久しぶりにいい出来事が起きた。
宇宙船を拾った。
これって実際ありうることなのだろうか。いくら見つけた場所が道を外れた竹林の中だったとしても、見つけたそれが泥を被ったオンボロだったとしても、だからといって簡単に見つかる理由にはならないと思うのだけれど。
見た目からして数世紀前の旧式の模様。博物館に行けば硝子一枚を隔てて展示されてるのではないかと思わせてしまう形容をしていた。好奇心の赴くまま船内も調べてみる。座席に骸骨は座っていないようだ安心した。ひんやりとしたシートは私の身体を包み込むように優しく支えた。薄暗い中をぎこちない手付きで起動スイッチを探してみる。それらしいものを見つけ押してみると、船内のボタン、レバーなどのありとあらゆる所が蛍光塗料のような淡い科学的な光を発した。どうやらまだまだ現役ようだ。
ゆっくりと、頭の中で今までの出来事を咀嚼してみた。これって宝くじで一等を当てるのとどっちがすごいのだろう。
真っ赤な空はまるで砂時計のように地平線の向こうへと流れ落ち、とうとう全部なくなってしまった。
「それでこんな場所に来ようなんて言いだしたのね」
彼女(あの人)が言った。足場が悪く虫などもたくさんいるせいか、どうもうんざりした様子。けれども目的の宇宙船を見たときは、その疲れをも忘れてしまったみたいに驚いていた。彼女(あの人)の綺麗な銀の髪が揺れてさらさらと
波を立てた。私はそれを見て、ぐっと腕に力を込めた。
「それにしても、本当に好きよね、あなた。こうなんというか、辛気臭い自殺スポットみたいな所」
彼女(あの人)が言った。
「それが功を奏するときが来たということですよ」
少し考えて、私はそう返すことにした。
私が彼女(あの人)と出会ったことは、その時はただ偶然と識別して日々流れていく日常の中へ一緒に収めてしまっていたのだけれども、今になって振り返ってみれば、それは必然というには大それているけど、例えるならば泣いている子どもにアメを与えてあやす様な、そんな感じで神さまが手を煩わしていただいたのだと、そんなようにも思えてしまった。
あの時のことを、
もう指では数え切れない程になるけれど、それでもまた、もう一度、思い返そうと思う。
鬱蒼と生い茂る草むらをひた進む。相変わらず自分の身長ほどもあるススキや羽虫が不快だった。それらを掻き分け、越えた先には湖がある。
湖といっても、水面が濁っていて所々にゴミが目立ち、何より向こう側が見えてしまうほどあまり大きくはない場所なのだけど。それと、なんでも昔、この湖から大量の妖怪が現れたとか。そんな曰くも付いてか、いつからかここは自殺スポットとして世間に認識されるようになった。そのこともあり、誰もが滅多にここへ訪れることはない。
水辺まで近づくとドブのような臭いが鼻の奥を刺激した。衛生面が悪いことも、この場所が不人気な理由なのだろうかと考えた。とても不快に感じるけれど、それでもここは私にとって避けられない場所のひとつに変わりはなかった。
彼女たちは残酷だ。
同じ年頃の、同じ世代であるがために、彼女たちはより正確に私の胸を抉ることができた。まだ顔を殴られたり、上履きを隠されたり、変なあだ名を付けられるほうがましだと思えた。
教室の、隅のほうにある小さな四角形の机。これだけが私に残された唯一の陣地だ。ここで私は、勉強をし、時計を見て、机に突っ伏し寝てる振りをしたり本を読んだりして、放課後までの時間を耐えなければならない。
休み時間のときの彼女たちの話し声がチクチクと胸に刺さる。彼女たちが集まって楽しそうにおしゃべりをする様を、私は顔を伏せて見ないことはできるが、聞かないようにすることはできなかった。とりわけ好きな本や音楽の話題になった時などは苦痛だった。話し声が何にも遮られずに耳へと侵入してくる。私はそれを無関心を装いながらも受け流さなければならない。
何に対しても興味なし、ただ勉強だけをすればいい。
それが最も傷つかずに学校という場を生きていくコツだった。
私はレイセン。
何てこともない、どの学校にも必ず一人はいるような、いじめられっこ。
私にとって、人から嫌われることは他の何よりも恐ろしいことだった。
そのためか人と接するときは相手の嫌がることを言わないよう、相手の求めていることに答えようにと定め、何かを犠牲にしてでも、それをすることに努めた。
当たり障りのない言葉と愚痴に対する期待通りの返答。約束ごとは必ず果たし、写すときに困らないようにノートは常に綺麗な字で執り、遊びの約束は多少の無理があろうとも必ず応えた。自分の予定などは二の次だった。
それほどのことまでして楽しいかというと、決してそういうわけではなかった。嫌われようとしない為に自分を曲げてゆく度に、生まれたときから培ってきたはずの本当の自分が徐々に崩れていく感覚を知った。いつしか自分は、嘘と虚飾で塗り固まった別の自分に何も疑いを持たなくなるのではないかと思うと、恐ろしく、身震いがした。然りとてそれをやめることも、できない。
それなのに結局嫌われてしまった私は一体、どんなだろう。どこが悪かったのか。何がどういけなかったのか。終わってしまった後でもときどき考えることがある。意味のないことなのかもしれないが、少なくともそうやって何がいけなかったのかと考えている時は平静でいられた。
もしくは、
今の自分こそがありのままの自分なのかもしれない。
そうだったのなら、胸が痛い。
誰とも口を聞けなくなってから、私は、学校では時計を眺める時間が増えた。手持ち無沙汰になったときなどに、それがまるで癖であるかのように自然と時計のほうへと顔を向いてしまうようになった。休み時間のときなどは特に、あの長針が少しでも早く動いて欲しいと思うことさえある。
休み時間になると、周りではグループを作り、楽しいおしゃべりの時間が始まる。その様子を眺めていると、私の何に対しても無関心でいようと決めた心が、ふと不意を突かれたかのように、切なさと不安で溢れ返ってしまうことがある。張り裂けそうな気持ちの中、羨ましそうに彼女たちを眺める自分はきっと惨めで、そんな時、私は眠くもないのに机に突っ伏して顔を埋めた。このまま眠れてしまえたならば、どんなによかったのだろう。
暗闇の中でも、耳からはいつまでも楽しそうな話し声が聞こえた。その言葉の一言一言が針になって私に突き刺さった。耐えられないとしても、然りとて顔を上げることはできなかった。暗闇のほうがまだ安心できた。
そしてどうしても我慢できなくなったとき、私はこの湖へ訪れる。誰も来ることのないこの場所で、傷を負った獣のように、ただじっと針の刺さった部分に瘡蓋ができるのを待った。
水面には自分の姿が映っていた。見たくなかったので私は小石を投げ続けた。
ただ待っているだけですべてが良いほうへ、解決へと向かっていくなんて、そんなおめでたい考えをしているわけではない。されど自分から動こうとも思えない。
ただ無気力と前へ進む怖さに立ち向かうよりも、在るがままを受け入れるほうが楽だと思った。
手元に小石がなくなったので、先ほどまで投げ続けた手が止まった。水面を走っていた波紋がゆっくりと消えてなくなった。次第にまた、自分の姿が浮かび上がってくる。
映っている兎は何度数えようとも一羽で、そのくせどぶ池なのにはっきりと映っていて、イライラや悲しみやらが溢れかえった。あらゆる感情が一斉に湧き上がって、自分がどんな顔でいればいいのかさえ分からなくなった。
やり場のない思いを抱え、その姿に今、まじまじと向かい合っている。
私は思った。
この水面に、自分以外の誰かが映っていたなら良いと思った。ひとりだろうとふたりだろうと、たくさんいたならなお良い。私は頭の中で、教室の中で楽しそうにおしゃべりをする彼女たちを思い描いた。もし自分があの中にいたならば……。そう思ってしまうことは、はたして我侭なのだろうか。
けれども、
もし、自分に許されるのなら、私の傍を埋めてくれる誰かが現れることを願う。
おしゃべりをしたり、メールをしたり、一緒にプリクラを撮ったりなんて、そこまではいわないから。ただ私の傍に居てくれて、私はいてもいいのだと、そう感じさせてもらいたい。それだけでいい。
水面に沢山の兎が視えた。けれども、私が彼女たちに触れることができるのは、決してない。だから私は目を瞑ってしまおうと思った。
そんな時だった。
「そこのあなた! 何をしているの!」
突然の大声に驚いて、私は一瞬固まってしまった。我に返って目を見開くと、水面にはいつの間にか影が二つに増えていた。私は慌てて後ろを振り向いた。
そこには大人びた風貌の、腰まで伸びた銀の髪が目立っている、女の人が立っていた。
「本当にビックリしたわ」
女の人が肩をすくめながら言った。彼女には自分が何のためにここに来たのかなど話せるわけがないので、私は咄嗟に、石投げの練習ですと答えてしまったのだが、彼女はなぜか神妙な面持ちで「あーなるほど」と納得してしまった。自分で言うのもなんだがどういう思考回路の持ち主なのだろうか。
「だって傍から見たら今にも入水しそうな雰囲気だったもの」
「そんな風に見られてたんですか」
私は思わず声を上げた。
「ええ、自殺志願者の模範解答として写真を撮りたかったくらいに、ばっちりと」
周りからは、自分は死ぬ一歩手前の状態に見られていたらしい。それにいままで気づかずにいたと思うと、恥ずかしくて死にたいと思った。
「あなたは――」
話を切り出そうと思って彼女の顔を見た。彼女は「うん」と相槌を打ってこちらを見た。女の人の顔を見て、私はきれいなひとだなと無意識に感じてしまった。咄嗟に私は顔を背けた。
「あなたはなんでこんな場所に――」
――来たのですか?
緊張して言葉が最後まで搾り出せない。そういえば久しぶりに誰かとまともに会話をする気がする。ここ数日間の出来事を振り返ってみても、自分が声を出した記憶はタンスに足の小指をぶつけた時の「痛ッ!」ぐらいしか思い出せない。
「別にただの散歩よ。町中をぶらぶらして回っていたら何やら怪しい場所で怪しい雰囲気のあなたを見つけたというわけ」
対して彼女は飄々と腰を据えた感じで、見た目の大人びた風貌もあいまってとても頼りがいのあるような印象を受けた。しかし街中をぶらぶらしているのに自殺スポットなんかに足を運ぶだろうか。人間の考えることはあまり理解できない。
「あなた、名前は」
「レイセンです。あなたの名前も聞いていいですか」
私がそう言うと、彼女は困ったような、少し悲しいような顔をして、
「ごめんなさい。訳があって今は名乗れないの」と言った。
それはどういうことなのだろうか、と私は思ったが、
「そんな。いいです、謝らないでください」とつい反射的に答えてしまった。
そして、その日を境に私たちは、まるで磁石が引き合うかのように幾度と出会うようになる。
名前を教えることができないと答えた彼女を、いつしか私は頭の中で彼女(あの人)と呼ぶようになり、
私の暗い世界にひとつの小さな灯りが照らされたのだった。
「――ところでさ」
彼女(あの人)の声が聞こえた。
「宇宙船を見つけたとして、その後、これをどうするつもりでいるのかしら」
彼女(あの人)は言った。
「公に発表して有名人にでもなる?」
「まさか。これを手放す気なんて一切ないですよ、私」
「それじゃあやっぱり使うつもりでいるのね。それに乗って。地上にでも行くのかしら」
帰れる見込みがあるならば、それも一度くらいはいいかもしれない。だけど……。
私は地面のある一点に向けて指を刺した。
そして思いを馳せた。
「私はですね、石になりたいんです。小さくて、ちっぽけで、たくさんありすぎるからこそ目に留まることのない、あれにね」
このまま周りから様々な刺激を受けて、それを返すべき所もなく心の内に住まわせて、やり場のないまま暴れるそれにただ耐えるだけの日々ならば、いっそこの船で誰の目も声も届かぬ場所へ行き、何も考えず感じず、胎児のように包まっていたほうがいい。そうしたのならどんなに楽なのだろうかと、毎日の日々の中で希望を求めるかのように、私は思うのだ。
彼女(あの人)は私のその言葉に、同意することも、否定することも、怪訝そうに思うこともなく、黙ったまま私の言葉を最後まで聞いてくれた。それが私の思いを、真剣に捉えているように感じて嬉しかった。私は、今にも消えてしまいそうな淡い光たちの中で、もし私がこの宇宙船で飛び立つ時が来るのならば、彼女は私を引き止めてくれるだろうかと、そんなことを考えた。
宇宙船を手に入れたおかげで、私はある程度あの教室の中で心を落ち着かせることができるようになった。どんなに辛くても自分にはまだ逃げ道がある。そのことが私に心のゆとりを作ってくれた。それに、今は彼女(あの人)もいるんだ。落ち込むことはない。
私の目が必要以上に赤いのは、鼻まで届く舌や外反母趾、反対側に曲がる親指と同じようなもので、いわば、良くて話題のネタになる程度、悪くていじめのネタになるようなものなのだけれど、子どものころ親に執拗ともいえるほど褒められたせいもあってか、成長してある程度の一般常識が備わるまでは、むしろ自慢していいものなのだと勘違いしていた。
――レイセンの目はとても赤くて綺麗よ
――お前のその赤い目を見るとオレも鼻が高くなるよ
そう言われてきたけれど、
お父さん、
お母さん、
ごめんなさい。
本当にそうなのでしょうか。
この世のものとは思えない荒々しい唸り声に、ふと我に返った。私の体がその声として分類していいのだろうかと不安になってしまう音によって、のけぞるように飛び退ったためだ。不意を突かれたとはいえ、大げさなリアクションをとってしまったために、体中が瞬く間に熱くなり、胸の奥がむず痒くなって落ち着かなくなってしまった。急いで首を動かし、周りに誰もいないことを確かめ、その後に音の発生源を探した。
発生源はあっけなく見つかった。近くにあった民家の庭に飼われている犬が、私がそこを横切ろうとしたときに反応したようだった。その犬は私の想像していたものより二周り程も小さく、可愛げのある顔をしていた。そのせいかやりきれない様な気持ちがいっそう込みあがり、私はもし歴史を消してくれるような人物がいたら急いで駆けつけて土下座してでも忘れさせていただきたいと思った。
犬は尚も不審者を排除しようと繋がれた鎖の限界まで私に近づき怒涛のごとく吼え続けてた。それがことさら癇にさわった。どうして自分がこんな犬に吼えられて、驚きびくびくして、逃げるように立ち去れなければならないのか。私はありったけの恨みと憎しみを込めて、そいつを睨み返した。
犬は勢いに乗せて獰猛な牙をあらわにしていた、のだが、私の目を見ると途端に吼えるのをやめた。ぴんと張った鎖が緩まりジャラっという音を立てた。そして足早に踵を返すと一目散に犬小屋の方へと逃げていった。
まるで化け物に睨まれたかのようなその一連の様子を愉快に思い、私は犬小屋に向かって「ざまあみろ」とつぶやいたのだけれど、気分が晴れることは決してなかった。
まあしかしよく考えてみれば確かに自分は化け物とそう変わらないのではないのかと、最近は納得するようになっていた。
そうなると自分が誰からも相手にされなくなったことも少しは仕方が無いのかなっとも思えた。
一昔前の話。
ある所にレイセンという一羽の兎がいた。
レイセンは単純に二者択一で答えるとするならば内向的な性格で、自分の好きなもの、嫌いなものをはっきりとはしているわりにそれを表に出すことが苦手な様子。学校の表彰式で、何らかの種目の聞いたことも無い大会でそれなりの好成績を残した者や、カラオケで上手に歌を披露できるもの、果てには自分の夢を恥じずに堂々と語れる者に対してまでも、我が身と比較してしまう程に自信はなく、ましてや目立つことも無く、ドラマチックも当たり障りもない人生をただ細々と生きてきたのだけれど、それでも彼女はごく少数の友人と、慎ましやかであれど本人にとっては十分満足な日々を送っていた。
そんなレイセンにもひとつ、他の者とは違うところがあった。彼女の目は他の誰よりも赤く、染まっていた。
ただ誰よりも赤いだけ、何も興味深いことではないはずなのに誰もがその目に焦点を合わせた。「なんだかとても赤いねえ」「うん」「ゴミでも入ったの」といった感じ。他愛もない話のタネ。けれどもその赤い目にはなにかしらの魅力があったのだろう。内気なレイセンはそれを出会いのきっかけとして嬉しがったし個性として誇った。
しかし、いつの日か誰かがその赤い目について暴言を吐いた。そのひとはレイセンに悪意があったのか、冗談半分だったのか、それはもう知りようのないことだが、その人が言った言葉を簡単にするとこうなる。
レイセンの目は危険だ。
見つめると頭がおかしくなって、死ぬ。
それはちょうどレイセンが当番をしていた飼育小屋のインコが何日も壁に突進するなどして暴れ、ついに死んでしまった時のことだった。でまかせだとは分かっても、レイセンの周りに不穏な空気が流れた。
しかしインコが死んだのは餌によるせいだった。数日後にニュースでインコの餌を作っていた業者が毒物が入った商品を製造していたとして報道された。レイセンが殺したわけではなかった。
とはいえ、ふたつの出来事の時間差が近いこともあってかレイセンの目には不吉な何かが残った。それは消えることなく噂として彼女にまとわりつくこととなった。
まるで毒蛇に咬まれてしまったかの様に。
レイセンの日常は少しずつ、毒が体の中を廻っていく様に変わっていった。
いつからかだれもレイセンの目を見て話さなくなった。
いつからか友人も離れていった。
いつからか自分の周りにぽっかりと穴が開いてしまった様に誰もレイセンに近づかなくなった。
なんで
いったいどうして
私はどこもおかしくなんかないのに
レイセンはそう思っていた。消え去ってしまった日常を受け入れることができずに、子どもが駄々をこねるように、彼女は噂を否定した。とはいえ彼女にはひとつ、深刻な問題があった。彼女には勇気がなかったのだ。
一言でもいい。ヒステリーを起こしてでも、誰かの迷惑になってでも、彼女は主張しなければならなかった。「そんなわけない」と。でもそれができなかった。怖かった。怖くてできなかった。
こうなってしまったのは自分のせいだったのか。あのときはっきりと打ち明けることができずに目を瞑っていた自分を何度となく振り返ってみても、もう元に戻ることは決してない。
静まりはしても噂はいつまでもなくなることはなかった。逆になくなってしまった日常はいつになっても戻ってくることは無かった。レイセンの友達だった兎は、今は向こうで楽しそうにおしゃべりをしている。
ついに変化は自分にまで及んだ。噂が、現実となってしまったのだ。
その日レイセンは自分の家に帰ると、いつもとどこか空気が違うことに気づいた。直感的にレイセンは玄関に置いてあった傘を手に持ち、息を殺して中へと入った。
変化は直ぐにレイセンの目に入った。居間が、まるで台風が通った後の様に荒らされていた。今朝までの部屋の、余りにも変わり果ててしまった有様を見て、思わずレイセンは声をあげてしまった。その時である。
がさっ、と奥の部屋から物音が立った。誰かいる。親は仕事で夜遅くまで帰ってくるはずがないのに。レイセンは自分の手が震えているのを感じた。持っていた傘を落としてしまわないようにと、よりいっそう手に力を込めた。このまま奥の部屋に行くべきかどうか、決めかねているその時、奥の部屋のドアから大きな影が現れた。
それは自分の知りもしない男だった。背丈は自分の伸長を優に越え、全身を黒を基調とした衣類で身を覆っていた。レイセンに見つかったのに男は逃げる素振りも見せず、むしろレイセン方に近づいた。直感的にレイセンは感じた。あの男は私を殺すつもりでいる、と。
一歩、また一歩と男が迫ってきているにも関わらず、レイセンは金縛りにあったかのように動くことができなかった。自分の命が危機に面していると分かっているのに叫び声もあげられない。まるでお皿の上に添えられたかのように、自分はただ死を前にして震えることしかできなかった。
ついに男はレイセンの目の前まで近づいた。男と目が合った。男がレイセンを見下ろす目は、真夜中に目を閉じたときのように真っ暗で一筋の光も見えなかった。
レイセンは願うように念じた。
何もしないで このまま帰って
レイセンは遂に目を閉じて自分の死を覚悟した。しかしいつまで経っても男はレイセンに危害を加えることはなかった。男はレイセンに背を向けると、機械のようにぎこちない足取りでそのまま裏口から外へ出ていってしまった。
後日、例の池で男の死体が見つかった。男の身元を調査していくうちに、彼の家から大量の盗まれた金品が見つかり、空き巣であったとして新聞に載った。それはあの時、レイセンを殺そうとした男だった。死因は溺死、自殺であったと書かれていた。男が死んだ理由は今も分からないままだ。
レイセンの目を見つめると頭がおかしくなって、死ぬ。
あの言葉が頭の中を支配した。私は、分からなくなった。彼女のいった言葉はデタラメであったはずなのに、インコもあの男も死んでしまった。学校では誰も相手にされなくなった。まるでどこか遠い所に置いてきぼりにされてしまったかの様に。私は憎む相手さえ分からずに、猶も狂った赤い目を両方に宿したままに、その目から見える狂気の世界に身を投じることとなった。
夏休みが始まる前の週から教室ではヴァカンズを楽しむために、彼女たちは様々な計画を立てようと忙しなく動いていた。
彼女たちは期待を胸いっぱいにふくらませ、それぞれの予定帳が真っ黒になってしまうまで楽しみを書き込んでいた。
そのため夏休みになると外でクラスの者に会うことはめっきりなくなってしまう。私は汗を流しながら道の真ん中を歩いた。
「別に。一生続いてもいいよ。夏休み」
自然と言葉が出てしまった。
夏休みは近くにある公民館の、入り口から直ぐにある小じんまりとした図書スペースで、ひっそりと大半の時を過ごした。
ほとんどのヒトはここよりも広くて設備のよい市の中心部にある大型図書館へと行ってしまう為か、いつ来てもこの場所は空いていた。窓際には数人の受験生が参考書を読みながらペンを回していた。その横で小さな男の子がまるでおもちゃ屋の棚を眺めているかの様に、硬くて分厚い科学やら宇宙やらの本に浸っていた。宇宙、か……。
「今日はいつもよりも休憩が早いわね」
反対側の席に座っている彼女(あの人)が言った。
「なんだか今日は頭が痛いわ。悪いけどレイセン、今鎮痛剤を持ってないかしら」
鞄の奥のほうにしまってあったのを思い出し、目的の物を渡した。彼女(あの人)はありがとうと礼を言うやいなや、水も使わずにそれを飲み込んでしまった。
彼女(あの人)は気だるそうに私の使っていた教科書を手に持ち、パラパラと回る映写機を眺めるように玩んでいた。辛いであろうことが分かったけれど、その仕草のひとつひとつの大人びた様に、私は胸をどきりとさせてしまった。入り口に置いてあったテレビからニュース聞こえた。月と地球との戦争についての内容だった。深刻なことであるはずなのに、そのすべてが夢の中の出来事のように感じてしまった。ほっぺの部分が熱くてしかたがない。風邪を引いてしまったのだろうか。
「最近の学生はすごいのね」
彼女(あの人)が持っている教科書を使ってうちわを扇ぐ真似をした。
「こんなやたらと難しい、聞いたこともない記号や専門用語ばかり記された、読んだらラリホーでも掛けられるんじゃないかと真剣に考えたくなるような分厚い参考書なんて読み解いて。もしこんなのが私の時代にテストとして出題されていたら、学生の大半は間違いなく鬱になっていたことでしょうね」
「それ、ちょっと勘違いしています」
手首が疲れたのか彼女(あの人)はうちわの真似をするのをやめた。
「これは何というか、趣味のようなものですよ」
いや、それ以上かな、と思いながら私は答えた。
「参考書に書いてある構造式を暗記するのが趣味……ね」
やっぱり彼女(あの人)は呆れてしまっている様。頭に手を当てているのは頭痛のせいであるからと信じたい。
「誤解してるようなので順を追って話しますが、私、本当は医学の道に進みたかったんです。親に死にもの狂いで阻止されましたけど」
両親は頻りに兵隊になることを進めた。兎にとって兵役を持つことはとても名誉のあることだ。しかも今は戦時中だ。自らの命を掛けてこの月を侵略者の手から守るために組織された兎たちの軍隊はすべての者の憧れとして存在した。
父は昔、その憧れの軍隊に入ろうとした。しかし駄目だった。一次試験の筆記は難なく合格したが、続く二次試験の身体能力検査で落とされたためだ。父は色盲だった。
母も私が兵隊になることに対してまるで自分のことのように喜んだ。自分の子どもが危険に晒そうとしていることなど、まるで頭に入ってない様。とにかくあの二人は、私が兵隊になりさえすればいいようだった。
「医学……ね」
彼女(あの人)はそれだけ言うと、言葉が見つからないのかそのまま黙ってしまった。その顔は少し鋭くなったように感じた。
「私は子どものころ、重い病気に罹ったことがあって、今になって思えばそれほど深刻なことじゃないと思えるんですけど、でもそのときの私は本当に苦しくて、自分は明日を迎える前に死んでしまうんじゃないかとさえ思って、怖くて何度も傍にいた親を呼び止めもしました。それぐらい辛かったんです。ですが次の日に病院へ行ったとき、私を診てくれたお医者さんは私にあの薬を入れる白い処方箋を手渡して励ますように、この薬を飲めばすぐに元気になるよと言ったんです」
胸の奥が少しむず痒くなってきた。いきなりこんなことを言い出して、彼女(あの人)は笑い出さないだろうか。いまさらながら、心配だ。
「薬を飲むと病気はたちどころに治ってしまいました。まるで魔法にかかったかの様でした。あの小さくて丸っこくて、それなのにさも当然のように私を助けてくれたあの薬に、私は興味を持ちました」
「……そう」
彼女(あの人)は心もとない返事をしたが、しかし私は、それが本当は身を乗り出して話を聞きたいでいる自分を、隠しているかのように見えた。いつも大人びた雰囲気を持った彼女(あの人)が今はどこか、あの男の子と同じように思えたのだ。
「調べていくうちに、その時私の飲んだ薬がどんなものかが分かりました。私の懸かった病気は、昔何万ものヒトを殺した恐ろしい病でしたが、ある人が特効薬を発明したおかげで、滅多に死ぬことがなくなったそうです。そして、これは何より驚いたことなのですが、その薬を発明したのはあの八意永琳だったんです」
八意永琳。それは月の頭脳と呼ばれる程の天才で、今日の歴史の教科書にも載っているほどの人物である。
「その人って確か数世紀前に数百人もの罪のない月の民を皆殺しにし、あげく当時の月の姫を攫って卑しき地上へと逃げた、極悪人よね。歴史で習ったわ。あの般若みたいな顔の人でしょ」
と言いながらノートに般若の落書きを書いた。よほど印象に残っていたのか、それは空で描いたのに歴史の教科書と寸分違わぬほどに似ていた。似ていたけれど、そこまで言うことはないと思う。
「……確かに歴史の教科書にはそう書いてありましたけど」
「歴史の教科書がすべて正しいとは思わない、ていうのは屁理屈じゃないかしら」
「それでも、少なくとも彼女は私の命を救ってくれたんですよ」私は口をすぼねながら言った。彼女(あの人)はそれを見てにやりと笑った。それはなんというか、友達どうしが好きな人について聞きあう時のような、いじわると楽しみがこもった笑みだった。
頭に血が上った。どうしてもこの人に一矢報いってやりたいと思った。
そのとき、まるでタイミングを推し量ったかのように、ふと名案が思い浮かんだ。
「さっきあなたの飲んだ鎮痛剤も、もう何百年も前に、八意永琳が作ったものなんですよ」
私は口を開いた。せき止められたダムが開いたように、自分でも驚くほど饒舌に。彼女(あの人)もまた、堪えきれないといった感じで、今までに見たことのない別の一面を晒していた。
「主に鎮痛作用としてアセチルサリチル酸を使っているのですが、もうひとつ、その薬の成分の半分を占めるほど重要なものが入ってるんです。何か分かりますか」
「いいえ、全然」
彼女(あの人)はなおも笑顔で答えた。私はほんの少し、よぎる程度に、それがうれしくって幸せそうに感じた。
「それで、それは何?」
「それはですね」
私は答えた。
「それは、やさしさです」
誰もが思うように。長かった夏休みも振り返ってみれば走り抜けたように、刹那的に過ぎ去ってしまった。最後の夜、私は寝台についてもどこか落ち着かず、暗い闇の中、ただじっと眠りがやってくるのを待った。明日から、またあの場所に行かなければならないという思いが、私をそうさせているのだろう。
それなのに起きる時間はいつもよりも早いほどだった。ゆっくりと準備しても、まだ教室には誰もいないだろう。私は最後の抵抗として、思いつく限りの遠回りをすることにした。
途中で何人かの同じ学校の生徒を見かけた。その子たちの誰もが二人以上のグループを作っていた。私は亀のように足を緩めてそれらが消えてしまうのを待ち、何度も見送った。
あの子達は何を考えているのだろう。一ヶ月のあいだ怠惰に浸かった体が、再会する授業を疎んでいるのだろうか。それとも長かった休日の思い出を振り返っているのだろうか。少なくとも、学校へ行くのが辛いと思っているひとはいなさそうだ。見れば分かる。学校へ行くのが辛いという人は、大抵はしたくもないのに夜更かしして、通学中は一人で、道草をしてギリギリまで到着するのを粘るものだ。
目的の建物が見えてきた。もうそろそろ観念しないといけない。
校門の前まで来たときにふと空を見上げた。真っ青な空に小さな黒い点がいくつも見えた。運動場にいた幾人かの女生徒達もそれに気づき、何かが過ぎったのか不安そうにそれらを見上げていた。
そしてその中のひとつは、黒板のチョークのように灰色の煙を引きながら、少しずつ大きくなっていき、ピンポン玉程の大きさになってやっとそれが自分の方へと向かってきていて、またそれが何なのかが分かった。驚愕した。戦闘機だ。一足先に気づいた女生徒はもうとっくに逃げていた。
だが、それでもよく理解できない。なんであんなものが今こちらへと煙を吐き出しながら向かっているのだろうか。訳が分からないままただじっとそれを眺めていた。
それはなおも大きくなっていき、鼓膜の破れてしまうような轟音を発しながら、吸い込まれるように学校へと落ちた。機械が、叫び声をあげたかのようだった。もし何事もなかったのなら、おそらく私はそこにいたはずであっただろう。
地面に激突しても戦闘機は勢いを落とさずに、砂煙を上げながら学校の方へと突っ込み入り口の部分に激突し、そこでやっと止まった。
学校が一瞬で別の空間へと変わってしまったみたいだった。生徒のほとんどが叫び声をあげ逃げまどい、もしくはその有様を見て呆然と立ち尽くしていた。教師も生徒と変わりなかった。普段なら一枚割れただけでも大騒ぎなはずの窓ガラスが一斉に何十枚も割れたのに、誰もがそれを眺めもしなかった。たぶんここにいるすべてのひとの感情メーターが、限界を超えて一回転してしまったのだ。
先端の尖った部分からコックピットの部分が建物の中に埋まってしまった。左翼の部分は地面に接触してしまったせいか折れてへの字を反対した様になっている。そこから液体が流れていた。それを見た途端、私の中で悪寒が走った。あの機体は爆発する。一刻も早くここから離れろ、と本能が私を駆り立ててきたからだ。私はそれに従おうとした。しかし、私は見てしまった。
戦闘機のすぐ近くに倒れている一人の女生徒がいた。足を怪我したのか、その女生徒は倒れたまま立ち上がれない様子だった。そして、私はその子を知っている。もう、どこまでも遠くへいってしまったことなのだけど、彼女は私の友人だった。
彼女と私の目が合った。彼女が私に向かって何かを叫んだ。うまく聞き取れなかったが、私に助けを求めているのだろうことは用意に想像できた。助けなければ。けれどもあの戦闘機はいつ爆発してもおかしくはないのだ。
逃げろ。
逃げろ!
逃げるんだ! レイセン。
本能が駆り立てる。
私は――
叫んだ。
私はその時に。恥も外聞もなく、大声で助けを求めた。
けれども、ここにいるすべてが私に近づくこともしなかった。みな自分の命を守ることで精一杯だった。殆どがそれどころではないといった様子で気づいたひとも私を助けることを留まった。私の、すぐ目の前にある黒い、暴力が形になったような物体のせいだ。
それでも私は叫んだ。死にたくないという思いが私をそうさせていた。
そのとき、私を見ているひとがいることに気づいた。彼女と目が合わさる。言葉を失う。彼女は昔、私と友達だったひとだった。
激しく脈打っていた心臓が凍ってしまったかと思えた。私は昔、彼女を見捨てたのだ。
「レイセン!」
気が付くと、私は彼女の名前を叫んでいた。どんな思いがそうさせたのか私にはもう分からなかった。助けて欲しかったのかもしれないし、来てほしくなかったのかもしてない。
「レイセン!」
彼女は私の方へ向かって進みだした。しかし最初の一歩ですぐに足が止まる。
しばらくそのままだったような気がした。すると彼女は意を決したのか全速力で私の方まで走ってきた。
涙が出そうだった。見捨てられて当然。そう心に思っていた。望んでいさえもしたかもしれない。私は彼女の肩を借りることでようやく立ち上がることができた。煩わしいながらも一歩一歩進んで行き。なんとか校門の前までたどり着くことができた。
私は全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
何事でもないかのように、彼女は私に手を差し伸べた。
目から熱いものが込みあがってきた。私はその時になってはじめて、涙を流した。
レイセン。
ごめんなさい。私、ずっと見ないでいた。あなたを。ずっとひとりで寂しかったはずだと思っていたのに。あなたに声を掛けることすらもできなかった。
怖かった。怖かったの。あなたに声を掛けた途端、私もあなたと同じようになってしまうということを。あるはずのないデタラメな噂だと、笑って蹴っ飛ばしてしまえばよかったのに。周りのみんなは当然かのように噂を信仰するから、そんな簡単なことも私にはできなかった。そんなわけないじゃないのって、たったそれだけのことなのにね。言えなかった。あなたが苦しんでいるの、分かってたのに。
ああ、どうしてだろう。こんな事態になってるっていうのに、なんだか今はとても晴れやかな気分。もうすぐ死ぬんじゃないかなとさえ思えちゃった。ごめん、不謹慎だよね。
ねえレイセン。こんなときに言うのもなんだけどさ。もしよかったら、こんな私を、赦してくれるかな。
……そう。よかった。ありがとね、レイセン。本当にありがとう。
ねえ、レイセン。もっと顔を近づけて。
あなたの目。とても赤くて綺麗。なんでいままで見なかったんだろうね。もったいなかったな。
でも、これからいままでのツケを全部返すからね。いっぱい遊んで、いっぱい話して、いっぱい笑おうね。
レイセン。
走った。全力で走った。足が引き千切れてしまってもいいとさえ思った。
背中から焼けるように熱い風が轟音と共に通り抜ける。振り返ると学校から赤黒い煙が舞い上がっていた。私は止まることなくなおも走り続けた。
体力が限界を向かえ、私は立ち止まり膝を着いた。体中が酸素を欲しがっているのにうまく呼吸ができなかった。膝の部分に温かい水滴が落ちた。そのときになってようやく、自分が泣いていることに気づいた。
私はあのとき、彼女を見捨てた。彼女と目が合ったとき、私は助けようと身を乗り出そうとしたが、私の足はまるで意思を持ったかのように前へ進むことを躊躇った。体は前へ行こうとしていたのでそのままバランスを崩して倒れた。掌と膝に擦り傷を負って痛みを感じたとき、私の中で何かが崩れた。私は立ち上がってそのまま校門へと出て行ってしまった。
彼女はたぶん、死んでしまった。彼女は、何を思いながら私の背中を眺めていたのだろうか。彼女は、自身が焼け崩れる中、私の行為にどれほど絶望したのだろうか。どれだけ呪ったのだろうか。
私は、
臆病で、
非社交的で、
化け物で、
村八分にもされて、
それでも、友達だけは、絶対に裏切らないって、思っていたのに。
涙は止まることはなかった。涙腺が痛くなっても流れ続けた。もう自分はこの世界にいるべきではない。私はそう思った。
宇宙船は道を外れた竹林の奥の、どんなに偶然が重なろうとも、誰もこんな所へはこないだろうとさえ思えてしまうような場所にある。自分が行うすべての役目はもう果たしたんだといった様子で、今は深い眠りについているあの宇宙船。あれさえあれば、私はどこへでだって行ける。
行き先は決めていない。ただ、遠くに行きたいとだけ思った。
羽虫は相変わらず私に纏わりついた。でも今はそれを払う気にもなれない。
きっと私はダメだったんだ。何から何まで崩れ去ってしまった過去の出来事を振り返りながら、そう思う。私は、自分が辛い目にあうのはこの赤い目のせいだと思った。でも違うんだ。私はただ踏み外しただけなんだ。過去、未来を含めすべてのひとが通るであろう道を。その気にならばいつでも軌道修正できたのに、臆病な自分は逃げることだけを選んだ。赤い目のせいにして、他からはすべて目を反らし、結果、後戻りができなくなってしまって、イジけて……
私は、ダメなんだ。だからあの子を助けることもできなかった。こんな自分はもうここにいるべきではない。ここにいてはきっと更に迷惑をかけてしまうだろう。
どこか、遠くへ行こう。もう誰とも関わらないために。
ついに宇宙船が見えた。オンボロでレトロチックな宇宙船は、相変わらず竹林の寝台に鎮座していた。それなのに、ふと違和感を感じてしまった。どんなに偶然が重なろうとも、誰もこんな所へはこないだろうとさえ思えてしまうような場所なのに、そこに人影が見えたからだ。
「待ってたわ。レイセン」
それは、彼女(あの人)だった。
「……どうして」
最初に堰を切ったのは私だった。彼女(あの人)は私が今日ここへ来ようと思ったことなど知らなかったはずだ。なのに彼女(あの人)は待ち構えていたとしか考えられない程に堂々と、目の前に存在している。まるで、なにもかもがお見通しとでもいったかのように。
「あなたを見送りに来たのよ」
彼女(あの人)が答えた。
背筋が凍った。何で、知っているんだ。私は口に出してすらいなかったのに。すると彼女(あの人)はそんな私の心中などまるで見透かしてるといったように「そんなに驚くほどのことではないわ」と答えた。
「なぜならあなたのことについて、私は殆どすべてを知っているのだから。ついさっき、あなたが友達を見捨てたこともね」
体が、鉄のように固まってしまったかの様に動けなくなる。つい先ほどまでの出来事が記憶が波となって押し寄せた。黒焦げになった友人がどうして助けに来なかったのかと私に訴えた。後悔と自責が溢れ返り、遂に何も考えることができないまでに至った。けれども、なによりも衝撃を受けたのは、それが彼女(あの人)の口から出たことだった。
彼女(あの人)がそのようなことを言うはずがない。それを私は心のどこかで確信していた。裏切られた気分だった。
思わずあとずさってしまった。彼女(あの人)のあの大人びた落ち着いた風貌が、今はある種の恐怖さえ感じる。銀色の髪は水から飛び出た魚のようにウネウネと波をつくった。
「最後に、教えてあげる」
彼女(あの人)が言った。
「前に、私はあなたに名前を教えることはできないって話したけどね」
そう言いながら宇宙船に向かいあうと、そこへ手をかざした。幽霊のようにゆっくりと不気味に宇宙船へと吸い込まれていく手は、やがて外側の部位をやさしく撫でた。
「できなくて当然よね。だってあなた、私に名前をつけてくれなかったのだもの」
ずぶっ、と、彼女(あの人)の手が、宇宙船の中に潜り込んでいった。
「あなたは、本当に自分を騙すのが得意な子ね」
まるで焦らすようにゆっくりと、ひどく落ち着いた様子の彼女(あの人)が私の元まで歩いてきた。それなのに私にはまるで実感がわかなかった。こんなに近くにいるのにどこまでも遠くにいるような気がした。子どもの頃、遠足で行った文化会館にもう何年も前から置いてあったのだろう寂れた感じの、どれだけ手を伸ばしても絶対に触れられない人形の入った機械が頭に浮かぶ。その人形は、彼女(あの人)と入れ替わってしまった。悲しかった。もう二度と彼女(あの人)と心を通わすことができない気がした。
「友達が欲しいと思った自分を騙して、それが耐えられなくなったら今度は友達がいない自分を騙そうとした。あの時、あの池に映った自分の、能面のような顔が見ていられなくて、あなたは暗示をかけた。潰したいとさえ憎んでいた、その赤い目を使って」
そうだ。私は逃げた。どこまでも、臆病な自分は前へ出ることを頑なに拒んで目をそむいた。すべてを噂のせいにして、離れていったあの子を引き止めることもできなかった。助けることもできなかった。
彼女(あの人)は、そんなふがいない私の慰めのための存在だったんだ。
……でも…
彼女(あの人)が、私の前まで来た。間近で見ると改めて思う、美しく整った顔立ちの人だ。あの目も、唇も、銀の髪も、私は他の誰よりも好きだ。彼女(あの人)と出会って数ヶ月、いろいろなことがあった。たいていはなんてことのない話ばっかりだけれど、それでもそのひとつひとつが大切な思い出だ。
たとえ私の作った幻であっても、楽しかったんだ。私には彼女(あの人)が必要なんだ。
「でも、いいじゃないですか。自分を騙しても、私はそれしかできなかったんだから。私はあなたさえいてくれればそれだけで十分です。だからもっと私の側にいてください。これからもずっといてください。私を助けてください。いいでしょ、だってあなた、私の幻覚なんだから」
彼女(あの人)は首を横に振った。どこまでも、悲しそうな目をしていた。
「私には、けれどもそれはできないの」
「どうして!」
「レイセン。つらいときに、そこから逃げ出すことは決して悪いことではないわ。大事なときに一歩前へ進むのはとても勇気の必要なこと。あなたなら分かるでしょう」
「はぐらかさないで!」
「でもね、いつまでも逃げ続けることはできないの。いつかは絶対に、立ち向かわなければならないときがやってくるの。そんなときに私のような存在はあなたの邪魔になってしまうわ」
「邪魔でもいいよ! おねがいだから、一緒にいてよ!」
「レイセン。もっと自分に自信を持って。あなたなら大丈夫。それに辛いときはいつでもあなたの元に駆けつけるわ。だって私はあなたの友達だもの」
私は彼女(あの人)に抱きついて、泣いた。彼女(あの人)の胸の中は、とてもあたたかった。それも、私の作った幻だというのだろうか。
泣き声は竹林の中をどこまでも響いた。彼女(あの人)は泣き続ける私をいつまでもやさしく包んでくれた。
「そろそろ、お別れの時間ね」
彼女(あの人)が言った。「そうですね」と私は答えた。
「私、地上へ言ってみようと思います。地上の民は野蛮人が多いって学校で習って、正直こわいんですけど、でも、やりなおすならそこしかないかと思ってます」
「そう」
「念入りにお別れをいっておきますね。だって私、もうあなたに会う気なんてありませんから」
最後にちょっとだけ強がってみせた。でもだめだった。途中で声がしゃくりあがってしまったからだ。
「そうね。実を言うと私も、もう二度とあなたに会えないと思うと清々するわ」
彼女(あの人)はそう言ってにこやかに笑った。私もがんばって笑った。
「それじゃあ、さようなら。名前のない私の友達」
「ええ、さようなら。赤い目をした私の友達」
そう言うと私はあのレトロチックな船の中へと乗り込んだ。これから私はひとりでがんばることができるのだろうか。正直にいうと全く自信がない。けれども、彼女(あの人)がいつも私を見守ってくれている。だから私はこれからもがんばれる。そんな気がした。
さようなら、私の友人よ。そして、さようなら、私の憧憬の姿よ。
宇宙船は何の異常もなく飛び立った。
遠くから見た月は、意外にも小さかった。
地上での生活は、予想に反して平穏で、過ごしやすかった。
あてのない地上での旅の最中に、私は半ば運命的に永遠亭を見つけた。
永遠亭には夢にまで見た八意永琳が、攫ったとされる月の姫に仕え、過ごしていた。私はどうして彼女が今も生きているのかという疑問よりもまず、彼女の顔が般若面でないことに安心した。まじまじと見つめていると彼女は怪訝そうな顔で「そんなに私の顔が珍しいの」と言われた。月でのことは墓石まで持っていこう。姫はそんな状況を愉快に眺めていた。
彼女らの好意によって、私は永遠亭で暮らすこととなった。衣食住を約束される代わりに八意永琳の助手として働くようにと命じられた。危うく卒倒しそうになった。夢にすら見なかった。
初めて八意永琳の元で働くこととなったとき、彼女は、
「なにか、もっと覚えやすい名前にしたほうがいいわね」と言った。
別の意味で卒倒しそうになった。
友達もできた。因幡てゐという名前の地上のウサギだ。月から来た自分に興味を持ったのか、何度も私に声をかけてきてくれたかわいらしい娘だった。物の見事に騙された。
毎日が騒がしくて、忙しくて、充実していた。ここにいると月にいたときの、いつかくるであろう終わりを何度も待ちわびた、あのプールで溺れているかのような息苦しい日々が、もうずいぶんと遠い日のように思えた。これ以上の望みが、わがままになってしまうくらい、ここでの生活は楽しかった。
けれども、ときおり私は思う。地上に来て、信じられないほど充実とした日々を送るごとに、私は不安に襲われる。
この日常は、私の作り出した都合のいい幻想で、本当の私は今もあの宇宙船の中で、ぼさぼさの髪に垢まみれの状態で胎児のように丸くなり、この赤い目を使って二度と覚めない夢を見続けているのではないのだろうか、と。
そう思ってしまうと、夜はたいてい眠れなかった。このまま目を閉じて朝起きたとき、私は夢から覚めてしまっているのではと思うと、とてもではないが眠ることなどできなかった。暗い夜の中びくびくしながら、ただじっと恐怖が去っていくのを待った。
それでも駄目だったとき、私は外へ出て、月を眺める。乾いた夜風を身に受けながら見上げた空には、嘘のように金色に輝いていている月がぽつんと浮かんでいた。
私はその月を眺めながら、あそこで起こった出来事、彼女(あの人)との奇跡のような出会いを思い浮かべ、
そしてあかんべーをした。
近頃は、よく冷えるようになった。吐く息が白い。あんな月など、さっさと踵を返して部屋へと戻ろう。
その日はよく眠ることができた。きっと時間が経てば、悩むこともなくなってしまうだろう。なんとなくだけれど、そう思えた。
彼女(あの人)とはまだ会っていない。
宇宙船を拾った。
これって実際ありうることなのだろうか。いくら見つけた場所が道を外れた竹林の中だったとしても、見つけたそれが泥を被ったオンボロだったとしても、だからといって簡単に見つかる理由にはならないと思うのだけれど。
見た目からして数世紀前の旧式の模様。博物館に行けば硝子一枚を隔てて展示されてるのではないかと思わせてしまう形容をしていた。好奇心の赴くまま船内も調べてみる。座席に骸骨は座っていないようだ安心した。ひんやりとしたシートは私の身体を包み込むように優しく支えた。薄暗い中をぎこちない手付きで起動スイッチを探してみる。それらしいものを見つけ押してみると、船内のボタン、レバーなどのありとあらゆる所が蛍光塗料のような淡い科学的な光を発した。どうやらまだまだ現役ようだ。
ゆっくりと、頭の中で今までの出来事を咀嚼してみた。これって宝くじで一等を当てるのとどっちがすごいのだろう。
真っ赤な空はまるで砂時計のように地平線の向こうへと流れ落ち、とうとう全部なくなってしまった。
「それでこんな場所に来ようなんて言いだしたのね」
彼女(あの人)が言った。足場が悪く虫などもたくさんいるせいか、どうもうんざりした様子。けれども目的の宇宙船を見たときは、その疲れをも忘れてしまったみたいに驚いていた。彼女(あの人)の綺麗な銀の髪が揺れてさらさらと
波を立てた。私はそれを見て、ぐっと腕に力を込めた。
「それにしても、本当に好きよね、あなた。こうなんというか、辛気臭い自殺スポットみたいな所」
彼女(あの人)が言った。
「それが功を奏するときが来たということですよ」
少し考えて、私はそう返すことにした。
私が彼女(あの人)と出会ったことは、その時はただ偶然と識別して日々流れていく日常の中へ一緒に収めてしまっていたのだけれども、今になって振り返ってみれば、それは必然というには大それているけど、例えるならば泣いている子どもにアメを与えてあやす様な、そんな感じで神さまが手を煩わしていただいたのだと、そんなようにも思えてしまった。
あの時のことを、
もう指では数え切れない程になるけれど、それでもまた、もう一度、思い返そうと思う。
鬱蒼と生い茂る草むらをひた進む。相変わらず自分の身長ほどもあるススキや羽虫が不快だった。それらを掻き分け、越えた先には湖がある。
湖といっても、水面が濁っていて所々にゴミが目立ち、何より向こう側が見えてしまうほどあまり大きくはない場所なのだけど。それと、なんでも昔、この湖から大量の妖怪が現れたとか。そんな曰くも付いてか、いつからかここは自殺スポットとして世間に認識されるようになった。そのこともあり、誰もが滅多にここへ訪れることはない。
水辺まで近づくとドブのような臭いが鼻の奥を刺激した。衛生面が悪いことも、この場所が不人気な理由なのだろうかと考えた。とても不快に感じるけれど、それでもここは私にとって避けられない場所のひとつに変わりはなかった。
彼女たちは残酷だ。
同じ年頃の、同じ世代であるがために、彼女たちはより正確に私の胸を抉ることができた。まだ顔を殴られたり、上履きを隠されたり、変なあだ名を付けられるほうがましだと思えた。
教室の、隅のほうにある小さな四角形の机。これだけが私に残された唯一の陣地だ。ここで私は、勉強をし、時計を見て、机に突っ伏し寝てる振りをしたり本を読んだりして、放課後までの時間を耐えなければならない。
休み時間のときの彼女たちの話し声がチクチクと胸に刺さる。彼女たちが集まって楽しそうにおしゃべりをする様を、私は顔を伏せて見ないことはできるが、聞かないようにすることはできなかった。とりわけ好きな本や音楽の話題になった時などは苦痛だった。話し声が何にも遮られずに耳へと侵入してくる。私はそれを無関心を装いながらも受け流さなければならない。
何に対しても興味なし、ただ勉強だけをすればいい。
それが最も傷つかずに学校という場を生きていくコツだった。
私はレイセン。
何てこともない、どの学校にも必ず一人はいるような、いじめられっこ。
私にとって、人から嫌われることは他の何よりも恐ろしいことだった。
そのためか人と接するときは相手の嫌がることを言わないよう、相手の求めていることに答えようにと定め、何かを犠牲にしてでも、それをすることに努めた。
当たり障りのない言葉と愚痴に対する期待通りの返答。約束ごとは必ず果たし、写すときに困らないようにノートは常に綺麗な字で執り、遊びの約束は多少の無理があろうとも必ず応えた。自分の予定などは二の次だった。
それほどのことまでして楽しいかというと、決してそういうわけではなかった。嫌われようとしない為に自分を曲げてゆく度に、生まれたときから培ってきたはずの本当の自分が徐々に崩れていく感覚を知った。いつしか自分は、嘘と虚飾で塗り固まった別の自分に何も疑いを持たなくなるのではないかと思うと、恐ろしく、身震いがした。然りとてそれをやめることも、できない。
それなのに結局嫌われてしまった私は一体、どんなだろう。どこが悪かったのか。何がどういけなかったのか。終わってしまった後でもときどき考えることがある。意味のないことなのかもしれないが、少なくともそうやって何がいけなかったのかと考えている時は平静でいられた。
もしくは、
今の自分こそがありのままの自分なのかもしれない。
そうだったのなら、胸が痛い。
誰とも口を聞けなくなってから、私は、学校では時計を眺める時間が増えた。手持ち無沙汰になったときなどに、それがまるで癖であるかのように自然と時計のほうへと顔を向いてしまうようになった。休み時間のときなどは特に、あの長針が少しでも早く動いて欲しいと思うことさえある。
休み時間になると、周りではグループを作り、楽しいおしゃべりの時間が始まる。その様子を眺めていると、私の何に対しても無関心でいようと決めた心が、ふと不意を突かれたかのように、切なさと不安で溢れ返ってしまうことがある。張り裂けそうな気持ちの中、羨ましそうに彼女たちを眺める自分はきっと惨めで、そんな時、私は眠くもないのに机に突っ伏して顔を埋めた。このまま眠れてしまえたならば、どんなによかったのだろう。
暗闇の中でも、耳からはいつまでも楽しそうな話し声が聞こえた。その言葉の一言一言が針になって私に突き刺さった。耐えられないとしても、然りとて顔を上げることはできなかった。暗闇のほうがまだ安心できた。
そしてどうしても我慢できなくなったとき、私はこの湖へ訪れる。誰も来ることのないこの場所で、傷を負った獣のように、ただじっと針の刺さった部分に瘡蓋ができるのを待った。
水面には自分の姿が映っていた。見たくなかったので私は小石を投げ続けた。
ただ待っているだけですべてが良いほうへ、解決へと向かっていくなんて、そんなおめでたい考えをしているわけではない。されど自分から動こうとも思えない。
ただ無気力と前へ進む怖さに立ち向かうよりも、在るがままを受け入れるほうが楽だと思った。
手元に小石がなくなったので、先ほどまで投げ続けた手が止まった。水面を走っていた波紋がゆっくりと消えてなくなった。次第にまた、自分の姿が浮かび上がってくる。
映っている兎は何度数えようとも一羽で、そのくせどぶ池なのにはっきりと映っていて、イライラや悲しみやらが溢れかえった。あらゆる感情が一斉に湧き上がって、自分がどんな顔でいればいいのかさえ分からなくなった。
やり場のない思いを抱え、その姿に今、まじまじと向かい合っている。
私は思った。
この水面に、自分以外の誰かが映っていたなら良いと思った。ひとりだろうとふたりだろうと、たくさんいたならなお良い。私は頭の中で、教室の中で楽しそうにおしゃべりをする彼女たちを思い描いた。もし自分があの中にいたならば……。そう思ってしまうことは、はたして我侭なのだろうか。
けれども、
もし、自分に許されるのなら、私の傍を埋めてくれる誰かが現れることを願う。
おしゃべりをしたり、メールをしたり、一緒にプリクラを撮ったりなんて、そこまではいわないから。ただ私の傍に居てくれて、私はいてもいいのだと、そう感じさせてもらいたい。それだけでいい。
水面に沢山の兎が視えた。けれども、私が彼女たちに触れることができるのは、決してない。だから私は目を瞑ってしまおうと思った。
そんな時だった。
「そこのあなた! 何をしているの!」
突然の大声に驚いて、私は一瞬固まってしまった。我に返って目を見開くと、水面にはいつの間にか影が二つに増えていた。私は慌てて後ろを振り向いた。
そこには大人びた風貌の、腰まで伸びた銀の髪が目立っている、女の人が立っていた。
「本当にビックリしたわ」
女の人が肩をすくめながら言った。彼女には自分が何のためにここに来たのかなど話せるわけがないので、私は咄嗟に、石投げの練習ですと答えてしまったのだが、彼女はなぜか神妙な面持ちで「あーなるほど」と納得してしまった。自分で言うのもなんだがどういう思考回路の持ち主なのだろうか。
「だって傍から見たら今にも入水しそうな雰囲気だったもの」
「そんな風に見られてたんですか」
私は思わず声を上げた。
「ええ、自殺志願者の模範解答として写真を撮りたかったくらいに、ばっちりと」
周りからは、自分は死ぬ一歩手前の状態に見られていたらしい。それにいままで気づかずにいたと思うと、恥ずかしくて死にたいと思った。
「あなたは――」
話を切り出そうと思って彼女の顔を見た。彼女は「うん」と相槌を打ってこちらを見た。女の人の顔を見て、私はきれいなひとだなと無意識に感じてしまった。咄嗟に私は顔を背けた。
「あなたはなんでこんな場所に――」
――来たのですか?
緊張して言葉が最後まで搾り出せない。そういえば久しぶりに誰かとまともに会話をする気がする。ここ数日間の出来事を振り返ってみても、自分が声を出した記憶はタンスに足の小指をぶつけた時の「痛ッ!」ぐらいしか思い出せない。
「別にただの散歩よ。町中をぶらぶらして回っていたら何やら怪しい場所で怪しい雰囲気のあなたを見つけたというわけ」
対して彼女は飄々と腰を据えた感じで、見た目の大人びた風貌もあいまってとても頼りがいのあるような印象を受けた。しかし街中をぶらぶらしているのに自殺スポットなんかに足を運ぶだろうか。人間の考えることはあまり理解できない。
「あなた、名前は」
「レイセンです。あなたの名前も聞いていいですか」
私がそう言うと、彼女は困ったような、少し悲しいような顔をして、
「ごめんなさい。訳があって今は名乗れないの」と言った。
それはどういうことなのだろうか、と私は思ったが、
「そんな。いいです、謝らないでください」とつい反射的に答えてしまった。
そして、その日を境に私たちは、まるで磁石が引き合うかのように幾度と出会うようになる。
名前を教えることができないと答えた彼女を、いつしか私は頭の中で彼女(あの人)と呼ぶようになり、
私の暗い世界にひとつの小さな灯りが照らされたのだった。
「――ところでさ」
彼女(あの人)の声が聞こえた。
「宇宙船を見つけたとして、その後、これをどうするつもりでいるのかしら」
彼女(あの人)は言った。
「公に発表して有名人にでもなる?」
「まさか。これを手放す気なんて一切ないですよ、私」
「それじゃあやっぱり使うつもりでいるのね。それに乗って。地上にでも行くのかしら」
帰れる見込みがあるならば、それも一度くらいはいいかもしれない。だけど……。
私は地面のある一点に向けて指を刺した。
そして思いを馳せた。
「私はですね、石になりたいんです。小さくて、ちっぽけで、たくさんありすぎるからこそ目に留まることのない、あれにね」
このまま周りから様々な刺激を受けて、それを返すべき所もなく心の内に住まわせて、やり場のないまま暴れるそれにただ耐えるだけの日々ならば、いっそこの船で誰の目も声も届かぬ場所へ行き、何も考えず感じず、胎児のように包まっていたほうがいい。そうしたのならどんなに楽なのだろうかと、毎日の日々の中で希望を求めるかのように、私は思うのだ。
彼女(あの人)は私のその言葉に、同意することも、否定することも、怪訝そうに思うこともなく、黙ったまま私の言葉を最後まで聞いてくれた。それが私の思いを、真剣に捉えているように感じて嬉しかった。私は、今にも消えてしまいそうな淡い光たちの中で、もし私がこの宇宙船で飛び立つ時が来るのならば、彼女は私を引き止めてくれるだろうかと、そんなことを考えた。
宇宙船を手に入れたおかげで、私はある程度あの教室の中で心を落ち着かせることができるようになった。どんなに辛くても自分にはまだ逃げ道がある。そのことが私に心のゆとりを作ってくれた。それに、今は彼女(あの人)もいるんだ。落ち込むことはない。
私の目が必要以上に赤いのは、鼻まで届く舌や外反母趾、反対側に曲がる親指と同じようなもので、いわば、良くて話題のネタになる程度、悪くていじめのネタになるようなものなのだけれど、子どものころ親に執拗ともいえるほど褒められたせいもあってか、成長してある程度の一般常識が備わるまでは、むしろ自慢していいものなのだと勘違いしていた。
――レイセンの目はとても赤くて綺麗よ
――お前のその赤い目を見るとオレも鼻が高くなるよ
そう言われてきたけれど、
お父さん、
お母さん、
ごめんなさい。
本当にそうなのでしょうか。
この世のものとは思えない荒々しい唸り声に、ふと我に返った。私の体がその声として分類していいのだろうかと不安になってしまう音によって、のけぞるように飛び退ったためだ。不意を突かれたとはいえ、大げさなリアクションをとってしまったために、体中が瞬く間に熱くなり、胸の奥がむず痒くなって落ち着かなくなってしまった。急いで首を動かし、周りに誰もいないことを確かめ、その後に音の発生源を探した。
発生源はあっけなく見つかった。近くにあった民家の庭に飼われている犬が、私がそこを横切ろうとしたときに反応したようだった。その犬は私の想像していたものより二周り程も小さく、可愛げのある顔をしていた。そのせいかやりきれない様な気持ちがいっそう込みあがり、私はもし歴史を消してくれるような人物がいたら急いで駆けつけて土下座してでも忘れさせていただきたいと思った。
犬は尚も不審者を排除しようと繋がれた鎖の限界まで私に近づき怒涛のごとく吼え続けてた。それがことさら癇にさわった。どうして自分がこんな犬に吼えられて、驚きびくびくして、逃げるように立ち去れなければならないのか。私はありったけの恨みと憎しみを込めて、そいつを睨み返した。
犬は勢いに乗せて獰猛な牙をあらわにしていた、のだが、私の目を見ると途端に吼えるのをやめた。ぴんと張った鎖が緩まりジャラっという音を立てた。そして足早に踵を返すと一目散に犬小屋の方へと逃げていった。
まるで化け物に睨まれたかのようなその一連の様子を愉快に思い、私は犬小屋に向かって「ざまあみろ」とつぶやいたのだけれど、気分が晴れることは決してなかった。
まあしかしよく考えてみれば確かに自分は化け物とそう変わらないのではないのかと、最近は納得するようになっていた。
そうなると自分が誰からも相手にされなくなったことも少しは仕方が無いのかなっとも思えた。
一昔前の話。
ある所にレイセンという一羽の兎がいた。
レイセンは単純に二者択一で答えるとするならば内向的な性格で、自分の好きなもの、嫌いなものをはっきりとはしているわりにそれを表に出すことが苦手な様子。学校の表彰式で、何らかの種目の聞いたことも無い大会でそれなりの好成績を残した者や、カラオケで上手に歌を披露できるもの、果てには自分の夢を恥じずに堂々と語れる者に対してまでも、我が身と比較してしまう程に自信はなく、ましてや目立つことも無く、ドラマチックも当たり障りもない人生をただ細々と生きてきたのだけれど、それでも彼女はごく少数の友人と、慎ましやかであれど本人にとっては十分満足な日々を送っていた。
そんなレイセンにもひとつ、他の者とは違うところがあった。彼女の目は他の誰よりも赤く、染まっていた。
ただ誰よりも赤いだけ、何も興味深いことではないはずなのに誰もがその目に焦点を合わせた。「なんだかとても赤いねえ」「うん」「ゴミでも入ったの」といった感じ。他愛もない話のタネ。けれどもその赤い目にはなにかしらの魅力があったのだろう。内気なレイセンはそれを出会いのきっかけとして嬉しがったし個性として誇った。
しかし、いつの日か誰かがその赤い目について暴言を吐いた。そのひとはレイセンに悪意があったのか、冗談半分だったのか、それはもう知りようのないことだが、その人が言った言葉を簡単にするとこうなる。
レイセンの目は危険だ。
見つめると頭がおかしくなって、死ぬ。
それはちょうどレイセンが当番をしていた飼育小屋のインコが何日も壁に突進するなどして暴れ、ついに死んでしまった時のことだった。でまかせだとは分かっても、レイセンの周りに不穏な空気が流れた。
しかしインコが死んだのは餌によるせいだった。数日後にニュースでインコの餌を作っていた業者が毒物が入った商品を製造していたとして報道された。レイセンが殺したわけではなかった。
とはいえ、ふたつの出来事の時間差が近いこともあってかレイセンの目には不吉な何かが残った。それは消えることなく噂として彼女にまとわりつくこととなった。
まるで毒蛇に咬まれてしまったかの様に。
レイセンの日常は少しずつ、毒が体の中を廻っていく様に変わっていった。
いつからかだれもレイセンの目を見て話さなくなった。
いつからか友人も離れていった。
いつからか自分の周りにぽっかりと穴が開いてしまった様に誰もレイセンに近づかなくなった。
なんで
いったいどうして
私はどこもおかしくなんかないのに
レイセンはそう思っていた。消え去ってしまった日常を受け入れることができずに、子どもが駄々をこねるように、彼女は噂を否定した。とはいえ彼女にはひとつ、深刻な問題があった。彼女には勇気がなかったのだ。
一言でもいい。ヒステリーを起こしてでも、誰かの迷惑になってでも、彼女は主張しなければならなかった。「そんなわけない」と。でもそれができなかった。怖かった。怖くてできなかった。
こうなってしまったのは自分のせいだったのか。あのときはっきりと打ち明けることができずに目を瞑っていた自分を何度となく振り返ってみても、もう元に戻ることは決してない。
静まりはしても噂はいつまでもなくなることはなかった。逆になくなってしまった日常はいつになっても戻ってくることは無かった。レイセンの友達だった兎は、今は向こうで楽しそうにおしゃべりをしている。
ついに変化は自分にまで及んだ。噂が、現実となってしまったのだ。
その日レイセンは自分の家に帰ると、いつもとどこか空気が違うことに気づいた。直感的にレイセンは玄関に置いてあった傘を手に持ち、息を殺して中へと入った。
変化は直ぐにレイセンの目に入った。居間が、まるで台風が通った後の様に荒らされていた。今朝までの部屋の、余りにも変わり果ててしまった有様を見て、思わずレイセンは声をあげてしまった。その時である。
がさっ、と奥の部屋から物音が立った。誰かいる。親は仕事で夜遅くまで帰ってくるはずがないのに。レイセンは自分の手が震えているのを感じた。持っていた傘を落としてしまわないようにと、よりいっそう手に力を込めた。このまま奥の部屋に行くべきかどうか、決めかねているその時、奥の部屋のドアから大きな影が現れた。
それは自分の知りもしない男だった。背丈は自分の伸長を優に越え、全身を黒を基調とした衣類で身を覆っていた。レイセンに見つかったのに男は逃げる素振りも見せず、むしろレイセン方に近づいた。直感的にレイセンは感じた。あの男は私を殺すつもりでいる、と。
一歩、また一歩と男が迫ってきているにも関わらず、レイセンは金縛りにあったかのように動くことができなかった。自分の命が危機に面していると分かっているのに叫び声もあげられない。まるでお皿の上に添えられたかのように、自分はただ死を前にして震えることしかできなかった。
ついに男はレイセンの目の前まで近づいた。男と目が合った。男がレイセンを見下ろす目は、真夜中に目を閉じたときのように真っ暗で一筋の光も見えなかった。
レイセンは願うように念じた。
何もしないで このまま帰って
レイセンは遂に目を閉じて自分の死を覚悟した。しかしいつまで経っても男はレイセンに危害を加えることはなかった。男はレイセンに背を向けると、機械のようにぎこちない足取りでそのまま裏口から外へ出ていってしまった。
後日、例の池で男の死体が見つかった。男の身元を調査していくうちに、彼の家から大量の盗まれた金品が見つかり、空き巣であったとして新聞に載った。それはあの時、レイセンを殺そうとした男だった。死因は溺死、自殺であったと書かれていた。男が死んだ理由は今も分からないままだ。
レイセンの目を見つめると頭がおかしくなって、死ぬ。
あの言葉が頭の中を支配した。私は、分からなくなった。彼女のいった言葉はデタラメであったはずなのに、インコもあの男も死んでしまった。学校では誰も相手にされなくなった。まるでどこか遠い所に置いてきぼりにされてしまったかの様に。私は憎む相手さえ分からずに、猶も狂った赤い目を両方に宿したままに、その目から見える狂気の世界に身を投じることとなった。
夏休みが始まる前の週から教室ではヴァカンズを楽しむために、彼女たちは様々な計画を立てようと忙しなく動いていた。
彼女たちは期待を胸いっぱいにふくらませ、それぞれの予定帳が真っ黒になってしまうまで楽しみを書き込んでいた。
そのため夏休みになると外でクラスの者に会うことはめっきりなくなってしまう。私は汗を流しながら道の真ん中を歩いた。
「別に。一生続いてもいいよ。夏休み」
自然と言葉が出てしまった。
夏休みは近くにある公民館の、入り口から直ぐにある小じんまりとした図書スペースで、ひっそりと大半の時を過ごした。
ほとんどのヒトはここよりも広くて設備のよい市の中心部にある大型図書館へと行ってしまう為か、いつ来てもこの場所は空いていた。窓際には数人の受験生が参考書を読みながらペンを回していた。その横で小さな男の子がまるでおもちゃ屋の棚を眺めているかの様に、硬くて分厚い科学やら宇宙やらの本に浸っていた。宇宙、か……。
「今日はいつもよりも休憩が早いわね」
反対側の席に座っている彼女(あの人)が言った。
「なんだか今日は頭が痛いわ。悪いけどレイセン、今鎮痛剤を持ってないかしら」
鞄の奥のほうにしまってあったのを思い出し、目的の物を渡した。彼女(あの人)はありがとうと礼を言うやいなや、水も使わずにそれを飲み込んでしまった。
彼女(あの人)は気だるそうに私の使っていた教科書を手に持ち、パラパラと回る映写機を眺めるように玩んでいた。辛いであろうことが分かったけれど、その仕草のひとつひとつの大人びた様に、私は胸をどきりとさせてしまった。入り口に置いてあったテレビからニュース聞こえた。月と地球との戦争についての内容だった。深刻なことであるはずなのに、そのすべてが夢の中の出来事のように感じてしまった。ほっぺの部分が熱くてしかたがない。風邪を引いてしまったのだろうか。
「最近の学生はすごいのね」
彼女(あの人)が持っている教科書を使ってうちわを扇ぐ真似をした。
「こんなやたらと難しい、聞いたこともない記号や専門用語ばかり記された、読んだらラリホーでも掛けられるんじゃないかと真剣に考えたくなるような分厚い参考書なんて読み解いて。もしこんなのが私の時代にテストとして出題されていたら、学生の大半は間違いなく鬱になっていたことでしょうね」
「それ、ちょっと勘違いしています」
手首が疲れたのか彼女(あの人)はうちわの真似をするのをやめた。
「これは何というか、趣味のようなものですよ」
いや、それ以上かな、と思いながら私は答えた。
「参考書に書いてある構造式を暗記するのが趣味……ね」
やっぱり彼女(あの人)は呆れてしまっている様。頭に手を当てているのは頭痛のせいであるからと信じたい。
「誤解してるようなので順を追って話しますが、私、本当は医学の道に進みたかったんです。親に死にもの狂いで阻止されましたけど」
両親は頻りに兵隊になることを進めた。兎にとって兵役を持つことはとても名誉のあることだ。しかも今は戦時中だ。自らの命を掛けてこの月を侵略者の手から守るために組織された兎たちの軍隊はすべての者の憧れとして存在した。
父は昔、その憧れの軍隊に入ろうとした。しかし駄目だった。一次試験の筆記は難なく合格したが、続く二次試験の身体能力検査で落とされたためだ。父は色盲だった。
母も私が兵隊になることに対してまるで自分のことのように喜んだ。自分の子どもが危険に晒そうとしていることなど、まるで頭に入ってない様。とにかくあの二人は、私が兵隊になりさえすればいいようだった。
「医学……ね」
彼女(あの人)はそれだけ言うと、言葉が見つからないのかそのまま黙ってしまった。その顔は少し鋭くなったように感じた。
「私は子どものころ、重い病気に罹ったことがあって、今になって思えばそれほど深刻なことじゃないと思えるんですけど、でもそのときの私は本当に苦しくて、自分は明日を迎える前に死んでしまうんじゃないかとさえ思って、怖くて何度も傍にいた親を呼び止めもしました。それぐらい辛かったんです。ですが次の日に病院へ行ったとき、私を診てくれたお医者さんは私にあの薬を入れる白い処方箋を手渡して励ますように、この薬を飲めばすぐに元気になるよと言ったんです」
胸の奥が少しむず痒くなってきた。いきなりこんなことを言い出して、彼女(あの人)は笑い出さないだろうか。いまさらながら、心配だ。
「薬を飲むと病気はたちどころに治ってしまいました。まるで魔法にかかったかの様でした。あの小さくて丸っこくて、それなのにさも当然のように私を助けてくれたあの薬に、私は興味を持ちました」
「……そう」
彼女(あの人)は心もとない返事をしたが、しかし私は、それが本当は身を乗り出して話を聞きたいでいる自分を、隠しているかのように見えた。いつも大人びた雰囲気を持った彼女(あの人)が今はどこか、あの男の子と同じように思えたのだ。
「調べていくうちに、その時私の飲んだ薬がどんなものかが分かりました。私の懸かった病気は、昔何万ものヒトを殺した恐ろしい病でしたが、ある人が特効薬を発明したおかげで、滅多に死ぬことがなくなったそうです。そして、これは何より驚いたことなのですが、その薬を発明したのはあの八意永琳だったんです」
八意永琳。それは月の頭脳と呼ばれる程の天才で、今日の歴史の教科書にも載っているほどの人物である。
「その人って確か数世紀前に数百人もの罪のない月の民を皆殺しにし、あげく当時の月の姫を攫って卑しき地上へと逃げた、極悪人よね。歴史で習ったわ。あの般若みたいな顔の人でしょ」
と言いながらノートに般若の落書きを書いた。よほど印象に残っていたのか、それは空で描いたのに歴史の教科書と寸分違わぬほどに似ていた。似ていたけれど、そこまで言うことはないと思う。
「……確かに歴史の教科書にはそう書いてありましたけど」
「歴史の教科書がすべて正しいとは思わない、ていうのは屁理屈じゃないかしら」
「それでも、少なくとも彼女は私の命を救ってくれたんですよ」私は口をすぼねながら言った。彼女(あの人)はそれを見てにやりと笑った。それはなんというか、友達どうしが好きな人について聞きあう時のような、いじわると楽しみがこもった笑みだった。
頭に血が上った。どうしてもこの人に一矢報いってやりたいと思った。
そのとき、まるでタイミングを推し量ったかのように、ふと名案が思い浮かんだ。
「さっきあなたの飲んだ鎮痛剤も、もう何百年も前に、八意永琳が作ったものなんですよ」
私は口を開いた。せき止められたダムが開いたように、自分でも驚くほど饒舌に。彼女(あの人)もまた、堪えきれないといった感じで、今までに見たことのない別の一面を晒していた。
「主に鎮痛作用としてアセチルサリチル酸を使っているのですが、もうひとつ、その薬の成分の半分を占めるほど重要なものが入ってるんです。何か分かりますか」
「いいえ、全然」
彼女(あの人)はなおも笑顔で答えた。私はほんの少し、よぎる程度に、それがうれしくって幸せそうに感じた。
「それで、それは何?」
「それはですね」
私は答えた。
「それは、やさしさです」
誰もが思うように。長かった夏休みも振り返ってみれば走り抜けたように、刹那的に過ぎ去ってしまった。最後の夜、私は寝台についてもどこか落ち着かず、暗い闇の中、ただじっと眠りがやってくるのを待った。明日から、またあの場所に行かなければならないという思いが、私をそうさせているのだろう。
それなのに起きる時間はいつもよりも早いほどだった。ゆっくりと準備しても、まだ教室には誰もいないだろう。私は最後の抵抗として、思いつく限りの遠回りをすることにした。
途中で何人かの同じ学校の生徒を見かけた。その子たちの誰もが二人以上のグループを作っていた。私は亀のように足を緩めてそれらが消えてしまうのを待ち、何度も見送った。
あの子達は何を考えているのだろう。一ヶ月のあいだ怠惰に浸かった体が、再会する授業を疎んでいるのだろうか。それとも長かった休日の思い出を振り返っているのだろうか。少なくとも、学校へ行くのが辛いと思っているひとはいなさそうだ。見れば分かる。学校へ行くのが辛いという人は、大抵はしたくもないのに夜更かしして、通学中は一人で、道草をしてギリギリまで到着するのを粘るものだ。
目的の建物が見えてきた。もうそろそろ観念しないといけない。
校門の前まで来たときにふと空を見上げた。真っ青な空に小さな黒い点がいくつも見えた。運動場にいた幾人かの女生徒達もそれに気づき、何かが過ぎったのか不安そうにそれらを見上げていた。
そしてその中のひとつは、黒板のチョークのように灰色の煙を引きながら、少しずつ大きくなっていき、ピンポン玉程の大きさになってやっとそれが自分の方へと向かってきていて、またそれが何なのかが分かった。驚愕した。戦闘機だ。一足先に気づいた女生徒はもうとっくに逃げていた。
だが、それでもよく理解できない。なんであんなものが今こちらへと煙を吐き出しながら向かっているのだろうか。訳が分からないままただじっとそれを眺めていた。
それはなおも大きくなっていき、鼓膜の破れてしまうような轟音を発しながら、吸い込まれるように学校へと落ちた。機械が、叫び声をあげたかのようだった。もし何事もなかったのなら、おそらく私はそこにいたはずであっただろう。
地面に激突しても戦闘機は勢いを落とさずに、砂煙を上げながら学校の方へと突っ込み入り口の部分に激突し、そこでやっと止まった。
学校が一瞬で別の空間へと変わってしまったみたいだった。生徒のほとんどが叫び声をあげ逃げまどい、もしくはその有様を見て呆然と立ち尽くしていた。教師も生徒と変わりなかった。普段なら一枚割れただけでも大騒ぎなはずの窓ガラスが一斉に何十枚も割れたのに、誰もがそれを眺めもしなかった。たぶんここにいるすべてのひとの感情メーターが、限界を超えて一回転してしまったのだ。
先端の尖った部分からコックピットの部分が建物の中に埋まってしまった。左翼の部分は地面に接触してしまったせいか折れてへの字を反対した様になっている。そこから液体が流れていた。それを見た途端、私の中で悪寒が走った。あの機体は爆発する。一刻も早くここから離れろ、と本能が私を駆り立ててきたからだ。私はそれに従おうとした。しかし、私は見てしまった。
戦闘機のすぐ近くに倒れている一人の女生徒がいた。足を怪我したのか、その女生徒は倒れたまま立ち上がれない様子だった。そして、私はその子を知っている。もう、どこまでも遠くへいってしまったことなのだけど、彼女は私の友人だった。
彼女と私の目が合った。彼女が私に向かって何かを叫んだ。うまく聞き取れなかったが、私に助けを求めているのだろうことは用意に想像できた。助けなければ。けれどもあの戦闘機はいつ爆発してもおかしくはないのだ。
逃げろ。
逃げろ!
逃げるんだ! レイセン。
本能が駆り立てる。
私は――
叫んだ。
私はその時に。恥も外聞もなく、大声で助けを求めた。
けれども、ここにいるすべてが私に近づくこともしなかった。みな自分の命を守ることで精一杯だった。殆どがそれどころではないといった様子で気づいたひとも私を助けることを留まった。私の、すぐ目の前にある黒い、暴力が形になったような物体のせいだ。
それでも私は叫んだ。死にたくないという思いが私をそうさせていた。
そのとき、私を見ているひとがいることに気づいた。彼女と目が合わさる。言葉を失う。彼女は昔、私と友達だったひとだった。
激しく脈打っていた心臓が凍ってしまったかと思えた。私は昔、彼女を見捨てたのだ。
「レイセン!」
気が付くと、私は彼女の名前を叫んでいた。どんな思いがそうさせたのか私にはもう分からなかった。助けて欲しかったのかもしれないし、来てほしくなかったのかもしてない。
「レイセン!」
彼女は私の方へ向かって進みだした。しかし最初の一歩ですぐに足が止まる。
しばらくそのままだったような気がした。すると彼女は意を決したのか全速力で私の方まで走ってきた。
涙が出そうだった。見捨てられて当然。そう心に思っていた。望んでいさえもしたかもしれない。私は彼女の肩を借りることでようやく立ち上がることができた。煩わしいながらも一歩一歩進んで行き。なんとか校門の前までたどり着くことができた。
私は全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
何事でもないかのように、彼女は私に手を差し伸べた。
目から熱いものが込みあがってきた。私はその時になってはじめて、涙を流した。
レイセン。
ごめんなさい。私、ずっと見ないでいた。あなたを。ずっとひとりで寂しかったはずだと思っていたのに。あなたに声を掛けることすらもできなかった。
怖かった。怖かったの。あなたに声を掛けた途端、私もあなたと同じようになってしまうということを。あるはずのないデタラメな噂だと、笑って蹴っ飛ばしてしまえばよかったのに。周りのみんなは当然かのように噂を信仰するから、そんな簡単なことも私にはできなかった。そんなわけないじゃないのって、たったそれだけのことなのにね。言えなかった。あなたが苦しんでいるの、分かってたのに。
ああ、どうしてだろう。こんな事態になってるっていうのに、なんだか今はとても晴れやかな気分。もうすぐ死ぬんじゃないかなとさえ思えちゃった。ごめん、不謹慎だよね。
ねえレイセン。こんなときに言うのもなんだけどさ。もしよかったら、こんな私を、赦してくれるかな。
……そう。よかった。ありがとね、レイセン。本当にありがとう。
ねえ、レイセン。もっと顔を近づけて。
あなたの目。とても赤くて綺麗。なんでいままで見なかったんだろうね。もったいなかったな。
でも、これからいままでのツケを全部返すからね。いっぱい遊んで、いっぱい話して、いっぱい笑おうね。
レイセン。
走った。全力で走った。足が引き千切れてしまってもいいとさえ思った。
背中から焼けるように熱い風が轟音と共に通り抜ける。振り返ると学校から赤黒い煙が舞い上がっていた。私は止まることなくなおも走り続けた。
体力が限界を向かえ、私は立ち止まり膝を着いた。体中が酸素を欲しがっているのにうまく呼吸ができなかった。膝の部分に温かい水滴が落ちた。そのときになってようやく、自分が泣いていることに気づいた。
私はあのとき、彼女を見捨てた。彼女と目が合ったとき、私は助けようと身を乗り出そうとしたが、私の足はまるで意思を持ったかのように前へ進むことを躊躇った。体は前へ行こうとしていたのでそのままバランスを崩して倒れた。掌と膝に擦り傷を負って痛みを感じたとき、私の中で何かが崩れた。私は立ち上がってそのまま校門へと出て行ってしまった。
彼女はたぶん、死んでしまった。彼女は、何を思いながら私の背中を眺めていたのだろうか。彼女は、自身が焼け崩れる中、私の行為にどれほど絶望したのだろうか。どれだけ呪ったのだろうか。
私は、
臆病で、
非社交的で、
化け物で、
村八分にもされて、
それでも、友達だけは、絶対に裏切らないって、思っていたのに。
涙は止まることはなかった。涙腺が痛くなっても流れ続けた。もう自分はこの世界にいるべきではない。私はそう思った。
宇宙船は道を外れた竹林の奥の、どんなに偶然が重なろうとも、誰もこんな所へはこないだろうとさえ思えてしまうような場所にある。自分が行うすべての役目はもう果たしたんだといった様子で、今は深い眠りについているあの宇宙船。あれさえあれば、私はどこへでだって行ける。
行き先は決めていない。ただ、遠くに行きたいとだけ思った。
羽虫は相変わらず私に纏わりついた。でも今はそれを払う気にもなれない。
きっと私はダメだったんだ。何から何まで崩れ去ってしまった過去の出来事を振り返りながら、そう思う。私は、自分が辛い目にあうのはこの赤い目のせいだと思った。でも違うんだ。私はただ踏み外しただけなんだ。過去、未来を含めすべてのひとが通るであろう道を。その気にならばいつでも軌道修正できたのに、臆病な自分は逃げることだけを選んだ。赤い目のせいにして、他からはすべて目を反らし、結果、後戻りができなくなってしまって、イジけて……
私は、ダメなんだ。だからあの子を助けることもできなかった。こんな自分はもうここにいるべきではない。ここにいてはきっと更に迷惑をかけてしまうだろう。
どこか、遠くへ行こう。もう誰とも関わらないために。
ついに宇宙船が見えた。オンボロでレトロチックな宇宙船は、相変わらず竹林の寝台に鎮座していた。それなのに、ふと違和感を感じてしまった。どんなに偶然が重なろうとも、誰もこんな所へはこないだろうとさえ思えてしまうような場所なのに、そこに人影が見えたからだ。
「待ってたわ。レイセン」
それは、彼女(あの人)だった。
「……どうして」
最初に堰を切ったのは私だった。彼女(あの人)は私が今日ここへ来ようと思ったことなど知らなかったはずだ。なのに彼女(あの人)は待ち構えていたとしか考えられない程に堂々と、目の前に存在している。まるで、なにもかもがお見通しとでもいったかのように。
「あなたを見送りに来たのよ」
彼女(あの人)が答えた。
背筋が凍った。何で、知っているんだ。私は口に出してすらいなかったのに。すると彼女(あの人)はそんな私の心中などまるで見透かしてるといったように「そんなに驚くほどのことではないわ」と答えた。
「なぜならあなたのことについて、私は殆どすべてを知っているのだから。ついさっき、あなたが友達を見捨てたこともね」
体が、鉄のように固まってしまったかの様に動けなくなる。つい先ほどまでの出来事が記憶が波となって押し寄せた。黒焦げになった友人がどうして助けに来なかったのかと私に訴えた。後悔と自責が溢れ返り、遂に何も考えることができないまでに至った。けれども、なによりも衝撃を受けたのは、それが彼女(あの人)の口から出たことだった。
彼女(あの人)がそのようなことを言うはずがない。それを私は心のどこかで確信していた。裏切られた気分だった。
思わずあとずさってしまった。彼女(あの人)のあの大人びた落ち着いた風貌が、今はある種の恐怖さえ感じる。銀色の髪は水から飛び出た魚のようにウネウネと波をつくった。
「最後に、教えてあげる」
彼女(あの人)が言った。
「前に、私はあなたに名前を教えることはできないって話したけどね」
そう言いながら宇宙船に向かいあうと、そこへ手をかざした。幽霊のようにゆっくりと不気味に宇宙船へと吸い込まれていく手は、やがて外側の部位をやさしく撫でた。
「できなくて当然よね。だってあなた、私に名前をつけてくれなかったのだもの」
ずぶっ、と、彼女(あの人)の手が、宇宙船の中に潜り込んでいった。
「あなたは、本当に自分を騙すのが得意な子ね」
まるで焦らすようにゆっくりと、ひどく落ち着いた様子の彼女(あの人)が私の元まで歩いてきた。それなのに私にはまるで実感がわかなかった。こんなに近くにいるのにどこまでも遠くにいるような気がした。子どもの頃、遠足で行った文化会館にもう何年も前から置いてあったのだろう寂れた感じの、どれだけ手を伸ばしても絶対に触れられない人形の入った機械が頭に浮かぶ。その人形は、彼女(あの人)と入れ替わってしまった。悲しかった。もう二度と彼女(あの人)と心を通わすことができない気がした。
「友達が欲しいと思った自分を騙して、それが耐えられなくなったら今度は友達がいない自分を騙そうとした。あの時、あの池に映った自分の、能面のような顔が見ていられなくて、あなたは暗示をかけた。潰したいとさえ憎んでいた、その赤い目を使って」
そうだ。私は逃げた。どこまでも、臆病な自分は前へ出ることを頑なに拒んで目をそむいた。すべてを噂のせいにして、離れていったあの子を引き止めることもできなかった。助けることもできなかった。
彼女(あの人)は、そんなふがいない私の慰めのための存在だったんだ。
……でも…
彼女(あの人)が、私の前まで来た。間近で見ると改めて思う、美しく整った顔立ちの人だ。あの目も、唇も、銀の髪も、私は他の誰よりも好きだ。彼女(あの人)と出会って数ヶ月、いろいろなことがあった。たいていはなんてことのない話ばっかりだけれど、それでもそのひとつひとつが大切な思い出だ。
たとえ私の作った幻であっても、楽しかったんだ。私には彼女(あの人)が必要なんだ。
「でも、いいじゃないですか。自分を騙しても、私はそれしかできなかったんだから。私はあなたさえいてくれればそれだけで十分です。だからもっと私の側にいてください。これからもずっといてください。私を助けてください。いいでしょ、だってあなた、私の幻覚なんだから」
彼女(あの人)は首を横に振った。どこまでも、悲しそうな目をしていた。
「私には、けれどもそれはできないの」
「どうして!」
「レイセン。つらいときに、そこから逃げ出すことは決して悪いことではないわ。大事なときに一歩前へ進むのはとても勇気の必要なこと。あなたなら分かるでしょう」
「はぐらかさないで!」
「でもね、いつまでも逃げ続けることはできないの。いつかは絶対に、立ち向かわなければならないときがやってくるの。そんなときに私のような存在はあなたの邪魔になってしまうわ」
「邪魔でもいいよ! おねがいだから、一緒にいてよ!」
「レイセン。もっと自分に自信を持って。あなたなら大丈夫。それに辛いときはいつでもあなたの元に駆けつけるわ。だって私はあなたの友達だもの」
私は彼女(あの人)に抱きついて、泣いた。彼女(あの人)の胸の中は、とてもあたたかった。それも、私の作った幻だというのだろうか。
泣き声は竹林の中をどこまでも響いた。彼女(あの人)は泣き続ける私をいつまでもやさしく包んでくれた。
「そろそろ、お別れの時間ね」
彼女(あの人)が言った。「そうですね」と私は答えた。
「私、地上へ言ってみようと思います。地上の民は野蛮人が多いって学校で習って、正直こわいんですけど、でも、やりなおすならそこしかないかと思ってます」
「そう」
「念入りにお別れをいっておきますね。だって私、もうあなたに会う気なんてありませんから」
最後にちょっとだけ強がってみせた。でもだめだった。途中で声がしゃくりあがってしまったからだ。
「そうね。実を言うと私も、もう二度とあなたに会えないと思うと清々するわ」
彼女(あの人)はそう言ってにこやかに笑った。私もがんばって笑った。
「それじゃあ、さようなら。名前のない私の友達」
「ええ、さようなら。赤い目をした私の友達」
そう言うと私はあのレトロチックな船の中へと乗り込んだ。これから私はひとりでがんばることができるのだろうか。正直にいうと全く自信がない。けれども、彼女(あの人)がいつも私を見守ってくれている。だから私はこれからもがんばれる。そんな気がした。
さようなら、私の友人よ。そして、さようなら、私の憧憬の姿よ。
宇宙船は何の異常もなく飛び立った。
遠くから見た月は、意外にも小さかった。
地上での生活は、予想に反して平穏で、過ごしやすかった。
あてのない地上での旅の最中に、私は半ば運命的に永遠亭を見つけた。
永遠亭には夢にまで見た八意永琳が、攫ったとされる月の姫に仕え、過ごしていた。私はどうして彼女が今も生きているのかという疑問よりもまず、彼女の顔が般若面でないことに安心した。まじまじと見つめていると彼女は怪訝そうな顔で「そんなに私の顔が珍しいの」と言われた。月でのことは墓石まで持っていこう。姫はそんな状況を愉快に眺めていた。
彼女らの好意によって、私は永遠亭で暮らすこととなった。衣食住を約束される代わりに八意永琳の助手として働くようにと命じられた。危うく卒倒しそうになった。夢にすら見なかった。
初めて八意永琳の元で働くこととなったとき、彼女は、
「なにか、もっと覚えやすい名前にしたほうがいいわね」と言った。
別の意味で卒倒しそうになった。
友達もできた。因幡てゐという名前の地上のウサギだ。月から来た自分に興味を持ったのか、何度も私に声をかけてきてくれたかわいらしい娘だった。物の見事に騙された。
毎日が騒がしくて、忙しくて、充実していた。ここにいると月にいたときの、いつかくるであろう終わりを何度も待ちわびた、あのプールで溺れているかのような息苦しい日々が、もうずいぶんと遠い日のように思えた。これ以上の望みが、わがままになってしまうくらい、ここでの生活は楽しかった。
けれども、ときおり私は思う。地上に来て、信じられないほど充実とした日々を送るごとに、私は不安に襲われる。
この日常は、私の作り出した都合のいい幻想で、本当の私は今もあの宇宙船の中で、ぼさぼさの髪に垢まみれの状態で胎児のように丸くなり、この赤い目を使って二度と覚めない夢を見続けているのではないのだろうか、と。
そう思ってしまうと、夜はたいてい眠れなかった。このまま目を閉じて朝起きたとき、私は夢から覚めてしまっているのではと思うと、とてもではないが眠ることなどできなかった。暗い夜の中びくびくしながら、ただじっと恐怖が去っていくのを待った。
それでも駄目だったとき、私は外へ出て、月を眺める。乾いた夜風を身に受けながら見上げた空には、嘘のように金色に輝いていている月がぽつんと浮かんでいた。
私はその月を眺めながら、あそこで起こった出来事、彼女(あの人)との奇跡のような出会いを思い浮かべ、
そしてあかんべーをした。
近頃は、よく冷えるようになった。吐く息が白い。あんな月など、さっさと踵を返して部屋へと戻ろう。
その日はよく眠ることができた。きっと時間が経てば、悩むこともなくなってしまうだろう。なんとなくだけれど、そう思えた。
彼女(あの人)とはまだ会っていない。
ああ、小学校時代のトラウマ・・・・・・まあ、それでもいつの間にか普通にイジメは消えてましたけど。
夢と現の境は酷く曖昧で主観的です。
死ぬまで夢の中に居れるというのは、ある意味幸せだと、私は思います。
社会ってイヤラしいですね。