空気が澄み、だんだんと寒くなってきた。冷たい風が吹き、身も心も冷たくしていくようだ。
「ふう…」
私は研究を一時中断し、紅茶を作ることにした。人形に命令をだすと、しばらくすると紅茶を持って戻ってくる。
今日は高級ダージリン。優雅なひとときを過ごすにはこの上ない品である。
私は人形を操りいつものように人形に紅茶を淹れさせる。
人形が持ってきた紅茶は今日の空気のように澄んでおり、紅茶の甘い香りが私の鼻孔をくすぐる。
「うん…おいしいわ」
私は紅茶の味に満足し人形の髪を撫でると嬉しそうに私の周りを飛びまわっていた。
私は魔法使い。それ故に人間と違って長く生き、そして食事もとる必要はない。
だけど研究を焦っても仕方がないし、こういうひとときを楽しむことのできる心の余裕をもつことは大切なことだと思っている。
それに人形がうまく紅茶をいれることができるようになったのもこの時間を大切にしていたからだ。
そう考えると実生活にも人形を自立させるという研究に必要なことが隠されているのではないかと思えてくる。
まあ、研究を別にしてもこの時間はだれにも邪魔されたくないんだけどね。
「さて、研究の続きでもやろうかしら」
部屋に戻ろうとした刹那、家の上空で鼓膜を貫くような爆発音が鳴った。
「きゃあああああ!」
地が揺れ、爆風に耐え切れず吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「いったぁ……もう…何なのよ、一体!」
砂埃が舞いやっとのことで目を開けたその先には無残にも破壊された私の家らしきものだった。
家具は破壊され、とても人が住める場所ではなくなってしまった。
「な…こんなことしたのは誰? 出てきなさい!」
家を壊されるほどの恨みを買ったつもりはないのに、あるのはただ破壊された家と埃で煤けてしまった私だけ。
「むきゅう~……」
「は?」
足元を見るとアリスと同じく黒く煤けてしまったパチュリー・ノーレッジであった。
「…話を聞かせてもらいましょうか、パチュリー?」
パチュリーとは、研究の手伝いをしたり、本を貸してもらったり、たまにお菓子を作って持って行き、一緒にティータイムを楽しんだりする仲だ。そして図書館からでてくることは滅多にないのである。外出してまで私の家を破壊しに来る理由があるのだろうか。
パチュリーは未だ目が泳いでいるようなので右斜め45度よりチョップを入れてやったら「むぎゅ!?」とか訳のわからない叫びを上げて倒れた。顔面から。
しばらくするとふらふらと立ち上がってきた。なんとか生きているようだ。
「ひどいわね・・・アリス…」
「えぇ、ひどいでしょうね私の家は! なにせ今しがた破壊されたもので、誰かさんに!」
「違うわ、ひどいと言ったのは私の延髄にチョップをしたアリ……」
「もう一発くれてあげましょうか…!?」
私はこれでもかとばかりに睨みつけた。
「ごめんなさい…(でもその表情もかわいいわ…)」
パチュリーは睨みが効いたのか素直に謝ってくれた。殊勝な心がけね。
「コホン…。私は救ってあげたのよ。忍び寄る魔の手から。」
「魔の手?」
「そう。最近私の所にこないからどうしたのかと思ってアリスの家を見張らせていたのよ。報告によると魔理沙がほとんど日を置かずに来ているらしいわね」
「そうだけど…それが魔の手と何か関係があるの?」
「あるわ、大ありよ。アリスが魔理沙の毒牙にかけられるなんて私耐えられないわ。それで魔理沙を追い返そうと思ったのよ。私のロイヤルフレアと魔理沙のマスタースパークがどうやら爆発の原因のようね。いえ、魔理沙のマスタースパークだけが原因ね。うん、そうよ。でもよかったわ、結果的に魔理沙は吹っ飛んでお星様になり、邪魔者はいなくなったわ」
鈍い音とともにパチュリーはまたもや「むぎゅ!?」と叫びをあげて倒れた。きれいに入ったわね…急所に。
「それで、これからどうするの?」
パチュリーは自分が壊したということをまるで無視したようにしゃべりだす。
「そうね…。とりあえず家を修理しなければならないわ。ここまで来てくれたのは嬉しいけど残念ながらおもてなしができそうもないわ」
私は皮肉たっぷりに言ってみる。
「そう…、残念ね。アリスの紅茶を楽しみにして来たのに」
「私の家を破壊に、じゃなくて?」
「それは悪かったわ。今度その埋め合わせはするわ」
「そう?期待しないで待ってるわ」
「期待して待ってて。それはともかく夜はどうするの? さすがに野宿できる季節じゃないでしょうに」
それはそうだろう。そろそろ冬という時期。夜間の冷え込みの中で寝られるほど私は寒さに強いわけではない。それに妖怪が活発に活動する時間に野宿をすることは危険であるのは言うまでもない。
「うーん……魔理沙に頼んでしばらく泊めてもら「それはよくないわ!」
パチュリーが普段ださないような大きな声で私の言葉をさえぎる。
いつの間にかパチュリーの顔がすぐそこにあった。仄かに頬を赤らめているのが可愛い。
「家は私が壊してしまったのだから修理は私のところのメイドにやらせるわ。そして住むところだけど…紅魔館に来なさい」
「へ?」
紅魔館。それは恐ろしい悪魔が棲んでいる場所。パチュリーのところにはよく行くが、主であるレミリアとはほとんどあったことはない。部外者がすんなり受け入れてもらえるのだろうか。
それから数刻経ち、紅魔館に到着した。相変わらず無駄に大きい門だ。
「こんにちは、美鈴さん」
「こんにちは、アリスさん。パチュリー様と一緒だなんてどうしたんですか?」
「ちょっとね…」
「アリスの家がね、魔理沙に壊されたのよ。それで途方に暮れていたアリスがとても気の毒で招待しようと思ったのよ」
「そうなんですか…それは難儀なことですね…」
私はこれ以上パチュリーに何を言っても意味がないと判断し、つっこまないことにした。
「あら、つっこまないのねアリス」
「つっこんでほしかったんかい!」
パチュリーがレミリアに話をつけてくると言って飛んで行った。図書館の近くの部屋を借り、壊れた家から持ってきた人形やお気に入りのカップなどをテーブルの上に置いた。
三食の食事と風呂の提供、他に必要なものは用意させるということなので、この待遇の良さに少し驚いた。紅魔館はこんなに待遇のいいところだったのか。そんなことを考えているとノックの音が聞こえた。
「アリスさん、食事の用意ができましたよ」
小悪魔が迎えにきた。どうやら食事は皆一緒にとるらしい。ダイニングルームに通され席に着いた。
レミリアやパチュリーはもう来ていたようだ。
「さぁ、食事にしましょう。そしてアリス、歓迎するわ。当分家には戻れないんでしょう?」
レミリアはそういうと自分の食事を食べ始めた。
「レミリアってこんなに人当たりがよかったかしら?」
小声でパチュリーに聞いてみた。
「こないだ本を借りたお礼にってクッキーをつくってくれたでしょう?あれをレミィも食べたのよ。それをたいそう気に入ったようで、また作ってもらえってうるさいのよ」
クッキーで待遇があがるなら安いものだと思いつつ、私も食事を食べることにした。
食事中に時折視線を感じたが、メイドがこちらを見ていたのだろうか、少し食べにくかった。
食事も終わり私は部屋に戻った。紅魔館の中は自由に歩いてもよいとのことなので暇な時にでも散策してみようかと思った。とりあえず明日は壊された人形の修理とかで忙しくなるだろうな…と考えつつ私はまどろみの世界へと落ちていった。
次の日、私は朝食を取った後すぐに部屋に戻り人形の修理に取り掛かった。服や皮膚の焦げた部分を修理すればなおるものばかりなのでそうそう時間はとらないだろう。修理が終われば新しい人形を作ったり、研究の続きをしたりするのもいいだろうなと考えていた。幸い図書館が近いので研究が進むかもしれない。家が壊れたという不幸に見合う分だけのものを持って帰りたいと思った。
「う~ん…だいたい終わったわね」
人形を一通り修理し終わってテーブルの上に並べておいた。
そろそろ食事の準備を始めている時間だろうか。暇ができたので上海を連れて少し館でも散歩することにした。館はとても広く案内人がいないと迷ってしまいそうだ。とりあえず匂いを便りに厨房に行こうと思う。厨房には簡単にたどり着けた。
厨房ではメイドたちがせわしなく動いていた。メイドたちも食事をするので、それを考えるとすごい量を作らなければならないことは容易に想像できる。
メイドが作った料理をダイニングルームに運んでいる。食事の部屋と厨房はつながっているようだ。
メイドたちの働きぶりを見ていると、またどこからともなく視線を感じた。監視でもされてるのかしら。
その時急にダイニングルームが騒がしくなった。暇なので私も声のするほうに向かった。
…どうやら誰かにぶつかって食事をこぼしてしまったらしい。
「あ~あ、私の服が汚れちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」
小さな少女がメイドを睨みつけている。
メイドは必死に謝り続けている。それが癪にさわったのか、少女は顔を歪ませている。
「謝る暇があったらかわりの服とか持ってきたらどう? そのくらいわからないの? それとも少しお仕置きが必要かしら」
少女の周りに強力な妖気が放出され、容赦なく生み出した弾幕をメイドに放った。
「上海!」
私は飛び出して間一髪のところでその攻撃を相殺する。轟音が鳴り響き、まばゆい光が辺りを埋め尽くす。次第に周りが見えるようになった。メイドは無事のようだった。
あらら…今のせいで夕食の時間が遅くなりそうね…。被害を受けて無残にも飛び散った料理が恨めしそうにこちらを見ているように感じられた。
「何よ、あなた」
「何ってあんた、そのくらいのことで怒らなくてもいいんじゃないの?」
「あなた、私が誰だかわかってるの?」
噂は魔理沙からよく聞いている。黄色い髪に七色の歪な形をした翼をもつ少女。
「フランドール・スカーレット…かしら?」
「そうよ、わかっているのになぜ邪魔をするの?」
「あの攻撃が直撃すれば普通死ぬわよ。メイドを殺すつもりだったの?」
「あなたたちが脆いのがいけないのよ」
「あなたは生命を何だと思ってるのかしら? それに吸血鬼ほど私たちは体が強くないのよ」
上海はハンカチでフランドールの服を拭いている。それをフランドールが眺めている。
「これは?」
フランドールが上海を指さす。
「この子は上海よ、まぁ…私の家族みたいなもの」
「…あなた、私が怖くないの?」
「上海が壊されないかと、とてもひやひやしてるわ」
汚れを拭き取った上海は私のところへ戻ってきた。髪を撫でてやるとくすぐったそうにしていた。
「…ふーん」
フランドールは今起こったことに興味を失ったのか、元来た道をまっすぐに戻っていく。私は安堵する。今の状況で戦ってもまったく歯が立たなかっただろう。
それにしてもなぜフランドールはおとなしく引き下がったのだろうか。
「まぁ、いいか」
メイドにお礼をいわれ、気恥ずかしくなったので部屋に戻って夕食を待つことにした。
夕食は遅くなるだろうと思っていたが昨日と同じ時間に迎えが来た。
席にはフランドールもいたけれど、さっきのことでなんとなく気まずいので目を合わせないようにした。
食事中に昨日のように視線を感じたので周りを見渡すと、フランドールと目が合った。するとうつむいて自分の食事を食べ始めた。
なにがあったのかはパチュリーやレミリアはもう知っているだろう。それでも何もなかったかのようにそのことについて私に触れない。日常茶飯事なのかしら。それだとメイドがいくらいても足りないか。
そんなことを考えていると食事の手が止まっていたようだ。
「アリス、今日の料理は気に召さなかったかしら?」
パチュリーにそう言われ、私は考えるのをやめて食べることに専念した。
夜、寝付けなかったので少し廊下でもぶらつくことにした。
静かな夜だ。不思議なことにメイドとすれ違うこともない。私の足音が静寂を壊していく。もしくは、この響き渡る足音が静寂さをいっそう引き立てているのかもしれない…なんて思った。
「いい夜ね」
私は誰ともなく話しかける。
「そこにいるのは分かってるわ。いい加減出てきたらどう?」
私は振り向きざまに言った。角の暗がりから少女がゆっくりと出て来る。
「やっぱりあなただったのね、この視線は…。フランドール」
フランドールは何も言わずに近づいてくる。まっすぐに、私のところへ。
私とフランは対峙する。
「アリス…だったかしら?」
「…そうよ。何の用かしら?」
フランドールは何も言わずに上海に触れる。そしてしばらくすると一人でうなずいて言った。
「このお人形さんは生きているの?」
「……え?」
さっきのことではないのか…。
「生きては…いないわ。魔力で操って動かしてるのよ。学んだことを自分で覚えていってくれるから、いちいち命令を出さなくても動いてくれるの。だから生きているように見えるかもしれないわね」
フランドールは再び上海に触れる。
「かわいいわね。これはあなたが作ったの?」
「そうよ。私が持っている人形はほとんど自分で作ったものよ」
そういうとフランドールは納得したのか私と距離をとった。
「ねぇ、なんで止めたの?」
「……あぁ、そのことね」
やっぱりこのことらしいわね。最初からそういえばいいのに。
「私はね、人形を自立させる研究をしているの」
「人形を自立させる…?」
「そう。自分で考えて自分で動く。つまり生命をもった私たちのようにね。でもそれはとても難しいこと。あなたにはわからないかしら? 命を与えることは神にも等しき行い。そんな大切なものを蔑ろにするのを見たくないのよ。命だけじゃなくて大切なものとかもね」
そういって上海を撫でる。そういえばいつから撫でると嬉しそうにするようになったのだろう。上海はモノだけれど私の大切な家族。生命を宿してはいないが私はそう思っている。
「あなたはいろいろなものを破壊できるらしいわね。破壊はものを生み出すより簡単で、凶暴で疎まれるわ。でもそれじゃ誰も喜ばないし誰も近づかない。あなたは自分の能力で自分を苦しめているのよ」
「あなたに何がわかるの? 495年もここに閉じ込められている私の気持ちが…!」
急にフランドールの周りの空気が震える。私は恐怖ではなく、なぜか冷めた感情しか起こらなかった。
「知らないし興味もわかないわね。あなたがそんなんだからここに閉じ込められているんじゃないの? もしあなたが変わりたいと思うのなら壊すだけじゃなく、私のように何かを生み出してみるといいわ。そうすれば理由もなく壊すということが愚かなことだと分かるかもしれないわ」
私は冷たく言い放った。フランドールはうつむいている。
「そう……。なら…あなたに教えてもらおうかしら?」
「ん……」
ノックの音で目が覚める。どうやらずいぶんと深く眠っていたらしい。昨日いろいろあったせいで疲れていたのだろう。
あぁ…そうだ。昨日約束をしたんだっけ…。フランドールに人形作りを教えるって。まぁそのくらいなら研究に支障もでないし、新しい人形も作りたかったのでついでに教えるのもいいかなと思った。
フランドールが私の部屋に来ると言っていた。吸血鬼のことだし夜にくるだろう。だから私はそれまで本を読んだり買い物に行ったりして過ごすことにした。
夕食後、しばらくしてからフランドールが来た。
「さぁアリス、私に人形作りを教えてね?」
「わかったわフランドール。さぁここに座って。人形の材料を取りそろえているわ」
「わぁ、これが人形に変わるのね? それと私のことはフランって呼んでね」
「わかったわ、フラン」
そういうとフランは私の隣に嬉しそうに座る。
「それじゃ、この材料をつかってやってみましょう。まず私の真似をして下書きしてみて」
「は~い」
フランは楽しそうに下書きをしている。人形のパーツとなる頭、胴体、手足などを描いてゆく。フランは初めてやることに苦戦しているようだ。必死に何度も線を引きなおしているフランの横顔を眺めていた。この子もこうしていればただのかわいい子供なのにね。
「さて、次にこのフェルトにペンを使って書き写して切り取ってね」
フランはさっそくとばかりにペンを持って書き写していく。
「フラン、ここは特に大切な作業だから丁寧にやってね」
は~い、と返事をして丁寧に作業を始めた。さて私のほうも続きをやらないとね。
「ん~、ちょっと疲れたわ」
フランがフェルトを切り取り終わってから言った。
「そうね。初めての作業でしょうから疲れるものだわ。それじゃ休憩にしましょうか」
私は上海に紅茶を淹れさせる。
「クッキーを焼いたのだけど、食べるかしら?」
「うん!」
フランは眼を輝かせてクッキーを食べだした。
「落ち着いて食べなさい。焦らなくてもたくさんあるわ」
そうしてのんびりと休憩の時間を過ごした。
「さて、後はパーツを縫い合わせれば終わりよ」
最初は針さえうまく扱えなかったというのにこの短時間でここまでよく成長したものだと思う。
フランは眼を細めてパーツを縫い合わせる。その横顔がかわいくてついつい眺めてしまっていた。
「痛った~…」
私は油断して針で自分の指を刺してしまった。刺したところから血があふれてくる。
「あはは…かっこ悪いところをみせちゃったわね」
このぐらいならすぐ治るだろうと水で洗い流しに行く。
「もったいないわ……」
「え?」
振り向くといつの間にかフランが後ろにいた。潤んだまなざしで私を見つめている。
「いいよね…?」
そういうといきなりフランは私の指を舐めはじめた。私は混乱して抵抗することができなかった。
「ちょっと…や……んっ…」
部屋に血を吸う音が響く。私はされるがままになってしまった。フランは我がものとばかりに手を握って離さない。手の圧迫感と指を舐めるフランの舌のせいで私は変な気分になる。どのくらい時間が経ったのだろうか。やっとフランが手を離す。
「ごちそーさまっ」
「ふぅ…まったくもう…」
「どうしたの? 顔が赤いわ」
「なんでもないわ! さあ続きをやりなさい!」
私はフランから背を背けた。当分フランの顔をまともに見られそうになかった。
「完成したわ!」
数刻経ち、フランは歓喜の声を上げた。
「よくできたわ。あなた、なかなかうまいじゃない」
私はフランの頭を撫でる。フランは微笑んでこちらを見ている。完成したのが嬉しいのだろう。出来上がった人形を胸元で抱きしめている。こんなに喜んでもらえるなら教えた甲斐があったものだと私も嬉しくなる。
「私、お姉様に見せてくるね!また明日もよろしくね!」
フランは手を振りながら飛んで行った。
「まったく。ドアくらいしめなさいよね…っていうかドアが壊れているわ…」
ドアの修理をしてもらい私は一息ついた。さすが仕事が早い。
急に眠気が襲ってきたので、私は逆らわずに身を委ねることにした。今日はいい夢を見れるかも知れない。そんなことを思いながら私はベッドに入った。
今日は紅魔館に来て一週間になる。フランに人形作りを教えたり、パチュリーと共同で魔法の研究をしたりと楽しく充実した日々を送っていた。私は身だしなみを整え、朝食に向かう。
「おはようアリス…」
パチュリーはとても眠たそうだ。糸目になってるわ。いつものジト目もいいけど、その表情もそそるわね。
「おはようパチュリー。眠そうね。また夜更かしかしら?」
「そうよ。興味深い本が手に入ったのよ…。それを読んでいたらいつの間にか朝だったの…。そうそうあなたの家の修理だけどね、後二週間くらいで直るらしいわよ。伝えることは伝えたし、私は寝るわ…。あ、一番大切なことを伝えてなかったわ。添い寝…頼めるかしら?」
「頼めないわ」
残念…とため息をつき、いきなり食卓の上で腕を枕にして寝はじめた。それを見た小悪魔がやれやれといった感じでパチュリーを抱きかかえて連れ去った。なんか去り際に小悪魔がニヤリと笑っていたのは気のせいだろう。気のせいだ…そう思いたい。それにしてもあと二週間か…。長いようで短そうね。
毎日の人形作りを終えたら、自分で練習させるために宿題を出していた。そのおかげか、短い間でずいぶんとうまくなったと思う。それで私はフランのリクエストするものを次に作る題材にしようと考えていた。フランに聞きに行こうと私は地下に向かう。
「アリス」
地下の入り口で私は後ろから呼び止められた。
「レミリアじゃない。どうしたの?」
「フランと仲良くやってるようね。あなたがそうしたいなら私も止めはしない。だけどこれは覚えておいて頂戴。フランは…」
「情緒が安定してなくて、いつ暴れだすかわからない?」
「……そうよ、わかってるじゃない。それなのにフランのわがままに付き合うのね。もし無理やり付き合わされているのなら私からアリスに関わらないように言っておくけど?」
レミリアは私を試しているのだろうか。
「そう?じゃあ次に何を作りたいか聞いておいてくれないかしら?」
「……ふむ」
「夜は暇なの。だからその暇つぶしに人形作りを教えてあげているだけよ。別に迷惑だなんて思ってないわ」
私はもと来た道を戻ろうとする。
「待ちなさい。それは自分で聞きなさい。せっかくここまで来たんじゃない。フランも喜ぶわ。それに私は眠いのよ…」
とたんに眠そうに眼を擦りだして、二階の部屋に飛んで行った。
「フラン。いるかしら?」
「アリス!」
フランは私を見つけると嬉しそうに飛びついてきた。
「今日はね、フランが作りたい人形を作ってもらおうと思うの。いつもは私の出したお題を作っていたでしょ?あなたはずいぶん成長したわ。だからそろそろ自分で作りたいものを作ってみるのもいいかと思ってね。」
「う~ん…それじゃあお姉様の人形を作りたいわ」
「え?あんたレミリアと仲があまりよくないんじゃなかったの?」
普段二人が話をしているところを見たことはほとんどない上、フランをずっとここに幽閉していたレミリアだ。私はてっきり仲が良くないものかと思っていた。
ま…まさかレミリアの藁人形を作ってごっすんごっすん…。
「それはいけないわ! そんなことをやらせるわけには…」
「何を想像してるの? それにお姉様とは別に仲が悪いわけではないわ。私はとても危険らしいの。力がうまく制御できないから」
そうらしいわね。
「だからね、お姉様がここに閉じ込めたのよ。確かにお姉様を恨んだこともあったわ。でもそれは間違いだったのかもしれないって最近思うの。お姉様は何も言わないから本心はわからないけれど、これは私のためなんだろうってね。私の能力で大事なものを壊されたらとても悲しいことだって、人形を作っているうちにわかったの」
フランは私に背を向けた。ベッドの上には作った人形が置いてある。
「ここにあるアリスと一緒に作った人形を壊されたら私は悲しくなるわ」
「そう…。」
もしフランが大切なことを伝えることのできる人と出会っていればこんなに閉じ込められることは無かったのかもしれない。そう思うと、とても気の毒になる。
「それでお礼とか謝罪とかそういう意味でレミリアに人形を贈るのね?」
「ん~…そういうことなのかな?」
「ふふ…わかったわ。それじゃ、私は材料とか集めてくるからまた夜に来てちょうだい」
部屋をでようとする私に向かってフランが言った。
「もし昼間でよければ昼過ぎにでもあなたの部屋に行くわ」
「あなた吸血鬼でしょ? 昼は寝るもんじゃないの?」
「最近はそうでもないわ。お姉様は昼間に神社に遊びに行ってるらしいし」
「そう?それならそうしてもらえるかしら。でも眠い状態でやってもうまくいかないから無理はしないでね?」
私はそう言い残し地下を出た。
「お、アリス。久しぶりじゃないか」
振り返ると私の家を壊した原因のもう一人がいた。
「あら、魔理沙。人里に買い物? 珍しいわね。」
「そうか? まぁいいや。最近みないけどどうしたんだ? お前の家に紅魔館のメイドたちがいたぞ?」
「パチュリーが家を直すようにいってくれたの。好意に甘えて紅魔館の世話になってるわ。それじゃ私は用事があるから。またね」
「あ…お、おい……冷たいぜアリス……」
魔理沙がなにか言ってるようだったが、私は気にせず買い物をすることにした。
早く材料を買って帰らないとね。
紅魔館に戻り昼食を食べ、部屋で準備をしていた。しばらくするとフランが入ってきた。
「いらっしゃい、フラン。さっそく取り掛かりましょう。今回は布を多く使うわ。服を縫ったりしなきゃならないから一週間以上かかるかもね」
「一週間か~。結構かかるのね」
「今までより難しいものに挑戦するのよ。大丈夫、私が手伝うのだからきっといいものを作れるわ」
人形の服のデザインはフランにはできないので私がやる。フランにはそれ以外をできる限り独力でやらせるつもりでいた。
フランは型紙で体のパーツを作っていく。気に入らないのか何度も何度もやり直している。粗雑さがみられず、懸命さが私に伝わってくる。私は服のデザインを決めつつ、フランに助言を与えた。
いつものように私は紅茶とクッキーを用意する。
「おいしいわ」
フランの満足そうな顔に私の顔もつい弛んでしまう。
「ねえ、フラン。あなたがそんなに危ないようには思えないのよね。まあ、こないだはあんなことになってしまったけど」
「どうかしら。それでも私は自分の力をうまくコントロール出来ないの。私が一度暴れだしたら…お姉様でも私に勝てるか分からないわ」
そんなフランを外に出してもし暴れでもしたら大惨事…ってことか。私はフランのことはあまり知らないので楽観していたのかもしれない。
「私が怖い? それならお姉様にいって私を地下に閉じ込めるように言うといいわ」
「…何言ってるの。あなたは私に人形作りを教えてほしいのでしょう? あなたがちゃんと出来るまで私の授業は続くわ。それとももう飽きてしまったのかしら? それなら私はやめてもかまわないわ」
「え? う…ううん! まさかそんなことあるはずないわ!」
フランは慌ててクッキーを食べだした。…こんなに無邪気な子がこれからもずっとここに閉じ込められているなんて私は想像したくはない。私はフランのために何か出来ることはないかと思った。
時間はあっという間に過ぎ、もうそろそろ夕食の時刻というところか。さきほどから四時間近くも休憩も入れずにフランは人形を作っている。よく集中力が続くものだと感心する。
「フラン、今日はここまでにしましょう」
「え~、まだ私は疲れてないわ」
「そんなに急いだっていいものは作れないわ。こういうのはゆっくり丁寧にやっていくものよ」
フランは確かに丁寧にやっている。でもそれは多大な集中力を消費することはいうまでもなく、疲れていないということは決してないだろう。
「明日、同じ時刻に私の部屋に来てちょうだいね」
そう言って、フランを無理やり夕食の席へと連れて行った。
「えっと、最後に服を着せて……と。……できた!」
フランが出来上がった人形を高々と掲げる。あれから五日経ち、フランは人形を完成させた。
「上出来よ! 本当によく頑張ったわ。あとはレミリアに渡すだけね」
「うん……」
「どうしたの? 嬉しくないの? この人形はよくできているわ。自信を持っていいと思うわよ」
「えっとね…、お姉様が喜んでくれるかなーって…。誰かに何かをあげるなんてしたことないから喜んでくれるか不安なの…」
「ふふ……気持ちは分かるわ。でも渡さないわけにはいかないでしょう? あなたが作ったお人形、きっと喜んでくれるわ」
私はそう励ましてフランを送った。
「ふう…。私も人形を完成させないとね…」
フランがいなくなったのを確かめてから私は引き出しから作りかけの人形を取り出した。
夕食の時間がやってきた。ここの食事はなかなかおいしいのでついつい期待してしまう。そんな期待を裏切らず、目の前に食欲をそそる匂いとともにディナーが配置される。
レミリアの号令で私たちは一緒に食べ始める。私はふとフランを見た。フランはあまり元気がないように見える。やはり緊張しているのだろうか。確かにレミリアのことだ。人形が好きだとは思えない。それでもあとはフラン自身のことであり、私の関与することではないだろう。
私たちは食事を食べ終え、食後の紅茶を楽しんでいた。しばらくするとレミリアが立ちあがった。部屋に戻るのだろう。
「あ…待って、お姉様!」
フランが大きな声でレミリアを呼び止めた。レミリアは立ち止って顔だけフランの方を見る。
「どうしたの? あなたが私に用なんて珍しいわね。」
「え…っと、その……これ……お姉様のために作ったの…」
フランがおずおずとレミリア人形を差し出す。それをレミリアが受け取った。
フランはうつむいている。なぜか私まで緊張してきた。
一秒一秒がとても長く感じる。
レミリアはその人形を数秒、いや数分、だったかな…眺めて……テーブルに置いた。
「…っっ……!!」
フランの息をのむ声がはっきりと聞こえた。室内はまるで誰もいないかのように静まり返っていた。
レミリアがフランに近付いていった。
フランは身を強張らせている。冬になるというのに私の額に一筋の汗が流れおちた。
レミリアは優しくフランを抱き寄せた。
「ありがとう、フラン。本当に嬉しいわ。あなたという妹を持った私は幸せね…」
「お…お姉様っ!!」
フランもレミリアを強く抱きしめていた。
姉妹の邪魔をするのも無粋だと思い、私は音を立てずに部屋に戻ることにした。
あと一週間くらいだろうか。私の家が元通りになっているのは。
早く直った私の家を見たくもあるが、あと一週間でここを出ていくと思うと少し寂しいものがある。ここに来て二週間くらいかな。研究は進まなかった。人形もほとんど作ってない。けれどその分楽しいことや嬉しいこともあった。家にこもりっきりでは得られなかったと思う。時間を無駄にしないためにも私は早く起きて人形の制作に取り掛かった。
朝食をとり、部屋に戻る途中にレミリアに呼び止められた。
「アリス、礼を言うわ。あなたのおかげでフランは少しずつ変わり始めているわ。
まるで495年間まるで解けなかった氷が溶けていくみたいにね」
「…別に私は何もしてないわ。人形作りを教えただけ。もしあの子が変わったのだとしたら、それはフラン自身の力よ」
「そうかしら? 私はその人形作りがフランに変わるきっかけをつくったと思うわ」
「そう……」
「ところで……」
レミリアは急に真面目な顔になった。
「私にはクッキーを焼いてくれないのかしら。フランやパチュリーばかりズルいわ」
私はずっこけた。
私は優雅に午後のティータイムを楽しむ。最近はフランとのお茶会だったので、ひさびさの一人のティータイムになる。部屋にはゆったりとした空気が流れ、しとしとと降る雨が心地よい気だるさを私に与える。たまにはこんなのもいいか。そう思い私は窓辺で雨を見ながら紅茶を啜った。
雨の音を聞きながら本を読んでいた私はまどろみかけていた。
その時、近くで雷が落ちたような音がした。
「またパチュリーが何かやらかしたのかしら」
続けて二度、何かが爆発する音が響いた。何かただ事ではないことでも起こったのか。
私は人形とマジックアイテムを持って部屋を飛び出した。
「今日は雨なのよね」
私は念のために一体の人形を飛ばしておくことにした。
音のする方角へ急ぐ。途中で逃げているメイドをつかまえてどうしたのか聞くと、どうやら魔理沙とフランが図書館で喧嘩を始めたとのことらしい。原因は不明なままだが、とにかく私は図書館に向かった。被害は図書館前の廊下まで及んでいるようだった。
「何やってんのよ、あんたたち! 止めなさい!」
魔理沙がこちらに気付き、肩をすくめた。
「私は知らないぜ。いきなり襲いかかってきたんだ。聞くならフランに聞いてくれ」
「フラン…?」
フランは何も言わずに魔理沙を睨みつけている。そしてレーヴァテインであたりを薙ぎ払う。
「おっと」
「魔理沙なんか壊れちゃえ!!」
フランは大きな声で叫び、大量の弾幕を生み出した。魔理沙の顔に焦りが見える。八方から襲ってくる弾幕をかすりながら避けている。そこにレーヴァテインの追撃が入った。
「ひゃー…危なかったぜ…」
ぎりぎりのところでそれをかわす。壁が崩れてひどいありさまになっている。
「や…止めなさい! フラン、どうしたのよ!」
「アリス、あとは任せた! 理由も分からずに襲われるのはごめんだぜ」
そういって全速力で壁に空いた穴から外に逃げ出す。
「ちょ…ちょっと魔理沙! はぁ…それでフラン理由を聞かせてちょうだい?」
「……魔理沙が私の作った人形を壊したのよ!」
「…え?」
「魔理沙が図書館に来て本を奪っていこうとしたわ。そのときに魔理沙がマスタースパークであたりを吹き飛ばしたのよ。それで私の人形も…」
そういうことか。怒る気持ちは分かるがここまですることもないのではないか。
「分かるわ。大切なものを壊されたら誰だって怒るわよね。それでもこれはやり過ぎよ。人形はまた作ればいいわ。私も手伝ってあげる…」
私は最後までしゃべることも許されず、フランの弾幕をよけるはめになった。
「な…何するのよ、フラン!?」
「信じてたのに…。アリスはものの大切さを教えてくれたわ。壊されたものは元には戻らないって言ったわ…! 嘘だったのね!? それなら皆壊れてしまえ!!」
フランの矛先が完全にこちらに向いたようだ。フランの強力な妖気があたりを覆う。私は
気圧されて動かなくなってしまわないよう足に、体に、手に力を込め、頭をフル回転させる。
人形作りを通して物を壊すことが良くないことだと分かってくれたのは間違いない。
だが、物を壊されたからといって相手を壊そうとするのは命の大切さを理解できていないということだろう。あの時レミリアに礼を言われ、私は何もしてないと答えたが…本当に私は何もしてなかったのかもしれない。
──私にフランを変えることは出来るのだろうか──
そんな疑問が私の頭をよぎる。
フランが右手と左手を上げると共に魔理沙を襲った時以上の弾幕が私を襲う。
私は説得を試みようとしたが、フランにはもはや声は届かず、狂気に満ちた顔をしている。
「くっ……。上海、蓬莱!」
私は人形に指示を出し、フランを端へ追いつめるように誘導する。人形に指示を一通り出し、避けることに専念することにした。
「きゃっ…! くっ…痛いわね…」
フランのレーヴァテインが左足を焼く。私は苦痛に表情を歪める。フランは自分が誘導されていることに気づいていない。
「まずいわ…」
一瞬の判断ミスのせいで逃げ道が無くなってしまった。
「仕方ないわ…アーティフルサクリファイス!!」
私は人形を一体取り出して投げた。爆音とともにフランの弾幕が消えた。
廊下には、砂埃が舞い、壁が砕けて破片が落ちる音だけが聞こえる。
「人形を爆発させたのね…? あなたにとって人形は大切なものじゃなかったの!?」
「もちろんそうよ。でもね、死んだら私は人形をもう作ることができないの…。だから…私は生きるために人形を盾としてでも戦うわ」
フランは私を睨みつけている。鋭い眼光に私は一瞬怯みそうになる。平常心を保つために私は眼を閉じる。
「さあ、かかってきなさい。最後まで相手をするわ…そして今日が最後の授業ね」
人形は作りなおせる。もちろん壊れたものは元には戻らない。それでも物としての人形はまた作ることができる。しかし生き物が壊れてしまえば同じものどころか似たものでさえ作ることができない。だって命はつくりだすことはできないのだから。
自分の研究を自分で否定しているようで私は苦笑する。
この勝負に勝てる勝算はほとんどないだろう。逃げようと思えば今そこの横穴から抜け出せる。でも私は逃げる気にはなれなかった。
「授業…? おもしろそうね。いいわ、あなたが私に勝てたらその授業とやらを聞いてあげるわ!」
フランは言い終わると同時に力に任せて弾幕を放った。確かに量は多いが落ち着いてよければ避けられる程度だ。
フランを誘導するために放った人形が次々と破壊されていく。
「禁忌『フォーオブアカインド』!」
フランはスペルカードを発動させるとなんとフランが四体に増えた。
「え…なによそれ…」
私の誘導策も水の泡に帰してしまった。
私は八体の人形を召喚し、四体のフランを誘導することにした。
「くっ…なかなかやるわね…」
左肩を鋭い弾幕がかすり、真赤な鮮血が溢れ出す。私は左手まで血が流れてくるのを感じた。当たり所が悪かったのかもしれない。
フランは怒りに身を任せているので私の誘導にはうまくかかってくれる。でもその前に私がやられてしまうかもしれないという危惧がある。
「いまよ、アーティフルサクリファイス!!」
四体のフランが近くに集まったところで人形を爆発させる。
煙の中からフランが出てくる。まったくの無傷のようだった。
「この程度で私を倒せると思わないで! そろそろ本気できたらどう!?」
出血のせいで少し意識が朦朧とする。そのため私は早期決着に持っていくことにした。
「強がりね、あなたは。でもそのリクエストは聞いてあげるわ。
秘弾『そして誰もいなくなるか?』」
突然フランの姿が消えた。そして何もない空間から弾幕が私の方へ向ってくる。
「ど…どこに行ったの?」
追ってくる弾幕を回避しながらフランの姿を探す。だがフランはどこにもいないように思える。
「そうか…私が最後の一人ってことね。おもしろいじゃない…私はそう簡単に消えたりしないわ!」
やがて四方八方から弾幕が迫ってくる。私は道が塞がれないように注意しながら弾幕をよけていく。どうやら数パターンの弾幕が順番にくるように構成されているようだ。それでもだんだんと間隔が短くなって来たので辛くなってくる。
私は弾にかすりながら避けていく。出血のせいで体力がかなり消耗されているようだ。
「いい状況とはとても言えないわね…」
致命傷だけはなんとか避けているが、もう体がほとんど言うことを聞かない。
しまった。弾幕の間を抜けようとしたが間に合わない。だがここで引けばどのみち終わりだろう。
「消せるもんなら消してみなさい…!」
私は意を決して弾幕に飛び込む。
何かが折れる音を聞いた。右腕をやられてしまったようだ。
「はぁはぁ…っはぁ…」
攻撃がやんだ。なんとか持ちこたえることができたようだ。
フランが姿を現す。狂気に取りつかれていたフランはもうそこにはいなかった。
「…ねぇ、アリス。もしかして私が間違っていたのかな…?」
「……どうなんでしょうね。さあ、早く決着をつけましょう」
「え…? なんで…ううん、わかった。これが最後ね…。私の495年間のすべてをあなたにぶつけるわ!」
「えぇ、来なさい。あなたの495年間の苦悩を私が受け止めてあげるわよ!」
「QED『495年の波紋』!!」
まるで静かな水面上に小石を投じたときにできる模様のように弾幕が広がっていく。
その美しさと反比例して凶暴さのある弾幕である。
全方向に鋭い弾幕を放ちそれが壁に跳ね返り軌道を読みにくくさせている。
私はぎりぎりのところでそれを避けていく。だが次第に視界を埋め尽くすほどの弾幕が私を襲う。
「やるわねっ…!」
このままではあと十数秒といったところで私はこの凶弾の餌食となってしまうだろう。
私は起死回生のために取っておいた人形を握りしめてフランに近付く。
「きゃあああああ!!」
右足にひどい激痛が走った。それでも私は退くことができない。ここで退いたらもう勝ち目はないだろう。
少しずつ前に進んでゆく。まともに動くのはこの左腕だけ…。
あと5メートル、4、3、2、1…私は腕や足を貫通していく弾幕に歯を食いしばって耐えながら、スペルを発動させた。
「魔操『リターンイナニメトネス』!!」
私は力を振り絞って人形を投げた。一瞬の閃光とともに大爆発が起こる。
「こほっこほっ…」
ひどい煙から解放され、私は眼を開けた。その先には心なしか笑っているフランがいた。
「どうしてそんなに一生懸命なのかしら…?」
「フラン…私たちは友達じゃないのかしら? …友達が苦しんでいたら助けるものでしょ?」
私はフランに近付いていく。フランはそれ以上攻撃をしようとはしてこなかった。戦いは終わったのだ。すべて…。
その時である。何かひびが入ったときのような音が聞こえた。私は耳を澄ませる。
「あ…危ない!!」
急いでフランを引きよせここから離れる。その瞬間私の頭上から崩れてきた天井が落ちてきた。
「いったたたた…。ア…アリス、だ…大丈夫!?」
私はとっさにフランをかばった。瓦礫の下敷き程度ならフランは死なないだろう。だけど外は雨が降っている。だから私はフランができるだけ雨で濡れないように全身をかばう。
「わ…私は大丈夫よ…。すぐに人形が傘を持ってくるわ。こんな時のために人形を放っておいたのよ」
「アリス…! 大丈夫…!?」
頬を伝って血が一滴滴り落ちた。
「私は人形作りの先生としてあなたにいろいろ教えてきたつもりよ…。そしてそれも今日が最後…。」
そういってフランの涙を左手で拭う。
「最後って…? 最後って何!?」
フランの涙を拭っても拭っても次々と涙が溢れてくる。
「私は人形も、パチュリーも、小悪魔や魔理沙も…そしてフランも…みんなみんな大好きよ。どっちが上とかそういうものじゃないのよ。命があるかないかも関係ないの…。どれもこの上ないくらい大切なものなの…私にとってはね…。だから簡単に物や生き物を壊しちゃいけないって言いたかったの…壊した生き物が、誰かにとっては大切な人ということもあるのよ…?」
もしあなたのお姉さんが殺されたらとても悲しいでしょう?と私はフランの髪を撫でながら言った。フランは必死に首を縦に振っていた。
流れてきた血が私の右目の視界を奪う。意識がかなり朦朧としてきた。もうあまり持ちそうにないようだった。
「いつもみたいに宿題を出しておくことにするわ。あなたの大切なものは何かしら? 理由も教えてくれるとうれしいわ…」
「うん…うん…」
「私はもうすぐ自分の家に帰らなければならないの…。だから私がここをでるときに答えをちょうだい…」
私が生きていれば…のことだけど、そんなことを考えている余裕はなかった。
視界が急に暗くなっていく。フランの叫ぶ声が次第に小さくなり…私の意識は途絶えた。
「んっ…」
私はベッドに寝ているようだ。体のいたるところに包帯が巻かれていた。
ここは図書館…そうか。フランとの闘い、そして気を失う前のフランの声が思い出される。
どうやら助かったようだ。あれだけ出血をしたのだから死んでもおかしくはないと思っていた。
「よっと…いたた…」
まだ体の傷が痛むようだ。私はベッドに腰かけた。
辺りを見渡すと私のベッドに座って眠っているフランがいた。
「フラン…ずっと看病してくれていたのかしら…」
フランの近くのテーブルに作りかけの人形が置いてある。
私のベッドの上にもいくつかフランが作った人形が置いてあった。
「アリス…」
寝言か…。
私はフランの髪を撫でた。フランの髪を撫でるといつも喜んで目を細める。それがとても可愛らしいことを私は知っている。
「うん…ん~……」
フランがゆっくりと目を開ける。どうやら起こしてしまったようだ。
「おはよう、フラン」
「……え? あ…アリ、アリス!! ごめん、ごめんなさい…!」
フランが涙を溜めて私に抱きついてくる。
「いたたたた…。別に怒ってなんていないわ。それより傷が痛いわよ」
「あ…ご、ごめんなさい…」
フランは私から離れる。
「別に離れなくてもいいわよ」
私はフランを優しく引き寄せて髪を撫でた。
「アリス…ごめんね…」
「もう、いいわよ。フランが分かってくれたならね」
「うん…」
フランが言うにはあれから五日ほどたったようだ。
どこぞの医者によれば、出血が酷くて危ないところだったが、傷の方は重症ではないのですぐに回復すると言っていたらしい。傷口は痛むが、確かにもうほとんど治っているように思える。
私が起きたのに気づいて小悪魔が食事を持ってきてくれた。小悪魔の話によると図書館を破壊されたのに嘆いて丸一日部屋から出てこなかったらしい。一昨日、魔法でなんとか図書館を直し、私はここに運ばれたようだ。
とりあえず私は食べることにした。五日分の食事を食べられなかったなんて残念だわ、などとくだらないことを考えながら私は小悪魔特製スープを口にした。
あれから三日ほど経った。
パチュリーが私の部屋に来た。
「アリス。あなたの家のことだけど昨日ついに完全に直ったわ。予定より一週間くらい長くかかってしまったわ」
「ん、ありがとう。これでようやく私も家に帰れるわ」
「ねぇ、フランには帰ることいってあるの?」
「うん、フランが覚えているかはわからないけど言ってあるわ」
「そう…ならいいけどね。アリス、ずっとここにいてもいいのよ?」
パチュリーはそういって私の腕をつかんだ。
「…気持ちはとても嬉しいわ。でもやっぱり私はあの家に戻らないといけないわ。あの家で静かな午後に一人で紅茶を啜るの。そして上手に紅茶を淹れた人形を撫でてあげるのよ。まぁ、日課みたいなものよね。そうしていないと私じゃないみたいでね」
「残念ね…でもいつでも遊びにいらっしゃい。泊って行ってもいいわよ。というか来ないとあなたの家を破壊しにいくわ」
そういって私たちは笑いだす。
とても楽しく幸せな日々だった。
「それじゃ、世話になったわね。いろいろあったけどとても楽しかったわ」
「今度は共同魔法でも開発しましょう? アリスと私の…ふふふふ…」
「何か身の危険を感じるのは気のせいかしら…」
うっとりとした表情がとてつもなく怖かったので私はパチュリーと距離をとる。
私は皆に挨拶をし、お礼にクッキーを焼いて世話になった人たちに配る。レミリアがクッキーを持ちながら両手を上げて踊っていたのは見なかったことにしよう。うん、幻覚よ。
「さて…と、フランは?」
見渡すとフランがいなかった。昨日もう一度帰ることを伝えたら、泣き付かれた。私はまた遊びに来ると約束して別れたのだが…怒っているのかもしれない。
「フランは…いないようね。残念だけど私は帰るわね」
私は上海を肩に乗せ飛び立とうとする。
「待って!!」
私は声の方に振りかえる。
「あ…フラン、来てくれたのね」
「うん…えっと…これ、アリスのために作ったの。さっきまで作ってたから遅くなっちゃった…」
私は受け取る。どうやらフラン人形らしい。
「ありがとう…いつも枕元において寝るわ。…それじゃあ、私もプレゼントよ」
フランに人形を渡す。フランに内緒で作成していた人形を渡した。
「自分の人形を作るなんてしたこと無かったから恥ずかしいわ」
私は恥ずかしくて頭を掻く。
「…あ、ありがとう。私、このお人形をずっとずっと大切にするわ…!」
フランの目が潤んでいるように見えた。私が見ているのに気付いたのかフランは下を向いた。
「ふふ…それじゃ、私はいくわね。また遊びに来るわ」
そういって飛び立つ。
「フラン。宿題の答え、聞かせてもらえるかしら?」
私はフランから距離をとって聞いた。
「うん! 私の大切なものは、私のことを大切に思ってくれているレミリアお姉様、人形を一人で作るために本を貸してくれて手伝ってくれたパチュリーや小悪魔、いつも私たちの家を守ってくれている美鈴や警護班のみんな、掃除をしたり食事を作ってくれたりする咲夜やメイドたち、そしてたくさんのお人形に…こんな私に優しくしてくれたあなた…アリスよ…」
フランの声が震えている。フランは続ける。
「だって…もし私がそれを失ったらとても悲しいもの………」
フランはそれ以上言葉を口にできなかった。
「そう…。…宿題は合格点よ。おめでとう、フラン」
私はフランを見ずに言う。フランを見れば多分私は泣いてしまうだろう。
「うぅ…ア、アリス…」
フランのすすり泣く声が聞こえる。
私は速度を上げて飛び立った。振り返らずに全速力で空を飛ぶ。
「うっ…ひっく…フラン…」
私は涙で顔をくしゃくしゃにしながら飛んだ。私の心の中を占めるフランの存在がここまで大きくなっていたことに驚いた。
涙を拭い紅魔館の方を振り返る。さすがにここからでは人の形すら見えない。そして…
「ありがとう…」
心からの礼を言った。
あれから一か月が過ぎた。
最近は紅魔館にいってフランと遊んだり、パチュリーに魔法の研究をつき合わされたり、クッキークッキーと連呼するレミリアにお菓子を作ったりと忙しかった。
そうそう。事件の原因である魔理沙はお仕置きのために、人形に図書館で盗ったの本を回収をさせといたわ。魔理沙の恨めしそうな顔を思い出すと今でも吹き出しそうになる。
私は優雅なひとときを送るため紅茶を飲む。
「うん…いつもながらいい出来ね」
紅茶を淹れてくれた人形の髪を撫でる。
私は一人で紅茶を啜った。私は昼下がり特有の気だるさに身を任せ、目をつむる。
最近はいろいろあって研究も滞っていた。だから研究の続きでもやろう。そう思い私は立ち上がり研究室に向かう。
そのとき玄関の方で何かが破壊されるような音がした。
「ななな…何よ!」
私は急いで玄関に向かう。その先には壊れた扉と…大きな傘を持ったフランがいた。
「えへへ、来ちゃった。遊ぼう、アリス!」
私は目を丸くして目の前の光景を見る。フランが外出? 信じられなかった。
どうやら付き添いをつける条件で来ているようだった。胸にはアリス人形をしっかりと抱きしめている。
私はつい頬が緩む。
「そうね。でもその前に壊した扉を修理しましょうか、フラン?」
「うぅ…つい興奮して壊しちゃった…」
「ふふ…」
「ねぇ、アリス。私はまたここに来ることはないと思うわ。今日は特別にお外に出してもらったのよ。聞きたいことがあってね」
ドアの修理をしたあとフランが言った。
「そう。何かしら?」
「私は…いつか一人でお外に出て、アリスやみんなと遊んだりすることが出来るようになるのかしら…?」
「出来るわよ」
「物事にはそれを示す証拠や説明がいるのよ、アリス」
「そう? 言うまでもないと思ったんだけど。だって──」
私は一呼吸置いてフランに微笑む。
「私が一緒にいるのだから…これじゃ理由にならないかしら?」
私はフランの髪を撫でる。フランはいつものように目を細めて笑顔で言った。
「十分よ…十分すぎるわ…!」
フランが私の胸に抱きついてくる。私はそれをしっかりと受け止める。
──いつか必ずあなたに外の世界を見せてあげるわ。楽しみにしていなさい、フラン…──
夕陽に照らされているフラン人形とアリス人形が、私たちを祝福してくれているようだった。
「ふう…」
私は研究を一時中断し、紅茶を作ることにした。人形に命令をだすと、しばらくすると紅茶を持って戻ってくる。
今日は高級ダージリン。優雅なひとときを過ごすにはこの上ない品である。
私は人形を操りいつものように人形に紅茶を淹れさせる。
人形が持ってきた紅茶は今日の空気のように澄んでおり、紅茶の甘い香りが私の鼻孔をくすぐる。
「うん…おいしいわ」
私は紅茶の味に満足し人形の髪を撫でると嬉しそうに私の周りを飛びまわっていた。
私は魔法使い。それ故に人間と違って長く生き、そして食事もとる必要はない。
だけど研究を焦っても仕方がないし、こういうひとときを楽しむことのできる心の余裕をもつことは大切なことだと思っている。
それに人形がうまく紅茶をいれることができるようになったのもこの時間を大切にしていたからだ。
そう考えると実生活にも人形を自立させるという研究に必要なことが隠されているのではないかと思えてくる。
まあ、研究を別にしてもこの時間はだれにも邪魔されたくないんだけどね。
「さて、研究の続きでもやろうかしら」
部屋に戻ろうとした刹那、家の上空で鼓膜を貫くような爆発音が鳴った。
「きゃあああああ!」
地が揺れ、爆風に耐え切れず吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「いったぁ……もう…何なのよ、一体!」
砂埃が舞いやっとのことで目を開けたその先には無残にも破壊された私の家らしきものだった。
家具は破壊され、とても人が住める場所ではなくなってしまった。
「な…こんなことしたのは誰? 出てきなさい!」
家を壊されるほどの恨みを買ったつもりはないのに、あるのはただ破壊された家と埃で煤けてしまった私だけ。
「むきゅう~……」
「は?」
足元を見るとアリスと同じく黒く煤けてしまったパチュリー・ノーレッジであった。
「…話を聞かせてもらいましょうか、パチュリー?」
パチュリーとは、研究の手伝いをしたり、本を貸してもらったり、たまにお菓子を作って持って行き、一緒にティータイムを楽しんだりする仲だ。そして図書館からでてくることは滅多にないのである。外出してまで私の家を破壊しに来る理由があるのだろうか。
パチュリーは未だ目が泳いでいるようなので右斜め45度よりチョップを入れてやったら「むぎゅ!?」とか訳のわからない叫びを上げて倒れた。顔面から。
しばらくするとふらふらと立ち上がってきた。なんとか生きているようだ。
「ひどいわね・・・アリス…」
「えぇ、ひどいでしょうね私の家は! なにせ今しがた破壊されたもので、誰かさんに!」
「違うわ、ひどいと言ったのは私の延髄にチョップをしたアリ……」
「もう一発くれてあげましょうか…!?」
私はこれでもかとばかりに睨みつけた。
「ごめんなさい…(でもその表情もかわいいわ…)」
パチュリーは睨みが効いたのか素直に謝ってくれた。殊勝な心がけね。
「コホン…。私は救ってあげたのよ。忍び寄る魔の手から。」
「魔の手?」
「そう。最近私の所にこないからどうしたのかと思ってアリスの家を見張らせていたのよ。報告によると魔理沙がほとんど日を置かずに来ているらしいわね」
「そうだけど…それが魔の手と何か関係があるの?」
「あるわ、大ありよ。アリスが魔理沙の毒牙にかけられるなんて私耐えられないわ。それで魔理沙を追い返そうと思ったのよ。私のロイヤルフレアと魔理沙のマスタースパークがどうやら爆発の原因のようね。いえ、魔理沙のマスタースパークだけが原因ね。うん、そうよ。でもよかったわ、結果的に魔理沙は吹っ飛んでお星様になり、邪魔者はいなくなったわ」
鈍い音とともにパチュリーはまたもや「むぎゅ!?」と叫びをあげて倒れた。きれいに入ったわね…急所に。
「それで、これからどうするの?」
パチュリーは自分が壊したということをまるで無視したようにしゃべりだす。
「そうね…。とりあえず家を修理しなければならないわ。ここまで来てくれたのは嬉しいけど残念ながらおもてなしができそうもないわ」
私は皮肉たっぷりに言ってみる。
「そう…、残念ね。アリスの紅茶を楽しみにして来たのに」
「私の家を破壊に、じゃなくて?」
「それは悪かったわ。今度その埋め合わせはするわ」
「そう?期待しないで待ってるわ」
「期待して待ってて。それはともかく夜はどうするの? さすがに野宿できる季節じゃないでしょうに」
それはそうだろう。そろそろ冬という時期。夜間の冷え込みの中で寝られるほど私は寒さに強いわけではない。それに妖怪が活発に活動する時間に野宿をすることは危険であるのは言うまでもない。
「うーん……魔理沙に頼んでしばらく泊めてもら「それはよくないわ!」
パチュリーが普段ださないような大きな声で私の言葉をさえぎる。
いつの間にかパチュリーの顔がすぐそこにあった。仄かに頬を赤らめているのが可愛い。
「家は私が壊してしまったのだから修理は私のところのメイドにやらせるわ。そして住むところだけど…紅魔館に来なさい」
「へ?」
紅魔館。それは恐ろしい悪魔が棲んでいる場所。パチュリーのところにはよく行くが、主であるレミリアとはほとんどあったことはない。部外者がすんなり受け入れてもらえるのだろうか。
それから数刻経ち、紅魔館に到着した。相変わらず無駄に大きい門だ。
「こんにちは、美鈴さん」
「こんにちは、アリスさん。パチュリー様と一緒だなんてどうしたんですか?」
「ちょっとね…」
「アリスの家がね、魔理沙に壊されたのよ。それで途方に暮れていたアリスがとても気の毒で招待しようと思ったのよ」
「そうなんですか…それは難儀なことですね…」
私はこれ以上パチュリーに何を言っても意味がないと判断し、つっこまないことにした。
「あら、つっこまないのねアリス」
「つっこんでほしかったんかい!」
パチュリーがレミリアに話をつけてくると言って飛んで行った。図書館の近くの部屋を借り、壊れた家から持ってきた人形やお気に入りのカップなどをテーブルの上に置いた。
三食の食事と風呂の提供、他に必要なものは用意させるということなので、この待遇の良さに少し驚いた。紅魔館はこんなに待遇のいいところだったのか。そんなことを考えているとノックの音が聞こえた。
「アリスさん、食事の用意ができましたよ」
小悪魔が迎えにきた。どうやら食事は皆一緒にとるらしい。ダイニングルームに通され席に着いた。
レミリアやパチュリーはもう来ていたようだ。
「さぁ、食事にしましょう。そしてアリス、歓迎するわ。当分家には戻れないんでしょう?」
レミリアはそういうと自分の食事を食べ始めた。
「レミリアってこんなに人当たりがよかったかしら?」
小声でパチュリーに聞いてみた。
「こないだ本を借りたお礼にってクッキーをつくってくれたでしょう?あれをレミィも食べたのよ。それをたいそう気に入ったようで、また作ってもらえってうるさいのよ」
クッキーで待遇があがるなら安いものだと思いつつ、私も食事を食べることにした。
食事中に時折視線を感じたが、メイドがこちらを見ていたのだろうか、少し食べにくかった。
食事も終わり私は部屋に戻った。紅魔館の中は自由に歩いてもよいとのことなので暇な時にでも散策してみようかと思った。とりあえず明日は壊された人形の修理とかで忙しくなるだろうな…と考えつつ私はまどろみの世界へと落ちていった。
次の日、私は朝食を取った後すぐに部屋に戻り人形の修理に取り掛かった。服や皮膚の焦げた部分を修理すればなおるものばかりなのでそうそう時間はとらないだろう。修理が終われば新しい人形を作ったり、研究の続きをしたりするのもいいだろうなと考えていた。幸い図書館が近いので研究が進むかもしれない。家が壊れたという不幸に見合う分だけのものを持って帰りたいと思った。
「う~ん…だいたい終わったわね」
人形を一通り修理し終わってテーブルの上に並べておいた。
そろそろ食事の準備を始めている時間だろうか。暇ができたので上海を連れて少し館でも散歩することにした。館はとても広く案内人がいないと迷ってしまいそうだ。とりあえず匂いを便りに厨房に行こうと思う。厨房には簡単にたどり着けた。
厨房ではメイドたちがせわしなく動いていた。メイドたちも食事をするので、それを考えるとすごい量を作らなければならないことは容易に想像できる。
メイドが作った料理をダイニングルームに運んでいる。食事の部屋と厨房はつながっているようだ。
メイドたちの働きぶりを見ていると、またどこからともなく視線を感じた。監視でもされてるのかしら。
その時急にダイニングルームが騒がしくなった。暇なので私も声のするほうに向かった。
…どうやら誰かにぶつかって食事をこぼしてしまったらしい。
「あ~あ、私の服が汚れちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」
小さな少女がメイドを睨みつけている。
メイドは必死に謝り続けている。それが癪にさわったのか、少女は顔を歪ませている。
「謝る暇があったらかわりの服とか持ってきたらどう? そのくらいわからないの? それとも少しお仕置きが必要かしら」
少女の周りに強力な妖気が放出され、容赦なく生み出した弾幕をメイドに放った。
「上海!」
私は飛び出して間一髪のところでその攻撃を相殺する。轟音が鳴り響き、まばゆい光が辺りを埋め尽くす。次第に周りが見えるようになった。メイドは無事のようだった。
あらら…今のせいで夕食の時間が遅くなりそうね…。被害を受けて無残にも飛び散った料理が恨めしそうにこちらを見ているように感じられた。
「何よ、あなた」
「何ってあんた、そのくらいのことで怒らなくてもいいんじゃないの?」
「あなた、私が誰だかわかってるの?」
噂は魔理沙からよく聞いている。黄色い髪に七色の歪な形をした翼をもつ少女。
「フランドール・スカーレット…かしら?」
「そうよ、わかっているのになぜ邪魔をするの?」
「あの攻撃が直撃すれば普通死ぬわよ。メイドを殺すつもりだったの?」
「あなたたちが脆いのがいけないのよ」
「あなたは生命を何だと思ってるのかしら? それに吸血鬼ほど私たちは体が強くないのよ」
上海はハンカチでフランドールの服を拭いている。それをフランドールが眺めている。
「これは?」
フランドールが上海を指さす。
「この子は上海よ、まぁ…私の家族みたいなもの」
「…あなた、私が怖くないの?」
「上海が壊されないかと、とてもひやひやしてるわ」
汚れを拭き取った上海は私のところへ戻ってきた。髪を撫でてやるとくすぐったそうにしていた。
「…ふーん」
フランドールは今起こったことに興味を失ったのか、元来た道をまっすぐに戻っていく。私は安堵する。今の状況で戦ってもまったく歯が立たなかっただろう。
それにしてもなぜフランドールはおとなしく引き下がったのだろうか。
「まぁ、いいか」
メイドにお礼をいわれ、気恥ずかしくなったので部屋に戻って夕食を待つことにした。
夕食は遅くなるだろうと思っていたが昨日と同じ時間に迎えが来た。
席にはフランドールもいたけれど、さっきのことでなんとなく気まずいので目を合わせないようにした。
食事中に昨日のように視線を感じたので周りを見渡すと、フランドールと目が合った。するとうつむいて自分の食事を食べ始めた。
なにがあったのかはパチュリーやレミリアはもう知っているだろう。それでも何もなかったかのようにそのことについて私に触れない。日常茶飯事なのかしら。それだとメイドがいくらいても足りないか。
そんなことを考えていると食事の手が止まっていたようだ。
「アリス、今日の料理は気に召さなかったかしら?」
パチュリーにそう言われ、私は考えるのをやめて食べることに専念した。
夜、寝付けなかったので少し廊下でもぶらつくことにした。
静かな夜だ。不思議なことにメイドとすれ違うこともない。私の足音が静寂を壊していく。もしくは、この響き渡る足音が静寂さをいっそう引き立てているのかもしれない…なんて思った。
「いい夜ね」
私は誰ともなく話しかける。
「そこにいるのは分かってるわ。いい加減出てきたらどう?」
私は振り向きざまに言った。角の暗がりから少女がゆっくりと出て来る。
「やっぱりあなただったのね、この視線は…。フランドール」
フランドールは何も言わずに近づいてくる。まっすぐに、私のところへ。
私とフランは対峙する。
「アリス…だったかしら?」
「…そうよ。何の用かしら?」
フランドールは何も言わずに上海に触れる。そしてしばらくすると一人でうなずいて言った。
「このお人形さんは生きているの?」
「……え?」
さっきのことではないのか…。
「生きては…いないわ。魔力で操って動かしてるのよ。学んだことを自分で覚えていってくれるから、いちいち命令を出さなくても動いてくれるの。だから生きているように見えるかもしれないわね」
フランドールは再び上海に触れる。
「かわいいわね。これはあなたが作ったの?」
「そうよ。私が持っている人形はほとんど自分で作ったものよ」
そういうとフランドールは納得したのか私と距離をとった。
「ねぇ、なんで止めたの?」
「……あぁ、そのことね」
やっぱりこのことらしいわね。最初からそういえばいいのに。
「私はね、人形を自立させる研究をしているの」
「人形を自立させる…?」
「そう。自分で考えて自分で動く。つまり生命をもった私たちのようにね。でもそれはとても難しいこと。あなたにはわからないかしら? 命を与えることは神にも等しき行い。そんな大切なものを蔑ろにするのを見たくないのよ。命だけじゃなくて大切なものとかもね」
そういって上海を撫でる。そういえばいつから撫でると嬉しそうにするようになったのだろう。上海はモノだけれど私の大切な家族。生命を宿してはいないが私はそう思っている。
「あなたはいろいろなものを破壊できるらしいわね。破壊はものを生み出すより簡単で、凶暴で疎まれるわ。でもそれじゃ誰も喜ばないし誰も近づかない。あなたは自分の能力で自分を苦しめているのよ」
「あなたに何がわかるの? 495年もここに閉じ込められている私の気持ちが…!」
急にフランドールの周りの空気が震える。私は恐怖ではなく、なぜか冷めた感情しか起こらなかった。
「知らないし興味もわかないわね。あなたがそんなんだからここに閉じ込められているんじゃないの? もしあなたが変わりたいと思うのなら壊すだけじゃなく、私のように何かを生み出してみるといいわ。そうすれば理由もなく壊すということが愚かなことだと分かるかもしれないわ」
私は冷たく言い放った。フランドールはうつむいている。
「そう……。なら…あなたに教えてもらおうかしら?」
「ん……」
ノックの音で目が覚める。どうやらずいぶんと深く眠っていたらしい。昨日いろいろあったせいで疲れていたのだろう。
あぁ…そうだ。昨日約束をしたんだっけ…。フランドールに人形作りを教えるって。まぁそのくらいなら研究に支障もでないし、新しい人形も作りたかったのでついでに教えるのもいいかなと思った。
フランドールが私の部屋に来ると言っていた。吸血鬼のことだし夜にくるだろう。だから私はそれまで本を読んだり買い物に行ったりして過ごすことにした。
夕食後、しばらくしてからフランドールが来た。
「さぁアリス、私に人形作りを教えてね?」
「わかったわフランドール。さぁここに座って。人形の材料を取りそろえているわ」
「わぁ、これが人形に変わるのね? それと私のことはフランって呼んでね」
「わかったわ、フラン」
そういうとフランは私の隣に嬉しそうに座る。
「それじゃ、この材料をつかってやってみましょう。まず私の真似をして下書きしてみて」
「は~い」
フランは楽しそうに下書きをしている。人形のパーツとなる頭、胴体、手足などを描いてゆく。フランは初めてやることに苦戦しているようだ。必死に何度も線を引きなおしているフランの横顔を眺めていた。この子もこうしていればただのかわいい子供なのにね。
「さて、次にこのフェルトにペンを使って書き写して切り取ってね」
フランはさっそくとばかりにペンを持って書き写していく。
「フラン、ここは特に大切な作業だから丁寧にやってね」
は~い、と返事をして丁寧に作業を始めた。さて私のほうも続きをやらないとね。
「ん~、ちょっと疲れたわ」
フランがフェルトを切り取り終わってから言った。
「そうね。初めての作業でしょうから疲れるものだわ。それじゃ休憩にしましょうか」
私は上海に紅茶を淹れさせる。
「クッキーを焼いたのだけど、食べるかしら?」
「うん!」
フランは眼を輝かせてクッキーを食べだした。
「落ち着いて食べなさい。焦らなくてもたくさんあるわ」
そうしてのんびりと休憩の時間を過ごした。
「さて、後はパーツを縫い合わせれば終わりよ」
最初は針さえうまく扱えなかったというのにこの短時間でここまでよく成長したものだと思う。
フランは眼を細めてパーツを縫い合わせる。その横顔がかわいくてついつい眺めてしまっていた。
「痛った~…」
私は油断して針で自分の指を刺してしまった。刺したところから血があふれてくる。
「あはは…かっこ悪いところをみせちゃったわね」
このぐらいならすぐ治るだろうと水で洗い流しに行く。
「もったいないわ……」
「え?」
振り向くといつの間にかフランが後ろにいた。潤んだまなざしで私を見つめている。
「いいよね…?」
そういうといきなりフランは私の指を舐めはじめた。私は混乱して抵抗することができなかった。
「ちょっと…や……んっ…」
部屋に血を吸う音が響く。私はされるがままになってしまった。フランは我がものとばかりに手を握って離さない。手の圧迫感と指を舐めるフランの舌のせいで私は変な気分になる。どのくらい時間が経ったのだろうか。やっとフランが手を離す。
「ごちそーさまっ」
「ふぅ…まったくもう…」
「どうしたの? 顔が赤いわ」
「なんでもないわ! さあ続きをやりなさい!」
私はフランから背を背けた。当分フランの顔をまともに見られそうになかった。
「完成したわ!」
数刻経ち、フランは歓喜の声を上げた。
「よくできたわ。あなた、なかなかうまいじゃない」
私はフランの頭を撫でる。フランは微笑んでこちらを見ている。完成したのが嬉しいのだろう。出来上がった人形を胸元で抱きしめている。こんなに喜んでもらえるなら教えた甲斐があったものだと私も嬉しくなる。
「私、お姉様に見せてくるね!また明日もよろしくね!」
フランは手を振りながら飛んで行った。
「まったく。ドアくらいしめなさいよね…っていうかドアが壊れているわ…」
ドアの修理をしてもらい私は一息ついた。さすが仕事が早い。
急に眠気が襲ってきたので、私は逆らわずに身を委ねることにした。今日はいい夢を見れるかも知れない。そんなことを思いながら私はベッドに入った。
今日は紅魔館に来て一週間になる。フランに人形作りを教えたり、パチュリーと共同で魔法の研究をしたりと楽しく充実した日々を送っていた。私は身だしなみを整え、朝食に向かう。
「おはようアリス…」
パチュリーはとても眠たそうだ。糸目になってるわ。いつものジト目もいいけど、その表情もそそるわね。
「おはようパチュリー。眠そうね。また夜更かしかしら?」
「そうよ。興味深い本が手に入ったのよ…。それを読んでいたらいつの間にか朝だったの…。そうそうあなたの家の修理だけどね、後二週間くらいで直るらしいわよ。伝えることは伝えたし、私は寝るわ…。あ、一番大切なことを伝えてなかったわ。添い寝…頼めるかしら?」
「頼めないわ」
残念…とため息をつき、いきなり食卓の上で腕を枕にして寝はじめた。それを見た小悪魔がやれやれといった感じでパチュリーを抱きかかえて連れ去った。なんか去り際に小悪魔がニヤリと笑っていたのは気のせいだろう。気のせいだ…そう思いたい。それにしてもあと二週間か…。長いようで短そうね。
毎日の人形作りを終えたら、自分で練習させるために宿題を出していた。そのおかげか、短い間でずいぶんとうまくなったと思う。それで私はフランのリクエストするものを次に作る題材にしようと考えていた。フランに聞きに行こうと私は地下に向かう。
「アリス」
地下の入り口で私は後ろから呼び止められた。
「レミリアじゃない。どうしたの?」
「フランと仲良くやってるようね。あなたがそうしたいなら私も止めはしない。だけどこれは覚えておいて頂戴。フランは…」
「情緒が安定してなくて、いつ暴れだすかわからない?」
「……そうよ、わかってるじゃない。それなのにフランのわがままに付き合うのね。もし無理やり付き合わされているのなら私からアリスに関わらないように言っておくけど?」
レミリアは私を試しているのだろうか。
「そう?じゃあ次に何を作りたいか聞いておいてくれないかしら?」
「……ふむ」
「夜は暇なの。だからその暇つぶしに人形作りを教えてあげているだけよ。別に迷惑だなんて思ってないわ」
私はもと来た道を戻ろうとする。
「待ちなさい。それは自分で聞きなさい。せっかくここまで来たんじゃない。フランも喜ぶわ。それに私は眠いのよ…」
とたんに眠そうに眼を擦りだして、二階の部屋に飛んで行った。
「フラン。いるかしら?」
「アリス!」
フランは私を見つけると嬉しそうに飛びついてきた。
「今日はね、フランが作りたい人形を作ってもらおうと思うの。いつもは私の出したお題を作っていたでしょ?あなたはずいぶん成長したわ。だからそろそろ自分で作りたいものを作ってみるのもいいかと思ってね。」
「う~ん…それじゃあお姉様の人形を作りたいわ」
「え?あんたレミリアと仲があまりよくないんじゃなかったの?」
普段二人が話をしているところを見たことはほとんどない上、フランをずっとここに幽閉していたレミリアだ。私はてっきり仲が良くないものかと思っていた。
ま…まさかレミリアの藁人形を作ってごっすんごっすん…。
「それはいけないわ! そんなことをやらせるわけには…」
「何を想像してるの? それにお姉様とは別に仲が悪いわけではないわ。私はとても危険らしいの。力がうまく制御できないから」
そうらしいわね。
「だからね、お姉様がここに閉じ込めたのよ。確かにお姉様を恨んだこともあったわ。でもそれは間違いだったのかもしれないって最近思うの。お姉様は何も言わないから本心はわからないけれど、これは私のためなんだろうってね。私の能力で大事なものを壊されたらとても悲しいことだって、人形を作っているうちにわかったの」
フランは私に背を向けた。ベッドの上には作った人形が置いてある。
「ここにあるアリスと一緒に作った人形を壊されたら私は悲しくなるわ」
「そう…。」
もしフランが大切なことを伝えることのできる人と出会っていればこんなに閉じ込められることは無かったのかもしれない。そう思うと、とても気の毒になる。
「それでお礼とか謝罪とかそういう意味でレミリアに人形を贈るのね?」
「ん~…そういうことなのかな?」
「ふふ…わかったわ。それじゃ、私は材料とか集めてくるからまた夜に来てちょうだい」
部屋をでようとする私に向かってフランが言った。
「もし昼間でよければ昼過ぎにでもあなたの部屋に行くわ」
「あなた吸血鬼でしょ? 昼は寝るもんじゃないの?」
「最近はそうでもないわ。お姉様は昼間に神社に遊びに行ってるらしいし」
「そう?それならそうしてもらえるかしら。でも眠い状態でやってもうまくいかないから無理はしないでね?」
私はそう言い残し地下を出た。
「お、アリス。久しぶりじゃないか」
振り返ると私の家を壊した原因のもう一人がいた。
「あら、魔理沙。人里に買い物? 珍しいわね。」
「そうか? まぁいいや。最近みないけどどうしたんだ? お前の家に紅魔館のメイドたちがいたぞ?」
「パチュリーが家を直すようにいってくれたの。好意に甘えて紅魔館の世話になってるわ。それじゃ私は用事があるから。またね」
「あ…お、おい……冷たいぜアリス……」
魔理沙がなにか言ってるようだったが、私は気にせず買い物をすることにした。
早く材料を買って帰らないとね。
紅魔館に戻り昼食を食べ、部屋で準備をしていた。しばらくするとフランが入ってきた。
「いらっしゃい、フラン。さっそく取り掛かりましょう。今回は布を多く使うわ。服を縫ったりしなきゃならないから一週間以上かかるかもね」
「一週間か~。結構かかるのね」
「今までより難しいものに挑戦するのよ。大丈夫、私が手伝うのだからきっといいものを作れるわ」
人形の服のデザインはフランにはできないので私がやる。フランにはそれ以外をできる限り独力でやらせるつもりでいた。
フランは型紙で体のパーツを作っていく。気に入らないのか何度も何度もやり直している。粗雑さがみられず、懸命さが私に伝わってくる。私は服のデザインを決めつつ、フランに助言を与えた。
いつものように私は紅茶とクッキーを用意する。
「おいしいわ」
フランの満足そうな顔に私の顔もつい弛んでしまう。
「ねえ、フラン。あなたがそんなに危ないようには思えないのよね。まあ、こないだはあんなことになってしまったけど」
「どうかしら。それでも私は自分の力をうまくコントロール出来ないの。私が一度暴れだしたら…お姉様でも私に勝てるか分からないわ」
そんなフランを外に出してもし暴れでもしたら大惨事…ってことか。私はフランのことはあまり知らないので楽観していたのかもしれない。
「私が怖い? それならお姉様にいって私を地下に閉じ込めるように言うといいわ」
「…何言ってるの。あなたは私に人形作りを教えてほしいのでしょう? あなたがちゃんと出来るまで私の授業は続くわ。それとももう飽きてしまったのかしら? それなら私はやめてもかまわないわ」
「え? う…ううん! まさかそんなことあるはずないわ!」
フランは慌ててクッキーを食べだした。…こんなに無邪気な子がこれからもずっとここに閉じ込められているなんて私は想像したくはない。私はフランのために何か出来ることはないかと思った。
時間はあっという間に過ぎ、もうそろそろ夕食の時刻というところか。さきほどから四時間近くも休憩も入れずにフランは人形を作っている。よく集中力が続くものだと感心する。
「フラン、今日はここまでにしましょう」
「え~、まだ私は疲れてないわ」
「そんなに急いだっていいものは作れないわ。こういうのはゆっくり丁寧にやっていくものよ」
フランは確かに丁寧にやっている。でもそれは多大な集中力を消費することはいうまでもなく、疲れていないということは決してないだろう。
「明日、同じ時刻に私の部屋に来てちょうだいね」
そう言って、フランを無理やり夕食の席へと連れて行った。
「えっと、最後に服を着せて……と。……できた!」
フランが出来上がった人形を高々と掲げる。あれから五日経ち、フランは人形を完成させた。
「上出来よ! 本当によく頑張ったわ。あとはレミリアに渡すだけね」
「うん……」
「どうしたの? 嬉しくないの? この人形はよくできているわ。自信を持っていいと思うわよ」
「えっとね…、お姉様が喜んでくれるかなーって…。誰かに何かをあげるなんてしたことないから喜んでくれるか不安なの…」
「ふふ……気持ちは分かるわ。でも渡さないわけにはいかないでしょう? あなたが作ったお人形、きっと喜んでくれるわ」
私はそう励ましてフランを送った。
「ふう…。私も人形を完成させないとね…」
フランがいなくなったのを確かめてから私は引き出しから作りかけの人形を取り出した。
夕食の時間がやってきた。ここの食事はなかなかおいしいのでついつい期待してしまう。そんな期待を裏切らず、目の前に食欲をそそる匂いとともにディナーが配置される。
レミリアの号令で私たちは一緒に食べ始める。私はふとフランを見た。フランはあまり元気がないように見える。やはり緊張しているのだろうか。確かにレミリアのことだ。人形が好きだとは思えない。それでもあとはフラン自身のことであり、私の関与することではないだろう。
私たちは食事を食べ終え、食後の紅茶を楽しんでいた。しばらくするとレミリアが立ちあがった。部屋に戻るのだろう。
「あ…待って、お姉様!」
フランが大きな声でレミリアを呼び止めた。レミリアは立ち止って顔だけフランの方を見る。
「どうしたの? あなたが私に用なんて珍しいわね。」
「え…っと、その……これ……お姉様のために作ったの…」
フランがおずおずとレミリア人形を差し出す。それをレミリアが受け取った。
フランはうつむいている。なぜか私まで緊張してきた。
一秒一秒がとても長く感じる。
レミリアはその人形を数秒、いや数分、だったかな…眺めて……テーブルに置いた。
「…っっ……!!」
フランの息をのむ声がはっきりと聞こえた。室内はまるで誰もいないかのように静まり返っていた。
レミリアがフランに近付いていった。
フランは身を強張らせている。冬になるというのに私の額に一筋の汗が流れおちた。
レミリアは優しくフランを抱き寄せた。
「ありがとう、フラン。本当に嬉しいわ。あなたという妹を持った私は幸せね…」
「お…お姉様っ!!」
フランもレミリアを強く抱きしめていた。
姉妹の邪魔をするのも無粋だと思い、私は音を立てずに部屋に戻ることにした。
あと一週間くらいだろうか。私の家が元通りになっているのは。
早く直った私の家を見たくもあるが、あと一週間でここを出ていくと思うと少し寂しいものがある。ここに来て二週間くらいかな。研究は進まなかった。人形もほとんど作ってない。けれどその分楽しいことや嬉しいこともあった。家にこもりっきりでは得られなかったと思う。時間を無駄にしないためにも私は早く起きて人形の制作に取り掛かった。
朝食をとり、部屋に戻る途中にレミリアに呼び止められた。
「アリス、礼を言うわ。あなたのおかげでフランは少しずつ変わり始めているわ。
まるで495年間まるで解けなかった氷が溶けていくみたいにね」
「…別に私は何もしてないわ。人形作りを教えただけ。もしあの子が変わったのだとしたら、それはフラン自身の力よ」
「そうかしら? 私はその人形作りがフランに変わるきっかけをつくったと思うわ」
「そう……」
「ところで……」
レミリアは急に真面目な顔になった。
「私にはクッキーを焼いてくれないのかしら。フランやパチュリーばかりズルいわ」
私はずっこけた。
私は優雅に午後のティータイムを楽しむ。最近はフランとのお茶会だったので、ひさびさの一人のティータイムになる。部屋にはゆったりとした空気が流れ、しとしとと降る雨が心地よい気だるさを私に与える。たまにはこんなのもいいか。そう思い私は窓辺で雨を見ながら紅茶を啜った。
雨の音を聞きながら本を読んでいた私はまどろみかけていた。
その時、近くで雷が落ちたような音がした。
「またパチュリーが何かやらかしたのかしら」
続けて二度、何かが爆発する音が響いた。何かただ事ではないことでも起こったのか。
私は人形とマジックアイテムを持って部屋を飛び出した。
「今日は雨なのよね」
私は念のために一体の人形を飛ばしておくことにした。
音のする方角へ急ぐ。途中で逃げているメイドをつかまえてどうしたのか聞くと、どうやら魔理沙とフランが図書館で喧嘩を始めたとのことらしい。原因は不明なままだが、とにかく私は図書館に向かった。被害は図書館前の廊下まで及んでいるようだった。
「何やってんのよ、あんたたち! 止めなさい!」
魔理沙がこちらに気付き、肩をすくめた。
「私は知らないぜ。いきなり襲いかかってきたんだ。聞くならフランに聞いてくれ」
「フラン…?」
フランは何も言わずに魔理沙を睨みつけている。そしてレーヴァテインであたりを薙ぎ払う。
「おっと」
「魔理沙なんか壊れちゃえ!!」
フランは大きな声で叫び、大量の弾幕を生み出した。魔理沙の顔に焦りが見える。八方から襲ってくる弾幕をかすりながら避けている。そこにレーヴァテインの追撃が入った。
「ひゃー…危なかったぜ…」
ぎりぎりのところでそれをかわす。壁が崩れてひどいありさまになっている。
「や…止めなさい! フラン、どうしたのよ!」
「アリス、あとは任せた! 理由も分からずに襲われるのはごめんだぜ」
そういって全速力で壁に空いた穴から外に逃げ出す。
「ちょ…ちょっと魔理沙! はぁ…それでフラン理由を聞かせてちょうだい?」
「……魔理沙が私の作った人形を壊したのよ!」
「…え?」
「魔理沙が図書館に来て本を奪っていこうとしたわ。そのときに魔理沙がマスタースパークであたりを吹き飛ばしたのよ。それで私の人形も…」
そういうことか。怒る気持ちは分かるがここまですることもないのではないか。
「分かるわ。大切なものを壊されたら誰だって怒るわよね。それでもこれはやり過ぎよ。人形はまた作ればいいわ。私も手伝ってあげる…」
私は最後までしゃべることも許されず、フランの弾幕をよけるはめになった。
「な…何するのよ、フラン!?」
「信じてたのに…。アリスはものの大切さを教えてくれたわ。壊されたものは元には戻らないって言ったわ…! 嘘だったのね!? それなら皆壊れてしまえ!!」
フランの矛先が完全にこちらに向いたようだ。フランの強力な妖気があたりを覆う。私は
気圧されて動かなくなってしまわないよう足に、体に、手に力を込め、頭をフル回転させる。
人形作りを通して物を壊すことが良くないことだと分かってくれたのは間違いない。
だが、物を壊されたからといって相手を壊そうとするのは命の大切さを理解できていないということだろう。あの時レミリアに礼を言われ、私は何もしてないと答えたが…本当に私は何もしてなかったのかもしれない。
──私にフランを変えることは出来るのだろうか──
そんな疑問が私の頭をよぎる。
フランが右手と左手を上げると共に魔理沙を襲った時以上の弾幕が私を襲う。
私は説得を試みようとしたが、フランにはもはや声は届かず、狂気に満ちた顔をしている。
「くっ……。上海、蓬莱!」
私は人形に指示を出し、フランを端へ追いつめるように誘導する。人形に指示を一通り出し、避けることに専念することにした。
「きゃっ…! くっ…痛いわね…」
フランのレーヴァテインが左足を焼く。私は苦痛に表情を歪める。フランは自分が誘導されていることに気づいていない。
「まずいわ…」
一瞬の判断ミスのせいで逃げ道が無くなってしまった。
「仕方ないわ…アーティフルサクリファイス!!」
私は人形を一体取り出して投げた。爆音とともにフランの弾幕が消えた。
廊下には、砂埃が舞い、壁が砕けて破片が落ちる音だけが聞こえる。
「人形を爆発させたのね…? あなたにとって人形は大切なものじゃなかったの!?」
「もちろんそうよ。でもね、死んだら私は人形をもう作ることができないの…。だから…私は生きるために人形を盾としてでも戦うわ」
フランは私を睨みつけている。鋭い眼光に私は一瞬怯みそうになる。平常心を保つために私は眼を閉じる。
「さあ、かかってきなさい。最後まで相手をするわ…そして今日が最後の授業ね」
人形は作りなおせる。もちろん壊れたものは元には戻らない。それでも物としての人形はまた作ることができる。しかし生き物が壊れてしまえば同じものどころか似たものでさえ作ることができない。だって命はつくりだすことはできないのだから。
自分の研究を自分で否定しているようで私は苦笑する。
この勝負に勝てる勝算はほとんどないだろう。逃げようと思えば今そこの横穴から抜け出せる。でも私は逃げる気にはなれなかった。
「授業…? おもしろそうね。いいわ、あなたが私に勝てたらその授業とやらを聞いてあげるわ!」
フランは言い終わると同時に力に任せて弾幕を放った。確かに量は多いが落ち着いてよければ避けられる程度だ。
フランを誘導するために放った人形が次々と破壊されていく。
「禁忌『フォーオブアカインド』!」
フランはスペルカードを発動させるとなんとフランが四体に増えた。
「え…なによそれ…」
私の誘導策も水の泡に帰してしまった。
私は八体の人形を召喚し、四体のフランを誘導することにした。
「くっ…なかなかやるわね…」
左肩を鋭い弾幕がかすり、真赤な鮮血が溢れ出す。私は左手まで血が流れてくるのを感じた。当たり所が悪かったのかもしれない。
フランは怒りに身を任せているので私の誘導にはうまくかかってくれる。でもその前に私がやられてしまうかもしれないという危惧がある。
「いまよ、アーティフルサクリファイス!!」
四体のフランが近くに集まったところで人形を爆発させる。
煙の中からフランが出てくる。まったくの無傷のようだった。
「この程度で私を倒せると思わないで! そろそろ本気できたらどう!?」
出血のせいで少し意識が朦朧とする。そのため私は早期決着に持っていくことにした。
「強がりね、あなたは。でもそのリクエストは聞いてあげるわ。
秘弾『そして誰もいなくなるか?』」
突然フランの姿が消えた。そして何もない空間から弾幕が私の方へ向ってくる。
「ど…どこに行ったの?」
追ってくる弾幕を回避しながらフランの姿を探す。だがフランはどこにもいないように思える。
「そうか…私が最後の一人ってことね。おもしろいじゃない…私はそう簡単に消えたりしないわ!」
やがて四方八方から弾幕が迫ってくる。私は道が塞がれないように注意しながら弾幕をよけていく。どうやら数パターンの弾幕が順番にくるように構成されているようだ。それでもだんだんと間隔が短くなって来たので辛くなってくる。
私は弾にかすりながら避けていく。出血のせいで体力がかなり消耗されているようだ。
「いい状況とはとても言えないわね…」
致命傷だけはなんとか避けているが、もう体がほとんど言うことを聞かない。
しまった。弾幕の間を抜けようとしたが間に合わない。だがここで引けばどのみち終わりだろう。
「消せるもんなら消してみなさい…!」
私は意を決して弾幕に飛び込む。
何かが折れる音を聞いた。右腕をやられてしまったようだ。
「はぁはぁ…っはぁ…」
攻撃がやんだ。なんとか持ちこたえることができたようだ。
フランが姿を現す。狂気に取りつかれていたフランはもうそこにはいなかった。
「…ねぇ、アリス。もしかして私が間違っていたのかな…?」
「……どうなんでしょうね。さあ、早く決着をつけましょう」
「え…? なんで…ううん、わかった。これが最後ね…。私の495年間のすべてをあなたにぶつけるわ!」
「えぇ、来なさい。あなたの495年間の苦悩を私が受け止めてあげるわよ!」
「QED『495年の波紋』!!」
まるで静かな水面上に小石を投じたときにできる模様のように弾幕が広がっていく。
その美しさと反比例して凶暴さのある弾幕である。
全方向に鋭い弾幕を放ちそれが壁に跳ね返り軌道を読みにくくさせている。
私はぎりぎりのところでそれを避けていく。だが次第に視界を埋め尽くすほどの弾幕が私を襲う。
「やるわねっ…!」
このままではあと十数秒といったところで私はこの凶弾の餌食となってしまうだろう。
私は起死回生のために取っておいた人形を握りしめてフランに近付く。
「きゃあああああ!!」
右足にひどい激痛が走った。それでも私は退くことができない。ここで退いたらもう勝ち目はないだろう。
少しずつ前に進んでゆく。まともに動くのはこの左腕だけ…。
あと5メートル、4、3、2、1…私は腕や足を貫通していく弾幕に歯を食いしばって耐えながら、スペルを発動させた。
「魔操『リターンイナニメトネス』!!」
私は力を振り絞って人形を投げた。一瞬の閃光とともに大爆発が起こる。
「こほっこほっ…」
ひどい煙から解放され、私は眼を開けた。その先には心なしか笑っているフランがいた。
「どうしてそんなに一生懸命なのかしら…?」
「フラン…私たちは友達じゃないのかしら? …友達が苦しんでいたら助けるものでしょ?」
私はフランに近付いていく。フランはそれ以上攻撃をしようとはしてこなかった。戦いは終わったのだ。すべて…。
その時である。何かひびが入ったときのような音が聞こえた。私は耳を澄ませる。
「あ…危ない!!」
急いでフランを引きよせここから離れる。その瞬間私の頭上から崩れてきた天井が落ちてきた。
「いったたたた…。ア…アリス、だ…大丈夫!?」
私はとっさにフランをかばった。瓦礫の下敷き程度ならフランは死なないだろう。だけど外は雨が降っている。だから私はフランができるだけ雨で濡れないように全身をかばう。
「わ…私は大丈夫よ…。すぐに人形が傘を持ってくるわ。こんな時のために人形を放っておいたのよ」
「アリス…! 大丈夫…!?」
頬を伝って血が一滴滴り落ちた。
「私は人形作りの先生としてあなたにいろいろ教えてきたつもりよ…。そしてそれも今日が最後…。」
そういってフランの涙を左手で拭う。
「最後って…? 最後って何!?」
フランの涙を拭っても拭っても次々と涙が溢れてくる。
「私は人形も、パチュリーも、小悪魔や魔理沙も…そしてフランも…みんなみんな大好きよ。どっちが上とかそういうものじゃないのよ。命があるかないかも関係ないの…。どれもこの上ないくらい大切なものなの…私にとってはね…。だから簡単に物や生き物を壊しちゃいけないって言いたかったの…壊した生き物が、誰かにとっては大切な人ということもあるのよ…?」
もしあなたのお姉さんが殺されたらとても悲しいでしょう?と私はフランの髪を撫でながら言った。フランは必死に首を縦に振っていた。
流れてきた血が私の右目の視界を奪う。意識がかなり朦朧としてきた。もうあまり持ちそうにないようだった。
「いつもみたいに宿題を出しておくことにするわ。あなたの大切なものは何かしら? 理由も教えてくれるとうれしいわ…」
「うん…うん…」
「私はもうすぐ自分の家に帰らなければならないの…。だから私がここをでるときに答えをちょうだい…」
私が生きていれば…のことだけど、そんなことを考えている余裕はなかった。
視界が急に暗くなっていく。フランの叫ぶ声が次第に小さくなり…私の意識は途絶えた。
「んっ…」
私はベッドに寝ているようだ。体のいたるところに包帯が巻かれていた。
ここは図書館…そうか。フランとの闘い、そして気を失う前のフランの声が思い出される。
どうやら助かったようだ。あれだけ出血をしたのだから死んでもおかしくはないと思っていた。
「よっと…いたた…」
まだ体の傷が痛むようだ。私はベッドに腰かけた。
辺りを見渡すと私のベッドに座って眠っているフランがいた。
「フラン…ずっと看病してくれていたのかしら…」
フランの近くのテーブルに作りかけの人形が置いてある。
私のベッドの上にもいくつかフランが作った人形が置いてあった。
「アリス…」
寝言か…。
私はフランの髪を撫でた。フランの髪を撫でるといつも喜んで目を細める。それがとても可愛らしいことを私は知っている。
「うん…ん~……」
フランがゆっくりと目を開ける。どうやら起こしてしまったようだ。
「おはよう、フラン」
「……え? あ…アリ、アリス!! ごめん、ごめんなさい…!」
フランが涙を溜めて私に抱きついてくる。
「いたたたた…。別に怒ってなんていないわ。それより傷が痛いわよ」
「あ…ご、ごめんなさい…」
フランは私から離れる。
「別に離れなくてもいいわよ」
私はフランを優しく引き寄せて髪を撫でた。
「アリス…ごめんね…」
「もう、いいわよ。フランが分かってくれたならね」
「うん…」
フランが言うにはあれから五日ほどたったようだ。
どこぞの医者によれば、出血が酷くて危ないところだったが、傷の方は重症ではないのですぐに回復すると言っていたらしい。傷口は痛むが、確かにもうほとんど治っているように思える。
私が起きたのに気づいて小悪魔が食事を持ってきてくれた。小悪魔の話によると図書館を破壊されたのに嘆いて丸一日部屋から出てこなかったらしい。一昨日、魔法でなんとか図書館を直し、私はここに運ばれたようだ。
とりあえず私は食べることにした。五日分の食事を食べられなかったなんて残念だわ、などとくだらないことを考えながら私は小悪魔特製スープを口にした。
あれから三日ほど経った。
パチュリーが私の部屋に来た。
「アリス。あなたの家のことだけど昨日ついに完全に直ったわ。予定より一週間くらい長くかかってしまったわ」
「ん、ありがとう。これでようやく私も家に帰れるわ」
「ねぇ、フランには帰ることいってあるの?」
「うん、フランが覚えているかはわからないけど言ってあるわ」
「そう…ならいいけどね。アリス、ずっとここにいてもいいのよ?」
パチュリーはそういって私の腕をつかんだ。
「…気持ちはとても嬉しいわ。でもやっぱり私はあの家に戻らないといけないわ。あの家で静かな午後に一人で紅茶を啜るの。そして上手に紅茶を淹れた人形を撫でてあげるのよ。まぁ、日課みたいなものよね。そうしていないと私じゃないみたいでね」
「残念ね…でもいつでも遊びにいらっしゃい。泊って行ってもいいわよ。というか来ないとあなたの家を破壊しにいくわ」
そういって私たちは笑いだす。
とても楽しく幸せな日々だった。
「それじゃ、世話になったわね。いろいろあったけどとても楽しかったわ」
「今度は共同魔法でも開発しましょう? アリスと私の…ふふふふ…」
「何か身の危険を感じるのは気のせいかしら…」
うっとりとした表情がとてつもなく怖かったので私はパチュリーと距離をとる。
私は皆に挨拶をし、お礼にクッキーを焼いて世話になった人たちに配る。レミリアがクッキーを持ちながら両手を上げて踊っていたのは見なかったことにしよう。うん、幻覚よ。
「さて…と、フランは?」
見渡すとフランがいなかった。昨日もう一度帰ることを伝えたら、泣き付かれた。私はまた遊びに来ると約束して別れたのだが…怒っているのかもしれない。
「フランは…いないようね。残念だけど私は帰るわね」
私は上海を肩に乗せ飛び立とうとする。
「待って!!」
私は声の方に振りかえる。
「あ…フラン、来てくれたのね」
「うん…えっと…これ、アリスのために作ったの。さっきまで作ってたから遅くなっちゃった…」
私は受け取る。どうやらフラン人形らしい。
「ありがとう…いつも枕元において寝るわ。…それじゃあ、私もプレゼントよ」
フランに人形を渡す。フランに内緒で作成していた人形を渡した。
「自分の人形を作るなんてしたこと無かったから恥ずかしいわ」
私は恥ずかしくて頭を掻く。
「…あ、ありがとう。私、このお人形をずっとずっと大切にするわ…!」
フランの目が潤んでいるように見えた。私が見ているのに気付いたのかフランは下を向いた。
「ふふ…それじゃ、私はいくわね。また遊びに来るわ」
そういって飛び立つ。
「フラン。宿題の答え、聞かせてもらえるかしら?」
私はフランから距離をとって聞いた。
「うん! 私の大切なものは、私のことを大切に思ってくれているレミリアお姉様、人形を一人で作るために本を貸してくれて手伝ってくれたパチュリーや小悪魔、いつも私たちの家を守ってくれている美鈴や警護班のみんな、掃除をしたり食事を作ってくれたりする咲夜やメイドたち、そしてたくさんのお人形に…こんな私に優しくしてくれたあなた…アリスよ…」
フランの声が震えている。フランは続ける。
「だって…もし私がそれを失ったらとても悲しいもの………」
フランはそれ以上言葉を口にできなかった。
「そう…。…宿題は合格点よ。おめでとう、フラン」
私はフランを見ずに言う。フランを見れば多分私は泣いてしまうだろう。
「うぅ…ア、アリス…」
フランのすすり泣く声が聞こえる。
私は速度を上げて飛び立った。振り返らずに全速力で空を飛ぶ。
「うっ…ひっく…フラン…」
私は涙で顔をくしゃくしゃにしながら飛んだ。私の心の中を占めるフランの存在がここまで大きくなっていたことに驚いた。
涙を拭い紅魔館の方を振り返る。さすがにここからでは人の形すら見えない。そして…
「ありがとう…」
心からの礼を言った。
あれから一か月が過ぎた。
最近は紅魔館にいってフランと遊んだり、パチュリーに魔法の研究をつき合わされたり、クッキークッキーと連呼するレミリアにお菓子を作ったりと忙しかった。
そうそう。事件の原因である魔理沙はお仕置きのために、人形に図書館で盗ったの本を回収をさせといたわ。魔理沙の恨めしそうな顔を思い出すと今でも吹き出しそうになる。
私は優雅なひとときを送るため紅茶を飲む。
「うん…いつもながらいい出来ね」
紅茶を淹れてくれた人形の髪を撫でる。
私は一人で紅茶を啜った。私は昼下がり特有の気だるさに身を任せ、目をつむる。
最近はいろいろあって研究も滞っていた。だから研究の続きでもやろう。そう思い私は立ち上がり研究室に向かう。
そのとき玄関の方で何かが破壊されるような音がした。
「ななな…何よ!」
私は急いで玄関に向かう。その先には壊れた扉と…大きな傘を持ったフランがいた。
「えへへ、来ちゃった。遊ぼう、アリス!」
私は目を丸くして目の前の光景を見る。フランが外出? 信じられなかった。
どうやら付き添いをつける条件で来ているようだった。胸にはアリス人形をしっかりと抱きしめている。
私はつい頬が緩む。
「そうね。でもその前に壊した扉を修理しましょうか、フラン?」
「うぅ…つい興奮して壊しちゃった…」
「ふふ…」
「ねぇ、アリス。私はまたここに来ることはないと思うわ。今日は特別にお外に出してもらったのよ。聞きたいことがあってね」
ドアの修理をしたあとフランが言った。
「そう。何かしら?」
「私は…いつか一人でお外に出て、アリスやみんなと遊んだりすることが出来るようになるのかしら…?」
「出来るわよ」
「物事にはそれを示す証拠や説明がいるのよ、アリス」
「そう? 言うまでもないと思ったんだけど。だって──」
私は一呼吸置いてフランに微笑む。
「私が一緒にいるのだから…これじゃ理由にならないかしら?」
私はフランの髪を撫でる。フランはいつものように目を細めて笑顔で言った。
「十分よ…十分すぎるわ…!」
フランが私の胸に抱きついてくる。私はそれをしっかりと受け止める。
──いつか必ずあなたに外の世界を見せてあげるわ。楽しみにしていなさい、フラン…──
夕陽に照らされているフラン人形とアリス人形が、私たちを祝福してくれているようだった。
命の大切さ、心の大切さ、作り出す大切さ。
確かに伝わりました。
なんか急ぎすぎてる気がする
何よりアリスとフランの使い方が上手いと思った。楽しませて頂きました。
誤字報告を。
>>自身を持っていいと 自信を持っていいと
地の文が少々くどいように感じられるところが何度かありましたが、
書き方次第で直せるように思います。
次も期待してます。
次の作品も期待してますよ。
ただ、文章構成力を練ればもっと良い物に成ると思います。
次回作を楽しみに待っていますので、これからもどうか頑張って下さい!
感想を頂けて本当に嬉しいです。
名無し妖怪様、誤字訂正ありがとうございます。直しておきました。
次回作も期待します。
命の尊さを自分も学んだような気がします。
>レミリアがクッキーを持ちながら両手を上げて踊っていたのは
ちょwwwレミリア何してんのwwww
お話自体はいいと思うし、文章に矛盾なく進めているので、こういう展開になる理由付けとかを考えて書くともっと読みやすくなるんじゃないかなぁ、と思います。
最近読んだ中ではからによかったですb
殺されかけるのを助ける展開、助けに入った主人公にフランが興味を持って…
という展開が某シリーズ(?)作品とやや被っていたのが少し気になりました。
まぁ、その作品も結構昔の作品ですし、あまり細かく制限されると良い作品が
生まれなくなってしまいそうな気もするのですが……
的外れな指摘であったら申し訳ありません。
描写が粗くて展開が急なのがちょっとマイナス。
こまっちゃんのメイド話の影響を受けすぎてるのもちょっとマイナス。
作者様にはこの場を借りて謝ります。
気分を害される方もおられるでしょうから、この作品は今日の夜か、明日中にでも創想話から削除いたします。
次の作品を一週間ほど前から執筆中ですので、まだまだ途中ですがその作品で挽回の機会を頂けたら…と考えています。
次回は個性的な文を書けるように無い頭を捻って作っていこうと思います。
作者様ならびに読者の皆様申し訳ありませんでした。
いや、ちょっと待て
ただ、状況描写が判りにくい部分もあった様に思います。
>創想話から削除いたします
似た展開の話があるというだけで作品を削除されるのはどうかと。
今後、作品を投稿される作家様が過去作品を全て添削しなければならないという
のも、おかしな話ですし。
あらすじだけで考えたらかなりの作品が被っちゃうってば
それにフランと接点ないキャラを絡ませようとしたらこの手の展開は外せないだろう。何の前置きもなしにいきなりイチャついてたら迷わず赤点つけるぜ
あと、アリスとフランのカップリングは相当珍しいと思うんだが。そんなにメジャーだっけ?パチュリーと魔理沙をないがしろにするアリスが面白かったんだが。
作品の感想だけど、起承転結がはっきりしてて実に読みやすい。ただ、地の文がアリス視点だからか、くどく感じる割には状況が説明できてないように感じた。だんだん良くなると思うから次回作を楽しみにしてる。
とりあえず自サイトにだけ残しておくつもりです。完全末梢はアレなので…。
帰ってからになるので消すのは夜になりそうです。多忙なものですみません。
落ち着くんだ!落ち着いて考え直すんだ!!
似ているから削除なんて言ってたら、この世の文学の大半が存在意義を失ってしまいますよ?
似ているのではなく王道、王道とは愛されるが故に王道。
確かによくあるパターンかな、とは思いましたが初投稿とは思えないほどの出
来でしたし、事実わたしは作品にのめり込んで読む事ができました。
それはさておき
クッキー持って踊るれみりゃ可愛いよ れみりゃ
こういう場合の対応などが分からずいろいろ迷惑かけました。
とりあえず、消さないでというありがたい言葉をここやHPなどからいただいたので残しておきたいと思います。
チキンですみませんです…。
もし何かあれば連絡をください。失礼します。
レミィかわいいよ。
そして作者さんの言動もかわいいですww
その作品も読んだ事ありますが、大筋が似ているのは感じました。とはいえやっぱり違う話でしたし、あんまり言うとギャグしか書けなくなっちゃうんじゃないかとも思いますし。
最後ですが作者さん応援してます、文も読みやすいですしぜひ(フランとアリスの)話をもっと書いてください。
↓のです
そうなると、惜しむらくは某シリーズに『ちょっと」ではなく『かなり』似てしまっていること。それが残念でしょうがない。
だからこそ次回作が楽しみなお方です。
フランとアリスという異色の組み合わせですが、双方のキャラに違和感もなく。
取り合えずぱちぇは自重しようw
個人的に好きな組み合わせなので嬉しさも倍
そして消えないで良かった