蛇の生殺し、という言葉がある。
意味としては、物事を中途半端にして苦しめる事。
なぜ、この言葉に蛇が用いられたのかは知らない。きっと考えた奴が蛇嫌いだったのだろう。
私はこの言葉が好きだ。なぜなら私も蛇は大嫌いだから、蛇が苦しめられるのは望むところだ。
あの無感情な瞳、手足の無い不気味なボディ、想像するだけで身震いがする。
聞くところによると、世界で一番多く信仰されてる宗教の教えにも、蛇は悪魔の遣いとしてあるそうではないか。
つまり蛇が嫌われているのは世界共通、惑星規模での嫌われ者だ。生殺しと言わず焼殺しや煮殺しという言葉も作ってほしい。
ところが、真に残念な話だがこの蛇の生殺し、という言葉は蛇以外にも適用されるらしい。
それは世界でもっとも蛇を嫌ってるといっても過言ではない生物、蛙でも例外ではない。
そして今、私が置かれているこの状況こそ、まさしく蛇の生殺しに他ならないのだ。
「あーうー……お腹すいたー」
私の前に並べられた数々の料理。
真っ白なご飯に焼き魚、それに山菜の漬物。どれもこれも私の大好物。
それから立ち昇る湯気が、私の鼻腔を優しく刺激する。
だが、そんな輝かしい夕飯を前にしながら、今の私はそれらを食べる事はできない。
「神奈子……まだ食べちゃダメなの?」
「ダメよ」
計三度目となる質問をしてみるも、未だ許しは出ない。
かれこれ三十分近くも料理相手に睨めっこを続けている。
口の中が唾液で溢れ、お腹がグーグーと恥ずかしい音を鳴らす。
この音はアレだ、アレそっくりだ。夏の夜に田んぼから聞こえるウシガエルの鳴き声。
凄いよねあの音、まさに野生の咆哮って感じで。何、聞いたこと無い? へっ、都会のもやしっ子が。
「もう限界だわ。食べてもいいでしょ?」
「ダメだって言ってるでしょ。まだあの子が帰ってきてないじゃない。決まりはちゃんと守りなさい」
神奈子の言う『あの子』とは、この守矢神社の巫女、東風谷 早苗のことだ。
早苗は今日の昼過ぎに、信仰心を集めるための布教活動に出かけたまま、まだ帰ってこない。
彼女が外出から帰ってこなければ、私と神奈子は夕飯が食べられないのだ。それは何故か?
それはこの神社に伝わる三つの鉄の掟に関係している。
掟その一、『外出する時は誰と、どこに、何時に帰るのかを伝える』に従い、早苗は麓まで布教活動に行くといって出かけ、
夕暮れ時、掟そのニ、『遅くなるときはちゃんと早めに連絡を入れる』に従い、彼女から少し帰りが遅れるとの連絡が入った。
そして私達は掟その三、『晩御飯はみんな揃っていただきます』に従い、早苗が帰るまで夕飯を食べずにいるのだ。
ちなみに、この血の掟は幻想郷に引っ越す前に神奈子が考えたもので、
現在、箇条書きで内容の書かれた紙がマグネットで冷蔵庫に貼られている。
もし破ったりすると神奈子の必殺スペル、『かーちゃんの雷』が発動するので、私も早苗も逆らう事は出来ない。
「早苗めー、巫女の癖に神にお預けをさせるとは……」
「そんなこと言わない。早苗はこの神社の信仰を集めるために頑張っているのよ。ほら、自前でパンフレットまで作って」
「パンフレット?」
「そう、多くの人に効率よく守矢神社を知ってもらうには、個別訪問よりもこっちの方が効果があってね、早苗に作らせて見たのよ。ほら、これ」
そう言うと神奈子は私に一枚の紙を差し出した。
パンフレット? ふーん、早苗ったらこっそりそんなもの作ってたんだ。どれどれ?
『来ればあなたも幸せで絶頂昇天! 精気もりもり守矢神社!』
「……ピンサロじゃないんだから」
「そうねぇ、私も早苗が真剣な目で『これ、どうですか?』って聞いてきたときは、思わず吹いちゃいそうになったんだけど、結局彼女の熱意に負けてありがたく使わせて貰ってるわ」
「使ってるのかよ! 勘違いしたオッサンが神社に来たらどうすんのよ!」
「私や早苗は大体布教や宴会で外出してるし、普段神社にいるのは諏訪子だけなのよね」
「あっ! それ分かってて許可出したわね!」
知ってはいたが、なんと黒い女なのだろう。
ああいけない、叫んだせいで余計にお腹が減ってしまう。
早苗は一体何をしているんだ。早く帰ってこないと寝ている間に腋からミシャグジさまを這わせるぞ。
空腹を紛らわす為、白い触手に蹂躙される早苗の姿を思い描いていると、
玄関が開く音、それに続いて居間に向かって廊下を歩く音が聞こえてきた。
「……すいません、遅くなりました……」
そして、居間の障子を静かに開けて早苗が顔を出した。
「お帰りなさい早苗。ご飯出来てるわよ」
「遅いじゃないの! どこの自販機で道草くってたの!?」
「自販機で道草なんてくいませんよ。蛙じゃないんだから」
違う、あれは自販機に集まる羽虫に惹かれているのだ。
「ほら早苗、早く座りなさい。ご飯冷めちゃうでしょ」
「は、はい……」
神奈子に促される早苗。だが、何故か早苗はその場から動こうとしない。
「何やってるの? 早くしなさい」
「あ、あの……」
ええい、何をモタモタしている! 変温動物に冷めた飯は辛いんだ、早く座らんか!
「……早苗、その手に持っているものは何?」
「?」
「え? あ、あの、こ、これは……」
神奈子に言われて慌てふためく早苗。
私の席からは障子で隠れているが、よく見ると早苗は手に箱を持っていた。
丁度、両手で持てるか持てないかぐらい。なんだありゃ?
「答えなさい早苗。行くときはそんな物持ってなかったでしょ?」
「あ、えっと、これはですね……」
「……その箱から変な匂いがするわ。まさか早苗、動物を拾ってきたんじゃないでしょうね?」
「えっ! な、なんで……?」
図星。神の前で誤魔化しが通じるわけも無いか。
やれやれ、早苗ったらまたどっかで動物を拾ってきたのね。
時々、早苗はどこからか捨てられた犬や猫を拾ってくる事がある。
神の代行者として育てられてきた早苗は、どうしても世間と感覚がズレてしまう為か同年代の友達というのが少ない。
顔にこそ出さなかったが、きっと早苗はそれが寂しかったんだと思う。
だから、たとえ動物でも自分と一緒にいてくれる友達が欲しくて、色々と拾ってきてしまうのだろう。
まあ、大抵の場合は神奈子に却下されてしまうのだが……。
「……捨ててきなさい。今は幻想郷に越してきたばかりで、ペットを飼う余裕なんて無いのよ」
「で、ですが……!」
今回もやっぱりそのパターンだったらしい。
あーあ、早苗悲しそう。何度も見た光景とは言え、あんまり気持ちのいいものじゃないね。
「里の外れに捨てられてたんですよ! 可哀想じゃないですか!」
「ダメよ。捨ててきなさい」
「で、でも、すっごく可愛いんですよ! 見れば考えも変わりますから!」
「何度も言わせない。元の場所に戻してきなさい」
「いいじゃないの神奈子。ペットが一匹増えたところで、そう変わりゃしないよ」
「ウチにはもうトードマンがいるでしょ、それで我慢しなさい」
誰が最弱ボスだ。あんな腰振りダンス、やった覚え無いわい。
「ちゃんと毎日エサもあげますし、散歩にも連れて行きますから!」
「早苗もああ言ってるし、別に良いんじゃないの? それにほら、私が留守番してるときもペットがいたら寂しくないしさ。ていうか早くご飯が食べたいわ」
「全く、諏訪子は早苗に甘いんだから……」
「どれ、今回は何を拾ってきたの? 犬? それとも猫?」
私がそう言うと、それに応えるかのように早苗の持っている箱に動きがあった。
外に出ようとしているらしく、箱の蓋が内側からゆっくりと持ち上がる。
「あっ、ちょっと!」
早苗が箱の異変に気づいたが時既に遅し。
箱の中から勢いよく動物が飛び出し、そのままちゃぶ台の上に着地した。
……なんだあの動き。少なくとも犬や猫では無いな。なんだか悪い予感がする。
私は恐る恐る顔を動かし、視線を早苗からちゃぶ台に移す。
そして次の瞬間、私の目線と『動物』の目線がバッチリ合ってしまった。
「!! んぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!!」
「す、諏訪子様!?」
思わず叫び声をあげる。
突然大声を出した私に驚いたのか、早苗が心配そうに駈け寄る。
「ど、どうしました諏訪子様!」
「そ、そ、それっ! ちゃぶ台に乗ってるそれっ! アンタなんてもん拾ってくるのよ!」
「え? この子の事ですか?」
「ひぎゃあぁ! こっちに持ってこないで!」
大誤算だ。早苗の拾ってきた動物がよりにもよってアイツだとは。
嗚呼、やめて、近寄らないで、こ、腰が抜けて立てない……。
「あら、ツチノコじゃない。珍しいわね」
「ご存知でしたか八坂様」
恐ろしくて言葉にもしたくないその名前を、神奈子があっさりと口に出す。
ツチノコ。外界では幻の生物と呼ばれ、懸賞金までも懸けられている。
草の神の使いで、力こそは弱いがある程度なら植物を操ることができるという。
だが、そんな能力など問題ではない。何より重要なのは、奴は蛇の仲間だということ。
蛇は蛙の天敵で、私の最も恐れる相手だ。遺伝子レベルで苦手意識が組み込まれているのだろう、奴の姿を見てから震えが止まらない。
「見てくださいよ、このつぶらな瞳、美しい模様、ビール腹のオッサンみたいなコミカルなボディ。ほら、諏訪子様も持ってみて下さいよ」
「や、やめてっ! やだ、怖い怖いっ! あう、あうっ!」
「……諏訪子様、ツチノコはお嫌いですか?」
「当ったり前じゃない、この馬鹿巫女! 蛇が好きな蛙なんているわけないでしょ!」
「ミシャグジさまを率いているので、蛇も平気だと思ったのですが……」
「蛇の姿をした神と蛇は全然違うのよっ! そう、例えるならムシキングは好きだけど本物の虫には触れない都会っ子! 二次創作で大はしゃぎするけど原作には見向きもしないニコ動の××××!(不適切な表現がありましたので伏字とさせて頂きました)」
「そういう発言は今後控えなさいね。危ないから、色々と」
とにかく、拾ってきたのが蛇だと分かったからには、早苗を擁護するわけにはいかない。
神奈子と一緒に説き伏せて、早く元の場所に捨ててこさせなければ。
「八坂様……飼っちゃダメでしょうか?」
「でもねぇ早苗、ツチノコって飼うの大変なのよ。イビキが凄いし、エサも大量に必要になるんだから」
「そうよ! だから早く捨ててきなさい!」
「そ、それは私のお小遣いで何とかしますから……」
「足りないわよそれじゃ。仮に諏訪子をエサにしても、もって一週間って所よ」
「で、では宝永四年の赤蛙で作った分身を食べさせるというのはどうでしょう!?」
「なんで私を食べさせる事を前提に話を進めてるのよ!」
なんて奴だ。未だかつて、神をペットのエサ扱いした巫女がいただろうか。
舐められているのか私は。それはもうフランクってレベルじゃねーぞ!
しかし噂には聞いていたが、ツチノコの食欲は本当に底なしらしい。
実際にそんな食欲魔神と一緒に暮らしていたら、エサ代だけでかなり家計を圧迫するだろう。
恐らく自分達の食費を削らないと生活していけまい。全く、実に馬鹿げた話だ。
私達のご飯からオカズが消え、家に天敵が住み着く。何一つ良い点が無いじゃないか。
……ん? ご飯? そういえば、何か忘れているような?
……。
「……あああっ!!」
「! ど、どうしたんですか諏訪子様!?」
「ご飯! 私のご飯がっ!」
空腹に耐え、早苗が帰ってくるのを心待ちしていた晩御飯。
ついさっきまでちゃぶ台の上で美味しそうに湯気を上げていたのに、今見たら、それが綺麗サッパリ無くなっていたのだ。
残っているのは茶碗と皿だけ、焼き魚なんて骨も残ってない。
「あ、ああ……」
「あらあら、諏訪子の分、ツチノコが食べちゃったのね」
「な、なんてことしてくれたのよ! 私がご飯をどれだけ楽しみにしていたか分かってるの!」
ちゃぶ台の横でツチノコが満足げにゲップを吐く。その無表情っぷりが憎らしい。
「ま、まあまあ諏訪子様、そんなに青筋立てないで……」
「うっさい! 大体、なんで私のだけ食べられて、アンタや神奈子の分は無事なのよ!」
「何故なら私と早苗の分には、にとり印の光学迷彩が」
「私の分にも使っておけよチクショー!」
もう許さん。早苗を説得するまでも無い、私が直々にコイツを叩き出してやる。
蛇と蛙。一件私のほうが不利だが、こっちは神、いわゆるゴッド。負ける筈が無い。
私は懐からスペルカード何枚か取り出し、ツチノコの前に立つ。
「よ、よくも私のご飯を奪ってくれたわね! か、か、神を怒らせたその罪、み、身を持って知りなさい!」
「諏訪子ー、腰が引いてる上に膝をガクガク言わせながらじゃ迫力無いわよー」
「本当ですね。あんなヘッピリ腰のファイティングポーズ初めて見ましたよ」
やかましい、怖いもんは怖いんだ。
だが、ここで負けては散っていった私のご飯に申し訳が立たない。
私の全身全霊で持ってして、奴をここから追い出さねば。
さあ、行くわよ! 弾幕ファイト、レディ……ゴーッ!!!
「ひぎゃあぁぁ! 痛い、痛い、あうぅぅぅー!」
「あ、負けたわ」
「負けましたね」
「腕っ、腕噛まれた! 神奈子、早苗、これ取ってよー!」
「早苗、ちゃんと毎日世話をするのよ。もしできなかったら、私が捨ててきちゃうからね」
「は、はいっ! ありがとうございます八坂様!」
「ええーっ、なんでこのタイミングで許可を出すのよー!?」
絶対面白がって許可出しやがった。この邪神め。
「名前はもう決めてあるの?」
「はい、『ノコ』と『土田晃之』のどちらかにしようと思うのですが……」
「したり顔でガンダムを語るペットなんて嫌ね。ノコにしなさい」
「んなことどうでもいいから、早くコイツを取ってよー!!」
……悪夢だ。私の神社で蛇を飼うことになるとは。
私の平穏な生活は一体どこに行ってしまったのだ。
その夜、私は自室の布団の中で「神も仏もいないのか」と嘆き呟いた。
残念ながら、「神はお前だろ」とツッ込んでくれる人は居なかった。
◇◆◇
次の日、私は台所から漂ってくる味噌汁の匂いで目を覚ました。
あー、この野菜たっぷりな感じ、今朝は早苗が作っているのね。
結局、昨日の晩御飯はカップ麺になっちゃったし、今日はマトモなご飯が食べたいな。
大きなあくびをしながら私は布団から身を起こす。
「おはよー……」
「あ、おはようございます、諏訪子様」
居間に着くと、丁度早苗がちゃぶ台に料理を運んでいる所だった。
神奈子は既に自分の席であぐらをかき、つい最近契約した天狗の新聞を広げている。
「『あのスキマ妖怪、八雲 紫が行方不明!?』か、幻想郷も意外と物騒ねぇ」
「八坂様、諏訪子様、朝食の準備が出来ましたよ」
「あら、ありがとう。ほら、諏訪子も早く座りなさい」
「うぃ~」
眠たい目を擦りながら席に着く。早く熱い味噌汁を飲んで、眠気を覚ますとしよう。
ああ、一食抜いただけで、手料理が凄く懐かしく思えてくるなぁ。
昨晩はツチノコに晩御飯奪われちゃったもんなぁ。くそう、思い出しただけでイライラしてくる。
「……! そういえばアイツは!? アイツはここに居ないでしょうね!?」
「アイツ?」
「ツチノコよ! 朝食まで奪われるのは勘弁よ!」
辺りを見渡し、奴の気配を探す。だが、見た感じ居間には居ないみたいだ。
「大丈夫ですよ。ノコはまだ私の部屋で寝てます」
「そ、そう、なら良いんだけど……」
私の神社なのに、落ち着いてご飯も食べられないとは、
かつては一国の王であった私が、はぁ、我ながら情けない。
大きな溜息をつき味噌汁を啜る。キャベツの味がよく出ていて美味しかった。
「あ、そうそう諏訪子」
食事を半分ほど進めた所で、神奈子が口を開く。
「今日は私と早苗の二人で布教活動に行ってくるから、留守番よろしくね」
「ん、わかった」
「早苗、いつものやつ、ちゃんと準備しておきなさいよ」
「……八坂様、今回も腋から鳩と万国旗を出す奇跡ですか? あれ、恥ずかしいからあまりやりたくないのですが……」
「何言ってるのよ、あーゆーのは初回のインパクトが大事なのよ。中身は後から付いてくるの」
「えー……」
売れない芸人の地方営業みたいだ、勧誘ってのも大変だね。
となると今日も私一人で留守番か。じゃあ昼は自分で作らなきゃいけないのか、面倒だなぁ。
ん? 私が一人で留守番ってことは……。
「ちょっと待って! それじゃあ今日は私とツチノコの二人きりって事!?」
「まあ、そういうことになるわね」
「冗談じゃないわよ! 間違いなく私が食われるじゃないの!」
「大丈夫ですよ、ノコちゃんはいい子ですから食べたりなんてしませんよ」
「昨晩噛まれたっつーの! 神奈子、今日の布教活動、私も付いて行くわ!」
「ダメよ。貴女が来ると折角の奇跡の舞台が、青空球児・好児の漫才になるじゃない」
「ならないよ! どんだけ蛙を主張したいんだよ私は!」
家族が留守で二人きり。相手は隙あらば自分を襲おうとしている。
文面だけなら、なんとなくワクワクするシチュエーションだが、相手が蛇ではロマンスもヘッタクレも無い。
朝の寝坊イベントが起きても、起こされるどころかそのまま胃の中で永眠させられそうだしな。
「早苗っ! だったらツチノコも一緒に連れて行きなさいよ」
「ダメですよ。訪ねた先の方々が蛇嫌いだったら可哀想じゃないですか」
「私は可哀想じゃないんかい!」
私が早苗に抗議をすると、神奈子が面倒くさそうに口を開く。
「そんなに騒ぐんじゃないわよ。早苗、昨日のうちにツチノコを飼うケースは作ったんでしょ? だったら大丈夫よ、部屋から出てくる事は無いわ」
「……そ、そうなの、早苗?」
「え? ええ、一応は」
ケースが作ってある? もしかしてツチノコを飼う為の?
「今日、里に下りてもっと頑丈なのを買ってくる予定ですが、今のままでも多分大丈夫ですよ。ノコちゃんも私が作ったケース、気に入ってくれたみたいですし」
なんだ、それならもう神社内を好き勝手に動かれる事は無いのか。
早苗もやる時はやるんだな、一晩のうちにケースを作っていたとは。
視界に入らないのなら別に怖くもない。やれやれ、心配して損したよ。
「じゃあ、諏訪子。留守番頼んだわよー」
「はーい、お土産よろしくねー」
「蛙のホルマリン漬けでいい?」
「うん、やっぱいらねーわ」
玄関で出かけていく二人を見送る。
やがて二人が見えなくなると、私は自室に戻り座布団を枕代わりに畳に寝っ転がる。
さーて、今日は一日何をして時間を潰そうかな。
「うわ、なにコレ! テレ東系列映らないじゃん!」
もしかしたら映るかもしれないので一応持ってきたテレビだが、このローカルっぷりでは使う機会も減っていくだろう。
うーむ、神社が外界にあった頃なら、近所は娯楽施設に溢れていたし、
金さえあればいくらでも暇を潰せたのだが、今はそうはいかない。
何しろ幻想郷は現代文明から隔離された幻の地。
コンビニもジャンクフード店も無い。暇を潰すのも至難の業だ。
昼寝をすればすぐ時間が経つが、代わりに夜が眠れなくなるし……。
はぁ、私も神奈子達みたいにもっと知り合い作ったほうがいいのかもね。
「あ、そういや早苗の部屋にプレステがあったわね、あれ借りよ」
でもまあ、焦って行動する事もないだろうし、今日のところはゲームでもやって時間を潰す事にしよう。
廊下でスリッパを履き、早苗の部屋に向かう。
そして彼女の部屋の前に着いたとき、私の頭に朝の会話が思い出されてきた。
「……そういや、この部屋の中にツチノコがいるんだっけ?」
確か、昨日のツチノコは早苗の部屋で飼っているはず。どうしよう、扉を開けた途端飛び掛ってきたら。
うーん、でも、早苗はちゃんとケースを作ったって言ってたし、それを信じるなら安全なはずなんだよなぁ。
「早苗ー、貴女の言葉、信じるわよー」
恐る恐る扉を空け、僅かに開いた隙間から部屋の中を覗き込む。
真面目な早苗らしく、部屋の中は綺麗に片付いていて埃の一つも落ちてない。
一通り見渡してみたが、ツチノコがいるような気配はない。うん、本当にケースを作っているみたい、これなら安心だ。
ツチノコがいないなら何も恐れるものはない。私は堂々と胸を張って早苗の部屋に潜入した。
勝手に部屋に入ったら早苗は怒るかもしれないが、それがなんだ。
私は早苗の先祖にあたるんだぞ、兄弟より親よりずっとずっと偉いんだ。その私に文句なんて言えるわけあるまい。
でもまあ、後で神奈子にチクられたら説教の上に夕飯抜きの罰が下るし、なるべく証拠を残さないようにこっそり入ろう。
「なーんか面白いゲームないかなー、と」
鼻歌交じりに早苗の引き出しを漁る。いい暇つぶしができるゲームがあればいいなぁ。
「王子……れべるいち? RPGかな?」
引き出しを少し探すと、なんとなく面白そうなソフトが出てきた。
妙に軟派なパッケージが鼻につくが、見た目で敬遠しているようでは真のゲーマーとは言えない。
よし、今日はこのゲームで一日過ごすとしよう。メモカは早苗のを借りればいいや。
プレステを小脇に抱え、ホクホク顔で部屋から出ようとした時、私はある事を思い出した。
「……そういえば、ツチノコのケースってどこに置いてあるんだろう」
昨晩、酷い目に合わされたツチノコ。今はこの部屋のどこかにあるケースの中にいるはずだ。
……よく考えると、これはチャンスではないか?
奴はケースの中にいる、つまり外部からの攻撃に全くの無抵抗、
私が外からケースを叩こうが、上から水をかけようが、奴はどうすることもできない。ずっと私のターンだ。
私の中に黒い感情が浮かび上がってくる。
あの邪悪なツチノコが一方的に苛められている図を想像してみる、にやりと口元が歪む。
私は考えるよりも早く、プレステを床に置きツチノコのケースを探し始めていた。
昨晩はよくも神奈子達の前で恥をかかせてくれたな。その怨み、身をもって知るがいいわ。ケロケロケロ(笑い声)。
※谷ガッパのにとりちゃんからのお願い
ケースや水槽を叩く行為は、中の生き物にとって凄くストレスになる事なんだ。
病気や早死にも繋がる場合があるから、良い子は絶対にマネしないでね、約束だよ。
守れない悪い子は、お姉ちゃんが括約筋を引き裂いて尻子玉を引きずり出しちゃうゾ!
ところが、どれだけ部屋を探しても、それらしきケースは見当たらない。
はて? 確かに早苗はケースを用意したって言ってたんだが。
……よく考えたら、ツチノコが飼えるような頑丈なケースを、たった一晩で用意できるものだろうか。
早苗ってそんなに工作得意だったっけ? 勉強は得意だけど、実技系はそうでもなかった気がする。
夏休みの工作の宿題も、毎年代わりに神奈子がタオル頭に巻いて日曜大工に励んでいたし。
だとしたら、早苗の言ってたケースとは一体……。
と、ここで私の視界に部屋の隅に転がっている茶色い物が入ってくる。
綺麗に片付いた部屋の中で異彩を放つ物体、私は何かと思い近づいてみる。
よく見てみると、それはダンボールであった。上半分が切り取られていて、中には毛布が敷き詰められている。
そして、その側面にはマジックで『ノコちゃんハウス』と早苗の字で書かれていた。
「……」
私は一瞬、頭の中が真っ白になった。
ま、まさかこれが早苗の言っていたケース? そんな、いくらなんでも、それはないだろう。
いやでもあの娘ならありえるかも、結構天然入ってるし……。
だとしたら、早苗はダンボールで蛇を飼おうと考えてたの?
無理でしょそれは。ていうか、蛇以前にダンボールで飼える生き物って存在しないだろ、常識的に考えて。
いや、今はそれどころじゃない。ダンボールをケースと言い張った早苗は後で説教するとして、向かうべき問題はもっと他にある。
このケースの主は一体どこにいるのか?
主、とは勿論ツチノコの事だ。廊下から部屋の中を確認したときも、そして目の前にあるダンボールの中にも奴の姿は無い。
……既に奴は早苗の部屋にいないのか? 今思うと、私が来たとき早苗の部屋の扉は少しだけ開いてたような気もする。
そう考えると、私の手足が自然と震えてくる。奴は気づかれないように、物陰でじっと私を監視してるんじゃないか、そんな気さえしてくる。
どうしよう、怖い、どこか安全な所に避難しなきゃ。でも何処へ? 安全だと思った場所に既にツチノコが潜んでいるかもしれない。
もう、今日は神奈子たちが帰ってくるまで外で過ごそうか。でも留守番サボった事がバレると怒られるし。
ああ、私は一体どうしたらいいんだ!
「すいませーん。八坂さん、ご在宅ですかー?」
「ひゃあっ!!!」
色々な思考が頭を巡ってる最中に、突然聞こえてきた大声。
よっぽど無防備だったのだろう。私はそれに驚きの声をあげてしまった。
「ご留守ですかー?」
バクバクする心臓を押さえ、落ち着きを取り戻す。
大丈夫、ただの来客だ、ツチノコじゃない。私は乱れた服を直し、何事も無かったかのように声に応えた。
「は、はいはーい、今行きまーす」
深呼吸をして気分を静め、スリッパを履いて玄関に向かう。
誰だかは知らないが、言葉の通じる相手が来てくれたことで、ツチノコに対する恐怖が若干薄れたような気がする。
来客の対応をしている間は奴も現れないだろう。何の根拠も無い予想が、私に無駄な勇気を与えてくれる。
「こんにちはー、八坂さん」
「あれ、貴女は……」
玄関先に立っていたのは、重そうな鞄を抱えニコニコと笑う黒髪の天狗。
名前は……射命丸 文だったかな? ウチで取ってる新聞を書いている記者だと聞いている。
出てきたのが私だと分かると、彼女は驚いた表情で訊ねる。
「あれ、八坂さんはいらっしゃらないのですか?」
「ええ、神奈子と早苗は外出中、今は神社には私しか居ないわ」
「あやややや、それはそれは」
風神録一のネタ台詞をここぞとばかりに使う文。
何の用だろう。新聞の集金かな? 参ったな、今日来るなんて聞いて無いよ。
お金の管理は全部神奈子に任せてあるから、急に払えって言われても困るんだけど。
「ごめんね。今日は新聞代払えないんだ、また明日来てくれる?」
「あ、いえいえ、今日は集金に来たんじゃありません!」
「?」
「今日はですね、八坂さんに新聞のご紹介にあがりに来たんですよ」
そう言うと文は、肩にかけた鞄の中をゴソゴゾと探り始める。
「紹介? ウチは貴女の文々。新聞を取ってるんだけど……」
「ええ、それは知ってますよ。いつもご購読ありがとうございます」
「じゃあ、紹介って?」
「それはですね……お、これだこれだ」
文が鞄から何枚かの新聞紙を取り出す。
見た感じ、どれも文々。新聞とは違う種類の新聞のようだ。
廊下に数種類の新聞を並べると、彼女はにっこり笑って話し出す。
「例の一件以来、八坂さんはすっかり山の妖怪の信仰の対象になっているんです。一緒に宴会ができる神様なんて初めてですからね、それはもう凄い人気なんですよ」
「はあ……そりゃどうも」
「私達天狗の間でもそれは例外ではありません。自分の新聞を八坂さんに読んでもらう事を目標にしてる天狗も一人や二人じゃありません」
「へえ……」
「ですが、八坂さんの家では既に私の新聞が読まれています。当然、それが気に食わない天狗も出てくるわけですよ、お前のせいで自分の新聞が八坂さんに読まれないじゃないかってね。普通のご家庭では二つも新聞は取らないですしね」
「……」
「そ・こ・で!」
笑顔を浮かべたまま私の肩をつかみ、息がかかりそうな距離まで顔を近づけてくる文。
「……これらの新聞、八坂さん家で取ってくれませんかね?」
静かに、でもはっきりと聞こえるように、彼女は私にそう言った。
「はぁ? いらないわよそんなの!」
私はそれに当たり前の返答を返す。
床に並べられた新聞は、少なく見積もっても十種類はある。
普通の家庭の十倍の速度で古新聞が溜まっていくじゃないか。
そんな大量の新聞、一体誰が読むっていうんだ。代金だって馬鹿にならないだろう。
「まあまあ、そんなこと言わずに。まずは一ヶ月、代金は結構ですからお願いしますよ。洗剤とビール券も付けますよ」
「いらない。引越しの時に持ってきた物がまだ結構残ってるし」
「じゃあ、椛ちゃんがもみもみされてる生写真もお付けします!」
「ますますいらないわ」
「見てください。他の新聞も結構面白いんですから。ほら、この悶々。新聞や淫々。新聞なんかは天狗間でも結構人気があるんですよ」
「そんな卑猥な新聞、死んでも取らないわよ。そういう話なら神奈子とやってくれる? ウチはお金は神奈子が管理してるし、勝手に契約なんてできないわよ」
「困るんですよ! それじゃあ!」
突然、声を荒げて肩を掴む手に力を入れる文。
一応笑顔は浮かべているが、先ほどまでの営業スマイルとは違い、
目が血走った、明らかに脅しや凄みの意味が込められている笑いだ。
私は一つ、大きなため息を吐いた。はあ、出たよ拡張員の得意技。
外界でも朝曰相手に散々使われたが、まさか幻想郷に来てまでも見ることになるとは。
「ねえ、私の立場も考えてくださいよ。仲間と顔を合わせる度に、神様の弱みでも握ってるのかとか、何回体を差し出したんだとか言われて、もううんざりなんですよ」
「仲間内の問題でしょ? 私達は関係ないわよ」
「洩矢さん、留守番中にモメ事起こしたくないでしょ? 本当にお金はいいですから、今回は契約だけでもお願いしますよぉ」
「モメ事? 弾幕ごっこなら望むところよ」
「弾幕ごっこで何でも解決できれば楽なんですけどねー。ほら、この河童製の接着剤、神社の鍵穴に塗ったらどうなるんでようね? 業者を呼ぶと結構な額を取られますよ。それでもいいんですかぁ?」
文は帽子から垂れたフワフワしたもので私の顔を撫でてくる。どんなタイプの攻撃方法だそれは。
しっかし、どこの世界でも拡張員のタチの悪さは一緒だね。何を言っても一向に引く気配が無い。
本当なら新聞勧誘だと分かった時点で家に上げないのがベストなんだけど、
今回は顔見知りという事もあって、油断したのが不味かった。どうしたもんだろう。
「あんま天狗を舐めないでくださいよ! 契約しないと大変なことになりますよ!」
しびれを切らして、掴んだ肩を前後に振り始める文。それに合わせて私の頭もゆらゆらと揺れる。
そして、頭を揺らされたせいで顔が一瞬だけ後ろに向き、視界に背後の廊下が映る。
「!!!!」
その時、私は見た。一瞬だけであったが間違いない。
茶色いハムみたいな太ましい体、獲物を見つめる真っ黒な瞳、
奴だ。私のすぐ後ろに、あの凶暴なツチノコが這っていたいのだ!
時間にして一秒に満たなかったが、あの姿を見間違えるわけが無い。
一体、今までどこにいたのか、そして何故このタイミングで現れやがるのか。
奴の姿を見た途端、私の体は血が凍りついたように震え始めた。
やっぱり早いとこ外に逃げておけばよかった。今となっては全てが遅い事だ。
私は恐怖に全身を支配されてしまった。自分でもわかるほどに、顔に怯えの表情が浮かぶ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。この契約書に判子を押せばそれで済むんですから」
私の震えを自分の脅しによるものだと思っているらしい。
文は少しだけ優しい口調になり、鞄から何枚かの契約書を取り出す。
万事休す。ツチノコから逃げようにも、体に力が入らないし文に肩を捕まれている。
前門の天狗、後門のツチノコ。ジャーンジャーン、げえっ挟み撃ちだ、退けい退けい!
文はツチノコの存在に気づいていないらしく、嬉しそうな顔で靴箱の上に契約書を広げる。
対して私は、姿こそ見えないもの背後に居るツチノコの気配を全身で感じていた。
ツチノコは今にも私に飛び掛ってきそうだ。体を這わせる音、舌を出し入れする音が僅かに聞こえてくる。
「さあ洩矢さん! ここにサインをお願いします!」
文が契約書を差し出したのとほぼ同時に、背後でツチノコが跳ねる音がした。
ああ、噛み付かれる! もう嫌っ、なんで私ばっかりこんな目に!?
私はこの後訪れるであろう痛みを考え、歯を食いしばり両目を固く閉じた。
「きゃあああぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
ところが、いつまで経っても私の体に痛みは訪れない。
それどころか、私があげる筈だった悲鳴を代わりに文が叫んだのだ。
これは一体どういうことか? 私は恐る恐る目を開く。
「な、なんですかこの蛇! やだ、止めて! あ、あああぁぁぁーーっ!!」
私の目に映ったもの。それは慌てふためき自分の下半身を叩く文と、文の黒いスカートに噛み付きぶら下がるツチノコの姿であった。
文はツチノコを取ろうとするが、彼女が動くたびにツチノコがスカートごと振り回されるので、なかなか掴む事が出来ない。
そうこうしている内に、ツチノコの重みと振り回される遠心力で、スカートが少しずつ下がっていく。そして……。
「!! いやあぁぁぁぁーーーっ!!!」
遂に、ずるりという音を立て彼女のスカートが落ちてしまった。
中から現れる見事な脚線美、そして純白の……。
「み、見ましたね……」
涙目で私を睨みつける文。その顔には先ほどまでの余裕と凄みはまるで感じられない。
シャツを手で伸ばして下を隠そうとしているが、如何せん長さが足りない。
どうしても角度によっては布製のデルタ地帯が見え隠れしてしまう。
「よくも見ましたね。どんなに空を駆けても絶対に見えないと評判だった、この射命丸 文のスカートの中を!」
「い、いや、別に私がやったわけじゃ……」
「ずっとスパッツ派だと思われてきたけど、実はそんなもの一着も持ってない事を、よくも知りましたね!」
「いや知らないよ! つーか、重要なのはそっち!?」
「うわあぁぁぁぁん、酷い! もうお嫁に行けない!!」
文は床に落ちたスカートを拾い上げ、まるで風のような速さで玄関から飛び去っていった。
私はあまりの急展開に状況を理解できず、しばらくその場に呆然と立ちすくんた。
「え、なんで? なんでコイツ文に噛み付いたの?」
私は独り呟きながら、スカートの破片を噛み続けるツチノコに目を向ける。
ツチノコの姿を背後に見たとき、てっきりそのまま後ろから襲われるものだと思っていたが、
実際に噛み付いたのは私のお尻ではなく、文のスカート。何故、ツチノコは私でなく文を襲ったのだろう。
「……もしかして、私を助けてくれたの?」
あの時の状況を端から見れば、私が文に攻撃されてる様に見えたかも知れない。
ツチノコはそれを見て、私を守るために文に牙を向けたとは考えられないだろうか。
「……いくらなんでも、そりゃ無いか」
私は直ぐに今浮かんだ考えを改めた。
所詮、蛙は蛇にとって単なる捕食対象だ。それをわざわざ助けるわけがない。
文を襲ったのも、私を襲おうとして目測を誤ったとかそんなとこだろう。
一瞬とはいえ、そんな馬鹿馬鹿しい仮説を立てた自分の脳を恥じた。
「あー、下らない事考えてる場合じゃないや、神奈子達が帰ってくる前に玄関を片付けとかないと」
文が飛び去るときに起こした風で、綺麗してあった玄関はすっかり散らかってしまった。
このままでは神奈子が帰ってきたらお説教は必至だ。
私は先ほどの愚かな考えを打ち消すように、頭の中を玄関の掃除一点に集中させた。
舞い上がった埃を外に掃きだす為、スリッパを脱ぎ玄関にある適当な靴に履き替える。
……と、ここで私は開け放たれた玄関の向こうから、神社に向かって飛んでくる小さな影に気づいた。
初めは文が戻ってきたのかと思ったが、よく目を凝らして見ると、どうやらそうでは無いらしい。
文が白い服を着ていたのに対し、向かってくる影は全体的に色が青っぽいし背丈も子供くらいで文よりも明らかに小さい。
その子供のような人影は、こちらに近づくにつれどんどん速度を上げていく。そして……。
「 あ た い っ た ら 最 強 ね !」
「うおあぁっ!?」
そのままスピードを落とさず、一直線に私のいる玄関に突っ込んできた。
「ふぎゃっ!」
そして私の横を抜けていき、廊下の突き当たりの壁に勢いよく衝突する。
人影はまるで潰れた蝿のように壁に張り付き、そのままのポーズで床に落下した。
「いたたた……」
目に涙を浮かべ、両手で自分の鼻を押さえる謎の侵入者。
状況が掴めない私は、とりあえず彼女に接触を試みることにした。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫」
「鼻血出てるよ、ティッシュいる?」
「……うん、頂戴」
「……」
「……」
「……あたいったら最強ね!」
なんだこの馬鹿は。
さっき壁にぶつかった時、頭でも打ったのだろうか。
参ったな、これから掃除しなきゃいけないのにまた面倒事か。
大体、コイツは誰なんだ? 背中から虫みたいな羽が生えてるから、恐らくは妖精だと思うけど。
「探したわよ! アンタが蛙の神様ね!」
「え? う、うん、そうだけど。……貴女は誰なの?」
「あたいの名前はチルノ! 幻想郷の誰よりも強い、最強極まりない氷精よ。しっかり覚えておきなさい!」
「はぁ」
「人呼んでオーバー・デンジャラス・パーフェクトフリーズ・ラヴガール。略しておてんば恋娘よ!」
ダイゼンガーかお前は。
「じゃあ次アンタ。ほら、早く!」
「? 何、次って……」
「名前よ! あたいが名乗ったんだから、次はあんたが名乗るのがスジってもんでしょ!」
「……諏訪子。洩矢 諏訪子よ」
「もりや ぬわこね! ふふん、なかなかイカす名前じゃない!」
「腰巻き一丁で世界を放浪するオッサンみたいに呼ぶな! 諏訪子よ、す・わ・こ!」
同じ日本語を使っているのに、会話が成立している気がしないのは何故だろう。
こんなにも不安定な気持ちになるコミュニケーションは初めてだ。
「で、その最強の妖精がこんな辺鄙な神社に何の用?」
「決まってるじゃない! 洩矢 諏訪子。あんたをやっつける為よ!」
「はぁ?」
何故、私が妖精に狙われなきゃいけないのか。恨まれるようなことをした覚えは無いが。
「アンタ、さっき文を虐めたでしょ! 文を虐める奴はあたいが許さないんだから!」
「文? 文って……さっき来た新聞屋の事?」
「他に誰がいるのよ! ついさっき、文が『山の上の神社にいる蛙に虐められた』って言ってあたいに泣きついて来たのよ! 可哀想に。顔は涙でぐしゃぐしゃになって、そのうえパンツが丸出しだったのよ!」
早くスカートを履け。
「……ちょっと待って。文が出て行ってからまだ五分と経ってないんだけど。それに、なんで天狗の敵討ちに妖精がやって来るワケ?」
「ふふっ、それはあたいと文が厚い絆で結ばれてるから。俗に言うバーカーの関係って奴よ!」
「……ツーカーじゃなくて?」
「そうとも言うわね!」
コイツの場合、あながち間違ってない気もするが。
「とにかく、文を泣かせた奴はそれなりのホーフクを受けてもらうわ!」
チルノは懐からスペルカードを取り出し、高く掲げる。
やば、弾幕ごっこの開始だ、私のスペカってどこやったけ?
「ちょ、ま、待ってよ! まだこっちの準備が……!」
「全てを凍り付かせてあげるわ、行くわよ! 雪符「ダイアモンドブリザード」!」
スペルカード宣言をした瞬間、チルノの手から私に向けて無数の氷塊が発射された。
不意打ちを受けた私は、回避も迎撃も出来ずそのまま直撃を食らってしまった。
「さ、寒っ! な、なによコレぇ、は、早くスペルカード出さないと……」
蛙である私は、冷気の攻撃には全く耐性が無い。
いくら神と妖精の力の差はあるとはいえ、能力の相性が最悪だ。
私もスペルカードを発動させ、相手の攻撃を相殺しようと思ったが、
手が震えてポケット内に入っているカードを上手く掴めない。
「まだまだ行くわよ! 凍符「マイナスK」!」
私がカードを出すのに戸惑っているうちに、チルノは早くも次のスペルカード宣言を行う。
マズい、こんな強い冷気を二回連続で浴びせられたら、私の体はただでは済まない。あまりの寒さに体が冬眠を始めてしまう。
チルノなら、それで倒したと判断して帰ってくれるかもしれないが、まだ問題は玄関先にいるであろうツチノコだ。
奴の前で無防備な冬眠状態を晒したら、まず間違いなく食べられる。目が覚めたときは三途の船の死神乳布団の上だ。
「これでトドメよ! 上白沢和牛と一緒に氷漬けになるがいいわ!」
チルノの周りに白く輝く冷気が集まる。数秒後には、あの冷気は私に向け打ち出される。
私の本能は既に冬眠姿勢に入っているらしく、瞼が自然と落ちて視界が狭まっていく。
寒くて体が動かない。意識もだんだん遠のいてくる。眠っちゃダメだ、眠っちゃ……。
私は襲い掛かる眠気を耐えながら、半分以上閉じていた目をチルノの方に向ける。
ぼやける視界の先には、今まさにスペルを発動させようとするチルノの姿が見えた。
あの勝ち誇った顔の馬鹿妖精が、私の見る最後の記憶になるのだろうか。なんとも残念な話だ。
次はもっと食物連鎖の上位にいる生物に生まれたいな。薄れゆく意識の中、私はそんな事を考えた。
「!! ……痛っ! な、なによコレ!?」
ところが、いつまで経っても私に冷気は打ち込まれなかった。
それどころか、スペルを打とうとしたチルノが何者かの攻撃を受けているようだった。
「なんなのよ! 気持ち悪いわね、離しなさいよ!」
チルノの手足には何本もの緑色の紐のような物……植物のツタが絡み付いていた。
スペルカードは手首に巻きつかれた際に落としてしまったらしく、チルノの周りに集まっていた冷気はすっかり霧散してしまっていた。
「洩矢 諏訪子! こんな攻撃卑怯よ、動けないじゃないの!」
「い、いや、私じゃないわよ」
「じゃあ誰が仕業だってのよ! 弾幕ごっこを邪魔するなんて、許さないわよ!」
チルノに言われ、私はツタの伸びている方向に視線を移す。
するとそこには、鎌首を上げ鋭い眼光でチルノを睨みつけるツチノコの姿があった。
ツチノコの周りからは無数のツタが生え、それがチルノの手足をがっちりと押さえつける。
……そういえば、ツチノコには植物を操る力があったんだっけ。
「いい加減離しなさ……きゃあ!」
次の瞬間。チルノの足首に絡まっていたツタが、一気に足を持ち上げる。
「いやあぁっ! 何するのよこの変態! バカ、アホ、⑨!!」
逆さづりになったチルノが狂ったように喚きたてる。身動きのとれない彼女は今、大変な状態になっていた。
スカートはヘソの所まで捲り落ち、可愛らしいドロワーズが完全に見えてしまっている。
その姿はまるで青いてるてる坊主。スカートが体でドロワーズが頭だ。
「ばかぁ、止めなさいよぉ! 早く離さないとタダじゃおかないんだから!」
裏返しのスカートの下から、氷の粒がボロボロと落ちる。
どうやらツタの主に攻撃をしているらしい。外が見えないのだから当たるワケが無いが。
「離しなさいよぉ……非道いじゃないのよぉ……ぐすっ……」
遂に泣きが入ってしまった。スカートの中から氷の代わりに涙が落ちだす。
文に続きまさかのニ連続パンチラ。いやむしろパンモロ。これはマズい。
全年齢対応の創想話でこの展開は非常に危険だ。どこからともなく紫のむきゅー魔女が現れて一喝されてしまう。
チルノが無力化したせいか、私を苦しめていた冷気もすっかり消えている。
私は冷えた体をほぐし、チルノを拘束するツタに向けて鉄の輪を投げ付けた。
「むぎゃ!」
鉄の輪によってツタは切り刻まれ、支えるものが無くなったチルノの体は頭から床に落下した。
「う゛~、いたたた……」
「だ、大丈夫?」
「ひ、非道いじゃない、本当に恥ずかしかったんだからぁ……」
目と顔を真っ赤にして私を睨みつけるチルノ。不自然な姿勢でいたせいか、服が少し乱れている。
なんだろう、私がこんな目に合わせた訳じゃないのに、もの凄い罪悪感だ。
今、神奈子達が帰ってきたらどう思われるだろう。多分、ロリコンのレッテルを貼られて神社から追い出されるだろうな。
「うん、悪かったからさ、今日のところは帰ってくれないかな?」
「文にしか見せたことないのにぃ、子供が出来ちゃったらどうするのよぉ……」
「いや出来ないから。そんな簡単に子供が出来たら少子化なんて問題にならないわよ」
「……ホント?」
「ホントホント、だから安心しなさい。パンツ見せるだけで妊娠するなら、萃夢想なんて妊婦だらけのキャットファイトよ。そんなマニアックな格ゲー嫌でしょ?」
「うん……」
私の言葉を理解し気分も落ち着いたのか、ようやく泣き止んでくれたようだ。
チルノは涙を拭い、吹っ切れたかのように立ち上がった。
「ふ、ふん! なかなかやるじゃないの! このあたい相手に勝つ……いや、引き分けなんて!」
「はぁ」
「今日の所は小手調べ、次会う時は本気よ! 覚悟しときなさい!」
「はいはい、気をつけて帰りなよ」
「Atai be back!」
意味不明な捨て台詞を吐き、チルノは玄関から出て行った。
次会う時、か。うーん、また今日みたいに急に襲われたら困るな。
今回はツチノコの助けがあったからなんとかなったけど、今度もそう上手くいくかなぁ?
「……そうだ、ツチノコ!」
ツチノコの存在を思い出し、私は周囲を見回し気配を探す。
「あっ、いた!」
ツチノコは玄関の軒先で、文やチルノを襲ったときとは正反対の、実に穏やかな表情でのんびりと日向ぼっこをしていた。
私は奴の考えが全く分からなくなっていた。
いや、最初から何を考えてるかなんて分かりゃしなかったが、今はそれ以上にツチノコの行動に疑問を感じていた。
奴は私を助けた。最初はただの偶然だと思っていたが、偶然が二度も続くわけが無い。
文に新聞購読を迫られた時、チルノに氷漬けにされそうになった時、決まって、ツチノコは私を窮地から救い出してくれた。
何故、ツチノコは私を助けたのだろう。蛇にとって蛙はただの食料でしか無いというのに。
「……ひょっとして、ただ一方的に私が怖がっていただけ?」
もしかしたらツチノコは私を食料だとは見ていないのかもしれない。
思えば昨晩は、夕飯を奪われた恨みで私の方から勝負を仕掛けた。だから反撃で噛んできたとも考えられる。
蛇だから、という理由だけで、私の方が拒絶していただけで、本当はツチノコは私を仲間だと思っていてくれたのかも……。
「……」
そう考えると、少し恥ずかしくなった。私は今まで、何を一人で騒いでいたんだろう。
蛇は蛙を食べるもの。その固定概念に囚われ、相手の気持ちなんてまるで考えていなかった。
はぁ、これじゃあ信仰心が集まらないのも当然だわ。こんな自分勝手な神様、信じるわけないもんね。
受け入れよう、彼を。
彼はもう、恐怖の捕食者ではない。この守矢神社で一緒に暮らす新しい仲間だ。
私は決意を固め、穏やかな顔で眠る彼にゆっくりと近づいた。
「……ごめんね。今まであなたの事を嫌っちゃって」
日差しで温まったコンクリートの上で、気持ちよさそうに眠るツチノコ。
私は彼に敵対心は無いことを示すため、静かに彼の体に手を伸ばし、そして……
「!! ひぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
噛まれた。
「な、なんで噛むの! 折角仲良くなれると思ったのに!!」
当然、ツチノコは答えない。私の腕に旨そうに喰らい付いたまま離れない。
「二回も私を助けてくれたじゃない! なのになんで……!」
私涙目。友達になれると思った直後のまさかの強襲。諏訪子、もう何を信じたらいいのか分かりません!
と、ここで私は気づいた。
結局、コイツは私を食料としか見ていなかった。
仲間だとも友達だとも思っていない。ごく普通の、蛇と蛙の関係だ。
では、なぜ私を二回も助けたのか。答えは簡単だ。
食料を奪われるのが嫌だったから。自分のご飯を守るため、文とチルノに襲い掛かったのだ。
結局、コイツはただ本能に忠実なだけだった。食うことと寝ることぐらいしか考えてないのだ。
それを私は、助けてくれただの、友達だの……。
「……ぷっ。あはははははっ!」
私はなんだかおかしくなって、思わず笑いだしてしまった
最初から何も変わってなかったツチノコに、一瞬でも心を許した自分が馬鹿らしくて、おかしくて堪らなかった。
もうこの時点で、私のツチノコに対する恐怖はすっかり消えていた。
勿論、ツチノコが私を食べようとしているのには変わりは無い。
だが、私の中のツチノコへの認識は『いつ襲われるか分からない天敵』から『本能に忠実なちょっと凶暴なペット』へと変化していたのだ。
「あははは、気に入ったわ! なかなか面白い奴じゃないの!」
腕にぶら下がったままのツチノコに、私は笑いながら語りかけた。
神としてではなく、単なる食料として扱われる。こんな経験、もう二度と無いだろう。
それともこれは、相手が神であろうと食物連鎖の掟には従うという、自然に対しての信仰になるのだろうか。
ふふ、暇つぶしに悩んでいた幻想郷での生活も、これで少しは張りが出るってものだ!
さて、あとは……。
「……どうやったら、コイツは腕から離れてくれるのかな?」
結局、神奈子たちが帰ってくる夕暮れ時まで、
私は右腕にツチノコをぶら下げたまま過ごさねばならなかった。
◇◆◇
それからというもの、私は一日の大半をツチノコと過ごすようになった。
初めは気色悪かったその姿も、見慣れれば段々と可愛く見えてくるもので、
今では暇さえあればツチノコの体を磨いてやるのが私の習慣になっていた。
「それにしても、随分と仲良くなったものねぇ。最初はあれだけ嫌がっていたのに」
夕飯のアジフライを頬張りながら、神奈子が呟く。
「仲良くなったっていうかねぇ……コイツが勝手に私の後を付いて来ちゃうんだよ。ほらノコ、エサだよー」
私の横で寝そべるツチノコに人参の煮物を近づけると、奴は器用に舌を伸ばして煮物を絡め取った。
「ずるいですよ諏訪子様ー。ノコちゃんは私が拾ってきたんですよー、私にも世話をさせて下さいー!」
早苗が頬を膨らませて、羨ましそうにこちらを眺める。
「だって、早苗いつも神社にいないじゃない」
「仕方ないじゃないですか、毎日外回りしてるんだから。諏訪子様いいなー、一日中ノコちゃんと一緒でー」
「コイツの相手すんの、結構大変なのよ。エサやり忘れると、すぐ噛み付いてくるし」
「ええー、ノコちゃんツボカビ菌に感染してないかなぁ?」
「保菌者じゃないわよ失礼ね! そんなに言うんだったらほら、早苗の所に行きなさい!」
ツチノコの体を早苗の方に軽く叩く。
その合図が理解できたのか、ツチノコはちゃぶ台の下を通って早苗の席に這って行く。
「きゃー! ノコちゃん可愛いぃー!」
「早苗、行儀が悪いわよ! ツチノコと遊ぶのは食べ終わってからにしなさい!」
「あはは、ノコちゃんくすぐったいよぉー」
「全く、一体誰に似たのかしら……ん?」
何かに気づいた神奈子が視線を落とす。
見ると、ちゃぶ台の上にあったトックリが、植物のツタで持ち上げられ、神奈子の前の御猪口に日本酒を注いでいた。
「……あら、悪いわね」
前の飼い主が覚えさせたのだろうか、世渡り上手いなコイツ。
「それにしても、こんなに可愛いノコちゃんを捨てるなんて、前の飼い主は何を考えてたんでしょうね?」
「んー、まあ大方餌代がバカにならないとか、イビキが五月蝿いとか、そんな理由じゃないの?」
「普通の家庭じゃツチノコを飼うのは難しいでしょ。それに比べ、ウチは山の中だから食べ物は豊富だし、デカいイビキには耐性があるから大丈夫だけど」
「え? 誰かイビキなんてかく人いたっけ?」
「……」
「……」
「か、神奈子? 早苗? な、なんで黙るの?」
「夏の夜の蛙って、最悪ですよね……」
「本当、普通の人間なら秋になる前に発狂するわよね」
「え、え? な、何? 何なの?」
何故か二人が目を合わせてくれない。
そういえば、ある夏の朝、目を覚ましたら両頬がビンタされたみたいに腫れてて、
一日、二人とも口を聞いてくれなかった事があったけど、あれはなんだったんだろう。
二人の不可解な行動に疑問を持ちつつ食事を再開しようとしたその時。
「夜分遅くにすいませーん、だぜー!」
突然、玄関の戸を激しく叩く音が聞こえてくる。
一緒に聞こえてくる人の声は、言葉とは裏腹に、まるで遠慮が感じられない。
「あら、こんな遅くに誰かしら?」
「新聞の勧誘ですかね? あいつら朝でも夜でもお構い無しにやって来ますし」
「いんや、新聞勧誘はしばらく来ないと思うよ」
「?」
「誰だか知らないけど、こんな時間に来る奴は碌な奴じゃないよ。私がガツンと言って追い返してやる」
箸を置き、その場から立ち上がる。
「あ、諏訪子様。わざわざ行かなくても私が……」
「いいっていいって、ほらノコ、来な」
私の声に反応し、ツチノコが早苗の腕から私の肩へ飛び移る。
もし、来客が厄介な用事の厄介な奴だとしても、私に危害を加えようとすればツチノコが全力で襲い掛かるだろう。私専用のボディガードだ。頼もしい。
「はーい、どちら様ですかー?」
廊下でスリッパに履き替え玄関に向かう。さて、一体誰が来たんだろう。
「よう、久しぶりだな。蛙の神様」
「あら、アンタいつぞやの白黒魔法使い」
玄関で待っていたのは全身白黒の魔法使い、霧雨 魔理沙だった。
幻想郷に来たばかりの私達に勝負を吹っかけ、そして完全勝利を手にしたツチノコに勝るとも劣らない凶暴な女だ
寒空の下、外で待ちきれなかったのか玄関の中に入ってしまっている。早苗、ちゃんと鍵閉めたの?
「珍しいわね、ついにこの神社まで泥棒の対象にしだしたの?」
「おお、いきなり酷い言われようだぜ」
魔理沙の悪名はすでに守矢神社にまで届いている。
価値のある魔道書や骨董品を狙い堂々と他人の家に侵入し、物品ばかりか人の心まで奪っていく幻想郷一の大泥棒。
全てのキャラとカップリングが成立する程度の能力を持ち、ラノベの主人公より早く女の子と関係を持つという恐るべき相手だ。
泥棒の上にスケコマシ。出来る事なら家に近づいて欲しくない人物ナンバーワン。幻想郷の法律はどうなっているのだろうか。
「残念だけど、この神社に貴女が欲しがるようなものなんて無いわよ。御柱なら沢山余ってるから分けてあげてもいいけど」
「うーん、死ぬほどいらないぜ」
「それじゃあ何? また新しく女の子を侍らせようっていうの? ウチの早苗はちゃんと教育してるから、貴女なんかに騙されないわよ」
「お前は私を何だと思っているんだ」
世間一般の貴女の評価そのままだと思っているが。
「いや、今日は別に物を借りに来たわけでもガールハントをしに来た訳でもないぜ」
「じゃあ何よ。場合によってはこのツチノコが貴女の喉元に喰らい付くことになるわよ」
「そんな怖い顔するなよ、大した用事じゃ……」
そこまで言うと、急に魔理沙の口が止まる。
人を小ばかにしたような顔から、徐々に驚きの表情に変わっていく。
そして、魔理沙の口から喉を詰まらせたような声が出る。
「ミ……」
「み?」
「ミマァァァーーッ! 探したぜぇぇぇ! 何処に行ってたんだよこの馬鹿ぁぁ!!!」
「うわあぁ!?」
叫ぶと同時に、魔理沙は私に飛び掛ってきた。私はそのまま廊下に押し倒され、魔理沙に馬乗りにされる。
「私がっ、どれだけ心配したのか分かってるのかよぉー!」
「重い重い! 何よいきなり!」
「何? 何の騒ぎよ」
「諏訪子様、もう遅いんですからあまり大きな声を出したら近所迷惑ですよ」
騒ぎを聞きつけたのか、茶碗を持ったまま神奈子と早苗がやって来る。
「ミマ、ミマァー! 会いたかったぜぇぇー!!!」
「あうぅ、重い、どけぇぇ……」
「んま! 諏訪子ったらこんな所で大胆……!」
「きゃあぁぁ! 何やってるんですか諏訪子様!」
早速、何か勘違いされてしまった。
「噂には聞いていたけど、本当に見境無いのね。諏訪子みたいな両生類まで射程範囲とは、魔理沙、恐るべし!」
「感心してる暇があったら助けろぉ!」
「不潔です、諏訪子様! そんな所で女同士で抱き合って撫であって摘みあって舐めあって穿りあうなんて!」
「お前の脳が一番不潔だ、このアホ巫女!」
「ミマ、ミマァァー!!」
「いい加減、私の上からどけぇぇ!!」
このままでは収拾が付かない。
そう思った私は、興奮する魔理沙を冷静に説得し(膝蹴り五発)、居間に通し話を聞くことにした。
居間に向かう途中、神奈子が「残念ね、早苗に妹が出来たかもしれないのに」とほざいたので蹴った。
「違うんだ! 別に変な事をしようとしたわけじゃないんだ!」
ちゃぶ台を挟んで魔理沙と対峙する。
早苗の出した茶を飲んで我に返ったのか、魔理沙は必死に弁解を繰り返す。
「信じてくれ、私は無実なんだ!」
「いきなり人に圧し掛かっておいて、無実もクソもないわよ!」
「誤解だ、頼むから私の話を聞いてくれ!」
「ウチの神社は自由恋愛を推奨してるから、別に諏訪子にアプローチしても構わないわよ?」
「勘弁してくれ、これ以上関係を増やしたら、認知裁判の費用だけで残高が空になってしまうぜ」
「おい!」
「冗談だぜ」
冗談に聞こえねえよ。
「つーかねえ、諏訪子はこの程度の事に大げさに騒ぎすぎなのよ」
「この程度って、いきなり襲い掛かられて、乙女の純潔が奪われそうになったのよ!?」
「純潔って……貴女、出産経験あるじゃない」
「そうですよ諏訪子様、ちょっと上になられたぐらいでー。私が八坂様とする時はいつも八坂様が上になりますよー?」
「なっ!? さ、早苗、あ、貴女今なんて……」
「あ、マリオカートの話です」
「死ね!」
神奈子と早苗が顔を見合わせて、なに想像してんだコイツはみたいな顔を浮かべる。
変温動物だからって舐めやがって、冬眠して留守番サボるぞこの野郎。
「もういい、私直々にこのスケコマシを警察に突き出してやる!」
「おいおい、そんなすぐに警察沙汰にしないでくれよ、ベッキーじゃないんだから。私はただ、ミマーを探していただけなんだよ!」
「ねえ、さっきから気になってたんだけど、そのミマーって何なの?」
神奈子が横から口を挟む。確かにそれは私も気になっていた。私に馬乗りになっていた時もその名前を連呼していたし、昔の女の名前か何かか?
「……ミマーは私の大切な友人の名前だ」
「友人?」
「ああ、今年の夏に出逢ってんだがな、なかなか面白い奴で最近まで私の家で一緒に暮らしてたんだ」
「同棲ね、やるじゃない」
「……だけど、私はミマーを裏切った、自分だけの勝手な都合で。もう一度会ってあの時の事を謝りたい、その一心でこの一週間、ミマーを探し回った」
魔理沙は悲しそうに俯く。なんだか深い事情があるみたい。
「で、それと私に圧し掛かった事と、なんの関係があるわけ?」
「それは、やっとミマーを見つけたんで嬉しくてつい……」
「意味わかんないわよ! 私はミマーさんじゃないっての!」
「だから、話を聞いてくれ! ミマーはそっちだ、お前の肩に乗ってるソイツの事なんだよ!」
魔理沙に言われ自分の肩に視線を向ける。
私の肩にはさっきから用心棒代わりのツチノコが乗っかっている。コイツがミマーだって事は、つまり……。
「もしかして、ノコちゃんの前の飼い主って……!」
「そうだよ、私だ。ここではノコちゃんって呼ばれてるのか?」
その言葉に早苗が手を口に当てて驚く。
流石は幻想郷、世間が狭いにも程がある。まさか拾った蛇の飼い主が知り合いだったとは。
「いきなり飛び掛ったのは悪かったよ。だけど、お前の肩に乗ったミマーを見たときは、本当に嬉しかったんだ。何しろ一週間も探してたんだからな。どうだ、沢山食べるんで大変だろう? 私も最初はエサの確保に苦労したぜ、霊夢の真似して野草を塩で揉んだりしてな。いやあ、あれは失敗だった」
自分のツチノコとの思い出を嬉しそうに語る魔理沙。
魔理沙に限った事では無いが、ペット自慢というのは大抵他人が聞いても面白くない。
私と神奈子がこれから始まるであろう無駄話にうんざりした顔をしていると、
その気配を察知したのか、魔理沙の独り語りを遮って早苗が口を開いた。
「……なぜ、ノコちゃんを捨てたんです?」
その一言に魔理沙の喋りが止まる。
「ノコちゃんは里の外れにダンボールに入れられ捨てられていました。前の飼い主が貴女なら、捨てたのも貴女なのでしょう?」
楽しそうだった魔理沙の顔がみるみる険しくなる。一番触れられたくない場所に触れてしまったような、気まずそうな顔。
「……私だって、本当は捨てたくなんてなかったさ」
魔理沙の口から漏れた言葉は、今にも消えそうな程小さかった。
「だけど仕方が無かったんだ! あの時は捨てるしか選択肢が無かったんだよ!」
「何があったのか知りませんけど、どんな理由があろうと、ペットは最後まで面倒を見る責任があるんじゃないですか?」
「事情も知らずに勝手な事をいうな!」
魔理沙の叫びに一気に場の空気が張り詰める。
見ると、彼女の両目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ツチノコを捨てるのに泣くほどの理由があったとは、一体何が。
「……手が付けられなかった、突然ミマーが暴れだしたんだ」
「……」
「牙を剥き出しにして、家中にツタを這わせて、動くもの全てに襲い掛かってきたんだ。家の中がめちゃくちゃにされて、私はなんとか逃げ出したんだが……」
「そんな……ノコちゃんがそんな事をするなんて」
「その一件でミマーを飼う自信を無くした私は、次の日里の外れにミマーを捨てたんだ。今では後悔してるよ」
俄かには信じられない。
ツチノコの凶暴性はここ数日で嫌というほど味わったが、流石に家中を暴れまわるといった事はなかった。
何か原因があるのか、それともまだ本来の凶暴性を隠しているだけなのか。
私はその時、ツチノコのつぶらな瞳の奥に、底知れぬ闇を見たような気がした。
「酷いだろう? いくら丸一日エサをやるのを忘れたからって、あんなに暴れる必要は無いと思うぜ」
……なんですと?
「でも、おかしいんだ。気づかない内にいつの間にか丸一日が経ってたんだよ。あの日の朝、私がミマーに餌をあげようとした丁度その時、家にアリスが遊びに来てくれたんだ。それで、ちょっと餌やりを中断して一緒にお喋りしたり、魔法の研究を進めたり、お菓子を作ったり、お風呂に入ったり、寝たりしていたら、いつの間にか日が暮れて夜になっていたんだ! 有得ないだろう? これはきっと時間泥棒の仕業だぜ、私は紅魔館の小児性愛メイドが犯人だと睨んでいるんだが……」
おかしいのはお前の頭だ。
「そうしたら、突然ミマーが暴れだして、逃げ遅れたアリスがツタで首を有得ない方向にへし折られて……」
「……! へ、へし折られて?」
「永遠亭に一ヶ月入院することになったぜ。ああ、なんて可愛そうなアリスっ!」
生きてるんだ。どんだけ丈夫なんだよ。
「なんですかその位! 諏訪子様なんて一日十回はノコちゃんに噛み付かれてるんですよ!」
「ええっ、なんでそこで張り合うの?」
「噛まれるぐらいなんだ! あの時、アリスの首から人体から発せられてはいけない音がしたんだぞ!」
「諏訪子様だって、本気を出せば腕や足の一本や二本、平気で食べさせますよ!」
「食べさせねーよ、なんの本気だよ!」
ちゃぶ台に身を乗り出して睨みあう魔理沙と早苗。
こいつらは一体何をそんなに必死になっているんだ。
この争いの発端となったツチノコはというと、そしらぬ顔で私の肩の上で……。
……いなかった。さっきまで乗ってたツチノコは居なくなっていた。あれ、どこいったんだ?
「ノコちゃん……」
「ミマー……」
いつの間にか、ツチノコはちゃぶ台の上、丁度二人の間に移動し、
喋れない代わりに、何か言いたげな目で魔理沙を見つめていた。
「……ミマー」
見つめあう魔理沙とツチノコ。
端から見たら奇妙極まりない光景だが、とてもそれ口を出せる雰囲気ではなく、私達三人は黙って一人と一匹を眺めていた。
「……す」
やがて長い沈黙を破り、魔理沙が口を開く。
「すまなかった! お前を捨てたりしてっ!!」
ちゃぶ台に頭を擦り付けて、ツチノコに謝罪の言葉を叫ぶ。
「エサを用意しなかった私が悪かった! 許してほしいなんて言わない、だけど、私はお前を失って本当に後悔してるんだ、それだけは分かってくれ!」
頭を下げたまま声を張り上げて謝り続ける魔理沙。
表情の無いツチノコが、それをどう受け止めているかは分からない。
だが、体を微動だにせず真っ直ぐに魔理沙を見つめるツチノコの目には、
少なくとも敵意や怒りといったものは感じられなかった。
「ねえ、諏訪子」
「ん?」
「面白いと思わない?」
「……何が?」
「だって、種族が違うどころか、言葉も通じない相手に謝ってるのよ」
「……そうだね」
神奈子が嬉しそうに微笑む。魔理沙はまだツチノコ相手に頭を下げている。
「こんな光景、外の世界じゃ絶対に見られなかったわ」
「幻想郷でも十分珍しい光景だと思うけどね」
「諏訪子。私達、やっぱり幻想郷に来て正解だったのよ」
「?」
「ここでは人も妖怪も動物も皆同じ。決して人間だけが優れているなんてことは無い。外の人たちが失った、全てのものへの信仰の気持ちが幻想郷では今も生き続けているのよ」
人間が自分達が創ったもの以外を信じる。ほんの百年前までは当たり前だった光景。
宗教がただの商売に成り下がってからすっかり見なくなったけど、幻想郷では今も当然のようにその心が生きているんだ。
神奈子はそれが大変気に入ったようで、満足げな顔で魔理沙を見つめている。
なるほど、確かにここは外の世界に比べれば不便なことばっかりだけど、慣れれば私達神にとっては生きやすい環境なのかもね。
「なあ、ミマー。今更こんな事を言える立場じゃないけど……」
魔理沙はツチノコに目を合わせ、静かな口調で語りかける。
「もう一度、私の家で暮らさないか? もう二度とお前を裏切ったりしないから」
「なっ!?」
それを聞いた早苗が、勢いよく立ち上がり魔理沙に詰め寄る。
「何を言ってるんですか! ノコちゃんはもう私達のペットなんですよ!」
「分かってるよ、それぐらい! だけど、私だってミマーを愛してるんだ、もう一度一緒に暮らしたいんだ!」
「信用できませんね! そっちが一方的に捨てておいて、もう一度やり直そうだなんて!」
「だ、だって、アリスは入院しちゃったし、家に一人でいるのは寂しいんだよ! 誰かの体温を感じていたいんだ!」
結婚適齢期を逃したOLみたいな事を言う魔理沙。
言い分としては明らかに魔理沙の言っていることがおかしい。裁判を起こせば、確実に早苗の方に軍配があがるだろう。
「ミマー、お願いだ。私はお前がいないとダメなんだ!」
「駄目よノコちゃん! この人について行くとえっちな事されるわよ!」
だが私は気づいていた。
玄関で魔理沙が私を押し倒したとき、それまで私に危害を加えようとする者には容赦なく襲い掛かったツチノコが、まるで動こうとしなかったことに。
ツチノコは知っていたのだ。目の前の人物が、かつての自分の主人であるということを。
かつての主人を怨んでる様子はない。もしそうなら、真っ先に襲い掛かるはずだ。
ツチノコの中では、魔理沙はまだ自分の大切な仲間だと記憶されてるのかもしれない。
「……わかった」
しばらく早苗と言い争っていた魔理沙だが、やがて口論を止め、静かにその場から立ち上がった。
「今日の所はもう帰るぜ、外も暗くなってきたしな」
「何度来たって同じです! ノコちゃんは絶対に渡しませんから!」
「あら、帰るの? 一緒に夕飯食べていけば良いのに」
「いや、遠慮しておくぜ。それじゃあまたな」
そう言い残し、魔理沙は早足で玄関から出て行った。
「なんて常識の無い人なんでしょう! おかしいですよね神奈子様!」
「うーん、確かに一度捨てたものを後で迎えに来るなんて、ちょっと都合が良すぎるわね。昼ドラに出てくるダメ男みたいだわ」
「ノコちゃん、貴方はずっと私達と一緒だからね。ずっと一緒に暮らそうね」
ツチノコは早苗の声に反応せず、魔理沙の開けて行った扉をいつまでも見つめていた。
その後姿はどこか寂しげで、放っておいたらそのっま魔理沙を追っていってしまいそうな危うさが感じられた。
私には、あくまで私の考えでしか無いが、ツチノコは今、迷っているように思える。
早苗のツチノコへの想いは本物だ。だけど、魔理沙のそれも早苗に負けないぐらい強いんだろう。
「諏訪子様、今度アイツが来たら問答無用で追い返してやって下さいよ!」
「……」
「諏訪子様?」
「……早苗、私もう寝るわ」
「へ? あ、お、おやすみなさい」
「おやすみ。早苗も早く寝なさい。明日も早いんでしょ?」
私は自室に戻る前、軽くツチノコの体を撫でてやった。
深い理由は無い。ただ、こうしないと後で悔いることになる気がしたのだ。
私が布団に入ると、居間の灯りもそれとほぼ同時に消えた。
幻想郷に来てから夜は暇でする事が無く、三人ともすぐに寝てしまう。
ツチノコも夢はみるのだろうか。そんな事を考えているうちに、私はゆっくりと眠りについた。
翌朝、私は境内に響き渡る早苗の声で目を覚ました。
寝ぼけた頭では何を言っているのかよく分からなかったが、
頭が冴えるに連れ、段々と早苗が何を叫んでいるのか聞き取れるようになった。
どうやら、早苗はツチノコの名前を呼び続けているらしい。
何が起きたのかはすぐに理解できた。
何故なら、昨晩閉めて寝たはずの襖が少しだけ開いていて、
私の枕元に木の実や茸が山のように積まれていたのだから。
「……お礼のつもりかしら。私はアンタの食料でしょ。それに食べ物送ってどうするのよ、ばーか」
私は布団の中で独り呟き、そのまま二度寝の快楽に身を任せていった。
◇◆◇
「へえ、それじゃあ結局ノコは魔理沙の所に戻っちゃったのね」
ちゃぶ台に食事を並べながら、神奈子が微笑む。
「多分ね。ノコには最初から帰るべき場所があったのよ、ウチはその通過点に使われただけ」
「ふふっ、フラれちゃったわね。諏訪子」
「蛇にフラれたって悔しくもなんともないわよ。むしろ清々したわ」
あの日以来、ツチノコは私達の前から姿を消した。
恐らく、魔理沙の元に戻ったんだと思う。確認してないから分からないが、確認するまでもない。
ツチノコは私達よりも魔理沙と一緒にいることを選んだ。彼自身が下した決断だ、私達が介入する余地はない。
きっと、魔理沙には私達には無い魅力があるのだろう。私には理解できないが。
「貴女はそれでいいかも知れないけど、早苗は可哀想ねぇ。随分とツチノコにお熱を上げてたみたいだし」
ツチノコが居なくなったあの日の早苗の沈みようは凄まじかった。
何をするにも上の空、食事はマトモに喉を通らず、やむなくその日の布教活動は中止せざる負えなかった。
「最近は段々と元の早苗に戻ってきてるみたいだけどね」
「早く立ち直って貰わなきゃ困るわよ。布教は毎日の繰り返しが実を結ぶってのに」
「早苗はそんな弱い子じゃないわよ。なんてったって私の子孫なのよ」
「ちっとも説得力が無いわねぇ……」
確かに早苗は心配だが、あの子の立ち直りの早さは私はよく知っている。
あと数日もすれば、何事も無かったかのように明るく振舞うに違いない。
「……で、その早苗だけど」
コップに注がれた麦茶を一気に飲み干す。
「一体、いつ帰ってくるのよ! 六時には帰ってくるって言ったのに、もう一時間も経ってるじゃない!」
右手の拳でちゃぶ台を叩く。
加減して叩いたので夕食に被害はなく、端に載っていたマヨネーズが倒れただけだった。
「また性懲りも無く私を待たせて! 私にとって夕飯がどれたけ大切なものか分かってるのかしら!?」
「ほら、そんなに荒れない。それにしても本当に遅いわねぇ……」
湯気をあげる夕飯を前に、空っぽの胃袋が悲鳴をあげる。
早苗め、ちょっと買い物と言っておきながら、一体いつになったら帰るんだ。
時間にルーズなのは神奈子似だ。神奈子がちゃんと教育してないのが悪い。
早苗が帰ってきたらどんな文句を言ってやろうかと考えていると、
廊下からぱたぱたと早足で居間に向かってくる足音が聞こえてきた。
「すいません、遅くなりました……」
「おそーい! 罰として早口言葉十回! お題はかえるぴょこぴょこみぴょもぷも!」
「言えてないわよ」
申し訳なさそうな顔をして、早苗が居間の扉を開ける。全く、どこでほっつき歩いていたんだ。
「ほら、手洗ってきて早く席につきなさい! ご飯が冷めちゃうでしょ!」
「は、はい……」
「ちょっと待ちなさい、早苗」
洗面所に向かおうとした早苗を神奈子が呼び止める。何よ一体、神奈子まで私を苦しめようというの?
「な、なんですか八坂様?」
「……獣の臭いがするわ。早苗、貴女また何かを拾ってきたわね」
神奈子の言葉に早苗がビクッと肩をすくませる。
私も神奈子に続いて、周囲の臭いを嗅いでみると、確かに早苗が帰ってくる前にはしなかった妙な臭いを感じた。
「あ、あの、こ、これは……」
「何を拾ってきたの? 隠したってどうせすぐにバレるのよ。正直に答えなさい」
「……」
隠し事を看破され、顔を俯かせる早苗。ツチノコの件はもう立ち直ったのだろうか。
何を拾ってきたのか知らないけど、今度は蛙に優しい生き物だといいねえ。
「こ、今度の子もすっごく可愛いんですよ! それに、便利な特技も持ってるし……」
「いいから、早く連れて来なさい。話はそれからよ」
「はい……」
神奈子の前に出す前に、少しでも印象を良くしようとしたのだろうが、その手は通じない。
早苗はこれ以上の言い訳を諦め、廊下から拾ってきた動物の手を引いて居間に連れてきた。
……ん、手を引いて?
「夜雀のミスティアちゃんです。ほら、みすちー、八坂様と諏訪子様に挨拶して」
「はじめましてーっ! 夜の雀と書いて夜雀、夜の鷹と書いて加藤! みんなのアイドル、ミスティア・ローレライでーす!」
「……!?」
私と神奈子はその姿を見て言葉を失ってしまった。
早苗に連れられて入ってきたのは、人間の子供くらいの背丈の鳥の妖怪だった。
いや、どうせまた妖怪を拾ってきたんだろうとは思っていたが、まさかヒューマノイドタイプとは。
こんなのをペットとして飼ったら、絶対に近所で変な噂が立つぞ。
「凄いですよみすちーは! 歌も上手だし、彼女が作った鰻の蒲焼は本当に美味しいんですから!」
「ちんち~ん」
「……今のは?」
「鳴き声です。深い意味は無いですよ」
うーむ、こんなのをペットとして飼ってもいいんだろうか。
風の噂では、大量のバニーガールをペットにしてる屋敷が竹林の奥にあるって話だし、幻想郷的には問題ないのだろうが。
それでも、自分達と大して姿が変わらない相手をペットにするのはやっぱり抵抗あるなぁ、なんか鳴き声が猥褻だし。
でも、言葉の通じない動物より、意思疎通が可能な相手の方が世話はしやすいのかもね。
見た感じツチノコより凶暴な感じはしないし、雀って話だから別に蛙をメインに食べるって訳でもないだろうし。
その姿にさえ慣れてしまえば、ペットとして飼うのも悪くないかも……。
「あっ、あなたは!」
ミスティアが突然、私の姿を見て大声を上げる。
「な、何?」
「その帽子にその鳥獣戯画チックなスカート! あなたもしかしてカエル!?」
「え、そ、そうだけど……」
「カエルなのね! 嘘付かないわね!?」
私が頷くと、ミスティアに満面の笑顔が浮かぶ。なんだろう、蛙が好きなのかな?
「やっと、やっと見つけたわ……」
「え、なになに?」
「串焼きを極める為、百舌の妖怪に弟子入りして修行すること半年。やっと、やっとこの時が……」
「……百舌?」
百舌、という単語を聞き、私の背中に冷や汗が流れる。え、なに、なんだか凄く悪い予感がするんだけど。
「今こそ私の串焼きと百舌の早贄のコラボをっ! いざっ!」
「!!!」
叫ぶと同時に、ミスティアは袖から恐らく蒲焼の串だと思われる木の棒を取り出す。
恐らく、と言ったのは、それは串と呼ぶにはあまりに大きく太いシロモノであったからだ。
串というよりむしろ、杭といった方が正しいようなサイズだ。そして彼女はそれを私に向け……。
「さあ、大人しく串刺しになりなさい! とう、とうっ!」
「ひぎゃあああぁぁぁぁぁ!!! ヤバいって、これはマジで危ないから!」
「早苗、ちゃんと毎日世話をするのよ」
「はい、八坂様っ!」
「おいっ、お前らふざけんなぁぁぁ! ひゃあ、危ない!」
「はやにえ! はやにえ! カエルを使って究極の串焼きを、至高の串焼きを!」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「早苗ぇぇ! 捨ててきなさぁぁぁいっ!!!!」
ケロちゃん雨風蛇雀に負けず、今日も頑張って生きてます。
序盤のほのぼの家族から中盤の蛙とツチノコの奇妙な友情。
そして魔法使いの駄目っぷりにw
諏訪子一人称ものは始めてみましたが、それも可愛らしくてGJ
ツチノコ『ミマー』などの小ネタにもニマニマさせていただきましたw
それにしてもこの諏訪子……食物連鎖最下層を突っ走る神様か……
勢いがありすぎてワロタ
いやぁよいツチノコでした。
>テレ東系列映らないじゃん!
テレ東系列以外なら映るところがあるんだな!
チルノよ、それではおでんぱラヴガールだ!
いやもう最高でした
それにしても、文ちゃんひでえ
ひーひー……ぷっ…くく………あーっはっはっはっはっはっはっは!
ネタのオンパレードにやられましたw
>ミマー
魅魔様がツチノコ扱いかよw
魔理沙には後できついエナジーシャワーがお見舞いされるなw
しかし魔理沙も何を考えてそんな名前にしたんだか。
そうだった、諏訪子は子孫持ちだったね・・・
だから子供産(ry 姿は子供、中身は大人(ry
さておき、このツチノコって雄だったんかいwwwww
いやもう面白いなコンチクショウwwww
妖精に後れを取られるExボス諏訪子様。
頑張れ!
ケロちゃん可愛いよケロちゃん
ところで尻小玉ではなく尻子玉では。
こういう所々に妙な言い回しの台詞が散りばめられてる文章好物なので終始ほくそえんでましたw
しかし神様立場よぇーなぁーww
ぐおんぐおん。
まさか夜の鷹が出てくると思わなかったw
なんとなく実家のペットに会いたくなりました
もう両生類でもいい
突っ込みどころが多すぎるw
すいませ~ん。文々。新聞の契約はどこで出来るんですか?
風神禄の世界が、自分の中に綺麗に馴染んだ気がします。
そんな意味で満点を
一説によるとツチノコには猛毒があるとかで、諏訪子様がカプカプ噛まれる度に心配しましたが…流石は神様だ、何ともないぜ!
ところで、椛ちゃんがもみもみされてる生写真が付いてくる新聞はどこで契約できますk
読んでる途中からニヤニヤしっぱなしでした。
GJ!
ニコニコはねぇ。名前が売れたのはいい事なんだろうけど。
魔理沙のヒドさには噴かざるをえないw
ツチノコの使い方うめぇ…。立派な主人公ですねw
早苗さんが持っているゲームに非常に興味がわきました。
他に何を所持していらっしゃるのでしょうか?
話は面白かったです
地の文がいい味出してました!!
作者はどれだけ朝日の拡張員に恨みがあるのかw
しかし文の仕返しにきっちりチルノが来たあたりに、ちょっと感動したりしました。設定引き継いでいるんだなぁ。
魅魔様の名前つけてるのかよw魔理沙www
笑わせてもらいました。