冬の空の下。寒さなど関係なく咲き誇る花の園で、その花園の主が日傘を差しながら、はらはらと舞い落ちる、小さな白い雪を見ていた。
はらはらと。
様々な色の花達が、その白い塊に少しずつ埋まり、その花畑を徐々に白一色へと染めていく。
その、どこか物悲しい過程を静かに見つめて、花達の主は無表情に日傘を差していた。
白い光景に何を思うのか、彼女は僅かにどんよりと曇った空を静かに見上げて、はあっと白い息を吐く。
「……冬」
身心を冷やすこの季節。
花の主は、白に埋もれる同胞を見送り、ゆっくりとその場から浮き上がる。
かさり、なんて草の音すら聞こえない。
無音の白の世界。
「また、春に」
口元に笑みを、
目元に少しだけの名残惜しさを、
この時だけは素直に見せて、彼女はその場から音もなく離れて、
「満開の花を、咲かせましょう」
誓うように呟いて、そして花畑を見るその深い色の目を、ようやくゆっくりと逸らし、そして見つめた。
最後の花を見届けた花のお姫様を、微笑んで待っていてくれた、彼女だけの王様を。
「……待たせたわね」
「ううん。全然」
「………」
首を振って、そう言ってくれる王様に、お姫様は微笑んで、静かにその白い指先を伸ばし、王様の小さな手に招かれる。
王様の手は酷く冷えて、先端は赤く、痛々しかった。
「今年は、もうお別れだね」
「ええ」
「……また、春にだね」
「……ええ」
蟲の王様と花のお姫様。
虫も花も、どちらも彼女達だけを残して、冬には暫しのお休みで。
その寂しさを、残される空しさを、お互いが知っているから何も言わずに何もいらずに。静かに手を触れ合わせ。
「……」
ふわりと、王様は自身のマントを広げて、優しくお姫様を包み込む。
「じゃあ、帰ろうか」
「……ええ、そうね」
暫しのお別れでも、やっぱりお別れで、普段は強気なお姫様も今だけは少しだけ寂しげで。
だけれど、彼女は随分と近くなった、彼女の王様のあどけない顔と、その少しだけ赤い鼻先に、呆れたように淡く微笑んだ。
「本当に、今日は寒いわね」
そっと、そのぬくもりに頬を摺りよせる。
いまだ冬の気配は濃く、春はまだ遠い。
「……春。……ああ、そうだわ」
「え?」
「そうね。どうせ、暇だしね……」
「幽香?」
「リグル……突然だけれど、今日はこのまま、もう少し散歩がしたいわ。付き合いなさい」
気まぐれなお姫様。
そして魅力的な笑顔。
彼女のそれに、王様はきょとんとして首を傾げる。
だけれど、彼女はたいした間もおかずに、お姫様のその深い瞳をじっと見て、すぐに優しく微笑み返す「それもいいね」と赤い鼻先のまま頷いて。
寒くて、本当は家で温まりたいくせにと、お姫様は笑って「当然よ」と王様の腕に自身のそれを絡める。
お姫様は、ようやく、少しだけ寂しいという感情が薄れて、
だからこそ二人で並んで、冷たい風に逆らうように花畑に背を向けた。
リグル・ナイトバグと風見幽香。
蟲の王と花の調停者は、こうして、たくさんの思い出の詰まった大切な花畑と、暫しのお別れを告げた。
ぱちぱちと、
里の家々の前では小さな焚き火が作られ、おいしそうで焦げ臭い匂いがあちこちに漂っている。
どうやら芋やら栗やら、大量に焼かれているらしく、その香りは食欲を誘い、同時にこの空間をどうしようもなく暖めていた。
「ん~」
その匂いと温もりに、誘われるように彼女達は舞い降りて、それからぐぐっと伸びをする。
「あー、やっぱり里って、何か落ち着くよねぇ」
「そう?」
「そうだよ」
ふやけた顔になるリグルに、幽香は「ふぅん」と興味なさげに、だけれど顔にはほんの少しの笑みを浮かべて、リグルの後に続いて歩く。
里の中は、いまだ降り止まぬ雪で真っ白なのに、変に暖かかった。
「あ」
と、リグルは何かを見つけたのは、ぴこんと触覚を反応させると、幽香に一度振り向いてから、そちらへと駆けていく。
その後姿は、そこらにいる人間の子供と対して変わらず、無邪気で可愛らしい。なので、幽香は口元に自然に浮いてしまう笑みと頬の赤みを、最大限に意識して沈めなければいけなかった。
「こんにちは、慧音!それに妹紅さんも」
「ん?」
「あ?」
リグルが、笑顔で駆けていった先。
そこには、青いマフラー、手袋、耳宛、個性的すぎる帽子という防寒対策ばっちりな少女と、肌が病的に白く、見ていて寒々しい薄着と大量のリボンの少女という、何だかちぐはぐな二人がいた。
「おお、リグルに幽香殿か。久しいな」
「ん?……ああ、確か、前に派手な痴話喧嘩をして慧音を困らせた蟲と花か……」
人を守る、物好きでお人よしの半獣、上白沢慧音と。蓬莱の人の形にして、その半獣の傍をボディガードの如く守っている藤原妹紅である。
「そういえば、本当に久しぶりね慧音。ついでにその他一名も」
「ああ、そうだな。あれ以来こうしてきちんと会話をする機会はなかったからな」
懐かしむように、あまり過去でもない歴史を見つめて、目を細める慧音。
その隣で、妹紅の視線の鋭さが幾分増した事には気づいていないようだ。そして勿論それに気付いた幽香は、日傘をくるくると回しながら慧音に近づいていく。
「くす」
「?」
近寄って、少しだけ顔を近づければ、慧音は笑顔のまま首を傾げて「何だ?」と返す。
本当に、意外で恐ろしいほどに無害な対応だった。
「………」
幽香は笑顔を消して、すぐに呆れたという顔で慧音を見る。
基本的に、人間を襲わない妖怪ならそれだけで人当たりよく接する慧音は、幽香が幻想郷でもトップの危険な妖怪だと分かっていても、こうして普通に接してくる。
ここで里の人間を襲うとかすれば、流石の慧音もそれなりの報復に出るのだろうが、何もしようとしなければ、本当に慧音はこちらに向けて何もしないのだ。
「……貴方って、つくづく変わっているのね」
里の中心に、本気を出せば里の人間全てを殺せる妖怪がいる。
なのに、その事実をきちんと理解しているくせに、その事実を全く気にする様子もなく、こちらに普通に挨拶をしてくる、人間を守ると誓っている半獣。
幽香は非常に呆れて脱力した。その幽香の様子と反応に、リグルは彼女の考えている事を察して口を挟む様子もなく、ただ困った顔で苦笑する。どうやらリグルも、同じ様な疑問を抱いた事があるので、幽香の気持ちはよくわかるのだ。だがその様子に妹紅だけがむっとした顔で、ぱちりと手に火花を生む。
慧音に変な疑いや非難など投げかけたら、すぐにでも燃やす勢いだった。
だが勿論、慧音はそんな三人の微妙なそれを気付きつつ、どうしたんだろうなと、本当の意味では気付かずに、幽香の問いに普通に返す。
「そうだろうか?自分ではそうでもないと思うのだ」
「いいえ。変わっているわよ。……貴方、本気で私が何かをしなければ、私を里から追い出す事も出入り禁止にもしないのでしょう?」
「?当然だろう。ただ危険だからという理由で、そんな事をしても根本的な解決にはならない。それに幽香殿は危険ではあるが有害ではないんだ」
「……はぁ?」
何だか、どこか欲しいと思う答えと、それはずれている気がした。
だが、慧音は慧音の思うところがあり、それ故に幽香は無害だときちんと納得しているというのは、何となく幽香にも察せられて、「むぅ?」とばかりに、おかしな表情になるのを抑えられなかった。
「……貴方って、興味深いわよね。つくづく」
「それは、ありがとうと言うべきなのか?」
「……ええ、それでいいわよ」
毒気を抜かれた表情でくすりと笑う。
そんな気まぐれで掴みづらい、幽香という妖怪を、思わずくすりとさせられる、そんな半獣だからこそ、人間と妖怪の仲介人すらもこなせるし、人間という気難しく疑い深い種族から信頼を得られるのだろう。
「……くすくす。嫌だ、笑いがとまらないわ」
「?むぅ、それは、喜ぶべき所なのか?」
そしてツボに入ったらしい幽香のそんな様子に、黙って二人を見守っていて、次第に笑顔になっていたリグルの可愛い顔が、急に気難しいものに変化し、ぴこりと触覚をたてた。
妹紅もやっぱりムッとした顔をさらに深くして、さりげなく慧音に近づいていく。
「ん!」
そして、先程から慧音に相手をしてもらえないそれから、少々大胆になって、その慧音の細い腕に抱きついて、牽制するように幽香を睨む。
その瞳は要約すると「私の慧音といい雰囲気になってんじゃない馬鹿!」となるのだろう。
「あらあら」
「?」
突然の腕に感じる温もりを慧音は不思議そうに、だけれどちょっと嬉しそうに受け入れる。それを幽香は意地悪そうに笑って見やり、ちょっとした意地悪を口にしようとして、
ぎゅう。
「へ?」
彼女らしくない、間の抜けた、聞きなれない可愛い声。
それに「おや?」とちょっと幸せそうな慧音と妹紅も意外そうに顔を上げて、その光景をはっきりと見る。
「……」
「り、リグル?」
「……いや、ごめん。何となく」
実は、ちょっと慧音と仲良さそうに見えた幽香に、内心もやもやしていたらしく。本人も自身の意外な行動に口元がひきつっていた。
あまり他者と関わりあわない幽香が、あんな表情を見せるのは珍しいので、リグルは無意識に不安になっていたようだ。
「……ぁ」
「……っ。ご、ごめん。嫌だった?その、すぐに離れるから」
「別に…」
リグルは、幽香が人前での抱擁を嫌がると知っていたので、青くなって、本当に申し訳なさそうに沈んだ顔をする。
そして少しだけ名残惜しそうに、その腕から離れようと身を離して、逆に幽香に、ぎゅうっ、と、意外なほど強い力で、逆に抱きしめられて止められた。
「わっ?!え、ゆ、幽香?!」
「……他意はないわよリグル。ただ、寒いから、ちょうどいいだけよ」
「ゆ、幽香…」
そっぽを向く、素直じゃないお姫様。
リグルは一瞬ぽかんとして、だけどすぐにぱああっと嬉しそうに照れたような赤い顔でくすぐったく笑う。
「……うん!ありがとうね、幽香」
「……相変わらず、間抜けなのねリグル。……お礼を言う所ではないわ」
「……そうだね、幽香……じゃあ、何も言わないよ」
「ええ、それが正解よリグル」
少し潤んだ瞳の、嬉しそうなリグルの顔を、優しく幽香は見下ろして、暖かく抱き合いながら見つめあう。
真冬に春な光景に、それを見ていた外野が視線を思わず逸らす勢いだった。
「……ん。凄いな」
「……そうだね。私、ちょっと砂を吐くっていう意味を理解したよ」
その、さりげないが見ていられない蟲と花の光景に、慧音とその腕にはりついたままの妹紅は唖然として絶句した。
が、
「……ん」
そこで、慧音は何かに気付いたという様に僅かに目を細めて、それから自身の腕を暖めてくれている妹紅をジッと見る。
「ん、どうしたの慧音?」
その視線に、妹紅が「おや?」と顔をあげるのを待って、慧音は「うむ」と一度頷くと、柔らかく微笑む。
「何だか、急に伝えなくてはいけない気がしたんだ。……妹紅、私は今とても温かい。ありがとう」
「へっ?!」
突然の、予想外で、少々恥ずかしい感謝の言葉。
妹紅の顔がドカンと驚きと、その他の感情で赤くなる。
「いや、よくは分からないんだがな、急に妹紅の体温が、たまらなく嬉しくなった。だから感謝をしなくてはいけないと気付けた。……あの二人のおかげだな」
「う、うぁ」
里の温度を二、三度あげそうな勢いで妹紅は背後にぼぼっと不死鳥の炎をだしたりしながらも、やっと僅かに理性を取り戻す。
「あのさ!私、け、慧音がいいって言うんなら、ずっとこうしてるから!暖めるから!」
「?妹紅」
「あっ?!」
と、途端に妹紅はかあっと更に赤くなり、思わず口からぽろりと出してしまった、自身の正直な気持ちのそれにすぐに青くなる。
な、何を言ってるんだ私は?!と今度は青い顔をまた赤くしたりと忙しい。だが、慧音はその言葉に、妹紅の顔色に気付けずにいた。
「そうか…」
慧音は本当に嬉しそうに、珍しく子供みたいな笑顔を満面に浮かべて、赤い顔で照れていた。
「ありがとう、妹紅」
「っ?!」
「ん。それなら、きっと。これから私が寒いと感じる日は、絶対に来ないな」
「う、うん……!っ、わ、私、本当にずっとくっついて、離れないから!」
「……ああ」
目を細めて、妹紅のそれに、尻尾があったら全開で振ってそうに笑う慧音。可愛らしすぎる表情だった。
そんな二人の、この里を真夏にしようとしているかの様な熱すぎる光景を、リグルと幽香は「うわぁ」とした顔で見つめ続けていた。
「……凄いね。あの二人」
「……ええ、あの半獣。実は天性のタラシね」
半獣と不死人の往来での熱々ぶりに、彼女達は自身のことなど欠片も顧みずに、心底呆れた様な顔になっている。
ちなみに、この往来で、里の人間たちは非常に居心地悪そうに、暫し冬の寒さを忘れているのだった。
焚き火の中のたくさんの野菜たちは焦げている事だろう。
「はあ……まあいいわ。それじゃあご両人。私達はこれで失礼するわ」
「そうだね……邪魔にしかならなそうだし」
蟲と花の二人は、きちんと空気が読めるのだった。なので、もうこの二人の傍にいたら行けないという事ぐらいは察していた。
「ん?ああ、すまない。引き止めて悪かったな」
「あ?まだいたわけあんた達?」
幽香の溜息交じりのそれに、うっかり自分達の世界にいた事に気付いた慧音が苦笑して、妹紅が本気で意外そうな顔をしている。
それに、幽香はじっとりとした視線を向けて、だが何を言っても無駄だろうと溜息。
「はいはい。……と、そうだわ。少しいいかしら?」
「?ああ、構わないが、何用だ」
「?」
もう帰ろうとしていた幽香は、だが不意に立ち止まると、首だけで振り向く。そして慧音と妹紅をジッと見て。
「ねえ、貴方達にとって『春』って、何かしら?」
春は何?
幽香の本当に唐突なそれに、慧音と妹紅は暫し目を丸くして、だがすぐに真面目に考え込む。
根が真面目な慧音と、どうやら結構律儀らしい妹紅の反応に、幽香は興味深げな目を向けて黙っていた。
リグルはその後ろで静かに待ってくれている。
「……そうだな」
「……そうね」
本当に少しだけ考えて、妹紅と慧音は揃って口を開いた。
「私の春は『妹紅』だな」
「ん。私の春は『慧音』だ」
お互い、同時にそう静かに答えた。
なので、
「は?」
「む?」
お互いの答えに、お互い暫し停止して、すぐにぐるりと慧音と妹紅は顔を見合わせ立ち尽くす。
「な、なんで私が春なの?!慧音の方が春じゃない!」
「いや、私のほうが聞きたいのだが、何故私が春なんだ?春なら妹紅だろう」
「なっ、ち、違うよ!春は慧音だよ!」
「いや、春も妹紅だ!」
互いの答えに納得いかず、何だか聞いていて恥ずかしげな言い争いになっていた。
それを見て、花と蟲は非常に白い目になる。
「……この二人、見ていられないわ。いえ、もう見たくないわ」
「……うん、そうだね」
何だか、意味なく非常に馬鹿らしくなったので、幽香とリグルはくるりと二人に背を向けて、また曇った空へと飛んでいく。
次の散歩先はどこにしようとかと考えながら。
深く、今は白と緑で覆われた竹林の上空を蟲と花は仲良く並んで飛んで行く。
その表情は、先程の事もあって、僅かにやれやれといった感じに多少の呆れを交えていた。
「なんていうか、慧音も妹紅も凄い熱々だったよねぇ……」
「そうね。全く、周りの目も少しは考えるべきね」
やれやれと白い息を吐いて、小馬鹿にするように口元を上げる幽香のそれに、リグルは「あはは……」と苦笑するしかない。
リグルも、あそこまで熱々ならもう少し人の目を考えた方がいいという考えらしかった。
どうやらこの蟲と花は、今すぐに絶対に鏡を見る必要性があった。
だが、二人は自身のそれらに自覚が欠片も存在しないので、意味がなかった。
「……あら?」
「え?」
と、幽香が不意に速度を落として、リグルの手を握って止める。
その幽香の行動にリグルは不思議そうな顔をして、だが意識したら気付けた、ある二つの気配にはっとする。
「あ」
それは、急に二人の目の前に現れた。
「と、へえ、そっちの蛍はともかく、あの風見幽香がこんな所を飛んでるなんて珍しいね、鈴仙」
「って、こらてゐ!いきなり失礼でしょう!あ、こんにちはリグルに、幽香さん」
と、
ふわりと唐突に二人の視界に現れた二つの影。
それに、リグルは一瞬ぴくんと触覚を震わせて、だがその影がよく見知った彼女達のものだと気付き、すぐに笑顔になる。
「てゐに鈴仙さん!うん、こんにちは」
リグルは笑顔で挨拶をして、幽香に「知り合いなんだ」と笑顔を向けて、ぎょっとする。
そこには、すでにスペルカードを取り出して無表情に発動しようとしているお姫様がいた。勿論止めた。割と必死で。
「ゆ、幽香幽香!永遠亭のてゐと鈴仙だよ!ほら、知ってるよね?!」
「……?」
「ほら!あの偽の月の!」
「……ああ!」
ぽんっと手を打つ幽香。ほっと息を吐くリグル。
「確か、詐欺兎とへにょり兎?」
「って、やっぱりきちんと覚えていないっ?!しかも悪意ある総称を?!」
いきなりリグルの友人関係のピンチだった。
「って、待ておらそこの花」
「へ、へにょり……?!」
むかっといきなり口が悪くなった小さな兎、因幡てゐと、がーんと落ち込んだへにょっとした耳の兎、鈴仙・優曇華院・イナバ。
慌ててリグルは頭を下げて謝る。
「ご、ごめんなさい!幽香に悪気は全然ないんです!た、ただ自分以外の誰かの顔とか名前を覚えるのが苦手で……」
「へえ?それにしては嫌な特徴で他人を判別するのねそこの花」
「て、てゐ!い、いえいえ。こちらこそ。てゐがいつもご迷惑をおかけしていますし」
こちらも謝り始めた月兎。
終いには、二人して頭をぺこぺこ下げ始める蟲と月兎に、お互いのパートナーは非常に面倒臭そうな、そして複雑な表情をする。
「………」
「………」
だが、それから何もいわずに、すぐにお互い顔を逸らして、吐き出そうとしていた罵詈雑言を飲み込んだ。
ここで、この相手と口喧嘩などしては、何よりこのお人好し達が困ると、てゐも幽香も気付いたからだ。
「………まあ、いいけどさ」
「ふん……」
ぷいっと、意外なほど素直に顔を背けて引いてくれた彼女達に、リグルと鈴仙は「あれ?」ときょとんとして、それからその僅かに赤い、お互いの相方の耳に気付いて「ぷっ」と、こっそり吹き出してしまう。
どうやら、彼女達の慣れない気遣いはきちんと伝わったらしく、鈴仙とリグルの顔は笑顔でにこにこだった。
「……うっ」
「……む」
その反応に、非常に居心地悪いものを感じたてゐと幽香。
どうやら、自身達にとって、この空気は苦手なものだと理解した。
「あ、あー。そういえばさ、あんた達が、此処を飛ぶなんて本当に珍しいわよね?!永遠亭に用でもあるわけ?!」
「……ふ。違うわ。ただ、気まぐれにリグルと一緒に散歩をしていただけよ」
相方のにこにこ顔に、幽香とてゐはお互い、どう反応すべきか全く分からずに、誤魔化すように早口になる。そんな所がまた二人の笑顔を深めているのだが、どうやらそこまでの自覚はないらしい。
「そう、ま。ならいいけどね」
「え?」
そこでてゐが「それは助かった」という顔をしたので、リグルは問いかけるように鈴仙を見る。すると鈴仙はちょっと困った顔で笑った。
「えっとねリグル。うちの姫と師匠が、妹紅さんと一緒に慧音さんを取り合って争ってるのは知ってるよね?」
「う、うん」
幻想郷でも有名な話だ。あの天狗が何度か特集を開いたぐらいである。
というか、ついさっき慧音さんなら妹紅さんとラブラブしてた。
とは、一瞬口から出そうになったが、言わない様に口を閉ざす。
リグルは、鈴仙とてゐが永琳派だと知っていたから。気を使ったのだ。
が。
「ああ、あの半獣ね。それなら、さっきその妹紅って不死人とハートを撒き散らして、往来を燃やしかねない勢いでイチャイチャしていたわよ?」
そんなリグルの気持ちは、気遣いなんて無縁のお姫様にあっさりと無駄にされた。
「……うう。分かってたよ。分かってたけどさぁ」
「あらリグル。泣き顔が素敵で惚れ直しそうよ」
「うん、お願いだから今は黙っててよ」
だーっと涙を流すリグルに、幽香はうんうんと満足げに頷く。
どうやら、鈴仙とてゐのそれらの事情は知っていたらしい。そしてそれを含めて嫌がらせで教えたらしい。苛めっ子は、どんな状況でも健在だった。
そして、当たり前だが幽香の不用意なその情報に、鈴仙とてゐはびしりと固まり、それから嫌なオーラを出し始めた。
「あ、あわわ?!」
「あらあら、複雑な人妖関係ね」
「他人事みたいにいわないでよ!」
リグルの叫びなんて、幽香には風の様なものだった。
そんなこんなな内に、鈴仙とてゐが纏うオーラはどんどん濃くなっていく。
「…………くっ!……慧音さん。貴方は師匠という才色兼備でスタイル抜群のスーパーレディを目の前に、どうして発育不良の白髪少女になんてなびくんですか……?!貴方の見る目は節穴ですよ!!穴だらけの不良品ですよ!!」
「……ちっ!最近、こっちが忙しいのをいい事に、いつの間にかイチャつきやがってあのもんぺ女!……こっちなんて、風邪やらが流行って薬造りに大忙しで、永琳様は全然慧音に会いに行けなくてストレスを溜めこんでるっていうのに!」
「というか、早く師匠と結婚すれば良いのに!いつまでもいつまでも師匠の可愛く素敵な告白を綺麗に気付かずに、ほがらかに微笑んでいるだけだなんて!どこまで罪深ければいいんですか慧音さん!」
「永琳様なんて、そして姫まで、慧音の為に手編みのマフラーやら手袋やら編んでプレゼントした時ですら、素敵な笑顔で大事な所はスルーしやがって!ちゃんとつけてるんだろうな?!永琳様のだけでも!」
どうやら、一言では説明できない複雑な関係らしい。
「……知らなかったわ。永遠亭って、こんなんなのね」
「……うん、まあね」
空気が読める二人は、そこで口を挟む事なく二人のそれに耳を傾けるだけだった。
「慧音さんってば、もう少しそこら辺の感情の機微に敏感であれば、それだけで終わる話なのに!」
「慧音め……まずはやっぱり、あいつの好みの把握と情報操作から入るべきで……」
「……慧音さんの馬鹿!そ、それに。慧音さんと師匠が幸せになってくれないと、私が……てゐと……一緒に……」
「………大体、永琳様と慧音がくっついてくれなきゃ、私なんて、鈴仙と手だってまともに握れないし……」
もじもじ。ごにょごにょ。
鈴仙とてゐは、それぞれ思うところがあるらしく、ぎりぎりと歯軋りした後に、同じ様なタイミングで頬を赤らめてもじもじしだして、お互いちらちら見詰め合っていた。
何だか話というか展開が予想外の所に飛んでいった気がした。
「……え?この二人、そういう関係だったわけ?」
「えぇ?!いや、鈴仙さんは永琳さんのこと好きだと思ってたんだけど……あれ?」
驚く二人を、すでに視界から、というか存在すら忘れて、てゐと鈴仙は見つめあう。
「てゐ……」
「鈴仙」
よく分からないが、互いを見詰め合うその瞳の熱はいつの間にか異様なまでに熱く、そして潤みきっていた。
「……あらあら」
「……うわぁ、此処にも見ていられない感じの二人が」
幽香とリグルは、非常にいづらそうに目を逸らすのだった。
そしてその間に、てゐと鈴仙の密着度がアップしていた。
「てゐ、私……頑張って、慧音さんの朴念仁を、師匠に振り向かせるから……!」
「ん。ちゃんと分かってるわよ、馬鹿」
「……てゐ」
「……私だって、これでも色々、くっつける様に罠をしかけてるんだから………こっちの方が、見た目的にあれだけど、それでも年上なんだからさ、もう少しぐらい頼りなさいよね」
「………ん。ごめんね、てゐ」
イッチャイッチャで熱々だった。
「うわうざっ?!さっきよりも酷いわリグル!」
「幽香。思っていても言わない。そういう事は」
ずざっと二人から距離を取る幽香と、それから視線をそらしたまま注意するリグル。
どうやらてゐと鈴仙は、変に制限のある恋をしている様で、その内、その恋心はどんどん燃え上がって、鎮火不可能にまでなっているらしい。
「だから、さ。鈴仙」
「うん」
「返事は、いつもみたいにしなくていい。……だけど、今は私の気持ちを聞いといて」
「……うん」
「私の方が、年上だし、小さいし、嘘も吐くけどさ」
「……うん」
「それでも、私は鈴仙の事を好きで、月の兎だからじゃい。鈴仙だから好きで」
「…てゐ」
二人の瞳が、狂おしいほどの愛にばちばちと火花が舞っているような、そんな幻覚。
一気に舞っている雪を溶かしそうな勢いの二人に、外野は。
「……うわぁ」
心底うぜぇと、そんな吐きそうな顔をしていた。
「幽香、綺麗な顔なんだからそういう顔しない」
「でも、うざいわ」
「うん。否定できないけど駄目だよ」
真面目な顔で真剣にそう言う幽香に、こちらも真面目な顔でリグルは返す。
この花と蟲にそういわれるぐらいに、今の兎達はすさまじかった。目で見れば分かる。すでに抱き合って、キスできそうなぐらいの至近距離で、それでも今は触れられないと、狂わんばかりに燃え上がっているのだ。
流石は狂人ばっかりと有名な、永遠亭のペット達だと、幽香は変な感心をしていた
「これ以上、ここにいても意味はないわね。微塵も」
「うん。私もそう思う」
リグルと幽香は、すでに本気で離れたい顔をしていた。なので、我慢せずにさっさとこの場から離れることにする。
「あ。そうだわ。ちょっとそこの発情兎!」
と、離れるにあたって、幽香は大事な事に気付いて振り返る。
「って、何よっ?!今凄い大事な事を言おうと……って、あ!?」
「へ、へう?!あ、うわあああぁあっ??!!」
それに、びっくぅとして盛大に驚いてくれた兎二人。どうやら本気で二人の存在を忘れていたらしい。
幽香は、あーあ、本気でうっとおしいな、こいつら。な視線を向けて、リグルの腕を掴みながら。面倒そうに聞く。
「一応。貴方達からも聞いておきたいわ。ねえ、貴方達にとって『春』って、何?」
幽香のその質問。
貴方にとっての、春は何?
それに、てゐと鈴仙はいまだに混乱から抜け出せないながらも一瞬考えて、それから「うぐ」とちょっと複雑奇怪な顔になる。
「……そ、それは」
「あ、あー」
別に、幽香の問いにきちんと答える義務は無いのだが、恥ずかしい所を見られてしまったというそれに、鈴仙はともかくてゐまで混乱しきって、答えなくてはという風に考えてしまう。
それから二人は答えにいきついたのか、かあっと赤い顔で俯く。
「………春は……。てゐと……その。一緒に…」
「う、うるさいわね!み、皆まで言わなくてもいいでしょう?!れ、鈴仙と、その……一緒に」
ごにょごにょと、どうやら春の意味を履き違えているらしい二人。
それに幽香は呆れて、だけど、ちょっとだけ羨ましい勘違いねと顔を逸らして、また二人の世界に入っていきそうなそこから離れて飛んでいく。
「……リグル」
「うん?」
「春は、たくさんあるのね」
「幽香?」
僅かに目を見開くリグルに、幽香は視線を合わせずに、前を向いたまま。
「……本当。この周辺には、頭が沸いている桃色馬鹿しかいないのね。二度と来たくないわ」
幽香の、それはそれは、重い心底からの言葉だった。
リグルは、それに非常に沈痛な顔をして「……うん」と頷き返すしかなかった。
びゅうびゅうと寒い空の上。花と蟲の散歩は続く。
が、蛍の化身である蟲の妖怪のリグルに寒さは少し、いやかなり辛い。
他の妖怪よりも寒さに弱いので、リグルはマントにぎゅっと包まりながら、熱が逃げないようにと飛んでいく。
先程までは無駄に熱いのがいたから忘れていたが、随分離れた今では、すでに寒さに指先が凍りそうだった。
「ねえリグル」
「え?」
白い息を吐きながら、鼻の頭とほっぺが赤い、そんな表情の王様が、何だか無性に抱きしめたくなる。が、幽香はその姿を直視するのを何とか回避して、自身の感情を隠すように、気遣うようにそっと身を寄せた。
「さっきも、里で言ったわよ。寒いから、私に熱をよこしなさいと」
「……幽香……」
はっとして、すぐに幽香の想いが伝わり、嬉しそうな顔になるリグル。幽香は耳だけを赤く染めて、顔は普段どおりの澄まし顔。
リグルは嬉しそうに笑う。
「ありがとう幽香。あと、嬉しいけど、なんで素直にくっついてもいいわよって言えないの?」
幽香はそんなリグルに素敵な笑顔を向けた。
「あら、おかしな事をほざくわねリグル?私の優しい気持ちに、そういう切り返ししかしない口はこれかしら?」
「ふがほがっ?!」
リグルはびよーんと頬を伸ばされた。
図星を突かれると、すぐさま幽香にひっぱられるので、最近は柔らかさ具合が格段にレベルアップした頬を、幽香は飽きずに、むしろ楽しそうにちょっとだけ怒りマークを浮かばせてのばす。
空の上でも、彼女達はこんな感じだった。
「い、いひゃいってば、ゆうひゃ~」
「本当に柔らかいわねリグル。褒めてあげるわ。久しぶりに素直に」
こんな場面で素直になられても、リグルには全然嬉しくないので、微妙な顔になる。
「うう、幽香ってば本っ当に苛めっ子だ」
「貴方は本当に苛められっ子ね」
「……うぅ。じ、じゃあさ。その苛められっこの私が、幽香以外の他の妖怪に苛められたらどうするのさ?」
「殺すわ。その妖怪を分子レベルも残さずに」
「爽やかに愛が痛いよ幽香」
ほっぺをさすりさすりして、リグルはそれでもちょっと口元を緩ませて、先程まであれだけ感じていた寒さが、今は全然気にならなかった。
と。
下の湖の真ん中に、二人の知り合いが浮いているのが見えた。
「あれ?チルノと大ちゃんだ」
「あら本当ね。確か、馬鹿と保護者」
「……うん。お願い、名前で呼んであげて」
「仕方ないわね」
これから話にいこうとしている矢先で、友人関係という最初のステップでけつまずきそうになったのを何とか回避し、リグル達は湖の方面に向けて滑空していく。
「久しぶりだねチルノ」
「あ、リグル」
「あら、リグルちゃん」
リグルはにこりと笑って挨拶すると、チルノが「あ」という顔をして、それから背後の幽香を珍しげに見る。大ちゃんはにこりと笑うと、丁寧にお辞儀をする。
「………」
幽香は、ただ静かに微笑んでリグルの後方に浮いている。
「…………」
何故か唐突に訪れた沈黙。チルノと大ちゃんは、不思議そうな顔と怪訝そうな顔で幽香を見ている。
待っているのは、常識中の常識。挨拶である。
「……………………」
そこで、いまだ続く沈黙の中。リグルはまさか?!という顔をすると、慌てて幽香の耳元に囁く。
「青い方がチルノ!それとその隣が大妖精の大ちゃん!」
「……!ああ、そうそう、そんな名前だったわ!」
「何で私が何度も呼んでるのに覚えてくれないの?!」
「無理を言わないで。雑魚で興味があるのは貴方だけなのよ」
「喜んで良いのか微妙な覚え方だねそれ?!」
小声での会話だった。
なので、チルノと大ちゃんは二人が何を話しているのかは分からないが、だけれど何だか二人は楽しそうに見えたので、とりあえず邪魔をする事なく面白そうに見ていた。
「ふん!何だか知らないけど、面白そうじゃない!」
「こら、チルノちゃん」
無意味に胸をはるチルノに、大ちゃんは「めっ」と軽く嗜めると、すぐにごめんなさいねという顔で二人を見る。
「ううん気にしてないから大丈夫。だけど、二人とも、今の時期にレティと一緒じゃないなんて珍しいね?」
リグルが、思わず声をかけてしまった理由。
冬の間にしか現れない彼女と、チルノと大ちゃんはずっと遊んでいるのをリグルは知っている。だから冬の間は彼女達の傍に近寄るのは遠慮しているのだ。
なのに、今は二人きりで湖に浮いていた。だからどうにも気になって声をかけてしまったのだ。
リグルのそれに、大ちゃんはすぐに気付いて「気を使わせてごめんね」と最初に謝ってくれた。
「うん。実はね、レティちゃんは今、文さんの所に行ってるの」
「え?文さんの所に?」
苦笑、という大ちゃんの表情に、リグルがおかしな声をだして、幽香が「ああ」と頷く。
「文って、あの生ゴミの事ね」
「あはっ、ごめん。ちょっと待ってて!」
リグルは笑顔でしゅばっと幽香を引っ張り、チルノ達から離れる。
「幽香ー!一応何度か話したけど、きっと覚えてないだろうからもう一度言うね!文さんはチルノの恋人候補な天狗さんなの!だからチルノの前で文さんを生ゴミとか言わない!今は気付いてないから良かったけど、気付いたら無駄な弾幕ごっこと、変な恨みを買うところだったよ!」
「あら、そうだったの?物好きねあの妖精。あんな押しに弱そうでへたれで受けっぽい見掛け倒しな天狗に」
「失礼すぎるよ……って、受け?」
ちょっとリグルには意味が分からなかった単語があった。だが、とりあえず暴言は控えてくれるらしい幽香の様子に、リグルはまあいいかと疑問を放棄してチルノ達の所に戻っていく。
「ご、ごめんね急に」
「ううん。いいんだよリグルちゃん。リグルちゃんも恋人さんと急に二人きりになりたくなるものね」
にこりと、人当たりの良さそうな柔らかい笑顔に、リグルはちょっと先程の事もあって胸が痛くなる。
純粋すぎる人は、時にちょっと汚れた人には眩しすぎるのだ。
リグルは内心。大ちゃんとチルノに謝って、それでも頑張って普通に会話を続行する。
「は、はは。そ、それでレティは何で文さんの所に?」
「うん。文さんがね、あんまりにへたれで節操無しで優柔不断だから、お父さんが冬の寒気をお届けに」
「……………は?」
「本当に、しょうがないんだからね。こうなったら無理矢理既成事実を作るべきかな?」
少し困った笑顔と、優しげな台詞と、その内容に、リグルは笑顔のまま固まる。色々おかしかった。
だが、そんなリグルの様子になど気にもせず、チルノがぶんぶんと腕を振る。
「むぅぅ、あたいだって文に会いたいのにぃ!レティばっかりずるい!」
「チルノちゃん……」
「抱っことかお昼寝とか一緒にご飯食べたり、文としたいの!なのに、なんで今日は会ったら駄目なのよぉ!」
むきぃぃと、冬の寒さでさらに元気なチルノは、大好きな文に会えない不満で爆発しそうだった。
「……うん、ごめんねチルノちゃん……。だけど、少しだけ我慢してね。とりあえずは文さんに自分の立場をもう一度良く見直して欲しいの。いまだに覚悟を決めないし、言い訳ばかりだし………はあ、もう少しちゃんとしてくれないと。チルノちゃんを任せられないよ」
「……………」
ぷくっと頬を膨らませて、むうっと拗ねるようなその可愛らしい仕草と、言ってる台詞はやっぱり何かが違った。
純粋すぎる妖精は、時に汚れた人すら極限に怯えさせる事があると、リグルは知った。
だが、大ちゃんには悪意が全くない。
本当にチルノの事を思っての、善意からでる台詞と行為なのだ。
「……うわ」
妖精って、実は怖い?
これで悪意がゼロなのが、リグルには非常に恐ろしかった。
幽香も、すでにそっぽを向いて「妖精って、純粋だからこそ残酷よね」とか呟いている。
「え、えっと。そ、そうなんだ。あはは」
「うん。だから今日は私とチルノちゃんだけなの」
「むぅぅ」
ぷっくうと不満そうなチルノに、大ちゃんの瞳は優しく細められている。
溺愛だなぁと、リグルは苦笑して、これは邪魔してはいけないと幽香に目をやり、そっと浮き上がる。
「邪魔をしたわね。えっと…チルノ?に大ちゃん?」
「ううん。いいんだよそんなの。だけど、幽香さん?どうして名前の最後に疑問符がついてるの?」
中々に鋭く、非常に答えにくい突っ込みだった。
リグルはびくっとして、すぐに誤魔化すように曖昧に笑いながらぐいぐいと幽香を引っ張る。これ以上自分の友人関係に変な疑いをかけたくない。
「……分かったわよ。ああ、そうそう、ねえ、貴方達にも聞いとくわ」
幽香はリグルに引っ張られながら、チルノと大ちゃんを見て、聞く。
「貴方達にとっての『春』って、何?」
最後に、あの質問。
それに、去り際の幽香の質問に、チルノも大ちゃんもおかしな顔をして、だけど答える。
「決まっていますよ」
「決まってるじゃん!」
大して考える必要もないと、即答で。
「レティさんとの、少しだけのさよならの、始まりの季節です」
「レティがいないのよ!」
ふんっと胸すら張ってチルノは言い切る。
そして大ちゃんは優しく微笑んで。
「あたいは最強だから、寂しくないのよ!………すぐに会えるもの!」
「少しだけ寂しいけれど、だけれど、妖精にとって大切な季節」
そんな事を言って笑う二人の妖精に。
「…っ」
幽香は、そこで初めて目を見開いて、二人の妖精をじっと見た。そして、
「…そう」
彼女達に、初めて小さく笑って見せた。
そしてリグルと幽香は、この仲良しで、姉妹で、親子な二人の妖精から、ゆっくりと離れていくのだ。
背後で聞こえる楽しげな会話に、二人は自然に笑顔になっていた。
紅魔館の門の前。博麗神社に向かう途中で、紅い髪の彼女が、雪の舞う中寒さを感じさせない笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに白い雪を見つめていた。
それに気付いたりグルは、幽香に許可を貰って、挨拶をしようと降りていく。
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
お互い、吐く息は勿論真っ白で。
だけれど、紅い彼女は、腕も足も剥き出しのその格好でも寒さを訴えることなく、白くて小さな雪を楽しそうに飽きずに見つめ続けて、にこにこでほっこりと一人立っている。
「寒くないの?」
「ええ、寒くないですよ。それに、貴方達も寒くなさそうですね」
彼女、紅魔館の門番、紅美鈴の笑顔に、リグルも笑顔を返して、暫し二人でにこにこと見つめあう。
その後ろで幽香が視線を左右に動かして、紅い館が白く染まる光景を見る。
「……」
一瞬、自分の花園を思い出して、曇った顔をする幽香に、美鈴が気付き「こんにちは幽香さん」と笑顔を作る。
「……ええ、久しいわね中国。相変わらず此処は暇そうね」
誤魔化すような彼女の顔に、美鈴は苦笑して、リグルは困った顔で見守る。
「ははは……はい、お久しぶりです幽香さん。あと、もう何度目になるか忘れましたが、きっと幽香さんも忘れているで確定なので言いますね。私の名前は紅美鈴です」
「……ああ!ええ、分かったわ。………めいりん?」
「………真面目に名前を呼ばれるのが、こんなに空しいのは初めてですよ」
「ご、ごめんなさい幽香が」
とほほとちょっと泣きそうな門番に、実は今だけは悪気無かった幽香は「あらら」と日傘を回す。
意識的でも無意識的でも、彼女は苛めっ子なのだ。
リグルもリグルで、幽香に悪気がないと分かっているだけに顔中に苦笑いを浮かべて「はは……」と美鈴に誤魔化すように必死に頭を下げる。
「いえ、いいんです。それで、今日はどうしたんですか?」
そして美鈴も、幽香の性格を知っているので、同じく苦笑いでそれを受け入れる。
紅魔館で最も良い妖怪である美鈴は、悪魔の館にいるのが惜しいくらいに優しかった。
「あ、ううん。別に用事はなくて、博麗神社に行くついでに、美鈴に挨拶しておこうと思ったんだ」
「あ、そうなんですか?えへへ、それはありがとうございます」
嬉しそうに笑う美鈴に、またリグルも笑い。にこにこと、リグルと美鈴はまたまた微笑みあう。お互いどうやら相性が良いらしく、ただ一緒にいるだけで会話なく笑顔になれるらしい。その笑顔は見ているだけで誰かをほっこりと優しく微笑ませてくれるものだ。
「あら、リグルったら素敵な笑顔ね。うふふ、捻り潰したいわ。特に中国を」
「あら、美鈴。楽しそうね。雪が降っているのに虫と戯れるなんて、ふふっ」
だが、見ている人によっては違う笑顔を浮かばせる。
ピシッと固まるリグルと美鈴の隣には、彼女達が逆らうのに困難かつ逆らう気すら起こさせない、大切でちょっと怖い存在が綺麗な笑顔で立っている。
「ゆ、幽香?」
「さ、咲夜さん?」
幽香はともかく、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は、時まで止めて当たり前のように美鈴の首筋にナイフを当てている。
「な、なんでいきなり命の危機がっ?!」
「あら美鈴。説明が必要なの?」
「で、できれば納得のいく説明をお願いします!」
ナイフを引けば、それだけで出血多量間違い無しのこの体勢に、美鈴は「ひー」と泣きそうだ。それを見ているリグルと幽香も、二人のプチ修羅場にちょっとドキドキだ。
「わ、わあ、他所でも喧嘩ってこういうものなんだなぁ」
「あら失礼ねリグル。まるで私達の喧嘩がこんな風に激しいみたいじゃないの。とりあえず私はもっと優しいわ。……まあ、貴方があの中国とあと一秒多く見詰め合っていたなら、あそこの悪魔の犬と同じ事をしていたけれどね」
「うわぁ……」
微妙な顔になるリグル。
「だけれど、安心しなさいリグル。私の方が優しいわ」
「うん、どの口が言うのかなそんな台詞?というか。、幽香ってば拗ねるとすぐにほががががっ?!」
「うふふ、今日のリグルは本当に命知らずね」
リグルは、そこでそのすべらかな口を幽香に伸ばされる事で発言の機会を失った。
とまあ、そんな事をしているうちに、門番とメイド長の喧嘩もどんどんエキサイトしていく。
「美鈴。私はね、嘆いているのよ」
「は、はひ」
「何故、今日の朝、私には「おはよう」を言ってくれなかったの?!」
「いきなり訳がわからない理由ですか?!」
「酷いわね美鈴!訳がわからないですって、今日、私は貴方に言ったわ。「あら、おはよう。今日も早いわね美鈴。こんな所で道草している暇があったなら、とっとと門番の仕事にかかりなさい!あんまりだらだらしたらナイフが飛ぶわよ。ああ、それと朝食なら私が運ぶから先に門の前に行っていなさい」と!!」
「え、ええ、それで、咲夜さん今日は偉く機嫌が悪いなぁって、これは仕事で疲れているんだから、余計な仕事はさせない方がいいだろうと思って、確か「あ、いいですよ咲夜さん。それは部下に頼みますから、咲夜さんは仕事に戻ってください。それじゃあ」と返したんですが?」
あれー?と、美鈴は首をかしげて、むう?と子供みたいな顔をして考え込む。咲夜はその顔にきゅんっとときめきつつも、誤魔化されないとさらに口を開く。
「酷いわ美鈴。私は、パチュリー様にお借りした、さりげない挨拶、そしてそこから始まる恋物語という書物の通りに演じたというのに!」
「…………あれ、私凄い理不尽な理由で命を狙われている?ついでに、この発言のおかしさは、咲夜さん相当にストレス溜まってますよね?……というか、この気の乱れは……!さては咲夜さん、また徹夜しましたね!?」
「え?!」
途端、ぎくりとした顔になる咲夜に、美鈴は厳しい顔になる。
「咲夜さんは人間なんですよ?!特に、咲夜さんは体質上一日五時間以上は寝ないとすぐに精神的にも体力的にも弱っちゃうのに!」
「う。し、仕事が終わらなかったのよ!」
「駄目です!早く寝なさいって、昨日言いましたよね!」
「…………っ」
「咲夜さん!こういう時は、何て言うんでしたっけ?」
「っ……ぅ……ごめん、なさい」
「はい」
なでなで。
美鈴は、少しふてくされた感じの咲夜の頭を溜息を交えて、困った子ですねといった感じに撫でる。
まだ小さかった頃の咲夜の面倒を見たのは美鈴なので、咲夜の少し困った体質やら叱る時の口調やらは心得ているらしい。
「今日は、いつもより二時間は早く寝るように!」
「だ、駄目よ。今日中に終わらせないといけない、し、ごと、が」
「咲夜さん?」
「…………分かったわよ」
本格的にふてくされた顔になる、凛々しい顔のメイド長。
その様子に、リグルと幽香は、また存在を忘れられたなーという顔で、ここも暑苦しいんだなと言う顔をしている。
「熱いね幽香」
「ええ、寒いのだけど熱いわ」
このままでは蒸し焼きになりそうだと、リグルと幽香は顔を見合わせて揃って溜息。
「って、あれ、お二人とも?」
「まだいたの?」
うわ、むかつくなこいつら。
な顔をする幽香を、リグルは何食わぬ顔で止めて、ずるずると非力な力で引っ張る。その時、幽香の上にすがりつくようにすると、幽香の体から力が抜けるのでそれを利用して安全地帯まで引っ張る。
「……くっ。やるわねリグル。……まあいいわ」
ちょっと悔しげに微妙な赤い顔の幽香に、美鈴と咲夜は「この二人は、冬でも相変わらずね」という表情になる。
「……全く、いつもいつも蝶やら花やら撒き散らして、どこまでバカップルしていればいいのかしら?」
「まあまあ咲夜さん。あの二人にはあれが自然なんですから」
「……私も、いつかはあんな風に」
「はい?」
「……聞き流して、戯言よ」
ぷいっと赤い顔になるメイド長と、目を点にして考える門番。
自覚がないという事は、それだけで罪になるものだった。
つまり、ここには現在罪人しかいなかった。
「幽香。さらにいい雰囲気になってきたし、さっさと博麗神社に行こうか?」
「ええ、そうね。これ以上は目が腐るわ」
真面目に言い合う二人。確実に失礼だった。
「ああ、それと、ねえ、深い意味はないんだけど。貴方達にとっての『春』って、何?」
「はい?」
「はあ?」
春とは何?
美鈴と咲夜は、ちょっと不思議そうな顔をしてお互いを見ると。特に考える様子なく答える。
「リリーさんですね」
「リリー・ホワイト。毎年騒がしいわ」
春を代表する、少しお騒がせな妖精。
その名を答える二人に、そう、と幽香は興味を失くした様に返して「それじゃあ」と踵を返す。
「……ちょっと、質問に答えたのだから、その問いに対する意味を教えなさいよ」
咲夜の、僅かに不愉快そうな声に、幽香は振り向き一言。
「意味なんて無いわ」
以上。
咲夜は「はあ?」と微かに表情を呆れさせ、美鈴は「ああ」と納得する。
「そうですね。今は冬です」
「美鈴?」
「春の事を、考えちゃいますものね」
「……」
それに、幽香は何も答えずに、だけれど少し照れるように、リグルを連れて去っていく。
残った二人はその後姿を見つめて、蟲と花を互いの表情で見送るのだった。
咲夜は、疑問を交えた瞳で。
美鈴は、少しだけ細めた、優しい瞳で。
冬の博麗神社は白く雪に埋もれ、それ故に無人で今は少しだけ寂しかった。
そんな寂れた境内を、幽香はリグルを引っ張るように飛んでいき、そして当たり前のようにどんどん奥へと進んでいく。
「げ」
それに、博麗神社の主。博麗霊夢は酷く失礼な声を出して、花と蟲の妖怪を見た。
冷えた空気を室内にいれて、それを悪びれずに微笑む幽香の顔が、霊夢には非常に迷惑だったのだ。
「……何しにきたわけ?」
「少し暖をとりに」
「帰れ」
即座に断る霊夢。
それに幽香はまあまあとニヤニヤ笑い。リグルは非常に居心地悪そうにマントを引っ張られてずるずると連れて行かれる。
幽香はともかく、リグルは博麗霊夢に良い思いではあんまりなかった。
「はい霊夢。お茶のお代よ♪」
「は?」
何だか不思議なぐらいに嫌味なニヤニヤ顔に、霊夢は面倒そうに、とりあえず幽香の指先が挟むそれ、写真を見る。
「……」
霊夢の顔が真面目に固まった。
「あの馬鹿隙間妖怪の写真。それも珍しい胡散臭くない笑顔」
「………………」
霊夢の停止が終わり、それから視線をきつくして幽香を睨む。
博麗霊夢が、平等であるべき巫女が、あの隙間妖怪にどんな感情を抱いているのか、知っている者は知っている。
「以前にね、あの生ゴミ天狗が私の花畑に取材とやらをしに来た時に、奪っといたのよ。どうやらあの天狗。幻想郷の様々の女性の写真を撮っていたみたいで。色々あったのよ。それはもう、いろいろ」
ひらりんと。
その写真の中には、隙間妖怪こと八雲紫が、自分の式に手を引かれて、扇で口元を隠しながら、青々しい草原の中で、珍しく胡散臭くない表情をしていた。
「……」
霊夢の瞳が、それはもう強く輝く。そしてニヤニヤ顔の幽香を不愉快そうに見た。
「そうね、多くは語らないわ。よこせ」
「勿論よ。あ、お茶と、それから水ね」
「………仕方ないわね」
たまに、幻想郷の素敵な巫女は、幻想郷の誰よりも扱いやすくなる。
リグルはそのやり取りに呆れて。それから幽香をじとりと見る。
台所に消えていった霊夢に聞こえないように、リグルは小声で。
「ねえ、幽香。文さんにそんな事してたの?というか、なんで八雲の写真なんて持ってたのさ……」
気まぐれでの散歩なのに、懐に紫の写真ってどういうこと?という王様の質問だった。
それに、僅かに幽香は目を見張って、それからくすくすと笑う。
「あら、大丈夫よリグル。いつか霊夢に見せて楽しんでやろうと、それだけの理由で服の隙間にいれていただけよ」
「……本当に?」
「ええ、誓って」
「……なら、いい」
こくんと頷くリグルに、幽香は内心「可愛すぎるわよ、王様…!」と自分の今すぐに抱きしめたいという衝動を抑えながら、耳を赤くしてソッポを向く。
幽香は、顔の表情は抑えられても、耳の赤さを抑えるのは無理らしい。
その表情が照れている時のものだと知っているリグルは、ほっとして、良かったぁと安心するのだった。
「あ、それじゃあさ、何で文さんから写真を取ったりしたのさ?」
「ええ、ちょっと気まぐれでね。……どうしてか、あの生ゴミは苛めて楽しいわ」
思い出すような仕草の幽香は、本気で文を苛めるのは楽しいと思っている顔だった。
リグルは、もしかして文さんって凄く不憫?と僅かに同情して、そっと文を応援するのだった。
「………えっと、じゃあ、その、色々な写真ってどんなのだったの?」
「ええ、素敵にコレクションしているわ。一部は燃やしたり破いたりしているけれど。使えそうなものは取ってあるわよ。見る?」
何故か出てくる数枚の写真。
「……ううん。見たら引き返せない気がするからいい」
そして即座に首を振るリグル。
蟲の王様は、たまにとても賢く危険から逃げる。
それに、幽香は僅かにつまらなそうな寂しそうな顔になって、のろのろと写真を懐に戻した。
リグルは、そんなに残念がるぐらいに私を苛めたいのかこら。とちょっと彼女の愛に疑問を感じたりしながら、暫し、文はどんな写真を取ったのかと想像するのだった。
幽香のだったら欲しいなと、ちょっと思った。
「待たせたわね」
「あら、ありがとう」
「……」
抜群のタイミングで、霊夢がお茶を持ってくる。
それに、先程の会話はお終いとばかりに幽香は笑い、リグルは溜息を吐く。
「……相変わらずね幽香」
そんな二人の様子に、勘のいい霊夢はどういう種類のやりとりがあったのかすぐに理解したらしく、寒そうなむきだしの肩をすくめてみせた。
どうでもいいが、冬ぐらいはその衣装は替えたほうがいい気がリグルはした。
「そうよ。私はいつでも私ですもの」
「でしょうね」
ひょいっと湯飲みとコップを置く霊夢。それにお礼を言って、リグルはコップの水をコクリと飲む。
「でも、それなら霊夢もでしょう」
「私?」
「ええ、相変わらず、あの馬鹿隙間妖怪一途なのね。趣味が悪いわ」
ちょっと本気で言ってるらしい幽香に、霊夢はぴしりと青筋をたてて「余計なお世話よ」とお茶を飲む。
だが、幽香は追求はやめない。
「諦めて、あの白黒にすれば?あの隙間妖怪よりは、よっぽどお似合いよ、貴方達」
「断るわ」
そう言ってニヤリと笑う幽香に、霊夢は涼しい顔で返す。
「あら酷い」
「うわぁ」
あまりにあっさりとしたそれに、幽香はともかくリグルも顔を引きつらせる。だが霊夢は気にもせずにずずっとお茶を飲むだけだ。
「私は器用じゃないのよ。……想うのは、一人で満腹よ」
「ふぅん、貴方らしい言い草ね」
「放っときなさい」
ずずっとお茶を飲む霊夢。
にやにやな幽香。
そんな二人の傍で、リグルは一人、白黒こと霧雨魔理沙がそれはもう霊夢にアタックして毎回悲しく玉砕している姿を知っているだけにちょっと涙を誘った。
魔理沙も魔理沙で、諦める事を知らないし、霊夢は霊夢で、何故か八雲紫に片思いで……
「報われない」
それはもう、完膚なきまでに。
「リグル。貴方がそんな事に胸を痛める必要はないわよ。どうせ決着は、いつかはつくのだから」
「その通りよ」
顔を曇らせるリグルに、幽香と霊夢は当たり前のようにそう言う。
リグルは、何だかこの中で自分だけが子供みたいだと、少々居心地悪さを感じた。
二人とも変に悟った言い方をするのが、リグルには嫌なようだった。
「ふぅ、温まったわ」
と、幽香がお茶を飲み干して、少しだけだれた声を出す。
「何?あんた、本当にお茶を飲みに来ただけなわけ?」
「そうよ。今日はリグルと散歩をしていてね。その休憩所を此処に選んだのよ」
「迷惑だわ」
じと目になる霊夢に、幽香は肩をすくめてニヤニヤするだけだった。
「さて、それじゃあ、もう出るわ」
「そう」
立ち上がる幽香に、リグルは慌てて続いて、そして霊夢はどうでも良さそうに二人を座ったまま見上げる。
「ああ……ねえ霊夢」
「んー?」
と、振り返った幽香に、霊夢はお茶を飲んだまま視線を向けた。
「聞いときたいのだけど、貴方にとって『春』って何かしら?」
漂うお茶の煙を僅かにみやって、霊夢は面倒そうに顔をあげる。
「どういう質問かは知らないけど、まあいいわ」
ひらりと、取り出したるは、先程幽香から貰った一枚の写真。
春は何?
その答えは、彼女には一つしかないらしく。即答で。
「あの、隙間馬鹿が目を覚ます季節よ」
そこには、夏の日差しの眩しい空の下で、笑う紫と、その式が写っていて。
冬。その季節に、ある妖怪は冬眠する。
博麗神社は、毎日のように妖怪や魔女が遊びにやってきて、決して寂しくは無いけど、だけれど何かが絶対的にかけていて。
霊夢は、ぴらりと写真を、あまりに珍しい紫の普通の笑顔を見る。
「ま。この笑顔を向けているのが、藍だってのは気に入らないけど。いずれ、私のものにするしね」
「そう」
ゆっくりと、幽香は顔をあげると、とても楽しげに笑って見せた。
「出来るの?人間の貴方に?」
「ええ、やってみせるわ。だって、私は博麗霊夢だもの」
ここにはいない。今は夢の世界の八雲紫。
幽香はくすくすと笑う。
貴方は、本当にとんでもないものに好かれたものだと、僅かな同情と少しだけの嬉しさを感じて。
春は、何?
その質問には、実は意味なんて無かった。
幽香はリグルのマントの中へと自ら入り、静かにその心音を聞く。
リグルは、その幽香の行為に何も言わず、自然にその行為を受け入れて、博麗神社の屋根の上。幽香の温もりを感じる。
「リグル。私はただ、気まぐれで、少し春について聞いてみようと思ったの」
「そっか」
リグル自身。幽香のあの質問には疑問を感じていた。だけど、幽香の瞳の光に、気付かないリグルじゃないから、自分から聞くことを封じたのだ。
「春は何?その質問に、また、色々な答えがあるものね」
「そうだね」
「どうせなら、このまま幻想郷中、聞きに回ろうかしら?」
「楽しそうだね」
あははと笑うリグルに、幽香も「だけど面倒臭いわね」と呟いて、リグルの小さな体の熱を愛しげに感じる。
「何だか、あの生意気な閻魔だったらなんて言うのかしらね?」
「え?うーん。予想がつかないや」
「今度、あいつにだけは聞きに行こうかしら」
「何だかんだ言って、幽香と閻魔様って仲いいよね……」
寒い寒い、その屋根の上。
降り止まぬ雪は静かで綺麗で、今が冬だと嫌でも分かる。
白い雪に、僅かに染まってきた二人は、それでも屋根の上から動かない。
春って、何?
里にいた二人は、
春を『誰か』の中に見ていた。
竹林にいた兎達は、
春を『関係』に見ていた。
湖にいた妖精達は、
春を『別れ』だと笑っていた。
紅い館にいた二人は、
春を『妖精』という象徴に見ていた。
この屋根の下にいる巫女は、
春を『再会』だと詰まらなそうに言っていた。
春。
幽香にとって、それは『再生』
廻り廻る命の輪。
生きて死んで廻って転生。
そんなもの。
春はそれが更に顕著に感じられる。
「ねえリグル」
「うん?」
「貴方にとって、春とは何かしら?」
外に出たら、すぐに赤くなる鼻の頭とほっぺを包んで、幽香は聞いてみた。
すると蟲の王様は「ああ」と白い息を吐く。
「『再生』かな」
「……」
「ほら、虫ってさ、寿命が凄く短いでしょう?だからかな」
私にとっての春は、それなんだ。
そう言う王様に、お姫様は顔をあげられなくなって、膝の上に顔を隠す。
ここで、さっきの王様の台詞は、お姫様にとって、とても反則だった。
「幽香?」
「うるさいわ」
「もしかして、『再生』って、幽香と同じだった?」
「黙りなさい王様」
顔を上げないお姫様に、王様は恐る恐ると聞いてみる。
「……えっと、照れてる?というか、嬉しいとか思ってくれてる?」
「………………」
本格的に黙ってしまうお姫様に、王様は非常に複雑な顔になって、こちらも慌ててそっぽをむく。
同じ答えに、嬉しいのはお姫様だけではないのだ。
「ねえリグル」
「うん」
顔は上げないで、お姫様は言う。
「あの花畑には、冬の間は行っても意味がないわ」
「そうでもないよ」
「そうかもしれないけど、行きたくないわ」
「うん。そうだね」
顔をあげないまま、だけど覗いている耳を赤く染めて、幽香は続ける。そしてリグルは、優しく微笑んで、彼女の言葉を待つ。
「だから、リグル」
「うん」
「冬の間は、貴方が色々、エスコートしなさいよ」
「勿論」
「色々な所を、見せなさい」
「お姫様のお望みどおりに」
真面目な顔で、リグルは頷く。
だから幽香は、もっとたくさん我侭を言う。
「あの花畑は、私とリグルの王国よ」
「うん」
「だから、冬は帰れないから、腹立たしくてむかつくわ」
「うん」
「…………寂しいわ」
最強クラスの妖怪の、その小さくか細い吐露。
ぽつりと溢したそれは、何処までも本心で。
「苛立たしいわリグル。………ここまで寂しいのは、初めてよ」
孤高だった花の妖怪は、寂しさなんて感じる事もない、強い存在だった。
だが、蟲の王様と出会い、行動して、少しずつ弱くなった。
何が苛立つって、それが、嫌ではない自身に苛立つと、幽香は膝を抱く。
「貴方のせいよ。リグル」
「……そうだね。だけど、そんな幽香が、私は大好きだよ」
俯く寂しがり屋のお姫様の髪に、掠めるように唇を滑らせて、小さな王様は笑ってみせる。
二人の王国を、大切に思ってくれているお姫様に、愛しさが溢れ出す。
「だからさ、幽香。冬の間の王国も、見つけちゃおう」
「……」
「何年、何十年かけても、見つけちゃおうよ」
「……」
「だから、今年から、冬の季節は大忙しだよ、幽香?寂しいなんて、思う暇はあげないからね」
「…………馬鹿」
結局。
幽香は、春が待ち遠しくて、あんな質問をしていただけなのだ。
意味なんて無い。
だってどうやっても、春は規則正しくゆっくりとしか、やってきてくれないから。
だけれど、この幽香の王様は、本当に馬鹿で優しくて、小さいくせにやっぱり王様で。
「……リグル」
「うん」
「一度しか言わないわ」
「うん」
「………私も、大好きよ王様」
春は、遠くて近い。
だけれど、今年から、蟲と花の二人にはそんなの関係なく。
雪が舞う白い神社の屋根の上。
花のお姫様は、蟲の王様の、その赤い鼻の頭に、そっと、お返しとばかりにキスをした。
だ、誰かバケツ持って来て! 砂糖が、砂糖がウボァ-
他人からどう見られているか知らぬは本人達ばかり。
どの組み合わせも大差ない熱愛ぶりです、本当にご馳走様でした。 ウエップ
同じシーンばかりで少し退屈に感じることもありましたが、それすらも凌駕する春度の高い連中の甘過ぎるやりとり。
特に、妹紅と慧音、咲夜と美鈴のやりとりでニヤニヤが止まらねぇ・・・・・・
あと、大ちゃん怖いよ大ちゃん
寂しい話になるかと思ったらこれか!!
あぁ、甘かった
というか大妖精は保護者の扱いなんですねw
いい加減鏡みろぉぉぉぉ!!!!
この幻想郷には冬が来ることはないんだろうな~、って、白石さん(仮名)!?なぜ弾幕放つ準備してるんです!?いや、今の発言は白石さん(仮名)を軽視するものではなくうわまってやm(テーブルターニング)
不適切な発言があったことをここにお詫びします。
しかし、そうなると冬は思い人に会えない師匠のもとに…(アポロ13)
大ちゃんいいですね大ちゃん。霊夢頑張れ!いつか報われる日がくるはずだ!
誤字報告。
>月の兎だからじゃい 月の兎だからじゃない
シリアスシーンなのに吹いてしまいましたw
久しぶりにツボにきたSSでした。私が最近読んだ東方のギャグ系SSの中では一番面白かったです。続編も期待しています。
とりあえず最後に一言・・・お前らラヴ禁止w(ある次女風に)
魔理沙に涙が・・・。文?まあ、因果応報ってことで。
「夏」「秋」 幻想卿はどんな思いが・・・
心に秘めた思いが・・・
甘いお話でもあり、心に春の風が届きました。
リグ幽香はやっぱいいです。
糖分摂りすぎて砂糖が怖い
だれか俺にもバケツを持ってきてくれぇぇぇぇ!!!
ゆ・・・YURYYYYYYYYYY(ry
ご馳走様でした。
この幻想郷は、どうも(局所的に)常春の郷のようですね…。
あまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!
責任取ってくれ!!
取り合えず花蟲コンビは最高ってことで。
ありがとうございました
ご馳走様でした!!
貴方の書くリグ幽はやっぱり面白いなー。
書き方とかテンポ? が凄く好みです。
次回作も期待してまっせ!
ほわああああほわあわあああああああほわあああああああああああああ
砂糖しか
吐けない