Coolier - 新生・東方創想話

『史の闇は、かく語りき ~酔月夜~』

2007/12/04 10:40:42
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ここは幻想郷。
外界から隔絶されて幾星霜。
数多の魑魅魍魎が跋扈する、妖怪達の楽園である。






草木も眠る丑三つ刻。
鳴るは微かな虫の音色だけ。
そんな暗がりの林道。
そこに全く不似合いな影。
少女がいた。
しかし、それはヒトの形をしているが、ヒトに非ず。
少女は両手を広げ、林道に沿ってふよふよ浮いている。

「真夜中、こんなところに何の用だ?」

頭上から響く声。
木の上には、別の人影。
その者は道を往く少女の前に降り立った。

「別にー」
「この先には人間の里しかない…
 もう一度聞こう。何の用だ?」
「妖怪の仕事をしにいくのよー」

両手を広げた少女の目が怪しく光る。

「ならば通す訳には行かないな」

もう一人の少女が構える。

「悪いがおまえのような妖怪にはお引取り願おう!」

知識と歴史の半獣は、宵闇の妖の前に立ちはだかった。










   『史の闇はかく語りき』










幻想郷を包む大結界。
その外れには、寂れた神社が一つ。
名を博麗神社という。
本来は大結界の要。
由緒正しい神の社。
しかし、それも今は昔。
お参りに来る人間なぞ、とんと見ず…
今では、人外の溜まり場となっている。
その原因は、ここの主にある。

「今日はあったかくていいわねー」

当の主、博麗霊夢は茶をずずずっと啜りながら呟いた。

「年がら年中それだな、霊夢は」

その横では、腐れ縁の自称普通の魔法使いが縁側から足を投げ出しブラブラさせている。
木枯らしが吹く季節。
確かに今日はいつもに比べれば暖かいのだが…
巫女は季節に関係なく寛いでいるので、余り意味は無い。
半ば呆れながら、霧雨魔理沙は巫女との間にある皿から羊羹を一つ取る。
そして、口にひょいっと放り込んだ。

「それにしても…
 今日が雨にならなかったのが不思議だぜ。
 おまえがこんないいもん出してくれるなんてな」

いつもは出涸らしの茶程度なのに。

「別にー。あんたの運がいいだけよ。
 昨日、霖之助さんのところに行った時に貰ったの。
 箱詰めで結構数があるから、傷む前に食べないといけないしね」

と、巫女はのたまっているのだが…
ぶっちゃけ、真相は強奪である。
霖之助が楽しみにとって置いたものを霊夢が目敏く見つけ、色々難癖つけてせしめてきたのだ。

「ほー、香霖の奴、私には何もくれなかったくせに…」

魔理沙は一昨日香霖堂を訪れたが、羊羹なんていう粋な土産は貰えなかったのだ。
まぁその時、香霖堂に新しく入荷した外界の本をかっぱらって来たので、当然といえば当然だが。
あの店主からみれば、二人ともどっちもどっち。客ではなく略取者である。

「そういえば……あんたは今日、アリスと紅魔館に行くんじゃなかったの?」

しかもそれは魔理沙から言い出したことの筈だ。
約束をした場に霊夢もいたので、それを記憶していた。

「あー、パスパス。
 アリスとパチュリーにお披露目するはずだった丹に改良加えてたら、昨日全部お釈迦になったんだ。
 見せる物もないのにわざわざ行く必要もないぜ」
「そぅ」

この魔理沙のドタキャンはアリスもパチュリーも知らないであろうことは、霊夢にも容易に想像がつく。
人形遣いと日陰の魔女は、あのだだっ広い図書館で、来る筈のない人物を今か今かと待っているに違いない。
まぁ自分には関係ないことなので、霊夢は可哀想とも思わないが。

「あーん」

巫女が羊羹を楊枝で口に運んだ時だ。

「ん?」

神社の張られた結界の揺らぎ。
何者かがそれを踏み越えてきた。
しかし、その人物は中々境内には姿を見せない。
どうやら律儀にも手水舎で禊を行っているようだ。
それだけで、霊夢には誰かがわかった。
霊夢の知る中で、そんなことをやる人物は一人しかいない。

「盂蘭盆会の時以来じゃない。今日は何の用よ?」

その人物が声を出す前に、霊夢が声を掛けていた。

「やれやれ、お見通しのようだな」

石段を登りきって、その人物は境内へと姿を現した。
歴史の半獣、上白沢慧音だった。

「また厄介ごと持ってきたんじゃないないでしょうね?」

今年のお盆は慧音の提案を受け入れたせいで、神社は大混乱に陥った。
楽しかったは楽しかったのだが…
祭りのあと、いつもの宴会後より混沌と化した神社の掃除には、とことん骨を折った。

「うむ…厄介ごとというかな……」

慧音は言い難そうに、抱えていたものを縁側に置いた。いや、横たえた。

「こいつは…」
「ルーミア!」

魔理沙が素っ頓狂な声を上げる。
そこには宵闇の妖、ルーミアが昏倒している。
うなされるでもなく、まるで時でも止めたかのように動かない。

「どうしたのよ、これ」
「寝てるのか?」

魔理沙が箒の柄でつんつんルーミアを突っついた。
慧音は首を横に振る。

「昨晩、この妖怪が里の方に来たのでな。いつものように撃退したんだ。
 そこまでは良かったんだが……
 それから一向に目を覚まさないんだ。
 いくら妖怪とはいえ、捨て置くわけにもいかない。
 困り果ててここに運んできたというわけだ」
「…ここは託児所でも何でも屋でもないんだけど…」

巫女は呆れ果てた様子で、慧音をジト目で睨む。

「流石に責任を感じてな。
 私は史家ではあるが、こういう事象の診断するような知識には疎い。
 何とか力になって貰えないだろうか?」

半獣の少女は頭を下げる。
しかし、お盆のことがある。霊夢は慎重だった。

「嫌よ、めんどくさい」

いや、怠惰なだけか…。
無視するかのようにお茶を啜りだす。

「何なら私が診てやろうか?」

隣にいた魔法使いがニヤニヤ笑いながらそう言い出す。

「………」

慧音も魔理沙という少女の実力は認めている。
しかし今回の事例の場合、明らかに彼女の特性には向かないことだ。

「いや、遠慮しておこう」
「その方が賢明ね」

霊夢も同じ結論のようだ。

「仕方がない…」

慧音は大きく息を吐く。

「こういうやり方は好かないのだが…」

懐に手をやって、慧音は何かを取り出した。
そして、それをすぐ脇の賽銭箱に放り投げた。

  チャリン…

小さな音が境内に響く。

「あ…」

慧音が入れたものは、小銭。
即ち久方ぶりのお賽銭が博麗神社に奉納されたということになる。

「これでどうかな? 博麗の巫女殿」
「しょうがないわねぇ…」

口ではそう言いつつも、満面の笑みを浮かべながら、巫女は重い腰を上げる。

「診るだけよ」
「ああ、それでも構わない」
「そうねー」

霊夢はルーミアの額に手を当てて、瞳を閉じた。
何かしらを探っているかのようだ。
魔理沙は腕を組んで面白そうにその様子を眺めている。
程なくして、霊夢が目を開ける。

「一応現状は把握できたわ」
「おお、そうか」

慧音が嬉しそうに微笑む。

「『陽』の気に中てられたみたいね」
「陽の気に?」
「ええ」

巫女は人差し指を立てながら説明を始める。

「森羅万象この世の全ては、陰と陽の二つに分けれるのよ。
 人間は陽の気を纏っているし、妖怪は陰の気に塗れているわ。
 闇を操るルーミアは、特にその『陰』の傾向が強いみたい」
「ふむ。
 私も陰陽に関しては承知している。
 それで、彼女は?」
「あなたも半分とはいえ人間、それも人を守護するあなたは『陽』に寄った存在よ。
 その影響を攻撃の際に受けてしまったんでしょうね」
「あー、そういうことか」

魔理沙も納得したようだ。

「つまり、私ら善良な人間が妖怪の毒気に中てられておかしくなってしまったようなものだな」
「………」
「………」

魔理沙の発言に、色々と突っ込みたかったが、それは止めておいた。

「まぁ、平たく言えばそういうことね。
 今、魔理沙が言ったことと全く逆のことがルーミアに起こったというわけ」
「治せるのか?」
「うーん…残念だけど微妙ね。
 確かに私は陰陽の力を操れるけど…
 基本的に専門は陰の気を払うことだし」

巫女だし、と霊夢は付け加える。

「何とかできそうなのは…」

二人の脳裏にいくつかの顔が過ぎる。
八雲紫………どこにいるかわからない上、信用できない。
伊吹萃香………やはりどこにいるかわからない上、気紛れ過ぎる。
森近霖之助………どこにいるかわかっているけど、当てにならない。
紅美鈴………以下略。

「あいつらだけでしょうね」
「……永遠亭か…」
「ええ、薬師の技術もだけど…
 はっきり言って、あいつら月人自体が『陰』の気でできた人間みたいなものだから」
「餅は餅屋というわけか」
「そういうこと」

少々慧音は思案顔。
懇意とする妹紅の手前、あそこには行きにくいし…
何よりも慧音自身が彼らを快く思ってはいなかった。

「輝夜のところに行くのか?
 だったら私も行くぜ。面白そうだしな」

傍らの魔法使いが勝手に話を進めていた。
というのも、今までの霊夢と慧音の話を聞いていたところ…
昨日失敗した丹精製のヒントが、そこにあるような気がしていたのだ。

「仕方ない…」

結局慧音の中で、責任感が勝った。

「そうこなくっちゃな」

魔理沙がニヤッと笑う。

「霊夢はどうする?」
「めんどくさい」

即答だった。

半獣の少女は昏倒しているルーミアを背負う。

「世話をかけたな、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。またお賽銭よろしくね」
「また入用があればな」
「さっさと行こうぜ」

魔理沙はすでに箒に跨り宙の上。

「ああ」

慧音も縁側から飛び立った。
あとには縁側に変わらず座る霊夢だけ。

「ん~」
背伸びをして最後の羊羹を啄むと、御幣を担いで立ち上がった。

「さてと…
 …行きますか」

そう呟くと、巫女は縁側からふわりと浮いて、空に飛び立った。





   *****





永遠亭に向かう空の上。
ルーミアを背負う慧音と、箒に跨る魔理沙が並んで飛んでいる。
ふと、魔法使いは疑問を口にした。

「なぁ」
「ん?」
「今日、おまえの相方はどうしたんだ?」
「相方?」

半獣の少女は首を傾げる。

「あー」
「妹紅のことか?」
「そうそう」
「………」

慧音は少しだけ遠い目をする。

「元来、妹紅は干渉を嫌うからな
 それは私とて例外ではないということだ」
「そうか…」
「ああ、今日は一人でいたいんだそうだ」

そう言いながら、苦笑いを浮かべている。

「………」

結局会ってるんじゃないか…
魔理沙は呆れながら、心の中でそう突っ込んだ。





   *****





鬱蒼と続く竹林。
竹の葉が散るのは春。
よってこの季節でも葉は茂っている。
その為、いつもと変わらず日の光が入りにくい。

「相変わらず陰気くさいところだな」

魔理沙はぶつくさ言いながら、竹の枝の隙間を縫っていく。
程なくして、一行は竹林の奥の日本家屋に到着した。
永遠亭。
ここが月からの落人と、それ主とする兎達の塒だ。
礼節を重んじる慧音は、直接敷地内には行かず、玄関門の前に着地した。
魔理沙も、ここは紅魔館ほど勝手知ったる場所ではないので慧音のそれに倣う。

「ん?」

玄関の影から何匹かの妖怪兎がこちらを覗いている。
そして、目が合うとパタパタと家屋の中に駆けて行った。
慧音と魔理沙がくぐり敷地内に入った頃、家屋の奥から長い耳を持つ少女が現れる。

「皆が騒がしいから来てみれば…
 おまえたちか」

地上にはいない筈の月の兎。
鈴仙・優曇華院・イナバというやたら長ったらしい名前を持っている。

「よっ」

魔理沙がしゅびっと手を挙げる
鈴仙は慧音と目が合うと、警戒するように辺りを見回した。

「安心していい。今日、妹紅はいないよ」

すると、途端に鈴仙は大きく息を吐いて、緊張を解いた。

「ふぅ、良かったよ。あんたがいると大抵あいつもいるからな」

仕方なく妹紅に随伴して来てみれば、輝夜と妹紅が闘いを始めてしまい…
永遠亭の半壊を目の当たりにしたことが何度かある。
慧音も苦笑を浮かべるしかなかった。

「それで、今日はどんなご用向き?」

緊張を解いた鈴仙はいきなり緩んだ態度になり、二人に話しかける。

「おまえのお師匠さんに用事があってきたんだ」
「ちょっと訳ありなのだよ」

そう言いながら、慧音はぐったりとしているルーミアを鈴仙に見せるように半身を傾けた。

「病人?」
「まぁ、しいて言えばそうなるぜ」
「……わかったわ。
 師匠に取り次いでみるから、ちょっとここで待ってて」

そう言い残すと、鈴仙も先程の兎と同じようにパタパタと奥に姿を消す。
何となく可愛い…と慧音は思っていた。





   *****





ここは永遠亭の広間。
慧音は正座を、魔理沙は行儀悪く崩した胡坐をかいている。
前には横たわったルーミア。
二人の視線の先。
そこの上座に主の輝夜が鎮座している。
傍らにはその従者、八意永琳が座っていた。

「それでは、姫、師匠。何かあればお呼び下さい」

鈴仙がそう言い残し、襖を閉めて部屋から出て行った。
少し間をおいてから…

「これはこれは、珍しい組み合わせね」

輝夜が目を細めながら笑う。
慧音の背筋に戦慄が走る。
正直、慧音は目の前にいる月の姫が苦手だった。
いや、恐れを抱いていると言ってもいい。
妹紅が時々浮かべる、暗く濁った瞳を常に持つ少女。
慧音が知る限り、隣にいる従者が持つ苦悩や、妹紅が舐めてきたような辛酸もない。
だからこそ純粋な濁りがそこにある。
彼等ほど長じていない、慧音には解からない濁りだ。

「特にそこの半獣さんが、誰かさん以外と御一緒とはね」

結構な皮肉だ。
しかし、慧音はそれには介せず目を伏せる。

「本日はそこにいる八意永琳殿に、お願いの儀があって参りました」

そして頭を下げたのだった。


~少女説明中~


「という訳なんだ」

一通り説明し終わる。
大まかな内容は、博麗神社の巫女が語ってくれたことをそのまま伝えた。
薬師は前に昏倒している宵闇の少女の容態を診ながら、その話を聞いていた。
程なく診察が終わったのか、顔を上げる。

「珍しいですね、あなたが妖怪に肩入れするなんて」

柔らかな笑みを浮かべつつ、永琳は初めて口を開いた。

「肩入れしている訳ではない。
 ただこの妖怪がこうなってしまったのには、私に責任があるからな」
「くくく……」

その発言に、袖で顔を隠しながら、輝夜は笑いを噛み潰す。
律儀な慧音が、些か滑稽に思えたからだった。

「もう少し詳しく調べてみないと何とも言えないけれど…
 今診てみた限り、この手の症状なら治すことはできると思うわ」

そう専門家からの見解が述べられた。

「そうか」

良かった…と、慧音は安堵の息を吐く。

「ただ…」

そう言いながら、永琳は輝夜の方を見る。
絡み合う主従の視線。
当人達にしか解からない意思疎通が行われている様だった。
その輝夜の応えに、永琳はやれやれといった感じの溜息をついた。

「見返りはあるのかしらね?」

主がそう言った。

「見返り?」
「月の頭脳と謳われた永琳の秘術をお貸しするんですもの。
 何かしらの見返りはあって然るべきじゃないかしら?」

輝夜は微笑みながらのたまった。

「言っておくけど、私達はあの巫女みたいに安くないわよ」

永遠亭では訪れた人間には、薬を無償で配る。
それは里でも評判になっており、妹紅に至ってはそれを生業に利用している。
しかし、それも全て気分次第なのだ。
目の前にいる、永遠亭の主の。

「では、どうすれば……?」
「そうねぇ……」

思案顔の月の姫。
しばらくすると、ポンっと拳で掌を叩いた。

「いいこと思いついたわ」

輝夜が笑う。

「今度ここに妹紅を連れて来なさい」
「え…?」
「それで私の前で殺してみてくれないかしら。
 妹紅を、あなたが」

輝夜はニタリと笑い、その瞳の濁りは一段と深くなった。

「な……!?」
「見てみたいのよ。信頼するあなたに、裏切られ、殺された瞬間のあいつの顔を」
「おまえは……!」

慧音が怒りの前に立ち上がったときだった。
それより前に立ち上がり、後ろから慧音を追い越して輝夜の前に立ちはだかった人物がいた。
ずっと静観し、これまで一言も話さなかった少女。
普通の魔法使いたる霧雨魔理沙。

「私の方でも一つ条件をつけてやるよ」

そう言いながら、魔女は懐からミニ八卦路を取り出した。

「大人しく頼みを聞いてくれるんなら『本気で』ふっ飛ばさないでおいてやる」
「あら、脅迫かしら。
 でもそんなことしても意味無いわよ」

輝夜は焦った様子はない。
当たり前だ。輝夜は蓬莱人。死ぬことはないのだから。
ただ、従者の永琳は倒壊するであろう、永遠亭のことを考え、陰で頭を抱えていた。
しかし、ここで魔理沙はニヤリと笑う。

「誰がおまえを吹っ飛ばすって言った?」

ミニ八卦路の矛先をゆっくりとスライドさせる。
先程、鈴仙が消えた襖の方へ。
そして、その向こうには、鈴仙は勿論、永遠亭に住まう因幡てゐをはじめとした妖怪兎達の塒がある。
もしも彼女達に魔理沙が『本気の』マスタースパークを放ったら………
結果は火を見るよりも明らかだろう。
この魔法使いの出力は…
脆弱な人間の筈なのに、幻想郷でも突出している。


「く…」
「………」

永琳は勿論、輝夜にも動揺が走ったことを慧音は感じ取っていた。

「どうする?」

魔理沙はその瞳を見据えまま、輝夜に尋ねる。

「………」

しばらくのその睨み合いの後……

「あはははははははははは…」

月の姫は腹を抱えてケタケタ笑い出した。

「…は……はは……
 いいわ。魔理沙、あなたの条件飲みましょう」

その返答に緊張状態から解け、魔理沙は顔を隠すように帽子を押さえた。
輝夜の方は、ようやく笑い終わると従者の方を向き直る。

「永琳、早速取り掛かりなさい」
「かしこまりました、姫」

その声に、永琳は立ち上がった。

「私も付き合うぜ」

魔理沙にすればこの為に来たようなものだ。

「ちょっと陰陽を調節するっていうのに興味があってな」
「わかりましたわ。こっちよ」

永琳に続いて、魔理沙も奥の研究室へと姿を消した。





   *****





「ふぅ……」

永遠亭の客間で、慧音は大きく息を吐いた。
ようやく感じていた責任を果たしたからだろう。
ちなみに今ここには、慧音しかいない。
案内をしてくれた月の兎は、薬ができるまでここで待っているように、と言付けて手伝いに向かってしまった。

  ボンッ!!

「またか…」

先程から何かしらの爆発音がそこはかとなく聞こえてくる。
……些か不安である。
………。
しかし…
それも収まり静かになった。
………。
……。
…。
さらに、半刻ほどの時間が経つ。
再び襖が開いて、月の兎が現れた。

「薬の方が完成しました。師匠がお呼びです」
「ああ、了解した」

慧音は立ち上がった。





   *****





薄暗い部屋。
ここは永琳の研究室である。
部屋の全面に棚が置かれており、夥しい数の壺が並んでいる。
おそらく、この全てが得体の知れない薬品、毒薬の類だ。
そこの中央にある台座に、ルーミアは寝かされていた。
その脇に永琳が。そして何故かボロボロで黒いススに塗れた魔理沙がいた。
さらにその奥には輝夜がいた。
先程のことが思い出されたので、輝夜のねめつける瞳から視線を外し、慧音は永琳に向き直る。

「ありがとう。永琳殿」
「礼は全てが終わってから受け取るわ。
 早速飲ませてしまうわね」

永琳はすり鉢から緑色をした液体を口に含む。
そして、そのままルーミアの口付けをし、薬液を送り込んだ。
コクコクとルーミアの喉が鳴り、薬が嚥下されていく。
するとどうだろう。
時が止まったかのように、ぐったりしていたルーミアの呼吸が規則正しいものとなり…
頬は色合いを取り戻していく。

「どうやら成功のようね」

永琳は安堵の息を吐き、額の汗を布で拭った。

「ありがとう。永琳殿」

慧音は再び感謝の意を示した。





   *****





もうすぐ夕方という頃。
二人の珍客は永遠亭の玄関にいた。
慧音と魔理沙を見送る形で、永遠亭の面子もそこにいた。

「本当にいいのか? 彼女の面倒を診て貰っても」
「ええ、構わないわ。
 もう危険は無いけれど、経過は診ていないといけないの。
 まだ意識が戻らないし、あまり動かさない方がいいから」

慧音の問いに永琳はそう答える。

「承った」

慧音は頷く。

「さっさと帰ろうぜ」

相変わらず魔理沙はせっかちである。
すでに箒に跨り飛び去る体制を整えている。
どうやら永琳の薬の精製に丹のヒントを得たらしく、早く帰って魔法実験を再開したいらしい。

「ああ」

慧音の身体も宙に浮く。
そして、二人は振り返った。

「ありがとな、今日は」
「いずれまた礼に伺うよ」

そう言って、二人は空に飛び立った。
その姿が消えると、鈴仙をはじめ、兎達は家屋の中に引っ込んでいく。
あとには輝夜と永琳だけが残った。

「姫、本当にお戯れが過ぎますよ」

最初の交渉時のやり取りについて、従者は主を窘める。

「そうかしら?」

悪びれた様子もなく、輝夜はしれっと言った。
しかし、その瞳を遠い目をして濁りはない。
どこか嬉しそうにさえ見える。

「まったく…
 つまらない気紛れと嫉妬は控えてくださいね。
 あの人間と半獣の関係は、私と姫の間柄とは別物です」

見透かしたように従者はそう言った。

「………」
「それにですね…
 あのような存在は既に姫にもおりますよ。
 私達が月から守りきった鈴仙という名の月の兎が」
「…そうね」

輝夜は、妹紅を羨ましいと感じていたのは事実だ。
限りある命の中で、気をかけている者がいることに。
しかし、輝夜にもそれはいる。
鈴仙、てゐ、この永遠亭に住まう兎達皆がそうである。
それを自覚したからこそ、魔理沙に脅迫という名のお願いをされた時、笑いが込み上げてきたのだ。
輝夜は破顔した。
清々しい笑顔だった。

「今日は久しぶりに、イナバで遊びましょうか。
 他のイナバ達も全員呼んで、盛大に」

「そうですね、ウドンゲを可愛がってあげましょう」

傍らの従者もそのことを想像し、嬉しそうに微笑んだ。
哀れなるは、何も知らない月兎である。





   *****





ところ変わって…
ここは三途の川の向こう側。
そこには立派な建築物がある。
閻魔殿などと呼ばれている代物だ。
その中に、博麗の巫女、博麗霊夢はいた。

「あれ? 
 ここにいると思ったんだけど…
 …勘が外れたかしら」
「いいえ、合っていますよ。
 宵闇の妖なら、先程小町に送らせました」

霊夢の独り言にそう応えたのは、地獄の最高裁判長。
四季映姫・ヤマザナドゥである。

「あー、行き違いになったのね」

なーんだとばかりに、霊夢はかぶりを振った。

「しかし…よく解かりましたね」
「当然よ。いくら気が乱れたからといって、意識がないのはおかしいもの
 だったら魂ごと、どこかに留まらされてるって考えるのが妥当でしょう?」
「ご名答。
 さすがですね、博麗の巫女」
「それで、今回の意図は何かしら、黒幕さん?」


「そうですね…
 宵闇の妖、あれは何も考えなさ過ぎる。
 日々も飄々と生きていては、それは磨耗でしかない。
 無知も時には罪となるのです。
 ですから、こちらに来たついでにお説教をと思いましてね」


しかし、閻魔様は溜息をついた。

「そーなのかーと頷いてはいましたが…
 殆ど馬耳東風な上、私達の食料を食い散らかしていきましたよ」

少々遠い目をしている。
察するに、彼女達の台所は危急の事態に瀕してしまったのだ。
大食いの妖の為に。

「それで、慧音の方は?
 そっちにも意図はあるんでしょう」


「歴史の半獣。彼女は幻想郷でも珍しく、日々善行を積む者です。
 しかし、些か融通が利かなさ過ぎる。
 人間を護るというのは良い心掛けですが、善行も過ぎれば悪行となる。
 妖怪にも人間と同じように、生があることを今一度知るべきなのです」


そう言うと、映姫はにっこり微笑んだ。
黒幕の優しい笑み。

「そう。でもまぁ戻ったんなら良かったわ」

それを見ようともせず、巫女はさっさと帰ろうと宙に浮く。
早く帰った方がいいことを、勘が告げている。
しかし…
一足遅かった。

「せっかく来たのです。あなたの業はいまだに深い。
 少し説法を聞いていきなさい」

一転し、閻魔様は凄んだ視線を霊夢に送る。

「はぁ…」

めんどくさいなぁ…と溜息をつきながら…
博麗の巫女は、反抗すべく袖から符を取り出した。





   *****





草木も眠る丑三つ刻。
鳴るは微かな虫の音色だけ。
そんな暗がりの林道。
そこに全く不似合いな影。
少女がいた。
しかし、それはヒトの形をしているが、ヒトに非ず。
少女は両手を広げ、林道に沿ってふよふよ浮いている。

「真夜中にこんなところに何の用だ?」

頭上から響く声。
木の上には別の少女の影。
その者はルーミアの前に降り立った。

「またあんたなのかー」
「ああ。私は人間を守護する者だからな。
 だが…」

上白沢慧音は背後から酒の瓶を取り出した。

「私も人外の端くれだ。
 一度おまえと腹を割って話したいと思ってな」

慧音は微笑んだ。
すると…ルーミアも笑う。

「私もねー。
 ちょっと考えてみたい」

ルーミアにとって、そういう思考を持つこと自体極めて珍しいことだ。

「闇を肴に一緒に考えてもらえる~」
「ああ、喜んで」


『史』と『闇』はかく語りき。


たった二人の晩酌は…


夜が明けるまで続いたそうな。











   *****











………。
……。
…。
…後日。
紅魔館。
紅い悪魔が住む館。
ここは、そこに在るヴワル魔法図書館だ。
その中で、三人の魔女が相対していた。
少女の一人が高らか叫ぶ。

「というわけで…
 こいつは私が精製した『妖怪の力を弱める』丹だ!!」

霧雨魔理沙は西瓜の大きさ程ある球状の物体を掲げた。
それを見て、残る二人…
パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドは「おー」と歓声を上げていた。

「パチュリー、実験体の用意はしてくれたのか?」
「滞りなく」

そう言うと、パチュリーは傍らの天井から下がっていた紐を引っ張る。
すると、背後の布がばさっと落ちて、そこから亀甲縛りにされ、猿轡を噛まされた少女が現れた。
哀れな少女の名は紅美鈴。

「ふん…っも! ふがー!」

何を言っているのかさえ解からない。

「さて」
丹を飲ますべく、パチュリーは猿轡を外す。

「ぷはっ…! ちょっと待ってくださいよ!」

ひゅぅっと大きく息を吸い込むと、門番は叫ぶ。

「あなたなら、気の使い方に長けてるから大丈夫でしょう?」

パチュリーはシレッとそう言う。

「まぁ、観念しなさいな」

アリスも美鈴を押さえつけるのに加わる。

「さぁ! 行くぜ!!」

魔理沙が西瓜大の丹?を持って近づいてくる。

「ちょっ…! そんなの口に入らないって!」

しかし、三人の魔女は微笑みながら、全く取り合わない。
ゆっくりと、でっかい塊が門番に迫る。
泣き笑いを浮かべながら、美鈴は心のどこかで覚悟を決めた。

「あ………」

  ボンッ!!!

爆発音と共に、紅魔館から黒煙が噴き出した。
………。
……。
…。
………合掌。





その後………

とんと目覚めない紅美鈴の為に、三人の魔女が奔走するのは、また別の物語……










                          FIN




どうも、とてもとてもお久しぶりです。
笹森カワ丸です。
覚えている方はおられるでしょうか?

今回も「Golden City Factory」様に寄稿させてもらったSSを、許可を頂いて加筆修正したものです。

一応、「東方創想話 35」に投稿しました、
私の前作である
『茄子の牛、胡瓜の馬  ~東方鎮魂花~』
の続きだったりしますが、単体でも問題ない作品にはなってると思います。
前回もそうだったんですが、私はSSを、
その時作品を寄稿したCDの曲、あるいはイラストに登場しているキャラのみで
物語を作っている構成になっております。
(まぁCDの方が当初の予定から変わったりもするので、必ずしも遵守はしてませんがw)

まぁ、そんなこんなで一度世に出た作品で、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
やはり、直接的な感想を頂きたく、この場を借りて再度発表することにしました。

私が感じている、
楽園の、
少女達の想い…
少しでも共感して頂けたなら幸いです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


    笹森カワ丸



おまけ:その時のHP掲載のPR文


人と妖は相容れぬ。
その間に言葉はなく…
在るのは弾幕のみである。

此度奔走するは、人を守護する半獣也。
されどそれは人が為に非ず。
自戒より、敵たる宵闇の妖を救うべく。

今一度問おう。
偽経の掌の上で。
笹森カワ丸
http://www.gcfactory.sakura.ne.jp/
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コメント



0.620簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
「茄子の牛、胡瓜の馬」を読んでファンになった者です。
輝夜とえーりんのやりとりの内容がいまいち不可解だったり、
話の流れがあっさりしすぎてるような感じはありましたが、
幻想郷らしい、しっとりとした気持ちの良い話だったと思います。
次回作も期待しています~
6.無評価笹森カワ丸削除
読んで頂きありがとうございます。前作も読んで頂いているようで、感謝感激です! 
いやー、ご明察のとおり、あっさりしているのには訳がありまして…
元々これは、漫画のシナリオプロットだったものなんです。
最低限のことしか書いてなかったそれに、何とか肉付けしてSSにしたものなので……
その辺の歪さがやっぱ作品に出てしまいましたでしょうか。
登場人物の心情を漫画にする時の「絵」に依存させたままですかね…
もうちょっと、心理描写とか上手くなりたいです。
次回作に向けて精進します!
ありがとうございました。