最後の魔力だった。ついに彼女の意識は完全に途絶え、パチュリーはばったりと床に倒れこんで動かなくなった。
やがて、彼女を包囲するように運動していたイーター達の群れが、悠々と近づいてきて、彼女のすぐ近くに浮遊しながら、彼女を取り囲んだ。まるで誰が先に箸をつけるかを相談しているような様子だった。
その時、無数の青い光の散弾がどこからともなく飛んできて、パチュリーを囲んでいたイーターの一団に当たり、爆風でそれらを吹き飛ばした。
つづいて、同じ散弾の群塊がいくつも空を飛んできて、途中の空間上で不規則な屈折をしてばらけ、続けざまに直近の全てのイーターたちに命中した。弾が命中したイーターたちは、まるで空気が抜けた紙風船のように破れてしぼんでしまった。
ホールの端から不格好なボールどもを薙ぎ払って登場したのは、フランドールとレミリアだった。一行からはぐれた吸血鬼姉妹は、二人だけでも生存していたのだ。
青い光の散弾は、フランドールのスペルカード・禁弾「カタディオプトリック」。フランの全てを破壊する程度の能力は、キャラクター・イーターたちにも通じていた。
レミリアが高速でホールの中に進み出て、空中からパチュリーの体をかっさらった。そのまま数で圧倒しようとしてくるイーターたちの追撃を振り切る。フランが魔法弾を放って追ってくるイーター達の群れをけん制した。青い魔弾の爆発の輝きを後に、そのまま、三人はホールから脱出して行った。
「危ないところだったね」
フランとレミリアは、真ん中にパチュリーを抱えながら、一つになって飛んでいた。
いつの間にか、眼下には暗い空の下に、巨大な水たまりが広がっていた。地平線の向こうまで見えるところ全てに水が張っている。
「なんなんだろう、この水たまり……」
フランが疑問そうにつぶやいた。
「きっと、これが天の貯水池なのよ」
レミリアはそう言ったあと、自分たちの間に挟まれているパチュリーの顔をみた。パチュリーの顔は青く、額には汗がにじんでいた。
「まったく、この子ったら。世話が焼けるわ。紅魔館をお通夜ムードにしたら許さないんだから」
「パチュリー、みんなとはぐれたのかな。大分弱ってる」
フランドールはパチュリーの顔を見た後、また前を見る。
「お姉様、見て!」
フランドールが何かに気づいて指をさす。その先には、中心に不気味な光を内包した黒い塊が、数え切れないくらい浮いていた。
「なんて数!」
千? いや万はくだらないだろう。
遥か遠方に水柱が見えた。イーター達の群れはその水柱に食いついていた。水柱はこの天井世界そのものの天井から落ちてきている滝のようだった。
見れば、下の世界に落ちている滝よりは、随分規模が小さい。
「あの水の塊を食らっているみたい」
「きっとあの水はどこか別の世界からやってきているのよ、見て。天井に穴が開いているわ」
そう言ってレミリアが右手で指示した先、暗い深淵だと思われた世界の天頂方向に、下の高空にあったものと似たような穴が開いていた。そこからやはり滝が一筋流れてきている。
「あいつら、いったい何なんだろう?」
「たぶん、やつらは世界の境界を守る機構なんじゃないかしら。だから外の世界から幻想郷に入ってくるものも例外じゃない。不正なルートで侵入してくる水を喰らって、幻想郷に異物が入ってこないようにしているんじゃないかしら」
「……あいつらは洪水を食い止めようとしている?」
「もっとも、下の世界を見る限り、その仕事は全く追いついていないようだけど」
「近づいたらあいつら、私達を狙ってくるんじゃないかしら」
「きっとね。水にあきてメインディッシュが欲しいころでしょうから」
「あんな数、とても相手にできないわ」
それにこいつらの数はもっと増えるのではないかという予感があった。それこそ何千、何万、何兆と。
観察していると、ある程度水を食べたボール達は湖底に沈んで動かなくなるようだ。
嫌な想像をしてしまった。
動かないでいるボール達の腹には、光源があった。動いている時よりも、光が安定していて、かなり強くなっているので、この距離からでも確認できる。
もし普段眺めている夜空が、この天球を半透明に透かしたものだったとしたら。
ボール達の姿は地上の人間からはどう見えるだろうか。
夜空に瞬いている星たち……
まったく、パチュリーはいったいなんだってこんな不気味な世界を創造したのか。
レミリアは水の底に渦巻きを発見した。おそらく湖底に穴が空いてそこに水が吸い込まれているのだろう。もう一度、天井の滝の位置を眺めてみる。滝と渦巻の位置関係。あの渦の穴から、まっすぐに一つの力が天井の滝の穴まで抜けたとしたら。ああ、そうか……あれは斜めに抜けたから
「でもさ、なんだか水が足りない気がするんだけど。今目の前にある滝は下の滝よりも随分小さいわ」
フランがそう言ったので、レミリアも不思議に思った。確かに、今目の前にある滝では幻想郷を水浸しにする程の水量が無い。
「ああ、違った。たぶん、雨水をためているプールの水と、今目の前にある滝の水とは別物なのね。幻想郷の洪水も、大部分はこの貯水池の水なんでしょう。たぶん、弾が止まらなくて上の世界の湖か何かをぶち抜いたんじゃないかしら。それで水が混ざってきているのね」
「上の世界って何?」
目の前のボールたちに動きがあった。
やがてこちらに気づいたようだ。まだだいぶ距離があるが、すぐに距離を詰めて来そうに見える。
「あの渦……きっと、あそこが幻想郷に水が漏れてきている穴だと思う」
レミリアが下方の水面に見える渦巻きを見て言った。
「ねえ、あの渦の中に飛び込めば、穴を伝って幻想郷に帰れるんじゃない?」
フランがそう言った。
幻想郷。レミリアにはその言葉が随分と懐かしく聞こえた。この天井世界へ来てから、まだ数時間しか経っていないと言うのに。
「私もそれは考えていたわ……でも私達」
「流れる水を渡れないわね。吸血鬼だもの」
「パチュリーも、死んじゃうかもしれないわ」
「……」
空を飛び、渦の方向に向かいながら、レミリアはフランの横顔を見つめる。
妹の顔を見つめていると、昔のことを思い出してきた。考えてみれば、化外の者として生まれてきた自分に、肉親がいるというのも、奇妙な話だった。家族への親愛――そういうものは妖怪が抱く感情としては、相応しくなく思える。
パチュリーを抱えていない方の手をフランの手に合わせた。
吸血鬼姉妹は、お互いに示し合わせたわけでもなく、ただ自然に互いの手を握り合う。
「フラン、流水の中に入ったことがある?」
「あるわけないわ。入ったら死んじゃうかもしれないって言われて、試してみるはずないじゃない」
「そうね。私もそう。でも、言い伝えが真っ赤な嘘だったっていう可能性もあるわ。今、私たちにはその一か八かの賭けしか残されていないようね」
「嘘だった方に賭けて、あの渦の中に飛び込んでみるってこと?」
「ええ。スリルあるでしょ?」
「……あーあ、せっかく生まれて始めて遠出したのに。散々だなあ」
「嘘ばっかり。欧州に居る時だって、時々私の目を盗んで外に出ていたでしょ?」
「バレてたか」
「バレないわけないでしょ。バレてたことにも気づいていたくせに」
そうレミリアが言うと、フランがいたずらっ子のように顔をくしゃっとさせて笑った。
レミリアは知っていた。妹は周囲で噂されているよりもずっと賢い。この妹も、495年の間ずっと生きてきて、その生の間中、学んできたのだ。子供っぽい外見に子供っぽい精神を入れた自分たちも、時折、年齢相応の精神状態になる時がある。目前に死が迫った今のような時間には、とても落ち着いた気分になる。
とはいえ――不死者であるとしても、未だ自分達は生きることに飽きていなかった。あんな得体の知れない敵に食われて消滅するのはまっぴらだ。
特に、今は生きているのが面白い。たぶん、あいつらがいるからだろう。はぐれてしまったが、他の仲間は無事だろうか。……これも吸血鬼としてはおかしな感情だ。種族も違うし、生きてきた時間も違うあいつらを、仲間と呼ぶなんて。それでも、恥もてらいもなく彼女たちをそう呼ぶことができた。そんな自分は、もうひどく人間臭くなってしまっているのだろうか――
「フラン、私達遠くまで来たわね」
「うん」
「欧州でも、この東の果てでも。いつもあんたと二人だったね」
「これからだってずっと一緒だよ、きっと。姉妹って腐れ縁でしょ?」
「……そうね」
眼下に渦潮が見える。
流れる水に吸血鬼を害する何らかの力があることは確かなのだろう。
どうだろうか。地上まで数万メートルもある滝の中をくぐって、自分たちは無事でいられるだろうか。太陽の光も、あまり長い間浴びていたらやはり消滅してしまう。きっと流水も同じ程度なんじゃないだろうか。
それでもパチュリーだけは地上へ送り届けたかった。また、次回の対策を立てるためにも誰かが、空の天井に別の世界があったという事実、また、この場所に来てはいけないということを伝える必要がある。
万に一つの可能性でも、試してみないよりはましだ。あの渦に飛び込んでみるしかない!
レミリア達は意を決することにした。
「う……」
その時、二人の耳元でうめき声があった。
「パチュリー! 気がついた!」
「私は……どれくらい、気絶していたの?」
「あなたを救出してからまだ30分もたっていないわ」
「急いで……たぶんあの穴は長くはもたない」
「どういうこと?」
「穴が閉じたら、ゆり戻しが起こる」
揺り戻し?
「戦いながら、ずっと調べていたのよ。この世界は不完全……いずれこの空間は消えてなくなる……私は…また世界の創……失敗…」
「パチュリー!? しっかりして」
「うっ、ごほっごほっ……大丈夫……あの渦に飛び込みましょう……水の魔法であなた達を保護するわ……私が」
「なにいってんの? あなた魔法力がすっからかんじゃない! そんな状態で無理したら」
「私を侮らないで、私は陰陽に生きる七曜の魔女。魔力の化身よ。この程度で消滅したりしないわ……」
そう言ったあと、パチュリーが魔法を行使したらしく、三人の周りを薄い結界の膜が包んだ。どう見てもカラ元気にしか思えないが、彼女の覚悟は伝わってきた。
姉妹はお互いを見合わせ、うなずく。
パチュリーの執念に賭けてみよう。行こう!
レミリア達は勢いを付けて水面に飛び込んだ。
水しぶきが数十メートルも立ち上がる。そのまま水中にのめり込む。すぐに、渦の水流に捕らわれて、水底に見えた穴の方角へもの凄い勢いで引き込まれていく。そこで彼女は自分の体が削り取られていくのを感じた。
やはり吸血鬼は流れる水に弱かった。
それにしても、そんな性質は一体どこから来るのだろう。
水に流されながら、体を削られながらも、不思議に落ち着いた気持ちでレミリアはそんな疑問を抱いていた。
手元を見れば自分の体の細かい粒が、体からはがれていくのが見える。まるで自分の一形態である霧のように。霧のような小さな粒の塊。
もしかしたら、霧こそが本来の吸血鬼の形なのかもしれないと思った。それが、自分の本当の姿。なんとなく、それなら流れる水の中にいると目方が減ってしまうというのもわかる。流されてしまうのではないだろうか。太陽の光に当たると灰になってしまうというのも、水分が蒸発してしまうということではないだろうか。
たぶん、自分は不定形なのだ。不定形なのが自分の本質。
それでも、その形のない存在を、今は友の魔法が守ってくれる……大分目方が減っちゃうかもしれないし、今だってだんだんと意識が薄れていっているが、何とか生きて地上にたどり着けるかもしれない。
流されて水中を移動していき、渦に入る前に、また不気味なものが視界に入った。
<パチュリス砲>が空けたと思われる水底の穴。その穴の周りに、上空に居たボールたちと似た姿をしたものが、まとわりついていた。そしてそれらは半ば水底の一部と同化していて、水に入ってきた無数のボールたちがまた次々に穴の周りに集まってきている。そうやって床の材質を補填して、だんだんと穴の直径を小さくしていっているようだ。
――自分の体を使って穴を塞ごうとしているのか……。
レミリアはそれを見て、なんとなくこの世界とあのボールたちの仕組みが分かった。
結局あいつらはこの天井世界を、幻想郷と上の世界との境界を維持しようとして働く仕組みなのだ。ちょうど人体の血液中にいて、ウィルスや細菌の侵入を防ぐために働いている白血球みたいに。今見ているものは、傷口をふさぐかさぶたのような行為なのだろう。
穴の周りに取り付いているボールたちは、レミリアたちには目を向けなかった。当座の仕事に集中している時は他のものが気にならないらしい。単純な構造なのだろう。
……それにしても歪んだ世界だ。こんなものを創造してしまうパチュリーはいったい……彼女の心のうちにどんな闇があるというのだろうかと、レミリアは訝しげに考えた。
レミリアたちは、そのまま流されて渦の中に吸い込まれ、巻き込まれたまま幻想郷の天井壁の部分を移動した。壁には随分な厚みがあった。そこの材質は半透明で、先が透けて見えた。
「……お姉様? 見て! あれ!」
フランが耳元で囁いた。
そのとき起こったこと。
世界と世界の境界、天井と幻想郷の間にある壁と思われる部分を、無数のきらめきが行ききしていた。視界に飛び込んでくる、膨大な光量。
七色の星屑がまるで流れゆく天の川のように、色彩の音階を奏でながらゆっくりと下方に、つまり幻想郷の方角へと吸い込まれていく。その光たちの色彩は、例えようもなく豊かで、まばゆく、美しかった。
五百年の年月の間にも目にしたことのなかった、新鮮な美しさ。それが何か、どういった現象であるかをレミリアは直観的に悟っていた。なぜならそれは、彼女もずっと前に身を持って体験したことだったから。
あれは、あの光は、幻想が幻想となる瞬間の光だ。外の世界で忘れ去られ現実を追われた幻想が、あの優しい世界に受け入れられる時に、幻想の存在として昇華するときに放つ光だ。
わたしたちも、こうやって幻想郷に受け入れられたんだ。
レミリアはそれを見て、自分が幻想郷へ来る前の思い出を心に浮かべた。光の先に、生まれたばかりの妹を抱いて泣いていた自分の姿が見えた。
自分は生まれたときから運命を見ることができた。
目に映った運命のほとんどが、良くない未来ばっかりだった。
ひどい世の中に生まれて五年経ったとき、素晴らしい贈り物が自分を待っていた。
運命ってやつも捨てたものじゃない、そう思わせてくれた。
おまえはどんな人生を送るんだろうか。抱いた赤子に対して、レミリアは問いかけた。レミリアにはなぜかフランドールの運命だけは見えなかった。
きっと、つらいことがたくさんあるのかもしれない。
生まれつき呪われた吸血鬼として生を受け、人々から蔑まれ疎まれても死ねない体をひきずって、長い生に耐えなくてはならない。
全てを破壊するなんていう、望まない力に振り回されて生きなければならない。
それでも、生きていて欲しかった。
自分と一緒にいて欲しかった。
あれは、自分が自分以外の存在をいとおしいと思った最初の時なのだ。
繋がった手からぬくもりを感じる。
自分に一番近い存在は、今、目の前に流れる栄光の大河を見て、ほとんど同じことを考えているはずだ。同じ時間を共有して生きている。
レミリアは命の流れを見た。妹と友の顔を交互に見た。新しい幻想の生まれ行く場所なのだ。美しいに決まっている。五感の全てと彼女を構成する粒子の全てに感動の振動が染み込んでゆき、彼女は気づかないうちに涙を流していた。
「ああ……なんて美しいのかしら……」
そう呟き、レミリアの意識は途絶えた。
*
「ねえ、鈴仙」
滝を観察していたアリスが鈴仙に話しかける。
「どうしたの?」
「こころなしか、水柱が前よりも細くなっているような気がするんだけど」
「本当!?」
「ほんのわずかなんだけど」
「待って、今計測してみるわ」
鈴仙は、電波の波長を操って、滝の様子を観測してみる。
確かにアリスの言うとおりだった。滝は地上で計測したときよりも、二割ほど細くなっている。
もしかして、だんだん細くなっていたのか? とすると、放っておくと自然に流入してくる水の量は減少するのだろうか。
その時、丁度滝の中を落ちていく物体があった。鈴仙はそれに気づいた。
水の落下速度よりもかなり遅い。おそらく、何らかの術を行使して水の流れに抵抗しているのだろう。ということは、意思のある存在だ。
この影……形……大変だ。確か吸血鬼は、流れる水をわたれないのでは無かったか?
鈴仙は大急ぎで地上へ急行する。
「ちょっと、鈴仙、どうしたの?」
アリスもびっくりしてその後を追う。
地上に降り立つ鈴仙。キャンプのあった崖の近くだ。
咲夜がこちらに気づいて走ってくる。
「咲夜!」
「鈴仙! どうしたの? 上で一体なにが……」
「咲夜、手伝って! 今、水と一緒に下に落ちた人がいるの! 多分あなたのご主人様よ!」
「なんですって!」
それを聞いた咲夜は、間髪入れずに大瀑布の根元に飛びこんだ。鈴仙も続いて飛び込む。水面をアリスが心配そうに見守る。
飛び込んだ鈴仙は水中を探って、力なく下降していく吸血鬼二人と魔法使いの姿を確認する。
咲夜の肩を叩いて、位置を指さして教える。
咲夜も主二人の姿を見止めた。
二人は滝壺の中でレミリアたち三人を見つけて、抱え込んだ。そのまま引きずって、岸部に上がる。なんとか三人とも救出することができた。
岸に上げて寝かせた三人の様子を、鈴仙が確認する。
レミリアとフランの身体は一回りほど小さくなっているように見えたが、息はある。
「大分弱ってるけど、三人とも生きているわ」
*
霊夢、魔理沙、紫、幽々子、妖夢、萃香の6人はさらに上へと進んでいた。
坑道の暗がりの中を、魔法の灯りを頼りに奥へと進む。途中、勾配が急になり、足場が悪くなった。
いつの間にか通路は狭く、そして四角く切り取られた鋭角のブロックへと変わっていた。
石畳の迷宮はほとんど一本道で続いていた。
「幻想になったものが入りこむというシステム」
その通路の中に、高い澄んだ声が響く。
「私たちは幻想郷という機構の望ましからざる真実を目にしているのかもしれないわ」
いつもの調子に戻った紫が、歩きながら一同に語っていた。
「つまり、パチュリーの術のせいだけじゃないってこと?」
萃香が聞いた。
「ええ、もしかしたら、元々世界自体が変わりやすくなっていたのかもしれないわ。パチュリーの術は、弱ったその世界観が変わる後押しをしたのではないかしら」
大昔のイラクはバビロニアと呼ばれていた。そこにいわゆるバベルの塔が建設された時に、人々は皆空の上には天井があり、それを越えると神の住む国があると信じていた。それが当時の信仰だった。紫はそんな伝承について語って聞かせた。
「キリスト教の旧約聖書にも、天にはいくつもの水門が設置されていると書かれた箇所があるわ。今私たちが居るこの場所は、その世界観を元にして作られたのかも」
「じゃあ、あの気色の悪い化け物は?」
「色々混ざってしまったのかもしれないわね。大昔の世界観と、パチュリーの空想と。いずれにしろ、仮説の域を出ないわね……こうなってしまった原因を探るには、外に出てこの空間のことをもっと詳しく調べないと。あの子たちがどんな魔術を施したのかも含めて」
しかし、その機会は永遠に失われてしまったのかもしれない。紫は壁の向こうに残ったパチュリーのことを思い出した。あの子……「責任を取る」と言ったのか。ほんの少しだけ紫は眉を歪めたが、周囲にいた仲間は誰もそれに気づかなかった。
「そう言えば、アリスの家にそんな本があったな」
思いついたように魔理沙が言った。
「……なんですって?」
「ああ、アリスがバビロニアの魔術を研究するっていって、図書館から本を借りてきてたぜ」
「……そう」
「それにしても、なんなんだ、この狭い通路は」
魔理沙が言った。
「どう見ても、人造物よね、これって」妖夢が応える。
「だいたいおかしいじゃないか。何で空の上に建物みたいな空間があるんだ?」
「魔理沙、そんなこと気にしてもしょうがないわよ。幻想郷の非現実にひとつひとつ突っ込みを入れていったらきりがないわ」
霊夢が言った。
それもそうかもしれなかったが、納得がいかない気持ちも皆共有していた。神がいるとして、こんな世界を作り出した神は相当な変人だろう。まあ、その神は今のところパチュリーではないかと疑われているのだが……
どれくらい歩いただろうか。ふと一角に、周囲とは異なった調子の整理された区画があり、その隅に上へと登る階段がしつらえてあるのを見つけた。
「見ろよ。階段だぜ」
先行していた魔理沙が言う。
「また罠じゃないかしら」
妖夢が不安そうに答えた。今までさんざん恐怖を味合わされてきたので、さすがに皆警戒していた。
階段を上って見ると、今度はまた違った建築様式の大きなパイプ状の空間へと出た。
足元にはいくつもの配管が縦横に走っている。
「はて? 懐かしい匂いがする」
紫が言った。どことなく間抜けな声。
「一体何なの? この場所」
妖夢が言った。
「天人の住処には見えないけど……明らかに何かの目的のために作られた建造物よね」
霊夢は辺りを見回してみた。壁の一部分がタイル張りになっていたりと、かなり凝った造りになっていた。足元には鉄の塊が何本か並んでいたが、やがてそれが鉄道のレールに良く似ていることに気付いた。
「さてと。どっちへ行く?」
パイプは左右にずっと長く続いていた。
「ねえ、あれってはしごじゃないの?」
萃香が上を指さした。
「上って選択肢もあるか…」
むしろ、上って選択肢しかなかったんじゃないか? なぜかそんな風に思ったが、理由は分からなかった。
「あそこから風のにおいがするよ!」
ということは地上が近いのであろう。
「いよいよ天人とご対面か? よし、登ってみるか」
一同はその梯子を登ることに決めた。
「うわ! これは随分とせまいな!」
「人一人で精一杯ね」
梯子を上っているときに、紫はそのせまい通路の壁を触ってみた。ひんやりとした硬い感触。材質には覚えがある。拍子抜けするぐらいに、覚えがあった。
大昔から使われていた材料だ。明治期に外界から隔離された幻想郷にだって、同じたぐいのものはあった。カルシウムだかケイ酸だかのいくらかの土壌の成分と、石膏と砂利と水を混ぜ合わせて作る建材――コンクリートだ。
「おい、見ろ明かりだぜ!」
魔理沙が真上を指さして叫んだ。確かに細い通路の先に、小さな灯りが見えた。
それを目指してまたしばらく梯子を登る。
そして、先頭に居た霊夢が光の場所までたどりついた。
「霊夢、どうなってるんだ?」
三番目にいた魔理沙は霊夢にたずねた。
「……鉄格子がはめてあるわ」
「……わけがわからないな」
二番目にいた萃香が霊夢の体をよじ登って、その鉄格子のところまでやってきた。萃香は格子がはめてある枠をつかんでみる。
「取り外せそうだよ! よっ」
みしっ、ばきっ、という音がして、鉄格子が枠ごと取り外された。
「今度は扉だ……。こじ開けてみよう」
また萃香がごそごそと作業すると、こんどは甲高い金属音が聞こえてきて、その後にがちゃんという何かが落ちる音がした。すると、灯りの量が多くなった。どこか明るい場所へ通じる通路が開けたらしい。
――電気のついた部屋に出た。
みんな通路の中から部屋に出てくる。
「ふわあ、体中煤だらけだ」
「明るいわね」
「どこなんでしょう、一体ここは」
「狭い部屋だなあ」
天井には蛍光灯。コンクリートの壁。
ずいぶんと暖かい室内には、壁の端に棚が置かれ、小物や書籍がいっぱい並べられている。中心には炬燵らしきものが置かれている。
ここは、ここは……
棚が置いてある方向と反対の壁には、何枚かの写真が貼られていた。
だいたいが少女が二人で映っている写真だった。その中心に額縁のようなものが飾られている。そこには厚紙が入っており、子供っぽい丸文字で”秘封倶楽部”と書かれていた。
その時、扉の向こうから誰かがやってくる音がした。
皆、とっさに身構える。
「メリー、テレビ見た? 大ニュースよ、琵琶湖に大穴が開いてたんですって! それで水位が下がって……あれ?」
ドアが勢い良く開かれた時に、妖夢は窓の存在に気付いてそちらに目を向けていた。
「えっと……メリーの友達……かな?」
ドアを開けたのは一人の女の子だった。頭には黒い帽子を被っていて、白いシャツにネクタイを締めている。
場を沈黙が包む。皆、なんと口に出してよいやらわからなかった。
自分たちは空の天井裏を越えてやってきたのだから、この人はそこに住む天人なのだろうか?
その女の子は持っていた新聞を丸めだした。見覚えのある形に素早く変えていく。
あっ、この折り紙知ってる。霊夢は思った。
「たけのこっ!」
女の子は丸めた新聞を前に突き出した。
立派なたけのこだった。
「………………あっ……。面白くなかった、かな?」
妖夢は窓の外を見た。
外は並木道になっていて、桜の花が咲いていた。
ENDING 東方黄昏郷
黄昏が降り注ぐ幻想郷。
大地には先日の洪水の爪痕が深く残されており、田畑は水を吸って泥だらけになっていた。
そんな里に近いとある畑を耕す少女の姿。
少女の背中には一対の蝙蝠の羽根がぴょこんと飛び出ていた。
しばらく鍬を振り、やがて疲れたのか、持っていた鍬を大地に突き立ててそれにもたれかかる。そしてため息を大きく一つついた。
「なんで私が畑仕事なんか……」
へたレミリアである。
「ほら、文句いわないでさっさと耕す!」
そのお尻を霊夢がお祓い棒でつつく。
「なによもう。少しぐらい休憩したっていいじゃない!」
「求刑してあげたわよ。強制労働向こう二ヶ月」
「嫌な符号……。そうじゃなくて、労働条件の改善を要求しているのよ」
「たわ言は組合でも作ってから言いなさいな」
「お姉さま! ファイトファイト!」
向こうの区画にはフランが居て、手を振っている。
彼女は元気そうだ。外に出て体を動かすことが楽しいようだ。
紅魔館の姉妹は郷に迷惑をかけた罪滅ぼしに、農地開拓をやらされていた。監視には霊夢がついている。
「しくしく……もう威厳なんてかけらもなくなっちゃたわよ……」
もう太陽の下で行動しても大丈夫ということもばれてしまっている。
――天井を抜けたメンバーは、あれから天人の女の子に案内してもらって、上の世界(本当は外の世界だが)にあったもう一つの博麗神社にたどり着いた。上の博麗神社は幻想郷のものよりも幾分か立派だった。紫のスキマが本調子ではなかったために、一行はそこにあった入口を使って幻想郷に戻ることにしたのだ。
驚くべきことに、彼女たちが帰還したころには、穴はもうほとんど塞がっていた。
そのあと、事件にかかわったメンバーは再会し、お互いの健闘をたたえ合った。戦勝祝賀会と称して(何に勝ったのかはよくわからなかったが)、盛大に宴会を催した。
ただ、その宴もたけなわの時に霊夢が発言した。
『さてと、盛り上がってるところ悪いんだけど。事件の原因を作った人にはそれなりの償いをしてもらわないとね』
『え?』
紅魔館の弾幕ごっこが原因で今回の洪水が起きたという真相は、一応伏せられることになった。
妖怪たちを率いて異変を解決したうえに、紅魔館の労働力をボランティアの形で供出させたということで、郷における霊夢の株はかなり上がった。あれほどの災害だったのに、死者が出なかったことも奇跡だと言われた。
農作物の被害は甚大だったが、豊穣の神である秋姉妹の祝福と、ちょうど外の世界から引っ越してきた八坂神奈子のご利益によって、作物の生命力を水増しし、何とか例年通りの収穫量を保つことができると言う。
幽々子は幻想郷に帰ってくるまで、薄いままだったが、パチュリーの術で存在を補ってもらって、元に戻ることができた。
守矢神社の神様たちは洪水の誘導で活躍し、郷の信仰心を集めることに成功した。
紅魔館のメンバーは郷の復興事業に協力したために、人間の里での人気が高まりつつあった。
災害の被害は大きかったものの、幻想郷は総じて息を吹き返しつつあった。文字どおり、雨降って地固まると言ったところだろうか――
「ああ、日差しがあついー、くるしいー、しぬー。なんで高貴なデーモン・ロードたる私が、人間たちと慣れ合わなくちゃいけないの……屈辱だわ」
「またそんなこと言って。これを機に、里の人たちと仲良くなっちゃえばいいじゃない」
「人の生き血を啜る吸血鬼が、人間と仲良くなんてできるもんですか!」
「血を吸うのなんてやめればいいじゃない。別に普通の食べ物だけでも生きていけるんでしょ?」
「生活の問題じゃないわ。吸血鬼のアイデンティティーの問題なのよっ!」
「こだわるわねえ」
「あったりまえよ! 吸血鬼を何だと思っているの?」
レミリアはそう叫び、短い両腕をぶんぶん振り回して怒った。
「それにしても、パチュリーは何処行ったのよ。もとはといえば、全部あの子の責任じゃない!」
「パチュリーは慧音や永琳と一緒に、肥料や新種の野菜の研究をしているらしいわ。不眠不休で働いているらしいよ」
「ぬるい、ぬるいわっ! 当主の私が泥仕事しているって言うのに……あいつが主犯なんだから、もっと馬車馬のように働かせないと! 償いにならない……それに聞いた? あの穴、ほうっておけば自然に塞がったっていう話じゃない!」
「そうらしいわねえ」
「まったく、くたびれ儲けじゃないの」
「まあ、幻想郷の異変ってそういうのが多いじゃない」
「畑仕事も慣れれば楽しいですよー」
にこにこと笑って美鈴が言った。
「へえ、じゃあもう門番の職は必要ないわね。ここで専業農家でも兼業農家でも、好きな方を続けなさいな」
「そんなー!」
涙目の美鈴の悲鳴が、夕暮れの畑に響いた。
遠くでカラスがアホー、アホーと鳴いた。
*
霊夢達が洪水の調査から帰ってしばらくして、博麗結界の再調査が行われた。
パチュリーの報告したところによれば、幻想を取りこむ結界の作用で、幻想郷の世界観はもともと変わりやすい。幻想郷そのものの世界観が揺らいでいたところに、パチュリーの創世魔法が加わったために連鎖反応を引き起こしたのではないかと言うことだった。パチュリー達の魔法は、元から不安定だった幻想郷の世界観に、とどめの一撃を加えてしまっていた。
天井世界ができた後に穴が空いた原因については、フランドールの破壊の力が余っていたので、創造と同時にその余った力が暴走し、穴を開けてしまったのではないかという仮説が一応のところ立てられたが、詳しいことはわからなかった。
とにかく、パチュリー達の魔法は世界に天井を創造し、しばらくの間それが存在できる理由を作り出していた。それが今回の異変の原因だった。
ではなぜ天井に空いた穴は自然にふさがり、天井世界そのものも消え去ってしまったのか?
彼女が言うには、幻想郷の世界観はもともと上下にふらふらと揺れるブランコのようなもので、力を加えて変形させても、また振り子運動の揺り戻しによって、すぐに元の形、安定した現在の姿に戻るのだという。また、もともと創世の術自体も不完全なものであったらしい。そのために、永続的な効果にならなかったという。
報告を終えたパチュリーは、今度はすぐに農作物の研究に入った。不眠不休で働いていたのは、彼女なりに罪滅ぼしをしたかったからかもしれない。奇跡的に死者が一人も出なかったものの、郷に与えた被害は甚大だった。復旧にはしばらくの時間を要するだろう。
*
薄暗い図書館の中を、ランプが移動している。ランプの灯りは図書館の司書室の扉を開け、広い部屋の奥、本の山が積まれている机へと向かっていく。
机の上には、研究で疲れ果てて眠っていた魔女の姿があった。
パチュリー=ノーレッジは連日連夜、罪滅ぼしの為に働いていた。
カタン、という音がしてテーブルの上にカップが置かれた。
中には熱いコーヒーが淹れられている。
その音に気づいて、パチュリーは目を覚ました。
「あ、ありがとう小悪魔……」
顔をあげるとそこにいたのは
「あ、アリス? あなたが注いで来てくれたの?」
「どうぞ」
アリスはお盆を体の前に持って、パチュリーの隣に立っていた。
テーブルの上に置かれた熱いコーヒーから、心地の良い香りと煙が漂ってきてパチュリーの顔に当たる。
「どういう風の……むきゅん!?」
お盆がパチュリーの上に下ろされた。目玉が飛び出そうになる。
「ちょっと、何」
「レミリア達から聞いたわよ」
「あ」
「私を下に置いて、天井の世界で随分活躍したそうじゃない。仲間を逃すために一人でしんがりを務めたりもしたって聞いたわよ」
「……」
「まったくもう。結果として無事だったから、良かったものの」
「……」
「今度は、ちゃんと私も連れていきなさいよ?」
「……うん」
「冷めちゃうわよ」
「あ、はい。いただくわ」
パチュリーはカップをとってコーヒーをすする。猫舌なのでちびちびとしか飲めない。アリスはしばらく黙ってその様子を見ていたが、やがて
「……。もう一人で危ないことしないでくださいね…………シショウ……」
そうぽつりとつぶやいた。
「え?」
パチュリーがびっくりしてアリスの方を見る。
アリスはそっぽを向いていた。
「ね、今いま、何て言ったの?」
「一人で無茶しない、って言ったのよ」
「その後。小さな声で言ったでしょ」
「言ってない」
「言った」
「……」
「何でまた急に?」
「まあいちおう……物を教わっているわけだし。呼び方ぐらいわね、今回限りのサービスだから」
そう言うとアリスは振り向かずに去って行った。
アリスの後姿を見送ったあと、パチュリーはくすくすと笑った。
弟子と師か。
慕われるのも、悪い気はしない。ちょっと恐縮してしまうし、気恥しい感じもした。思えば、自分の師匠もこんな気分だったのだろうか。
「はてさて……教えるほどのことが、この先も続けばいいけど」
「パチュリーさま、一人でなににやにやしているんですか? 気味が悪いです」
本当の小悪魔がやってきて皮肉をいった。
「……」
パチュリーはむきゅんとした顔をした。
パチュリーは世界観は変わりやすいと言った。
人間と言うのは今見えているものが真実だと思いたがる生き物だ。
だがそれはそれはとても危険なことなのだ。
あなたの知らないうちに、信じていた世界はもうないかもしれない。
……だけど幻想郷では大丈夫。
なぜかって?
この郷には彼女たちがいるから。
自分たちの住む場所を、理想的に保っていこうとする少女達がいるから。
彼女たちがいる場所が、幻想郷と呼ばれるべき場所なのだ。
そもそも蓬莱の薬を持たせるくらいなら輝夜か妹紅にいかせろよとか、琵琶湖の体積程度で幻想郷が沈むかとか、設定の甘さが目立ちます。
またシリアスなのだからところどころにギャグっぽいのを入れるのもあまり良いとは思えません。
構成は悪くないと思います。次回作に期待しています。
偉そうに長々と失礼しました。
大作でしたが長いとは感じず、むしろボリュームがあって良かったです。
こういう話は大好物w いやいや、良い物をありがとうございました。
なんというかスティーブンキングの『ランゴリアーズ』にすごく似ているような…
そこが気になってしまいました。
飛んでもない高さ、には脱帽。
琵琶湖でなく日本海とかだったらいいかもですね。あっしょっぱいか!
怖いところは怖かったし、愉快なところは愉快でした。
なんというかかんというか、うまく言えませんが面白かったです。どもども。
欲を言えば地上に残った人たちにもう少しスポット当てて欲しかったくらいかな。
しかしエンチャント(オーラ)まで使うとは……
しかしこれはどうだろうとよくよく考えますと、やはり乳脂固形分氏でなくては出来ない雰囲気をビンビンと感じるんです。設定の出典や物語全体にかかる伏線の置き方。端々から窺えるボキャブラリーの豊富さと遊び心。そして思いっきり。ああこの人は楽しんで書いているんだなぁと実感できます。
複数人での会話の難しさ、出番の均等化、心情描写の分量。難があるといえば難はあるのですが、いやはや。いざこれを表現してみろと言われれば、乳脂固形分氏の足元にすら及びません。挑戦とは常に葛藤の先。その先が見えているのは、素晴らしい事だと考えます。
流石にこれは覇王翔吼拳を使わざるを得ません。お見事です。お疲れ様です。有難う御座いました。
霊夢や魔理沙が行く以上、死傷者が出る可能性はあるので蓬莱の薬をもって
いかせるのは必然だと思います。
パチェより年上かつ魔法使いとしても上の可能性が結構高い。
でも良かった、そんな感想。
『東方プロジェクト フェンライの塔 -天井の滝の秘密- 』みたいなのが脳裏によぎったよ。ついでに同時上映『お嬢様の農耕日記』なんてのもいかがでしょう?(単に私が読みたいだけだったり)
いや、おもしろかった。
琵琶湖にいた魚達はキャラクター・イーターに食われたのだろうか・・・
それにしてもこういう異変解決もいいですねぇ、幻想郷の住人全員で解決する
普通に面白い作品でした
ってことはクライグさんはパチュリーか
とにかく時間を忘れて読むことが出来ました。
ランゴリアーズ再放送しないかな…
勢いあってスラスラ読めました。
文章も綺麗だし読みやすいしですごすぎる……
こういうわくわくするお話もいいものですね
前編での聖書の件が後編で生きてきていたりして、「おお、なるほど」と驚かされました。
それにしても、少しだけ締めが甘いような気がしました。
終わりがはっきりしない所が東方らしいといえばそうなのでしょうが、もうちょっときっちり締めてほしかったです。あくまで、個人的にですが。
創世の魔法など、思うところの多い作品でした。お疲れ様です
登場人物が多すぎるかとも思いますが、もし東方劇場版があればこういう感じでしょうか。
いただいたコメント、参考になります。今回、東方っぽい異変を作ろうということに目が行きがちで、細かい設定がおざなりになっていたかもしれません。
>通信機や蓬莱の薬
これ、唐突でしたか。うーむ、東方だったらありかと思ったのですが……
>何で事態が随分進行するまで話さないわけ?
えーとこれはですね、正直に言いますと矛盾に気づいていて放置していました。東方の異変自体、つっこむと矛盾だらけだけど、キャラや設定がかっこいいのでのめりこむところがあるので。SSもそれでよいかと思っていました。そもそもこの作品、あまりシリアス調を意識していなかったのです。
東方のストーリーもパロディを随所に入れつつ、ボス戦だけシリアスだったりするので。そんな流れとエンターテイメント性を意識しました。評価していただけた方は、その点を重視していただけたのだと勝手ながら思います。
みなさんの意見は参考にさせていただきます。今回の作品については、時間が取れ次第、若干修正してみようかと思っております。(少なくとも今より矛盾を感じない形にできたらと思います)
またネタが浮かびましたら、異変物を書いてみたいとも思っています。自分の一番好きなものはSFジュブナイル・ファンタジー冒険物なので、東方SSでもそれに近いものを書いていきたいと思います。拙い作品に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
滝へ先発隊が出発するまで小悪魔が全く(話題にも会話にも)居なかったのに、最後で普通に居るのに違和感が。どうせなら最後まで出さないでいてくれれば、この話だと出てこない設定なんだ、と思えたのに。
>通信機や蓬莱の薬が唐突に
唐突というか、蓬莱の薬がやけにあっさり出ましたね
通信機は・・・これは機械?それとも魔法等?
機械式だとなんとなく唐突に感じますね
何だかアニメや漫画の最終回みたいで燃えますね?
個人的には花映塚組の出番が無くて涙目でしたが、ものすごい迫力と登場人物の格好良さに乾杯。
今回も素晴らしい作品でした。ごちそうさま!
それでも、十分に面白く読めました。蓮子が出て来た時には鳥肌が・・・
キャラクターイーターの行は本当に怖かったなぁ。
それと、覇王翔吼拳を使わざる得ないお人が・・・・・・
ただイーター達が倒せる存在になってしまうと、ちょっと冷めてしまいました。パチュリーすごすぎというのはそういう作品なんだと思えば気にならないのですが、正体不明の『何か』から逃げ惑う恐怖というのが薄れてしまったように思います。
あと蓬莱の薬は私も気になりました。東方でも重要アイテムですので何かの複線かと思ったのですがそういうこともなく、違和感が残りました。
そこに気がいってしまいましたっ。
気になったのは蓬莱の薬と通信機ですねー
通信機はまだ幻想入りって感じしてませんし、他の言葉で置き換えれればよかったのかも。
パチュリーの七曜炉みたいなマジックアイテム系で。
蓬莱の薬はそれ自体が禁忌っぽいので持たせちゃうのはアウトかと。
使わないからいいのではなく、使って不老不死になるというのを考えるとどうもダメかなぁと。
そこ以外は楽しく読ませていただきました。
なるほどあれはランゴリアーズという題名だったのかw
設定の矛盾や、行動が不可解な点などを気にする人が居るみたいですが、
唐突な物語の展開とはいえ、ある程度納得できる説明も組み込まれているので、特に気にせずに楽しめました。
欲を言えばもう一頑張りして、大きな山場を作ってほしかったところです。
読み応えのある物語をありがとうございました。
淡々とした語り口もあいまって、テッド・チャンの短編でバベルの塔をどんどん昇っていく話があったのを思い出しました。
着想や風景描写に古今SFのテイストが溢れていてSF好きにはたまりません。
二次創作で燃えや萌えを感じたことはあっても、ワンダーを感じたのは今回が初めてのような気がします。
非常に楽しませてもらいました。
次回作にも期待しています。
なんかコンペの作品っぽく感じましたよ~
新しく出てきた現象がご都合主義かつ説明がこじつけ(後半部分)っぽく感じましたかね。それを差し引いても人を引きつけるストーリーだったと思います。
ちょっと辛口でサーセンw許してやってください。
加速とは常に速度が増え続ける事。ならば加速せずに一定の速度で上昇し続ければブラックアウトは起こさない。そもそも宇宙ロケットですら上昇時にパイロットがブラックアウトアウトするような加速は掛からない。スペースシャトルで3G、サターンロケットで7Gの加速G。
他の方には後日。ありがとうございます。
>ブラックアウト
結構適当に書いちゃいましたね、ごめんなさい。まあ垂直に上昇すると常に重力加速度と同じ加速がかかるから……ブラックアウトしないかもしれないけどもきつい……よね?
>テッド・チャンの短編
げえっ、「バビロンの塔」ご存じの方がいるとは思いませんでした。相当SF好きの方ですね? うわお、めっちゃ嬉しいです。
>明和電気社歌
まさかことごとく元ネタ当てられようとは……誰も知らないと思っていたのに……恐るべし
>イーター達が倒せる存在
ああ、本々倒せるんですけど、狩り場の作用で恐慌状態になっていて正常な判断ができないのです。ってどこかに書いて……なかったかもしれません、ゴメンナサイ。
いや、ごめんなさいまた適当言ったかも……ちょっと良く考えます
些細な齟齬など気にならないくらい魅力的で楽しめる物語でした。作者の方の東方プロジェクトへの愛情が伝わってきた
結構大きな異変なのに現場に向かう面子がのんびりしてるところや背面や側面の詳細な描写を省いているところなど、これぞ東方だなぁ、と。
キャラクターの登場数は多いのに、其々に無理ない見せ場があったのも、紫の能力を都合良く使っていなかったのも好印象。
パチェとレミィ気付くの遅すぎwそれぞれ本や館のことで忙しくて考える暇なんて無かったんでしょうけれども。
パチュリス砲は放たれるとき>フランの動きを止めることを優先して考えていた ことから『幻想郷に天井を作り水没させることでフランの動きを止めようとした』のが創造魔法の狙いかと思って読んでいたのですが、いやはや。素晴らしいとしか言えない。
フランドールの忌期という設定も面白い。文花帖の読後からフランは賢くレミリアとの姉妹仲も良いのではと思っていたので、自分がぼんやりと持っていたフランのイメージがハッキリとした形となって小説に出てきて、凄く嬉しかったです。
長々と失礼しました。とても面白かったです。有難うございました。
長さ的にもこんな大作を上下で読みきれるってのはいいもんだと思うし
普通に神SSだと思いますよ
是非とも次の異変を書いてください
元々こういうカタチだったものが
天上世界(現実世界)
=========
博麗結界(不安定な幻想の結界)
=========
幻想郷
パチュリス砲でこういうカタチになってしまったんですよね?
天上世界(現実世界)
=========
創生の世界(イーターのいる世界)
=========
幻想郷
となると、最初に触った天井は創生の世界の大地なのか、博麗結界なのか
結界に穴を開けて、現実世界と幻想郷そのものの間に別の世界を作っちゃったのか、それとも結界そのものに作用して世界を一つ作ってしまったのか
琵琶湖貫通したっていうことは、幻想郷は遠野の山奥ではなく地下にあるのか、それとも距離や空間なんて関係なく、たまたま結界を抜けた先が琵琶湖だったのか
わかりません…わかりませんが、こういう疑問も、つまるところはアレなんでしょうか。
矛盾を抜いても大作・良作・神SS。曰く、『よくわからん』
2007-12-18 11:18:12の方
ご質問にお答えするべきか迷いますが、SF好きとしてこういった質問はうれしいので思わず。
<A:最初の状態>
↓博麗結界
========
博麗結界→| 幻想郷 |←博麗結界
<B:パチュリス砲作用後>
天上世界(現実世界)
==================
| 創生の世界 |
========
博麗結界→| 幻想郷 |←博麗結界
という設定です。Aの状態でもBの状態でも、幻想郷は遠野の山奥にあり不動です。パチュリーの魔法は幻想郷と現実世界との間の新しい次元の連結を作りだしたという設定です。
パチュリス砲は幻想郷の位置をずらさないで、世界に天井が存在するための関係性を創造したのです。ついでに博麗結界の上空部に境界維持&天井があることの説明用の世界を創造しました。天井世界は大部分が雨水保管用のスペースですが、パチュリーのもやもや妄想も混ざっております。流れとしては、A→B→Aという形で変化しました。不完全な術だったので、効果が一週間程度しか持続しなかったということにしています。こんな説明で通じましたでしょうか?
あと、幻想郷は創始時には遠野の山奥の一部でしかありませんでしたが、その空間は長年幻想を取りこみ続けた結果として、実際よりもかなり広大になっている――という設定にもしています。
神SSとか大作良作なんて言葉は僕なんかの作品にはもったいないです。SFが好きな方、これから好きになろうとしている方、東方にSFのエッセンスを感じる方に楽しんでもらえるだけで十分なのです。それ以外の人には非常にわかりにくいだけの設定だったと思います。それについてはちょっと申し訳なく思っております。色々と……何はともあれ、皆様ありがとうございました。
『ランゴリアーズ』によって心的衝撃と共に着想を得、それを東方的にアレンジした良作だと思いました^^
私は今作を「キング的東方」という前提で読んでいたので、話の展開などは割とサラサラ流れて読み易かったと思っていました。唐突な展開はまさに(映画版)キング的w
ただ、一つ意見させていただきます。
キング映画だと尺が短いのとアラ探しさせない為にもあまり設定を掘り下げず、特に注目して欲しい部分以外、サラッとしたストーリー展開となります。
これに対して本作もストーリーの主軸以外をもっとサラサラ展開していった方が、コメントで出た違和感(東方作品と本作の乖離性)を目立たなくできたかもしれません。
例えば、輝夜などの脇役に色気を出させたのが違和感の原因となったのかもしれませんね。もちろん、キャラや作品設定の見誤りもあるでしょうが。
あと、個人的にやって欲しかったのはキング映画によくある「不完全な終幕」でしたw
展開の全てに明確な答えが用意されておらず、登場人物は心や体のどこかに消えない傷を負う。一応、原因は解決し、お話は終了するもののモヤモヤしたものが残る…。そんな後味の悪いキング映画的要素を本作で演出して欲しかったwww
あ、もちろん大団円な終わり方である本作も好きですよ?
とても楽しく読ませて頂きました!盲目の少女の助けが無くとも
事件を解決できるのは、さすが!と読みながら納得できました。
それにしてもパチュリーは「彼」のポジションだったのですね、
いやはやパチュリーの父親が「彼」の父親とは正反対の人物で本当に
ほっとしました。(私にとっては「彼」のあの父親の方が
「彼ら」より恐ろしく、醜い存在に思えて仕方がなかったので)
スティーブンキングと東方の融合、まことにおもしろく、わくわくと
楽しませて頂きました。本当にお見事です!ありがとうございました!
大規模異変話、作者の情熱によって展開される話として評価した方が良いと判断してこの点数です。
最近、少しでもはっちゃけた話を書くと、公式と齟齬が云々と文句が入るので、
作家側の腰が引けているのではないかと感じておりました。認識を改めます。
そして脱帽します。作家さんの情熱は死んでいませんでした。
素晴らしい物語をありがとうございました。
追記:蓬莱の薬は、私は「お守り」と「弟子への想い」と解釈しています。
伏線の張り方や回収などは市販作品に劣らない域だと思います。
急ぎすぎというよりは独創的な設定を詰め込みすぎなのかもしれませんね。
それぞれひとつだけでも十分SSが書ける内容ですし。
日付の矛盾があったようですが、私が読んだときにはすでに修正済みだったようです。
こういったミスはプロの作家さんでもやりがちなので見直しに時間がとれないのなら
あえて書かないほうが非難目的の人に目をつけられないかもしれませんね。
乳脂固形分さんの確か第二作で永遠亭が電子化されていてそれが自然だったので、
特に違和感なかったです。最近はバトル物も異変物もチャレンジする人が少ないので
これほどの良作は珍しいです。良いものをありがとうございました。
次回も期待しています。
もっと長くしても喜んで読みますよ?
>ショートカット、8(アハト)、8(アハト)
ヨザクラカルテット?
すげえ。
おおおもしろいぞおおーーー
話の続きが気になってもくもくとよみすすめてしまいました
・最初アリス視点だったのに最後のほうはアリスほとんど登場してない件
・個人的にはキャラクター・イーターが出てくるあたりまでは幻想郷の大異変って感じで面白かったんですが、イーターが出てから急に怖い話に変わってあれあれって感じな気がしないでもないですね。
・あと霊夢たちがパチュリーたちと別れてから幻想郷に戻る間がちょっとやっつけって感じがしました(*´ω`)
つまるとこ文脈がちょっとおかしいのかな。
だがしかしそれでもこの話を面白いと感じさせるのはキャラの感情の表現や、物事の状況、何がどうなってるのかというのがとてもわかりやすかった点でしょうか。
滝がどんな感じなのかとか、キャラがどんな表情してるのかとか。
それらがわかりやすかったから話に夢中になれたってのはあると思います。
また、これだけのキャラを動かすのはさぞや大変だったことでしょう。
無駄にキャラを出しすぎな感も否めませんがそれはそれで人の好みですかねw
総評としては77点って感じなのですが四捨五入して80点で(*´∀`)
長々と書いてしまいましたが一言で言うと結構面白かったです!!GJ!!
あとパチェリーの性格に違和感バリバリ
アルマゲドンやウォーターワールドを思い出しました。
こういうのは細かいところにつっこまずに状況を楽しむのが吉。
むしろ細かく原作設定に沿っているところに驚きました。
アリスが魔法使いとしては新米という読み飛ばしやすいテキストを
生かして、パチュリーとの師弟関係を作っていたところに萌えましたw
>脇役に色気
確かにそれは感じます。実は輝夜はエンジニアという脳内設定があって、それを敷衍させてしまったのが違和感の原因かもしれません(千年間も引きこもりだったら何か趣味がないとやっていけないだろうと思ったので)
>キング
意外とキングをご存じの方が多くて驚きです。スタンド東方版、とかもちょっと考えました。挫折中です。
>蓬莱の薬
輝夜が育ててくれたお爺さんに簡単にあげちゃってます。それがなかったら妹紅も不死にならなかったわけですし。どうも飲んで罰せられるのは月の民だけのようです。
>大規模異変話
こういうの、好きなんです。エンターテイメントっぽいじゃないですか。東方もやっぱり素晴らしいエンターテイメントだと思うんですよね。いろいろな要素があって。
>日付
ポカミスでした。肝に命じます。次からは気をつけることにします。
>チョイ役
それも感じました。でもどうしようもできなかったというか。次回はもうちょっと工夫してみますね。
>やっつけ
後半になるとダレて描写を抜いてる、と良く言われます。気を付けます。
>急に怖い話
こういう突拍子もない展開が好きなんです。そういう展開で笑いを誘えたら良いですが、なかなか難しいです。頑張ります。
>ウォーターワールド
かなり好きな映画ですw ケビン・コスナーの映画、全般的に好きかも。
>パチェリーの性格に違和感バリバリ
申し訳ありませんが、パチェリーは取り扱っておりません。
ただ、紅魔館の地下にいる紅い悪魔の友人、パチュリー・ノーレッジについてだったらかなり詳しいですよ。紅魔郷、萃夢想、妖々夢、文化帖、求聞史紀のパチュリー関連テキストはだいたい覚えています。ちなみにパチュリーとはインド原産のお香のことで、タミル言語で「緑の葉」という意味があります。一番好きなスペルは木&火符「フォレストブレイズ」です。あのしゅんしゅんいう音と斜めな感じが好き。
レミフラパチュも私が想像(妄想)しているイメージのキャラクターだったので嬉しかったです。
他の人の意見と同じく、天井界(現実?)から帰る話が若干やっつけくさかったのが少々残念かなぁ・・・と。
天井界を闊歩する幻想郷の者たち、蓮子達との絡み、あと紫からももうちょっと今回の異変についていくつかあってもよかったのではないでしょうか?
でも差し引いても問答無用の超大作だと思います、これからも期待して作品待ってます
ほのぼのハッピーエンドだったのも良かったです。あと、見ず知らずの人にとりあえず芸を披露してみる蓮子かわいい。
そして、ドリームチームすぎて、最初はどういう話になるのか検討もつかなかったのです。
最近読む小説は、キャラの役割が練り練りされたものが多かったのですが、
このフェンライの塔では、こう、どでかいビジョンをどでかいまま、幻想郷のみんなで共有するといった感じで、冒険活劇というか、本当に新鮮でした。
一言でいえば、本当にエンターテインメントですよね
ただ蓮子とメリーの話をもうちょっと読みたかった!
パチュリーかっこいい!
たしかに色々突っ込み入れたくなる細部の粗はありますが、それも全部吹き飛ばすほどの勢いと迫力でした。
103のコメントにあるように、冒険活劇として見事な完成度だと思います。
それにほら、紫様も言ってるように、
「幻想郷は全てを受け入れる」
わけですから。これくらい大風呂敷でムチャなお話も、きっと有りですよ(笑)
外と繋げたのはご都合かな、というところでしたがご愛嬌。
ただ序盤の吸血鬼姉妹と魔女組のケンカの始まりに違和感を感じて、素直に物語に入り込めませんでした。
幻想郷の住人全体に直接被害を及ぼしたせいで大人数が集まるのもそんなに違和感がありませんでしたし、それなりに楽しめました。
>蓬莱の薬
あれって御門にあげたんじゃありませんでしたっけ。記憶違いならすみません。
求聞史紀によると、永遠組が蓬莱人だということすら直接異変に関わった者以外には伏せている節があるので、やはりこういったものをぽんぽん使うのは違和感を覚えます。
謎空間で謎の相手に機械的に襲われる、って怖いことです。あの紫が動揺し出すとこっちも不安になりますね。
ほんのりでほんわかなパチュアリ分で幸せになれました
面白過ぎます!! 最高です!! (落ち着け
いやあ、幻想郷全体を巻き込んだ大異変だった今回。
こういう世界的な脅威に全員が一丸となって立ち向かう冒険活劇ってすごく好きなんです。
わくわくしっぱなしでした!! 天上世界テラコワス(笑)
確かに劇場版東方ってかんじでしたね。
次回もこんな話を期待してます!!
一気に読んでしまった…長さを感じさせなかったぜ。
オールスターがそれぞれ良い感じに活躍していたのと、レミリアが見た現実が幻想になる風景が美しすぎた。
あと、早苗に毒づく霊夢ヒドスww
こういう冒険譚を望んでいました。
どのキャラクターも魅力的でした。
これからもこういう話期を待しています!!!
結界をくぐってからラストまでの流れは、まさしく息つく暇もないものでした。SFともファンタジーとも言い切りがたい、絶妙な歪さを醸し出す異変が、東方のキャラとあいまって、なんとも感想を言葉にしづらい。排除装置の実体の無い怖さには、『戦闘妖精 雪風』のジャムを思い出しましたね。
まさかの現代入りや安定のエピローグ。総じてみるとすごく良かった。それだけは言い切れます。