この雨が止むと、そろそろ秋なんだなぁって気になるね。
蛍は夏がシーズンだから、寂しくないといったら嘘になるかも。
――ある妖怪の言葉――
■●■
日が暮れ始めた。
夏の気配は既に残り香程度にしか感じられないが、秋の足音は少し遠いこの時期。
山間のこの地域でも、日はまだ長い。
濃紺から橙までのグラデーションが美しく空に描かれる時間。
空に浮かぶ雲が、地平からの陽光を受けて金色に輝いていた。
空を気ままに飛んでいたトンボの一団が、夕日に煌めく羽を震わせて一斉に散った。
トンボが飛んでいた辺りの空に、糸のような細い線が生まれ、それはそのまま大きく開いていく。
神隠しの隙間を抜けた先は、異界ではなかった。
「ここは……神社?」
放り出された慧音が見下ろす先には、貧乏神社の屋根が見える。
スキマに飲まれた一同は、満載のチリトリを逆さまにするような乱暴さで放り出され、兎もメイドも入り混じって浮いていた。
「これってどういう事……?」
慧音の近くにはパチュリーが居た。
「さあ、アレの考える事は判らん。ただ言える事は、ここに何かがあると言う事くらいだろう」
「随分と受動的なのね」
「歴史なんてものは起きた事の積み重ねでしかない。人の身には未来予知など過ぎたものでしかない」
「人の身……ね」
服の裾を押さえていたパチュリーが、境内を指す。
「その人間が、何かしているようよ……」
細い指が示す先には、紅白の姿が見える。
放り出された一同は、始めは戸惑っていたが、誰からとも無く神社へと降り始めた。
それもそのはず。庭には五つの櫓が組まれ、風呂にでも使えそうな釜が据えつけられているのである。
火が焚かれ、巨大な鍋の中で何かが煮られている。
鍋の脇には食材が山を作っているのが見える。
最後尾に位置していた慧音が神社に降りる頃には、騒動が収束し、果てしなく宴会ムードが漂っていた。
履歴を視るに、兎部隊が採取した物だけでなく、博麗神社側から供出された物もあるらしい。
どこから持ってきたのか、酒などは樽で並んでいた。
ちなみに集めたのは萃香である。
屋根の上で秋空を肴に寝酒を楽しんでいたところを、霊夢に頭を鷲掴みにされ、宴会を交換条件に萃めさせられたのだ。
現在、汲めども尽きぬ伊吹瓢は、駆けつけ三杯と称して、メイド、兎を問わず片っ端から振舞われている。
人ごみの中をちょろちょろと動き回り酒を振舞う少女が、実は最強の人攫いである事を、どれほどの者が憶えているのだろうか。
もっとも、妖怪尽くしのこの場では萃香も攫う相手など居ないかも知れないが。
慧音の視線の向こうでは、先程まで激戦を繰り広げていた紅魔館と永遠亭の従業員たちは、今では仲良く談笑などしている。
昨日の敵は今日の友とは言うが、まだ一時間と経っていない。
上役の我侭に振り回される末端の者同士だから、共通の話題もあるのだろうか。
それとも、あんな馬鹿らしい理由に端を発する戦いなど、彼女らにとってはどうでもよい事だったのだろうか。
そんな雑多な事を考えながら、慧音はようやく着陸できた。
「しっかし、こんな準備をしているとはねぇ」
「なんとなくよ、なんとなく」
「なんだか私、霊夢を少しだけ見直したわ」
すぐそこで鈴仙と美鈴が霊夢と談笑していた。
上着を脱ぎブラウス姿になった鈴仙は、右腕を包帯のようなもので巻かれており、服が端切れになっていた美鈴は霊夢から服を借りている。
額に絆創膏を張った美鈴は、白の袖を付けずに肩を出していた。
丈や胸回りなどにサイズの合わない部分があったが、美鈴は文句一つ言わずにこれを身につけ、霊夢も支払われた代価を受け取り、その件については追求しないことを確約した。
仲裁を買って出た霊夢であるが、もちろんそれは無料ではない。
収穫物の何割かと、後片付けの要員の供出。それが条件だった。
妥当な条件だったため、鈴仙、美鈴ともにそれを受け入れ、残りの収穫物は部下に持ち帰らせていた。
家に帰ればそれはそれで宴会っぽいが、目の前にある宴を無視する事が出来るほど、紅魔館も永遠亭も仕事に忠実ではない。
そんなわけで、両陣営の大半がここに残っているのである。
「コラ鈴仙! あんたも働く!」
「いたたたた!? てゐ、ちょっと右手は引っ張らないでって!」
「ぼさっとしてるのが悪い! 勝てなかったんだから働けって永琳が怒ってるよ!」
「うげ……師匠が?」
永琳の名が出た途端に逃げ腰になる鈴仙。もっともてゐの言葉は厳密には永琳の言葉ではない。
永琳は確かに鈴仙にも働くように言伝をしたが、それは勝敗に関わらない。
しかし負けないまでも、結果として勝てなかったのも事実。
鈴仙はその事を負い目に感じており、そこを突かれると反論出来ないのだ。
「ほら、これ付けてさっさと働く!」
「いたい、いたいよてゐ、そんなに強くしないで!」
右腕を庇いながらエプロンを身に着けようとしている鈴仙を見て、美鈴が心配そうな顔で近寄った。
「腕……っていうか、身体大丈夫? 結構強めに打ったけど、まだ調子でない?」
「え、あ、うん、大丈夫。まだ痺れてるけど、療符も貼ったし」
あまり大丈夫そうでない笑顔で答える鈴仙。
つくづく嘘の下手な兎であるが、そこが皆に愛されている所以でもある。
美鈴は肩をすくめると、鈴仙の右手を取った。次いで左手を胸に添える。
「え、いや、ホントに大丈夫だからっ」
「怪我人はみんなそう言うの。いいから大人しくしてなさい」
慌てる鈴仙を無視して呼吸を整える美鈴の言葉は永琳に良く似ていた。それに驚いた鈴仙は思わず美鈴の顔を見つめてしまう。
「ちょっとビリっとするよ……活ッ!」
音は無かったが、鈴仙の耳が一瞬だけ真っ直ぐになり、髪が強風に煽られたように舞い上がった。
髪がふわりと戻ると、鈴仙がくにゃりとへたり込む。手を引かれるままに美鈴の胸に収まった。
「へ?……あれ? 腰が……」
「少し休んでなさい。給仕はウチの子達にさせるから」
「ちょっと! うちの若いのに何してくれたのさ!」
食って掛かるてゐだが、美鈴は落ち着いて答える。
「大丈夫。きちんと気脈は整えたわ。ただ、殴って乱した所を同じ分だけ力をかけて治したから、身体がビックリしてるのよ」
「それって、曲がった釘を反対側から叩いたようなもんじゃない」
「そんな所ね。すぐ治るけど、それまで面倒見ておいてね」
そう言うと美鈴は、腰の抜けた鈴仙を任せた。てゐはいきなり倒れてくる鈴仙を慌てて支える。
しかし、身体に力の入らない鈴仙はまるで昏睡状態の患者ように頼りなく、そのままてゐに覆いかぶさった。
「ちょっとぉ! なんとかしなさいよー!」
「てゐ……ごめんね」
美鈴の背中に怒鳴るてゐだが、耳元の鈴仙の声に追求を諦めた。
「もう。手間ぁかけてくれるもんだね、まったく」
「うん……ごめん」
小柄なてゐだが、力は強い。鈴仙一人を支えるくらい造作も無かった。
弛緩しきった鈴仙の身体は支えにくかったが、てゐは腰後ろに手を回し、正面から抱きとめる事でホールドした。
身長差から、てゐは鈴仙の胸元に顔を埋める体勢になっている。
先の戦闘で大破したブレザー型装甲服は、自己修復が追いつかない為に脱いでいる。
てゐはブラウスの胸に頬を当てる。間近に聞こえる鈴仙の呼吸に苦しそうなものはない。
「……大丈夫そう?」
「身体が少し痺れてる。麻酔みたいかな? でも右手は平気、蹴られた所も痛くないよ」
「ならば良し」
てゐの言葉の中、微かに、ほんの微かに安堵の色が聴こえる。
気取られまいと隠しているそれを、鈴仙は気付かないフリをした。「心配してくれた?」などと口にすれば、この体勢からベアハッグで背骨を折られるか、てゐの背筋力によって神社の石畳とキスする事になるのは間違いない。
「……なによその目は」
鈴仙は答える代わりに、力の戻ってきた右手でてゐの背中を撫でる。
少しの間、鈴仙の胸元に顔を寄せていたてゐであったが、おもむろに鼻を鳴らした。
「鈴仙、アンタ汗臭い」
「ちょっ!?」
あんまりだと鈴仙は思った。そりゃさっきまで一生懸命戦っていたのだから、汗の一つも掻くってものだ。
だからって女の子を捕まえて汗臭いはないだろう。
「アンタとくっついてたら、私にまで汗臭いのが移っちゃいそうだよ!」
「ひどーー!?」
てゐは鈴仙を突き飛ばすように離れる。押された鈴仙はよろよろと二、三歩下った。
「帰ったらしっかり洗ってやるから覚悟しときなさいよ! アンタは姫のペットなんだから、身奇麗にしてないとダメなんだからね!」
言うだけ言うとてゐは人混みの中に消えてしまった。
鈴仙は追いかけようとしたが、まだ身体に痺れが残っているので諦めた。
「まあ、立てるようになるまで支えててくれたんだろうけど……」
苦笑する。
姫のペット、というのは鈴仙の永遠亭における役割の一つだ。他に永琳の弟子や、永遠亭の受付などもある。
ペットというが、その仕事内容は他愛の無いお喋りや、散歩の共、晩酌の相手や添い寝まで、多岐に渡る。
その内容は消極的な輝夜の世話といえる。基本的に輝夜の気紛れに付き合うので、鈴仙に主導権はもちろんない。
世が世なら側女とでも呼ばれる立場だろうか。紅魔館なら間違いなくメイドだろう。
永琳もしている事ではあるが、仕事で忙しい永琳の代替を勤めているうちに、輝夜も鈴仙に馴染んでいる。
少なくとも輝夜が鈴仙を名前で呼ぶ事がある程度には。
時々苛められはするが、輝夜は自分を他のイナバよりも気に入っている、と鈴仙は思っている。
……まあ、単に同郷の出だからかもしれないけど……
痺れの抜けてきた足でしっかり立つと、鈴仙はブラウスを軽く引っ張り胸元を覗き込んだ。
美鈴に「治療」された時に、自分では判らなかったが結構発汗していたらしい。確かに匂う。
「……」
帰ったらお風呂に入ろう。うん。
慧音は、じゃれつく上海人形を髪に絡めたまま、境内を見回していた。
見事に人外だらけだ。
理由はどうあれ、紅魔館と永遠亭が武力衝突したのだ。あのまま長引けば(夜になれば)どんな事態になっていたか知れたものではなかった。
しかし、霊夢はあれだけの馬鹿騒ぎを見事に宴会にすり替えた。
手を下したのは八雲紫だが、あの夜型を動かすのは並大抵の事ではない。永久凍土に眠る古竜を甦らせるにも等しい所業だ。八雲と懇意である霊夢でなければ出来なかった事ではなかろうか。
魔女たちに唆され、力技で解決を図った自分だが、あのまま戦いを続けたとして、果たして事態は収束していただろうか。
二時間ほど前の履歴を見ると、嬉々として弾幕に興じる自分の姿が史書に記されていた。
間違いなく楽しそうだが、どこかテンションがおかしい。平たく言えば浮いてすらいる。
(バカめ……これでは妹紅の事を叱れないではないか)
慧音は耳が熱くなるのを感じる。髪に隠れていなければ真赤になっているのが見えたろう。
「なんだ、暗い顔してるじゃないか」
ぎくりと振り返ると、魔理沙とアリスだった。
妙に大きい声と、二人とも顔が赤らんでいる所から察するに、既に酒が入っているのだろう。
「どうした、モンブランは諦めたのか」
「ああそれね。妖夢が栗を拾っていたから、それを少し分けてもらったわ」
努めて平静に返せば、しぶとい答えが返ってきた、というかまだ諦めていなかったらしい。
慧音が疲れて視線を逸らすと、竹の器が差し出された。
「あら、上海」
人形の瞳と目が合った。
先ほどまで纏わりついていた上海人形は、両手で抱えるようにして器を持って浮いている。
酒をなみなみと注がれた竹器を受け取り、見覚えのある削り口に慧音の口許が綻ぶ。
これは……妹紅の手によるものか。
思わぬ所で親友の仕事を目にするものだと思う。
くすくすと笑うアリスには蓬莱人形が就いており、こちらも酒瓶を提げていた。
「神社の宴会はセルフサービスが基本だ、もたもたしてたら置いていかれるぜ?」
酒器を受け取りつつ、魔理沙の言葉に目を向ければ、食材の投入された鍋から勢いよく湯気が立ち上っている。
歓声と拍手も上がった。
湯気の向こうに、鍋をかき回すパチュリーの姿が見えたが、なんだか妙にキマッていた。
里の祭となんら変わらない様子に、慧音は一瞬ここが神社であることを忘れてしまう。
「よーし、食うかー!」
「はしたないわね、やっぱり野良魔法使いだけの事はあるわ」
何だかんだ言いつつ肩を並べて歩いていく二人に、慧音は緩く苦笑しながらついてゆく。
慧音とて腹は空いている。空は暮れ始めたが、宴はこれからだ。
「大体こんなものですかね」
「そうね。まあ、あのまま放置しておいても面白かったかもしれないけど」
ひと仕事を終えた割烹着姿の藍と、深紫色の普段着のままの紫は、茶の間から庭の様子を眺めていた。
さして広くない庭だが、メイドと兎がごった返している今は更に狭い。
紫は、これが初詣の光景だったなら、と、らしくない想像をしてしまう。
つくづく霊夢の予見は神がかっている。
久々の晴れ間で浮かれた連中が、一斉に出て来て面倒を起こすのを見事に読みきり、まとめて絡め取る事に成功した。
単独の妖怪同士の小競り合いなら放っておいても構わないのだが、騒ぎを起こしているのがパワーバランスの一角を担う勢力同士となれば話は別だ。
妖精もそこかしこで浮かれているが、危険度で言えば紅魔館と永遠亭は群を抜いている。
手下同士の争いに親分が手を出すような事になれば、それこそ、天地を捻じ曲げるような力を持った者達の争いだ、どんな被害が出るか知れたものではない。
双方分別のある歳のはずなのだが、面白半分で力を振るわないとも限らないのだ。
「幽々子の存在を軽んじていたのが、ちょっとマズかったわ……」
紫は指先で包帯に包まれた右の頬をなぞる。
「妖夢が出たままだったようですが……紫様も間が悪い……」
「あんなに体重の乗った拳は久しぶりだわ」
苦笑する紫。
霊夢に藍を就けた後、暇潰しにと訪れた冥界で紫を待っていたのは、朝昼と食事と抜かれ萎びていた幽々子であった。
出かけた妖夢としては、明け方に大量の栗を食しているのだから半日くらいは持つだろう踏んだのだが、幽々子の胃袋は半人前の予想を上回る仕事振りを見せた。
更に、幽々子が襲撃した「妖夢のおやつ庫」が、もぬけの殻だったのもいけなかった。
度重なる兵糧庫への襲撃に対して、妖夢が取った策は持ち運べる程度の物しか選ばない、という消極策である。
忙しい仕事の合間の栄養補給に、干し芋や干し柿などを少量持ち歩いているだけで、兵糧庫は実質機能していないのであった。
空の兵糧庫の前で呆然としていた幽々子は、現れた紫に襲い掛かった。
幽々子としては妖夢を探して欲しいと縋りついたつもりだったが、紫からすれば、それは全力疾走からの右ストレートに等しかった。
「人に物を頼むのに、普通、拳は握らないわよねぇ……」
不意を衝かれた紫は、幽々子の「お願い」をまともに喰らって吹き飛ばされ、桜の木を一本道連れにしている。
追撃に走ってくる幽々子を慌ててスキマに落としたまでは良かったが、転送先にいた妖夢にも暴走を止める事は出来なかった。
急いで後を追い、結果として幽々子も込みで宴会直行となったのだ。
もし、幽々子があのまま冥界で放置されていたら、果たしてどうなっていた事か。
妖夢一人の犠牲で済むとは思えない。
二人の八雲は、まったく同じタイミングで溜息をついた。
昔はああではなかったのに。
かつてのゆゆこは、春の花よりも優しく、夏の空よりも清々しく、秋の月よりも眩く、冬の雪よりも静かだった……はず。
物静かでたおやかな乙女であった西行寺ゆゆこの面影は遥か遠い。
「……」
結構昔の記憶から、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの光景がちらつくが、それは気のせいだとしておこう。
私だって思い出は欲しい、と紫は都合の悪い記憶を締め出した。
紫が視線を上げると、エプロン姿の永琳が魔理沙と何か言い合いをしているのが見えた。
どうせ魔理沙が妖しい茸でも入れようとしたのだろう。背丈の都合か、どこか親子然としているのが微笑ましい。
「我々も行きますか」
「そうね、そうしましょうか」
よっこいせ、と立ち上がる紫。その年寄臭い掛け声に藍だけが溜息をついた。
■●■
喧騒。
裏庭は混雑の極みであった。
誰が呼んだのか騒霊三姉妹まで来ており、賑やかさに拍車をかけている。
ちなみに、こういった屋外の宴会がダントツに多い神社には、茣蓙以外にも座る物はかなりの数が用意されている。
有志で持ち込まれている折りたたみ式の椅子や、竹を組み合わせたベンチなどがそれである。
紫は適当に挨拶をしながら、霊夢を探した。
給仕を押し付けられているようなら、藍と交代させよう。
「霊夢」
見つけた霊夢は既に割烹着を脱いでいた。給仕は本職であるメイド達が請け負ってくれているらしく、大鍋周辺は賑やかではあったが混乱はなかった。
見慣れた紅白の姿は小さめの茣蓙に一人で座り、小鉢の中身を消費することに勤しんでいる。
「ああ紫。あんたも来たのね」
それだけ言うと、座っていた茣蓙の上を動き、少しスペースを空けた。隣に座っていいらしい。
成り行きなのだろうが、霊夢の隣に座れる事は素直に嬉しく思う。
配膳係の前に立ち、ここでようやく気がついたが、鍋の向こうでおたまを持っているのは永琳だった。
普段の服とは正反対の色、格好なので気が付かなかったが、
「はいどうぞ。沢山あるから、どんどんおかわりしてね」
「え、ええ」
にっこりと微笑むエプロン姿の永琳は、どこから見ても給食のおばちゃんだった。
余りの違和感に眩暈がしてきた紫は、返事も適当に小鉢を受け取ると、いそいそと腰を下ろす。
「お邪魔しますわ」
狭い茣蓙の上、時折肩や膝が触れる。
これだけの喧騒の中にあっても、この上では二人きりである。紫はその事に悪い気はしなかった。
「壮観ね~」
「今日は片付け要員がいるから楽でいいわ」
上機嫌を隠した紫の言葉に、霊夢は気の抜けた笑顔を浮かべる。
なんのかんの言って幹事の片翼である事の多い霊夢は、普段、ゆっくり宴会を愉しんでいる事は少ない。
ならば今日くらいは、愉しんでもいいだろう。
普段、「しょうがないわね」とかいいながら世話をしてまわる霊夢の姿思い出し、紫は楽しそうに苦笑する。
「なによ」
少しむっとした感じの霊夢の顔を見つめ返す。
「なんでもありませんわ」
隣に八雲紫を置いてなお、この態度。やはり博麗霊夢は面白い。
相手が鬼であれ、吸血鬼であれ、亡霊であれ。
誰であれ、等しく、僅かに距離を置く。
それは無論、私であってもだ。
力を見抜ける妖怪同士では、この反応はまず有り得ないだろう。
力を見抜けない人間相手だとしたら、ここまで心が動くことは無いだろう。
八雲紫を正しく妖怪として捉えながら、それでいて何事も無いように接する。
横目に見える霊夢は普段と変わらない。里の子供でも隣に座っているかのような、霊夢のこの態度。
満面の笑みというわけではないが、宴会の雰囲気に浮かれ、酒気に煽られ、頬が弛んでいる。
細身の体躯、漆黒の髪。
衝動的に抱きしめて頬擦りしたくなる。
「なんなのよ、もう」
衝動を見抜かれたか。絶妙なタイミングで霊夢がこちらを向く。
にこにこと見つめている私を不審に思ったのか、居心地悪そうに問う霊夢。
「なんでも、ありませんわ」
目を細め、ゆっくりと答える。
私は自分に届く音の伝わりを弱め、霊夢の声だけを拾いあげる。
この時間が得られたのなら、朝から起きている甲斐もあるというものか。
スキマから取り出した徳利を、霊夢のぐい呑みへと傾ける。
「まあ、今回はあんたに感謝してるわ、こんなにいっぱい居るとは思わなかったし」
霊夢は注がれる酒を見ながらそう云い、注ぎ終わると私の目を見て、「ね?」と微笑んだ。
「あらあら……光栄ですこと。霊夢の口から私への謝意だなんて」
「……」
「な、なんですの?」
霊夢から感謝の言葉が貰えるとは思わなかった私は、返答が喉に詰まった。
僅かな隙だったかが、霊夢には隠し通せなかったか。
微かに動揺していることに動揺し、思わず視線を逸らした。心の中でガードをあげ、平静を保つ。
「あんたって、案外可愛い所あるのね」
「っ……!」
狙い澄ましたかのようなタイミングで放たれた一言は、私のブロックの隙間を抜けてきた。
「あ、案外って……ひどいですわ」
非難する顔でもしていないと、霊夢の顔をまともに見られそうに無い。
秋空のように透明な霊夢の微笑みに、訳も無く心が乱れる。
「どうしたのよ、ホントにらしくないわよ?」
ぷう、と頬を膨らませ、そっぽを向いた私を見て霊夢はくすくすと笑う。
「あ、紫~」
振り向く間も無く萃香が覆いかぶさってきた。
「どういう風の吹き回し? 紫が宴会の首魁になるなんて」
「あら。首魁だなんて人聞きが悪いですわ」
萃香が瓢箪を差し出すので、私はスキマから大振りの杯を引っ張り出す。
「まあなんだっていいや。ここ暫く雨続きで宴会もご無沙汰だったからね、今日はこのままお月見だよ」
萃香の言葉に空を見上げれば、なるほど天幕は紺から黒へと移り変わろうとしており、強い光を持つ星達は既に輝き出している。
暗くなってきた為に篝火が焚かれた。
赤橙の光が揺れる。数多の影が躍る。
松ヤニの焦げる匂いが加わり、宴会はいよいよ祭の様相を呈してきた。
見渡せば、酒が回った分だけ弛緩した雰囲気の中、賑わいを失わない宴が目に入る。
食べ物も飲み物も結構な勢いで消費されていたが、人数とそれぞれの空腹の度合いは先程のスキマ通過の時点で計測済み。宴はまだまだ続くだろう。
ここまでは私の思惑通りであった。
ふと見ると、少し向こうに妖夢と幽々子が見える。
「幽々子様、ここは私が」
丼を片手に鍋に歩み寄ろうとする妖夢。
何をおいてもまず主の為にあろうとするその姿に、思わず苦笑を漏らす。
しかし。
「っ!?」
幽々子の箸が閃いた。
光の如き速度で奔った雅な塗り箸は、妖夢の半霊を摘まみ、桜色の唇も可憐な幽々子の口へと運んだ。
「うっ、ああぁぁ、ゆゆ……こ、さま……!」
もちもちと貪られる半霊。
顔を赤らめ苦しげに呻く妖夢は、膝をつき、そのまま崩折れた。
ただひとつの誤算は
この夜の西行寺幽々子が空腹でも満腹でもなく
肉であろうと野菜であろうと、間合に入ったもの全てを食べる食いしん坊へと変貌をとげたこと
表情を失い、煙のように立つ幽々子。
瞳はただ鍋を見つめ、手先の箸は狙いを定める。
「幽々子!?」
事態の変移を察知した紫であったが、幽々子の様子を見ると同時に諦めた。
あの幽々子は、「少しばかり」見境を無くしている。
唐突だが、ここで一つの事例を挙げよう。
里では鶏に効率よく卵を産ませるために、食事の際にとある工夫をしている。
食事の終わった鶏の隣に空腹の鶏を配し、空腹の鶏に餌を与える。
すると、食後の鶏は空腹の鶏が餌をついばむ様子を見て、釣られて食欲を取り戻すのだという。
こうする事で充分な食事を摂った鶏は、滋養豊かで健康な卵を産むのである。
今宵の西行寺幽々子は、空腹の鶏でありながら周囲に餌をつつく鶏が居る状態だった。
どうにか抑え込んでいた朝からの空腹が、宴会という「周囲の空腹」によって増幅され、ついには臨界点を越えてしまったのだ。
飯抜き放置の時間が長かったのが良くなかったのか。
紫としては、宴会に放り込めばどうにかなると踏んでいたが、どうやら幽々子の食欲は、自分の計算能力を以ってしても計れるようなものではなかったらしい。
柔らかい笑顔を浮かべ、遠くを見つめる。
……ダメだ、ああなったらゆっこちゃんは止まらない……
「あの君さまは、いつがさかりよな……」
「紫! 放心してる場合じゃないわよ!」
爽やかに現実逃避をしていた紫に、霊夢のビンタが飛ぶ。いい音と共に紫の頚椎が危険な角度まで回った。
「痛っ!? ひどいわ霊夢、霊夢ならやさしく声をかけてくれるだけで目が覚めたのに……」
頬を押さえて涙目になる紫。しかし霊夢はそんな仕草に目を向けている余裕など失っていた。
「アレなんとかしなさいよっ 幽々子の満腹と空腹の境界でもなんでも弄って停めないと、ここにある食べ物どころか私達すら喰われかねないわよっ」
ドレスの胸ぐらを掴み、前後に激しく揺さぶりながら叫ぶ霊夢。
流石は霊夢の勘。異状を前にして明確な破滅の予感を嗅ぎつけたらしい。
そして、その予感は正しい。
過去に狐鍋にされかけたトラウマのある藍はとっくに姿を消していたし、この私とて幽々子の歯型と等しい形の古傷が疼くのだ。
がっくんがっくんと頭を揺らしつつ紫は答える。
「さ、さすが、れいむね、でも、ああ、なったら、ゆっこは、たべる、ものが、なくなる、まで、とまら、ない、わ……!」
境界の大妖は波間を漂う木の葉のように揺すられ続けた。
シェイクされながら紫は試算する。もし自分の力で幽々子の空腹と満腹の境界に干渉するとなれば。
A 白玉楼の大階段をウサギ跳びで上る。
B 永遠亭の廊下全てを一人で雑巾がけする。
C 紅魔館の図書館の本全てに貸し出しカードを付ける。
いずれも想像を絶する労力を要するものばかりだ。
三途の川をナフタリン錠剤で渡る方が、よほど現実味がある気がする。
皆が口を揃えて反則だと言う境界操作とて、決して万能無敵ではない。操るモノの偏りが大きな力を持っていれば、それを弄る負荷もまた大きいのだ。
揺らされ過ぎて何だか柔らかくなってきた紫は、震える手で硬貨を取り出すと霊夢に握らせる。
シルクの手袋の滑らかな手触りと、紫のほのかな体温に霊夢の勢いが止まった。
「な、なによ」
「……これをお賽銭に、神様に祈りなさい……」
それだけを言うと紫は糸の切れた操り人形のように、かっくりと脱力した。穏やかな顔のまま瞳を閉じ動かなくなる。
霊夢は託された小銭の意味を考える。これは神頼み、即ち事態の収束を諦めた証か。
「ちょっと、ゆかりーっ!?」
一方、鍋の前。
偶然鍋の前に居た美鈴は、只ならぬ様子の幽々子に思わず構えていた。
明らかに様子がおかしい。
メイドも兎も、まるで化け物でも見るような目で、桜色の髪の亡霊を見ている。
いや、実際「お化け」ではあるのだが、先程までにこやかに鍋を囲んでいた相手とは思えない。
チルノとは質の違う冷気が足首を撫でる。涼しいのではなく薄ら寒い。
こうして対峙しているだけでも、倒れてしまいそうな息苦しさを感じる。もう帰りたかった。
「こは何事ぞ……!」
慄く美鈴に、魂魄妖夢の半身が踊りかかった。
もにゅもにゅと口の中で転がされていたものが、歯ごたえに飽きて吐き出されたのだ。
ぴゅるりと飛び出した半霊を躱すと、白玉は力無く漂いだした。
少し先では荒い息の人間側が、太ももをもじもじさせながら転がっているのも見える。
そういや感覚はある程度繋がっているとか言ってたっけ。
納得した美鈴は視線を亡霊に戻し、腹から叫ぶ。
「食の幸せは万民の願い! それを妨げるなら、この紅美」べしゃ。
口上の最中だったが、瞬時に展開された大扇に、邪魔だとばかりに叩き潰される。
「美鈴!?」
駆け寄ったのは月兎だった。
先程戦った間柄だが、鈴仙にとって美鈴は大切な友人である事に変わりは無い。
彼女が覗き込むと、しかし扇の下の美鈴は潰れていなかった。
美鈴は脛くらいまで地面に打ち込まれていたが、交差させた腕の肘辺りで扇を支え、耐えていた。
両手は箸と小鉢を持っているから使えない。
「美鈴!」
「だ、大丈夫よ……! それより、しゃがむ時には気を付けないと、パンツ見えるわよ……」
「なっ……!」
顔を真っ赤にした鈴仙が、スカートを押さえ慌てて立ち上がる。
「そう、そのまま……ちょっと離れてて頂戴ね……ッ!」
危険な軋みを上げる背骨に顔をしかめつつ、美鈴は奥歯を噛み締める。
食いしばった歯の隙間から、慎重に息を吸い肺腑に溜め込む。
「噴ッ!」
気合と共に七色の気が立ち上り、押し潰そうとする扇に抵抗が生じた。
無法に真っ向から力で対抗しようとする美鈴に、周囲から感嘆のどよめきが上がる。
しかし、構わず進み出た幽々子はそっと草履を脱ぐと、静かに足袋で扇の要に体重をかけた。
「ぬおおお!……ぉおぉ?ぉぎゃああぁぁ!? な、なんで幽霊なのに体重あんのよおぉぉ!?」
体力自慢の妖怪を枯葉のように踏み潰す、幽々子の恐るべき脚力。
巨木でも倒れたかという豪音と共に、強い風が境内を吹き洗う。
風は砂埃とスカートを巻き上げるが、博麗の守りの施された鍋は、砂埃など寄せ付けない。
風にスカートを捲くられ黄色い悲鳴が交錯する中、ついに幽々子が鍋に取り憑いた。
「え、永琳! なんとかしてくれ!」
具を失い、見る間に水位を下げていく巨鍋を前に、魔理沙が悲鳴のような声をあげた。
熱くないのだろうか、味は分かるのだろうか。
人知を超越したところに君臨する飢餓の女王は、そんな常識に縛られた疑問ごと食らい尽くしていく。
その光景に、悲痛な表情を浮かべた鍋鬼(おに)は、呻くようにこう告げた。
「私にだって、わからない事くらい……ある……!」
『な、なんだってーー!?』
思わず絶望のコーラスを奏でる一同。
この、なんでもありの薬師なら「こんな事もあろうかと」とか言って、秘薬の一つも胸の谷間辺りから取り出すに違いない、皆、勝手に思っていた。
しかし、その根拠の無い期待は、永琳が匙を投げた事により潰えたのだ。
八雲紫や八意永琳といった実力者が倒れ、博麗の巫女の手にすら余る事態だと知れると、現場のパニックは草原の火事のように伝播し、戦線はついに瓦解した。
悲鳴と怒号が飛び交う境内は、阿鼻叫喚にまっしぐらになるかと思われたが、混沌の中に一つの方向性が生まれた。
荒れ狂う食の権化に負けじと、全員がリミッターを解除し、徹底抗戦の意思を固めたのである。
つまるところ「喰われる前に喰う」である。
ここに、生き残りをかけた少女達の戦いが始まった。
■●■
四季映姫ヤマザナドゥは急いでいた。
神格の一柱であるその身ではあるが、その力をもってしても無縁塚から博麗神社は遠い。
サボり癖のある部下の能力を使えば、どれだけ離れていたとしてもかかる時間は等しく最小に出来るのだが、その事に気が付かない程に彼女は焦っていた。
急がなくてはならない。
■●■
「そ、そんな……まさか」
稲妻の如き速度で神社に参着した映姫の前には、筆舌に尽くしがたい惨状が広がっていた。
居合わせた者全てが、食欲の歌の命ずるままに戦った跡。
ダシの香りが漂う境内は、辛うじて残っていた篝火の一つが、弱々しく揺れていた。
全ての鍋はひっくり返り、食い尽くされた料理、食い荒らされた食材の残滓が、陥穽だらけの境内に散乱している。
小鉢は戦場跡の兜のごとく転がり、戦士達の剣となった箸が墓標のように突き立っている。
鍋をかけていた櫓にすら歯形がついていた。
庭のそこかしこには、ボロボロになって倒れ伏している紅魔館のメイドや、なぜかひん剥かれて泣いている永遠亭の妖兎の姿もあった。
酷い有様だった。
戦でもこうはならんぞ、と硬い唾を飲む。
映姫は、慎重に境内を歩いてゆく。
毎月の残業時間が、平均で二百時間超過を誇る映姫が、こんな時間に神社に居るのには理由があった。
境内が戦場になった時、藍が機転を利かせ、公正さと抑止力を求めて映姫を呼びに行ったのだ。
確かに、暴走幽々子とも渡り合えるだけの戦闘力を持ち、白黒つける能力を兼ね揃えた映姫は、この事態を収束出来る唯一の人材と言っていいだろう。
藍の提案を承認した紫からすれば、顔を会わせれば小うるさく説教されるのが分かっているので、極力避けたかったというのが本音だが、状況は既に四の五の言っていられる状態では無くなっていた。
しかし、結果として映姫は間に合わなかった。
呼びに行った方としては、小町の能力で時間をかけずに来る事を期待しており、まさか当人が全力飛行でやってくるとは思ってもいなかった。
藍は映姫を前にして、
「今、神社で宴会をやってい」
までしか口に出来ておらず、
「るのですが、少々問題が起こりまして、是非とも閻魔様のお力添えを」
と云う頃には、映姫の姿は見えなくなっていた。
火急の知らせを受け、休日出勤を返上して駆けつけた現場。
映姫の凛然とした表情が曇っていく。
久々に呼ばれた宴の席。
普段の説教癖の上に、酔うとさらに説教上戸になる為、同僚からも煙たがられる映姫は、酒の席に呼ばれる事は決して多くない。
付き合いの良い部下と飲みに行く事はあるが、大人数の宴会となれば、一斉開花と同程度の頻度でしか呼ばれた事しかない。
急な誘いではあったものの久々の宴会。
期待に胸膨らませて辿り着いた神社は、食い尽くされた戦場跡に変わり果てていた。
ラストジャッジメントのレーザーすら推進力として利用して来るとは、どれだけ宴会から干されていたのか。
想像するのも不憫だった。
「う、ううっ、ひ……ぅううぅう」
職業柄、努力が報われない事など、骨身に沁みて理解している映姫であったが、
(がんばったのに……お仕事、一生懸命……)
宴が完膚なきまでに終わっている事を理解した時、
「ううあああああぁぁぁぁぁぁん!!」
堪えきれなくなり、大声で泣き出してしまった。
恥も外聞も無く、幼子のように上を向いてびーびーと無く閻魔には威厳の欠片も見出せなかった。
その泣き声(慟哭と呼ぶにはいささか幼い趣があった)のあまりの感情剥き出しっぷりに、倒れていた者達も何事かと身体を起こす。
しかし、自分たちの主と同格かそれ以上の霊格を持つはずの閻魔が、鍋、宴会と泣き叫んでいる様子に、誰一人動けないでいた。
結局、おっとり刀で現れた死神が宥めるまで映姫は泣き通しであり、今はようやく泣き止み、小町の胸に顔を埋めてぐずっていた。
そんな映姫を横目に、霊夢と紫がごにょごにょと相談していたが、紫が土鍋を持ち出してきた。
流石に色々と気の毒になったのか、「呼んでおいて持て成さないと言うのは、さすがに人道に反する気がするわ」と、珍しく正道を語る霊夢は、籠に盛られた食材を持って現れた。
食い尽くされたはずの食材が隠されていたのは、あれだけの戦いの渦中にあってさえ、誰からも見向きもされなかった神社の賽銭箱。
博麗霊夢の魂の拠り所であり、賽銭箱としての役割を果たす事が限りなくゼロに近い悲しい存在。
居合わせた人妖全ての思考の空白に位置する、もはや自然石のような存在。
その中。
二重と四重、奇跡の六重結界によって護られていたのは、炊き込みご飯とスタッフ用に取り置きしておいた鍋の具であった。
「紫から渡された小銭の意味に気が付かなかったら、今頃これも残ってなかったわ」
「霊夢、嬉しいわ。私の意を酌んでくれたのね」
「あんたが気絶しなければこんな面倒はなかったのよ」
「だってそれは霊夢が……」
「なによ、ひょっとして私のせいにするつもり?」
「あうぅ」
■●■
夜の闇に、小さな明かりが灯っている。
博麗神社の社務所、兼、霊夢の家である。
居間に残っているのは、七人。
縮こまっている映姫、宥める小町、呆れる霊夢、げっそりしている紫、さらにげっそりしている藍、虚脱している慧音。痣だらけの美鈴の七名だ。
紅魔館、永遠亭ともに多数の負傷者を出した為、あれだけ居たメイドや兎は、後始末もそこそこに撤収してしまっていた。
昼間の戦闘よりも負傷者の数が多いのは、自分以外が全て敵になったからに他ならない。
激戦を生き抜いた魔理沙とアリスは共に奥の間で寝込んでおり、戦闘開始早々にロイヤルフレアをブチかましたパチュリーは、確保したご飯を喉に詰まらせて昏倒、撤収ついでにメイド達に担がれて回収されていった。
萃香は拡散した所を暴走幽々子に吸い込まれ、その何割かが何処とも知れぬ宇宙(胃袋)へと消え去った。
古鬼はいたくプライドを傷つけられたらしく、縮んだ姿のまま屋根の上で泣いている。
意外だったのは永琳で、鍋の秩序を守りきれなかったと、声をかけるのも憐れなほど消沈していた。
その為、鈴仙が指揮を執り兎達の撤収が行われている。
てゐは危機を察知した時点で逃走したらしい。
食欲魔神と化した西行寺幽々子を止めたのは、血の涙を流して立ちはだかった魂魄妖夢の一刀だった。
半霊側を甘噛みされ、衆人の前で痴態を晒した妖夢に、もはや容赦の二文字は無かった。
下段から奔った白楼剣、その神速の一撃は幽々子の食欲を断ち、右半分(?)を神社の屋根のはるか上方へと斬り飛ばしたのである。
魂ごとぶつけるような秘剣を放ち一度は昏倒した妖夢だったが、復帰と共に正気を取り戻し、気絶したままの幽々子を担いで引き上げている。
堅物でお人好しの庭師は、後片付けに来ると何度も頭を下げていたが、白玉楼までを往復するには少々距離がありすぎる。
それに非常時とはいえ主に剣を向けたのだ、帰るまでの道程であのサムライガールが自己嫌悪に陥り、途中で自刃でもしないかという心配の方が大きかった。
その問題は、藍の式が尾行することで、一応の監視がされている。
この居間を含め、社務所も戦闘に巻き込まれており、窓は全て割れ、足跡のついた雨戸は庭に刺さっている。
終末を感じさせる、なかなかに風情のある光景だったが、屋根が無くならなかっただけでも僥倖であろうか。
霊夢は穴の開いた天井を見上げ、そして瞑目する。
それほどまでに皆が必死だったという事なのだろう。
博麗の巫女ですら自分の小鉢を守る事で手一杯だったのだから。
静かに目を開くと、戦乱を免れた鍋が一つ、穏やかに煮えていた。
それは、今日持ち寄られた素材すべてから数人前を抽出し、それらを今乗せ、煮込んでいる神社の土鍋。
それは、この荒廃しきった世の中に光を取り戻す、神秘と救済の方舟。
霊夢の目には、確かに土鍋に後光が射しているのが確かに視えた。囲炉裏の火かもしれないが。
「うう、大変お恥ずかしい所を……」
どれだけ悔しかったのか。
楽園の裁判長は先程まで泣き通しだった。所作まで見た目相応になっている気がする。
小町の胸元は映姫の涙によって、柄杓か手桶で水をかけられたかのように濡れていた。
死神は胸元を開け、大きく形のよい双峰をサラシの上から手ぬぐいで拭いている。
かかる圧力に弱い抵抗しかしないその地帯は、薄布の上からでもその柔らかさが感じ取れるようだった。
「あら、霊夢?」
思わず凝視していたらしい。その光景に苦いものを感じつつ見ていた霊夢の背に、紫が覆い被さってきた。
「そうよねぇ、霊夢もお年頃ですものねえ~」
腕を前に回して柔らかく締める紫。
「うるさいわよ」
背中の温かさと柔らかい感触、花のような紫の髪の匂い、すり寄せられる頬の滑らかさに霊夢の頬が紅くなる。
「ん? なんだお前。胸なんか大きくてもいい事なんか無いぞ? 重くて肩が凝ってしょうがないし、船を漕ぐにも邪魔になる。あたいみたいな肉体労働者には結構深刻な問題なんだぞ」
視線に気が付いた小町が愚痴る。
その隣では慧音と美鈴がうんうんと頷いている。
美鈴の頷くその仕草にすら、わずかに揺れている。
腕組みをする慧音のそれは、組んだ腕の上に載っている。
「準備ができたぞ」
霊夢の右手からは、尻尾に器用におぼんを載せ、大量の酒瓶とコップを運んできた藍が現れた。
背筋を伸ばして立っている藍を、紫を背負ったままに見上げるなら、やはり目に付くのは蒼の服を持ち上げる見事な膨らみ。
肩身の狭さと共に、そこで目を真っ赤にしている説教魔に急に親近感が湧いてきた。
おっぱい四面楚歌状態の霊夢だったが、唐突にある事実に気付いた。
映姫を除くと、この部屋に居るのはいずれも屈指の大乳(おおちち)者ばかりなのだ。
自分を含め幾多の少女が望んでも手に入らない至宝を持ちながら、そのありがたみを理解しないバチ当たりどもがここにいる。
血の気が引いた。
いけない。
こんなに一箇所に巨乳を集めてしまうと、幻想郷のほうそくがみだれてしまう……!
宴会に顔を出すメンバーもあるが、普段であればバランスを取るのに充分なマイナス概念達が居るために、大きな問題はなかった。
しかし、今ここにいるマイナス寄りは自分と映姫の二人のみ。
関取相手に子供がシーソーで遊ぶようなものだ。
寝所に放り込んだままの魔理沙や、上で泣いている萃香が居ればあるいはだが、居ない者に期待しても仕方が無い。
霊夢は焦る。
背中に感じる紫の圧力。
正面には少し乱れた小町のサラシ。
慧音の腕組み。
また大きくなったと嘆いている美鈴。
――昼に感じた違和感の正体はコレだったのか。
豊かな曲線が描く、母性の象徴たるその部位。
それらの存在感は、威の圧となって霊夢の意識を打ち据えた。
濃密な弾幕のように伝わるイメージは、彼女らの放つ極意弾幕(ラストワード)を凌駕して余りある壮大さだった。
霊夢には抗う術がない。
当然だ、意識した瞬間に、魂が戦うことを放棄したのだから。
成す術無く打ちのめされるその姿に、幻想郷の安全機構としての顔はなく、悩み多き年頃の娘でしかなかった。
(心が……勇気が……砕かれる……!)
かつて無い危機に、霊夢の心は荒れ狂う波間を漂う小船のように翻弄されていた。
(魔理沙、妖夢、咲夜……! 助けて……っ!)
魂の仲間達に助けを求めるも、伸ばす手の先は無明の闇。
あまりにも大きな力の壁、世界の闇。
迫り来る、柔らかく幸せな圧力に、霊夢の意識は押し潰されていった。
満身創痍となった霊夢の心は、闇の中に転がった。
しかし。
博麗霊夢は聞く。
仲間達の声を。
「構わずブチかませ!」
「勇気と共に進め……!」
「我らの心はひとつ!」
「AAA(スリーエー)万歳!」
「勝利は、すぐそこです!!」
魔理沙が、妖夢が、咲夜が、萃香が、映姫が。
心の中に響いた仲間達の声が、崩折れ、砕けそうになった霊夢の心を支える。
巫女の瞳に、意思の炎が灯る。
僅かな自失。そしてそこから立ち直った霊夢は己に問う。
目の前の光景、これはもう異変だ。
ならばどうする?
「霊夢?」
異変を解決するのは巫女の仕事だ。
「おい、どうしたよ?」
永琳や幽香が居ないのがせめてもの救いか。これだけの実力者揃いでは、例え巫女パワー全開でも勝利は容易くはないだろう。
「疲れが出たのではないか? 霊夢とて人間だ」
巫女の使命が、数多の少女の嘆きの叫びが声高に告げている。戦え、と。
「アンタも身体を鍛えたら? いっつもダラけてるんでしょう」
意識の底が澄み渡っていく。苦難に立ち向かう事に迷いの無くなった心は、霊気を研ぎ澄ます。
「紫さまが重いのでは?」
「な、なんて事言うの藍!? 霊夢、そんな事ないわよね? ね?」
慌てた様子の紫が背中から剥がれ、霊夢の前に回り込んで来た。目が合う。
まずは、こいつからだ。
霊夢は春の花のように儚く微笑んだ。
「?」
その可憐な笑みに、疑問を浮かべつつも釣られて微笑む紫。
次の瞬間、霊夢は雷鳴の如く叫んだ。
「天誅―――――――――!!!」
霊夢の両の手が奔った。
林檎を握り潰さんばかりの握力をみなぎらせて。
■●■
絶叫。
■●■
もげるとか潰れるとか、耳を覆いたくなる叫びが上がったが、それも僅かな時間だった。
神隠しの主犯は、子供の戯れで足をもがれたバッタのようにぎっくんぎっくんと身悶えしている。
何故か幸せそうな顔で気絶した紫の胸部は、服が皺だらけになっていた。
ゆらり……と幽鬼のように立ち上がる霊夢。神々しい気を纏っているが、その視線は少し下を見つめていた。
霊夢以外の者は気付いた。今、霊夢は部屋に居る誰の顔も見てはいない。
「次……」
誰だ。
ここにいるのは、本当にあの常春の巫女なのか。
紫が受けた攻撃から、霊夢の豹変の理由を察した一同は、もはや鍋どころではないと逃走を試みた。
だが、狭い部屋には金剛石の輝きを放つ結界が張られており、既に蟻の這い出る余地も無かった。
脱出手段をもつ紫が真っ先に始末された事により、逃亡は不可能に等しく、一同は絶望の足音を聞いた気がした。
第二の犠牲者は藍であった。
紫ほどでないにせよ、転移の術を持つ天狐が狙われるのは当然だった。
手荷物を持っていた藍は咄嗟の回避がわずかに遅れ、そして高周波振動でもしているのかという巫女の手に掴まれ、葬り去られた。
争い事を嫌う慧音は目の前の暴虐に我を失い、その隙に搾られ、捏ね回されて脱落した。
体術において一日どころか百年の長のある美鈴が、一秒間に百を超えるかという張り手を受け、倒れ伏した
映姫は、自分がまだ職場に居て、ここが神社ではなく貧乳の獄卒が統べる地獄の一区画のように思えてきた。
どう、と倒れたのは最後まで抵抗していた小町。
霊夢との距離を無限近くにまで伸ばして抵抗していた小町だったが、巫女は何事も無かったかのように歩み寄り、そして組み付かれたのだ。
部屋の中心で仁王立ちしている霊夢の口には、千切れた小町のサラシが咥えられているのが見える。噛んだのか。
霊夢がゆっくりと振り向く。
千切れたサラシが目に入る。
人かケダモノか、博麗霊夢。
ケダモノか、それ以下か。
鬼かそれ以上か。
映姫は思わず自分の胸を押さえた。
実のところ、決して豊かとはいえない膨らみであるが、骨格の華奢な映姫の身からすれば、そのサイズは及第点と言えるだけのものを持ち合わせているのである。
分かりやすく言えば、「数値は小さくともバランスはいい」のだ。
同盟である「AAA」にも知られていない、地獄のトップシークレットである。
そして、全てを見抜く閻魔アイによれば、目の前の修羅のそれは自分よりも慎ましく、そして身体は凹凸に乏しい。
霊夢が振り向いた。
気取られたか。もはや戦うしかないのか。
同じ夢に憧れ、同じ満たされぬものを持ちながら、それでも相容れぬと戦うしかないのか。
人の持つ業の深さ、争いを捨てられないその性(サガ)。
自分は永劫、それと向き合う事を定められているのかもしれない。
映姫は覚悟を決め、笏をきつく握った。
ここで霊夢を止めなければ、幻想郷のすべての少女の胸が危険にさらされるかもしれない。
横目に、倒れている五人の犠牲者達が目に入る。
このような悲劇を、これ以上起こさせてはならない。
自分が介入すべき事柄で無いが、博麗霊夢の魂が憎しみで黒く濁っていくのを黙って見過ごすわけにはいかないのだ。
しかし。
映姫の前に立つ霊夢は、言葉なく涙を流した。
「どうして……」
悲哀、後悔。そういった単語が映姫の頭に浮かんだ。
霊夢を動かしていたのは憎しみではないのか。この涙は己が罪を悔いてのものなのか。
戦いを予感して緊張していた映姫の霊気が、急速に冷めていった。
映姫は、霊夢の流す宝珠のような雫に目を奪われて、対手を前にして無防備に立つというミスを犯した。
それは普段であれば、ミスとも呼べない僅かな隙であったかもしれない。
しかし、それは時と場合によって致命的な失策にも成り得るものであった。
ほんの僅かな時間。
ただそれだけだったが、博麗の秘奥義【夢想封印 測】による超眼力と、異変解決に発揮される超越的な勘は、厚手の服に隠されているはずの映姫の神秘の稜線を暴き、その瞬間、霊夢の脳内で「ギルティ」の判決が下されたのだった。
その涙は、魂の同盟を裏切った映姫に対する、無念の涙だった。
涙を流し、静かに歩み寄る霊夢に、映姫は慈愛の抱擁をと両の腕(かいな)を開いた。
それが、人肉の味を知った熊の前で、死んだフリをするに等しい行為とも気付かずに。
■●■
夜の神社に、六人目の犠牲者の悲鳴が響き渡った。
■●■
部屋を覆っていた結界が静かにほどけて消えると、縁側に小柄な影が立った。
縁側に立つ霊夢が、咀嚼していた何かを吐き出す。
べしゃりと板の床に落ちたのは、地味なデザインのCカップ。ただし左半分だけだったが。
月を見上げた霊夢は音もなく浮かび上がると、夜の空へと飛び去っていった。
「行ったか」
ふすまの隙間から一部始終を見ていた魔理沙は、ようやく安堵の息を吐いた。
「本当に大丈夫なの?」
涙目のアリスが恐る恐る出てくる。
「ああ、方角からして竹林だろう、永琳がすぐに負けるとも思えんが、幽香の住処はさらに遠い。そのあとに冥界となれば朝までに帰って来られるかどうかだろう」
「だといいけど」
「それより飯にしようぜ」
嵐のような一時が過ぎ去ったにも関わらず、微動だにしていない鍋は、今も静かに煮えていた。
「アンタ、まだ食べる気なの?」
「安心したら腹が減ったんだ、それともアリスは食わないのか」
飯びつを開け、山盛りで栗ご飯をよそっていた魔理沙が意外だという顔をする。
「誰も食べないなんて言ってないでしょう」
「そうだろうそうだろう」
山盛りのご飯が差し出された。
アリスと魔理沙。生き残り二人は鍋前に一礼。
「「いただきます」」
「でも、どうしてそんなに落ち着いていられるのよ」
あの霊夢はとても会話が通用するとは思えない状態だった。
いつ修羅と化した霊夢が戻ってくるかと思うと気が気ではない。
「あー。まぁ、なんだ。霊夢は自分よりも胸の大きい奴を狙って移動しているだろ?」
ご飯の栗を摘まみ、魔理沙が続ける。
「外に狙うべき奴がいる以上、ここに戻って来るのは一番後。全部にケリをつけてからだ」
「……」
アリスの頭の中で、友人知人のバストサイズランキングが始まった。
ざっと数えただけで、あと四、五人は始末されるだろう。
霊夢のサイズは知らないが、予測よりも現実が厳しい場合、被害者はもっと増えそうな予感がある。
体格に比例したモノを持っているアリスは、大きくも小さくもなかったが、それでも霊夢よりは上のサイズのはずである。
つまりは自分も危険域で、狩られる候補となっている恐れがある。
暢気に鍋など突いている場合では無い気がしてきた。
「自分で言うのもなんだが、私は霊夢よりも胸が小さい」
「潔くてもかっこ良くないわよ?」
「うるさい。それとな、前に魅魔様が同じ被害に遭った事があるんだ」
「なるほど、初見じゃないわけね……魅魔様ってあんたのお師匠さまだっけ?」
「ああ。いろいろと素敵なお方だ」
「ふぅん」
「その時の私は今より未熟だったし、霊夢がなんで襲ってくるかも分からなかった。魅魔様もな」
「で、どうなったのよ」
「霊夢は私を狙った」
「え?」
「もちろん、その時の私は今よりもさらに色気のない体だったからな、霊夢が本気で狙うわけがない」
「……」
「たぶんブラフだったんだろうな。でも、そんな事は知らない魅魔様は私を庇おうとしたんだ。まさか霊夢の狙いが自分だとは思ってなかっただろうから」
魔理沙は適当に注いだ酒を一口飲むと、過去の惨劇を思い出したのか、視線を下げる。
「その魅魔様って……」
「ああ、見事な胸の持ち主さ。甘えて抱きついたことだって何度もある」
霊夢の飛び去った方角を一度見てからアリスが問う。
「……いいの?」
「ああ。私が将来ナイスバディになって、そして霊夢が襲ってくるなら、その時こそ正面から迎え撃って魅魔様の仇を討たせてもらう。悔しいが今の私は霊夢の前に立つ資格を持っていないからな」
「……」
アリスが魔界を出る時、母は何と言ったか。外の世界は危険がおっぱい、いやいっぱいだと言っていたか。
母は、神の瞳でこの事態を予見していたのだろうか。
それとも、あの時既に霊夢の脅威を味わっていたのだろうか。
「それに、さ。霊夢って一人じゃん。どれくらいまで先代が居たのか知らないが、私がここに来た時にはもうアイツは一人で暮らしてたんだ」
「それがなんだっていうのよ」
「いや、もしかしたら、淋しさの裏返しなのかなー、って」
「ま、まさかさっきのが!?」
母親への甘えだとでもいうのか! 胸に対する執着は、母性への思慕、憧れだとでもいうのか!
驚きのあまり、言葉は声にならなかった。
アリスは自分の思考すら疑った。あんな苛烈なスキンシップは紅魔館でもお目にかかった事がない。
トラウマとかコンプレックスが裏返しになって、弾けて混ざって合体事故を起こしたにしても、あんなのは有り得ないだろう。
もしも己の娘が周波衝拳で胸を触りに来たなら、自分はそれを宣戦布告と判断するに違いない。
「そうじゃないんだろうが、発作的に起こるスキンシップの一環というか……まあ、暴走しっぱなしだったが」
苦笑する魔理沙。
しかし、そう云う魔理沙自身も、この説には半信半疑だった。
そういった他者への依存が感じられないのが「博麗の巫女」であり、そういう姿を日頃見ているのだ。
霊夢とて一人暮らしではあるが、一人で生きているわけではない。
だが同じ一人暮らしである自分とは、何かが決定的に異なっている気がした。
他者との微妙なズレ。壁とまではいかない、しかし僅かに感じる距離。
どこか冷たいと評される霊夢が、他人のぬくもりを恋しく思うのだろうか。
だがしかし、アレが本当に「持ちえぬ物への憧憬が暴走した結果」だとしたら、あまりにも救いが無いとも思う。
嫉妬の炎を身に纏う霊夢。
憎しみの炎で、自分の魂の髄まで焼き尽くしたとして、その先に何があるというのか。
蓬莱人と違って、滅んでしまったらそこまでなのに。
そんだけ大きい胸に憧れてるんなら、いっそ、結婚でもして子供を作ればいいのに。
そう思った魔理沙だったが、霊夢の隣に立てるような男を想像出来なくて苦笑した。
「でもな、その辺を分かってるお節介焼きが適当にここに来ては、霊夢をそれとなく甘やかしてるんだよ」
「え……それって……? えぇ!?」
思わず見回すアリス。ニヤニヤと笑う魔理沙は答えない。
「ちょ! ちょっとお待ちなさいってば! そんな勝手な推測は認めませんわよ!?」
「私は良かれと思ってだな!?」
金と銀がひるがえり、叫びと共に飛び起きたのは紫と慧音という、いろいろと対照的な二人だった。
狸寝入りを決め込んで、魔理沙の話を聞いていたのである。
「「あ……」」
紫と慧音は、起きてから魔理沙に釣られたのだと気付き、赤面して顔を逸らした。
呆然とするアリスをよそに、他の連中ものろのろと起きだしてきた。
「鍋ならもうないぞ。アリスが食ったからな」
「なによそれ!? アンタもモリモリ食べてたじゃない! っていうかアンタこそ食べ過ぎよ!」
四人前は軽くあったはず。この細い体のどこに入ったのかと思わせるほど、ご飯も鍋も消え失せていた。
「仕方ないだろう、敵討ちする為にまずは育たないといけないんだからな」
「横に育つといいわ……!」
呪詛を吐くアリス。
「藍、ひとっ走りして。追加注文よ」
「霊夢を待ちますか」
「そうね、でもすぐ戻ってくるとも思えないし、少し増えると思うからその分もよろしくね」
「かしこまりました」
一礼すると、どろん、と失せる藍。
「あー、私はそろそろお暇させて頂きますわぁ。さすがに一晩、門を空けっ放しには出来ないんで」
「あらそぅお? 残念だわ、貴方滅多に来ないからレアなのに」
「あっはっはっは、紅魔館でやってくれれば、まだ手はあるんですけどねぇ」
頬に手をあて、おばちゃんのような反応をする紫と、かんらかんらと笑う美鈴。
映姫はこの光景に溜息をついた。
巫女の仕事は妖怪退治と説教をくれてやったのに、主のいない神社は妖怪がはびこっているではないか。
もっとも、退治してもなお寄ってくるのだから、霊夢の落ち度は少ないのかも知れない。
或いは、これも巫女の人徳、他者との縁と思えば、そんなに悪い事では無いのかも知れない
ふと隣を見ると、すぐ横に宴会の気配を察した小町が、散歩をせがむ犬のような顔をしていた。
映姫はもう一度溜息をついた。
「四季様」
「なんです小町」
「とりあえず下着を着けてください。小さくてもノーブラだと垂れますよ」
「小さいは余計ですっ!」
「ぎゃんっ!?」
ていうか霊夢がどこぞの勇者王に!!
仲間の声のせいで画面が悲惨なことになりました。
自分の大好きなゆかれいむ分も補充できて最高です
とりあえず、一生ついて行きます映姫様。
なんて素敵なSSなんだ…
映姫さまは、作中にある通りで。花映塚のEDだと、結構スラっとした印象なんですけどね。
つまり、被害にあった連中も「ああいう毟られ方」をしていますw
>名前が無い程度の能力さん
ゆかれいむ、いいですね。
他の連中と違って、扱いの難しい霊夢だから書きにくいですけど。
>名前が無い程度の能力さん
映姫さまに一生ついていくと、待っているのは地獄行き。
いやいや。
>Admiral
映姫さまは全体的に小さいけどプロポーションバランスはいい方向で。
あの服を脱ぐと、意外とぽよんぽよんなんだよ!
>名前が さん
実はマジでタイプミスでした。
推敲の最中に気が付いたんですが、面白いから残しましてw