※これは『東方放浪記 ~対峙~』の続きです。
人間は日常に溶け込むことによって異常を忘れる。
これはつまり、どんなに大きい異常でも、慣れてしまえば日常と化してしまうということ。
ここで一番重要なのは慣れである。
人は慣れることによって精神を保っているといっても過言ではない。
新しい生活も、新しく科せられた仕事も慣れである。
といっても、基本的には家事なので、一人暮らしをしていた私にはちょっと掃除の面積が増えただけだとか、ちょっと食事の作る量が増えたとか、その程度にしか思わない。
要するにちょっとしたホームステイ気分なのである。
行ったきり帰らないが。
まぁそういうわけで神社での私の仕事はそれほど苦でもなかった。
どころか時間さえ余る始末だ。
なので、趣味の山菜取りにも行ける。
趣味でもあり、食料集めという立派な仕事でもあるので一石二鳥だ。
と、いうわけで私は博麗神社と人里を直線で結んだ先にある山に登っている。
幻想郷に来る原因にもなった山菜取りでもあるので、今回は何が出てもいいように大鎌を携えての登山だ。
ただ、一つ問題があった。
それは――
「……迷った」
またしても迷ったのである。
普通なら適当に歩いておけばいつかは出られるのだが、ここは幻想郷、生きて帰れる保障は無し。
「こういうのを妖精の仕業っていうのかな……」
もしかすると今もどこかでこちらを見て笑っているのかもしれない。
そう考えると無性に腹が立ってきた。
「ん、ハコベ発見」
こんな時でも山菜取りをやり続けようとする私はある意味、緊張感に欠けているのかもしれない。
「しかし弱ったな……いくら山菜を取っても迷ってたんじゃあ調理もできない。おっ、今度はナズナか」
自分の立たされている状況を理解してなお取り続ける。
もう病的だな……。
「ん?あれは……」
ナズナを取りに行こうと近づくと、あることに気づいた。
崖である。
しかも相当な高さの。
その下には広い竹林が視野一杯に広がっている。
「竹林、か……この時期って筍生えてたっけ?」
春に筍は聞いたことは無いが、幻想郷ならありうる気がする。
と言うよりも、幻想郷なら何でもありな気がする。
「迷ったついでだ、帰りに寄っていこう。もしかすると意外な発見があるかもしれない」
崖の先端に立ち、遠くを見てみる。
どこまでいっても竹林しか見えなかった。
……幻想郷って結構広いんだな。
その時、後ろから気配を感じた。
鎌を持ち、急いで振り返る。
「わはー」
少女だった。
金髪で歳はまだ十代前半、加えて何故か両腕を上げている。
まるで十字架に貼り付けられたと言わんばかりに。
「……わはー?」
「お兄さんは食べられる人類?」
妖怪だった。
しかも食べられる人類かと訊いてきた。
食べられない人類があるのだろうか。
私の探究心に少しばかり火がついた。
「いえいえ、実はですね私は食べられない人類なんですよ。残念でしたね、他を当たってください」
「え~、食べてみなきゃわかんないよ~」
結局食べるらしい。
「私とてそうみすみすと食べられるようなマネはしませんよ」
「やっぱり食べられるんだ~」
こいつ訳が分からん。
「それじゃあ、いただきま~す」
間の抜けたような声で私の視界は突然暗くなった。
いや、声で暗くなることなんてないか……多分。
要するに視界が見えなくなったのだ。
戦闘中では致命傷だ。
もしかすると相手からは丸分かりかもしれないが、とりあえず音を立てないようにこっそりと――。
「ここだ!」
微弱な風が当たった。
どうやら私がもと居た場所に何か攻撃が来たらしい。
「あれ?おかしいなぁ……ここか!」
今度は別の場所で風を切る音が聞こえた。
まさかとは思ったが……見えてない?
「あれぇ?なんで?おにいさ~ん!どこ~!?」
「ここだよ」なんて言わずに、黙って声のした方向へと近づく。
そのまま腕だと思われるものをつかんで上へと引っ張る。
片方の手で両手をつかみ、もう片方の手で後ろから首根っこをつかむという簡単な固め技で動きを封じる。
「きゃっ!」
女の子らしい声が聞こえたが相手は妖怪だ、油断なんてできない。
「あっ、お兄さん見っけ」
「うおっ、と」
相手が暴れて、一瞬固め技が解きそうになった。
少女とは思えない怪力だ。
これが妖怪――――なんて恐ろしい。
「はなしてよ~」
「だったらまずこの暗闇を何とかしなさい。あと、私を食べないこと。いいですね」
「は~い」
だんだんと視界が開けてゆく。
元の景色が戻っていくと、やはり何の変哲もない崖の上だった。
約束どおりに開放してやる。
また向かってくるか、もしくは一目散に逃げ出すかと思っていたら、予想外にも話しかけてきた。
「お兄さん強いね。名前は?」
「鴉間与一です。っていうかそこで名前を聞きますか……」
「私はルーミア。よろしくね、お兄さん」
何をよろしくするんだろうか……。
しかも名前を聞いた意味あったのか?
「お腹すいた……」
ルーミアは唐突に言い出した。
ああ、なるほど、だから私を食べようと……。
「……おにぎりならありますけど、食べます?」
「いいの!?」
ルーミアの目がきらきら光っている。
そんな眼差しに私はドキッ、とした。
無邪気は嫌いではない。
むしろ好きな部類だ。
だが好きであることと得意であることは同じではない。
私は無邪気とか信じるとか、そういうものに弱いのだ。
「お兄さん大好き!」
そんな私がルーミアの強烈なハグをかわせるわけもなく、その勢いで二人とも崖から落ちてしまった。
今思えば、全力で避けていればよかったと思う。
目が覚めたとき、そこには天井があった。
気付けば私も布団の中で寝ていた。
ゆっくりと上半身だけを起き上がらせ、室内を眺める。
調度品の無い部屋に畳だけが広がっている。
なんなんだ?いったい……。
崖から落ちたはずなのに、どうして布団の中で寝ていたのだろうか。
一、崖の下に家があり、ちょうど布団の真上に落ちた――無理がありすぎるな。
二、実は私にはすごい超能力が隠されていて、窮地の危機に立たされたときにその力が発動した――夢見る少年はもう卒業したはずだ。
三、ルーミアが先に起きてここまでつれてきてくれた――だったら隣で眠っている少女は何だと言うのだ。
四、誰かが倒れている私たちを見つけて、家で介抱してくれた――うん、一番有力だな。
しかし、なんで一番まともな答えが四番目に出てきたのだろうか……。
「おっ、起きたか」
私が自分の思考回路に自己嫌悪していると玄関(そういえば異常に狭いな、この家)から誰かが入ってきた。
この家の持ち主だろうか。
「思ったより元気そうじゃないか。どっか痛いとことか無いか?」
「あなたは――誰?」
「私か?私は藤原妹紅。皆からは妹紅って呼ばれてるよ。あんたもそう呼んでくれ。正直、上の名前で呼ばれるのは慣れてない。あんたは?」
「私は鴉間与一と申します」
「与一か、よろしくな」
そういうと妹紅は隣に座った。
「しかし驚いたよ、いきなり崖から落ちてくるんだからさ。何かあったのかい?」
「ええ、実は――」
これまでに起こった経緯を話した。
森で迷ったこと、ルーミアと戦ったこと、そして、強烈なハグにあい崖から転落したこと。
話してみれば随分と短い物語だ。
妹紅は納得するように頷いた。
「なるほどね。だからルーミアと一緒にいたわけか……」
「もしかしてあなたがここまで運んでくれたんですか?」
「ああ、そうだけど」
だとすれば妹紅は命の恩人じゃあないか。
「ありがとうございます。危ないところを助けてもらって」
「いや、いいって。それよりお前の怪我のことなんだがな」
助けてもらって、その上怪我の心配までしてくれるなんて――
……怪我?
急いで体を確認すると、体中に包帯が巻かれていた。
添え木なども一緒に付けられていることから骨折も何箇所かあると推測できる。
何故今まで気付かなかったのだろう……。
「この近くに永琳っていう医者が居るんだ。そこに連れてってやるよ。私もちょうどあそこには用事があるし」
「ああ、その心配はありません」
包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を振る。
よく見るとただぐるぐる巻きにしてるだけだな……。
「心配無い?根気で直せるのか?」
「そんな人いるわけ無いじゃないですか。こうするんですよ」
左手に巻かれた包帯を取ってゆく。
そこには傷だらけで血がにじんで、曲がるはずの無いところから曲がっている無残な左腕があった。
その曲がった部分をつかみ、粘土細工を捏ねるかのごとくどんどんと弄っていく。
妹紅はその作業を凝視していた。
腕が真っ直ぐになると、今度は傷口をなぞりへこませる。
そして形を整えてゆくと、何事も無かったの用に綺麗な左腕が出来上がっていた。
「完成です」
それに対して妹紅は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で訊いた。
「すごいな……どれだけ酢を飲んでるんだ?」
「酢を飲み続けてもここまで柔らかくはなりません。しかもそれは迷信です」
そのまま右腕、両足と治していく。
その間、ずっと妹紅に物珍しそうな目で見られていたため、さすがに全身までは治せなかったが、とりあえず目に見える範囲は完治させておいた。
「ふ~ん、あんた、奇怪な能力を持ってるんだな。うらやましいよ、私のなんてただ不死身なだけなんだから……」
「不死身?」
それはどういう意味なのか、と訊こうとした時、隣からいかにも寝起きな声がした。
「う~ん、あっ、おはよ~」
「おはようございます、崖から落ちたのに怪我一つ負ってないルーミアさん」
とりあえずさらっと嫌味を言ってみた。
「がんじょうだから~」
普通の返答が返ってきた。
ルーミアには嫌味も皮肉も通じないようだ。
「そういうお兄さんだって怪我してないよ?」
あんたが寝てる間に治したんだよ、と言いかかったが、ここはあえてボケてみることにした。
「実はですね、脱皮するんですよ、私。だから多少の傷は一回皮を脱ぐことで治っちゃうんです」
「そ、そうなのかー!」
一気にがばっと起き上がって叫ぶ。
あー、真に受けてるよ、この娘。
「ルーミア、いくらなんでもそこは分かれよ」
妹紅も苦笑している。
「えっ?あっ、もしかして嘘?」
「無論です」
「騙された~」
ルーミアが脱力感たっぷりで布団に寝転ぶ。
それと同時に腹の虫も鳴いた。
「お腹すいた~」
「言っときますと、おにぎりはもうありませんよ」
「え~、さっきあるって言った~」
「あなたが崖から突き落とした時に紛失しました」
ついでに言うと山菜も紛失していた。
「う~、じゃあ探しに行ってくる。じゃあね妹紅」
「ああ」
そう言うと、ルーミアはさっさと出てしまった。
「帰り道分かってるんですかねぇ……」
「分かってないと思うよ、多分。そもそもルーミアには帰るって所がないから」
「そういえば妖怪でしたね」
「そういう与一は知ってるのか?帰り道」
「全然」
いい笑顔で答えた。
「そんないい笑顔で言われてもな……。まぁいいや、用事が済んだら里まで送るよ」
「ありがとうございます。ところでその用事ってなんですか?」
「ん、まあちょっとね。終わり次第案内するから付いてきて」
「はぁ……」
治ったばかりの足で立つ。
やはりまだ違和感が残るが、差し支えない程度だ。
そのまま妹紅に付いて外に出る。
そして、これから始まる戦争に出演してしまった。
「ところでさ」
竹林を歩いている途中、唐突に妹紅が訊いてきた。
「不老不死って、どう思う?」
難しい質問だった。
それは、愛とは何かと聞かれているのと同じくらい。
それは、幸せとはどういうものなのかと聞かれるのと同じくらい。
回答に困る質問だ。
「考えたこともありませんね。そもそも生きてるからには、不死なんて無理なんじゃないんでしょうか」
「不老の方は否定しないんだな」
「ええ、だって私が不老なんですから」
あっけからんに言ってみた。
「私はですね、その気になればいつだって老人になれる。そしてまた若者に戻ることもできる。もちろん内蔵の状態まで変えられる。脳の中身もやればできるんじゃないんですかね。そういった意味で私は老いないんですよ」
「それがお前の能力か……。さしずめ『肉体を自由に変えることのできる程度の能力』って言ったところかな」
「といっても、まだ二十二年しか生きてないですからね。もしかすると寿命があるかもしれません。あれは私の持論ですから」
「たった二十二年。その二十二年に一体何が詰まってるんだろうな。私にはどうやったらたった二十二年でそんな目ができるのかが分からないよ」
死んだ魚のような目をしている――そう殺人鬼は言っていた。
あの、針金細工の殺人鬼は、確かにそう言った。
あながち嘘ではない。
ただ生きているだけの人間の目に生き生きとした輝きなんてない。
私は死が来るのを待っている。
私は死が来るのを望んでいる。
「私の――私の二十二年間には――」
声が震える。
自分でも動揺しているのが分かる。
「――絶望しかありませんでした」
「…………だろうと思ったよ」
妹紅は確信的な口調だった。
「まともに生きてたらそんな目は無いよ」
「それは――そちらも同じでしょう」
私は割り込むように言った。
「あなたにそれが言えますか?私よりもっと酷い気がしますよ。そう、死にたいのに死ねない様な……」
「その通りだよ」
妹紅は静かに答えた。
「その通りさ。今まで何回も死んだ。でも生きてるんだ。生きようともしないのに生かされるんだよ」
「まさか……不老不死って……」
「ご名答さ。私は不老不死。老いを迎えることもないし、死を迎えることもできない。存在することしかできないのさ」
妹紅はこちらを向いて、こう尋ねた。
「なぁ、死ねるって、どんな気持ちなんだ?」
「――っ!!」
その言葉は私の胸に深く突き刺さった。
それは相手を一方的にしか殺すことのできない私が言えるのだろうか。
今まで幾多の人々を死に追いやった私に、答えが言えるのだろうか。
「…………悪かった。意地悪なこと言っちゃったな」
「かまいませんよ、別に……」
表面は繕っているものの、内面はかなり参っていた。
「話題を変えよう。そうだな――」
妹紅は参考になる物でも探すように見て、私の背中に背負っている物に目を付けた。
「なんで死神でもないのに鎌なんて持ってんだ?」
「あぁ、これですか。一応、私の得物ですよ」
「得物って言うんだったら鎌よりも槍とか戟とか、いっそ薙刀みたいなものの方がいいんじゃないかな」
「何にだって使っていけば愛着が沸くもんですよ。それに、槍術や棒術を組み合わせれば鎌だって使い道はあります」
「ふぅん、そこまでしてこだわるんだねぇ。さっき言った死神だって飾り物程度にしか持ってないのに」
「そこですよ。飾り物程度にしか思ってなかった物をいざ向けられてみると、案外どういう動きをするか分からないものなんです」
「なるほどね。だからあえて鎌を選んだって訳か。んっ、見えてきたぞ。あれが永遠亭だ」
そこにはいかにも和風の屋敷があった。
首を左右に振らなければ全体を見渡せないと言えばその大きさは分かるだろうか。
しかし、こんな竹林の奥に一体誰が住んでいるのだろうか……。
「与一はこのあたりで待っててくれ。言っとくけど一人で出ようなんて思うなよ。妖怪の餌になるのが落ちだ」
「分かりました。全力で待ちましょう」
さっき歩いていて分かったのだが、竹林と言うのはどこも同じに見える。
もともと方向音痴の私が迷わないなんて可能性は零に等しい。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言って、妹紅は踵を返すと、永遠亭と呼ばれた建物の中へと入っていった。
竹林は静かで、何も聞こえないと言うのは少し心細くなり、少し不安感を掻き立てる。
数秒後に聞こえた爆発音にはもっと不安感を掻き立てられたが。
「なっ……!」
立派な屋敷が火を噴いた。
その光景はいろんな意味で絶景であった。
入り口あたりが爆発したってことは――妹紅の仕業?
密かに手榴弾でも持っていたのだろうか。
その現場に群がるように集まってきたのは――兎だった。
ああ、なるほど、ここは兎さんの家だったのか。
いや、納得してどうする。
何度見てもやっぱり兎。
そろそろ幻想郷に慣れよう、そう決心(諦め)した私だった。
そんな一人劇場を展開していると、一匹の兎と目が合った。
「敵!まだ外に一人いる!」
一匹がそう叫ぶと、皆、四方へと散ってしまった。
「えっ……」
ちょっと待て、私に敵意などはないし、ただ消火活動を遠巻きにぼーっと見ていただけだ。
そんな反論をする暇もなく、表を先ほどとは違う兎たちが囲む。
そして、大小さまざまな色とりどりの球状の何かを飛ばしてきた。
「あれは確か……弾幕か」
幻想郷における決闘方法、そう霊夢からは聞いていた。
だが、私には弾幕とやらは撃てない。
「圧倒的にこちらが不利、か……」
弾幕は遠距離からでも届く。
しかし、鎌は遠距離には不向きだ。
そうとなると、やれることは一つ。
「特攻っ!」
そう言って、迫り来る弾幕の中へと突っ込んでいく。
距離が遠いのならば近づけばいいだけの話。
放たれる弾幕を避けながら、距離を詰める。
そのまま、抜刀とともに切りかかる。
五体ほど凪いでいると、後ろが騒がしくなった。
どうやら囲もうとしているようだ。
「仕方ない」
目の前に来た兎を凪いで、そのまま屋敷の中へと進入していった。
冷静に考えてみると、あの爆発はインターホン代わりだったんじゃないかと思えてきた。
そのくらい屋敷の中はがらんとしていて、騒がしくなる時といえばたまに出てくる兎くらいだ。
いったい妹紅はこの兎屋敷(永遠亭とか言ってたっけ?)に何の用で来たのだろうか。
そういえば、最初に私を見た兎は敵って叫んでたなぁ。
だとすると妹紅はここに攻め込みに来たのか?
しかし、何の目的で――
「待ちなさい」
不意に前から声がした。
今まで考え事をしていて集中して前を見てはいなかったが、それでも目の前に人が現れたのなら否が応でも気付く。
ならばこの女、どうやって出てきたのだ?
っていうかなんで学生服に兎の耳なんだ?
「あなた、永遠亭に何の用?あの妹紅が応援を呼んだってのも考えられないし、まさか火事場泥棒?」
「違いますよ。ええっとですね――」
私は先ほど妹紅に話した内容に少し付け加えた言い分を話した。
やはり短かった。
「へえ、言い訳の言葉もちゃんと考えてるのね。でもそんな嘘、私には通じないわ」
……まぁ真実味が薄いのは納得だけど、せめてもう一秒でも考え込んでほしかった。
「今はいろいろとごたごたしてるから、さっさと片付けさせてもらうわ。波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』!」
一枚のカードを掲げてそう叫んだ。
すると、先ほどの兎たちとは比べ物にならないほどの弾幕が襲ってきた。
こんなの避けるのに精一杯、近づく隙なんてありゃしない。
ここは和平交渉といこう。
話せば分かってくれそうな相手だし。
「ストップ!降参!降参するから!だからこの座薬みたいなの止めて!」
「座薬……」
一応、攻撃はやんだ。
誤算なのは相手が座薬という言葉に反応して、肩を震わせていること。
ついでに言うと声も震えていて、表情は髪に隠れて見えない。
典型的な、お約束的な、怒ってるパターン。
「座薬って言うなーー!!『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」
「ぎゃーー!!」
洒落にならないほどの弾が飛び交う。
そんなものが避けれるわけもなく、無残にもどかどか当たっていく。
結構痛いな、これ。
ここで何もせずに朽ち果てるのもあれなので、ここは少し反撃してみようと思う。
私は内ポケットにしまっていたナイフを取り出すと、相手に向かって投げつける。
ドローイングの技術には多少自信があったので、的確に相手に向かって飛んでいく。
それを相手は難なく避けて見せると、何か気づいたような顔をして、一旦攻撃を止めてくれた。
「あなた、もしかして撃てないの?」
「当たり前です。こう見えても私は数日前まで別の世界に居たんですから」
「でもそんなの関係ないわ。座薬って言った罪は重いんだから」
「別に私は許してもらおうなんて思っちゃいませんよ。ただね、ちょっと十秒ほど時間がほしいってだけですね」
「十秒?いいわよ。弾幕を張れないあなたに何ができるのかしら」
「では、ありがたく準備をさせてもらいます」
そう言うと、私は胸ポケットにしまっていた紙を取り出す。
四つ折にしてあって、中には何かの粉末が入っていた。
それを綺麗に口の中へと運ぶ。
「何それ、ドーピング?」
「ただの材料ですよ。このためのね」
自身の左手で右手を掴み、変形させていく。
三秒もすると、右手は原型をとどめておらず、腕の関節より先が黒い筒のようなものになっていた。
「さあ、きっちり十秒よ。その変な腕でどうするのかしら?」
「ああ、そうそう。さっきの粉末の正体、教えましょうか?」
私は腕の先を向けながら言った。
「鉄と火薬ですよ」
「――っ!!」
言うと同時にダーンという音が鳴り響く。
私が変形させたのは銃。
鉄と火薬の粉末は弾薬の材料だ。
『変化』は形を変えるだけではない。
色、硬さ、温度、質感、素材、ほとんどのものを変えることができる。
だからこういった荒業も可能。
だが、不意打ちにも近い狙撃を、相手は間一髪でかわしていた。
問題ない。
どうせ相手は暫く立てないのだから。
耳元であんな爆音を聞かされても大丈夫な三半規管は存在しない。
案の定、相手はその場でうずくまっている。
そのまま、私は相手の額に腕を突きつける。
「どうですか?変な腕もたいしたものでしょう」
「…………」
相手はなにも喋らなかった。
まぁ、喋れるような状況でもないんだけどね。
「さて、どうしましょう。このまま打ち抜いても悪くはないんですが――」
「そこまでよ」
私の台詞は途中で遮られた。
声のした方を振り向くと、そこには弓を構えた女が立っていた。
後ろにも弓を構えた兎たちが並んでいる。
「し……しょう……」
先ほど倒した兎の耳をした少女が弱々しくそう言った。
なるほど、ボス格ってわけか。
「すみま……せん……」
「いいえ、よくやったわ、ウドンゲ。あなたのおかげで部隊を集める時間が稼げたわ」
よかった、そう言って少女は気絶した。
もはや腕を突きつける意味もない。
否、突きつけていたのならさらに事態は悪化していたであろう。
なにせ数が違いすぎる。
表に居た兎たちとは違って、こちらはすでに弓を構えていた。
私が少しでも不穏な動きをすれば即座にハリネズミになるだろう。
「さて、まずはお名前でも聞こうかしら。ウドンゲを倒した栄誉を称えてね」
「鴉間与一と申します。あなたは?」
「八意永琳。一応、薬師よ。ねぇ、素直に帰ってくれる気はないかしら」
師匠と呼ばれた女が訊いてきた。
「だからですね――いえ、もういいです。初めは降参してさっさと帰ろうと思ってたんですが、ちょっとばかしやる気が出てきました」
私は腕を構えなおした。
「私、中途半端って嫌いなんですよ」
「戦う前に一つ、聞いていいかしら」
「なんでしょう」
「あなたがここに来た目的よ。あの薬が目当てかしら?」
「あの薬?」
「蓬莱の薬よ。不老不死になれる薬」
まさか、とは思ったが、永琳の目は冗談を言っているようには見えなかった。
「どうしてあなたたちはそこまで不老不死に憧れるのかしらね?」
「人間っていう存在は日々死を恐怖しているんです。その恐怖から解き放たれたいと思うのは誰だって同じだと思いますよ。もっとも、私は不死なんか死んでもごめんですけど」
そう言うと、永琳はくすくすと静かに笑った。
「あなたはなかなか知恵のある人間のようね。そういう人は結構好きよ」
「ただの死にたがりです。実際、生きてたって絶望にしか当たらなかったわけですし、生きるのも死ぬのも大して変わりないですよ」
「一度も死んでないあなたがそんなことを言うなんて、皮肉ね」
「それが私の処世術ですよ」
益体のない会話を続けていく。
これも時間稼ぎに等しいものだ。
あれほどの数を私一人でどうしようかと、頭の中では必死に考え込んでいる。
幸いなことにここは通路、両脇を壁で固められている。
横に警戒しなくとも大丈夫。
だが、問題は後方に続いている通路。
ここから新手の援軍が来てしまえば私にはなす術がない。
と、その時、後ろから気配を感じた。
二つ、並んで歩いている。
この膠着状態で後ろを向いてしまえば、一斉に矢が飛ぶことになるだろう。
ならば、どうする?
「お前ら、こんなとこで何してんだ?」
その声で私の思考回路は一瞬停止した。
ゆっくりと後ろを向いてみると、そこには妹紅とあと一人、黒の長髪が似合う少女がいた。
だが、なぜか二人とも服がボロボロだった。
「なんで与一がここにいるんだ?たしか、外で待っててくれって言ったはずなんだが」
「いろいろとあらぬ濡れ衣を着させられまして……」
「永琳、いったいこれはどういうこと?」
黒い長髪の少女が口を開いた。
外見とは違って、少し大人びた声色だった。
「はぁ、私にもよく分からなくて……。ただ私は敵襲があったと聞いたので駆けつけただけです」
「その敵襲からが濡れ衣の始まりなんですよ……」
「さっぱり分からないわ。あなたは敵じゃないってこと?」
「あー、私から説明するよ。えっとだな――」
妹紅が今までの経緯を説明してくれた。
そこに私が別行動時の事情を付け加える。
前々から感じていたのだが、私はほとほと人にものを説明するのが苦手なようだ。
「ふぅん、そうだったの。それは失礼なことをしたわね。永遠亭の代表として謝罪するわ。
その娘――ウドンゲにも後でちゃんと謝っておくように言うわ」
その娘――私が気絶させた少女のほうを指差して言った。
そういえば、この娘も勘違いで私を襲ったんだったな……。
ちょっとやりすぎたような気もしてきた。
「そうだ、あなた、うちで晩御飯食べていかない?」
黒髪の少女は胸の前で手のひらを合わせて、思いついた、なたいなポーズをとった。
友達のお母さんが「ついでだから食べていきなさい」って言うようなノリで言われても……。
「いいんですか?姫様」
「いいのよ。食事は大勢のほうが楽しいわ」
……姫様だったんだ、この人。
竹林に姫様、なんだか竹取物語を思い出すなぁ。
「与一さん、でしたっけ。どうですか?夕食なんかを食べて行かれては」
「いいですね、ありがたくいただきますよ」
どうせ霊夢は白玉楼とかいうところで宴会だって言ってたし、神社は泥棒なんて入らないし(どうせ盗られて困るようなものなんて何もないだろう)、ここは羽目をはずさせてもらおう。
夕食会、というよりも宴会と言ったほうが当てはまるような雰囲気の中、私はせっせと料理を口の中に運んでいた。
『変化』は見た目以上にエネルギーを使うのだ。
ここ数日、栄養のあるものをあまり食べていなかったので、ここぞとばかりに食べる。
脂肪?そんなものはつく前に消費されてしまう。
万一ついたとしても、そこは『変化』で何とかして見せるさ。
「すごい食べっぷりね……」
お姫様も驚きのようだった。
まぁ、運ばれてきた料理を口に詰め込んでは水で流すような食べ方を見て唖然とするのも無理はないだろう。
「栄養のある食べ物は久しぶりですからね。っと」
ここでいったん食べるのをやめる。
「そういえばまだ名前を聞いてませんでしたね。私は鴉間与一と申します。あなたは?」
「私は蓬莱山輝夜よ。よろしくね」
「輝夜、ですか。では輝夜、あなたは何故ここに住んでいるんですか?いえ、別にここにいちゃ悪いって意味じゃないんですよ。ただなんでこんな竹林の中に住んでるのかなって思っただけです」
「あら、妹紅もこのあたりに住んでるはずだけど、そっちは疑問に思わないの?」
「妹紅は自らを不老不死だと言ってましたから。不老不死と普通の人間が共存するなんてことは不可能に近いですからね」
「同じことよ。私も不老不死。言うならば永琳だって不老不死よ」
「そうだったんですか……」
やけに不老不死が多い気がする。
人類滅亡なんてことがあっても三人は生き残るってわけか……。
「ねぇ、ひとつ訊いていいかしら」
輝夜は真剣な眼差しで訊いてきた。
「死ねるって、どんな気持ち?」
それは、妹紅が言ったことと同じ質問。
あの時は答えに詰まってしまった。
しかし、今ならはっきり言える。
「わかりませんよ、そんなもの。だって私は死ねないなんて体験したことないんですから」
「……そう、それがあなたの答えなのね」
「ええ、そうです」
こんな会話をしていると、宴会(夕食会)の煩さがまるで壁を隔てたかのように聞こえる。
そんな中、私は黙々と料理を口の中へと運んでいった。
場所は変わって、ここは妖怪の山にある射命丸文の家。
あたりには紙が散らばったままになっており、足の踏み場もないくらいに紙が床を占領している。
しかし、文にとってはそんなもの飛べばいいだけの話で、さほど気にはならなかった。
この紙だらけの部屋で、唯一整頓されている机に文は向かい合っていた。
手には部下に集めさせていた新聞のネタになりそうなものの報告書。
自分だけではスクープを集めきれないと判断した文が数日前に部下に言い渡していたのだ。
「まずは見出し」
机の上に積んである、山とまではいかないが、丘くらいの報告書の束に向き合う。
ぱらぱらと見て、目に付いたものを見ていく。
「永遠亭で藤原妹紅と蓬莱山輝夜が衝突――あんまり珍しいことじゃありませんね」
そう言って、その報告書を端に寄せる。
彼女いわく、没ゾーン。
「人里から人食いがいなくなった――ん~、いい記事なんだけど、他のところも取り上げてますね」
今度は反対側の端に寄せる。
彼女いわく、保留ゾーン。
「えーっと、博麗神社に居候――これだ!」
文の目がキラリと光った。
「ちょっと忙しくて神社のほうまで手が回せなかったうちに、霊夢さんもやってくれますね~。っと、その居候さんの名前は何でしょうか」
上機嫌な顔のまま、報告書を読んでいく。
しかし、ある四文字によってその顔は真剣なものへと変わる。
「鴉間――与一」
文はその報告書を持ったまま動かなくなってしまった。
そして一言、こう呟いた。
「まさか……ね」
翌日の文々。新聞の見出しは人食いの事になっていたという。
人間は日常に溶け込むことによって異常を忘れる。
これはつまり、どんなに大きい異常でも、慣れてしまえば日常と化してしまうということ。
ここで一番重要なのは慣れである。
人は慣れることによって精神を保っているといっても過言ではない。
新しい生活も、新しく科せられた仕事も慣れである。
といっても、基本的には家事なので、一人暮らしをしていた私にはちょっと掃除の面積が増えただけだとか、ちょっと食事の作る量が増えたとか、その程度にしか思わない。
要するにちょっとしたホームステイ気分なのである。
行ったきり帰らないが。
まぁそういうわけで神社での私の仕事はそれほど苦でもなかった。
どころか時間さえ余る始末だ。
なので、趣味の山菜取りにも行ける。
趣味でもあり、食料集めという立派な仕事でもあるので一石二鳥だ。
と、いうわけで私は博麗神社と人里を直線で結んだ先にある山に登っている。
幻想郷に来る原因にもなった山菜取りでもあるので、今回は何が出てもいいように大鎌を携えての登山だ。
ただ、一つ問題があった。
それは――
「……迷った」
またしても迷ったのである。
普通なら適当に歩いておけばいつかは出られるのだが、ここは幻想郷、生きて帰れる保障は無し。
「こういうのを妖精の仕業っていうのかな……」
もしかすると今もどこかでこちらを見て笑っているのかもしれない。
そう考えると無性に腹が立ってきた。
「ん、ハコベ発見」
こんな時でも山菜取りをやり続けようとする私はある意味、緊張感に欠けているのかもしれない。
「しかし弱ったな……いくら山菜を取っても迷ってたんじゃあ調理もできない。おっ、今度はナズナか」
自分の立たされている状況を理解してなお取り続ける。
もう病的だな……。
「ん?あれは……」
ナズナを取りに行こうと近づくと、あることに気づいた。
崖である。
しかも相当な高さの。
その下には広い竹林が視野一杯に広がっている。
「竹林、か……この時期って筍生えてたっけ?」
春に筍は聞いたことは無いが、幻想郷ならありうる気がする。
と言うよりも、幻想郷なら何でもありな気がする。
「迷ったついでだ、帰りに寄っていこう。もしかすると意外な発見があるかもしれない」
崖の先端に立ち、遠くを見てみる。
どこまでいっても竹林しか見えなかった。
……幻想郷って結構広いんだな。
その時、後ろから気配を感じた。
鎌を持ち、急いで振り返る。
「わはー」
少女だった。
金髪で歳はまだ十代前半、加えて何故か両腕を上げている。
まるで十字架に貼り付けられたと言わんばかりに。
「……わはー?」
「お兄さんは食べられる人類?」
妖怪だった。
しかも食べられる人類かと訊いてきた。
食べられない人類があるのだろうか。
私の探究心に少しばかり火がついた。
「いえいえ、実はですね私は食べられない人類なんですよ。残念でしたね、他を当たってください」
「え~、食べてみなきゃわかんないよ~」
結局食べるらしい。
「私とてそうみすみすと食べられるようなマネはしませんよ」
「やっぱり食べられるんだ~」
こいつ訳が分からん。
「それじゃあ、いただきま~す」
間の抜けたような声で私の視界は突然暗くなった。
いや、声で暗くなることなんてないか……多分。
要するに視界が見えなくなったのだ。
戦闘中では致命傷だ。
もしかすると相手からは丸分かりかもしれないが、とりあえず音を立てないようにこっそりと――。
「ここだ!」
微弱な風が当たった。
どうやら私がもと居た場所に何か攻撃が来たらしい。
「あれ?おかしいなぁ……ここか!」
今度は別の場所で風を切る音が聞こえた。
まさかとは思ったが……見えてない?
「あれぇ?なんで?おにいさ~ん!どこ~!?」
「ここだよ」なんて言わずに、黙って声のした方向へと近づく。
そのまま腕だと思われるものをつかんで上へと引っ張る。
片方の手で両手をつかみ、もう片方の手で後ろから首根っこをつかむという簡単な固め技で動きを封じる。
「きゃっ!」
女の子らしい声が聞こえたが相手は妖怪だ、油断なんてできない。
「あっ、お兄さん見っけ」
「うおっ、と」
相手が暴れて、一瞬固め技が解きそうになった。
少女とは思えない怪力だ。
これが妖怪――――なんて恐ろしい。
「はなしてよ~」
「だったらまずこの暗闇を何とかしなさい。あと、私を食べないこと。いいですね」
「は~い」
だんだんと視界が開けてゆく。
元の景色が戻っていくと、やはり何の変哲もない崖の上だった。
約束どおりに開放してやる。
また向かってくるか、もしくは一目散に逃げ出すかと思っていたら、予想外にも話しかけてきた。
「お兄さん強いね。名前は?」
「鴉間与一です。っていうかそこで名前を聞きますか……」
「私はルーミア。よろしくね、お兄さん」
何をよろしくするんだろうか……。
しかも名前を聞いた意味あったのか?
「お腹すいた……」
ルーミアは唐突に言い出した。
ああ、なるほど、だから私を食べようと……。
「……おにぎりならありますけど、食べます?」
「いいの!?」
ルーミアの目がきらきら光っている。
そんな眼差しに私はドキッ、とした。
無邪気は嫌いではない。
むしろ好きな部類だ。
だが好きであることと得意であることは同じではない。
私は無邪気とか信じるとか、そういうものに弱いのだ。
「お兄さん大好き!」
そんな私がルーミアの強烈なハグをかわせるわけもなく、その勢いで二人とも崖から落ちてしまった。
今思えば、全力で避けていればよかったと思う。
目が覚めたとき、そこには天井があった。
気付けば私も布団の中で寝ていた。
ゆっくりと上半身だけを起き上がらせ、室内を眺める。
調度品の無い部屋に畳だけが広がっている。
なんなんだ?いったい……。
崖から落ちたはずなのに、どうして布団の中で寝ていたのだろうか。
一、崖の下に家があり、ちょうど布団の真上に落ちた――無理がありすぎるな。
二、実は私にはすごい超能力が隠されていて、窮地の危機に立たされたときにその力が発動した――夢見る少年はもう卒業したはずだ。
三、ルーミアが先に起きてここまでつれてきてくれた――だったら隣で眠っている少女は何だと言うのだ。
四、誰かが倒れている私たちを見つけて、家で介抱してくれた――うん、一番有力だな。
しかし、なんで一番まともな答えが四番目に出てきたのだろうか……。
「おっ、起きたか」
私が自分の思考回路に自己嫌悪していると玄関(そういえば異常に狭いな、この家)から誰かが入ってきた。
この家の持ち主だろうか。
「思ったより元気そうじゃないか。どっか痛いとことか無いか?」
「あなたは――誰?」
「私か?私は藤原妹紅。皆からは妹紅って呼ばれてるよ。あんたもそう呼んでくれ。正直、上の名前で呼ばれるのは慣れてない。あんたは?」
「私は鴉間与一と申します」
「与一か、よろしくな」
そういうと妹紅は隣に座った。
「しかし驚いたよ、いきなり崖から落ちてくるんだからさ。何かあったのかい?」
「ええ、実は――」
これまでに起こった経緯を話した。
森で迷ったこと、ルーミアと戦ったこと、そして、強烈なハグにあい崖から転落したこと。
話してみれば随分と短い物語だ。
妹紅は納得するように頷いた。
「なるほどね。だからルーミアと一緒にいたわけか……」
「もしかしてあなたがここまで運んでくれたんですか?」
「ああ、そうだけど」
だとすれば妹紅は命の恩人じゃあないか。
「ありがとうございます。危ないところを助けてもらって」
「いや、いいって。それよりお前の怪我のことなんだがな」
助けてもらって、その上怪我の心配までしてくれるなんて――
……怪我?
急いで体を確認すると、体中に包帯が巻かれていた。
添え木なども一緒に付けられていることから骨折も何箇所かあると推測できる。
何故今まで気付かなかったのだろう……。
「この近くに永琳っていう医者が居るんだ。そこに連れてってやるよ。私もちょうどあそこには用事があるし」
「ああ、その心配はありません」
包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を振る。
よく見るとただぐるぐる巻きにしてるだけだな……。
「心配無い?根気で直せるのか?」
「そんな人いるわけ無いじゃないですか。こうするんですよ」
左手に巻かれた包帯を取ってゆく。
そこには傷だらけで血がにじんで、曲がるはずの無いところから曲がっている無残な左腕があった。
その曲がった部分をつかみ、粘土細工を捏ねるかのごとくどんどんと弄っていく。
妹紅はその作業を凝視していた。
腕が真っ直ぐになると、今度は傷口をなぞりへこませる。
そして形を整えてゆくと、何事も無かったの用に綺麗な左腕が出来上がっていた。
「完成です」
それに対して妹紅は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で訊いた。
「すごいな……どれだけ酢を飲んでるんだ?」
「酢を飲み続けてもここまで柔らかくはなりません。しかもそれは迷信です」
そのまま右腕、両足と治していく。
その間、ずっと妹紅に物珍しそうな目で見られていたため、さすがに全身までは治せなかったが、とりあえず目に見える範囲は完治させておいた。
「ふ~ん、あんた、奇怪な能力を持ってるんだな。うらやましいよ、私のなんてただ不死身なだけなんだから……」
「不死身?」
それはどういう意味なのか、と訊こうとした時、隣からいかにも寝起きな声がした。
「う~ん、あっ、おはよ~」
「おはようございます、崖から落ちたのに怪我一つ負ってないルーミアさん」
とりあえずさらっと嫌味を言ってみた。
「がんじょうだから~」
普通の返答が返ってきた。
ルーミアには嫌味も皮肉も通じないようだ。
「そういうお兄さんだって怪我してないよ?」
あんたが寝てる間に治したんだよ、と言いかかったが、ここはあえてボケてみることにした。
「実はですね、脱皮するんですよ、私。だから多少の傷は一回皮を脱ぐことで治っちゃうんです」
「そ、そうなのかー!」
一気にがばっと起き上がって叫ぶ。
あー、真に受けてるよ、この娘。
「ルーミア、いくらなんでもそこは分かれよ」
妹紅も苦笑している。
「えっ?あっ、もしかして嘘?」
「無論です」
「騙された~」
ルーミアが脱力感たっぷりで布団に寝転ぶ。
それと同時に腹の虫も鳴いた。
「お腹すいた~」
「言っときますと、おにぎりはもうありませんよ」
「え~、さっきあるって言った~」
「あなたが崖から突き落とした時に紛失しました」
ついでに言うと山菜も紛失していた。
「う~、じゃあ探しに行ってくる。じゃあね妹紅」
「ああ」
そう言うと、ルーミアはさっさと出てしまった。
「帰り道分かってるんですかねぇ……」
「分かってないと思うよ、多分。そもそもルーミアには帰るって所がないから」
「そういえば妖怪でしたね」
「そういう与一は知ってるのか?帰り道」
「全然」
いい笑顔で答えた。
「そんないい笑顔で言われてもな……。まぁいいや、用事が済んだら里まで送るよ」
「ありがとうございます。ところでその用事ってなんですか?」
「ん、まあちょっとね。終わり次第案内するから付いてきて」
「はぁ……」
治ったばかりの足で立つ。
やはりまだ違和感が残るが、差し支えない程度だ。
そのまま妹紅に付いて外に出る。
そして、これから始まる戦争に出演してしまった。
「ところでさ」
竹林を歩いている途中、唐突に妹紅が訊いてきた。
「不老不死って、どう思う?」
難しい質問だった。
それは、愛とは何かと聞かれているのと同じくらい。
それは、幸せとはどういうものなのかと聞かれるのと同じくらい。
回答に困る質問だ。
「考えたこともありませんね。そもそも生きてるからには、不死なんて無理なんじゃないんでしょうか」
「不老の方は否定しないんだな」
「ええ、だって私が不老なんですから」
あっけからんに言ってみた。
「私はですね、その気になればいつだって老人になれる。そしてまた若者に戻ることもできる。もちろん内蔵の状態まで変えられる。脳の中身もやればできるんじゃないんですかね。そういった意味で私は老いないんですよ」
「それがお前の能力か……。さしずめ『肉体を自由に変えることのできる程度の能力』って言ったところかな」
「といっても、まだ二十二年しか生きてないですからね。もしかすると寿命があるかもしれません。あれは私の持論ですから」
「たった二十二年。その二十二年に一体何が詰まってるんだろうな。私にはどうやったらたった二十二年でそんな目ができるのかが分からないよ」
死んだ魚のような目をしている――そう殺人鬼は言っていた。
あの、針金細工の殺人鬼は、確かにそう言った。
あながち嘘ではない。
ただ生きているだけの人間の目に生き生きとした輝きなんてない。
私は死が来るのを待っている。
私は死が来るのを望んでいる。
「私の――私の二十二年間には――」
声が震える。
自分でも動揺しているのが分かる。
「――絶望しかありませんでした」
「…………だろうと思ったよ」
妹紅は確信的な口調だった。
「まともに生きてたらそんな目は無いよ」
「それは――そちらも同じでしょう」
私は割り込むように言った。
「あなたにそれが言えますか?私よりもっと酷い気がしますよ。そう、死にたいのに死ねない様な……」
「その通りだよ」
妹紅は静かに答えた。
「その通りさ。今まで何回も死んだ。でも生きてるんだ。生きようともしないのに生かされるんだよ」
「まさか……不老不死って……」
「ご名答さ。私は不老不死。老いを迎えることもないし、死を迎えることもできない。存在することしかできないのさ」
妹紅はこちらを向いて、こう尋ねた。
「なぁ、死ねるって、どんな気持ちなんだ?」
「――っ!!」
その言葉は私の胸に深く突き刺さった。
それは相手を一方的にしか殺すことのできない私が言えるのだろうか。
今まで幾多の人々を死に追いやった私に、答えが言えるのだろうか。
「…………悪かった。意地悪なこと言っちゃったな」
「かまいませんよ、別に……」
表面は繕っているものの、内面はかなり参っていた。
「話題を変えよう。そうだな――」
妹紅は参考になる物でも探すように見て、私の背中に背負っている物に目を付けた。
「なんで死神でもないのに鎌なんて持ってんだ?」
「あぁ、これですか。一応、私の得物ですよ」
「得物って言うんだったら鎌よりも槍とか戟とか、いっそ薙刀みたいなものの方がいいんじゃないかな」
「何にだって使っていけば愛着が沸くもんですよ。それに、槍術や棒術を組み合わせれば鎌だって使い道はあります」
「ふぅん、そこまでしてこだわるんだねぇ。さっき言った死神だって飾り物程度にしか持ってないのに」
「そこですよ。飾り物程度にしか思ってなかった物をいざ向けられてみると、案外どういう動きをするか分からないものなんです」
「なるほどね。だからあえて鎌を選んだって訳か。んっ、見えてきたぞ。あれが永遠亭だ」
そこにはいかにも和風の屋敷があった。
首を左右に振らなければ全体を見渡せないと言えばその大きさは分かるだろうか。
しかし、こんな竹林の奥に一体誰が住んでいるのだろうか……。
「与一はこのあたりで待っててくれ。言っとくけど一人で出ようなんて思うなよ。妖怪の餌になるのが落ちだ」
「分かりました。全力で待ちましょう」
さっき歩いていて分かったのだが、竹林と言うのはどこも同じに見える。
もともと方向音痴の私が迷わないなんて可能性は零に等しい。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言って、妹紅は踵を返すと、永遠亭と呼ばれた建物の中へと入っていった。
竹林は静かで、何も聞こえないと言うのは少し心細くなり、少し不安感を掻き立てる。
数秒後に聞こえた爆発音にはもっと不安感を掻き立てられたが。
「なっ……!」
立派な屋敷が火を噴いた。
その光景はいろんな意味で絶景であった。
入り口あたりが爆発したってことは――妹紅の仕業?
密かに手榴弾でも持っていたのだろうか。
その現場に群がるように集まってきたのは――兎だった。
ああ、なるほど、ここは兎さんの家だったのか。
いや、納得してどうする。
何度見てもやっぱり兎。
そろそろ幻想郷に慣れよう、そう決心(諦め)した私だった。
そんな一人劇場を展開していると、一匹の兎と目が合った。
「敵!まだ外に一人いる!」
一匹がそう叫ぶと、皆、四方へと散ってしまった。
「えっ……」
ちょっと待て、私に敵意などはないし、ただ消火活動を遠巻きにぼーっと見ていただけだ。
そんな反論をする暇もなく、表を先ほどとは違う兎たちが囲む。
そして、大小さまざまな色とりどりの球状の何かを飛ばしてきた。
「あれは確か……弾幕か」
幻想郷における決闘方法、そう霊夢からは聞いていた。
だが、私には弾幕とやらは撃てない。
「圧倒的にこちらが不利、か……」
弾幕は遠距離からでも届く。
しかし、鎌は遠距離には不向きだ。
そうとなると、やれることは一つ。
「特攻っ!」
そう言って、迫り来る弾幕の中へと突っ込んでいく。
距離が遠いのならば近づけばいいだけの話。
放たれる弾幕を避けながら、距離を詰める。
そのまま、抜刀とともに切りかかる。
五体ほど凪いでいると、後ろが騒がしくなった。
どうやら囲もうとしているようだ。
「仕方ない」
目の前に来た兎を凪いで、そのまま屋敷の中へと進入していった。
冷静に考えてみると、あの爆発はインターホン代わりだったんじゃないかと思えてきた。
そのくらい屋敷の中はがらんとしていて、騒がしくなる時といえばたまに出てくる兎くらいだ。
いったい妹紅はこの兎屋敷(永遠亭とか言ってたっけ?)に何の用で来たのだろうか。
そういえば、最初に私を見た兎は敵って叫んでたなぁ。
だとすると妹紅はここに攻め込みに来たのか?
しかし、何の目的で――
「待ちなさい」
不意に前から声がした。
今まで考え事をしていて集中して前を見てはいなかったが、それでも目の前に人が現れたのなら否が応でも気付く。
ならばこの女、どうやって出てきたのだ?
っていうかなんで学生服に兎の耳なんだ?
「あなた、永遠亭に何の用?あの妹紅が応援を呼んだってのも考えられないし、まさか火事場泥棒?」
「違いますよ。ええっとですね――」
私は先ほど妹紅に話した内容に少し付け加えた言い分を話した。
やはり短かった。
「へえ、言い訳の言葉もちゃんと考えてるのね。でもそんな嘘、私には通じないわ」
……まぁ真実味が薄いのは納得だけど、せめてもう一秒でも考え込んでほしかった。
「今はいろいろとごたごたしてるから、さっさと片付けさせてもらうわ。波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』!」
一枚のカードを掲げてそう叫んだ。
すると、先ほどの兎たちとは比べ物にならないほどの弾幕が襲ってきた。
こんなの避けるのに精一杯、近づく隙なんてありゃしない。
ここは和平交渉といこう。
話せば分かってくれそうな相手だし。
「ストップ!降参!降参するから!だからこの座薬みたいなの止めて!」
「座薬……」
一応、攻撃はやんだ。
誤算なのは相手が座薬という言葉に反応して、肩を震わせていること。
ついでに言うと声も震えていて、表情は髪に隠れて見えない。
典型的な、お約束的な、怒ってるパターン。
「座薬って言うなーー!!『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」
「ぎゃーー!!」
洒落にならないほどの弾が飛び交う。
そんなものが避けれるわけもなく、無残にもどかどか当たっていく。
結構痛いな、これ。
ここで何もせずに朽ち果てるのもあれなので、ここは少し反撃してみようと思う。
私は内ポケットにしまっていたナイフを取り出すと、相手に向かって投げつける。
ドローイングの技術には多少自信があったので、的確に相手に向かって飛んでいく。
それを相手は難なく避けて見せると、何か気づいたような顔をして、一旦攻撃を止めてくれた。
「あなた、もしかして撃てないの?」
「当たり前です。こう見えても私は数日前まで別の世界に居たんですから」
「でもそんなの関係ないわ。座薬って言った罪は重いんだから」
「別に私は許してもらおうなんて思っちゃいませんよ。ただね、ちょっと十秒ほど時間がほしいってだけですね」
「十秒?いいわよ。弾幕を張れないあなたに何ができるのかしら」
「では、ありがたく準備をさせてもらいます」
そう言うと、私は胸ポケットにしまっていた紙を取り出す。
四つ折にしてあって、中には何かの粉末が入っていた。
それを綺麗に口の中へと運ぶ。
「何それ、ドーピング?」
「ただの材料ですよ。このためのね」
自身の左手で右手を掴み、変形させていく。
三秒もすると、右手は原型をとどめておらず、腕の関節より先が黒い筒のようなものになっていた。
「さあ、きっちり十秒よ。その変な腕でどうするのかしら?」
「ああ、そうそう。さっきの粉末の正体、教えましょうか?」
私は腕の先を向けながら言った。
「鉄と火薬ですよ」
「――っ!!」
言うと同時にダーンという音が鳴り響く。
私が変形させたのは銃。
鉄と火薬の粉末は弾薬の材料だ。
『変化』は形を変えるだけではない。
色、硬さ、温度、質感、素材、ほとんどのものを変えることができる。
だからこういった荒業も可能。
だが、不意打ちにも近い狙撃を、相手は間一髪でかわしていた。
問題ない。
どうせ相手は暫く立てないのだから。
耳元であんな爆音を聞かされても大丈夫な三半規管は存在しない。
案の定、相手はその場でうずくまっている。
そのまま、私は相手の額に腕を突きつける。
「どうですか?変な腕もたいしたものでしょう」
「…………」
相手はなにも喋らなかった。
まぁ、喋れるような状況でもないんだけどね。
「さて、どうしましょう。このまま打ち抜いても悪くはないんですが――」
「そこまでよ」
私の台詞は途中で遮られた。
声のした方を振り向くと、そこには弓を構えた女が立っていた。
後ろにも弓を構えた兎たちが並んでいる。
「し……しょう……」
先ほど倒した兎の耳をした少女が弱々しくそう言った。
なるほど、ボス格ってわけか。
「すみま……せん……」
「いいえ、よくやったわ、ウドンゲ。あなたのおかげで部隊を集める時間が稼げたわ」
よかった、そう言って少女は気絶した。
もはや腕を突きつける意味もない。
否、突きつけていたのならさらに事態は悪化していたであろう。
なにせ数が違いすぎる。
表に居た兎たちとは違って、こちらはすでに弓を構えていた。
私が少しでも不穏な動きをすれば即座にハリネズミになるだろう。
「さて、まずはお名前でも聞こうかしら。ウドンゲを倒した栄誉を称えてね」
「鴉間与一と申します。あなたは?」
「八意永琳。一応、薬師よ。ねぇ、素直に帰ってくれる気はないかしら」
師匠と呼ばれた女が訊いてきた。
「だからですね――いえ、もういいです。初めは降参してさっさと帰ろうと思ってたんですが、ちょっとばかしやる気が出てきました」
私は腕を構えなおした。
「私、中途半端って嫌いなんですよ」
「戦う前に一つ、聞いていいかしら」
「なんでしょう」
「あなたがここに来た目的よ。あの薬が目当てかしら?」
「あの薬?」
「蓬莱の薬よ。不老不死になれる薬」
まさか、とは思ったが、永琳の目は冗談を言っているようには見えなかった。
「どうしてあなたたちはそこまで不老不死に憧れるのかしらね?」
「人間っていう存在は日々死を恐怖しているんです。その恐怖から解き放たれたいと思うのは誰だって同じだと思いますよ。もっとも、私は不死なんか死んでもごめんですけど」
そう言うと、永琳はくすくすと静かに笑った。
「あなたはなかなか知恵のある人間のようね。そういう人は結構好きよ」
「ただの死にたがりです。実際、生きてたって絶望にしか当たらなかったわけですし、生きるのも死ぬのも大して変わりないですよ」
「一度も死んでないあなたがそんなことを言うなんて、皮肉ね」
「それが私の処世術ですよ」
益体のない会話を続けていく。
これも時間稼ぎに等しいものだ。
あれほどの数を私一人でどうしようかと、頭の中では必死に考え込んでいる。
幸いなことにここは通路、両脇を壁で固められている。
横に警戒しなくとも大丈夫。
だが、問題は後方に続いている通路。
ここから新手の援軍が来てしまえば私にはなす術がない。
と、その時、後ろから気配を感じた。
二つ、並んで歩いている。
この膠着状態で後ろを向いてしまえば、一斉に矢が飛ぶことになるだろう。
ならば、どうする?
「お前ら、こんなとこで何してんだ?」
その声で私の思考回路は一瞬停止した。
ゆっくりと後ろを向いてみると、そこには妹紅とあと一人、黒の長髪が似合う少女がいた。
だが、なぜか二人とも服がボロボロだった。
「なんで与一がここにいるんだ?たしか、外で待っててくれって言ったはずなんだが」
「いろいろとあらぬ濡れ衣を着させられまして……」
「永琳、いったいこれはどういうこと?」
黒い長髪の少女が口を開いた。
外見とは違って、少し大人びた声色だった。
「はぁ、私にもよく分からなくて……。ただ私は敵襲があったと聞いたので駆けつけただけです」
「その敵襲からが濡れ衣の始まりなんですよ……」
「さっぱり分からないわ。あなたは敵じゃないってこと?」
「あー、私から説明するよ。えっとだな――」
妹紅が今までの経緯を説明してくれた。
そこに私が別行動時の事情を付け加える。
前々から感じていたのだが、私はほとほと人にものを説明するのが苦手なようだ。
「ふぅん、そうだったの。それは失礼なことをしたわね。永遠亭の代表として謝罪するわ。
その娘――ウドンゲにも後でちゃんと謝っておくように言うわ」
その娘――私が気絶させた少女のほうを指差して言った。
そういえば、この娘も勘違いで私を襲ったんだったな……。
ちょっとやりすぎたような気もしてきた。
「そうだ、あなた、うちで晩御飯食べていかない?」
黒髪の少女は胸の前で手のひらを合わせて、思いついた、なたいなポーズをとった。
友達のお母さんが「ついでだから食べていきなさい」って言うようなノリで言われても……。
「いいんですか?姫様」
「いいのよ。食事は大勢のほうが楽しいわ」
……姫様だったんだ、この人。
竹林に姫様、なんだか竹取物語を思い出すなぁ。
「与一さん、でしたっけ。どうですか?夕食なんかを食べて行かれては」
「いいですね、ありがたくいただきますよ」
どうせ霊夢は白玉楼とかいうところで宴会だって言ってたし、神社は泥棒なんて入らないし(どうせ盗られて困るようなものなんて何もないだろう)、ここは羽目をはずさせてもらおう。
夕食会、というよりも宴会と言ったほうが当てはまるような雰囲気の中、私はせっせと料理を口の中に運んでいた。
『変化』は見た目以上にエネルギーを使うのだ。
ここ数日、栄養のあるものをあまり食べていなかったので、ここぞとばかりに食べる。
脂肪?そんなものはつく前に消費されてしまう。
万一ついたとしても、そこは『変化』で何とかして見せるさ。
「すごい食べっぷりね……」
お姫様も驚きのようだった。
まぁ、運ばれてきた料理を口に詰め込んでは水で流すような食べ方を見て唖然とするのも無理はないだろう。
「栄養のある食べ物は久しぶりですからね。っと」
ここでいったん食べるのをやめる。
「そういえばまだ名前を聞いてませんでしたね。私は鴉間与一と申します。あなたは?」
「私は蓬莱山輝夜よ。よろしくね」
「輝夜、ですか。では輝夜、あなたは何故ここに住んでいるんですか?いえ、別にここにいちゃ悪いって意味じゃないんですよ。ただなんでこんな竹林の中に住んでるのかなって思っただけです」
「あら、妹紅もこのあたりに住んでるはずだけど、そっちは疑問に思わないの?」
「妹紅は自らを不老不死だと言ってましたから。不老不死と普通の人間が共存するなんてことは不可能に近いですからね」
「同じことよ。私も不老不死。言うならば永琳だって不老不死よ」
「そうだったんですか……」
やけに不老不死が多い気がする。
人類滅亡なんてことがあっても三人は生き残るってわけか……。
「ねぇ、ひとつ訊いていいかしら」
輝夜は真剣な眼差しで訊いてきた。
「死ねるって、どんな気持ち?」
それは、妹紅が言ったことと同じ質問。
あの時は答えに詰まってしまった。
しかし、今ならはっきり言える。
「わかりませんよ、そんなもの。だって私は死ねないなんて体験したことないんですから」
「……そう、それがあなたの答えなのね」
「ええ、そうです」
こんな会話をしていると、宴会(夕食会)の煩さがまるで壁を隔てたかのように聞こえる。
そんな中、私は黙々と料理を口の中へと運んでいった。
場所は変わって、ここは妖怪の山にある射命丸文の家。
あたりには紙が散らばったままになっており、足の踏み場もないくらいに紙が床を占領している。
しかし、文にとってはそんなもの飛べばいいだけの話で、さほど気にはならなかった。
この紙だらけの部屋で、唯一整頓されている机に文は向かい合っていた。
手には部下に集めさせていた新聞のネタになりそうなものの報告書。
自分だけではスクープを集めきれないと判断した文が数日前に部下に言い渡していたのだ。
「まずは見出し」
机の上に積んである、山とまではいかないが、丘くらいの報告書の束に向き合う。
ぱらぱらと見て、目に付いたものを見ていく。
「永遠亭で藤原妹紅と蓬莱山輝夜が衝突――あんまり珍しいことじゃありませんね」
そう言って、その報告書を端に寄せる。
彼女いわく、没ゾーン。
「人里から人食いがいなくなった――ん~、いい記事なんだけど、他のところも取り上げてますね」
今度は反対側の端に寄せる。
彼女いわく、保留ゾーン。
「えーっと、博麗神社に居候――これだ!」
文の目がキラリと光った。
「ちょっと忙しくて神社のほうまで手が回せなかったうちに、霊夢さんもやってくれますね~。っと、その居候さんの名前は何でしょうか」
上機嫌な顔のまま、報告書を読んでいく。
しかし、ある四文字によってその顔は真剣なものへと変わる。
「鴉間――与一」
文はその報告書を持ったまま動かなくなってしまった。
そして一言、こう呟いた。
「まさか……ね」
翌日の文々。新聞の見出しは人食いの事になっていたという。
戦闘シーンが短いので少し残念でしたが、ガチバトルという雰囲気でもなかったので、このくらいが丁度いいのかもしれません。
しっかし、紅妹と輝夜仲良いな~
緊迫した雰囲気になってもどこかのんびりしている与一が自分は大好きです。
本当に面白いです。
予想は裏切られたが期待は裏切らない。
次も期待してます。
東方分もいい具合ですね。とても面白かったです。