■霜月/1
読書百遍、義自ずから現るという言葉がある。全く意味の分からない書物でも百篇も繰り返して読めば自然に意味が理解できるようになるという意味だ。
それならば……と、あの枯れた花畑で出会った人形に言われた事を、ここ数日私は試し続けているのだが。
「ん~……」
鏡の前で、笑ったり怒ったり睨んでみたりと色々やってはみたがさっぱり何も見えてこない。ただ私の顔があるだけだ。
「鏡よ鏡、この世で一番素敵な魔女は誰……なんて」
馬鹿な事をやってる場合じゃない。まあ鏡を見るのも程ほどにしよう、あまりに鏡を見すぎると中へ引き込まれる何て伝承もある位だし。
鏡から離れ、私は色々と思考を巡らせる。
こういうおかしな謎かけに強そうなのは誰がいるかしら。紅魔館の引きこもり魔女と後は……。
「おーっす。何だ、相変わらず辛気臭い顔してるな」
「ああ、これもいたわね」
「開口一番これとは随分な挨拶だぜ」
すると、何とも嫌なタイミングでドアが開き魔理沙が闖入してきた。
いつもなら問答無用で追い出しにかかるのだが、とりあえず今はそんな気分にもならないので、上海と蓬莱にお茶を運んできてと命じる。
「随分と珍しいな、普段だったら『何よ邪魔よさっさと帰れ!』って言われるのに」
「ちょっと悩んでる事があって、正直泥棒猫の手でも借りたい気分なのよ……と、お茶が来たわね。上海も蓬莱もありがとう」
何だ、温室育ちには悩みなんか無いって聞いた気がするんだが、などといらん事を言われる。
「悩み事と悩んでる事は似て非なる物よ。とりあえず……そこにある鏡を見て欲しいんだけど」
「かがみぃ? 深夜の合わせ鏡で悪魔でも召還するつもりか、魔界生まれな癖に」
「里帰りすれば幾らでも会えるものを呼び出してどーするのよ。良いから見なさい」
何でそんなもんを……とぶちぶち言いながらも、鏡の前に立つ魔理沙。
そして何事もなく20秒経過。
「……何にも起きないぜ」
「そりゃそうよ、何の変哲も無い普通の鏡だもの」
「むぅ。……鏡よ鏡、この世で尤も素敵で可愛らしい最強の魔法使いはだれだ?」
「うちの鏡を破壊するような呪文をかけないで」
頭が痛くなった。魔理沙と同じような事をやった自分自身に腹が立つ。
「で、こんな無意味な事をやらせて何がしたかったんだよ」
あっさり興味を無くしたのか、お茶請けのクッキーをひょいひょいと口に放り込みながら、魔理沙が椅子に座りなおす。
「魔理沙は当然知ってるわよね、私が自立自動人形の研究をしている事は」
「あー。そういやそんな事をやってるとか聞いた気がしてたりしなかったりするな、他人の研究なんかどうでも良いが」
やる気なく私の話を聞きながら、ズズ……と音を立てて紅茶を啜る。
マナーも何もあったもんじゃないわね、全くこのガサツ白黒は……。
この調子じゃまともな反応はやっぱり期待できそうにも無いだろうけれど、折角だし言うだけは言ってみるか。
「実はつい先日、適当に散策してたら会ったのよ。その自立自動人形に」
「ぶ! ……あち、あちあちあち!」
「うわ、汚いわね!」
唐突に魔理沙が紅茶を吹き出し飛沫がこっちにまで飛んできたので、慌てて魔法で弾く。そそくさと上海がハンカチを取りに飛んでいった。
「えほげほげほ……うぇ、気管に少し入ったぜ。で、その自立自動人形がどーしたんだ?」
「初対面だけど随分友好的だったし、人形に興味があるからできたら調べさせてって頼んだんだけど。そうしたら不思議そうな顔されて、良く分かんないこと色々言われてねぇ。で、最後に『鏡を見てみたら』って言われたの。ま、幾ら見た所で何も分からなかったんだけど……って、魔理沙どうしたのよ」
魔理沙の顔からいつものにやにや笑いが消えていた。
そして次の瞬間、魔理沙はカシャンと叩きつけるようにティーカップを置き、おもむろに立ち上がる。
「すまん、急用があったのすっかり忘れたぜ。悪いけど帰るわ」
「ああそう、じゃあね。全然期待してないけど、もしさっきの事で何か思いたら教えて」
気が向けばな、とだけ言って魔理沙は箒にまたがりすぐに飛んで行ってしまった。
「あいつにしちゃ随分らしく無いわね。何だってのかしら」
肩を竦めて開きっぱなしのドアを閉める。
そしてテーブルを見ると、ハンカチを持った上海が魔理沙の座っていた椅子の前で手持ち無沙汰のように浮かんでいる姿が目に入り、私は苦笑した。
その後は適当に中途だった本を読み進め、人形達の手入れをしているうちにあっという間に時間も過ぎ去り、ふと気がつくと夜になっていた。
「さて……と。そろそろいい時間ね」
私にとっては食事と同様に睡眠も、既に必要不可欠な物から嗜なむ物へと変わっているけれども、習慣からか寝ないとどうにも落ち着かない。
適当なパジャマに着替えてランプの灯を消し、私は愛用のベッドに入る。……と、上海に蓬莱がいつものように枕元にちょこんと座った。
「お休み上海、蓬莱」
お気に入りの子達の髪を撫でつつ、私は目を閉じる。
試しに明日、合わせ鏡でもやってみようかしら。……いや、やめとこう。『アリスちゃん元気してたっ』とか言って、お母さん出てきそうだし。
考えてみれば随分しばらく魔界に帰ってない気がする。年明けにでも久しぶりに里帰りしようかなどと考えつつ、私は眠りの中に落ちた。
***
「ちょっと上海を借りるぜ、うちの掃除が終わるまでなー」
「こんの使い魔泥棒待ちなさい! 大体、あんたの家の掃除が終わるっていつの話よ!」
「そうだな、上海いても4ヶ月は楽にかかりそうな雰囲気か」
「こういう時だけ真面目に答えるな! 上海はうちの子よ、早く返せ!」
いきなりうちにやってきて、唐突に上海を貸してくれと言い捨て誘拐するという傍若無人な振る舞いをやってくれた魔理沙を、私は追いかけていた。
蓬莱や他の人形達が魔理沙を撃ち落そうとするが、攻撃パターンを読みきられているのかさっぱり当たりそうに無い。
「避け辛い弾幕を上海との連携で作ってるのが丸分かりだな、この程度で私を落とそうなんざ片腹痛いぜ」
……魔理沙の言葉に私はカチンときた。まるで、上海がいなければ私は何も出来ないみたいな言われようは心外だ。
「ふふふふふ……言うじゃない魔理沙。良いわ、そこまで言うなら見せてあげるわよ、私の本気を!」
人形達に回していた魔力の大半を自分に戻し、それを一気に収束光に変換して放出すべく私の全身を膨大な魔力が駆け巡る。
やろうと思えば魔理沙の使ってる八卦炉なんか無くたって、あいつが好んで使うマスタースパークくらい私でも撃てるんだから……
そして、私の掌に集まっていった魔力を全てを押し流す光の奔流として放出しようとした時だった。
ビシ
それは石膏の像がひび割れるような音。
そして、次の瞬間。
私の右腕が粉々に砕けた。
「な……なに、これ……」
何が起きたのか分からない。理解できない。何が起こったの。
止まっていた私の思考は、右手の亀裂がどんどん、全身に広がっていく事で現実に引き戻された。
肩や胸やお腹、そして恐らくは顔にまで。漆喰が剥がれ落ちるかのように、私だったものの破片がボロボロと剥がれ落ちるように。
私が壊れていく。
「何で、どうして……!? ま、魔理沙……たすけ……」
呆然とする魔理沙へ私が左手を伸ばそうとした時、魔理沙の顔が一気に遠ざかる。
いや違う……これは落ちてるんだ。
必死になって空中で態勢を立て直そうとするけれど、全く言う事を聞かない。
その内に地面が私の視界に入った。
このままじゃ激突する……そうなれば……私は――
■霜月/2
「――――――――!!」
目が覚めると、私はいつもと同じベッドの上にいた。
……夢を見たのは一体いつぶりだろう。
どんな夢だったかはまるで覚えていない。けれど、震える体と不快極まる今の気分から、碌でもない悪夢だった事だけは確かだ。
「…………うわ」
体を起こしてみて、全身が寝汗でぐっしょり濡れている事に気がついた。しかもパジャマも芯までぐしょぐしょ。……うぇえ、気持ちが悪い。
その時、不安げに私の側に上海と蓬莱が浮かんでいる事にようやく気がついた。
「上海、身体を拭きたいからタオルを持ってきてくれないかしら、蓬莱は着替えを。パジャマじゃなくて良いわ、もう起きるから」
そしてベッドから立ち上がりカーテンを開けてみると、既に陽が高く上っていた。
寝起きの気分は、はっきり言って最悪。部屋の空気を換気するついでに、ドアを開け郵便受けを覗く。どうせ何も入って無いと思うけど……あら、一通来てる。
簡素な封書の表には、『香霖堂 森近 霖之助』と宛名があった。中を開くと、筆で書かれた達筆な文字が寝起きの私の目に入ってくる。
『頼まれていた商品が入荷しましたのでご連絡まで 店主』
簡素極まる一文のみの手紙を見終え、もう一度封書を確認する。そこには三日前の日付が記されていた。
そういえばここ数日郵便受けを全然チェックしてなかったっけ。
「……これは流石に明日で良いか、って訳にはそろそろいかないわよね……」
気分的に今日はしばらくベッドの上で横になっていたい位だけれど、こういう日に 限って出かける用事ができるのだから困ったものだ。
タオルで身体を拭いてから上海の持ってきた服に手早く袖を通し、寝癖で乱れて
あっちこっちに飛んでる髪の毛を梳かす。鏡に映る私の顔色は、お世辞にも良いとは
言えなかった。
「さて、っと……出かけるか。上海、蓬莱、おいで」
私の言葉に従い、いつものように私の少し後をついて飛んでくる……と思ったら、
上海が私の肩に止まって不安げに私の方をじっと見た。
うちの子は言葉は喋れない。けれど私には、何を言いたいか表情と仕草でほとんど
分かる。……でもまあ、私に限らず今の上海の表情は、何を言いたいか誰でも分かるだろうけどね。
「大丈夫よ、ただ夢見が悪かっただけ。だからそんな心配そうな顔をしないの。……でもありがとう」
上海の頭を撫で、私は目的の場所へと向かった。
***
「ん、お客かな? ……ああ、どうやらそうみたいだね。いらっしゃいアリス」
ドアベルを鳴らし中に入ると、眼鏡の主人が本から顔を上げて私の方を見た。
「どうも。でも普通お店に来るのは、大体がお客なものだけど」
「確かに君の言う通り、ここは店であり入ってくる相手は基本的にお客であるべきなのだけれど、現実は何故か異なる事が多いんだ。困ったものだよ」
口ではそう言いつつも全然困って無い表情で店主は苦笑した。
私や魔理沙のいる魔法の森に居を構えるここ香霖堂は、貴重な物からガラクタまでが多々並んでる面白い場所で、何か新しい物が無いか私も良く足を運ぶ。
もっとも店のある場所が場所な上に店主もどこか風変わりなので、年中閑古鳥が鳴いているけれど。
「手紙に気がつくのが遅れてごめんなさい。でも、随分ハイカラな物を使うのね」
「使ってみると意外と便利なんだ、ただ送る相手を選ぶけれど。二ヶ月程前、魔理沙に、うちから黙って持って行った物を幾つか返すように手紙を送ったんだけどね」
「それは切手代の無駄ね。あいつの事だから黙殺でしょう」
私の言葉に店主は肩を竦めた。
「いいや、存在そのものに気がつかれなかったね。数日前に届いたかどうか聞いたら『ん? 香霖そんな音速の遅いもん送ったのか?』と言われたよ」
私の想像の斜め上を行っていた事を教えられ、今度は私が苦笑する番だった。
魔理沙らしいというか、何というか。
「あいつの話は置いておくとして……入ったってのは本当?」
「ああ、そうそう。絹糸だったね、君の気に入った色があるかどうかは分からないけど、それなりには入ったよ」
小さな紙袋に入った糸を渡され中を確認すると、五~六色程度の糸が入っている。
人形達の服を作る為に絹糸が必要だったのでもし入ったら譲って欲しいと伝えていたけれど、正直こんなにあっさり手に入るとは思わなかった。
「いいえ十分よ、ありがとう」
袋を受け取り代金を渡す。
里にも絹は売っていない訳では無いけれど、希少で量が絶対的に足りない上に、払えない訳では無いけれど高いから、ここで纏まった量が安く買えるのはありがたい。
「外では絹も余り使われなくなってるらしい、そうでなければ幻想郷まで来ないだろうし。風の噂じゃ油から衣類を作ってると聞いた事があるよ」
「それが本当だとしたら、魔女も真っ青な所業ね」
そんな世間話の中途で主人の表情が少し訝しげな物に変わった。
「……ん、真っ青と言えば……気のせいなら良いのだけれど。普段に比べたら多少顔色が悪いというか元気無く見えるけれど、風邪でも引いたのかい?」
「いえ、別に風邪なんか……」
思いがけない質問に、私の言葉が詰まる。……普段通りのつもりだったけど、そんなに浮かない表情でもしてるのかしら。
けれど私が言葉を続けるより先に、店の扉が開いた。
「……おや。今日は千客万来だね、いらっしゃいませ」
「里への買出しの帰りに、久しぶりに寄らせて貰いましたわ」
この声は……。
「月の姫の所にいる蓬莱人。なんでこんな辺鄙な誰も来そうに無い所に?」
誰も来そうに無くて悪かったね、という店主の言葉はとりあえず放っておく。
「あら、魔理沙魔理沙うるさい魔女じゃないの。姫も変わった物が好きだからたまに来るのよ。今日はあなただけみたいね」
「誰が五月の蝿よ、今は霜月」
あまり宜しいとは言えない空気が店内に流れる。
何と表現したらいいのか分からないけれど……私とこの薬師は、相性があまり宜しくない。しかし、不穏な雰囲気は店主の言葉ですぐに破られた。
「八意さんが来たんだから折角だし、風邪気味なら診て貰ったらどうだい? そこらの町医者よりも余程信頼できるだろう」
「あら、それはご愁傷様。別に診るくらいならやぶさかじゃないけど」
「だから……!」
体なんかどこも悪くない、と否定しようと思ったけれどもやめた。とりあえず店主に他意は無いと思うし、純粋な心配を無下に突っぱねるのもあれだし。
「べ、別に私はどうでも良いけど……そっちが診たいんだったら勝手に診ればいいじゃない」
ただ相手が勝手に気分を悪くして帰るのも私の感知する事じゃない。迷惑だからやめてくれという意思を言の葉に最大限乗っけて返す。
「素直さの欠片も無いわねぇ。ご主人、ちょっと椅子を貸してくださる? すぐ済むから」
「え、あれ」
けれど、そんな私の意志は全く伝わらなかったのか、それとも知っててわざと無視したのか……多分後者だと思うけれど。いきなり椅子に座らされた。
「はい舌出して。後ろ向いて。じゃあ服捲って」
「え……あ、ん……。ちょ、後ろ向いてて!」
言われてつい反射的に服をめくろうとして、ここには男性がいる事に気がついた。
けれど店主はこっちの事などおかまいなしとばかりに、既に読み止しの本に目を落としている。……ああもう、勝手にしなさいよ。
しかし予告通り、診察とやらは本当にすぐに終わったらしい。
「困ったわねぇ……」
目を伏せて小さく呟かれた。
「は?」
まさか、何か変な病気にでもかかってるとでも言うつもりかしら……冗談でしょ。
「健康そのものよ、胸の成長不良を除いてね」
「悪かったわね!!」
これ見よがしに、大きすぎる胸を上下に揺らしながら薬師は私に微笑んだ。
……どうせ私はあんたみたいに大きく無いわよ。
「何よ、深刻そうな顔するからとんでもない病気でもかかってるかと思ったじゃないの……」
「清々しい位に何も無いわね。悩みも胸も友達も本気出す気もあんまり無い、元人間で捨食と捨虫の術を習得した人形遣いな魔女。額面どおりよ」
お願いだから、ほっといて。
上海が側に飛んできたので抱きしめる。……友達くらいいるわよ……。
けれど、いじける私に構わず、月の薬師は言葉を繋げていく。
「あくまで現存する表面的な事象のみで判断すればの話だけどね。欠けている何かが加わる事で、全く別の物が現れる事は良くある事よ。騙し絵と同じ」
「……何の話よ」
意味深な台詞に、私は眉を潜めた。
全くどいつもこいつも、幻想郷の連中はどうしてこんなに回りくどい奴が多いのかしら。
「じゃあ私はこれで失礼するわ。そろそろ姫も退屈して、ウドンゲをおもちゃにしてそうな気がするし。それでは御店主、時間のある時にまた」
月の薬師はそう言って優雅に会釈をして去っていった。
扉の閉まる音と共に主人が本から顔を上げる。
「蓬莱人が時間のある時に……とは中々小粋な冗談だね。でも、何事も無いようで良かったじゃないか」
主人の言葉に私も笑って答える。
何しろ蓬莱人は無限の生を持つ人間だ、時間だけは腐るほどある。というか、余りすぎて本当に腐ってそうだけど。
けれど世間話より先に、私には確認すべき重大な事があった。
「……ところで、本当に見てないんでしょうね……」
「ん? 見るって何をだい?」
芝居でも何でも無く、本当に意味が分からないと言わんばかりに、首をかしげる主人の表情から嘘じゃないのは良く分かった。
ここまで無反応だとそれはそれで、逆に腹が立つけれど。
「何でもない……。とりあえず、糸ありがとう。何かまた必要になったらお願いするわ。行きましょ上海、蓬莱」
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
そして玄関まで歩いて行った時、背後からとんでもなく似合わない言葉をかけられ思わず私は振り返った。
「どうだい、少しは古道具屋の店主らしく聞こえたかな?」
「やるなら真夏にやるのをお勧めするわ、涼しくなりそうだもの」
ここの主人ならではな冗談に苦笑して、私は店を後にした。
***
「さて……と。やる事は終わったし、このまま帰っても良いけど……どうしようかしら」
気分がすぐれないのに、わざわざこうやって折角出てきた以上そのまま帰るのは何か勿体無い気もする。
それに調べたい事も少々あるし、それなら……。
方針を決め、湖の先にある紅魔館へと向かう。
「上海、蓬莱。少しばかり暴れるけど、準備をお願いね」
二人とも、ほぼ同時に私の言葉に対して首を縦に振った。何しろ、あそこは主人の吸血鬼を筆頭に喧嘩っ早い連中が揃っている。
魔理沙みたいに何かを持ってったりする事は私の場合無いけど、だからと言ってお客様扱いでスルーパスしてくれる程、甘くは無い。
「む、今日も今日とて侵入者ね。紅魔館門番、紅メイリ……はぅっ! な、名前くらい……名乗ら、せ……てぇえー!」
いつもの門番を口上の途中にレーザーで吹っ飛ばして先へと進む。
幸い今日はさしたる抵抗も、文字通り抜き身の刃物なメイド長にも出会わず、大図書館へと無事にたどりついたのは僥倖だろう。
と思ったまさにその時、私の頭上を大きな球形弾が掠めて通り過ぎて行った。
「あれ、魔理沙さんかと思いましたけど違いましたか。すいませんすいません」
臨戦態勢で飛んできた小悪魔だったが、私の姿を見てすぐ地面に降りてくる。
幸いというか、ここの管理をやってる小悪魔は『蔵書に害を成す相手』にのみ攻撃してくる契約をパチュリーと結んでいるらしく、基本的には読むだけの私への攻撃はしてこない。……魔理沙の場合は毎回標的になってるらしいけど、自業自得だ。
「良いわよ、こっちも招かれない客なのは分かってるつもりだし。そちらのご主人……パチュリーは元気?」
「やっぱり今日も不健康です」
ここ特有のちょっとあれな挨拶の後、小悪魔と談笑しながら私は先へ進む。ほどなく、テーブルの上で本に目を落とすパチュリーと、私は顔を合わせた。
「お久しぶり。読書中失礼するわ、一週間魔女さん」
「変な渾名を付けないで。それにしても……うちに必要なのはやはり猫ね。どうしたもんかしら」
私には大して興味も無いのか、パチュリーは難しい顔をして本のページをめくっている。えーと、読んでる本のタイトルは、っと。
……猫の飼い方・しつけ方、ねぇ……。
「そんなに猫が必要なら、パチュリー自身が猫になれば良いんじゃない? 耳と尻尾でもつけて」
ああ、それ良いですね私もそんなパチュリー様が見たいです、などと私の冗談に反応した小悪魔が即座に本で頭を叩かれる。パカン、といい音がした。
「で、何の用?」
「自立人形の資料が足りなくて探しに来たのよ。そんな訳で適当に本探ししたいんだけど」
私の言葉に、パチュリーはけほけほと二度咳き込んだ後、目を細めて本を閉じ立ち上がる。
「うちは確かに図書館だけど、ここは私専用の図書館なのにねぇ。まあ今日は普段通り喘息の調子も悪いし、見るだけなら好きにして。持って行ったら張り倒すけど」
「持ってかないわよ。魔理沙じゃあるまいし」
とりあえず自由に回っても良いと言われたのは確かなので、微妙に区分してあるのかどうか今一分かり辛い棚を見て回ろうとした時、背中から声がかかった。
「魔女が研究テーマに没頭するのは当然だけど。一つ忠告してあげる、世の中には知らない方が良い知識もあるから気をつけなさい」
それは、知識と日陰の魔女には随分と似合わない言葉だった。
「あら。意外ね、あなたからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ。魔女は基本的に知識こそ力という考えだし、パチュリー・ノーレッジはその代表格だと思ってるんだけど」
純粋に私は魔女として、パチュリーという魔女を尊敬する部分が多分にある。まあ無論、全然尊敬できない部分や真似したくない部分も多々あるけれど。
けれどパチュリーは軽く肩を竦めた。
「そうでもないわ。極一部の知識は、ともすれば跳ね返り自らを襲う剣と成りうる事を『知識として』やはり知るのだから。無知の知と同じ」
なるほど。確かに論理としては間違ってはいない。
ただ少々消極的に感じもする。
「それは確かに言う通りだと思うけど……。でも知識に襲われる事を知るのもやはり『知識』の一つだと思うわ。それにどんな事が自分にとっての害になるかなんて、知ってみるまで分かるわけ無いじゃない」
どれが害か最初から分かれば苦労しない。そもそも、そんな有害な知識に出逢った事からして私は無いもの。
「そこそこ生きてみるとそうでもない。もっとも、レミィみたいに最初っから全部分かってる気になるのも味気ないけど。……私とした事が喋りすぎね、寝るわ」
どうやら本気で体調が宜しく無いのか、読みさしのさっきの本を持ってパチュリーは出て行った。
……確かに口数は多かったけど、話の内容が要領を得ないのはいつも通りよね。
「さてと、とりあえず本探しか。上海も蓬莱も一緒に探してね」
それから数時間くらい、拾い読みをしてはみた……のだけど。
流し雛のやり方――意味無い。
使い魔の遠隔操作――全部知ってるし。
人形を依白にした儀式の数々――全然関係ない。
呪殺における人形の役割――いや、殺したい程の奴は流石にいないって。
「あー、やっぱり行き当たりばったり泥縄式に探しても駄目ね」
結局のところ資料探し何てのは根競べだ。
別に日付が変わる位までここで資料探しをしていても、誰も何も言わないだろうけれど、今日はそろそろ帰って寝たい気分だし。
「あ。アリスさんお帰りですか~?」
「ええ、とりあえず今日はね。もし暇があったら人形に関する書物を少し探しておいてくれると助かるんだけど」
自分で探すよりは本職に頼んだ方が良いかもしれない。
そう思い、駄目元で私は軽く頼んでみる。
「そーですね。暇があれば見てみます。ちなみに図書館の管理って結構暇そうに見えると思うんですけど……」
「忙しいの?」
「すっごい暇です。魔理沙さんが来なければ、ですけどね」
背中の羽を揺らしつつ、にこにこと笑顔を振りまく小悪魔。どこまで本気でどこまで冗談か分からないこの娘の性格は、小悪魔と呼ぶにぴったりだと常々思う。
魔界のみんなは大体こんな感じだけどねぇ……。
「なら魔理沙が来ない事を祈ってるわ。それじゃあまたね、パチュリーに宜しく」
そして私は、小悪魔の見送りを受けつつ図書館を後にした。
外を出ると既に夕刻を回っていたのか、夕焼けで紅く染まった地平線と湖面は、ここが紅い吸血鬼の館である事を証明するかのように
―――― 鮮やかな赤が周囲を染め上げていて ――――
その時、一瞬私の頭におかしなイメージが浮かんで消えた。
「何かしら今の……?」
思い出そうとしても、それは霞のように判然とせず掴み所も無い。
と、その時、上海と蓬莱が私のスカートの裾をクイクイと引っ張っていた。
「そうね。早く帰りましょうか」
どうせ大して意味は無いのだろう。何しろここは幻想郷、幻の一つや二つ見たっておかしくない。それに余り遅いと暗くなって妖怪も出てくる時間になる。
森に住む妖怪で私にちょっかいかけてくるような命知らずは流石に減っただろうけど、それでも0じゃない。やりあったりする気分でも無いし。
そして湖を抜けて魔法の森に入る手前で、私は見知った姿を見た。
というか、正確には見知った人形を。
「うー……酷い目にあったぁ……。あ、アリスっ!」
「あらメディスン。って、随分ボロボロだけどどうしたのよ?」
見ると金髪の一部がちぢれたようになり、顔も煤だらけだった。
「黒くて白くてすばしっこいのに落とされたの。あーもう、あんなのが近くにいたらぜーったい人形解放の為になんないわ。いつか絶対に毒まみれにしてやるんだから!」
話の内容から察するに、落としたのは絶対に魔理沙だろう。全く、魔理沙は何をやってんだか……毎度の事だけど碌な事をしないんだから。
「それは大変だったわね。あの黒白は凄い危険で野蛮でガサツなのよ、今度私がとっちめておくから」
と、そこまで話して私は大事な事に気がつく。
この前と違って、今は上海や蓬莱と一緒だ。これじゃあ幾らなんでも私が人形遣いだってバレバレかもしれない……まずいかも……。
が、当然といえば当然だけれど、私が何かどうにかするよりも早くメディスンが上海達に気がついた。
「あっ。可愛い子達ね。どうも初めまして。私はメディスン、よろしくっ」
幸いすぐに『人形を連れて操ってるなんて……あなた人形の敵だったのね!』なんて展開にはならなかった。
上海達に陽気そうに手を振るメディスン。ここは余計な不信感は抱かせないように出来るだけフレンドリーに振舞うように私は指示した……つもりだったのだけど。
次の瞬間私の予想を大きく超える事が起こった。
上海は、逃げるようにささっと私の後ろに隠れ、こいつは嫌だから早く帰ろうと言わんばかりに力いっぱい私のスカートの裾を引っ張った。
さらに蓬莱に至っては、魔力を集中して攻撃態勢を取る始末。冗談ではないので、慌てて私が蓬莱を手で制する。
「あ~……警戒させちゃったかなぁ。別に何もしやしないのにー」
悲しそうにメディスンは俯く。
「あ、あはは……おほん。上海も蓬莱もそんな警戒しないの、大丈夫だから」
二人の頭を撫でつつ落ち着かせようとするが、上海や蓬莱の瞳から警戒の色は消えていなかった。
こんな経験は私が今までに一度も無かった事だ。
が、戸惑う私を眺めつつ、メディスンは笑顔で私に近づく。
「でも、うん。この間会った時はアリスあんまり何も知らないから、私の勘違いかと思っちゃった位だけど。やっぱりアリスは人形解放の為の最高のパートナーだわ!」
そして、メディスンから出てきた言葉もまた、私の想像の遥か外だった。
「え。いやそう言ってくれるのは嬉しいけど……この子達を操ってるの見られたら、てっきり私は『人形の敵だ』みたいに言われるもんだとばかり……」
予想もしなかった反応に、つい私の本音がそのまま漏れる。
「まさかぁ。逆だよ逆っ、そんなに懐かれてるんだもん。きっとアリスは人形達の女王様なのね。あ、私は臣下にしちゃダメだよ。私はアリスとはずっと、友達でいたいから。……ん……でもちょっとだけならアリスに使われてみても良いかも……あーやっぱ無し無し今の無しっ」
顔を赤く染めて考え込んだり、ブンブンと首や手を横に振ったりと忙しいメディスンの反応に、私は何と返事をしたら良いかさっぱり分からなかった。
私が? 人形の女王様? ……何の話よ。
この前以上に話が見えてこない。一人で勝手に納得されても、私としては反応に物凄く困る。出会うたびに友好度数が鰻上りで上昇してるのだけは分かるけれど。
「ちょっと待ってメディスン、私にも分かるように説明して。というか、前の話で言ってた鏡を見ろってどういう意味なのよ?」
「あれ。んー、ほとんどそのままのヒントだと思ったけど分かんなかったかなぁ。本当はアリスが自分で気がつくまで待った方が良いのかなって思ってたんだけど……教えちゃった方がいいみたい」
その時だった。抱いていた上海が私の胸をドンと突き飛ばした。
思わぬ行動に私の体が一瞬よろける。
「何よ危ないじゃない上海……え」
上海と目が合って、私は絶句する。
私の手を掴んで必死に首を横に振る上海がそこにいた。
これ以上は聞いたら駄目だと。
「だってさ、アリスったら自立人形を探してる何て言うんだもん。だから言ったんだよ、鏡を見てって」
「……い、意味がわからないわ……」
けれど私はメディスンの言葉を止めなかった。
ここまで聞いといて引き返せないわよ……という気持ちもあったけれど、何故か、『これは私が知らねばならない』事のように思えたから。
そして伝えられた言葉は――
「あなたも私と同じ。人形だもの。やっぱり知らなかった?」
読書百遍、義自ずから現るという言葉がある。全く意味の分からない書物でも百篇も繰り返して読めば自然に意味が理解できるようになるという意味だ。
それならば……と、あの枯れた花畑で出会った人形に言われた事を、ここ数日私は試し続けているのだが。
「ん~……」
鏡の前で、笑ったり怒ったり睨んでみたりと色々やってはみたがさっぱり何も見えてこない。ただ私の顔があるだけだ。
「鏡よ鏡、この世で一番素敵な魔女は誰……なんて」
馬鹿な事をやってる場合じゃない。まあ鏡を見るのも程ほどにしよう、あまりに鏡を見すぎると中へ引き込まれる何て伝承もある位だし。
鏡から離れ、私は色々と思考を巡らせる。
こういうおかしな謎かけに強そうなのは誰がいるかしら。紅魔館の引きこもり魔女と後は……。
「おーっす。何だ、相変わらず辛気臭い顔してるな」
「ああ、これもいたわね」
「開口一番これとは随分な挨拶だぜ」
すると、何とも嫌なタイミングでドアが開き魔理沙が闖入してきた。
いつもなら問答無用で追い出しにかかるのだが、とりあえず今はそんな気分にもならないので、上海と蓬莱にお茶を運んできてと命じる。
「随分と珍しいな、普段だったら『何よ邪魔よさっさと帰れ!』って言われるのに」
「ちょっと悩んでる事があって、正直泥棒猫の手でも借りたい気分なのよ……と、お茶が来たわね。上海も蓬莱もありがとう」
何だ、温室育ちには悩みなんか無いって聞いた気がするんだが、などといらん事を言われる。
「悩み事と悩んでる事は似て非なる物よ。とりあえず……そこにある鏡を見て欲しいんだけど」
「かがみぃ? 深夜の合わせ鏡で悪魔でも召還するつもりか、魔界生まれな癖に」
「里帰りすれば幾らでも会えるものを呼び出してどーするのよ。良いから見なさい」
何でそんなもんを……とぶちぶち言いながらも、鏡の前に立つ魔理沙。
そして何事もなく20秒経過。
「……何にも起きないぜ」
「そりゃそうよ、何の変哲も無い普通の鏡だもの」
「むぅ。……鏡よ鏡、この世で尤も素敵で可愛らしい最強の魔法使いはだれだ?」
「うちの鏡を破壊するような呪文をかけないで」
頭が痛くなった。魔理沙と同じような事をやった自分自身に腹が立つ。
「で、こんな無意味な事をやらせて何がしたかったんだよ」
あっさり興味を無くしたのか、お茶請けのクッキーをひょいひょいと口に放り込みながら、魔理沙が椅子に座りなおす。
「魔理沙は当然知ってるわよね、私が自立自動人形の研究をしている事は」
「あー。そういやそんな事をやってるとか聞いた気がしてたりしなかったりするな、他人の研究なんかどうでも良いが」
やる気なく私の話を聞きながら、ズズ……と音を立てて紅茶を啜る。
マナーも何もあったもんじゃないわね、全くこのガサツ白黒は……。
この調子じゃまともな反応はやっぱり期待できそうにも無いだろうけれど、折角だし言うだけは言ってみるか。
「実はつい先日、適当に散策してたら会ったのよ。その自立自動人形に」
「ぶ! ……あち、あちあちあち!」
「うわ、汚いわね!」
唐突に魔理沙が紅茶を吹き出し飛沫がこっちにまで飛んできたので、慌てて魔法で弾く。そそくさと上海がハンカチを取りに飛んでいった。
「えほげほげほ……うぇ、気管に少し入ったぜ。で、その自立自動人形がどーしたんだ?」
「初対面だけど随分友好的だったし、人形に興味があるからできたら調べさせてって頼んだんだけど。そうしたら不思議そうな顔されて、良く分かんないこと色々言われてねぇ。で、最後に『鏡を見てみたら』って言われたの。ま、幾ら見た所で何も分からなかったんだけど……って、魔理沙どうしたのよ」
魔理沙の顔からいつものにやにや笑いが消えていた。
そして次の瞬間、魔理沙はカシャンと叩きつけるようにティーカップを置き、おもむろに立ち上がる。
「すまん、急用があったのすっかり忘れたぜ。悪いけど帰るわ」
「ああそう、じゃあね。全然期待してないけど、もしさっきの事で何か思いたら教えて」
気が向けばな、とだけ言って魔理沙は箒にまたがりすぐに飛んで行ってしまった。
「あいつにしちゃ随分らしく無いわね。何だってのかしら」
肩を竦めて開きっぱなしのドアを閉める。
そしてテーブルを見ると、ハンカチを持った上海が魔理沙の座っていた椅子の前で手持ち無沙汰のように浮かんでいる姿が目に入り、私は苦笑した。
その後は適当に中途だった本を読み進め、人形達の手入れをしているうちにあっという間に時間も過ぎ去り、ふと気がつくと夜になっていた。
「さて……と。そろそろいい時間ね」
私にとっては食事と同様に睡眠も、既に必要不可欠な物から嗜なむ物へと変わっているけれども、習慣からか寝ないとどうにも落ち着かない。
適当なパジャマに着替えてランプの灯を消し、私は愛用のベッドに入る。……と、上海に蓬莱がいつものように枕元にちょこんと座った。
「お休み上海、蓬莱」
お気に入りの子達の髪を撫でつつ、私は目を閉じる。
試しに明日、合わせ鏡でもやってみようかしら。……いや、やめとこう。『アリスちゃん元気してたっ』とか言って、お母さん出てきそうだし。
考えてみれば随分しばらく魔界に帰ってない気がする。年明けにでも久しぶりに里帰りしようかなどと考えつつ、私は眠りの中に落ちた。
***
「ちょっと上海を借りるぜ、うちの掃除が終わるまでなー」
「こんの使い魔泥棒待ちなさい! 大体、あんたの家の掃除が終わるっていつの話よ!」
「そうだな、上海いても4ヶ月は楽にかかりそうな雰囲気か」
「こういう時だけ真面目に答えるな! 上海はうちの子よ、早く返せ!」
いきなりうちにやってきて、唐突に上海を貸してくれと言い捨て誘拐するという傍若無人な振る舞いをやってくれた魔理沙を、私は追いかけていた。
蓬莱や他の人形達が魔理沙を撃ち落そうとするが、攻撃パターンを読みきられているのかさっぱり当たりそうに無い。
「避け辛い弾幕を上海との連携で作ってるのが丸分かりだな、この程度で私を落とそうなんざ片腹痛いぜ」
……魔理沙の言葉に私はカチンときた。まるで、上海がいなければ私は何も出来ないみたいな言われようは心外だ。
「ふふふふふ……言うじゃない魔理沙。良いわ、そこまで言うなら見せてあげるわよ、私の本気を!」
人形達に回していた魔力の大半を自分に戻し、それを一気に収束光に変換して放出すべく私の全身を膨大な魔力が駆け巡る。
やろうと思えば魔理沙の使ってる八卦炉なんか無くたって、あいつが好んで使うマスタースパークくらい私でも撃てるんだから……
そして、私の掌に集まっていった魔力を全てを押し流す光の奔流として放出しようとした時だった。
ビシ
それは石膏の像がひび割れるような音。
そして、次の瞬間。
私の右腕が粉々に砕けた。
「な……なに、これ……」
何が起きたのか分からない。理解できない。何が起こったの。
止まっていた私の思考は、右手の亀裂がどんどん、全身に広がっていく事で現実に引き戻された。
肩や胸やお腹、そして恐らくは顔にまで。漆喰が剥がれ落ちるかのように、私だったものの破片がボロボロと剥がれ落ちるように。
私が壊れていく。
「何で、どうして……!? ま、魔理沙……たすけ……」
呆然とする魔理沙へ私が左手を伸ばそうとした時、魔理沙の顔が一気に遠ざかる。
いや違う……これは落ちてるんだ。
必死になって空中で態勢を立て直そうとするけれど、全く言う事を聞かない。
その内に地面が私の視界に入った。
このままじゃ激突する……そうなれば……私は――
■霜月/2
「――――――――!!」
目が覚めると、私はいつもと同じベッドの上にいた。
……夢を見たのは一体いつぶりだろう。
どんな夢だったかはまるで覚えていない。けれど、震える体と不快極まる今の気分から、碌でもない悪夢だった事だけは確かだ。
「…………うわ」
体を起こしてみて、全身が寝汗でぐっしょり濡れている事に気がついた。しかもパジャマも芯までぐしょぐしょ。……うぇえ、気持ちが悪い。
その時、不安げに私の側に上海と蓬莱が浮かんでいる事にようやく気がついた。
「上海、身体を拭きたいからタオルを持ってきてくれないかしら、蓬莱は着替えを。パジャマじゃなくて良いわ、もう起きるから」
そしてベッドから立ち上がりカーテンを開けてみると、既に陽が高く上っていた。
寝起きの気分は、はっきり言って最悪。部屋の空気を換気するついでに、ドアを開け郵便受けを覗く。どうせ何も入って無いと思うけど……あら、一通来てる。
簡素な封書の表には、『香霖堂 森近 霖之助』と宛名があった。中を開くと、筆で書かれた達筆な文字が寝起きの私の目に入ってくる。
『頼まれていた商品が入荷しましたのでご連絡まで 店主』
簡素極まる一文のみの手紙を見終え、もう一度封書を確認する。そこには三日前の日付が記されていた。
そういえばここ数日郵便受けを全然チェックしてなかったっけ。
「……これは流石に明日で良いか、って訳にはそろそろいかないわよね……」
気分的に今日はしばらくベッドの上で横になっていたい位だけれど、こういう日に 限って出かける用事ができるのだから困ったものだ。
タオルで身体を拭いてから上海の持ってきた服に手早く袖を通し、寝癖で乱れて
あっちこっちに飛んでる髪の毛を梳かす。鏡に映る私の顔色は、お世辞にも良いとは
言えなかった。
「さて、っと……出かけるか。上海、蓬莱、おいで」
私の言葉に従い、いつものように私の少し後をついて飛んでくる……と思ったら、
上海が私の肩に止まって不安げに私の方をじっと見た。
うちの子は言葉は喋れない。けれど私には、何を言いたいか表情と仕草でほとんど
分かる。……でもまあ、私に限らず今の上海の表情は、何を言いたいか誰でも分かるだろうけどね。
「大丈夫よ、ただ夢見が悪かっただけ。だからそんな心配そうな顔をしないの。……でもありがとう」
上海の頭を撫で、私は目的の場所へと向かった。
***
「ん、お客かな? ……ああ、どうやらそうみたいだね。いらっしゃいアリス」
ドアベルを鳴らし中に入ると、眼鏡の主人が本から顔を上げて私の方を見た。
「どうも。でも普通お店に来るのは、大体がお客なものだけど」
「確かに君の言う通り、ここは店であり入ってくる相手は基本的にお客であるべきなのだけれど、現実は何故か異なる事が多いんだ。困ったものだよ」
口ではそう言いつつも全然困って無い表情で店主は苦笑した。
私や魔理沙のいる魔法の森に居を構えるここ香霖堂は、貴重な物からガラクタまでが多々並んでる面白い場所で、何か新しい物が無いか私も良く足を運ぶ。
もっとも店のある場所が場所な上に店主もどこか風変わりなので、年中閑古鳥が鳴いているけれど。
「手紙に気がつくのが遅れてごめんなさい。でも、随分ハイカラな物を使うのね」
「使ってみると意外と便利なんだ、ただ送る相手を選ぶけれど。二ヶ月程前、魔理沙に、うちから黙って持って行った物を幾つか返すように手紙を送ったんだけどね」
「それは切手代の無駄ね。あいつの事だから黙殺でしょう」
私の言葉に店主は肩を竦めた。
「いいや、存在そのものに気がつかれなかったね。数日前に届いたかどうか聞いたら『ん? 香霖そんな音速の遅いもん送ったのか?』と言われたよ」
私の想像の斜め上を行っていた事を教えられ、今度は私が苦笑する番だった。
魔理沙らしいというか、何というか。
「あいつの話は置いておくとして……入ったってのは本当?」
「ああ、そうそう。絹糸だったね、君の気に入った色があるかどうかは分からないけど、それなりには入ったよ」
小さな紙袋に入った糸を渡され中を確認すると、五~六色程度の糸が入っている。
人形達の服を作る為に絹糸が必要だったのでもし入ったら譲って欲しいと伝えていたけれど、正直こんなにあっさり手に入るとは思わなかった。
「いいえ十分よ、ありがとう」
袋を受け取り代金を渡す。
里にも絹は売っていない訳では無いけれど、希少で量が絶対的に足りない上に、払えない訳では無いけれど高いから、ここで纏まった量が安く買えるのはありがたい。
「外では絹も余り使われなくなってるらしい、そうでなければ幻想郷まで来ないだろうし。風の噂じゃ油から衣類を作ってると聞いた事があるよ」
「それが本当だとしたら、魔女も真っ青な所業ね」
そんな世間話の中途で主人の表情が少し訝しげな物に変わった。
「……ん、真っ青と言えば……気のせいなら良いのだけれど。普段に比べたら多少顔色が悪いというか元気無く見えるけれど、風邪でも引いたのかい?」
「いえ、別に風邪なんか……」
思いがけない質問に、私の言葉が詰まる。……普段通りのつもりだったけど、そんなに浮かない表情でもしてるのかしら。
けれど私が言葉を続けるより先に、店の扉が開いた。
「……おや。今日は千客万来だね、いらっしゃいませ」
「里への買出しの帰りに、久しぶりに寄らせて貰いましたわ」
この声は……。
「月の姫の所にいる蓬莱人。なんでこんな辺鄙な誰も来そうに無い所に?」
誰も来そうに無くて悪かったね、という店主の言葉はとりあえず放っておく。
「あら、魔理沙魔理沙うるさい魔女じゃないの。姫も変わった物が好きだからたまに来るのよ。今日はあなただけみたいね」
「誰が五月の蝿よ、今は霜月」
あまり宜しいとは言えない空気が店内に流れる。
何と表現したらいいのか分からないけれど……私とこの薬師は、相性があまり宜しくない。しかし、不穏な雰囲気は店主の言葉ですぐに破られた。
「八意さんが来たんだから折角だし、風邪気味なら診て貰ったらどうだい? そこらの町医者よりも余程信頼できるだろう」
「あら、それはご愁傷様。別に診るくらいならやぶさかじゃないけど」
「だから……!」
体なんかどこも悪くない、と否定しようと思ったけれどもやめた。とりあえず店主に他意は無いと思うし、純粋な心配を無下に突っぱねるのもあれだし。
「べ、別に私はどうでも良いけど……そっちが診たいんだったら勝手に診ればいいじゃない」
ただ相手が勝手に気分を悪くして帰るのも私の感知する事じゃない。迷惑だからやめてくれという意思を言の葉に最大限乗っけて返す。
「素直さの欠片も無いわねぇ。ご主人、ちょっと椅子を貸してくださる? すぐ済むから」
「え、あれ」
けれど、そんな私の意志は全く伝わらなかったのか、それとも知っててわざと無視したのか……多分後者だと思うけれど。いきなり椅子に座らされた。
「はい舌出して。後ろ向いて。じゃあ服捲って」
「え……あ、ん……。ちょ、後ろ向いてて!」
言われてつい反射的に服をめくろうとして、ここには男性がいる事に気がついた。
けれど店主はこっちの事などおかまいなしとばかりに、既に読み止しの本に目を落としている。……ああもう、勝手にしなさいよ。
しかし予告通り、診察とやらは本当にすぐに終わったらしい。
「困ったわねぇ……」
目を伏せて小さく呟かれた。
「は?」
まさか、何か変な病気にでもかかってるとでも言うつもりかしら……冗談でしょ。
「健康そのものよ、胸の成長不良を除いてね」
「悪かったわね!!」
これ見よがしに、大きすぎる胸を上下に揺らしながら薬師は私に微笑んだ。
……どうせ私はあんたみたいに大きく無いわよ。
「何よ、深刻そうな顔するからとんでもない病気でもかかってるかと思ったじゃないの……」
「清々しい位に何も無いわね。悩みも胸も友達も本気出す気もあんまり無い、元人間で捨食と捨虫の術を習得した人形遣いな魔女。額面どおりよ」
お願いだから、ほっといて。
上海が側に飛んできたので抱きしめる。……友達くらいいるわよ……。
けれど、いじける私に構わず、月の薬師は言葉を繋げていく。
「あくまで現存する表面的な事象のみで判断すればの話だけどね。欠けている何かが加わる事で、全く別の物が現れる事は良くある事よ。騙し絵と同じ」
「……何の話よ」
意味深な台詞に、私は眉を潜めた。
全くどいつもこいつも、幻想郷の連中はどうしてこんなに回りくどい奴が多いのかしら。
「じゃあ私はこれで失礼するわ。そろそろ姫も退屈して、ウドンゲをおもちゃにしてそうな気がするし。それでは御店主、時間のある時にまた」
月の薬師はそう言って優雅に会釈をして去っていった。
扉の閉まる音と共に主人が本から顔を上げる。
「蓬莱人が時間のある時に……とは中々小粋な冗談だね。でも、何事も無いようで良かったじゃないか」
主人の言葉に私も笑って答える。
何しろ蓬莱人は無限の生を持つ人間だ、時間だけは腐るほどある。というか、余りすぎて本当に腐ってそうだけど。
けれど世間話より先に、私には確認すべき重大な事があった。
「……ところで、本当に見てないんでしょうね……」
「ん? 見るって何をだい?」
芝居でも何でも無く、本当に意味が分からないと言わんばかりに、首をかしげる主人の表情から嘘じゃないのは良く分かった。
ここまで無反応だとそれはそれで、逆に腹が立つけれど。
「何でもない……。とりあえず、糸ありがとう。何かまた必要になったらお願いするわ。行きましょ上海、蓬莱」
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
そして玄関まで歩いて行った時、背後からとんでもなく似合わない言葉をかけられ思わず私は振り返った。
「どうだい、少しは古道具屋の店主らしく聞こえたかな?」
「やるなら真夏にやるのをお勧めするわ、涼しくなりそうだもの」
ここの主人ならではな冗談に苦笑して、私は店を後にした。
***
「さて……と。やる事は終わったし、このまま帰っても良いけど……どうしようかしら」
気分がすぐれないのに、わざわざこうやって折角出てきた以上そのまま帰るのは何か勿体無い気もする。
それに調べたい事も少々あるし、それなら……。
方針を決め、湖の先にある紅魔館へと向かう。
「上海、蓬莱。少しばかり暴れるけど、準備をお願いね」
二人とも、ほぼ同時に私の言葉に対して首を縦に振った。何しろ、あそこは主人の吸血鬼を筆頭に喧嘩っ早い連中が揃っている。
魔理沙みたいに何かを持ってったりする事は私の場合無いけど、だからと言ってお客様扱いでスルーパスしてくれる程、甘くは無い。
「む、今日も今日とて侵入者ね。紅魔館門番、紅メイリ……はぅっ! な、名前くらい……名乗ら、せ……てぇえー!」
いつもの門番を口上の途中にレーザーで吹っ飛ばして先へと進む。
幸い今日はさしたる抵抗も、文字通り抜き身の刃物なメイド長にも出会わず、大図書館へと無事にたどりついたのは僥倖だろう。
と思ったまさにその時、私の頭上を大きな球形弾が掠めて通り過ぎて行った。
「あれ、魔理沙さんかと思いましたけど違いましたか。すいませんすいません」
臨戦態勢で飛んできた小悪魔だったが、私の姿を見てすぐ地面に降りてくる。
幸いというか、ここの管理をやってる小悪魔は『蔵書に害を成す相手』にのみ攻撃してくる契約をパチュリーと結んでいるらしく、基本的には読むだけの私への攻撃はしてこない。……魔理沙の場合は毎回標的になってるらしいけど、自業自得だ。
「良いわよ、こっちも招かれない客なのは分かってるつもりだし。そちらのご主人……パチュリーは元気?」
「やっぱり今日も不健康です」
ここ特有のちょっとあれな挨拶の後、小悪魔と談笑しながら私は先へ進む。ほどなく、テーブルの上で本に目を落とすパチュリーと、私は顔を合わせた。
「お久しぶり。読書中失礼するわ、一週間魔女さん」
「変な渾名を付けないで。それにしても……うちに必要なのはやはり猫ね。どうしたもんかしら」
私には大して興味も無いのか、パチュリーは難しい顔をして本のページをめくっている。えーと、読んでる本のタイトルは、っと。
……猫の飼い方・しつけ方、ねぇ……。
「そんなに猫が必要なら、パチュリー自身が猫になれば良いんじゃない? 耳と尻尾でもつけて」
ああ、それ良いですね私もそんなパチュリー様が見たいです、などと私の冗談に反応した小悪魔が即座に本で頭を叩かれる。パカン、といい音がした。
「で、何の用?」
「自立人形の資料が足りなくて探しに来たのよ。そんな訳で適当に本探ししたいんだけど」
私の言葉に、パチュリーはけほけほと二度咳き込んだ後、目を細めて本を閉じ立ち上がる。
「うちは確かに図書館だけど、ここは私専用の図書館なのにねぇ。まあ今日は普段通り喘息の調子も悪いし、見るだけなら好きにして。持って行ったら張り倒すけど」
「持ってかないわよ。魔理沙じゃあるまいし」
とりあえず自由に回っても良いと言われたのは確かなので、微妙に区分してあるのかどうか今一分かり辛い棚を見て回ろうとした時、背中から声がかかった。
「魔女が研究テーマに没頭するのは当然だけど。一つ忠告してあげる、世の中には知らない方が良い知識もあるから気をつけなさい」
それは、知識と日陰の魔女には随分と似合わない言葉だった。
「あら。意外ね、あなたからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ。魔女は基本的に知識こそ力という考えだし、パチュリー・ノーレッジはその代表格だと思ってるんだけど」
純粋に私は魔女として、パチュリーという魔女を尊敬する部分が多分にある。まあ無論、全然尊敬できない部分や真似したくない部分も多々あるけれど。
けれどパチュリーは軽く肩を竦めた。
「そうでもないわ。極一部の知識は、ともすれば跳ね返り自らを襲う剣と成りうる事を『知識として』やはり知るのだから。無知の知と同じ」
なるほど。確かに論理としては間違ってはいない。
ただ少々消極的に感じもする。
「それは確かに言う通りだと思うけど……。でも知識に襲われる事を知るのもやはり『知識』の一つだと思うわ。それにどんな事が自分にとっての害になるかなんて、知ってみるまで分かるわけ無いじゃない」
どれが害か最初から分かれば苦労しない。そもそも、そんな有害な知識に出逢った事からして私は無いもの。
「そこそこ生きてみるとそうでもない。もっとも、レミィみたいに最初っから全部分かってる気になるのも味気ないけど。……私とした事が喋りすぎね、寝るわ」
どうやら本気で体調が宜しく無いのか、読みさしのさっきの本を持ってパチュリーは出て行った。
……確かに口数は多かったけど、話の内容が要領を得ないのはいつも通りよね。
「さてと、とりあえず本探しか。上海も蓬莱も一緒に探してね」
それから数時間くらい、拾い読みをしてはみた……のだけど。
流し雛のやり方――意味無い。
使い魔の遠隔操作――全部知ってるし。
人形を依白にした儀式の数々――全然関係ない。
呪殺における人形の役割――いや、殺したい程の奴は流石にいないって。
「あー、やっぱり行き当たりばったり泥縄式に探しても駄目ね」
結局のところ資料探し何てのは根競べだ。
別に日付が変わる位までここで資料探しをしていても、誰も何も言わないだろうけれど、今日はそろそろ帰って寝たい気分だし。
「あ。アリスさんお帰りですか~?」
「ええ、とりあえず今日はね。もし暇があったら人形に関する書物を少し探しておいてくれると助かるんだけど」
自分で探すよりは本職に頼んだ方が良いかもしれない。
そう思い、駄目元で私は軽く頼んでみる。
「そーですね。暇があれば見てみます。ちなみに図書館の管理って結構暇そうに見えると思うんですけど……」
「忙しいの?」
「すっごい暇です。魔理沙さんが来なければ、ですけどね」
背中の羽を揺らしつつ、にこにこと笑顔を振りまく小悪魔。どこまで本気でどこまで冗談か分からないこの娘の性格は、小悪魔と呼ぶにぴったりだと常々思う。
魔界のみんなは大体こんな感じだけどねぇ……。
「なら魔理沙が来ない事を祈ってるわ。それじゃあまたね、パチュリーに宜しく」
そして私は、小悪魔の見送りを受けつつ図書館を後にした。
外を出ると既に夕刻を回っていたのか、夕焼けで紅く染まった地平線と湖面は、ここが紅い吸血鬼の館である事を証明するかのように
―――― 鮮やかな赤が周囲を染め上げていて ――――
その時、一瞬私の頭におかしなイメージが浮かんで消えた。
「何かしら今の……?」
思い出そうとしても、それは霞のように判然とせず掴み所も無い。
と、その時、上海と蓬莱が私のスカートの裾をクイクイと引っ張っていた。
「そうね。早く帰りましょうか」
どうせ大して意味は無いのだろう。何しろここは幻想郷、幻の一つや二つ見たっておかしくない。それに余り遅いと暗くなって妖怪も出てくる時間になる。
森に住む妖怪で私にちょっかいかけてくるような命知らずは流石に減っただろうけど、それでも0じゃない。やりあったりする気分でも無いし。
そして湖を抜けて魔法の森に入る手前で、私は見知った姿を見た。
というか、正確には見知った人形を。
「うー……酷い目にあったぁ……。あ、アリスっ!」
「あらメディスン。って、随分ボロボロだけどどうしたのよ?」
見ると金髪の一部がちぢれたようになり、顔も煤だらけだった。
「黒くて白くてすばしっこいのに落とされたの。あーもう、あんなのが近くにいたらぜーったい人形解放の為になんないわ。いつか絶対に毒まみれにしてやるんだから!」
話の内容から察するに、落としたのは絶対に魔理沙だろう。全く、魔理沙は何をやってんだか……毎度の事だけど碌な事をしないんだから。
「それは大変だったわね。あの黒白は凄い危険で野蛮でガサツなのよ、今度私がとっちめておくから」
と、そこまで話して私は大事な事に気がつく。
この前と違って、今は上海や蓬莱と一緒だ。これじゃあ幾らなんでも私が人形遣いだってバレバレかもしれない……まずいかも……。
が、当然といえば当然だけれど、私が何かどうにかするよりも早くメディスンが上海達に気がついた。
「あっ。可愛い子達ね。どうも初めまして。私はメディスン、よろしくっ」
幸いすぐに『人形を連れて操ってるなんて……あなた人形の敵だったのね!』なんて展開にはならなかった。
上海達に陽気そうに手を振るメディスン。ここは余計な不信感は抱かせないように出来るだけフレンドリーに振舞うように私は指示した……つもりだったのだけど。
次の瞬間私の予想を大きく超える事が起こった。
上海は、逃げるようにささっと私の後ろに隠れ、こいつは嫌だから早く帰ろうと言わんばかりに力いっぱい私のスカートの裾を引っ張った。
さらに蓬莱に至っては、魔力を集中して攻撃態勢を取る始末。冗談ではないので、慌てて私が蓬莱を手で制する。
「あ~……警戒させちゃったかなぁ。別に何もしやしないのにー」
悲しそうにメディスンは俯く。
「あ、あはは……おほん。上海も蓬莱もそんな警戒しないの、大丈夫だから」
二人の頭を撫でつつ落ち着かせようとするが、上海や蓬莱の瞳から警戒の色は消えていなかった。
こんな経験は私が今までに一度も無かった事だ。
が、戸惑う私を眺めつつ、メディスンは笑顔で私に近づく。
「でも、うん。この間会った時はアリスあんまり何も知らないから、私の勘違いかと思っちゃった位だけど。やっぱりアリスは人形解放の為の最高のパートナーだわ!」
そして、メディスンから出てきた言葉もまた、私の想像の遥か外だった。
「え。いやそう言ってくれるのは嬉しいけど……この子達を操ってるの見られたら、てっきり私は『人形の敵だ』みたいに言われるもんだとばかり……」
予想もしなかった反応に、つい私の本音がそのまま漏れる。
「まさかぁ。逆だよ逆っ、そんなに懐かれてるんだもん。きっとアリスは人形達の女王様なのね。あ、私は臣下にしちゃダメだよ。私はアリスとはずっと、友達でいたいから。……ん……でもちょっとだけならアリスに使われてみても良いかも……あーやっぱ無し無し今の無しっ」
顔を赤く染めて考え込んだり、ブンブンと首や手を横に振ったりと忙しいメディスンの反応に、私は何と返事をしたら良いかさっぱり分からなかった。
私が? 人形の女王様? ……何の話よ。
この前以上に話が見えてこない。一人で勝手に納得されても、私としては反応に物凄く困る。出会うたびに友好度数が鰻上りで上昇してるのだけは分かるけれど。
「ちょっと待ってメディスン、私にも分かるように説明して。というか、前の話で言ってた鏡を見ろってどういう意味なのよ?」
「あれ。んー、ほとんどそのままのヒントだと思ったけど分かんなかったかなぁ。本当はアリスが自分で気がつくまで待った方が良いのかなって思ってたんだけど……教えちゃった方がいいみたい」
その時だった。抱いていた上海が私の胸をドンと突き飛ばした。
思わぬ行動に私の体が一瞬よろける。
「何よ危ないじゃない上海……え」
上海と目が合って、私は絶句する。
私の手を掴んで必死に首を横に振る上海がそこにいた。
これ以上は聞いたら駄目だと。
「だってさ、アリスったら自立人形を探してる何て言うんだもん。だから言ったんだよ、鏡を見てって」
「……い、意味がわからないわ……」
けれど私はメディスンの言葉を止めなかった。
ここまで聞いといて引き返せないわよ……という気持ちもあったけれど、何故か、『これは私が知らねばならない』事のように思えたから。
そして伝えられた言葉は――
「あなたも私と同じ。人形だもの。やっぱり知らなかった?」
>さしたる抵抗も、
なく、って入れた方が文脈がスッキリするように思います。
>有害な知識に出逢った
逢うにはポジティブな意味があるので遭うとは言いませんが会うぐらいにして置いた方が良いのでは?
まさかアリスが人形だったとは。鏡を見ろ発言は単に容姿が似てるからだと思っていましたので吃驚しました。悪夢の辺りでまさか…と思ってはおりましたが、いやはや。
続きが気になって仕方ありません。楽しみにしております。
彼女の出生を考えればあながち間違いでもないかと
神奇もいる設定みたいですし
なんせよ続きは気になりますが
>同じような伏線が……
おし、成功!(笑)同じ雰囲気だと思ってる方への奇襲攻撃がちゃんと他の方にも成立してれば幸いですw
……なお、その二つは、単純に脱字&誤字でした、すいません(汗)
>引き
第3話も、かなりアレな所で切ります(苦笑)最初からプロット構成段階で「ここで切る!」ってのを決めてますので、そう仰って頂けたら嬉しいですー。
>おおおおおおお!?
いい読者さんだ……(涙)
こういう風に読んで欲しいなぁ……と思った通りの反応をして下さってます、頑張って最後まで書き上げますのでっ。
>彼女の出生
うあ、何か色々と予想されてそうな感想が(汗)
ま、まあ、流石にこの後の展開全てを看破されてはいないとは思いますので(されてたら私は泣きます)3話以降で、ぜひ良い意味で驚いて欲しいですw
まさか、アリス自身も人形だったとはおもいもよりませんでした。