きっとこの出会いは運命だったんだと、私は思う。
風雨で痛んだ身体、土と花粉で詰まり埋まった関節、気付かない内にボロボロになっていた服。壊れかけた私の身体。
そうなってしまった原因は、私の、自身への無配慮、無知さだったけれど、今にして思えば、それこそが運命の歯車の一つだったのよ! きっとそうなんだわ。神様がそうしてくれたのに違いない。
瞳を閉じれば想い浮かぶ、愛しい恋しいあの人の姿。鈴蘭畑で、全身を貫く痛みに一人身悶え耐えていたあの時、差し伸べられた優しい手。私はこの身、この魂が朽ち果てようとも忘れないわ。
貴女は私に優しく微笑みかけて、私の身体をすぐに直してくれた。それもその筈、貴女は人形師だったんですもの。
貴女は魔法のように私を直してくれたわ。そして、もうこんな目に遭わないようにって色々教えてくれた。何も知らなかったから、私はびっくりしちゃったのを覚えてる。とても新鮮だった……。
私は貴女に憧れたわ。最初は命を救われたから。お礼がしたくて貴女と会う内に、貴女が人形を、本当に、心の底から大好きで、愛してくれるいい人だって解って……。そして私にも優しくしてくれて、心配してくれたり面倒を見てくれたりして、お姉ちゃんが出来たみたいで、凄く嬉しかった。私の記憶、体験では、姉が居た記憶は無いけれど、魂の記憶にはそれがあるから解った。きっと前世の私には、彼女の様な、素敵なお姉ちゃんが居たのね。
最初は本当に、お姉ちゃんが出来たと思ってた。彼女は優しくて、暖かい。私は甘えたわ。きっと、今までの孤独を埋め合わせようとしてたのね。私はもっと甘えたわ。そんな私を、貴女は優しく包み込んでくれた! いっぱいお話をしてくれたり、遊んでくれたり、友達の様に、家族の様に、大事にしてくれた……。
そんな風に、貴女から優しくされている内に、私の、貴女に対する気持ちは徐々に変わって行ったの。姉として慕っていた気持ちが、だんだんと強くなっていって……。気が付いたら、私は姉妹愛以上の、別の愛情を抱いていたの。
ずっと傍に居たい!私の事をずっと見ていて欲しい!貴女の事しか考えられないの。寝ても覚めても、考える事は貴女の事だけ。
狂おしいほどに胸を焦がすこの想い。埃を被っていそうな、魂の奥底にある記憶が、その正体を私に教えてくれるの。
これは恋!異性を好きになる、あの愛情。でも、私も貴女も女。これは同性愛。でも、だから何?この思いは止まらないわ!そう、私は貴女に恋している。愛しているわ。大好きよ。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き!
貴女の事を想うだけで胸が苦しくなって、身体が火照って、心の炎で私の身体はメルトダウンしそう。恋の炎は熱いの。炉心融解レッドゾーン。星に穴を空けちゃうわ。火照った身体と想いを冷やそうと、冷たい夜風に身を当てた夜は数え切れないわ。恋焦がれ、熱くなった場所に指を這わせて、貴女を求める心の空虚を埋めようとした夜も、幾度あったか。
けれど、駄目。駄目なのよ。いくら熱を冷まそうとしても冷める訳が無いの。燃え盛る太陽に、コップ一杯の水を投げつけたところで、コップごと蒸発してしまう様なものだわ。
自分を騙して慰めてみても、結局は無駄。貴女の存在は、私の自慰なんかで埋まるほど小さくないの!
ああ、愛しい愛しい貴女! 大好きよ、大好きよ、大好きよ! 私の中の毒が、愛の炎で薬になって、煮え滾ってまた毒になるくらい、愛してる!
私は大好きな貴女と幸せに暮らしたい。人形を大事に、大切に、そして愛してくれる貴女となら、きっと幸せに暮らしていけるわ。幸福な世界を創れる筈よ。
この前、こっそり教えた人形解放の為の、私のグッドアイデア。大好きな貴女だけに教えたのよ。
告白がまだなのが、私の駄目なところなんだけど……。今度、絶対絶対打ち明けるわ!愛してるって。
愛し合う二人の幸せな世界。人形達が解放された、素晴らしい世界!行きましょう。造りましょ、創りましょ。
二人の手で、愛し合う二人の手で! ああ、その時が楽しみ……。
人形の様に美しく可愛らしい金髪の少女は、拳大の水晶球から目を放した。その優しそうな顔には、軽蔑の色が冷ややかに浮かんでいる。彼女の視線の先には、ベッドがある。大きなリボンで髪を飾った、小柄な少女が眠っていた。まるで人形の様な……否、事実、それは人形だった。人形を見つめる少女の視線は冷たい。
「駄目ね。完全に壊れてる。修正が必要だわ。一から教育、いえ、躾け直さないと」
彼女は人形師であり、人形遣いだ。彼女が今居る部屋には、部屋の四割を占める巨大な飾り棚があり、その棚には所狭しと並べられた無数の人形達が居て、無機質な瞳でこちらを眺めている。無論、そこに意思は存在しない。
すべて、金髪の少女が作り上げた「子供達」である。そして彼女は「子供達」を操る主人だ。
「愛している、ですって? 何をふざけた事を。驕り昂ぶるのも程があるわ。人形の癖に」
少女は忌々しげに呟いた。眠っている少女を見下ろす。視線の温度は氷の様に冷ややかだ。まるで虫を、それも一般には気色の悪いとされる類の虫を見るかの様な目だった。
「貴女は人形なの。物よ。道具よ。そんな貴女が、物を扱う私を、道具を使う私を、人形遣いである私を、愛しているですって?冗談じゃないわ」
痛烈な侮蔑の色を滲ませ、尚も氷の様な目と声で彼女は続ける。
「確かに私は、人形が好きよ。それに……この子達に関しては、愛してると言ってもいい」
視線を動かし、飾り棚に並ぶ「子供達」を見回す。その目は穏やかで、暖かく、優しい。
「けれどそれは、物として、道具として。そして人形としてのもの。よく言うでしょう? 愛刀とか愛機とか。ああ言う感じね、物や道具を相棒と呼んで信頼したりする感じ。あの感覚よ」
眠っている人形に向けて、語り掛ける様に少女は呟く。
その人形は、魂が宿った人形だった。生物的、と言うよりは妖怪、化物の類で言えば、生きている人形である。
だが、人形は人形だ。
「私は、人形に対してそう言った愛情なら持っている。私に限らず、人形を可愛がり、愛玩道具として見る者は、皆同じ感覚だと言えるわ。それは物に対する愛情。お気に入りでもいいわね。物を思う気持ち、感性」
淡々と続ける。それに答える者は、この場には存在しない。別に存在しなくても良かった。
「で、貴女が私を想うその感情。それは、生き物同士が惹かれ合う類の感情。貴女は生意気にも、そして愚かで、冒涜的に、私にその感情を抱く」
少女は水晶球を見た。水晶球の中に、眠っている少女が無邪気に微笑みながら、少女への愛の詩を独白し続けている。それを忌々しげに睨み、少女は指を打ち鳴らした。瞬間、水晶は何も映さなくなり、透明なだけの球になってしまう。
「物は物、人形は人形。私とは存在する次元が、世界が違う。貴女は無生物で、私は生物。生き物と道具。違うのよ」
生きている者、即ち道具を使う者は、使うものだ。そして使われる物は使われるもの。この関係はどんなに言葉を尽くしても変わらない。使用者と道具の関係。絶対に覆る事の無い関係。それは信頼関係とも、絆とも言える。それを感じるのは一方のみだが、それでいいのだ。
「この関係は絶対なの。覆し、破壊する事は許されない。許さない。貴女が私を想う気持ちは、生きている者同士の間で育み交わされるもの。生きていない貴女、私と存在する次元が違う貴女が、私に抱いてはいけないものなの。道具であり、使われる存在の貴女が、道具を使う私にその気持ちを持つ事は許されない」
眠る少女が、金髪の少女に抱く想いは、その絆を、信頼を破壊し、冒涜する行為だった。その感情を抱いて良いのは、同じ次元のもの同士の間だけだ。そして、それを抱かれるという事は、抱いたものが、相手を自分と「対等」だと認識する事に他ならない。
道具を使う者が、使われる道具に「お前と自分は対等だ」と言われるのだ。屈辱的で、冒涜そのもので、ものの在り方、世界の決まりを冒し、壊すのと同然だ。
彼女は人形を物として、人形として深く愛している。故に「使う者と使われる物」、この関係、絆を壊すと言う事が、彼女には絶対に許せないのだった。
「大抵、こう言うと、強者の驕りだとか言われるんだけれど。これは必要な事なの。大事な境界線なのよ。ケジメと言ってもいいかな。区別、差は必要なの。違う存在が対等であって良い訳が無い。これが曖昧になれば、恐ろしい事になるわ。境界を弄れるすきま妖怪が危険な理由はそれよ。価値あるものを更に輝かせる事も、無価値にも出来るから。……話が逸れたわね。とにかく私が言いたいのは、生き物は生き物、道具は道具と言う事よ。どんなに言葉を尽くしても、これだけは変わらない……。貴女は元人形。捨てられ、忘れ去られた人形に魂が宿った存在。人形とは別の存在かも知れない。けど、結局は人形なのよ。どんな理由を付けても変わらないわ。身体も媒体もね。元人形とカテゴライズしても、やっぱり本質は人形なのよ。そして、そんな相手に、「人形」に、「人形遣いである私」が「対等」の次元、存在に見られてる……。忌々しいったらありゃしない。屈辱だわ。壊しちゃいけない関係も壊している……許せるもんですか」
冷ややかな瞳に、蒼い炎が揺らめく。怒りの炎だ。絶対零度の冷たい炎。
「そしてもう一つ。これだけでも許せないのに、貴女は更に人形達を、使う者と使われる物の関係を侮辱し破壊する考えを持っている……!」
人形の解放。
眠っている少女が掲げる目標である。
これは、使う者と使われる物の関係を壊す行為だ。
眠っている少女の考えは、使う者に対しての反乱と言うイメージだったが、実際には反乱する側の存在価値、意味をも抹殺する行為だ。道具が道具でなくなるのである。自身を存在否定するのと同じだった。
人形を愛する彼女にとって、それは許せるものではない。どの様な要因であれ、愛する人形との関係を壊すものの存在を認める訳にはいかないのだ。
「おお怖い。クールで可愛い顔が台無しよ」
不意に、しっとりと濡れた様な声音が部屋に響く。何処となく艶があり、けれど、何処か埃っぽい気もする少女の声。
紫色を身に纏う、陰気そうな表情の少女が姿を現す。
「貴女も、そうやってわざわざ陰鬱そうにしなければ、もっと可愛いと思うんだけど。本ばかり読んでないでね」
「100年程度の魔女だもの。魔女っぽくする為の演出よ。……で?ソレが、貴女の言っていた……」
紫の魔女は眠っている少女に対し、興味のある様な、無い様な、曖昧な表情で見下ろす。
「そうよ。可哀想に、壊れてしまった人形よ。私が直してあげなくちゃ。……持って来てくれた?」
「当然。意味も無く出て来ないわ。用事以外で貴女の傍に居たら、色々飛んで来るんだもの……。無意味な雑談で時を浪費させてくれないわ」
紫の魔女は苦笑しつつ、懐から一本の注射器を取り出した。
「頼まれてた魔道式《プログラム》。コレでその娘の記憶領域、思考ルーチンに、楽に干渉出来るようになる筈よ。霊魂に関係するタイプだから、苦労したわよ……」
「ありがとう、お礼は必ずするわ。……ふふ、これで仕事が楽になる」
注射器を受け取った金髪の少女は微笑んだ。これでようやくスッキリする……。
「これから、壊れた貴女を直してあげる。いい子になる様に躾けてあげるわ」
修正だ。修理だ。壊れた道具は直さなければならない。
「もしも失敗してジャンクになってしまっても、きっと直してあげるわ。だって愛しているもの」
道具として。人形として。
風雨で痛んだ身体、土と花粉で詰まり埋まった関節、気付かない内にボロボロになっていた服。壊れかけた私の身体。
そうなってしまった原因は、私の、自身への無配慮、無知さだったけれど、今にして思えば、それこそが運命の歯車の一つだったのよ! きっとそうなんだわ。神様がそうしてくれたのに違いない。
瞳を閉じれば想い浮かぶ、愛しい恋しいあの人の姿。鈴蘭畑で、全身を貫く痛みに一人身悶え耐えていたあの時、差し伸べられた優しい手。私はこの身、この魂が朽ち果てようとも忘れないわ。
貴女は私に優しく微笑みかけて、私の身体をすぐに直してくれた。それもその筈、貴女は人形師だったんですもの。
貴女は魔法のように私を直してくれたわ。そして、もうこんな目に遭わないようにって色々教えてくれた。何も知らなかったから、私はびっくりしちゃったのを覚えてる。とても新鮮だった……。
私は貴女に憧れたわ。最初は命を救われたから。お礼がしたくて貴女と会う内に、貴女が人形を、本当に、心の底から大好きで、愛してくれるいい人だって解って……。そして私にも優しくしてくれて、心配してくれたり面倒を見てくれたりして、お姉ちゃんが出来たみたいで、凄く嬉しかった。私の記憶、体験では、姉が居た記憶は無いけれど、魂の記憶にはそれがあるから解った。きっと前世の私には、彼女の様な、素敵なお姉ちゃんが居たのね。
最初は本当に、お姉ちゃんが出来たと思ってた。彼女は優しくて、暖かい。私は甘えたわ。きっと、今までの孤独を埋め合わせようとしてたのね。私はもっと甘えたわ。そんな私を、貴女は優しく包み込んでくれた! いっぱいお話をしてくれたり、遊んでくれたり、友達の様に、家族の様に、大事にしてくれた……。
そんな風に、貴女から優しくされている内に、私の、貴女に対する気持ちは徐々に変わって行ったの。姉として慕っていた気持ちが、だんだんと強くなっていって……。気が付いたら、私は姉妹愛以上の、別の愛情を抱いていたの。
ずっと傍に居たい!私の事をずっと見ていて欲しい!貴女の事しか考えられないの。寝ても覚めても、考える事は貴女の事だけ。
狂おしいほどに胸を焦がすこの想い。埃を被っていそうな、魂の奥底にある記憶が、その正体を私に教えてくれるの。
これは恋!異性を好きになる、あの愛情。でも、私も貴女も女。これは同性愛。でも、だから何?この思いは止まらないわ!そう、私は貴女に恋している。愛しているわ。大好きよ。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き。
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き!
貴女の事を想うだけで胸が苦しくなって、身体が火照って、心の炎で私の身体はメルトダウンしそう。恋の炎は熱いの。炉心融解レッドゾーン。星に穴を空けちゃうわ。火照った身体と想いを冷やそうと、冷たい夜風に身を当てた夜は数え切れないわ。恋焦がれ、熱くなった場所に指を這わせて、貴女を求める心の空虚を埋めようとした夜も、幾度あったか。
けれど、駄目。駄目なのよ。いくら熱を冷まそうとしても冷める訳が無いの。燃え盛る太陽に、コップ一杯の水を投げつけたところで、コップごと蒸発してしまう様なものだわ。
自分を騙して慰めてみても、結局は無駄。貴女の存在は、私の自慰なんかで埋まるほど小さくないの!
ああ、愛しい愛しい貴女! 大好きよ、大好きよ、大好きよ! 私の中の毒が、愛の炎で薬になって、煮え滾ってまた毒になるくらい、愛してる!
私は大好きな貴女と幸せに暮らしたい。人形を大事に、大切に、そして愛してくれる貴女となら、きっと幸せに暮らしていけるわ。幸福な世界を創れる筈よ。
この前、こっそり教えた人形解放の為の、私のグッドアイデア。大好きな貴女だけに教えたのよ。
告白がまだなのが、私の駄目なところなんだけど……。今度、絶対絶対打ち明けるわ!愛してるって。
愛し合う二人の幸せな世界。人形達が解放された、素晴らしい世界!行きましょう。造りましょ、創りましょ。
二人の手で、愛し合う二人の手で! ああ、その時が楽しみ……。
人形の様に美しく可愛らしい金髪の少女は、拳大の水晶球から目を放した。その優しそうな顔には、軽蔑の色が冷ややかに浮かんでいる。彼女の視線の先には、ベッドがある。大きなリボンで髪を飾った、小柄な少女が眠っていた。まるで人形の様な……否、事実、それは人形だった。人形を見つめる少女の視線は冷たい。
「駄目ね。完全に壊れてる。修正が必要だわ。一から教育、いえ、躾け直さないと」
彼女は人形師であり、人形遣いだ。彼女が今居る部屋には、部屋の四割を占める巨大な飾り棚があり、その棚には所狭しと並べられた無数の人形達が居て、無機質な瞳でこちらを眺めている。無論、そこに意思は存在しない。
すべて、金髪の少女が作り上げた「子供達」である。そして彼女は「子供達」を操る主人だ。
「愛している、ですって? 何をふざけた事を。驕り昂ぶるのも程があるわ。人形の癖に」
少女は忌々しげに呟いた。眠っている少女を見下ろす。視線の温度は氷の様に冷ややかだ。まるで虫を、それも一般には気色の悪いとされる類の虫を見るかの様な目だった。
「貴女は人形なの。物よ。道具よ。そんな貴女が、物を扱う私を、道具を使う私を、人形遣いである私を、愛しているですって?冗談じゃないわ」
痛烈な侮蔑の色を滲ませ、尚も氷の様な目と声で彼女は続ける。
「確かに私は、人形が好きよ。それに……この子達に関しては、愛してると言ってもいい」
視線を動かし、飾り棚に並ぶ「子供達」を見回す。その目は穏やかで、暖かく、優しい。
「けれどそれは、物として、道具として。そして人形としてのもの。よく言うでしょう? 愛刀とか愛機とか。ああ言う感じね、物や道具を相棒と呼んで信頼したりする感じ。あの感覚よ」
眠っている人形に向けて、語り掛ける様に少女は呟く。
その人形は、魂が宿った人形だった。生物的、と言うよりは妖怪、化物の類で言えば、生きている人形である。
だが、人形は人形だ。
「私は、人形に対してそう言った愛情なら持っている。私に限らず、人形を可愛がり、愛玩道具として見る者は、皆同じ感覚だと言えるわ。それは物に対する愛情。お気に入りでもいいわね。物を思う気持ち、感性」
淡々と続ける。それに答える者は、この場には存在しない。別に存在しなくても良かった。
「で、貴女が私を想うその感情。それは、生き物同士が惹かれ合う類の感情。貴女は生意気にも、そして愚かで、冒涜的に、私にその感情を抱く」
少女は水晶球を見た。水晶球の中に、眠っている少女が無邪気に微笑みながら、少女への愛の詩を独白し続けている。それを忌々しげに睨み、少女は指を打ち鳴らした。瞬間、水晶は何も映さなくなり、透明なだけの球になってしまう。
「物は物、人形は人形。私とは存在する次元が、世界が違う。貴女は無生物で、私は生物。生き物と道具。違うのよ」
生きている者、即ち道具を使う者は、使うものだ。そして使われる物は使われるもの。この関係はどんなに言葉を尽くしても変わらない。使用者と道具の関係。絶対に覆る事の無い関係。それは信頼関係とも、絆とも言える。それを感じるのは一方のみだが、それでいいのだ。
「この関係は絶対なの。覆し、破壊する事は許されない。許さない。貴女が私を想う気持ちは、生きている者同士の間で育み交わされるもの。生きていない貴女、私と存在する次元が違う貴女が、私に抱いてはいけないものなの。道具であり、使われる存在の貴女が、道具を使う私にその気持ちを持つ事は許されない」
眠る少女が、金髪の少女に抱く想いは、その絆を、信頼を破壊し、冒涜する行為だった。その感情を抱いて良いのは、同じ次元のもの同士の間だけだ。そして、それを抱かれるという事は、抱いたものが、相手を自分と「対等」だと認識する事に他ならない。
道具を使う者が、使われる道具に「お前と自分は対等だ」と言われるのだ。屈辱的で、冒涜そのもので、ものの在り方、世界の決まりを冒し、壊すのと同然だ。
彼女は人形を物として、人形として深く愛している。故に「使う者と使われる物」、この関係、絆を壊すと言う事が、彼女には絶対に許せないのだった。
「大抵、こう言うと、強者の驕りだとか言われるんだけれど。これは必要な事なの。大事な境界線なのよ。ケジメと言ってもいいかな。区別、差は必要なの。違う存在が対等であって良い訳が無い。これが曖昧になれば、恐ろしい事になるわ。境界を弄れるすきま妖怪が危険な理由はそれよ。価値あるものを更に輝かせる事も、無価値にも出来るから。……話が逸れたわね。とにかく私が言いたいのは、生き物は生き物、道具は道具と言う事よ。どんなに言葉を尽くしても、これだけは変わらない……。貴女は元人形。捨てられ、忘れ去られた人形に魂が宿った存在。人形とは別の存在かも知れない。けど、結局は人形なのよ。どんな理由を付けても変わらないわ。身体も媒体もね。元人形とカテゴライズしても、やっぱり本質は人形なのよ。そして、そんな相手に、「人形」に、「人形遣いである私」が「対等」の次元、存在に見られてる……。忌々しいったらありゃしない。屈辱だわ。壊しちゃいけない関係も壊している……許せるもんですか」
冷ややかな瞳に、蒼い炎が揺らめく。怒りの炎だ。絶対零度の冷たい炎。
「そしてもう一つ。これだけでも許せないのに、貴女は更に人形達を、使う者と使われる物の関係を侮辱し破壊する考えを持っている……!」
人形の解放。
眠っている少女が掲げる目標である。
これは、使う者と使われる物の関係を壊す行為だ。
眠っている少女の考えは、使う者に対しての反乱と言うイメージだったが、実際には反乱する側の存在価値、意味をも抹殺する行為だ。道具が道具でなくなるのである。自身を存在否定するのと同じだった。
人形を愛する彼女にとって、それは許せるものではない。どの様な要因であれ、愛する人形との関係を壊すものの存在を認める訳にはいかないのだ。
「おお怖い。クールで可愛い顔が台無しよ」
不意に、しっとりと濡れた様な声音が部屋に響く。何処となく艶があり、けれど、何処か埃っぽい気もする少女の声。
紫色を身に纏う、陰気そうな表情の少女が姿を現す。
「貴女も、そうやってわざわざ陰鬱そうにしなければ、もっと可愛いと思うんだけど。本ばかり読んでないでね」
「100年程度の魔女だもの。魔女っぽくする為の演出よ。……で?ソレが、貴女の言っていた……」
紫の魔女は眠っている少女に対し、興味のある様な、無い様な、曖昧な表情で見下ろす。
「そうよ。可哀想に、壊れてしまった人形よ。私が直してあげなくちゃ。……持って来てくれた?」
「当然。意味も無く出て来ないわ。用事以外で貴女の傍に居たら、色々飛んで来るんだもの……。無意味な雑談で時を浪費させてくれないわ」
紫の魔女は苦笑しつつ、懐から一本の注射器を取り出した。
「頼まれてた魔道式《プログラム》。コレでその娘の記憶領域、思考ルーチンに、楽に干渉出来るようになる筈よ。霊魂に関係するタイプだから、苦労したわよ……」
「ありがとう、お礼は必ずするわ。……ふふ、これで仕事が楽になる」
注射器を受け取った金髪の少女は微笑んだ。これでようやくスッキリする……。
「これから、壊れた貴女を直してあげる。いい子になる様に躾けてあげるわ」
修正だ。修理だ。壊れた道具は直さなければならない。
「もしも失敗してジャンクになってしまっても、きっと直してあげるわ。だって愛しているもの」
道具として。人形として。
>貴女のの事しか考えられない
「の」が一個多いです。
SSとしてはこれで良いのでしょうが、ストーリーとして考えるとちょっと捻りが薄いように感じました。
メディスンとアリスの出会いから、彼女がアリスに捕らわれて処分されるまでの過程をきっちりと
描いてくれたらもっと楽しめる作品になったのではと勝手ながら思います。